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2011年6月

2011年6月14日 (火)

原発事故に見え隠れする日本人気質

 朝、「Yahoo!」のニュースを見ていたら、遂に原発被害で経営が立ち行かなくなった県内の酪農業者が自殺してしまった。これは決して軽んじてはいけない問題で、まずはそれを報じた「読売新聞」の記事から抜粋したい。

 福島第一原発の事故で、牛を処分して廃業した福島県相馬市の酪農家男性(50歳代)が「原発さえなければ」と書き残して自殺していたことが13日、わかった。関係者によると、男性は今月11日、小屋で首をつった状態で見つかった。小屋の壁に白チョークで「仕事する気力をなくしました」「残った酪農家は原発にまけないで」と記していた。男性が住む地区は当初、加工前牛乳が出荷停止となり、男性は乳を搾っては捨てていた。今月初旬までに手塩にかけて育てた乳牛約30頭を処分した。男性は親の代から酪農を続けており、姉は本紙の取材に「(弟の死は)子どもたちのことを思えば話したくない。しかし、原発の件は訴えたい」と語った。 酪農家仲間だった男性(51)は「避難区域ではないため、補償はないだろうと繰り返していた」といい、農業男性(53)は「連絡をとるたびに『原発ですべてを失った』と悩んでいた」と話した。

 しかしながら、人ひとりの尊い命が失われた事実は極めて重大であり、この責任は一体誰が取るのだ。将来を悲観して死を選ばざるを得なくなった本人が責めを負う理由などはどこにもない。原発は風評被害を含め、福島県民のすべてを狂わせてしまった。政府はこうした災害補償に関してより明確な支援策を具体的に提示しないと、同じような事例は後を絶たないだろう。本来は失われずに済んだ筈の犠牲を、再び繰り返すことにならないよう肝に銘じて、一刻も早い対応策を提示して福島県民を安心させて貰いたいものだ。

 また、地元新聞紙に目を通せば、お悔やみの欄には、今でも3月11日の日付で亡くなった方々の死亡記事が出ている。もちろん震災で犠牲になられた方々が新たに発見されたことによるものだ。実に痛々しい。中には1歳や8歳、9歳という幼子の名前が掲載され、こんな生まれて間もない赤子まで神は天に召すのかと居たたまれない気持ちになる。この1歳の子供は何のためにこの世に生を授かったのか?人間の真っ当な行いを何一つ経験できないまま、津波に飲み込まれた小さな命。この子が一体どんな悪いことをしたというのだろう。あまりにも不平等だし不条理だ。あの運命の3月11日に、津波で死ぬために生まれてきたというのか?だとしたらあまりにも惨く、神は無慈悲過ぎるのではないだろうか。されど、不謹慎に思えるかも知れないが、震災で数万人規模の死者や行方不明者の数字を目の当たりにしてしまうと、何か感覚が麻痺してしまい、どこかで殺人事件が起きたとしても何かピンと来ない。人間の命は地球よりも重いことは重々知っているが、何か形骸化してしまう部分があることを否めないのだ。最終的に2万人を超えるであろう今回の東日本大震災。ハード面だけでなく、ソフト面の収束は一体いつになるのだろうか?改めて今回の出来事を風化させてはならないことを私達は自覚しなければならない。 

 一方で「福島原発事故」を受けて、イタリアでも国民投票が行われ、半数を超える有効投票があり、「原発にNO」を訴え、「原発凍結」に賛同した国民は驚くなかれ94%にも達した。イタリア首相はこれを重く受け止め、「国民の意向に添うように厳正に対処する」とコメントした。また、フランスでも国民世論の結果、77%が「脱原発」に賛成するなど、福島の原発事故は世界各国に波紋を広げ、また、暗い影を落としているようだ。 

