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2009年11月

2009年11月30日 (月)

死刑廃止論の是非

 「あなたは死刑廃止についてどう思いますか?」 唐突にこう質問されても誰もが戸惑うだろう。では「もしあなたの愛する人(家族や恋人、友人)が、ある日突然、残忍極まりない方法で殺されたら、あなたはその犯人を許せますか?」「犯人に対し何を言いたいですか?」「犯人がどうなってほしいですか?」おそらく十中八九、答えは「死んで詫びろ!」となることは必定だろう。この質問に対する国民世論は、圧倒的に死刑廃止に反対である。つまり、「死を以て償いをする」現在の死刑制度の存続(死刑存置)を求めている。その数79.3%。一方で強く廃止を求めている人は、8.8%に過ぎない。なのにどうして毎年のように死刑廃止論が脚光を浴び、弁護士を中心に「人権擁護」が叫ばれるのだろうか?まずはそれぞれの主張を考えてみたい。

 まず、死刑制度存続派の意見。「死刑制度が犯罪の抑止力になる」と考えている国民は少なくない。死刑を廃止してしまえば、「人を何人殺そうが自分は死刑にならない」という発想が社会に蔓延し、殺人行為などの凶悪犯罪を助長するのではないかという懸念がある。私たち庶民感覚では、それに対して畏怖の念や危惧を抱くことになる。つまりは「死刑を廃止すれば箍が外れたように犯罪が増えるのではないか」と言う懸念だ。死刑があることで、犯罪への歯止めになるだろうと考えられるのだ。これが現在存続派の方の大多数の意見だ。そしてあくまで被害者や社会規範という立場で物事を考えるというのがこの制度の原点となっている。ただでさえ、最近は凶悪かつ凄惨な事件が多い。テレビや新聞に目を通せば、連日のように日本各地で殺人事件が起きている。地下鉄サリン事件や秋葉原の無差別殺傷事件など、いつ何時どんな事件に巻き込まれて命を落とすかわからない怖さがあるのもあながち否定できない。そしてもう一つは、被害者の遺族は、犯人への憎しみや復讐心から、自らの手で犯人を殺してやりたいと思うだろう。それを防ぐためにも死刑制度は法の名の下にそれが実行できるという点で有効なのだ。現在、全国の死刑確定囚の数は103人。執行しなければ、今後ますます増えることだろう。

 一方、死刑制度反対論者の意見はこうだ。第一に死刑を執行した後で、真犯人が出たら冤罪となり、取り返しがつかなくなる恐れがある。また、犯罪者が真実を語らなかった場合、死刑執行してしまうと事件の真相究明が不可能になる。第二に、たとえ人を殺害するようなどんなに憎むべき犯罪者であっても、同じ人間である私たちが、その尊い人命を奪って良いのか?つまりは死刑は、「人権侵害に当たる」という人権擁護の思想から来る主張。第三に、法に携わる者なら誰でも知っている「罪を憎み人を憎まず」という言葉に代表されるだろう。人を殺すような重大な犯罪行為を犯したとしても、犯罪を犯すからには何か特別な事情があってのことであり、情状酌量の意を汲み取るべきだという意見。そして第四には、国際的な傾向として、全世界が死刑廃止に向けて動き出していること。そして第五は、死刑執行したからと言ってその罪が消える訳ではなく、もちろん被害者も帰っては来ない。それよりむしろ、犯罪者は一生重い十字架を背負い、罪の重さ、大きさを十分に認識させ、心から反省させて更生させるという人道的な考え方によるもの。

 以上が、死刑廃止論がいつまでも燻っている要因だろう。言論・思想の自由や信教の自由が憲法で保障されている限り、誰が何を言ってもお咎めはない訳で、この問題に関して収拾を図る方がむしろ困難だろう。それより私が疑問に感じるのは、法務大臣が「死刑執行命令書」にサインをすることで、実際に死刑が執り行われる訳だが、歴代の法相を見てみると、時代背景や個々の判断、または死生観の相違によってサインする人と拒否する大臣がいるという事実だ。また、「宗教上の理由」を掲げて任期中、一度もサインをしなかった人までいた。これはどう考えても法務大臣の責任放棄であろう。もしそのような立場を貫くのであれば、始めからそのような重大な判断を迫られる主要ポストへの就任を断ってもらいたいと思う。また、別の見方として悪行を繰り返し、「必殺仕事人」にこの世から葬り去られるような極悪人もいるかもしれないが、テレビの前でそういう者がやっつけられれば、国民感情からすると長年の仇打ちが達成されたり、鬱積した恨みや復讐心、憎しみがスカッと晴れて痛快だろう。しかし、それだって仕事人自身が人を殺めているという事実は変わらないのだ。そこには矛盾が生じる。また、死刑執行に当たる刑務官の苦悩もあるだろう。上司である法務大臣の命令が下れば、自分の良識や呵責、私情にかかわらず、人の命を奪うことに自らの手を下さなければならない。これは相当のストレスを伴うらしい。法令の基準に則って死刑を行っても、人を死に至らしめた事実は消えないからだ。

 ところで、一歩間違えば国民新党の亀井静香郵政金融担当大臣が、法務大臣の役職に就いていたかもしれない。彼は元来、強烈に死刑反対を唱え、推進する性善説論者だった。彼の主張は、死刑制度が廃止になったからといって、犯罪が増えるとは思っていないのだ。もし彼の言うとおり、死刑が廃止になれば、最高刑が無期懲役(終身刑)となる。すると刑務所は、死刑囚に代わる膨大な数の終身刑受刑者で膨れ上がり、すぐに定員オーバーになってしまうだろう。極論を言えば、現在の長引く不景気下で、収入保障もないような世知辛い世の中(シャバ)にいるよりも、衣食住が保障される刑務所の暮らしの方がずっと良いと考え、犯罪を繰り返す輩が出て来ないとも限らない。そうなると弊害も生じる。刑務所を増築せざるを得ないし、それを管理する刑務官の数も足りなくなる。また、犯罪者を一生涯刑務所に服役させることになれば、その生活費(食事代)は、私達の税金(血税)が使われるのだ。もっと怖いのは、無期懲役の犯罪者は、現法制度下では、模範囚であれば、刑期が短縮され、最短で10年服役すれば仮出所申請が可能となる。終身刑が増えれば、収容しきれなくなり、もっと早い段階で出所を認める可能性が出て来るだろう。人を殺して10年で出所。果たしてそれで本当に罪が償えたと言い切れるのだろうか?口惜しくも「死んだ人間は浮かばれない」と言わざるを得ない。

 そして、残念ながら現鳩山内閣の法務大臣は、参議院選出で女性の千葉景子氏である。彼女は元弁護士であり、これまで「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属し、死刑廃止を訴えてきた側の人間である。したがって、彼女のような立場の人が、重要閣僚になったからと態度を豹変させて「死刑執行命令書」に判を押せる筈がない。もしそうであれば、人間性自体を疑問視されることになる。現に9月の就任以降、一度も死刑を執行していない。被害者の遺族感情を蔑にしている張本人だし、彼女を法務大臣というポストに起用した鳩山首相の任命責任は極めて重いと言わざるを得ない。

 私自身は死刑制度存続に賛成、廃止には反対である。絶えず被害者の人権や無念さ、その遺族の感情を優先して貰いたいと考えているからだ。日本は、世界各国と比較しても刑が軽すぎる。外国では、大麻を持ち込んだだけでも死刑(中国・シンガポール)である。人命を奪ったとしても、人ひとりを殺害した程度では、平均7~8年の有期刑で、最高でも15年程度である。判例を見ても、死刑は複数殺害しなければまずあり得ないだろう。この法制度自体が問題なのである。私は、正当防衛や偶発性(過失致死)の場合を除き、故意や計画殺人だった場合は、被害者の人数にかかわらず否応なしに死刑を宣告しても罰は当たらないと思っている。そもそも鬼畜同様の残忍な方法で、一方的に被害者の人権を踏みにじった上に殺害行為に及んだ者に、人道的配慮や人権など存在するのだろうか。人を殺すことに正当な理由など見当たらないからだ。私は、そうした犯罪者には厳罰を以ってしかるべきだと考える。江戸時代の時代劇のような「敵討ち」などが認められていない以上、法の裁きによって合法的に死刑に処すしか、被害者や遺族に報いる手段はないのだ。人を殺めた凶悪犯罪の加害者が生きながらえて、何の落ち度もなく命を奪われた被害者は何の補償もない。やはり死んで罪を償うしか方法はないのだ。

 しかし、このことを論じる前に、今、私は無性に法律を学びたい衝動に駆られている。法律を知らずして感情論だけで死刑廃止を叫ぶのは説得力に欠けるという思いがあるからだ。今年から始まった裁判員制度もまた然り。一般論や常識だけで状況証拠を元に冷静に人を裁けるとは思えないからだ。法律の仕組みや条文をきちんと覚え、その運用方法も習得した上で、適切な判断を下したいと考えている。国会議員や学識者達は、死刑廃止の是非を論じる余裕があるのなら、犯罪を減らす方策や憲法第25条で保障している「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」が実現できる国づくりに全精力を傾けてもらいたいものである。そのほうがよっぽど犯罪の未然防止に役立つと思う。そして、世界中が死刑廃止に傾倒したとしても、独立法治国家として日本特有の法制度を確立してもらいたいと考えている。それが日本の文化を守り、独自の価値観を持つことに繋がるのだから。そして更にマスコミに対して言いたいことがある。それは報道の在り方である。一見、マスコミに携わる者には良識がないのかという場面も数多く見られる。スクープ欲しさに常識外れの行動や根も葉もないうわさをでっち上げ、タレント等に名誉棄損で告訴されるケースが後を絶たない。これはともすれば騒乱罪にも匹敵する。憲法第21条で保障している「言論・表現の自由」の真の意味を取り違えているだけである。「道徳心を失ったら人間一貫の終わり」であることを再認識する必要があるだろう。

 今回、2年半に渡る逃亡生活の末に、英国人英会話講師を殺害した容疑で逮捕された市橋容疑者の扱いもそうだ。食事を摂った摂らないで騒ぎすぎ。どれだけ残忍な方法で殺人行為をしたかを棚上げし、逃亡中の足取りや、その間の生活ばかりをクローズアップしている。どうしてここまで警察の手を逃れ、逃げ遂せたのかばかりに注目している。自分の都合の悪いことには口を閉ざし、自分の悪行を、自分が医師になれなかったことを理由に、さも自分が正しいかのように両親を逆恨みしたり、責任転嫁も甚だしい。そして尊い人命を奪った事実を棚上げし、権利ばかりを主張しても説得力はない。顔まで整形し、最後まで逃げ通そうとした事実の方が言語道断であろう。最も許しがたいのは、「殺すなら誰でもよかった」という、いわゆる無差別殺人である。また、自殺の道連れとして関係のない人を巻き込む行為も同様である。弁護士も仕事とはいえ、そういう良心の呵責の欠片もないような人間を擁護する必要があるのだろうかと疑念さえ抱く。さてあなたはどう考えるだろう?

