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2011年8月

2011年8月27日 (土)

てっぱん感動場面ベスト20~後編~

  今日は「てっぱん感動場面ベスト20」の後編、つまり11位から20位までを紹介したい。このドラマは毎回のようにヤマ場があって、その都度感動させられる。それは主人公あかりが養子だという不遇とも思える場面設定に端を発している。しかし、そうした運命に翻弄されながらも、周囲の温かい激励や目には見えない強い家族との絆で、あかりは人生最大の苦難を乗り越えていく。思えば、あかりはこの作品中、何回涙を流したのだろう。感受性豊かで涙もろく、初音に「いっちょかみ」と言わしめるほど人のお節介が大好き。他人の不幸や心配を自分のことのように考えてしまう優しい心の持ち主。そして根っからのお人好し。そんなあかりの実直で飾らない生き方に自然と人が集まってくる。私はドラマを見ながら、村上あかりが自分の子供だったらどんなに居心地が良くていいだろうと何度思ったことか。このドラマは、日本人がとうの昔に忘れていた「人間愛」や「人生知」というものを思い出させてくれたドラマだったと言えるだろう。前置きが長くなったが、それでは早速、私が独断と偏見で選んだランキング後半の発表を一緒に見ていきたい。

第11位 「クリスマスコンサートで滝沢を励まし、シューズにメッセージを書いて貰う場面」(第77話)

 自分が区間賞を獲りながら、会社が陸上部のコーチの根本をクビにしたことで精神的に走る気力を失った滝沢。学生時代にその人の走りに影響を受け、「この人からオレはタスキを貰いたい」と思い、陸上を続けてきた滝沢にとって、それは残酷な裁定だった。しかし、そんな滝沢を励ますため、根本自らがサンタクロースに扮し、愛弟子を励まそうと画策する。そしてクリスマスコンサートに集まった人達に「あいつに翼をください」と言い、激励のメッセージをシューズに書いて欲しいとお願いする。その場所にひょこり滝沢が現れ、「なんでこんなことまでするんですか」と尋ねる滝沢に、「しゃあないわ、好なんやから。お前の走りが・・・好きなんや。」と本音を漏らす。すると「オレは根本さんからタスキを貰いたい。俺が絶対繋げてやる。俺は、根本さんの分まで走るって決めてますから」と本音を打ち明けると、感極まった根本が人目を憚らず、滝沢を抱きしめる。美しき子弟愛。根本はとことん面倒見がよく、選手思いというのがひしひしと伝わって来たシーンだった。

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第12位 「夏ライブで急遽代わりにトランペットを吹くことになった場面」(第6話)

 トランペットを返しに単身大阪に乗り込んだあかりだったが、急遽商店街バンドのピンチヒッターとして夏ライブ出演することになった。母親がかつて吹いていたトランペットを吹くまでの葛藤は凄まじかった。「これを吹けば尾道の家族を裏切ることになる」と決め込んでいたあかりだったが、訳のわからないまま立たされた舞台で、おばあちゃんに向かって、「また逢う日まで」を熱演する。その姿は、必死で何かを伝えたいという衝動に駆られていた。「初めて感じる母の音でした」というナレーションにグッと来た。

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 演奏後の打ち上げのお好み焼き屋で、指揮者の岩崎に「吹いてて気持ちよかったろ」と問われ、「吹いてて気持ちいいってことは、吹かれている楽器も気持ちよく響いてるんだよ。それはもっと君に吹かれたいって思ってるんだよ。」と言われ、あかりは母の重みを感じてしまい、居たたまれなくなり、そそくさとその場を後にする。

第13位 「就職試験で定演に出れなかったあかりが会場の外から拍手を送る場面」(第10話)

 最後の想い出作りにと尾道一高の定期演奏会に賭けていたあかりだったが、地元の会社の就職試験と重なり、あかりは地元就職への強いこだわりから会社を選ぶ。試験が終わり、駆けつけた会場(尾道市公会堂)で、必死になって練習してきた演奏曲「威風堂々」を思い出しながら、舞台に立てなかった悔しさが溢れ、涙を浮かべる。そして会場の外から仲間に向かって拍手を送る様は、あかりの気持ちがびんびん伝わってきた。

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第14位 「初音がトラックにはねられたと思い込み、病院に駆けつけるシーン」(第17話)

 誤って開かずの間の扉を壊し、中を覗いたあかり。そこで目にした光景は、かつて初音が20年前に千春のために開いたお好み焼き屋の店だった。事情を知らず、初音を問いただしたところ、頬を叩かれる。「あんまりかきまわさんといて」と言われるあかり。過去の記憶が甦り、初音は思い詰めるようになる。そんな折り、仕事中のあかりの元に神田さんから「大家(おばあちゃん)の初音がトラックに突っ込まれて救急車で病院に運ばれた」と聞かされ、気が動転する。心配のあまり仕事そっちのけで病院へ駆けつけ、必死の形相で受付の女性に問いかける。患者との関係を聞かれ、涙顔で「ウチのおばあちゃんです」と返答。その場面を遠巻きに聞いていた初音。「生きとったん、トラックが突っ込んだいうから」「トラックを避けようとしたどんくさい自転車がおってな、巻き添いで腰を打っただけや。何でもない言うてんのに救急車に押し込められて」と状況を話す初音。それを聞いたあかりが「(無事で)良かった~」と安心して泣きじゃくる。「おばあちゃんて言うなや」と叱りつける初音だったが、本心は「(ただの下宿人だと思い込もうとしていた実の孫)が自分のことをこんなに思ってくれていた」ことに驚きと動揺を隠せない。

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第15位 「お好み焼き屋の開店を目指して頑張っている冬美に、開店の日にペットを吹くと約束する場面」(第40話)

  以前に食堂で下宿人同士が自分たちの夢について語っていた時に、「おのみっちゃんは夢とかないの?」と問われ、あかりは何も答えられなかった。だから「夢を持っている冬美さんについて行きたかったんです。」という言葉に思わずズキンと来た。「アタシな、あんたがペット吹いてるとこ好きやねん。初めて会うた日にな、飛び入りでペット吹いてもろたやろ、あん時、あんたが必死で何かを言いたい、自分の想い届けたいゆんが伝わって来たわ。恥ずかしくて言われへんかったけど、実は私、ちょっとジーンと来てたんよね」。そして「開店の日にな、お祝いでペット吹いてくれへん」とお願いする冬美に、あかりは「吹きます、ウチで良かったらいっぱい、い~ぱいトランペット吹きます」と答え、まだお店が見つからず苦労している冬美に「一緒に頑張ろうね」とエールを送る。お互いの思いやりと優しさに触れ、抱擁を交わす冬美とあかり。あかりの目からは大粒の涙が・・・。

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第16位 「鉄工所を継ぐ決意を固めた鉄平が尾道に帰ることを決意し、初音に挨拶する場面」(第96話・97話)

 錠に促されて最終の新幹線で大阪に戻った鉄平。まず、あかりを伴い初音に挨拶。「オレ、尾道に戻ります。妹のこと、面倒見るつもりでおったけど、ほんまはあかりに甘えとるだけじゃったって気づきました。ばあちゃんの言うとおりじゃった。自分の気持ちは誤魔化せん。」「オレは村上鉄工所を継ぎたい。あかりがばあちゃんの店を継いだように。あかり、すまん。お前の役に立とう思うとったのに、迷惑かけてばかりじゃったのう。オレは大阪から落第じゃ」という鉄平に、初音は「落第じゃのうて卒業じゃ~」と庇う。そして翌朝、お世話になった人達に手紙を書いた鉄平が、ポストに投函して行くシーンは涙もの。それを初音に見つかり、最後に朝ご飯をご馳走になる鉄平。そこで初音は梅根性の話をする。「変わる良さもあるけど、頑固に変わらん良さもあるんやで」とはなむけの言葉を贈るのだった。

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第17位 「結婚する小夜子さんを送りだす場面」(第90話・91話)

 有馬さんにプロポーズされ、自分が浜勝を支えてきたという自負と自分が抜けた後のことを心配し、決断に迷う小夜子さん。会社と結婚の狭間で揺れ動く。やけくそで酔いつぶれた神田さんだったが、息子のように可愛がってくれた浜勝の社長や「好きだ」と告白できず密かに想っていた神田さんは「女の幸せをつかため、気持ちよく結婚し、浜勝から旅立たせてあげたい」と決心し、決別を決断する。別れの盃ならぬ小夜子さんの手料理のロールキャベツを食べ、「幸せになって欲しい」と自分たちの想いを伝える。「我儘いうことは自分が一番よくわかってる」と自分を責める小夜子さんの言葉と行動に感動した。浜野社長と神田さんの小夜子さんの幸せを第一に願う気持ちが溢れていた名場面だった。

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第18位 「定期演奏会終了後、土堂の突堤であかりと親友の加奈が会話を交わす場面。」(第10話)

 定期演奏会を休んだ理由を親友の加奈に問いつめられ、正直に自分の身の上を話したあかり。「自分が養子だった」ことを打ち明けられ、「あかりが今までどんな気持ちでいたか」を察し、自分のことのように悲しむ加奈。「なんで加奈が泣くんよ~、泣きたいのはウチのほうよ~」「だって~」とあかりを強く抱きしめる。友達想いの加奈のやさしさが伝わってきた。このやさしさは、実の父親が音楽家の橘だったことが判明した後、加奈にそのことを打ち明ける場面でも繰り返された。「あかりが養子じゃったことを思い出したけぇ~」とここでもあかりを想い、大泣きする。そして「あかりは変わらんよ、変わらんけぇ~」と大泣きする。実は加奈の大泣きはこれで終わらず、娘を想い、お見合いを勧めた父・久太が泣くシーンでも披露された。

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第19位 「優勝した滝沢に告白されるシーン」(第139話・140話)

 店を辞めて大阪から離れられないことを悟り、店を出て行こうとする滝沢。それを追いかけ呼び止めるあかり。言葉を濁す滝沢に、「優勝したら伝えたいことあるって」「ウチ、聞きたい」と迫る。そこで滝沢は意を決して「走っている間、お前のラッパが耳の奥で聞こえたわ、福岡におる時も」。そして「今のオレがおるのはお前のおかげや」と告げ、遂に「俺のそばにおってくれ、俺がゴールで来たんはお前のおかげや。そやからこれから先の人生もオレと一緒に走ってくれ」と告白し、あかりを抱きしめる。けんか相手だったお互いの気持ちが一つになった瞬間だった。そして「お前の20歳の誕生日に迎えに来る」と言い残し、彼は福岡に戻って行く。あかりにとって初ロマンスだった。

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第20位 「真知子が病床で初音に手紙をしたためる場面」(第127話)

 あかりの父親の出現でストレスを溜め込み、倒れ込んだ真知子。入院した病床で、日頃から大阪でお世話になっている初音に感謝の一筆したためた。その手紙の内容が、我が子を想う母親の愛情の深さを感じると共に、娘への愛しさが率直に伝わる文面だっただけに大感動。そして一緒に同封されていたのは何とベッチャーの手ぬぐいだった。

<手紙抜粋>
 「あかりを大阪へ送り出してからというもの、娘を見るたびに、いつも思います。私達の知らない間にこんなに成長しているのだと・・・親としても胸がいっぱになります。」「あかりは、私達の希望の灯りです。このともしびを大切にしてくださっている田中さんに、あのときお預けして間違いなかった。今はただ、そう感じています。これからもあかりを、どうぞよろしくお願い致します。かしこ。田中初音様 村上真知子」

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 さて、如何だったでしょうか?幾多の場面が甦ってきたのでは?時には涙し、時には挫けない勇気を与えてくれた番組だった。生まれてすぐに母親が亡くなり、養子に出されるという不遇にもかかわらず、彼女に対する周囲の温かい支えによって、そんな事実も知らずに明るくのびのびと育ったあかり。自分の生い立ちの秘密を知ってからも、周囲は必死で彼女を守り、支え続けた。そして彼女自身も、自分の生まれた本当の意味を知るために、前向きに生きようと努力する。その一途で健気な姿勢に心を打たれた人も多かったことだろう。冒頭でも述べたが、このドラマには、幾重にも交錯する人間模様の中に、様々な人生訓や人間としての生き方、在り方をのようなことが随所に鏤められており、紆余曲折を乗り越えて成長していく主人公あかりの生き様を惜し気もなく如実に描いた秀作だった。視聴者は尾道と大阪の家族の間で織りなすドタバタ劇の中に、かたい絆を感じただろうし、時に笑いあり、涙ありで、その一場面一場面を追体験していったのである。

 最後に、最近、こうした温かい人間のふれあいを描いたホームドラマがめっきり少なくなった。東日本大震災が勃発し、放送中断を余儀なくされたあの苦難の時期に、このような秀逸したストーリーのドラマを視聴できたことを有り難く思い、感謝したい。まだこの心温まる名作を見ていない方は、ぜひDVDでご覧頂ければ幸いです。

 記事作成:8月23日(火)~24日(水)

2011年8月26日 (金)

