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2010年6月 9日 (水)

福島県ゆかりの女子アナ

 またまたマスコミ(テレビ・ラジオ)に関する話題で恐縮だ。我が福島県には、テレビ局がNHK(日本放送協会)を始め、民放4局(古い順に福島テレビ、福島中央テレビ、福島放送、テレビユー福島)があり、更にはラジオ福島とFMふくしまが存在する。福島市に所在地を持つ放送局では、NHK福島放送局、フジテレビ系列をネットする福島テレビ(FTVー1963年開局)、TBS系のテレビユー福島(TUFー1983年開局)があり、ラジオはラジオ福島(RFCー1953年開局)である。また、郡山市を本拠地とするのは、日本テレビ系を網羅する福島中央テレビ(FCTー1970年開局)、テレビ朝日系列をネットする福島放送(KFBー1981年開局)、そしてラジオではFMふくしま(エフエム福島ー1995年開局)とに分かれている。いずれのテレビ局も、福島県一人口の多いいわき市や全国有数の歴史観光地として名高い会津若松には支局があるだけで、本社は置いていない。また、あまりご存じないだろうが、愛称(呼称)とは別に、各放送局には電気通信監理局で割り振る周波数とコールサインがある。NHK福島は総合がJOFP-TV、教育はJOFD-TVと言う。また、NHKラジオは第一がJOFP1323kHz、第二がJOFD1602kHz、FMがJOFO-FMで85.3MHzで電波を発信している。地デジ、BS、CSも同様だ。ちなみに民放のコールサインは、FTVがJOPX-TV、TUFがJOKI-TV、FCTはJOVI-TV、KFBがJOJI-TVという具合。ラジオ福島はJOWRで、ふくしまFMはJOTV-FMという具合だ。あまり役に立たないだろうが、豆知識として蓄えて頂ければ幸いだ。私は昔、BCLを齧っていたし、無線の資格や免許状も持っている。さらにはかつて、「ラジオライフ」や「アクションバンド」というマニアックな書物も愛読していた時期があった。20年ほど前には盗聴器を発見する機械(レシーバー)まで持っていた。だからこの辺の分野は知識があって、多少は明るい。

 さて、前置きがいつも長くなるが、早速本題に入ると、県内にある放送局において、古より活躍しているアナウンサーがいた。男性で言えば、FTVでは「FTVテレポート」で名を馳せた原國雄アナや高橋雄一アナ、岩田雅人アナ、金井淳郎アナが局の顔だった。FCTでは奥秋和夫アナ、常盤秀次アナ、TUFは大学教授に招聘された佐藤資治アナ、長谷川晴彦アナ、中村幹男アナ、そして若手ではTBSの「はなまるマーケット」のリポーターに抜擢された皆藤慎太郎アナなどもいた。KFBでは寺尾克彦アナと飯野雅人アナがいた。また、ラジオ福島は、看板アナだった荒川守アナ、菅原俊二アナ、緒方一英アナ、荒瀬英俊アナ、今もバリバリ現役の大和田新アナがいる。最近はアナウンサーという職業は、ニュースを伝えるだけの堅物では務まらなくなり、知性プラスユーモアのセンスやアドリブの話術も求められるようになった。局アナはボイストレーニングを始め、日々の社会動向や新聞にも目を光らせ、とっさの判断力やボキャブラリーの修得にも努力を重ねているところであろう。画面を通じて自分の肉声や生の顔が、200万人県民の前に丸裸状態で写し出されるわけだから、うかつに軽はずみなコメントも慎まねばならない。ゲストがいる時のそつのない応対やゲストを立てる身の振り方、決して自分は目立つことなく脇役に徹しなければならない。単に面白ければそれで良しという訳では決してない。また、報道や天気、政治経済と多岐に渡って番組を担当する。事前の下調べは念入りだろうし、カメリハやマイクのスイッチ操作にしても神経を使う仕事である。最近はプロンプターという機器の導入で、原稿が読みやすくなった様だが、イントネーションやアクセントの置き方は、アナウンサーの熟練が試される。衆人環視のプレッシャーは大きい。特に大変なのはスポーツの実況だろう。JRA福島競馬場のある福島市では、FTV杯などもあって、地元の局アナが実況する。馬と騎手、枠連や馬連など覚えるのも一苦労だし、また、東日本駅伝も全国ネットだし、競輪中継もやる。また、県内規模でよく放送するのは、高校サッカー、高校野球、ラグビーなどで、その都度違う種類のスポーツのルールを覚えなければ到底実況など出来ない。自分の仕事している姿がテレビで紹介されているというのはどんな感覚なのだろう。私には出来ない芸当だ。

