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2010年7月

2010年7月29日 (木)

ブラックユーモア100連発!

 その昔、私が20代の頃、「嘉門達夫」というパロディシンガーに嵌った時期があった。「ゆくゆけ川口浩!」や「小市民」、「替え歌メロディー」などがその代表作だが、彼の作風は一種独特で、世にない物を新規に生みだす創造性はピカイチだったし、笑いにかけては綾小路きみまろの遙か上を行っていた。やや世間を痛烈に皮肉った毒舌漫談っぽい印象だが、私が好きだったのは、「あったら怖いセレナ~デ」という歌だった。一節を紹介すると、「包丁のつかみ取り」、「全力疾走する大名行列」、「時速300キロで廻る回転寿司」、「千手観音の往復ビンタ」など、確かにあったら怖い、思わず背筋が凍り付く思いと共に、思わず「プッ」と吹き出してしまうネタのオンパレードに圧倒された。こうした彼の英智には脱帽だし、それを歌にしてCDに収録しようと言う試みには勇気を感じる。爆風スランプの「無理だ!」という曲も同じ路線だった。それは、ちょうどバブルの頃で、どんなコンセプトであっても、「世間が求めている像と一致すれば売れる」、そんな不可思議な時代の産物だったのかもしれない。そしてそのようなネタのルーツを辿れば、昭和50年代に一大ブームを巻き起こしたラジオの「深夜放送」に、その原点があるような気がしてならない。夜な夜な人気DJが織りなす軽快な話術とリクエスト曲の数々、そして、どの番組にも名物コーナーがあった。とりわけ私は、土曜日深夜放送の「鶴光のオールナイトニッポン」が大好きだった。「わんばんこ」の挨拶で始まり、時代を反映するような人気コーナーを次々と世に送り出した。「小拙1・2」、「アホの子大集合」、「・・・のようなもの」、「いちゃもん歌謡曲」、「当てる気のないハガキ」、「この歌はこんな風に聞こえる」、「何となく笑えるコーナー」、「なにそれ文」、「田舎もんのコーナー」、「似たもの同士」、「初体験」、「本音とタテマエ」、「あいうえお作文」、「ミッドナイトストーリー」など。考えてみれば、当時一世を風靡した視聴者参加型の番組において、今の芸人の基礎を築いたとも言えるギャグを連発していた。そして「K・Kベストセラーズ」や「扶桑社」から本として発売され、ベストセラーになったコーナーもあった。例えば「驚き桃の木ビックリ話」のコーナーから生まれたのが「死んだ医者の呪い」は「寝台車はのろい」に聞こえる、とか「恐怖の味噌汁」は実は「今日麩の味噌汁」、「悪の十字架」は「(店が)開くの10時か・・・」などと聞き違いを元にし、それらをパロディ風にまとめ、それらが言葉遊びとして流行語にもなったほどだ。

 ところで、私はこうした「どーしよーもない」くらい低俗で、奇を衒うような、なおかつ風変わりな歌が大好きだったし、笑点のなぞかけやペケポン川柳などの言葉遊びも大好きだ。今は「整いました!」の名セリフで一躍有名になったWコロンのねづっちが第一人者のような感じでその業界を席巻しているが、実は或る一定周期で、このような言葉遊びやダジャレ、サラリーマン川柳などがちょっとしたブームを巻き起こしている。「やすきよ」や「ツービート」、「紳助・竜介」、「B&B」、「ざ・ぼんち」、「のりおよしお」、「コント赤信号」等が作った一時の漫才ブームも、約25年ほど前にいったん下火になり、新たに世代が替わったこの5年間、NHKの「お笑いバトル」や「エンタの神様」、「レッドカーペット」、「M-1グランプリ」、「ザ・イロモネア」などの番組が登場し、高視聴率を維持するまでに回復した。コントやパロディを中心に次世代の若手芸人が闊歩する時代を迎えたが、そうした番組も、時代風潮と共に、ごく最近になって放送打ち切りの憂き目に遭っている。どれだけ多くの芸人が彗星の如く登場しては消え去っていったことか。代表的な芸人には、テツ&トモ(何でだろ~)、ダンディ坂野(ゲッツ!)、ムーディ勝山(♪チャッチャチャラッチャ~)、小島よしお(そんなの関係ねぇ~、はいオパビー!)、それ以外にもエドはるみ、桜塚やっくん、長井秀和、アクセルホッパー、摩邪コング(まちゃまちゃ)、小梅太夫、にしおかすみこ等がいた。いずれも「流行語」にまでなるほどの爆発的な名文句(フレーズ)を生み出し、いずれも時代の寵児のような活躍をした面々だろう。私達視聴者の目には、ユニークな新手の芸人が出てきては、消えているだけに過ぎないが、当の本人にしてみたら、生活がかかっているだけに、画面から消えて久しく「あの人は今・・・」の状態に陥った今、、果たして大丈夫なのか?という要らぬ心配までしてしまうこととなる。

 さて、前置きはこれくらいにして、今回はナンセンスネタで恐縮だが、「ブラックユーモア」と題して、嘉門達夫の「あったら怖いセレナ~デ」をパクって、自分で考え出した「あったら怖いもの」を幾つか挙げ、ショートコメントを添えてみたい。もちろん、一部HP等を参考(約20個ほど、つまりこれもパクリなのだが・・・)にしたことを付記しておく。

  1.「時々死んだフリをする守護霊」(そんなのにとりついて欲しくない)
  2.「母親が作れるレシピが3種類だけ」(カレー・ラーメン・ハンバーグの日替わり)
  3.「ニンニク入り歯磨き粉」(歯磨きしない方がマシ)
  4.「暴れん坊のサンタクロース」(ウチには来ないで欲しい・・・)
  5.「選挙で立ち上がったニュー政党・怒り新党」(怒り心頭)(圧勝して政権与党に!)
  6.「甘えん坊将軍」(マザコンの将軍は実際いたかも・・・)
  7.「水中で廻るタイムショックの回転イス」(たぶん重度の船酔い、でもそれだけでは済まない)
  8.「嘔吐バイ」(誰も乗りたくない・・・どんだけ運転荒いのか?)
  9.「お年寄り付き年賀はがき」(年賀状離れに拍車、たぶん皆メールで済ませてしまう)
 10.「鼻水畑」(何も収穫できない・・・)
 11.「カンオケBOX」(流行る訳がない、カラオケと間違えて入る奴もいない)
 12.「夜中に皇居の周りを走るマネキン」(即、桜田門へ連行!)
 13.「危険球を投げて来るバッティングセンター」(悪球打ち専科、来るのは岩鬼か?)
 14.「新幹線の直前横断ごっこ」(安全神話に翳りが・・・)
 15.「機動戦士ガングロ」(地球を防衛してもヒーローになりきれない・・・)
 16.「起きたら空を飛んでる布団」(目覚めたくないし、怖くて寝たフリをするしかない)
 17.「招き猫が置いてある病院」(呼ばれたくない~)
 18.「高速道路に並ぶ露店」(誰も買えない。でも渋滞時はいいかも・・・)
 19.「肥溜めカンタービレ」(食事中の人、ゴメン・・・)
 20.「やくざ医師」(薬剤師)(これはありがちな・・・)
 21.「摩邪(コング)の宅急便」(怖くてドアを開けられない・・・)
 22.「ロン毛の大仏」(威厳を感じないし、御利益なさそう)
 23.「トイレの相席」(大も小もできない・根比べ?)
 24.「防犯カメラ付きの女湯」(一体誰が監視してるんだ!?)
 25.「1万ボルトの静電気」(これで死にたくないし、葬式で死亡理由を言えない)
 26.「中が透けて見える(シースルーの)霊柩車」(皆、目を背ける・・・)
 27.「ミッキーマウスとキティちゃん、熱愛発覚!」(意外にお似合いかも?)
 28.「落雷で充電する電気自動車」(夏しか走れない・・・たぶん)
 29.「病院の両隣りがお寺と葬儀屋」(手間が省けて逆に感謝されるかも?)
 30.「自分の名前が載っている死亡広告」(生きた心地がしない・・・ここは黄泉の国?)
 31.「スイッチを入れると飛んでいく扇風機」(何の役にも立たない)
 32.「居眠りする目覚まし時計」(心配でおちおち寝てられない・・・)
 33.「100歳以上で結成された劇団『死期』」(いずれ自分も入るだろう)
 34.「正直者の悪代官」(結局悪になりきれず、どっちつかず・・・態度をハッキリしろ!)
 35.「トイレの実演販売」(誰も集まらないし、買い手がつかない。たぶん連行される)
 36.「年増園」(豊島園)(あまり行きたくないが、歓声より悲鳴が多いかも)
 37.「紅葉マークのついたF1マシン」(どんな運転テクを見せるのか興味津々)
 38.「高所恐怖症のパイロット」(それだけでエアポケットに入った気分)
 39.「ボロクソワーゲン」(走る度に部品が落ちていく感じ?)
 40.「無責任飛行物体」(未確認より始末が悪いし、見たくもないし、かかわりたくない)
 41.「四方八方が墓地に囲まれた格安物件」(水木しげるか棋図かずおしか買わない)
 42.「北朝鮮でライアーゲーム」(正直者がいない・・・?)
 43.「取調室でロシアンルーレット」(絶対自供!)
 44.「ジェイソンが100人いるお化け屋敷」(二度と生還できない)
 45.「おじいさんおばあさんを天に連れて行くかぐや姫」(一番の親不孝・・・)
 46.「代打逆転満塁サヨナラデッドボールで骨折」(あんまり嬉しくない)
 47.「どこを切っても江頭が出て来る飴」(不気味で舐められず、そのままゴミ箱直行)
 48.「バイキングを貸し切る和尚」(スクーターや高級車を乗り回して今、最も羽振りがいい職業。檀家は冷めた目)
 49.「河童の溺死体」(どうあっても伝説の動物・謎の生物にはなれない)
 50.「フグにあたって死んだ寿司屋の主人」(やっぱりモグリだったか・・・)
 51.「向こう三軒両ヤクザ」(引きこもるしかない)
 52.「鹿に追いかけられる遷都クン」(笑えそうで笑えない)
 53.「東尋坊でバンジージャンプ」(自殺者に対する冒涜で批判続出)
 54.「自分が負けるほうに賭ける力士」(これは手厳しい・・・現にありそうだから)
 55.「蛍光塗料が塗ってある保健室の人体模型」(夜中に人知れず廊下を走っていたら不気味)
 56.「殺人現場に置いてあった自分の名刺」(オレは何もしてないって!でも参考人招致は必至!)
 57.「粘着シートが敷いてあるボーリング場のレーン」(不人気・・・たぶん倒産)
 58.「東京ドームの天井でトランポリン」(おそらく可能)
 59.「幅が10mしかないゴルフ場」(不動産バブルの頃ならあり得た)
 60.「青木ケ原の樹海でトレジャーハンティング」(これはヤバすぎでしょ・・・非難囂々)
 61.「日本全国宅配可能なピザ屋」(儲けゼロ。それどころか相当な赤字)
 62.「本当に歩く辞書」(珍しくて大注目!でもせわしくて引くことは不可能に近い)
 63.「地雷の下に埋まったタイムカプセル」(誰も掘り起こせない・・・)
 64.「火事で焼け出された座敷わらし」(マジな話なのでシャレにならん)
 65.「還暦でデビューしたアイドル歌手」(スーザン・ボイルの例もあるし・・・)
 66.「集配車が来ると逃亡する郵便ポスト」(永遠に届かない)
 67.「ナンパするお茶の自販機」(そこのカノジョ~お茶しない~!ってか)
 68.「火災報知機を目覚まし代わりにする愛煙家」(たぶん翌日焼死体で発見・・・)
 69.「外れると3億円払わされる宝くじ」(買ったら最後)
 70.「70歳以上しか載っていないタレント名鑑」(それって高齢者手帳?)
 71.「受取人が死ぬまで解約不能な生命保険」(約款をよく読みましょう)
 72.「生前発行される死亡診断書」(目的は・・・たぶん・・・アレかな・・・)
 73.「チェーンソーで手術を行う病院」(執刀医はジェイソン?)
 74.「引田天功とのお見合い」(天功が気に入らなかったらイリュージョン?)
 75.「少しずつ首を絞めるネクタイ」(ん~完全犯罪ですな~)
 76.「可愛い子だとサバ読むストップウォッチ」(人力でもそうしちゃうかも・・・)
 77.「だるまさんが転んだが得意な貞子」(古井戸から登場で十分でしょう)
 78.「どこまでも切符を持って追い掛けて来るオービス」(ピーポー君のほうがまだマシ)
 79.「ゴキブリだらけの寝室」(おちおち寝てられない)
 80.「毎年1cmずつ傾く家」(笑えない・・・本当にありそうだから)
 81.「高速道路で走行中、路上に片方だけ落ちてある靴」(よくある光景・・・そこで何が?)
 82.「東京スカイツリーから東京タワーまでの綱渡り」(中国雑伎団ならやり切るかも?)
 83.「寝起きのデーモン小暮」(あの顔のまま就寝?寝ぼけて朝鏡を見てビックリ!?)
 84.「途中でレールが切れてるジェットコースター」(アメリカならありそう・・・)
 85.「終の棲家がお化け屋敷」(これもありえる)
 86.「高木ブーの激ヤセ」(らしくない・・・見る目が変わってしまう、それだけはやめて)
 87.「ギャル曽根の絶食」(似合わないし、たぶん無理)
 88.「剣山で肩たたき」(たぶん血だらけで失血死・・・)
 89.「タランチュラのつかみ取り」(100匹掴んでも嬉しくないし、ゲットしても処理に困る)
 90.「アナコンダを丸飲みする青大将」(どんだけ口と胃袋がでかいのか)
 91.「笑点の司会に昇格した山田隆夫」(たぶん視聴率3%で、見たくもない大相撲へチャンネル変更)
 92.「イモトより眉毛が太い人」(おぬしは福笑いか・・・)
 93.「ゾンビの油揚げ」(食べたくない・見たくない・料理したくない)
 94.「信号待ちしている人達に向かってボウリング」(倒れるくらいの人間性が欲しい日本人)
 95.「抜け落ちたボルトだらけの滑走路」(たぶん二度と生きて地上に還れない)
 96.「直立して二足歩行する亀」(世界ビックリ大賞に即ノミネート!)
 97.「なまはげのそっくりさん」(怖いし、会いたくない、でも遠くからなら見てもいい)
 98.「ゆで卵を抱えて間欠泉から飛び出す坂東英二」(マジであり得そう・・・)
 99.「ウサイン・ボルトより足が速い小学生」(金メダル確実でギネス登録間違いなし!)
100.「鬼嫁が私に掛けた保険金3億円」(なぜか私だけおかずが違う・・・)