 最後に、死刑廃止論とは結びつかないが、明日から師走。犯罪が多発する時期にあって、防犯意識という観点から、我が町で起きた殺人事件を取り上げて結びとしたい。どこの町でも犯罪は起こり得るだろうが、我が故郷は、森と緑に囲まれた住みやすい街だが、その昔、「東北のシカゴ」と例えられたほど犯罪は多く、物騒な所だった。そこで平穏を取り戻した今、昔話を穿り返すようで悪いが、私が40年近く暮らしている郡山市で、かつて起きた凄惨な殺人事件(私が覚えているもの)を取り上げ、犯罪防止への啓蒙や防犯意識の向上に役立ててもらいたい。念のため断っておくが、被害者の感情を逆なですることは一切ない。慎んで被害に遭われた方々のご冥福をお祈りするものである。

① 郡山一の進学校の前にあった小料理屋の女性経営者殺人事件(1990年)

② 郡山市富久山町4号線沿いマンションでの殺人事件(時期不明)

③ 郡山市麓山の土木塗装会社社長が殺害された事件(1993年)→時効

④ 富田町の某小学校前の理髪店での韓国人殺害事件(時期不明)

⑤ 女子高生が県立高校の男子生徒に殺害され、その母親が死体遺棄を幇助した事件(1996年)

⑥ 公立高校教師が清水台の自宅で刃物で刺され殺害された事件(発生時期不詳)

⑦ 逢瀬町大久保川17歳無職少女殺害事件(2000年)→未解決

⑧ 現金輸送車強盗殺人事件(2001年)

⑨ 未成年者による女性暴行殺人事件(2002年)→家裁から逆送刑事告訴

⑩ 国道49号線沿いビリヤード場殺人事件(時期不明)

⑪ 国道49号線近くマンション1Fゲーム喫茶店主殺人事件(2002年2月19日)

⑫ スーパー店長による店員暴行死事件(時期不明) ⑩~⑫は半径300m以内で発生。

⑬ 中田町民家老女殺人事件(2004年)

⑭ 郡山市町東アパート歯科技工士殺人事件(2005年)

⑮ 細沼町アパート住人殺人事件(時期不明)

⑯ 熱海町ホテルで日本青年会議所宴会で火を付け殺害(2006年)→傷害致死事件で処理

⑰ 久留米アパート息子の嫁殺害事件(2008年)

⑱ 富久山町久保田73歳無職男性殺害事件(2009年12月8日)→記事掲載以降発生

⑲ 逢瀬公園東側入口で43歳の男性が殺害された事件(2010年8月18日)    

 

2009年11月25日 (水)

公共広告機構から見えるもの

 私は当ブログで、これまで数多くの社会問題、あるいは政治や経済の問題にまで踏み込んで論じて来た。或る意味、老婆心で取り越し苦労の面もあるのだが、現状をつぶさに鑑みると、「本当にこれで良いのか」という問題意識が常に介在している。その問題点を指摘することで現状に一石を投じ、根本から考え直すきっかけ作りとなるような役割を担いたいと考えている。もちろん悪戯に評論家気取りで反論ばかり述べるつもりは毛頭なく、持論を正々堂々と主張したい。私のこうした考えに同調し、代弁してくれているものがある。それは、毎日のテレビやラジオのコマーシャルの中で、流されない日はないと言って過言ではない、「公共広告機構」(AC)のキャッチコピーやスローガンと思しき言葉のフレーズである。特に印象深いのは、1982年に軍艦島を取り上げ、「資源とともに消えた島」をキャッチフレーズに、限りある資源の大切さやその有効的な利用方法について疑問を投げかけた作品。この映像が今でも脳裏に焼きつき、「公共広告機構」の存在を世間に知らしめた。また、いじめ撲滅へのメッセージを発信したり、最近ではアイドルユニットをCM出演させ、リサイクルを呼び掛けたりしている。このACのCMは、いわばその時代の世相や風俗、流行や出来事など時代を写す鏡のような役割を果たしている。そういう意味では、現代社会の生きた教材であり、強いメッセージ性を感じる。人間として最低限のマナーやボランティアの意義を問い正すなど日常生活の中で始められる些細なことにも焦点を当てている。また、様々な社会問題にも啓蒙を促し、地域や個人で考えなければならないような問題に対し、鋭い視点でメスを入れた秀作揃いである。

 そこでまず、従前にどのようなスローガンやキャッチフレーズがあったかを回顧してみたいと思う。恐らく一度は耳にしたものばかりだろう。「子ども目線」・「人生投げたらアカン」・「うちの子に限って」・「アジアに井戸を贈る」・「迷惑駐車」・「子ども人権110番」・「アイバンク登録」・「もったいないお化け」・「献血あしながおじさん」・「子どもはあなたのコピーです」・「私たちの敵は無関心です!」・「親父は背中で叱ってくれた」・「もう15分遅かったら」・「公共マナーが捨てられている」・「もったいないを捨てたくない」・「世界の子どもにワクチンを(いのちの電話)」・「バレなきゃいいが見えてくる」・「骨髄バンク登録」・「ジコ虫、増えてますよ」・「あんた、バッテン」・「清掃犬ロン」・「地球の声」・「消える砂の像」・「いじめをなくそう」・「いじめバイバイ」・「いじめカッコ悪い」・「トラック4台分の優しさ」・「Drug Kill Teens」・「指一本でできるボランティア」・「今日話そう」・「歩きタバコ」・「知っているを、しているへ」・「大人を逃げるな」・「町はもう一つの学校」・「枯れる命」・「国境なき医師団」・「抱きしめる、という会話」・「シカの愛」・「雑木林の教室」・「一人にならない、一人にさせない」・「メンバーが、足りない」・「黒い絵」・「子ども教育委員会」・「逆授業参観」・「日課のスライド」・「ドナーリレー」・「明日のために今始めよう」・「僕は、続ける」・「結婚、そして出産」・「ママも一歳、パパも一歳」・「ポリリズム」・「3Rで地球を救おう!」・「コエ出してエコ」・「リサイクルの夢」・「最後の親孝行」・「ぱなしのはなし」etc ・・・

 このCMに含まれる「キャッチフレーズ」からは、深刻で切実な問題や魂の叫びのような身につまされるものが、ひしひしと伝わってくる。生命の尊厳、日本人が忘れかけた助け合いの精神。公共マナーの啓発、地球環境への警鐘、そして未来の子供たちへの伝承など。あなたはこのCMを見て何を感じただろうか?「面白いCMやっているな」くらいしか思わないだろうか?心に訴えかけて来る何かが見えて来ないだろうか?私自身はこういう問いかけには即座に反応し、感化されやすい方なので、つい見入ってしまうし、その都度考えさせられてしまう。

 このCMがブラウン管に初めて登場したのは、1970年代だった。人目を惹くために、様々な有名人を起用した。例えば、淀川長治・黒柳徹子・山田五十鈴・大滝秀治・城達也・桂米朝・常田富士男・市原悦子・ジョンレノン・吉永小百合などの大御所から金田正一・王貞治・アンディフグ・辰吉丈一郎・井原正巳・星野仙一・野茂英雄・山下泰裕・中野浩一・前園真聖らのスポーツ選手、マザーテレサ・ベートーヴェン・野口英世などの歴史上の人物、森本レオ・西田敏行・中村雅俊・本田美奈子・夏目雅子などの俳優及び歌手まで駆り出し、その他大勢出演した。

 このような時代風刺を経てもなお、表面化して来る社会問題は一向に減る兆しはない。なぜなら、社会問題を作り出している張本人も、私達人類だからだ。地球温暖化の元となったオゾン層破壊にしても、酸性雨にしても人間がエゴや利己主義に傾倒したがために引き起こされた負の産物なのだ。人間の身勝手な振る舞いにより、被害を被るのは弱い立場の動植物である。環境に悪影響を及ぼし、生態系を根幹から揺るがしておきながら、絶滅危惧種が増えていると言って、保護活動に乗り出すのも人間なら、その原因を作っているのもやはり、同じ人間でしかないという現実がそこに介在しているのだ。悲しいかな、それが真実である。 

 今、「地球温暖化」は留まるところを知らない。世界最大のCO2排出国である米国や中国が、温室効果ガスの放出量を制限する為に、削減目標達成値を定めた京都議定書(1997年)に批准しなかった。これは経済界や産業界への利害関係を巡っての突然の離脱だったり、特定の企業に対する配慮だった訳だが、これでは全く意味をなさないし、実際その基準も緩やかで、あくまで刹那的な対処療法にすぎず、根本的な解決策にはなっていないのだ。実際問題として、温暖化の悪影響で、北極圏では氷河地帯が年々減少し、氷山の数も激減。ホッキョクグマも棲みかを追われ、いずれ生き残れなくなるだろうと予測されている。我々一人ひとりが出来ることは微々たるものだが、やらないよりはやったほうが良いのは火を見るより明らかである。例えばゴミを減らすこと、ゴミを出さないこと、資源を節約し、無駄を削ること、そしてこまめに節電し、リサイクル活動を日々の生活の中で実践していくこと等が、「Stop the 温暖化 」への近道だろうと思う。そういった機運を盛り上げることこそが重要なのだ。

 日本では、家電リサイクル法施行やエコポイントを導入し、またCO2の削減目標も国を挙げて具体目標を明示して全世界に宣誓した。政府も遅まきながらようやく本腰を入れ始めた。しかし「言うは易し、行うは難し」である。単なる見かけ倒しで終わらぬために、まず日本が自ら襟を正し、率先して姿勢を示し、掲げた目標を実行に移さなければならないだろう。我々が暮らすこの世にたった一つしかない「かけがえのない地球」を、より良い状態で後世に残していくことこそが現世を生きる我々に課せられた課題であり、重責でもある。

Nhk_01  左は、最近のテレビCM。レジ袋が「要るか要らないか」で相手の心の中を探るストーリー。このように身近な問題を取り上げ、暗に陽に社会に訴えかけて来るのが公共広告機構の真骨頂である。また、最後に「ACエ~シ~♪」と流れるテーマソングも小気味良い。あなたもこのCMが訴えている本意を汲み取り、自分に出来る第一歩を踏み出しませんか?

