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2011年10月

2011年10月24日 (月)

てっぱん迷珍場面~番外編~

 てっぱんの続編(番外編)が12月に放送されることが決定し、そのお祝いも兼ねて、DVDを総点検し、こちらも「番外編」とばかりにお面白迷珍場面をさらに5つピックアップしてみた。NHKの朝ドラも「おひさま」が終わり、「カーネーション」へと移り変わり、「てっぱん」に対する視聴者の記憶が徐々に薄れていく昨今、どうしても触れておきたかった。私自身は、あのドラマはこれまでの朝ドラの中でも秀作だと今も思っている。そんな訳で、今回は本家本元に習い、「てっぱん迷珍場面」の番外編をお送りしたい。なお今回は順位付けではないことを申し上げておく。

 傑作場面1 「あかり、お前さん、やっぱり男がおったんか!」(第77話)

 広島駅伝の大阪代表に選ばれたのに出場を拒み、元気のない滝沢を、あかり達がクリスマスコンサートで激励しようと画策。コーチの根本に「サンタクロースになりませんか?」と腕を掴んでお願いする場面で、突然隆円さんが現れた。彼は、「お正月も尾道に帰らない」というあかりに「もしや男でも出来たのでは?」と心配した村上家を代表して偵察に訪れたのだが、手を組んで寄り添っているあかりを目撃して一言、「お前さん、やっぱり男がおったんか!」要は隆円さんの早とちりなのだが、その時の怪しんで訝しげに根本をじろじろと見る彼の表情は笑えた。何故かおもろいシーンには決まって隆円さんが中心におる!

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 傑作場面2 「空き巣に間違えられ袋叩きに遭う欽也・・・。」(第112話)

 初音の留守中に田中荘に空き巣が入った。笹井さんが大切にしていた父親からプレゼントされた似顔絵入りのコンパクトケースが盗まれた。その夜、広島から訪ねて来た欽也が不審者と間違われて、あかりの兄だと知らないのぞみさんに召し捕られた!「泥棒~!容疑者確保、警察呼んで~!」と叫ぶのぞみの雄たけびが夜の闇にこだました!しかし、捕まえてみればそこにいたのは何と「欽にぃ」。「あいたたた・・・」とのたうちまわって悶絶するその姿は、大笑い。のぞみの早とちりが生んだ爆笑劇だった。後にふたりは夫婦になることになるが、欽也にとって悲惨なこの出逢いが運命を変える出来事となった・・・。それにしても馴れ初めが空き巣犯に間違えられたこととは・・・。この件もそうだが、笹井さんのために浜勝社員一同、田中荘の面々、長谷川さんまでもが一致団結し、2時間ドラマ並みに犯人探しに没頭するシーンもまた微笑ましかった。

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  傑作場面3 「あかりにバレないよう隠れる錠と真知子、隆円さん」(第118話)

 あかりの実の父親(橘公一)が現れ、その話し合いをするため、あかりにわからないように大阪に出て来た錠、真知子、隆円の三人。橘さんとの対面を終え、帰ろうとしたその矢先、突然あかりが「おばあちゃん?」という声と共に近づいて来た為、とっさに玄関先に隠れる3人。しかし、帰宅した滝沢が、玄関を開けた時に、「うわぁビックリした!」と大声をあげてしまい、あかりにバレてしまう。錠が皮靴を手に持ったまま隠れ、バツが悪そうにあかりを見るシーンは緊迫した中にも笑いがあった。

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 傑作場面4 「」(第61話)

 娘の遺言によってあかりと一緒にお店に立つことを決心した初音。その再オープンの日の朝、あかりの夢の中に登場した「ベッチャー初音」。「ここはあんたの店やない~ウチの店や~」とコテを叩きながら鬼婆スタイルであかりに迫る。そこで目が覚め、慌てて飛び起きるあかり。実はそれが正夢だった・・・。この初音のベッチャーは、第3話で初音があかりの実の祖母と判明した翌朝の夢にも登場。ベッチャーに追いかけられ、「あんたはここの子やない~ウチの子なんや~」と襲われ、うなされて飛び起きる場面に続き2度目だった。こうしたパロディーが随所に散りばめられていたのが「てっぱん」だった。NHKが制作したとは思えないような演出が随所で見られた。

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 傑作場面5 「くだらなすぎの家出の原因・・・」(第37話)

 あかりの兄の鉄平がいきなり田中荘に上がり込んで来た。しかも夕飯を下宿人らに交じって食べている。あかりが喧嘩の原因を問いただしてみると、なんと「プリン」。福山名物のガラスカップ入りのプリンを鉄平が食べてしまった。それは父親・錠の大好物で、大事に冷蔵庫に取っておいたもの。それを息子に食われてしまったことがひと騒動の発端。ただならぬ形相と剣幕で鉄平を叱りつける錠。この話を聞いて呆れる下宿人たち一同。この一件でしばらく鉄平は大阪に住みつくことになった。しかしこれには後談話があり、長男・欽也に気を遣った鉄平が、兄貴が鉄工所を継ぎやすくするための優しさと配慮からだった。

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 さて、今回の記事は如何でしたか?「てっぱん」ネタは、夏以降、自身が封印した筈だが、12月の「番外編」の放送決定で、あまりの嬉しさに勇み足でふたたび特集記事を組んでしまった(笑)。「イブ・ラブ・ライブ」というタイトルで、浜勝の社長の恋の行方がメインらしい。あかりを妹のように可愛がり、ほのかな恋心を抱いていてもなかなか言い出せない、また、すれ違いも多く、滝沢を意識し過ぎる部分も何となく共感できる。根底にはあかりのことをそれだけ大事に想ってるということ。おそらくその辺の優しさが、決断を鈍らせるのだろう。また、会社の行く末を第一に考えて、音楽(トロンボーン)から足を洗おうと決断したのだろう。勝手にあらすじを考えてしまったが、それくらい待ち遠しくて仕方無いという気持ちをわかってほしい。

 今回、この記事を執筆したのも、人々の記憶から「てっぱん」が忘れ去られて無くならないようにしたかったのだ。私達日本人がとうに忘れてしまっていた「家族の絆」や「人間愛」、「人生知」なるものをもう一度再認識したくて、今回もまたこのような記事で取り上げてみた。これでまた「てっぱん」が盛り上がってくれたら幸甚だ。

 記事作成:10月20日(木)~22日(土)

2011年10月17日 (月)

悲しい現実~人間の都合で犠牲になるペットたち~

 最初にお断りしておく。今回のブログは、あまりにも残酷な動物たちの魂の叫びである。愛犬家、愛猫家の方、普段からペットに限りない愛情を注いでいる方は見ないで頂きたい。しかし、毎日のように捨てられた約2,000匹の犬猫が殺処分されている現実があることを知って頂きたく、あえて今回の記事を作成した。こからお見せする映像が運命に翻弄されるペットたちの悲しい現実であり、人間の身勝手な行動の行く末でもあり、人間の本性を映し出す鏡かもしれない。まずは現実を直視して頂きたく、敢えて悲しい映像をアップした次第だ。罪なき命が毎日のように奪われ、ひっそりとこの世から消えている。ぜひ目を背けないで現実を直視して頂きたい。

http://www.youtube.com/watch?v=QToJtVmJWPI&feature=related

<命の授業>

http://www.youtube.com/watch?v=p9apj5-YloA&feature=related

<これらの動画に寄せられたコメント>

 なんで何も悪いことをやっていない動物たちを殺処分してしまうん­でしょうか・・・。悪いのは人です。動物を飼えなくなったからと­か言って捨ててしまうのです。変えないと思うなら飼わなきゃいい­のに・・・。