てっぱん感動場面ベスト20~前編~

Teppan   平成22年9月27日から平成23年4月2日に渡って放送されたNHK連続テレビ小説「てっぱん」。最高視聴率23%を超える庶民的なドラマだった。私がこのドラマを見たのは、震災前の2月初旬からで、以来、ハマリに嵌った。もちろん大部分が見逃した分だった。その分を含め、全151話を見たいという衝動に駆られ、DVDを入手し毎日暇さえあれば繰り返し見続けた。主人公の村上あかり(瀧本美織)を中心に、彼女の成長を温かく見守るキャストたち。尾道と大阪を舞台として様々な人間模様が交錯する奥深いストーリー。小道具も豊富で、効果的に配置されていた。トランペット、村上鉄工所前で撮影した一枚の写真(村上家の家族と千春さん)、お好み焼き(尾道焼き)と鉄板、千春さんの遺した手紙、光のランナー(笹井さんが描いた滝沢の絵)、メッセージ入りのランニングシューズ、テントウ虫、有馬温泉のペアの宿泊チケットなど。また、劇中使われた歌の数々も雰囲気を盛り上げるのに効果的だった。音楽を愛する人々が多く登場したが、何故か古い曲ばかり、「また逢う日まで」、「上を向いて歩こう」、「銀河鉄道999」、「威風堂々」など。見所もたくさんあり、アットホームで随所に感動場面や名シーン、名言名句などもあちこちに鏤められ、本来のテーマとしては、生きることの意味や家族の絆、人間愛などにスポットをあて、それらを如実に表現していた名作と言えるだろう。そこで今回は、全151話の中から、私が独断と偏見で選ぶ「てっぱん感動場面ベスト20」をお送りしたい。すでにブームが下火になり、やや時期を逸した感は否めないものの、ノスタルジックな郷愁に浸りながら回顧して頂ければ有り難い。

 第1位 「千春さんが遺した手紙を開ける場面」(第59話)

 あかりを産んですぐに亡くなった千春さんが遺した手紙。隆円さんの寺の蔵を掃除していたら偶然出てきた。その出現に周りは右往左往。代表して隆円さんが千春の母親の初音に届けたが、初音ですら「自分への恨み言しか書いていない」と受け取りを拒み、読もうとしない。そして、あかりを傷つけまいと村上家や初音らは様々気遣う。あかりを大事に思う親兄弟の深い愛情と家族の絆などがひしひしと伝わって来た。そしてあかり自身もまた、「おばあちゃんが読まんもん、ウチは読まん。」と言い張り、「読んだら何か変わってしまう気がする」と怖がる。しかし、初音が捨てようとすると、「預かっとって、いつか読みとうなるかもしれん」とお願いする。やがて決心する初音。あかりも「二度ともらえんウチを産んだ人からの手紙じゃけぇ」と一緒に読むことを決める。大阪に集結した村上家の家族らの前で意を決して開封。すると家出をした千春さんが最期に残した言葉は「あかりと、お母ちゃんのお好み焼きを食べたい」だった。このたった一言に「後悔の念」と「深い愛情」が込められていた。あかりが仏壇の実の母親の写真に向かって「ウチ、おばあちゃんのお好み焼きもう食べたよ、美味しかったよ。ありがとう、お母さん・・・」と大粒の涙をこぼしながらお礼を言う場面は号泣しかなかった。ナレーションの「千春さんがお母ちゃんと娘に宛てた19年目のラブレターですわ・・・」という文言がその情感を一層盛り立てた。

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 第2位 「実の父親と対面し、鉄板の前であかりと橘が会話を交わすシーン」(第120話・121話)

 初音の電話によって東京へ帰る前に店に現れた橘が、実の娘であるあかりにお好み焼きを注文。本当の親子が向きあい、会話を交わした。尾道に行った理由、そこで交わした会話の内容、その時同伴した女性(実の母親の千春)についてなどをお互いを意識しつつも、決して傷つかないように言葉を選びながらそれとなく過去の出来事を聞き出す。そして、お互いが実の親子だと名乗り合わないまま、あかりが作ったお好み焼きを食べる。あかりが千春の様子を尋ねると、「彼女泣いてました。帰りたかったのかな、あの灯りの中に。」と昔を偲びながら橘が答える。隣の部屋で聞いていた初音が、当時の娘の心情を察しながら涙ぐむ。そして「その人とはどうなったんですか?」と尋ねたあかりに、橘は「飛んでっちゃいました。きっとお日様に会いに行ったんでしょうね。あのテントウ虫みたいに・・・」静かに流れる時間。そしてお好み焼きを食べ終わった橘との別れの時。「美味しかったです。忘れません、おかみさんの味」「ウチも大切にします。お客さんの楽譜」「お元気で」「ありがとうございました」。後ろ髪を引かれる思いで店を立ち去る橘。それを愛おしげに見送るあかり。
 店を出た後、育ての親の錠が橘と対面し、「あかりをありがとうございました」と号泣しながら深々と一礼。そして橘が去った後もその場で徐に土下座。あかりを自分に与えてくれたことに感謝する姿は涙なくしては見れなかった。
 そして食堂に戻ったあかりが、集まってくれた家族や隆円さん、岩崎先生、伝さん達に涙をぬぐいながら「ありがと」とお礼を述べるシーンは圧巻。その後、部屋に戻ったあかりが、涙を流しながら惜別のトランペットを吹くシーンではもうボロボロ。実の父親から貰った曲は「ひまわり」。かつて橘が愛する千春に作って贈った曲だった。実の両親のぬくもりを感じながら部屋であかりはトランペットを吹いた。これまでの様々な想いが一気にこみ上げて来て、大粒の涙がとめどなく流れる。部屋から流れて来るメロディーを外にいた錠が聞いて再び号泣。

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 トランペットを吹き終えた後、心配した錠と真知子があかりの部屋を訪れ、3人が熱き抱擁を交わすシーンもまた涙が止まらなかった。「幸せになるのに親に遠慮することないんよ」「良かった~。千春さんが旅行したんが尾道で~。じゃけんウチ、お父ちゃんとお母ちゃんに会えたんじゃもんね~」。両親を想いやってのこの言葉。固い絆や周囲の揺るぎないやさしさに包まれていることを実感させる名場面だった。 

 第3位 「台風で開かずの間が開いた後の場面」(第36話)

 お盆の帰省で里帰りしていた尾道から大阪に戻って来たあかりだが、その日は強い台風が襲来していた。その時、突風と共にバケツが飛んできて、かつて初音が経営していたお好み焼き屋の雨戸にぶつかり、ドアが倒れて、20年ぶりに開くこととなった。おばあちゃんの初音を始め、下宿人たちが嵐の中、必死で壊れた戸を再び押さえつけようとする。再び雨戸を塞ぐ作業の後、下宿人たちが食堂に集まり交わした会話が心を打った。「さっき、わかったんです。必死で戸を押さえつけとるおばあちゃんを見て、ふたするために鍵かけとったんと違う」「きっとあんなふうになりふり構わず千春さんのこと守っとったんじゃろうなって・・・」「毎日油まみれになって、お好み焼き焼いて・・・」「あの部屋にはおばあちゃんがお母さんだった時間が閉じ込められとったんです。」と涙ながらにあかりが下宿人たちに話す。その話を聞いた冬美が「それを開けに来たんやな、おのみっちゃんは。」それを物陰から初音が黙って聞いていた。

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 第4位 「初音の決断、お店の話をつけるシーン」(第47話)

 冬美が新潟に引き払うことになり、あかりは「自分が店をやる」と発言。周囲は「子供のあかりには無理だ」と宥めるが、あかりの決心は堅かった。父親の錠には、「大阪でお好み焼きを焼くことは、尾道の家族と大阪の家族をつなぐためのものなんよ」と力説。やがて初音、あかり、冬美、浜勝の小夜子、神田さんが茶の間に集まり、お店の話をつける。「あんたが店をやるのは難儀や」という初音に、あかりがそこでお店を開く決意を切々と話す。「誰かの夢のお手伝いじゃなくて、ここ(大阪)で初めてやってみたいことができたんよ」。それに心を打たれた初音が予期せぬこと(店を開く条件)を提案する。「話はわかった」とおもむろに200万円を目の前に差し出し、自分の考えを話し始めた。そして200万円を初音から借りたあかりが、開店の準備資金のために同額を使った冬美に渡し、泣きながら「受け取ってください、冬美さん、うちのためにもどうかお願いします」。「店を辞めるのは自分の勝手なんやから」と受け取りを渋っていた冬美だったが、初音が「これは軍資金や、10年ぶりに故郷に帰るのに手ぶらって訳にはいかんやろ」と下宿人の門出を祝し、心からのメッセージを送る。大家さんの本心に心を打たれた冬美は涙をぽろぽろこぼしながら、「ありがとう、おのみっちゃん、頂きます、大家さん」と言って号泣。この粋な初音の計らいに、その場にいた一同が涙に濡れた。

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 第5位 「あかりが大阪へ旅立つ場面」(第12話)

 ベッチャー(あかりのおばあちゃんの初音)に挑戦する為、大阪の会社に就職を決めたあかりが故郷の尾道を後にする日。自分が手がけた船の浸水式のために見送りに行けない父親がそのスピーチで旅立つ娘にエールを送る。娘が乗る船の方角に向かって、その苦しい胸の内を泣きながら吐露する。息子の欽也がすかさず、あかりの携帯にTELし、その模様を中継。あかりも電話越しに父親の本心を耳にする。「18年間手塩にかけて育ててきた娘の旅立ちでございます。」「ずっとずっとそばに置いておきたいのが本音でございます。」「大海原で荒波に飲まれんか、座礁したりせんか、心配で心配で・・・」仕舞いには「瀬戸の花嫁」まで歌い出す始末。それを携帯で聞いていたあかりは、渡船から「行って来るけぇ~ね~」と泣きながら手を振って尾道を後にした。この場面は子のいる父親なら誰でも共感できると思う。

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 第6位 「千春の手紙を読んだ後、初音がお好み焼きを焼くシーンと店に立つ決意を固める場面」(第60話)

 千春が最期に遺した手紙で、娘の本心を知った初音が村上の家族にお好み焼きを振舞う。「(家出をした)千春が食べさせて貰った尾道焼きを作って欲しい」と真知子にお願いし、涙を浮かべ、千春との出来事を思い出しながらお好み焼きを作る真知子。それに呼ばれると初音が「千春を独りにせんとってくれておおきに・・・」と言って、尾道焼きと自分が作って娘に食べさせていた大阪のお好み焼きを皿に盛って仏壇に供えに行く。そして初音は娘の遺言を守り、自分も店に立つ決心を示す。

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 長谷川伝さんの言葉も素晴らしかった。「千春ちゃん、食べたでお母ちゃん。あんたが食べたお好み焼き、ここのてっぱんで焼いて貰うて20年ぶりに食べたで・・・」この言葉にジーンと来た。店を閉めた後の初音の20年間を陰から温かく見守ってきた伝さんの気持ちが一気に溢れ出た名言だった。

 第7位 「クリスマスライブで両親に感謝しながら瀬戸の花嫁を演奏、その直後に錠が妻の真知子に感謝するシーン」(第78話)

 クリスマスライブであかりが「瀬戸の花嫁」を演奏した。その際、「この曲は自分が故郷尾道を離れる際、父親が自分のために歌ってくれた想い出の曲である」ことを話した。そのMCの一部始終を隆円さんの携帯を通して両親(錠と真知子)が聞き、電話口で号泣。ふたりに感謝するように心を込めてあかりはトランペットを吹いた。その後、ふたりっきりのクリスマス&結婚記念日を迎えた錠と真知子。錠が「ようウチに嫁いでくれた。ホンマありがと」と感謝の言葉を告げ、感極まって抱擁を交わす場面は涙、涙。視聴者は、妻想いの錠のやさしさを身に浸みて感じたことだろう。このことは、真知子が入院した際に、しょっちゅう見舞いで病院を訪れていることでも証明済み。

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 第8位 「あかりの19歳の誕生日に、お祝いで初音がお好み焼きを焼き、“あんたよう生まれて来てくれたな~”と言う場面」(第53話)

 誕生日にお好み焼きを焼いてくれた初音にお礼を言いに部屋を訪ねたあかり。そこで「ありがとう。おばあちゃんが千春さんを育ててくれたけぇ、ウチが今ここにおる。」「ウチはあのお店でお好み焼きを焼く。おばあちゃんがそうしとったみたいに。」「そしたら、いつかいろんなこと笑って話せるようになるかもしれん。千春さんが好きになった人が来ても、一緒に、おばあちゃんも一緒に笑える日が来るかもしれん。」と言って涙を流す。それを聞いた初音は感極まって「ありがとう、あんたよう生まれて来てくれたな~」。自分が生まれて来た意味を知りたくて葛藤を繰り返して来たあかりにとって、それは本心から出た言葉だったし、それを最大限の賛辞で答えた初音の言葉も絶妙だった。

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 第9位 「怪我で駅伝大会に出られなかった滝沢が部屋で号泣する場面」(第85話)

 広島駅伝に大阪代表として出場が決まっていた滝沢だが、ハードワークが元で古傷の膝を疲労骨折してしまい、出場を断念した。それまで下宿人を始め、応援してくれた周囲の期待を裏切ったことへの自責の念に苛まれたが、精神的に成長した滝沢は意外にも冷静だった。そしてレース当日、周りの心配をよそに部屋に閉じこもっていた滝沢をあかりが訪ねた。イヤホンで自分が出る筈だったレースの実況を聞いて、悔しさがこみ上げて涙する滝沢。隣りに寄り添い、励ますあかり。「大丈夫よ、ウチには見えとる。見えとるよ。滝沢さんが走っとるとこ」と言って、マウスピースを吹く。その音色は「大丈夫・・・」と言っているように聞こえた。人目を憚らず号泣し、嗚咽を繰り返す滝沢。それまで一人でいきがってカッコつけていた滝沢だが、それは彼の本心が素直に表に出た瞬間だった。言葉を交わさなくても二人の間に育まれた強い絆を感じた。

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第10位 「尾道に連れ戻されるあかりを追いかける初音」(第18話)

