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2010年11月12日 (金)

1980年代のB級アイドルたち Part5

 今週5日連続で、シリーズで行ってきた「1980年代のB級アイドルたち」も、いよいよ今回で最終回を迎えた。自分でもよくもまぁこんなに多くの昔のアイドルを覚えていたものだ。ネットの力は甚大だし、私と同じように、昔を懐かしむようにアイドルに関するブログやHPを作成している方が大勢いたことに感謝したい。すでに40名のプロフと足跡を振り返って来た。名残惜しいが、ラスト10名、じっくり味わいながら読み進めて頂ければ幸いだ。

41.きゃんきゃん

Cancan  1982年から1983年にかけて活動した女性3人組アイドルグループ。これに伴い、グループ名の表記もカタカナの『キャンキャン』から、ひらがなの『きゃんきゃん』に変更された。メンバーは唐沢美香 (からさわ みか、1964年3月生まれで東京都品川出身。東京女子高校卒 157cm 42kg 78-57-84 O型、趣味はショッピング、テニス、お菓子作り、ジャズダンス 家業はラーメン屋。山本博美 (やまもと ひろみ、1962年11月生まれの大阪府出身 大阪成蹊女子高校卒 162cm 48kg 81-60-86 A型 趣味はお菓子作り、バレーボール、小物集め、編み物、ピアノ、ソフトボール、ジャズダンス  家業は床屋。現在は俳優の京本政樹夫人。桜井直美 (さくらい なおみ、1966年3月生まれの東京都両国出身、壽悦女子高校卒 160cm 46.5kg 79-60-86 A型 趣味は小物集め、バスケットボール、お菓子作り、バレーボール、スケート、ジャズダンス 家業は八百屋。シングルリリースは「あなたのサマーギャル」(1982年6月25日)、「涙のC・Cガール」(1982年9月26日)、「迷うルージュの色 」(1983年1月21日)、「なに?お巡りさんが・・・」 (1983年6月21日)の全4曲。」

http://www.youtube.com/watch?v=PioB0_GHDgo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=v9d2Xx0Pi6w&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Z-aI2MsdkS8&feature=related

Cancan2

42.松本友里

Matsumotoyuri  1968年3月18日生まれ-本名:鈴木友里子)は、元女優。東京都出身、血液型A型、俳優・松平健の後妻としても知られる。堀越高校卒。村上事務所に所属していた。1984年にアイドル歌手としてデビュー(歌手時代の読み方は「まつもと ゆうり」)。その後、俳優業に移行し舞台をフィールドに活動を続けていた。2004年10月、松平だけが出演した舞台を松本が観劇したことで交際に発展した。2005年10月、松平と入籍。話題となるが、これを機に芸能活動停止状態に入った。2006年10月に男児を出産。現在もマスコミなどへの露出も控え家事・育児に専念。俳優天野新士と宝塚歌劇団OGの和歌鈴子(ダンスの名手としてカリスマ的人気があった)夫妻のもと出生。1983年に父親とともに『オールスター家族対抗歌合戦』(フジテレビ系)の「父と娘大会」に出場したことがある。この番組を出演したのをキッカケで、スカウトされ、アイドル歌手としてデビューした。私は、「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」などの時代劇の町娘役がハマリ役だと思っている。とても日本髪が似合い、優しくて可愛らしい顔立ちにゾッコンだった。まさか「将軍・吉宗」と結婚するとは・・・。歌手としては4枚のレコードを出した。「過剰にオンリー・ユー」(1984年6月21日)、「ボーイ・キラー(1984年9月21日)、「SAYONARAを止めて」(1985年5月1日)、「飛んで火に入る恋の虫」(1985年10月5日)。

 追記・・・誠に残念なお知らせをしなければならないが、この記事を掲載した僅か3日後の11月15日、彼女自身が不遇かつ非業の死を遂げるショッキングなニュースが飛びこんで来た。この記事が彼女の生きた証を象徴するものとなってしまい残念でならないが、もしかすると虫の知らせだったのかもしれない。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

http://www.youtube.com/watch?v=ViLx5kPUdsg
http://www.youtube.com/watch?v=nmjp75owfQM
http://www.youtube.com/watch?v=-Uu2STEO85A&feature=related