 さて、それでは本題に入るが、今朝の朝日新聞の「天声人語」には、作家・池澤夏樹さんの手記から一部を引用していた記事が掲載されていた。それは「核エネルギーはどこか病理的なところで、人間の手に負えないのだ。それを無理に使おうとするから嘘で固めなければならなくなる」。全くこのご時世、特に我が県は、いつ収束するとも先が読めぬ不安の中、実に的を射た文言表現であり、その記載を見落とさず、抜粋した朝日新聞の記者の手柄と言えるだろう。実態や得体の知れぬ学者が小賢しい知恵で突き止めた「原子」や「中性子」の理論。これを平和理に用いれば人間に相応の恵沢をもたらしてくれるだろうが、一歩扱いを誤れば、想像を絶する「悪魔の宿る殺戮兵器」と化し、人間の生存をも根底から揺るがす負の遺産ともなりかねない。さらに、「天声人語」はこうも語りかける。広島への原爆投下で何が起きたか軍や学者はわかっていた。にもかかわらず、大本営発表では、「若干の被害を被った模様」とだけ、国民に嘘の情報を流した。これは欺瞞以外の何物でもない。当時の日本はまんまと国民を騙し続けた結果、敗戦国という思いも寄らぬ衝撃と屈辱を受ける結果となった。これに関して、つい先日の「吉田照美」の朝のラジオで、ゲストの見解として、プライドの高い日本人が表現のすり替えを得意としていたことを裏付ける発言をしていた。例えば、現在も大陸へ侵攻し、数多くの何の罪もない中国人民を旧日本軍は虐殺する行為を行っておきながら、「侵略」とは絶対に言わない。これを認め、「正当化」してしまうと、戦争を引き起こした大義名分が無くなり、日本人は単に野蛮で無慈悲な民族だと非難を浴びるだけだからだ。更には多額の賠償を支払わされる責任が生じる。未だにアジア諸国に対し、あれほどの苦痛や犠牲を強いておきながら公式に謝罪もしていない。また、そうしたこちらから出向いて仕掛けた戦争であっても、「満州事変」とか「盧溝橋事件」と呼び、あれは偶発的な事件だったと未だに政府は主張している。更には「敗戦」というのは紛れもない事実なのに、日本人の戦死者の遺族感情に配慮し、「終戦」という言葉を用いて来た。「靖国参拝問題」も難しいところがあるが、小泉元首相を除き、これまでの首相は諸外国に配慮し、公人か私人かの態度を明確にせず、適当にうるかしてきた感があるのだ。

 更に「天声人語」はこうも続けていた。「恐ろしくなったのは、20年30年後に発症し、これが原因で死に行くその時の時差でした」。つまり、得体の知れぬセシウムなどの放射性物質は、体内に長く留まり、忘れた頃に真の威力を発揮し、人間に悪魔の牙を剥いて向かって来るのだ。実際、昨日の深夜のニュースを見て、私は相当のショックを受けた。原発から70kmも離れた福島市内の放射線量が、道路横の草むらの茂みで地表の上に線量計を置いた状態で測定したところ、何と桁外れの152.76μsv/hの高濃度の放射線量が検出された。しかもそこが小学生の通学路の道沿い。ホットスポットでの値とは言え、文科省を始めとする政府は、そうした情報を「今回初めて耳にした」と我関せずの見解。この意識の低さは何なのか?国の主導による除染対策はまったく行われていない現状が明確になった。その測定に携わった京都精華大学の先生も「この場所にはあまり長く居たくないですね」と言い放って、すぐにその場を離れた。そこをマスクも付けずに地元の小学生の下校中の列が歩いて通って行った。福島県は独自の対応マニュアルの策定もせず、単に国からの指示を待ちすぎているだけ。指をくわえて待っていたら命の危険性は更に高まる。後で取り返しがつかなくなる。力もないのに、人柄の良さだけで県知事に選ぶと、下々の県民は苦労するという皮肉な例だ。佐藤栄佐久前知事なら、身を呈してでも県民のために国に多くの苦情やら陳情を展開してくれ、事態は多少沈静化に向かっていただろう。
Fukushima

