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2017年3月25日 (土)

郡山のデンジャラスゾーン

 以前、「郡山のミステリースポット」という記事を書いたが、未だに反響が大きく、3年以上経過した今でも毎日ランキングトップで、その記事だけで1日に200件近いアクセスがある。地元在住の方はもとより、こうしたミステリアスな場所は気になるところらしい。
 ところで郡山は、今でこそ音楽都市としての位置づけを確固たるものにしたが、昭和40年代頃にはやくざや暴力団一家が陣屋や堂前近辺に組事務所を構え、抗争を繰り広げた物騒な時代があった。郡山駅前のアーケードで銃の乱射事件があったり、郡山の某中学校前のテナントビルにも銃弾が撃ち込まれたことがあった。戦々恐々とする中で、今でも訪れないのは当然だが、近寄らない方が無難な場所が郡山にはある。そんなスポットを取り上げたい。なお、この記事に誹謗中傷の意図はないことを先に申し上げておきたい。

 1 福島朝鮮初中級学校(市内守山)

 郡山市にこのような朝鮮系の学校があることすら知らない郡山市民が多い筈。開校以来、もう46年も経過している。学校なので危害を加えられるようなことは全く無いが、「在日コリアン」と呼ばれる子どもたちが15名所属しているようだ。ここに暮らす方々が、普段郡山のどこに住んで、どういう生活を送っているのかを考えたら少し怖い気がする。先日も北朝鮮の金総書記の異母兄弟にあたる、金正男氏が巧妙に仕組んだ計画により暗殺された。自らが企てながら、その罪を外国人の実行犯の女性二人になすりつけ、国家ぐるみの犯行を疑われると、捜査するマレーシア政府や警察を批判するような暗躍国家だ。そんな常識が通用しない輩が在日して、このような場所に潜伏し、反日教育を受け、秘密裏にスパイ活動を行っているとしたら・・・。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%88%9D%E4%B8%AD%E7%B4%9A%E5%AD%A6%E6%A0%A1

 以下、動画サイトにアップした方からの書き込みをそのまま掲載します。

 福島県郡山市に朝鮮学校があるということを知って実際にいってみました。国道4号線から国道49号線をいわき方面に進むと守山小学校という場所があり、そこから坂道をしばらく進むと朝鮮学校があります。福島の朝鮮学校では今も在日が民族教育でわずかに残って勉強しているみたいです。
 さて、朝鮮学校は単に在日朝鮮人の歴史を教える民族教育なのか?日本を貶める反日教育を実践する在日特権の巣窟なのか?それとも北朝鮮は地上の楽園であるとカルト宗教のようにマインドコントロールする洗脳教育なのか?
 実際に朝鮮学校にいってみると山奥の分校みたいなもので門は閉ざされ、日本人は入れませんでした。自分なりにギークな場所に実際、足を運んで色々、自分なりに考えることもあってそれなりには参考にはなりました。

 私は、個人的になんの利害関係もないし、一切かかわっていないので何の脅威も感じていない。しかし、朝鮮情勢は緊迫の度合いを増し、特に北では、武器や兵器を備え、一説によると、原爆を20発以上もすでに装備しているというアメリカ国防省の情報もある。国際社会を無視した脅しの瀬戸際外交を続け、国家の総書記である金正恩は、義母兄弟の金正男を巧妙な工作によって殺害した張本人のくせに、事実を捏造し、歪曲し、マレーシア政府を非難するあくどさ。武器や兵器を製造、輸出して外貨を荒稼ぎするテロ支援国家の何物でもないし、国際社会の災いの種を作るゴミでしかない。
 このような悪の枢軸のような恐怖政治で何人もの国民を処刑しておきながら、誰も逆らえない。国外にどんな繁栄や幸福があるのかしら国民は知らされていない。この国だけは戦前の姿のまま時間が止まっている。国民は世界がどれだけ科学技術が発展しているかすら知らされていない。
 そういう核開発も辞さず、何かにつけミサイルをぶっ放す悪徳国家でありながら、同じ地球に存在しているといだけでザワザワする。
 こういう国の朝鮮人学校が郡山に存在しているというだけでデンジャラスだ。在日二世、三世の子供が通う学校であり、ここだけが郡山の中で「異国社会」だ。

 2 朝鮮総連郡山支部&韓国民団(麓山通り)

 誰が制作してアップしたかわからない動画だが、この情報は正しいのだろうか?普段何の気もなしに通っていた道。水道局前のマンションは、小学生の時分、エレベーターを使って探検ごっこをした場所だったり、近くに元・着物(躾)会館があった。そんな小学生の頃によく遊んだ庭にような場所が、実は朝鮮総連の郡山支部があったとは・・・。

 3 朝鮮人密集地(鶴見坦の文化通り)

