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2012年1月18日 (水)

伝説の男⑥~正確無比の名ジャッジ~

 岡田功という人物を記憶しておいでだろうか。彼はNPBの審判を37年間勤め上げたプロ中のプロと形容されるほど正確無比の判断で、その名を残している大人物である。もちろん、彼を一躍世に知らしめた名ジャッジは、50代以上の人でないとわからないだろう。それは「神の目」とまで言わしめた1969年10月30日に後楽園球場で行われた日本シリーズ第4戦(巨人対阪急)での出来事だった。

 4回表、無死一・三塁で巨人は、一塁走者の王貞治が二塁に向け、続いて三塁走者・土井正三が本塁に向けてスタートをきる、いわゆるディレードダブルスチールを仕掛けた。ボールは、捕手・岡村 - 二塁手・山口富士雄 - 岡村と転送され、土井は捕手・岡村に跳ね飛ばされた形となったことから、このプレイはアウトと思われた。しかし、この試合で球審を務めていた岡田は「セーフ」の宣告をし、この判定に、完璧に土井をブロックしていたと確信していた岡村は激高し岡田を殴打。岡田は岡村に日本シリーズ初の退場事件となる処分を下した(なお、約60年にわたる日本シリーズの歴史で、退場処分を受けているのはこの岡村一人である)。岡村に代わりマスクをかぶった岡田幸喜は、左投手からの投球をわざと捕球せず、球審を投球の的にするという報復に出た(これはかなり危険な行為である)。この報復に反発して、その直後に岡田球審はボールを直接投手に送球して渡さずに三塁に転がすという行為に走った。

 試合後、記者に囲まれた岡田は「どうみてもアウトではないのか?」「モニターでは土井の足はホームに達していないぞ!」と詰め寄られた(岡田は後に「確かにモニターを見る限り、土井の足はホームに達していなかった」と述懐している)。帰宅後、ミスジャッジをしてしまったかもしれないと考えた岡田は辞表を提出しようと考えていたところ、報知新聞記者近藤唯之から電話が入り、「あなたのジャッジのとおりの写真が出た」と知らされた。そして、翌朝の各新聞に問題となった本塁でのクロスプレイの写真が大きく引き伸ばされて掲載された。宮崎仁一郎カメラマンの撮影した写真である。そこには、土井が跳ね飛ばされる直前に彼の左足が岡村の両足の間をかいくぐり、しっかりと本塁を踏んでいる瞬間が見事に写し出されていたのである。これにより、問題のジャッジは正しかったことが証明され、周囲からの非難は一気に沈静化。逆に「鋭い部分を見ていた」との称賛の声も出た。その問題のシーンの連続写真はコチラ↓

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 また、岡田自身が「フジテレビ739」で語ったところによれば、第6戦で岡田がライト外審として出場したときは、(ジャッジの正当性が証明されたにもかかわらず)真上にいる阪急ファンから大ブーイングを受けたという。また、その時審判を小突いて退場処分を喰らった岡村捕手もまた、「絶対にアウトだ」とその後も自説を譲らなかったし、阪急監督の故・西本幸雄も同様に、これほど鮮明な証拠写真を突きつけられてもなお、「写真がどうした?アウトはアウトだ」と自らの正当性を変えることはなかった。では決定的な証拠となる検証VTRを見て貰いたい。

 さて、このシーンをきっかけとして日本シリーズの流れが大きく変わり、巨人が優勝を成し遂げた。そして連覇が途切れず、最終的には9連覇の偉業が達成されることとなったのは衆知の通りだ。一方の西本監督は、この件といい、「江夏の21球」のように日本シリーズに8度コマを進めるも、一度も日本一になれなかった監督となり、「悲運の闘将」と呼ばれた。

 この名シーンで思うことは、岡田主審の的確で冷静なジャッジに尽きる。もちろん、キャッチャーのブロックを掻い潜って足を潜り込ませた土井の名走塁も絶賛されて然るべきだ。まさしく「神の足」と言えるだろう。こうしたことは筋書きのない真剣勝負だからこそ実現されたのである。岡田主審の勇気あるジャッジは、「プロ中のプロ」の仕事と言って過言ではない。彼の見る目の確かさを神様は見捨てなかったのだろう。新聞社の記者(カメラマン)の偶然撮り収めた、たった一枚の決定的瞬間の激写に救われたのだ。あわや退職に追い込まれかねない「世紀の大誤審」に仕立てられる寸でのところで彼は甦ったのだ。それだけ日頃から「確かな目」を養っていたことの賜物だと思えてならない。毎年、ルールが目まぐるしく変わる日本のプロ野球界にあって、変わらずにあって欲しい名ジャッジであったし、既に当事者の二人(土井・西本)がこの世を去った現在に至っても、この記憶がいつまでも色褪せないで欲しいと思う。

 記事作成:12月17日(土)

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