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2011年4月23日 (土)

「福島発電地帯」ふたたび・・・

 この記事は2009年10月21日に掲載したものです。よもやこの時は、約1年半後にこのような非常事態に陥るとは誰も予想できなかった。現実に震災が起き、4基ある原発が放射能漏れを引き起こし、周辺地域の自治体では緊急避難を余儀なくされている状況に置かれている。奇しくも約50年前、自民党政権時代に国策として推進され、以来半世紀、何重にも施された安全対策、安全神話が脆くも崩れ去り、今もって放射性物質は大気中にばらまかれ、海洋汚染も深刻化している。事故から40日以上経過した現在でも、見えない恐怖との闘いを強いられており、復興どころか復旧、解決さえも糸口が見えない有様である。したがって、ここでもう一度、原子力発電の安全性を問いただし、検証を行う意味で、その記事を再掲したい。

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 福島県の地図を広げると東(浜通り)は太平洋、中央(中通り)は高速交通ネットワークが整った盆地、西(会津地方)は奥羽山脈が連なる山岳地帯というように、極めて起伏に富んだ地形をしている。そこには大自然の恵みである海の幸、山の幸がふんだんにあり、食材の確保には事欠かない。果物もたわわに実り、自給自足や地産地消を昔から先進的に実践している土地柄でもある。

 また、このような自然の地形を生かし、福島県内には原子力、火力、水力、風力、そして地熱までも利用した発電所が点在しているのが特徴となっている。特に太平洋沿岸部は、日本でも有数の大規模な原子力発電所が2か所、火力発電所が4か所設置され、主に首都圏に向けて電力の安定供給に努めている。一方、阿武隈山系や福島や郡山といった都市部近郊の山間の高原には、風力発電所がある。人畜無害で作りだされたクリーンエネルギーの代表選手で、地球温暖化防止の観点からも今後ますます必要性や需要が高まることは容易に想像できる。

 更に、ダムによって一旦堰き止めた水を山の斜面の高低差を活かし、落下させた時の水圧を利用して電力発生用のタービンを回し、発電を行う水力発電所は、福島市北西部の摺上川や郡山近郊の磐梯熱海温泉界隈、猪苗代湖北部の裏磐梯周辺に数多く存在する。そしてまた、会津若松の西部に位置する柳津町には、日本では珍しい地熱発電所も既存の施設として稼動している。


 それでは日本の総電力に占める発電源別の割合はどうなっているのかというと、2006年時点の統計では、火力(石油・石炭・天然ガス)が59.9%を占め断トツのトップ。次いで原子力発電が30.6%、水力が9.1%、そして残りの0.9%がその他の発電(地熱・風力・太陽光などの新エネルギー)という具合である。平成19年度の福島県内の発電所が作り出す総発電量は、1,240億1400万kwで、驚くなかれこの数字は都道府県別では堂々日本一を誇っている。これは面積が広く、発電所の建設に必要な土地の広さを備えていることや人口密度が低いこと、なおかつ地震などの自然災害が少ないことなど設置に必要な条件(ガイドライン)を満たしているからにほかならない。しかし、福島県沖はご承知の通り、北米プレートと太平洋プレートの境目があり、地震の頻度が高い地域である。それにもかかわらず、発電所がやたら多いのは何故だろうか?種明かしをすれば、福島県は地盤がかなり強固で、福島県沖を震源地とする、震度3~5程度の揺れには十分耐えるくらい安定しているのだ。元から液状化によって地盤沈下などが起きづらい地層なのだ。逆に言えば、始めから震度6以上の大地震は起きないだろうという想定で安全基準が設けられている。

 今後、ますますの需要、およびその増設が見込まれる原子力発電所であるが、特に福島県の太平洋沿岸部には、大熊町にある東京電力福島第一原子力発電所と富岡町にある同福島第二原子力発電所を抱えている。両方を合わせれば、その出力は約9,100万kwにも達し、第2位の新潟柏崎刈羽原子力発電所(8,212万kw)を凌いで全国トップである。これは日本全国の原子力発電所が産出する発電量の約20%に値し、それだけ多くの電力を福島県内の原発で賄っていることになるから、ある意味とてつもなくすごい数字なのだ。これに火力発電所(常磐共同162万kw・広野380万kw・原町200万kw・相馬共同200万kw)を加えれば、相当な規模になる。一部東北電力も含まれるが、大部分は東京電力の施設で、東京を始めとする首都圏への電力供給のための施設が、何故か福島県内にある訳なので、福島県民からすると多少の違和感を覚えるだろう。