 文化センターから麓山通りを西に向かい、FCT入口と公会堂の交差点、そして内環状線、そしてその先、R49線に至る県道は、実は在日韓国人の多く居住している地域なのだという。真偽のほどは不明だが、こういう動画をアップしている以上は、確かな根拠があってのことだろう。他を批判することでしか生き延びれない韓国人は大嫌いで、北朝鮮、中国、日本から批判を浴びて四面楚歌の今でも、自分たちの捻じ曲がった主張を正そうとしない。こういう輩が郡山に潜んでいるとしたら恐ろしいし、一刻も早く郡山から出て行って欲しい。

  また、3月22日(水)にWBCで日本が準決勝でアメリカに惜敗した時も、韓国人のコメントは「日本が負けて気分がいい」とか「ざまぁみろ」とか日本をこき下ろすようなコメントだらけだった。こんな性根が腐りきった民族しかいない国と同盟や友好関係など築く理由など無い。慰安婦少女像を世界中に建設して、日本を悪者に仕立て上げようと画策する発想は、やはり朝鮮民族の負け犬根性の塊で、日本統治のおかげで貧乏国家から近代国家へ発展を遂げたことに感謝すらせず、恩を仇で返すことばかりに終始する。民度は低いし、相手を見下そうとする敵対思想を植えつける教育しかできない愚直な国家は破滅しかありえない。北朝鮮にミサイルを撃ち込まれてさっさと滅亡したほうが国際社会の平和安定のためには良いのかもしれない。

 4 あづま陸橋から西側エリア

 この話題は本来タブーなので、多くは語れないが、交通量が激しく、しばし渋滞するあづま橋の西側の専門学校近辺のエリアには近寄らない方が安全のためには良さそうだ。首都圏資本の「東横イン」が近くにオープンして久しいが、あの辺の土地の事情を知って建てたのかと不思議に思えるほどだ。

 誰かがアップしたこのようなサイトがネットにあった。閲覧には十分注意して下さい。

 ① http://ヤクザ.net/index128.html
 ② http://ヤクザ.net/index405.html

 この情報はマジで怖いので、画像や動画は埋め込みしません。あしからず。

 5 東北本線&東北新幹線沿いの高層マンション

 我が街・郡山は、本町の高架橋沿線に、13階建て以上の高層マンションが立ち並ぶ。「大島てる」の事故物件でも示されているように、投身自殺が多く発生しているミステリーゾーンでもある。何が怖いって、たとえば投身自殺の場面を偶然目撃した場合、夢に出てきそうで夜も眠れない。またたまたまその周辺を好奇心で訪ねて、万が一上空から人が降って来て、巻き込まれたら、命を落とすことも十分考えられる。やはり「君子危うきに近寄らず」だ。

 ① http://www.oshimaland.co.jp/?p=p8tssnwz

 ② http://www.oshimaland.co.jp/?p=8flnxs53

 ③ http://www.oshimaland.co.jp/?p=q2wivniz

 また、毎日のように首都圏を中心に人身事故のニュースがあり、その都度、ダイヤが大幅に乱れ、多くの乗客が足止めを食うなどの大迷惑を被る。乗換えができなくなり、ビジネスチャンスを逸したり、乗り継ぎの飛行機に乗り遅れたり、一体どれだけの人に多大な影響を与えるのかわかっているのか!死のうとしている人間は、周囲のことなどお構えなしかもしれないが、日本人なら他人に迷惑をかけないで貰いたい。

 人身事故マップサイト(回答する記者団)はコチラ

 http://kishadan.com/map/railway-human-accidents/

 6 郡山の無法危険スポット

 郡山には頭がイカレているとしか思えないエリアがある。それは郡山市富田の庭球場周辺。と言っても市外の方には伝わらない。D銀行の富田支店がある界隈だ。毎月私がお世話になっているS医院より北西側が問題のスポットだ。何がおかしいか列挙したい。

 ① 交通ルール無法地帯

 去年の12月16日付の「郡山交通危険地帯」の記事でも取り上げたスポットを再度掲載したい。それほど交通ルール無視の危険な場所だからだ。
 町東一丁目交差点と呼ぶが、「ほっともっと」と庭球場の前の信号は信号無視だらけ。赤信号でも平気で突っ込んでくる。そこは郡山インター線なのだが、特に、R49線からビッグボーイ前の下り坂を下って来て、バイパス高架橋に向かう手前にある信号だ。ここはたまに白バイが取り締まりを行っているが、本当に酷い。そこで集中取り締まりを行えば、根こそぎ違反者で溢れかえる筈だ。

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上の画像では、右側から左に向かう車が信号無視だらけ
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↑ この方角からの信号無視がやたら多い

 語弊のないように言っておきたい。これはもちろん、このエリアに住んでいる方とは無縁だ。ここを通るドライバーがイカれているという話だ。ここは小学生の通学路でもあるので、事故が起きる前に、予防線を張る意味で、取締りを強化してほしい場所だ。

 ② 選挙ポスターに中傷の貼り紙を貼る特殊エリア

 富田町上ノ内という地区だが、D銀行界隈の電柱をご覧いただきたい。各電柱ごとに或る議員のポスターが貼られているが、あろうことか、その議員の顔の上に、その人を批判する悪口が書かれた紙が顔の上に貼られている。いたるところの電柱がそうなっている。近くには交番もあるのだが、このような悪行が罷り通っている。こうした行為は犯罪である。よほどその議員に怨みでもあるのだろうか?かなり強烈な誹謗中傷の文言が書かれている。確か「こいつは国賊で・・・」というような文言だったと思う。あまりにも酷い。