 またまた今回のテーマとはかけ離れてしまったので、さっそく本題に戻そう。かつて福島県内にある放送局で活躍した女子アナウンサー達がいる。結婚(いわゆる寿退社)で当地を離れた方もいれば、他県の放送局に異動となった方もいる。また、アナウンス部から他の部署に配属となった方もいるだろう。そういえばあのアナウンサー、最近見かけないけど何してるのかな?と思ったら、急に退社して、他県で活躍していたとかはザラである。実際、地元出身者のアナウンサーというのはすこぶる少ないらしい。「自転車でGO!」で有名な藺草アナだって東京都江戸川区の出身だし、FCTの大橋聡子アナは大阪府豊中市。若槻麻美アナも神奈川県の人、サタふくの名和田アナも元を正せば東京出身。TUFの上條麻里奈も東京生まれ。だけど福島県に何の縁もない方々でも、仕事で選んで来福したとは言え、どっぷりつかって福島県をくまなく廻り、県民に愛されようと努力する姿は立派という他にない。そして例え一時でも、福島県に身を置き、親しみのあるリポートや愛嬌を振りまいた姿は印象にあるし、ブラウン管に登場し、リポートやニュース天気予報を伝えていたアナウンサーなら、私達は一種の好奇の目で見ただろうし、頭の片隅には面影が残像として残っているものだ。地元密着のローカルテレビ局ならなおさら記憶に残っている。そこで今回は、私が想い出に残る、福島県にゆかりのある10人の女子アナを紹介したい。

 ・菅家ゆかり

Kanke  この方は、日本テレビの元アナウンサーだった。現在も日テレアナウンス学院の講師を勤めているフリーのアナウンサー。彼女は「菅家(かんけ)」という姓でもわかる通り、会津の奥深い村の出身。されどその美貌たるや一目惚れしてしまうほどだった。愛嬌のある丸い輪郭の顔立ちとパチクリとした大きな瞳に吸い込まれそうになる。1958年生まれで、上智大学の文学部新聞学科を卒業した才色兼備の持ち主であり、1981年に日本テレビに入社した。主な担当番組は、「お天気コーナー」「おしゃれ」「酒井宏のうわさのスタジオ」「たのしい園芸」など。血液型はA型。(下は若かりし頃の菅家アナ)

Kanke

 
 ・住友真世

Sumitomo  FTVのアナウンサーとして、「FTVテレポート」などで司会進行を務めた。どちらかというと報道が専門分野だった。最近までNHKの「BSニュース」でもキャスターを務めていた。彼女は社長令嬢を彷彿させるようなキレ者のような知性を感じさせる。現在ホットな話題のフジテレビの長野翼アナに似ていたと時折思うことがある。目が大きく、鼻筋が通った色白美肌美人。ずっと眺めていたい顔立ちだった。「なぜこんなに綺麗な人が、田舎のローカルテレビのアナウンサーをしているのだろう」と何度疑問に思ったことか。彼女は徳島市出身で、地元の高校を卒業後、何と国立音楽大学の声楽科を卒業した才媛。1988年から1993年まで福島テレビのアナウンサーとして活躍した。その後、在京放送局のアシスタントやリポーターを務め、福島女子短期大学の客員講師も務めた。そしてNHKへ入局した。最近は「NIKKEIの丸の内キャリア塾」に登場している。血液型はA型。

 ・羽藤淳子

Hato 私は同世代と言うこともあり、何かと気に掛かる存在で、大好きだった。地元郡山の県立の女子高を卒業し、KFBに契約アナとして入社。当初は番組アシスタントやリポーター役が多かったが、その愛くるしい顔立ちと明るく癒し系の柔らかい人柄もあってお茶の間の人気者となり、番組のメインキャスターに抜擢された。それが「あいうえお天気目玉焼」及び「あいうえお天気目玉焼Lサイズ」で、1990年4月から1998年9月末まで放送していた土曜朝のローカル情報番組である。開始当初は朝7時30分からの30分番組だったが、1991年4月からは放送時間を7時からの1時間に拡大し、タイトルの後に「Lサイズ」とついた。時には高視聴率を記録した時期もあった。この番組は私も大好きで、名物コーナーがいろいろあった。目玉焼通信(視聴者からハガキで天気予報の依頼を元に鹿野さんが解説する) 、お天気名人(羽藤アナが各地の名人に電話を掛けて、その地の言い伝えをもとに翌日のお天気を予想してもらう)、ゴイシが行く(初代キャラクターのぬいぐるみの「ゴイシくん」が、県内をかけまわる) 、福島お宝珍道中(池田アナが訪問した町の人の物を物々交換して県内各地を進むもの) 、ロマンティックレールトレイン(福島県内の鉄道の駅を巡るというもの) 、名探偵ポアン(視聴者から寄せられた福島各地の謎を解くというもの) など見所はたぶんにあった。この番組と彼女の名司会ぶりが評価され、その後、彼女は夕方放送の「ふくしまスーパーJチャンネル」にも出演した。しかし、2000年に一説では医者との結婚を機に番組を卒業し、他県へお嫁に行ったということらしい。血液型はA型。(残念ながら画像も動画も残っていない→H27.8.4に映像を発見!)

