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2017年4月26日 (水)

早くも今年引退を表明したアスリート

 まだ上半期も終わっていない4月の時点で、大物のアスリートが複数、引退を表明し、世間を驚かせた。まだ年齢的に限界を迎えたとは言い難い面々だが、第一線から身を引く決断を下には、それは本人にしかわからないそれ相応の苦悩があったのだろうと思う。精神的にも体力的にももう無理と悟ったため、潔く引退したのだろうから、もったいないと思いつつ、彼らの決断を尊重したい。では、4月の時点で現役を引退したアスリートを列挙したい。

 1 柏原竜二

 ご存知「二代目山の神」として箱根の剣に挑んだランナー。我が福島県出身で、酒井監督に素質を見出され、東洋大学入学してからめきめき力をつけ、頭角を現した。特に山登りの5区で、4年連続で往路のゴールテープをトップで切った。3年次まではいずれも山登り区間で逆転した。4年次は震災で苦しむ人々に希望を与えた。4年のうち、3回自己記録を更新し、同じ福島県出身で、順天堂大学の今井正人に続き、「山の神」とか「神童」と呼ばれた。苦しそうな表情を浮かべながらも、自分のペースを乱すことなく、がむしゃらに走った。沿道には彼を見たさに多くの駅伝ファンが詰めかけ、雄姿を見守った。
 その後、同じ郷里の英雄「藤田敦史」に憧れて、「富士通」に入社し、実業団ランナーとしても期待されたが、相次ぐ怪我に悩まされ、今年4月3日に、27歳で引退を決意した。
 今後は富士通は退社せず、社業に専念する。引き続き陸上教室やゲストランナーなども、依頼があれば可能な限り対応する。

https://www.youtube.com/watch?v=hjH_ycq1Ov0

 2 立石諒

 神奈川県藤沢市出身。湘南工科大学附属高等学校卒業。AO入試を経て慶應義塾大学環境情報学部に入学。ロンドン五輪に備え休学していたが、2012年9月に復学。2013年3月卒業。左利き。
 2010年の競泳の日本選手権で、50m平泳ぎ・100m平泳ぎ・200m平泳ぎで3冠を達成し、ポスト北島康介として注目を集めた。
 2011年の国際大会選考会で、50m平泳ぎ・100m平泳ぎでは共に2位で、200m平泳ぎでは4位というまさかの結果になった。
 2012年のロンドンオリンピック代表選考会では100m平泳ぎと200m平泳ぎは共に2位で、派遣標準記録を突破し、日本代表に選ばれた。
2012年8月1日のロンドンオリンピック男子200m平泳ぎ決勝では隣のレーンを泳いだ北島をピタリ追泳し、ゴール前でわずか0.06秒交わして3位に入着し、銅メダルに輝いた。
 2017年の4月13日に行われた第93回日本選手権水泳競技大会、競泳競技後に現役引退を表明。

 3 浅田真央

 今年一番の衝撃的なアスリートの引退表明となった。国民的な人気を誇り、B型らしく、幼少の頃からその実力を発揮した。真央ちゃんスマイルに誰もが癒された。彼女のピークは14~17歳頃で、僅か数日足りず、年齢制限でトリノ五輪に出場できなかった。続く、バンクーバー五輪では、周囲の期待があまりにも大きく、ガチガチに緊張し、思うようなスケーティングが出来ず、同世代対決となったキム・ヨナに敗れ、銀メダル。続くソチでも表彰台に上れず、1年間の休養。現役を続行するか迷った末に、復帰を決意。しかし、こだわり続けた「トリプルアクセル」が思うように飛べず、今年4月にブログで引退を表明した。
 私は彼女の演技で好きだったのは難易度の高い「片手ビールマンスピン」。柔軟性があって、頭の上に片足を上げ、しかも片手保持でスピンを行う。
 彼女は年齢を重ねても細身のスタイルを維持し続けた。普通、女性アスリートのピークは10代までで、それ以降は女性ホルモンの働きで、ふっくらと肉がつきやすく、体重も増えて動きが悪くなって引退というケースが多いが、彼女の場合、細身を維持したことで怪我が少なく、ジャンプにこだわり続けた要因だと思う。

 4 岩村明憲

 プロ野球ヤクルトや米大リーグなどで活躍し、独立リーグ、ルートインBCリーグの福島で兼任監督を務める岩村明憲(いわむら・あきのり)内野手(38)が10日、東京都内のホテルで記者会見し、今季限りでの現役引退を表明した。愛媛・宇和島東高からヤクルト入り。2007年に大リーグ、デビルレイズ(現レイズ)に移籍し、08年にはワールドシリーズに進出。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では第1回大会から日本代表の2連覇に貢献した。11年から日本球界に復帰し、楽天、ヤクルトを経て、15年に福島に入った。
  えっ!まだ現役選手だったの?という驚きが聞こえてきそうだが、NPBを退いた彼は、我が福島県に籍を置く「福島ホープス」で、プレイングマネージャーを務めていた。つまり、監督兼任選手だ。かつて南海の野村克也やヤクルトの古田敦也、中日の谷繁などもそうだった。
 しかし、今年3月に自らユニホームを脱ぐ決断をし、今季からは監督業に専念することとなった。

 5 エフゲニー・ヴィクトロヴィチ・プルシェンコ

 、ロシアの男性フィギュアスケート選手(男子シングル)。2006年トリノオリンピック金メダリスト。2002年ソルトレイクシティオリンピック及び2010年バンクーバーオリンピック銀メダリスト。2014年ソチオリンピック団体戦金メダリスト。世界選手権優勝3回、欧州選手権優勝7回、グランプリファイナル優勝4回。グランプリシリーズ通算22勝。ロシア連邦功労スポーツマスター。
 2015-2016シーズンは背中の怪我のために欠場を余儀なくされた。
 2017年3月31日、健康上の理由により引退を表明。今後は後進の指導にあたる為にモスクワ市内にスケート学校を開校し、才能や将来性を認めた若者は無料で受け入れるという。34歳での引退決断となった。

  6 村上佳菜子

 この記事を書いた直後、またしてもひとりのアスリートがスケート靴を脱ぐ決断をした。
この時期にシーズンを終えるのはフィギュアスケートのため、このスポーツの進退が堅調になる。彼女は、浅田真央引退後、宮原と共に次世代日本のエースと期待されていただけに、22歳での引退表明は意外だった。女子のアスリートは前述したように10代後半でピークを迎えるようで、22歳での引退は早いように思えるが、実はそうでもないことがわかる。
 彼女はソチ五輪代表で、四大陸選手権優勝、全日本選手権2位などの実績を持っている実力派だが、23日、世界国別対抗戦のエキシビションにゲストスケーターとして参加し、現役引退を表明した。

 おそらくは、本田真凛や三原舞依、樋口新葉などの後継者と目される若手が育ってきたことで、彼女も踏ん切りがついたのではないかと思う。

 記事作成:4月22日(土)

2017年4月25日 (火)

アンビリーバボー特選映像集

 最初にお断りしますが、今回の記事は、フジテレビ放送の「奇跡体験アンビリーバボー」の映像を取り上げたものではありません。 

 「事実は小説より奇なり」という言葉があるが、世の中にはその真逆を行く事象がある。つまり科学で証明がつかないような摩訶不思議な現象で、それは謎とかミステリアスな非現実的なものである。
 今日は長年の論争にもかかわらず解決しない特選映像を集めてみた。