 3月10日時点では貼ってあったが、この記事に掲載しようと19日に証拠の写メを撮りに出向いたら、すでにポスターごと取り外されてあった。付近の住民が行政か警察に連絡して撤去したのだろう。

 7 放射性汚染廃棄物の保管場所

 3月19日(日)の朝、家内の祖父母が眠る東山霊園にお彼岸の墓参りに行った。昨年の秋以来だったが、前回とは明らかに異なる異様な光景に、思わず絶句した。それは霊園内のいたるところに放射性廃棄物を詰め込んだ黒いバッグ(フレコンバッグ)が所狭しと並んでいたのだ。しかも管理事務所近くの運動場トラックがある広場がもっとも多くのフレコンバッグが並んでいた。市民のオアシス的な場所にこのような危険物が山のように積まれてある特殊な光景・・・。

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上の場所がトラックのある広場で、グラウンドの上にシートが敷かれている
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上のようなありさま。銀のフェンスで仕切られ、そこに無数のフレコンバッグ・・・

 これでは死んだ人間もたまったものではない。安住の地どころか、死んでも汚染まみれか?郡山市はなにゆえ、ここに汚染物質を保管することを許可したのか?市民に何の説明もない。他の市町村より多額の税金を奪い取っておきながら、こういうお粗末な行政では情け無い。

 今回紹介した場所は、一般の方々も暮らしている場所であり、くれぐれも興味半分で訪ねたりしないでほしい。トラブルの元だし、何かあった場合には自己責任でお願いしたいと思う。また、業務妨害にならないようにしていただきたい。それをお願いして結びとします。

 記事作成:3月7日(火)~19日(日)

2017年3月24日 (金)

心底美人だと思えるCM

 男っていうのは綺麗な女性には現を抜かすほど弱い。これはイケメン好きの女性や韓流ドラマにハマる主婦層と似ている。特に和服美人は不思議な魔力に取りつかれるほど魅了される。一般に好きなタイプを女優などの芸能人に例えることが多いが、私が半世紀生きて来た中で、正真正銘の美人と思える方をその出演CM作品から紹介した。なお、これらは私の個人的な好みであることを申し添えます。

 1 沢口靖子 1986年 カネボウ

 1965年、大阪府堺市中区堀上町出身の51歳。東宝芸能所属。身長159cm。スリーサイズはB80 W58 H87。私の同年代。

 2 松嶋菜々子 MAXFACTOR ななこなでしこ&松下電工きれいなお姉さん

 1973年生まれの43歳。神奈川県横浜市出身。セブンス・アヴェニュー所属。夫は俳優の反町隆史。2女の母。

 3 大原麗子

 1946年11月13日 - 2009年8月3日 62歳でこの世を去った。渡瀬恒彦、森進一との結婚離婚を経験した。私の中では往年の美人女優のベスト5のひとり。

 4 入江繭子 榮川酒造 41秒後より

 1980年代、福島県内の造り酒屋「栄川酒造」の日本酒のCMに出演した美人女優。

 5 井川遥 サントリーウィスキー角ハイボール

 1976年6月29日生まれの40歳 本名や出生地が不詳となっているのは在日韓国人だからか?モデルやグラビアイドルを経て女優になった。1990年代後半から2000年代初頭にかけて飯島直子と並び、癒し系アイドルとしての地位を確立した。

 6 根本りつ子 ハウス食品 1985年 2分50秒後

 1959年生まれの57歳。東京都出身の女優。身長164cm、体重48kg。血液型はAB型。特技は剣道、絵画。本名で芸能活動していた時期もある。愛称は「りっちゃん」。

 和服美人という言葉がピッタリの容姿端麗な女優・根本りつ子さん。おそらく20代の頃に出演された32年前のCMだが、毎回このCMには見とれていた。

 他にも 和服がよく似合う叶和貴子さんの資生堂や黄桜のCMが好きだった。檀れいさんの金麦も可愛い。やはり和服姿が美しい女性は男心をくすぐる。

 叶和貴子 https://www.youtube.com/watch?v=rPSIDG283Ms

        https://www.youtube.com/watch?v=XV81ex7ywUI

 金麦 https://www.youtube.com/watch?v=Xg1qkmUnL3o

     https://www.youtube.com/watch?v=QjL5ljmxi-k

     https://www.youtube.com/watch?v=uMXsRZ904Xc

 最近のCMでは下記の真野恵里菜の「呑どん」のCMもお気に入りだ。

https://www.youtube.com/watch?v=MAHYmQF8JhU

 記事作成:3月5日(日)

2017年3月23日 (木)

