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2011年12月 6日 (火)

往年の東北本線・特急&急行列伝

 私は昭和39年生まれ。つまり東京五輪や新潟地震があった年の生まれである。この年のもう一つの大きな出来事は、オリンピック開催に間に合わせるために、突貫工事で行われた首都高速道路開通と共に国家の威信をかけたビッグプロジェクトが東海道新幹線開業だった。それは時速250km走行という、まさに「夢の超特急」だった。それまでの旧国鉄の特急と言えば「燕」に代表されるように、表定速度100km/h出せれば御の字という高速鉄道と呼ぶにはおよそ無縁の代物だった。それが東京~大阪間を従来の半分以下、日帰り可能という速さで結ぶのだから、まこと大願成就なのだろう。この苦難の開発物語については、NHKの「プロジェクトX」で取り上げられたことでも知られる通りだ。

 さて、私は高度経済成長期に幼少時代を過ごし、そうした高速交通時代の中で成長した。小学生時分は、毎夏、親に東京旅行へ連れて行って貰う際は、決まって「L特急のひばり1号」で上野駅まで旅した想い出がある。しかし、上野~仙台間を往復するこの「ひばり号」を始めとして、東北本線を往来していた様々な特急や夜行急行列車は今となっては過去の遺物と化してしまった。あの赤とクリームのツートンカラーの電車の勇姿が未だに脳裏に焼き付いて離れない。そして巨人戦のナイターを見た後は、上野駅から小豆色とクリームのツートンの急行列車「あづま」や「ばんだい」、「まつしま」などで3時間半かけてゆっくり家路に就いたものだ。今はもう記憶の中でしかお目にかかれない、私を興奮させてくれ、かつ夢を叶えてくれるカッコいい速い電車の数々。コンパクトサイズの「電車百科」を買って破れるまで見直して、憧れの車両に熱い視線を送ったり、鉄道写真の撮影にハマった時期もあった。また、小学生の頃は、親に無理を言って高価なNゲージのセットを買って貰ったこともあった、今思えば、金食い虫の親不孝な子供だった。それくらい今で言う「鉄道オタク」だったのだ。暇さえあれば時刻表を眺め、空想や妄想で旅行プランを立て、架空の電車旅行をしていたのだった。

 さて、前置きの想い出話はこの程度にして、いよいよ今回のテーマである東北本線を実際に走っていた、今は廃止となった特急・急行列車をピックアップし、それらを紹介することで同年代やオールドファンの方々に懐かしんで頂こうという企画を組んでみた。では、早速懐かしい画像と共にご覧頂こう。但し我が街・郡山経由の列車限定で、例えば「ひたち号」や「みちのく号」などの常磐線廻りの列車は除きたい。

 <在来線特急列車>

 L特急ひばり
 
 営業期間:1961年10月1日~1982年11月14日
 始発駅:上野
 終着駅:仙台
 特徴:東北本線の主要L特急として当時13往復走っていた。「ひばり号」は、輸送力、速度、知名度のどれをとっても東北のエース特急だった。郡山駅5番ホーム7時19分発の上野行きの「ひばり1号」が私の御用達列車だった。キハ82系に始まり、ボンネット型とのっペら鉄仮面型の483系・485系が使用された。

Hibari Hibari2

      今となっては懐かしい国鉄時代の「ひばり号」の特急券
P5051811 P5051806
    実際に私が旅行に使用したもので、現存している特急券です。

 L特急はつかり

 営業期間:1958年10月1日~1982年11月(盛岡以北は2002年11月30日まで)
 始発駅:上野
 終着駅:青森
 特徴:クリーム色に青のツートンカラー。いかにも涼しげで颯爽とした快速特急のイメージだった。毎日8時間以上かけて青森~上野を往復していた。583系と485系がメイン。

Hatsukari Hatsukari2

 L特急つばさ

 営業期間:1961年10月1日~1992年7月1日
 始発駅:上野
 終着駅:秋田
 特徴:福島から奥羽本線に入り、山形、新庄、横手経由で秋田まで運行していた。1992年の山形新幹線開業に伴い、新幹線の名前として再登場したものの、在来線特急は廃止された。

