仙台出張ふたたび・・・
今日は多忙を極める日だとは薄々わかっていた。しかしのっけから寝相の悪さが腰痛を引き起こす。11時30分に仕事を切り上げ、11時40分に職場を出て、取り急ぎ郡山駅へと向かう。11時52分、前回市営西口駐車場に入れて失敗したのを教訓に、今回は速攻でスカイパークに入れ、強風が吹き荒ぶ中、歩いて駅ビルへ。みどりの窓口でWきっぷ(8,600円)をクーポン券利用で購入。自腹は600円のみ。出張旅費で落とすため、領収証を貰う。同僚の到着を待たずして、先に早着の12時9分発の新幹線「Maxやまびこ207号」に飛び乗る。二階建の上側の自由席を確保。この時期の新幹線はがら空きだ。移動中に駅弁を買って食べようという腹積もりだったのだが、車内販売がなく、仙台まで空 腹をじっと我慢する。12時49分仙台着。天気予報が外れ、青空が顔を覗かせる。風は強いが気温もさほど低くない。駅の構内にある「ふる里料理みちのく」という居酒屋に入り、昼食を摂る。注文したのは写真の「いろどり膳」だった。1,480円也。仙台名物、牛タン4切れと刺身、それにカキフライが3つ付きの豪華定食だった。その後、本屋で時間を潰し、当初同僚と乗る筈だった後発の列車の到着を待ち、改札口でしばらく同僚の姿を探すが、見つからず。明日謝罪せねば。今日の出張は、14時開始の或る会議への出席。ペデストリアンデッキ続きにある「メトロポリンタン仙台」というホテルが会場だった。駅を出ると気付いたのは女子校生のスカートの短さ。前回も思ったが、仙台の高校生のスカートの丈は半端じゃない。太腿丸見えで、パンツ見えそう。目のやり場に困る。仙台という所は色情狂が多いのか?13時25分のあまりにも早い到着となった。案の定、参加者は200席以上ある中で5番目くらい。その会議自体は14時から15時40分までだが、一方的に業務内容の説明を聞いて、持ち帰り検討するというもの。茶・コーヒー・氷水と立て続けに飲み物を貰う。転勤前の元職場の同僚も3人、郡山から駆け付けていた。
本当ならば、折角の昨年7月以来の久々の仙台出張。前回同様、牛タンを食べてゆっくり仙台の夜を満喫する予定だった。しかし昨夜、仕事を終えて自宅へ帰ると、ショッキングな知らせが飛び込んできた。家内の祖母が昨夜急逝したというのだ。通夜がこの日の夕方から執り行われることになり、急遽、郡山にとんぼ返りとなってしまったのだ。そして明日が午後から葬儀・告別式という流れに決まったようだ。本音を言えば、本日の出張も誰かに代わって貰いたかったのだが、ウチの職場にはタマがいない。私が出向かないと埒が明かない出張だったため、キャンセルだけは憚った。これがサラリーマンの悲しい性なのだろう。15時に会場を飛び出た。そして駅構内の売店で、鐘崎の笹かまぼこ2箱を購入(2,100円)した。自宅用と職場用だった。15時21分発の直近の新幹線「やまびこ58号」に乗った。何と仙台在住、僅か2時間32分の早業だった。ガリレオ風に「実に勿体ない・・・。」新幹線は「こまち型」で、横2×2列シートでゆったりだった。こちらも自由席でもがら空き状態。逆に指定席の方が割高なのに混んでたくらいだ。繁忙期と閑散期を見極めないといけないのだ。福島駅に15時43分到着。はやての通過待ちのため、4分停車。この福島駅のレールは何と6本もある!仙台ですら4本なのに凄い!恐らく山形新幹線とのドッキングするために余分な線路が必要なのだろう。そして福島を出発してすぐに職場から電話が・・・。「パソコンのパスワードを教えてくれ」というものだった。マジ焦った。「今すぐ職場に戻れ・・・」ではなくて良かった。16時ジャストに郡山駅プラットホームに滑り込んだ。郡山はどんよりとした分厚い雲に覆われていた。通夜開始まで1時間、何とか間に合いそうだ。スカイパークの駐車場代900円は職場からは出ず、身銭を切ることに。会津街道を走り、途中コンビニのATMで給料を下ろす。慶弔費の分も含め、いつもより幾分多めに引き出す。明細を見ると、毎回毎回減額のような気がする。やれやれである。16時30分に自宅へ。私が通夜には到底間に合わないと思っていた家内が目を丸くし、急いで喪服に着替え、私の車に便乗。バイパスを南へ走り、一家総出で通夜会場へ。16時45分の到着。この度亡くなったのは、同居している祖母ではなかったが、変わり果てた姿との久し振りの体面に、思わずぐっと来た。祖父が亡くなった年に、私の実父が同じ煙草の吸い過ぎで肺気腫で亡くなっていることから、祖母も心臓の病気だったようで、私の実母もまた、数年間に心臓にカテーテルを入れているので、前夜電話で注意を促した。17時から僧侶がお出ましになり、お経を読み、焼香。このお坊さん、若いながら法話は滅茶苦茶上手。声が低くてよく通り、滑舌も抜群だった。ところで祖母は数えで90歳の高齢での旅立ちだっただけに大往生で、天寿を全うしたと言える。しかし、予期せぬ唐突な「死」の知らせに戸惑いと驚き、そして悲しみは隠せない。静粛・沈痛な面持ちにならざるを得ない。
どうも去年あたりからお悔みが急に増えた。人の死に接すると自分の健康にも気を遣うようになる。それが身内なら尚更身につまされる。私の父も突然亡くなった。従兄弟もそうだった。それが我が一族の定めであるかのように。皆、周囲を気遣い、介護を必要としない死に方をしているのだ。最近、自身、後悔しない人生を送ることを富に考える様になった。自分の身体を考えた時に、決定的にまずいのが運動不足だ。スキーをしていた頃はまだしも、釣りを趣味としてからは、あまり身体を動かさなくなり、いつしか体力はガタ落ち。職場の階段を3階まで駆け上がっただけでも息が上がり、苦しくなる。煙草など一切口にしていないのに。自分が情けない。こう見えて学生時代は、野球を少し齧っていて、100m走は12秒で走ったし、1,500m持久走でも5分で走破したのだ。40代とはそうした身体的な衰えを痛感する世代なのかもしれない。スポーツのアスリート(野球・サッカーなど)も40歳を境に引退する例が多いのもそのためだろう。
明日は本葬。またしても午前中で早退となる。このところ睡眠不足と腰痛、両足首痛がする。1年近く経った今も、骨折の傷跡は癒えていないようだ。この痛みと一生付き合っていくのか?やはり「注意一秒怪我一生」は本当だった。本日は「ハードスケジュールだった。」自宅に着いたのは21時だったが、そこから入浴で就寝は23時を優に越えていた。
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