2012年2月 2日 (木)

私が好きなご当地ソング

 その土地の風情や人々の暮らしを歌に託した作品がこれまで数多く世に出て、時として人々に感動を与え、そして哀愁を誘って来たのは周知の事実である。私も歌詞に登場した風景を求めて旅に出たことが幾度となくある。日本全国ご当地ソングはあちこちに存在する。民謡などはその最たるもので「北海盆歌」「ソーラン節」「会津磐梯山」など有名な曲は山ほどある。そして、演歌やムード歌謡もまたそうした郷愁を醸しやすい曲調であることから、よくタイトルにも使われている。そしてカラオケでも歌われ、郷土に根付き、愛されているのも事実だ。今回はそうした地名が入った歌のタイトルを集め、発売した年と歌手名、サビの部分の歌詞、「YouTube」に映像があるものについては、そのアドレスなどを紹介したい。もちろんアドレスをクリックすればリンク先に飛ぶが、ご承知のようにこれらの映像は或る日突然、削除されることがあることを予めご了承願いたい。そして今回の紹介は特に私が好きで、幼少時代からよく口ずさんでいただった曲が多いこともお断りしておきたいし、北から順に並べただけで、順位付けではないこともご承知おき頂ければ幸いだ。なお、著作権に配慮するため、映像埋め込み処理を行わず、「You tube」のアドレスのみ掲載とさせて頂きます。

<北海道・東北地区>

函館の女(北島三郎 1965年)

「♪は~るばる来たぜは~こだて~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=U7Y9fMay1rM

恋の町札幌(石原裕次郎 1972年)

「♪時計台の~下で逢って~私の恋は~始ま~り~ました~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=ckmGXqLDbPs

中の島ブルース(内山田洋とクールファイブ 1975年)

「♪赤いネオンに身をまかせ~燃えて花咲くアカシヤの~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=qYQe5zQHjLQ&feature=related

襟裳岬(森進一 1974年)

「♪北の町ではもう~悲しみを暖炉で暖めなおしてるらしい♪」

http://www.youtube.com/watch?v=xDyPQgbICls

小樽のひとよ(鶴岡雅義と東京ロマンチカ 11967年)

「♪逢いたい気持ちがままならぬ~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=9_l15R_rQ8M

足寄より(松山千春 1977年)

「♪戻っておいでよ~この町に~都会の暮らしに~疲れたら~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=eh0mfGLp96U

津軽海峡冬景色(石川さゆり 1977年)

「♪上野発の夜行列車降りた時から~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=DEFnxPtlKxI

I love you & I need you ふくしま(猪苗代湖ズ 2011年)

「♪福島に~福島に~福島に~置いて来たんだ僕は~本当の自分を~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=3CQJuAN2BEY

あの街に生まれて(西田敏行 2011年)

「♪悲しみに打ちひしがれ~止まらない涙に~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=YKSS7WMg3X4&feature=related

青葉城恋唄(さとう宗幸 1978年)

「♪広瀬川~流れる岸辺~想い出は~かえらず~♪」 

http://www.youtube.com/watch?v=TDtqYQMgZ4s&feature=related

<東京・関東地区>

ああ上野駅(井沢八郎 1964年)

「♪ど~こかに故郷の香りを乗せて~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=tj0RvOG2tO4&feature=related

雨の西麻布(とんねるず1985年)

「♪そして女は濡れたまま~そして男は背中を抱いた~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=WPeVoruvjqo

有楽町で逢いましょう(フランク永井 1957年)

「♪あなたを待てば雨が降る~濡れて来ぬかと気にかかる~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=gof6csl6nIQ

東京音頭(1929年)

「♪踊り踊る~なら~チョイと東京音頭~ヨイヨイ♪」

http://www.youtube.com/watch?v=DH9iMclI3kQ

東京砂漠(内山田洋とクールファイブ 1976年)

「♪空が~泣いてる~煤で汚されて~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=vm1Ac23pg6Q

ブルーライトヨコハマ(いしだあゆみ 1968年)

「♪町の灯りがとても綺麗ね、横浜~ブルーライトヨコハマ~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=_Az-gchc1Uo

港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(ダウンタウンブギウギバンド 1975年)

「♪ちょっと前なら覚えちゃいるが、半年前だとちとわからねぇ~な~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=1liChNyCa3Q1

横須賀ストーリー(山口百恵 1976年)

「♪これっきりこれっきりこれっきりもう~これっきり~ですか~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=00_kQ-vFfBE

<東海・中部地区>

天城越え(石川さゆり 1994年)

「♪隠しきれない移り香が~いしつしかあなたに浸みついた~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=nNt7tQhiXVw&feature=related

奥飛騨慕情(竜鉄也 1980年)

「♪風の噂に~一人来て~湯の香恋しい~奥飛騨路~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=YjBNefmfZfM&feature=related

<大阪・関西地区>

雨の御堂筋(欧陽菲菲1971年)

「♪小ぬか雨降る御堂筋~心変わりな夜の雨~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=iTjpAaRt-88

そして神戸(内山田洋とクールファイブ 1972年)

「♪こ~べ~泣いてどうなるのか~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=ePW2bsfOWk0&feature=related

<中国・四国地区>

瀬戸の花嫁(小柳ルミ子 1972年)

「♪瀬戸は~日暮れて~夕波~小波~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=a6e4Ow87stA

<九州・沖縄地区>

長崎は今日も雨だった(前川清 1969年)

「♪あなたひとりに~賭けた恋~愛の言葉を~信じたの~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=_FR3BvtL7g4&feature=related

長崎小夜曲(セレナーデ)(さだまさし 1982年)

「♪疲れた時には帰っておいで~都会で溺れたやさしい鷗~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=_XAKYvZAdzM&feature=related

島人の宝(BEGIN 2002年)

「♪僕が生まれた~この島の空を~僕はどれくらい知ってるんだろう~♪」

http://www.youtube.com/watch?v=BZM85Jk5Zoo

 タイトルに地名は入っていないが大阪の哀愁を謳った上田正樹の「悲しい色やね」や大空と大地の中で(松山千春)、悲しみ本線日本海(森昌子)、港町ブルース(森進一)、雪国(吉幾三)、北国の春(千昌夫)、長良川艶歌(五木ひろし)、昔の名前で出ています(小林旭)もまた秀作だ。

 それでは、我が福島県を代表するご当地ソングで、私が大好きな美空ひばりが歌う「みだれ髪」(いわき市塩屋崎)をPVでどうぞ!

 さて、こうして挙げてみれば懐かしい曲ばかり。遂に自分も「懐メロ」の仲間入りする歳になったのかと衝撃は隠しきれないが、やはり良い曲というのは、世代を越えていつまでも歌い継がれて行くものだと改めて実感した。

 記事作成:1月11日(水)

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2012年2月 1日 (水)

2012年1月のプロファイル

1月 1日(日)晴れ/くもり

新成人は122万人 ベビーブーム世代の半分以下に
首都高、距離ごとの料金に移行 900円が上限
2011年の人口、20万4千人の自然減 減少幅最大
日清食品グループ2年ぶり2度目V 全日本実業団駅伝
東北から関東で震度4 震源は鳥島近海 M7.0

1月 2日(月)

維新の会の堺市議をひき逃げ容疑逮捕 「酒飲んでいた」
箱根駅伝、東洋大が往路新記録で優勝 5区柏原は区間新
紅白歌合戦の視聴率、後半41.6% 4年連続40%超
青木功・尾崎将司を育成 プロゴルファー林由郎さん死去
「松本死刑囚もオウムも信仰していない」平田容疑者声明

1月 3日(火)

日テレ、8年ぶりに視聴率3冠王 フジ上回る
4年連続区間賞柏原「福島の人に比べたら…」故郷気遣う
東洋大、大会新で2年ぶり3度目の総合優勝 箱根駅伝
Uターン、ピークに 上りの新幹線乗車率が100%超

1月 4日(水)

「深い絶望感」 北朝鮮、韓国大統領演説を非難
交通事故死者、11年連続で減少 高齢者が7%減
東証で大発会、一時120円高
山手線に新駅計画 品川―田町間、20年ごろ完成予定
愛知にまた伊達直人? ランドセル10個届く

1月 5日(木)

法廷の松本死刑囚に幻滅 オウム平田容疑者「情けない」
大雪、なお注意必要 5日も降雪続く見込み
男子バレー元監督の松平康隆さん死去 ミュンヘン五輪金
震災死者1万5844人、不明3450人 5日現在
尚志と大分、初のベスト4 全国高校サッカー
高速交通量、全車無料の東北は1.5倍 年末年始
男子の相馬・女子の誠英など2回戦へ 全日本高校バレー
連続不審死事件、裁判員辞退相次ぐ 「100日間」敬遠
福島県古殿町で震度4 震源は中通り、M4.1と推定

1月 6日(金)

イラクで連続爆発、70人死亡 宗派対立が激化
西武の中島、ヤンキースと交渉決裂 残留決まる
岩隈、マリナーズ入り 年俸1億2000万円
平田容疑者、新大阪から新幹線で上京か 足取りを捜査
ハングル表示の不審な船 島根・隠岐の島付近、3人乗船
襲われたのは午前8時以降か 東京の台湾女性2人殺害
ごみ収集費など1.8億円支払い拒否 福島・浪江町

1月 7日(土)

大阪に「伊達直人」再び 八尾市役所に10万円届く
国技館の優勝力士額、日本人ゼロに 104年目で初
知人の台湾人男性が行方不明 女子留学生2人殺害事件
俳優の二谷英明さん死去 「特捜最前線」で刑事役

1月 8日(日)

正恩新体制、米に食糧支援増量を要求 昨年末、米は拒否
大使館に火炎瓶投げた男、「靖国神社の門に放火」と供述
帝京大学がラグビー3連覇、同志社大学以来

1月 9日(月)

福島の18歳以下医療費無料化、首相が検討の意向
千葉県、初の人口減少 東京圏1都3県も人口減時代に
戸塚ヨット訓練生、飛び降り自殺か 「死にたい」遺書
福島原発作業員が心肺停止に 東電「作業との関連不明」
手配の容疑者、任意同行中に自殺 台湾人2留学生殺害

1月10日(火)

テレビ局3社でガラス割られるなど被害 大阪
被災地人口6万5千人減 45市町村、8割は30代以下
「平田容疑者の逃亡支援」 警視庁大崎署に女性が出頭
「平田容疑者と14年一緒にいた」 出頭した元看護師
木嶋被告、男性3人の殺害を否認 連続不審死事件初公判
震災死者1万5844人、不明3450人 10日現在
寛仁さま、15回目のがん手術

1月11日(水)

北朝鮮、大赦実施へ 人心掌握の狙いか
ロシアも「遺憾」表明 イランのウラン濃縮施設稼働
殺人未遂罪の中国人受刑者が脱走 広島刑務所
宝塚線脱線事故、JR西・前社長に無罪判決 神戸地裁
服役中の男が関与認める 千葉の女性刺殺、DNAも一致
都道府県別月給、東京20年連続トップ 最下位は青森
釜山の射撃場火災 建物所有者らに3億円の賠償判決

1月12日(木)

安住財務相、福島の除染現場を視察「必要な予算つける」
打ち上げ失敗の火星探査機、15日落下へ ロシア
民主、新党参加の10人を除籍へ 中島氏は離党届受理
地球の「終末時計」1分進む 核廃棄進まず残り「5分」
福島・浜通りや茨城北部で震度4
岡田氏、副総理で入閣へ 行政改革・一体改革担当兼務

