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2009年5月 5日 (火)

淡い初恋、叶わぬ恋 ・・・

 もう30年以上も前の出来事を、今更むし返すつもりなどさらさらないが、僕の胸の内に仕舞い込んでいた甘くも切ない初恋の想い出。何気ない暮らしの中で、ふとした瞬間に脳裏に浮かぶ彼女の横顔。決して忘れられない大切な日々。アラフォー過ぎの中年男が振り返るには、歯が浮きそうな遠い昔の恋物語だが、ブログという形でなら差し障りのない範囲でなんとか話が伝えられそうだ。

 彼女と出逢ったのは小6の春のこと。同じ英語塾に通う、同じ歳のいかにも知的で清楚という言葉がぴったりの優しい笑顔が印象的な長い黒髪の女の子だった。一見して育ちの良い、いいところのお嬢さん風の彼女だった。ひと目彼女を見て、僕はそれまで経験したことがないほどの胸の高鳴りを覚えた。英語塾といっても、女性教師一人が自宅でやりくりしている、1クラス6名程度の少人数制で、アットホームな所だった。僕はひとつのテーブルを挟んで、彼女とは対角線の席で、毎回90分のレッスンを週2回受けていた。彼女は英語が得意で、いとも簡単に英文を暗記し、定期テストはいつも満点だった。出来損ないの僕とは釣り合わない憧れの存在で、俗に言う高嶺の花だった。その後、僕と彼女は中3の夏まで同じ時間、同じ空間を共有していた。その間も彼女のことがずっと気になっていて、当たり前のようだがもっとよく彼女のことを知りたくなって行った。すると彼女と塾の先生が交わす何気ない会話から、彼女の祖母が塾の近くで書道教室を開いていることが判明した。そして彼女の家が、僕の家からは10km以上も離れた隣町であることも。

 当時、僕は野球部に所属し、毎日へとへとになるまで練習し、その後で週2回、その塾にも通っていた。そのため疲れてしまい、塾では居眠りや自分の頭の悪さを被い隠そうと時々席を離れてはおふざけばかりしていた。そんな僕を彼女が相手にしてくれるはずはないし、きっと迷惑な存在だろうと勝手に決めつけていた。でも彼女に会える、いや正確に言うと彼女の横顔を眺めていられる週2回の塾は、僕にとって至福の時で、特別な時間だった。

 そんな時間は束の間で、やがて転機となるような運命の出来事が2人に訪れた。彼女が家の都合で、僕とは違う曜日に塾通いの時間を変更してしまったのだ。「もう二度と彼女に会えないのか…」そう思うと僕はすっかりやる気が失せ、塾に行くのも嫌になった。きっとうるさい僕に嫌気がさして、自ら僕と顔を合わせなくて済む時間帯を希望したんだろうとさえ思った。このまま会えなくなってしまうのが我慢できず、僕は意を決して、当時僕にできる精一杯の或る行動に出た。中3の正月に、書道教室に彼女の名前で年賀状を送った。「塾で会えなくなって残念です」という文章と共に、「笑顔の素敵な君へ」の言葉を添えて。突然の葉書にさぞかし驚いたに違いない。すると思いもよらぬ返事が僕の元に届いた。そこには「私が笑顔が素敵な君」なら、僕は「笑顔が爽やかなあなたがぴったりです」という一筆が綴られてあった。僕は一瞬自分の目を疑った。「もしかして彼女も僕のことを・・・」「いやそんな筈はない・・・妄想だ」などと自問自答を繰り返した。でも、お互い高校受験が目前だったので、支障をきたさぬよう、その後何回か励ましの手紙をやり取りするだけにとどまった。