43.オールナイターズ(おかわりシスターズ・おあずけシスターズ)

Okawarisisters  世間がバブル景気で酔いしれている時期(1983年~89年)に、土曜深夜を賑わしていたのがフジテレビの「オールナイトフジ!」である。要は女子大生や芸能人達がスタジオでバカ騒ぎしてフィーバーする番組。しかし、これが女子大生ブームの火付け役となり、その後のおニャン子を生みだした。その際の現役女子大生達で構成されたグループユニットが「オールナイターズ」であり、そこから人気のあった3人組でユニットを結成して登場したのが「おかわりシスターズ」(山崎美貴(東海大学)ーAB型・松尾羽純(杉野女子短大)ーB型・深谷智子(日本女子大)ーO型)と「おあずけシスターズ」だった。いわばその後の大人数ユニット誕生の先駆けとなったのである。しかし、「夕やけニャンニャン」が全国ネットで女子高生ブームを巻き起こしたのに対し、彼女たちは関東近辺の「フジテレビ」ネットワークの狭い範囲でのフィーバーだったので、全国区ではなく知名度が低かったということで、B級アイドルに入れてしまった。他にお気に入りは明治大学農学部に通っていた松山香織で、彼女その後アナウンサーになった。その他のメンバーでは片岡聖子、井上明美、冨田香織らがいた。曲は他に「心はシーズンオフ」、「素顔にキスして」、「虹色のカノン」など。私は松尾羽純の大ファンだった。私の兄も東京に住んでいた時に、この番組が心のよりどころだったらしく、シングル「恋をアンコール」から「L・A・S・T」までアルバムレコードを全て持っていた。松尾羽純が日比谷野音のコンサートで感涙し、「みんな大好き~」と絶叫した名セリフは未だに心に残っている。

http://www.youtube.com/watch?v=EHVta5w-xFE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=R8lUkhgLhIY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=kHVTFsqgOMs
http://www.youtube.com/watch?v=jPphlrmIi4s&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=OhXebAAlbJE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=7NtaLNwBh_Q&feature=related

44.BaBe

Babe1Babe 1980年代後半に活躍した日本の女性デュオ、タレントである。所属事務所はエスワンカンパニー。1987年、流行だったユーロビートのカバー曲「Give Me Up」でデビュー。ダンスを踊りながら歌うスタイルで、色白で奔放な性格の近藤と、色黒でしっとりと淑やかな性格の二階堂というキャラクターの組み合わせであった。洋楽のカバーを多数リリースしてヒットしたことでも知られたが、1990年解散。近藤智子1968年2月生まれで東京都狛江市出身のO型。愛称は「こんちゃん」、二階堂ゆかり1967年8月生まれの東京都武蔵野市出身のA型。愛称は「にかちゃん」。デビュー時はいわゆるアイドルとして活動し、数々の歌番組・バラエティ番組へのテレビ出演は無論のこと、その年の新人賞レースにも参戦していた。しかし、翌年からアーティスト指向に方向転換し、活動のフィールドをラジオ番 組やライブハウス出演などに比重を移す。後半のアルバム『Brand-new』(1989年)や『CONTRAST』(1990年)では作詞やソロにも挑戦している。1987年、「I Don't Know!」で、第29回日本レコード大賞新人賞、を始め、その年のショーレースを独占した。1990年、二階堂の妊娠・結婚により解散。近藤も結婚を機に芸能活動を引退した。テレビ主題歌CM挿入歌などになることが多く、ヒット曲には恵まれた2人だった。「Give Me Up」(1987年2月21日)、「I Don't Know!」(1987年5月2日)「Somebody Loves You~明日の恋人~」(1987年7月22日)、「Hold Me !」(1987年10月21日)、「TONIGHT !」(1988年1月21日)、「Chance !」(1988年5月11日)、「WAKE UP !」(1988年8月31日)、「She has a dream」(1989年3月1日)

http://www.youtube.com/watch?v=FaGY9IcgwxY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=p6WEbEWvETc
http://www.youtube.com/watch?v=RNzeZYAwjJQ&feature=related