 1 UFO(未確認飛行物体)

 かつて「木スペ」で放送された矢追純一監修の「UFO」特集。「チャララーララ・チャララー」という派手なBGMで不安を煽る。目撃例の多いメキシコで現地取材を敢行し、目撃者へのインタビューを行い、再現するというものが多かった。中には「ネッシー」のように捏造した類のものもあったが、それを見た夜は、怖くて寝つきが悪かった気がする。北海道で学生生活を送っていた時には、夜中に金縛りに遭い、眩しすぎる大光量に包まれ、UFOに連れて行かれそうになった。それが夢だったのか現実だったのか今もって不明だが、布団を被り、「早くいなくなってくれー」と願ったら、その光がすーっと消え、暗闇になったのだった。小学生の頃に始まったこのUFO特集は、その後、「水曜スペシャル」の「川口浩探検隊シリーズ」と同様、シリーズ化した。

https://www.youtube.com/watch?v=0Ya6x8Ymras

https://www.youtube.com/watch?v=NB-6fS9p6hU

https://www.youtube.com/watch?v=tu5q5T0mYuM

 2 心霊(閲覧注意)

 これも触れるのが怖い話題だが、非科学的事象で、証明がつかない。人は死んだらどうなるのか?本当に浮かばれず成仏できない魂が霊となって、現世にいる私たちの前に姿を現すのだろうか?私は霊感が全く無いので、一度も幽霊を見たことがないが、よくTVで放送される投稿映像やYoutubeにアップされている映像は、本当なのか?それともフェイクなのか?でっち上げだとしたら、死者を冒涜する許されない行為だ。

https://www.youtube.com/watch?v=oz_XwLXIHRc

 3 UMA(未確認生物)

 これもまた不可解。古くから「ビッグフット」と呼ばれる、どうみてもゴリラの着ぐるみを着た雪男やツチノコ、ネッシー、河童、人魚、カラパイアなど多種多彩に存在する。

 実在したのは恐竜、マンモス、シーラカンスなどだが、噂が噂を呼ぶ未確認生物は、もしかして人間のロマン追求の成れの果てなのか・・・。

 4 初代引田天功の脱出劇

 かつて日本テレビ系列で放送された「木曜スペシャル」の中で、その大脱出は行われた。その人の中は「引田天功」。ダイナマイトの爆発や火炎地獄から生還を果たす危険な脱出マジックを次々と考案し、実行に移した。毎回、視聴者をハラハラドキドキさせ、強烈な爆音と凄まじい炎の中から脱出し、奇跡の生還を果たすというもの。

 彼はプリンセステンコー(2代目引田天功)の師匠であり、40代の若さで心臓病を患い亡くなったため、こうした偉業は伝説となった。

 彼が演じた脱出劇の中で、私が唸ったベスト3を挙げると

 1 油地獄水面炎上からの脱出



   「死の水道管からの脱出」に似た設定。ヘリコプターで吊り上げられた箱が油壺に投下され、そこから50m離れた脱出カプセルまで狭い水道管の中を移動する。その間、次々と時限爆破装置が作動し、ダイナマイトの爆発が起こり、迫り来る恐怖と時間との闘いを強いられる。毎回行われるのは、設定と違うところで発火し、視聴者を焦らせ、不安に陥れる。誰もが緊張し、固唾を呑んで見守る中、巧妙な計画とトリックによって彼は生還を果たした。

 2 激突ジェットコースターからの脱出

 読売ランドの既存のコースターに引込み線を増設し、ジェットコースターを小屋にダイビングして激突させ、火災を起こし、その中から彼が姿を現すという脱出劇。時速60キロで小屋に突っ込み、その瞬間にコースターにくくりつけられた箱の中から脱出するという神業を演じたが、僅か0コンマ数秒という瞬時に脱出など不可能。手錠をして箱の中に入れられたと見せかけて、実はカメラワークで見えないところで、箱から抜け、事前にこっそり小屋の中の安全な場所に移動していると思われるが、真相は闇の中だ。
 この脱出でも設定外のことが起きる。最上部を走行中のコースターの彼が入る箱が突然に炎を包まれ、視聴者をヤキモキさせる。彼は演出の天才でもあった。

 3 火煙塔大脱出

 こちらも大掛かりで、高さ20m以上もある鉄塔を組み、ヘリで吊り上げられた箱がてっぺんに下ろされる。そこから地上へ脱出を試みるのだが、こちらも想定外と思わせる爆発が起き、箱が炎に。上から順に爆破が起き、凄まじい爆音と炎に包まれる。お決まりのように救急車が登場し、不安を煽る。そして骨組みだけになった脱出小屋の中から、成功した彼が姿を現す・・・。
 

 毎回、巨額の費用を投じ、大掛かりなセットを組み、視聴者を釘付けにした。彼の遺志を2代目引田天功(プリンセステンコー)が受け継いだが、2回程度の脱出を行ったが、鼓膜を破るなどあまりにも危険な試みだったため、いつからかイリュージョンに転向した。

 5 超魔術

  1990年頃にMr.マリックが登場し、マジックを超えた「超魔術」を披露した。もちろん魔術なのでタネも仕掛けも存在するが、視聴者の目をまんまと欺き、さも浮世離れした超絶マジックで世間に一大センセーションを巻き起こした。それはユリ・ゲラーに近いような衝撃があった。コインの瞬間移動や500円玉が手の甲を突き抜けてテーブルに落下したり、ピラミッドパワーで空中にコインを浮かべたり、念力でガラスを粉々に砕いたり、それは荒業と言えるような所業だった。
 そして超魔術を終えた際には「これがハンドパワーです!」と決め台詞を吐いた。

https://www.youtube.com/watch?v=H4kySQj88zo

 さて、今日はアットランダムに私が最近、気になっている衝撃映像を取り上げた。世代的に、どうしても古い出来事や懐かしい映像を取り上げてしまう傾向がある。過去を美化するのが歳をとった証拠かもしれない。

 記事作成:4月21日(金)

 

2017年4月24日 (月)

名切万里菜アナが福島で過ごした日々③

 名切アナウンサーが福島県を旅立って一か月近くが経過した。未だに彼女が夕方のニュースに出なくなったことを認めたくない自分がいる。彼女が2年間、この福島の地でアナウンサーをしていた足跡を残したく、今回も、彼女の出演場面をまとめた第三弾記事を掲載したい。
 彼女が初めて「みんなのニュース」に出演したのが平成27年3月30日(月)からだが、私が彼女に一目ぼれして録画を開始したのが、3日目の4月1日(水)からだった。

 今日は、記念すべき録画1回目の彼女の初々しい頃の、緊張感が伝わってきそうな出演場面を、画像にて紹介したい。この時彼女は25歳で、長崎県から初めて福島県にやって来て、不安そうな印象があった。しかし前職がNHK長崎放送局のアナウンサーをしていただけあって、落ち着いて安定したアナウンス技術はさすがだった。
 そして驚くべきことに、なんとこの頃は、今は異動していない延増惇アナ(現在はテレビ朝日の社会部記者)も「みんなのニュース」に出演していたのだった。

 今から2年以上前の平成27年4月1日(水)放送の名切万里菜アナの出演場面

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最初のオープニング場面 右側の2人がもう福島を去ってしまった・・・

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色白でお姉さん風で清楚な雰囲気も良かった。血液型はA型でした。     

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今とはだいぶ違う背景のセット ちなみに斎藤気象予報士はO型で議員さんだった!