衝撃の動画ニュースはコチラ↓

 
 そして連日の報道を見てみると、原発内で作業に当たる従業員が、予想を遙かに超える放射線を浴び、被爆していた現実が明らかになった。国の基準値では、年1回の胃のX線検診で0.6ミリsv/h、年間の自然界の放射線で2.4ミリsv/h、業務に従事する人の年間被爆量の上限は50ミリだが、今回は特例として福島原発の作業員が認められている被爆量の上限は250ミリなのだそうだ。しかし、最近の東電の発表では耳を疑うような数値が発表された。何と既に250ミリを超えた人が8人もいて、最高は中央制御室での作業員で、678ミリであった。これは人命を脅かすほどの量である。更に甘すぎる基準値を超えてはいないものの、100ミリを超えた作業員も102人にも上っていた。何とも杜撰な安全管理。事故が起きた後もなお、作業員を平気で命の危険に晒す杜撰な管理体制を露呈した。人の命を軽視する輩だからこそ東電は今後も全く信用できないのだ。

 そして、まるで伝染病のように被害は拡大する一方である。海水だけでなく、福島県内の河川に棲むヤマメやウグイからも放射線物質が検出された。釣り人は激減。漁協は大打撃、養殖魚を扱う業者までもが風評被害に遭っているという。更に、本日夕方のNHKのニュースでは、福島市内の下水処理施設で、44万ベクレル/kgを超えるセシウムを検知したと報じた。桁が違いすぎ。なんともやるせない。こうなると「原発」とは悪の化身ではなのか?この怒りをどこにぶつければいいのだろう。結局、国は福島を完全に見捨てているように思う。所詮、政府など首都・東京から250km以上も離れた地方都市の惨劇など対岸の火事にしか思っていない。自分らに危険が降りかからなければどうでもいいという感じが見て取れる。避難指示も二転三転、政府の判断は後手後手で右往左往。後になって「メルトダウンで大量・高濃度の放射性物質が大気中にばらまかれていました」では話にならない。善良な市民達を命の危険にさらしておきながら、よくもまぁぬけぬけとこのような無責任なことが言えるものだ。恐らく戦時中の「大本営発表」の如く、まだ秘密裏に処理していることがたくさんあるに違いない。国民がパニックにならぬよう、正確なデータを封印している筈だ。未だに先が見えない原発の処理問題。毎日、不安だらけの綱渡り生活を強いられるが、事態を注視していきたい。

 最後に「天声人語」は疑問を投げかけていた。「嘘は魔物で、ばれぬように上塗りが要る」と。日本では、「嘘つきは泥棒の始まり」といって忌み嫌われてきた対象だ。それを教訓として、あるいは戒めの言葉として大人が子供の躾として使ってきた。ひとつの嘘を貫くには、20の嘘を発明しなければならない。何が嘘で何が本当なのかは当事者ですらわからないのではないだろうか?と皮肉たっぷりにまとめていた。今や国家の中枢を担う政府や当事者である「東京電力」ですら、「悪魔」を目の前にしてなすすべもなく、ただ狼狽えるばかりで、みっともない醜態を諸外国に曝している。それを教訓とし、自覚が求められるのは子供ではなく、役に立たない政治家を筆頭とする大人たちなのではないだろうか?

 記事作成:6月14日(火) 

2011年6月10日 (金)

司会業が板に付いたタレント

 かつて名司会者といえば「玉置宏」の顔が真っ先に思い浮かぶ。多種多様にある日本のテレビ番組において、案内役ともホスト役とも言われ、欠かせない存在なのがこの司会者である。情報バラエティー、ドキュメンタリー、歌謡番組、ニュース、映画解説などジャンルを問わず、多方面でその役割は極めて重要な要素を占める。しかし、最近は毎度毎度お馴染みの方が司会をこなしているだけのように思う。昭和の時代は、司会者と言えば、相場は局アナと決まっていた。しかし、当時の局アナは、お堅い印象やイメージが先立ち、バラエティで我を出すことは到底不可能で、通り一遍のオーソドックスの域から抜け出せないのが通例だった。そこで各テレビ局は、タレントや芸能人(芸人を含む)にやらせてみようという発想になった。その試みは見事に当たり、番組が活性化して好評を得、各局はこぞって芸人上がりのタレントや喋りが上手く器用な俳優、あるいは文化人などを多数起用した。それでは今回のテーマに沿って「司会業が板に着いたタレント」を紹介して行きたい。ここでは生年月日と最終学歴、血液型、代表的な出演番組を掲載し、自らのショートコメントを添えたい。

