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2022年6月12日 (日)

お知らせ

 ココログでは、1年間新規記事の更新がないと、追記が出来なくなるため、それを回避すべく、この記事をアップします。

 なお、当ブログは令和3年12月31日で新規記事の更新を終了しました。

2021年12月31日 (金)

本日でココログへの記事の掲載を終了致します。

 二週間前にお知らせしました通り、本日、令和3年12月31日(金)をもちまして、「SUZUの気ままにブログ三昧」の新規記事の掲載を終了いたします。これまでのご愛読、心より感謝申し上げます。

 明日以降は、コメントを頂いても掲載及び返信が出来ませんのでご了承ください。

 みなさんよいお年を! また、どこかでお会いしましょう。

Ojigitiger

2021年12月17日 (金)

ブログ終了のお知らせ

 突然ですが、2009年に開設しました「ココログ」の当ブログですが、諸事情により、今年12月末をもって新規記事の掲載を終了したいと考えています。これまであしかけ12年以上、

「時遊人SUZUのひとり言」2009年4月~2018年4月(約9年) 3,498記事

「SUZUの気ままにブログ三昧」2018年3月~2021年12月(約3年9か月) 1,291記事を

  永らくご愛顧いただきました方々に感謝と御礼を申し上げます。


 2022年1月以降も、これまでに公開した記事はご覧になれますが、コメント等の掲載や返信等ができなくなりますのでご容赦ください。

 また、「ココログ」では、一年間記事を更新しないと強制撤去される場合がありますので、半年を目安に「お知らせ」という形で記事を掲載することがありますのであわせてご承知願います。
         
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 なお、「ココログ」でのブログ掲載は今年いっぱいで終了しますが、1月からは懲りもせずに、他のブログ専用サイトで、装いを新たにタイトル名をリニューアルして新規記事の掲載を継続したいと考えています。

 勝手ながら仕事を優先するため、週1~3回の「のんびりペース」で、自身の記録用として「旅行記」を中心に更新できればと勝手に考えています。

 「新ブログ名」は敢えて明かしませんが、もし引き続きご覧いただける場合は、ぜひ、同じ作風のブログを見つけて、ご贔屓にしていただければありがたく存知ます。(SUZU)
                        

2021年2月17日 (水)

お知らせ

当ブログは新規記事の掲載を終了しました。

続きは「SUZUの気ままにブログ三昧」をぜひご覧ください。

http://musoujin.cocolog-nifty.com/blog/

2020年8月16日 (日)

重要なお知らせ(2020年2年8月16日)

 当ブログ「時遊人SUZUのひとり言」は、震災前の2009年4月27日に開設し、2018年の同日に終了を宣言するまでの9年間で3,400件を超える記事を掲載して来ました。一日の平均アクセス数は3,000~5,000件程度いただき、通算では800万アクセスを超えるほどの好評を得ていました。

 その内容は、地元の「郡山の話題」や「福島県に関する話題」、それに自身の趣味(釣りや旅行など)や「日常の雑感」、「ミステリースポット紹介」、さらには「芸能ネタ」や「昔のテレビ番組」、「血液型に関する記事」、「CM」に関する記事、そしてミーハーだが大好物の「女子アナ」の話など多岐に渡り、自由気ままに書き綴っては公開して来ました。

 そして多くのコメントをいただきましたが、その大多数は当ブログに好意的かつ建設的なコメントが多く見られ、情報提供や共有の面で大変役立った次第です。とりわけ地元の「郡山の昔話」に関する記事では相当盛り上がりました。それに関しては感謝の念に堪えなません。

 ところで、当ブログは「nifty」の「ココログフリー」を使用していましたが、9年越しで全容量の92%を使い果たし、残り僅かになった時点で或る決断をしました。それは、2018年4月に現在の「ココログベーシック」に切り替える際に、当ブログを全面閉鎖する予定でいたことです。

 しかし、「時遊人SUZUのひとり言」のブログをこよなく愛してくれた方々の熱烈なる要望により、「ココログフリー」の当ブログは公開記事数を大幅に削減した上で、要望が多かった記事だけを残しました。

 さて、ここからが新事実をカミングアウトしますが、もしかするとすでにご存知の方も多数いらっしゃるかもしれませんが、実は当ブログの新規記事の公開を終了した直後から、別名で新ブログを開設し、多くの記事を掲載しておりました。その新ブログは完全リニューアルとし、看板を付け替えて「唯我独尊~気ままにブログ三昧~」というタイトルで掲載を継続して来ました。

 その新ブログも、切り替えて2年以上が経過し、すでに700を超える記事をアップして来ましたが、旧ブログに比べてアクセス数は5分の1程度の一日500~600程度に収まっているところです。それは私の記すカテゴリーに興味を示してくれた特定のブロガー(読者)に特化している証拠で、今後は、アクセス数の増加を期待するのではなく、共通の趣味を持った方や、同じ話題で盛り上がれる方、私の拙い記事に共感してくれる人の存在を大事にしたいと考えています。

