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2010年10月27日 (水)

もう一度訪れたい日本の名所

 昨日は自分が「死ぬまでに一度は訪れたい日本の名所」と題してお送りした。個人的な見解や独断で観光地を取り上げただけなのに、思いのほか反響があった。アクセス数も伸びた。今日は前置きをほどほどに、昨日の続編として、私が一度は訪れた場所で、ぜひとも再訪したい場所をテマに掲載したい。

 1位 カムイワッカ湯の滝(北海道)

 ここへは1985年に単独で訪れた。知床の西側にあり、知床五湖に向かう途中から林道に分け入り、山道の曲がりくねった尾根沿いの道を15kmほど行くと急コーナーの右手にその入り口が見える。道というより流れ落ちてくる川に入りながら険しい急勾配を上る。硫黄のためか黄土色に岩がむき出しになった浅い川。途中山の斜面をチェーンの命綱を便りに1kmほど上がると、温泉の滝壺に辿り着く。足が地に着かないそこが温泉場(湯船)である。まさに天然の露天風呂だ。観光客は半端ではなく多いが、苦労して登っただけ喜びは大きい。もうそれも25年前の出来事になったとは俄には信じ難い。しかし、ここは豪雪地帯だし、熊が出没する多発地帯でもあるので、複数で訪れた方が無難。6~9月初旬までが限界だろうと思う。

Kamuiwakka Kamuiwakka2 Kamuiwakka_2

 2位 神威岬(北海道)

 ここは、私にとっては夢を育む第一歩となった場所。北海道で初めてツーリングで訪れたのが神威岬だった。夕方近くに日本海に沈む夕陽を求めて往復1時間半の山道を往復した場所。険しい山の稜線に設けられた遊歩道だが、高低差がきつく、とてつもなく長い。体力勝負のスポットだが、行ってみる価値は十分。岬の突端には白い小さな灯台があり、その先は断崖絶壁。今でこそ柵が設けられたが、当時は何もなかった。のぞき込むと、200m先に大きな岩が海中からそそり立っている。それが神威岩である。そしてそこで見た鮮やかな夕焼けも深く心に焼き付いているが、またこの周辺の海の色は美しい。エメラルドブルーが色濃くて、濃淡がはっきりしている。この神威岬は積丹半島にあり、かつては道路が一周していなかった。それほどの難所だった。また、ぜひ訪れたい場所は、小さな隧道をくぐり抜けた先に、この世の物とは思えぬ光景が広がる「島武意海岸」、海岸沿いを歩いていくと、ミステリースポットとしても有名な、人一人がようやく通れる念仏トンネル(しかも中央部でクランク状に折れ曲がる)。そしてそれを抜けた直後に見える絶景。高さ30mはあろうかという剣を垂直に立てたような奇岩・水無立岩(残念ながら数年前に台風で真ん中より上が崩落してしまった)を目の当たりにできる。生きている間に、若き頃を懐かしんで是非再訪したい場所である。

Cape_kamui Mizunashi 

 3位 飛騨高山(岐阜県)

 ここへは大学3年次に、東京のキャンパスに移った際に、東芝の川崎工場に勤めていた中学時代の友人と彼が所有する車で2泊3日の旅としてドライブで訪れた。ルートは中央自動車道経由で北陸へ抜け、金沢、能登半島一周、そして上高地を抜け木曽の山間を下り、琵琶湖畔、関ヶ原合戦場、そして犬山城を巡り、最後に訪れたのが高山市内だった。まさか江戸時代を思わせる古き佳き佇まいがあるなどとはつゆ知らず、驚きだった。高山陣屋や朝市、そして保存地区の古い建物が軒を連ねるメインストリートをレンタサイクルで闊歩した。郷愁を誘い、小京都の名に恥じない古い街並みが印象的だった。出格子の連なる軒下には用水が流れ、造り酒屋には看板ともいわれる杉の葉を玉にした「酒ばやし」が下がり町家の大戸や、老舗ののれんが連なっていた。

Takayamajinya Takayamastreet

 4位 明治村と犬山城(愛知県)

