2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

« この秋おすすめの福島の地酒 | トップページ | もう一度訪れたい日本の名所 »

2010年10月26日 (火)

死ぬまでに訪れたい日本の名所

 私は大学時代に北海道に住んでいた経歴があり、バイクツーリングを思う存分満喫した時期がある。旅の恥かき捨てのような真似はしたくないが、日頃の喧騒を離れ雑念を振り払う意味では、新鮮な気分に浸れる旅行は打ってつけであろう。私はバイクだけでなく、仕事でも日本全国津々浦々を旅した。しかし、新幹線で通過しただけとか、あの姫路城ですら移動途中の車窓からチラ見しただけというお粗末ぶりだ。これまで訪れたことが無いのは鳥取・島根の山陰地方、愛媛・高知・徳島などの四国、そして大分、宮崎、鹿児島の九州などで、もちろん伊豆大島を始めとする離島はまるで行った試しがない。学生時代は、同じアパートの地理学科の友人は、旧国鉄の「チャレンジ3万キロ」に挑戦していた。青春18きっぷを駆使し、各駅停車の旅を敢行し、すべての駅で下車し、プラットホームの駅名標示板で証拠の写真を撮影し、駅舎に備えつけのスタンプを押してコレクションしていた。そしてアルバムに綺麗にスナップ写真や旅の土産品を整理し、宝物にしていた。それは特異な例だとしても、せっかく日本人に生まれたからには、死ぬまでには全都道府県を制覇し、その土地の名産や名勝旧跡に触れてみたいと思う。旅番組などのテレビ映像ではお目にかかっている名所でも、実際訪れれば違った臨場感を味わえると考えている。とりわけ私はお城を見るのが昔から好きで、よくジグソーパズルやプラモデルで製作したのもお城だった。これまでに松前城・弘前城・青葉城址・鶴ヶ城・小峰城・霞ヶ城・皇居(江戸城址)・小田原城・松本城・名古屋城・犬山城・桃山城・大阪城・姫路城(車窓)・福山城・熊本城は訪れている。また、近年はユネスコが制定する世界遺産も日本には数多く点在している。それを退職後にはゆったりした気持ちで見て周りたいと考えている。そこで今回は、手前勝手ながら、タイトルが示す通り、私が「死ぬまでに訪れたい日本の名所」と題して、行きたい順に勝手にランキング形式にしてお送りしたい。俗に言う観光名所と異なるが、個人的趣味と思って勘弁願いたい。

 1位 軍艦島(長崎県端島)

Gunkanjima  1年以上前に、この島について記事を書いたことがある。30年ほど前に公共広告機構のTVCMで取り上げられ、私はこの島に特別な感情を抱いた。「島は宝島だった・・・」というナレーションで始まり、「資源とともに消えた島」で終わる、身につまされるCMだった。周囲僅か1.2kmほどの小さな島だが、地質調査で石炭が採れることが判明すると、各地から大挙して4千人が押しかけて移住。石炭採掘作業にに関わった。そして人工島の如く、その島は、コンクリートの堤防で覆われ、高層団地が立ち並び、病院や神社、学校、映画館、スーパー、理髪店などありとあらゆる生活に必要な物は揃い、ひとつの町を形成した。遠くから見ると、その島の威容はまさに軍艦のようだった。だから端島は別名「軍艦島」と呼ばれる。しかし、昭和40年代の石油にとってかわったエネルギー革命や石炭を掘り尽くした後、存在価値を失ったその島は、先を争うように離島する住民が相次ぎ、終末には無人島になった。数年前に島は風化が進み、全面的に立ち入り禁止となった。しかし、地元を中心にここを世界遺産に申請しようという機運が高まり、場にそぐわないコンクリートの船着き場が新設され、定期的にツアーによる観光船が往復し、数多くの観光客が上陸できるようになった。そうした観光客の中には、この歴史的な遺産を守る発想を持ち合わせた賢明な者たちばかりではなく、単なる興味本位や冷やかし半分の物見遊山的な輩もいるようだ。島に残された、かつて島民が使用していた物品を平気で記念品と称して持ち帰ったり、壁には上陸を記念して落書きを残したり、公共心の微塵もない連中ばかり。これでは島が泣いている。

当方のブログ記事 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-c6b2.html

公共広告機構CM http://www.youtube.com/watch?v=rnwfXH6jMUo 

 2位 鳥取砂丘(鳥取県)