1月13日(金)

深夜の山中に母親放置、死なせた疑い 24歳の男逮捕
米兵、タリバーン遺体に放尿か ネットに映像、調査へ
岡田氏、副総理で入閣へ 防衛相に田中直紀氏
脱走の受刑者、広島市内で空き巣か 靴跡が酷似
「炎のストッパー」故・津田氏と北別府氏、野球殿堂入り
脱走容疑で中国人受刑者逮捕 広島市内で身柄確保
死刑執行「職責を果たす」 小川法相の就任会見

1月14日(土)

米、ホルムズ海峡封鎖発言に警告 イラン最高指導者向け
黒田、ヤンキースと1年契約で合意
センター、地理B問題にミス 世界地図で島欠落
センター試験39会場で開始遅れ 地理歴史・公民で混乱
センター試験、リスニング機材足りず 気仙沼で開始遅れ
台湾総統選、馬英九氏が勝利宣言「我々は勝った」
イタリアで大型客船座礁、3人死亡 70人連絡取れず

1月15日(日)

センター試験、社会で配布ミス続出 不利な科目受験も
使用済み核燃料、保管法見直し 細野氏、建屋外など促す
小川法相、死刑執行を明言 「反対論者ではない」
二本松の新築マンションで高線量 浪江で土台の材料採取
44年ぶりの女子選手、練習中に死亡 オートレース
ロシア火星探査機の破片、16日未明に落下か

1月16日(月)

船長、乗客より先に避難 大型客船座礁、死者5人に
KDDI、固定とセットでスマホ割り引き 月1480円
元巨人投手の堀本律雄さん死去 新人で29勝挙げ沢村賞

1月17日(火)

消費増税否決なら解散も 野田首相、野党を牽制
「新聞の甲子園」相馬に最高賞 震災時の模様をルポ
大卒内定率71.9% 北海道・東北は前年比減
高校生就職内定率73.1% 11月末、2年連続改善
1・17から3・11へ 二つの震災の地で鎮魂の祈り
浜崎あゆみさんが離婚 所属事務所が発表

1月18日(水)

厳冬の使者到来 知床に流氷接岸
平田容疑者、「致死」関与認められず 逮捕監禁で起訴へ
青木、大リーグ・ブルワーズと2年契約
東大「秋入学に全面移行」案
ユーロ値上がり、98円前後で取引
AKBの「カチューシャ」、選抜高校野球行進曲に
守ってくれてありがとう 福島・消防団員24人の慰霊式

1月19日(木)

福島の食事、1日4ベクレル 被曝、国基準の40分の1
「山形でも放火した」 江東の放火殺人、逮捕の男供述
ダルビッシュ、レンジャーズと契約合意 6年46億円、紗栄子さんと離婚
東電、賠償金250億円を福島県に支払う 被曝調査費に
アンガールズ山根さんの名誉毀損容疑で女逮捕 大阪府警

1月20日(金)

対中スクランブル発進が急増 空自、前年比倍増の勢い
ホテルから男性転落死 無銭宿泊?警察官到着直後 三重
高2男子生徒死亡、校舎から転落か 大阪の市立高校
石原都知事が芥川賞選考委員を退任
大関・把瑠都が初優勝 外国出身で9人目
福島県の推計人口3万人減 原発事故・震災が影響
震災死者1万5845人、不明3380人 20日現在

1月21日(土)

中学生、マンションから転落死 埼玉
4号機内で汚染水2リットル漏れる 福島第一原発
福原愛が石川を破り初優勝 卓球全日本・女子シングルス
ひき逃げ事件、少年を殺人罪で起訴 長野地検

1月22日(日)

ナイジェリア、テロ120人死亡 イスラム武装勢力犯行
住宅49カ所で同じ業者の石 福島・汚染コンクリ
高校生・吉村が初V、水谷の6連覇を阻む 全日本卓球
兵庫が2年ぶり4度目優勝 都道府県対抗男子駅伝
把瑠都、白鵬に敗れ全勝優勝ならず 大相撲初場所千秋楽

1月23日(月)

喫煙、4割減を目標 厚労省案、がん対策の柱に
慶応大、6千人分の成績がネット流出 閲覧の設定ミス
錦織、全豪テニス8強入り 日本男子80年ぶり
日立、テレビ生産撤退を発表 外部供給で販売は継続
福島・浜通りで震度5弱 震源は福島沖、M5.1
福島第一、放出セシウム増 2・3号機の復旧作業原因か

1月24日(火)

東京都心で積雪4センチ 首都高でスリップ交通事故は1842件 歩行者転倒で搬送も
錦織、全豪テニス8強入り 日本男子80年ぶり
元騎手の小島貞博さん死去 ミホノブルボンで2冠
「フィッシング」を規制対象に 詐欺未然防止へ法改正案
福島の84幼稚園、東電に賠償請求 計6億7千万円
ダルビッシュ「僕は勝負がしたい」 札幌ドームで会見
「40年で廃炉」法案固まる 20年延長は「例外」明記

1月25日(水)

損保ジャパンと日本興亜合併へ 14年度、国内首位に
JR西前社長の無罪確定へ 検察が控訴断念 宝塚線事故
民主、国家公務員給与7.8%削減案 自公と調整
インフルウイルスの構造解明 東大、治療薬開発に期待
ドコモの携帯、障害復旧 パケット通信用設備の故障
震災死者1万5845人 不明3372人 25日現在

1月26日(木)

宮城・石巻で震度4
臓器売買事件、医師と妻に実刑判決 暴力団に見返り
「通信量の見極め甘かった」 ドコモが陳謝
野球代表「侍ジャパン」に田中・斎藤ら 台湾と対戦へ
警戒区域に立ち入り 福島県警、男性5人を書類送検
NEC、国内外1万人規模削減へ 通期1千億円純損失に
日本海側の大雪続く 兵庫で54センチ、鉄道も混乱
「18歳選挙権」検討委を再開へ 2月にも

1月27日(金)

「石原新党」3月発足 亀井・平沼氏と合意
ヤンキース、黒田との1年契約を発表 年俸1千万ドル
茨城・栃木・千葉で震度3 津波の心配なし
ドコモ、障害対策の設備増強に1千億円 社長報酬を減額
東北電、2500億円の赤字 12年3月期、震災の影響
川上憲伸、中日に復帰確実 近日中にも入団発表
損保ジャパン・日本興亜、合併準備を表明

1月28日(土)

ゴールドディスク大賞にAKB48 洋楽はガガ
警戒区域内の海で魚介類モニタリング 東電と福島漁連
たばこで死亡、年12万9千人 07年分、東大など分析
山梨県富士河口湖町などで震度5弱
福島県、独自に18歳以下の医療費無料化
茨城・高萩で震度4 震源は茨城県沖
菊池桃子、プロゴルファーの西川哲と離婚
ジャンプW杯、伊東が初V ノルディックスキー
川上、中日と1年契約で合意 4年ぶり古巣復帰

1月29日(日)

子どものうつぶせ寝に注意 保育施設で死亡の8割占める
ジャンプW杯、伊東が2連勝 札幌大会
山梨県大月市で震度4
重友が初優勝、五輪代表確実に 大阪国際女子マラソン
福島第一、凍結で水漏れ続発

1月30日(月)

リニア・鉄道館、入館100万人スピード到達 名古屋
50年後の人口3割減 人口問題研が推計
貿易赤字、1月上旬は9161億円 年明けも輸出停滞
錦織、世界ランク20位 日本男子の最高位更新
相撲協会理事長に北の湖親方復帰 大麻事件で引責以来
震災の死者1万5845人、不明3367人

1月31日(火)

玄海原発停止求め31日提訴 1704人、九電相手に
小6長女を殺害容疑 37歳母を逮捕 東大阪 容疑否認
大雪、日本海側中心に続く 2月3日まで降雪の見込み
11年の失業率4.5% 有効求人倍率は0.65倍
光市母子殺害、2月20日に最高裁判決 差し戻し上告審
宇都宮、「ギョーザ日本一」から陥落 浜松が購入額首位




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2012年1月31日 (火)

私が好きだったCM⑰

 化粧品のCMは数あれど、1980年代から90年代にかけてテレビを彩ったシリーズ作品があったのを覚えているだろうか?資生堂、カネボウ、コーセー、オッペン、マックスファクターなど数多くの化粧品メーカーがあったし、大手メーカーではキャンペーンガールを募り、そこからモデルや女優などタレントに転向する例も多かった。代表格は夏目雅子さんや今では国会議員まで登り詰めた蓮舫さんだろう。そして「燃えろいい女」など化粧品のCMをカバーし、大ヒットした曲も多くある。しかし、私が化粧品のCMシリーズで好きだったものと言えば、先に挙げたものではない。それはノエビア化粧品の秀作である。女性パイロットが小型のジェット機を操縦するCMも有名だったし、特に好きだったのはモダンアート絵画風の女性を描いたシリーズCMで、数年前の大ヒット曲をBGMにしたもので、他の歌手がカバーしている、まさに異次元世界を描写し、未来感覚のコスメティックをイメージした作風だった。あれこれ説明するより、見て貰った方が話が早い。

 まずは女性操縦士のお馴染みだったCMから。

 キャッチコピーは「働く女性は美しい」だった。ノエビアを一躍有名にしたのはこのCMコンセプトだった。この作品も複数制作されたが、私がお気に入りだったのは上のQueenのヴォーカル・フレディ=マーキュリーの「I was born to love you」だった。このシリーズの他の作品は以下の通り。

http://www.youtube.com/watch?v=QrKbooMI6Wg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=SuDEZcfrDvA&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=R-scEr5bY30&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=EjmOQUpQOx0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=XlDT_Aqb2HE&feature=related

 そしてCMに革命をもたらしたと言われる作品シリーズはコチラ

 これらのCMは、全部で20シリーズ以上あったように思う。今見ても古さを感じないし、むしろ斬新さを漂わせているようにさえ思う。カバーした歌手は、大物シンガーばかり。もんたよしのり・坂本冬美・アンルイス・今は亡き柳ジョージ・デーモン小暮・宇崎竜童・甲斐よしひろ・狩人・沢田研二・松崎しげる・つのだひろ・桑名正博・西城秀樹・世良公則・上田正樹・森進一らそうそうたる顔ぶれである。

 それ以外の有名どころを紹介したい。

http://www.youtube.com/watch?v=guD0Gd8R4nQ&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=52aWAojiHuo&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=D_R8m0mvaDc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=DxtKkTxz2Uo&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=axZrmbqO_jc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=9FqL9k6CPQY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=9JYs0qLjyWw&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=LQhOK2EMkBo&feature=related

 そして最後の決め台詞(キャッチコピー)は「コスメティック・ルセッサンス・ノエビア」。

 この20年の間にCMも進化して来たが、一大スペクタクルのような壮大なスケールの作品は少ないし、心に残る感動大作は少なくなっている。最後の決め台詞もまた然り。先に紹介した「ん~マンダム」など、この商品を見れば、同時にチャールズブロンソンの顔とそのセリフが浮かんだものだ。私はこうした印象に残るCMの再来を期待したい。

 記事作成:12月5日(月)

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2012年1月30日 (月)

