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2010年6月29日 (火)

ドキュメンタリー45歳の挑戦~光明篇~

 忙しい日常、毎日原稿用紙20枚以上を自分のノルマとしているブログの影響で、直近に迫って来た肝心要の科目試験の勉強が滞っていて、やたらと重圧を感じていた。やはり仕事をしながら通信制に通い、自分のペースでテキストを読みながらレポートを書き、単位を修得して行く作業は、やってみると思いのほかきつく、自分で立てた学習計画も消化不良の状態。早くも自信を失いかけていることは、一昨日の「今日の出来事」の中でついつい弱気発言をしてしまった通りで、あれが本音だ。

Dvc00219_2  しかし昨日、退勤間近の時間帯、不意に旅行会社の方の来訪を受け、つい調子に乗って長々と話してしまい、職場を出るのが遅れた。仕事を終えて19時近くに帰宅してみると、そんな学業不安や懸念を一切合切払拭してくれるような、そして反対に自らのプライドを取り戻してくれるような嬉しい出来事が待っていた。それはかれこれ1か月以上前に提出した「日本法制史(古代)」のレポート課題が添削を終えて戻って来たのだった。レポート原稿がそっくりそのままの状態で返却されたので、「これは“不可”で再提出ということなのか?」とやや気落ちしながら大学からの封を開けてビックリ!なんとレポートの評価が「A」だったのだ!一瞬「マジ?」と我が目を疑った。(右の写真のピンクの用紙が評価票なのだが、真ん中よりやや下に「A」の文字が見えるだろうか・・・)しかも講評欄には、8項目ある細かい評価項目のうち、何と7つが「A」で、一つだけが「B」だった。したがって最終評価が「A」になったと容易に想像できる。コメント欄には「上手にまとめられています。湯起請についてもう少し詳しくあるとよりよいレポートになったと思います。」というお褒めの言葉と助言まで記されてあった。自身にとって、今回が大学に初めて提出したレポートだった訳だが、自分では気合を入れて郡山の中央図書館などに出向き、書籍を探したり、文献を読み漁って研究材料を集めたり、何回か書き直して、3,988字まで字数を削り、7割方は自己満足できるレベルまで努力はしたつもりだった。しかし如何せんそこは偏差値が私立トップに君臨する東京六大学のひとつの超難関大学だし、4月29日の入学式では、「日本一卒業するのが難しい大学」との説明を受けて来たばかり。果たして私の学力や教養、更にはブログで培った知識や文章表現が一流の教授陣にも通用するのか「不安」の二文字しかなかったが、蓋を開けてビックリの結果だった。勝因は、面倒臭がらずに足繁く本屋等に通い、参考文献を探ったこと。努力は決して嘘をつかず、頑張った分だけ神様はご褒美を用意してくれる物らしい。記憶力が衰えて自信を失いかけていたが、この高評価を頂いたことで、自分がやっていることが、あながち間違いではないと悟り、微かな光明を見出した思いだった。でも先はまだまだ長い。これから幾度も挫折するような壁が多くあるだろう。でもそうした困難に屈することなく立ち向かい、人間として更なる成長を遂げられればいいのかと思っている(ちょっとカッコいいこと言い過ぎて自分でテレる)。差し支えないのであれば、自分が書いた「A」評価の原稿の文面を原文のまま掲載して、ブログでも紹介したいのだが、それをするのはご法度らしい。大学では、他人のレポートを写すことは処分の対象になるとしているし、ブログやホームページにレポートの中身を掲載することすら禁止としている。まして他人のブログ記事をコピー&ペーストするのは、違法行為として断罪されるのだ。理由は不特定の人が見て、そのレポートを参考にするかわからないからだ。酷い場合は、提出期限が迫り、藁にもすがる思いでまる写しして事を済まそうとする輩が多いかららしい。従って心苦しいが、その辺の事情をご容赦頂きたい。