 いわゆる通りすがりに読んで、匿名で無責任な批判コメントを残していく方ではなく、「顧客」のニーズを大事にしたいということです。

 さらにもうひとつ、今回の本記事で、新ブログ名をカミングアウトしたことに伴い、本日よりブログ名を「SUZUの気ままにブログ三昧 」に変更いたしました。

 それはブログタイトルだけを見れば、誰のブログなのかはっきりしなかったことや、コメントをくださる方が私をなんと呼んでいいのか迷っている節が見られたためで、当ブログ終了から2年が経過し、当初は新ブログを当ててもらい、実際に探り当てた方のみが見られる趣旨で始まりましたが、もうそろそろ「時効」ではないかと考え、今回、正式に公表した次第です。新ブログにコメントをくださる際には、遠慮なく「SUZU」さんと呼んでください。

 最後に、今後とも当ブログおよび新ブログをご愛顧いただければ幸いです。(SUZU)

 

 追記

 なお、当ブログも1年に1度、新規記事を掲載しなければ、ココログフリーの約款では、ココログスタッフが自動的に撤去されてしまう契約になっておりますので、リンクしている釣りの釣果記録や、飛び込みで緊急掲載する記事が発生した場合には、更新したいと考えています。

 

 

 

2020年4月10日 (金)

特別掲載「2020年春、福島テレビを退社した小田島愛アナウンサー」

 毎年春が来ると私は居た堪れない気持ちになる。もちろん、今年の新型コロナウイルスの脅威について言っているのではない。本来ならば桜が開花し、街角を薄紅色に装う1年で一番輝く良い季節なのだが、テレビ好きの私にとっては、憂鬱な気分にさせられる一幕が毎年展開される。

 それはFTV(福島テレビ)の年度末のアナウンサーの異動だ。他局に比べるとこの局だけはずば抜けて契約アナが多いことから、3月末には「テレポートプラス」や「サタふく」といった自主制作番組のエンディングでいつ退社の挨拶が飛び出るか不安でしょうがなかった。3年前は名切アナ、そして去年は松永アナ、福盛田アナ、神谷アナ、豊嶋アナと多くの慣れ親しんだアナウンサーが福島を離れた。
 そして今春、私がお気に入りの福島テレビのアナウンサーのひとりだった「小田島愛(おだしまあい)アナウンサーが、ひとりだけFTVを退社することとなった。

 彼女のプロフは・・・

 1993年10月、宮城県仙台市生まれの東京都江戸川区育ちの26歳
 東京女子大学を卒業後に北陸の「テレビ金沢」に入社し、自社制作の「となりのテレ金ちゃん」のリポーターとして出演。3年間在籍後、2019年4月にFTVへ移籍。「テレポートプラス」でキャスターや中継リポートを担当。木・金には同期入社の我如古莉乃アナと共に番組のMC、特に「福てれ防災ラボ」のコーナーを気象予報士斉藤さんとコンビを組んで天気予報などを伝えていた。
 彼女は学生時代はソフトボール部に所属していた。実は肉食系。色白で小顔、そして丸顔なのはO型の典型。  

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 では、ここで昨年4月4日に「テレポートプラス」に初登場した時の模様を画像で紹介します。

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 とても可愛らしくてチャーミング、FTVにはなかなかいないタイプだった。同期の我如古アナと仲が良かった。

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 そして今年3月27日(金)、最終出演の模様はこちら

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 動画サイトにアップされている映像もリンクします。


 私は、小田島アナは産休育休に入った「寺本緒麻里」アナの補助で短期間の採用だったと思っていた。しかし、小田島アナが福島を僅か1年で旅立った後も寺本アナが復帰することは今のところないようだ。
 だとしたら、僅か1年で退社した理由は何?もしかして寿退社?あるいは東京の「セントフォース」や「ライムライト」のようなフリーアナ専門の事務所に移籍したのか、あるいは現在、松永アナが在籍している生島ヒロシ事務所のようなアナウンサー専属の事務所に入ったかどちらかだろう。もしかすると、福盛田アナのように隣県のテレビ局に契約アナとして入社したのかもしれない。何か情報が入ったらこの記事の中で追記していきたい。

2020年3月31日 (火)

お知らせ

 当ブログは2018年4月27日をもって新規記事のアップを終了しました。9年間の開設中、3,493記事を執筆して、掲載してまいりましたが、諸般の事情により、終了後も「郡山の昔話」などを書き綴った「郡山の話題」の記事を104個を含め、全部で800記事程度の公開を継続しておりますが、終了後2年近く経過した今でも、毎日、約600程度のアクセスをいただいていることから、以下の記事につきましては当面、そのままご覧いただけますが、それ以外の記事につきましては4月末日を持ちまして、すべて閲覧できなくなりますのでご容赦願います。