 中にはブラックも度が過ぎて、「ちょっとやばいんじゃないの?」というのも含まれているが、この辺はあくまでユーモアということで「笑って許して」欲しい。普段お堅い社説風の論文記事ばかりの私が、このような一面があったとは自分でも驚きだが、地はこんな感じなのだ。「普段こんなこと考えながら車を運転したり、仕事中もふと思いを巡らせている自分ってど~よ?」。実は、まだまだアイディアが湯水の如く豊富で、ネタは存分にあるが、それは日を改めて、忘れかけた頃にでも続編(帰ってきた~・~リターンズ)という形でお送りしたい。また、「あったら怖いもの」について募集しますので、もし思いついたネタがあればコメントとしてお寄せ下さい。次回掲載させて頂きたいと思います。
 ところで今回のネタ、結構笑って貰えただろうか。ストレス発散の一助となれば幸いだ。ただでさえ暑い夏、少しは涼んで貰えたかな?「えっ!余計暑苦しくなった・・・。」そんなあなたに熱中症が懸念される今年の猛暑をパロってトドメの一句。
 「しょちゅう、めまいで、もう死にます」(暑中見舞い申し上げます)→これは嘉門達夫のネタでした。お後がよろしいようで。

2010年7月27日 (火)

お笑い芸人の血液型

 お笑い芸人やエンターテナーにはB型が多いのをご存知だろうか?古くは明石家さんまやコロッケ、清水ミチコ、栗田貫一、キッチュ(松尾貴史)などの物まね芸人から、今をときめくはんにゃ金田やオードリー春日、更には桜塚やっくん、インパルス(板倉・堤下)、アンタッチャブル(柴田・山崎)なども同型である。B型は偏に芸能界に向いていると言われている。奇想天外な発想の持ち主で、凝り性な面もあり、とことん芸を追求する根本精神と、他とは一線を画す独創性(オリジナリティ)があって、しかも自分自身が楽しんで芸を追求し、人を楽しませようとする意図はないのでわざとらしさがない、などがその理由。実際、B型は自分自身のことが一番好きで、マイペース。自分を誇示しようとする意識が強くて、悪く言えば自己中気味。そして自己ワールドを築く。だからお笑いに向くのだ。日本人の22%程度、つまり5人に一人しかいないのに、派手な芸能界にあってB型は、割合から見て圧倒的に多いのも何となく頷ける。そこで今回は、これまでもさまざまな血液型分類や分析を行ってきたが、お笑い芸人限定で考察してみたい。では順追ってお笑い芸人やコンビ、グループと血液型を列挙したい。

<ピン芸人>

青木さやか・・・O型
青木隆治・・・B型
明石家さんま・・・B型
いっこく堂・・・A型
いとうあさこ・・・AB型
木村祐一・・・O型
栗田貫一・・・B型
劇団ひとり・・・A型
小島よしお・・・O型
コロッケ・・・B型
桜塚やっくん・・・B型
重盛さとみ・・・B型
清水アキラ・・・O型
清水ミチコ・・・B型
陣内智則・・・O型
竹山隆範・・・O型
だいたひかる・・・O型
土田晃之・・・AB型
出川哲朗・・・B型
所ジョージ・・・O型
友近・・・B型
鳥居みゆき・・・O型
中山功太・・・A型
長井秀和・・・O型
にしおかすみこ・・・A型
ネゴシックス・・・A型
波田陽区・・・O型
はなわ・・・O型
原口あきまさ・・・O型
ヒロシ・・・O型
ビートたけし・・・O型
ほっしゃん・・・A型
マギー審司・・・B型
松尾貴史・・・B型
まちゃまちゃ・・・B型
三宅裕司・・・B型
モンキッキー・・・AB型
柳原可奈子・・・B型
山口智充・・・O型
山崎邦正・・・O型
山田花子・・・A型
レイザーラモンHG・・・B型

 主なピン芸人を挙げたが、ひとりの芸人はO型も多い。ここに挙げた42名の人気ピン芸人の中で、O型は17人で、B型が15人。つまりこの両型で75%以上を占めてしまう。日本人の約4割を占める筈のA型は僅か7人(17%)しかいないことから、真面目で几帳面、プレッシャーに弱く、固定観念にとらわれやすいA型は芸人向きではないのかもしれない。

<コンビ・グループ>

雨上がり決死隊(宮迫・・・B型、蛍原・・・A型)
アンガールズ(田中・・・B型、山根・・・O型)
アンジャッシュ(渡部・・・O型、児島・・・A型)
アンタッチャブル(山崎・・・B型、柴田・・・B型)
いつもここから(山田・・・A型、菊地・・・A型)
インパルス(板倉・・・B型、堤下・・・B型)
おぎやはぎ(小木・・・B型、矢作・・・A型)
オードリー(春日・・・B型、若林・・・O型)
オール阪神・巨人(南出・・・B型、高田・・・A型)
オリエンタルラジオ(中田・・O型・、藤森・・・B型)
ガレッジセール(ゴリ・・・A型、川田・・・A型)
キャイーン(天野・・・A型、ウド鈴木・・・AB型)
麒麟(田村・・・O型、川島・・・O型)
キングコング(西野・・・O型、梶原・・・B型)
くりぃむしちゅー(上田・・・O型、有田・・・B型)
ココリコ(遠藤・・・O型、田中・・・O型)
さまぁ~ず(三村・・・A型、大竹・・・O型)
サンドウイッチマン(伊達・・・A型、富澤・・・AB型)
スピードワゴン(井戸田・・・B型、小沢・・・B型))
品川庄司(品川・・・A型、庄司・・・A型)
次長課長(河本・・・AB型、井上・・・B型)
ダウンタウン(浜田・・・A型、松本・・・B型)
タカアンドトシ(タカ・・・B型、トシ・・・A型)
ダチョウ倶楽部(肥後・・・A型、上島・・・AB型、寺門・・・A型)
Wコージ(今田・・・A型、東野・・・O型)
Wコロン(ねづっち・・・O型、木曽・・・A型))
千原兄弟(千原靖・・・O型、千原ジュニア・・・O型)
チュートリアル(徳井・・・A型、福田O型)
テツandトモ(中本・・・A型、石澤・・・B型)
トータルテンボス(大村・・・O型、藤田・・・A型)
ドランクドラゴン(塚地・・・A型、鈴木・・・A型)
ナイツ(塙・・・A型、土屋・・・AB型)
南海キャンディーズ(山里・・・AB型、山崎・・・A型)
ナインティナイン(岡村・・・B型、矢部・・・A型)
ネプチューン(名倉・・・AB型、原田・・・B型、堀内・・・B型)
NONSTYLE(石田・・・B型、井上・・・A型)
爆笑問題(太田・・・O型、田中・・・B型)
バナナマン(設楽・・・O型、日村・・・O型)
はんにゃ(金田・・・B型、川島・・・A型)
ブラックマヨネーズ(小杉・・・O型、吉田・・・A型)
フットボールアワー(岩尾・・・B型、後藤・・・B型)
ペナルティ(中川・・・O型、ワッキー・・・B型)
北陽(虻川・・・A型、伊藤・・・A型)
ますだおかだ(増田・・・O型、岡田・・・O型)
森三中(黒澤・・・O型、村上・・・O型、大島・・・O型)
安田大サーカス(広瀬・・・O型、安田・・・A型、黒川・・・A型)
U字工事(福田・・・AB型、益子・・・A型)
よゐこ(濱口・・・A型、有野・・・B型)
ロバート(秋山・・・B型、馬場・・・A型、山本・・・A型)
ロンドンブーツ1号2号(田村裕・・・O型、田村亮・・・A型)

 コンビ・グループでは、A型芸人もそこそこはいる。しかし全体の比率から見たらまだまだ足りない。主な103人を取り上げたが、A型は36名(35%)、B型が28名(27%)、O型は31名(30%)、そしてAB型は8名(8%)だった。やはりA型は日本人の血液型分布からすると下回る結果で、B型が多いのがわかる。意外だったのが、通説ではA型とB型は対極にあり、水と油、犬猿の仲と言われるほど仲が悪い。両者とも一歩も引かない饒舌・毒舌が多いからだ。しかし、ことお笑いにおいては、喋って何ぼの世界だけに、思いのほか上手く行くことも多い。しかしながら、一応念の為に断っておくが、この組み合わせのユニットは、大抵B型が主導権を握っている。ネタを考えるのも笑いをとるボケ担当もそうだ。この43組のコンビの中で、A-Bの組み合わせは10組あった。また、全50ユニットの中で、B型芸人が含まれているのは何と24組(48%)にも達した。これらのことからも、いかにB型がお笑い芸人に向いているかが証明できただろう。そして最後に、ピン芸人とユニットを組む芸人の総勢146名を見てみると、A型が45人(31%)。O型が48人(33%)、B型は42人(29%)、AB型は11人(7%)という結果だった。さて、この調査結果をあなたはどう思うだろう。

2010年7月25日 (日)

天使の歌声

 最近はカラオケの普及により、歌が上手い人が増えたものだ。NHKの「のど自慢大会」を見ても、かつて音程を外しまくる、いわゆる音痴と呼ばれた人が結構いたものだが、このところあまり見かけなくなった。それどころか子供なのにこぶしをころころ廻して歌う大人顔負けの演歌歌手や民謡歌手も大勢いる。私自身、歳と共に高音や伸びのある声が出なくなり、辛い思いをしている。そんな私が、とりわけ歌が上手いと唸る歌手は、美空ひばり、レベッカのボーカルのNOKKO、ドリカムの吉田美和、坂本冬美、そして福原美穂である。ところが探せば誰が聞いても歌の上手い人はいる所にはいるもので、素人でもその例に漏れない。最近凝っている「You tube」を検索しただけでも、五万といる。そこで今回は、プロアマを問わず、私があくまで主観的に「歌がメチャクチャ上手い」と思う人々を紹介したいと思う。

 今春行われた、「第82回全国選抜高校野球大会」の開会式でのひとコマはあまりにも衝撃的で、語り草になっている。主人公は広島県在住の女子高生である。この澄んだ歌声と甲子園を埋めた満員の観衆の度肝を抜いたその堂々とした歌いっぷりは、まさに神に選ばれし人であろう。それもその筈、注目の野々村彩乃さんは、広島音楽高校に在籍する現役女子高生だが、全日本学生音楽コンクール全国大会の声楽部門で優勝した実力の持ち主だ。思わず鳥肌が立つ天使の歌声をとくとご覧あれ!

http://www.youtube.com/watch?v=_ORh8TKxsMU&feature=related

Nonomura

 続いては同じ高校野球だが、夏の甲子園を目指す「全国高等学校野球選手権大会」の大会歌「栄冠は君に輝く」について。毎年、長野県内では、開会式で県立小諸高校の音楽科の生徒が独唱してる。その中でのひとコマである。この映像は2007年の模様で、宮澤愛菜さんが歌ったものである。思わず引き込まれそうな高音が素晴らしいし、とにかく美人である。ぜひ才色兼備のプロの歌手を目指してほしい。

http://www.youtube.com/watch?v=_X9k72480mY&feature=related

Miyazawa

 次は、お馴染みのプロ歌手・福原美穂だ。類稀な才能の持ち主の彼女だが、意外にも芸能界デビューのきっかけは偶然の産物だった。北海道内だけで放送している夕方のニュースバラエティ番組で、たまたま「街角カラオケ大会」のコーナーに飛び入り出場した。あまりにも度肝を抜く、当時中学生とは到底思えないような凄まじい歌声に誰もが釘付けになった。その番組の模様を見ていたレコード会社関係者の目に留まり、スカウトされた。彼女はマライアキャリーの大ファンで、英語の発音がネイティブと何ら変わらない。その後、彼女はアメリカに渡り、神聖な教会で初めて讃美歌やゴスペルを歌った日本人歌手として有名になった。彼女の歌唱力は他を圧倒する迫力がある。では、西田敏行が司会を務めていた「泣き歌」番組で取り上げた時の映像でどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=qAnIwV8wp4E