私のPVライブラリー 34

 松任谷由実の「心ほどいて」はアルバム「LOVE WARS」内に収録されている名曲だ。映画「波の数だけ抱きしめて」のオープニングでも使われた。この映画には、私にとって甘酸っぱい想い出とほろ苦い想い出の両方が詰まっている。1991年に封切された「ホイチョイプロダクション」の三部作の最終作品として制作された。「私をスキーに連れてって」、「彼女が水着に着がえたら」、そして中山美穂と織田裕二が共演したのがこの映画である。湘南を舞台に大学生達がひと夏、ミニFM局を開設するために奔走する物語だ。冒頭の教会での切ない結婚式のシーンから始まり、学生時代の頃の様子を回想して行くストーリーで、最終的には恋愛成就しないで終わる悲しい映画だった。この映画を当時付き合っていた彼女と映画館に足を運び、仲良く鑑賞したのだった。今となっては良い想い出となっている。では、その曲の歌詞と映像がベストマッチしたPVをご覧頂きたい。

「心ほどいて」 by 松任谷由実

そしてヴェールをあげて 彼と向かい合うとき
あなたが遅れて席につくのがわかった
密やかなぬくもりも 燃えつきたあの約束も
カテドラルから 高い窓から空へ逃がすの

You're so far, far away
You're so far, so far away
私のうそをみんなひきうけて あなた
離れてゆくの

学生時代のまま 時が止まっていたね
さよならを込めて横を通り過ぎるまで
彼と寄りそいゆくわ ずっと大切に思うわ
いつかあなたに いつか自分に誇れるように

You're so far, far away
You're so far, so far away
途切れた夢をみんなひきとって あなた
離れてゆくの

見つめ合えずに なじりもせずに
心ほどいて

You're so far, far away
You're so far, 誰よりも
You're so far, You're so far away
私のうそをみんなひきうけて あなた
離れてゆくの

Far away
You're so far, so far away
You're so far, far away
You're so far, so far away

 下は主人公「田中真理子」役の中山美穂。80年代のファッションや流行、ミュージックシーンが鏤められており、私の高校時代の時代背景と一致しており、懐かしんで見ることができる。

Namino1

 さて、この映画が公開されて、早くも21年が経過した。当時20代だった私は、彼女との結婚を決意したが、神様はそれを許さなかった。その一年後に別れることになったが、それが二人の運命だったのだろう。この歌が、私にとって古き佳き頃の何物にも替え難い大切な想い出となっているし、これを人生の応援歌にしている私である。

 記事作成:12月30日(金)

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2012年1月29日 (日)

今週の出来事 (1/23~1/29)

 1月23日(月)くもり

 最悪の朝だった。6時に起床。息子は今日は学校休みなので、駅まで送る必要はなかった。何が最悪かというと、路面状況。家の玄関先がツルツルで、氷が張ったのと同じ状態。これは怖い。そして八山田の裏通りでは何度もスリップし、ヒヤリとする。旧国道への合流地点が緩い下り坂で止まらないかと思ってヒヤヒヤ。先週の月曜日もそうだったが、本日の方が遙かに滑る。そして、旧国道から左折してJR高架橋下を潜る。するとパトカーが前を走行。するとその先のT字路で停車。そこには標識をなぎ倒し、フロント部分が大破した白いミニバンが・・・。恐らく30分くらい前にぶつかったのだろう。今日は止まらない。セカンドで20km/h程度の超低速走行。車間距離もたっぷり開ける。今日は左折せず、阿武隈川の橋を渡ってインターを通過。T字路で左折した後の下りカーブが目茶怖かった。そして木村集会所を右折。そして1km先の山越えの下り坂が怖い。ハザードを点けながらエンジンブレーキだけで下りる途中、試しにブレーキを踏んだら思い切りタイヤが「ザー」という音を立てて、スリップ。150m以上車間を空けたので大丈夫だったが、50cmほど斜めを向いた。これは恐ろしい・・・。対向車も無く、事なきを得た。結局30分近くかかって、7時7分に職場へ到着した。

 一日中曇っていたので、あまり解けなかった。帰りは17時45分に出た。ゆっくり来た割に30分程で到着した。道路はそんなに滑らなかった。朝の標識なぎ倒し事故現場は、倒れたままだった。たぶん道路標識を壊すと10万円以上かかると聞いたことがある。電柱の場合はポール自体は2万円~10万円程度だが、工事費が高く50万円。それに停電を引き起こした場合、損害賠償で100万円は下らない。

 入浴中の20時45分に、いきなりユニットバス全体が大きく揺れてビックリした。たった5分で速攻上がって、テレビで確認したら、郡山は震度3。川内村が5弱。いわき市は4。その30分程度前にも白河で弱い地震があったので、大丈夫かと思ったが、やはり地震活動は活発化している。

 1月24日(火)くもり

 朝は大分雪が解けていた。ハイスピードで仕事場へ。昨日の事故現場は標識が倒れたままで、パイロンが2つ置かれ通行禁止措置がとられていた。職場では午後多忙。部長の急な依頼にPCを叩いててんてこ舞い。エクセルで実績の一覧を作成する仕事。午後17時過ぎ頃だったか、再び震度2程度の地震。岩盤が固い我が町では、振動だけで終わり大きな揺れは無い。でも地鳴りのような音は凄かった。こうして年が明けても毎日のように福島県界隈を震源地とする地震が起こっている。一体いつになれば沈静化するのだろうか。地震学者の中には東京近郊で3~4年以内にマグニチュード7程度の直下型地震が起きる確率が70%もあると言っている者までいる。この日、朝から雪に見舞われた首都圏で1,400件もの事故が発生したことを考えれば、ひしめき合い、密集した家屋が隣接する大都会では、大地震=首都機能の麻痺という事態に陥り、日本中が大混乱となることは必至だろう。火災の発生と延焼、建物の倒壊、湾岸部の浸水、液状化現象による高層建築の沈下、停電によって交通遮断、大渋滞の発生、帰宅難民者で溢れかえる事態に。そうなる前に、危機管理マニュアルの策定を急ぐべきだ。災害が起きた時に政府や国家がどう対応するのか。優先順位は何なのか。医療現場で行われる「トリアージ」のような対応策を国民に示すべきだ。被災者の私から見れば、原発事故の際の後手後手処理の二の舞だけは御免被りたい。

 夕方から女性2人と1時間以上に渡って雑談。帰るのが遅れた。18時に出て、18時23分に小和滝経由ルートで到着。結構雪が解け、普段通りの所要時間で帰宅。

 急いで食事を終え、娘を某所に送る。帰りにダイソーに立ち寄り、紛失した手櫛、寝ぐせ直し、菓子・飴類で計630円分。入口にあったタウン情報誌を漁って速攻で帰宅した。

  1月25日(水)くもり/晴れ

 今朝の冷え込みは尋常ではなかった。降雪は無く、路面もドライで良かったものの、身を切る寒さを久々に体験した。よくもまぁ水道管が凍結しないものだ。この冷たさは、北海道かスキー場でしか体験できないものだった。通勤時の車載温度計では郡山の八山田でマイナス7℃裏通りでいつも一緒になる白エスティマ「963×」が前に。シャトレーゼから右折していったので、私は直進。4号国道を渡って旧国道へ。その後一度も見かけなかったので、信号のタイミングで私の方が早く阿武隈ルートに入ったようだ。そして首尾よく「SCOTT」を交わし、山越えルートへ。すると職場近くの、或る駅前で赤信号で停車した際に、もう一度温度計を確認したら、何とここはマイナス10℃!(≧m≦)恐ろしい低温。この冬一番の寒波ということを悟った。マイナス10℃は近年の地球温暖化では、郡山市近辺では久々だったのでは。せっかくの記念にと駐車場についた後、写メ撮影。しかし、シャッターを切るタイミングが遅く、温度ではなく時刻を撮影。これを2度繰り返してしまい、寒い中、社屋と駐車場を2回も往復。マジ寒かった。くわばらくわばら・・・。下の画像が証拠写真。

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 9時以降は青空が覗き、日差しが注いで屋根に降り積もった雪が早い勢いで解けていた。本日も会議が長引き、18時まで職場に居残った。帰りは-3℃だった。18時20分過ぎに帰宅。道路は大丈夫だ。

 1月26日(木)晴れ

 今朝5時43分頃、地鳴りのような地震があったようだが、気づかなかった。その3分後に、いったん目が覚めたのがその影響だったのか?そして外はうっすら雪化粧。道路がアイスバーン状態なので、息子を駅まで送ることになった。「6時45分出発」と言ったのに準備に手間取り、結局6時50分に出発。会津街道に出て、ツルツル道路なのに後続のシルバーのコンパクトカーがピタリと接近。目障り。それで追突せずに止まれるのか?旧国道に入り、逢瀬川を渡る信号がやたら長い。駅前に7時過ぎに到着。ここからが渋滞気味。中学校給食センターの脇を通り、立体を越え、288号へ。そして小泉小学校から左折阿武隈川沿いの道へ。小和滝から右折して通勤ルートに復帰。この時間帯は車の列。5台後ろを走らされた。普段より20分以上遅くなるとこのザマ。しかも通学の小学生の列にも出くわす。職場のある町の駅前はマイナス9℃。昨日と同じくらいの放射冷却による冷え込み。そして職場の駐車場ではマイナス10℃だった。今年は厳冬と言える。この地に転勤して3年目、その10年前には船引町にも通ったが、ここまで寒いのは滅多になかった。7時32分に到着したから、42分の運転時間。いつもの3倍近い時間を要した。

 午後、上司から呼び出しを受けた。昨年暮れに出した転勤希望が却下された旨の連絡。3年目ではやむを得ない。第一希望にはそぐわなかったが、まだ人事は動いているという話を頂いた。遠くに飛ばされるのはノーサンキューだが、私の能力を高く評価してくれる場所で頑張っていきたい。期待していたのだが、不思議にも落ち込むことはなかった。「もっと腰を落ち着けて仕事に励め」という天からの声なのだろう。肯定的に、何か他人事のように受け止め、逆に安心できた。

 さて、帰りもマイナス気温。結局、日中は日差しが出たものの、気温が上がらず、真冬日を記録した模様だ。17時半過ぎに職場を発ち、18時前には帰宅した。すると、税務署からちゃっかり確定申告書作成書類一式が郵送されていた。今年はビッグパレットが使えないので、南東北総合卸センターが作成会場兼提出場所。郵送でもいいのだが、毎年行くようにしている。喜久田町なので自宅からは断然近い。

 テレビを見ると、南三陸町の防災庁舎で避難を呼びかけ、自らも津波に飲みこまれて命を落とした「天使の声」として地元住民に「女神」として敬まわれている遠藤未希さんが、このたび教科書の教材として採用されることになった。涙が出る。死んだ人間はどう抗っても戻って来ないが、彼女が町民を命懸けで守ろうとした、その献身的な行動と強い精神が後世にまで語り継がれて残ってくれれば、遺族も少しは浮かばれる。そしていついつまでも彼女のことは忘れることはないだろう。恐らく削除されてしまうかもしれないが、彼女の功績を決して忘れないために、再度彼女の「命の叫び」とも言える映像をアップしたい。

http://www.youtube.com/watch?v=IBUWQVrbdn4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=X8NozIMtWkU&feature=related