 世間一般には人工的に作られた観光スポットがなぜ?と思うかも知れない。しかし、私にとっては思い出深い場所なのだ。それは高校合格祝いで亡き父親に連れられて訪れた場所だからだ。場所は岐阜県にほど近い愛知県北東部。春先のこの旅行では、岐阜県の美濃加茂市でまず、美濃焼きの瀬戸物茶碗を見学した。その後、日本ラインという川下りで船で愛知県まで下がった。そして犬山城を見学して一泊。川原で赤い列車である名鉄が往来する鉄橋(車と同一)を眺めながら石切り遊びをしたり、小高い丘の上に聳え立つ国宝・犬山城を訪れ、天守閣にも登った。翌日訪れたのがこの明治村で、あまり期待していなかったのに、日本全国の有名な建物を一堂に会し、それはさながらオープンセットのようだった。園内は緑豊かな広大な敷地で、足替わりのミニ機関車が場内を一周していた。明治時代を代表する建造物があちこちに点在している。例えば、国会議事堂や帝国ホテル、聖ザビエル天主堂、聖ヨハネ教会堂、森鴎外や夏目漱石の在家など歴史に名を轟かせる名所ばかりを集め、見物ができる。

Inuyama_castle Meiji_village

 5位 伊豆半島(河津七滝と戸田村)静岡県

 ここは1986年の9月に大学の友人と2人で単車を連ねて一周した思い出の地。河津から山岳地帯に分け入って行くと、世にも珍しい黄緑の二段重ねのループ橋に出くわす。360度近く二度にわたってグルリと廻って高低差を一気に詰めていく。そして修善寺に向かう途中に問題の七滝(だる)はある。ホテルの駐車場にバイクをとめ、急勾配の遊歩道を下りた先に大きな滝があり、その周辺はちょっとした開けた場所で、川面に温泉やら洞窟風呂まで存在する。かつてここは土用ワイド劇場で、天知茂扮する明智小五郎が黄金仮面と死闘を繰り広げた場所。城ヶ崎の門脇吊り橋も見事だが、この七滝も凄い。友人に誘われるまま洞窟風呂に入ったが、裸電球で洞窟内がすべて湯船という凄まじいロケーション。何とタオル一枚で50m奥までお湯に浸かりながら進むと、一番奥がやや広くなっていて、そこには男性だけでなく、若い女性まで入っていた。これにはビックリした。見知らぬ者同士で開放的な気分にさせてくれる場所だった。そして船風呂がある海岸でキャンプをした思い出がある。そして雲見の湯という露天風呂に入った。そしてハイライトは西伊豆。民宿「さくら」に2度泊まったことがあるが、豪勢な夕食に舌鼓。翌朝、主人に進言されて訪れた広い駐車場のある海岸線からは、駿河湾沿いに眺める富士山の全景に思わず見とれた。

Nanadaru Kawazu_loop Heta 

 6位 京都嵐山・嵯峨野(化野念仏寺・竹林)

念仏寺は、かつて中学時代に「土曜ワイド劇場」の番組で、女優の宇都宮雅代さんが幽霊に扮したドラマを見て、およそこの世の物とは思えない、石像が無数に庭園に立ち並び、まるで冥土の世界のような幻想世界に魅了され、一度は訪れてみたいと考えていた。高校時代の修学旅行では、京都の嵐山にある神護寺を訪れ、座禅を組んだ経験があったが、かの有名な渡月橋やその周囲にある風情豊かな古浪漫に浸られる竹林などは未知の世界であった。それから15年後と20年後の二度、或る仕事で久し振りに京都を訪れたわけだが、その際に嵐山周辺を徒歩にて散策した。まず嵯峨野の竹林を堪能した。その散策路を風流にも人力車が往復し、旅の情緒を掻き立ててくれた。竹林は嵐山電鉄の線路と踏切が横切り、青々とした竹が頭上高くに伸びており、多少暗さを感じた。でも日本人に幻滅するのが、それほど有名な竹林にもかかわらず、観光記念に、歴史遺産とも言えそうなその竹に落書きをしていく不届き者や傷を付けていく者までいたことだ。実に情けない。もしイースター島のモアイ像にそんなことして捕まれば、一生働いても返せないくらいの損害賠償を請求されると聞く。旅の恥かき捨てでは決して済まされないのだ。シンガポールでは、道路につばを吐いたり、ガムの吐き捨てをしただけでも罰金ものである。海外での無知によるマナー違反は命取りになることを肝に銘じておくべきだろう。続いて両側に古い佇まいの茶屋が連なる細い石畳の坂道をゆったりと歩き、憧れの地だった化野念仏寺の魅惑的な光景に触れた。大小様々な人の顔をした仏像や石像、夥しい数の灯籠が所狭しと敷き詰められていた。何か現世とあの世を隔てる分岐点であるかのような気配を感じ取った。その後、私は5kmほど大覚寺まで歩き、秋の京都を満喫したのだった。季節ごとに異なる顔を見せる京都は、何度訪れても飽きることがない場所である。

