2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

« 私が好きだったCM⑲ | トップページ | 涙なくしては見られない感動ストーリー »

2012年2月16日 (木)

休刊廃刊になった懐かしの少年誌

 昨今の若者の活字離れに加え、デジタル化を反映して、携帯やインターネット、スマートフォン、デジブック等の普及によってメディアが多様化し、今や出版業界は斜陽どころではなく火の車状態。発行部数・売り上げが共に落ち込み、経営危機に陥り、存続か否かで決断を迫られている出版社も数多いと聞く。最盛期には毎週、発行部数数十万部を売り上げていた各社の顔とも呼ぶべき書籍もまた例に漏れず、相次いで休刊や廃刊に追い込まれている。例えば、「ぴあ首都圏版・関西版」、「Emma」、「PCfan」、「おしゃれ工房」(NHK出版)、「就職ジャーナル」、「「ビーイング」、「とあば~ゆ」(リクルート)、「現代」(講談社)、「主婦の友」(主婦之友社)、「ダ・カーポ」(マガジンハウス)、「東北じゃらん」(リクルート)、「ロードショー」(集英社)、「マミイ」(小学館)などである。かつて社会現象をもたらすブームを呼んだり、流行語になった物もあった。価値観の多様化と流行り廃りの激しい現代において、継続して読者の支持を得るのは難しい時代になったと言えるだろう。では私が幼少時代に売れ線だった少年誌で、今はもう刊行されていないものを紹介したい。

 月刊少年ジャンプ(集英社)

 かつて集英社が発行していた日本 の月刊少年漫画雑誌。1969年(昭和44年)に『別冊少年ジャンプ』として創刊、1974年( 昭和49年)に『月刊少年ジャンプ』に改称。2007年(平成19年)休刊。1980年代の全盛期は学園コメディ漫画や少年向けのソフトなお色気漫画が多く、1990年代あたりからメディアミックスやおもちゃなどのタイアップ等を意識した漫画が目立つようになった。平均発行部数は最盛期の1989年(昭和64年/平成元年)には約140万部であったが、看板作品である『冒険王ビィト』が作者の病気の影響で長期休載になったのを境に、徐々に落ち込んでいき、2006年(平成18年)は約42万部と同じ月刊誌の『月刊少年マガジン』(講談社)などに大きく差を開けられている状況だった。こうした販売不振のため、2007年(平成19年)6月6日発売の7月号をもって休刊が決定。代表的な連載としては大人気少年野球漫画だった「キャプテン」や石森章太郎の「サイボーグ009」、永井豪の「けっこう仮面」、竜崎遼児の「どぐされ球団」などがあった。

Jump

 少年キング(少年画報社)

 少年画報社が発行した週刊漫画 雑誌。1963年7月8日に創刊されて、1982年4月に休刊。同年に月2回刊の『少年KING 』として復刊したが、1988年に再び休刊した。日本で三番目に創刊された週刊少年誌で、先に少年週刊誌を創刊した講談社や小学館などの大手出版社とは違い、中小出版社としては初めて創刊された週刊少年誌だった。出版社の資本力の影響から大手出版社に比べて部数的には常に最下位だったが、漫画界を代表する錚々たるメンバーが執筆。多くの名作やヒット作を生み出し、週刊少年ジャンプ、週刊少年マガジン、週刊少年サンデー、週刊少年チャンピオンと並んで五大週刊少年誌の一角を担った。主な代表作は「柔道一直線」、「怪物くん」、「アパッチ野球軍」、「ワイルド7」、「猫目小僧」など。

King

 冒険王(秋田書店)

 1949年から1983年にかけて秋田書店が発刊していた月刊漫画雑誌。後に児童向けテレビまんが誌に路線変更した。1949年に『少年少女冒険王』の誌名で創刊。『少年クラブ』、『少年画報』、『少年』などと共に子供向け漫画雑誌の一時代を築いた。増刊号として刊行された『漫画王』は兄弟誌として独立した。1960年代後半、週刊誌の台頭で月刊漫画雑誌の休刊が相次ぐ中、試行錯誤を続けた後、秋田書店自身ももう一つの月刊漫画雑誌『月刊少年チャンピオン』を創刊したため、この時期に講談社が新たに創刊した『テレビマガジン』の類似路線に転換する。しかし、漫画誌としての側面は失われておらず、特撮・アニメ作品とのバランスをとることで『テレビランド』『てれびくん』といった後続の競合誌との差別化を図った。またこの時期には、芸能関連やバラエティ番組の人気キャラクター、スポーツ選手などの記事にも他誌より力を入れた。1970年代前半には定期別冊で『映画テレビマガジン』が刊行されていた。テレビアニメとのコラボレーション企画としては、監督・総設定の松本零士自身による『宇宙戦艦ヤマト』の連載、また『機動戦士ガンダム』のコミカライズなどがある。連載漫画家は、手塚治虫、横山光輝、松本零士、赤塚不二夫、石森章太郎、ジョージ秋山などそうそうたる顔ぶれだった。