 <今後も掲載を継続する記事>

 1 郡山の話題(福島県の話題を含む)

     記事名                公開日
 昔話③ ~変わりゆく郡山の町並み~      2009-07-28 19:05:00
 郡山発!おもしろオブジェ大集合      2010-05-24 18:20:00
 商業激戦都市事情 in 郡山          2011-01-15 19:20:00
   今は無き郡山の建物・店舗                     2012-04-18 20:02:00
  「郡山発!おもしろオブジェ大集合」第二弾  2012-07-16 06:00:00
  郡山市にある「世界遺産」                     2012-11-07 06:00:00
  郡山のミステリースポット                     2012-12-26 13:00:00
  郡山の魅力再発見!①~偉人たちの足跡~ 2013-08-28 06:00:00
  郡山の魅力再発見!②~悲恋物語~          2013-09-09 06:00:00
  郡山の魅力再発見!⑥ ~郡山今昔物語~   2013-11-06 10:00:00
  郡山の魅力再発見!⑦ ~映画・ドラマのロケ地~  2013-11-20 07:00:00
  商都・郡山の過当競争                            2014-09-08 07:00:00
  昔話⑨~発掘・郡山の昔の写真~            2014-09-20 07:00:00
  郡山の魅力再発見⑧ ~伝説のワンステップフェスティバル~  2015-01-12 07:00:00
  郡山市の半世紀の変遷(歴史年表)①      2015-02-25 07:00:00  
  郡山市の半世紀の変遷(歴史年表)②      2015-02-26 07:00:00  
  郡山の歴代重大ニュース(30傑)         2015-02-27 07:00:00
  昔話⑭ ~郡山のあの場所は今~            2017-02-18 07:00:00
  郡山の昔話(映画館とデパート編)         2018-01-30 07:00:00
  郡山の昔話(今は無き遊び場編)            2018-02-03 07:00:00

 上記以外の「郡山の話題」にある記事(84個)をご覧になりたい方は、4月30日までにお願いします。 

  2 釣行記(余談)
  3 旅行・地域
  4 アクセス数が歴代10位以内に入る人気記事
   ① 若くして亡くなった有名人~続編~
   ② 郡山のミステリースポット
   ③ 福島県で起きたミステリー事件ファイル
   ④ B型男性に惚れやすいA型女性
   ⑤ O型女性に惚れやすいA型男性
   ⑥ 芸能人カップルに見る血液型相性
   ⑦ 今は無き郡山の建物・店舗
   ⑧ 芸能人に多い名前 ~男性編~
   ⑨ 引田天功の「世紀の大脱出」
   ⑩ 江戸川乱歩の「美女シリーズ」の亡き名優たち

 5 その他 管理人が必要と考えた記事

 6 ブログ終了後、再掲載を要望するコメントが寄せられた場合

 

2020年3月11日 (水)

震災の記憶(9周年)

 今日であの未曾有の大災害をもたらした「東日本大震災」から丸9年が経過し、10年目を迎えることとなった。2万人近い人々が地震や津波によって命を落とした。街を見渡せば、未だに瓦屋根があの日のまま放置されていたり、ブルーシートがかけられたままの光景があちこちに見られる。一見、表面上は平静を取り戻したかのように見えるが、主な施設や公園には忌々しい放射線値を測るモニタリングポストが立ち、未だに農業・水産業は大打撃を受けたままである。外部&内部被曝によって、いつ甲状腺がん発病するかわからない状況下で、我が故郷・郡山は、あまりニュースで取り上げられなくなった「原発」の見えない恐怖と背中合わせの中で、生活しているのである。今日は、丸9年を迎えた震災記念日にあたることから、早く忘れたい記憶ではあるが、決して忘れてはならぬあの日の出来事を記憶の中に残すべく、震災の日のことを回顧し、亡くなられた方々のご冥福を祈り、合わせて黙祷を捧げ、追悼も行いたい。

 平成23年3月11日(月)午後2時46分

 その日は休暇を貰い、午前中、息子の中学校の卒業式に参列した。その後、和風レストラン「まるまつ」で昼食をとり、その後、「K'sデンキ」でブルーレイデッキの商談をし、時間潰しに思いつきで「ブックマート」に立ち寄り、立ち読みをしていたのだった。

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左上の場所で携帯の「緊急地震速報」が鳴り、急いでカウンター左側の出口へ駆け足。
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間髪入れずに体験したことがないような大きな揺れが襲いかかった。外では車が前後に激しく揺れ、今にも飛び出しそうだった。大きなガラスにヒビが入った。長くてなかなか収まらなかった。
                     ↓
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この外灯が倒れてきそうな感じだった。ほどなく入口から次々と人が外へ飛び出してきた。車に飛び乗り、車が前に飛び出ないように必死でブレーキペダルを踏み続けた。
                     ↓