 あかりが入社する筈だった大阪の会社が倒産し、無断で田中荘に住みついたことがバレて、あかりを連れ戻すために迎えに来た錠と真知子。一旦は荷物をまとめて市電の駅へ向かったが、20年前の同じ過ちを繰り返すまいと、息を切らし駆け出す初音。必死で孫を追いかけた。そこで呼び止め、あかりに問いかける。「あんたはウチのせいで背負いたくないもんまで背負わされた。尾道に帰ればあんたが背負ってる物が消えてなくなるんか」「あんたの人生はあんたのもんやろ!」と本心をぶつける。するとあかりは「お父ちゃんゴメン。ウチ、このままじゃ尾道に帰れん。尾道に帰っても千春さんからもおばあちゃんからも逃げられん」。目を赤く腫らし、おたおたする父親に「大丈夫よ。ウチはどこにおっても村上鉄工所の娘じゃけぇ~」と言って説得する。あかりの決意の強さに錠の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。「ワシは許さん、ええか、そこまで言うたからには尾道に逃げ帰ってきたら許さんで」とすっかり観念。このやりとりで、あかりは大阪に留まる事が決まった。

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 さて、ちょうど良いところではあるが今日はここまで。11位から20位までは明日のお楽しみとさせて頂きたい。見所が多くて一度ではとても紹介しきれない。それにどれもこれも名場面で甲乙つけがたい。心を鬼にしてランキングにさせて頂いた次第だ。人それぞれ、好みはあるし、感動の尺度が違うので一概に言えないが、「手前味噌」でやらせて頂いた結果の順位であることはご承知願いたい。

 記事作成:8月23日(火)~24日(水)

2011年8月25日 (木)

心を打つ名言(最近のTVドラマより)

 人生において、その人の生き方を左右するような言葉がある。それを「座右の銘」とか「人生訓」と呼んでいる。人はその言葉を生きる糧として、あるいは逆境や壁にぶつかった時に、それを乗り越えるための礎としたりする。人は誰しも人生に多大な影響を与えてくれた言葉が存在するだろう。最近の若者に人気がある言葉に「明日は明日の風が吹く」というのがある。どこか責任逃れや他力本願など逃避的なイメージを拭えないが、現代の風潮にマッチしているような気がする。しかし、人生とは決して甘いものではなく、自分自身の力で立ちはだかる壁を越えて行くものであろうと思う。今回は、最近ハマっているテレビドラマの中で、心に浸み入る言葉の数々に出逢ったのでそれを紹介したい。自分なりの解釈も添えてお送りしたい。

 「人生、失敗したもん勝ちやで」(てっぱんより浜勝の小夜子の言葉)

 傷つくのが嫌で何も経験しないでいるよりも、例え間違っても、遠回りだとしてもやらぬよりはやって失敗した方がマシだ。失敗してもそこから学ぶことは必ずある。それが人間らしい生き方だし、人としての成長なのだ。

 「変わる良さもある。でも頑固でしぶとく変わらない良さもあるんやで。それが梅根性や。」(てっぱんより田中初音の言葉)

 変化への対応も大事だが、自分自身を見失わず、ブレない生き方もこの世の中、大事なことだ。大局を見失わないよう、この言葉を政治家の皆さんに聞かせたい。「初心忘るべからず」「初志貫徹」ということ。

 「上だけ向いていこうな。必ず星は見える。」「どんな夜も必ず朝は来る。」(てっぱんより西尾冬美の言葉)

 物事を前向きに考えて行動していれば、結果は自ずと付いてくる。どんなに不安なことでも、悩んだ分だけ良い結果はやがて訪れるものだ。

 子供が憎うて立ちはだかる親はおらん。親いうもんは子供を傷つけるもんから守ろうとして立ちはだかるもんや。」(てっぱん 田中初音の言葉)

 親という者は自分の分身とも言える子供を良い方向に持っていこうと躾、外敵からは命がけで守ろうとするものである。最近は幼児虐待や折檻などの悲報も多い世の中だが、親にとっては、子供を無条件に愛し、心から心配し、そして人生や心の拠り所として常に中心にあるものである。

 「俺マジサッカー好きなんすよ」「マジでもっとサッカーがしたい・・・」(松田直樹)

 彼の遺言になってしまった言葉だ。誰よりもサッカーを愛し、少年の心をいつまでも忘れずに抱き続けた選手だった。彼の長年の功績を讃え、横浜Mは彼のつけていた背番号3を永久欠番にすることに決めた。

 「“負けたくない”と悔しそうな君は、誰よりも夢に近づいている。」(絢香ー夢を味方に)

 勝負事は勝ち負けも大事だが、それ以上に結果を恐れず頑張ろうとする気持ち。負けたくないという気持ちが強ければ、それだけ歯を食いしばってでも頑張れるし、人一倍努力が出来るようになるということ。その気持ちが夢の実現へと確実に繋がっている。そうエールを送っている言葉だと思う。

 「神は乗り越えられる試練しか人に与えない」「試練の後には、必ず素晴らしい未来がある」(JIN-仁-)

 生きているからには良いことばかりではない。様々な壁や障害が立ちはだかる。それを乗り越えようと全力で取り組む人と逃げ道ばかり模索する人では、成長が大きく異なる。人生はよく登山に例えられるが、行く手を阻む障害を乗り越えてこそ、本当の喜びが待ち受けている。途中で挫折して引き返した者は、途中の苦しみしか与えられない。

 「自分が信じる道を歩きたいぜよ。それが誰も歩いておらん道でも、正しい道じゃったら、仲間は後からついて来るぜよ。そう教えてくれた男がおるきに」(JIN-仁-の坂本龍馬の言葉より)

 結果よりも途中の経過や行程が大事である。夢や希望を実現させるためには、人と同じことをやっていたのでは、独創性がないばかりか、人生そのものを楽しむことは出来ない。まして達成感など得られない。一見実現不可能なことであっても、自分の信念を貫いて目標の実現に向けて頑張っていれば、志を同じくする者が共鳴し、支援してくれる者が必ず現れる。

 「明日の夜は何処のたれが眺むらん慣れしお城に残す月かげ」(新島八重子落城の句)
 (明日よりは)

 これまで命がけで守り通して来た我が城も、今宵が見納め。戊辰戦争の敗戦で城は薩長に明け渡すことになる。明日からはこの美しい城もどうなるかわからぬさだめとなるだろう。最後の月影は不安を暗示する言葉である。

 ところで、再来年の大河ドラマは「八重の桜」。幕末のジャンヌダルクと形容された新島八重子(旧姓山本)の生き様を描いたものになる見通し。復興策の一案として日の目を浴びることになったが、歴史や人となりに触れる際には、時代背景や歴史認識、その人物像をしっかり学んでから見たいものだ。

 記事作成:8月23日(火) 

2011年8月13日 (土)

尾道てっぱん紀行⑤ ~ロケ地検証~

P8130540  今回の旅のきっかけは、言うまでもなく、昨年の秋から今年春まで NHKで放送された連続テレビ小説「てっぱん」の影響だった。ここまで心を揺り動かすドラマは、最近ではめっきり少なくなり、とんと御無沙汰だった。私的にも韓国の純愛ドラマの「冬のソナタ」以来のハマりようだった。このドラマでは、近年忘れ去られてしまった人間愛や家族の絆、他人への気遣いや思いやり、義理人情という、昔気質の日本人の人間模様に焦点を当て、それらが随所に散りばめられており、懐かしい郷愁を誘う物語だった。そして個性的なキャストが織りなす人情味あふれる言動や行動に温かみさえ覚えた。あかりを取り巻く心温まる、人間味あふれる話に毎回胸が詰まり、時には涙なしでは見れない感動ストーリーだったと思う。尾道と大阪を舞台にしたこのドラマをDVDで全話視聴して、春先から夏にかけて、未踏の地である尾道への憧れを強くしたのだった。古寺や美しい山並み、風光明媚な瀬戸内の景色、青い海、磯と鉄の香りが入り混じった独特の匂い、私にとってすべてが夢のロケーションだった。この場所に実際足を運んでみて、ドラマの感動を改めて味わえたと同時に、より愛着が湧いた気がした。それでは今回のテーマ、ドラマの映像と実際に訪れた場所を比較照合しながら、検証して行きたい。左側がドラマのワンシーン、右側が私が実際に訪れたロケ現場。加えてショートコメント付きでお送りしたい。ただし、私が撮り収めた画像の数々は、ドラマのシーンを記憶の中に刻み込んで、ひとつひとつ思い出しながら想像でシャッターを切ったものなので、若干のズレはご了承願いたい。

SCENE 1 「オープニング(駅前広場)」

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 JR尾道駅の目の前で海沿いに広がる芝生の広場。犬の散歩やジョギングコースとして、市民の憩いの場所となっている。遠くに「しまなみ海道」の尾道大橋を望む絶好のロケーション。磯の香りと鉄の独特な匂いが混ざり合い、港の雰囲気を醸し出している。

SCENE 2 「土堂突堤周辺」

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 この突堤は土堂一丁目のある。福本渡船と尾道渡船の間にあり、白にお洒落なストライプ入りの防波堤が連なる場所にある。通路という印象で、綺麗に整備されている。堤防には、美しい港の風景を描いたピクチャープレートが点在している。海にせり出した長さ25m程度の堤防は2つあるが、「からさわアイス」の真向かいのベンチ2脚が備え付けられた堤防のほうである。ここでは様々なシーンが撮影され、てっぱんの中でも重要な場所となっている。田中初音とその孫の村上あかりが出逢った場所であり、初対面でいきなり初音が娘のトランペットを海に投げ捨て、それを目撃したあかりが躊躇せず、二度も海に飛び込み、それを拾い上げた。また、からさわベンチに腰掛け、自分の出生の秘密を兄の欽也に尋ねるシーン、更には、あかりが尾道一高の同級生で、親友の篠宮加奈に、自分が養子であることを告白するシーンなども撮影された。

<その他の名シーン>

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SCENE 3 「尾道渡船乗り場」(向島渡船)

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<その他の名シーン>

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 向島を結ぶ渡船は3航路ある。尾道汽船(ドラマでは向島汽船)、福本渡船(駅前方面と土堂方面2航路)。あかりの実家である「村上鉄工所」は向島にあり、ドラマの中では、この渡船が何度も登場する。尾道水道を渡る僅か300mの短い航路で、人は100円、車でも130円程度。航行は3分程度。大阪へ旅立つシーンやお盆や正月の帰省、田中初音や小早川望を伴ってこの渡船に乗船したこともあった。特に高校卒業したあかりが、就職先の大阪へ向かう船上から「行って来るけぇ~ね~」と涙で絶叫しながら故郷を離れる別れと旅立ちのシーンは感動的だったし、第2話で娘を探して村上家を訪れた初音が、孫にトランペットを残して去って行く場面では、あかりが自転車で追いかけ、この船着き場に乗り付け、「何で置いて行くんよ~べっちゃ―!」と絶叫するシーンは鮮明に記憶に残っている。残念ながら、昨年のドラマ撮影後にトレードマークだったアーチ屋根と「まとやみそ」の看板が撤去されたのは残念でならない。 

SCENE 4 「千光寺公園鼓岩」

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<その他の名シーン>

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 この場所もまた「てっぱん」では欠かせないロケ地となっていた。オープニングの「てっぱん」ダンスを始め、尾道のシーンでは毎回外せない。山頂にほど近い傾斜地の一角にあり、ここから見下ろす尾道の風景は絶品。正式名称は「鼓岩」だが、ポンポン岩と言う方が自然だ。叩くと本当にポンポンと乾いた音がする。周囲は思った以上に狭い。遊歩道の小道のカーブにあり、その先は急坂か急階段しかない。村上あかりと加奈、鉄平、滝沢、初音らが訪れ、ロケを行った。

SCENE 5 「坂の街・尾道」(三重塔付近・北門・狛犬前・西國寺・浄土寺・国道2号線沿い)

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<その他の名シーン>

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 元々尾道は坂と鉄の街であり、猫の小道すら存在するように、急坂と狭い道があちこちに伸びている。どこの山の中腹からでも、尾道の市街地や海が一望できる一級のビューポイントとなっている。放送では、あかりが自転車でこの坂道を下る場面が多いが、実際に住民以外は自転車で上って下ることはあり得ない。画像は天寧寺三重塔近辺の坂道と浄土寺の参道。隆円さんが「あかり~スカートの中が見えてるぞ~!」とからかいの声をかけ、「嘘言いんしゃい」と交わす場面。最後の徒歩の場面は、就職面接を受けに行った帰り、出演を辞退した定期演奏会の会場に向かう国道2号線沿いの道。偶然撮影に成功したが、この直後に右足が吊るハプニング。

SCENE 6 「古寺①」(天寧寺三重塔)

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<その他の名シーン>

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 千光寺公園の中腹にある天寧寺三重塔は、周りを墓地に囲まれ、静かな佇まいにあった。ドラマでは4度(石段の下の手摺のある坂道を含めると多数)登場した。ちはるさんのお墓参りに行く母・真知子の後をあかりがこっそりつけ、この石段から覗き込み、隠れようとして転げ落ちたシーン、その回では、三重塔の境内に並んで腰かけ、真知子がちはるさんのことをあかりに教えるシーンが収録された。同じ石段では年末に初音とあかりが墓参りに訪れた場面、そして悩む真知子がひとりで墓参りに訪れ、掃き掃除をしている隆円さんと会話を交わすシーン。「答えは自分で出さんといけんね」。実際はテレビで見るより、狭い感じがした。村上家の墓はなかった。ここから眼下に広がる尾道の風景は格別。

SCENE 7  「古寺②」(御袖天満宮・大山寺)