懐かCM集④

 バブル期前後の1980年代を代表するような勢いCMを特集した記事も今回が最終回。本日も5本の名作CMを取り上げて、合計20本としたい。

16 東鳩オールレイズン

 「小さな~幸せ~オールレイズン」という名曲に乗せてラブロマンスが展開した。甘酸っぱい青春の想い出という場面を演出し、妙に懐かしい。

17 不二家ソフトエクレア

 高校時代に流れていたCMで、この自転車を漕ぐ純粋&清楚系の少女が誰なのかずっと気になっていた。ユーミンの歌を背景に草原に白いシャツの清潔そうな女の子。

18 湖池屋スコーン

 湖池屋と言えば「イケイケGOGO湖池屋~ポテトチップス」というCMを真っ先に思い浮かべるが、この社交ダンスのスコーンも1980年代を代表するCMだ。

https://www.youtube.com/watch?v=PAI075N6f50

19 出前一丁

 「あ~らよっと出前一丁」というフレーズで一世を風靡した。明星チャルメラ、さっぽろ一番と並び、インスタントラーメンの定番だった。

20 明治カール

 カールおじさんをキャラクターに、お馴染みのアニメ映像に、オリジナルソングが1980年代を闊歩していた。「それにつけても、おやつはカール」は誰でも知っているCMだった。

おまけ モービル1オイル

 これは正確には1977年から80年代にかけて放送された。-40℃の世界ではバナナで釘が打てるとか、新鮮な薔薇の花もパリパリに砕けてしまう。そんな未知の世界を具現化した。

 他にも「桃屋」の佃煮のり「ごはんですよ」、江戸むらさきのCMやチェルシー1980年代を代表するCMとして捨てがたい。グリコや山本山もこの時代の象徴だ。

https://www.youtube.com/watch?v=kfEpVp_2jDA (ごはんですよ)

https://www.youtube.com/watch?v=QM9WaR9vbKI (チェルシー)

https://www.youtube.com/watch?v=1BZyv4UNx4g (山本山)

 まだまだ紹介し足りない感じがある。それほど想い出に残るCM作品がこの時代は多かったという証明になる。

 記事作成:3月5日(日)

2017年3月22日 (水)

懐かCM集③

 1980年前後は、今思えば良い時代だった。バブル景気に向かって経済や社会全体に勢いと活気があったし、雇用も抜群に良かった。家電、自動車産業、テレビ業界、建設業も好調で、株価が3万円を超えた夢のような時代だったし、預金利息も6%もついた時代だ。そんなハード面、ソフト面の両面が潤っていた輝かしい時代にあって、私が記憶に残るCMを20本(正確にはもっと多いが)を取り上げる今回の記事。今日は第三弾を迎える。自分の年齢と重ねてご覧いただければ幸いです。

11 動物CM全盛期(日清食品・ソニー・三菱ミラージュ)

 1980年代は動物が脚光を浴びたCMも多かった。ウーパールーパー、ウォークマンを聴く猿、エリマキトカゲだ。動物以外では「ブッシュマン」や「エレファントマン」、そして「E.T」などの映画が流行った。

12 いすゞジェミニ 街の遊撃手シリーズ

 特撮を駆使し、不可能な走りを可能にした。しかしCGは一切使っていない。リズミカルなスムーズかつアクルバティックな走りで、自動車ファンを魅了した。

13 コカ・コーラ YES COKE YES

 爽やかを全面に押し出し、若者感や躍動感、そして青春をテーマにした明るく軽いノリっぽいのがこの時代の象徴で、それにうまく乗っかったCMだった。

14 バドワイザー

 「バドワイザー」は私も社会人になりたての頃、オシャレで大好きだった。ボディコンスタイルのバドガールも流行ったし、何より横文字のあの缶が気に入っていた。プルタブの缶はあの頃の走りだった。特に地下鉄のホームにバド缶型の列車が滑り込むこのCMが気に入っていた。

15 エメロンエチケットシャンプー&リンス【1983年)

 「フケ、いやいや~」で一世を風靡したCM。

 記事作成:3月5日(日)

2017年3月21日 (火)

懐かCM集②

 同年代の方々と先輩諸氏が泣いて喜ぶような、10代~20代の頃に見たであろうCMを特集している今週。今日も第二弾として5本取り上げたい。1980年前後を中心にお送りします。

 6 ネスカフェ 

 世界の街角の朝の風景を取り上げ、そこでの生活に欠かせないのがモーニングコーヒーとして愛される「ネスカフェ」をテーマにしたCMで、BGMに使われた「やさしく歌って」「The Way We Were」などが大ヒットした。「ネスレ」が昔、「ネッスル」という名前だった頃の懐かしいCMだ。

https://www.youtube.com/watch?v=YafbYwHSm9U

 7 リポビタンDファイト一発シリーズ

 このCMは長年シリーズ化し、危険で無茶な冒険やスポーツに敢えて挑戦し、「ファイト一発」を叫ぶ演出。太陽にほえろコンビの勝野洋と宮内淳、渡辺裕之、野村宏伸、ケインコスギなどが出演した。

 8 銀座ジュエリーマキ

 カメリアダイヤモンドを取り扱っていたのが「銀座ジュエリーマキ」だった。外国人モデルや有名女優を起用し、華やかさを演出していた。若かりし頃の池上季実子さんがハマリ役だった。

