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2010年11月 1日 (月)

国民的スターたち

   国民栄誉賞を知っているだろうか。日本の内閣総理大臣表彰のひとつで、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」として福田赳夫内閣時代の1977年(昭和52年)8月に創設された。初代受賞者は756号フィーバーを巻き起こし、世界一の称号を手にした王貞治を始め、古賀政男、植村直己、渥美清、美空ひばり、千代の富士、山下泰裕、衣笠祥雄、高橋尚子ら18人がいる。しかし、選考基準があいまいで、同レベルの知名度や貢献度を比べれば、長嶋茂雄(ミスタープロ野球)や手塚治虫(漫画の神様)、藤子・F・不二夫(ドラえもん作者)、石原裕次郎(日活大スター)、阿久悠(作詞家)、大鵬(大横綱)、古畑廣之進(陸上)、野口みづき(陸上)、前畑秀子(水泳)、川上哲治(V9監督)、金田正一(400勝投手)、福本豊(世界の盗塁王)、具志堅用高(ボクシング防衛)、北島康介(水泳)、イチロー(二度打診があったがいぅれも辞退)、羽生善治(将棋7冠)、谷亮子(柔道)、矢沢永吉(歌手)らが選ばれないのは納得がいかない。また、ノーベル賞受賞者は誰一人として受賞していないことも腑に落ちない点だ。そこで今回は、国民に絶大な人気を誇るスターや有名人を取り上げてみたい。その点で言えば、国民的美少女や有名人となると、O型が圧倒的に多いのを御存知だろうか?O型は何故か損得勘定抜きで、全面的バックアップの下、国民に広く愛されるキャラのようだ。そのおおらかさやバイタリティの強さで誰にでも可愛がられ、応援される特異な性質の持ち主のように思える。それでは早速、私が独断と偏見で選ぶ、O型で国民的な人気を誇る有名人10人を取り上げたい。

Sadaharu_oh  1.王 貞治(プロ野球)

 彼の偉業に関しては、もはや詳述するまでもないだろう。当ブログに於いても何度も記事を掲載している。O型の彼は、物事に対して肯定的に受け入れる性質があり、あまり悲観せず、否定的に考えないところがある。不調時にもあまりへこまず、絶えずひたむきに努力を継続するタイプ。その地道な積み重ねと鋼のような肉体、バイタリティーの強さによって868本のホームラン数を残した。それはハンクアーロンの世界記録を塗り替える不滅の大記録である。彼の代名詞でもある「一本足打法」は、投手から打者への転向という苦難の時代を乗り越え、「シーズン50本塁打以上」、「ホームランで世界一を目指す」という確固たる信念の下に、その才能を見抜いた師匠である荒川博氏の発案と厳しい指導の賜であった。2人はB型とO型の師弟関係であった。しかし、「一流選手は一流監督に非ず」の言葉通り、監督として巨人、ダイエー(現ソフトバンク)を率いたが、現役時代の華々しい活躍とはかけ離れた苦難の連続であった。彼の肯定的な生き方は、あくまで巨人軍に固執した長嶋氏とは異なり、「来るものは拒まず」の柔軟な精神の持ち主だった。もちろん選手として名球会入りを果たし、野球殿堂入りもしたトップアスリートとしての成績により初代の国民栄誉賞受賞となったのである。

Yoshinaga  2. 吉永小百合(女優)

 10代の頃、1957年を皮切りに日活映画に多数出演。浜田光夫の相手役として銀幕で華々しく活躍した。当時の世の男性のハートを虜にし、「サユリスト」なるブームを巻き起こし、社会現象をもたらした。また、日本アカデミー賞(最優秀主演女優賞4回)やブルーリボン賞(主演女優賞2回)、キネマ旬報賞、毎日映画コンクール、報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞など数々の賞を総なめにしてきた。若かりし当時から、チヤホヤされながらも足元をしっかりと見た実力と人気を兼ね備えた演技派女優として一時代を築いた。1962年の高校在学中には、『キューポラのある街』にヒロイン役で出演。作曲家・吉田正の門下生となり、ビクターから『寒い朝』でレコードデビューし20万枚のヒット。その年、橋幸夫とのデュエットで30万枚の大ヒットとなった『いつでも夢を』で「第4回日本レコード大賞」を受賞。NHKの紅白歌合戦にも歌手として5度出場した。1969年には、多忙な中、早稲田大学第二文学部史学科を正規の4年間、しかも次席で卒業するほどの才媛ぶり、努力家ぶりを発揮した。彼女の在籍中、早稲田の受験生が飛躍的に急増したのは言うまでもない。彼女は国民栄誉賞こそ貰っていないが、戦後の昭和を代表するトップスターとしての功績を考えれば、それに値する人物であるのは言うに及ばない。2006年に紫綬褒章、2010年には文化功労者に選ばれた。

