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2010年11月11日 (木)

1980年代のB級アイドルたち Part4

 今週3日連続で、シリーズで行ってきた「1980年代のB級アイドルたち」も、いよいよ今回と明日の最終回を迎えるだけとなった。既に30名の元アイドルを紹介してきたが、本日も10名のアイドルを回顧して行きたい。この時期は「ブーム」と読んで差し支えないくらいアイドル歌手が五万といた。彗星の如く現れては、花開かず、人知れず芸能界から去っていった方たちもいる。特に女性アイドルは、その輝く時期が極めて短いため、その限られた僅かな時期に、歌や踊りを通して精一杯自己表現しようという意識が見て取れる。健気だし10代のパワーも感じる。では本日も早速、彼女たちが一番輝いていた時期に一緒にタイムスリップしてみよう。

31.吹田明日香

Suitaasuka  1964年3月13日、京都府生まれで大阪府豊中市出身のタレント・放送キャスターである。本名同じ。同志社大学文学部英文学科卒業の才媛である。血液型B型。大学在学中にテレビ番組『スター誕生!』に出場し、1982年5月、第41代グランドチャンピオンとなる。1983年にワーナーパイオニアより「バ・ケー・ション」で歌手としてデビュー。シングル4枚、LP1枚をリリースしアイドルとして活躍していたが、1990年代に入りタレント・放送キャスターに転向。『読売新聞は~い朝刊』や、『NNNニュースプラス1・いちなな情報』、さらには『BSニュース50』のキャスター・レポーターを担当した。1997年から、NHK総合テレビ『生活ほっとモーニング』でレポーターと「健康スペシャル」の司会を9年間務めた。2007年に浅い企画へ移籍後は、それまでの経験を活かし、「健康」を主なテーマとする、シンポジウムコーディネーターとしての活動も行うようになった。1985年の日本航空123便墜落事故で母親を亡くしており、そのショックから一時期芸能界を離れていたという。主な楽曲は「バ・ケー・ショ・ン」、「聖書 -バイブル-」、「二人は Magic」、「ライク・ア・ヴァージン」など。やはり同じB型の菊池桃子にダブって見える。彼女は一言で言えばプラトニック系美少女アイドルであるが、同志社大学を卒業している才女である。                                         
http://www.youtube.com/watch?v=2dKDv66Ea5I&feature=related                                            
                                                   
32.Lady oh ! (ラジオっ娘)
                                                                                                                    
Rajiokko  かつて存在した、水島かおり・西端やよい・高橋めぐみによる女性3人組のアイドルグループ。元々ラジオっ娘(らじおっこ)のグループ名でニッポン放送のDJとして活動していたが、シングルデビューに当たってLady oh!のグループ名が付けられた。所属事務所はマミューズ。「週刊プレイボーイ」のグラビアに登場したこともある。私が浪人していた時代に鶴光の後を受けて土曜深夜の「電話好きっ娘 ラジオっ娘 ~男の子にはナイショなの~」というタイトルの「オールナイトニッポン」のパーソナリティを務めた。いたいけな女子中高生のきわどい性の悩みや交際のトラブル相談をラジオの生電話で行っていた。キャンディーズを意識したコンセプトの歌手として活動する際は「Lady oh !」となった。メンバーの水島かおりは、竹を割ったようなサッパリ型の男勝りのB型。1964年6月生まれの千葉県袖ケ浦市出身。解散後は女優に転身。CM、ドラマ等に出演。夫は映画監督の長崎俊一。西端他やよいは-、1963年3月生まれで和歌山県田辺市出身。解散後、本名の西端弥生で関西地方を中心にタレント活動を続け、『ダウンタウンのごっつええ感じ』にも出演。のちの俳優・古田新太夫人。高橋めぐみは 東京都港区出身。解散、大学卒業後、本名の高橋尚代で、ニッポン放送に入社。編成局制作部アナウンサーとなった。結婚後退職。のち、英語教師などで活動。主なシングルカットは「やったね MARIKO!」(1982.02.21)、「恐れちゃいけない」(1982.04.21)、「茅ヶ崎サンライズ」(1982.08.05)、「あいつ Bye Bye」(1982.11.05)など。
                                              