 その数ヶ月後、僕はなんとか無事、希望の公立高校に合格し、塾の先生に挨拶をしに行った。同じく合格を果たした塾生達が何人か報告に来ていたが、そこに彼女の姿はなかった。僕は気になって久しぶりに彼女に手紙を書いた。すると「高校受験に失敗してあなたに会わせる顔がない。でも、もし私立高校に通う私でも良かったら、今までと変わらぬおつきあいをしてほしい」そんな旨の返事だった。「もしかして僕が余計な葉書を送ったから、それまで成績優秀だった彼女を悩ませてしまい、受験に身が入らなくなってしまったのだろうか」僕はその事が心配になった。僕にとっては、彼女がどこの高校にいようが関係なかった。彼女と何とかしてつながっていたい。その一心だった。そして、手紙にはその高校の制服を身に纏った彼女の凛々しい写真も同封されていた。その後、手紙のやりとりが半年くらい続いた。かたことだが、2人が出会うきっかけとなった英語を使って、気取って手紙を書いたこともあった。また、3年間も一緒の塾にいたのに、実はお互いのことを知らないことが多くあったので、それぞれ好きなものなどを書き綴ってプロフィールの交換などをした記憶がある。

 そんな純粋かつ楽しいやりとりがしばらく続いた後、塾で会えなくなってから1年くらい経った頃、僕はどうしても彼女の顔が見たくなり、久しぶりに2人で会う約束をした。しかしその当日、急な用事ができてしまい、僕は待ち合わせの公園に行けなくなった。もちろん、彼女の家の電話番号を知らず、当時はケータイなどなかった時代。それを知らせる術などなかった。きっと怒って愛想をつかすに違いなかった。後日、そのことを詫びる手紙をしたためた。すると「その日、私も用事があって遅れてしまい、待ち合わせ場所に着いた時は、既に僕の姿はなく、会えなくてゴメンなさい」とだけ書かれてあった。「なんという思いやりのある子だろう」 僕は彼女がますます愛おしくなった。しかしその後、お互い高校生活が忙しくなり、手紙の回数が徐々に減り、音信不通の状態が1か月、2カ月と過ぎ、それでお互い気まずくなったのか、いつしかそのまま手紙を出さなくなり、2人の関係は自然消滅してしまった。

 お粗末ながら、これが僕の初恋だった。人から見れば「なんて情けないやつだ」「お前は本当に彼女のこと大切に思っていたのかよ」とお叱りを受けそうな醜態ぶりだが、当時の僕には「女の子と付き合うことがどういうことなのか」「デートってどうすればいいのか」「2人っきりで何を話せばいいのか」それすらもわからない、初心な意気地無しのダメ男だった。その後、何人かの女性とお付き合いしたが、彼女のことがいつも心の片隅にあって、時々「今頃、彼女はどこで何をしているだろう」と気に掛けていた。やがて僕が25歳くらいの時、人づてに「彼女は高校卒業後に出逢った彼と、彼女が20歳の時に結婚して、隣の県にお嫁に行き、今では子供もいる」ことを聞いた。私自身、それを知って長年の呪縛から解放された気がした。私も妻子持ちの身となった今、彼女もきっとどこかの空の下で幸せな家庭を築いているに違いない。そうあってほしいと心底思っている。

 えてして初恋は実を結ばないもの。でも「あの時、公園に行って彼女と会っていたらどうなっていただろう。」と思い返す時がある。もしかして運命はその時変っていたのかもしれない。(すべては神様が仕組んだことだと思うが・・・) しかしそれ以来、なぜか僕は近所にありながら一度もその公園を訪れてはいない。 

 いったんは若き日の佳き想い出として、胸の奥に仕舞い込んだ私の淡い初恋は、甘酸っぱくもほろ苦い経験とともに、まるで空に浮かぶうろこ雲のように、風に吹かれ今もさまよい続けている・・・。

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コメント

はじめまして、この記事を読ませていただきました。
切なく、甘酸っぱい思い出に共感しました。
誰にでもある遠い日の記憶ですよね。
私にもありました。
あの頃の事を懐かしく思います。

ーはじめまして。1年前に書いたとりとめのない「想い出話」にコメントを戴き、恐縮してます。このお話は脚色なしのすべて実話です。お恥ずかしい限りですが、胸の奥に閉まってあるエピソードですが、自分にとっては、とても大事なものだったので、30年もの時を超えて、ブログという形で表してみました。これからも当ブログをよろしくお願いいたします。(SUZU)

ファースト・ラブ マイ メモリー あの娘の顔を 見るだけで ハッピーでしたね。初恋を 成就させる人も いるようですね。映画 初恋の来た道 最高です。私の初恋は 今 思い出せないですね。

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