 

2009年11月21日 (土)

今日の釣果 (11/21)

 本日はアクアマリンふくしま先端にて釣行した釣果を掲載することにする。朝の3時半から昼下がりまで粘ったが、シャコ17cm、アナゴ43+40cm、アジ10cm、ヒラツメガニ15cm、ハゼ18cm、アイナメ22cmの合計7匹で低調だった。快晴無風、波穏やか、おまけに中潮と条件は良かったが、肝心の魚影が薄く、周囲は豆アジだらけ。それを泳がせてイナダが3匹ほど上がっていただけだった。以下、釣り場の模様を写真掲載したい。上から朝焼けに染まる小名浜港。この風景見たさに真夜中から寒さに耐えて頑張っている。2枚目は本日の釣り座周辺の画像。なぜかららミュウ側がズラリと並ぶ。5時までは無人だった。この辺がアジのポイント。イナダの回遊も見られる。3枚目は青空に映えるアクアマリンふくしま。11時からは強風との格闘。4枚目は市場・マリンタワー側を撮影。マリンタワーの下にある堤防は、ららミュウからの延長部分だが、ここにも釣り人の姿が・・・開放しているのか?だとしたら相当の穴場・・・。5枚目が釣果らしい一枚。冬の根魚のアイナメ。まだこのサイズだが、12~1月には、アベレージが30前後、ビール瓶サイズも出るのがここ小名浜流。ところで帰りはマジやばかった・・・。R6バイパスで白バイの追尾を受けた。運よく、ミラーでパトライトを回転し、接近しようとする姿を視認し、一気に50km/hまでスピードダウン。50km/h前後で、300mほど速度維持され、スリップストリーム張りでマークされ危うかったが、何とか検挙を免れた。向こうも気づかれたと諦めたようで途中からパトライトを消し、追尾を止め、抜き去って行った。そしたら三和ICから高速に乗ったら、小野近くの反対車線側でクリーム色の覆面パトが違反車を摘発した場面に遭遇。屋根から反転式のパトライトを回し、違反車両の前に出て、誘導していた。

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2009年11月20日 (金)

日本三大思考

 日本人は摩訶不思議な民族である。欧米諸国に比べ、議論は不得手なのに学問や研究を少し齧ると、いっぱしの顔をしてすぐにウンチクを垂れたりする。プライドが高いA型が4割近くを占める中、特に評論家や学者と呼ばれる人達は、決して自説を譲らず、自らの正当性を意固地なまでに主張する傾向がある。その事を如実に表すのに格好のテーマがある。

 古来より、学識者や研究者たちの間で、常に議論の火種として絶えることがなかった話題で、最近になって或る謎の人物の寝殿ではないかと注目を浴びる遺構が奈良県桜井市の纒向遺跡で発見された。それは歴史を遡り、紐解くこと3世紀の弥生時代、女王・卑弥呼が治めていたとされる邪馬台国が一体何処にあったのかに関する論争である。中国の史書「魏志倭人伝」(正確にはこのような名前の史書は存在せず「三国志」に一部のみ記述されているが)に「倭の国」として「邪馬台国」という記述やその「女王・卑弥呼」の文字があったことに端を発し、北九州説と畿内説が真っ向対立。これまで喧々諤々の歴史学者達を二分して争って来た。研究者達は、新たな証拠集めに躍起になり、発掘調査を進め、文献を片っ端から洗いざらい見直した。そしてそれらしい遺跡が発見される度に、一喜一憂や戦々恐々を繰り返して来た。北九州説を唱える考古学者や歴史学者、あるいは郷土歴史研究者達は、太宰府天満宮や吉野ケ里遺跡をその有力な証拠とみなし、また中国大陸や朝鮮半島に一番近い距離に位置していることから、往来が容易だったと考えている。現に倭国の産物と言われる鉄や絹が数多く出土している。一方の畿内説は、日本国内で繁栄を極めた飛鳥時代や平城京に代表されるように、古からの文化の発祥の地であり、歴史の中心地だった。九州の地方に日本史を根底から覆すような王国があったとは考えにくい。

 私は、高校の日本史の授業や大学の歴史学を専攻した際に、これらのことについて広く浅く学んだ程度の知識しか持ち合わせていないが、曲学阿世は嫌いなので、個人的見解を述べれば、「畿内説」が有力だと見ている。むしろその方が物事の道理から判断しても自然なのではないかと考えている。理由は、奈良や京都には数多くの歴史的な建造物が現存するし、聖徳太子を輩出させた飛鳥文化や数々の遺跡群は、日本を代表する王国があったことを意味し、古代文化の発祥であったことは揺るぎない事実である。また、大和朝廷との関連性を考えても、強大な権力や統治能力を有する大国を築いていたことは容易に想像できる。更には、それらの考察を裏付けるだけの古墳や集落も近畿圏に集中的に存在している点もあながち否定できないところだ。1800年後の今になっても決着を見ない理由は、歴史年表に記載できないほど太古の出来事であり、判断の決定的な根拠となる文献や史料等の物的証拠もないまま今日に至っているからにほかならない。もちろん、古事記や日本書紀にもそのような邪馬台国の存在を明確に示すような記事・記載は見当たらない。いずれにせよ諸説あって未だ想像の域を脱し得ないでいるのだ。

 しかし、このような皆目見当のつかない、夢と浪漫に溢れた絵空事は、日本人の善とするところで、これまでもそうであったように無理やり結論を下さなければならないものでもない。日本人特有の民族性から考えれば、これを逆手にとって、地方自治体自身が町(地域)起こしに利用してしまっている部分も少なからずあるのだ。ここまで議論を盛り上げてしまったからには、いくら新事実が出て来ようが、収拾がつかないだろう。北九州説も畿内説絶対に互いに譲り合うことはなく、意地の張り合いは延々続き、議論は半永久的に平行線のまま推移せざるを得ないだろう。私が、それよりもっと怖いのは、「魏志倭人伝」自体が、或る中国人作者の手によって興味本位で面白おかしく書きたてたフィクション(仮想物語)だった場合、すべてが嘘八百で、我々は単に振り回されただけで終始してしまうことだ。ただでさえ、中国には偽物や贋作などのまがいものが堂々と蔓延っている。その点から判断すれば、迂闊には深入りできないし、敢えて結論を下す必要もないように思えてしまう。

 この「邪馬台国」に関する議論は特異な例として、日本人というのは数奇なことにこだわりを持つ民族なのだ。私がよく気づくことは、「三本の指に入る」とか「トップ3(ビッグ3)」、「先発3本柱」、「三大○○」など、数字の「3」を何かにつけことさらよく使う。入社試験に出題されるのは、日本三景や三名園などだが、今回のブログは、そういった「日本三大○○」について列挙し、コメントも述べてみたい。

 日本三景・・・松島・天橋立・安芸の宮島-いずれも風光明媚な場所で、切手にもなっている。

 日本三名園・・・偕楽園・兼六園・後楽園-私自身、岡山の後楽園以外は歴訪した。

 三種の神器・・・鏡・勾玉・剣-遺跡として発掘されることが多い。

 昭和の世相・・・巨人・大鵬・玉子焼き-私が生まれる前の流行。

 日本三大祭・・・祇園祭・天神祭・神田祭・青森ねぶたが入っていないのが意外。

 三名山・・・富士山・立山・白山-誰もが認める霊峰。いつかは富士山頂からご来光を拝みたい。

 三大河川・・・信濃川・利根川・石狩川-すべてしかと見届けた。

 三大渓谷・・・清津渓谷・黒部渓谷・大杉渓谷-黒四ダムは死ぬ前に一度は見たい。

 三大名瀑・・・那智の滝・華厳の滝・袋田の滝-那智の滝だけ未踏。

 三大清流・・・柿田川・長良川・四万十川-鮎や鵜飼いで有名。

 三大温泉・・・別府温泉・湯布院・伊東温泉-草津や登別が入っていないのが残念。

 三大温泉街・・・箱根温泉・別府温泉・熱海温泉-これは納得!別府だけ行っていない。

 三大巨桜・・・三春滝桜・淡墨桜・神代桜-地元からランクインは妙に嬉しい。

 三大鍾乳洞・・・龍泉洞・秋芳洞・龍河洞-玉泉洞はランク外。

 三大湖・・・琵琶湖・霞ヶ浦・サロマ湖-猪苗代湖は第4位。

 三大名城・・・熊本城・名古屋城・姫路城-大坂城が入る説もある。

 三大夜景・・・摩耶山掬星台(六甲山)・函館山・稲佐山(長崎)-函館は世界三大夜景。

 三大秘境・・・白川郷・祖谷・椎葉村-合掌造りで有名な白川郷は世界遺産に認定。

 三大史跡・・・平城京・太宰府・多賀城-平安京ではないのは何故?