Tottori_sakyu_2  山陰地方は一番縁遠い場所で、石川(能登半島一周)や福井(東尋坊)、京都までは足を伸ばしているのに何故かそこから先は縁がなかった。若狭湾や天の橋立も行ったことがない。同じ中国地方でも、瀬戸内海に面した山陽地方は交通の便も良いが、山陰は行く理由が見つからない。この鳥取砂丘は、千代川の東西に16kmに渡って広がっているが、通常「鳥取砂丘」というと、千代川の東側の545haの「浜坂砂丘」を指す。最大高低差は90mにもなり、すり鉢に似た形に大きく窪んだ「すりばち」と呼ばれる地形も有名で、特に大きなすりばち(「大すりばち」などと呼ばれる)は40mの高さにもなる。女優の田中美佐子さんの故郷・隠岐の島にも渡ってみたいが、まずは本土を制したい。沿岸を見渡す限りの砂丘が埋め尽くす幻想世界は死ぬまでに一度は目にしたい光景だ。風紋や砂が鳴く音を聞いてみたい。丘を往復するのに体力がかなり必要なので、足腰が弱る前に訪れたい場所だ。ここは30年ほど前に「土曜ワイド劇場」のロケで使われ、個人的にも衝撃を受けた場所。

 3位 出雲大社(島根県)

Izumo  ここも山陰地方で島根県にある。出雲大社をスタートとする大学駅伝で有名な場所だ。出雲大社は島根県出雲市にある神社である。式内社(名神大)、出雲国一宮で、旧社格は官幣大社。現在は神社本庁包括に属する別表神社、宗教法人出雲大社教の宗祠。明治維新に伴う近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社であった。祭神は大国主大神。康治元年(1142年)在庁官人解状に「天下無双之大廈、国中第一之霊神」と記された。縁結びの神様としても知られ、神在月(神無月)には全国から八百万の神々が集まり神議が行われる(神在祭 旧暦10月11日~17日)。正式名称は「いずもおおやしろ」であるが、一般には「いずもたいしゃ」と読まれる。二拝四拍手一拝の作法で拝礼する。出雲大社本殿(附 内殿、棟札) - 1900年(明治33年)4月7日重要文化財(当時の特別保護建造物)に指定。1952年(昭和27年)3月29日、文化財保護法に基づく国宝に指定。重要文化財は「出雲大社」 - 2004年(平成16年)7月6日指定。重要文化財「出雲大社」として、以下の社殿21棟および鳥居1基が一括指定されている。

 4位 硫黄島(東京都)

Ioutou 太平洋戦争末期、ミッドウェー海戦で大敗を喫し、劣勢に立たされる日本軍だったが、その後、多くの旧日本兵達が絶対国防圏として死守しなければならないサイパン島が陥落し、B29の飛来と本土の爆撃を許すことになる。この硫黄島は、1944年12月のレイテ攻略で、ほぼ日本海軍の戦闘能力はなくなり、台湾攻略の戦略的な価値が下がった上に、米陸軍も日本本土への戦略爆撃の効果から硫黄島攻略の意義を唱え、「硫黄島攻略後に沖縄上陸」という基本戦略が秋の日本本土上陸への前提としてアメリカ軍全体の方針となった。これを受けて、1945年2月19日にアメリカ海兵隊の硫黄島強襲が、艦載機と艦艇の砲撃の支援のもと開始された。3月17日、激しい戦闘の後にアメリカ軍が島を制圧し、日本軍守備隊陣地の多くが壊滅した。3月21日に大本営は17日に玉砕したと発表。その後も、生き残りの日本兵からの散発的に抵抗は続き、3月26日、栗林中将(戦闘終結直前に大将へ進級)以下300名余りが最後の攻撃で壊滅し、これにより組織的戦闘は終結した。日本軍に増援や救援の計画は当初よりなく、2万933名の守備兵力のうち2万129名までが戦死した。これは損耗率にして96%にのぼる。一方、アメリカ軍は戦死6821名・戦傷2万1865名の計2万8686名の損害を受けた。太平洋戦争後期の上陸戦でのアメリカ軍攻略部隊の損害(戦死・戦傷者数等の合計)実数が、日本軍を上回った稀有な戦いであった。この模様は「硫黄島からの手紙」という映画で見た方もいるだろう。舞台全体が壮絶な玉砕を遂げた大激戦の地にどうして私が行ってみたいのか。恐らく今も回収困難な遺骨が多数眠っていることだろう。65年前にここで生きて帰れぬことと知りながら、戦地に赴き、御国の為に立派に命を散らせた若人たち。母を思い、故郷を思い、そして日本の行く末を案じながらあの世へと旅立った兵士たち。さぞかし無念だったことだろう。「同期の桜」や「海ゆかば」を共に歌いながら、挫けぬ勇気を携えて戦場に散って行ったに相違ない。そう思うと、居た堪れない気持ちがこの身を襲う。同じ日本人としてそれを思うと、死ぬ前に一度は訪れて手を合わせて冥福を祈りたい。今夏に靖国神社を訪問し、英霊の御霊に触れ、戦争の悲惨さと平和の有り難みを身に染みて感じとった。今の日本の平和は多くの戦死者たちの犠牲の上に成り立っていることを決して忘れてはならない。