 現実を直視して、理解できた時、私たちには何ができるのかな。犬猫の避妊手術、去勢手術、終身飼育の大切さを周りの人にお伝え­ください。命を慈しむことができるのが人間ですから。

 保健所に犬を連れてゆく飼い主に、これを見せてから、もう1度、­話あって殺さず里親を探す方向に行きたい・・愛される為、幸せに­なる為に命は生まれてくるのに・・悲しすぎる現実を目を背けず世­間にもっと公表しなくてはいけない。辛いupを有難うございます­。

 人間のエゴの一番の被害者達だね・・・命を選別する行為も罪だね・・・

 俺は過去に愛犬を病気で失った、その時の悲しみは今も忘れない。­そしてそれからペットを飼うのが怖くなった、また同じ悲しみは嫌­だから。

 「愛護センター」だなんて名前付けるから簡単に持ち込まれる。名­前を「殺処分センター」にして「あなたは○○(ペットの名前)を­飼う責任を放棄し、家族の一員を殺す事に同意します」と署名させ­てしまえばいい。そしてどうやって殺されるか、どれだけ苦しい思­いをして死ぬか説明を受けるべき。そしてペットを持ち込んだ飼い主は、責任もってその子が殺処分される瞬­間を看取るべきだ。動物愛護センターならきっと新しい飼い主が見­つかるよなんて無責任に思ってるから簡単に持ち込むんだ。

 動物愛護センターでボランティアした事があります。初めは愛護セ­ンターに良い感情を抱いてませんでした。しかし、いざ手伝いを始­めてみると外から感じるのとは全く違った面を見る事ができました­。何よりも犬猫を持ち込む無責任極まりない不良飼い主が多い事に­驚きを隠せませんでした。この人達は物を扱う様に犬猫を捨てに来­るのです。命ある生き物という認識は持ち合わせていない様でした­。そんな人達にセンターの職員さんは説得するのです。持ち込まれ­た後の現実も話すのです。ですがそんな話に耳を傾ける人は少ない­のです。そんな犬猫達に手を下す職員さん達の苦悩は傍で見ないと­知りえないのです。ある職員さんは涙ながらに想いを語ってくれま­した。直接手を下さなければならない辛さ・・・ 

 ごめんなさい…最後の映像は見ることができませんでした。 目をそらしてはいけないと分かっているのに見れませんでした。 可愛い、飼いたい、それだけで命を簡単に手にしてはいけないんで­す。 簡単に動物は飼ってはいけないんです。 誰もが簡単に飼えるなんてペットブームなんて作ってはいけないも­のなんです… モラルも倫理も何ももたないのに… 動物を飼うということ、食べると言うこと、ペットと食用の家畜の­違いの有無、動物工場の悲惨な状態はなにもペットだけではありま­せん。 大型畜産工場の劣悪な状況を無視して平気で過ごしています。 もし多くの人が「必要な分を必要な分だけ」とありがたみを感じる­ことができれば… とペットにおいても畜産においても強く感じます。 どうか考えてください。自分の口に入るその豚さんがどういう過程­でここまできたか。どんな処理をされてどんな風に育てられたか。­卵を産まない養卵鶏の行く末… 決して全か無かではなく、「美味しく頂く」のには忘れてはならな­いことがあるんです。 ぜひ現状を知ってください

 ~結びに~

 私はペットは飼わない主義である。それは幼少の時、インコを飼っていた友人が羨ましくて、自分も親にねだって買って貰ったが、自分の欲求が満たされたことに満足してしまい、ろくに世話もせず、死なせてしまった。或る早朝に鳴き声がしなくなり、気になって鳥かごを見に行くと、そこには冷たくなって身動き一つしない鳥がいた。僕は命の大切さに気付かず、無責任な行動をしたことに初めて気づき、後悔した。そのインコは私に飼われなければ、もっと幸せな生涯を送っていたかもしれない。その時、ようやく命の重みを実感した。それ以来、「自分には生き物を飼う資格がない」と自覚し、その件がトラウマとなって何も飼えなくなったのだ。また、こんなこともあった。姉が学生時代を送っていた時に飼っていた虎猫を実家に連れて帰って来た。その時、半年くらい我が家で家族同然に過ごした。生後1年くらいの子猫で、オスだったが、あまりにも可愛くて「小梅」と名付けて可愛がっていた。しかし、或る日を境に、家から飛び出して姿が急に見えなくなった。行方不明になって一週間後位の夜に、やっと帰って来たと思ったら、足取りもおぼつかない瀕死の状態で、フラフラになっていた。そして興奮状態で大暴れしたと思ったら、ぱたっと動かなくなった。急ぎ動物病院に連れて行って診察したが、亡くなっていた。恐らく他の猫と喧嘩したか、あるいは車にはねられたかしたのだろう。しかし、最期の力を振り絞って、必死の形相で飼い主の元へ帰って来たことが奇跡だった。そしてそれは私が愛する祖母が亡くなった一週間後の出来事だったのだ。きっと祖母のお供をするために天国へ行ったのだと思った。それ以来、私は動物を飼うことを頑なに拒んで来たのだった。

 自分の失敗を棚に上げているようで、何を言っても弁解になるし、己も命をつないで行くためには動物の肉を口にしている身分で偉そうなことは言えない立場だが、動物の命の重みを感じ得ない人間は、生き物を飼うべきではないように思える。自己都合で見放した動物たちの末路は非業の死である。どうか今回の映像を無にせず、安易な発想で動物を捨てないで頂きたい。考え方ひとつで救える小さな命もあるのだから・・・。ひたすらそれを願ってやまない。

 記事作成:10月9日(日)

2011年10月14日 (金)

江戸川乱歩「美女シリーズ」の亡き名優たち

 昭和の時代、土曜日の夜に放送していた江戸川乱歩の「美女シリーズ」をご存知だろうか?今も続く「土曜ワイド劇場」の番組枠内で、約3ヶ月に一度の割合で制作、放送されていた大人気シリーズだった。天知茂扮する名探偵「明智小五郎」が、数多の殺人事件を独特な推理力を駆使して解決に導く。「犯罪の影に女あり」というが、まさにそれを地で行くような傑作ストーリーだった。奇想天外のトリック、それを暴く天才的な頭脳。そこにズッコケ警部の波越としっかり者の助手・文代、更には小林少年が絡む。しかし、やはり見どころは、完全犯罪を目論む真犯人と明智探偵のライバル対決。ある時は最大の好敵手・黄金仮面と対峙し、ある時は哀れな出生の秘密に翻弄され、犯罪に手を染めざるを得なかった美女たちの数奇な運命に温情を示す。