 ただ、掲載しても問題なさそうな範囲で掻い摘んで話すと、それはのっけからかなり難解な課題だった。それは「神判について論じよ」というもので、その際に、「律令国家における裁判制度についても言及すること」という但し書きまであったのだ。日本史は高校時代に少し齧ったくらいで、歴史書を読む機会もなく、大学では北九州説と畿内説に二分している、所謂「邪馬台国論争」に多少興味があったくらいだった。したがって「神判」の意味すらわからず、まるで雲を掴むような話で、一から学ばなければならなかった。大化の改新以降に、遣唐使の派遣により、唐の法制度を参考にして日本古来の法制度が整備され、その骨格が完成した訳だが、そもそも律令国家のなりたちや制度の仕組みなど全く予備知識はなかった。法学部は、法律の条文を覚えればいいのかと思っていたら大違いで、定義や沿革、それが成文化されるに至った歴史的背景や経緯を踏まえることが、法律の世界に足を踏み入れた者が、最初に味わう苦難なのだ。そんな海のものとも山のものともわからない学問の道に足を踏み入れ、首尾良く最初のレポートを最高の形でクリアーできたのは、失いかけていたプライドを取り戻すのに十分すぎるほどの材料となった。

 しかし喜ぶのはまだ早い。レポート自体は上々の滑り出しで幸先良いスタートを切れたが、今週末の科目試験で合格点を取らなければ全てが水の泡。なまじ最高評価を頂いたことで、教授の立場から見れば、試験のほうも「この学生はどんな凄い答案を書いてくるのか」と相当期待していることだろう。ここで手も足も出ないような白紙答案を出す訳にはいかない。何とか及第点を取りたい。残り4日間で性根を入れて勉強に身を投じたい。また、夏のスクーリングで使用するテキストの申し込み締め切りが今月いっぱいの為、昨夜のうちにネット上から注文手続きを行った。2冊で6,825円でクレジットカード決済。住所の入力時にミスをしてしまった。番地の所で「-」というハイフンを入力したつもりが、確定送信した後でプリントアウトした「注文確認」を確認したところ、「?」マークになっていた。これで自宅にちゃんと届くのか?購入したのは、ひとつは「マスコミュニケーション論」のテキストで「ジャーナリズムと権力」という名の書籍で1,995円也。そしてもう一つは、最も関心がある「日本政治史」で使用する予定の「戦時日本の国民意識ー国策グラフ誌・写真週報とその時代」が4,830円。やっぱり大学で使うテキストは、教授本人が書いただけあって、専門書としての希少な扱いであることから、値が張るのは致し方ないようだ。何はともあれ8月のお盆明けから始まり、7日間も東京に泊まり込みで行うスクーリングは、ガチで楽しみである。大学時代のように、そこには学問を学ぶ喜びがある。20歳前後で、無知のまま学問に向かった頃と比較しても今ならしっかり授業に取り組め、或る程度の人生経験を経て知識が多少は備わっているという自負もあって、結構楽しめそうな気がする。ひとつひとつの授業に真剣に対峙し、教授が発する一言一言に神経を研ぎ澄まし、その科目の意義はもとよりその真髄をも深く掘り下げて探れるような気がする。恐らく、このブログの積み重ねがレポート作成や科目試験でも威力を発揮するような気がする。話題のとらえ方、例示の仕方、段落の分け方、序論・本論・結論の流れ、考察や検証の手順、裏付けの手法、そして起承転結で言葉を紡いで行く。これは楽しみだ。今から想像するに単位を修得出来た時の喜びは計り知れないし、相当の充実感や達成感を味わえることだろう。既にカプセルホテルは予約済みだが、宿泊費や往復の交通費、食費やその他の出費を考えれば、先立つ物の心配はあるのだが、それ以上の経験をさせて貰えると思っている。

 最後に、昨日は朝から何か良いことが起きそうな予感があった。朝イチで「ようこそ釣り天国へ」の表紙を見たら、アクセス数が「55555」の完全ぞろ目。これにはビックリ。そしたら案の定、夕方にはこういうささやかな幸せが待っていた。この日はぐっすり眠れたのは言うまでもない。なお明日だが、間違いなくサッカーワールドカップの決勝トーナメントを戦う「日本対パラグアイ」の話題で持ちきりとなるだろう。楽しみだ。恐らく、日本国民の大多数がテレビに齧りつきとなるであろう。したがって今夜から明日にかけてアクセスは激減するに違いない。では日本の劇的・歴史的勝利を願って結びとしたい。

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