絶版車狂走曲(トヨタVS日産)
20世紀末から21世紀にかけて一世を風靡した名車の数々が、一斉に姿を消したのをご存知だろうか。バブル絶頂期の1980年代、世相は隆盛を極め、都心部のウォーターフロントを中心に億ションが林立し、人々の懐は潤い、市場は拡大し、消費は際限なく膨れ上がった至福の時期だった。それに伴い、自家用車や家電製品が飛ぶように売れ、暮らし向きは豊かになり、折からのグルメブームと相まって飽食の時代とさえ風刺された。今振り返るとそんな夢のような時代に、開発され、販売された数多くの車があった。今なら到底燃費(コストパフォーマンス)の良いコンパクトカーや地球にやさしいエコカーが主流であろうが、当時は「いつかはクラウン」どころの騒ぎではなく、その上のソアラ、セルシオ、ランクル(トヨタ)、フェアレディZ、スカイラインGT-R、シーマ(日産)、パジェロ、GTO(三菱)に代表されるような超高級国産車が市場を席巻した。この頃の車と言えば、ハイクオリティに加え、ハイラグジュアリーで、その形状が箱型から丸みを帯びた流線型が持て囃された。400万円を超える車はザラにあって、まさしく豊かさが繁栄を極めていた時代だったと言えよう。
さて、そんな夢物語はバブル崩壊によって1987年頃を境として消費が急激に落ち込み、途中のIT産業が台頭する時期を経て、いつ底をつくか知れぬ、現在まで20有余年も続く景気低迷の中で喘ぎ苦しんでいる。バブル景気時に3万円台を越えた株価は1万円台を割り込み、6%あった預金利息も0%台にまで落ち込む始末。更に外為は、100円を割り込むほどの円高によって輸出は振るわず、「山一證券」に代表されるようにバッタバッタと大型倒産が相次いだ。あの三大財閥や大手都市銀行、一流の保険会社であっても、生き残るために企業統合を余儀なくされた。日本の産業界をリードし続けて来た自動車メーカーも決してその例に漏れず、まるで津波のように見境なく新規開発され、市場に溢れ出た無数の車種は、瞬く間に消え去る運命を辿る事となった。ホンダシティ、インテグラ、プレリュード、CRX、三菱ディアマンテ、デボネア、ユーノスロードスターや、この頃脚光を浴びていたRVやクロカン車はその典型であろう。その時代を彩り、闊歩した車がことごとく廃車に追い込まれたのは車好き、バイク好きの私にしたら慙愧に堪えない。そこで今回は、懐疑主義的かもしれないが、そうした時代の犠牲となった、或る時期に街角に溢れていた人気車について、トヨタ車と日産車を限定に回顧してみたいと思う。オールドファンには申し訳ないが、私が自分の車を所有し、車に興味を抱いたのが23歳頃であるため、モデルチェンジをしている車も多いが、ここでピックアップするのは1980年~2000年を中心に私が印象に残る車とさせて頂きたい。
<トヨタ>
・コロナ(1957~2001)・・・一般大衆車として市中に数多く出回った。セダンである。
・スプリンター(1968~2002)・・・カローラの姉妹車として、エンジン等の部品を共用。こちらも大量生産型の入門カーだった。
・マークⅡ(1968~2004)・・・ハードトップのFR車で、グランデやロイヤルサルーンなどハイソサエティな大人向きの車だった。現在はマークXに引き継がれた。
・セリカ(1970~2006)・・・GT-RやGT-FOURなども話題となった。元来はクーペ型のスポーツカーというコンセプトだった。
・カリーナ(1970~2001)・・・こちらも大衆向けで、カローラとコロナの中間車。パーソナルクーペのEDも人気があった。姉妹車のEXIVも絶版となった。
・カローラレビン(1972~2000)・・・カローラの中でもスポーティーに改良したクーペ。今でこそFFだが、かつてFRだった頃の86レビンは中古市場でも高値で取引される大人気車。改造し、チューンを加え、峠でローリングしている姿をよく見かけた。
・スプリンタートレノ(1972~2000)・・・レビンの姉妹車。こちらはリトラクタブルライト。
・スターレット(1973~1999)・・・かっとびスターレットの愛称で親しまれた。コンパクトカーながら、俊敏で小回りが利き、軽いためにスタートダッシュはピカイチだった。
・チェイサー(1977~2001)・・・クレスタ・マークⅡと3姉妹を構成。部品は共用。FRで、ハードトップ型のハイラグジュアリーカーだった。フロントマスクが洗練されていた。