 このシリーズは刑事物にありがちなカッコいいテーマソングも大ヒットした要因だが、やはりその奇抜な先の読めない展開を見せるストーリー性にあった。予想を覆すような犯罪美学の数々。私は中高生時代にこの番組の虜になった。妖しい美女達の妖艶な姿に目を奪われたこともしばしあった。決まって美女の入浴シーンがあって、ちょっと当時、中学生の私には刺激が強すぎたが・・・。その場面だけが視聴率アップしたから、それを手本に「水戸黄門」の由美かおるのお色気入浴シーンが誕生したのかもしれない。この内容に関する記事は、2年ほど前に、当ブログで紹介しているのでそれを参考にして頂きたい。

「名探偵 明智小五郎」とテーマソングはコチラ(ログインが必要です。)↓

http://www.nicovideo.jp/watch/sm19812180

 さて、今回のテーマは、私が愛して止まなかったこのシリーズに出演した俳優たちで、今はもうお亡くなりになった方々を紹介するという企画です。それでは名優たちを回顧して行きたいと思う。

 天知 茂

 ご存知、明智小五郎役として一世を風靡した名優。ニヒルとかハードボイルドという形容詞が打ってつけな存在だった。それもその筈、もともとは彼は悪役が多かった。それに「非情のライセンス」という刑事ドラマで、渋みのある冷血の主役を張った。眉間に、横に皺が寄る珍しい顔立ちをされていた。『非情のライセンス』では、主題歌「昭和ブルース」を持ち前の渋くて低音で歌ってヒットさせた。1931年3月4日-1985年7月27日。愛知県名古屋市出身。血液型はB型。死因は急死とも言える、くも膜下出血だった。渋谷区の日赤医療センターにて急逝。満54歳で没。本名(俗名)は「臼井登」。

Amachi Amachi2  

 追記

 平成25年10月22日(火)に、彼が眠る霊園を訪問し、お墓参りを敢行した。あれから28年以上の月日が流れてしまったが、心からご冥福をお祈りしてきた。詳しくはコチラをどうぞ

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/1022-6804.html

 荒井 注

 「明智小五郎」の盟友で、良き理解者だった警視庁の「波越警部」役として出演した。ズッコケが素で、おっちょこちょい。そしておとぼけ上手で調子が良い。憎めないキャラだ。彼の存在が、血なまぐさい事件をテーマにした番組の中で、場を和ませる特異なキャラクターを演じていたように思える。
 彼の生没年は1928年7月30日 - 2000年2月9日。ご存知ザ・ドリフターズの元メンバーで、日本を代表するコメディアンだった。決め台詞「This is a pen.」と「何だバカヤロウ!」は彼の代名詞となった。ドリフ脱退後は俳優に転身。このシリーズが当たり役となった。役柄的には抜けた印象を醸すが、実は頭が良く、立教大学文学部を中退し、その後二松学舎大学に転学し、卒業した。国語の教員免許を持っていた。2000年2月9日、静岡県伊東市の自宅(『荒井注事務所』という所属事務所を併設していた)で入浴中に肝不全のため急逝。弔辞を読んだのはいかりやであった。私は何を隠そう、その日、職場の慰安旅行で伊豆半島を旅行中で、黄金仮面でロケ地となった城が崎の吊り橋を訪問した際、告別式の模様を中継するために伊豆半島へ向かうテレビの中継車と出くわした。血液型はA。 

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 田村高廣

 ご存知、田村3兄弟(4兄弟)の長兄。阪東妻三郎の長男でもある。生没年は1928年8月31日 -2006年5月16日。京都府出身。同志社大学経済学部卒のエリート俳優でもあった。個人的には「二百三高地」の乃木将軍役が彼のハマり役だと思っている。明智小五郎シリーズでは、1979年放送の、金沢碧の夫役で、白髪の老人として登場した「宝石の美女」に出演した。妻とその愛人の企みによって、生きたまま蔵の中にある棺に閉じこめられ、死に物狂いで命からがら脱出した彼は、一瞬のうちに髪が総白髪に変わっていた。復讐を心に決めた彼は、サングラスをかけ、名を偽って妻に近づく。鍵を振って廻す癖で本人と見抜かれる。血液型はOだった。

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 西村 晃

 「浴室の美女」では、父親がむごたらしい死に方をし、その復讐のために自分の娘をその相手の子供とすり替えて潜り込ませ、20年越し以上かけてその目的達成するというもの。彼は「魔術師」として登場。船の中にアジトを構え、奇怪な面を付け、そこに埒した明智と対面したり、奇抜な手段で挑戦をする。最後は、明智の知恵の前に敗れ、服毒自殺を図ったが、彼の執念は怨念となって残り、復讐劇を娘・妙子によって完成させた。彼のプロフィールは以下の通りだ。

 日本大学専門部芸術科卒。 故人。 1923年1月25日生まれ。 北海道出身。多くの日活映画に登場し悪役を演じる事が多かったが、1964年の主演映画『赤い殺意』において、日本映画記者会男優賞、ブルーリボン賞男優助演賞などを受賞する。1983年より、東野英治郎の後を受けて人気TV番組『水戸黄門』の水戸光圀役を演じ、東野黄門とはまた違った、スマートで品の良い二代目黄門像を確立。92年まで出演した。面白い仕事としては、 映画『ルパン三世 ルパンVS複製人間』で、悪役マモーの声をあてており、見事な怪演を見せている。1997年4月15日、心不全のため他界。享年74歳。愛妻家としても知られていた。夫人が先立った時には、棺の中の亡きがらにすがり、キスをしたエピソードは有名。血液型はB型。

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 岡田英次

 1920年6月13日生まれ- 1995年9月14日死去。千葉県銚子市出身。身長166センチメートル。慶應義塾大学経済学部卒業のインテリ俳優だった。1949年、『花の素顔』で映画デビュー。翌1950年、今井正監督の『また逢う日まで』で久我美子の相手役を好演し、一躍注目を浴びる。この映画での岡田と久我のガラス越しの接吻シーンは戦後の自由な映画を象徴するものとして有名である。「江戸川乱歩シリーズ」では、3つの作品に出演した。「黒水仙の美女」(「暗黒星」1978年) - 伊志田鉄造役、「エマニエルの美女」(「化人幻戯」1980年) - 大河原義明役、「鏡地獄の美女」(「影男」毛利役)である。私は「エマニエルの美女」の有名作家としての彼の名演技が脳裏に焼き付いている。不能になりながら、若い妻を繋ぎとめておくために、助手をあてがい欲求を満たしたり、濡れ場や危ない絡みのシーンも数多くあった。今風に言えば単なる「エロじじい」だ。1995年9月14日、心不全のため死去。75歳没。血液型はO型だった。

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 荻島眞一

 彼は複数回、このシリーズに出演して好評を博した。好青年風の外見とは裏腹に、実は犯人役や共犯役が多かった。「白い人魚の美女」(緑衣の鬼1978年)と「白い乳房の美女」 (地獄の道化師1981年)に出演した。プロフは以下の通り。