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延増アナも突然にいなくなった感あり 名和田アナ、長澤アナ、若槻アナ、宍戸アナ、岸野アナなど毎年のようにFTVを卒業するアナウンサーが相次いだ。

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毎週月~水に当たり前だったこのツーショットももう見られないのが寂しい・・・

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     女性らしい仕草や表情が大好きだった

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出演終盤にはお天気コーナーは斎藤さんと寺本アナが多くなったが、初期の頃は、名切アナもお天気MCも行っていた!

 最後はもう見られないお宝もののツーショット!

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 おそらく、私と同様、夕方の「みんなのニュース」を見て、名切アナがいないことを淋しく思っている県内視聴者も多いことと思う。それくらい、お茶の間に愛されたキャスターだった。毎日、同じ時間帯のニュースの中で、違うキャスターがニュース原稿を読んでいるのを目の当たりにし、本当にFTVを卒業(退社)し、福島県を巣立って行ってしまったことを実感し、「名切ロス」に陥っているのは決して私だけではない筈だ。

 今、彼女は4月から東京のキー局である「日本テレビ」でネットやスカパーで放送している「日テレNEWS24」のキャスターを務めている。出演は不定期で、なかなかお目にかかれないが、ニュース報道畑を歩いてきた彼女にとって、実力をいかんなく発揮できる居場所をみつけたということだと思う。
 ぜひ健康に留意し、これからも画面を通して福島県民にその元気な姿を見せてほしいと思う。

 私自身は「FTVみんなのニュース」の彼女の出演シーンを録り溜めしたブルーレイを10枚分所有している。今日は膨大な量の映像から、僅か1日分だけをお送りしたが、福島県民に愛された彼女の懐かしい場面を、不定期ながらこの場で紹介できれば嬉しく思う。
 名切万里菜という女性アナウンサーが、確かに福島県にいた足跡をずっと残しておきたいから・・・。

 記事作成:4月18日(火)

2017年4月23日 (日)

THE 激変北海道

 私が北海道で学生生活を送っていたのが1984年4月から1986年2月までの約2年間だった。もう33年も前の出来事になった。その間、時の経過と共に劇的に変わってしまったものが数多い。私にとってはちょっと前の出来事なのに、「歳月人を待たず」は確かだった。
 そこで、今日のテーマはタイトルが示す通り、劇的に変貌してしまったものを取り上げたい。

 1 駅舎

  ①岩見沢駅

  残念ながら  年に漏電が原因とみられる火災が発生し、昔の青い屋根の駅舎が影も形
 も無くなり、近代的な赤レンガとガラス張りの駅舎に生まれ変わった。

Iwamizawa1Iwamizawa2

  ②足寄駅

  国鉄時代は木造の小さな駅舎だったのに、最近立て替えられて、現代風にリニューアルされた。道東の小さな田舎町だった足寄を全国区に押し上げたのは松山千春の功績だ。
 私は千春の生家を2度訪ねたことがある。自宅のガレージの上に。彼のでかい肖像画が立てかけられ、一発でそれとわかる。彼はこの町のヒーローであり、この町の功労者だ。足寄と言えば松山千春、千春と言えば「足寄」なのだ。

Asyoro1Asyoro2

  ③ 上砂川駅

 歌志内線が廃止になり、その後、「昨日、悲別で」の悲別駅として登場した上砂川駅も解体か保存かで揺れた。しかしファンの聖地として残すことになった。線路は撤去されたが、駅舎自体は90度角度を変え、移築された。私がいた頃は、廃止前で、テレビドラマそのままの風景画展開されていた。ホームから見える、炭鉱の黒いズリ山など、雪とのコラボが悲壮感や荒廃感を醸し出していた。

Kamisunagawa1Kamisunagawa2

 ④ 函館駅

 私がいた頃は、青函連絡船が現役バリバリで就航していた。それが今や北海道新幹線が函館北斗まで開通し、函館がぐっと近くなった。古くさい駅舎だったのが、一新された。要塞っぽい鉄の塊のような印象になった。かつてはゴチャゴチャしていたが、スッキリスタイリッシュに変貌を遂げた。

Hakodate1Hakodate2

 ⑤ 稚内駅

 最果てを思わせるような萎びた駅舎だったのが、改築と言うより完全リニューアルして超近代的な駅舎に生まれ変わった。

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 ⑥ 幸福駅

 旧広尾線にあった幸福駅。昭和50年頃に「愛国から幸福へ」という記念切符が発売され、一大ブームを巻き起こした。その後、廃線になり、今は駅舎と僅かなレールが保存されているだけ。カップルの聖地として未だ根強い人気を誇る観光地だが、実際にディーゼル列車が運行していた当時を知る私としては、何か物足りなさを感じる。

Koufuku1Koufuku2

 2 函館五稜郭タワー

 私はここを4回訪れていて、2回ほど昔の五稜郭タワーに上ったことがある。しかし、1964年竣工の昔のタワーは高さ60mと低くて、星型の五稜郭の全景を見渡すことが出来なかった。それが今やタワー自体が建て替えられて、2006年に完成したタワーは107mと1.7倍も高くなって全景が収まるようになった。

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 私が北海道に住んでいたのも31年も昔の出来事になった。当時はバイクを駆って北海道中を旅してまわった。今でも心の中にある原風景は色褪せることはないが、そんな想いとは裏腹に、この30年で、建造物は劇的に変化してしまっていた。3年前は道北や道東までは足を伸ばせなかったが、時間に余裕が出来たら、当時の面影を探し求めて旅してみたいと思う。

 逆に、当時とあまり変わっていないスポット

 ① ラーメン横丁
 ② 羊ケ丘展望台
 ③ 札幌テレビ塔
 ④ 時計台
 ⑤ 富良野駅

 記事作成:4月9日(日)

2017年4月22日 (土)

菅船神社&サタふくロケ隊追撃

 ここ福島県では、今、桜前線が東のいわき地方から西の会津地方へと移動中で、ここ郡山も西部地区まで移動して来た。去年より3週間遅れての開花で、17日(水)の暴風天候で一気に散ってしまった感がある。

 しかし、22日(土)放送の「サタふく」で浜ちゃんぽのコーナーで、浜中アナが浄土松公園から中継した桜がまだ満開なのを見て、急に「菅船神社」を訪ねたくなった。ロケ中の浜中アナが、次に移動するのが「逢瀬公園」と予想して、それを追跡することにした。もしかしてバッタリ遭遇ということもあるかのしれないと密かな期待を抱いて、11:45発、つまり「サタふく」が生放送中の時間帯に訪問したのだ。

11:45 自宅発 午前中、かかりつけの医院&薬局で2往復したばかり。あにくのくもり空
     で少々肌寒い。日差しはある。いきなりRFCラジオから私の大好きな玉置浩二の
      「メロディ」が流れ、くちづさむ。
      インター線に出て、R49を突っ切り、その後、コパルのセブンを左折、ベニマルの
    前を通り、右折して河内へ向かう片平街道へ。信号のタイミング、ことごとくOUT!
 