Tsubasa Tsubasa2

 L特急やまびこ

 営業期間:1959年~1982年
 始発駅:上野
 終着駅:盛岡
 特徴:当初は福島~盛岡間の準特急として登用された。1961年に青森駅まで延伸し、1978年にL特急に指定され、1982年に新幹線開業に伴い、新幹線の名称に。在来線特急は廃止となった。車両は主に485系ボンネットと鉄仮面型。これらは東北本線の在来線特急に共通していた。

Yamabiko Yamabiko2

 L特急やまばと

 営業期間:1964年10月~1985年3月
 始発駅:上野
 終着駅:山形
 特徴:1964(昭和39)年10月改正で急行「ざおう」1往復を格上げして登場 。上野~山形を結ぶ特急列車で、当初はキハ80系が使用されていたが、1968(昭和 43)年10月改正で485系が投入された。運行末期は秋田運転区(当時)に配置された485系1000番台が主に使用され、特急「つばさ」と共通で運用されていたが、1985(昭和60)年3月改正で東北新幹線が上野まで開通すると廃止された。

Yamabato3 Yamabato Yamabato2 

 特急あいづ

 営業期間:1968年~1993年
 始発駅:上野
 終着駅:会津若松
 特徴:東北本線郡山駅から単線の磐越西線に入り、猪苗代経由で会津若松まで走っていた。「あいづ」と言えば、ひばりと同型の485系ボンネット型の外見をまず思い浮かべる。同じ車両の特急でありながら、上野~郡山間は「ひばり」のほうが断然速かった。現在は快速の「あいづ赤ベこ号」として沿線住民に親しまれている。

Aidu Aiduliner

 <寝台特急>

 はくつる

 営業期間:1964年10月1日~2002年12月1日
 始発駅:上野
 終着駅:青森
 特徴:急行「北上」を格上げして寝台特急として登場。東北線発の寝台特急となった。1964(昭和39)年、東北本線で初めて営業運転を開始した寝台特急(20系による運転)。当時は全線電化ではなかったため、仙台から北は蒸気機関車が牽引していた。そして、1968(昭和43)年10月に東北本線全線電化が行われると、寝台電車特急583系による運転が開始されスピードアップ。その後、長い間583系による運転が定着していた(ちなみに2往復)。

Hakutsuru Hakutsuru2

 あけぼの

 営業期間:1970年10月1日~(1990年9月)
 始発駅:上野
 終着駅:秋田
 特徴:寝台特急「あけぼの」は、上野駅 - 秋田駅間を東北本線および奥羽本線経由で運行開始した定期寝台特急列車。これに先駆け、同年7月からは臨時寝台特急として同区間で毎日1往復の運転が開始され、定期化される前日まで運行された。その後、山形新幹線・秋田新幹線の工事、開業に伴って福島駅 - 秋田駅間が新幹線に供されたため、高崎線・上越線・羽越本線経由の現在の経路に変更された。

Akebono Akebono2

 これ以外にも上野発、常磐線経由、青森行きの寝台特急「ゆうづる」が1965年10月から営業を開始した。また、札幌五輪を記念して上野~青森間を往復する寝台特急オリンピア号が運行した。他にも常磐線経由の「みちのく」もあった。

 <急行列車>

 「まつしま」

 営業期間:1954年~1985年3月
 始発駅:上野
 終着駅:仙台
 特徴:急行「まつしま」は、1954年(S29年)に客車急行として誕生した「松島」、1963年(S38年)451系により電車急行となり、1964年(昭和39年)に漢字の「松島」から「まつしま」に。東北本線の花形急行として活躍したが、1985年(S60年)3月に廃止された。