 上の映像は、平成2年に放送されたD51-498が復活した時の模様を取り上げた映像。この時の羽藤淳子アナウンサーは23歳だった。

 その後、彼女が現在、執筆中のブログを発見しました!関西在住で、中学生の娘さんがいるお母さんになられていました。ブログは下をどうぞ!

 http://ameblo.jp/141junpe/entry-11944723888.html

 ・荒井律

Dvc00210  彼女は一時期FTVの看板娘と呼ぶに相応しい存在だった。彼女もまたかなりの美人で、気さくな人柄で人気を博し、県民の中にもファンは多かった。主な出演番組は、「Lばんテレポート」の司会や「弦哲也のカラオケグランプリ」、「サタふく」のMCも担当した。彼女は1972年生まれの会津若松市出身。武蔵大学を卒業し、1995年に福島テレビ(FTV)に入社した。彼女に関しては個人的にエピソードがある。今から10年以上前、Lばんテレポート内の「ゆ~ゆ~LIVE」という名のコーナーで街角から中継というのがあって、当時高橋雄一アナウンサーが飛び込みロケで夕方、各家庭を廻り、巨大さいころを振って、出た目によって商品をプレゼントするというものだった。その中継で、何と私の自宅にやってきたのだ。そして応対した家内と息子・娘がテレビの生中継に出演してしまったのだ。そこで息子がさいころを転がし、「ボローニャ」のパンをゲットしたのだ。その時のスタジオで、中継先と結んで司会を担当していたのが荒井律アナだった。そして真向かいのお宅にもお邪魔したのだが、運良くそこの奥さんがロケを察知し、ビデオに録画してくれた。それを未だに持っている。しかし、その後彼女はフジテレビの社員と恋愛結婚し、2003年で出産のために退社した。血液型はA型。

https://www.youtube.com/watch?v=C6tjIzTy_vs (5分28秒から)

 ・竹野美智子

 彼女を知る方は少ないだろう。私が高校時代まで「ラジオ福島」のアナウンサーとして勤務していた方だ。確か名前が竹野ということで、「かぐや姫」という愛称でリスナーに人気があった。私は顔こそ知らないが、彼女の声としゃべり方が大好きだった。彼女の担当していた番組は殆ど聴いた。「朝のグリーンメロディー」や「昼の希望音楽会」、「夜をぶっとばせリクエストで45分」(平日深夜零時15分から1時まで)、そして「ニュース」や「天気」まで。優しくかつ可愛らしい声で毎回癒されていた。今から30年近く前のため、彼女に関する情報やDATAはあまり残されていない。出身地も当時の年齢も、血液型も何もわからない。ある日突然急に番組を降板し、局を退社したので、恐らくは寿退社なのだろうとは思っていた。顔が見えない世界なので、逆に空想や想像が膨らみ、今で言う妄想をしていたように思う。今、彼女はどこで何をしているのだろうか。