 第1位 関口 宏

 1943年7月13日生まれ  東京都世田谷区出身 立教大学法学部卒 血液型はA

 「クイズ100人に聞きました」「知ってるつもり?!」「サンデーモーニング」「東京フレンドパーク」「わくわく動物ランド」「ギミア・ぶれいく」「テレビあッとランダム」「どっちの料理ショー」など

 父親が往年の名優だった佐野周二、妻は美人歌手だった西田佐知子、息子は俳優・タレントの関口知宏。髪の毛の一部が白髪というのが特徴。温和な語り口調で、相手の意見を引き出す能力に長けている。趣味は鉄道模型。私は彼の司会は安心して見ていられる。特に日曜朝8時からの「サンデーモーニング」は大好きで、社会問題を鋭い視点から抉り、特に「風をよむ」のコーナーは圧巻。大学教授がコメンテーターで、その方々の一言一言に重みを感じるし、同一歩調で考えることが出来る点で評価している。

 第2位 堺 正章

 1946年8月6日生まれ。東京都世田谷区出身。鎌倉学園高校 血液型はA 

 「チューボーですよ!」「紅白歌のベストテン」「ザ・トップテン」「ハッチャキマチャアキ」「カックラキン大放送」「発掘!あるある大事典」「世界一受けたい授業」「歌謡コンサート」など

 実父が喜劇俳優だった堺駿二で、芸能界屈指の器用さは、毎年正月に放送していた「かくし芸大会」で証明済み。歌手(GSのザ・スパイダース&ソロ)、俳優、コメディアン、ミュージカル、舞台などエンターテーナーとしてマルチに活躍。機転が利き、サービス精神もあり、持ち前のユニークさでお茶の間の人気をさらった。私は「西遊記」の孫悟空のイメージが未だに強い。愛称はマチャアキ、堺しぇんしぇい。

 第3位 みのもんた

 1944年8月22日生まれ 東京都世田谷区出身 立教大学経済学部卒 血液型はA

 「学校へ行こうMAX」「朝ズバッ」「秘密のケンミンSHOW」「午後は○○おもいっきりテレビ」「動物奇想天外」「クイズ$ミリオネア」「プロ野球ニュース」「愛の貧乏脱出作戦」など

 私の印象では、フジテレビ系列の「プロ野球ニュー」の「好プレー珍プレー」のナレーションで有名になった感が強い。もともとは文化放送のアナウンサーであった。TBSを受験したが不採用となり、同じ年に入社した久米宏へのライバル心は強かったと言われている。

Sekiguchi Sakai Mino

 第4位 明石家さんま

 1955年7月1日生まれ 和歌山県串本町出身 奈良商業高校卒 血液型はB

 「踊るさんま御殿」「さんまのまんま」「さんタク」「さんまのSUPERからくりTV」「痛快!明石家電視台」「ホンマでっかTV」「恋のから騒ぎ」

 テレビの申し子と呼べるほどの売れっ子であり、毎週レギュラーを5本以上抱えている。今では大御所のイメージであるが、お笑いタレント、司会者、俳優、歌手、ラジオパーソナリティー、元落語家・漫談家で師匠命令でタレントに転向するなど、今でいうピン芸人の元祖。

 第5位 タモリ

 1945年(昭和20年)8月22日生まれ、 福岡市出身。早稲田大学第二文学部中退 血液型はO

 「笑っていいとも!」「ブラタモリ」「タモリ倶楽部」「ミュージックステーション」「世にも奇妙な物語」「今夜は最高!」「ボキャブラ天国」「ジャングルTV」「トリビアの泉」など