 三大漁港・・・焼津・銚子・釧路-焼津以外は網羅した。でも釣りはやったことがない。

 三大古墳・・・仁徳天皇陵・応神天皇陵・履中天皇陵-大阪に集中している。やはり・・。

 三大ダム・・・奥只見ダム・黒部ダム・御母衣ダム-いずれも奥地。

 三大寺・・・大安寺・元興寺・弘福寺-東大寺や法隆寺でない。

 三大五重塔・・・醍醐寺・法隆寺・瑠璃光寺-高さ日本一の東寺が入っていない。

 三大霊場・・・恐山・比叡山・高野山-怖くて未踏状態。

 三大大仏・・・奈良大仏・鎌倉大仏・京の大仏-奈良鎌倉は歴訪済。

 三大観音・・・浅草観音・大須観音・四日市観音-屋外観音像を除く。

 三大台風・・・室戸台風・枕崎台風・伊勢湾台風-甚大な被害。

 三大珍味・・・唐墨・海鼠腸・海胆-松茸が入っていない・・・。

 三大そば・・・戸隠そば・出雲そば・わんこそば-是が非でも味わいたい至極の味。

 三大うどん・・・稲庭うどん・水沢うどん・讃岐うどん-讃岐うどんは自分でも作った!

 三大ラーメン・・・札幌ラーメン・喜多方ラーメン・博多ラーメン-喜多方も今や全国区!

 三大銘茶・・・宇治茶・狭山茶・静岡茶-お茶好きの私にはたまらない話題。

 三大随筆・・・枕草子・方丈記・徒然草-一度は読んだことがある不朽の名作。

 三代集・・・古今和歌集・後撰和歌集・拾遺和歌集-いずれも錚錚たる和歌集。

 三大合戦・・・関ヶ原の戦い・川中島の戦い・筑後川の戦い-天下分け目の決戦場。

 三英傑・・・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康-天下統一に向け野心を燃やした英雄達。

 御三家・・・尾張徳川家・紀伊徳川家・水戸徳川家-ご存じ水戸光圀。

 江戸三代俳人・・・松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶-日本を代表する俳人達。

 明治の三傑・・・西郷隆盛・桂小五郎・大久保利通-明治維新を実現させた功労者達。

 昭和の三景気・・・岩戸景気・神武景気・いざなぎ景気-不況も背中合わせ。

 三大財閥・・・三井・三菱・住友-何れも単独では生き残れず、吸収合併を繰り返す。

 三大漫画家・・・手塚治虫・藤子F不二雄・長谷川町子-漫画界をリードした巨匠達。

 三大芸能・・・能・文楽(人形浄瑠璃)・歌舞伎-どれも歴史が古い。

 三大映画会社・・・東宝・東映・松竹-各々会社ごとに看板俳優や銀幕のスターが所属した。

 御三家・・・橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦-今ではいいおじさん。

 大相撲三大力士・・・谷風・雷電・双葉山-遥か昔のお話。

 三大予備校・・・代々木ゼミナール・駿台予備校・河合塾-結構お世話になりました。

 三大電気街・・・秋葉原・大須・日本橋-東京・大阪では大激戦区。

 三大証券会社・・・野村ホールディングス・大和証券グループ・日興シティホールディングス-合併・統合を余儀なくされた業種。

 三大出版社・・・講談社・集英社・小学館-少年時代によく読んだ。

 三大メガバンク・・・三菱UFJフィナンシャルグループ・みずほフィナンシャルグループ・三井住友フィナンシャルグループ-昔は「宝くじ」の第一勧銀が幅を利かせていた。

 新三種の神器・・・テレビ・冷蔵庫・洗濯機-あくまで昭和初期の話。

 3C・・・カラーテレビ・車・クーラー-今は庶民にも普及しています。

 三大デジタル家電・・・パソコン・デジカメ・HDDレコーダー-今や一世帯に一台ずつ。

 三大文学賞・・・直木賞・芥川賞・読売文学賞-文豪になれます。最近は若年層がゲット。

 三大商社・・・三井物産・三菱商事・住友商事-伊藤忠商事も入る?

 三大自動車メーカー・・・トヨタ自動車・日産自動車・本田技研-押しも押されぬビッグ3です。

 三大海運会社・・・日本郵船・商船三井・川崎汽船-海の運送屋さんです。物流の主役。

 三大コンピューターグループ・・・富士通+日立製作所・日本電気+東芝・三菱電機+沖電気-提携してPCを共同開発している。

 ちなみに参考までに、主な製品の市場占有率(商品シェア)も見てみよう。

 パソコン・・・NEC21.2%・富士通19.8%・ソニー7.8%

 携帯電話・・・NTTドコモ48%・au27%・ソフトバンク19%

 チョコレート・・・明治製菓29%・ロッテ18%・森永製菓12%

 ゲーム機・・・任天堂58.7%・ソニー38.9%・MS2.4%

 ビール・・・アサヒ37.5%・キリン36.7%・サントリー13% 現在はキリンが首位を奪還。

 その他

 即席めん・・・日清食品・マルちゃん・明星食品

 おもちゃ・・・タカラトミー・バンダイ・田宮模型

 旅行会社・・・JTB・近畿日本ツーリスト・阪急交通公社(11/19現在 日本旅行を逆転)

 こうして見てみると、日本人の「三大思考」は何も今に始まったことではない。中にはどうでも良いような内容も含まれているが、興味深いことに、時代の変遷をつぶさに感じることが出来ることに着眼してほしい。また、同時に社会の趨勢や流行・風俗などの世相、時代の繁栄と衰退をも見てとれる。

 しかしながら、今日のテレビのニュースによれば、今の経済はデフレ状態であることを政府が公式に宣言し、発表した。つまり、長引く不況で収入が減り、財布の紐が固く、流通や経済状況が滞り、物が売れず需要量を供給量が上回ってしまい、結果的に物価が持続的に下がる状態を指す。もっとわかりやすく言うと値段を下げないと物が売れなくなってしまった訳で、プライスダウンが進んだ状況にあるということ。もちろんこの状況下では、貨幣の価値は上昇することになる。これで少しは冬のボーナス時期と連動して消費が活性化する兆しが表れるかもしれない。しかし一方では、それに反して相変わらず、政治は下らないことの応酬を繰り返している。昨日、本県選出の玄葉委員長を座長とする衆院財務金融委員会で、懸案になっていた「中小企業金融円滑化法案」の裁決を巡り、紛糾。自民・公明両野党が会議をボイコットして欠席する中、政府が初の強行採決を実施した。旧与党の自民党も、かつて野党だった民主党と全く同じ方法でしか対峙できないこの無政策の情けなさ。自分たちが長年同様なことをされ、紛糾してきたことを、リベンジとばかりに欠席(審議拒否)でしか態度を表明できないとは、自民党もどこまで成り下がったのか。東大や超有名大学を卒業したエリートたちが、こんな低俗な政治手法でしか反論できない様では、何が民主主義国家なのだろうか・・・。今回の対応は、自民党の価値を一層低下させ、地に落ちたことを印象づけただけだ。もっと言えば、自民党にはもはや政権担当能力が残っていないことを証明したに過ぎない。結局、数の力が絶対君主への道を開き、野に下れば、自らの政策を問うこともせず、単なる抵抗勢力でしか存在感を示せなくなるということだ。

 しかし、これでは一時の妨害や抵抗にすぎず、一向に日本の夜明けは無い。日本国再建のためには、やはり私が以前掲げ、当ブログで主張した様に、私が人生の師と仰ぐ、かの諸葛孔明が二千年も昔の中国で考えた末に辿り着いた「天下三分の計」を習うよりほかに生きる道は無い。つまりは三大政党制にし、政治不安があった時は、速やかに政権移譲できるような政治制度に改革すべきなのだ。その方が、国民の目もシビアで、政権政党は常に緊張した状態で政権運営することになる筈である。長期政権は堕落や金脈態勢を生むだけで、企業癒着が横行し、政治不信を招くだけである。日本国の未来を憂い、いつしか今回のブログの主旨を外れ、論点が著しくズレてしまったが、最後もやはり、「3」に纏わることで締めたことでご容赦頂きたい。

 

 

 

 

 

 

 

2009年11月15日 (日)

今日の釣果 (11/15)

 快晴、波・風穏やか、そして大潮と天気や条件は申し分ない中、中之作港の白灯台で半年振りで実釣した。夜中到着で、満天の星空を眺めながら、3:55~11:25まで頑張った。今年もあと1か月半、釣りには寒い季節を迎える。3年前の中之作での50cmマコと40cmアイナメの感触が忘れられない。果たしてあと3回、実釣出来るか?とりあえず来週の3連休に1回は出撃したい。

 <釣果> ドンコ4尾  アナゴ1尾  合計 5尾

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2009年11月13日 (金)

今は亡き往年の名優たち

 私のホームページ「趣味-ING」も、まもなく12月で開設から丸5年が経過する。その間、四季を通じて誰もが手軽にできる趣味について紹介して来た。春はガーデニング(園芸)、夏はツーリング(旅行)、秋はフィッシング(釣り)、冬はスキーング(スキー)、そして一年中楽しめる「日本酒」(テイスティング)についても掲載して来た。4+1の現在進行中の-ingを文字って「趣味-ING」とネーミングした訳だが、その中で、「私の歴代趣味」と銘打って私の人生と共に歩んできた様々な趣味に関しても一覧表にして記載した。また、当ブログに於いて過去に何度かテレビの話題について触れて来たが、今回は私が好きだった往年の名優(俳優・女優)について書き綴りたい。

 誠に残念なことに、今年もまた墓碑銘に新たな名前が刻まれた。今年亡くなった方々の特徴として、例年になくビッグネームの大物著名人や各界の巨匠と呼べる方が相次いでこの世を去った。A King of Pop・マイケルジャクソンを筆頭に政界のプリンス・中川昭一、ロック界の異端児・忌野清志郎、絶世の美人女優と持て囃された大原麗子、プロレス界の重鎮・三沢光晴、年末に来て大女優の南田洋子、落語界の巨星・三遊亭円楽、そしてつい先日、芸能界の首領・森繁久彌までもが天国へと旅立ってしまった。やはり、ブラウン管やスクリーンの人とは言え、自分が知っている人や有名人が亡くなることには、一抹の寂しさを感じざるを得ない。しかし、人の記憶と言うのは、次々新しいニュースが飛び込んでると、従前のDATAがきれいに消えてしまうものらしい。したがって、まだ今年が終わった訳ではないが、先ず今年亡くなった方々を回顧してみたいと思う。