 5位 白川郷(岐阜県)

 ご存知合掌造りで有名な飛騨の里である。昔の日本の風景がそのままの姿で残されている保存地区で、世界遺産にも登録された。長閑な日本の故郷を彷彿させる村である。私は岐阜県の高山と美濃加茂しか訪れたことがないので、是非一度この目に焼き付けておきたい風景だと思っている。福島県の下郷にも同じような佇まいを見せる大内宿という茅葺き屋根の民家が連なる宿場通りが実在するが、この白川郷は世界遺産。格が違うようだ。奥深い山中にあるらしく、ぜひ夏と冬の2回訪れたい場所だ。おそらく異なる表情を見せてくれるに違いない。

Shirakawagou

 6位 倉敷市美観地区(岡山県)

Kurashiki  岡山県倉敷市にある国指定の伝統的建造物群保存地区。江戸時代初期の寛永19年、江戸幕府の天領に定められた際に倉敷代官所が当地区に設けられ、以来備中国南部の物資の集散地として発展した歴史を持つ。倉敷川の畔から鶴形山南側の街道一帯に白壁なまこ壁の屋敷や蔵が並び、天領時代の町並みをよく残しており、1979年に県内2件目となる重要伝統的建造物保存地区に選定されている。また、1930年(昭和5年)に建てられた日本最初の西洋美術館大原美術館や1888年(明治21年)に代官所跡地に建てられた旧倉敷紡績工場の建物を改修・再利用した観光施設倉敷アイビースクエア等も当地区を代表する建築物である。私はこの場所はテレビドラマ「同窓会へようこそ~遅すぎた帰郷」でこの町並みがロケで使われ、江戸時代の風情を感じられる場所として好きになった。確か豊川悦司と加藤あい、風吹じゅんが出演していた悲しい純愛ストーリーだった。千葉県の佐原市もここと似た江戸時代の影を落とす保存地区がある。古の歴史浪漫に触れられる数少ない場所かもしれない。

 7位 錦帯橋(山口県)

 かつて壮大なスケールのCM(違いのわかる男のネスカフェ)で使われた場所。幾重にもアーチ状に連なり、その様は訪れた人を圧倒するほど壮観である。山口県岩国市の錦川に架橋された木造のアーチ橋である。日本三名橋に数えられており、1922年に名勝に指定されている。5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3メートル、幅員5.0メートルで、継手や仕口といった組木の技術によって造られている。杭州の西湖にある「錦帯橋」をモデルにして1673年に架橋された。

Kintaikyo

 8位 長崎の街並み(長崎県)

 長崎と言えば異国情緒に溢れ、古くから諸外国との交易で栄えた街と言って過言ではない。外国の圧力に負け、鎖国を撤廃し、この地の出島に港を開いたのが発端で、西洋の文化の流入と共に、街もオランダの風情や香りが漂う街と変貌して行った。眼鏡橋、オランダ坂、グラバー邸、大浦天主堂、平和祈念公園の像、ハウステンボス、そして夜景。食べ物は長崎ちゃんぽんか?名所にはことかかない。我が福島県では、直通便は飛んでいないが、福島空港開港以降、高校の修学旅行で行く機会が増えているようだ。九州は遠方であるため、なかなか行く機会はない。逆に沖縄にはすべて仕事で3回足を運んでいるが、九州上陸は、2001年の夏に福島空港からJALで福岡空港へ飛び、その後熊本に行って以来訪れていない。夜でも物凄く暑かったことと、そして路面電車に乗ったこと、黒塗りの熊本城の威容だけが脳裏に残っている。一度でいいから五島列島でグレ釣りを楽しんでみたい。また、ここは広島市と同様、第二次世界大戦末期に悲劇の象徴として我々の記憶に留めておかなければならない世界的な都市である。原爆で犠牲になった方々を尊び、平和を祈念し、その象徴としていつまでも後世に語り継ぐ責務を我々は負っている。