Boukenou

 小学三年生~六年生(小学館)

 小学館の歴史は1922年(大正11年)の学習雑誌発行から始まっており、2011年現在においても様々な学習雑誌が発行されている。同社の学習雑誌は対象読者の年齢・学年に応じてそれぞれ独立した雑誌として発行されているが、並行して連載される漫画なども多く、テレビアニメなどの連載誌表記では総称として小学館の学習雑誌が使用される。「小学一年生」から「小学六年生」までと、幼児向けの『学習幼稚園』を併せた7誌で学年別学習雑誌と総称される。歴史が古く、1922年発刊の「小学五・六年生」から90年間続いたが、2010年以降は相次いで休刊。「ピカピカの一年生」のCMでお馴染みのシリーズだった。

Elementary

 科学と学習(学研)

 科学・学習(かがく・がくしゅう)は、かつて学研教育出版(学研グループ)から刊行され ていた小学生向け学習雑誌の総称。一般に「科学と学習」もしくは「学習と科学」と称され る。 実際の名称は『○年の科学』と『○年の学習』とし、それぞれ1年〜6年の各学年向け発行されており、「科学と学習」という名の雑誌があったわけではない。また、教材付録がついており、学習・実験などが行える様になっていた。1946年に学習研究社より創刊された。『科学』は主に理科と算数を中心とした内容。また「想像力・考える力を養う 切る・はる・確かめる」をキャッチフレーズとした「立体編集」と銘打って、ページの一部をハサミで切ったり、折り曲げたり、糊付け等の作業をすることで、読者が体で学べるような工夫が施されている。同誌は学研躍進の契機となり、ピークである1979年には月販670万部にも上っていた。これは、第2次ベビーブーマーである団塊ジュニアが小学校に入学し始めた時期に相当する。
 『学習』は主に国語・社会を中心とした内容で(一部理科、算数も含む)読み物の割合が『科学』より多い。尚、『学習』に関しては別冊「読み物特集」もかつて存在した。1990年代以降は少子化や共働き世帯の増加による在宅率の低下、価値観の変化等の影響で購読する児童が減少。また時代の変遷と共に刊行形態に変更が加えられ、店頭での販売や、『学習』に関しては月刊から学期刊発行への移行(2004年度 - )がなされた。その一方で2005年には、本誌・教材のテイストを残しつつ大人向けに作られた『大人の科学』が刊行された。 しかし、児童向けは販売部数の減少に歯止めがかからず、「学習」は2009年度冬号、「科学」は2010年3月号を最後に休刊となった。

Science_study Microscope

 週刊ヤングサンデー(旧少年ビッグコミック)

 かつて小学館が発行していた日本の青年週刊漫画雑誌。『少年ビッグコミック』を青年誌 にリニューアルする形で1987年に月2回刊誌の『ヤングサンデー』として創刊。1995年に週刊化されて『週刊ヤングサンデー』に誌名を変更する。2008年に休刊。通巻901号(増刊含む)が発行された。

Big_comic Young_sunday

 少年画報

 戦後間もない1948年(昭和23年)に『冒険活劇文庫』として創刊され、1950年(昭和25 年)4月号より『少年画報』と改題。当時の少年向けのマンガ雑誌という現在では当たり前 のジャンルが確立していない時代に少年を対象とした漫画雑誌を刊行して漫画家の修練の場ともなり『少年画報』誌でデビューして後に大成した者も多くいる。1960年代前半は後発の他誌により発行部数が伸び悩むが、「マグマ大使」「怪物くん」「ロボタン」などの人気で盛り返し、更にそれらの作品がテレビ化された事で、テレビとのタイアップをメインにする様になる。しかし作品の終了と共にまた発行部数が伸び悩み、1969年(昭和44年)途中からは隔週刊の発行に改めるも振るわず、1971年に少年キングに合併という形で休刊に至る。他には漫画の黎明期の代表作とも言える「黄金バット」、「赤胴鈴之助」なども連載されていた。

Gahou

 月刊ヤングジャンプ(集英社)

 『漫革』(まんかく) は1994年から2008年迄集英社が発行していた『週刊ヤングジャンプ』 の増刊号である。末期は年末年始や夏季には2・3ヶ月連続で毎月刊行の年平均6冊 刊行されていたが、2008年1月7日発売のVol.62(2月10日増刊)で幕を閉じ、2011年1月から新雑誌『ミラクルジャンプ』を創刊する事が発表された。

Young_jump

 その他、少年誌ではないが、かつて一時代を築きながら休刊や廃刊に追い込まれた雑誌をピックアップしたい。

朝日ジャーナル(朝日新聞社)
FOCUS(新潮社)
週刊明星(集英社)
週刊宝石(光文社)
平凡パンチ(マガジンハウス)
週刊ゴング(日本スポーツ出版社)
大相撲(読売新聞社)
ASAHIパソコン(朝日新聞社)