Matsushima Matsushima2

 「あづま」

 営業期間:
 始発駅:上野
 終着駅:福島
 特徴:「まつしま」「ばんだい」と同じ小豆色とクリーム色のツートンカラーの455系を使用していた。東北本線の急行と言えばこの色が主流だった。オレンジと緑のタイプもあったが、宇都宮止まりが殆どだった。「あづま」の歴史は古く、客車牽引の準急時代の1954年から客車急行時代を経て、1964年の電車急行時代と変遷を辿り、1985年3月13日に引退した。亡き父親との想い出がが詰まった郷愁列車だった。ナイターを見た帰りに夜行急行として使った。郡山まで3時間半、客室が混んでいて、デッキに新聞紙を広げて座って時間を過ごしたこともあった。

Aduma Aduma2

 「あぶくま」

 営業期間:1958年10月~
 始発駅:上野
 終着駅:福島
 特徴:準急行列車として運行開始。1961年には仙台まで延伸し、夜行準急として走る。やはり455系が主流だった。

 「ばんだい」 

 営業期間:1961年
 始発駅:上野
 終着駅:喜多方
 特徴:磐梯山に由来した列車名「ばんだい」は、もともと上野~喜多方間の準急に付けられた ものだったが、1961(昭和36)年に上野~会津若松間の急行に引き継がれ、翌年には キハ58系気動車を投入。455系と457系が使用された。。1967(昭和42)年に磐越西線の郡山~喜多方間が電化されると、一度はすべて455系電車(後に457系も加わる)に統一されたが、翌年には客車による夜行が加わる。そして72(昭和47)年には、すべて電車による6往復に落ち着いた。東北新幹線が開業した82(昭和57)年以降は本数を削減、84(昭和59)年からは磐越西線内の快速となり、2004(平成16)年に「ばんだい」の名称は廃止された。

Bandai Bandai2

 <夜行急行>

 「八甲田」

 営業期間:1961年10月1日~1993年12月1日
 始発駅:上野
 終着駅:青森
 特徴:赤色の電気機関車EF57・58・65に牽引された客車型の列車だった。北海道の大学に帰る際はいつもこの列車だった。郡山を18時台発のこの列車に乗って、午前0時過ぎの深夜に青森駅へ。そこで青函連絡船に乗り換える。そして北海道で特急北斗を乗り継いで岩見沢まで16時間半かけて帰ったものだった。だから私にとって八甲田というと故郷を離れる哀愁漂う望郷列車という印象が強い。1993年に臨時列車に格下げとなり、定期運行は廃止となった。

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 「津軽」

 営業期間:1954年10月~1993年12月1日(1997年1月完全廃止)
 始発駅:上野
 終着駅:青森
 特徴:意外にも歴史は古く、青森から集団就職に向かう際の列車として使用された。出世列車とも呼ばれた。10系・12系・20系・14系客車が使用された。この列車には3~4回お世話になった。東京から郡山、そして20時台の郡山発で2時頃青森駅到着だった。この列車にも数多くの想い出が染み着いている。客車でシートを外して斜めにしてベッド代わりにして寝たこともあった。津軽海峡冬景色の歌詞のように北へ向かう人は皆、無口で重苦しい雰囲気に満ちていた覚えがある。

Tsugaru Tsugaru2  

 他には仙台~青森間の急行「くりこま」やj常磐線経由の急行「十和田」「きたかみ」もあった。

 東北本線は東京駅を起点として青森駅までの575.7kmの長距離路線である。昔は関東近郊は1500ボルトの直流運転で、東北地方では2万ボルトの交流だった。したがって黒磯でその切り替えが必要だった。私が「ひばり号」で旅行中、急に電源がブチッと切れて車内は消灯、その間は惰性で走行し、再びモーターが再稼働するシーンがあった。この時に電流の方式を切り替えたのだった。これらの特急列車は時代の寵児として愛され、利用者も多かった。しかし、更なるスピード化の波には勝てず、より高速性と快適性を求めて安全走行可能な高架橋の上を走る新幹線時代の到来と共に世代交代を余儀なくされ、徐々に姿を消して行った。かつてあれほどの栄華を誇った長距離寝台特急ブルートレインが次々と廃止され、過去の遺物と化してしまったように・・・。今年も「日本海」が引退となる。栄枯盛衰を実感する。ところで、近いうちに大宮にある「鉄道博物館」を訪ねてみたいと思う。中央線のガード近くの万世橋に「交通博物館」があった頃は、何度か行ったことがあるが、埼玉県に移ってからは一度も行っていない。スケールが段違いで、昔懐かしい特急列車もそのまま陳列されていると聞いた。是非訪れて、記憶を取り戻したいと考えている。