 1946年10月7日 - 2004年11月11日)は、日本の俳優、 声優。東京都西多摩郡五日市町出身。身長170cm。旧芸名は荻島 真一。多摩芸術学園演劇科卒業。劇団四季に入団後、1971年に舞台『信長記』でデビュー。NHKの連続テレビ小説『おていちゃん』やTBS『隠密剣士突っ走れ!』主演など、テレビドラマや映画などに二枚目役で出演、1980年代には2時間サスペンスドラマには欠かせない俳優であった。舞台にも多数出演した他、『スター千一夜』、『クイズおもしろ料理館』の司会、『午後は○○おもいッきりテレビ』のレギュラーコメンテーター、ブルース・ウィルスの吹き替えなど多方面で活躍した。2003年秋頃、がんの中でも少数派かつ早期発見が難しいとされている胆管がんに冒されていることが判明し治療を受けていたが、翌2004年11月11日、自宅で死去。58歳の若すぎる衝撃的な死だった。血液型はO

Ogishima

 早乙女愛 

 彼女は若くして外国に手その命を終えた。「化粧台の美女」江戸川乱歩の「蜘蛛男」(1982年)に出演した。

 1958年12月29日 - 2010年7月20日が生没年。 女子高生だった1974年(昭和49年)、漫画雑誌『週刊少年マガジン』に連載されていた、梶原一騎原作の漫画 「愛と誠」が映画化されるにあたり、主人公・太賀誠を演じる西城秀樹の相手役が公募された。友人と共に応募し、4万人の中から選出され、松竹と専属契約。同年、映画での役名と同じ「早乙女愛」の芸名で映画デビューした。その後、脚光を 浴び、1日に400通ものファンレターが殺到するほどの人気となった、その後も清純派女優として活躍を続けた。2000年の映画『新・仁義なき戦い』への出演を最後に芸能界を引退した。2002年頃よりアメリカに在住していた。2008年に離婚し息子と2人で暮らす。2010年7月、シアトルの病院で死亡したことが発表され、死因は多臓器不全とされた。血液型はA

Saotomne

 三ツ矢歌子

 記念すべきこのシリーズ第1作目の栄えある初代美女だった。出演は「氷柱の美女」だった。 存在感抜群の和服美人だった。

 1936年8月1日‐ 2004年3月24日が生没年。大阪府堺市東区出身。血液型はA型。夫は絵が監督の小野田嘉幹。昭和30年、学生時代からの女友達が内緒で新東宝の新人募集に応募書類を送って見事に合格し、第4期スターレットとして入社(同期に北沢典子、原知佐子、万里昌代、朝倉彩子らがいる)。1956年の映画「君ひとすじに」で女優デビュー。1961年の新東宝倒産後はテレビドラマに活動の場に移し、主に昼ドラマで活躍(出演作が必ず2桁視聴率を獲得する人気を得ていたことから、昼メロの女王と呼ばれた)。2004年3月24日、間質性肺炎のため都内の病院で死去。67歳没。

Mitsuya

 草薙幸二郎  

 脇役で、特に学者役が多かった。エマニエルの美女 江戸川乱歩の「化人幻戯」(1980年) - 福本教授役、五重塔の美女 江戸川乱歩の「幽鬼の塔」(1981年) - 鶴田正雄役、天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」(1982年) - 菰田家の執事役、湖底の美女 江戸川乱歩の「湖畔邸事件」(1982年) - 加賀役。以上4作品ともっとも多く出演しており、貢献度はすこぶる大きい。プロフは以下の通り。

 1929年9月19日 - 2007年11月11日)は、東京市王子区(現・東京 都北区)出身の俳優。本名は草薙 幸次郎。日本大学文学部哲学科中退。劇団民藝在籍中の1953年に映画『夜明け前』でデビュー。1956年には今井正監督の『真昼の暗黒』で主役に抜擢され、第1回製作者協会の新人賞を受賞して注目される。その後は日活映画を中心に活動。アクション系作品では凄腕の刺客や謎の中国人などを怪演し、特異な個性を持つ敵役として強烈な存在感を見せた。映画産業の斜陽化後はテレビドラマにも活躍の場を拡大。時代劇から現代劇まで、主にインテリ系の悪役を様々な作品で演じてきたが、近年では悪役以外の老け役にも演技の幅を広げていた。2007年11月11日、間質性肺炎のため東京都三鷹市の病院で死去。78歳没。

Kusanagi

 牟田悌三 

 「湖底の美女」(1979年)江戸川乱歩の「湖畔亭事件」(1982年)に鶴田三造役で出演した。

 1928年10月3日 - 2009年1月8日。俳優だけでなく社会福祉活動家である。東京都出身。麻布高校、北海道大学農学部卒業。テレビ放送の黎明期から、主としてホームドラマを中心として活動。大学在学中にNHK札幌放送劇団に入団。劇団テアトル・エコーの創設メンバーの1人。1970年代の子供向けドラマ『ケンちゃんシリーズ』の父親役が有名。温厚な人柄が全国の視聴者の人気を集めた。2009年1月8日、世田谷区深沢の自邸で入浴中に倒れて病院に緊急搬送され応急措置が執られたが23時33分、虚血性心不全で死去した。80歳没。

Muta

 小池朝雄 

 「天国と地獄の美女」江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」(1982年)-大野雄三役

 1931年(昭和6年)3月18日 - 1985年(昭和60年)3月23日。日本の俳優・声優。代表作のひとつである『刑事コロンボ』など、洋画・海外 ドラマの吹き替えを担当した。アニメ『あしたのジョー』のエンディング・テーマ『ジョーの子守唄』では歌手も務めた。勝プロ製作の映画・TVドラマや、ヤクザ映画『仁義なき戦い』シリーズの常連。その一方で映画『日本暗殺秘録』では理不尽な融資打ち切りに遭う温厚な経営者や、テレビドラマ『野性の証明』では沈着冷静に捜査する刑事役ど、善人・悪人と分け隔てなく演じて、上記作品の他には別項の映画・テレビドラマに出演した。本人は「よく考えてみると、ぼくのやりたいのは、全部、狂人なんだな」と語っていた。声優としては、洋画でピーター・フォーク、ジーン・ハックマンなどを持役とし、特に『刑事コロンボ』のコロンボ役は小池の当たり役になった。アニメでは『長靴をはいた猫』の魔王ルシファ、『どうぶつ宝島』のシルバー船長などがある。1985年3月23日肺不全のため東京都国立がんセンターで死去。54歳の若さだった。

Koike

 小坂一也

 「宝石の美女」江戸川乱歩の「白髪鬼」(1979年)に出演した。主役の金沢碧の愛人役で、夫を殺害しようと企てるが失敗。復讐され、電気仕掛けの恐怖椅子で串刺しとなって壮絶な死を遂げる役どころだった。 