 1月 政治家・柿沢弘治、フォーリーブスのメンバー青山孝史

 2月 アメリカの俳優・ジェームズホイットモア

 3月 喜劇俳優・大木実、俳優・金田龍之介

 4月 元GS歌手・岡本信、元日本テレビアナウンサー・萩原弘子、タレント・清水由貴子、時代劇俳優・中丸忠雄

 5月 ロック歌手・忌野清志郎、作曲家・三木たかし、元韓国大統領・ノムヒョン、作家・栗本薫、作曲家・石本美由起

 6月 プロレスラー・三沢光晴、ポップシンガー・マイケルジャクソン、女子マラソン・佐々木七恵

 7月 俳優・山田辰夫、ロックシンガー・川村カオリ

 8月 元フィリピン大統領・アキノ、水泳界の重鎮・古橋廣之進、女優・大原麗子、政治家・田川誠一、元韓国大統領・金大中、アルペンスキーヤー・トニーザイラー、俳優・山城新伍

 9月 漫画家・臼井儀人、V9戦士・土井正三

10月 歌手・津久井克行、政治家・中川昭一、評論家・江畑謙介、歌手・加藤和彦、女優・南田洋子、政治家・堀内俊夫

11月 元広島監督・三村敏之、俳優・森繁久彌

 年の瀬に向かうに従って、大物の方が死去した感が否めない。誠に惜しい人達ばかりである。次に、私がこの世に生を受けてから、これまでテレビや映画、舞台などで一世を風靡し、テレビの向こうで華々しく活躍した往年の大スター達の中で、私が個人的に好きだったり、憧れていた、今は亡き名優、歌手、タレントを一挙紹介したいと思う。

 1 天知 茂  非情のライセンス、江戸川乱歩の美女シリーズで明智小五郎を演じた。ダンディでニヒルな役どころが多く、存在感があった。

 2 萬屋錦之助  忠臣蔵や時代劇には欠かせない存在だった。舌が回らない独特の語り口調が印象的だった。

 3 鶴田浩二  仁義なき戦いなど任侠シリーズに数多く出演した。大人の魅力に溢れ、理想的な父親像としても名が挙がっていた。私は「大空港」が好きだった。

 4 いかりや長介  ドリフターズのリーダー。土曜のゴールデンタイムの顔。庶民的でコメディの帝王だと思っている。晩年、ダンディズムに走ったが、老練な魅力を醸した。

 5 田村高廣  ご存知田村3兄弟の長男。落ち着いた物腰、説得力のある口調はピカイチ。「二百三高地」での乃木希典役はハマり役だった。

 6 岸田 森  今では知らない人が多いだろうが、名脇役だ。すっとんきょうな魅力の持ち主。森村誠一シリーズの「腐食の構造」が想い出深い。

 7 荒井 注  元ドリフターズメンバーで、脱退後は俳優に転身。脇役ながら味のある役をそつなくこなした。三枚目ながら、コミカルで憎めない役どころは彼ならではである。個人的には「浪越警部」役が最高水準だと思っている。

 8 三浦洋一  認知度的には「池中玄太80キロ」の中でカメラマン役が適役。つっぱり風の外見とは裏腹に心優しきお兄さん。若くしてこの世を去った。

 9 松田優作  日本のジェームスディーンの呼び声が高い。今でも絶大な人気を誇る。「蘇る金狼」「太陽にほえろ」などのアクションから「探偵物語」などシビアな役どころまで何でもこなした。カリスマ的俳優である。

10 夏目雅子  死後20年以上経過した今でも、光彩を放つ美しき存在。西遊記のイメージが強いが、彼女ほど国民に愛された女優は少ないかもしれない。小柄な体ながらパワフルさと繊細さを合わせ持ち、才色兼備である。若くして亡くなったのが実に惜しまれる。

11 美空ひばり  ご存知お嬢。幼少から国民的スターで、「悲しい酒」「お祭りマンボ」「川の流れのように」「愛燦燦」「みだれ髪」など昭和を代表する名曲がゾロリ。歌唱力が際立ち、感情豊かに熱唱し、当代一の表現力は他の追随を許さない。私が最も愛する歌い手のひとり。

12 山岡久乃  「ありがとう」やホームドラマでお母さん役を熱演した。良妻賢母の代表格で、和服がよく似合う。水前寺清子や沢田雅美のお目付け役としてならした。

13 石原裕次郎  日活映画スターとして一世を風靡し、「太陽にほえろ」や「西部警察」のボス役として活躍。渡哲也との名コンビで数々のテレビドラマに主演した。彼も昭和を代表するスターで、甘い声でムード歌謡を席巻した。「夜霧よ今夜もありがとう」「ブランデーグラス」「恋の町札幌」などヒット曲は数多い。晩年は病魔との闘いだった。

14 小林昭二  彼の代表作と言えば、仮面ライダーシリーズの「おっさん」役。飾らない真面目な人柄が偲ばれる。

15 北村和夫  彼も名脇役としてその存在価値は大きかった。「極道の妻たち」や「姿三四郎」に出演し、いぶし銀の役どころを見事に演じ切った。

16 丹波哲郎  刑事ドラマ「Gメン’75」、「スーパーガール」のボス役で大ブレークした。独特の語り口調と神がかり的な渋めの演技は存在感抜群。晩年は教祖的な立場で「大霊界」など死後の世界を如実に描いた作品の制作にも携わり、主役も演じた。

17 坂井泉水 ご存知ポップスグループ、ZARDの美女ボーカル。鼻にかかる甘ったるい歌声が男性諸氏を虜に魅了した。発売する曲が次々ヒット。私も大好きで、ほとんどのシングルCDを持っている。「負けないで」が最高傑作。入院治療中に手摺から転落死したことは、ファンならずとも音楽ファンに衝撃を与えた。

18 テレサ・テン  台湾出身で、「アジアの歌姫」として、1980年代に君臨した。「時の流れに身をまかせ」「愛人」「つぐない」「別れの予感」など今でも女性たちのカラオケの定番になっている。彼女の死因はいまだに真相は謎のままだ。

19 中谷一郎  水戸黄門の「風車の弥七」として月曜夜のお茶の間のヒーローだった。俊敏な身のこなしで、弱い者の味方。危機的状況に陥った時、どこからともなく颯のように赤い風車が飛んできて、その窮地を救う。殺陣も見事。彼が登場すると、安心感が得られた。

20 名古屋章  刑事ドラマのボス役や会社の上司役として存在感があった。カバさんのような風貌と昔気質の演技で脇を固めた。

21 岸田今日子  ドキュメンタリーやドラマのナレーションから声優、女優まで幅広くマルチに活躍した。独特な声と話し方が特徴的で年齢不詳の名脇役の大女優だった。個人的には昭和53年1月日本テレビ系列で放送した「おとこ同志おんな同志」がハマリ役だったと思っている。彼女が亡くなったことは、芸能界の大きな損失だろう。

22 三波伸介  芸人で、第4代目笑点司会者である。絶妙な司会振りは、当時の落語界でも一目置かれる存在だった。私は「減点パパ」の涙脆い人と云う印象が強い。

23 芦田伸介  この人も俳優としての経歴は長い。東京外大出身。当時一世を風靡した「七人の刑事」や「氷点」で熱演を奮った。「サラリーマン金太郎」が遺作となった。

24 鈴木ヒロミツ  彼も往年の名脇役のひとり。刑事役が多かった。野暮ったい感じが当時は受けた。ビートルの屋根をカヌー代わりにして川を下ったCMが評判になった。「夜明けの刑事」「明日の刑事」にも出演した。

25 下川辰平  ご存知「太陽にほえろ」のチョーさん役で有名。板前役もハマリ役だった。

26 荻島真一  ルックスが良いモテ役の二枚目俳優。紳士的で誠実を絵に描いたような存在。彼も若くして亡くなった。大岡越前守などの

27 千秋 実   地味ながら渋い演技で一時代を築いたひとり。私は「昨日、悲別で」のおじさん役の名演技が脳裏から離れない。

28 石立鉄男  杉田かおると共演した「パパと呼ばないで」での「チー坊!」という名セリフがあまりにも有名。アフロヘアーがトレードマークで一風変わった存在感があった。岡崎友紀とのコンビの「奥様は18歳」も当時話題作となった。

29 緒形 拳  どんな役も自分の代表作にしてしまう凄みがあった。時代劇から現代劇まで、映画、テレビ問わず熟練の演技が冴え渡った。 風のガーデンが遺作となった。

30 藤岡琢也  お父さん役がハマり役だった。渡る世間は鬼ばかりでは欠かせない存在だった。

(以上2008年まで)

 上記以外の往年の著名人たち

 三ツ矢歌子、船越英二、橋本功、淀川長治、三船敏郎、小坂一也、東野英心、東野英治郎、古尾谷雅人、本田美奈子、大坂志郎、東八郎、岡田英次、加藤嘉、山村聰、仲谷昇、尾崎豊、三橋達也、渡辺文雄、戸川京子、岡田真澄、河島英五、村下孝蔵、笠智衆、由利徹、城達也、植木等、芥川隆行、根上淳、水野晴夫、高松英郎、池田裕子、西村晃、中条静夫、ハナ肇、河原崎長一郎、松村達雄、松山英太郎、川谷琢三、牟田悌三、沖雅也、峰岸徹、大原麗子、南田洋子、森繁久彌

 こうやって振り返ると、流行り廃りは必然だとしても、時代時代で光り輝いていた銀幕のスターたち。世相や風俗の最先端を行くファッションリーダーでもあったし、憧れの存在でもあった。こうした名優達に憧れて俳優の道を志した人も多いことだろう。華やかな芸能界にあって、異彩を放ち、役者としての地位を確立するには並大抵の努力ではなかっただろう。残念ながら、もう二度と新しい作品に出演し、他の顔を目にする機会はない。一時代を築き、それぞれの場面で活躍した名優たちに敬意を表すると共に謹んでご冥福をお祈りし、結びとしたい。 

     

2009年11月 6日 (金)