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<その他の名シーン>

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 御袖(みそで)八幡宮の石段は、かつて映画「転校生」の舞台となった場所。その時に主役を演じた尾美としのりがここの住職役で再登場。長い石段は急勾配できつい。ここは大山寺がすぐ横に隣接してあり、境内からの眺めは抜群。この鐘楼は、出生の秘密を知ったあかりが、「自分が誰なのか」わからなくなり、居たたまれず吹奏楽の練習を抜け出し、この石段を駆けあがり、鐘の中に頭を突っ込み、「ワーッ」と大声を張り上げた場所。隆円さんが飛び起きて、「煩悩じゃのう~」と言い、落ち込むあかりを励ます。「何か良いこと言うてよ~」と助けを求めるあかりに、「ん~」を連発。一案閃き、「突け、これを突けば全ての煩悩が消え去る」と指南。無理矢理に鐘を突かされたあかりは平静を取り戻し、石段を下りて行く。「どうじゃ~スッキリしたか?」と問いかける隆円さんにあかりは「ありがと」と返答。また、年末に墓参に訪れた初音とあかりが、ここの石段を下りて行く。ドラマでは三重塔近くのちはるさんのお墓とこの鐘楼・石段が同じ場所にあるような設定だが、実際は天寧寺と大山寺は1km程度離れた場所にある。この場所はその後も、何度も登場した。

SCENE 8 「村上鉄工所周辺」(新栄機工)

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<その他の名シーン>

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 村上あかりの家は、向島にある「村上鉄工所」だが、実際は「新栄機工」という造船会社の下請けだ。ドラマでは「向島渡船」が最寄の船着き場として設定されていたが、実際は「福本渡船」のほうが近い。この場所は建物の外見と周囲の風景だけがロケ先として採用され、隣接する自宅は大阪のスタジオセットで撮影されたもの。わかりずらい場所にある。ドラマと同様、防波堤から海にせり出した台船まで通路で繋がっていた。欽也、キューちゃん、隆円さんが釣りをしたり、鉄平にふられた加奈をあかりが慰める場面、更には最後のてっぱんダンスでも使われた。対岸の尾道駅方面が綺麗に見渡せる絶好のロケーション。磯と鉄の匂いが漂っていた。

SCENE 9 「尾道市公会堂」

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<その他の名シーン>

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 この公会堂は、あかりが演奏する筈だった定期演奏会の舞台。地元・尾道での就職を決断したあかりだったが、定演の日と会社の面接試験日が重なり、最後の想い出を作れなかった。必死に練習した最後の曲、「威風堂々」が流れるさなか、会場に辿り着いたあかりは、玄関の前から、泣きながらエアトランペットの真似をし、その場で拍手を送った。そして吹奏楽部の仲間に挨拶をするのに向かったのは楽器運搬口のある駐車場だった。二日とも早朝の訪問だった。

SCENE 10 「尾道一高(土堂小学校)」

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<その他の名シーン>

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 ここは尾道駅の東南の坂道の途中にある。中央通り商店街の入り口に林芙美子の銅像があるが、その先にある陸橋を上り、国道と線路を越えれば辿り着く。まず、急な石の階段が正門まで続く。実はこの階段が、卒業式のシーンで使用された。この場所は「土堂小学校」だが、ドラマでは「尾道一高」という設定。ここの3階の南端の音楽室や屋上が吹奏楽部の練習場所として使用された。工事中だった。かなり歴史ある校舎だった。坂の途中からこの校舎を見渡せるポイントがある。

SCENE 13 「尾道うみの駅」

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 ここは「尾道うみの駅」と言い、昔はここからフェリーが出ていた。現在は立ち入り禁止。20年前、ここで腹を空かせてうずくまっていたちはるさんと真知子が出逢った。「そんなこと聞いていない」と動揺して怒るあかり。そんなシーンが収録された。2日目の8月10日に宿泊した尾道ホテルは、ここの目の前。部屋から間近に眺められた。

SCENE 12 「その他①(港の風景・商店街)」

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 土堂周辺の海岸線は、絵になる風景が目白押し。常時観光客や犬の散歩やジョギングの地元民も多い。市民の憩いの場所となっている。お洒落な防波堤と、海の見えるお洒落な飲食店が軒を連ねる。また、商店街も昔ながらのアーケード造り。尾道ラーメン店、甘味処、鉄板焼き・お好み焼きなどがあちこちに点在している。若干閉店時間が早いのが玉に疵。この土堂周辺の海岸と商店街を徒歩で何往復したか知れない。それくらいお気に入りの場所となった。

SCENE 13 「その他②(お宝写真)」

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 たまたま通りかかったアーケード内の中央商店街では、「てっぱん展」を催していた。実際の番組で使用された小道具をショーケースで陳列し、観光客の目を楽しませていた。偶然とはいえ、「てっぱん」の出演者や番組に近づけた気がした。念願のお好み焼きは、砂ずりと揚げ烏賊のこりこりした食感を堪能できた。熱々だが、番組と同様、箸や皿を使わずヘラで切り分けてそのまま口に運んだ。あかりの実父の橘さんの雰囲気を味わった。

 尾道水道は瀬戸内でも、島の間を縫うように沖合の向島まで僅か300mの細長い水路のような海の道。対岸の本州側は、千光寺山や福山城のある小高い丘のような山が聳え、坂の町と言うことができる。穏やかな気候、そして人情味溢れる方言と穏やかな性格の人々が暮らしている印象が強い。古寺巡りももちろん、映画やドラマのロケ地としても何度も取り上げられた風光明媚な土地柄であると、今回訪問して実感できた。尾道滞在が正味2日弱だったが、随分楽しませて貰えた。温暖で暮らしやすい場所なので、また何かの機会には是非訪れたいと思う旅となった。

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 「2011年夏、SUZU、46歳」、ひと夏の良い想い出となった。

 おまけ(2月18日、クランクアップ時の様子)

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 記事作成:8月14日(日)      

2011年8月12日 (金)

尾道てっぱん紀行④ ~写真館~

   興奮と熱が冷めやらぬ状態だが、此の度の尾道2泊3日弾丸ツアーは夢のようだった。この経験は生涯忘れないことだろう。今日は第4弾として、昨日までの3回分のブログ紀行文では、掲載し切れなかった残りの写真を紹介したい。何せ、デジカメで500枚以上もシャッターを切り、動画撮影も行った。これをここでお見せしない手はないだろう。私自身は、学生時代は時間が有り余っていたので、旅行後、紀行文の執筆で、毎回100ページ以上の大作を完成させたものだが、今はブログと言う有り難い記録方法がある。それでは、今回の尾道旅行の一部始終をご覧ください。

 初日(8/9撮影分)

 夜の尾道の風景(土堂突堤と中央商店街、尾道駅)

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夕食はホテル1Fレストラン「きたまえ」で。ルームキー番号は「628」

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 α1はシングルルーム6,050円で翌朝の朝食バイキング付き。インターネット兼用の地デジでとても使いやすい。

 2日目(8/10撮影分)

  朝の海辺の風景

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2日目の宿・尾道ロイヤルホテルと定演の荷物運搬口として使われた公会堂駐車場

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坂の途中で見かけた猫の案内板と天寧寺三重塔からみた風景

「ここから見える街の灯りが幸せそうじゃ言うて『あかり』と付けたんよ」

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 天寧寺三重塔とあかりが自転車で下りた北門の小道

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 国道2号線と山陽本線を行く貨物列車

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 林芙美子の故郷だけあって銅像多数 尾道一高(土堂小学校)

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 音楽室や屋上は度々登場、正門前の石段は卒業式のシーンで使用

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ホテルα1近くの欽也と鉄平が訪れたお好み焼き屋とあかり・加奈・鉄平が話をした場所

(大阪大阪って何回言う~、何か悪いこと言った?鉄平からするめの干物を渡される)

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あかりがトランペット拾うために飛び込んだ堤防(土堂1丁目・からさわの向かい側)

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ドラマに何度も登場した尾道渡船と向島側の船着き場(アーチは撤去されていた)

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向島から見た風景(市役所・公会堂と尾道ロイヤルホテルを望む)

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 尾道渡船の乗り場から見える本州側の山並み

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 「村上鉄工所」として使われた「新栄機工」

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 向島から見た風景(鉄と造船の街とひと目でわかる)

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 千光公園の鼓岩(ポンポン岩)の周辺(放送初期の頃によく登場)

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横から見たポンポン岩と浄土寺前の参道(ここをあかりが自転車で走った)

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 御袖天満宮に隣接した大山寺の鐘楼(あかりと同じポーズ)

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あかりと同じく鐘に頭を突っ込んでみた。足を吊った国道2号線沿い

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 渡船の風景(しまなみ号と運航&料金表)

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海岸線沿いの風景(チェック柄のお洒落防波堤と突堤からみた景色)

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 最終日(8/11撮影分)

ホテル前の住吉神社と釣り場

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定期演奏会の舞台となった公会堂と釣り場

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ロープウェイ乗車中から見える車窓

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展望台からみたしまなみ海道とポンポン岩の坂道(ドラマで複数回登場)

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 天寧寺三重塔(隆円が住職でちはるさんの墓がある設定)

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天寧寺の境内から見た尾道の風景(理屈抜きで美しい・・・)猫の町としても有名

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 真骨頂が坂の町・尾道と天寧寺の言われ

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 板書きしてあったありがたいお言葉と鐘楼門

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 絵のまち通りと「てっぱん」の小道具(偶然出会ったお宝たち)

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 お好み焼き屋の風景(至福のひととき・・・)

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 偶然見つけた店の名前は尾道でも有名な「手毬(てまり)」だった!

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最後の訪問地はやっぱり土堂突堤・・・ここがすべての始まりの地

石川県の尼御崎の海岸線

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 以上が本編で掲載できなかった写真だ。他にもあるが、今回はこれらを選りすぐって掲載させて貰った。さて、次回は「尾道てっぱん紀行」の締め括りとして朝の連続テレビ小説「てっぱん」で登場した主な撮影場所と今回訪れた場所を比較検証してみたい。

 記事作成:8月12日(金)      

2011年8月11日 (木)

尾道てっぱん紀行③ ~釣り・お好み焼き・帰路~

 8月11日(木)晴れ

 5時10分に起床した。すでに瀬戸内の向島方面の空が明るくなっていた。夕べはサッカーの日韓戦を見た。香川の2ゴールなどで日本が3-0と圧勝した。テレビをつけたまま眠ってしまったみたいで、井岡の防衛戦の結果は不明だ。この3日間では眠れたほうだ。さて、懸念された筋肉痛だが、昨夜のうちに何度もマッサージをしたせいで、思ったより酷くない。腰痛だけは治せないが。40代も半ばを過ぎると、三日後くらいに出るものらしい。5時半過ぎ、せっかく尾道まで来て、釣りの道具一式を持ってきたのだから、1時間程度でも釣りをしたいと思い、急遽ホテルの目の前の岸壁ですることを決意。フロントで車のキーを受け取り、車から一式を取り出す。フロントの若い男性社員、めちゃ気だるそうで寝ぼけていた。

 そして、住吉神社のお堂脇の岸壁にて5時45分から実釣開始。尾道大橋方面の朝焼けが綺麗だった。そこは住吉汽船有限会社の前だった。まずはルアー竿でメバリング。黄色の蛍光ソフトルアーを使用。しかし何回キャスティングしても手ごたえなし。6時には「てっぱん」のあかりが演奏会を欠席し、外観のドアが赤塗りの格子で、その前であかりが拍手を送った公会堂の前を通り、市役所の前でキャスティング。すると6時15分に携帯電話のアラームが鳴った。そういえば、6時30分にセットした部屋の目覚ましアラームをOFFにするのを忘れた。おそらく部屋中鳴り響いていることだろう。隣室にも大迷惑だったことに違いない。ここの河口付近には1mもあるような黒いでかい鯉?が数匹泳いでいた。地元の散歩中のおじさんやおじいさんが声を掛けて来た。仕掛けをジグにチェンジ。しかし、30回キャストしても上がってくるのは沈み根や漂流する根ばかりで魚影を感じなかった。そこで最初の岸壁にルアーを入れる竿袋を置いてきたことに気づき、慌てて戻る。幸い袋はあった。そして再びジグをそこからキャスティング。反応なし。根ばかりを引きずってしまった。7時から朝食で、しかも朝日が眩しく、気温上昇で汗ばむ陽気になってきたので、6時58分に納竿。結局1時間13分の実釣。まぁ、魚には巡り合えなかったが、尾道で釣りをやったという事実は残せた。

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 7時に2Fのレストランで朝食。魚や卵、焼きのりなどオーソドックスな和食だった。そして部屋に7時15分に戻った。Tシャツが汗だらけ。今日も暑くなりそうだ。PCで朝の出来事を打ち、7時45分から朝シャン&シャワー。

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 本日の予定としては、9時からロープウェイで千光寺に上り、展望台からのパノラマを再び満喫した後、ポンポン岩を目指し、そこからは歩いて下山。中腹にある天寧寺の三重塔を再訪し、10時にはお好み焼き屋に入り、早い昼食を摂る。11時にチェックアウトし、そこから帰路に就く予定。果たしてどんな珍道中になっていることやら。そして10時半頃にチェックアウトすることをフロントに伝え、8時40分にホテルを出発。まず向かったのはロープウェイ乗り場。3~4人が既に発券売り場窓口に並んでいた。今日も35℃まで気温が上がる予感。第一便は9時からのため、それまで隣接する艮神社へ。9時46分。尾道は古い寺社が多く点在する。境内の石段は、もしかして村上錠と真知子が最終回でてっぱんダンスを踊った場所?あれだけ歩いたのに筋肉痛はさほどでもない。なぜか両足の弁慶の泣き所が痛む。腿の付け根や昨日吊ったふくらはぎ、足首はさほど痛まない。これならいけそう。