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌

 1月27日(金)小雪/くもり

 朝、昨日よりやや積もっていた。気温はマイナス6℃だった。2日連続で息子を駅まで送ることになった。45分出発と言ったのに、息子の準備が遅く気が焦る。路面はアイスバーンだが、不思議と滑らない。会津街道から、左折し、今日は逢瀬川沿いに入ってそのまま4号線へ。星総合病院から左折、右折を繰り返し大町界隈へ。でこ屋敷の先で息子をおろし、昨日とほぼ同じルートを進む。脇道から何台か直前で割って入って来た。そのくせ、ペースを作れずとろとろ走行。小泉小のT字路から左折し、本日はバイパスへ上がってみる。その前のアクセス道路でエネオスのタンクローリーを交わす。ここでも一旦停止を無視した白のマークⅡが割り込んできた。やれやれだ。その後、ギリ赤信号停車が2度。7時半をまわると通行できない路地を行くので気が焦った。しかも狭い坂道で何台も下りてくる。ちゃんと通行許可証を持ってるのか?結局500m進むのに5分以上かかって、昨日より遅い7時33分に辿り着いた。やはり雪道の繁華街経由だと45分程度かかってしまう。普段の3倍の時間を要する。

 8時頃、同僚からTEL。「エンジンがかからないから遅れる」との連絡。今日はマイナス8℃だったが、このところの尋常ではない冷え込みに、車もビックリしたようだ。そして日中も断続的に雪が降っていた。17時20分過ぎに職場を出た。雪がぱらつく中、小和滝経由で日和田方面へ。路面は滑ることは皆無だった。旧国道のT字路から左折。立体を回ってR4を突っ切り、17時50分にはケーズ郡山北店へ。HDMIコードを探す。すると以前ヨーカドー前のケーズに勤務していた年配店員のH氏がいて、TOSHIBA製のケーブルはないのか尋ねたら、どのメーカーでも性能は一緒と言われ、名も無いケーブルは1.5mで2,280円なのだが、とりあえずPanasonicの2,480円のを手にした。H氏が顔で5%引きをメモしてくれ、レジにこれを出すようにと指示。ラッキーだった。ケーズでは随分買い物をしている。そして店内のPCでブログチェック。店内はガラガラだった。レジではカードも提示し、履歴を残す。2,356円。一台前のDVDレコーダー用だ。これまではD3端子で見ていたので、液晶テレビのline2に繋いで、フルHDで最高画質で見れるし、接続自体が簡単になる。18時20分に帰宅。早速テレビを収納するラックの周囲を片付けた。

 21時から23時半まで、妙案が浮かび、立て続けに何と4つのブログ記事を執筆・完成させた。内容はそれぞれバラエティーだ。ストック分が15回以上溜まっているので、公開は当分先だが、結構自信作となった。ひとつは「昔のアイドルネタ」、「伝説の男」シリーズ、あとは「好きだったCM」、「感動話」。浮かぶ時は一気に浮かぶ。

 夜、外を覗くと雪だらけ。明日も朝から雪掃き作業・・・。テレビが届くのに、配送業者が滑って落としてお釈迦にならないことを祈りたい。

 明日は午前中に液晶テレビ(REGZA-32ZP2)が届くので、自宅待機。設置と接続・設定が面倒くさい。

 1月28日(土)くもり

 昨日、一日降り続いた小雪によって、朝5cmほど積もっていた。朝7時半に起きたら、すでに家内が雪掃きを終えていた。申し訳ない。7時43分に山梨県内で震度5弱の大きな地震があった模様。その後、余震も続いているようだ。富士山が噴火するのか?朝、テレビ周辺を整理整頓。8時半過ぎから軽く雪掃き。

 9時15分にケーズの配送センターからTEL。10時前には来訪できるようだ。すると9時50分頃、呼び鈴が鳴り、配送センターの方が来た。雪の中、1.5トンのトラックで乗り付けた。しかも一人で登場。この後、大雪の猪苗代へ行くそうだ。運んで来た箱を見て衝撃。箱自体が薄っぺら!本体で10kg未満。そこから配線を手伝い、さっさと設定を終え、20分で全ての作業を完了してしまった。HDMIケーブルは楽だし、配線もすっきり。さすが手慣れている。3Dグラスと5年保証書を確認。箱は持ち帰ってもらった。画像はD4端子より断然綺麗。同じ32型でも高さが5cm低くなったので、家具調ラックの隙間がかなり空いてしまい、画面が小さく見える。37型でも良さげだが、それだと寸法が入らず硝子扉が開かなくなってしまう。3Dは対応放送の番組でなければ意味がない。逆にブレて見づらい。そしてこれまで使っていたテレビを車に積み込んだ。明日実家へ届ける予定。

 いろいろいじっているうちに本日はBSのすべてのチャンネルが無料で見れることに気づいた。そしてCSも「日本衛星放送」や「東映チャンネル」、「ホームドラマチャンネル」など約70%の有料番組も視聴可能。16日間無料など申し込んでいないのに。カードに秘密があるのか?ちなみにブルーレイのチューナーでは見られず。その後、レグザリンクを試したところ、設定は完璧なのに、なぜかTVのリモコンの録画ボタンを押しても、ブルーレイ(RD-X10)の録画が連動しない。つまりどうしても録画がスタートせず、「HDMI入力端子の信号は録画ができません」という表示しか出ない。故障か?設定ミスか?いくらマニュアルを読んでも、メニューをいじっても作動せず。喜び半減。仕方なしに14時に東芝テレビ相談センターへTEL。葛西さんという女性のオペレーターが対応。症状を告げたところ、リモコンの録画ボタンは、録画機能内蔵のテレビかUSBで外付けHDDを繋いだ時しか使えないようだ。従って、故障ではないとのこと。いくら東芝のブルーレイとHDMIケーブルで繋いでもそこまでは出来なかったようだ。故障でないのならOK。親切な応対に恐縮した。

Tv1

            ↓

Tv2

 14時21分に横揺れの地震。震度2程度。茨城では震度4。日本列島がどうにかなりそうだ。35年以上前に日本テレビで放送していた「日本沈没」を彷彿させる有様だ。

 そして今朝の地元紙の朝刊を読んで愕然と来た。東電が海に垂れ流した放射性廃棄物(汚染水)のせいで、福島県沖の魚介類から高濃度のセシウムが検出された。これにより、福島県の漁協は壊滅状態に。漁師は昨年3月以降、出漁できず、収入減で死活問題だ。特に酷いのは根魚だ。釣り魚としても人気のあるアイナメやカレイ、ドンコ、メバル、ソイ、ヒラメ、スズキ、ヒジキ、ワカメなどからは1kgあたり500ベクレルを超えるもの高い放射性物質が検出された。これではたとえ釣りが出来ても食べられない。もしかすると私が生きている間に、福島県内での海釣りは出来ないかもしれない。

 同じこの日、アイドル時代、清純派の代表で大好きだった菊池桃子が夫でプロゴルファーの西川哲と離婚した。17年間の結婚生活だった。最近、特に芸能人の離婚が相次いでいる。子供がいても、両者の問題で、簡単に別れてしまうように思える。本当に子供の行く末を考えての決断だったのか。子供は犠牲にしないでほしい。hitomi(羽田昌義)や清水宏保(高城麗子)、宮崎あおい(高岡蒼佑)、紗栄子(ダルビッシュ)、浜崎あゆみ(マニュエル・シュワルツ)と立て続けだ。ちなみに菊池桃子はB型で西川はA型、hitomiはA型で羽田はB型、清水宏保はA型で高城はAB型、宮崎あおいはO型で高岡はB型、紗栄子はO型でダルビッシュはA型、浜崎あゆみはA型でマニュエル・シュワルツはB型という結果。同じ血液型同士はいないようだ。やはりA型とB型は対極で性格的に合わないようだ。

 結局この日は、新しいテレビの操作方法になれる目的と初期不良が無いか検査がてら見続けてしまい、一歩も外出しないで終わった。23時15分から、ずっと「やろうやろう」と思っていてなかなか出来なかった確定申告の税額計算と下書き作業を行った。午前12時直前に何とか終わらせた。

 1月29日(日)晴れ

 夕べ午前1時近くまで起きていたら寝坊。8時過ぎに起床した。久し振りの青空。でも2cmほど雪が積もっていた。動画を保存しすぎて、パソコン内のHDDの残り容量が2GBを割ってしまった。Dドライブに移動処理。

 8時45分に自宅を出て、トライアル、吉野家経由で自宅へ向かう。結構が風が強い。8時50分にはトライアルに到着。裏通りはアイスバーン。「麦とホップ」6本入り、単3電池4本入り、寿司チーズ2個、菓子、飴、パン、おにぎりなど8点購入で1,724円。そのまま並木交差点を左折して太田病院の脇を抜け、桃見台の坂を抜けて吉野家へ。車は実家へ。9時ちょうどの到着。納豆定食とお茶を注文。前にいた客も納豆定食。その人が食べ始めて3分後に私のが配膳されたが、あっというまに食べ終わり、先に店を出た。350円。追い越しは気分が良い。その人はまだ半分も終わっていなかった。これだから高血圧と胃腸炎・食道炎を患うのだろう。
 
 その後、9時6分に行きつけの酒屋へ。何と「久保田」の新酒が出ていた。吟醸の「生原酒」と言う銘柄で、一升瓶が3,150円で四合瓶が1,418円。店主とは友達なので、つい写真を撮らせてもらった。酒質は力強い味わいとスッキリしたのど越しだそうだ。使用米は五百万石でアルコール度数は19度。また、久保田と同じ朝日酒造醸造の「越州」の特別限定酒のにごり酒の「雪げしき」も販売していた。こちらは四合瓶だけで1,365円だった。よだれが出る。早くみぞおちが痛む逆流性食道炎を治さねば・・・。

 久保田「生原酒」一升瓶         四合瓶

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越州の「雪げしき」(四合瓶)

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 その後、実家へ立ち寄る。大型テレビを茶の間へ運び込んだ。母親が具合が悪く寝ていた。仏壇に線香を合わせ、炬燵にくるまり、梅干し&たくわん、みかん。飴類をゴチになる。これも血圧と食道炎に悪い。そこに無ければ食べないのだが、あればつい手が出てしまう悪癖。そして、兄が番組録画していた、現在放送中の「東京航空交通管制部(TOKYO CONTROL)」を見させてもらった川原亜矢子、時任三郎らの滅茶面白く、感動的なドラマで、つい、2時間15分かけて3話分立て続けに見た。後日ブルーレイにダビングして貰うのに削除しないようお願いした。ハマってしまった。特に吹石一恵が出る3話は涙もの。このドラマはBSフジで放送されていたものを地デジ用に落としたものだそうだ。BS版では3D撮影したものらしい。詳しくは下をクリックして下さい。

http://www.fujitv.co.jp/otn/TACC/cast.html

 11時40分に実家を出て、11時46分に帰宅した。職場?から電話があったようだ。当番長になったので、誰かの身内に不幸でもあったのか?