 9 ノエビア化粧品

https://www.youtube.com/watch?v=nvA7arWYhtg

https://www.youtube.com/watch?v=lvHE7Q9-zPk

https://www.youtube.com/watch?v=8Apm1irAAmk

1980年代は女性パイロット編とRenaissance シリーズがあった。働く女性の輝くメイクがテーマで、この頃は化粧品のCMが鎬を削っていた。資生堂と鐘紡の2大ライバルに加え、コーセー、ノエビア、マックスファクター、オッペン、アザレなど競争が激化していた。少しでも興味を惹くようなCM制作が多かった。

10 ネスカフェゴールドブレンド「違いのわかる男」

 遠藤周作、高倉健、石丸幹二、錦織健、宮本亜門などその道のプロを起用し、違いがわかる、つまり味の違いを理解した本物志向というコンセプトだった。

 記事作成:3月5日(日)

2017年3月20日 (月)

懐かCM集①

 これまで当ブログで何度、昔懐かしいCMを記事にしたかしれない。たぶん30回以上書いている。しかし、それでも漏れてしまって、一度も取り上げなかった作品もある。今日は4日間に渡り、そんなCMを一日5本、合計20本紹介したい。私と同年代、そして年上の方々には懐かしく思い出されることと思います。1980年代、つまり35年程度前に人気の高かったCMを中心にセレクトします。ではどうぞ!

 1 1983年 Braun ブラウン micron 2000

 朝、街行くサラリーマンを呼び止めて、モニターテストの如く、髭を剃ってもらう企画。決まり文句が、「朝1時間以内に剃ったばかりなんですけどね」と言わせ、深剃りで切れ味が違うことをPRしていた。

 2 小学一年生CM(ピッカピカの一年生) 小学館   

 当時は学研の「科学と学習」と同じくらい有名で売れた雑誌。それが小学館の「小学○年生」シリーズ。創刊はなんと1925年。つまり大正時代。この頃は小1から小6まであって、毎月欠かさずに購入していた方々が大勢いた。今は少子化の影響もあって、販売部数が伸び悩み、現在ではこの小学一年生以外はすべて休刊(事実上の廃刊)となった。
 カメラに向かって好きなことを主張するこの「ピッカピカの一年生シリーズ」は国民のハートをガッチリ掴んだ。

 3 外国たばこCM

 条例か何かでたばこのCMは23時を過ぎないと放送できなかった。マルボロ、ラッキーストライクなどのシャレな洋もくやCABIN、LARKなどの横文字のタバコのCMがよく放送されていた。必ずバイクや車が登場し、カッコいい作りだった。

 4 ロンドングループ

 子供には見せられない深夜の時間帯に流れていたCM。キャバレーグループのCMで、11PMやトゥナイト、深夜のドラマの時間帯でよく目にした。

 5 県外ホテルのCM(ホテル三日月、ホテル紅葉、ホテル櫻井)

 福島県でも他県のホテルのCMが流れていた1980年代。時々目にしたCMを取り上げたい。

 ホテル紅葉は、平日の16時から放送していた「青春ドラマシリーズ」の中でよく流れていた。草津温泉の「ホテル櫻井」は湯もみショーの場面が登場するCMだったが、動画サイトにはアップされていない。

 記事作成:3月5日(日)

 

2017年3月19日 (日)

長年続くCMと最近見ないCM

 例えば、CMだとタレントと1年契約で出演を依頼し、商品のPRや企業のイメージアップキャラクターとして起用される。芸能人で最もギャラが高いのは矢沢永吉と吉永小百合で、1本あたり1億5千万円(年間)とも言われている。国民に愛される芸能人やカリスマ的なスポーツアスリートだと、複数年契約や年度更新で長く出演することも多い。八千草薫の「皇潤」や長嶋茂雄の「セコム」、イチローの「ユンケル口蹄疫」などがその典型例だ。年俸よりもCM出演料のほうが高くなるケースもあるようだ。
 面白いのは若手女優やタレントが、商売敵になっている企業やメーカーのCMに登場することだ。数年前、明治製菓のCMに出演したタレントが、今は「森永製菓」のCMに出ていたり、ケータイや化粧品のライバル会社に起用されたりすることもある。通常ならありえないが、そこは契約社会のしきたりで、「CM女王」などと呼ばれている人気芸能人(武井咲・広瀬すず・ローラ・綾瀬はるか)には起こり得るケースだ。

 このCM事情は流行り廃りが著しく、好評につきシリーズ化(ロト7シリーズ・ホワイト家族・au三太郎など)されたりストーリー化されるものもあれば、或る特定の時期だけ放送される限定CMもある。そこで今回のテーマは、私が個人的に気に入っているCMで、長く続いているものと、最近見かけなくなったCMに隅み分けてお送りしたい。