 8時55分頃、3番目に券を購入。280円。北側のエレベーターで乗り場へ。すると始発便がちょうど山頂から折り返して到着。何と一番目に乗り込む。運良く椅子に座れた。次々と観光客が乗り込み、総勢20人ほど。このゴンドラは昨年の「てっぱん」の撮影時に使われた物からリニューアル。綺麗な客車だった。山頂の千光寺公園までは3分程。函館ロープウェイのような雰囲気があった。何の前触れもなくいきなりゆっくりと出発。進むにつれて観客の歓声が。尾道水道の綺麗な風景が広がって来たからだ。私は進行方向側の端、つまり山側に陣取ったので天寧寺の三重塔や初音が訪れた古道具屋、朱塗りが美しい境内などを拝めた。そして9時4分に山頂駅へ。最後に下車。ロープウェイと街並みの写真を撮りたかったからだ。てっぱんのポスターも貼られていた。

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 いよいよ昨日も訪れた展望台へ。考えてみれば、ひとり旅は自分撮りの写真が殆どない。快晴なので景色は最高。青い海が映えて反射光が眩しかった。自分が干物になりそう。自分撮りと動画撮影も行った。第一話の冒頭で尾道一高校の野球の試合を応援した球場方面も撮影。眼下に広がる尾道水道を繋ぎ撮り。携帯で写メするのを忘れ、2回上がった。その下のベンチは日陰で風通しがよく気分は最高だった。自販機で「綾鷹」を130円で購入。水分補給は欠かせない。もう何本飲んだことか。その真下にある東屋の景色は今イチだった。

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<尾道ライブカメラ>

http://210.156.129.164/CgiStart?page=Single&Language=1

  そして、坂を下って昨日も訪ねたポンポン岩へ。9時25分だった。夕べ「Youtube」でチェックして、あかりがてっぱんダンスを踊った立ち位置と中学生と踊りながら登って来た坂で写真。こんな狭い遊歩道でよくもあれだけの大人数が躍ったものだ。やはり遊歩道の途中にあるため、入れ替わり立ち替わり観光客が往来。めげずに写真を10枚近く撮った。あかりの実父・橘さんがちはるさんの気持ちを代弁した台詞を思い出した。「坂の途中のお寺さんから見える景色が綺麗で、いつかこんな所に住んでみたい」。実感できる風景だった。ドラマの登場シーンと同じアングルで撮影した。

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 そして今日は、そのまま三重塔を目指して急な石段や小道を下った。時々坂の中腹から望む街並みに見とれてしまう。第一話であかりが自転車で下った坂を模索。北門やあちこちの坂の写真を撮り収めた。実際にこの山を自転車で上って下る人はまずいないだろう。山頂から麓までは30分で下りられるようだ。まずは三重塔へ。おじいさんがひとりいたが、すぐに立ち去り、坂の途中から写真を撮りまくった。昨日と同様、あかりと真知子さんが立っていた場所に立ち、港の風景を眺めた。しかしどこを探しても村上家の墓はなかった。そして石段を下りたところで、下から三重塔の写真を撮った。あとで気づいたが、ここは墓参りに行く真知子さんをこっそり尾行したあかりが、石段を転がり落ちたところだった。

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 その後、坂道を下りた。途中で何回もシャッターを切った。ドラマや映画のロケで使えそうな古の雰囲気漂う喫茶店や銀猫堂もあった。ソニーのCMで北川景子が旅をした「猫の小道」はわからなかった。この時点で9時40分を回っていた。チェックアウトまでそんなに余裕はなかった。天寧寺の境内を歩き、正門の黒板の言葉に見とれながら、山陽本線のガードを潜り、9時50分中央商店街のアーケード、通称「絵のまち通り」へ。てっぱんのBGMが街頭スピーカーから流れ、旅情を掻き立てていた。

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 あと1時間もない中でめぼしい「お好み焼き屋」を見つけ、是が非でも尾道にいる間に本場の尾道焼きを食したかった。するとここで予期せぬ幸運の出来事が・・・。市内のあちこちで「てっぱん展」をしていることは知っていたが、たまたま通りかかった「絵のまち通り」にある「尾道ええもんや」というお店の前に、ケースに入れられた「てっぱん」に登場した小道具が陳列してあった。まず、浜勝の社長さんの等身大の立て看板と黄色のジャンパー、そして絵かき笹井さんが書いた「光のランナー」の実物絵、更には滝沢のためにみんなで寄せ書きしたシューズ、田中荘の門札、それに赤い郵便ポストと住人たちの郵便受けなどお宝グッズが目白押しだった。何か出演者に近づいた気がした。そこに5分以上居座った。旅の最後に何かプレゼントを貰った気がした。すると目の前を自転車に乗った地元の4人の女子高生たちが通り過ぎていった。するとドラマのの中で、村上あかりや篠宮加奈が着用していた制服と同じ物。紺のスカーフが背中から出ていないだけ。2本ラインなどデザインマークも同じ。

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 そして「朝10時過ぎでやっているお好み焼き屋などあるのか?」と疑心暗鬼になりながら、ネットで検索した「むらかみ」という名前の店を探し、アーケード周辺を歩き回った。昨日、行列をなしていた「朱華園」というラーメン屋の写真も撮った。もうこの3日間に500枚以上も写真を撮った。するとたまたま通りかかったお好み焼きのお店に「商い中」の札を発見。10時5分にさっそく入店。手前があんみつなどの甘味処だが、奥にてっぱんがあり、そこに案内された。4つ鉄板があったが、客は私だけ。貸切状態で、気兼ねせず食べられる。何もわからないので、店員さんに聴きながら、950円の「砂ずりと揚げ烏賊」入りの尾道焼きを注文した。目の前で焼いてくれた。結構焼くのに時間がかかった。おばさんとおばあさんの2人が交互に焼いてくれた。NHKで放送中と終了後の5月GWが観光客のピークだったようで、開店と同時に客が押し寄せるほど繁盛したようだ。いろいろな話を聞かせて貰った。広島弁が心地よい。そしてドラマと同じようにへらで切り分けて、へらの上に乗せて食べた。焼くのに15分、食べるのにも15分かかった。結構な量だ。砂ずりとは鳥の内蔵(肝や胃)のことで、熱くてこりこりした食感がたまらなかった。旅のクライマックスに、本場のお好み焼きを食べれて幸せだった。食べながら何枚写真を撮ったことかしれない。激辛ソースは好みでかけた。食べながら、橘さんが言った「尾道のお好み焼きの味です」「忘れません、おかみさんの味」という台詞を思い出した。10時39分に完食。冷水をがぶ飲み。あと20分でチェックアウトしなければならず、レジで950円払ってすぐに店を出た。出る時に店の名前を確認したら「手まり」という店だった。その店の前で写真。ホテルに向かう前に、先ほどのてっぱん展に立ち寄る。あかりのメッセージ入りのシューズの写真がガラスケース越しのため、ピンボケ気味になったからだ。

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 ぎりぎりの10時50分にホテルへ戻る。部屋に戻り、荷物を取って来て、チェックアウト。ミネラルウォーターの157円のみ精算。しかし、小銭がなく、1万円札を崩して貰った。悪いので、フロントにおいてあった、お土産用の尾道焼きのセットを買おうとしたら、空箱で、これは郵送でしか注文できないとのこと。断念。エレベーターの横に飾ってあった「瀧本美織」のてっぱんPR用のポスターの写真を撮る。しかし、反射して失敗。11時ちょうどにホテルを後にした。メーターは1,000.3kmを指し示していた。この時点で明日からの帰省ラッシュに遭遇するのを避け、本日中の帰路を決意した。となると3泊4日の予定が、2泊3日の強行軍となった。でも実際の滞在が1日半で、尾道の観光名所やてっぱんの舞台としてロケ地のをほとんど見れたので良かったと思う。もっと時間に余裕があれば篠宮造船所のある因島まで「しまなみ海道」を通って足を伸ばしたかったが、片道20km以上も離れているため、今回は叶わなかった。次回来る時の口実にするとしよう。

 最後の見納めに土堂の突堤へ。路上駐車して、「からさわ」のアイスモナカを2個購入。280円。店内にあるカフェは若い女の子たちで満席。そして突堤のベンチで1個食した。この風景に再び会えるのはいつになるだろう。高速が無料のうちにまた来たいが、今度は新幹線で来てのんびり過ごしたい。ほとんど歩いて回れる場所だからだ。車だと事故の心配、疲労、オービス違反など、様々なストレスがかかる。車だと片道12時間、新幹線と在来線乗り継ぎならその半分以下で来れてしまう。宿の設備的にはα1のほうが良かった。

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 11:03、名残惜しいが、たくさんの想い出を作った尾道とお別れする時刻がやって来た。長江口から363号線の千光寺ドライブウェイ方面の細い坂道を上り、11時11分に国道2号線のバイパスへ合流した。ガソリンが危険な状態。岡山の先の吉備SAのエネオスまで持つか?帰路については往路と同様に時系列を追って主な出来事だけを見て行きたい。

11:19 福山西IC  
11:24 福山SA お土産目的。尾道ラーメン2個、広島風お好み焼き1個、もみじ饅頭1箱、きびだんご1個購入し、4,370円。11:33発。

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11:42 岡山県に入る  11時52分LHシステム  
12:00 倉敷IC 流れスムーズ 90~120km/hペースで流れている。
12:09 吉備SA(1,081.6km) 入口にレーダーあり。やっとGSへ。長い列。エネオスで給油リッター151円。43.0ℓで6,493円。トリップ592.9km走った。燃費はリッターあたり13.8km。愛車に感謝。連続高速走行の耐久ドライブなのに、タイヤバーストの危機やバッテリー上がり、オーバーヒートの懸念を振り払ってくれている。12:14発。
12:23 瀬戸IC。 12:37 備前IC 12:39 兵庫県に入る。12:42 トンネル手前にLHシステム 赤穂
12:53 龍野IC トンネル連続 右側の車線のほうが流れる 13:04 姫路東IC
島根ナンバーの護送車が7台、パトライトを点灯させながらものものしく列を成して走行。

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13:19 三木SA(1,194.8km) 小休憩 ここで重大なことが発覚。右前下のフェンダーに真新しい擦りキズを発見。今朝ホテルの従業員が車の出し入れする際にぶつけたか?あるいは郡山ICの料金所で擦ったか?タッチペイントを速攻で塗り、キズをごまかす。綾鷹150円。13:30発。
13:36 三木JCT 流れ良し 100~120km/hで流れていた。
13:44 神戸JCT 13時46分 Hシステム すべてコムテック探知機が知らせてくれる。渋滞皆無。
13:53 宝塚尼崎IC 曇り空に。再び護送車に追い付く。大阪近郊、対向車線は渋滞ノロノロ。34℃。

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13:56 大阪府入り。モノレール交差。
14:03 中国吹田IC 14:06 茨木IC ここでペンキの匂いが充満。何とタッチペイントのキャップが緩く、液体が漏れ、免許証とETCカード、印鑑ケースにつけてしまう。走行中、爪で擦り、落とす。でも除光液がないとダメ。同じミスを2回してしまい、免許証が汚れる。大チョンボ。
14:12 右ルート 14:26 京都東IC 小雨が降り出す.

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14:28 滋賀県入り トラックが多く、60~80km/hペースに。直前で割り込み追い越しの車、トラックが多い。後方確認不足。
14:30 大津IC&SA 名神高速方面は雨の予報
14:37 草津JCT 栗東(りっとう)の先で三度護送車に追い付く(ナンバーは島根469・407・622など) 往路と同様この周辺はレーダーが反応しまくり 黒丸手前渋滞気味
14:56 四日市IC 80km/hペース 小雨 1時間半に一度SA休憩のつもりが、距離が減らず、焦る。今日のうちに帰れば、明日時間有効活用できるし、聖光学院の2回戦も観れる。
15:07 多賀SA(1,348.8km) くもり空 ゴミ捨て 豚汁定食550円 15:26発

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15:29 彦根IC カーステは「GReeeeN」や「森高千里」
15:33 米原JCT
15:47 賤ケ岳SA通過 15:52 福井県入り 富士山ナンバーの乗用車発見
15:58 敦賀小浜IC 16:21 鯖江IC 120km/hペース
16:26 福井IC 16:32 ループコイル 16:41 石川県入り なかなか残り距離が減らない
16:42 加賀IC 紺の福井ナンバーのポロ、オービス手前で煽る 運転荒い。
16:48 尼御崎SA(1,499.3km)あと487km。休憩。鱒寿司700円。夕食用にコンビニでサンドウィッチ、おにぎり、カフェオレ購入。415円。除光液なし。散策コースあり。日本海の夕日を探しに、遊歩道を往復。堤防があるが、釣り人の姿なし。女性の銅像あり。17:05発

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17:08 片山津IC ビートたけしのオールナイトニッポンを思い出す。海沿いルート 金沢ちょうどラッシュ?
17:24 金沢西 ゲート通過不可の警告をアナウンスしてくれる。金沢東ICの先で4度、護送車に追い付く。どこまで走るのか?その時、その間にたまたまICから合流した金沢ナンバーの覆面パト(白のアスリート)が入って来た。青い制服を着用。並んだ時にすぐに気づいた。リアウィンドウがスモークで、テレビのアンテナみたいのが2個、リアウインドウに取り付けてある。3ナンバーだった。不動寺PAに入って行った。