 TVのワールドカップスキージャンプの札幌大会で日本の伊東大輝が昨日に続き、2連勝を飾った。日本人13年振りの快挙。これまでも秋元正博、船木和喜、葛西紀明、原田雅彦など有名選手は大勢いたがW杯2連勝は、地元とは言え素晴らしい。大興奮だった。1985年に私が大倉山シャンツェで秋元が日本人初優勝を生で見て以来、そして長野五輪以降、全くパッとしなかった日本の日の丸飛行隊に日はまた昇りそうな印象を受けた。

 17時過ぎ、前の同僚のY氏からTEL。一緒にスキーに行った56歳の先輩からだった。午前中に娘が電話をとったのは彼だったようだ。理由はインターネットで調べて欲しいという依頼。昨年6月に福島で開催されたIAEAの「ENDS FUKUSHIMA SAFTY SUMMIT」についての洋書を読んでいて、その中身を調べていたらしい。良かった。何かあった訳ではなかったようだ。

 さて、今週はずっと雪降りと異常低温。もうすぐ立春なのにこの寒さは30年以上前の状況と変わっていない。温暖化などどこ吹く風、明日も真冬日の予報。寒いのは大の苦手なので辛い。

 

  

 

 

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2012年1月28日 (土)

2012年プロ野球展望

 年が明けたら書こうと思っていた記事がある。間もなく2012年シーズン開幕に向け、全12球団がキャンプインする。昨年は見事に予想を外したが、懲りもせずに、各球団の戦力を分析し、ファン心理や贔屓球団への愛情を一切無視し、野球評論家的に公平な立場で、今年の順位予想を行いたい。

 1 メジャー挑戦組が抜けた後の戦力分析

 今季、メジャー挑戦を表明し、実際に渡米する主な選手は以下の通り。

 ① ダルビッシュ(元・日本ハム)ポスティングでレンジャースと過去最高額で契約
 ② 青木宣親(元・ヤクルト)入団テストの末にブルワーズへ。
 ③ 中島裕之(元・西武)・・・1/6にヤンキースと交渉決裂し、残留決定。
 ④ 川崎宗則(元・ソフトバンク)マイナー契約でマリナーズへ。
 ⑤ 岩隈久志(元・楽天)メジャー契約でマリナーズへ。
 ⑥ 和田 毅(元・ソフトバンク)オリオールズへ。
 ⑦ 真田裕貴(元・横浜)ポスティングは入札無し。各チームの入団テストを受ける予定

Daru Aoki Wada

 いずれも各チームの核と言える主力だった選手だけに、彼等が抜けた穴は大きい。特に日本一に輝いたソフトバンクは相当な痛手であろう。チーム2位でかつ日本人1位の勝ち頭の和田に加え、主将であり、打撃のリードオフマンである川崎を欠くことで戦力ダウンは必至。次に戦力ダウンが大きいのは日本ハム。5年連続防御率1点台で、15勝以上確実のチームの絶対的エースが抜けたことで、先発のコマ不足が露呈。前年の建山に続き、投手陣の柱がいなくなった。一方、WBCでも主力を張った中島が交渉決裂で残留が決まったことは西武にとっては朗報だろう。打点、チーム安打、盗塁数、いずれも数字を残せるだろう。楽天も田中が成長し、岩隈からエースの座を実力で奪い取ったとはいえ、WBCメンバーだった投手陣の精神的な柱を欠くことは相当きつい。こうしてみると、パ・リーグの主力選手のメジャー流出が大きい。それに比べ、セ・リーグは、真田はメジャーでやっていくのは難しいだろうが、実質的には青木のみの戦力ダウン。ヤクルトで1番や3番を打ち、攻走守三拍子揃った好プレーヤーが抜けたのはあまりにも厳しい。そう考えれば、昨年の成績はまるであてにならないだろう。

 それにしても先日、地元のファンに自分の心境を包み隠さず報告したダルビッシュの会見は素晴らしかった。私も北海道に2年住んだことがあり、人の優しさに触れ、とても良い想い出を残せた。北海道のファンは地元の選手を心の底から応援する。ダルもそんなファンを大事にして来た。だから球団にも言っていない本心をきちんと伝え、理解して貰いたいからこそ、球場を無料開放して、7年間の声援に応える意味であのような発言をしたのだと思う。真摯な態度であそこまで言われたら、北海道のファンも納得だし、温かい笑顔で彼をメジャーに送り出すしかない。ひと回りもふた回りも大きくなって、そして世界一のピッチャーになって日本に戻って来てほしい。ファンはそれを待っている。恐らくレンジャースの6年契約提示に対し、5年契約を申し出たのは、30歳でメジャーでNo.1投手の称号を手にしたら、潔く帰国し、再び日本ハムの一員としてファンに恩返ししたいからだろうと思う。まだ25歳、これからますます飛躍可能な年齢だ。彼は松坂のように太らない体質だから、オーバーウェイトによる足腰への負担が少ないために故障する率が低い。1年目から二桁勝利は間違いなくするだろう。メジャーでもバッタバッタ三振の山を築くダルビッシュの勇姿を見れるだろうし、彼の活躍に大いに期待したい。

 2 FA・トレード・ドラフト・外国人助っ人獲得による新戦力分析

 誰が見ても一番得したのは巨人で、大損したのがソフトバンクだ。かつて常勝西武の主力メンバー(秋山・工藤・石毛など)がこぞってダイエーに移籍したように、なまじ日本一になるチームというのは、そのオフの年俸調整でひと悶着起きたり、目標が見えなくなり、いざこざが起きやすい。ドラフト制度によって選手が平等に分配しやすくなったが、FA制度の導入によって、チーム運営力や金銭力のあるチーム、昔から選手の憧れだった在京セ・リーグの人気チームに有力選手が集まりやすい構図となった。巨人はFAの権利を最大限利用して、日本一のソフトバンクから19勝で最多勝に輝いたホールトンと準エースの左腕・杉内を獲得し、前年の投手崩壊&チーム低迷のシナリオを一気に解消した。今季は先発ローテーションの4人(ホールトン・内海・杉内・澤村)が確定。残りひと枠、昨季不振に喘いだ東野が食い込めるか。また、横浜から村田をFAで獲得したが、ほぼ交換トレードに等しく、実績十分だったラミレスが抜けた穴を埋めれるか?小笠原・谷・高橋のベテラン勢がどこまで復活できるかによっては優勝に最も近い存在と言える。しかし、個人的にはゴンザレスやグライシンガーの例もある。ホールトンも額面通りの成績を残せるかどうかは不確定だ。しかしながら、巨人は昔からV奪還を逃したオフには現金を惜しげもなくばらまき、大がかりな戦力補強を敢行する。このやり方は昔から変わらない。2007年オフにヤクルトのエースで最多勝投手だったグライシンガー、本塁打と打点の2冠王だったヤクルトのラミレスを、そして横浜の守護神だったクルーンまで獲得。一気に優勝候補に躍り出て、4年振りに復帰した原巨人の連覇に貢献した。それとまったく同じ図式が繰り返された。小久保の成績が落ち目になるとすかさず日本ハムから小笠原を獲得したように、巨人の補強は見境ない。だから、新人王を4年連続で輩出しているとはいえ、生え抜きの若手が育たないのだ。これは何度も当ブログで指摘してきた。出番を与えず、若手の成長の芽を自らが摘んでしまっている。大田や辻内は今年がラストチャンスだろう。結果が出ないとトレード要員になることは見えている。

Holton Sugiuchi Murata 

 一方、日本ハムはドラフトで大失敗。横槍を入れて菅野を強行指名したが、結果は入団拒否され、散々な結果となった。ドラフトで成功したのは阪神と広島。特に阪神は、慶應のスラッガー伊藤に加え、高速フォークでバッタバッタ三振がとれる歳内を獲得できたのは相当な戦力アップ。体力に翳りの見える金本の代役は十分に果たせそう。逆に金本が代打で控えている方が、他球団にとっては脅威。かつての真弓や八木のように。

 広島も明治大のエースで、4年前の広陵高校時代に甲子園準優勝投手となった野村を獲得し、昨年の早稲田の福井優也と合わせ、すぐにでもローテーション入り出来る戦力を確保した。ロッテも最高の補強が出来た。東洋大の奪三振王・藤岡、近畿大のエース中後を獲得したことは大きい。個人的にはオリックスの玄人好みの人選に賞賛したい。即戦力の社会人ばかりを獲得した。中日は戦力ダウン必至。チェンがメジャー移籍したことが痛い。佐伯も引退した。また、今のところトレードでの大幅な戦力変化は見られない。ヤクルトはホワイトセルがロッテへ。巨人はラミレスが横浜へ。マイケル中村とグライシンガーも西武、ロッテへそれぞれ移籍した。昨季使いものにならなかったアルバデラホ、トーレス、フィールズは解雇となった。やはり巨人のスカウトは人を見る目が全く無い節穴だ。横浜はスレッジが古巣日本ハムへ移籍した。また、巨人から二岡とセットで日本ハムに移籍していた林昌範投手が横浜へ移籍となった。楽天は西武から出戻りとしてフェルナンデスを獲得し、山崎の抜けた主力を担う。中日はその山崎を獲得した。そして1月28日に、川上憲伸が古巣の中日に復帰するというニュースが飛び込んで来た。中日ファンにとっては大歓迎だろうが、私は感心できない。故障がちでメジャーとの契約がまとまらなかったから「繋ぎ」という感覚が見て取れるからだ。これでモチベーションが保てるのか?1年間の生活費の足しにしたいという思惑しか感じない。たぶん10勝もできずに終わると思っている。やはりチェンの代わりにはならないだろう。

 このようにめまぐるしく多数の有力選手が他チームへ移籍したが、まるで「はないちもんめ」の様相で、人身売買のような図式が甚だしく、そのリーグやチームに馴染むまでには時間がかかるとみている。私は横浜DeNAが、結構戦力的に充実して来たように思える。新戦力の勝ち組は、巨人・ロッテ・オリックス・横浜で、負け組はソフトバンク・ヤクルト・日本ハム・中日だと思っている。

 3 監督交代による順位浮沈分析

 今季、監督が替わるのは以下の通り。

 セ・リーグ・・・ 阪神(真弓→和田)、横浜(尾花→中畑)、中日(落合→高木)
 パ・リーグ・・・ 日本ハム(梨田→栗山)

Wadakantoku Nakahata Kuriyama 

 監督留任のチームの方針や戦い方の基本精神は昨季とそんなに変わらない。堅実な複数年計画で、着実に戦力アップを整えている。一方、新監督のチームはかなり厳しい戦いを強いられるだろう。その監督の戦術を理解するのに時間を要するし、監督の性質も即座には選手に浸透しない。やはり3年やらないと結果は出ないと思う。昔、フロントがまずい判断をして、付き焼き刃な発想から、たいした統率力も人望も無い投手出身のOBを監督にして3年間チームがBクラスに低迷したチームもいたが・・・。阪神は内部コーチの昇格で済ませたので、まだ怪我は少ない。いやむしろ阪神はカラーが鮮明なので逆に台風の目となり得る。別段阪神ファンに迎合している訳ではなく、和田監督は、じっくり腰を据えた守備重視の野球をしてくれそうな気がする。横浜は身売りにより、経営母体が一新し、チーム改革に躍起になっている。高田GMが就任し、巨人OBの中畑氏を監督に据え、元気を売りにしている。盟友の高木豊氏をヘッドコーチに招へいし、どういうかじ取りをするか見物だ。しかし、同郷で先輩後輩の間柄として敢えて言わせて貰えれば、中畑清が監督になっても、1年目は順位が大きく変わることはないと予想している。やはり、監督は選手より目立ってはいけないし、周囲を観察することが何より大事。大局を見失い、お調子者で終わらないことを祈る。おそらく開幕から4月中は勢いに乗るかもしれないが、長いシーズン、失速して終わってみれば定位置ということも十分有り得る。

 今回の戦力分析で一番の痛手は中日。落合監督の性格は嫌いだったが、守りを重視し、1点の失点を防ぐ堅実な野球スタイルは賞賛に値するものだった。しかし、出戻りとなる高木監督の方針は、野手出身の監督だけに、投手中心ではなく、打ち勝つ野球の印象を受ける。ここに穴があるように思われてならない。投打の核を築き上げることが出来れば連覇も考えられるが、一歩間違うとBクラス低迷、シーズン途中で解任ということも可能性はゼロではない。日本ハムの監督に就任した栗山は、未知数。確かに頭の良い野球を実践すると思うが、急な戦術変更は戸惑いがあるし、絶対的エース・ダルビッシュが抜けた穴はあまりにも大きい。1年目から結果を求めるのは酷かもしれない。