11:57 王宮伊豆神社前。いったん停車して写メ。

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12:00 河内入り口でグリーンメロディー番組始まる 長寿番組
12:07 菅船神社着 10.5km 先客はゼロ FTVの中継車もなし。実は過去7度訪れ    
     ている大好きなパワースポットだが、境内の桜を期待したが、杉並木しかなく、桜
     は全然ない。だから人も誰もいないのだ。いつものように写メを撮りながら参拝。
     石段が徐々にきつく感じられ、息切れも激しい。心臓バクバクでやばい。絵馬に市
     内の高校名と個人名が書かれて未だにぶら下がっている。お賽銭を投入し、お参
     り。
      神社は2月の伊勢神宮以来。2年前に初めて訪れて、すっかり気に入り、以来、
     1年で4回は訪れている。
      次に「サタふく」ロケ隊が逢瀬公園に行くと踏んで、そちらへ向かう。 浜ちゃんは
     おそらく、ここから2kmしか離れていない逢瀬公園を訪問中とみた。中継車がきっ
     とある筈だ。
      生中継に映るのは職業柄まずいので、遠巻きに見物&証拠写メを撮りたかっ
     た。

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Img_1983_r Img_1984_rImg_1985_r Img_1986_r
 
12:10 菅船神社発。河内のクランク状の狭い路地で、カーブミラーに映っている筈なの
     に、突っ込んでくる軽。DQNだ。

12:16 逢瀬公園Pへ。満開の桜見物なのか駐車場は満車に近い。それでも中央階段の
     そばに駐車。FTVのロケバスや中継車なし。もしかして山頂の展望台のPに駐
     車?
      石段を上り、芝生の広場へ 桜の下で弁当食べてる家族連れあり。やがて植物
     園へ。そして桜の広場との分岐となる道路に出た途端、なんと上のほうから下って
     こちらに向かってくるロケ隊を発見!その距離100m!このままでは中継に映っ
     てしまうと慌てて方向転換。斜面の散策道へ逸れる。すると、浜中アナの話し声が
     異様にでかい。林の木立から歩いて芝生の広場へ向かうロケ隊を写メ。

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上から下って来るカメラをプリントした白いトレーナーを着ているのが浜中順子アナ
FTVスクールで彼女に会ったことがある姉の話だと、画面で見るあの人柄そのままで、気さくで気配りが素晴らしい人だったという。青学出身で血液型はB型だ。

 アップで見るとこんな感じ↓ 本人とスタッフ3人で移動中(カメラ・音声・ディレクター)
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      いったんやりすごし、滝のある展望台広場へ。桜と鯉のぼりのコラボ。展望台の
    頂上部で若い高校生くらいの男女がピクニックシートを敷いて宴会。展望台からの
    眺望を堪能。市街地はうっすらだが、ビッグアイや高層マンションも見渡せた。
     強風が吹いている。その後、ロケ隊を追って芝生の広場へ向かう。携帯でワンセ
    グが見えたのに忘れる。いつ生中継されているのかチェックすれば良かった。中継
        外の時に声をかけて話ができたのに・・・。

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     芝生の広場でロケ隊発見。浜ちゃんがカメラマンや音声さん、スタッフと大きな声
    ではしゃいでいる。周辺は桜並木で、家族連れや子供たちが芝生の斜面を滑り台に
    して遊んだり、お弁当を食べて、桜の季節を満喫していた。いったんトイレへ。

     50m離れた場所で証拠の写メを撮って、復路へ。スタッフらしき若い男が、漬物を
    お盆に乗せてロケ隊のほうへ。ちょうどすれ違う。

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     来た道を引き返し、中央階段を下りてPへ。黄色いレンギョウも綺麗。

12:42 Pへ戻り、すぐに出発。前の黄色いど派手な宇都宮ナンバーのロードスターが我
     が物運転のDQN野郎。50キロの道路を40キロで走ったかと思えば、いきなりア
     クセル全開で先行車に追いつき、煽ったり、こういう自分本位の運転は事故って死
     んだほうがいい!栃木県民の恥さらしだ。

                             Img_2026_r

12:46 王宮伊豆神社へ。桜吹雪が気持ちいい。ここも杉並木で、桜は街道添いの1本
     のみ。桜吹雪のシャワーを浴びた。

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12:48 同上 発 車内暑くなる。13℃ ぽか陽 信号OUTばかり

12:59 帰宅 走行距離は22.1km

 帰宅後、録画しておいた「サタふく」をチェック。自分が映っていないかドキドキ・・・

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 11:48、自宅を出発した直後に、展望台からの景色を中継していた・・・

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12:17はちょうど私が逢瀬公園のPに到着した時刻 浜中さんはサボテン園から中継中

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私が下山し、帰ろうと駐車場に戻った頃に、さきほどの芝生の広場から中継が始まった!

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私がすれ違った時にスタッフが持って行ったのはまさにこのお盆と漬物!
ちゃっかり生中継にも登場した・・・。

 編集後記

 本日(4月22日(土))は、北海道に関する記事「THE 激変北海道」をアップしましたが、急遽、桜見物を兼ねたこのロケ隊追撃の記事を差し込んだため、明日、再度アップします。

  記事作成:4月22日(土) 
     

2017年4月21日 (金)

NPB歴代のベストポジション

 今日は「野球」ネタ。私が物心ついてから45年の長年に渡り、日本プロ野球界を眺めてきて、思うところを今日はカミングアウトしたい。それは、私が独断で考えた、歴代のプロ野球選手のポジション別のベスト10だ。あくまで個人的な趣向が過分に含まれているのであしからず。なお、外国人を除き、純国産プレイヤーをセレクトした。
 

 投手

 1 江夏 豊(阪神)・・・オールスター9人連続三振や日本シリーズ最後の21球は伝説
 2 稲尾和久(西鉄)・・・日本シリーズで巨人から4連投4連投 「神様・仏様・稲尾様」
 3 松坂大輔(西武)・・・平成の怪物の名をほしいままにし、WBCで2大会連続MVP
 4 津田恒実(広島)・・・炎のストッパー 真っ向勝負した。脳腫瘍で若くして亡くなった
 5 金田正一(国鉄)・・・400勝投手 ルーキーだった長嶋を4三振に斬った
 6 野茂英雄(近鉄)・・・個性的なトルネード投法でドクターKと呼ばれた フォークは圧巻
 7 佐々木主浩(横浜)・・・「大魔神」伸びのあるストレートと角度のあるフォーク 守護神
 8 村田兆治(ロッテ)・・・「まさかり投法」鋭いフォークで三振の山 肘の手術後、復活
 9 田中将大(楽天)・・・無傷の24連勝はプロ野球記録 伝説の日本一に貢献した
10 村山 実(阪神)・・・長嶋を終生のライバルとし、渾身のザトペック投法でならした 