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17:36 富山県入り 17:38 小矢部IC 17:44 砺波高岡IC 恐ろしいくらい飛ばす
17:46 ループコイル通過 17:55 富山西IC 午前零時の前の帰宅を決意
18:05 立山IC 140km/h
18:13 有磯海SA(1,624.1km)残り362km 最後の給油39.5ℓで6,044円 542.6km走行した。リッター当たり13.7km走行。18:23発

18:24 魚津IC ここから先、グレーのワゴンの追撃を受け、信じられない速度で逃げ切りを図る。Nシステムもやたらと多い。
18:36 越中境で小休憩 ワゴンを交わし、やり過ごす。
18:44 親不知、断崖絶壁の海沿にせり出すようなルート。薄暗くて写真失敗。

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18:49 糸魚川のフォサマグナ通過。トンネルが連続。 18:57 能生IC
19:14 上越IC BGMはケツメイシ  19:23 柿崎IC

19:36 柏崎IC 19:49 長岡JCT  栄PAのレーダー回避 白のハリアーとバトル
20:17 新潟西IC  20:19 新潟中央IC 磐越道へ ハリアーを振り切る。 新津のNシステムをかなりの高速で通過。対面通行前に先行車を交わして潜り込む。
20:38 阿賀野川SA(1,870.0km) あと残り117km 眠気覚ましのブラックコーヒー150円。20:44発 BGMはコブクロに。
20:53 津川IC 21:03 県境(福島県入り) 長いトンネル連続
21:24 会津若松IC 料金所渋滞はなし。21:36 磐梯SA先のループコイル回避。
21:48 磐梯熱海ICで高速を下車。18,650円分が無料に。エンジン、タイヤ、何とか持った。ミシュランは減りが遅い。R49ではなく、熱海中学校の前の道を行く。
22:05 帰宅 メーターは1,986.7km 車体の傷は残念だが、無事故無違反で帰ってこれたのが何よりだった。尾道を出発してから11時間2分の長旅だった。 

 本日の出費   

 飲食代    2,782円 
 ロープウェイ   280円
 お土産代   5,070円
 ガソリン代 12,537円     合計 20,669円

 本日の走行距離 986.4km

 3日間の総額 44,989円    総走行距離 1,986.7km 

 今回購入したお土産と使用したガイドブック&観光案内マップ等

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 <コメント>

 すると22時33分に「震度3」クラスの地震が。私が旅行中地震はなかったそうなのだが、やはり今日は11日。あの震災から丸5ヶ月目の日。11日頃は周期的に地震の特異日のようで大きな地震が起きやすい。その後、激疲労の中、午前1時近くまで、てっぱんのDVDを見ながら、各シーンを検証し、実際に訪問したロケ地や写真撮影場所をチェックした。あの場所にいたなんて夢のようだ。高速無料さまさまだった。機会があれば、またお邪魔したい土地柄だ。今度はファミリーで行きたい。約1,000kmも離れた場所であっても、予定変更の2泊3日にもかかわらず十分見物できることを証明できた。車内泊を見越して枕とタオルケットを持参したが、その役目は果たせなかった。

 この翌朝、3時22分に「緊急地震速報」のアラームが鳴る「震度5弱」の地震があり、寝込みを襲われ、睡眠不足に。この3日間トータルで、8時間しか寝ていないかもしれない。

 さて、今回の往復2,000km近くに及ぶ旅行を総括すれば、2泊3日と期間を短縮したものの、同じ場所を繰り返し訪れることが出来たし、結構時間を有意義に過ごせたと思う。計画したことはほぼ消化出来た。尾道ラーメン、お好み焼き、穴子重も食べれたし、主な観光地も巡れた。あわよくばしまなみ海道の風光明媚な景色を堪能したかったが、真夏の尾道は35℃。瀬戸内の海風が心地よいが、坂が多く、歩き疲れてへとへと。そして熱中症になったらかなわない。この行程が妥当なところだろう。腰痛と体力に不安を抱えている自分としては、まあ頑張ったほうだろう。片道1,000km。往復で約2,000kmの旅だったが、自分としては満喫したと思っている。ぜひまた季節を変えて、今回とは異なる「尾道の顔」を見てみたい。当ブログをご覧頂き、何かの参考になれば幸いだ。私自身も次回訪れる際の備忘録として役立てたい。

2011年8月10日 (水)

尾道てっぱん紀行② ~坂の街と古寺散策~

  8月10日(水)晴れ

 夕べは23時過ぎに床についたが、やはり興奮していたせいで眠れず。朝方3時台には目覚めた。暑苦しいのもあったが。そして予定より早く5時起床で日の出の5時25分より前には散策を開始することにした。7時からの朝食バイキングに間に合わせるようにするためだった。それに早朝のほうが人が少なく写真を撮りやすいし、日中の暑さも凌げる。福島県よりも広島は西に位置しているため、日の出は遅い。しかし立秋を迎えても日の入りは19時と遅いのが特徴だ。

 5時12分にホテルを出て、「しまなみ交流館」の歩道橋上からてっぱんのオープニングで登場する広場の写真を撮影。さらには向島の朝日から差し上る朝日を撮影。

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 尾道大橋がきれいに浮かび上がる。向こう岸までブチ近い。300mくらいだろうか。船に乗っている時間は5分もないだろう。そして福本渡船乗り場へ。

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 昨夜訪れた土堂突堤、地元のおじさんたちが釣りをしていたが、ちょうど上げた竿には小ぶりだがアジが鈴なりで上がっていた。昨夜とは打って変わり、潮が引いて海面までの高さはかなりあった。こんな高さから飛び込んだのか・・・。からさわアイスクリーム提供のベンチも。ドラマのまま。

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 次に尾道渡船乗り場、おのみち海の駅(現在は閉鎖)。市役所近くのあかりの演奏会が開かれた公会堂の順で徒歩で周遊した。

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 そして線路を潜ってロープウェイ乗り場から坂道を登り、天寧寺の三重塔を目指す。小道で急坂ばかり。途中、第一話であかりが自転車で下った北門を見つけた。でも幅は狭いし、距離も短い。こんな急坂を降りたのか。そしてそのすぐ上にある三重塔へ。あかりと真知子が話をした塔の下の境内へ。「どんな人じゃった?あの写真の人」「写真の人、写真の人って、ちゃんとちはるさん言う名前があるんよ」と言い、あかりがマウスピースを吹きながら、立っていた場所も。でも周辺は映像よりも狭く感じた。「謝ったりとかせんよ、お母ちゃん、これっぽっちもあんたに悪いことしたなんて思うとらんし」とあかりに訴えた場所だ。あかりはただマウスピースを口に当て、「ぷぅー」と吹くだけだった。普段なら、急な石段や階段、坂道の上り下りはきついのだが、まったく苦にならず。汗だく&息が上がりながらも足は前へ出た。道迷いも多々あった。

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 そして、尾道の市街地や水道を見下ろした商店街へ降り、林芙美子の像を見て、帰りがてらあかりと鉄平、加奈が通っていた尾道第一高校こと土堂小学校を訪れた。土堂小学校への歩道橋を行くと、眼科の先に、あかりが卒業式で加奈や鉄平と記念写真を撮った石段へ。全部あの絵のまま。そして急な石段を胸が張り裂けそうになりながら、上って小学校の音楽室と屋上が一望できるベストポイントへ。松田選手の悪夢が頭をよぎる。心臓はばくばくだった。朝のうちの見物で良かった。日中30℃以上の気温の中、坂を上るのは難儀だった。汗びっしょりになった。帰るころは足が筋肉痛でパンパンになっている筈。

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 尾道駅経由。ホテルの近くの尾道焼き屋の店を発見。欽也と鉄平が食べにきたようだ。でっかく写真が飾ってあった。しかし、人気店らしく、「本日満席」の表示・・・。びっくり。平日ではあるが、私と同じ目的の観光客がちらほらいた。

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 尾道ロケの際、瀧本美織(あかり)、朝倉あき(加奈)、松田悟志(根本)、長田成哉(滝沢)の4人が撮影の合間に食べに行ったお好み焼き屋は、尾道駅の南側、尾道国際ホテルの近くにある「まり」という店であることが後日判明した。

 朝のうちに本日訪れる予定の見学箇所を朝のうちにあらかた見てしまったので、日中は向島をメインとし、時間があれば、車で千光寺の展望台まで登ることにした。朝の散歩で写真50枚近く撮って6時50分にホテルに戻った。ちょうど朝食バイキングがスタートした。朝からご飯2杯、ハム、ベーコン、出し巻き卵、納豆、サラダ、マカロニ、魚、オレンジジュース、味噌汁を食す。7時10分には部屋へ。7時40分から朝シャンシャワー。ホテルのチェックアウトが8時30分。

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 まず向かったのは「しまなみ交流館」の陸橋。朝薄暗い中での写真撮影は手ブレが大きかったからだ。そして向島(むかいしま)の渡船乗り場も。

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 続いて昨夜、今朝に続いて三度訪れた土堂の突堤へ。やはり満潮により海面上昇。さほど海面までの高さがなかった。地元のおじさんが釣り糸を垂れていた。話を聞くと、ベラを釣ってるそうだ。この時点でかなり気温が上がり、汗だくだった。

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 8時45分には尾道渡船乗り場に駆けつけ、速攻で乗り込む。8時50分には出航。乗用車一台と歩行者&自転車で4人だけ。片道100円は向こう岸で徴収。お盆に大阪から久し振りに帰省した村上あかりが「尾道の空気じゃ~」と叫んだ船上。何となく嬉しかった。

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 向島の船着場は、あかりが突然現れ、去っていこうとした初音を追いかけ、「何で(トランペットを)置いて行くんよ~べッチャー!」と叫んだ場所。そして大阪行きを決意したあかりが、見送りに来れない父親のスピーチを携帯電話で聞きながら、泣きながら「行って来るけえね~」と叫んで尾道を旅立って行った感動シーンもまたこの場所だった。昨年の撮影時には、「お袋の味まとやみそ」という大きなアーチ看板があったが、すでに取り払われていた。しかし、料金所の小屋の裏手の堤防沿いに、撤去されたアそのーチが無残にも雨ざらし状態で置いてあったのを目ざとく見つけ、すかさず写真。商標使用できないNHKなので、本当は「ますやみそ」なのだが、テレビでは赤マルで「まとやみそ」としていたようだ。そして「尾道合宿」で訪れた滝沢をあかりが偶然見つけた場所もこの船着き場前。すべてがドラマの通りの風景だった。

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 そこから足に負担をかける徒歩。兼吉交差点から右に折れ、緩やかな細いのぼり道を行き、ショッピングセンターの前へ。その先のエネオスのGSの先の橋を右折。運河沿いの道へ。工事中。汗ばむ陽気。その先の橋を渡ると、磯の香りが周辺に充満。鉄工所があちこちに点在し、鉄の匂いだらけ。住宅街の運河沿いの道を左に折れると尾道水道に出た。大きな貨物船、釣り人、鴎など海の風景が広がる。約200mほど歩いた突き当りが村上錠の経営していた「村上鉄工所」こと「新栄機工」。その場所が行き止まりになっているとは思わなかった。本日は平日だったこともあり、鉄工所は営業中だった。村上家の4人とちはるさんが写真を撮った事務所らしき小さな建物もあった。しかし、その前にトラックが横付けされていたので、同じ構図の写真は撮れず。この時、観光客は私だけ。意外にも奥に大きな工場(別会社)が隣接していた。てっぱん踊りを繰り広げていたタグボートの浮島も放置されていたし、そこを繋ぐ渡り通路もやはりドラマと同じ。しかし、尾道汽船の渡船乗り場からはやたら遠い。福本渡船のほうが断然近い。そして、目の前にはあかりが寝転がっていた防波堤が・・・、そこは鉄平が浴衣姿の加奈と打ち上げ花火を見た場所でもある。更には、トランペットを返そうと自転車で初音を追いかけた場所もその防波堤沿いの道である。事務所の脇に置いてある古ぼけた自販機でお茶を購入。綾鷹130円。くそ暑いし、左の足首が痛んだ。

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 帰りは住宅街を突っ切り、向島中学校の周囲を歩く。そして運河沿いに偶然、向島渡船の船着場&待合室を見つけ、5分ほど待って乗船。9時40分には向島を離れた。ここは車は積めないらしく、人と自転車専用らしい。「福本渡船」かと思ったら、今回は駅前の船着場まで運航する向島渡船だった。歩くのが辛かったので助かった。船名は「むかいしま-2」だった。今回は船内での100円徴収だった。どうも自動車を積んでも120円らしい。こんなことなら車で向島を巡れば良かったかも。そしてそこからちょうど対岸の「新栄機工」を望む岸壁を見つけ、そこから写真を撮った。

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 そこから足を引きずるようにホテルに戻り、停めてもらった車に乗り込んだ。9時55分にα1を後にした。メーターは990.3kmだった。次に向かったのは千光寺公園。この日はまず登山道であるドライブウェイを目指した。184号線に出るのに入り口を間違えて、右往左往。そして国道から右折して山道へ。くねくねで急な狭い坂道。あるコーナーでいきなり大型バスが下りてきた。間一髪交わした。10:05何とか頂上の手前にある「有料駐車場」へ。500円。ここから350mほど緩い坂を登る。若い女の子が写生していた。もうへとへと。3階建ての展望台に上がると360度の大パノラマ。眼下に尾道の町並みが一望。やがて朝イチだったせいか、無人に。写真撮影しまくり。ここからの眺望が観光客には大人気。確かに素晴らしい景色を堪能できた。こんな町に住んでみたいと誰もが思うことだろう。