Focus Asahipc

 「え?あの雑誌、もう無くなっちゃったの?」と改めて衝撃が走ったものもあったのでは?悲しいかな、時代の趨勢とは無情なものであり、栄枯盛衰、時代風潮の縮図がかつて栄華を極めた出版業界だけを取り上げてもこれだけ垣間見れるだ。

 ところで、私が小学生の頃は何と言っても秋田書店の「少年チャンピオン」が大人気だった。福島県では金曜日に発売された。中でも「ドカベン」と「ガキ刑事(デカ)」の人気は凄まじかった。個人的にはこれらに加えて中学生・沢村投手の活躍を描く「しまっていこうぜ!」という野球漫画や主人公・光が登場する「750ライダー」がお気に入りだった。35年以上前は、あまり「少年マガジン」は小学生には読まれなかった。冒頭のグラドルや水着ギャルの刺激的なポーズ画像は小学生には不向きだった。また、「少年ジャンプ」は「こち亀」が人気が高かったものの、「キャプテン翼」はずっと後だった。また、小学校高学年に愛読していたのが、毎月姉が購入していたアイドル情報誌の「明星」と「平凡」だった。芸能情報はこの雑誌から入手していた。今では「平凡」は休刊したまま。淋しい限りだ。

Myojo Heibon

 私自身は少年誌は、子供達を読書から遠ざけてしまう存在で、単に娯楽の世界へ引きづり込む有害な書籍とは思っていない。かつて私自身がそうであったように、たとえ時間の浪費であっても、少なからず子供に夢や希望を見せてくれる羅針盤だと思っているからだ。私は「ドカベン」や「キャプテン」、「プレイボール」を読んで野球のルールを覚えたし、意外と雑学知識を養うことにも役立った。漫画家は、はらたいら(故人)や黒鉄ヒロシのように、クイズの解答者になったり、教養番組のコメンテーターに抜擢されることもあって、やはり知識の宝庫なのだろう。それにしても私が幼少時代に夢中で読み漁っていた雑誌が休刊や廃刊に追い込まれるのは実に忍びない。自分の生き方を否定されているような印象すら受ける。これも時代の流れなのか。それとも価値観の相違なのだろうか。少年誌は対象年齢10~20代が相応なのだろうが、遠い記憶ではなく、今もロングランで発売している雑誌を久し振りに手にとると、妙に嬉しくなる。各漫画家の描く絵づらも相当変わったが、今後も少年少女達に限りない夢を与える存在であってほしいと思う。

 記事作成:1月21日(土)

« 私が好きだったCM⑲ | トップページ | 涙なくしては見られない感動ストーリー »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

通りすがりに読ませていただきました。
私はS43年生まれのおじさんです。
少年誌も統廃合が進み、短命な月刊・隔週刊誌が乱立している感があります。
そのどれもが、何か新しいことを企画しているかと言えばそうではなく、非常に残念です。
昔は、学研のおばちゃんが毎月配達にしてくれる「科学」を心待ちにし、小学○年生で読む「ドラえもん」「あさりちゃん」「パンクポンク」「リトル巨人くん」が何より楽しみでした。
ネット社会ではありますが、紙媒体がなくなるとは思いません。
出版社も新しい企画の少年誌を立ち上げて欲しいと感じました。
思いつきでの乱文失礼しました。

 ー大阪芸太郎さん、はじめまして。同感です。昔は「学習」と「科学」、「小学~年生」など特徴的でコンセプトがしっかりしている雑誌が多かったのですが、最近は焦点がバラバラだから万人受けしそうな傾向の書籍ばかりで、かえって魅力を感じずつまらない、あるいは飽きやすい雑誌に終始していますね。ディアゴスティーニの何かを組み立てたり、バインダーに綴じてライブラリーになる形式などアイディアは良いのですが、金額的には大人向き。とても子供に買えるような代物ではないようですね。また「週刊そーなんだ!」とか、最初は鳴り物入りで読者の関心を煽ったまでは良かったのですが、後が続きませんでしたね。やはり子供に夢や希望を与えてくれるような雑誌を期待したいですね。
 かつてグリコのおまけやおもちゃのかんづめって何が入ってるんだろう?と期待をもたせたお菓子、そしてガチャポンのようなハラハラドキドキの瞬間など、子供心にワクワクしたものでした。大人の世界でもビニ本とか袋とじ企画とかありましたが、そうした期待感を与えてくれるような新しい書籍の刊行を心待ちにしたいと思います。(SUZU)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 私が好きだったCM⑲ | トップページ | 涙なくしては見られない感動ストーリー »

福島県の天気


無料ブログはココログ