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  車内から見ると、目の前の4階建てマンションが前後に傾くように大きく揺れ、隣りの和風レストランの瓦屋根が次々と落下。運転席で必死にブレーキをかけながら「早くおさまれ!」と祈りながら「うわっうわっ!」としか言葉が出て来なかった。この時、とんでもない大変な出来事が起こってしまったことを悟った。

 そして突如周辺は猛吹雪に・・・。この世の終わりを思わせるような長くて激しい揺れが続いた。3分くらい大きな揺れが続いた後、ようやく収まってきたところで、自宅や実家の状況が気になり、ひとまず自宅へ向かう。信号が消え、かっぱ寿司の東側の狭い通路を迂回した。ファミマの交差点から左折し、R49に入り、バイパスを駆け上がってとにかく自宅まで飛ばして帰った。すると幸いにも自宅は崩れてはいなかった。断続的に大きな揺れが襲いかかり、自宅前の電柱が大きく揺れる余震が続いた。家具が倒れ、玄関から容易に室内に入れない状況だった。やがて昼食から息子たちが帰宅し、家族の無事を確認した。更にワンセグで状況確認。次々飛び込んでくる情報で、災害の状況が明らかに。「大津波警報」という聞きなれない文言がテロップで流れ、アナウンサーの必死の形相で事の重大さを認識したのだった。幸い自宅は停電は免れたが、水道がストップした状態だった。電話は震災直後からまるで通じず、実家の安否は不明だった。

 動画で振り返る福島県(郡山中心)の状況

 ① ラジオ福島(2分41秒から)

 スタジオの物音から判断すると、2分41秒から5分24秒までずっと大きな揺れが続いていたことが解る。つまり2分43秒もの長い間、震度6クラスの大地震が継続して発生していたことになる。深作アナウンサーは努めて冷静に身の安全の確保を訴え続けた。一切取り乱すこともなく、アナウンサーの鑑だ。

 ② 郡山市内の店舗のカメラ

http://www.youtube.com/watch?v=iuL5szlZIkY

http://www.youtube.com/watch?v=RAA18wCKpzw

http://www.youtube.com/watch?v=FX7l1-0CXRc

http://www.youtube.com/watch?v=w3dy4DUPH88

 ③ 堂前の小料理屋の客が撮影した動画

http://www.youtube.com/watch?v=FqQIc0Jic0g

 ④ アミューズパーク郡山(旧郡山スケートセンター)

http://www.youtube.com/watch?v=DwP5VLVonJ4

 ⑤ FTVの社内カメラ

http://www.youtube.com/watch?v=bAlrizLNN9M

 ⑥ 4号バイパス(日和田のJUSCO前付近)

http://www.youtube.com/watch?v=hJvidAganrc

 ⑦ うすい百貨店周辺

http://www.youtube.com/watch?v=J7yubGtkKMQ

http://www.youtube.com/watch?v=QK2O5lrRurk

 ⑧ 郡山駅

http://www.youtube.com/watch?v=NWuwHtZtHfY

http://www.youtube.com/watch?v=emyJZTklhhs

 ⑨ 富田町界隈(カインズホーム)

http://www.youtube.com/watch?v=RUY5buYYLWM

 ⑩ 震災後の状況(外国人撮影)

http://www.youtube.com/watch?v=zUGs3V85uAo

http://www.youtube.com/watch?v=jWfNct5imr8

 ⑪ 福島第一原発の水蒸気爆発

http://www.youtube.com/watch?v=r3tG_E0XGck

http://www.youtube.com/watch?v=eLr5_UxhoTA

http://www.youtube.com/watch?v=7V-0XBdS86A&list=PLD19730E43CC6D63F

 「東日本大震災120秒で振り返る衝撃映像集」 *閲覧注意

 「東日本大震災」国家存亡の危機180秒映像! *閲覧注意

 「1000年後に残したい映像」

http://www.youtube.com/watch?v=dkdHZKefQOI

 「MIRAI2061」

 これは私の中学の同級生(同じクラスだった)箭内道彦がプロデュースしたムービーだ。私の好きな清野菜名さんが出演している。

 今も放射線被害が続き、風評被害にも苛まれている状況が続いている。農業、水産業は再開の目処が立たない状況が続いている。原発周辺の町(大熊・双葉・浪江・富岡)は未だに立ち入り制限されたままで、誰も住めない状態である。避難所生活や仮設住宅に移住したままである。県外に散らばった県民は、一体いつになれば故郷に戻れるかわからない。この2年、未曾有の災害だったこともあり、政府の対応は後手後手で、未だに私が暮らす郡山市は除染が進まないでいる。いつになったら元の平穏な生活に戻れるか先が見えないが、福島県民としてプライドを失わず、前を向いて協力しながら一歩ずつ前進していきたい。