 ほかにも尾崎行雄や山田久志、鈴木啓示がランクインして然るべき名投手だった 165km/hをマークした最速の大谷もいずれランクインする選手になる もちろん頂点にいるのは沢村栄治であることは間違いない

https://www.youtube.com/watch?v=KAKjkYIBwog

 捕手

 1 野村克也(南海)・・・選手時代は三冠王を獲得し、600本を超える本塁打を放った
 2 古田敦也(ヤクルト)・・・ID野球の申し子で 鉄砲肩と強打者で日本を代表する捕手
 3 阿部慎之助(巨人)・・・21世紀の最強捕手
 4 田淵幸一(阪神)・・・最強スラッガー捕手 死球が多くて選手寿命を縮めた
 5 木俣達彦(中日)・・・1964年から1982年まで中日の正捕手 285本塁打を放った 
 6 谷繁元信(横浜・中日)・・・2000本安打を放った苦労人捕手 選手兼任監督も経験 
 7 福嶋久晃(大洋)・・・1960年代後半から1980年代にかけて大洋の
 8 城島達也(ダイエー)・・・打てる捕手。MLB挑戦し、マリナーズでも活躍した。  
 9 森昌彦(巨人)・・・右投げ左打ち V9時代の正捕手 抜群のリードで投手力を支えた
10 中尾孝義(中日)・・・細身で打者センスが光る 強肩で三拍子揃ったアクティブ捕手

https://www.youtube.com/watch?v=uYVF1ICE0UA

 一塁手

 1 王貞治(巨人)・・・一本足打法で世界のホームラン王に 868本は前人未到
 2 大杉勝男(ヤクルト)・・・三塁手から転向 月に向かって打つ豪快なフォームだった 
 3 川上哲治(巨人)・・・野球の神様 ボールが止まって見えたと名言を残した V9監督
 4 清原和博(西武)・・・PL時代からスラッガー 番長として数多くの伝説を残した
 5 谷沢健一(中日)・・・細身ながらバッティングセンスは抜群だった 
 6 松中信彦(ダイエー)・・・最後の三冠王
 7 加藤秀司(阪急)・・・昭和50年代の黄金期にクリーンアップを担った。
 8 榎本喜八(大毎)・・・オリオンズの中心で、初代安打製造機」の異名をとった選手
 9 小笠原道太(日本ハム)・・・豪快なバッティングフォーム ガッツと呼ばれた
10 柏原純一(日本ハム)・・・巨漢のスラッガー 打ち方が落合とダブる

 他にも小早川毅彦や駒田徳広も捨てがたい

https://www.youtube.com/watch?v=Zz9m8Qzzue8

 二塁手

 1 荒木雅博(中日)・・・アライバコンビは鉄壁の二遊間だった。絶対に破れない聖域
 2 高木守道(中日)・・・元祖守備の名手。ゴロの捌き方は日本一だった
 3 山田哲人(ヤクルト)・・・2年連続トリプルスリーを達成。野球センス抜群で才能の塊
 4 篠塚利夫(巨人)・・・攻走守揃った好打者。ミートが巧く、ヒットを量産した
 5 井口資仁(ダイエー)・・・ホームランが打てる二塁手として新たな境地を開拓した
 6 菊池涼介(広島)・・・WBCでも魅せたが、ダイビングキャッチの達人
 7 西岡剛(ロッテ)・・・走攻守三拍子揃った職人プレーヤー。スイッチヒッターでもある
 8 大石大二朗(近鉄)・・・オールスターで江川の9者連続三振の野望を9人目で阻んだ
 9 岡田彰布(阪神)・・・バース、掛布と結成したクリーンアップは破壊力抜群だった
10 土井正三(巨人)・・・V9メンバー、小技が利き、安定した守備と頭脳プレーで貢献した

https://www.youtube.com/watch?v=OoQ9jWSTVqM

 三塁手

 1 長嶋茂雄(巨人)・・・ミスタープロ野球 NPBでは神格化された存在
 2 落合博満(ロッテ)・・・セ・パ両リーグで三冠王を達成したスラッガー
 3 中西太(西鉄)・・・ピンポン玉のように打球を左翼席に運んだ 怪童と呼ばれた
 4 衣笠祥雄・・・鉄人として連続試合出場世界記録を樹立 広島の黄金期のメンバー
 5 有藤道世・・・ミスターロッテ 
 6 小久保裕紀(ダイエー)・・・野球センス抜群 細身のスラッガー
 7 掛布雅之(阪神)・・・ミスタータイガース。細身ながらホームランを量産した
 8 大島康徳(中日)・・・ミスタードラゴンズ スリム体型でホームランアーティスト
 9 中村紀洋(近鉄)・・・豪快なバッティングフォームが持ち味 契約トラブルが多かった
10 宮本慎也(ヤクルト)・・・日本代表主将 誠実で周囲の信望が厚い選手だった

 落合は晩年に一塁を守ることが多かったが、ロッテ時代はサードの印象が強い
 このポジションは外国人助っ人が守ることが多い 大洋の松原や田代も実力派だった

 遊撃手

 1 松井稼頭央(西武)・・・抜群の運動神経で、とにかく足が速かった
 2 池山隆寛(ヤクルト)・・・ぶんぶん丸という異名で、本塁打を量産した
 3 井端弘和(中日)・・・鉄壁の二遊間 彼のグラブさばきは天下一品 
 4 豊田泰光(西鉄)・・・守備と言うより打撃の人 西鉄黄金期の主力メンバー
 5 高橋慶彦(広島)・・・走攻守揃った1番打者 広島の黄金メンバーの主力
 6 立浪和義(中日)・・・PL出身の走攻守揃ったプレーヤー 2,000本安打を達成
 7 石毛宏典(西武)・・・原と良きライバルで、最強西武の先頭打者として君臨
 8 田中賢介(日本ハム)・・・俊足好打の一番打者だった。メジャー帰り
 9 今宮健太(ソフトバンク)・・・守備の達人 どんなボールにも食らいつく
10 宇野 勝(中日)・・・細身のスラッガー 珍プレーには欠かせない存在だった 

https://www.youtube.com/watch?v=2oTgRW9SYjI

 野村謙二郎も次点に入る名選手だ

 左翼手

 1 張本勲(東映)・・・史上初の3,000本安打を達成し、「安打製造機」と呼ばれた
 2 長池徳士(阪急)・・・山田、福本、加藤と共に阪急黄金時代を築いた。338本塁打
 3 松井秀喜(巨人)・・・伝説の5敬遠の後、巨人、ヤンキースで活躍したホームラン打者
 4 土井正博(近鉄)・・・20年の現役生活で2,452安打、465本塁打を放った強打者
 5 蓑田浩二(阪急)・・・204本塁打250盗塁を記録した走行守揃った名選手だった
 6 田口壮(オリックス)・・・俊足・強肩の名外野手 オリックス→メジャー→オリックス
 7 谷佳知(オリックス)・・・俊足巧打の外野手 首位打者を獲得したこともある
 8 和田一浩(西武)・・・豪快なバッティングホームで力技でスタンドに運んだ
 9 金本知憲(阪神)・・・アニキとして君臨 連続試合出場など親分肌で中心選手だった
10 緒方孝市(広島)・・・通算241本塁打のスラッガーだが1番を打つことが多かった

 