Fukuhara

 国立音楽大学声楽家科卒業の経歴を持つ堀澤麻衣子。彼女にしてみれば、綺麗な声を出すことは当たり前のことだったが、或る日、突然自分の声が出なくなった。その経験をきっかけに、声がこもったり、喉が痛くなったり、明るい声がでないなどの声の悩みを解決するオリジナル発声法を10年の歳月をかけて開発。昨年、品川に堀澤麻衣子ボイス&メンタルトレーニングスクールを開校した。

http://www.youtube.com/watch?v=FA85c0R9jxs&feature=related

Horisawa  

 名実共に天使となってしまった本田美奈子さん。2005年11月に、急性骨髄性白血病で惜しまれつつ、享年38歳と言う、あまりにも短い生涯を閉じた。彼女の高音の伸びのあるビブラートは、率直に素晴らしい。ミュージカル「ミス・サイゴン」で培ったその声量は、他の追随を許さない。映像は、亡くなる1年半前、日米のエキシビジョンゲームとなった2004年3月29日、巨人対デビルレイズ戦でのひとコマ。アメリカ国歌「The Star-Spangled Banner」と日本国歌「君が代」を独唱。観客の大喝采を浴びた。彼女も太く短く生きた女性と言える。(下は涙なくしては見れない本田美奈子 生涯最後のコンサートと肉声メッセージ)合掌。

http://www.youtube.com/watch?v=nMQ5wc5xwBM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=6nwditU7pNk&feature=related

Honda_minako

 そして、海外からの凄すぎる「天使の歌声」をお送りしたい。その国はフィリピン。「神に選ばれし歌い手」と言うほかない。その子の名はチャリス・ペンペンコー。当時16歳だった。しかしながら他を寄せ付けない人並み外れた歌唱力は半端ではない。彼女の歌は聴く人の心を鷲掴みにする威力を持っている。しかもアメリカでデビューして、そのアルバムはビルボードの8位にランクインされたほどだった。人種のるつぼ、アメリカ。あのポールボッツですら、チャンスを掴み、一流のオペラ歌手の仲間入りを果たした。そうしたチャンスを誰にも平等に与え、本物であれば、公平な立場で評価してくれる場所こそがアメリカなのだ。まさしく「奇跡の歌声」でアメリカンドリームを実現したと言えるだろう。

http://www.youtube.com/watch?v=otp1FNdSYHQ&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=WI5dDE8Palw&feature=related

Charis Charis2

 もうひとり(一組)、海外からの天使の歌声を聞かせたい。1998年に英国で発足した少年合唱団である。その名称は「Libera」という。メンバーは7-18歳までの男子であるが、正確な人数やメンバーの詳細は未公表である。曲は「Far away」。2005年の映像だが、透き通る美しい歌声に我を忘れて思わず聴き入ってしまう。

Libera

http://www.youtube.com/watch?v=hzL-5qB5uBA&feature=related 

 最後はテーマの主旨を逸脱することで恐縮である。これは歌手ではないが、感動的な場面を演出したエピソードをひとつ。私は筋書きのないドラマ・高校野球がこの上なく好きだ。真っ直ぐで純真な心、一挙手一投足に全身全霊傾け、全力でプレーし、懸命に白球を追いかける真摯な姿に感銘を受ける。特に、昨年夏の高校野球の「中京大中京」(愛知)と「日本文理」(新潟)の一戦は球史に残る名勝負となった。特に9回表二死無走者ツーストライクと追い込まれた後からの日本文理の驚異の粘りは、新潟県民の総意が乗り移ったかのような勢いが感じられた。6点差あったその差を1点差に縮め、更に一三塁で一打出れば同点の場面まで中京大中京を追い詰めた戦いぶりは、長い甲子園大会の歴史でも5本指に入るほどの試合となった。どんなに劣勢で絶体絶命の窮地に立たされても、決して諦めない、粘りの怒濤の攻めは、大観衆の感動と涙を誘った。そこで、私が最後に挙げたいのが、「春はセンバツから」の代名詞にもあるように、球春を告げる選抜高校野球大会で、1993年から大会歌となった「今ありて」を紹介し、結びとしたい。この歌は、今は亡き阿久悠と谷村新司のコンビによる作詞・作曲で、毎年、大会を盛り上げる名曲となっている。特にサビの「♪嗚呼~甲子園~草の芽萌たち~♪」のところは毎回聞く度に鳥肌が立って涙が出そうになる。青春の一ページを飾るシンボリックな凱歌としての雰囲気を持っている。毎年、神戸山手女子高校の合唱部員が熱唱している。ぜひお聞きあれ。

http://www.youtube.com/watch?v=5lTLj0QJvAc

http://www.youtube.com/watch?v=epLwo-xyCS4&feature=related

Imaarite Imaarite2 

 「今ありて」(選抜高校野球大会歌)

 新しい季節のはじめに 新しい人が集いて
 頬そめる胸のたかぶり 声高な夢の語らい
 嗚呼 甲子園草の芽 萌え立ち
 駆け巡る風は 青春の息吹か
 今ありて 未来も扉を開く
 今ありて 時代も連なり始める

 踏みしめる土の饒舌 幾万の人の想い出
 情熱は過ぎてロマンに 花ふぶく春に負けじと
 嗚呼 甲子園 緑の山脈(やまなみ)
 たなびける雲は 追いかける希望か
 今ありて 未来も扉を開く
 今ありて 時代も連なり始める

  嗚呼 甲子園 緑の山脈(やまなみ)
 たなびける雲は 追いかける希望か
 今ありて 未来も扉を開く
 今ありて 時代も連なり始める

  今ありて 時代も連なり始める

 如何だっただろう。どれも高尚で深遠、なおかつ神聖な雰囲気を醸し出し、吸い込まれそうな印象を受け、言葉を失うほどの衝撃がある。どうやら天は自ら選んだ者に二物を与えたてしまったらしい。もちろん天性の物だけではなく、歌をこよなく愛し、一生懸命練習を重ねた結果であるのは言うまでもないだろう。こうした天使の歌声は、一服の清涼剤になるし、私達は素直に心癒される。世界がこうした真の歌い手を求めるのは、昨今、世界各地で抱える解決困難な諸問題を、もはや政治の力ではなく、文化や芸術の力にまつべき風潮があるのかもしれない。彼らの歌声は言葉の垣根を超え、世界のあちこちで響き渡るに違いなし、「本物である以上、万国共通で感動の嵐を巻き起こす」原動力になるということを証明している気がしてならない。

  

 

2010年7月21日 (水)

ドキュメンタリー45歳の挑戦~スクーリング準備篇~

 いよいよ来月17日から24日まで一週間、スクーリングが開始される。東京に一週間も滞在するなんて何十年ぶりのことだろう。しかも今回は遊び目的ではなく、学問の追究と銘打って、これまでとは一味違った趣旨である。早速、昨夜のうちにホテルを予約した。そこは以前4月17日の段階で電話で予約していたのだが、それだと特典は何もなし。しかも料金は高い。しかし、「楽天トラベル」とか「じゃらん」に入会すれば、色々な恩恵にあやかれるようなので、6月30日の時点でネットから入会手続きを済ませていた。今回楽天トラベルのホームページから再度予約したところ、電話予約より断然安いのはもちろん、様々な特典が付いて来た。まず入会特典として2,000ポイントが無条件で貰えた。更に宿泊分のポイントが238、そして通常7日間も連泊すると、膨大な宿泊費用が発生するものだが、毎日朝食とドリンクが付いて一泊当たりたったの3,600円。7泊しても25,200円のリーゾナブルな出費に抑えられた。東京のホテルでこれほど安上がりな場所はないだろう。種を明かすと、それはカプセルホテルだからだ。このカプセルホテルは、そんじょそこらのカプセルとは訳が違う。通常その類のホテルは、雑居ビルの一角を間借りして、狭苦しい、単に寝る為だけの宿泊施設の様相を呈しているのだが、私がネットで調べて予約を決意したその場所は、5階建てで一軒の大きなビルすべてがカプセルの所有物。しかも仮眠が出来るリクライニングルーム(32席)やインターネットルーム、ゲームセンターなどがあり、館内はどこででも無線LANが使い放題だし、カプセル内はコンセントやめざましアラーム、衛星テレビも無料(何とアダルトチャンネルまでもが無料!・・・笑)。カプセル内でインターネットも使えるので、ブログの更新も可能。談話室、レストラン、マンガコーナー、コインランドリー、コインロッカー、日焼けマシーン、売店、マッサージルーム(整体・マッサージチェア32席)、韓国式アカスリコーナーまで完備。加えて大浴場、各種サウナ(高温・低温)までもが揃っている。ちょっとした健康ランド以上の規模と設備を有している。実際は学割の格安プラン(何と一泊で2,500円)もあって、学生証を所有している私にしてみたら、それを使えないことはないのだが、45歳でイッパシの社会人の身の上である大人の私が、いくら安かろうとそこまでやるのは流石に気が引けた。そして、やや高血圧気味の私にとって、カプセルは初体験でやや不安だが、恐らく慣れればなんてことない筈だ。勉強に差し支えるのであまり深酒はしないだろうし、毎晩缶ビール1本程度で切り上げるかもしれない。下の写真を見て貰えば分かるが、近代的でとても広くて綺麗。寝る時だけカプセルに入ればいいだけで、それまでは館内の施設を存分に満喫すれば良い。それにここは男性専科なので気兼ねなく利用できる。人によっては空しく感じるかも知れないが、今回の目的は勉学なので、女っ気はむしろない方が邪念がなく、集中できて勉強できる環境の方が良いと考えたのだ。

Capsule Spa

Relax Internet 

 また、夕食は大学にほど近い最寄り駅(JR)付近の居酒屋とか定食屋を見つけて摂っても良いし、2つ隣りには「サラリーマンの聖地・新橋駅」があって、そこのガード下の名物赤ちょうちんにフラッと入っても良い。車ではないのでその辺は気楽である。貧乏学生時代とは違い、今は収入がある身なので臨機応変にいきたい。ホテルは寝るだけの場所と考えており、あまり贅沢は必要ない。勉学だけでなく楽しみも幾つかある。東京滞在中に開催される、東京ドームの巨人・阪神戦も機会があれば見てみたい(多分壮絶な首位決戦をしているのでチケットが入手困難だろうが・・・)。ホテル自体は大学から京浜東北線で3つ目の駅にある。そこは大田区内で、東京では一番南に位置する区である。日曜日は講義がないので、自由に時間を費やせそう。ただひとりでは行きづらいので、積極的に声をかけて早く学内でいろんな年齢層の人達と仲良くなりたい。年会費3,000円払って学友会に入るのも一つの手段だ。とにかくスクーリングでは、いろんな都道府県、幅広い年齢層の方と知り合いになりたいと考えている。

Shinbashi

 また、話の順番が逆になったが、先週大学から「学割証」が2通届いた。4/29の入学式の際にも学割を発行して貰ったので、これで3枚目である。これが有る無しでは、往復で交通費が1,500円以上違う。これはいわば学生の特権であり、実に有り難いしこの歳で学割が使えるなんて美味しいことこの上ない。お盆明けにスクーリング開始となるため、時期的にUターンラッシュのピークと重なりそう。よって指定席は取らず、敢えて新幹線自由席特急券を購入したい。そして8時50分からの1時限目の講義開始に間に合うように、朝イチ6時16分郡山駅始発の「なすの260号」に乗り、東京駅7時56分着で向かえば、余裕で間に合うだろう。大学は東京駅からだと乗り換えて山手線または京浜東北線で4つ目の駅にある。入学式の際に訪問した際には、最寄り駅から徒歩で10分ちょっとだったから、乗り換えのタイムロスやコインロッカーに荷物を預ける手間暇を考えても、8時半にはキャンパスに駆け込めるものと見ている。ただ唯一朝の通勤ラッシュだけはノーサンキューだ。学生時代三軒茶屋(住所は上馬)に住んでいたが、この満員電車だけは窮屈で嫌だった。だから移動には250ccのバイクを使っていた。JRの切符については来週24日以降(1か月前発売)に購入する予定だ。昨年20年勤続の副賞として職場から貰ったJRの旅行クーポン券があと3万円分残っている。これを有効活用させて貰っているので、JR料金については、端数部分だけが持ち出しと言うことになる。自分へのご褒美で貰った券を自分の行く末の為に有効活用したい。身銭を切るのは往復の新幹線でも3,364円のみ。

 さらに7月12日には、大学からサマースクーリングの申し込みが完了した旨の連絡が文書であった。今のところ、手続き上の不備や見落としはないようだ。スクーリングで受講するのは、「コミュニケーション論」(2単位)と「日本政治史」(2単位)である。共にネットから注文してテキストも購入済みである。2冊で6,825円は少々割高。大学の教授が書いた書籍をそのままテキストとして採用しているので、自ずとそうなる。どこの書店でも扱っているような代物ではなく、難儀な専門書なので、値段が張るのは当然の成り行き。私がこの科目を選んだのは、私の亡き祖父がそうであったように、政治関連の科目を学びたかったのだ。私自身が政治家を目指すという考えは毛頭なく、あくまで尊敬していた祖父の人生の一端を垣間見れるような気がしたからだ。私が通う大学では、法学部と言っても政治関係の科目も多数履修可能なことから、敢えてその大学を選んだのだ。もちろん、同大を卒業後、政治の職に就いた先輩諸氏も数多く存在するし、国民に絶大な人気があった総理大臣までもが私の先輩ということになる。この大学では、スクーリングに必ず出席して15単位以上の単位修得が義務付けられている。大学(通学課程)が夏休みに入る期間を利用して、Ⅲ期に分けて行うのだが、社会人の私にとって、Ⅰ期で7日間要するスクーリングで3回分(21日)も休みを取れないので、やむを得ずⅠ期分だけの出席とあいなった次第である。しかも夏季の東京は郡山の暑さとは訳が違う。うだるような暑さの中で、もちろん大学の教室にはエアコンなどない。おそらく汗だくで教授の話を聞くことになるだろう。

