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2009年5月16日 (土)

人生の落日 ~花散る日~

僕は人生で大切な人を失った 親父が死んで父親代わりだった心の支え
あなたは僕にとって大きな存在 幼少の頃未熟児の僕に剣の道を説いた
尊敬する人は誰かと聞かれれば 僕は迷わず祖父の名を挙げるだろう
明治生まれの生粋の会津人 ならぬものはならぬの精神が体の髄まで宿り
威厳と風格に溢れ怖い存在 でも孫には優しく私には良きおじいちゃん
あなたは僕の人生そのもの 身を持ってその手本を示してくれた

忙しく日本中を駆け巡る 議員 市の役員 自らが創設した踊りの協会
幾つもの役職をこなし すべて一銭にもならない慈善活動
社会貢献に身を投じ一生を捧げた そんなあなたの懸命な生き方に
周囲は黙ってついて行った 苦労の甲斐あって功績が世に認められ
数々の褒章と受勲 でもあなたは驕りも偉ぶる素振りも見せなかった
その人柄を慕って多くの人が寄ってきた
あなたの演説は「金べろ」と称され 話せば爆笑の渦と拍手喝さいの嵐

そんなあなたでも僕が困った時は必ず救いの手を差しのべてくれた
いつもあなたは強くて大きくて 近くて遠い存在 僕の誇りだった
しかし人生七十五年の節目に転機が訪れた 長年連れ添った妻との死別
それでもあなたは悲しい顔を見せず気丈に振る舞い  元気を装っていた
その後あなたは寂しさを振り払おうと孫娘を連れ講演や踊りに没頭した
やがては一人身の暮らしにも慣れたが でも寂しくない筈はなかった

自慢の健脚も八十歳を過ぎて翳りが見え 健康を患い入院をした
年を重ね徐々に体の自由が効かなくなり 気弱な面を見せ始めると
不思議にあなたは穏やかになり とても身近な存在に思えてきた

そして平成十五年 あなたが卒寿を迎えたばかりの冬 長男の突然の死
愛する妻と息子に先立たれ どんなにあなたは辛かったことだろう
戦友 親友 仲間を毎年少しずつ見送り 次は自分の番がいつ来るのかと
背中合わせの死の恐怖に怯え 闘うことを強いられた 
そして周囲の誰も気づかぬうちに 少しずつ病魔が忍び寄っていた 
その後あなたはすっかり元気を失い 表舞台から去り寝たきりとなった
命ある者はいつかは朽ちる 命の期限は人によって違うが
太く短く生きるか 細く長く生きるかの何れかだろう
長く生きることは悲しみをすべて受け入れること

やがて体に病変が見つかり 少しずつ蝕み入退院を繰り返した
剣道で鍛えた強靭な精神と体も 寄る年波の前でたじろいだ
「年内持てば良い」と医師から宣告され 十六年の暮れ
誰もが覚悟した最後の入院 初めてあなたは病院で正月を迎えた
見舞い客の前では決して弱気を見せず 
何度も「大丈夫だ」を繰り返し強がって見せた それが自分への勇気づけ

その後あなたは不屈の精神で命の炎を燃やし 何度も危機を乗り越えた
春 「桜を見たい」という最後の願いを己の気力で叶えた
誰もが奇跡を信じた 一時退院が認められ
車内から通りすがりに見る卯月の空に映える満開の桜
あなたがこよなく愛し 何度も足を運んだ公園のソメイヨシノの桜並木 
桜吹雪が車道を埋め その中をあなたを乗せた車がゆっくり潜り抜けた 

「嗚呼 綺麗だな・・」
ポツリ独り言のように呟き 静かに瞳を閉じ ずっと余韻に浸っていた
そしてその数日後 花びらが散るようにあなたの命も散った

朝 仕事先にかかった兄からの一本の電話 「危篤 すぐ来い・・・」
とるものもとりあえず 病院へ向かう車の中 涙で滲んで前が見えない
前日あなたは珍しく気弱で 初めて僕に我儘を言った
「このまま死んでしまうんじゃないか」「眠るのが怖い」 付き纏う不安
眠りに着くまで傍に寄り添い 励ましながら痛がる背中を擦ってあげた
これが僕にできる最後の孝行となった

「待っていて もうすぐ行くよ」焦る気持ちと裏腹に無情に変わる信号
一秒が惜しい 仕事帰りに通い慣れた病院への道
来るべきものが来たことを悟った
階段を駆け上がるといつもと違う病室 扉を開けると一縷の望みを賭け
懸命の救命処置が続いていた
しかしその甲斐なく再び息を吹き返すことはなかった

別れの時刻が主治医から告げられ
張りつめていた力が一瞬で抜け床に崩れ落ちる
「おじいちゃん よく頑張ったね お疲れ様」
その言葉しか見つからなかった
ベッドの上であなたは これまでの苦しみから解き放たれ
安らかで それでいて満足そうな死に顔を湛え
「悔いのない人生だった」と周囲に伝えているようで
それは立派な大往生だった・・・
愛妻と死に別れてから十八年後 ようやくあの世で再会を果たした
今 同じ位牌に二つの戒名
それだけが残された僕にできるせめてもの恩返し

ほどなくして昔世話になったという見覚えのある人たちが
最期の別れに集まる 皆が会長と過ごした時間の思い出話に
花を咲かせ
故人を偲んで語り合う 

晩年あなたが過ごした一軒家にて 遺品の整理で出てきた想い出の品々
従軍時代の貴重な日記 そして人生を物語る数々の色褪せた白黒写真
戦争で一度は死を覚悟し家族に宛てた手紙 そして所々添えられた挿絵
隠居後は孤独に耐えて 本当の死の恐怖と闘い続けた
そんな祖父の生涯だった

耳を澄ませば 今も聞こえる電話の向こうの凛としたあなたの声
背筋をしゃんと伸ばし 茶の間で寛ぐあなたの面影がこの胸に去来する

「ありがとう 僕の大切な人 でもさよならは言わない
                     だってあなたはいつでも僕の人生そのものだから・・・・」


     平成十七年五月十六日  祖父他界  享年九十二歳   合掌

Sakura511

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