                                             
33.志村 香
                                                      
Simurakaori  1969年7月30日生まれ、東京都墨田区出身の1980年代後半に活動した歌手、タレント。堀越高等学校卒業。血液型はB型。現役当時の所属事務所は芸映プロダクション、レコード会社は日本コロムビア。中学3年在学中の1984年9月、映画「パンツの穴(2)」のオーディションに応募、同年12月に池袋西武で行われた最終オーディションに於いて58,117名の中から選ばれる。翌1985年4月公開の映画で主役デビューを果たすと共に、「曇り、のち晴れ」で歌手デビューも果たす。当初のプロモーションはアイドル雑誌との連携など、前年デビューで系列事務所の菊池桃子を踏襲した展開で行われた。しかし、この1985年は有力新人が多く、同じ事務所からも芳本美代子がデビューしていた。各音楽賞に於いては菊池桃子にならって不参加という戦術を取ったが、これが裏目に出て、存在が埋没する結果を招いてしまった。加えて元々の歌唱が非常に不安定だった事もあり、デビュー曲はそこそこ売れたものの、2nd以降のシングルセールスを伸ばす事はできなかった。またこの年、菊池桃子がイメージガールとなっていた雑誌「momoco」が主催した、第一回ミスモモコグランプリで西村知美が優勝し、志村と同じ芸映プロに所属して翌86年3月に歌と主演映画でデビューする。そして、菊池と西村が軸になる形でアイドル育成プロジェクト「モモコクラブ」がマルチメディア的に展開してゆく一方で、志村香のデビュー当初のコンセプトは瓦解し、ドラマ「夏・体験物語2」に出演後、清純派アイドルからバラエティタレントへの転身を図ることになる。以降、毒舌を生かした突っ込みキャラとなって幾つかの番組に出演する。1980年代半ばには国内2輪ロードレースのイベントなどにゲスト出演していたが、末までには引退したものと思われる。2本の映画出演と音楽セールス実績で、後輩の国実百合を上回っていた。現在ではプロダクション関係者と結婚し、専業主婦となっているとのこと。出したレコードは「曇り、のち晴れ」(1985年4月21日)、「星のシンフォニー」(1985年7月24日)、「秋風はあなた」(1985年10月30日)、「危険がいっぱい」(1986年3月21日)、「知りたがり」(1986年8月21日)
                                                                                                                   
http://www.youtube.com/watch?v=GkyP1zFeKh0&feature=related                                             
                                                        

34.伊藤美紀

Itohmiki  1971年4月9日生まれで、愛知県名古屋市出身の日本の女優、歌手、元アイドル。ホリプロ所属で血液型はB型だった。1986年にホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを獲得して翌年の5月に CBS/SONY(HOLLYWOOD LABEL)より『小娘ハートブレイク』で歌手デビュー。1987年に『生徒諸君!』で初主演。1989年に総理府の消費税導入を告知するポスターに採用され、「消費税アイドル」として有名になる。2002年に一般のサラリーマンと結婚。翌年出産。堀越高校の同級生には、水谷麻里、若林志穂、本田理沙、久松由実、田中律子、仁藤優子、大根夕佳、岡谷章子などがいた。モココクラブのメンバーでもあり、同名を冠したTV番組にもレギュラー出演していた。デビュー曲以外の主なシングル曲は、「哀愁ビュセル」、「UBU」、「誘惑88」、「しゃきしゃきビーチタウン」など計7曲。端正な顔立ちで、アイドル顔していた。
                                                                                                               
http://www.youtube.com/watch?v=ueDQVbf-vqY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=5qGXv7cASIY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=r0wxsL7wPzg

