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2011年10月 6日 (木)

バブル時代の寵児・河合その子

 バブル景気の絶頂にあった1985年に放送をスタートした或る「情報バラエティ&エンターテイメント番組」が、ひとつの革命をもたらした。それは40歳以上の方なら誰もが知っていたであろう、平日の夕方5時から1時間に渡って放送された「夕やけニャンニャン」だった。素人参加型の生放送番組で、あたかも「笑っていいとも」のように、1時間の枠内に工夫を凝らした飽きさせないコーナーを数多く盛り込み、夕方の時間帯を小中高生を中心に大いに楽しませていた。そして何よりその時間にその番組に向かわせたものは誰あろう、番組から誕生した素人アイドル集団「おニャン子クラブ」である。元々は土曜日深夜に放送していた女子大生のお色気番組「オールナイトFUJI」の特別企画・女子高生版から生まれたものである。それを夕方のクラブ活動のような設定で始まったものだった。しかし放送直後から視聴率はうなぎ登り。帰宅部の高校生などに大いに持て囃された。おニャン子クラブは、番組内の公開オーディション「アイドルを探せ!」というコーナーで、5日間にわたってエントリーした女の子達が、特技や水着披露様々なパフォーマンスを行い、最終日の審査に合格すると晴れて「おニャン子クラブ」の一員となれる画期的な仕組みだった。だから個性溢れる女子高生達が、わんさか応募し、明日のスターを夢見ていた。

Onyanko Onyanko1

 放送当時、私は北海道で大学生活を送っていたのだが、故郷の福島県ではネットしていなかった4月当初から、北海道文化放送(UHB)にて番組を視聴していた。しかし、私のアパートには共同アンテナが無く、やむを得ず室内アンテナを駆使し、UHF系は映りが悪いながらも、チラつく画面で何とか見ていたのだった。

 おニャン子クラブは「夕やけニャンニャン」が放送を開始してからおよそ2年半に渡って空前の「女子高生」ブームを築いた。それはまさに時を同じくして沸き起こったバブル景気の真っ直中にあり、その時代の寵児とも呼ぶべき象徴的な存在になった。その間、毎月のように代わる代わる新曲をリリースし、いずれも大ヒット。また、これに味をしめて、その中から幾つかのユニットを結成し、次々CDを世に送り続けた。こうした戦略は今でもAKBで垣間見られるだろうが、おニャン子クラブを陰で操り、多種多様な仕掛けを繰り出し、プロデュースし続けたのは、誰あろうあの秋元康だったのだ。今のAKBとまでは及ばないが、そのセールスは当時のトップクラスで、オリコンで上位を独占するほどだった。そして、今のAKBと手法は同じで、大人数で活動し、CDだけでなく、ファッションブランドのマスコット(SAILORSやHIP'S ROAD)としてリーダー役も果たした。

 また、海外でのPV撮影やコンサートの模様をビデオ化したり、「おニャン子ザ・ムービー危機一髪」と題した映画にもなった。コンサート活動も積極的に取り入れ、日比谷野音のファーストコンサートを皮切りに、武道館や横浜スタジアムでもライブを行った。また、グラビアを飾ることは茶飯事で、歌番組(ベストテン番組や夜ヒット)にも度々登場した。そしてどんどんメンバーを増やし、大所帯に膨れあがった。彼女たちにはクラブ会員のように会員番号が付いた。例えば「会員番号4番、新田恵利」という具合だ。そしてそれまで歌になってしまったのだった。「会員番号の唄」「新会員番号の唄」である。自己の性格や特技をショートフレーズでアピールする歌詞だった。また、笠井プロデューサー、港浩一ディレクター、作曲家の後藤次利なども参入し、番組成功に一役買った。また、司会を務めた片岡鶴太郎(二代目はあの田代まさし)、異質な雰囲気を奏でた松本小雪、それにおニャン子の兄貴分のとんねるずもまた番組には欠かせない存在だった。

Yunyan

 当時は、恐らくそれぞれお気に入りのメンバーがいたと思う。ちなみに私が5人ピックアップするならば、以下の通りだ。

  1.富川 春美 O型 千葉県出身。八重歯が可愛い。マリンスポーツインストラクターを務めた。私は松戸市にある彼女の高校までツーリングがてら訪れたことがあった。

  2.河合その子 B型 愛知県出身。あどけない人形のような顔立ちとおっとり性格。番組や持ち歌の作曲を担当していたアイドルキラー・後藤次利と結婚した。(彼は木之内みどりと逃避行した経歴を持つ)

  3.高井麻巳子 O型 長身で、ゆうゆこと岩井由紀子と「うしろゆびさされ組」を結成。私は同じO型の女優・有森也実に似ていると思っていた。番組内の中継で、たまたま原宿に買い物に訪れていた彼女がインタビューに応じ、そのまま「アイドルを探せ」に挑戦することになった。どうも出来すぎた話だが、これがきっかけとされている。現在は何と、秋元康の夫人である。おニャン子の頃から唾を付けていたとしか思えない。「女房と畳は若い方がいい」というが、商売品に手を付けてしまったようだ。それほど魅力的だったのだろう。ちなみに秋元康の血液型は、儲けの天才「O型」である。