 1935年5月30日 - 1997年11月1日)は、日本の俳優、歌手。愛知 県名古屋市生まれ。高校中退後の1954年「ワゴン・マスター」でデビューし、カントリーミュージックのアイドル的な存在として人気を博す。また、1956年からはいち早くエルヴィス・プレスリーのカバーにも力を入れており(そのため。「元祖和製プレスリー」とも呼ばれている)、日本で最も早くロックンロールを発表した一人でもある。『NHK紅白歌合戦』にも3回連続出場した1957年に映画デビュー、東宝・松竹の映画に出演した。私生活では1974年1月、長年の同棲相手だった女優・十朱幸代と挙式するが、同年中に破局している。晩年も闘病生活の中、俳優・歌手として活動したが、1997年11月、食道がんのため死去した。

Kosaka

 レオナルド熊

 1935年6月27日- 1994年12月11日は、北海道新十津川町出身のコメディアン。石倉三郎と組んだ『コント・レオナルド』で一世を風靡した。『江戸川乱歩の美女シリーズ・人間椅子』では、美女が座る椅子を溺愛する変態男を熱演し、怪優としての側面も見せた。1994年10月に末期の膀胱がんと診断され、ホープ、マギー司郎らの『田端グループ』によって「ガン祝いの会」を開かれた。2ヶ月後の12月11日、家族と焼肉を外食した直後に容体が急変し、搬送先の国立第二病院で死亡が確認された。59歳没。

Kuma Kuma2

 これ以外にも、入川保則もまたがんと闘い、闘病生活を長らく送った末にお亡くなりになられた。彼は「赤いさそりの美女」と死刑台の美女」と「五重塔の美女」に出演した。インテリ医師役が打ってつけだった。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 もちろん、脇役を含めればもっと仰山の俳優さん達がこの世を去っている。ここに挙げたのはほんの一握りである。おまけに、この番組に出演した俳優・女優さんで、最近見かけない方々、引退してしまった方、あるいはご無沙汰の方々を紹介したい。(大勢いるので、名前と出演作品名のみ掲載)

 泉じゅん・・・「黒水仙の美女」江戸川乱歩の「暗黒星」より(1978年)

 夏純子・・・「白い人魚の美女」江戸川乱歩の「緑衣の鬼」より(1979年)笹本芳枝役 

 小川真由美・・・「悪魔のような美女」江戸川乱歩の「黒蜥蜴」(1979年)

 白都真理・・・「白い乳房の美女」江戸川乱歩の「地獄の道化師」(1981年)

Izumi Natujunko Sirato

 片桐夕子・・・「白い乳房の美女」江戸川乱歩の「地獄の道化師」(1981年)

 結城しのぶ・・・「大時計の美女」江戸川乱歩の「幽霊塔」(1979年) - 野末秋子役

 宇都宮雅代・・・「赤いさそりの美女」江戸川乱歩の「妖虫」(1979年)

Katagiri Yuuki Utsunomiya

 松原千明・・・「湖底の美女」江戸川乱歩の「湖畔亭事件」(1982年) - ゆかり役

 中島ゆたか・・・「鏡地獄の美女」江戸川乱歩の「影男」(1981年) - 紺野百合江役

 蜷川有紀・・・「化粧台の美女」江戸川乱歩の「蜘蛛男」(1982年) - 山際洋子役

Matsubara Nakajima Minakawa

 松橋登・・・「氷柱の美女」江戸川乱歩の「吸血鬼」 (1977年) - 三谷房夫役
        「大時計の美女」江戸川乱歩の「幽霊塔」 (1979年) - 股野礼三役

 柏原貴・・・ご存知、小林少年で文代と共に殆ど作品に明智の助手として活躍した。
       「冬ソナ」のサンヒョク役の「パクヨンハ」に似ていた。 

 高橋昌也・・・「白い乳房の美女」江戸川乱歩の「地獄の道化師」(1981年) - 相沢京介        
         「湖底の美女」江戸川乱歩の「湖畔亭事件」(1982年) - 河野陽水
         「黒真珠の美女」江戸川乱歩の「心理試験」(1985年) - 徳田礼二郎

 追記:高橋昌也さんが2014年1月16日に83歳の天寿を全うされました。謹んでご冥福
    をお祈り申し上げます。

Matsuhashi Kashiwabara

 西田健・・・「鏡地獄の美女」江戸川乱歩の「影男」(1981年)

Takkahashimasaya Nishida

 高橋洋子・・・「浴室の美女」江戸川乱歩の「魔術師」(1978年1月7日)

 田中真理・・・「桜の国の美女」江戸川乱歩の「黄金仮面Ⅱ」(1980年)

 金沢碧・・・「宝石の美女」「鏡地獄の美女」(1981年)

Takahashi Kanazawa

 この番組に複数回出演した方

 中尾彬(死刑台の美女・妖しい傷あとの美女)・岡田奈々(魅せられた美女・白い乳房の美女)・夏樹陽子(浴室の美女・エマニエルの美女)、奈美悦子・叶和貴子など。

Okadanana Natsuki Kanou

 それ以外に私が「土曜ワイド劇場」で好きだったのは、「恐怖の人喰い鱶 鱶女」(夏樹陽子主演、「復顔 整形美女の復讐」(市毛良枝主演1979年)、「幽霊温泉シリーズ」(田中邦衛・浅茅陽子主演)、「松本清張の声・ダイヤルは死の囁き」(米倉斉加年・音無美紀子主演1978年3月11日)、京都嵯峨野にある化野念仏寺を舞台にした怨念の番組「京都妖怪地図・宇都宮雅代主演」のインパクトが強かった。どれも際どいシーンがあるが、どうもそっち系になってしまう(苦笑)。

 それではこの名作に、その名を残した往年の名優たちを偲びながら、以下の動画を楽しみながら結びとしたい。

http://www.youtube.com/watch?v=om6gADEIuDA

<関連ブログ>

 名探偵「明智小五郎」はコチラ↓

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-ec3b.html

 記事作成:10月4日(火)~5日(水) 

 追記

 12月24日(土)に俳優の入川保則さんがお亡くなりになりました。がんを患い、延命治療を拒否して懸命に闘病生活を送っておられましたが、本日還らぬ人となりました。生前のお姿に思いを馳せ、在りし日の名演技を偲びつつ、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

 追記(平成26年1月23日)

 このシリーズに複数回出演なさった高橋昌也さんが、1月16日に83歳でお亡くなりになられたことが明るみになった。昭和を代表する名脇役がまた一人天国へ旅立ち、残念でいたたまれない。断腸の思いだ。心からご冥福をお祈り申し上げます。

 追記(平成27年11月15日)

 ゴロさんという方から、本記事の内容で、誤字や記述の間違いがあるとのコメントをいただき、当方で確認したところ、ミスが判明しました。4年以上前の記事で、読み返すことが少なく、なかなか発見できませんでしたが、これを機に正しい記載事項に修正することができました。ご指摘いただいたゴロさんには厚く御礼申し上げます。

 追記(平成30年10月27日)

 この日、「黒水仙の美女」で三重野早苗(看護師)/元サーカス出身の娘役を演じられた女優の江波杏子さんがお亡くなりになられました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

2011年10月 6日 (木)