→H23.4.24に彼女に関する動画を発見した。新聞の切り抜きと最後の放送が記録されている。

http://www.youtube.com/watch?v=lEF9k3FVPzk

http://www.youtube.com/watch?v=oLoIQ37MAMw

http://www.youtube.com/watch?v=irvkM6hcb0U

 ・唐橋ユミ

Karahashi  彼女は現在、毎週日曜日のTBS「サンデーモーニング」のアシスタントとしてスポーツコーナーを担当している。時折番組内で関口宏のリクエストに応じ、幾度も会津弁を惜しげもなく披露して来た。生粋の会津っ娘である。それもその筈、彼女は会津銘酒「ほまれ」という酒蔵の令嬢なのである。1974年生まれで、実践女子大学文学部英文科を卒業し、名アナウンサーとしてならした高橋圭三が主宰するアナウンス塾へ。その後、地元福島へ帰り、TUFの契約アナウンサーとして活躍。私の好きなアナウンサーのひとりだったが、2004年に退社して芸能プロ・三桂へと入社し、現在に至っている。番組出演時は、本人がお気に入りのナイロール(ハーフリム)フレームの眼鏡をかけて出演している。清楚ですっとんきょうな感じもいいし、明るく朗らかで、顔もベビーフェイス。色白で愛嬌たっぷりで誰からも愛されるゆるキャラという印象。実際の年齢より10歳は若く見える。他に吉田照美と共に文化放送の朝のラジオ番組にも出演している。血液型はO型。

 ・山元香里

Yamamoto  現在は皆藤愛子や長野美郷が所属するプロダクション「セント・フォース」に在籍するフリーアナウンサーだが、つい最近までは福島テレビのアナウンサーだった。やはり綺麗な人はスカウトされたり、在京キー局のアナに抜擢されるようだ。元々は埼玉県の出身で、法政大学の経営学部を卒業、在学中にはミス熱海梅娘にも選ばれたほどの美貌の持ち主。やはり色白で瞳が大きい。2005年から2007年9月までFTVに勤務した。担当番組は「郡山市政だより」「FTVスーパーニュース」「弦哲也のカラオケグランプリ」「エキサイティング競馬」などだった。フリーになってからは、「ズムサタ」のリポーターや「FNNスーパーニュース」にも不定期に顔を出している。1982年生まれの27歳。血液型はAB型だ。

 
 ・田井麗花

Tai  彼女は2004年から2006年9月まで福島テレビに在籍した契約アナウンサーだった。FTVでは、宝塚にいそうな物凄く大人っぽく美型な顔立ちとは裏腹にネアカな性格と面白キャラとして大活躍。僅か在籍2年ながら、その存在感と確かな足跡を残した。担当番組は、「弦哲也のカラオケグランプリ」「ほっとスポット」「FTVニュース」「サタふく」など。報道よりも情報バラエティ番組向きだった。彼女は元々が大阪府寝屋川出身と生粋の関西人。1976年生まれで松陰女子学院大学を卒業した。現在はフリーとなり、様々な番組で主にレポーターとして活躍しているようだ。血液型はAB型。

 ・山田幸美

Yamada2  彼女は今でこそ広島ホームテレビのアナウンサーとして活躍中だが、その前は列記としたテレビユー福島のアナウンサーだった。1984年、静岡生まれの26歳。明治学院大学国際学部を卒業し、2006年に契約社員としてTUFに採用。その後、県民から人気が高まり、2008年に正式社員として登用となったが、2009年3月に広島県の広島ホームテレビの契約アナウンサーへ。理由は定かではない。でも彼女は今、熱烈な広島カープファンとなり、すっかり溶け込み、元気で活躍されているようだ。TUF時代は、彼女の代名詞だった地元密着の「グーテン」にレギュラー出演していた。現在も平日の朝9時55分から10時50分まで放送している。日曜大工の仕方を紹介する「DOエイトユアセルフ!」、「E!気分」などにもレギュラー出演していた。愛くるしい笑顔で人気があって、正社員になったばかりなのに残念だった。血液型はO型。

 
 ・藁谷麻美

Waragai  彼女は1982年生まれの27歳で福島県のいわき市出身。そういえば「藁谷」という苗字は、いわき市特有のものだ。好間周辺に多い。そして大妻女子短期大学国文学科を卒業し、東京アナウンスアカデミーにも通っていた頑張り屋。一時期は声優を目指していたが、2005年にTUFの契約アナウンサーとなった。1年間ほど、「まるとく」を始め、さまざまな番組のレポーターとして活躍した。その後、現在のテレビ大阪の契約社員となり、アナウンサー業に勤しんでいる。そして最近は、私の大好きな「ザ・フィッシング」にも女性アングラーとしてたまに出演している。番組で彼女を見た時、とても懐かしかった。TUF時代には、あまり気に留めていなかったが、これほど可愛かったとは・・・。そして現在は、地デジ親善推進大使「TEAM2011」のメンバーになった。血液型はA型。

 ・他の印象に残るアナウンサー
 立川陽子・・・元KFBアナウンサーで2003年に結婚退社。時々報道ステーションにも出演していた。横浜出身のB型。「ふくしまスーパーJチャンネル」を担当していた。純真さとフレッシュさがあった。