 タモリはお笑いタレント、司会者、俳優、歌手、声優、ラジオ パーソナリティー、作詞家、実業家と多彩な才能の持ち主で、故・赤塚不二雄氏に師事した。吉永小百合の大ファンで、彼女と同じ早稲田大学へ進学した。ジャズにも長け、トランペットはプロのミュージャンに引けをとらない腕前だ。冠番組の「笑っていいとも!」は、彼を一躍有名にした出世作で、私が大学生の頃から続いている長寿番組である。 

 第6位 ビートたけし

 1947年1月18日生まれ 、 東京都足立区出身 明治大学工学部卒扱い 血液型はO

 「天才たけしの元気が出るテレビ」「風雲たけし城」「お笑いサドンデス」「アイドルパンチ」「スーパージョッキー」「平成教育委員会」「熱血!平成教育学院」「世界まる見え特捜部」「TVタックル」「みんなの家庭の医学」「奇跡体験アンビリーバボー!」「情報7daysニュースキャスター」「誰でもピカソ」「ニホンのミカタ」、「オールナイトニッポン」

 お笑いタレント、司会者、映画監督、俳優、作家、歌手、東京藝術大学大学院映像研究科教授。元漫才師。世界では数々の賞を獲得した映画の名監督・北野武として尊敬されている。ツービート時代には下積みが長く、漫才ブームに乗っかる形で「毒舌漫才」で売りだした。フライデー襲撃事件やバイク転倒事故など汚点も多いが、それ以上の功績を残している。やはりO型の特徴である浮き沈みの激しい波瀾万丈の人生を送っている。しかし、持ち前のバイタリティーで乗り切っている。特に、明治大学を中退したものの、知名度アップした貢献度によって学士を認定された経歴がある。

Sanma Tamori Takeshi

 第7位 徳光和夫

 1941年3月10日生まれ、 東京都目黒区出身 立教大学社会学部卒 血液型はB

 「ズームイン朝」「アメリカ横断ウルトラクイズ」「世界ウルルン滞在記」「歌の大辞テン」「テレビコロンブス」「TVフォーラム」「ザ・サンデーNEXT」「24時間テレビ」「ダウトをさがせ」など

 彼の経歴は言わずもがなだが、日本テレビのアナウンサーとして勤務し、彼の代名詞とも言える「ズームイン朝!」の初代MCとして有名となった。以降、情報番組や歌番組などでもその名調子で欠かせない存在となったのは周知の事実である。熱狂的な巨人ファン。交友関係が広く、芸能人カップルの司会を何度担当したか知れない。 

 第8位 所ジョージ(O型)

 1955年1月26日生まれ、埼玉県所沢市出身 拓殖大学商学部中退 血液型O

「学校では教えてくれないそこんトコロ」「目がテン」「クイズ笑ってこらえて」「大改造ビフォーアフター」「世田谷ベース」「世界まる見え特捜部」「スポーツえらい人グランプリ」

 シンガーソングライター、お笑いタレント、俳優、司会者、声優、ラジオパーソナリティー、カーマニア。この方のトーク術は目を見張るものがある。堅苦しさを排除し、軽くていい加減な感じながらも、しっかり要点は押さえる絶妙の言い回しや存在感はピカイチ。天性のものだろう。大学は学費未納による除籍処分を受けた。

 第9位 島田紳助

 1956年3月24日生まれ 京都市出身 京都学園大学中退 AB型

 「クイズヘキサゴン」「行列の出来る法律相談所」「人生が変わる1分間の深イイ話」「開運!なんでも鑑定団」「オールスター感謝祭」「ダウトをさがせ」「バラ珍」「サンデープロジェクト」「世界バリバリバリュー」「謎を解け!まさかのミステリー」「ホンネの殿堂」「歌のトップテン」など