 最後に、私が小学生の頃に開発され、試験運転を繰り返して来たリニアモーターカーだが、私が大人になる20世紀には実用化されているものと考えられていたが、半世紀近く時を刻んでも、未だに20年先の話のようだ。全国津々浦々で活躍していた特急列車が新幹線に道を譲ったように、まもなくリニアが取って代わる近未来的な高速交通ネットワーク時代が到来するだろう。もしかして私がこの世にいるうちに乗車が叶わないかもしれないが、東京~名古屋を1時間で結ぶ開業の目途はどうやら立ったようだ。今から待ち遠しい限りだが、そのためには一刻も早く工事に着手してほしいものである。

 記事作成:11月24日(木)
 

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コメント

SUZUさん、こんばんは。
体調の方はいかがですか?
懐かしい乗り物が出ていたのでこちらに書き込みいたします。私の大学時代横浜に行くには山形から始発の特急やまばとの自由席に一時間前から並んで上野まで乗車するのが当たり前で大変懐かしく今でも東京に出張に行く時は何故か上野アメ横界隈のガード下焼き鳥屋で飲んでしまいます。
この中には無かったのですが逆に横浜から帰るときは上野から出ていた夜行列車の急行出羽(上野-酒田)にばかり乗っていた気がします。
貧乏学生にはお金がもったいなかったでしたからね。
年末に乗るときはいつも通路も乗降口もギュウギュウ詰めの立ちっ放しで福島でやっと座れるようになりそこで寝てしまうと必ず風邪を引くというジンクスまでありました。
でも、本当に当時は今と違って山形から横浜まで行くのは大変でしたが時間がのんびりしていて楽しい時代でもありましたね。
ところで先日上州屋に久しぶりに立ち寄ったら以前予約していたダイワの新しいリールが入っていてどうします、明日から35%OFFになりますよとI氏に言われついつい来年のジギング用にと翌日買ってしまいました。
なかなか良さげで使うのが楽しみです。
因みにダイワカルディア3520PE-SHでパワーライトノブが標準装備で1回転あたり106㎝巻き取りのスーパーハイギヤモデルです。

 ロビンさん、こんばんは。すみません御無沙汰しまして。胃(みぞおち)の周辺が焼けるような痛みが今でも続いていて、なかなか治りません。忘年会シーズンを前に、酒もだいぶ控えているのですが、それでも胸やけやみぞおち痛が止みません。オフ会も開催できず申し訳なく思っています。私は明日も出勤で、これで10月以降、6回目の土曜勤務です。なかなか釣りに行けず参っています。先週スタッドレスに替えましたが、今朝の通勤も我が職場の町は雪に包まれていました。

 コメントにあった急行「出羽」は東北本線を走っていましたか?あまり記憶になくて・・・。深夜の夜行ですか?それとも上越線から日本海経由?たぶん津軽や八甲田のようなイメージでしょうか?

 ところで、上州屋、明日から恒例の35%OFFなんですね。夕方あたり時間があれば覗いてみたいと思います。男性店員のI(伊○野)さんは、私が行くとイソメを多少多めに入れてくれる良い人です。今は福島南店の店長になったKさんも仲良くさせてもらっていました。こういう時しか新品のロッドやリールを買えないですから。
 ダイワカルディア3520PE-SHですか!良いですね。ジギングに威力を発揮するPE専用のスプール搭載モデルですか。巻き取りがしやすく、ジグのも扱い易いというイメージがあるリールですね。大物がかかってもやりとりが楽そうだし、取り込みもしやすい感じがします。羨ましい。それも35%なんでしょうか?この特別セールは私も利用したことがありますが、在庫一掃セールという感じで、追加で取り寄せはしないんですよね。だから早い者勝ち的な感じですね。下見がてら行ってみます。私はPE専用リールを所有していないので、一機ほしいですね。

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