 今、あの日から6年たっても未だに疑問に思うことがある。それは2,556人もの人たちが津波で行方不明になっているが、海沿いに住んでいた人たちは、あれほどの体験したことがない巨大地震に襲われ、「大津波警報」が出されていたにもかかわらず、なぜ津波の犠牲になったのか?津波の襲来まで20~30分は逃げる時間があった筈だ。津波に対しての過信があって逃げなかったのか?それとも逃げるための足が無かったのか?みすみす津波が来るのを傍観していたのか?家族の安否を気遣い、自宅に戻る途中で巻き込まれて犠牲になったのか?防波堤を越えて、まさかここまでは津波がやって来ないだろうという油断があったのか?
 私だったら、海釣りをやる身として、海の近くに住んでいる方々というのは、私以上に、地震や津波に対する備えや気構えはあったと思うのだが・・・。
 犠牲になられた方には不謹慎かもしれないが、逃げずしてみすみす命を落とした人も多いのではないだろうか?

 最後に被災者の皆さんに激励のソングをお届けしたいと思います。

  門馬よし彦 「願い」

https://www.youtube.com/watch?v=KQP9WIPRwHc

 震災からの記録「願い」」が完成しました。写真は、3月11日の東日本大震災以来、ラジオ福島の大和田新アナウンサーが報道取材時に撮影したものです。写真一枚一枚に人々の苦悩や悲しみを感じ、復興への道を力強く歩まなければならないことを再認識させられます。まだまだこれからです。私たちは歩み続けます。子どもたちの未来のために・・・・

 群青

 福島県南相馬市小高区。東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内に位置し、原発事故後に「警戒区域」に指定された。今もおよそ1万2000人の住民が避難生活を送っている。その小高区で唯一の中学校だった小高中学校は、現在、原発から北に37キロ離れた鹿島小学校の一角に建てられた仮設校舎で授業を行っている。

 <普天間かおり 「Smile Again」

  ♪負けないで 負けないで 生きてゆくこと あきらめないで

           がんばって がんばって たくさんの愛が見守っているよ♪

  福島県で亡くなられた方、1,612人、行方不明者202名 

 また東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。合掌

 

2019年4月22日 (月)

お知らせ(H31.4.22)再掲載

 当ブログ「時遊人SUZUのひとり言」は、昨年の4月27日をもって終了しましたが、8か月を経過した今でも毎日1,000件を超えるアクセスをいただいていることや、たまに地元記事への郷愁コメントをいただいている点を鑑み、ブログを下記の要領で再開いたします。

 1 当ブログはすでに残り容量が3%程度しかありませんので、別のタイトルで新規に立
    ち上げます。正直に言いますと、すでに3月以降、200記事程度をアップしてあります。

 2 前回のブログ記事の執筆を終了した理由が、仕事多忙によるものでしたので、大変
    勝手ですが、毎日の更新は無理と思われますので、新しいブログでは2日~5日に1
    回のペースで新規記事の更新をしたいと考えています。

 3 当ブログを長年ご覧いただき、私の趣味、さらには書き方のクセ(傾向)等を認識され
    ている方は、ぜひ、新しいブログを見つけて当てていただきたいと思います。

   そしてこの記事のコメント欄に、私の新しいブログタイトルをご記入いただければ幸い
    です。コメントは公開しませんが、もし正解であれば、コメント欄にご記入いただいたハ
    ンドルネームを記載し、正解か不正解かのみをお知らせいたします。

   つまり、9年間、「時遊人SUZUのひとり言」をご愛顧いただいていた方には、新しい
    ブログ名をお知らせし、引き続きご覧いただけるようにしたいと思います。

   ヒント:新ブログは、タイトルに「時遊人」とか「SUZU」という名称は使用しません。

  以上、勝手な再開基準ですが、それでも引き続きご覧いただける方は、ぜひともコメント
をお寄せください。

2019年3月30日 (土)

2019年春・福島を去ったアナウンサー

 春は別れの季節だ。これまで何度か同じタイトルで、福島県のテレビ局で活躍し、3月で転勤したアナウンサーの記事を書いた。その多くが他県出身者だが、メディアを通じてたくさんの県民に愛された局アナたち。その方たちを忘れないために、今年も同類の記事をしたためたい。
 なお、画像の一部にテレビ局の公式ブログやTwitterなどから引用させていただきましたこと、ご容赦ください。
 