バブル時代の寵児・河合その子

 バブル景気の絶頂にあった1985年に放送をスタートした或る「情報バラエティ&エンターテイメント番組」が、ひとつの革命をもたらした。それは40歳以上の方なら誰もが知っていたであろう、平日の夕方5時から1時間に渡って放送された「夕やけニャンニャン」だった。素人参加型の生放送番組で、あたかも「笑っていいとも」のように、1時間の枠内に工夫を凝らした飽きさせないコーナーを数多く盛り込み、夕方の時間帯を小中高生を中心に大いに楽しませていた。そして何よりその時間にその番組に向かわせたものは誰あろう、番組から誕生した素人アイドル集団「おニャン子クラブ」である。元々は土曜日深夜に放送していた女子大生のお色気番組「オールナイトFUJI」の特別企画・女子高生版から生まれたものである。それを夕方のクラブ活動のような設定で始まったものだった。しかし放送直後から視聴率はうなぎ登り。帰宅部の高校生などに大いに持て囃された。おニャン子クラブは、番組内の公開オーディション「アイドルを探せ!」というコーナーで、5日間にわたってエントリーした女の子達が、特技や水着披露様々なパフォーマンスを行い、最終日の審査に合格すると晴れて「おニャン子クラブ」の一員となれる画期的な仕組みだった。だから個性溢れる女子高生達が、わんさか応募し、明日のスターを夢見ていた。

Onyanko Onyanko1

 放送当時、私は北海道で大学生活を送っていたのだが、故郷の福島県ではネットしていなかった4月当初から、北海道文化放送(UHB)にて番組を視聴していた。しかし、私のアパートには共同アンテナが無く、やむを得ず室内アンテナを駆使し、UHF系は映りが悪いながらも、チラつく画面で何とか見ていたのだった。

 おニャン子クラブは「夕やけニャンニャン」が放送を開始してからおよそ2年半に渡って空前の「女子高生」ブームを築いた。それはまさに時を同じくして沸き起こったバブル景気の真っ直中にあり、その時代の寵児とも呼ぶべき象徴的な存在になった。その間、毎月のように代わる代わる新曲をリリースし、いずれも大ヒット。また、これに味をしめて、その中から幾つかのユニットを結成し、次々CDを世に送り続けた。こうした戦略は今でもAKBで垣間見られるだろうが、おニャン子クラブを陰で操り、多種多様な仕掛けを繰り出し、プロデュースし続けたのは、誰あろうあの秋元康だったのだ。今のAKBとまでは及ばないが、そのセールスは当時のトップクラスで、オリコンで上位を独占するほどだった。そして、今のAKBと手法は同じで、大人数で活動し、CDだけでなく、ファッションブランドのマスコット(SAILORSやHIP'S ROAD)としてリーダー役も果たした。

 また、海外でのPV撮影やコンサートの模様をビデオ化したり、「おニャン子ザ・ムービー危機一髪」と題した映画にもなった。コンサート活動も積極的に取り入れ、日比谷野音のファーストコンサートを皮切りに、武道館や横浜スタジアムでもライブを行った。また、グラビアを飾ることは茶飯事で、歌番組(ベストテン番組や夜ヒット)にも度々登場した。そしてどんどんメンバーを増やし、大所帯に膨れあがった。彼女たちにはクラブ会員のように会員番号が付いた。例えば「会員番号4番、新田恵利」という具合だ。そしてそれまで歌になってしまったのだった。「会員番号の唄」「新会員番号の唄」である。自己の性格や特技をショートフレーズでアピールする歌詞だった。また、笠井プロデューサー、港浩一ディレクター、作曲家の後藤次利なども参入し、番組成功に一役買った。また、司会を務めた片岡鶴太郎(二代目はあの田代まさし)、異質な雰囲気を奏でた松本小雪、それにおニャン子の兄貴分のとんねるずもまた番組には欠かせない存在だった。

Yunyan

 当時は、恐らくそれぞれお気に入りのメンバーがいたと思う。ちなみに私が5人ピックアップするならば、以下の通りだ。

  1.富川 春美 O型 千葉県出身。八重歯が可愛い。マリンスポーツインストラクターを務めた。私は松戸市にある彼女の高校までツーリングがてら訪れたことがあった。

  2.河合その子 B型 愛知県出身。あどけない人形のような顔立ちとおっとり性格。番組や持ち歌の作曲を担当していたアイドルキラー・後藤次利と結婚した。(彼は木之内みどりと逃避行した経歴を持つ)

  3.高井麻巳子 O型 長身で、ゆうゆこと岩井由紀子と「うしろゆびさされ組」を結成。私は同じO型の女優・有森也実に似ていると思っていた。番組内の中継で、たまたま原宿に買い物に訪れていた彼女がインタビューに応じ、そのまま「アイドルを探せ」に挑戦することになった。どうも出来すぎた話だが、これがきっかけとされている。現在は何と、秋元康の夫人である。おニャン子の頃から唾を付けていたとしか思えない。「女房と畳は若い方がいい」というが、商売品に手を付けてしまったようだ。それほど魅力的だったのだろう。ちなみに秋元康の血液型は、儲けの天才「O型」である。

Tomikawa Takai

  4.新田恵利 O型 埼玉県出身。最近、国生さゆりと確執があったことを暴露。彼女は恋愛御法度と言われていたおニャン子の中で、高校時代から付き合っていた彼氏がいたようだ。私は上福岡にあった彼女の高校までツーリングの途中に立ち寄ったことがあった。

  5.永田ルリ子 O型 愛称ルリルリ。関根勤の「東京ベストヒット」で、城之内早苗、白石麻子と共に番組アシスタントを務めていた。可愛らしいリアクションが良かった。色白で丸顔。感受性豊かなO型の典型。

Nitta Nagata

 やはり私が好きになるのはどうしてもO型中心になってしまう。岩井由紀子や横田睦美も結構気に入っていた方だ。A型の国生さゆり、内海和子、立見里歌は、気が強そうでどうも合わない感じがする。A型で好きだったのは、後に「うしろ髪ひかれ隊」のメンバーに入った斎藤真喜子だけだった。福永恵規、中島美春、白石麻子は普通だった。それならむしろB型の渡辺満里奈や渡辺美奈代、布川智子のほうが好きだった。

 そんな中、先陣を切ってソロデビューを果たしたのが、本日取り上げる「河合その子」だった。彼女はまるでお人形さんのような容姿で、瞳が大きく、色白。甘ったるい印象を醸し出す、ややおとなしめの存在で、アイドル全盛期のバブル期にあって、大人数のおニャン子の中でも一際輝く存在だったと思う。聞けば、プラトニック系の雰囲気を漂わせる、やはりB型アイドルだった。この型のアイドルは、一風変わった不思議キャラを醸す少女が目立った。例えば、「ゆうこりん星から来た」と憚らなかった夢見る少女・小倉優子、のりピー語を駆使し、「のりぴーワールド」を築いた酒井法子、そして日本美人の様子を窺わせたWINKの相田翔子、そして私も大好きだった桃子信者を多数作った清純派代表の菊池桃子など。何となく似た雰囲気を持っている。このB型アイドルには何故か熱狂的なファンが付く。この頃はやたらとB型のアイドルが多かったように思う。前述したアイドルに加え、堀ちえみ、松本伊代、志村香、吹田明日香もそうだった。河合その子もまたそうした部類に入ると思っている。それでは彼女のプロフィールを紹介しよう。