 4 監督の血液型による分析

 中日   高木守道    O型   ソフトバンク 秋山幸二  O型
 ヤクルト 小川淳司   A型   日本ハム   栗山秀樹  A型
 巨人   原 辰徳   A型   西武      渡辺久信  A型
 阪神   和田 豊   O型   オリックス  岡田彰信  A型 
 広島   野村謙二郎 B型   楽天      星野仙一 O型                  
 横浜   中畑 清     A型    ロッテ     西村徳文 A型

 見ておわかりだろう。NPBの監督はA型(7人)とO型(4人)で占められている不思議。名球会に入るような名選手はO型が圧倒的に多いのに、選手の実力を冷静に見て、適材適所で起用する確かな目を持つ人材ということから判断して、監督業はA型が向いているのかもしれない。昔ながらの力でねじ伏せる豪快野球時代の名監督は、親分肌のO型が圧倒的に多かった。しかし、最近の細かく、役割分担がしっかりしている管理型の「スモールベースボール」には、どうやら繊細な感覚の持ち主であるA型が向いているようだ。一方、B型はひとり。私は元来、マイペースのB型は団体スポーツには不向きで、まして人をまとめる監督業には一番向いていないと思っている。B型は、明石家さんまや金やん、長嶋のように、自分で自分が一番好きで、誰よりも目立たないと気が済まない。選手を立てるよりも自分が楽しんでしまう。よって傍目には楽しいが、調整力や統率力という点では欠けている。これまでB型の名監督は野村克也がいた。独創的な一流の野球理論を展開した。でもやはり、ヤクルト時代も楽天時代も監督自身が誰よりも目立っていた。また、今年は誰もいないが、個人的にはAB型こそ監督には向いていると思っている。かつての南海・鶴岡、巨人・西鉄などで智将として名高い三原、そして日本ハムを優勝に導いた親分こと大沢などがそうだ。AB型は合理的に物事を進める理論派が多いので、適任だと思っている。実は桑田真澄はこの型で、名監督になれる器は十分だった。横浜DeNAのフロント陣にもの申すが、「逃した魚は大きい」・・・。    

 さて、これらの分析から今季のペナントレースの順位を予想したい。キャンプイン直前のどこよりも早い予想だから、価値があるだろう。ただし、当たらないからといって問題にしないで貰いたい。これで金儲けしていることは一切ないし、一個人の他愛のないひとり言だと思って参考程度にしてほしい。しかるに、今季のセ・リーグとパ・リーグの順位予想は・・・。

 セ・リーグ     パ・リーグ 

1位 巨人     1位 西武 
2位 阪神     2位 オリックス
3位 ヤクルト   3位 ソフトバンク
4位 広島     4位 楽天 
5位 中日     5位 ロッテ
6位 横浜     6位 日本ハム

 セ・リーグは巨人・阪神・ヤクルトの3強争い。GWくらいまでは広島が首位に立つ公算もある。先発・中継ぎとコマが揃っている。抑えの永川次第だが、復活するだろう。投手の育成は昔から長けているチームだ。それくらい戦力が整っている。心配材料は打撃陣。投手力があるので、失点は少ないと思うので、打線の奮起に期待したい。横浜は戦力的には補強により整っているが、チームとしての団結力がほしい。チームのために一丸となる姿勢も重要だろう。

 パ・リーグは、西武とオリックス、ソフトバンクの争い。私は岡田監督の選手起用や采配を高く買っているので、5月くらいまでは独走状態を築くかもしれない。昨季のシーズン終了間際の追い込みがフロッグでないことを証明したい。日本ハムのファンには大変申し訳ないが、監督交代と防御率5年連続1点台の絶対的エースダルビッシュが抜けた影響はあまりにも大きい。そして中継ぎエースの林が抜けた穴も。平均年齢が高くなってしまったロッテと同様、最下位争いをする公算が高いと見てこのような順位予想になったことをお許し頂きたい。

 最後に、これらの予想はあくまで総合力を正当に判断したものである。当たるも八卦当たらぬも八卦、こういう予想を立てることこそ意義がある。何もしないでプロ野球を観戦するよりも、どうなるか自分で予め順位を考えておけば、見ている側もスリリングで、別の楽しみ方が出来る。贔屓チームはあるだろうが、一歩引いて、12球団を幅広く眺め、専門家気取りで冷静に戦力分析すると、意外にも他チームの実情も見えて来る。ぜひお試しあれ。

 記事作成:1月4日(水) 

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2012年1月27日 (金)

伝説の男⑦ ~栄光と挫折の果てに~

Tsuburaya1  この写真を見て、名前をすぐに答えられた人は50歳以上か同じ出身地の方であろう。彼は死ぬまで日の丸の重圧と闘い続け、非業の死を遂げた伝説のランナーと言って然るべき人物だ。何を隠そう、私は彼がゆかりの深い同郷の出身だし、彼が出場した東京オリンピックの生まれである。時を遡ること48年前の1964年に、国家の威信をかけ、「戦後復興」のアピールを全世界に発信する上で、是が非でも成功させたい国家プロジェクトがこの東京オリンピックだった。私は9月生まれなので、10月開幕し、彼が一躍ヒーローになったレースの際には、既にこの世に生を受けていた。従って、彼の功績はすべて理解しているし、表彰台の栄光を手にしたばかりに、その後、日本人の期待を一身に背負い、その重圧に押し潰されたマラソンランナーだった。さて、ここまで言えば、彼の名前を思い出していただけただろうか?「君原健二選手?」まだお分かりになりませんか?「お嬢様の目はやはり節穴ですか?」というセリフがつい頭を過る。ではもっと付け加えて説明しよう。彼は福島県の須賀川出身で、「東京オリンピック」では、花形種目の男子マラソンに出場した。そして、記憶に残るエチオピアの名ランナー、アベベが圧勝したそのレースで、競技場に2位で姿を現したのが誰あろう彼だった。しかし、数メ―トル後方を追い上げて来た外国人ランナーに、日本中の視線が集まったその競技場内で抜かれ、3位に落ちた。歓声と怒号が交錯する中、日本人で最高位、そして初のメダルを獲得する快挙を成し遂げたのだった。しかし、なまじこの大会を転換期として英雄に祀り立てられたばかりに、彼は予期せぬ重圧と闘うことを強いられた。日本人の期待を一身に背負って、次回五輪のメキシコオリンピックに向け、厳しい練習に耐えていた。しかし、心ならずも、故障に泣き、思うようにタイムが上がらない不遇に苛まれた。そして彼は、自ら「死」を選び、この世を去ったのだった。ここまで言えばもう理解しただろう。そう、彼の名は「円谷幸吉(つぶらやこうきち)」である。今日は彼の栄光と孤独に満ちた壮絶なマラソン人生にスポットを当ててみたい。

Tsuburaya3 Tsuburaya2

<円谷幸吉のプロフ>

 円谷 幸吉(つぶらや こうきち、本名:つむらや こうきち、1940年(昭和15年)5月13日 - 1968年(昭和43年)1月9日)は日本の陸上競技(長距離走・マラソン)選手、陸上自衛 官。 福島県岩瀬郡須賀川町(現・須賀川市)出身。自衛隊体育学校所属。最終階級は2等陸尉。中央大学経済学部卒。

 須賀川第一中学校を経て須賀川高校卒業後、1959年陸上自衛隊へ入隊。郡山駐屯地に配属となり、同僚と二人で郡山自衛隊陸上部を立ち上げる。次第に陸上競技の実績が認められ、自衛隊の管区対抗駅伝や、県対抗東日本縦断駅伝などに出場した。一方、オーバーワークから腰痛のカリエスを持病として抱え、後年悩まされるようになる。1962年、東京五輪に備えて前年発足した自衛隊体育学校に駅伝チームのコーチ畠野洋夫の推薦を受けて入校する。10月の日本選手権で5000mに日本歴代2位の記録を出し、日本陸連からオリンピック強化指定選手に選ばれる。翌1963年8月には2万mで2位ながら世界記録を更新。10月の競技会では好記録を連発して1万mのオリンピック代表選手に選ばれた。東京オリンピック開催年の1964年、同年3月20日の中日マラソンで初マラソンに挑戦。2:23:31で5位となる。それからわずか約3週間後の4月12日、オリンピックの最終選考会となる毎日マラソンに出場、2:18:20.2で君原健二に次ぐ2位となり、マラソンでもオリンピック代表となる。

 東京五輪本番では、まず陸上競技初日に行われた男子10000mに出場し、6位入賞と健闘。これは日本男子の陸上トラック競技では戦後初の入賞であった。一方、最終日に行われる男子マラソンについては、君原が日本人では最有力と目されており、円谷は経験の少なさのためあまり注目はされていなかった。しかし、男子マラソン本番では君原や寺沢徹がメダル争いから脱落する中、円谷だけが上位にとどまり、ゴールの国立競技場に2位で戻ってくる。だが、後ろに迫っていたイギリスのベイジル・ヒートリーにトラックで追い抜かれた。これについては、「男は後ろを振り向いてはいけない」との父親の戒めを愚直にまで守り通したがゆえ、トラック上での駆け引きが出来なかったことが一因として考えられている。とはいえ、自己ベストの2:16:22.8(結果的に生涯記録となる)で3位となり、銅メダルを獲得した。これは東京五輪で日本が陸上競技に於いて獲得した唯一のメダルとなり、さらに男子10000mと合わせて2種目入賞も果たして「日本陸上界を救った」とまで言われた。レースの模様は以下の通り。

 次の目標を「メキシコシティオリンピックでの金メダル獲得」と円谷は宣言した。しかし、その後は様々な不運に見舞われ続けた。所属する自衛隊体育学校の校長が円谷と畠野の理解者だった吉井武繁から吉池重朝に替わり、それまで選手育成のために許されて来た特別待遇を見直す方針変更を打ち出した。吉池は円谷の婚約を「次のオリンピックの方が大事」と認めず、結果的に破談に追い込んでしまう。周囲の期待に応えるため、オーバーワークを重ね、腰痛が再発する。病状は悪化して椎間板ヘルニアを発症。1967年には手術を受ける。病状は回復したが、既に嘗てのような走りを出来る状態ではなかった。メキシコシティ五輪の開催年となった1968年、年明け間もない1月9日に、円谷は自衛隊体育学校宿舎の自室にてカミソリで頸動脈を切って自殺。27歳での夭折だった。戒名は「最勝院功誉是真幸吉居士」。

 「父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました」から始まり、「幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」で結ばれている遺書にしたためた家族達への感謝と、特に「幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」の言葉は、当時の世間に大きな衝撃を与え、また円谷の関係者ら多くの涙を誘った。

 現在は、彼の銅像が母校の福島県立須賀川高等学校に遺されている。彼の遺志は、その後、同僚だった君原健二によって受け継がれ、幸吉が「メキシコで日の丸を上げる」と決意し親友・君原と固く誓った約束を、銀メダル獲得という栄誉で果たしたのである。君原氏は、毎年、幸吉の郷里で行われている、彼の偉業を称える「円谷幸吉メモリアルマラソン」にゲストとして参加している。レース前には必ず彼の墓参りを行い、大好きだったビールを墓前に供えお参りをするという。