・コルサ/ターセル(1978~1999)・・・こちらも兄弟車で、これにカローラⅡが加わった。2枚ドアのコンパクトカーだった。丸みを帯びたスタイルは女性にも人気があった。
・セリカXX(1978~1986)・・・こちらは若者に大人気で憧れの車だった。国産車初のリトラクタブルライトを採用し、スタイリッシュでいかにもスポーツカーという流線形デザインは持て囃された。価格が多少高く、夢の車だったと言える。デビューは衝撃的だった。
・スープラ(1978~2002)こちらはセリカXXの進化型。重量感が増し、よりスポーティー感があった。シャコタンにしてヤンキーが乗り回していた印象がある。
・クレスタ(1980~2001)・・・マークⅡ、チェイサーと兄弟車。FRでやや箱型でライトに特徴があった。
・ソアラ(1981~2005)・・・当時国産車の中で、400万円と一番価格が高かった。FRのスポーツ系クーペで、「湘南爆走族」などのモデル車に使用され、改造されることが多かった。より丸くなった2代目が大ヒットし、日産シルビアと並び、街で見かけない日はなかった。金持ちのエリートカーというステイタスのようなハイラグジュアリーカーで、初めてオートクルーズ機能が搭載された。グレード的にはツインターボが爆発的に売れた。生意気にも中古ながら私が初めて自分で買ったのがこの車(初代)だった。
・カリブ(1982~2002)・・・スプリンターをベースにした、こちらは悪路にも強い、トヨタ初のRV車として販売された。当時一大ブームを巻き起こしたスキーに持って来いの4WD車で、大人気だった。
・ビスタ(1982~2003)・・・アルデオも同様。私が初めて新車で買った車。ハードトップで、ディーゼルターボだった。リアスポイラーもオプションで付け、250万円ほどだった。他にもセダンがあった。この車はカムリと基本性能は同じで、姉妹車だった。
・カローラⅡ(1982~1999)・・・コルサ・ターセルと部品共用。2枚ドアでハッチバック式を採用した。
・MR2(1984~1999)・・・国内初のミッドシップでツーシーターだった。走り屋をコンセプトに、実際峠ではその身軽さとコーナリングの俊敏さで大人気となった。この車もまた若者には一種のステータスシンボルだった。
・セルシオ(1989~2006)・・・クラウンを超える国産最高峰の高級車として鳴り物入りで登場した。外見だけでなく内装も高級品をあしらい、社長御用達の車というイメージだった。現在は欧米仕様でレクサスとして販売している。
・セラ(1980)・・・国産車初のガルウイング(はね上げ式ドアの1500ccクーペ)を採用した。屋根もガラス面が多く、デザインも風変わりだった。
・サイノス(1991~1999)・・・カローラをベースに開発された軽量な2枚ドアクーペ。外見もスタイリッシュで、女性にも大人気だった。
・ウィンダム(1991~2006)・・・セルシオの下に位置するクラスで、やはり内装も豪華だった。セルシオがセダンタイプに対し、こちらはハードトップで精悍なイメージだった。プロミネントと同様にカムリと統合。
・カルディナ(1992~2007)・・・こちらはコロナをベース車両として、よりスポーティーに改良した。
・スプリンターマリノ(1992~1998)・・・コンパクトカークラスのセダンでセレスの姉妹車。
・カローラセレス(1992~1998)・・・マリノと共通部分を持ち、フロントマスクとレアテールの形状が異なっていただけ。1500cc~1600ccのみの設定だった。
・カレン(1994~1998)・・・セリカの姉妹車だった。2枚ドアクーペでありながらセダンっぽい雰囲気をもっていた。1.8Lと2Lに2系統でモデルチェンジすることなく製造終了。
・グランビア(1995~2002)・・・トヨタ初のミニバン。アルファードに移行した。
・スパシオ(1997~2007)・・・カローラベースのミニバンスタイル車。コンパクトカーサイズながら6列シートを初めて採用。1600ccと1800ccの2種類で販売された。
・ナディア(1998~2003)・・・イプサムをベースとして開発されたミニバン風トールワゴン。2000ccのD-4エンジンを搭載した。
・ガイア(1998~2004)・・・初代イプサムの姉妹車として登場。リアテールの形状が異なるくらいで、瓜二つ。2000ccと2200ccエンジンの2車種。