35.小沢なつき

Ozawa  1972年4月19日、東京都練馬区出身。1980年代後半にデビューしアイドル歌手・女優。2004年以降はAV女優に転身し、活動している。堀越高校卒業。アイドル時代に公表されていた本名は、山下純子。血液型はアイドル時代はA型と公表していたが、AV女優ではB型と発表。1986年に、神部和夫、イルカが社長を務める芸能事務所K-HOUSEのマネジャーに新宿でスカウトされ芸能界入り。同年7月、ドラマ『パパ合格ママは失格』でテレビデビュー。1987年6月にはレコードデビューも果たした。1989年には特撮番組、『魔法少女ちゅうかなばいばい!』(東映、フジテレビ)で、テレビドラマ初主演を果たした。しかし、途中降板という形で番組が終了。小沢は、そのまま芸能界から引退となった。この事態に付いては当時、「撮影予定時間に撮影所に現れずに、恋人であるマネージャーの部屋にいるというスキャンダルを起こした」、「妊娠による引退」、「結婚し男児を出産」、などと噂された。後年、出演したテレビ番組で小沢は、「忙し過ぎて訳がわからなくなり、マネジャーと駆け落ちまがいのことを計画したが、待ち合わせ場所に相手は来なかった」と、事態の背景を話した。その後、1993年、小沢はヌードグラビアへの出演で芸能活動に復帰した。さらにVシネマにも出演し、断続的に芸能活動を続けていたが、次第に仕事が無くなり、一時期はキャバクラで働くなど、水商売で生計を立てていたという。2004年4月、AV女優に転身した。同年9月にいったんAV引退を宣言するが、翌年末に復帰を果たした。しかし、その後再び休業状態に入っている。

http://www.youtube.com/watch?v=Ca9rkIwNk3M
http://www.youtube.com/watch?v=Jab00IHHvBc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=-aqAg41CE_g&feature=related

36.吉田真里子

Yoshida  1970年11月19日生まれの兵庫県姫路市出身。身長156cm、体重45kg。血液型はB型。1980年代後半から1990年代前半にかけて活躍した日本の女性アイドル、シンガーソングライター。 スリーサイズはB79cm W59cm H80cm。とにかく美形で、私にとってベビーフェイスな感じと清楚なお嬢さんタイプは好きになる要素を十二分に満たしていた。何を隠そう私は彼女の写真入りの詩集を持っていた。どことなく菊池桃子に雰囲気が似ていた。やはり二人ともB型アイドルである。1987年に第6回ミスマガジン特別賞を受賞。1988年に「とまどい」でメジャーデビュー。シングル8枚、アルバム5枚をリリース。1993年、インディーズレーベル「ブルータートル」を設立。1999年、最後のライブ。以降オフィシャルHP開設し時々日記更新、ラジオ番組出演、ファン向けイベントのみ活動。2002年、自身のHPにて、2001年9月に入籍した事を発表。あわせて芸能活動引退を発表。主なシングルカット「とまどい」(1988/05/21)、「さよならリフレイン」(1988/09/21)、「夢を追いかけて」(1989/02/10)、 「夏の恋人達」(1989/06/01)、「嘆きの天使」(1989/12/10)、「陽ざしのソリチュード」(1990/05/21)、「Roman〜ロマン〜 」(1990/10/21)、「すべては空の下」(1991/11/21)
                                                                                                                         http://www.youtube.com/watch?v=NcOWsuhJkzU
http://www.youtube.com/watch?v=TAd5Q9xuPhA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=T585bzUyq4k&feature=related
                                                                                                                        