45.仁藤優子

Nitou  1971年8月28日生まれの千葉県出身の元アイドル歌手。本名は栗田 優子。ホリプロ所属。おとめ座のO型。堀越高校卒業。1986年のホリプロスカウトキャラバンで「アクターアクトレス賞」を受賞し、芸能界入り。1987年6月に「おこりんぼの人魚」で歌手デビュー。同年の日本歌謡大賞で放送音楽新人賞を受賞。歌唱力は評価が高かったが、喉の不調等によりその後歌手業を断念し、一時期同事務所の井森美幸とともにバラドルとして活躍した。その後、女優に転向した。また、芸能人女子フットサルチーム「XANADU loves NHC」に所属していたが、2008年5月に退団した。2009年4月、声優の西凛太朗と結婚した。主な代表作は「おこりんぼの人魚」 (1987年6月17日、オリコン13位)、「秋からの Summer Time 」(1987年9月17日、10位)、「センチメンタルはキ・ラ・イ」 (1988年2月3日、18位)、「そのままの君でいて」 (1989年12月5日、52位)、「パールカラーにゆれて」(1990年10月21日)。

                                                                                                                                                

http://www.youtube.com/watch?v=keu-UD1LOFk
http://www.youtube.com/watch?v=3jJXo9-JBaI&feature=related

46.真弓倫子

Mayumitomoko  1971年6月27日生まれの 東京都出身の日本の女優、タレント。本名、市来倫子(いちき ともこ)。かに座のA型。堀越高等学校卒業。原宿で街頭スカウトされ芸能界入り。デビュー当時は、大手芸能事務所「バーニング」系列の事務所である「ビッグアップル」に所属し、TBS系の連続ドラマ『毎度おさわがせします3』で女優デビュー。TVCM「ビオグール」出演で注目を浴び、そのCMソングでアイドル歌手として(RVC)より「片思いグラフティー」で歌手デビュー。また、日本テレビ系『歌のトップテン』の注目曲として出演し、鳴り物入りのデビューであった。サードシングル「アイ・ハード・ア・ルーマー」は、失敗に終わり、ビッグアップルとの契約もまもなく切られた。事務所を移籍し、コンスタントに曲をリリースするが、ヒット曲には恵まれなかった。徳永英明のマンションに住んでいるとフライデーにスクープされたこともあったが、再びヘアーヌード写真集「RE-BIRTH」(スコラ)で芸能界に復帰し、その後濡れ場を中心にVシネマ、映画、ドラマなどで活動する。現在はフットマッサージ師として働きながら、女優の活動もおこなっている。シングル曲は「片思いグラフィティー」(87.06.06)オリコン最高位19位、「9月のプロムナード」(87.09.16)オリコン最高位50位、「アイ・ハード・ア・ルーマー」(87.12.16)オリコン最高位89位、Confusion~静けさを破って~」(88.08.21)、「こしゃくなMy Halation!」(89.02.21)。

http://www.youtube.com/watch?v=_Otf0As-F5k
http://www.youtube.com/watch?v=MhND7vKQr5g&feature=related