 中堅手

 1 福本豊(阪急)・・・世界の盗塁王 シーズン109盗塁で阪急の黄金期を築いた
 2 秋山幸二(西武)・・・三拍子揃った全身バネ。ホームベースで宙返りが名物だった
 3 山本浩二(広島)・・・ミスター赤ヘル 力でレフトスタンドまで叩き込んだ
 4 柴田 勲(巨人)・・・V9時代の先頭打者 青い手袋で盗塁を量産 スイッチヒッター
 5 広瀬叔功(南海)・・・歴代盗塁成功率1位 鷹の爪と呼ばれたリードオフマン
 6 若松勉(ヤクルト)・・・首位打者を獲得するほどの名選手 ヤクルト不動の1番打者
 7 新庄剛志(日本ハム)・・・鉄砲肩と俊足 やることが派手で人気者 阪神→メッツ
 8 田尾安志(中日)・・・中日の1番打者でミートが巧く、野球センス抜群だった
 9 高木豊(横浜)・・・大洋のスーパーカートリオの一人 高打率を叩き出す名選手
10 島田誠(日本ハム)・・・足が速く小柄ながら守備範囲が広かった 日ハムの先頭打者

 青木宣親や中塚政幸、飯田哲也も切り込み隊長として活躍した

 右翼手

 1 イチロー(オリックス)・・・日米通算でピートローズを越えた 今も現役を貫く神選手
 2 稲葉篤紀(日本ハム)・・・ヤクルトから移籍 頼れる打者でWBC代表にもなった
 3 糸井嘉男(日本ハム)・・・鉄人のような鋼の体で強肩好打のセンスある選手
 4 大下弘(セネタース)・・・青バットの大下と呼ばれ14年間で1,667安打を放った
 5 高橋由伸(巨人)・・・野球センスの塊で、打率・本塁打ともに好成績を挙げた
 6 杉浦亨(ヤクルト)・・・豪快なホームランが魅力だった 弾くような弾丸ライナー
 7 前田智徳(広島)・・・23年の現役で2,119安打295本塁打を放ったパワーヒッター
 8 平野謙(西武)・・・451犠打の新記録を達成 俊足巧打で230盗塁を残した
 9 中島治康(巨人)・・・プロ野球黎明期の名選手で初の三冠王を達成した
10 福留孝介・・・WBCの逆転ホームランが記憶に残る 今なお現役

 やはり外国人助っ人が外野を守るケースが多かった。

https://www.youtube.com/watch?v=Eu5Bj8FC3s4

 DH

 1 門田博光(南海)・・・23年の現役生活で2,566安打、567本塁打
 2 山内一弘(毎日)・・・19年で396本塁打 2,271安打を放った
 3 太田卓司(西武)・・・職人肌であぶさんのような存在 171本塁打

 代打

 1 高井保弘(阪急)・・・上田阪急時代の隠し玉 通算で27本の代打本塁打数

 さて、今日の記事はあくまで個人的な主観で掲載したものです。おそらく野球ファンにはそれぞれ「推しメン」がいてしかるべきだと思うが、巨人ファンの私でも、ひいき目にして考えたベストポジションではない。それだけ過去にも名選手が多かったということだ。

 記事作成:4月8日(土)~9日(日)

 

2017年4月20日 (木)

監督請負人

 プロ野球やJリーグはプロフェッショナルなので結果がすべて。したがってシーズン途中であっても成績不振を理由に休養(事実上の解任だが、本人の名誉のためにそう表現する)するケースがある。もちろん、休養後に同じチームに復帰することはないが、監督であってもクビになるシビアな世界だ。
 しかし一方では、指導力があって、幾多の球団から監督要請され、複数球団に渡って監督に就く奇特な人もいる。今日は監督の中でもプロ中のプロで、複数の球団を渡り歩きながら優勝を飾っている方々を取り上げたい。なお、数字表示は優勝回数

 1 三原 脩 巨人1回・大洋1回・西鉄3回 ほかに近鉄の監督も歴任

 2 水原 茂 巨人8回・東映1回 ほかに中日の監督を歴任

 3 西本幸雄 大毎1回・阪急5回・近鉄2回 3チームで合計8回優勝  20年間監督

 4 野村克也 南海1回・ヤクルト4回 ほかに阪神・楽天の監督を歴任 ID野球

 5 星野仙一 中日1回・阪神1回・楽天1回 鉄拳制裁で選手を叱咤激励する熱血漢

 6 仰木彬 近鉄1回・オリックス2回 イチローを育てた名監督

 7 広岡達朗 ヤクルト1回・西武3回 弱小だったヤクルト・西武を優勝に導いた手腕!

 8 梨田昌孝 近鉄1回・日本ハム1回 ほかに現在は楽天の監督

 9 藤本定義 巨人7回・阪神2回 ほかにパシフィック太陽、金星、大映、阪急のなどを
                   歴任し、29年に渡って監督を務めた。

10 山本(鶴岡)一人 グレートリング1回・南海4回 23年間監督を務めた。

11 王貞治 巨人1回・ダイエー3回 監督業19年で優勝4回は寂しい・・・

 名選手=名監督とは限らないようで、ONは監督としてはイマイチだった。長嶋もFAなどで他チームの主力ばかりを漁って来た布陣を毎年組みながら、15年間で5回しか優勝できていない。偉大すぎる監督ばかりが目立って、選手が萎縮するパターンだった。

 こうなると監督冥利に尽きる。野球は投手力とよく言われるが、監督によってガラリ変る場合がある。私は巨人を除けば、西本監督と古葉監督は秀逸していると感じている。前者は鉄拳制裁も止むなしの厳しい方針だったが、実績を残した。残念ながら日本一に何度も迫りながら、惜しくも逃した。後者は冷静沈着で、選手の力量やコンディションを見極め、適材適所に配置し、選手の才能を引き出した。

 記事作成:2月10日(金)

2017年4月19日 (水)

アナウンサーが感情が溢れ出た瞬間

  テレビ番組の司会者やMCは、進行の妨げとなる涙はNGとされる。どんなに悲しい映像を目の当たりにしても、どんなに感動する場面であっても、ぐっと堪えるのが職業上美徳であり、プロ意識であると思われてきた。しかし、最近、こうしたタブーがなおざりになりつつある。それは感極まって、生放送中にボロボロ涙をこぼして泣くアナウンサーが増えて来たからだ。個人的には、それがダメとは思っていない。逆に、涙脆い方が冷血な原稿読みマシーンではなく血の通った人間的であって親近感が沸くからだ。視聴者として、そういうアナウンサーの反応を見ると、こちらまでもらい泣きしそうだ。
 では、動画サイトにアップされている映像で、そうした涙の場面を取り上げてみたい。

 夏目アナ、泣き祖母への想いを告白

 夏目三久はアナは日テレからフリーに転身したが、アナウンサー生命を脅かされるような記事や画像がネットに暴露された後も、図太く、かえって視聴者の同意や同情を得て、その事件の後も、好感度が高く、人気の女子アナランキングでも上位にランクインしている。
 優しい性格の彼女はまた、バンキシャの「笑点」の林家木久扇さんの病気を押して高座に立ち続ける姿を目の当たりにした時も人目を憚らず生放送中に号泣した。ちなみに血液型はO