Yoshidamariko

37.CoCo

Coco  1989年、フジテレビのテレビ番組『パラダイスGoGo!!』内の乙女塾から誕生した、女性アイドルグループである。当初メンバーは5人(宮前真樹・羽田恵理香・大野幹代・三浦理恵子・瀬能あづさ)だったが、1992年に瀬能あづさが脱退し、その後は4人で活動を続け、1994年に解散した。「アイドル冬の時代」と言われた、90年代前半の代表的なアイドルグループであり、セールスも同時期に活動していた多くの他のアイドルグループを常に上回っていた。シングル全14枚中、デビュー曲「EQUALロマンス」から「横浜Boy Style」まで、11曲連続ベスト10入り、3枚目のシングル「夏の友達」から「Newsな未来」まで、4曲連続ベスト3入りを果たしている。乙女塾全体としてのレギュラー番組である『パラダイスGoGo!!』と『週刊スタミナ天国』を除くと、これといったレギュラー番組を持たなかったにもかかわらず、レギュラー番組・出演CM等を持つ同時期の後発グループに、セールス面においては常に水を開けていた。5人の時代が全盛期であり日本武道館でのコンサートを開催させた実績などから、歴代で数少ない女性5人組アイドルの中でも最も成功した女性5人アイドルグループである。「最後の正統派アイドルグループ」とも言われるCoCoだが、楽曲においては正統的なアイドルポップス(男女の恋愛を謳ったいわゆるラブソング)偏重というわけではない。シングルを見ても、幻想的なダンスナンバー「Live Version」、当時の世界情勢をモチーフとした「Newsな未来」、そしてCoCoそのもののテーマとも言うべき「夢」を謳った「夢だけ見てる」や、「夢」でもアイドルが歌うには少し重すぎる(しかし全ての人間が確実に自覚すべき)視点からのメッセージソング「ちいさな一歩で」など、バラエティに富んでいる。シングルのカップリングにはメイン曲と対照的な曲が取り入れられることが多かった。全く恋愛を扱っていない「Live Version」のカップリングには、失恋から立ち直る男女を描いた「神様はいじわるじゃない」、メッセージソングの「Newsな未来」には明るくコミカルな「幸せかもね」、情熱的なラブソング「無敵のOnly You」には静かな「キミがくれた宝石」、そしてラストシングル「You're my treasure〜遠い約束」には、別離、終焉といった要素を全く含まない正統派ラブソング「あなただから好きなの」といった具合である。中心メンバーだった瀬能あづさがソロ活動専念を理由に、1992年5月の日本武道館公演を最後に脱退。その後1994年9月に解散するまで、4人での活動を継続した。1990年代中盤の女性アイドルグループで正式解散したのは、CoCoとMelodyの2組だけである。

http://www.youtube.com/watch?v=FloeAak06ks&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=5pfNm81aiC0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=htQGMoiADhk&feature=related

38.田村英里子

Tamura  1973年1月16日生まれ、茨城県出身の女優、歌手。 血液型はB型。3サイズはT164 B82 W56 H85。 SAGのメンバー。父親の仕事の都合で8歳から13歳までを旧西ドイツで過ごし、現地では日本人学校へ通っていた。14歳で日本に帰国し、受けたオーディション「決定!全日本歌謡選抜・スターは君だ」でグランプリを受賞。大手プロダクション各社からスカウトされ、サンミュージックに所属することを決める。中学3年の終わりに上京、東映映画『花の降る午後』に古手川祐子と数シーンだが共演しスクリーンデビューを果たす。3枚目のシングル「真剣(ほんき)」では、1989年度の新人賞を総なめにした。愛称の「えりりん」は田村英里子をモデルにしたアニメ『アイドル伝説えり子』の主人公「田村えり子のあだ名が「えりりん」だったことから、田村のコンサートでそのまま持ち込まれ「えりり〜ん!」とファンや子供達から呼ばれるようになったのがきっかけと言われている。日本でのオンエアが終了した後も、スペイン、イタリア、フランス、また中近東でもオンエアが続いている。主なシングル曲は「ロコモーション・ドリーム」、「好きよ」、「真剣(ほんき)」、「プロセス」、「Domino」、「リバーシブル」など全16曲。                                       
                                            