47.伊藤智恵里

Itohchieri  1971年4月1日生まれ、東京都世田谷区出身の女優、歌手。本名同じ。身長:163cm。B78.W58.H80。血液型はA型。趣味は耳かき収集、映画鑑賞、食べ歩き、料理研究、アニメ・漫画。1987年にフジテレビ系ドラマ『キスより簡単』に出演、同番組の挿入歌「パラダイス・ウォーカー」で歌手デビュー。当時の所属事務所はオフィスジュニア。その後、TBS系ドラマ『母さんと呼びたい』の主題歌になった「トキメキがいたくて」、「雨に消えたあいつ」、ハウスフルーツインゼリーのCMソングに使用された「夢かもしれない」「キッスでささやいて」、中原めいこのカバー「ココナッツの片想い」などのシングルをリリースし、1990年発売の「天気になれ」が伊藤智恵理時代の最後の曲となった。また歌と平行して 女優やテレビタレントとして、数多くの映画・ドラマに出演、『志村けんのだいじょうぶだぁ』『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』などの人気コント番組へのレギュラー出演、『オールナイトフジ』『ミックスパイください』などバラエティー番組の司会・アシスタント、そしてCM出演などの活動を行った。1996年に芸名を“Chieri”とし、THE RHYTHM KINGSのボーカルとして、またソロとしても歌手活動を再開。ソロとしては、自身も出演したフジテレビ・フラワーセンターのCMソング「TSUBASA」、シングル5曲とフルアルバム『SKY SONGS』を発表。2001年には自らサイトを立ち上げインターネット上でも活発に活動した。シングルは「パラダイス・ウォーカー」(1987.6.11)、「トキメキがいたくて」(1987.8.8) 、「雨に消えたあいつ」(1987.11.6)、「夢かもしれない」(1988.3.5)、「ココナッツの片想い」(1988.7.21)、「キッスでささやいて…」(1989.3.21)、天気になれ」(1990.4.21)。
                                                         

http://www.youtube.com/watch?v=7uwhBehahIw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=PPw2DnrouGw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=wQfjBvn5Nk4&feature=related

48.国実百合

Kunizane  1970年12月19日生まれの高知県高知市出身の元歌手。血液型はO型。現役時代の所属事務所は芸映プロダクション、レコード会社は日本コロムビア。本名國實百合(結婚前;読みは同じ)。高知県立高知小津高等学校から堀越高等学校に編入後、同校を卒業。高校2年の時に芸映プロが主催した「ザ・オーディション・ボーイズ・アンド・ガールズ」に応募、1987年10月に調布グリ-ンホールで行われた決戦大会で優勝し、翌1988年3月に「青い制服」でデビューを果たす。しかし、おニャン子クラブの展開から解散に伴うアイドル像の変質、バンドブームの影響によるアイドル系歌番組の減少などからCDセールスは低迷した。1991年に芸名を國實唯理に改名。同年4月、TOKYO FMホールにてファーストライブを実施する。結果的には最初で最後のフル・ライブとなった。同年11月、東京都内で行われたイベント会場で突然芸能活動の一時休止を発表。同月末に行われた大阪・枚方市のくずはモールでのイベントを最後に完全休止、のち完全引退。腎炎発症・悪化及び治療専念のためだったといわれている。シングルは1988年から91年までに12枚が発売されたが、オリコンチャートでベスト10入りした曲はない(最高位は「青い制服」の週間売上19位)。 またアルバムはベスト盤2枚を含む6枚と、他アイドルとのコンピレーションカバー盤が2枚発売されている。 当初デビュー曲は「ガラスのタイプライター」が予定されていたが、直前になり「青い制服」に変更となった。主な曲は、他に「ボーイフレンド」(1988年6月21日)、「秋色の街」(1988年9月28日)、 「友だち以上」(1988年12月10日)、「あなたしかいらない」(1989年3月1日)、「きっと…」(1989年7月5日)など。佐野量子に似ていた。
                                                                                                          