 ~私の好きな長く続いているCM~

 「専門学校立志舎」

 お馴染みの「どこま~でもどこま~でも果てしない空~」というCMだ。合格者を祝うパーティーでべっぴんさんに焦点を当てて、そこから引いて会場全体を写すシーンが印象的。毎年その部分が変わるが、就職出陣や野球の試合、チアガールは毎年同じ構図。

 ~最近見かけないCM~

 「東京モード学園」

 エキゾチックなBGMとエジプトやイランの女性の装束をモチーフにしたひと際目立つ絵づらだった「東京モード学園」のCM。テレビだけでなく、「オールナイトニッポン」のCMでも流れていた。かつては私がアルバイトしていた「新宿センタービル」の43階にあった。

 もしかすると首都圏では放送されているのかもしれないが、地方ではあまり流れていない。

 オロナミンC

 巨人軍の選手がこぞって出演していた「元気ハツラツオロナミンC」。最後に大村混が登場し、「オロナミンCは小さな巨人です」と言う奴。

 感動の「20年分のありがとう新聞」

 二十歳の節目に、父親や母親、お世話になった人へ「ありがとう」を届けたい。
成人の日、新成人たちの感謝や決意をのせたオリジナルの記念新聞が、たいせつな人のもとへ届きました。
そんな「2017成人の日プロジェクト」に参加した3名の新成人。それぞれの想いに密着したドキュメンタリームービーです。

 ネスカフェゴールドブレンド「違いのわかる男」

 いろいろなその道に熟達したプロが出演したシリーズCM。この「ダバダ~」というBGMも聞かなくなった。阿川弘之、石丸寛、由良拓也、高倉健、宮本亜門など多くの方が出演した。

 https://www.youtube.com/watch?v=labBXNzEfRg

 違いのわかる男のシリーズは、ここ10年間は見かけなくなった。CMとしての役割を終えたという感じで、代わりに「ネスカフェアンバサダー」シリーズが台頭してきた。この会社はかつては「ネッスル」だったのが、21世紀に入ってからは「ネスレジャパン」と改称した。

 さて、ネタに困るとCMに逃げる傾向が多くなった。実は次週は7日連続でCMネタの記事を用意している。あまりこの手の話題が好きでは無い方には申し訳ないが、昔流れた懐かしいCMなどを特集する予定ですので、前もって予告しておきます。

 記事作成:3月4日(土)

2017年3月18日 (土)

ちょっとドキドキしたCM

 お断り

 今日から7日間連続でCMを話題にした記事をお送りします。すでに1ヶ月先までの記事が完成して、順次公開を待つだけになっていますが、これらの記事は、アイディアに詰まった時に保険で書き溜めたもので、いつ公開しようか迷っていたものです。同じテーマで恐縮ですが、昔懐かしいCMも多く登場しますので、同年代の方は当時を思い返して若い頃に回帰していただけたら幸いです。

 中高生時代、ドキドキしながら見ていたCMがあった。一家団欒の時に流れると、目のやり場に困るようなものも中にはあったが。例えば、女性用下着(ワコールなど)や生理用品(チャームナップ、P&Gなど)がそうだ。健康的なCMで人気があったもので代表的なものは、宮崎美子が着替える「ミノルタX7」だったが、個人的にはテニスルックのCMはドキドキ感が半端なかった。ちょっといやらしい話だが、男にとって女性のミニスカートから膝にかけての太ももは「絶対領域」と呼ばれ、興味をそそる感じがあった。では、実際には目のやり場に困る「歴代テニスウェアCM」をセレクトしたい。

 1 エチケットシャンプー&リンス

 1983年(昭和58年)というと現役での受験に失敗し、浪人生活を送っていた頃だ。その頃は精神的にかなり追い込まれ、恋愛もご法度で、悶々とした日々を過ごした(苦笑)。
 そんな中、私の眼の保養となってくれたのが、このCMだった。「♪フケ、いやいや~」で一世を風靡した。

 2 マルゼンチーカマ

 大学生になって初めてひとり暮らしをした際に、よくお世話になったのがレトルトでお湯で温めるだけの親子丼、ボンカレー、丸善ホモソーセージ、そしてこのマルゼン「チーかま」だった。束になって売っていた。

 3 トクホンチール

 4 8×4(エイトフォー)

 夏の汗をかく季節に使う製品で、肌の露出度が高く、色白の素肌の脇の下にスプレーする映像は、結構刺激が強いものがある。

 5 ビオレ(石橋杏奈)

 こちらも「8×4」と同様、女性の肌の露出度高く、美人女優が汗を拭く仕草が結構たまらないものがあった。

 ビオレの別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=9avRlTc9cuE

他にも松下奈緒が出演した「爽健美茶」や広末涼子が出演した「からだ巡茶」があった。

 最近では中川大志と広瀬すずの「シーブリーズ」のテニスコートの恋もなかなかのキュンCMだ。

 さて、今回の記事は、変な意味ではなく、多感少年時代に、エロチズムというかチラリズムとでも言おうか、いたいけな少年の妄想を煽るようなCMを懐かしく思い出したいという意図からだ。誤解のないように・・・。
 今、見てもあまり刺激を感じなくなったが、20代の頃に目にしたこれらのCMには結構ときめいたものだ。やはり時代の流れとともに、自分も間違いなく歳をとったことを実感する次第だ。