 日本のお笑いタレント、司会者、作詞家、音楽プロデューサー、歌手、実業 家。株式会社ディンプス相談役。京都市特別観光大使。漫才コンビ歯に衣を着せぬ毒舌だが、勢い余って羽目を外し過ぎ、名誉棄損で訴えられたり、暴言暴力で訴えられ、番組を謹慎したこともあった。説得力のある話術は定評がある。やや我や押しが強すぎて誤解を招くことも多い。元、暴走族で「紳助竜助」という毒舌ツッパリ漫才でデビューした。今では想像できないくらいの変わりようだ。相棒だった松本竜介は病気により、既に鬼籍に入っている。他にもバイクレース好きが高じて「チーム紳助」を結成し、鈴鹿8耐に出場した経歴を持つ。彼を目にしない日はないほど今、もっとも売れっ子司会者と言えるだろう。

Tokumitsu Tokoro Shimada

 第10位 上田晋也

 1970年5月7日生まれ 熊本市出身 早稲田大学教育学部中退 血液型O

 「誰も知らない泣ける歌」「天才てれびくんビットワールド」「おしゃれイズム」「上田ちゃんネル」「しゃべくり007」「スター☆ドラフト会議」「シルシルミシル」「ペケポン」「世界一受けたい授業」など

 ここ数年で司会業が圧倒的に多くなった感がある。もともとは有田哲平とコンビを組む「海砂利水魚」という漫才やコントを繰り広げた芸人だったが、「くり~むしちゅう」とコンビ名を変更してから急にツキが向き、幅広い活動を行うまでに至った。やはり早稲田大学に入学しただけあって、その博識が司会を無難にこなせる要因だし、光る才能が時折顔を覗かせる。

 第11位 萩本欽一

 1941年5月7日生まれ  東京都台東区出身  駒込高等学校卒業 血液型A

 「スター誕生!」「欽ドン!よい子悪い子ふつうの子」「週刊欽曜日」「欽ちゃんのどこまでやるの」「仮装大賞」など

 日本のコメディアン、タレントである。日本野球連盟茨城ゴールデンゴールズ監督、司会者、演出家としても活動している。特に各番組において欽ちゃんファミリーを形成。同じA型の面々で一家を形成した。小堺一畿、関根勤、風見しんご、西山浩司、山口良一、小西博之、清水由貴子などがいた。コント55号の相方だった坂上二郎さんを今年失った際も気丈に振舞った。やや形式にこだわるところはA型そのもの。

 第12位 三宅裕司

 1951年5月3日生まれ  東京都千代田区出身 明治大がう系学部卒 血液型B

 「冗談ストリート」「平成名物TV・いかすバンド天国」「おしえて!ガリレオ」「驚き桃の木20世紀」「THE夜もヒッパレ」「世界ウルルン滞在記」「どっちの料理SHOW」「この日本人がスゴイらしい」「思いっきりDON!」など

 コメディアン、俳優、タレント、司会者とマルチに活躍。劇団スーパーエキセントリックシアター(SET)の座長。1984年、32歳の時にニッポン放送のラジオ番組『三宅祐司のヤングパラダイス』のパーソナリティーを務めたことで一気に知名度を得る。『テレビ探偵団』や『いかすバンド天国』をきっかけに、明朗快活な雰囲気に加え、キレの良い会話と相手の話に対する反応の良さ、切り返しの巧さで、以後数々のバラエティ番組の司会を手掛けている。

Ueda Hagimoto Miyake

 第13位 志村けん

 1950年2月20日生まれ、東京都東村山市出身 都立久留米高校卒 血液型A

 「天才志村どうぶつ園」「バカ殿様」「だいじょうぶだ~」「志村軒」「志村けんはいかがでしょう」など

 日本のお笑いタレント、コメディアン、司会者。本名:志村 康徳(しむら やすのり) ご存知ザ・ドリフターズの人気者からソロ活動を行い、様々なバラエティ番組に主演し、現在は司会などにもその才能を発揮している。「変なおじさん」、「アイーン」、「だいじょぶだ~」、「ウンジャラゲ」などの流行語や「東村山音頭」、「カラスの子の替え唄」、「ヒゲダンス」を流行らせた。