ここに挙げただけでも31車種がもはや製造中止で、新車でお目にかかることは二度とない。寂しい限りだ。これらはいずれも、かつて町じゅう至る所で目にした車だ。トヨタの場合、販売店が系統別に取り扱い車種が異なる為、ディーラー同士で姉妹車対決が過熱し、販売合戦がヒートアップした。また同じ車種でもトヨペット店とビスタ店で取り扱うなど、同メーカーでの熾烈な競合や販売商戦が展開された。
<日産>
日産と言えば、スカイライン、Z、シルビア、180SXなど若者受けしそうなスポーツカーというイメージが強い。ファミリーユース向けはあまり玉数が豊富ではなかった。しかし、玄人好みの車や奇抜なデザインで期間限定商品が多かった。また、トヨタへのライバル意識が剥き出しで、対抗馬を必ずぶつけた。ソアラに対してレパード、マークⅡに対してローレル、クラウンに対してセドリック、セリカに対してシルビア、セルシオに対してシーマ、ハイラックスサーフに対してテラノ、カローラに対してサニー、スターレットに対してマーチ、コロナに対してブルーバードという具合だ。ではもう製造中止になった車を挙げてみよう。
・ブルーバード(1959~2001)・・・日産と言えばこの車が代名詞だった。日本の代表的なミドルセダンとして大ヒットした。最大の競合車種はトヨタ・コロナ。1960年代から1970年代にかけ、コロナとブルーバードが繰り広げた熾烈な販売競争は「BC戦争」といわれた。セダンとハードトップの2車種で、高級感漂う「マキシマ」や「スーパーサルーン」、更にはスタイリッシュな「SSS」や「ARX」、「アテーサ」などが順次投入された。
・グロリア(1959~2004)・・・元々はプリンス自動車工業の自社製品だったが、経営が行き詰まり日産と合併した。その時、売れ線だったこの車を残し、生産を継続した。その後セドリックの姉妹車として扱われるようになった。
・セドリック(1960~2004)・・・クラウンのライバル車。価格帯からクラスまで同一。覆面パトに多く使われ、日産の中では高級ソサエティ車である。
・シルビア(1965~2002)・・・'80~'90年代の「エアフォースシルビア」は大ブレークし、一日20台は見た車で、町じゅうに溢れかえっていた。スタイリッシュクーペで空気抵抗を抑えた流線形のデザインは若者のハートをガッチリ捉えた。
・サニー(1966~1994)・・・対カローラ戦略として打ち出された一般大衆向けファミリーカー。長く日産の売り上げNo.1をキープしたが、残念ながら退役した。
・ローレル(1968~2002)・・・これはマークⅡのライバル車で、高級志向の内装でトータルバランスに優れた通好みの車だった。黄土色とベージュのツートンががメインカラーだった。メダリストはクラス最高峰。
・パルサー(1978~2005)・・・この車もコンパクトカーとして市中に数多く出回っていた。廉価で取り回しも楽なチョイ乗り向きな利便性の高い車だった。EXAはスポーツクーペだった。
・ガゼール(1979~1986)・・・ツードアクーペで直列4気筒の2000cc。トヨタのGT2000やセリカXXを意識した作りとなっていた。
・レパード(1980~1999)・・・この車もツードアのスポーツクーペで、対ソアラ戦略として開発。エンジンも2000ccと2800ccだし、直列6気筒で、オートクルーズ内蔵、ターボ車の設定もソアラと全く同一。
・リバティ(1982~2004)・・・プレーリーと姉妹車でハッチバック5ドアを採用。RV車としてもSUVとしても使い勝手の良いミニバンだった。ライバルはイプサムだった。
・テラノ(1986~2002)・・・本格的RV車としてハイラックスサーフの対抗馬として開発。ピラーが斜めに入り、その結果窓の形状が変わっていた。スキーの必須アイテム。
・Be-1(1987~1988)・・・この車は一風変わっていた。キュートでコンパクト。女性にモテモテの車として1982年に発売されたマーチの車体を改良して1年限定で製造販売された。
・セフィーロ(1988~2003)・・・スポーティーな高級中型セダンとして開発。スカイライン、ローレルと部品共用。電子制御サスペンションや4輪操舵システムなどを装備した。井上陽水の「お元気ですか~」のCMが話題に。昭和天皇の容体悪化で放送が自粛された。
