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2009年12月14日 (月)

女子アスリート花盛り!

 昨日まで開かれていた国際柔道大会「グランドスラム東京」で、日本女子が全7階級を制覇し、圧倒的強さを発揮して幕を閉じた。「平成の女三四郎」こと52kg級・中村美里は、準々決勝以外はオール一本勝ちと、他を寄せ付けない強さで優勝した。彼女が北京オリンピックで、初出場ながら準決勝まで進出し、結果銅メダルに終わった時に、「金でなければすべて一緒ですから」と悔しそうな表情で語ったのを今でも忘れられない。また、決勝での日本人対決も多く、63kg級では、上野三姉妹の一人、上野順恵が、アテネ・北京2連覇した谷本歩美の実妹・育実を一本で破り、世代交代も感じさせた。そして最重量級の78kg超級では、アテネ五輪で金、北京五輪で銀メダリストの塚田真希が久しぶりに表彰台の中央に立ち、復活ぶりをアピールした。最近は、男勝りで負けん気が強い女子が多くなってきた。いやはや柔道を志しているとはいえ、大和ナデシコも随分様変わりしたものだと妙に感心してしまった。このように、日本スポーツ界に於いて、近年女子選手の躍進や快挙が著しい。今回はそんな発展目覚ましい女子スポーツ界にスポットを当てて考察してみたい。

 まず、冒頭で取り上げた女子柔道だが、これは「山口香」選手を抜きには語れない。彼女は、柔道が男子のスポーツという認識が色濃くあった時代に、第一人者として牽引し、パイオニア的な存在だった。YAWARAちゃんこと「田村(現在・谷)亮子」の出現まで、彼女の右に出る選手はいなかった。彼女が第一線で活躍していた当時は、もちろんオリンピックの正式種目ではなく、ソウルオリンピックで初めて公開競技として行われた時に、日本柔道界初の女性メダリストとなる銅メダルに輝いた。彼女の強さは日本に於いては無敵で、50kg級・52kg級合わせて、全日本体重別選手権10連覇という大金字塔を打ちたてた。1989年に25歳の若さで現役を引退後は、指導者として大学教授などを歴任した。彼女の引退後、ヒロイン不在の氷河期が続いたが、やがて彗星の如く現れた田村亮子によって、女子柔道が脚光を浴び、オリンピック正式種目になった。そして今、日本女子柔道は、名実ともに黄金期を迎えている。この柔道、日本が発祥であるのは周知の事実だが、年々、競技人口が増えるにつれ、変革が著しく行われた。まず、青いカラー柔道着やカラー畳の導入。そして日本古来の一本を狙う「柔の道」とはおよそかけ離れた欧米式の闘い方へと変化した。そしてポイント狙いの姑息な戦法に伴って相次ぐルール改正。国際大会では、より鮮明になる「JUDO」と「柔道」の違い。そして篠原や鈴木桂治が味わった屈辱的な世紀の大誤審。当面は外国人審判の育成も急務となるだろう。

 続いて日本陸上界。Qちゃんこと高橋尚子がシドニーオリンピック女子マラソンで金メダルを獲得し、日本女子の陸上選手として初の表彰台の真ん中に立った。実は、彼女のオリンピック代表への道のりは決して平たんなものではなかった。高校時代はほとんど無名選手で、名将奇将として知られる当時リクルート監督だった小出義雄氏が、その潜在能力を見出し、ユニークな練習方法を取り入れながら二人三脚でその才能を開花していった。毎年3月に開かれる、名古屋国際女子マラソンで大会新記録で優勝し、最後の選考会で最後の一枚の切符を手にし、文字通り滑り込み代表となった。そして迎えた2000年シドニーオリンピック。シモンやヌデレバ、ロルーペら並みいる強敵を抑え、語り草となったサングラスを脱ぎ捨てての一気のギアチェンジスパートで、初の金メダルを勝ち取った。ゴールテープを切った後も、まだ余裕があった。レース直後、小出監督と対面した時の第一声が「お酒臭い・・・」である。この一見、奇を衒うような師弟関係が、Qちゃんに何のプレッシャーも与えず、のびのびとマラソンをやらせた要因だろう。彼女の「とても楽しい42.195kmでした」というセリフは、今でも脳裏から離れない。大仕事をやってのけたこととは裏腹に、彼女はいたって冷静でキョトンとしていた。愛くるしい笑顔で国民的なアイドルとなり、その偉業を称え、「国民栄誉賞」が授与された。彼女の快挙が起爆剤となり、その4年後のアテネオリンピックでの野口みずきの連覇につながったと言える。