 第14位 大橋巨泉

 1934年生まれ  東京都墨田区出身 早稲田大学政治経済学部中退 血液型はB

 「11PM」「お笑い頭の体操」「クイズダービー」「世界まるごとHOWマッチ」「ギミア・ぶれいく」など

 タレント、放送作家、 司会者、評論家、元参議院議員、オーケープロダクション前取締役会長兼エグゼグティブタレント、芸能プロモーター、エッセイスト、競馬評論家などの肩書きを持つ。その類稀なずば抜けた才能は認めるが、個人的には好きではない。

 第15位 笑福亭鶴瓶

 1951年12月23日生まれ、大阪市東住吉区出身 京都産業大学経営学部中退 血液型O

 「家族に乾杯」「朝まで生つるべ」「きらきらアフロ」「ザ・世界仰天ニュース」「A-Studio」「投稿特ホウ王国」「突然ガバチョ」など

 お笑いタレント、俳優、歌手、司会者、ラジオパーソナリティー。

Shimura Ohashi Tsurube

 第16位 伊東四朗

 1937年6月15日生まれ  東京都大東区出身 市ヶ谷商業高校卒 血液型O

「笑って笑って60分」「ザ・チャンス」「伊東家の食卓」「脳内エステIQサプリ」「芸能人格付けけチェック」「天才をつくる!ガリレオ脳研」「お江戸でござる」「今夜は最高!」など

 元々は喜劇役者として活躍。「てんぷくトリオ」としてデビュー。「てなもんや三度笠」や「電線マン」などで一世を風靡した。現在は司会業の他に俳優やタレントとして活躍中だ。個人的には「ナウゲットザ・チャンス」の合言葉と「ニン!」が流行語となったことが記憶に残っている。 

 第17位 桂三枝

 1943年7月16日生まれ 大阪府堺市出身 関西大学夜間部中退 血液型O

 「新婚さんいらっしゃい」「三枝の国盗りゲーム」「ヤングおーおー」「パンチDEデート」「爆笑美女対談」「愛ラブ爆笑クリニック」「クイズDEデート」「クイズ!年の差なんて」など

 日本の落語家、タレント、司会者、 社団法人上方落語協会会長。本名は河村 静也(かわむら しずや)。函館大学商学部客員教授、関西大学分が開く部客員教授

 第18位 愛川欽也

 1934年6月25日生まれ  東京都豊島区出身 浦和高校中退 血液型A

 「11PM」「シャボン玉こんにちは」「出没アド街ック天国」「なるほど!ザ・ワールド」人生ゲームハイ&ロー」「世界ビックリ大賞」「今夜は好奇心!」など

 キンキンの愛称で親しまれて来た。俳優、声優、司会業、ラジオパーソナリティー、エッセイストとマルチな才能を発揮している。妻はうつみ宮土理。

Itoshiro Sanshi Aikawa 

 第19位 黒柳徹子

 1933年8月9日生まれ 東京都港区出身 トモエ学園・香蘭女学校・東京音楽大学声楽科卒業・慶應義塾大学文学部中退。血液型はA型。

 「ザ・ベストテン」「徹子の部屋」「は法のじゅうたん」「音楽の広場」「ドリームプレス社」など

 日本の女優、タレント、司会者 、エッセイスト、ユニセフ親善大使、平和運動家である。愛称は戦時中に青森へ疎開していた時につけられた「トット ちゃん」、「チャック」。 日本のテレビ放送開始以来50年以上にわたり第一線で活躍。とにかく早口で捲し立てるように喋るのはA型の典型。「窓ぎわのトットちゃん」は累計760万部を誇る戦後最大のベストセラー。経歴は凄過ぎる。1953年にテレビ女優第一号としてNHKに入局。1971年にニューヨークへ留学。これが英語がペラペラの要因。