 記事作成:2月20日(月)

2017年3月17日 (金)

巨人の歴代スタメン③

 3日連続でお送りした「巨人の歴代スタメン」も今日で最後、一気に掲載しても良かったが、一覧表になると見づらいし、目がチカチカする。そして何より、その時々の巨人の戦いぶりをゆっくり回顧したいファン心理からこのようなスタイルをとった次第だ。

2003年(平成15年)シーズンオフ、原監督電撃辞任 松井がヤンキースへ 3位

1清水 2二岡 3高橋 4ペタジーニ 5清原 6斉藤 7阿部 8仁志

2004年(平成16年)堀内監督就任 3位

1仁志 2清水 3ローズ 4高橋 5ペタジーニ 6小久保 7阿部 8二岡

2005年(平成17年) 5位

1二岡2仁志3ローズ4小久保5高橋6清原7阿部8清水

2006年(平成18年)原監督復帰 4位

1二岡 2小坂 3李 4小久保 5高橋 6阿部 7清水 8矢野

2007年(平成19年) 優勝

1高橋 2谷 3小笠原 4李 5二岡 6阿部 7木村 8ホリンズ

2008年(平成20年) V2

1鈴木尚 2谷 3小笠原 4ラミレス 5阿部 6高橋 7坂本 8古城

2009年(平成21年) V3

1松本哲 2谷 3小笠原 4ラミレス 5阿部 6坂本 7亀井 8脇谷

2010年(平成22年) 3位

1坂本 2松本 3高橋 4ラミレス 5小笠原 6阿部 7長野 8脇谷

2011年(平成23年) 3位

1坂本 2長野 3小笠原 4ラミレス 5阿部 6高橋 7亀井 8藤村

2012年(平成24年) 優勝

1坂本 2藤村 3長野 4阿部 5村田 6高橋 7エドガー 8谷

2013年(平成25年) V2

1坂本 2寺内 3ロペス 4阿部 5長野 6村田 7ボーカー 8亀井

2014年(平成26年) V3

1坂本 2片岡 3長野 4村田 5ロペス 6阿部 7アンダーソン 8橋本到

2015年(平成27年) 2位

1立岡 2井端 3長野 4坂本 5阿部 6セペダ 7亀井 8小林

2016年(平成28年)高橋監督就任 2位

1長野 2立岡 3坂本 4ギャレット 5クルーズ 6亀井 7村田 8小林 

 阿部は5月から戦列復帰、重信は期待外れ 大田、橋本が一番起用もあった。

 さて、打線を見てきたが、こうして考えると原監督の勝負強さが際立っている。12年間の采配で7度のリーグ優勝。Aクラスは11度という戦績。一方の長嶋はあしかけ15年間の監督で5回の優勝に留まり、王ですら巨人時代はプレッシャーが大きくのしかかり、5年間で1度の優勝しかない。ONの後を引き継いでいずれも、その翌年優勝を飾っているのが藤田監督で、紳士的な人格者で、選手を見る目は確かだ。7年の采配で4回の優勝。最悪なのが堀内で、評論家としてつべこべと一丁前のことを言う割りに、2年で結果が出ず強制解雇。3位、5位と「低迷巨人」を招き、ファンから集中砲火のバッシングを浴びた。やはり評論家(外野)と現場では180度異なり、「言うは易し、行うは難し」を実感できる結果に終わった。

 さて、今年はどんなオーダーになるのか先行き不透明。FAで3人も獲得し、外国人も様変わり。3チーム作れそうな豪華な布陣だ。
 最後に以前も当ブログ内で、「飼い殺し球団ふたたび・・・」の記事で書いたが、2017年の予想スタメンを書きたい。

  Aチーム         Bチーム         Cチーム
 
 1  陽     8     1 松本哲  8      1 重信       8 
 2 片岡    4     2 吉川尚  4      2 立岡       7
 3 坂本    6     3 クルーズ 6      3 橋本到・吉川大 3      
 4 村田    5     4 マギー   3      4 岡本和真   5
 5 阿部    3     5 亀井    9      5 中井・脇谷   4
 6 長野    9     6 堂上    7      6 寺内       6
 7 ギャレット 7     7 山本泰  5      7 柿澤       9
 8 小林誠司 2     8 相川    2      8 宇佐美     2

 しかし実際の私の希望は

 1陽 2片岡 3亀井 4マギー(村田) 5ギャレット 6坂本 7阿部(捕手) 8長野

 長野が8番にいる打線は脅威。どこからでもチャンスメイクできる。クリーンナップが2つある打線は破壊力十分だ。

 代打 村田、クルーズ、岡本  代走 松本、重信、藤村
 守備固め 山本泰、柿澤、相川、立岡

 私は今でも、坂本と小林捕手は認めていない。特に小林は日本代表に選出されたが、全く持って何を評価しての抜擢かわからない。昨季は打てない、リードは下手くそ。顔で野球は出来ないし、肩が良くても投手の信頼はゼロ。強化試合4試合を消化して1勝3敗は彼のリードのお粗末さで失点を重ねて負けている。坂本も買いかぶりしすぎ。私はショートなら鳥谷を選ぶべきだったと今でも思っている。単にショートで打撃が優れている選手が少ないから、やむを得ず坂本を選んだと思っている。