 そしてスクーリングへ出向くにあたって、準備が必要なものがまだまだある。普段から用意周到な私は、念のためリストを作成したが、これから買い揃える物も得てして多い。当初は、モバイル用にネットブック(10型程度)を安く買おうとしたが、以前ケーズデンキでNECが39,800円で置いてあったのだが、タッチの差で好みの色がなく断念した。また、教授の話を録音する為にICレコーダーをも買おう考えたが、そこまでは必要ないだろうと思い、取り止めた。既に文房具一式は100均にて、キャスター付きの旅行バッグもホームセンターで購入済みだ。結構お金がかかるのは正直辛いものがあるが、このようにあれこれ考えながら準備するのは楽しい。まるで遠足前の子供の心境に立ち返っている。こうした知的好奇心を揺さぶるような、学術的なわくわく感を求めて今年、人生を変えるような重大な決断をしたのも事実である。まだスクーリング開始まで27日もあり、気が早い準備であることは重々承知している。今後、スクーリングまでに最低3つのレポートを完成させて郵送しておきたい。今考えているのは「民法総論」、「刑法各論」、「債権総論」などである。必修科目から潰していきたい作戦なのだ。また市立図書館を訪れ、文献を漁りたい。東京に一週間缶詰では、その間レポートに取りかかるのは至難の業だからだ。よってこの時期に余裕を作っておきたいのだ。私をここまで突き動かすモノは何なのか分からないが、社会人学生としてやれることをやっておきたいという以外に何も無い。法律に興味があるというだけでは簡単に単位修得などあり得ないが、とことん突き詰めて、それぞれ履修する科目について深く探究して行きたい。そして自らの知性と教養のアップの礎として行きたいと考えている。

 最後に余談をひとつ。昨夜から構想を練った「民法総論」のレポートだったが、今日一日で早くも半分の2,000字以上書いてしまった。やや事例(判例)としてのモデルケースが文献を探っても見当たらず、やや苦心したが、2つあるテーマのうち、ひとつは何とか目途が立った。スクーリング開始までに、どうにか「民法総論」を含めて3つのレポートを完成させておきたいのだ。この時期を逸すると、恐らく時間に追われ、にっちもさっちも身動きが取れなくなる恐れがあるからだ。忙しい身の上だが、すべては自らが望んでやったこと。自らの限界に挑戦しつつ、学問の探究を実践している喜びを噛みしめながら法律を学んで生きたいと考えている。

2010年7月19日 (月)

本日の釣果(2010/7/19)

釣行記録

DATE :7月19日(月)海の日
TIME  :3:10~10:10(7H)
PLACE:小名浜「アクアマリンふくしま」北東角地
EFFECT:アナゴ3尾(25~34cm)・アジ3尾(15cm~17cm)・カタクチイワシ1尾(10cm)
COMMENT:夜明け前は濃霧で風が強く、思わず合羽を着こむほど肌寒かった。しかし、6時半以降はカンカン照りに。今日は「海の日」のイベントで、アクアマリン前には自衛隊の護衛艦の「しらゆり」といわき海星高校の実習船「福島丸」が入港。乗船&見学が可能だった。アクアマリンの駐車場は満杯で、人が大勢繰り出していた。私が釣り座として陣取った東北角地は、回遊魚パラダイスで、鰯の群れが留まるポイントらしい。昨日も200匹釣ったという地元のおじさんを始め、入れ替わり立ち替わりそのポイントで、私の目の前で4~5連鈴なりを連発。2~3人合計で150匹は釣っていた。イワシは小さいのだろうと見くびっていたら、ししゃもサイズで、結構大きかった。串に刺して並べて干していた地元のおじさんもいた。下の写真がそれである。しかし私も同様にロケットカゴで投げサビキをしたのに、なぜか私には全く来ない。ハリのサイズが12号と大き過ぎたのが原因らしい。そこで見かねたおじさんが、親切にも5号のサビキバリをくれたので、それで試したのだが、それでも駄目。「イワシは要らない」と強がりを言ってはみたものの、私も5連鈴なりを連発してみたかった。恐らくウキ下のタナが合わなかったのかもしれない。一応遊動で自動で調整で来ていたのだが・・・しかも爆釣していたおじさんに、大盛になるくらい大量のコマセまで貰ったのに・・・。摩訶不思議だった。しかし、当分そこでの爆釣は続きそうだ。私自身はイシモチ狙いで臨んだのだが、ぶっ込みは殆ど当たり無しの状態だった。8時以降は強い日差しが照りつけ、日焼けして腕がヒリヒリ痛い。ようやく今、水温が18度。やっとアジとイワシの回遊があるということは、これからワカシ・イナダが上がって来るだろう。ちなみに昨日はアクアマリンの排水溝付近で40オーバーのアイナメが釣れた模様。そして、この3連休は特別に「ららみゅう」の東側の堤防(現在工事中)を一般釣り客に開放していたようだ。車が立ち入っていた。そこはアイナメ、カレイ、イシモチが上がるポイントとして有名らしい。なお今回の釣行について、詳しいことは右上のサイドバー「ようこそ釣り天国へ」をクリックし、「釣行記2010」をご覧ください。

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 ところで、小名浜の釣り師の方々は、皆優しい。気軽に話しかけてくれる。だから常に単独釣行の身の上ながら、全然寂しい思いをしたことはない。また、自衛隊の護衛艦を見る為にわざわざ郡山の富田町から来たという麦わら帽子のおじさんとも意気投合。北警察署近くにあるホームセンターの近くに住むご近所さんだった。そして7時間も海にいた割には、帰路に高速を使用したため、12時前には帰宅できた。炎天下30分で道具の洗浄及び片付けを完了した。何はともあれ、忙しさのあまり、自分の中で忘れかけていた釣りへの発想や感覚をここで再び取り戻せたのは大きい。負け惜しみではないが、実際、梅雨の集中豪雨などがあり、特に週末になると決まって天候不順だったし、例年より水温が上がらず、あまり釣果は芳しくなかったようだ。ここへきてイワシ爆釣の報告がJ屋のメールで届いていたが、その情報の正しさを今日の釣行で証明できた。今後、ワカシやイナダの回遊が始まり、その後、昨年は絶不調だったサバも回って来ることだろう。今後に期待したい。テロ防止を掲げて施行した改正SOLAS条約のために、小名浜近辺も釣り場がかなり制約された。実際3~7号埠頭、大剣埠頭、藤原埠頭、釜の前までもが釣り客シャットアウトの憂き目に遭った。現在竿を出せるのが、このアクアマリン先端と市場前T字埠頭、そしてボッコ灯台堤防くらいだ。実際には、ゴミを平気で捨てていく釣り客のマナーの悪さも一因らしい。お互いルールを守り、身の安全を確保した上で釣行したいものだ。

追記
昨年の5月GWに立ち上げて執筆を始めた当ブログ「時遊人SUZUのひとり言」だが、6年前に掲載を開始した「ようこそ釣り天国へ」 のアクセス数を抜いた。僅か1年2か月で5万7千件を越えた。改めてブロガーの皆さまに御礼申し上げると共に、今後とも変わらぬご愛顧をお願いします。

2010年7月 8日 (木)

懐かしいモノ大集合

 本日の折り込み広告で、「郡山・田村」の昔懐かしいスナップ写真やポートレートを集めた写真集が9月に発売されることを告知していた。9,900円と値段は張るが、昭和初期から現在の郡山の街並みや人々の暮らしを比較する上で第一級の資料となるだろう。今から10年以上前に、やはり同じような写真集が発売され、反響が大きかったようだ。私の行きつけの食堂に置いてあって、それを懐かしく眺めながら昼食をすると、平気で一時間は長居してしまうし、私のような昭和39年生まれのアナログ人間にとっては、昔話をし出すと止まらなくなってしまうが、話のタネにでも一冊購入を検討したい。そういう経緯もあり、今日は、私が子供の頃、実際に自宅にあったり、昭和ノスタルジーを甦らせてくれる懐かしい品々を紹介したいと思う。

1. ポケットカメラ(昭和50年代)

 この頃ポラロイドカメラを始め、カメラの小型軽量化が図られた。当時は舶来のコダックは少数で、大部分は富士フィルムとサクラカラーが主流だった。メーカーも国産はオリンパス、キャノン、ニコン、ペンタックスくらいだった。そんな折り、珍しい形の小型のフィルムが新規発売された。ワンタッチ装填可能で、フィルム自体もひとコマが小さくて細い形状だった。今は廃盤になっていて、ヨドバシあたりでもこの手のフィルムはもう入手出来ないと思う。一時はその手軽さからヒット商品になったが、「写るんです」の台頭により、シェアを奪われ、完全に市場からも姿を消すこととなった。

Pocket_camera Pocket_film 

2.卓上式レコードプレーヤー(昭和40年代)

 昔、祖父が踊りをやっていた頃、祖父の自宅に、この卓上式のプレーヤーがあった。実際は紅白のプラスチックの外見であり、軽量で、小型のポータブルであった。あまりにもコンパクトなのでLP盤(33回転)は外側に大きくはみ出し、レコード針も廉価で使い捨てのような粗悪な物を使用していた。

Record_player

3.黒電話

 ダイヤル式でアナログ。小学生の頃までは実家の電話はこれだった。回すと「ジーコ・ジーコ」と音がし、留守電機能もなければ、ナンバーディスプレイもない、電話をかけて「話す」だけの単純明快な通信機器であり、実は、1986年以降、大学3~4年時の私の部屋にあった電話もこれだった。

Black_tel

4.テレホンカード

 私は今でも「電電公社」時代のテレカを大事に持っている。恐らく相当なプレミアがついていると思う。一時はアイドル歌手の超人気の物や国家的イベントを記念して出された物が持て囃された時期があり、商品の販売促進とコラボで出された希少価値が出るような代物が多くあった。しかし、携帯電話の急速な普及により、徐々に街角の電話ボックスが減り、テレカも20世紀(ミレニアム)を最後に終焉を迎えた感が強い。

Tel_card

5.ジュークボックス

 お金を入れて選曲すると、ボックス内のアームが移動し、タテに並んだ場所からレコードを探し、それをプレーヤーにセットする。そして自動でレコード針が再生位置まで移動し、音楽が始まる機械である。昔はレストランや展望台、ボウリング場でよく見かけた。今は有線放送やCD、i-podが幅を利かせているため、頻度が少なくなったし、大きくて場所を取るので厄介者扱いされがちである。

Jyukubox

6.ソノシート(昭和40年代)

 ぺらぺらで薄っぺらなレコードで、雑誌・「冒険王」や「明星」「平凡」などの付録に付いていた。アイドル歌手が吹き込んだおしゃべりが主流だったが、私の自宅にあったのは、「ザ・ドリフターズ」の軽妙なおしゃべりのものだった。ドリフが新幹線に乗って東京駅から大阪まで旅行しながらクイズに答えたり、名所を紹介する内容だった。いかりや長介が、メンバーに「名古屋城を作ったのは誰だか知っているか?」と尋ねるが、メンバーの誰も知らない。そこで長さんが「徳川家康!」と答えると、加藤茶が「ブブーッ」と言い、「名古屋城を作ったのは大工さん!」と答え、メンバー全員がズッコケるという内容。また、「福島の昔話」のようなシートも、何かの付録についていた。「三枚のお札」というお馴染みの昔話で、山姥から逃れるために三枚のお札を使って、何とか逃げ通す内容のものだった。

Sonosheet

7.姿を消した紙幣(100円札、500円札、2,000円札?)

 こちらはお金なので、画像掲載は差し控えさせて頂きたい。今でこそ「聖徳太子」は現役のお札から姿を消したが、私が小学生の頃は、百円札・五千円札・壱万円札は聖徳太子だった。それが政府の方針で、数年おきに肖像画が変わり、百円札は製造中止、五千円札は「新渡戸稲造」から現在は「樋口一葉」、壱万円札は「福沢諭吉」に改訂された。そして五百円札は岩倉具視だったが、今は市場に出回ることはなく、500円銀貨にとって替わってしまった。また、2,000円札は、沖縄サミットを記念し、小渕内閣の遺作として発行された。「紫式部」と「守礼の門」のデザインこそ立派だったが、自動販売機で使えないことや五千円札と色合いが似て紛らわしいことから厄介者扱いされ、流通しなかった。今は日銀が回収している。言わずもがなだが、紙幣は日本銀行が発行し、硬貨や銀貨などいわゆるコインは財務省(旧大蔵省)造幣局で製造されている。

8.懐かしの看板(昭和30年代)

 田舎の個人商店や駄菓子屋の木造の合わせ板の壁によく掛けてあった。下の4枚は定番だろう。浪波千恵子(おばあちゃんの優しさで怪我を治してくれそう)、大村昆(美味しいと眼鏡が落ちるんですよ)、由美かおる(水戸黄門の入浴シーンはあまりにも有名)、そして水原弘(殺虫剤ハイアース)はセットとして考えたい。最近はこれらの看板をあまり見かけなくなり、残念だ。

Oronaine Ornamine

Earth Mizuhara   

9.丸いポスト(昭和30年代)

 我が勤務地の町には、未だにそこらじゅうに立っている。四角いポストより何か愛嬌があって親しみが沸く。長閑な感じが郷愁を誘う。今、東京23区からは姿を消し、全国的にも随時入れ替わりが行われている。オレンジの色合いもいいが、長年風雨に耐え続けた歴史的価値があるように思えてならない。

Post

10. オート三輪・・・残念だが、こちらもあまり見なくなった。かつて1950年代にミゼットが、マツダT-2000が1960年代に普通に街角を闊歩していた。この車の特徴は、とにかく小回りが利くことで、小さいながらもれっきとした荷台があって、過積載に強かった。