・シーマ(1988~2010)・・・バブルの申し子とまで呼ばれた日産のトップに君臨する超高級車。セルシオの対抗馬だった。ヘッドランプやドアミラーにワイパーを装備した。内装のインテリアにも贅沢の粋を究め、時代を象徴した。
・パオ(1989~1990)・・・B-1が大当たりしたことで二匹目のドジョウを求めて開発されたのがこれ。平坦で屋根が低く、昔のドラマに出てきそうなコンパクトカーだった。メインカラーがみずいろで、やはり女性ユーザーが飛びついた。
・エスカルゴ(1989~1990)・・・これは商用に開発。フロントマスクはスバルの豆タンクを彷彿させ、荷台スペースは大きく高い構造。可愛らしい印象ととり回しが楽なことから、個人経営の店で購入申し込みが殺到した。この成功で三菱もミニカTOPPOを発売した。
・180SX(1989~1998)・・・シルビアの姉妹車として開発されたスポーツクーペ。デザインが斬新。後ろから見ると球形イメージ。空気抵抗を考えた設計で、ガラス面が多い。とにかく速そうな印象。DOHCターボエンジンを搭載し低扁平率タイヤを装着し、摩擦を抑えグリップ力を高めた。
・アベニール(1990~2005)・・・ライトバンタイプのステーションワゴンで、フルタイム4WDで2000ccだったことからカリブの対抗馬として開発された。
・プリメーラ(1990~2008)・・・この車も斬新なデザインと初のガンメタ車ということで脚光を浴びた。仕様は1800cc/2000ccのSR型エンジンに5速MTと4速ATの組み合わせだった。スタイリング、動的性能両面で欧州車を強く意識して開発された。
・プレセア(1990~2000)・・・ローレルスピリッツの後継車としてサニーの部品を共用。ヘッドライトが細い横長の目で変わったフロントマスクだった。ネーミングはスペイン語の「宝石」に由来する。
・フィガロ(1991~1992)・・Be-1、パオに続くバイクカーシリーズ第三弾の期間限定生産車。マーチベースだが全体的の丸い形状。ターゲットは若い女性。レトロな風貌にノスタルジック調の車内。本革シートステアリングで、2枚ドアのオープンカーだった。唯一ターボエンジンを積んでいた。
・ラシーン(1994~2000)・・・これも廃車かという感じ。今でも街を流れている。屋根が低く平べったい四角い車である。デザイン的にはパオをひと回り大きくした感じ。こちらも外観はオールドカーのイメージだ。サニーの4WD車のシャシーをベースとし、コンパクトRVとして開発された。テールゲートは上下2段開閉構造となり、その後方に金属製バーを介してスペアタイヤを装備しているのが特徴。
如何だったろう。「えっ、あの車も絶版なの?」と驚きと衝撃が交錯したのではないか?一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった車種もかなりたくさんある。活気に満ちていた頃の日本経済を象徴していた超高級サルーン車もあれば、世相を反映して若者を中心に高級スポーツカーが持て囃された時代もあった。故に車は一種のスタータスだったのだ。しかし、時代の流れと共に、日本の経済も移ろい、あれほどやみくもに新規開発・市場に投入され、無際限なまでに街角に溢れ出た日本車だが、長引く不景気や消費減退の影響をもろに受け、減産や廃車を余儀なくされた。何か栄枯盛衰めいたものを感じる。自動車は紛れもなく日本の産業の屋台骨を支える根幹を成すものであり、自動車の輸出や販売台数を見れば日本経済の本質を窺い知ることが可能なのだ。冒頭でも述べた通り、今はそのツケの代償を払わされているようで、新車販売は頭打ち。売れる車は政府援助による環境対応のエコカーとハイブリッド車くらいのものだ。今回紹介したトヨタと日産については、日本が誇る二大自動車メーカーだけに、日本経済の浮沈のカギを握ると言って良い。従って過去の栄光にすがりつく訳ではないが、かつて日本の優れた技術力と卓越した開発力が世界の市場を席巻したように、現在の窮地を跳ね返す強い意志とプライドを取り戻して貰いたい一心でこの題材を設定した次第である。30年以上前の「スーパーカーブーム」、バブル景気時のような「高級車・RVブーム」の再来を是非心待ちにしたいものである。
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