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 地図で確認し、ルートを間違えないように地図で何度も確認した後で、今日のメインイベントの鼓岩(通称ポンポン岩)を目指した。おしゃれな茶屋兼レストランの手前の細い道を下っていくと50mほどで問題の場所へ。10時32分に着いたときは無人でラッキーと思いきや、貸切タクシーの運転手とそのご一行様が、まるで邪魔するかのようにフレームインしてくる。ドラマのオープニング撮影の場所や、鉄平とあかりが坂を歩いてくる途中、走りこみ練習中の滝沢さんと出くわし、会話を交わした急カーブ。「そうじゃみんなまだまだじゃ」と言った場所。そして第一話では進路希望票の未提出のことで先生とあかりが話をした場所だ。「夢を大事にしろいう先生の教えをちゃんと守っとるけんね」と。この坂はあまりにも急で実際に走っては下れないと思う。危ない。でもポンポン岩は意外にも狭かった。あそこの前で「てっぱんダンス」をしたとは思えない。中学生を従えてあかりが踊りながら上ってきた別ルートの坂もあった。ちなみに小さいと感じた岩には、鉄のパイプが固定されてつながっていて、それを使って叩くと本当に「ポンポン」と乾いた音がした。

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  坂道を登って引き返し、自販機でdakaraを150円で購入して一気飲み。続いてマップを頼りに、「三春滝桜」の子孫が植えてあるというので、見に行った。確かにあった。自分も勤務先が三春なので、何か嬉しかった。まさかこんな所で会えるとは・・・。桜に話しかけながら写真撮影。

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 車に戻って、10時47分に出発。今度は来た道と反対側(北側)のルートを降りた。御袖天満宮と大山寺の入り口を見つけるためだが、長江口までの下り坂はかなり狭い。その後も狭い道を右往左往しながら、何とか県立図書館の坂道へ。第一話で自転車で走るあかりに隆円さんが「あかり~スカートの中が見えてるぞ~」「うそ言いんしゃい!」とやり取りをした石畳の坂へ。駐車場がなく、路上駐車したら、意外にも交通量が激しく、いったん戻って移動。11時05分に浄土寺へ。朱塗りの三重塔が立派だった。

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 続いて車で海岸線方向へ。途中でUターンし、開店していた「からさわ」の前に横付けし、人気沸騰中のアイスモナカを140円で買って食した。11時15分。路駐の車内で撮影。11時20分、いったん今夜の宿泊予定のホテルロイヤルに車を置かせてもらった。

 その足でよせばいいのに、歩いてロープウェイ乗り場の先の長江口まで行き、大山寺の参道入り口を見つけ、山登り。もうここまできたらきついだの言ってられない。次いつこれるかもわからない。急な長い石段を意を決して登った。かなり急でへとへと。足が上がらない。でも一気に登った。11時35分だった。

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 先客が2~3人いたが、後に15分近くも自分ひとりになる時間があった。天満宮と大山寺は隣接している。ここもイメージより狭い。吹奏楽の練習中に胸が詰まって「外の空気を吸ってくる」と言って飛び出して、たどり着いたのがこの場所という設定。居たたまれず、釣鐘の中に上半身を突っ込み、「ワ~ッ!」と叫び、あわてて隆円さんが飛び起き、「煩悩じゃの~」と口づさんだ。「煩悩って何?」と問いかけるあかりに、モナカアイス齧りながら隆円さんが「いいから撞け~」とアドバイスして、何度もここの鐘をついたのだった。そして帰り際、ここの長く急な石段を下って帰ろうとするあかりに「すっきりしたか~」と尋ね、「ありがと」とあかりが返答した名シーンが撮影されたのだった。この場所は隆円役である尾美としのりが「転校生」という映画で小林聡美と重なって転げ落ち、男女が入れ替わるシーンの撮影場所でもあった。結構ひとりを良いことに、セルフタイマーや自分撮りなどいろいろ試した。ここだけで20枚以上撮影。大山寺のスタンプを押印。11時54分発。

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 古寺めぐりの順路に従って、細い小道の急坂を下りていく。あかりが自転車で走った場所かと思い、何枚か写真。そして西國寺の参道の石畳へ。その角にお好み焼きやがあった。自転車で下ってくるシーンの場所かと思い、写真。本日予定した見学箇所は午前中で完了してしまった。帰り、国道2号線沿いの緩い坂道で、恐れていたことが・・・。何とか棒のようになった足が持ちこたえていたが、急にだめに。バス停の手前で右足のふくらはぎ裏を吊ってしまった。歩くのが切なくなった。機能の歩きすぎた分も早くも今日出てしまった。足を引きずりながら、ホテル方面へ。

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 「尾道絵のまち通り」というアーケード近くにある朱華園という中華料理店は長蛇の列。ホテルの隣の壱番館というラーメン屋に入り昼食。12時15分。カウンターは空いていた。食券を購入。ギョーザと尾道ラーメンと白いご飯がセットのラーメンセットを760円で食した。若い店員さんに断って写真を撮らせて貰った。尾道のラーメンはちぢれ麺で、醤油ベースのあっさり系らしい。

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  12時35分には再び土堂の突堤へ。これで4~5回目。今度は干潮に訪れたので、様子は激変。海面からかなりの高さがあった。これでは飛び込むのは至難の業。実際に撮影時にはこれくらいの高さがあった。でも真下にはブロックゴロタの捨石基礎があるため、かなり遠くに飛び込まないと激突する危険が大きかったので大変だったろう。この土堂突堤はいつ来ても誰かが釣りをしている。その先のもうひとつの突堤は無人だった。そこで先端まで行った。結構風が吹いていたので汗を乾かすには心地良かった。帰り、セブンで綾鷹を125円で購入。そして「からさわ」の前を通りかかり、写真を撮った。恥ずかしいという感覚は無くなって来た。今度いつ来れるかわからないのでなりふり構わないという感じ。そして12時47分に自販機の脇のベンチで日陰を見つけて休息。ちょうど広島銀行の向かいだった。そこで15分以上休憩。明日の計画と足首に湿布を貼った。

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  夜、釣りをするのにポイントを探した。そして帰りがてら、昼を食べたラーメン屋に行ったら店内に入りきらず、客が外にあふれていた。13時10分に暑さとあまりの疲れに歩けず、ホテルに戻った。フロントの方が優しく、チェックイン前なのにもう入れるとのこと。部屋は5階だった。尾道水道側で、なんと「おのみちうみの駅」の目の前。

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 14時以降、足が棒状態。筋肉痛もひどくなる。更にネットで記事を打っていたら、腰まで痛くなる。まずい・・・。14時40分から入浴。今日の汗を流した。睡眠不足に加え、足が吊ってまで頑張った山登りの連続。体も悲鳴を上げている。乳酸が溜まっているようだ。今日でこの状態だから、明日は動けないかもしれない。とりあえず、腰と足首、寝る前には太ももやふくらはぎ裏に湿布を貼って休みたい。のどからからで冷蔵庫にあったミネラルウォーターを飲み干した。夕食にはお好み焼きと考えていたが、くたくたで外に出たくない。釣りとお好み焼きはおあづけ。おこのみ焼きは明日の昼食、つまり、尾道で食べる最後の食事としたい。

 テレビ画面デカすぎ。シングルルームなのに32型はすごい。15時33分に今日の記事を持参したネットブックで記事作成した。2日間で280枚もの写真を撮影したため、写真のアップは帰宅後になってしまった。 17時20分から海を見渡せるホテル内の2Fレストランで夕食。穴子重Aセットと生ビールで2,250円。そしてフロントでペット茶150円。今日は睡眠不足と疲労回復のために早めに就寝した。明日の筋肉痛が怖い。

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 <トラブル>

 デジカメの液晶部分に傷二箇所を入れてしまった。腰痛、足吊るハプニング。

 <本日の出費> 

 渡船(往復) 200円
 飲食代  3,705円
 駐車料金   500円  
 宿泊代  6,000円   合計 10,405円 

2011年8月 9日 (火)

尾道てっぱん紀行① ~旅立ち~

 はじめに

 この旅行を思い立ったのは突然だった。7月24日頃、それまで繰り返し「てっぱん」のDVDを自宅で見て、無性にロケ地を訪ね歩きたかったのだ。しかし障害はあった。片道1,000kmも離れた距離の問題。そして、車で長距離運転する事への事故やトラブルの不安。更には家族への配慮。そして有給休暇をまとめてとれるか。そして宿の手配や台風の問題など。腰に爆弾を抱えている私が、長距離ドライブ&坂道だらけのロケ地の徒歩観光は、果たして体力的に耐えられるものなのか?正直不安だらけだった。それを追い風に変えてくれたのは、高速道路の無料化だった。郡山からなら最長で長崎県まで無料で行けてしまうのだが、これは被災者にのみ与えられた恩恵で、邪な考えとはいえ、一年間の優遇措置を放っておく手はなかった。加えて、DVDの感動が冷めないうちに訪れておきたかったというのが率直なところ。尾道は、これまでも大林宣彦監督の映画で再三再四取り上げられた風光明媚な土地柄。私も高校時代に映画「転校生」を何度も見て、いつかは行ってみたいと憧れていた場所だった。そこから決断まではそう時間はかからなかった。7月26日にはネットで尾道水道側の海沿いのホテルを二箇所予約。各種資料を集めて、着々と準備を整えてきたのだった。そしてようやく2週間越しの夢が叶ったのだ。それでは3泊4日の「てっぱんツアー」の一部始終を紹介し、ブロガーの方々は一緒に旅行気分を味わって貰えれば幸いだ。では時系列を追って実際の行程や旅の様子をお送りしたい。

http://www.youtube.com/watch?v=9SiHRJrMCR8&feature=related

 ちなみに3泊4日の「尾道」方面の天気予報は概ね晴れ。時々曇りになるが、降水確率は20%未満とまずまず。降雨があっても夕立程度と判断した。

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 8月9日(火)くもり/晴れ

 3:33 起床 4時間程度の仮眠で強行出発。
 3:48 自宅出発
 3:52 郡山IC 料金所の発券機に近づきすぎてタイヤ擦る。22℃。磐梯山が薄明かりの中、雲が中腹から上にかかって幻想的。SAはどこも大型トラックだらけ。
 4:23 会津若松IC(53km) 朝霧 4:42 西会津IC
 5:07 阿賀野川SA(117.4km) ファミマで朝食を購入。おにぎり3個入り・サンドウィッチ・カフェオレで530円。展望台から高速と川の写真撮影。晴れ 5:23発

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 5:44 新潟JCT 6:00 三燕IC(曇り空) 右奥に弥彦山を望みながら走行。
 6:14 長岡JCT 高圧送電線がやたらと多い。柏崎・刈羽原発からの電力供給。心境は微妙。90~100km/hペース。無理はしない。 
 6:27 柏崎IC 右手に日本海を望む。6:42ループコイル回避。6:49上越IC 快晴。
 7:12 糸魚川IC フォサマグナ通過。北陸道はガラ空き状態。
 7:20 親不知 断崖絶壁の海沿いの高架橋の道。

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 7:29 朝日IC ご当地のAM・FMを聴きまくる。相田翔子の番組。
 7:44 有磯海SA(366.7km) 予定よりも1時間半以上早い。ガソリンメーター半分にも届かず。 給油先送り。これが失敗の元。7:54発 富山湾を右手に望む。レーダー・LHシステム・Hシステムことごとく回避。スピード控えめ。  
 8:09 富山IC トンネル多い。8:24 砺波IC 30℃。

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 8:28小矢部IC 青空。
 8:38 金沢東IC 8:54 工事一車線規制で渋滞。右側海 1km20km/hで走行。

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 8:58 小松IC 
 9:05 尼御崎SA 北陸道はNEXCO東日本のようなガイドマップなし。置き忘れたウィンナーの件職場にTELし処理してもらう。エネオスGSなし。仕方なく昭和シェル石油のGSで給油。Tポイントカード使用。キャッシュレスO.K。リッター153円と高値。35ℓで5,355円。9:21分発。 9:27 福井県突入。大学4年次以来。 31.6℃。
 9:43 福井IC 9:49 鯖江IC(体操NHK杯とメガネの町) 高速レーダー・N・LH・Hシステム数多い。 10:07 若狭湾を望む。 福井医療のワゴン煽りまくる。最悪の運転。
10:12 敦賀小浜IC 33℃ 10:18 滋賀県へ突入 琵琶湖東側を迂回 
10:24 賤ケ岳SA(599.7km) ようやくマップ貰う。 腰が重くなる。トイレ時めまい。フラフラし、揺れている感じ。地面に骨ごと押し付けられている印象。10:37発。

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10:45 ループコイル回避 神田PA先、新幹線通過。
10:52 米原JCT 京都方面へ。 名神高速へ。周囲の車のナンバーがことごとく変わる。そしてラジオ番組のMCの訛りが土地土地で違いが歴然。大阪弁に。10:57彦根IC。
11:02 多賀SA(638.1km) 広いSAで店もいっぱい。ファミマで1Lのペット茶とミートソース購入し、外のテラスで食す。606円。モアッとくる暑さ。35℃超え。11:08発 

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ハイウェイラジオで宝塚IC~広島まで17km渋滞アナウンス。腰痛きつい。エコノミークラス症候群のように痺れる。なのに長く休憩取らず。
11:30 四日市IC 11:38竜王IC 36℃表示。極地。11:52 瀬田JCT 11:58京都突入。レーダー鳴りっぱなし。12:06 京都南IC 12:00 右ルート 新幹線。交通量増える。
12:13 大阪突入 12:22 茨木IC 12:23 中国道左へ モノレール対向。中国豊中先で大阪ナンバー覆面取締り。12:37 渋滞にハマる。10km/hでノロノロ&停車断続的に。37℃!