巨人軍の背番号の歴史

 連日、熱戦が続く日本シリーズの話題が持ちきりで、このところ野球ネタばかり。今回もその例に漏れず恐縮である。私は物心ついた頃(小学生)から、大の巨人ファンで、栄光のV9黄金時代をつぶさに見てきた一人である。当時の世相を文字って「巨人・大鵬・玉子焼き」とまで言われた巨人全盛時代のことだ。柴田・土井・王・長嶋・末次・高田・黒江・森・堀内が不動のオーダーで、彼等を取り仕切ったのが、監督・川上哲治。ライバルは小山・村山・江夏・田淵らを擁する阪神と高木・谷沢・星野・三沢・松本幸行・江藤慎一・中・木俣・鈴木孝政ら名選手をずらり揃えた中日だった。今も忘れはしない昭和48年、阪神はマジック1とし、ナゴヤ球場で中日と対戦していた。もちろん勝つか引き分けで優勝が決まる大事な一戦だった。私は当時、巨人戦以外のラジオやテレビ中継がなかったため、結果は翌日の新聞で知った。その運命の試合に中日が勝ち、優勝の行方は巨人VS阪神の最終決戦に持ち越されたのだ。場所は甲子園球場でデーゲームの試合となった。前夜、ナイターで行われていた阪神VS中日戦のスタンドのすぐ脇を、東海道新幹線で甲子園に向けて移動中だった巨人の選手たちが通って行った話はあまりにも有名だ。

 翌日の試合は勝った方が優勝という大事な一戦だった。スタジアムが阪神甲子園球場だけに、誰もが阪神が有利と見ていた。しかし、巨人のエース・堀内は、阪神に2塁すら踏ませない力投に加え、巨人打線が猛爆発。何と蓋を開けてみれば、戦前の予想を大きく覆し、9-0という大差で巨人が伝統の一戦を制し、見事セ・リーグ9連覇を達成した。この時の日本列島のフィーバー振りは凄まじかった。結局その年は、日本シリーズで南海ホークスと対戦した。南海のバッテリー江本猛紀・野村克也の巧みなピッチングの前に初戦こそ落とすものの、その後4連勝し、圧倒的な強さで日本シリーズを勝ち、見事9年連続日本シリーズ優勝という大金字塔を打ち立てたのである。この時、南海の野村は監督兼任現役捕手という立場で出場し、また巨人の長嶋は指を骨折したため、全試合欠場。痛々しい包帯姿で一塁コーチャーズボックスから激戦を見守っていた記憶がある。

 後にも先にもこのような華々しい戦績は、後の西武ライオンズの黄金期(広岡監督・森監督・スティーブ・テリー・田淵・太田・秋山・辻・デストラーデ・清原・石毛・渡辺久・東尾・松沼兄弟・潮崎・郭泰源・工藤・伊東ら)の11回(日本シリーズは3連覇が最高)も及ばないほどである。ONが引退後は、プロ野球界も戦国時代に入り、セ・リーグは古葉監督率いる赤ヘル軍団が世の中を席巻した。衣笠・山本浩二・三村・高橋慶彦・小早川・安仁屋・外木場・高橋里志・山根・福士・池谷・北別府・小林・津田・大野など錚々たるメンバーだった。その後、ヤクルト野村監督が巨人に対する異常なまでの闘争心を剥き出しにして襲いかかった。セ・リーグの他球団と談合し、巨人包囲網(巨人戦には、各チームともエース級が当たるようにローテーションを組むこと)まで作り上げた。更に野村スコープにも代表される通り、打者一人一人の対戦データを隅々まで調べ上げ、分析し、それを古田敦也に徹底的に仕込んだ。もともとアマチュア時代(立命館大)、強肩巧打の評価を得ていた彼は、野茂英雄とバッテリーを組んで、オリンピック出場するほど注目の大型捕手だった。メガネをかけたキャッチャーは大成しないというジンクスがあったが、野村の指導により、日本一の捕手とまで言われた。その中で、飯田・池山・広沢・秦・岩村・土橋・八重樫・荒井らを育て、ハウエル・ホージー・ラミレス・ペタジーニの長距離砲もいた。ピッチャーも伊東・伊藤・石井一・川崎・ブロス・内藤・高津らを揃えていた。

 巨人にとって、そんな苦難な時代を経て、原監督が巨人に復帰し、それからというもの、めざましい躍進を果たした。第2期黄金時代の到来と言っても過言ではない、V9時代以来となる、リーグ3連覇を成し得た。これは王や長嶋、藤田でさえ達成できなかった偉業なのだ。去年、先に王手をかけながら逆転Vをさらわれた昨年の借りを返す意味でも、ぜひ今年は日本一を奪回して貰いたいと願っている。

 さて、栄光の歴史を刻んできた、巨人軍であるが、往年の名選手の存在や活躍があってこその伝統である。今日は、そんな選手たちを思い返して貰う意味も込めて、歴代の背番号を取り上げてみたい。まず、巨人の背番号を語る上で、真っ先に気づくことは、永久欠番の多さである。通常、永久欠番と言えば、どのチームでも顕著な功績があり、その選手の偉業を讃え、永遠に語り継ぐために設定するものだ。まず、背番号1。これはご存知世界のホームラン王、「王貞治」である。彼が昭和52年の9月にハンクアーロンが持つ。当時の世界記録の755号を破る756号を放った瞬間、日本列島中が大フィーバーした。彼の通算本塁打868号はバリーボンズでも抜けず、未だに世界記録である。2786安打・通算打率は.301。次に背番号3。無論誰もが知らない野球ファンはいない、「ミスタージャイアンツ・長嶋茂雄」である。昭和34年の天覧試合での阪神・村山から放ったサヨナラホームランは、今でも球史に燦然と輝き、印象に残るものだ。大卒で入団し、17年間の現役生活の中で通算444本塁打を放ち、打率は.305だった。彼は燃える男としてチャンスにめっぽう強く、ファンサービスを心掛け、常にハッスル&スタンドプレーで観衆を魅了した。続いて背番号14。戦前の巨人軍の前身、東京野球倶楽部を経て、巨人の創設期に大活躍した、伝説の名投手・沢村栄治である。彼は日米職業野球で、あのヤンキースのベーブルースとも対戦し、当時の大リーガー達をキリキリ舞いさせた。惜しいことに、戦争で出兵し、27歳という若さで戦死し、帰らぬ人となってしまった。しかし、彼の栄誉を讃え、先発完投型の優秀な投手に贈られる「沢村賞」が創設され、その名を球史に刻んだ一人である。通算63勝22敗。防御率1.74

 次に、「打撃の神様」と呼ばれ、半世紀近く前に活躍した名選手がいた。赤バットを巧みに操り、安打を量産した川上哲治の背番号16もまた永久欠番である。彼は現役時代、「ピッチャーが投げるボールが止まって見えた」と豪語するほどバッテイングには卓越した素質を持っていた。私自身、彼に関しては現役時代のことはまるで知らない。むしろV9時代の名監督としての功績しか念頭にない。今考えても、ONが君臨した頃の巨人の強さは絶大で、日本シリーズを9年連続で制したことは筆舌に尽くし難い。通算安打2351本で181本塁打を放った。そして通算打率.313はONを上回っている。また、背番号34番も永久欠番である。最近ではブラウン管にほとんどでなくなってしまったが、400勝投手の金田正一である。B型パフォーマーの彼は、同じB型の長嶋を異様なまでにライバル心を燃やした一人で、とにかく目立ちたがり屋で派手好き。大学野球で新記録の8本塁打を引っ提げ鳴り物入りで立教大学からプロ入りした長嶋のデビュー戦に於いて、「4打席4三振」に切ってとり、格の違いを見せつけた。その金田は現役時代の大半を、あまり強くなかった国鉄アトムズ(現ヤクルトスワローズ)で過ごし、勝ち星の大部分を自力で稼いだだけにその価値は尊大だ。登板機会が多かった昔なので、負け数も298敗とワーストワンなのが珠に傷だが。防御率は2.34だった。彼は晩年、ONを従えてマウンドに立てたらどんなにか楽だろうと語った通り、最後の400勝を挙げた時は巨人の一員だった。その後、彼が前例となり、往年の名選手で他チームで活躍した選手は、引退時には巨人で終わるという風潮があった。まるでご褒美で花道を飾るかのごとく。古くは別所毅彦・金田正一がいるが、この20年でも、加藤英司(阪急)、石渡(近鉄)、簑田(阪急)、清原(西武)、落合(ロッテ・中日)、広沢(ヤクルト)、江藤(広島)、石井(近鉄)、有田(近鉄)、張本(東映・日拓)、松原(大洋)、阿波野(近鉄)、太田幸司(近鉄)、武田一浩(日本ハム)、河野(日本ハム)、川口(広島)、屋敷(大洋)、野口(中日)、ペタジーニ(ヤクルト)、中尾(中日)、工藤(西武・ダイエー)らがいる。

 もう一人、あまり知られてないが、巨人の背番号4番も永久欠番である。この数字は「四(死)」を意味することから、日本人が最も忌み嫌う数字である。実際巨人で、最初にこの番号を付けた黒沢俊夫選手(戦後、選手が足りなかった時代に4番を打った)は、現役中に腸チフスという病に倒れ、33歳という若さでこの世を去った。以来、誰も付けることなく現在に至っている。

 最後に栄光の巨人軍の背番号を回顧して結びとしたい。(掲載は背番号40番以内で特に記憶に残る選手のみで永久欠番は除く)