Kyoto_sagano Nenbutsu 

 7位 袋田の滝(茨城県)

ここは我が故郷の福島県からほど近い茨城県の大子町にある、日本三名瀑のひとつに数えられる滝である。入り口は谷間に設けられた夏でも涼しいトンネルを進み、或る場所でトンネルがくり抜かれて、そこが展望台になっている。水しぶきがかかってきそうなくらいの至近距離で、話し声は音にかき消されて聞こえないほど。高さはさほどではないが、幅が半端ではないくらい広い。そして幾重にも段ががあり、スケールはただ単に高さに物を言わせている華厳の滝や那智の滝とは異なる風情を醸し出している。久慈川支流の滝川上流にあたり、長さ120m、幅73m。冬は、凍結することがある。この滝の別名「四度の滝」は、滝川が4段に岩肌を落ちることから名づけられたとされる説と、昔、この地を訪れた西行法師が「この滝は四季に一度ずつ来てみなければ真の風趣は味わえない」と、この滝を絶賛したと伝えられていることから名づけられたとされる説がある。いずれのアクセスを用いたとしても、正面から滝の全景を観賞するためには、「袋田の滝トンネル」(長さ276m、高さ3m、巾員4m)を通って観瀑台へ行く必要がある。入場料は、大人300円。新観瀑台が、2008年(平成20年)9月13日午後1時にオープンした。袋田の滝トンネルの途中に新設した2機のエレベーターで、上部に上がる。3つのデッキからなり、従来の観瀑台よりも、第1デッキは約44メートル、第2デッキは約48メートル、第3デッキは約51メートル上にあるため、最上段を含めた滝の全景を観賞することが出来る。私は1986年の大学3年生の頃、東京からバイクで帰郷する際に立ち寄った。

Hukuroda1 Hukuroda2

 8位 釧路湿原&丹頂の里(北海道)

 ここも私にとって生涯忘れ得ない場所だ。根釧台地から西側一帯に広がる18,290haもの湿地帯を釧路湿原と呼ぶ。森林に覆われた中を幾重にも川が蛇行して流れ、豊かな大自然の中に造形美を演出する。そこをカヌーで移動したり、釣りに興じる愛好家達もことのほか多い。釧路湿原は、野生生物の宝庫で、エゾシカやエゾリスはもちろん、ヒグマに出くわすこともあるし、丹頂の飛来でも有名だ。湿原の大部分はヨシスゲ湿原であるが、ミズゴケ湿原も一部あり、食中植物のモウセンゴケやコタヌキモが生育する。また、タンチョウやセゾセンニュウ、バニマシコなどの多くの鳥類の繁殖地・休息地となっている。特にタンチョウの夏季繁殖地が湿原を含む道東各地に広がっているが、冬には釧路湿原へ戻ってきて越冬する。また、日本最大の淡水魚であるイトウ(サケ科)やキタサンショウウオなどの希少な動物も多く、貴重な自然の残る領域である。私は釧路湿原展望台や塘路を訪れたが、余りにも雄大すぎて全景を収めることなど不可能だった。また、冬に丹頂鶴を求めに、マイナス20度以下の厳寒の大地を遙々と移動した時は壮絶だった。夜行列車で釧路に降り立ち、殆ど睡眠がないままバスで移動した。観測センターに到着したときは開業前だった。しかし、快晴青空で放射冷却でしんと静まりかえった広場に、やがて山里へと一羽、また一羽と優雅に飛来してくる様は、筆舌に尽くしがたいほどの衝撃と美意識を感じさせられた。そしてつがいで軽やかに踊りを披露。そして晴れた朝によく見られるダイヤモンドダストの煌めく結晶が空中をさまよう光景は、神秘以外の何物でもなかった。そして神の使い手のように甲高く鳴く声が周囲にこだまし、訪れたプロのカメラマン達は一斉にシャッターを切る。まさしくそれはTVドラマの「池中玄太80キロ」の世界観が展開されていた。この時は、ついでに網走まで足を伸ばし、強風吹き荒れる能取湖で、流氷まで見物した。北海道の2月は吐く息も凍てつきそうなくらい冷たい場所だが、時に来訪者を拒むように牙をむく天候の時期こそが、真の世界だと認識されよう。また、死ぬまでにはもう一度再訪したい場所である。