 丹野麻衣子・・・山形県出身で宮城教育大卒。2006年から2009年までKFBに勤務。この4月からは北海道文化放送に勤務している。27歳のA型。

 広瀬真弓・・・彼女はラジオふくしまのアナウンサーとして配属されたが、平成6年6月6日(6並びの不吉な日)に交際相手だった奈良テレビ放送の男性記者に、社員寮となっていたアパート前で刺殺される痛ましい事件により若くして亡くなった。4月の開成山公園からの「rfcワイド午後一番」の生中継で鮮烈なデビューを果たしてから、僅か2か月のの惨劇だった。写真はどこにも残されていないが、とても可愛かったと言われている。合掌。

 総勢13名の心に残る福島県にゆかりのある女性アナウンサーを取り上げてみたが、懐かしんでもらえただろうか。昔の話をし出すのは年をとった証拠だが、同じ時期に同じ福島で出会えた機会に感謝したい。決して福島県を踏み台にした訳ではないだろうが、修行の時期としては最適な場所だと思う。考えてみると、県内の放送局で活躍しているアナウンサーたちは、日本全国からやって来た人たちばかり。ぜひ、福島県に確かな足跡を残したと言う事実を胸に、新天地あるいは新生活でも頑張ってもらいたいものだ。

 

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コメント

こんばんは。竹野美智子さん、知ってますよ。大事な番組2つ抜けています。『夜をぶっとばせ・リクエストで45分』と『歌のない歌謡曲』。他にも『レインボーカラオケ歌合戦』(エンドーチェーンが提供だったかな?)
福島民報に当時掲載されたラジオ福島アナウンサー紹介の「マイクさん」を抜粋します(掲載日不明)24歳当時
【横顔】山形県鶴岡市の出身で三人兄弟の真ん中。高校時代は合唱部。スキーと水泳が得意。
【オフ・レコ】一番の失敗談。入社早々、音楽テープと間違えて坂上二郎の笑い声をオン・エアしてしまったこと。

※『夜をぶっとばせ・リクエストで45分』から
第1回目 1979・4・7(土)0:15-1:00
0:18 榊原郁恵:青春気流
0:21 CM 学生服の きょうや(表記不明:)
0:22 自己紹介  昭和29年7月12日生まれ かに座  158センチ   足のサイズ22.5センチ
     虫歯なし  8畳の部屋に住む  スパゲティ・ラーメン・チーズケーキが好き 好きな色:黄色、黒
     好きな言葉:誠実
他に太田裕美の「花吹雪」、竹内まりや「ドリームオブユー」がかかった。
最後の放送は 1980・3・29(土)0:15-1:00 海援隊「贈る言葉」がかかった。
ラジオ福島退社後ニッポン放送で朝の番組のアシスタントをしていました。番組名は覚えていません。
あと1980年1月1日ラジオ福島では1:45~5:10頃まで「テレフォンショー・おめでとう福島」というビックな番組を放送しました。担当は菅原俊二、緒方一英、竹野美智子、佐治恵子 ちなみに1曲目にかかった曲はジンギスカンの目指せモスクワ
長くなってしまいました。すみません。
追加:竹野さんが担当した『歌のない歌謡曲』の最後の曲は沢田研二の「ウィンクでサヨナラ」でした。


 -貴重な情報ありがとうございます。実に助かりました。私は中学時代に大好きだったアナウンサーでした。声や話し方が可愛らしくて、顔はわかりませんが、すっかり虜になっていました。しかし、急に退社されてしまったので、何かあったのか?壽退社か?といろいろ心配になったものです。一度だけ彼女の放送を録音したことがあったのですが、そのテープも今となっては行方不明になっています。それにしてもよくプロフまで詳しくご存知ですね。わたしも中学時代は相当BCLにのめり込みましたが、今のようにネットがない時代、調べる手段がなく、女子アナの素性までは掴めませんでした。また何かありましたら情報をお寄せ頂ければ有り難く存じます。(SUZU)

ーありがとうございます。二度目のマル秘情報はアップしませんが、なつかしいです。おそらく20年前まで私もこのテープを持っていました。今はどこにあるかわからない・・・。バトンタッチする佐治アナのことを「佐治ネコ」ってうっかり言ってしまったこともはっきり覚えています。30年以上も前の記憶が甦りました。本当にありがとうございます。そして想い出のオープニング(エンディング)曲も。(SUZU)

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