49. 姫乃樹リカ

Himenogi  本名:Rika Crigger、旧姓:西村理香(にしむら りか)、1971年10月6日 - )は、1980年代後半から1990年代前半に活躍していた日本の元アイドル。 日出女子学園高校卒。 出生地は大分県豊後大野市犬飼町。血液型はO型。1982年にテレビ東京の『ちびっ子歌まね合戦』に出場、これがきっかけで芸能界入りとなる。1986年、雑誌『Momoco』の6月号に登場、同年10月TBSテレビの番組『モモコクラブ』にレギュラー出演。芸名の姓が「姫乃樹」となったのは、やはりモモコクラブにいた西村知美とのバッティングを防ぐ為で、当初は本名も非公開だった。1988年2月、アニメ映画『めぞん一刻完結篇』の主題歌『硝子のキッス』でキティレコードより歌手デビュー。同年4月にはラジオのレギュラー番組『姫乃樹リカのおしゃべりサラダ』がスタートし、出生地・大分県の大分放送などで放送される。パーソナリティ人気投票でベストテン入り6回を記録するほどの人気ぶりだった。当時のファンクラブの名前は「Rika's騎士(リカズナイト)」、会報は「姫鈴(ひめりん)」。1992年に芸名を西邑理香(にしむら りか)に改名、同年8月には舞台初出演を果たす。1993年にはユニット「西邑理香 with COMING SOON!」(後に「THE COMING SOON!」に改名)を結成。1995年12月、ベーシストのDave Criggerと入籍。現在はアメリカに在住し、3児の母。その他の曲は「ときめいて」、「もっとHurry Up!」、「アンバランスに抱きしめて」、「ロマンの騎士」、「スタンド・バイ・ミー」、「地上の楽園」。太い眉毛と八重歯がチャームポイントだった。

http://www.youtube.com/watch?v=w-8meb2Nl5U&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=LnbVy5TPv5Y&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=semEwXTv61A&feature=related

50.中嶋美智代

Nakajima  本名:大村美智代、旧姓中嶋、1973年1月2日 - )は、埼玉県志木市出身の女性アイドル・歌手・女優・声優。血液型A型。豊南高等学校卒業。乙女塾3期生。ハーベストムーン所属。乙女塾3期生。1991年にソロデビューーしたが、これ以前にribbonのメンバー候補として予定されていた。容姿の可愛らしさから乙女塾メンバーの永作博美、三浦理恵子、瀬能あづさと並ぶ人気を得ていた。デビュー当時は「最後の清純派」と言われていた。とても大人しい性格として知られる。独特の鼻にかかる声で「鼻声の魔術師」という二つ名を持つ。デビュー当時の芸名は「中嶋美智代」だったが、1998年に名前をカナ表記にした「―ミチヨ」に改名。元CoCoの宮前真樹とは乙女塾時代からの親友で、現在も親交は続いている。2000年8月に千葉ロッテマリーンズのサブロー(本名:大村三郎)外野手と結婚。現在2男1女の母。テレ朝の「1ヶ月1万円生活」出演以降、旦那に少額の小遣いしか渡さない、節約料理など締まり屋の節約妻として知られ、ワイドショーに出演することもある。2008年1月末で所属のサンミュージックを退社した。主なソロの曲は、「赤い花束」(1991年1月30日オリコン最高位9位)、 「ひなげし」(1991年4月17日オリコン最高位10位)、 「初恋通り」(1991年7月17日オリコン最高位13位)、「とても小さな物語」(1991年9月21日オリコン最高位15位)、「思い出にもなれない」(1992年1月29日)など13曲。
                                                                                                                      

                                                         
<おまけ~番外編~>

制服向上委員会(吉成圭子)

Seifuku  テーマの主旨を逸脱するが、オマケとして記載したい。“清く正しく美しく”をモットーにアイドルの王道を行くべく1992年秋に結成されたグループ。メンバーは随時入れ替えられて継続していたが、2006年9月をもって“卒業”した。その後、SKiファミリーとして実質的に活動は継続し、グループではないが集合体総称という意味合いを持っていたが、2010年9にグループとして再始動した。学生服をコスチュームにし、“名門女子校のお嬢さん生徒”的に行動するのが特徴。コンサート「制服の日」、制服ファッションショーを始め、反戦集会、メーデーへの参加、社会貢献など多彩な活動を行っていた。ここでは初代メンバー(一期生)のみ紹介したい。吉成圭子(初代リーダー、血液型A型)、高瀬あやの、青山れい(2代目リーダー)、佐藤枝里子、中野あき、安達恵美、志村和美、奥山美夏、藍田真潮、加納理紗、前田厚子、秋山望、滝本久美、白石桃子、吉田未来、岩崎愛、宮本里枝子、望月菜々、松田ゆかり、諸岡なみ子(3代目リーダー)、中沢ひとみ。シングルは7曲リリースしている。「制服宣言!」(1993年3月3日発売)、「清く正しく美しく」(1993年5月21日発売)、「笑顔がスキッ!」(1993年10月21日発売)、「おはよう!」(1994年7月25日発売)、「同級生」(1995年4月17日発売)、「鼻くそMANが行く」(1998年4月1日発売)、「寿司屋のマスター」(1998年11月1日発売)。ボーカルの吉成圭子のアニメ声が気に入っていた。