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12:37に兵庫県に突入 3時間も予定より早い。トイレに行けず。遂に気温が38℃。
12:48 宝塚IC トンネルの後渋滞解消。 
13:02 神戸JCT 
13:19 三木SA(791.9km)4時間も早い到着。WC。腰ピーク。疲れる。綾鷹150円。13:30発。休憩長く取れず。 13:40 姫路市突入。
13:52 白鳥SA(828.1km) ソーダアイス(230円)を注文したら、若くてケバいお姉ちゃん店員が間違えて白いご飯をパックによそう。俺の発音が悪かったのか?関西人には通じない?走行中、ずっと大阪弁と尾道弁を口ずさむ。濃いお茶150円。14:02発。

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14:18 赤穂IC。 14:21 岡山県突入。大型トラック中心に割り込み運転がひどすぎ。
14:47 岡山IC

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14:49 吉備SA(905.2km)残り70km 売店にもみじ饅頭あり。14:58発

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15:26 遂に広島県突入(953.2km)

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15:35 福山SA(966.7km) 綾鷹150円。尾道の観光名所の写真あり。尾道ラーメンのお土産も多数。帰りはここで購入予定。
15:58 福山西IC 料金18,850円が無料に。遂に念願の尾道へ。

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 R-2から尾道の市街地へ。市内を車で周遊。尾道は意外と都会。尾道駅で信号停車時写真。すぐ脇が向島渡船乗り場。PCの後について線路沿い走る。途中、ベッチャー祭りのロケを敢行したアーケード商店街見かける。市役所方面に右折。車窓から尾道渡船乗り場・「からさわアイス」店の前にあかりが海に飛び込んだ土堂の突堤が見えた。かなり狭い。そして自転車をあかりが引いた堤防沿いの道も実在した。テレビの映像のまんま。でも道路から海まで近すぎ。そして目と鼻の先に向島がある。尾道水道は幅が狭すぎ。しまなみ街道の尾道大橋もそのまんま。再び駅前に戻ってきて、「てっぱん」のオープニングのてっぱんダンスを市民が踊った広場もあった。これで自分が尾道にいることを実感した。

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 16:25 ホテルα1到着。予定よりも4時間早く到着。フロントでチェックイン時に、本当に広島弁では「~じゃの~」とか「ほうじゃ」「~するけぇね~)とか言うのか尋ねてみた。友達同士では使うようだ。残念ながら部屋は海側ではなく、山側。6階のエレベーターのすぐ脇の部屋。でも下に線路。右上には尾道城が間近に見える。窓を開けたら閉まらなくなり、蚊に刺されまくる。16時40分から17時30分までインターネット兼用テレビで本日の記事を打つ。しかし、保存しないでいたら、誤操作で勝手に消える。大ショック。時間を浪費しながら2度打ち。18時46分完了。

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 夜19時半から21時20分まで夜の散策。夕食にお好み焼きか尾道ラーメンを食べに行った筈なのに、尾道というところは20時過ぎるとどこの店も閉まっている。アーケードのメイン商店街ですらもぬけの殻。参った。駅前広場、海岸沿いの遊歩道など2往復した。夜釣りをしている人も多数いた。福本渡船と尾道渡船の乗り場なども見たし、夜遅くまで向島までひっきりなしに渡船が往来していた。向こう岸まで300m程度とむやみやたらと近い。夜の土堂の突堤も2度訪れた。あかりが自転車を曳いたストライプ柄の防波堤の壁や初音がトランペットを海に投げ入れた突堤、同時にあかりが2度も海に飛び込み、トランペットを掬い上げた場所、アイス最中で有名な「からさわ」のベンチにも座ってみた。欽也があかりに「何も変わらんよ~何ゆうてんねん」と声を荒げたあのベンチだ。確かにその道路を挟んだはす向かいに「からさわ」があった。明日はぜひ購入したい。夜はちょうど満潮時刻で、防波堤から海面までは1mほどしかなく、飛び込むにもたいしたことがなさそうだった。テレビで見るより、幅も狭いし小さく感じた。しかし、オレンジ色の常夜灯に照らされ、何か幻想ムードを掻き立てていた。さらには最終回でベッチャー祭りに参加した村上家ご一行様がロケをした尾道本町商店街アーケードにも足を運んだ。そして山陽本線の線路下を潜って駅の写真も撮り収めた。初音が娘のちはるさんを探して降り立ったプラットホームだ。夜見ると雰囲気が違う気がした。最後は歩き疲れて足腰が痺れるくらい酷くなった。

 <夜の散策時の写真>

 夜の土堂突堤

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 そして、夜の店がやっていないことから、夕食は21時15分からホテルα1の1階の「きたまえ」という海鮮居酒屋で食べることにした。お好み焼きと尾道ラーメンは明日の昼飯と夕食にとっておきたい。生ビール(500円)、枝豆280円、冷奴200円、お造り3点盛り1,000円、それに量が半端じゃなく多い海鮮サラダ(マグロなどの刺身入り)530円などを頼み、合計2,510円。しかし、帰りのエレベーターの広告で、同じメニューが「晩酌セット」として680円で特売されていたことを知り、ショックを受けた。

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 本日の走行距離 990.3km
 出費  
 ガソリン代 5,355円  食事代 1,816円+夕食2,510円
 ホテル宿泊代 6,050円   合計 13,915円。

 コメント:16時45分から45分かけて打った本日の行程の文面を誤って全部消す。保存し忘れたため全部やり直し。最悪。途中ガソリンを一度しか入れなかった。高速は燃費がかなり伸びる。さて、明日から2日間の尾道「てっぱん」ロケ地めぐりを思う存分満喫したいと思う。幸い天気はまずまずの予報。楽しみだ。今日はロングドライブの疲れを癒したい。

 

2011年8月 2日 (火)

国民栄誉賞の妙

 この度ワールドカップ優勝の功績を認められ、団体スポーツで初めて国民栄誉賞が贈られたなでしこジャパン。当然と言えば当然だが、この選定においては、これまでも紆余曲折あり、公平感を欠くような選考理由が何度も物議を醸した。ではまず、この賞が設けられた経緯を紹介したい。今回は「困難に立ち向かう勇気を与えたこと」がその授章理由らしいのだが、そもそもは「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的」としている。特に、あまり叙勲の機会が無かった若い人の功績に対する褒章としての意味合いから、1977年8月に当時の福田赳夫内閣が創設した。これまで過去18名の方々が栄えあるこの賞を受章しているが、最初にそれから紹介したい。 

 第1回 王 貞治 血液型O型  1977年9月 通算本塁打756号の世界新記録を樹立した功績  

 第2回 古賀政男 血液型不明 1998年8月 独自の古賀メロディー構築業績

 第3回 長谷川一夫 血液型不詳 1984年4月 真摯な精進 卓越した演技と映画演劇界への貢献

 第4回 植村直己 血液型A型  1984年4月 世界五大陸最高峰登頂など

 第5回 山下泰裕 血液型A型  1984年10月 ロス五輪柔道金メダルおよび柔道における真摯な精進、前人未踏の記録達成など

 第6回 衣笠祥雄 血液型O型 1987年6月 連続試合出場世界新記録達成

 第7回 美空ひばり 血液型O型 1989年7月 真摯な精進、歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた

 第8回 千代の富士 血液型A型 1989年9月 通算勝ち星最高記録更新、相撲界への著しい貢献

 第9回 藤山一郎 血液型不明 1992年5月 歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与えた功労、美しい日本語の普及に貢献

第10回  長谷川町子 血液型B型  1992年7月 家庭漫画(サザエさん)を通じて戦後の我が国社会に潤いと安らぎを与えた

第11回 服部良一 血液型不明 1993年2月 数多くの歌謡曲を作り国民に希望と潤いを与えた

第12回 渥美 清 血液型B型 1996年9月 映画「男はつらいよ」シリーズを通じて人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えた

第13回 吉田 正 血液型不詳 1998年7月 独自の曲調“吉田メロディー”の作曲により

第14回 黒澤明 血液型B型 1998年10月 数々の不朽の名作によって国民に深い感動を与えるとともに、世界の映画史に輝かしい足跡を残した

第15回 高橋尚子 血液型O型 2000年10月 2000年シドニー五輪女子マラソンで優勝 陸上競技で日本女子選手初の金メダル

第16回 遠藤 実  血液型不明 2009年1月 世代を超えて長く愛唱される、情感に満ちあふれた名曲を数多く世に送り出した

第17回 森 光子 血液型B型 2009年7月 長年にわたり芸能分野の第一線で活躍し、特に『放浪記』において2000回を超える主演を務めた

第18回 森繁久弥 血液型B型 2009年12月芸能の分野において長年にわたり第一線で多彩に活躍。数多くの優れた演技と歌唱は広く国民に愛された     

  それではここからが本題である。タイトルが示すとおり、この国民栄誉賞にはその選考基準が一定しない。受賞理由も不公平感がありありの褒章であることが一目瞭然である。ではそう判断せざるを得ない根拠を列挙したい。

 古賀政男や吉田正、遠藤実は貰っているが、阿久悠は貰っていない。

 美空ひばりは貰えているのに、石原裕次郎や吉永小百合は貰っていない。

 王貞治は貰っているのに、彼を凌ぐ絶大な人気を得、ミスタープロ野球とまで言われた長嶋茂雄は貰っていないし、最多安打の張本勲、9連覇の偉業を達成した川上哲治も貰っていない。まだ言おう。

 同じ女子マラソンでオリンピック金メダルを獲得した高橋尚子は貰っているのに、野口みづきは貰えない。

 俳優や歌手などの芸能部門では、長谷川一夫は貰っていても三波春夫や上原謙、藤田まことは貰えない。渥美清はもらっているが、高倉健や三船敏郎はもらっていない。

 千代の富士は貰っても「巨人・大鵬・玉子焼き」なる流行語まで生んだ横綱・大鵬、最多勝記録を更新した元大関の魁皇は貰っていない。
 
 戦後の日本に希望の光を与えた力道山や前人未踏の13連続防衛を達成した具志堅用高もまた受章していない。

 長谷川町子は貰えているのに、「巨人の星」や「あしたのジョー」、「タイガーマスク」の原作者の梶原一騎は貰えない。漫画の神様と崇められている手塚治虫、世界中で読まれている「ドラえもん」の作者、藤子・F・不二雄は貰っていない。

 映画監督では、黒澤明は貰っているのに市川昆や小津安二郎、鈴木清順などは貰っていない。

 山下泰裕は貰っているのに、柔道家で、前人未踏の五輪3連覇の偉業を達成した野村忠宏は貰っていない。女子でも谷亮子はオリンピック連覇を成し得たのに何故か貰えない。ロサンゼルス五輪の体操男子で個人総合優勝を果たした具志堅幸司や荒川静香の「イナバウワー」ではダメなのか?

 団体スポーツでも妙な所は沢山ある。東京五輪で東洋の魔女として大活躍した大松監督率いる日本女子バレーボールチームだって、当時の国民に夢と希望を与えたし、記憶に新しいところでは、3年前の北京五輪で幾多の苦難を乗り越えて、見事金メダルを獲得した女子ソフトボールチームはその栄誉に十分値する活躍であった。4連投した鉄腕・上野投手の力投は、国民栄誉賞に相応しくないとでも言うのか?もっと言いたい。

 2大会連続で死闘を制し、連覇を成し遂げたWBCの野球チーム「サムライJAPAN」はどうだろうか?なぜ候補にも挙がらなかったのか?摩訶不思議だ。まだまだある。

 昭和47年開催の札幌五輪では、笠谷・金野・青地が表彰台を独占した日の丸飛行隊は、時代を彩った名シーンとして語り継がれているのに、これはその資格がないというのか?

 メジャーリーグへの扉を開いたパイオニアの野茂英雄投手だって、十分にその資格はある。トルネードブームを巻き起こし、オールスター戦に出場。そして二度のノーヒットノーラン達成は圧巻だった筈。

 こうして見てみると不合理で腑に落ちない点は多々ある。審査基準は一体何なのか大いなる疑問が生じる。もちろん今回の「なでしこJAPAN」の功績や他の受賞者の方々に対して何ら不平不満を申し上げるものではないことは、ここできっぱりお断りしておきたい。しかしながら、政府が設置した褒章である以上、その授章基準は明確にし、透明性を持たせるべきであろう。時代をリードした人の功績をどこまで認めるのか、そして評価するのか、誰もが納得できる一定の基準を提示すべきであろう。もちろんアスリートたちは、国民栄誉賞を目指して普段努力している訳では毛頭ないが・・・。また、文化功労賞やその他の叙勲などとの線引きを明確にしておくことも必要だ。

Nadesiko

 最後に、この栄えある授章を打診されながら固持した凄い方達を紹介したい。

 福本豊 - 1983年(昭和58年)6月に当時の世界記録となる通算939盗塁を達成。中曽根康弘首相から授与を打診されたが、「そんなんもろたら立ちションもでけへんようになる」(本人談)と固辞。なお大阪府知事の賞詞は受賞している。

 古関裕而 - 1989年(平成元年)に授与(没後)が内定していたが、親族が辞退。

 イチロー - 2001年(平成13年)、メジャーリーグで日本人選手史上初となる首位打者を獲得する活躍を見せた事により、小泉純一郎内閣から授与を打診されたが、「国民栄誉賞をいただくことは光栄だが、まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたい」と固辞した。2004年(平成16年)にも、メジャーリーグのシーズン最多安打記録を更新した事から授与を検討されたが、再度固辞した。以後2011年現在、打診はない。

 ちなみに福本豊とイチローはマイペースなB型である。何となくわかるような気がする。

 記事作成:8月2日(火)

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