 彼は東北人特有の実直で生真面目で融通の利かない泥臭い人間で、気持ちが弱い人間だったかもしれない。しかし、自ら死を選ぶほど、追い込まれていたのも事実だ。日の丸を背負うことの意義、そしてその重圧を誰よりも孤独の中で噛みしめていたに相違ない。私は同じ郷里の人間として、彼の偉業を誇りに思う。最後に、あの川端康成を以て「美しくて、まことで、かなしいひびきだ」「千万言も尽くせぬ哀切」と言わしめた、涙がとめどなく流れ落ちる彼の遺書の文面を紹介して結びとしたい。

 記事作成:12月20日(火)

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2012年1月26日 (木)

私が好きだったCM⑯

 TDKカセットテープCM

 このCMはバブル時代を象徴するかのような勢いを感じる作品だった。実際はバブル崩壊後の1989年と1990年に流れていたが、コンセプトはバブル絶頂期のまま。出演していたのは若きカリスマロッカーの小比類巻かほる。恐らく35歳以上の方は覚えているだろう。とにかくノリノリでカッコいい女性シンガーだった。今も現役の歌手で、KOHHYというネームで音楽活動を続けている。特に、ビルの屋上でカクテル光線を浴びて摩天楼をバックに歌うシーンが盛りだくさんのTDKのCMはスケールが大きくて大好きだった。そしてもうひとつは、車の往来が激しいストリートで、ヘッドライトの波をバックに従えてダンス付きでカッコよく歌う作品。その模様は、この時代の繁栄をそのまま映していたように思える。では早速ご覧頂きたい。

 摩天楼バージョン

 メイキングPVはコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=Sb_tcwuzXmM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=5Dc_OH_-CUo&feature=related

 ストリートバージョン

 ショートバージョンはコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=MfLsgdVq4TQ&NR=1

 その他のバージョンはコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=uPJSY-bYkVw&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=1AwPvsaaCZ8&feature=related

 今考えるとカセットテープのCMなんて懐かしい。しかもメタルポジションやクロームポジション、ハイポジション(ハイポジ)などという、今となっては死語のも言える製品だ。CDのないアナログ時代に、とことん高音質を追及した末に出来上がったのがこのテープだった。時代の流れや栄枯盛衰を感じてしまう。ご覧頂いてわかる通り、小比類巻かほるは21年も前なのに、やたらとカッコ良かった。レザーファッションもうまく着こなし、変に飾っている感じも無く、自然体であったことでストレートに伝わってきた、今では数少ないシンガーのひとりだった。

 記事作成:11月30日(水)

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2012年1月25日 (水)

人気女性ユニットの変遷

 今日は思いつき企画だが、私が生まれた1964年以降、各年代別に歌謡界を彩った女性デュオやユニットを中心に、その変遷を辿りたい。各時代で流行った古い曲にもかかわらず、デュオとかユニットによる楽曲となると、カラオケで歌われやすく、あまり古さを感じない。今回はそんな方々や曲を紹介したい。なお、当然ながら全員は紹介しきれないので、衆知のヒット曲のある、私のお気に入りだったシンガーに絞ってお送りしたい。 

 <1960年代>

 ザ・ピーナッツ

 1960年代の最強デュオで、女性二人組シンガーの草分け的存在。一世を風靡したシャボン玉ホリデーにもレギュラー出演し、人気を不動のものとした。東宝映画「モスラ」を目覚めさせる小人役などには欠かせない存在だった。彼女たちは一卵性双生児で、ほくろの位置でしか見分けがつかないほど似ていた。姉が伊藤エミで妹が伊藤ユミ。姉のエミは、1970年代の大スター、ジュリーこと沢田研二と結婚したが、12年後に離婚した。美しいハーモニーのデュエットソングが大ヒットした。代表作は「ふりむかないで」、「コーヒールンバ」(1962年)、「恋のバカンス」(1963年)、「恋のフーガ」(1967年)などがある。

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http://www.youtube.com/watch?v=cnLEkXLIobI&feature=related

 彼女たちの曲はすでに半世紀前だというのに、デュエットの名曲としてカラオケで若い世代にも好んで歌われ、受け継がれている。

 <1970年代>

 キャンディーズ

 彼女たちの登場が新たなグループアイドルのターニングポイントになったと思っている。メンバーは伊藤蘭(ラン)、田中好子(スー)、藤村美樹(ミキ)の3人組。レコードデビューは1973年だが、スクールメイツとして活動していた時期もある。8時だヨ!全員集合のアシスタントとしてテレビ出演開始。代表作は「年下の男の子」、「春一番」、「ハートのエースが出てこない」、「暑中お見舞い申し上げます」、「微笑がえし」など。個人的にはプロポーズ大作戦のテーマソングになった「ラッキーチャンスを逃さないで」が好きだった。1978年に絶頂期に突然、「普通の女の子に戻りたい」という名言を残し、後楽園球場での解散コンサートを最後に解散した。その後、ランとスーが芸能界復帰。長年再結成が望まれたが、 昨年、メンバーの一人だったスーちゃんこと田中好子さんが52歳という若さでこの世を去った。

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http://www.youtube.com/watch?v=HFeum2PL9So&feature=related

 ピンクレディー

 昭和51年にスター誕生から生まれた2人組アイドルユニット。デビュー曲「ペッパー警部」を引っ提げ、彗星の如くブラウン管デビューを果たした。静岡県出身のミー(根本美鶴代)とケイ(増田恵子)。阿久悠と都倉俊一の名コンビで、昭和52年頃から54年頃までヒット曲を連発した。グループ名に恥じない身なりで、それまではタブーとされた超ミニスカートやショートパンツでスラリと伸びた長い生足を惜しげもなく披露し、世の脚光を浴びた。そして激しいまでの振り付けで、一曲休みなく踊り狂う。「S.O.S」、「カルメン’77」、「渚のシンドバッド」、「ウォンテッド」、「UFO」、「サウスポー」、「モンスター」、「透明人間」、「カメレオンアーミー」など短期間に次々レコードを発売し、いずれも大ヒットした。テレビ番組に出ずっぱりで、絶頂期には睡眠時間が3時間程度だったと聞く。私は「ピンク百発百中」という冠番組と「透明人間」のシースルーのセクシー衣裳、そしてサウスポーの歌が好きだった。そして「UFO」では、アイドルとして初めて「レコード大賞」を受賞した。ちびっこが彼女たちの激しいダンスを真似して踊りながら歌っていたものだ。1980年に解散を発表し、後楽園球場で解散コンサートを実施したが、2010年に、50歳を越えて再び活動を再開した。

Pinklady Pinklady2

http://www.youtube.com/watch?v=smUIcEnfyPc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=-MrVtlNTB4g&feature=related

 ザ・リリーズ

 1970年代を中心に活動した双子姉妹の燕奈緒美、燕真由美(つばめ なおみ、つばめ まゆみ、1960年12月7日- )の女性アイドルデュオ。北海道夕張出身。1975年(昭和50年)に「水色のときめき」でデビュー。2ndシングルの「好きよキャプテン」が最大のヒット曲(オリコン最高39位、売上8万枚)となり、現在でも広く知られている。きっかけは、同年引退した同事務所所属の同じ双子女性歌手のザ・ピーナッツの後継として期待をかけられていた。事実、事務所は ザ・ピーナッツ引退により、「ザ・リリーズのデビュー時期を計画より早めたとされる。 双子ととあって声質が似ている。デビュー当初の楽曲はユニゾンのパートが多く、独特のハーモニーを醸し出していた。曲調としてはアイドルソングは少なく、フォークソングを意識したバラード調のものが多かった。姉・奈緒美が1985年頃に結婚して出産を控えたため、「リリーズ」の活動は1986年以降休止状態となり、未婚の妹・真由美の単独でタレント業をこなしていくことになった。2005年、再結成して現在に至る。

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 70年代はカレッジフォークブームや高度経済成長期の独創的なファッション(男性の長髪やパンタロン、ブーツ)などの文化が栄えた時代だった。他には「恋のインディアン人形」を歌い、香港出身なのにステージ衣装もアメリカインディアンをイメージした風貌のリンリン・ランランもいた。

 <1980年代>

 あみん

 「あみん」は1982年にデビューした岡村孝子(おかむら たかこ 1962年1月29日- 愛知県岡崎市出身)と、加藤 晴子(かとう はるこ 1963年1月2日- 愛知県豊川市出身)の2人による音楽グループ。 アルファベット表記は「Aming」。椙山女学園の女子大生ユニットとしてデュエットの名曲「待つわ」が大ヒットして脚光を浴びた。やや大人し目の印象だった。1982年春のヤマハポプコンにてグランプリを受賞したことがデビューのきっかけとなった。同年には紅白歌合戦にも出場した。その後加藤が大学を卒業して就職、その後結婚。岡村は大学を中退し、ソロデビューして現在に至るが、1997年に近鉄の主力だった石井浩朗と結婚して一女をもうけ、子育てのため歌手活動を中断したが、2003年に離婚した。私は彼女の代表作「夢をあきらめないで」とドラマ「五月の風」のテーマ曲となった「Good-Day~思い出に変わるならば~」が大好きだった。メロディーメーカーのため、CMやドラマ、番組のエンディング曲などに使われた曲が多数ある。

Aming Aming2

http://www.youtube.com/watch?v=IO_OVbO8LmY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=OO7W1WP-CmQ&feature=related

 BaBe

 失礼ながら私のブログをご覧の方で、BaBe(ベイブ)のことを覚えている人というのは、恐らく35歳以上の方ではないだろうか。1980年代後半に流行った洋楽のバナナラマやアラベスクといったディスコミュージック系のノリで、それを日本語バージョンとして歌と踊りで一世を風靡したのが彼女たち2人組だった。彼女たちの活躍は後のWINKにバトンを渡す形となったが、デビュー年の新人賞を総ナメにした秀逸したダンシングシンガーだった。詳細を述べると、1987年、流行だったユーロビートのカバー曲「Give Me Up」でデビュー。ダンスをを踊りながら歌うスタイルで、色白で奔放な性格の近藤と、色黒で控えめな性格の二階堂というキャラクターの組み合わせであった。洋楽のカバーを多数リリースしてヒットしたことでも知られたが、1990年に解散した。代表曲は「Give Me Up」とレコ大新人賞受賞曲の「I Don't Know !」、ドラマ主題歌になった「Get a Chance」などだ。シングル8曲、アルバム8枚出したが、二階堂の妊娠・結婚によって突然解散したのが残念だった。

Babe1 Babe2

 では懐かしい「オールナイトFuji」の映像からどうぞ!

http://www.youtube.com/watch?v=047N15bRQOc&feature=related

 これ以外にも1980年代を彩った女性グループと言えば、おニャン子クラブや3人組の「シュガー」や「おかわりシスターズ」、「少女隊」などがいた。いずれ「おニャン子」や「夕ニャン」については特集記事を組むこともあるので、今回は触れないでおく。