 2番 上田・松本・簑田・元木・小笠原  5番 黒江・ジョンソン・河埜・岡崎・清原・ラミレス  6番 土井・篠塚・落合・石井・川相・小久保・坂本  7番 与那嶺・柴田・スミス・吉村・二岡・(長野)  8番 高田・原・仁志・谷  9番 吉田孝司・有田・村田・清水・亀井  10番 張本・ホワイト・加藤英司・駒田・広沢・阿部  11番 高橋善正・角・シピン・斎藤雅樹・久保  12番 呂・マック・村田・鈴木尚広  13番 宮本・ペタジーニ・野間口・林  15番 城之内・横山・山倉・河原・後藤・辻内  17番 倉田・浅野・槙原  18番 藤田元司・堀内・桑田(エースナンバー)  19番 小林・高橋・木田・上原  20番 関本・定岡・入来・ローズ・豊田  21番 高橋一三・加藤初・宮本・チョソンミン・木佐貫・高橋尚  22番 藤城・中尾・大久保  23番 上田・西村・脇谷  24番 宮田征典・中畑・大森・高橋由  25番 富田・松原・鈴木康友・川口・三澤・李  26番 西本・岸川・内海  27番 森昌彦・石渡・福王・門倉  28番 新浦・阿波野・岡島・前田  29番 河埜・鹿取・西岡・川中・グライシンガー  30番 江川・橋本・武田・林・西村  31番 石渡・水野・三澤・野口・小関  32番 柳田真宏・グラッデン・大森  33番 江藤省三・太田幸司・長嶋監督・江藤・李・野間口  35番 淡口・清水・越智・亀井  36番 長嶋一茂・村田  37番 斎藤・藤田宗一  38番 末次・庄司・勝呂・井出  39番 山本和夫・吉原・光山・三浦  40番 河野・村田善  49番 クロマティー  55番 松井秀・太田  00番(ほとんどお遊び番号) 屋敷・後藤・川中  0番 川相・川中・木村拓

 おまけ

 巨人以外の永久欠番

 阪神 10番 藤村富美男 11番 村山実  23番 吉田義男

 中日 10番 服部受弘 15番 西沢道夫 

 広島 3番 衣笠祥雄  8番 山本浩二

 日本ハム 100番 大社義規(初代オーナー)

 球団消滅や失効した永久欠番

 西鉄 3番 大下弘  6番 中西太  24番 稲尾和久

 ヤクルト 8番 大杉勝男

 近鉄 1番 鈴木啓示

2009年11月 4日 (水)

若者の自動車離れ

 世相を反映してなのか、一向に自動車業界に陽が射して来ない。昨日発売された「日経TRENDY」の2009年に売れた商品ベスト30によれば、堂々の1位は、トヨタプリウスやホンダインサイトに代表されるエコカーだった。これは1位が自動車だからと言って素直に喜べない。今回このプリウスが売れた最大の理由は、旧自民党政府が打ち出した税制の優遇制度があったからこそである。燃費が良く、経済性に優れるだけでなく、環境にも優しいことを売りに、爆発的なヒットを生んだ訳だが、もし政府主導による自動車取得税や重量税などの減税措置やエコポイント導入がなければ、ハイブリッド車は依然高嶺の花のままだったと考えられる。逆に言えば、エコカー以外はあまり売れなかったということだ。では何故政府がこのような減税策を講じなければならなかったのかと言うと、車が売れなければ、日本経済の活性化はもとより、産業の発展はあり得ないからだ。しかし、幾ら日本でプリウスが売れたからと言っても、所詮国内需要の話止まりである。円高が進み、本日現在1ドル90円台の推移では、到底輸出は滞り、外貨獲得は見込めない。自動車が冷え込めば、生産量調整しかなくなり、減産する以外に手立てはなく、人件費が嵩み、やむを得ず季節従業員や期間契約の準社員から順送りに解雇となり、メーカー各社は人減らしで対応せざるを得なくなる。当然、その関連企業や下請けの部品工場・組み立て工場は、その煽りをもろに受ける訳で、雇用状況も悪化し、深刻な状況に陥るのだ。

 そうした厳しい現況にあって、トヨタは、F1からの全面撤退を表明。既にホンダも撤退しており、これで日本の自動車メーカーは、自動車レースの最高峰のF1から姿を消すことになった。かつては、アラン・プロストやアイルトン・セナといった一流ドライバーと数億円の契約を交わし、ウィリアム・ホンダやマクラーレン・ホンダとして年間チャンピオンの座に君臨した時期もあった。F1に関しては、とにかく莫大な資金を要する。マシンの研究開発費、レーシングチームの維持費及び人件費、そしてこのドライバーとの契約料である。しかし反面、これほど資金提供するからには見返りがある。日本車を世界にPRする滅多にないチャンスだし、もしF1で勝ったとなれば、宣伝効果は大きい。自社製の車を売り込むことにつながるからだ。日本車は高性能でメンテナンスフリーなので、故障知らずだし、会社に比べてコンパクト設計なので維持費や修繕費はさほどかからない。ましてホンダの創始者、本田宗一郎の長年の夢だったF1参入は、華々しい日本経済の象徴でもあったのだ。

 しかし、そんな繁栄の時代はとうの昔に過ぎ去り、残されたのは、作っても物が売れない空虚な経済情勢だけである。それに追い打ちをかけたのが、昨今の若者の風潮でもある「自動車離れ」である。現代の若者は、金銭感覚にはシビアなようで、あまり自動車に夢や希望、浪漫といった憧れを感じない人々らしい。とかく新規高卒者の新車・中古車の買い控えが進み、自動車全体が敬遠されている節がある。以前だと、高校3年生ともなれば、就職が内定すれば、我先にと先を争うように教習所通いを始め、冬休みや年明けには予約を取るのが至難の業という状況があった。それが今や、交通手段は公共の乗り物を使い、車には大金を賭けない、徹底した倹約ぶりである。地下鉄や私鉄各社がしのぎを削るほど、恰も網の目のように発達した首都圏の交通環境下ならまだしも、地方に至ってもこうした状況はあまり変わらない。むしろ若い人の多くは、主な移動手段として、鉄道やバスを頻繁に用いるケースが目立って来ている。

 これには私が考えるに二つの理由がある。1つはもちろん、経済事情。車のオーナーになれば、金は否が応にも湯水の如く出ていく。新車を購入するとなれば、車両本体価格は平均で200万円はするだろう。もちろんこれだけでは済まない。まず、オプションを付けるだろう。フロアマットやバイザー、ナビ、オーディオ、アルミなどである。更に租税公課と各種経費がかかる。購入段階で掛かる税金には、取得税と重量税、それに消費税だ。これは元々贅沢品である車に対して課した税で、これは自動車専用道路の建設や国道などの保全修繕費用に充てられる。また、ガードレールや照明の電気代、信号機の設置なのにも使われる。もちろん、燃料費(ガソリン代)も決して無税ではない。1ℓ当たり、原油価格はその6割程度で、残りの4割が税金となっている。昨年の今頃、原油代が高騰した折には、1ℓ=190円台という常識外の高値。ところが、暫定税率が期限切れとなった際には、一気に125円程度にまで下がった。その後、すぐに自民党が延長法案を通して再可決され、再び上昇したのは記憶に新しいところだ。税以外に掛かる費用としては、保険(自賠責や任意)、そしてこの数年内に導入されたリサイクル料金、登録費用などがある。これらを考えれば、200万の車を買ったところで、乗り出すまでには更に35~40万円近い出費が必要となる。

 次に、自動車を所有しているだけでかかる費用がある。毎年掛かるのが、自動車税。排気量で階級分けされ、2,000ccクラスでも年額は39,500円だ。他に車に乗れば必ず燃料を消費する。走行距離数が多いドライバーは、毎月のガソリン代が家計に重く熨しかかる。燃費がいくら良くても実質10km程度。となると日々の通勤で車を使用すれば、あっという間にひと月1万円を超える。年間だと15万円は軽く行く。また、定期的にオイルを交換したり、冬場にはスタッドレスタイヤ(1本15,000円程度)が必要となる。そして更に2年(新車は3年)ごとに車検に出さなくてはならない。保険料の更新や税金、点検整備などで10万円は掛かるだろう。これだけでも嫌になるくらい金が掛かる。まさしく金食い虫である。給料が低い10~20代の若者にとって、車を持つことがどれだけ生活費を圧迫することかになるか。魅力が沸かないのも頷けよう。

 ひと昔前なら、車は若者の憧れだった。カッコいい車に乗りたいがために仕事を頑張るという時代風潮さえあった。スポーツカーを乗り回し、彼女を乗せてドライブというのがステータスでもあった。昔は、所ジョージ氏のように、車にお金をいくらかけても良いという思いから、あちこちいじくり、ドレスアップし、点検整備も自分でやりたいという「カーキチ」が身近にいたのだ。バブルの頃は、若者はソアラ・MR2・スープラ・セリカ(トヨタ)、シルビア・180SX・スカイラインGT-R・フェアレディZ(日産)、プレリュード・NSX(ホンダ)、RX-7・ロードスター(マツダ)等のクーペのスポーツカーに乗り、それは人気絶頂で時代を席巻するほど街角に溢れていた。今、その手のモデルチェンジしたスポーツクーペ車を買うのは、当時車にのめり込んだオヤジ達である。これが俗に言う若者の「車離れ」なのだ。

 もう一つの理由は、昔と比べてデザインが出尽くして、あまり変わり映えしなくなった、つまり個性的な車が少なくなったことである。加えて、近頃の地球環境に優しいエコブームが、ますます車を遠ざけることに拍車をかけている。よって一世を風靡した車でさえ、生産中止に追い込まれてしまった。売れるのはエコカーと税金や維持費が安い軽自動車ということになってしまう。しかし、政府も単に手をこまねいているだけではない。いつ底を打つかわからない不景気に業を煮やし、冷え冷えした景気を回復させるために、不退転の覚悟で苦肉の策とも思えるような施策に打って出た。その顕著な例が、ETC全国千円高速乗り放題。車が高速で動けば、当然人も動く。地方の観光地に金がばら撒かれることを期待して思案し、実行された政策だ。政権交代が実現し、現民主党が打ち出したのは「首都圏を除き、全国津々浦々の高速道路の完全無料化」である。そしてマニフェストの公約にも掲げた、暫定税率の撤廃である。実は、この是非を巡っては、党内や学識者の間で賛否両論。もちろん暫定税率に含まれる地方分の分配金が廃止されることに危機感を強めた地方都市の首長はこぞって反対。都道府県にとって、道路特定材財源は巨額な歳入となることから、必死に存続を求めている。この議論が今、存続か廃止か、はたまた内容を一部変えて施行かで大きく揺れている。