                                                                           
 平川沙英アナウンサー 
                                                                                                              
 平成29年4月からNHK福島放送局に赴任。夕方のニュース情報番組「はまなかあいづToday」に吾妻謙キャスターと出演。岩間瞳アナとの隔週交代で出演していた。その可愛らしいあどけない笑顔でたちまちお茶の間の人気を得た。
 私は平成29年5月から平成30年3月までの約1年間、彼女の出演した番組はすべてブルーレイに録画し、彼女の存在と活躍を知って欲しくて隔週でブログでその画像を掲載した。今は非公開にしてあるが、それほど魅了された。
 また、昨春に開催された「ふくしま五七GO!の集い」では、私も参加し、会場で生の彼女を至近距離で拝見し、テレビと変わらぬ明るい彼女に接し、ますますファンになった。また、私の書いた句もイベントで読み上げられたため、よりこの番組が身近に感じられた。
                                                                
                                                            
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  平川アナからのお別れのメッセージ

 http://www.nhk.or.jp/fukushima-ana-blog/2000/317138.html

 「初めて東北・福島に来て、こんなに野菜や果物、お酒が美味しいこと、桜や紅葉、自然が美しいことを気づくことが出来ました。社会人として一歩踏み出す場所がここ福島で本当に良かったです。これからもずっと福島のことが大好きです。2年間、本当にありがとうございました。」

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  4月からは大学生時代に所属していた「ボイスワークス」というアナウンス専門の事務所に入り、「テレビ埼玉」の契約アナウンサーとして「ニュース」を中心としたキャスターとして活躍されている。 

 ボイスワークスのHP→   http://voiceworks.co.jp/works/hirakawa_s.html    

 学生時代の平川沙英アナはコチラ→  http://voiceworks.co.jp/wp/?p=925  

 テレビ埼玉のHP→ https://www.teletama.jp/announcer/       

 夕方のニュースを伝える平川アナの映像はコチラ ↓

 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190405-00010005-teletamav-l11

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 上は4月5日(金)に「テレビ埼玉」の夕方の「NEWS545」内でニュースを伝える平川アナだが、よく見ると、NHK福島の「はまなかあいづToday」の最後の出演場面の衣裳とまったく同じ。ということは衣裳提供ではなく、すべて自前だったようだ。
 そして、テレ玉のプロフで、彼女の血液型がA型であったことが判明した。小野紗由利アナ、梅田澪理アナ、名切万里菜アナに続き、彼女も含めて好きな女子アナが全員A型であったことが判明した。                                                                                                            

 岩間 瞳アナウンサー

 彼女は宮城県出身だが、福島大学を卒業され、キャスター5年。足掛け9年間、福島県でご活躍された。平川アナと同じ番組「はまなかあいづtoday」のキャスターとして隔週で出演した。安定感抜群のアナウンス技術で、番組を盛り上げてくれた。実は彼女は、利き酒師の資格を持つほどの日本酒通。そして金賞獲得6年連続日本一の我が福島県の地酒を愛してくれた。
 彼女には昨年の3月に開催された「ふくしま五七GO!」の集いの際、直接話をして、気さくにもメモ帳に快くサインをしてくれた。NHKのマスコットキャラクターの絵を描いてくれた。「あまりサインを書いたことが無い」と言いながらも、フルネームでサインを書いてくださった。そのイベントでは、事前に私がネットで送った俳句まで読み上げられ、その存在が身近なものに感じられた。
 福島でキャスターをされたことを佳き想い出とし、新天地で行かれても、そのバイタリティ溢れる人柄で頑張っていただきたいと思う。

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 岩間アナ直筆のサインがコチラ

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 「ふくしま五七GO!」の記事はコチラ ↓

 http://musoujin.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/go-3ce1.html

 岩間アナからのお別れメッセージ

 http://www.nhk.or.jp/fukushima-ana-blog/600/316881.html

 「5年間、本当にありがとうございました。大学時代を加えると通算9年、福島に住みました。私も福島のことが大好きです。番組をご覧の皆様、いつも話しかけてくださってありがとうございます。本当に皆さんに成長させて頂きました。これからは伝え手としてさらに頑張って成長して、いつかまた福島に戻ってきます。ありがとうございました。」

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 4月から、この絵面が見れなくなるなんて・・・あまりにも寂しい。生活の一部だったのに。岩間アナは4月から新潟市の在住し、フリーアナとして新潟県内のテレビやラジオ、イベントのMCを担当するようだ。 

 ちなみに「はまなかあいづTODAY」の4月からはフレッシュな5人のアナウンサーが日替わりで担当するようだ。
その中のひとり、「三谷咲都美(さとみ)」アナウンサーの紹介はコチラ
                                                                                                                                                                                    
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 どことなくFTVの神谷美寿々アナウンサーや大橋未歩アナウンサーに雰囲気が似ている気がする。
 そしてもうひとりは、東北放送の記者だった「髙石桃子」アナウンサーのようだ。
                                                                