Kusiro_shitsugen Crane

 9位 能登半島一周(石川県)

 ここは、3位にランクインした時に訪れた場所。車での2泊3日の旅だった。金沢の兼六園を見た後、国民宿舎に宿泊し、その後能登半島を一周した。恋路海岸や禄剛崎を巡った。禄剛崎一帯には海岸段丘が発達、沿岸には千畳敷と呼ばれる海食台地が卓越しており、景観に優れる。訪れた日は快晴で、青い大海原が眼下に広がり、それはまばゆい景色だった。日本の灯台50選に選ばれし白い小さな灯台が印象的だった。大手電機メーカーに勤務する友人の「86レビン」で一周したのだが、ツーリング中のライダー達を目の当たりにし、羨ましかった。複雑に入り組んだ海岸線はドライブには最適のロケーションだった。もうそれも24年前の出来事となってしまった。

Koiji Rokkouzaki

10位 落石岬無線局跡(北海道)

 それは霧の中から突然現れた。あまりにも静寂に包まれた初夏の根釧台地の絶壁の上、ひっそりと濃霧にまぎれてポツンと建っていた。周囲は誰もいない。異様な光景とあまりの不気味悪さに思わずたじろいだ。太平洋に突き出した落石岬。台地状の岬の上は、訪れる人も少なく、殺風景の場所。そのほぼ真ん中に場にそぐわないような四角いコンクリート製の建物が佇む。その名は落石無線局跡。明治末期に作られ昭和まで使われた無線局の跡だった。コールサインJOC。その役割は、主に北太平洋を航行する船舶、北方領土との通信を担う非常に重要な施設だった。この建物は明治41年、北米航路を通る船が北海道、東北沖での航行の安全を図るために無線局として建てられた。かの有名なドイツ飛行船ツェペリン伯号の世界一周旅行や、あのリンドバーグの太平洋横断の際交信をしたり、北洋漁業の操業に活躍したが、昭和34年に根室市内に業務が移されてその役目を果たした。私にとって忘れ難い薄気味悪さの中にも宝探しゲーム的な感覚を味わえた何とも不可思議な場所である。この一帯は霧多布に近く、その名の通り、濃い霧が立ち込める神秘的な雰囲気を醸す場所である。興味のある方は一度訪れてみてほしい。私は1985年7月に訪れたが、内部はコンクリート打ちっ放しで、ガラス窓は朽ち果て、外風が中まで入り込むような廃墟とした状態だった。夏でも背筋が冷たくなるようなひんやりした感じだった。何かに憑依されないよう長居を避けた。何か心霊現象的なことが起きそうで、とても内部の写真は怖くて撮影できなかった。

Ochiishi

 以上がベスト10ということになるが、もちろんこれ以外にも納沙布岬や函館夜景(北海道)、摩文仁の丘(沖縄)も再訪したい場所である。私も日本全国色々な場所を旅したが、まだまだ行き足りない場所があるに違いない。どうしても遠い場所(四国・九州)は行く機会に恵まれない。男性の平均寿命が78歳とするならば、あと30年ちょっとで私の人生も終焉を迎える。とうの昔に峠は越えている。悔いが残らぬよう、自分が生まれ育った国ぐらい死ぬまでに隅々まで見て回りたいものだ。

 ブロガーの方々で、隠れた秘境や名所がったらこっそり教えて頂ければ幸いです。

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