Tomikawa Takai

  4.新田恵利 O型 埼玉県出身。最近、国生さゆりと確執があったことを暴露。彼女は恋愛御法度と言われていたおニャン子の中で、高校時代から付き合っていた彼氏がいたようだ。私は上福岡にあった彼女の高校までツーリングの途中に立ち寄ったことがあった。

  5.永田ルリ子 O型 愛称ルリルリ。関根勤の「東京ベストヒット」で、城之内早苗、白石麻子と共に番組アシスタントを務めていた。可愛らしいリアクションが良かった。色白で丸顔。感受性豊かなO型の典型。

Nitta Nagata

 やはり私が好きになるのはどうしてもO型中心になってしまう。岩井由紀子や横田睦美も結構気に入っていた方だ。A型の国生さゆり、内海和子、立見里歌は、気が強そうでどうも合わない感じがする。A型で好きだったのは、後に「うしろ髪ひかれ隊」のメンバーに入った斎藤真喜子だけだった。福永恵規、中島美春、白石麻子は普通だった。それならむしろB型の渡辺満里奈や渡辺美奈代、布川智子のほうが好きだった。

 そんな中、先陣を切ってソロデビューを果たしたのが、本日取り上げる「河合その子」だった。彼女はまるでお人形さんのような容姿で、瞳が大きく、色白。甘ったるい印象を醸し出す、ややおとなしめの存在で、アイドル全盛期のバブル期にあって、大人数のおニャン子の中でも一際輝く存在だったと思う。聞けば、プラトニック系の雰囲気を漂わせる、やはりB型アイドルだった。この型のアイドルは、一風変わった不思議キャラを醸す少女が目立った。例えば、「ゆうこりん星から来た」と憚らなかった夢見る少女・小倉優子、のりピー語を駆使し、「のりぴーワールド」を築いた酒井法子、そして日本美人の様子を窺わせたWINKの相田翔子、そして私も大好きだった桃子信者を多数作った清純派代表の菊池桃子など。何となく似た雰囲気を持っている。このB型アイドルには何故か熱狂的なファンが付く。この頃はやたらとB型のアイドルが多かったように思う。前述したアイドルに加え、堀ちえみ、松本伊代、志村香、吹田明日香もそうだった。河合その子もまたそうした部類に入ると思っている。それでは彼女のプロフィールを紹介しよう。

 1965年6月20日、愛知県知多郡横須賀町出身。日本福祉大学附属高校卒。特技は弾き語りができるほどの腕前のピアノ。芸能界入りのきっかけは、CBSソニー主催のオーディション「ティーンズ・ポップ・コンテスト」に参加し、準優勝に選ばれたこと。地元就職が決まっていた。番組発足時のメンバーではなく、「ザ・スカウト アイドルを探せ!」のコーナーに出演し、合格してメンバー入りした。会員番号は12番だった。渡辺プロからイザワオフィスに移籍した。後藤次利と結婚後は専業主婦となり、実家近くで生活していたが、2010年のCMに出演し、芸能活動を再開した。松田聖子の大ファンだった。おニャン子時代のキャッチフレーズは「永遠の少女」だった。わかる気がする。

Kawai Sonoko

 それでは彼女のリリースした数々のシングルの内、私が選ぶベスト5を紹介(動画は3位まで)したい。なおリンクした動画は予告なく削除されることがあります。

 1位  青いスタスィオン(1986年3月) 卒業後最初のシングル

http://www.youtube.com/watch?v=veg6vHXiA3U&feature=related 

 2位 恋のチャプターA to Z(1985年9月) 涙の茉莉花LOVEのB面

http://www.youtube.com/watch?v=guvI7CUkZdA

http://www.youtube.com/watch?v=6DBcYMsbOls&feature=related

 3位 涙の茉莉花LOVE(1985年9月)ソロデビュー曲

http://www.youtube.com/watch?v=yfSzIN_3Rn0

<お宝映像>

http://www.youtube.com/watch?v=QlP56CZjZoE&feature=related

 4位 落ち葉のクレッシェンド(1985年11月)秋に相応しい曲

http://www.youtube.com/watch?v=aMmDMnfvNGc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=rA_biWVhPbg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=N8Bb3Ki-FVI&feature=related

 5位 哀愁のカルナバル(1987年2月)6枚目のシングル

http://www.youtube.com/watch?v=mAn6Yk9Jbtg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=8p-BCWYxzAU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=SzI2ogKanVA&feature=related

その他:「再会のラビリンス」はコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=FFdzfV5hKbw&feature=related

<おまけ映像>

http://www.youtube.com/watch?v=PKWC6Y6HcW8&feature=related

 以前、アイドルの変遷を辿る特別番組を放送していた時に、彼女の映像が流れた。ゲスト出演していたチャラ男こと藤森慎吾が彼女のVTRを見て、思わず「この子、可愛い~」と言っていたことがすべてを物語っていた。今見ても古さを感じないほどの可愛らしさ。純粋無垢で育った「お嬢さん」風の様相を呈していた。今も色褪せない映像が同時の人気の凄まじさを静かに物語っているような気がしてしまう。

 記事作成:9月30日(金)

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