Hibari  3. 美空ひばり(歌手)

 言わずもがなだが、彼女の存在は昭和歌謡史にとてつもなく大きな足跡を残したと同時に、激動の時代を生き抜いた日本国民の数少ない心のよりどころであった。特に、昭和(戦後)を代表する大スターであり、揺るぎなき日本の初代歌姫である。幼少時代から銀幕のスターで、戦後復興のシンボルとして彗星の如くスクリーンに登場し、人々に元気と勇気を与えた。母・加藤喜美枝の涙ぐましい努力で1946年に8歳で初舞台。49年、敗戦の喧騒のさなか弱冠12歳の天才少女、美空ひばりは「河童ブギウギ」にて登場。笠置シヅ子の「東京ブギウギ」を下敷きとした、このデビュー曲は残念ながらヒットに繋がらなかった。がしかし、同年公開された初主演映画『悲しき口笛』の同名テーマ曲が爆発的ヒットを記録し、一躍スターダムへとのし上がる。以降、ドメスティックな色合いの演歌歌謡楽曲を着実にヒットさせていく一方で、ジャズ/マンボ/ブルース/ロックンロール/ロカビリーなど、いわゆる洋楽テイストを大胆に導入し消化した、秀逸極まりない歌謡ナンバーを数多く世に残していった。また、50年代半ばより、江利チエミ、雪村いづみと共に“三人娘”として活躍。以後、脈々と受け継がれるイメージ戦略先行型三人編成アイドル・チームの礎となった。晩年は弟や最愛の母親と次々と死別。自らも病と闘う日々だった。波瀾万丈の1989年に惜しまれつつこの世を去った。1989年国民栄誉賞受賞。

Takuya  4. 木村拓哉(歌手・俳優)

 彼もまた、長い間イケメン歌手&俳優として女性を魅了する一人である。年齢と共にかっこよさを増している。しかも日本だけでは留まらず、台湾や韓国などアジア各国でも絶大な人気を誇っている。SMAPのメンバー、ジャニーズ事務所に所属。身長176cm。 イメージカラーはレッド。東京都出身、大阪府および千葉県育ち。妻は歌手、タレントの工藤静香。ファッションセンスも抜群でベストジーニストを5回受賞し、殿堂入りを果たす。ドラマアカデミーでは複数回主演男優賞を受賞している。特にフジテレビの月9では欠かせない存在で、いろいろな役どころを器用にこなしている。また、「芸能人好感度」や「抱かれたい男」では常に上位に食い込んでいる。また、CMキングとして君臨。彼がテレビに登場しない日はいない。代表作はドラマが「あすなろ白書」、「ロングバケーション」、「ラブジェネレーション」、「HERO」、「華麗なる一族」。CMでも、トヨタ自動車を始め、NTT東日本、富士通、JRA,TBCなど、どれも超一流企業ばかり。やはりイメージアップには欠かせない人材のようだ。今月38歳を迎えるとは思えないくらい若々しい。ニックネームは「キムタク」。

Masaharu  5. 福山雅治(歌手・俳優)

 彼もまた、今をときめく人の一人。「龍馬伝」で人気を不動のものにした。元々はミュージシャン(シンガーソングライター)だが、俳優、深夜放送のラジオDJ、ギタリスト、音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、写真家とマルチな才能を発揮している。特に、現代劇から時代劇まで幅広くこなしこなし、老若男女を問わずして人気が高い。超イケメンなのに話がうまく、DJも器用にこなす。長崎県長崎市出身。長崎ふるさと大使も務めている。所属事務所はアミューズ。所属レコード会社はユニバーサルミュージック。その好青年ぶりから、20~30代の独身女性には抜群の人気を誇り、「端整なルックスから女性に圧倒的な人気を誇る。「抱かれたい男ナンバー1」に何度も輝き、女性の好きな有名人アンケートにおいて必ずといっていいほど上位にランクされている。また、an・anの好きな男ランキングにおいては10年連続2位を獲得しており、好感度は抜群である。主な主演ドラマは「ひとつ屋根の下」、「美女か野獣」、「ガリレオ」など。曲は「MELODY」、「HELLO」、「桜坂」、「はつ恋」など。彼は41歳。これからどういう歳の取り方をするのか楽しみである。
 

Ryo_2 6. 石川 遼(ゴルファー)