3rin

11.大八車

 こちらは、私が小さい頃(昭和40年代)に、行商でおばあさんが野菜などを売るのに使っていた。リヤカーというのが普通だが、これに多くの商品を積んで売り歩く姿を何度目にしたことか知れない。

Daihachi

12.豚の蚊取り線香入れ

 こちらは夏の風物詩である。これが登場すると夏本番を思わせる。夕方に縁側で風鈴の音を聞きながら浴衣姿で夕涼み。傍らには冷えたビールと枝豆、あるいはスイカ。そして団扇片手に過ぎゆく夏の情緒を噛みしめる。そんな日本の夏風景が脳裏に浮かぶ。

Katori

13. 蚊帳

 これはあまり見かけなくなった。昭和30~40年代の日本にはどこの家庭にもあった光景だ。天井から吊し、緑色の網状の囲いを作り、蚊の攻撃から身を守ったものだ。そして蚊取り線香の香に包まれて過ごすのが定番だった。蚊帳と聞くだけで妙に懐かしくなるのは私だけではないだろう。 

Kaya

14. 蝿取り紙

 リボン式で巻いてある。ゴキブリホイホイの蝿蚊蛾用であって、粘着力の強い茶色の昆布のような長い紙を伸ばしてそれを天井から吊しておくだけ。一晩で10羽以上はとれる。強力な夏の味方であった。

Haetori

15.電話ボックス

 これも携帯電話の影響。写真の物は、ドリフのコントに出てきそうな古さだが、透明のボックスまで激減した。テレカと同様過去の遺物となりそうだ。

Telbox

16.卓上ラジオ

 これも懐かしい。実際自宅にあったのはベージュ系の色だったが、床の間や茶箪笥の上に「でーん」と置いてあった。つまみを回してチューニングしたりボリュームを調節した。今はリモコンの普及で便利になりすぎてしまい、昔の良さが失われてしまった感が否めない。そういえば、中学時代に技術家庭の授業でラジオを作った記憶がある。真空管からトランジスタへと媒体は移り、今は小型ラジオやカード型ラジオが一般的。

Radio

17. 足踏み式ミシン

 これも場所(スペース)をとった。今は電子ミシンが様々な縫い方やパターンを選べて重宝だが、当時はアナログ時代なので、型紙から生地を裁断し、布を貼り合わせて縫い合わせるだけのシンプルな使い方しかなかった。今、もしこれが現役で状態が良かったら、高値がつくかもしれない。

Mishin

18.サクラカラー

 今は富士フィルムやコダックが定番だが、かつてはコダックの全身のサクラカラーが30%のシェアを持っていた。アナログ系のフィルム写真は、デジカメの台頭により、その場凌ぎの「写るんです」を除いてシェアはかなり低い。現在は報道写真の現場でも加工がしやすく、コンピューター転送がスムーズで迅速なデジタルが主流である。ポケットフィルムと同様、またひとつ斜陽を迎えた商品が誕生してしまった。

Sakurafilm

19.スライム

 これも変な物体だった、ヌメヌメ、グニュグニュしていて握ると掴めない。何とも掴みどころのない奇妙な個体だった。これと階段などの段差を利用してひとりでに降りて行くスプリングも不思議な物体だった。画像がないので文章でご容赦願いたい。

20.夏休みの宿題・・・夏休みの友、ラジオ体操、昆虫採集

 今は自由研究が主流だが、昔は一冊夏休みの宿題として全生徒に配られた課題があった。それが「夏休みの友」で、その中には国語の漢字や文章題、算数のドリル計算、図画工作の進め方などが満載だった。ラジオ体操は首からぶら下げ、毎朝、はんこを溜めていくのが楽しみだった。そして忘れてならないのが昆虫採集である。これは標本箱のようなものにカラフルな蝶を所狭しと並べ、学術名もきちんと書いて提出されたものもあった。昆虫採集セットなるモノも「学研の学習と科学」に付録で付いていて、小学生に注射器を使わせていたのだから今考えれば怖い物があった。緑と赤色の保存液までついていた。

Natsutomo Radio_card Set 

21.ローラースルーゴーゴー

 これは小学生の頃、多分昭和47年頃に、ホッピングと共に一大ブームを巻き起こした乗り物であった。開発は何とあの「本田技研工業」。月産10万台を越え、絶頂期には半年待ちの状況だった。片足でペダルを蹴る度にビューンと勢い良く加速した。見た目はスケボーにタイヤとT字形のハンドルを付けた三輪車のような外見をしている。赤黄青などカラフルで、価格も手頃だった記憶がある。

Roller_through

22.コカコーラヨーヨー

 これは昭和50年頃、アメリカから突如やって来た遊びだった。その後、第2次、第3次ブームが津波のようにやって来た。そしてハイパーヨーヨーなども流行った。個人的に思い出深いのは、コカコーラやファンタのロゴ入り半透明のガラス製で、テレビには天才少年が現れ、多種多彩な技を繰り出した。外国生まれの遊びは、知恵の輪やカイト、アメリカンイクラッカー、笑い袋などもそうで、その後、インベーダーゲームやルービックキューブも世の中を席巻した。

Yoyo

23.ホッピング・・・こちらは玩具メーカーの「バンダイ」が「スカイホッピー」として売りだした遊びだった。その20年ほど前に開発されたが、これをやり過ぎると胃下垂になるという噂が広まり、一時はブームが下火になった。T字型の取っ手の底に強力なスプリングを配し、文字通りホッピング(ジャンプ)してピョンピョン跳ねて遊ぶおもちゃだった。

Hopping

24.テープレコーダー

 この卓上型が実家にあった。当時はマイクはなく、機械のMICに向かって声などを吹き込んだ。もちろん雑音も入ってしまった。自分の声を録音して聴いた時、聞きなれた声が違って聞こえ、衝撃的で不思議に思ったものだ。家庭用VTRがなかった頃には、これを使ってテレビドラマや歌番組をテープに録音したものだった。そしてこの後に、あのソニーの「ウォークマン」が発売された。

Tape_recorder

25.ぶら下がり健康器

 これは不思議な健康グッズだった。背筋を伸ばし、脊椎の歪みを矯正するという触れ込みで一般家庭に普及した。実家にあったのは、複合運動が出来るタイプのもので、ビニールシートのベッドにもなるし、それが中央から畳め、「ギッコンバッタン」という腹筋を鍛える動きも可能だった。

Burasagari_3

26.オープンリール

 これも据え置き型だが、実家にあった。「AKAI」や「TEACK」が業界を牛耳っていた。オープンリールは、テープが大きいことやセッティングが大変という難点はあるものの、音質がすこぶる良く、当時最高のサウンドで音楽を楽しめた。この技術を応用し、小型のテープやマイクロカセットが登場した。そして更にクロームⅡやメタルテープへと進化し、格段に録音レベルが良くなった。

Open_reel

27.水飲み鳥

 これが自宅にあったという家庭はどれくらいあるだろうか。東京土産には欠かせない物だったと認識している。首を上下に自動で振る不思議なおもちゃだった。動力はないのだが、コップに水を入れて、最初だけアシストするだけで、あとは勝手に上下運動を繰り返す。シルクハットと長い口ばしがトレードマークだった。

Mizunomidori

28.東京タワー型卓上カレンダー

 これは卓上式の日めくり式カレンダーで、左側に高さ15cm程の東京タワーのミニチュアの置き物があって、右側はペン立てになっている。そして中央に回転式のカレンダーがある。回転すると中の日付が入っている数字が「パタンパタン」と一枚ずつ切り替わるのだ。昔は家にあったのだが、現在はない。画像があったのでアップ。よく見ると配置が若干変わっている。温度計も付いていた。記憶はあてにならない。

Calendar

29.ペナント

 これは茶の間に並べて張ってある家庭が多いだろう。私は北海道に住んでいた時に、ツーリングで訪れた場所を証明する、或る種特別な土産を考えた時に、安価(300~400円程度)で真っ先に思い浮かんだのがこれだった。北海道だけで19枚の観光名所を描いたペナントを所有している。

Penant

30.木彫りの熊

 北海道土産で買って行くようだが、結構手彫りの熊は値段的には高価だ。登別や阿寒湖のアイヌコタンと呼ばれる場所や観光名所には必ず置いてある。

Wooden_bear   

 どうだっただろう。少しは昔を思い出して懐かしんで貰えただろうか。なお、これ以外の物は、思い出した時点で増やすことを付記しておきたい。

 追記

 明日はこの時期、毎年恒例の仙台出張。新幹線を取りやめて、車で行こうかと思う。一昨日、昨日の2日間で「憲法」に関するレポートを完成させた。4,000字弱だが、正味1日で終了した。文献を図書館から3冊借り、多少引用しながら、何とか形は整った。後は体裁を整え、論点をもう少し掘り下げて論述したい。これも日々のブログの賜物である。

(7/8 PM 8:50)

2010年7月 6日 (火)

高学歴の芸能人たち

 本日も学術的な話題で恐縮である。昨日、「私大の入試ランキング今昔物語」と銘打ってブログを書いたところ、深夜の時間帯にアクセスが殺到した。おそらく、部活を引退した高3生や浪人生が、夜中に受験勉強の傍ら、小休憩した際にふとインターネットで検索した様子が容易に窺い知れる。特にお隣り韓国の受験事情は想像を絶するようで、遅刻しそうな受験生に対して、試験会場までパトカーで先導したり、白バイに乗せて送り届けたり、あるいは家族総出で試験会場まで送迎して、熱いエールを送るなど、国家的規模で盛り上がり、一大イベントと化すのはあまりにも有名な話。冒頭、「アカデミックな」ということを前振りしたが、中身は別段たいしたことはない。私が何気なく見ているテレビ番組で、ニュースや報道を伝えるアナウンサーは頭脳明晰・冷静沈着でなければ務まらない職業だろうし、オリエンタルラジオや宇治原を代表とするお笑い芸人だって、一流大学を卒業している方は大勢いる。客の笑いをとるために、日夜ネタを考え、ぼけとつっこみをタイミング良く繰り出すのはセンスが必要だろうし、並大抵の努力では成し得ない。また、最近はモデルや女性タレントも、一部のおバカキャラを売りにしている人を除き、意外にも高学歴を有している方は結構多い。英語で芸能人を意味する「タレント」という言葉を考えた時、“Talent”は本来「才能」という意味であることから、賢くなければタレントとして長続きはしないという典型ではないのか。1月5日付けの当ブログで、「有名人の出身大学」を掲載したところ、大きな反響があったので、そこで今回は、高学歴(中退を含む)を有するタレント達をピックアップして紹介したい。

・お笑いタレント

(オリラジ)中田敦彦・慶應義塾大学/藤森慎吾・明治大学
(くりーむしちゅー)上田晋也・早稲田大学/有田哲平・立教大学
(ナイナイ)岡村隆史・立命館大学/(きゃい~ん)天野ひろゆき・日本大学
(ガレッジセール)ゴリ・日本大学/(Wコロン)ねづっち・東洋大学
(アンガールズ)田中・広島大学/レイザーラモンHG・同志社大学
(ビジーフォー)グッチゆうぞう・獨協大学/(カラテカ)矢部太郎・東京学芸大学
(浅草キッド)水道橋博士・明治大学/(オードリー)春日俊彰・日本大学
(ロザン)宇治原史規・京都大学/(爆笑問題)太田光&田中裕二・日本大
(はんにゃ)川島章良・明海大学/(アンジャッシュ)渡部健・神奈川大学
綾小路きみまろ・拓殖大学/江頭2:50・九州産業大学
(ほんじゃまか)石塚英彦・関東学院大学/坂本ちゃん・日本大学
(コント赤信号)ラサール石井・早稲田大学/渡辺正行&小宮孝泰・明治大学
小島よしお・早稲田大学/清水圭・同志社大学/笑福亭鶴瓶・京都産業大学
笑福亭笑瓶・大阪芸大/関根勤・日本大学/(ナイツ)塙宣之&土屋伸之・創価大学
永井秀和・創価大学/にしおかすみこ・青山学院大学/博多華丸&大吉・福岡大学
ビートたけし・明治大学/そのまんま東・専修大学&早稲田大学
(髭男爵)ひぐち君・関西学院大学/(Take2)深沢邦之・明治大学
(はりせんぼん)箕輪はるか・早稲田大学/松村邦洋・九州産業大学
波田陽区・熊本学園大学/三遊亭円楽・青山学院大学/小倉久寛・学習院大学
仲本工事・学習院大学/ふかわりょう・慶應義塾大学/エドはるみ・明治大学
イモトアヤコ・文教大学/大久保佳代子・千葉大学/光浦靖子・東京外国語大学

・俳優・女優

柴田理恵・明治大学/紺野美沙子・慶應義塾大学/ベッキー・亜細亜大学
石田純一・早稲田大学/香川照之・東京大学/矢崎滋・東京大学
菊川怜・東京大学/高田万由子・東京大学/西田敏行・明治大学
風間杜夫・早稲田大学/内野聖陽・早稲田大学/堺雅人・早稲田大学
藤木直人・早稲田大学/市川亀治郎・慶應義塾大学/小出恵介・慶應義塾大学
酒井美紀・亜細亜大学/中村雅俊・慶應義塾大学/田村正和・成城大学
別所哲也・慶應義塾大学/サエコ・早稲田大学/吉永小百合・早稲田大学
鶴田真由・成城大学/広末涼子・早稲田大学/加藤あい・亜細亜大学
水嶋ヒロ・慶應義塾大学/蒼井優・日本大学/斎藤洋介・明治大学
阿部寛・中央大学/小泉孝太郎・日本大学/木村佳乃・成城大学
和泉元弥・青山学院大学/えなりかずき・成城大学/神田正輝・日本大学
井上真央・明治大学/上川隆也・中央大学/佐藤隆太・日本大学
北川景子・明治大学/岸谷五朗・中央大学/松たか子・亜細亜大学
石黒賢・成城大学/松下奈緒・東京音楽大学