 バンキシャ https://www.youtube.com/watch?v=U5Vp_syK0GQ

 武田アナ、郷里の被災を想い、激励の涙

 武田真一アナと言えば、NHKのエースとして長年「ニュース7」を報じて来た。その安定感は抜群で、そのワンちゃんのような愛くるしい顔立ちで女性ファンに心を鷲掴みにしてきた。この3月で、ニュースキャスターは卒業し、クローズアップ現代のMCに就任した。
 その彼が、故郷の熊本が大地震に見舞われ、多くの被災者が出たニュースを伝える際、涙を堪えて、必死に呼びかける様子は感動を誘った。ちなみに血液型はB

 大江麻理子アナ、愛川欣也の訃報を涙ながらに伝える

 テレ東の人気番組「アド街」のメインMCが愛川欣也で、その初代アシスタントが大江麻理子だった。長年番組を共に制作・放送した旧知の中で、その愛川氏が亡くなった際に、訃報を伝えたのも大江アナだった。最初は気丈に振る舞っていたが、共演していた映像が流れると、次第に声が震え、感極まって詰まる場面が・・・。

 お天気お姉さん・岡田みはるが突然の号泣

 この放送事故は、NHK山形放送局の夕方のニュース番組中に起きた。気象予報士の岡田みはるさんが突然に号泣してお天気を伝えられない非常事態に。原因はせっかく覚えた原稿とは違う町の空模様が画面に出て、混乱して取り乱したようだ。一時は局内のいじめとか失恋とか様々な憶測が飛び交った。しかし、NHKのような厳粛な局ではあってはならない放送事故だった。

 気象予報士、神谷ゆりさんが番組卒業で号泣

https://www.youtube.com/watch?v=KOPn0YDTYlE

 狩野恵里アナ、モヤさま卒業で大号泣

 「モヤさま2」で、大江アナから狩野アナに交代した直後は、何かおばさん風のアナウンサーで、大江アナの抜けた穴を埋められるのか?と心配があったが、彼女のB型丸出しの天然と類まれな才能(運動神経・英語力・ピアノなど)と強烈な個性で、すっかり彼女の虜になっていた。柔軟性に欠け、猪突猛進型だった彼女だが、最後は番組になくてはならない存在になっていた。番組で結婚報告したり、心機一転でモヤさま卒業を発表したり、いつも彼女の一挙手一投足はB型らしく神出鬼没で電撃的だった。
 最後のハワイロケで、まるで子供のように大泣きし、山口百恵張りのマイクを置くパフォーマンスで卒業した。

 記事作成:4月9日(日)

2017年4月18日 (火)

名切万里菜アナが福島で過ごした日々②

 名切アナウンサーが福島県を旅立って一か月近くが経過した。未だに彼女が夕方のニュースに出なくなったことを認めたくない自分がいる。彼女が2年間、この福島の地でアナウンサーをしていた足跡を残したく、今回も、彼女の出演場面をまとめた第二弾記事を掲載したい。今回は、FTVのみんなのニュースの過去の画像から抜粋させて頂きました。
 なお、放送順ではなく、アットランダムに掲載します。

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09300 10150
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左上の名切アナの表情が大好きだった。どうみてもお嬢様風。
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 県内をくまなく、いろいろな場所に取材に行き、まぎれもなく福島県に溶け込んでいた。

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 今日は、彼女が「FTVみんなのニュース」に出演した場面を多く集めた特集記事をお送りしました。彼女を忘れてほしくない一心でこのような記事をしたためました。4月に入り、これらの画像が、FTVのHPから削除されていたため、前もって保存しておいたものを、勝手ながら、この記事で掲載させていただきました。

 ところで私は、彼女がFTVに入社したての頃から、約2年分の彼女の出演した回は、ほとんど録画してブルーレイDISCに保存してあるので、この記事のアクセス数を見て、機会があればさらなる続編を掲載したいと思います。

 記事作成:4月2日(日)

2017年4月17日 (月)

我が家のバスリフォーム大作戦①

 1月のとある寒い日、ふと家内が呟いた。平成7年に購入した新築建売一戸建ての我がマイホームも21年が経過し、22年目を迎え、「これからはヒートショックが命取りになる年齢になることから、温かい洗面脱衣所が欲しい」と・・・。確かに我が家は夏は異様に暑く、冬はすこぶる寒い。幼稚園・小学校・中学校がすべて近くに揃う、子育てには抜群の教育環境が整っていることから、即決して高額の土地付き建売住宅を決めたのだった。銀行ローンがようやく終わったと思ったら、あちこちボロが出て、修繕が必要になったのだ。
 すでに風呂のボイラーやトイレ、洗面台、換気扇を入れ替えるなど、姑息にも手直ししてきたが、温かいお風呂でゆったり疲れを癒したいと思うようになったのが、今回、リフォームを決意した理由だ。
 今日は、1月から始まった、我が家のリフォーム大作戦を備忘録として残したいという意図と、これからシステムバスへのリフォームをお考えの方に、我が家の顛末を紹介したい。

Img_1702_r Img_1704_r

  今のユニットバスがどう変わるのか楽しみだ。では経緯をどうぞ!

 1月22日(日)

 リフォームを考え始めたこの日、たまたま桑野の業者の広告が入り、下見に行くことに。ひとまず、午前中にひとりでパナソニック(フォローラ)とLIXILのショールームを見に行く。そして午後に、さらにはこれまで何度もリフォームを依頼し、工事を請け負ってもらった、自宅から至近距離にあるリフォーム専門店を家内と訪ねた。こちらからの希望を言い、どれくらいの予算が必要か探りを入れる。幸いそこにはモデルルームも兼ねていて、LIXILとTOCRUSのモデルがあった。

 応対した従業員の若いI氏は、音楽なんて必要ないのにしきりにYAMAHAの音源が綺麗だとか言って、「TOCRUS」製品を勧めて来た。胡散臭い感じがした。工事自体は気温が温かくなる春過ぎに行うと決めたので、下見だけに留めた。

 帰り際、3月初旬に自社でキャンペーンイベントを大々的にやるとのこと。そこで契約すると、様々な特典が得られ、大変お徳だと聞かされ、その案内を待つことにした。

 この日のうちに、並木のauの隣りにある「TOCRUS」のショールームも覗いてみた。こんなところにあったとは、週一で車で通っている通りなのに、まったく気づかなかった。

 ほかにもヤマダ電機も覗いたが「HOUSETEC」専門店と言われ、断念した。インター線沿いにはクリナップやHOUSETEC、LIXILなどのショールームが集中してあるし、内環状線沿いには、パナソニック、TOCRUSも点在している地の利もあった。

 下見には1月22日(日)に、パナソニックやそして本命のLIXILを事前に見た。この頃はLIXILのCMが盛んに流れ、攻勢を強めていた。あまり知らなかったが、LIXILはトステムとサンウェーブ、INAX、そして東洋エクステリアなど5つの会社が統合して誕生したようだ。自宅のトイレは全面自動のINAXにリフォームしたし、もともと備え付けのユニットバスがトステム製だった。したがって、LIXILに対して悪い印象はなかった。何度かひとりで訪ね、カタログを貰ったり、実際に現物を写メしたり、バスの中に入ったり、機能性や操作性、オプションなどに触れてみた。ここは飲み物が無料で飲めるのが嬉しい。ホットでもアイスでもコーヒーからお茶など至れり尽くせりで、ショールーム店内も綺麗だし、店員さんも美人が多い。

 3月4日(土)