 埼玉県北葛飾郡松伏町出身のプロゴルファー。現在19歳。パナソニック所属。ニックネームは「ハニカミ王子」「遼くん」。 16歳3ヵ月24日の史上最年少のJGTOツアープロとなった。彼の人気もまた一種独特。若くして才能を発揮したため、特に40代以上の中高年の女性からの支持や人気が高い。損得を抜きにして応援したくなる存在だろう。決して大騒ぎせず、自分らしさを持ち、堅実ながら、時に苦境を自ら救う直接カップインなどのスーパープレーにゴルフファンならずともメロメロ。大きな期待感を持ってみてしまう。10代で賞金王に輝くなど年齢に似つかぬ大胆なパフォーマンスは人を惹きつける。彼のようなゴルフ界を引っ張るようなスーパースターが現れてくれ、ゴルフ関係者も意気盛んである。彼は19歳という若さながら、礼儀正しく、それが年配の層にも受けている原因だろう。そして飛ぶ鳥を落とす勢いと伸び盛りで新進気鋭なイメージはCM業界にも引っ張りだこ。主な主演は「ヨネックス」、「全日空」、「ロッテ」、「コナカ」、「トヨタ自動車」、「Panasonic」など一流企業ばかり。CMやゴルフメーカーのの契約料だけで年間数億円に上ると言われている。

Kumiko  7. 後藤久美子(女優)

 彼女の売りは「国民的美少女」だった。艶のある長い黒髪と小麦色の肌と引き締まったスレンダーな体格を特長にしており、身長163cmで46kgの抜群のプロポーションを誇った。子役から10代前半のブレーク時は少女体型で華奢であったが、「週刊プレイボーイ」ではセミヌードを披露。衝撃的なブラウン管デビューは僅か14歳だった。愛称は「ゴクミ」でだった。サバサバした性格で、落ち着きがあり、少女時代からハッキリとモノを言うタイプである。クールな印象が先行する一方で意外に感受性が強く、映画の撮影中では感情移入して泣き出すことも少なくなかった。時折マスコミに対する発言で物議を醸すことも多かった。調に芸歴を重ね、このままオスカープロの看板女優になると思われた矢先、妻子のあるアレジと交際が発覚した。以後は、グラビアやCMに出演する程度である。なお、アレジの出場するレースには必ず寄り添っており、隠し立てのないオープンな交際ぶりは注目を集めた。その後、アレジとは実質的に結婚した。フランスで同居し、3人の子供を設けた。彼女の所属事務所のオスカープロモーションは、彼女による美少女ブームを受けて、「第2の後藤久美子」を探せというコンセプトによるオーディション「全日本国民的美少女コンテスト」を1987年から開催した。したがって彼女自身はこのオーディション出身者ではない。このオーディションは今や「ホリプロタレントスカウトキャラバン」と並び称される一大オーディションとなり、オスカープロが世間に知られるきっかけとなった。

Naoko 8. 高橋尚子(陸上選手)

 彼女の愛称は「Qちゃん」で、誰からも愛されるキャラである。とりわけ2000年のシドニーオリンピックでの女子マラソンに於いて、日本人初の金メダルの快挙を成し遂げ、国民栄誉賞を受賞した。また、翌年の2001年ベルリンマラソンでも女性で初めて2時間20分の壁を破り、世界新記録(当時)で優勝した。岐阜県出身で県立岐阜商、大阪学院大学を卒業した。高校時代はインターハイにこそ出場しているが、中距離の選手で、ほとんど無名に近かった。しかし、大学時代に頭角を現し、1995年に実業団「リクルート」に入社し、奇将・小出義雄監督との運命的な出会いを契機に、二人三脚でマイペース調整でグングン日本代表選手として成長した。当時リクルートには有森裕子や鈴木博美など最強メンバーが揃っていたが、駅伝メンバーにも選ばれるほど実力をつけ、シドニー五輪候補になった際も、最後の選考会の名古屋国際女子マラソンまで縺れ込んだ。2000年のシドニー五輪では、猛暑の中、リディアシモン選手と最後までデッドヒートを繰り広げ、34km付近でサングラスをかなぐり捨ててギアチェンジしてスパートしたシーンは語り草である。細身の体でよく走りきった。2008年10月に苦渋の決断を行い、現役を引退した。

Peyonjyun  9. ペ・ヨンジュン(韓流スター)