・歌手

青山テルマ・上智大学/平井堅・横浜市立大学/稲葉浩志・横浜国立大学
小室哲哉・早稲田大学/櫻井翔・慶應義塾大学/紺野あさ美・慶應義塾大学
山下智久・明治大学/桑田圭祐・青山学院大学//谷村奈南・青山学院大学
加瀬亮・中央大学/石川亜沙美・亜細亜大学/坂本龍一・東京芸術大学
山下達郎・明治大学/竹内まりや・慶應義塾大学

・モデルタレント

八田亜矢子・東京大学/三浦奈保子・東京大学/福田萌・横浜国立大学
優木まおみ・東京学芸大学/真鍋かをり・横浜国立大学/山口もえ・成城大学
佐々木梨絵・島根大学

・アナウンサー

(めざましテレビ)大塚範一・早稲田大学/軽部慎一・早稲田大学
高島彩・成蹊大学/皆藤愛子・早稲田大学/遠藤玲子・慶應義塾大学
長野美郷・上智大学/伊藤利尋・慶應義塾大学/生野陽子・福岡大学
(特ダネ!)小倉智昭・獨協大学/笠井信輔・早稲田大学/中野美奈子・慶應義塾大学
(すぽると)/平井理央・慶應義塾大学
(ズームインSUPER)西尾由佳里・東京女子大学/羽鳥慎一・早稲田大学
(サンジャポ)青木裕子・慶應義塾大学/田中みな実・青山学院大学
(他)小林麻耶・青山学院大学/久保純子・慶應義塾大学/大橋未歩・上智大学
長野翼・早稲田大学/宇賀なつみ・立教大学/竹内由恵・慶應義塾大学
下平さやか・早稲田大学/堂真理子・青山学院大学/佐藤良子・東京外国語大学
馬場典子・早稲田大学/高橋真麻・東京女子大学/夏目三久・東京外国語大学
高畑百合子・明治大学/本田朋子・立教大学/松尾翠・日本女子大学
加藤綾子・国立音楽大学/中村仁美・お茶の水女子大学/上村千穂・聖心女子大学
柴田奈津子・青山学院大学/唐橋ユミ・実践女子大学/滝本沙奈・青山学院大学
七尾藍佳・東京大学/赤江珠緒・神戸女学院大学

・司会業

(サンデーモーニング)関口宏・立教大学
(波乱爆笑・日本体育大学教授)堀尾正明・早稲田大学
(朝ズバッ)みのもんた・立教大学/(ごきげんよう)小堺一機・専修大学
(報道ステーション)古館伊知郎・立教大学/(ザ・サンデー)徳光和夫・立教大学
(ヒントでピント)故・土居まさる・立教大学/(笑っていいとも他)タモリ・早稲田大学
三宅裕司・明治大学/(パネルクイズアタック25)児玉清・学習院大学
(ミヤネ屋)宮根誠司・関西大学/楠田枝里子・東京理科大学
(クイズヘキサゴン他)島田紳助・京都学園大学

*なぜか司会業は立教大学が多い

・評論家・文化人

(日本総研・多摩大学長)寺島実郎・早稲田大学
(写真家・大阪芸術大学大学院教授)浅井慎平・早稲田大学
小林麻央・上智大学/膳場貴子・東京大学/(漫画家)やくみつる・早稲田大学
(弁護士・大阪府知事)橋下徹・早稲田大学/麻木久仁子・学習院大学
(参議院議員)蓮舫・青山学院大学/黒柳徹子・東京音楽大学
(横綱審議委員)内舘牧子・武蔵野美術大学/(サッカー解説者)中西哲生・同志社大学

 高学歴の有名人の出身大学を挙げたからと言って、特段その人がえらい訳ではないが、やはりテレビに登場し、長く生き残っている芸能人たちは、高学歴だったり、知性と教養を身に着けていたりする。意外だったのは私が毎週欠かさず見ている「サンデーモーニング」は、関口宏が代表を務める芸能プロ「三桂」所属のタレントや学識者で占めている。浅井信雄・浅井慎平・涌井雅之・中西哲生・タケ小山・唐橋ユミ・橋谷能理子らである。「何だ、毎週身内で番組をやっているのか?」という感じ。「セント・フォース」と同じように、フリーのアナウンサーやキャスター、コメンテーター等のTVタレントを数多く抱える事務所だったようだ。 

 

2010年7月 5日 (月)

私大入試ランキング今昔物語

 昨日までのブログを見て頂くとわかるように、私は今年、期するものがあって23年ぶりに再び学生の身になった。しかも全くの専門外の法律を学んでいる。私の高校時代は、今で言う「ゆとり」ではないし、もちろん「学校週5日制」などはなく、受験戦争と呼ばれた過当競争の時代だった。いわゆる学歴偏重の歪んだ社会情勢の中にあった。
 一流企業へ就職したければ、文系学部であれば早稲田・上智・慶応などを筆頭に、今で言うところのMARCH(マーチ)クラス=明治・青学・立教・中央・法政、つまり偏差値で言うと60以上の大学でなければ、相手にされなかった。
 現に、私の大学時代の経済学部に在籍していた友人は、就職活動の際、屈辱的な差別を受けて愕然とした。それは7月に入って就職が解禁となり、或る一流商社に会社説明会の日程を尋ねる確認の電話をした。ところが、人事部の担当者は大学名を聞くなり、「まだやっていない」と冷たい感じの応対で、電話を一方的に切られたそうだ。時期的にも既に始まっていたため、妙に思い、試しに同じ友人が大学名を超一流のW大と偽って確認の電話を入れたところ、具体的な日にちを指定してきたという。これほど大企業の応対は横着で露骨なものがあった。

 今は、大学を取り巻く環境は少子化の影響で、昔とは信じられないような変わりようだ。経済的理由によって、国公立大学に人気が集中し、一方で偏差値が40以下の私立大学が溢れ、その手の大学では定員割れを起こし、苦し紛れに編み出したAO入試や推薦枠を大幅に広げるなど、あの手この手で学生集めに必死らしい。

 また、専門学校では、選考料免除や授業料半額、入学金半額など、ニンジンをぶら下げ、まるで閉店間際のデパートのように大盤振る舞い状態である。こうなることはわかっていたのに、どこの私立大学も短大・専修学校も、学科を増設したり、薬剤師が人気となれば、それに便乗して大学を次々新設したし、心理学や看護医療系が引く手あまたとなれば、その学科の定員を増やし、学生獲得に躍起になるなどしていた訳だが、今になってそのツケが回ってきたように思える。現在、薬学部は6年制に変わった。その途端、入学志願者が激減した。この近くで言えば、東北薬科大だが、4年制の頃は駆け込み需要もあって偏差値は60以上あった。6年制になった途端、学費は通常の1.5倍。難易度は急落し、偏差値は一気に40台にまで下がった。埼玉とか千葉に出来た新設の薬科大学は卒業するまで2千万円近い出費を払わされるらしい。こうなると我が家を売らないと学費を工面できないだろう。とてもじゃないがそんな大学への進学は不可能に近い。

 また、一方では学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金は予約が殺到し、パンク状態だという。こうなると経済困難で、とても薬学部志望とは口にするのもおこがましくなる。私立薬学の偏差値は大部分が40を切っている。仮にも医歯薬学系の一角を担う命に関わる職業を養成する学部が40以下って・・・。それではそこへ入学して勉強する学生の質も低下することは必然で、難関として知られる薬剤師の国家試験をパスできる筈もなく、万が一合格したとしても薬の処方を間違えられそうで怖い。

 ところで私が22年前に卒業した私立大学(教養課程は北海道で専門課程は東京にあった)は、文系の学部だったのだが、偏差値は55程度だった。それが10年ほど前には、渋谷から3つ目の駅という立地条件が人気を博し、60前後にまで跳ね上がった。それが今、駅の書店で立ち読みした受験雑誌(蛍雪時代)によると、今年の河合塾ランキングでは、遂に50にまで急落した。私としては苦労して入った大学なのに、もはや「ここまで落ちたか」と落胆せざるを得ない現状に目を覆うばかりだ。

 昨今、授業料等が比較的安い国公立大学の人気は異常なまでのうなぎ上りであり、センター試験を受験し、5教科6科目や7科目と言った数多くの科目を勉強し、総合得点で合否を決定するため、幅広い教養を身につけた知識人が学生としている以上、企業としても3教科に特化した学生よりも重用したくなる気持ちもわからずもない。
 私がもし、企業の人事担当だったら、同じだろう。是が非でも国公立大出身の学生を採用したい。それと大学では理系離れが深刻化しているようだ。テレビの分かり易いニュース解説でお馴染みの池上彰氏のテレビ番組で取り上げたが、理系の志願者が減ると、日本の産業を下支えしている技術者の研究レベルが下がり、元々日本のお家芸だったハイテク産業&最先端科学、詳述すれば半導体やナノレベル単位での技術革新や製品開発が立ちゆかなくなる懸念が強くあるようだ。

 また、特に志願者の落ち込みが顕著だったのが、女子大である。かつて名門といわれた東京女子大学や日本女子大学ですらガタ落ち傾向。お嬢様学校として名を馳せた聖心女子大・清泉女子大・フェリス女学院大も昔の面影はない。更に良妻賢母をスクールカラーとし、コンパでは大モテだった大妻女子大・実践女子大・共立女子大・昭和女子大もまた偏差値で言うと50を下回ってしまった。
 女子大に限らず、中堅校と言われた日東駒専(日本・東洋・駒澤・専修)や大東亜帝国(大東文化・東海・亜細亜・帝京・国士舘)までもが50前後、あるいはそれ以下になってしまった。学費が高すぎる私立大学は、軒並み受験者数が減り、大学側からすれば、生き残りをかけて血眼の形相で学生集めに奔走している現状が窺い知れよう。首都圏でさえこうなのだから、地方の名もない大学は潰れるのを指をくわえて待つばかりか・・・。

 そして、就職難が続く短大は、食物栄養や幼児教育系、介護を除いては概ね不人気で、四大との統合を含めて募集停止に踏み切る動きも見られるという。求人状況を考えてみれば、かつて高卒者が行っていた仕事を短大・専門学校卒が行い、短大卒が行っていた職務を大学卒者が担当している現状が全てを物語っていよう。以上見てきたように受験地図も大分様変わりしたようだ。ではどれくらい変わったのか、25年前と現在の状況を私立大学の文系学部のランキング表で比較してみたい。

1985年の私大ランキング(文系) ~首都圏・東北地区~

SS70 以上 早稲田大学・慶應義塾大学
SS65~69 上智大学・国際基督教大学・立教大学・津田塾大学
SS60~64 青山学院大学・学習院大学・明治大学・中央大学・
         東京女子大学・日本女子大学・法政大学
SS57~59 明治学院大学・國學院大学・成城大学・成蹊大学
         神奈川大学・武蔵大学・二松学舎大学・フェリス女学院大学
         白百合女子大学・聖心女子大学・清泉女子大学・獨協大学
SS53~56 日本大学・専修大学・東洋大学・駒澤大学・東京経済大学
         玉川大学・創価大学・文教大学・日本社会事業大学
SS50~52 東北学院大学・東海大学・大東文化大学・亜細亜大学・
         桜美林大学・大妻女子大学・共立女子大学
SS46~49 関東学院大学・国士舘大学・拓殖大学・大正大学・東京国際大学
         実践女子大学・武蔵野女子大学・東北福祉大学・立正大学・
         千葉商科大学・亜細亜大学

2010年の私大ランキング(文系) ~首都圏・東北地区~

SS70以上 慶應義塾大学・早稲田大学
SS65~69 上智大学
SS60~64 青山学院大学・明治大学・立教大学・中央大学・学習院大学
SS57~59 獨協大学・文教大学・法政大学・武蔵野大学・津田塾大学・
        明治学院大学・國學院大學
SS53~56 成蹊大学・成城大学・武蔵大学・國學院大学・聖心女子大学
SS50~52 日本大学・専修大学・駒澤大学・東洋大学・神田外語大学
        ・産業能率大学
SS46~49 フェリス女学院大学・清泉女子大学・白百合女子大学・
        創価大学・神奈川大学・昭和女子大学・東京経済大学・
        麗澤大学・亜細亜大学・東京経済大学
SS45以下 大妻女子大学・共立女子大学・桜美林大学・帝京大学
        拓殖大学・玉川大学・東北学院大学・立正大学・実践女子大学
                  大東文化大学・関東学院大学・東海大学 その他多数の大学

 資料= http://1st.geocities.jp/gakurekidata7/s1983.html

 注) このランキング表は、理系学部は除いてあるし、学部学科によって差異は生じる。例えば中央大学と法政大学は、法学部が他学部より圧倒的に難易度が高い。大学の看板学部と呼ばれるのがそれである。基本的に法学部や文学部、社会学部系は人気が高く、工学部系は偏差値が劣る傾向がある。これは工学部は、機械・土木・電気などどちらかと言えば男子専門のような科目設定であり、学問の中で最も難解とされる数Ⅲや物理を必須としていることから、建築や化学分野を除いて女子が敬遠する傾向は顕著。したがって志願者数の大多数が男子に限られ、倍率が低いことが最大の理由。

 文学部は、国文・英文・外国語などの語学系を始め、歴史系、心理学系など女子に大人気の学科ばかり。だから男女を問わず受験者が殺到し、「高倍率=高偏差値」となるようだ。例えば国立大学の新潟大学は、人文学部が54だが、工学部は48と偏差値が6も低く入りやすい。そして最大の注目すべき点は、上の表の通り、下に行くにしたがって女子大が目立って多くなっていること。いかに女子大の人気が急落したのが見て取れよう。あの横浜・山の手の一等地に聳えるお嬢様学校の「フェリス」ですら偏差値50を割っている現状なのだ。女子大が人気がない真の理由は定かではないが、男女共学が一般化したことや、都会での薔薇色の女子大生生活にあって、キャンパス内は女だらけでは出会いも少なくなり、つまらないと考え敬遠するのではないか?