 北村有紗アナウンサー

 今年のNHK福島はどうかしてると思えるほど、大型異動を強行した。はまなかあいづTodayの3人だけでも辛いのに、NHK一チャーミングな北村アナまでもが退社し、福島を離れることになってしまった。夕方のラジオ番組「こでらんに5」のパーソナリティーを務めていたし、県内ニュースにも出演していた。はまなかマラソン部として、県内のマラソン大会にも出場していた。宮城県仙台市出身
 彼女は2016年の3月にNHK福島放送局に入局した。明るく元気な性格で、私たち視聴者にパワーをくれた。「はまなかあいづToday」では各地からの中継でリポートした。

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 お別れの挨拶

 久々の投稿で、このようなご挨拶をするのは寂しいのですが… 3年間福島放送局にお世話になりましたが、このたび、福島を離れることになりました。
 福島の大好きなところ、たくさんあります。食べ物がおいしいところ。すてきな温泉がたくさんあるところ。
 道の駅が充実しているところ。気温の差が大きいからこそ、四季がしっかり感じられるところ。

 そして、みなさんが、しつこく取材の電話をしても、怒らないで対応してくれるところ。うまくいかない時も、やさしく見守ってくれるところ。「しゃべり手と受け手」ではなく、親しい友人のように接してくれるところ。私と同じくらい、番組を愛してくれるところ。

 福島を離れること、今までにないくらい、寂しく感じています。でも、またどこかでお会いできるはず!その日までみなさん、どうかお元気で!ありがとうございました!!!


 続いてFTV・・・
                                                               
 豊嶋啓亮アナウンサー
                        
 北海道札幌市出身 血液型はB型

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 5年前、「サタふく」の花見中継で、どこかの河原(土手)から「ゼンジ―北京」が着るようなチャイナ服をまとい、得意の中国語であいさつした初登場シーンを今でも覚えている。たぶん探せば録画したDVDのDISCがあると思う。あれから早、5年。甘いマスクで県内の女性視聴者を魅了した。




  3月22日(金)放送のFTVテレポートプラスのラストで、退社を自ら告げた時、隣りにいる菅家アナは号泣だった。同僚の伊藤アナの兄貴分として慕われていたため、その後、握手する彼もまた号泣だった。それほど人望が厚かった。

                                                              
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 松永安奈アナウンサー

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 4年前にFTVに入社した。「サタふく」デビューだったが、すぐに「みんなのニュース」のキャスターに転換となった。「ドキンちゃん」をほうふつさせる丸顔と大きな目で愛嬌があった。
 私は彼女の初登場の場面をよく覚えている。確か「サタふく」を録画し、DVDに焼いていると思う。藺草アナ&鈴木康一郎アナとロケ車のワゴン車に乗り込み、大きなフリップで自己紹介。神奈川県出身で血液型はA型、そして趣味がアマチュア無線とあった。そして福島県を知ろうという企画で、一日で小名浜、中通り、そして会津と名所を移動してまわった。
 その後、一番彼女の出演シーンで想い出深いのは、「サタふく」で藺草アナウンサーと取材した店で、アマチュア無線で見知らぬ人と交信した場面。そのシーンは動画サイトにアップされていたが、今はもう見られない。
 彼女の明るい笑顔は強烈な印象がある。それにしても、毎年この時期のアナウンサーの異動では、FTVが圧倒的に多い気がする。彼女は長澤彩子アナの代わりに着任したのだったが、あれから4年とは・・・。
 彼女が3月27日(水)の「FTVテレポートプラス」のラストで涙ながらに挨拶した場面はコチラ

 

 ありがとう、松永さん!
                        
 彼女は4月から東京にあるアナウンス専門の事務所「生島企画室」に所属するフリーアナウンサーとなった。あの生島ヒロシさんが主宰する事務所だ。詳しくは→ http://www.ikushimakikaku.co.jp/matsunaga-anna/
 
                                   
 福盛田悠アナウンサー
                                                
 彼女の卒業も唐突だった。「テレポートプラス」の月~水キャスターで、土曜日には「サタふく」にメインキャスターとして出演していた。
気象予報士・斎藤さんとのかけあいが抜群で、やや上から目線で物申す態度が最高だった。岩手県出身でフェリス女学院卒で血液型はO型だった。
 3月29日(金)のテレポートプラスの番組内で、突然に福島テレビ卒業をアナウンスし、私もショックを受けた。
                                                                                                                                                                      
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 お別れのメッセージ
   
 「今日で福島テレビを卒業することになりました。視聴者の皆さんからいただく応援のメッセージやお便りのおかげで、この2年間の放送を毎日、本当に楽しく頑張ることが出来ました。福島の皆さん、本当にありがとうございました。テレポートプラス、4月からさらにパワーアップしますので、これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。」
                                                                                    