http://www.youtube.com/watch?v=skY841-JFPU
http://www.youtube.com/watch?v=pDSC7cuaIq0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=l1G57Sx4xaA&feature=related

Yoshinari Keiko Keiko2

 

 これ以外にも、三井比佐子、菊池陽子、高橋美枝、山口由佳乃、森恵、川村愛、佐藤弘枝、千葉湖吹美、成清加奈子、山本理沙、田中久美、山本ゆかり、松尾久美子、相川恵理、木元ゆうこ、川原理加、横田早苗、林紀恵、畠田理恵、小林千絵、八木さおり、河上幸恵、川島恵、秋本理央、沢田富美子、キャプテン、ツインキー、ポピンズ、ベリーズ、カントリー娘、オレンジシスターズ、セブンティーンクラブ、アイドル夢工場、あすか組、スクールメイツなど数多くのアイドルたちがいたことを書き漏らすわけにはいかないが、A級とB級の線引きが難しい上に、独善的な判断にどうしても依存してしまうので、おそらくはファンの方はご立腹だろうが、その辺は広い心でご容赦願いたい。また、恒例の元アイドルたちの血液型を判明した分を見たところ、やはり比較的多かったのがO型だった。55名中22名もいた。実に40%。日本人の約4割近くを占めるA型の23名(42%)とほぼ同数だった。いかにO型アイドルが持て囃されているか証明がつく。O型は優柔不断と言われながらも甘え上手で、おおらかであまり細かいことにこだわらない。感情表現がストレートでわかりやすく裏表がない。見て安心感や癒し効果を与えてくれるのだ。また、色白でおっとりした性格は、思わず「守ってあげたい」という感じを醸し出し、それが世間ウケしている理由なのだと推測できる。B型は9名(16%)、AB型は極端に少なく1名(2%弱)という結果だった。このことからアイドル候補としてはO型が秀逸していると言えそうだ。

 ところで、何を隠そう私は、中1の頃には「石野真子」のファンクラブに入会していたし、時代を彩ってくれた各アイドルのファンになったことも大にしてある。今回5回に渡って特集でお送りしたが、時代の寵児として「アイドル」が持て囃された世相があったのは紛れもない事実で、特に中高生は明日のスターを夢見て、様々なオーディションに挑戦して芸能界に飛び込んだ少女たちだった。街角でスカウトされたアイドル予備軍もいるが、いつの時代も「アイドル」とは恋い焦がれる存在であるようだ。1990年代のアイドル不在と言われた氷河時代を経て、21世紀はモーニング娘やAKB48の台頭により、再びアイドルが見直されて来ている。大人数のユニットで歌と踊りの両看板でこのデジタル化、あるいはバーチャル化したテレビ業界を華やかに彩っている。私自身も今回のブログを契機に、昔のビデオを検証し、どんな時代にいかなる世相を反映し、どんな曲が流行ったのかを再確認したい。そして曲調やファッションや髪形、化粧一つでも、比較対象となるものが見つかるかもしれない。アイドルはジュニア世代のファッションリーダーであり、ステイタスシンボルである。今後もずっと夢を与え続ける存在として光彩を放ってほしいと切に願い、結びとしたい。

追記
 
 ファンの中にはB級アイドル呼ばわりされて憤慨する方もいると思うが、かなり高くハードルを設定したものであり、世間一般の評価ではなく、あくまで一個人の見解だと解釈して頂ければ幸いである。

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