 そしてSSが50以上を見ると、首都圏・東北圏の大学で言えば、数えるほどしかなくなったのが実によくわかる。一時期、ゆとり教育が流行った頃は、大学を偏差値で考えるのはナンセンスで、個性重視の教育にシフトした結果、競争力を失い、のんびりした情勢となり、結果みるみる学力が低下した。国際的な指針で調査統計している「リテラシー(識字率)」でも1位から転落し、10位以下まで下げた。常識の通用しない大人が増えたのも、ひょっとするとそのへんが関係しているのかも知れない。大学は今、死活問題で、学生集めに相当苦慮している。今は各大学共にアドミッションポリシーを掲げ、理想とする学生像を提示し、6月頃のAO入試を皮切りに、指定校推薦・公募制推薦・一般入試・センター利用入試というように何度も入試を行い、学生に受験機会を与え、媚を売っている。偏差値が40以下の大学は、願書を出せば先着順で決まっていくようだ。偏差値が低い大学ほど定員割れになるケースが顕著である。いつから大学がこんなに廃れてしまったのか極めて遺憾に思う。

 さて、最後に言いたいことは、最近、「平成教育学院」や「Qさま!」などのように、インテリ芸能人特集やアナウンサー対決、東大VS京大スペシャル、インテリ美女対決などと銘打ったクイズ番組がわんさかである。モデル兼タレントの優木まおみは東京学芸大学卒とか、真鍋かをりは横浜国立大学を卒業しているとか聞くとドキッとする。また、あの光浦靖子だって東京外国語大学、皆藤愛子(愛ちゃん)も早稲田大学を卒業しているエリートなのだ。私の大好きなお天気お姉さんの長野美郷は上智大学だし、フジテレビの女性アナの大部分は慶應義塾大学卒で、呆気にとられるほどの高学歴である。頭がいいから色々な分野で臨機応変に機転を利かせて対応できるのだろう。
 会社でリストラにあった時に、窮地を救う手立てになるのは、自分が何をして来た人間で、その会社や社会にどのように貢献できる人間かをアピールできるかである。そのために「ハケンの品格」の大前ハル子ではないが、必要な資格を数多く取得していることも強力な武器になる。また、今の世の中、英語を話せないと使い物にならないようだ。
 
 昨日のニュースで、社内の会話はすべて英語を用いて行うという画期的な決まりを考えた日本の或る一流企業が話題になった。中国が経済力をつけ、GDPで日本を抜き、世界第2位に躍り出たのも英語が使え、ビジネスチャンスを物にしてきた国家体制の恩恵が大きいようだ。そう考えれば、英語だけは文系・理系に関係なく必須なのも頷ける。自分の教養は自分で磨くしかない。人が何かをお膳立してくれるのを待っていては何も始まらない。指示待ちではなく、一に勉強、二に勉強。「面倒くさい」とか「そんな暇ない」と高を括って後々痛い目に遭わないよう、あなたも今から何かを始めてませんか。
 私は45歳になってようやく自分の勉強不足に気づき、それで始めたのが、この通信制での勉強なのである。それが原因で大好きな釣りは疎遠になったが、将来の礎になればと思い、清水の舞台から飛び降りる覚悟で始めたことに後悔はしていない。今後も紆余曲折があり、精神的に追い込まれる事もあるだろうが、挫けず勇猛邁進して行きたいと考えている。

 関連ブログ「女子大はなぜ今人気がないのか」

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-3654.html
 

2010年7月 4日 (日)

ドキュメンタリー45歳の挑戦~科目試験篇②~

 朝6時前に起床し、ひと通り復習する。久方ぶりに経験する言い知れぬ緊張感。こうした学術的な刺激を求めて、わざわざ買わなくてもいいような苦労を買って、再び大学生への道を選んだ訳だが、探究心と好奇心旺盛な私にとっては、適度な快感を味わえ、ちょうど良い感じだ。テキストをめくっているうちに、一瞬霊感が働いて、急遽「裁判制度」の項目を新規に覚える。外を見ると曇り空。今日は朝から奉仕作業。坂道を下り、クリニックタウン南隣りの公園で30分程作業。鎌を振り過ぎると握力が低下し、今日のテストに影響しそうなのでほどほどにする。寝不足が続き、立ちくらみの連続。アクエリ1本を貰い、7時35分には帰宅した。この1か月間、寸暇を惜しんでレポートに書きだした項目をひとりしきり覚えて来た。こうした苦労が報われるのか。それとも全く手つかずの部分から出題され、昨日の受験生のように空しく時間だけが経過していくのか。「英語Ⅲ」はもう諦めている。そんなに甘くはないだろう。開き直ってやるしかない。いくら英検2級を持っていても、それは23年も昔の話。そうやすやすと問屋が卸さない筈。でも運良く今回の3科目6単位分が修得の目途が立てば、今後の履修に弾みがつく。こうした科目試験は年4回あり、3科目ずつその都度レポートを出して試験を受け、合格すれば、スクーリングと合わせて1年間で30単位近い単位修得が可能になる。学士入学の為、既に単位認定されている40単位と合わせても70単位取得という皮算用が成立する。卒業要件は124単位以上であるから、1年後には残り54単位(卒論8単位を含む)になっている筈だ。3年で卒業、これが当初描いた理想だが、もちろん、試験に不合格になって再履修になる可能性もあながち否定出来ない。そして更にスクーリングでの要件単位数が不足するので3年でもきつい。学生時代は、一度も不合格(再履修)になった科目はなかったので、今回もそうなるつもりで準備だけはしている。

 ところで朝イチで見たNTV系列のニュースで、名馬オグリキャップが亡くなったことを知った。25歳の高齢で、故郷の北海道で種馬として余生を過ごしていたが、放牧中に後脚を骨折したのが致命傷となったようで、残念な知らせだった。オグリは1987年5月に笠松競馬場でデビュー。8連勝、重賞5勝を含む12戦10勝を記録した後、1988年1月に中央競馬へ移籍し、重賞12勝(うちGI4勝)を記録した。その活躍と人気の高さは第二次競馬ブームを巻き起こす大きな要因のひとつとなったといわれる。32戦22勝(地方競馬時代含む)の成績を残して競走馬を引退した後は種牡馬となったが、中央競馬の重賞優勝馬を輩出することはできず、2007年に種牡馬を引退した。「平成の3強馬」として脚光を浴び、「芦毛の怪物」という異名があった。私は個人的に、競走馬は、シンザン・テンポイント・ハイセイコー・グリーングラス・シンボリルドルフ・カツラギエース・ミスターシービー・トウカイテイオー・スーパークリーク、そしてこのオグリキャップが好きだった。冥福を祈るばかりである。

Oguricappu

 買い置きしてある冷凍スパとホモソーセージを頬張り、朝9時10分に自宅を出発した。信号で止まる度に、レポートを見て、覚えた内容を口ずさむ。日曜なので昨日より交通量少ない。9時22分に本宮IC前を通過。31分には二本松分岐へ。更に37分に安達の交差点へ。今日は覆面も白バイにも遭わなかった。そして時間調整の為、9時52分、開店前の上州屋の駐車場へ。ここで要点を書きこんだプリントを眺める。車内温度計では外気が25℃。白い雲に覆われている。10時、開店と同時に出発した。10時5分に昨日と同じ「明治病院有料駐車場」へ。暫く控室で最後の悪あがきをした後、10分前に会場入り。なんとE群の試験は受験生2名。隣りの男性は英語Ⅶを受験?試験官とも打ち解けた感じ。昨日と同じ前から2番目の右側の通路側の席に陣取った。11時から1時間、「日本法制史Ⅰ」の試験に取り組んだ。朝の予感が的中し、それも答案に書き入れた。問題は「令制における軍事組織について、あなたの知るところを書きなさい」。たったそれだけに縦A3版の用紙が配付されただけ。ビビった。あれほど必死になってテキストを覚えたのに・・・。25行程度の罫線を時間いっぱいかけて、何とか埋めた。最初に宮城を護衛する兵隊である「五衛府」について記載し、その護衛兵の種類を書いたが、4行ほどで終わってしまった。仕方なく、軍事には関係ないが、行政官庁である「2官八省」について説明しながら記述。そして更には、朝に覚えたての天皇から始まる裁判制度の組織を記載した。最後は、刑罰の八虐と律令格式について、せっかく覚えたことをすべて書いて、最後のマス目までびっしり埋めてやった。設問に対する問いだけではイメージを膨らませることが出来ず、7割方はお茶を濁す結果となった。でも、あのお題でA3の用紙を全部埋める者はいないだろう。おそらく、手前味噌だが、レポートと合わせれば「A」は堅いと見ている。

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 そして最後のF群の試験は12時半から1時間。受験者は6名だった。女性が3名いた。「英語Ⅲ」のテキストはすべて長文で、全くと言って良いほど勉強してなかったので、半分捨てていた。次回の為に、どんな感じか探りを入れる意味で軽い気持ちで受験してみた。ところが、これも蓋をあけてびっくり!テキストの内容では1ページに知らない単語が10個以上あったのに、出題は、テキストは3割程度で、平易な英文を訳させたり、省略されている関係代名詞や指示語を解答させるもの、並べ替え英作文が2問など。2枚セットの問題は、1枚目は「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の一部を訳すものと、テキストとは一切関係ない「歌舞伎座」の閉幕に関する英文を訳させるもの。2枚目はやや難しかったが、「A」は取れずとも「B」は取れるかもしれない。英語は全部で4科目8単位分を習得しなければならないが、勉強しなくても、まずまずの答案メイキングが出来るのであれば、もう1科目余計に受けても大丈夫だったかもしれない。一番難しいとされ、敬遠される英語Ⅰも保険で受けておけば良かった・・・。2日間福島まで通って、3科目6単位は、成績の良し悪しはさておき、修得できると思う。間違っても不認定、再履修はないと思っている。「英語Ⅲ」の試験は、正味20分程度で完成していたので、何度もケアレスミスがないか点検し、13時5分に挙手して試験官を呼び、提出した。昨日と同様、テーブルの消しゴムのカスを集め、ペンケースに入れ、席を立った。

 速攻で会場を出て、駐車場へ。今回は700円だった。13時14分発。ところが、その先で思わぬものを見つけた。何と会場になっていた「福島テレサ」の専用駐車場の表示が・・・。もしかして無料?2日間の1,200円は何だったのか・・・。帰りは悲惨だった。4号国道は福島市内を脱出するのに酷い渋滞。各交差点ごとに信号待ちで長蛇の列。黄色のフェラーリが横を走り、やけに注目を浴びていた。対向車線側を白バイ3台が駆け抜けて行った。空腹だった。しかし、日曜日なのにやたら車の数が多かった。もしかして事故か何かで高速が閉鎖?より酷かったのが、安達付近の高架橋からの長い渋滞。1km進むのに10分はかかった。13時50分、安達交差点へ。安達ケ原から合流する橋の上が長い車列。何かイベントでもあるのか?はたまた楽天の試合でもあるのか?これは二本松を過ぎて、本宮市内に入っても変わらなかった。いい加減嫌になり、本宮警察署の先のホームセンターの交差点を左折し、14時15分に旧国道へ。くねくね道をノロノロトラックの後ろでひたすら耐えながら走行。局地的にゲリラ豪雨のような激しい雨。14時33分に八山田の交差点から右折。急坂を駆け上がり、14時40分に帰宅した。遠回りによって往復89kmだった。1時間26分もかかった。昨日より1.5倍の時間がかかった。

 その後、朝と同様買い置きのスパゲティミートソースを食べ、ソーセージもパクつく。夕刻には溜まった番組録画をDVDへコピー&ムーブ。そしてその合間に伸び放題だった雑草を刈った。ついでに今後の学習スケジュールを計画表にて確認。次は「憲法(4単位)」と「民法総論(3単位)」に挑戦。ようやく条文・条項などの法規に直接携われると思うとウキウキ感ワクワク感が増す。ようやく法学部の学生になった気分を味わえるであろう。とにもかくにも最近のレポートの件や今回の科目試験の件で、自信を失いかけて不安に思っていたが、どうにかやっていけそうな気がして来た。5%しか卒業できない理由も何となくわかった。また、次のレポートに向け、心機一転で頑張りたい。というか、今日既に原稿用紙換算で2枚ほど書き上げたが・・・。そして「週末釣り倶楽部」の現レポーターを務めている伊勢みずほさんのブログをチェックしたところ、3月で番組を降板した筈のあの「マナミン」こと伊藤愛美が久々に番組出演するようだ。近く放送されるだろう。楽しみだ!詳しくは下のアドレスへ「Go!」

http://mizufo.blog129.fc2.com/blog-date-20100703.html

 追記

 21時前の県内ニュースで、二本松~本宮の渋滞の理由が判明した。それは、東北自動車道で乗用車が横転し、炎上した模様。日曜日のあの時間帯では考えられない渋滞だったのはそのせい。おそらく通行止め&ICが閉鎖になり、高速を追いだされた車が福島西ICから大挙して国道に流入して来たのだ。道理で、那須や春日部など関東ナンバーがやたら多いと思った。これで合点がいった。更に、念のため車載レーダー「コムテック」の更新データのページを覗いたところ、6月28日付で最新のDATAが配信されていた。この3ヶ月でもう3回も更新。すべて無料でダウンロードできる。購入する時は2万円近くして高いと思ったが、これで4回目の更新になるので完全に元はとったに違いない。今日は暗いので、レーダーを外せないが、週末にでも更新したいと思う。