 <追記部分>
 WBC第2ラウンドまでは、実力以上の活躍をした両者だが、レギュラーシーズンに戻ったら、たぶん「WBCロス」というか、持てる力を使い果たし、魂の抜け殻のように意気消沈して昨年並みの成績になりそうだ。

 今季、巨人が優勝できるかどうかは、「WBC代表」になったこの二人の結果如何だと思っている。FA組はリーグが変わるため、投手や打者の特徴を掴むのに苦慮するはず。森福の使い方も難しいし、横浜DeNAから移籍の山口は故障で出遅れ、大竹の二の舞になりそうな予感。陽も4月は我慢して使い続けるだろうが、打率が低くてGW以降はスタメン落ちしそう。杉内と内海の両ベテラン頼みになりそうだが、私は打線も噛み合わないし、失点が多く、スタートダッシュに躓き、相当苦戦しそうだと思っている。せっかく足の速い選手を揃えているのだから、機動力を活かすような戦法をとったほうがいい。マギーやギャレットは振り回すと三振の山を築くと思われる。長打を狙わず、センター返しを心がければ、打率はそこそこ(2割8分)はキープできるのではないか?

<参考資料>

http://www.geocities.co.jp/sayashigumi/order/

http://giants.johho.net/?p=40

 記事作成:3月3日(金)

2017年3月16日 (木)

巨人の歴代スタメン②

 平成に入ってから早30年近く経過した。その間、巨人は混迷期、あるいは低迷期に入ることとなる。この頃から外人部隊でその場しのぎ野球を展開するようになった。平成以降、蓑田、石井浩郎、落合、広沢、清原、江藤、マルチネス、ペタジーニ、ローズ、ラミレス、小久保、小笠原、村田など他球団の4番ばかりをかき集め、強力打線を組織したが、それでもなかなか優勝できなかった。投手も阿波野、川口、工藤、豊田、野口茂樹、門倉、藤井などだ。しかし、この頃から野茂の電撃メジャー移籍があって以降、日本人選手がメジャーへ流出したため、この傾向は下火となり、ひと段落した。
 では、今日は、平成元年から平成14年までのジャイアンツのスタメンを振り返りたい。

1989年(平成元年)藤田監督再登板 優勝

1緒方 2篠塚 3クロマティ 4原 5岡崎 6駒田 7中尾 8川相

1990年(平成2年) 優勝

1緒方 2川相 3クロマティ 4原 5吉村 6岡崎 7駒田 8村田

1991年(平成3年) 4位

1川相 2篠塚 3岡崎 4原 5吉村 6ブラッドリー 7駒田 8村田

1992年(平成4年)2位

1緒方 2川相 3モスビー 4原 5吉村 6岡崎 7駒田 8大久保

1993年(平成5年)長嶋監督復帰 3位

1緒方 2川相 3篠塚 4原 5吉村 6バーフィールド 7駒田 8村田

1994年(平成6年) 優勝

1グラッデン 2川相 3岡崎 4落合 5松井 6元木 7Hコトー 8村田

1995年(平成7年)最強打線完成 3位 原辰徳引退

1岡崎 2川相 3松井 4落合 5マック 6広沢 7ハウエル 8村田

1996年(平成8年) 優勝

1仁志 2川相 3松井 4落合 5マック 6清水 7 元木 8村田

1997年(平成9年) 4位

1清水 2仁志 3松井 4清原 5広沢 6元木 7川相 8村田

1998年(平成10年) 3位

1仁志 2清水 3松井 4清原 5高橋 6元木 7川相 8村田

1999年(平成11年) 2位

1仁志 2清水 3高橋4松井5マルチネス6二岡7元木8村田

2000年(平成12年) 優勝

1仁志 2清水 3江藤 4松井 5マルチネス 6高橋 7二岡 8村田

2001年(平成13年) 2位

1仁志 2清水 3高橋 4松井 5清原 6江藤 7元木 8阿部

2002年(平成14年)原監督就任 優勝

1仁志 2清水 3高橋 4松井 5江藤 6阿部 7二岡 8元木

 平成初期からの14年間は優勝6回と巨人ファンにはやや寂しい結果に終わった。そして、めまぐるしくオーダーが変わった。それはFA入団する選手は、ベテランが多く、せいぜい巨人に移籍後3年で選手寿命を終えるからだ。また、外国人助っ人も使い捨てで2年間で解雇になるケースが多い。もとから巨人の外人はポンコツだらけだった。野球はよくセンターラインが大事というが、捕手を村田でほぼ固定できた時代で、そのへんはブレなかった。
 
 さて、明日は平成15年から昨シーズンの平成28年までのオーダーを振り返りたい。

http://giants.johho.net/?p=40

 記事作成:3月3日(金)

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