 1965年6月20日、愛知県知多郡横須賀町出身。日本福祉大学附属高校卒。特技は弾き語りができるほどの腕前のピアノ。芸能界入りのきっかけは、CBSソニー主催のオーディション「ティーンズ・ポップ・コンテスト」に参加し、準優勝に選ばれたこと。地元就職が決まっていた。番組発足時のメンバーではなく、「ザ・スカウト アイドルを探せ!」のコーナーに出演し、合格してメンバー入りした。会員番号は12番だった。渡辺プロからイザワオフィスに移籍した。後藤次利と結婚後は専業主婦となり、実家近くで生活していたが、2010年のCMに出演し、芸能活動を再開した。松田聖子の大ファンだった。おニャン子時代のキャッチフレーズは「永遠の少女」だった。わかる気がする。

Kawai Sonoko

 それでは彼女のリリースした数々のシングルの内、私が選ぶベスト5を紹介(動画は3位まで)したい。なおリンクした動画は予告なく削除されることがあります。

 1位  青いスタスィオン(1986年3月) 卒業後最初のシングル

http://www.youtube.com/watch?v=veg6vHXiA3U&feature=related 

 2位 恋のチャプターA to Z(1985年9月) 涙の茉莉花LOVEのB面

http://www.youtube.com/watch?v=guvI7CUkZdA

http://www.youtube.com/watch?v=6DBcYMsbOls&feature=related

 3位 涙の茉莉花LOVE(1985年9月)ソロデビュー曲

http://www.youtube.com/watch?v=yfSzIN_3Rn0

<お宝映像>

http://www.youtube.com/watch?v=QlP56CZjZoE&feature=related

 4位 落ち葉のクレッシェンド(1985年11月)秋に相応しい曲

http://www.youtube.com/watch?v=aMmDMnfvNGc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=rA_biWVhPbg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=N8Bb3Ki-FVI&feature=related

 5位 哀愁のカルナバル(1987年2月)6枚目のシングル

http://www.youtube.com/watch?v=mAn6Yk9Jbtg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=8p-BCWYxzAU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=SzI2ogKanVA&feature=related

その他:「再会のラビリンス」はコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=FFdzfV5hKbw&feature=related

<おまけ映像>

http://www.youtube.com/watch?v=PKWC6Y6HcW8&feature=related

 以前、アイドルの変遷を辿る特別番組を放送していた時に、彼女の映像が流れた。ゲスト出演していたチャラ男こと藤森慎吾が彼女のVTRを見て、思わず「この子、可愛い~」と言っていたことがすべてを物語っていた。今見ても古さを感じないほどの可愛らしさ。純粋無垢で育った「お嬢さん」風の様相を呈していた。今も色褪せない映像が同時の人気の凄まじさを静かに物語っているような気がしてしまう。

 記事作成:9月30日(金)

2011年10月 3日 (月)

何故か惹かれるO型芸能人

 血液型で好き嫌いが決まる訳ではないと思うが、私はO型のせいか、昔から自分と同じ血液型の女性に惚れることが多かった。自然体で何の違和感もなく受け入れられるからだ。しかもO型女性は、感情表現が豊かでおおらか。天真爛漫な陽気さを持っている人が多い。個性的な人が大好きで、力関係に敏感。強い人に憧れる傾向がある。悪く言えば勝ち馬に乗る感じが強い。だから昔は巨人ファンが多かった。そして、物事に深くこだわらず、世の中の出来事を肯定的にとらえ、くよくよしない。だからお笑い好きが多い。そして甘え上手で愛情表現も至ってストレート。何でも許してくれそうな雰囲気(いわゆる、ゆるキャラ系)を醸し出している。スキンシップが大好きで、さほど抵抗感が無いのも男からすればスキがありそうでアプローチしやすい。そして、何故か赤い色が大好きで、単純作業も好む。逆に細かいことは苦手。そして環境に左右されやすい面がある。これがざっと見渡したO型の代表的な性質である。ところで、私がこれまで好きになる芸能人も同じ血液型の人が圧倒的に多かった。どこか同属意識があって、安心して見ていられるからだろうか。そこで今回は、私が今ハマっている3人のO型女性芸能人を紹介したい。

 瀧本美織

 彼女を最初に見た時、直感的に「中山美穂と鶴田真由を足して2で割ったような感じかな?」と思った。彼女がO型と聞いて「なるほど、やっぱり」とも思った。今挙げた2人も同じ血液型だ。どことなく顔形だけでなく雰囲気や仕草まで似てしまうものだ。彼女は鳥取県出身だが、幼少の頃から地元のCMに登場したり、SPEEDのようなダンスユニット「SweetS」を結成し、CDデビューやプロモなどにも出演するなど小学生の頃から芸能界で活躍して来た。現在はまだ19歳(あと2週間後に20歳!)である。映画デビューが先で、オカルトチックな「彼岸島」に出演したが、ご存知NHKの連続テレビ小説「てっぱん」のヒロインに抜擢され、注目されるようになった。数千人の中からオーディションを勝ち抜いて選ばれたのだから、「何か持っていた」に違いない。そして3月末の放送終了後、その演技力が認められ、民放からもすぐにオファーがかかった。そして韓国ドラマのリメイク版の「美男ですね」の双子の男女二役に起用され、このほど全11話の収録と放送を終えたばかりだ。そして初体験となるキスシーンも演じ、なんと合計で3度もジャニーズの玉森裕太と絡んでしまった。自分の娘のように思っていただけにショックは隠せないが、演技の幅を広げ女優として成長する上では避けて通れないことなのかもしれない。そして実際の彼女は底抜けに明るく超元気印。ドラマでは涙を流し、泣くシーンが多く、出生の秘密に翻弄されるなど悩み多き役どころが多かったが、女優としての経歴が短いのに、持ち前のガッツと明るさで乗り切った。私は「てっぱん」の村上あかり役を演じた彼女が大好きで、何度も繰り返しDVDを見た。それだけでは飽き足らず、今夏は無料高速を利用して、物語の舞台でもあり、ロケ地ともなった広島県の尾道市まで出向いた。それくらい思い入れが強いドラマだった。「美男ですね」の美男と美子の二役を演じたが、こちらでも所属するアイドルグループの「A.N.JELL」の活動を行い、カミスンに出演してプロモ―ション活動を行ったり、遂にはCDデビューまで果たした。キーボードを担当し、同時にヴォーカルも行う。第4話では、レコーディングシーンで、その美声を披露し、周囲の度肝を抜いた。「Alone~言葉もなく~」はバラードの名曲だと思っている。

 現在、彼女は亜細亜大学経営学部に籍を置き、学生と女優の二足のわらじを履いている。多忙を極める身の上だが、両立して頑張って欲しい。ぜひまた新ドラマでお会いしたいと願っている。

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「Alone 言葉もなく」

 