2010年7月 3日 (土)

ドキュメンタリー45歳の挑戦~科目試験篇①~

 昨日(7/2)は、もう一度翌日(7/3)試験の「英語Ⅱ」と7/4の「日本法制史」もまた最終点検した。テキストの問題を3回は反復学習したが、やはり忘れていた箇所があって、改めてレポート用紙に書きだして覚えなおした。学生時代と比べ、記憶力が6割程度に落ちていることを実感する。歳をとってから「覚える」という作業はやはり難しいようだ。そして夜、私が入浴中に、それを気遣ってか、母親が自宅を訪れて、庭でとれた枇杷を持って来てくれた。有り難い。柑橘類なので目が覚める。夕方19時過ぎに帰宅すると、先日ネットから注文した夏休みのスクーリングで使用するテキストが無事届いた。住所入力をミスったのだが、学生番号から向こうで検索_したようだ。夜は体のあちこちを蚊に刺されながら、「オランダ対ブラジル」を見て、その後、週末を迎えるとテレビ番組予約が殺到することからCMをカットし、HDD内の容量を確保した。なんだかんだで明日科目試験だというのに、深夜1時過ぎまで起きていた。

 7月3日(土)

 朝7時前には起床。やはり眠い。昨夜のブラジルの敗戦は衝撃的だった。日本人の西村さんが主審を務めたベスト4入りを賭けた大事な試合。ここまで来るとさすがまぐれでは勝ち残れないらしく、ドイツやアルゼンチン、スペインなど優勝候補が順当に残った。これに前回優勝のイタリアとルー二―&ギャラードが率いるイングランドがいれば最高に面白いのだが。試合はブラジルが先制したものの、オランダが少ないチャンスをものにし、2点を連取して逆転。特に2点目はヘディングを2つつないでスナイデルが決めた。やはりロッペンが出場すると、攻撃力が一変する。日本戦で欠場して良かった。ブラジルは後半で退場者を出し、痛い敗戦となった。これで優勝の行方は混沌として来たが、私は以前に予想した通り、アルゼンチンかドイツが優勝すると見ている。

Dvc002241  本日の試験は14時30分からで1科目だけなので、午前中は余裕があった。8時に自宅を出た。まず咲田の吉野家に向かうが、交差点ごとに赤信号に捕まる。そして8時10分に吉野家でいつもの店員の元、「ハムエッグ納豆定食(400円)」を注文し、5分で平げる。スタンプカードが2枚満杯になったが、牛丼とは交換しない。そして8時25分に実家へ。床屋が開店するまでの間、時間潰し。昨日の枇杷の礼を言う。そして9時ちょうどに床屋へ。今散髪しておけば、来月のスクーリング直前に行けばOKとなる。1時間15分程、「こち亀」を3冊読みながら散髪。3,000円。暑いので短めにして貰った。45歳にして髪の毛の半分以上は白い感じ。10時20分に出て、結婚記念日には毎年贈っている花束を買い求めようとカインズに行くが、いつもはあるショーケースにフラワーアレンジメントがない。仕方なく「1・2・3の市」で混んでいるであろうベニマルへ。保育園側に駐車した。そしてフラワーコーナーへ。予算を言って20分程花束を見繕ってもらう間、ダイソーへ。ペンケースとプラ消しゴム6個入り、黒ボールペン10本入り、それに飴を一袋買ってレジへ420円。甘栗を熱心に勧められるが辞退。そしてベニマル店内をうろつき、物色。ここは日本酒の「久保田」が置いてあるが萬寿が14,000以上もする。千寿も5,000円以上、百寿だって4,000円以上で売られている。大変なボッタクリ状態。私の行きつけのさくら通り沿いの酒屋さんは、醸造元の朝日酒造と特約店契約を結んでいるため、全て定価。最高峰の萬寿ですら8,000円台で買える。その差6,000円!とても信じられない。11時頃、花束が完成した。2,000円なのにボリュームが凄い。ユリの花の香りが強い。しかも本日は20%オフの日なので会計は1,600円だった。妻に感謝をする日なので、結婚記念日と家内の誕生日には毎年必ず贈っている。もう16年間も続けている行事である。当初は花束を抱えて店内や駐車場を歩くのが照れくさくて駄目だったが、最近は慣れっこになっている。そして11時5分に帰宅した。まったく本日テストだというのに、昨日、テキストの見直しを少しやっただけで、本日は何もしていない。じわりじわりと緊張感が漂ってきた。本日は1科目だけで明日が2科目。2単位取得のためにわざわざ40km以上離れた福島まで出向かなければならないのは辛い。今日は「英語Ⅱ」の試験。この科目はスピーキング・ライティング・リスニングに趣を置いた科目のようだ。試験は14時半からだが、12時半には出発するつもりでいた。したがって11時半から、往生際が悪いが、テキストで間違えた箇所を中心に1時間ほど点検した。

 12時半に自宅を出て、順調に流れている車列に身を任せ、ゆっくり走った。出発直前「ケンモ」からケータイにメールがあって、安達ケ原付近に白のアスリートの覆面がうろついているという情報が入っていたので、自重する。本宮ICを12時42分にクリアし二本松分岐に12時54分通過。安達の信号が13時6分。すると、どうもそれらしき車両を発見。白のクラウンで、リアガラスがブラウンのスモーク。並んだ時、確信。半メットは被っていなかったが、2人乗りで青い交機の制服を着ていた。周囲も気づいたらしく、誰も抜いて行かない。ナンバーは「4××0」(公務執行妨害に抵触するといけないので4桁は公表しないのであしからず)。我が物顔で頻繁に走行車線と追い越し車線を行ったり来たりしていた。ずっとその後方を追尾して走り、時折ダッシュボードに固定したデジカメで撮影。覆面とはいえ、流れに沿って60km/hの法定速度の道路を70km/h以上で流していた。バッタリ同じ時間帯で遭遇するとは思わなかったが、情報通りでにんまり。心強い。元から4号バイパスは覆面や白バイが合流地点に隠れているので、追い抜く時は走行車線の車の運転手をチラ見して行くことにしているし、絶えず合流地点から急発進して迫って来る車やバイクがないかミラーで確認するようにしている。これも昔バイクに乗っていたので、絶えず細心の注意を払っていた賜物で、それが今も習慣化している。結局松川から伏拝の交差点まで追跡した。そのアスリートは伏拝交差点から左折して下り坂を下りて行った。通常は福島は1時間のドライブだが、事故渋滞等を懸念して試験開始の2時間前に出発した。やはり早く到着し過ぎたので、13時15分に4号線沿いにある上州屋南福島店に立ち寄る。レジに懐かしい顔が・・・。彼も私だとすぐに分かった。彼とは、以前郡山店に勤めていた顔馴染みの店員Kさんで、昨年ご栄転し、今そこの店長をしている。1年振り以上で再会した。すると時々私のブログを見てくれているらしく、「一週間前もこの店の前を通ったじゃないですか?寄ってくれればいいのに・・・」と言われ、妙に嬉しかった。時間潰しの為に入ったのだが、10分程で230円の仕掛けをひとつ購入した。

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 そして13時33分、会場となっている「福島テルサ」の隣りの有料駐車場に車を入れた。この駐車場は「明治病院駐車場」という名称で、先週の出張でチェック済み。福島は薄曇りだったが、やはり暑い。車内温度計では32℃もあった。13時40分に館内へ入り、エレベーターで3階へ。試験会場は3階で、「あづま1」(試験会場)と「あづま2」(控室)という20人程度が入る小会議室のような部屋。まずは控室でテキストの最終点検。男子4名女子2名で、私より数段若い人や年配の方もいた。俄かに緊張感が漂っていた。とても声をかけて友達になれそうな雰囲気ではなく、ピリピリ張りつめた空気だった。途中、ロビーでお茶を購入(150円)。喉がカラカラ状態。そして開始10分前の14時20分には隣りの試験会場に移動。そこに東京の大学本部から来たと思しき男女2名の試験官がいた。5分前には15項目くらいある注意事項が読み上げられた。テストなんて何年振りだろうと思いながら、不思議な胸の高鳴りを感じていた。14時半から試験開始。私が本日受けたのは「英語Ⅱ」の試験。既に学卒扱いなので、仮認定されており、この試験で及第点を取れれば晴れて2単位が我が手中のものとなる。最初に2枚ある問題&解答用紙に学籍番号と名前を記入。更には受験者名簿が回され、イの一番に記入。その時間はB群の試験だったが、受験したのは僅か4名だった。20分経てば退席が認められ、残り5分を過ぎると退席は不可だった。問題を裏返してビックリ。予想とは形式もまるっきり違っていた。あれだけ繰り返し練習問題を解いたのに、意表を突くような設問だった。一瞬青ざめた。20分以降退席したのは2名。鉛筆の音があまり聞こえて来なかったので、だるまさん状態だったのか?そそくさと出て行った。私は大学時代は、いつもスラスラ解いてトップで答案を出したクチだったが、せっかく福島まで遠征したし、昔に比べ、不注意なミスが多くなっているので、制限時間ギリギリまで、60分間粘って何度も見直した。問題量は少なく、配点が大きい。テキストをまんべんなくやっていなければ得点稼ぎは無理なようで、ヤマを張ると絶対失敗するのが見て取れる単純明快なテストだった。

 消しゴムのカスを拾い集め、「お世話になりました」と試験官に声をかけ、挨拶をして退室した。すぐさまロビーでテキストを開いて解答をチェック!テキスト後半の「Unit」の対話部分のスペルを記入する、各1点の空欄補充が1問ミス、そしてノーヒントの対話文完成の1問2点(もしかして3点?)の部分がさっぱり浮かばずに、当てずっぽで記入。でも最後の見直しで間違いに気づき、2問修正し、何とか正解。それでも8問中5問もミス。1問3点だったとしてもマイナス16点は確定。残りは多分全問正解だと思うので、他にケアレスミスがなければ楽天的に見て80点は取れたかもしれない。レポートが免除されているので、80点以上取らないと「A」はない。本当は満点狙いだったが、そんなに甘くはなかった。結果は3か月以上後になるらしい。単位をとれればO・Kではなく、どうせやるなら「A」を狙いたい。帰り際、催し物の案内板に、明日この同じ場所で「中央大学の通信教育課程」の科目試験も同様に行う旨の表示があった。明日も同じ場所まで往復しなければならない。ひとつ気づいたことは、明日も同じ時間帯かと思っていたら、試験は午前中に試験が行われているようだ。受験ハガキを確認してその事実に気づいた。危なかった。

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 15時45分に駐車場を出た。2時間半の駐車で500円だった。中心市街地では30分100円は安い方だ。帰りも市内脱出に多少戸惑ったが、ほぼ順調に流れていて、無理な追い越しはせず、ずっと同じ車線をキープするなどして自重。16時5分に安達の道の駅周辺を走行中、この一帯だけが集中豪雨。ある地点を境に急に叩きつけた。以前もこのようなことがあり、雨雲が溜まり易い場所のようだ。16時14分二本松分岐。交通量は多いが、郡山まで全て2車線になったので渋滞はなし。16時26分に本宮ICを通過し、16時40分に帰宅した。往復87kmだった。明日も午前中からこのパターンとなる。しかし、明日は朝7時から町内会の奉仕作業があり、朝イチで最終確認の勉強ができない。今日のテストでよくわかったが、私立トップに君臨する我が大学は、名門だけに一筋縄ではいかないということだ。そんなに甘くはない。時間をかけてじっくりやらないと、一夜漬けでは到底駄目だし、そうやすやすと単位はくれない仕組みなのだ。入学者のうち1割程度しか卒業できないカラクリも良く分かった。私にとっては逆にやりがいがあるし、望むところだ。私はより高みを目指して学問に励みたいので、簡単に単位をくれるような大学では先が思いやられるし、何の有り難味を感じないだろう。明日もう一日頑張って答案をメイキングし、学生を演じるとしよう。

 その後、家内が集まりがある関係で、夕食は子供を連れて外食となった。HPでドリンクバーのクーポン券をプリントアウトし、18時45分過ぎに家を出て、4カ月ぶりに「ミルキーウェイ」へ。ところが着いてみて驚き。名前が「ビッグボーイ」に変更していた。メニューも多少変わっていて、私は大俵ハンバーグとサラダバーセットを注文した。いつもは早い時間に来るからガラ空きだが、本日は土曜日の為、サラダバーの付近は人だかりとなっていた。サラダバー5回、ドリンクバーも5回往復し満腹になった。かなりお腹周りがきつい。参った。19時45分に帰宅したが、「志村動物園」の「DAIGOとさくら」を見過ごしてしまった。21時以降に約1時間、明日のテストの最終点検を行った。長文の「英語Ⅲ」は殆ど手つかずでぶっつけ本番!意味不明の難解な単語だらけで皆目見当がつかない。きっと駄目だろう。30点取れれば御の字かも・・・。

 

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