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3月30日(土)の録画放送「サタふく」でのラストシーンがコチラ 

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 福盛田アナは4月からお隣りの日本テレビ系列の「ミヤギテレビ」のアナウンサーとなった。
 詳しくはコチラ→ https://www.mmt-tv.co.jp/announcer/profile/haruka_fukumorita/

 
 神谷美寿々アナウンサー
                                                                                                      
 まさか、彼女まで福島テレビを卒業されるとは・・・。3月29日(金)の「テレポートプラス」のエンディングで、「神谷アナからご挨拶があります」とアナウンスされた際、嫌な予感が的中してしまった。
 福島テレビで一番美人で、落ち着いた印象の彼女。沖縄県出身で、ご結婚されている。福島に定住して、浜中アナのようにずっと福島県にいてくれると思っていたが、2年半で退社することになった。
 私は、彼女の初登場シーンを鮮明に覚えているし、録画してある。それは中途入社だったのか、平成28年7月から登場し、浴衣姿で福島わらじ祭りの中継だった。とても美しく、今までの福島テレビにいないタイプの印象だった。色白で、やはり血液型はO型。学生時代は、雑誌のモデルもされていて、水着を披露したこともある。
 
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  お別れのメッセージ
                                    
 「みなさんからのいつも応援をいただいて、本当に私自身、励まされてきました。いつまでも私にとって、ずっと福島は大切な場所です。本当にこれまでありがとうございました。」

                                                                                  
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 それにしても、FTVは新社屋移転に伴い、番組改変だけでなく、大幅にアナウンサーも入れ替える大異動となった。県民に親しまれた4人ものアナウンサーが福島県を離れることになってしまった。寂しい・・・。
                                                                 
 そしてTUF(テレビユー福島)・・・
                                                                                                                               
 釜井美由紀アナウンサー
                                                                
 テレビユー福島のアナウンサー。夕方の「Nスタふくしま」にキャスターとして出演していた。3年間という短い期間だったが、TUFの美人アナウンサーとしてお茶の間にニュースをお届けしてくれた。栃木県宇都宮市出身で慶應義塾大学法学部卒の才女だった。血液型はAB型

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 FCTでは・・・
                                                                 
 久保恵佳アナウンサー
                                        
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 彼女はFCTの女子アナとして「ゴジてれchu!」のお天気コーナーやリポーターを務めていた。また、時々、県内ニュースに出演していた。温和で笑顔が素敵な方で、この春ではなく、昨年11月末には退社された。
 県内には多い大阪府出身で、立命館大学を卒業された才女だった。血液型はO型
                                                               
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 FTVの一時休職は・・・

 寺本緒麻里アナウンサー
                                         
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 彼女は3月15日の「FTVテレポートプラス」で、「産休」のために番組を卒業することを発表した。たぶん退社はせず、産休明けにはまた、戻ってきてくれることを期待したい。私自身、アナウンサーフリークを自称していながら、彼女が2017年に結婚していたことを知らなかったし、妊娠されて、お腹が大きくなっていたことも気づかなかった。出産予定は5月ということだ。
 彼女もまた、27歳ながらFTVの看板女子アナに育っていて、柔らかくておっとした雰囲気が癒し効果をもたらし、世の男性のハートをがっちり掴んでいたことはゆるぎない事実だ。番組内のコーナーである「500mの小さな旅」も、他のアナに譲ったのも、お腹のお子さんへの気遣いだったと今は想像できる。

                                                                
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 3年前のTUFの「梅田澪理」アナ、2年前にはFTVの「名切万里菜」アナ、そして今年はNHKの「平川沙英」アナまでもが福島県を離れることとなった。いずれも私の大のお気に入りで、大げさかもしれないが、或る意味、心のよりどころだった彼女たちであった。
  参考までに「梅田澪理アナ」はコチラ

    
                                                                                                                 
 さて、冒頭で「春は別れの季節」と語ったが、かくいう私も転勤となった。新しい職場に馴染めるのか、幾つになっても不安は尽きないが、アナウンサーも同様だと思う。慣れない土地で、人間関係も一から作らなければならないという不安はどの職業でも同じだ。今年、福島を離れる局アナたちは、ぜひ福島県で培ったパワーを他県でも発揮して頂きたいと思う。
 そしてどこかの中継場面で、またお目にかかれれば嬉しく思う。
 他にも「ラジオ福島」の二大若手美人アナウンサーだった「稲本安里紗」アナと「菅原咲子」アナの両名も1月と3月で退社されてしまった。
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 肌が綺麗で秋田県由利本荘市出身、秋田美人の菅原アナは生まれ故郷に戻り、「秋田テレビ(AKT)」のアナウンサーになっていた!
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秋田テレビの公式ホームページはコチラ→ https://www.akt.co.jp/announcer/prof_sugawara

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