39.ribbon
Ribbon  1989年、フジテレビのテレビ番組『パラダイスGoGo!』内の乙女塾から誕生した、女性アイドルグループである。メンバーは、永作博美、松野有理巳、佐藤愛子の3人。当初の結成計画では永作、松野と、中嶋美智代の3人だった。田辺エージェンシー所属ということもあって、バラドル的な活動が多かったが、乙女塾出身タレントの中では歌唱力の優れたメンバーが揃い、楽曲もアイドルらしい愛らしい曲、旋律やハーモニーの美しい曲から、コミカルな曲まで、様々なタイプの曲をこなしている。また、デビュー曲のみ松野がセンターだったが、セカンドシングル以降、永作がセンターとなる。ribbonは正式な解散発表も、解散関連のリリースやイベントも一切行われず、徐々に段階的に活動が減少し解体されるに至った。したがって最終となったリリースやイベントも、実施された時点ではそのような告知はされておらず、グループ消滅によって「結果的に最後」だったことが確定したもののみである。またそれらは実施時期もバラバラである。1993年10月、シングル「夜明けなんていらない」発売。これがラストシングルとなる。主な曲は「リトル☆デイト」(1989年12月6日)、「そばにいるね」(1990年4月11日)、「あのコによろしく」(1990年7月25日)、「Virgin Snow」(1990年11月14日)、「太陽の行方」(1991年3月3日)、「サイレント・サマー」(1991年6月26日)、「それは言わない約束」(1991年11月13日)など全15曲をリリースした。
                                                                                               
                                                                                         
                                                                                          
40.本田理沙
                                                      
Hondarisa  1971年5月27日生まれ、大分県中津市出身。日本のアイドル歌手、タレント。本名は本田こずえ。血液型:B型。堀越高等学校卒業。トゥルーウエーブ所属。1988年7月にCBSソニーからデビュー。デビューシングルは「Lesson2」。セカンドシングル「いちごがポロリ」は大胆な歌詞。テレビドラマ『花のあすか組!』(フジテレビ系)などに出演し、後にセミヌードで写真集を多数発売。2008年5月に週刊誌『FLASH』のグラビアにて復帰する。私生活では、1977年に結婚し引退するがその後離婚。2002年に再婚し、現在では2児の母である。個人的には「夕やけニャンニャン」が番組終了し、おニャン子クラブが解散した後、アイドル不在の中登場して来た印象が強い。「夕ニャン」の後番組の「桃色学園都市宣言」では森口博子ら共演した。シングル曲は「Lesson2」(1988.07.01)、「いちごがポロリ」(1988.10.21)、「本気!」 (1989.03.08)、「さそって入口 ふるえて出口」(1989.07.01)、「容赦なく愛して」(1989.11.01)、「ドキュメンタリー」(1990.05.21)、「a・za・mi」(1991.05.22)                                                                 
                                                                                             
 何故かこの時期のアイドルは、松本伊代や堀ちえみ、菊池桃子などB型がやたらと持て囃された。B型アイドルは、天真爛漫で裏表がない。A型の中森明菜のように、気分にムラガあって変にとりすましたり、時にはキャラが変わったかと思えるほど陽気に振舞ったり、何か見ていて違和感があって落ち着かない。本日紹介したアイドルのうち、8名がB型だった。さて、いよいよ明日は最終回となる。お目当ての歌手は出てきただろうか?自分がかつてファンだったアイドルもいれば、初めて見たという若い世代の人もいるだろう。10 ~20代の世代には、恐らく自分の母親くらいの年代と同じ年齢に達している筈で、お母さんが若い頃にアイドルとして活躍していた方々ということになる。今見ても可愛い人は可愛いし、古さを感じないかもしれない。今日の掲載で合計40名の紹介を終え、残すは明日の10名で終了となる予定だ。まだまだやっていたい気もするが、いつまでもアイドルに染まってばかりもいられない。最終回の明日は、最後に「1980年代B級アイドル」の総括を行いたい。もし評判が良かったら、日を改めて今回は掲載を見送ったA級アイドルも紹介できれば幸いだと思う。

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