 次に、取り上げたいのはソフトボール。宇津木監督率いる日本女子チーム。シドニー・アテネオリンピックでは、強豪アメリカの前に屈し、あと一歩のところで金メダルを逃した。その時は、宇津木監督の養女となった宇津木麗華選手が主砲として君臨し、エース高山を擁し、ページシステムという独特な勝ち上がりシステムもまた脚光を浴びた。そして昨年の北京オリンピック。次回から正式種目から外されることが濃厚な状態で、最後の戦いに挑んだ。前回悔し涙を流した時の主力メンバーだった斉藤春香を監督に迎え、エースに上野由岐子という大黒柱を持つ、守りのチームに生まれ変わっていた。結果、上野がひとりで4連投し、血染めのボールで413球を投げ抜いた渾身の投球が光り、見事激戦を制し、初の金メダルを日本にもたらした。試合後日米両選手が、ダイヤモンドにバットとボールで文字を作り、肩を組みながら次回開催をアピールした光景が強く印象に残っている。

 次に冬季オリンピックにおいても女子選手の活躍は目を見張るものがある。まず、スピードスケート岡崎朋美選手は足かけ13年間、4大会連続のオリピック出場(リレハンメル・長野・ソルトレイク・トリノ)を果たし、長野では500mで初の銅メダルを獲得した。「朋美スマイル」で人気も爆発し、現在結婚しても尚現役生活を貫いている。続いてフリースタイルスキーの代表格、モーグル競技では、長野オリンピックで20歳だった里谷多英が優勝し、一躍時の人になった。また、当時高校生だった上村愛子も7位に入賞し、花を添えた。女子の日本人選手でも、35度を超える急斜面のコブコースをターンとジャンプを織り交ぜながら颯爽と滑り降りる姿は、とにかく壮観でカッコ良い。私も多少スキーを齧ったことがあるので、彼女たちの知恵と勇気には脱帽である。昨年は、上村がワールドカップの年間チャンピオンに輝くなど、来年のバンクーバーが楽しみである。同じくフリースタイルでは、エアリアルやボーダークロス、ハープパイプがあるが、一番メダルが有力なのがはボードを使うハーフパイプ競技である。今年2月にカナダストーンハムで行われたワールドカップ大会で山岡聡子、中島志保、岡田良菜の日本人3名が表彰台を独占する活躍を見せた。これによってメダル獲得の期待が大きく膨らんだ。また、前回のトリノオリンピックで荒川静香が金メダルを獲得したニュースやGPファイナルでの日本人選手の活躍を見ればわかるように、フィギュアの強さは、すでに折り紙つきである。すでにGPファイナルで2位に入った安藤美姫が代表内定し、残り枠は2つ。最近絶不調の浅田真央に代わって、彗星の如く現れた鈴木明子や中野友加里、村主章枝など実力伯仲。誰が代表になってもメダルは狙える。日本スケート連盟が浅田真央を代表に内定させたい腹は見え見えで、国民感情を考慮しても、前回断トツの実力を持ちながら、わずかな年齢制限で代表入りを逃した彼女をオリンピックという檜舞台に立たせたい気持ちもわからぬ訳ではない。しかし、採点基準の大幅な見直しによって、3回転半ジャンプが必須となったため、このところ精彩を欠いている。3年前なら文句なし代表、金メダル最有力候補だっただけに残念でならない。しかし、国民的アイドルである彼女を悲劇の女王にするわけにはいかないし、最後は巻き返してくれることを期待したい。