 しかし反面、地元へ与える影響や公害問題、そして招かれざる副産物に対する心配は絶えず付き纏う。例えば、一度燃やした核燃料からプルトニュウムを抽出する工場、いわゆる再処理工場の建設や高レベル放射能廃棄物の最終処分場の建設問題があり、またチェルノブイリ事故に代表されるように、死の灰を降らせる事態に陥ってしまう危険性が指摘される原発事故。また、1999年に実際日本でも起きてしまった東海村のJCOの臨界事故では、従業員が放射能を浴びて被爆し、2人が犠牲となった。更に、福島県でも前知事が再三の東京電力からの要請にも、安全面の理由から頑として首を縦に振らなかった「プルサーマル(プルトニュウムを核分裂させ、発電を行う)」計画など、こうした安全上の課題がクリアーにならない以上、地元住民の不安は解消されることはない。

 ところで海釣りを趣味とし、これまでに70回以上も釣行を繰り返している私にとって、これらの問題はとても身近で、ともすれば死活問題に発展しかねないような危機さえ感じる。それは火力にせよ原子力にせよ、発電の際には増殖炉やタービンの過熱による爆発や火災を未然に防ぐために、それらを冷却するための大量の海水が使用される。その使用済みの温水を排水として、そのまま海へ流し込んでいる。無論その周囲の海水温は上昇し、冬でも様々な種類の魚が根着き、また回遊する。海水温が高い区域は、プランクトンが増殖し、それを食べる小魚が集まり、更にその小魚を餌とする大型のカンパチやヒラマサ、スズキ、クロダイなどの人気の魚を呼び込む。いわゆる食物連鎖が起こる。県内には広野、原町、新地の各火力に「釣り公園」を整備し、多くの大物狙いの釣りファンが多数詰めかけ、連日ごった返している。各電力会社は、大規模な発電所建設の見返りとして、このようなレジャー施設を併設して地元に提供したり、その従業員を現地採用で行うなどして、地元へ還元しているのだ。また、広野火力がある楢葉町には、道の駅や温泉保養施設があるが、こちらへの資金提供も行っており、更にはJビレッヂなるサッカー専用の練習施設までこさえて、地元の繁栄に加担し、なおかつ貢献をしているのだ。もちつもたれつの関係が成立することになる。でも実際問題として、そうした場所で釣れた魚は食用として食べて大丈夫なのだろうか?原発の温排水の安全面は確認できているのか?もしその排水が多少なりとも放射能に汚染されていたとしたら・・・そう考えるだけでぞっとする。

 いくら資金を地元に落とし、見返りに箱物を贈って地域貢献したからといって、地産地消でもない単なる首都圏への電力供給ために、わざわざ茨城や福島といった常磐エリアにそれほど多くの発電所を集中的に建設する必要があるのかが理解に苦しむところだ。まして安全保安の面で保証もできないような得体の知れない「プルサーマル導入」などはもってのほかで、おしなべて異次元の話である。現知事は青森県六ケ所村を例に、「どこかがやらねばならない」という寛容姿勢で臨むらしいが、この原子力発電に関する知識がどこまで備わっているかは未知数だ。したがってこのような重大事案に対しては安易な発想ではなく、努めて慎重に判断して貰いたい。特に直接被害を被るであろう地元住民の意見に十分耳を傾け、必然性はどの程度なのか、なぜ福島県でそれを引き受けるのか、などの説明責任を果たし、その安全性と危険度を包み隠さず明示し、十分な議論を重ね、ひいては住民投票などで理解を得た後に最終決断という手順で決断を促したい。これをせずに、いきなり大上段に構えて、知事権限を強硬に発令したところで、反発は必至である。もはや弱者切り捨ての政治手法では、道理は通らないだろう。ここはひとつ民主的な話し合いで解決の糸口を見出して貰いたいものだ。