 <1990年代>

 Wink

 1980年代後半から1990年代中期にかけて活躍した、日本の女性アイドル・ポップス・ユニット。鈴木早智子と相田翔子の二人組。現在は活動休止中。)1988年4月「Sugar Baby Love」でレコードデビュー。1989年、「愛が止まらない~Turn It into Love~」で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(上期)を受賞。同年「淋しい熱帯魚」で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(年間)、第31回日本レコード大賞を受賞。また同曲で第40回NHK紅白歌合戦に出場した。以来、フランス人形のような可愛らしい装いとあどけないベビーフェイスな顔立ち、そして独特な踊りによって爆発的な人気が出た。1991年くらいまでトップアイドルとして君臨し、リリースする曲がメガヒットという状態だった。1996年3月末をもって活動停止。活動期間は7年11カ月だった。現在はタレントおよび女優としてそれぞれ活動している。 私が好きだったのは病院を舞台にした、南野陽子主演のドラマ「熱っぽいの」の主題歌で使われた『Sugar Baby Love』と踊りが可愛かった「淋しい熱帯魚」。

Wink1 Wink2

  Mi-Ke

  このグループも覚えていますか?もちろん「マイク」と読むのではない。「ミケ」である。アイドルグループとして1991年にデビュー。振り付けを意識した当時のアイドルグループの形態をとりながらも、アルバムごとにテーマを定めたリバイバル・カバープロジェクトであった。グループ名の由来はメンバー3名の個性を活かして三毛猫から取っており、白が宇徳敬子、茶色が村上遙、黒が渡辺真美というように色が分けられていた。ビーイングのサウンド、アレンジ、パロディを含めたプロデュースが光り、日本レコード大賞、日本有線大賞、全日本有線放送大賞、日本ゴールドディスク大賞と各音楽賞の最優秀新人賞を総ナメにし、『第42回NHK紅白歌合戦』(「想い出の九十九里浜」)にも出場。1992年4月、同月から放送が開始された『NHKヒットステージ』にてアシスタントとしてレギュラー出演。翌年3月の放送終了まで出演した。ボーカルを務める宇徳敬子は、1993年にシングルCDでソロデビューし、Mi-Keとしては同年にシングル「Please Please Me,LOVE」をリリース後、CD発売や音楽活動は自然に停止している状態である。代表曲は「想い出の九十九里浜」、「好きさ好きさ好きさ」、「ブルーライトヨコスカ」など。1991年から1993年までの短い活動だった。

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 Kiroro

 沖縄県出身の歌唱力抜群の女性デュオとして登場した。私は雰囲気と言い、曲調と言い、「あみん」の路線かと思ったが、その卓越したメロディーと歌詞の美しさに虜になった。詳細は、沖縄県中頭郡読谷村出身の二人組の音楽グループ。所属事務所はJVCエンタテインメント。公式ファンクラブは「キロロ・ココロ・クラブ」である。メンバー 玉城千春(たましろ ちはる、1977年4月17日 - 、A型)ボーカル担当。1998年1月に『長い間』でメジャーデビュー。1998年・1999年・2001年にはNHK紅白歌合戦に出場した。その後、シングル、アルバムとヒット曲を連発し、美しいハーモニーで、それでいて誰にも歌いやすく、優しいメロディーが世に受け入れられた。しかし、現在は活動休止状態である。なぜなら両者ともに結婚、出産、育児のためである。それぞれ先を争うように2子、3子と立て続けに出産によるためである。再びあの美しい声を聞きたいのは私だけではないだろう。代表作は「長い間」、「未来へ」、「冬のうた」、「Best Friend」などである。

 MAX

 ダンスユニット「SUPER MONKEY'S」から安室奈美恵を除く4名によって結成された。「MAX」というグループ名は、「Musical(音楽的な)」、「Active(活動的な)」、「eXperience(経験、体験)」の頭文字の略でもある。活動期は1995年~2002年と2002年~2008年までの二期に分けられる。メンバーはNana/Mina/Reina/Lina。主なヒット曲は「Give me a Shake」、「Shinin' on- Shinin' love」、「Grace of my heart」など。

Max

  これ以外にも「シェイプアップガールズ」とか「ギリギリガールズ」など、多人数のお色気グループが続々登場した。そしてイエローキャブ出身のモデルも多数マスコミを賑わした。

 由紀さおり/安田祥子

 ここでグッと平均年齢が上がったが、彼女たち姉妹のデュエットは、その歌唱力で他を圧倒し、群を抜いている。格が違う感じ。キャリアは長く、芸能界歴は古い。由紀さおりは1965年に歌手デビューし、1969年に「夜明けのスキャット」が大ヒットし、ミリオンセラーを記録。その年の紅白にも出演し、その人気を不動のものとした。1985年より姉・安田祥子と共に童謡コンサートをスタートさせ、徐々に歌手活動に再び重点を置くようになる。そして童謡ブームの火つけ役となる。1987年には童謡歌手としてNHK紅白歌合戦へ9年ぶりに復帰し、以降2001年まで紅白の常連として出演した。実姉の安田とのレパートリーは童謡・唱歌に留まらず、オリジナル楽曲、歌謡曲、クラッシック、アニメ主題歌など多ジャンルに渡っており、特にスキャットで唄った「トルコ行進曲」は1997年の紅白歌合戦において披露されたことで一躍全国に認知された。歌の上手さ、ハーモニーの美しさではピカイチだ。この境地はもはや藝術の域である。

Yukiyasuda

http://www.youtube.com/watch?v=Ntnhup459uo&feature=related

  ここでお断りを入れたい。21世紀以降は「モーニング娘。」や「AKB48」、「少女時代」、「KARA」など大人数の女性グループが多く登場したため、今回のメインテーマのデュオやユニットからは趣旨が異なるので今回は割愛させて頂く。 

 なお、女性ヴォーカルのバンド(ガールズバンド)については触れなかったが、ここでまとめて主なアーティストの名前を紹介したい。なお日本人の女性ロックバンドが登場したのは1980年代以降なので、そこから記載したい。いずれ特集記事を組めそうなユニットがうじゃうじゃ目白押し。

 <1980年代>

 トムキャット「ふられ気分でRock'n Roll」、ザ・ヴィーナス「Kissは目にして」、レベッカ「フレンズ」、リンドバーグ「今すぐKiss me」、プリンセス・プリンセス「Daimonds」、PINK SAPPHIRE「P.S I love you」、SHOW-YA「素敵にダンシング」他。 

 <1990年代>

 GO-BANG'S「あいにきて I・NEED・YOU」、ポケットビスケッツ「POWER」、ブラックビスケッツ「Timing」、trf 「BOY MEETS GIRL」、JITTERIN'JINN「プレゼント」、JUDY AND MARY「そばかす」、Hysteric Blue「春~Spring~」、the brilliant green「There will be love there -愛のある場所-」、ZARD「負けないで」、My Little Lover「Hello, Again~昔からある場所~」、Every Little Thing「For the moment」 他。

 <2000年代>

 ZONE「secret base~君がくれたもの~」、Whiteberry「夏祭り」他。

 以上、各年代を追って歌謡界を賑わせた女性デュオやユニットを紹介した。お気に入りのシンガーはあったでしょうか?とかく音楽界は血も涙も無いほど使い捨てが多い業界で、流行り廃りは激しいものの、自分の青春時代に流行った曲、恋人と聞いた曲などを考えると「歌は時代を映す鏡だ」という表現がなるほどよくわかる。先人たちがその道を切り開いたからこそ、同様のユニットが育ったと言える。時々こうして古き佳き時代の音楽に触れてみるのも一興だろう。きっと埋もれていた才能を再発見できるかもしれないし、その時代背景や若かりし頃の自分を取り戻せること請け合いだ。

 記事作成:1月10日(火)~11日(水) 

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2012年1月24日 (火)

あのスターの意外な過去

 今も現役で活躍する芸能人やスターの意外な素顔や昔のお姿、才能を過去の貴重な映像で振り返りたい。続編も考えているので本日は5名(組)紹介したい。

 1.風見しんご

 彼は今でこそTBSの日曜の昼下がり放送の「噂の東京マガジン」のレポーターをしているが、その昔は萩本欽一ファミリーの一員だった。そして運動神経が抜群に良く、当時流行っていたブレイクダンスの日本での第一人者でもあったことをご存知だろうか?デビュー曲「僕笑っちゃいます」ではその片鱗を見せなかったが、「涙のTake A Chance」ではその華麗なダンスを披露した。49歳にしては若い。血液型はA型。

 

http://www.youtube.com/watch?v=O2o2UzXh8bY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=FatefxLj32o&feature=related

 近年、愛娘を交通事故で亡くす不幸や、小西博之ががんになったり、清水由紀子が自殺するなど欽ちゃんファミリーに不幸が相次いだ。その悲しみを乗り越えて頑張っている姿は、つい応援したくなる。

 2.安田成美

 NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」のお母さん役などですっかり母親役が定着した感が強くなった彼女だが、ほんの25年前は清純派のアイドル歌手だったことをご存知だろうか。しかもあの宮崎アニメの「風の谷のナウシカ」を歌っていた。現在はとんねるずの木梨憲武夫人でもある彼女の可愛かった頃の映像を回顧したい。血液型はB型。45歳。

 3.柳葉敏郎

 彼は今、「踊る大捜査線」の警察庁長官官房審議官の室井慎次のイメージが定着しているが、少し前までは哀川翔らと「一世風靡セピア」の硬派系ダンスユニットに所属していたことを覚えているだろうか。一世風靡セピアは、1980年代に活躍した男性路上パフォーマンス集団・劇男一世風靡から派生したユニットだ。激しい踊りを繰り広げながら歌いまくるのが真骨頂。バック宙やバック転はお手の物だった。彼自身は秋田県出身でスキーはプロ級。血液型はO型。50歳。

http://www.youtube.com/watch?v=QNsl6oRYSSU&feature=related

 4.長山洋子

 彼女はアイドル歌手から演歌歌手へ華麗な転身を遂げた。現代の水樹奈々のような変身ぶりだ。今では着物が良く似合い、純和風の美人歌手だが、その昔はJ-Popや外国のディスコサウンドのカバーをしていた。踊りも上手く、誰もがアイドル歌手だと思っていた。それが一時、CDセールスの売り上げが伸びなくなり、その打開策として演歌歌手への転身を図った。これがまんまと奏功し、紅白歌手としての今の地位を築いた。信じられないかもしれないが、バナナラマのカバー「ヴィーナス」を歌っていた頃の彼女の姿をご覧頂きたい。血液型はAB型。44歳。

http://www.youtube.com/watch?v=5axcfKyGo5M&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=_-60fn41d1s&feature=related

 しかも彼女の場合、切実な時期もあったようで、今では想像も出来ないが、セミヌード写真集などにも挑戦して必死に生き残りに賭けていたようである。

 5 北川景子

 これは有名な話だが、彼女は10代の頃、実写版の「美少女戦士セーラームーン」に出演していた。「セーラーマーズ」役だ。しかし、今見ても美人だしとっても可愛い。これはもはや下積み時代などとは呼べない。例の決めゼリフ「火星に代わってお仕置きよ!」も今見てもカッコいい!兵庫県出身。血液型はO型。25歳。

http://www.youtube.com/watch?v=4nxJhzXxTTY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=SS5koYFt7F0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=zotDlcn2_v0&feature=related

 今回の記事の主旨は、現在活躍中の俳優や女優さんの過去を根掘り葉掘りほじくり返して非難しようというものでは全くない。逆に、このような苦難の(下積み)時期を経て、その苦労が報われたり、自分自身の新境地を切り開いたり、あるいはそれを踏み台にして飛躍しているという点を力説したい。あの「綾小路きみまろ」ですら才能や努力が50歳を過ぎてようやく開花した。彼らの若かりし日の苦労の日々があってこそ今の地位を築き上げたのであって、そう言う意味では意外かもしれないが、輝かしい過去と言えるだろう。

 記事作成:1月3日(火)

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