 第20位 和田アキ子

 1950年4月10日生まれ 大阪市生野区出身 城星学園高校中退 血液型O

 「歌のトップテン」「アッコにおまかせ」「紅白歌合戦」「B.C.ビューティーコロシアム」「歌のトップテン」など 

 日本の歌手、タレント 、女優、司会者、実業家である。所属芸能事務所は、株式会社ホリプロ。 在日韓国人 として出生し、その後日本へ帰化。 姉御肌だが、実は極度の小心者で、クイズ番組では緊張して借りて来た猫のようになってしまう。身長174cm

Kuroyanagi Wada Kume

 その他

  久米  宏  A型「ぴったしカンカン」「ザ・ベストテン」「料理天国」「おしゃれ」「テレビってヤツは!?」「TVスクランブル」「ニュースステーション」など
 古館伊知郎 AB型 「ワールドプロレス」「報道ステーション」
 佐々木信也 A型 「プロ野球ニュース」
 今田耕治 A型 「爆笑レッドカーペット」「ものまね紅白歌合戦」
 田原総一朗 B型 「朝まで生テレビ」
 芳村真理 AB型 「夜のヒットスタジオ」
 井上順 AB型 「夜のヒットスタジオ」
 中山秀征 B型 「ウチくる?」「クイズタイムショック」
 桂小金治 A型 「それは秘密です」
 小堺一機 A型 「ごきげんよう」
 山口智充 O型 「にじいろジーン」
 楠田枝里子 A型 「なるほどザ・ワールド」「世界まる見え特捜部」
 ユースケサンタマリア B型 「熱血!平成教育学院」
 西田敏行 B型 「泣ける歌」
 草野  仁 A型 「世界不思議発見」
 大塚範一 B型「めざましテレビ」
 西川きよし O型 「パンチdeデート」「プロポーズ大作戦」
 板東英二 O型 「マジカル頭脳パワー」
 とんねるず 木梨O型 石橋A型 「みなさんのおかげです(でした)」「ねるとん紅鯨団」「コラーッ!とんねるず」「生ダラ」
 ダウンタウン浜田A型 松本B型 「ガキの使いやあらへんで!」「HEY!HEY!HEY!」「リンカーン」「ダウンタウンDX」「大日本アカン警察」
 片岡鶴太郎 O型 「夕やけニャンニャン」「オールナイトフジ」「アイドルパンチ」「鶴ちゃんのトッピング」

 故人 土居まさる B型 「象印クイズヒントでピント」
     児玉清   O型 「パネルクイズアタック25」
     田宮二郎  B型 「クイズタイムショック」
     金原二郎 ?型 「底抜け脱線ゲーム」
     玉置 宏   B型 「ロッテ歌のアルバム」

 さて、どのような感想を持ったでしょうか?懐かしい番組が多かったことでしょう。すべてにおいて共通しているのは、多芸で能力的にも優れた方々だからこそ、器用にも様々な仕事が舞い込んでも対応が可能であるという事実だ。学歴だけがすべてではないが、最後に物を言うのは交友関係を含む人生経験の豊富さではないだろうか。これを血液型で見てみると、細かい気配りに長け、サービス精神旺盛なA型司会者が多いことがわかる。バラエティーとなると、枠にとらわれず、アドリブが利き、自由奔放な発想の持ち主のB型や社交性とバイタリティーの持ち主であるO型がそこに割って入る形となる。AB型は潜在的に事務能力が高く、人間関係をそつなくこなす一面があるため、このような進行役は打ってつけと言えるかもしれない。それぞれが持ち味があって一長一短ある。要は好みの問題だろう。大にしてA型司会者の番組は、当たりがソフトで懇切丁寧な司会振りで落ち着いて見られる気がする。しかしながら、ひとつ物足りなさと共に疑問が残る。それは女性司会者が極端に少ないのが残念だ。アシスタントは大勢いるが、番組をメインで担当しているのは黒柳徹子と和田アキ子だけのような気がする。

 記事作成:6月8日(水)~9日(木)

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