 家内とふたりでリフォーム店のイベントにお邪魔する前に、LIXILのショールームへ。すると何と、カタログを見て気に入っていた「Remore」シリーズが5月で廃盤になり、すべて「Arise」というシリーズに統合されるという。これはまずい・・・。リモアが標準で付いている便利な機能が、アライズではすべてオプションになり、かえって高くついてしまうのだ。

 14時過ぎにリフォーム店へ。1月の際に対応したI氏が別の客と打ち合わせをしていた。そこで代わりの女性店員のK田さんが応対してくれた。その彼女がめちゃ可愛くて、私好みの若い女性だった。女優の連佛美沙子似の店員さんで、親身になって話を聞いてくれたが、まだ入社したてくらいで、深い話はまだ対応できていないが、一生懸命さが伝わり、好感を持った。そこで、LIXILのシステムバスを間近で見た。LIXIL製品はトータルバランスが良く、デザインも機能性も操作性も私好みだった。でもアライズにランクダウンするつもりなどさらさらない。よく聞くと、5月受注文まではリモアも販売可能だという。廃盤になる前の車が大安売りされるように、大幅値引きを期待した。現に、ネットではリモアが60%OFFとか56%OFFという景気の良い文言が踊っていた。
 この日のリフォーム店のイベントは凄まじかった。来場記念でスタバ1,000円カード、どんべいひと箱、ミスタードナツ、さらには福引きを回したら銀の玉が出て、10万円文のリフォーム割引券が当たる。10本中1本の確率。すでに金が出て、白ばっかり。銀は初。白い玉が多い中で100万円以上購入で10万円引き。凄い。
 記念写真は断る。名前が貼り出されるかも・・・。カランカラン鳴らされる。さらには外でクレープ(いちご)貰う。タダで5つのもらい物(スタバ1,000円カード・どん兵衛ひと箱・ミスド・10万円リフォーム券・クレープ)。
 
 こちらの希望を伝え、見積もり作成を依頼した。担当者はI氏とKさんの二人でやることになるかもと聞かされたが、その後は、残念ながらI氏ひとりが担当になり、Kさんが出てくることはなかった。

 3月11日(土)

1 6:25~17:55 リフォーム業者のI氏が家に来る。現地調査。工事費嵩み、170万も行く可能性 浴槽入らないかも 壁壊し 配電盤も交換 6回路を8~10回路 30Aを50Aへ 月々基本料940円が1620円になる。

 3月18日(土)

  17:30に家内が帰ってきて、50分発でオノヤへ。見積もり魅せてもらうが、I氏、間違いのだらけの大チョンボ 俺の名前も違うし、LIXILから来た仕様がリモアではなく、アライズになっているし、信じられないミス。本体50%OFFになっているが、もしかすると、リモアが廃盤のため、アライズにオプションを組み立てて、リモアと同じ仕様にしている可能性大。余計な費用まで入っていて、逆に定価を吊り上げている。
 もう一度、連休明けに作成してもらうことに。Kさんが不在。164万円(税込)なので、余計なものカットし、10万円のクーポン券を使えば、150万円で何とかなるかも・・・。
 工期は窓は既存のものを使用し、壁を壊さないが、電気工事(30A→50A)があるので2週間かかる見込み。

 18:52発で:55に帰宅。よく見積書とLIXILから来た仕様書を分析&検討。間違いだらけなのを見つける。
 19:20にTELし、アライズにオプションくっつけてリモアと同じ仕様にしたことや、照明がアライズの一番安いものになっていると指摘。すべて作り直してもらうよう、I氏に再依頼。

 19:40過ぎにまたTELする。リモアKMは定価105万円なのに、131万円の記載。浴槽パンや他のオプションが含まれているのに、見積もりには本体一式に何が含まれているのかの詳細内訳の明記が無し。これではダメ オプション4つ(浴槽パン、ランドリーパイプ、握りバー、開き戸)足してもその金額にならない。怪しすぎる。大丈夫なのか?信用問題だぞ!

 浴槽側の水栓25,000と工事の人の仮設トイレ18,000円を削れば160万円を切り、10万円のクーポン券を使えば総額150万円を切る。

Remore2 Remore3

 3月20日(月)春分の日

 12:00 LIXILへ。クレーム 5月まで移行期間で5月まで受注するといったのに、アライズ嫌いなのにリモアではなくアライズで見積もり作ったのはダメとクレーム。お茶飲む。伊藤さんから明日TELある筈だから、必ずリモアで組むように指示。

 3月21日(火)

 18:15~18:40 業者のI氏とTELで2回話す。浴槽パンが入っていなかっただと。
 その105,000円分は業者で持つ リモアだと45%OFFで高くなるだと LIXILのご好意でアライズでリモア仕様にして50%OFFにしてくれた。不要なものカットしてアライズとリモアの2つ見積もり出してもらう。どんどん先延ばし。4月6日までに出来るのか?
 かなり声荒げて話す。このI氏、毎回言うことがコロコロ変わるため、イマイチ信用できない。

 3月26日(日)

 10:00~10:40 リフォーム業者往復で契約 なんと肝心な時に、担当のI氏がインフルエンザにかかり、不在。代理の男性従業員Sさんが対応。1,625,000円で契約。最初は100万円程度の予算が、なんだかんだで巨額に・・・。やっとK田さんに会える 顔小さい。ランドリーパイプ付くというが怪しい。

 4月15日(土)

 16:00前に業者に行ったら、I氏はLIXILに行ってしまった。現地集合だった?飴もらう
 LIXIL混雑 今日だけで20人も打ち合わせ ひとつひとつオプションを選ぶ 

 風呂の形状をアール入りのロングタイプに変更 蓋は一個で固定だが、頭がぶつかりそう。。ベンチタイプは狭苦しい。足の指も出る メタルタイプで追金。バスタブはベージュ系のパール仕様。
 最後までフロアの色を白かベージュかで迷う バスタブ、カウンター、壁パネルなど色の組み合わせがイメージしやすいように小さな模型で何パターンも入れ替え可能。

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Img_1947_r Img_1949_r

Remore_2 Remore4
  完成はおそらく上の画像に近い感じになる見込み

 <今後の予定>

 4月30日(日)に打ち合わせ 5月13日(土)電気屋との打ち合わせ
 5月22日(月)着工で5月29日(土)には完成予定

 4月16日(日)

 午後、I氏TEL。最終確認。フロアの色(ベージュ)、バスタブの水抜き栓のボタンが入り口側に来るようにLとRタイプを間違えないように釘を刺す。

 その後、夕方、またしてもI氏からTEL 今後の打ち合わせスケジュールをメモ取るの忘れてしまい、いつだったか教えて欲しいだと。本当に営業か?こんなんで信用できんのか?あとから追加料金なんて言われないだろうな・・・。胡散臭い。

 明日にはメーカーへ発注かける もう変更無し。廃盤寸前で何とか間に合わせた感じ。

 すったもんだの挙句、着工までの目処がこれで立った。決して安い買い物ではないし、20年以上は使える代物を購入するため、これだけ慎重になった。もう少し時間があれば、複数の業者で見積もりを取りたかったが、10万円分の無料券が当たったのは大きい。

 実際に工事が開始される5月下旬に、この続編をお送りしたいと思う。

 記事作成:4月16日(日)

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