 山岸舞彩

 1987年2月9日生まれ / みずがめ座 / 東京出身。日本女子大学卒業。現在はセント・フォース所属。東レのミズギキャンペーンガールとしてスーパーモデルをこなす傍らで、NHKのサタデ―スポーツとサンデースポーツのキャスターを務める才女。何と女子大の名門、日本女子大学を首席卒業したエリート。丸顔で色白、足がすらりと長く、ナイスなプロポーション。愛嬌のあるアンニュイな顔立ち、しかも口と歯が大きいのはまさしくO型の典型。ミニスカートから伸びた美脚には思わずうっとり。瞳が大きく、吸い込まれそうな感じ。丸顔で色白なのは、何故かアンパンマンに登場するドキンちゃんを彷彿させる。中学時代にゴルフで関東6位、2005年から毎日書道展に7年連続入選、2010年の第62回毎日書道展では「かな部1類」でただ一人U23新鋭賞を受賞と多才な面もある。2009年12月には現代書道研究所の教育部師範試験に合格し、翌2010年1月に師範免状を授与された。驚きの経歴の持ち主で、謎多き魅惑の女性である。9月25日のサンデースポーツで、女子プロ顔負けのゴルフの腕前を披露した。やはり球技に滅法強いO型の血筋そのままだ。

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 お宝映像・・・(ちょっとドキドキするかも!?)

http://www.youtube.com/watch?v=CWixbn3nfxM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=14tXczW-_iw&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=x-KZ981oOnw&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=-Dc4aTdFK9Y&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=fPIMlWs82KY&feature=related

 長野美郷

 彼女はもう3年以上「めざましテレビ」でお天気お姉さんを務めている朝の顔だ。爽やかな笑顔と、そしてアンニュイなその雰囲気に癒されている男性諸氏は多いだろう。やはりO型にありがちな愛嬌のある丸顔で色白。そしてやや垂れ目の感じがなんともあどけなさが残り、可愛らしくてたまらない。誰が見ても純粋培養のいい所のお嬢さん。最近同じ事務所のお天気コーナーの先輩でもある皆藤愛子アナ(愛ちゃん)のスカートの丈が短くなるにつれ、彼女のスカートも短くなっている気がする。毎年夏には県外に飛び出し、キャラバン隊として全国津々浦々を旅しながらお天気リポートを行っている。今年もロックと一緒に全国を行脚した。彼女のプロフ等は既に当ブログで3度紹介済み。ここで長々と書いたのでは野暮というもの。現在24歳。身長は157cmで実はグラマラス。愛知県出身で上智大学卒の才媛で、顔やスタイルはもちろん、その知性までも、天は二物も三物も与えてしまったようだ。セント・フォース所属なのだが、フジテレビ専属のような感じで他局に出演できないのが残念。私としては女優・長野美郷を見てみたい気がしてならない。

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http://www.youtube.com/watch?v=e-dkvMJhKNg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=vbv1_VJB2_0&feature=related

 他にも安田美沙子、加藤綾子(フジTV)、蓮佛美紗子、吉高由里子、北川景子らは私が好意をもっているO型の人たちだ。そして、私のO型贔屓は、今に始まったことではなく、昔から岡田奈々、桜田淳子、木之内みどり、伊藤つかさ、小泉今日子、富川春美、森高千里、鶴田真由などO型の芸能人を好きになるケースが多かった。歌手では本格派の美空ひばり、坂本冬美らである。

 一方で、なぜかA型女性はあまり好きになれなかった。理由は表情や性格がやたら不自然な印象を受け、作った感じがしてしまう。一見、清楚で落ち着いた印象はあるのだが、O型の私から見ると、表の顔と裏の顔の差があり過ぎる印象(かなりの偏見だが・・・)を抱いてしまうのだ。一度、A型の女性と付き合ったことがあるが、プライドが高く、絶対に自分の非を認めず、お高くとまっている印象を受けた。なおかつ気性が荒く、細かいことを気にしすぎて扱いづらい。更には負けず嫌いな性格に嫌気が差してあまり長続きしなかった。O型は基本的に面倒臭いことが嫌いで、ありのまま生きていきたい性質。上から目線の女性や短気でヒステリックな女性、気高くお局気取りの女性をとことん嫌う。森尾由美、中森明菜、沢尻エリカなどは「性格が悪い」と芸能界でも評判だったし、アイドル時代にぶりっ子で有名だった松田聖子や田中みな実も、キャラを作っている印象は否めない。A型女性の本性は姉御肌の筈。山口智子、藤原紀香、松嶋菜々子、水野真紀、吉瀬美智子などどこかお姉さん風で大人じみた感じを醸しだす。お節介焼きなのが玉に疵なのがA型の特徴だ。A型で好きだったのは、おしとやかでおっとり系の竹下景子とチェ・ジゥ、それにZARDの坂井泉水くらいだった。 

 逆にA型と対極に位置し、正反対のB型には、結構好きな芸能人はいた。アイドルでは林寛子に始まり、榊原郁恵、菊池桃子、倉沢淳美、伊藤さやか、吉田真里子、松尾羽純(おかわりシスターズ)、相田翔子(WINK)、河合さとみ(AVアイドル)、河合その子、膳場貴子、皆藤愛子、小倉優子などである。B型のボーイッシュな感じやロック好きなところ、そして前向きで凝り性なところ、個性的なところなどには強く惹かれた。日本人以外では「チャイニーズゴーストーリー」シリーズに出演したジョイ・ウォンも大好きだった。B型は不思議キャラやメルヘンチックで夢みる少女が多い。

 そしてAB型に関しては、自分にないものをたくさん持っているような印象を受けるので、強い関心を抱く。しかし、AB型はO型の意に反してかなり淡白な関係を好む。O型のスキンシップ重視派とは正反対の性格。O型女性がAB型男性と付き合うと、確かに個性的で芸術性に富み、国際感覚やファンション感覚に優れる面、穏やかで平和的な関係を望む面にも惹かれるが、多少物足りなさを感じてしまう。

 さて、本論を外れたが、今回のテーマで言えば、O型は恋愛の主役になることが多い。しかも、O型の女性を巡り、男性同士が奪い合いとなるケースが多く見られる。いわゆる三角関係に発展しやすいのだ。O型特有の魅力が男性の独占欲を掻き立てるのかもしれない。「この子だけは誰にもとられたくない」とか、「自分が守ってあげたい」と思わせる何かがO型にはあるように思える。その独占欲は半端ではない。だから万が一浮気でもされたら、同じことで仕返しをしてしまう性格なのだ。自立よりもたれかかっていたいのがO型の根本姿勢なのだ。そして勘が冴え、女性は直感を頼ったり、インスピレーションに依存しやすい傾向がある。A型女性は気高いイメージがあって、ややとっつきにくい雰囲気を醸すが、O型は「長いものに巻かれろオーラ」をプンプン漂わせているので、自然と周囲に人が集まり、支えて貰える存在となる。「村上あかり」が良い例だろう。だから恋愛模様では、常にその中心にいるようになるのだ。そしてO型女性は、結婚が他の血液が他よりも何故か早いという傾向がある。もちろん人によりけりだが。O型のみなさん、心当たりはないでしょうか?

 記事作成:9月21日(火)~9月25日(日)

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