 彼は大韓民国(韓国ソウル出身)の俳優で、当然日本人ではないが、2002年以降「冬のソナタ」が日本のBSで放送されるやいなや、韓流ブームに火がつき、世のおばさま方を中心に熱狂的なファンを創出し、流行語や社会現象にまでなった。何を隠そう「冬のソナタ」は、私にとっての特別なドラマで、第一回の放送からテレビに釘付けで、ユジン(チェ・ジゥ)の大ファンになった。今では韓国版のノーカットDVDと日本語吹き替え版の両方を所持している。NHKで放送していたのは各回ともに10分以上カットされている。サンヒョク役のパクヨンハが今年、衝撃的な自殺でこの世を去ったのは痛ましい。このドラマは、日本人に忘れかけていた懐かしい胸の内を見事に表現している。このドラマはおそらく、2年間で50回以上は繰り返し見ていると思う。何か昔の日本を思い出させるような郷愁を誘い、古き佳き時代の純愛路線が涙を誘い、受けるのだろうと思う。少し陰のあるチュンサンと好青年のミニョンさんの二役がハマリ、世の女性はメロメロ。1994年に『愛の挨拶』でデビュー以後、いくつものドラマに出演。特に1996年の『初恋』では韓国ドラマ史上最高視聴率65.8パーセントを記録し、主役を演じた彼自身も人気の座を手に入れた。韓国において、2002年に『冬のソナタ』のチュンサン役で、百想芸術大賞 人気賞(TV 部門『冬のソナタ』)、KBS 演技大賞 最優秀演技賞、人気賞、ベストカップル賞、ベストドレッサー賞を受賞している。日本での愛称は“ヨン様”。身長は180cm。

Saitoyuki 10. 斎藤佑樹(野球)
 
 先日、日本テレビの番組内で、彼をA型と紹介したが、これは完全なる誤りで、列記としたO型である。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修に所属するアマチュア野球選手で群馬県出身。2006年の早稲田実業高校3年の夏の甲子園大会で、延長15回引き分け再試合にて現・楽天の田中将大投手と壮絶な投げ合いの末、優勝投手となった。試合中にマウンド上で折り畳んだハンカチで汗を拭う仕草から、マスコミ各社が「ハンカチ王子」と呼ぶようになる。また「佑ちゃん」という愛称でも親しまれている。早稲田大学でも史上6人目となる30勝300奪三振を達成。プロ入りが注目されたが、この度のドラフトで北海道日本ハムファイターズへの入団が濃厚となった。今日現在、最後の集大成となる早慶戦を戦っている。甲子園では全試合を一人で投げ抜き、強靱なスタミナを披露した。その陰で疲労回復のために高濃度酸素カプセルをレンタル使用していたことがわかり、物議を醸した。最速150km/hの球速とコーナーを突く制球力を併せ持ち、大学通算3年間でのWHIPは0.95と抜群の安定感を誇る。変化球は切れのいい縦のスライダーとフォーク、カットボールル、ツーシーム、落差のあるチェンジアップ、カーブを投げ分ける。いよいよ勝負の舞台はプロへと移る。今から活躍が楽しみだ。

 
 以上10名のO型の国民的スターや有名人を挙げてみた。もっとも個人的な主観や偏見もかなり入っているが、O型というのは万人に愛される性質を兼ね備えているように思えてならない。時にポーカーフェイスでクールだったり、おおらかで細かいことにこだわらない器など人を惹きつけてやまない感じがする。今回取り上げた10人以外にも、同じO型で上戸彩や広末涼子、宮崎あおい、相武紗希、北川景子、妻夫木聡、小栗旬などもあまり嫌いだと言う人はいないだろう。ちょっと昔のアイドルでは河合奈保子、小泉今日子、近藤真彦も同型だった。スポーツ界ではジャイアント馬場、中村俊輔、中田英寿らがそうだった。何かついつい応援したくなるような存在であろう。O型は周囲から孤立するようなことは少なく、どちらかと言えば好意を持って接して貰えることが多いし、援助をして貰える人徳と言うかそういう星の下にあるのかわからないが、いずれにしても生来お得な性格を有しているようだ。

 最後に、国民栄誉賞に関して意見を言いたい。選考基準を明確にして貰いたい。王選手が受賞しているのに長嶋選手は貰えない。メジャーリーグで二度もノーヒットノーランを達成するなど国際舞台で活躍し、その後の日本人プレーヤーのメジャーリーグへの道筋をつけた功労者と言って過言ではない野茂選手は、その候補にすら上がらない。シドニー五輪で金メダルを獲った高橋尚子選手は受賞しているのに、同じアテネ五輪で同種目で金メダルを獲得した野口みずきは貰えない。映画監督の黒澤明は貰っているのに、小津安二郎は貰えない。藤山一郎は貰えるのに三波春夫は貰えない。渥美清は受賞できても高倉健は頂けない。これらは明らかに平等性を欠いている。これは毎年、国民投票で決めるのが公平で良いのではなかろうか。最後に苦言を呈して結びとしたい。

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