 また、集団競技でも女子の検討が光る。例えばサッカーなでしこJapanの活躍。オリンピックではアトランタ大会から3大会で出場を果たし、ワールドカップでも初回大会から5大会連続で出場するなど、戦績では既に男子を上回っている。アテネ大会では決勝トーナメントに進出したし、北京大会でもベスト4に入り、一躍世界の強豪国の仲間入りを果たした。荒川、澤、永里、大谷、丸山、大野などスター選手を数多く擁し、なでしこリーグも開幕したことにより、競技人口も増え、着実に個々のレベルアップが図れた。更に、シンクロナイズドスイミングもまた、日本のお家芸に近いものがある。黎明期は、井村コーチが日本代表の技術力向上に懸命に取り組んだものの、ことオリンピックでは団体で金メダルを獲ったことがなく、銀メダル4個、銅メダルが8個となっている。それは常に難敵ロシアが立ちはだかっているからで、近頃はアメリカやカナダ、スペインが台頭してきたからに他ならない。体格の良い欧米の選手は技も大きく見えるため、それが高評価に繋がるようだ。また、その井村コーチがアテネ五輪以降、中国チームの強化策のために専任コーチに招かれてからは、めきめき力をつけて来ている。元々人材豊富な国(国民体育学校のエリート選手がごろごろいる)だけに、今後脅威となるのは言うまでもないだろう。

 また、ゴルフ界でも、美貌と実力を兼ね備えたプレーヤーが続々と現れ、それはそれは明るく賑やかである。女子ゴルフと言えば、樋口久子や岡本綾子といった大御所がいて、経験豊かなベテラン選手でなければ賞金女王など夢のまた夢だった。ところが宮里藍の登場を皮切りに、アイドルと呼ぶに相応しいような10代20代の若きアスリート達が目白押しの状態だ。賞金女王に輝いた横峯さくらは24歳、有村智恵が22歳、諸見里しのぶが23歳、そして古閑美保が27歳、上田桃子が23歳というフレッシュさ。また今年PGAツアーに挑戦していた宮里藍が24歳、そして同じ沖縄出身の宮里美香は20歳である。凄まじいほどのヤングパワーが炸裂である。石川遼・池田勇太以外、スター不在の男子に比べ、実に華やかだ。

 ところで、スポーツは筋書きのないドラマだけに、人々を魅了し、一挙手一投足のプレーが感動を呼ぶ。特に女子のスポーツ界での華々しい活躍の走りとなったのが、東京オリンピック「東洋の魔女」と呼ばれた女子バレーである。あの一件で女子選手も世界で十分通用することを証明して見せた。水泳界では「前畑頑張れ!」で一世を風靡した時代があったのを始め、弱冠中学生でオリンピック王者となった競泳の岩崎恭子の活躍も華々しかったと思う。特に現在、世界を股にかけて活躍できる人材が育った要因は、ゆとり教育の賜であろう。いわゆる個性重視、変化への対応という教育体制の中で育った世代だ。物おじせず、ひたすら自分のためにプラスイメージで努力を積み重ねていく。年上でも諂うことなく、国際舞台でもプレッシャーに押し潰されることなく、堂々と自己スタイル、マイペースでプレーできる資質を身に付けたことが大きいのだろう。その他、コンビ解消したが、ビーチバレーの天使、浅尾・西堀ペアや大人気バドミントンペアのオグシオもまたスポーツ界に於いてアイドル的存在となった。また、卓球の福原愛や石川佳純もまた若くしてその才能を発揮している。恐らく、男子に比べて女子の方が体格差が少なく、世界的な実力もさほど違わないからだと思われる。もともと日本人は、個々の力や技は欧米人に比べ見劣りするが、集団競技となると抜群のコンビネーション、あるいは適材適所でチームプレーに徹し、まとまりはピカイチである。それが個人競技にも派生して来た傾向がある。

 ゆえに総括すれば、今、スポーツ界に於いて日本人女子選手たちが熱い。単にその美貌で脚光を浴びているだけでなく、実績もまた突出しているのだからなおさら凄い。天は二物も三物も与えてしまったようだ。来年早々にも冬季オリンピックバンクーバー大会が控えており、果たしてどんなパフォーマンスで我々を魅了するのか今から楽しみである。

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コメント

SUZUさん、こんにちは。宮里美香は宮里藍の妹ではないですよ。
宮里藍は三兄弟で兄二人(どちらもプロゴルファー)なんです。
もしかすると妹分と書きたかったのかなーと・・・・・・。

 ― ロビンさん、鋭い指摘、ありがとうございました。何の面白みもない固くて拙い内容のブログなので、あまり読む人はいないと思い、手を抜いていました。逆に嬉しい限りです。今後とも事実と違う内容とか誤字脱字、お気づきの点がありましたら、今回のような形でご指摘頂ければ、確認の上、訂正させて頂きます。今年12/31までの分を、ダイアリーとして残せるように、自分保管用の本にするつもりですので、むしろ助かります。今後ともお付き合いください。(SUZU)

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