 最後に、性急な地球温暖化防止策が世界中で叫ばれる昨今、日本は敢えて先頭に立ち、棘の道を突き進むことを首相自らが選択し、宣言したばかりである。具体策や勝機、突破口はあるのか?当然、環境に優しい新エネルギーの開発とその運用に向けて速やかな移行が求められる訳だが、その財源はどこから捻出るのか?新エネルギーの開発では、その担い手として期待されているのが風力発電と太陽光(ソーラー)発電である。これらは、もっともクリーンで環境への負担が少なく、燃費効率も優れていることから、最近富みに脚光を浴びている。更には火山国である日本、温泉景勝地が多い福島県では、実用性が高いのが蒸気の噴き出す熱を利用した地熱発電も自然のエネルギーを効率よく活用できるので有力である。日本では希少だが、海外などでは干満の差を利用して発電を行う潮汐発電があり、これも自然現象をそのまま利用している点で価値は大きい。無用な温室効果ガスや二酸化炭素の排出量は皆無に等しいからだ。

 しかし、新エネルギーに代替したところで、完全解決とはいかず、まだまだ課題は山積している。その建設に伴う立地場所の確保、一見無害に見える風力発電ですら、実は夜中の高周波騒音(風切り音や風車を回す時のモーター音)に伴う健康被害の問題が露呈している。そして風力発電用の大型の風車の設置の為に、森林を伐採したりといった環境破壊も負の材料となる。また、電磁波が人の健康にどのような悪影響を及ぼすかはまだ明確にはわからない状況である。太陽光発電は、寒冷地などでは日照時間に左右されやすく、真冬の積雪によっては用を足さなくなる。ソーラーパネル自体も未だその価格は高価で、購入は経済的にゆとりのある家庭に限られてしまうほか、パネルの耐久年数も半永久的とはいかない。そう考えればどれも一長一短である。エネルギー問題を考える時に、どこかにしわ寄せが行くのは必然で、やはりある程度の妥協やすり合わせが求められるだろう。

 電化製品の開発や普及で暮らしが便利になるのは確かに良いことだが、その分間違いなく消費電力は増大する。エコポイント導入で、エネルギー効率を考えた製品が市中に出回っているようだが、やはりそれに見合うだけの発電量は必要である。もともと電力は作り置きや貯めておくことが出来ない。発電量が増大することは、地球温暖化防止の考えにまるっきり逆行することで、地球にとってもマイナス材料である。いくら発電方法に革命があったにせよ、それを使いこなす人間が、相も変わらず旧態依然の生活を継続していれば、地球温暖化への対策など夢のまた夢である。そこには発想の転換も必要だろうし、生産だけに終始してきた作り手(メーカー)側の責任も重大なのである。今、お互いが住みやすい環境の為に何をなすべきかを真剣に考え、行動するような機運の盛り上がりが大事で、むしろ一人ひとりの些細な努力から始めれば、最終的に真の温暖化防止につながっていくのではないだろうか。

 さて、震災と原発事故前に執筆した記事を再掲載しましたが、いかがでしたか。今では、身につまされる文面になってしまった。そして今日、地元紙「福島民報」のコラムである「あぶくま抄」には、思わずグッと来る記事が掲載されていた。原発問題が終息しない状況に、県民の意思を代弁してくれているようなお上に対する懇願書のような手紙文形式の名文だった。
 「拝啓、菅総理殿」、「拝啓、谷垣自民党総裁殿」、「拝啓、石原都知事殿」というように、それぞれの実力者へ命がけの訴えを繰り広げている内容だった。そして最後の言葉は、日本全国に散らばることを余儀なくされ、避難先で言われなき差別を受けている福島県民の現状を如実に表現した文面で、思わず涙を禁じえなかった。

 「拝啓、首都圏の皆様。放射線は伝染しません。福島県民に偏見の目を向けるのはやめてください。あなた方が使っていた電力のかなりの部分は福島県で作られていたのですから・・・」。

 これが県民の本音の気持ちだろうと思う。

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