Ohura Heiwakinenzou Orandazaka

 9位 佐多岬

 断崖絶壁にそそり立つ草原に放牧される馬や牛の群れ。何か牧歌的な風景をイメージする。大隅海峡に面する岬で北緯30度59分10秒、東経130度39分42秒。大隅半島のみならず、九州本島の最南端にあたる。霧島屋久国立公園に含まれる。岬の東方に枇榔島(びろうじま)が、岬から岩礁を隔てて南方100mに大輪島(おおわじま)が浮かぶ。岬の背後に控える山塊は御崎山あるいは蘇鉄山と呼ばれており山腹に御崎神社がある。また岬の展望台からは、天候によっては宇宙センターのある、鉄砲伝来で有名な種子島・馬毛島・世界遺産の縄文杉のある屋久島や三島村の島々、薩摩半島南部の開聞岳などを望むことができる風光明媚な場所。私は、出が会津なので、かつては歴史認識から薩長憎しで山口県と鹿児島県に足を踏み入れたことはなかった。今はその呪縛から解き放たれ、日本全国を旅したい衝動に駆られている。鹿児島は噴煙降り注ぐ桜島や指宿や湯布院などの温泉も多々あり、いずれ温泉めぐりもしてみたい。

Cape_sata

10位 桂浜

 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の影響ではない。土佐藩も我が会津藩にとっては積年の敵(かたき)であり、坂本龍馬は時代の寵児にはなっているが、会津藩から見れば薩長の仲を取り持った許し難き人物ということになる。しかし、そうした思いも今は私の中には無くなった。今は、日本史に登場する歴史上の人物の功罪について、より理解を深めたい思いでいっぱいである。桂浜は、坂本龍馬の生まれ故郷、土佐にあって、彼が志を培った要地である。高知市浦戸に位置し、太平洋に臨む海岸。土佐民用「良よさこい節」にも詠われ、そして太平洋を望んで立つ坂本龍馬の銅像がある浜辺は、高知を代表する名所の一つとして知られる。

Katsurahama  

次点 那智の滝&熊野古道

 紀州・和歌山を代表する場所である。和歌山は行ったことがない。高校時代の修学旅行で奈良県境の多武峰に宿泊したことがある。日本三大名瀑のひとつ那智の滝がある。私は華厳の滝と袋田の滝はしかと見届けたので、ここを見れば制覇となる。また、最近は世界遺産に選ばれた熊野古道が有名。熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称。これらの多くは、2000年に「熊野参詣道」として国の史跡に指定され、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産における「遺跡および文化的景観」)として登録された。なお、その登録対象には紀伊路は含まれていない。熊野古道の遺構の特徴として、舗装に用いられた石畳が残っていることがある。石畳が用いられたのは、紀伊半島が日本でも有数の降雨量の多い地域だからである。

Kumanokodu

 日本全国名称旧跡は数あれど、まだまだ未知の物が多くある。鉄腕DASHのソーラーカーの旅や「いい旅夢気分」などの旅番組も大いに参考になった。今、実行したいのが、以前このブログで「日本三大思考」という記事を書いたが、その完全制覇。例えば日本三大名城(姫路城・大阪城・熊本城)、日本三景(松島・天橋立・安芸の宮島)、日本三庭園(偕楽園・兼六園・後楽園)、前述した日本三名瀑など。いずれもどれかひとつ欠けている。そして自分だけの隠れた秘境というのも探し出したい。日本列島の8割以上を占める山岳地帯にあって、探せば前人未踏の未開発の地や絶景もあるだろうし、また島国日本では、無人島も数え切れないくらい点在している。それを自分の足で歩き回りたい。佐渡島や淡路島だってまだ訪れたことがないし、小豆島、隠岐の島、奥尻島、焼尻&天売島、礼文島&利尻島も未知の土地だ。また、最近話題の兵庫県にある神秘の山城・竹田城もまた然り。そう考えると退職後の生活が楽しくなってくる。あと14年で60歳。健康に留意しながら、この先の生活を大事に生きていかなければならない。

 明日はこの続編と言うことで、これまでに訪れたことがある場所で、もう一度訪れたい名所を紹介したいと思う。 

« この秋おすすめの福島の地酒 | トップページ | もう一度訪れたい日本の名所 »

旅行・地域」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 死ぬまでに訪れたい日本の名所:

« この秋おすすめの福島の地酒 | トップページ | もう一度訪れたい日本の名所 »

福島県の天気


無料ブログはココログ