 もともと燃料課税である、揮発油税と地方の取り分を合わせれば、現行1ℓ当たり54円の税額を得ている。つまり、1ℓで考えれば、この金額とガソリンスタンドの利益を除いた額が、本来の原油価格ということになる。本則税率分だけだと、年間1兆5,500億円、暫定税率分も1兆3,500億円とほぼ同額なのだ。いかに暫定税率の割合が高いかが解るだろう。また他の項目で見ると、現行では、自動車重量税は0.5トン当たり年6,300円、2ℓ車では年額25,200円も掛かっている。これは本則税分(2,849億円)より暫定税率分(3,611億円)のほうが断然高いのだ。これはどうみても税金の掛け過ぎ。もうひとつの税金である自動車取得税は、購入金額の一律5%と決まっているので、200万円の車を買えば、10万円が税額という計算になる。こちらの本則適用分は1,698億円、暫定税率分が1/2相当の835億円。いやはや国はどれだけ自動車で国民から税金をふんだくっていることやら。とてもじゃないが、金食い虫以外の何物でもないという結論になってしまうだろう。

 こうした厳しい懐事情もあって、若者の自動車離れは一層深刻化してきている。今後、ただでさえ少子化が進む時勢の中で、豊かさの象徴だった自動車が、切り捨てられて行くのは実に忍びない。次世代の水素自動車や電気自動車などの環境に負荷をかけない新エネルギーの開発も大事だが、それ以上に各メーカーは、若者の内面にアピールするような斬新な発想で車作りをぜひ進めて貰いたい。そして価格設定も極力抑えて貰えれば、より車に目を向けてくれると思う。アイディアは無限にある筈。コンピューターをもっと活用し、事故を未然に察知するシステム。一般道でのスピードの出し過ぎを防ぐ安全装置、人が車に衝突する直前にバンパーから外側にエアバッグが飛びだして衝撃を吸収する装置、もうすぐ実用化されるらしいが、死角となる交差点での侵入車を知らせてくれる機械、また、ひき逃げの際に証拠が無くなることから実用化されないが、車のシャシーを形状記憶合金で覆えば、事故ってもあっという間に元通り。また、洗車が一切不要なボディペイントの開発、水陸両用の車、悪路では車体の下からキャタピラーが登場し、どんな急な坂でも上れる、そして絶対にスタックしない車などいろいろ考えてほしい。若者が車に何を望み、何を求めるのか。そうした努力をぜひ積んで欲しいと考えている。

 日本シリーズ第4戦総括

 今日の試合は、語るのが嫌になるくらい落胆させられたものはない。予想通り、出来不出来の差が激しい高橋尚が先発。彼もベテランの域に達した。大試合の経験の豊富なジャイアンツの貴重な先発左腕。制球力があって、多彩な変化球を操る。そして何より投球術を心得ており、緩急をつけた変幻自在のピッチングが持ち味。立ち上がり三者三振にこそ仕留めたが、私はあまり彼を信用していなかった。早速気になったのは、このシリーズ、主審の判定が巨人に対して辛いということ。そして日本ハムの打者は、カウント2-3になるまでじっくり見てくること。無駄打ちをしない。一方、日本ハムの先発は9勝3敗で、交流戦でも巨人から白星を挙げている八木。坂本は初球からガンガン振り回してくる。なかなか先頭打者としての役割を全うできないでいたが、じっくり球筋を見極めて四球を選ぶ。続く松本は、バントを失敗するが、ファールで粘り、ミートを心掛けてレフト前へ。無死一二塁で小笠原。初球こそバントの構えをするが、2球目を打ち上げて内野フライに倒れ、次のラミレスもセンターフライでランナーを還せず。この時点で嫌な予感はしていた。立ち上がり苦しい八木を自ら助けてしまった。ピンチの後にはチャンス。2回は巨人と同じ状況を日本ハムが作る。一死一二塁。ここも高橋が何とか無得点で切り抜ける。すると巨人にもチャンスが来る。私がMVP候補に挙げた谷がツーベースを放つ。続く阿部は一塁方向にゴロを転がし、きっちり走者を三塁に進塁させるが、その後、木村がスクイズと思いきや内野ゴロでランナー突っ込めず。高橋も凡退でチャンスを潰す。その次の回、流れが完全に日本ハムへ。一死後、1番の厄介な田中を痛烈なセンター前ヒットで塁に出すと、森本に素直にバントさせればよかったものをさせず、内野ゴロの処理を木村が誤り、ピンチを広げる。更に2塁ランナーを無警戒だった高橋が3塁盗塁を許す。ここで稲葉を歩かせ、満塁。出さなくても良いランナーまで出す羽目に。ここで私は予言した。「高橋信二は三遊間うを抜いてレフト前に打つから見ててみ」と。そしたら高橋は私が指図したかのようにきっちり鋭くレフト前にクリーンヒット。もちろんレフトは守備がお粗末なラミレス。バックホームで刺せる筈は無く、結局労せず2点を献上。ここで粘ればよかったものを、巨人は踏ん張りきれない。続く小谷野の時、またしても審判の判定に苦しむ高橋が不用意に真ん中に投げ、右中間を深々と破られ、走者一掃で2点追加。中継プレーがお粗末で、何とバッターランナーまで3塁を陥れる始末。やることなすこと日本ハムの思う壺。これらはすべて1・2回のチャンスを潰した巨人の拙攻がもたらした得点だ。この時点で4-0と序盤で勝負ありだった。取れると所で点を取っておかなければ痛い目に遭う典型である。巨人は先制すれば滅法強さを発揮できるが、こういう展開では、まるで借りてきた猫に等しい。もろさを露呈する。試合展開は、第2戦と酷似してきた。

 まだまだ巨人のちぐはぐ野球は止まらない。2巡目の3回裏、先頭の坂本が右中間を破り、このシリーズ、暴投が多い日本ハムバッテリーのミスが出て、3塁へ進塁。ここで松本が第一打席に続き、しぶとく一二塁間を破り、1点を返す。しかし後が続かない。続く小笠原のボテボテのサードゴロを小谷野がファインプレーでセカンドで刺す。巨人と決定的に違うのは、この安定した守備力。ラミレスはボールを芯で捕らえられず、当たりそこねゲッツー。どうもラミレスがブレーキだ。4回も可笑しな攻撃。先頭の亀井が粘ってライトへ痛烈なヒット。毎回無死から走者を出す。期待の谷がセカンドゴロでフォースアウトでランナー入れ替わり。ここでまた予想的中。「阿部は内野ゴロ打ってゲッツーだよ」と言った途端、ピッチャーゴロでダブルプレー。5回表でも予言的中。二死無走者で高橋に打順が回る。「高橋はこの場面、思い切って振りまわせるからホームランかもよ」と言った直後、レフトスタンド最前列へライナー性のホームラン。シーズンで8本しか打っていない4番の高橋にスタンドまで運ばれるとは・・・。これで中押しとなる5点目。(5-1)5回裏には、5度、ノーアウトから走者が出る。木村が右中間を破るが、稲葉が上手く回り込み、シングルヒットに止める。これが見えないファインプレーなのだ。しかし巨人の拙攻に助けられ、八木は切り抜ける。このあたりで1~2点でも返しておけば、一方的な展開にならずに済むものを。6回に入ると、リリーフの豊田が縦に大きく割れるカーブで日本ハム打者を翻弄。三者連続三振。六回裏からは日本ハムは継投策に転じる。建山にラミレス、亀井、谷が自分のバッティングをさせて貰えない。体勢を崩されて凡打。7回には、田中が一塁線を抜く当たりが何と3塁打に!次の森本がきっちりスクイズを決め、6点目が入りダメ押し(6-1)。巨人のラッキー7は、先頭の阿部がまたまたノーアウトから右中間へのヒットで出塁。ここでも日本ハムの守備力が物を言う。稲葉が回り込み、単打で止める。木村がさっぱりで三振でチャンスを潰す。すると流れはまた日本ハムへ。今シリーズのラッキーボーイになりつつある小谷野が勝負強さを見せつける。レフト前ヒットで2人を還す。これでダメ押しのダメ押し。これで勝負あり。完全に息の根を止められた。巨人の投手は火の車で抑えが利かない。8回裏、一死一二塁から不調のラミレスに待望の3ランホームランが飛び出(8-4)し、反撃を試みるが、時すでに遅し。続く、一二塁の好機に凡退。9回は日本ハムの守護神・武田久がマウンドへ。ランナーを出すものの、最後はまたしても稲葉の好返球で小笠原が二塁ベース上でタッチアウトでゲームセット。日本ハムが一枚も二枚も上手で、一つ一つのプレーにそつがない。力の差をまざまざと見せつけた試合となった。巨人は、自分たちの野球をさせて貰えなかった。打線のつながりが悪過ぎ。ちぐはぐだった。もっと個人個人の果たすべき役割を認識すべきだろう。バントで確実に送るとか、中継プレーを再確認するとか、もっと基本に忠実にならないと、このシリーズやられると思う。これで星勘定は2勝2敗のタイになったが、今日の敗戦は痛すぎる。明日は久保か東野を担ぐことになるが、これで札幌に戻ることになった。ということは第7戦まで縺れれば間違い無くダルビッシュの再登板があるだろう。今日の完敗でどうやら日本ハムがこのシリーズを制する可能性がぐっと高くなった気がする。巨人は個人の力は卓越しているが、チーム力となると1番から9番まで役割がしっかりしている日本ハムの方が分がある。俊足巧打の一番・田中の存在は何より大きいし、勝負強さと堅守で度重なるピンチを救ってきた小谷野のMVPも決して夢物語ではないかもしれない。林・二岡の貢献度も大である。超重量打線を抱えていても、所詮打線はやはり水もので、好投手の前では手も足も出ない。4戦目を終えた段階で予想を覆すのは早計かもしれないが、このシリーズ、前半の戦い方を通して、日本ハムの良い面ばかりが目立ってしまい、実力の差は拮抗どころか完全に日本ハムが上回っている。したがってこの流れに乗った日本ハムが4勝3敗で優勝を果たすような気がして来た。明日からの巻き返しに期待しよう。

 

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