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2012年3月28日 (水)

速球王伝説

 日本のプロ野球で速球投手と言って真っ先に思い浮かぶのは誰?全盛期の江川?中日の小松?それとも阪神のエースとして君臨した江夏?長嶋を4打席4三振に切り捨てた400勝投手の金田?それとも炎のストッパーとして立ちはだかった津田?記憶に残る快速球投手は数多くいるだろう。2012年現在、日本プロ野球での最速は2008年に巨人に在籍していたクルーンが出した162km/hである。もちろんMLBでは、シンシナティ・レッズ所属でキューバ出身のチャップマンが171km/hを出したとも言われている。スピードガンが開発されたのは1980年代のことで、それまでは球速を測る術などなかった。そこで、とある番組で最速の投手は誰かを最先端技術を駆使し、分析を行ったドキュメンタリー番組が放送された。今回は、それに基づき、日本プロ野球界の速球王を推理してみたい。さてあなたの予想はいかに?

 1位 クルーン 162km/h

 クルーンはボールの重さは無くてキレで勝負するタイプだった。映像ではそんなにスピードを感じない。初速と終速の差があまりなく、ホップしてくる感じなのだろう。

 2位 佐藤由規 161km/h

 スピードガンの故障という説も飛び出したほどの快速球だった。日本人投手で160km/hを超えたのは初めてのこと。私は下の高校時代の155km/h、甲子園最速を出した時の衝撃の方が大きかった。将来性を感じ、期待を大きく持った。

http://www.youtube.com/watch?v=OwQTb-6uEBI

 3位 沢村栄治 159.4km/h

http://www.youtube.com/watch?v=SRNr9sUqRZI

 巨人軍創設当時の剛腕。東京野球倶楽部時代から日本を代表するエースピッチャーとしてその名を刻んだ。アメリカ遠征で、大リーグの並み居る強打者と互角に渡り合った。しかし、太平洋戦争で戦死するという痛ましい人物を失った。

 4位 尾崎行雄 159.2km/h

 怪童とまで言われた彼だが、実働は短かった。剛腕投手の故障で苦しみ短い現役生活を送った典型だった。残念ながら単独での映像はありません。下にリンクした「速球王」の映像をご覧下さい。

 5位 江夏豊 158.8km/h

http://www.youtube.com/watch?v=pkX9i5-9R9Y

http://www.youtube.com/watch?v=4CX-5lTS8qY&feature=related

 広島時代の江夏の21球も神業だったが、若武者だった阪神時代の彼の唸りをあげる豪速球は、当時の強打者のバットを次々空を切らせた。圧巻だったのはオールスターゲームでの9者連続三振の離れ業。実は全球ストレート。あの怪物江川でも9人目に色気を出してカーブを合わせられて大記録を逃したが、江夏は高めに浮きあがって来る直球1本で勝負したから凄い。

 6位 伊良部秀輝 158km/h

http://www.youtube.com/watch?v=8SXU7oOsvqU

 今は亡き伊良部の若かりしロッテ時代の頃の豪速球。やっぱり痩せている。その後、ヤンキースではファンに唾を吐くなどの悪態をつき、すっかり悪役に定着してしまった。清原のバットをへし折ったこの球威は永久不滅。終生語り継がれるだろう。

 6位 五十嵐亮太 158km/h

http://www.youtube.com/watch?v=Q-r1eCyvcKw&feature=related

 捕手が古田だから捕れた。日本人初の3球連続158km/hの離れ業!

 8位 山口高志 157.4km/h

http://www.youtube.com/watch?v=NuzbmSq-MCk&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=rA6mYBETX1M&feature=related

 常勝上田阪急の抑えの切り札として活躍した。あの頃はエース山田を筆頭に足立、米田、今井雄太郎など凄い投手陣がいた。打者では福本、長池、マルカーノ、ウィリアムス、スペンサー、加藤英司などの強力打線で黄金時代を築いた。特に昭和50年から52年までの日本シリーズ3連覇は圧巻だった。1975年に入団した彼は、1年目でいきなり18完投12勝を挙げて新人王を獲得した。日本シリーズでも6試合中4試合に登板し、1勝1セーブで日本シリーズMVPを獲得した。1978年にはリリーフに転向し、最優秀救援投手のタイトルを獲得した。1979年以降は左アキレス腱の故障にも泣き、それでも速球にこだわり続けたために成績が低迷、1980年に張本勲に通算3000本安打となる本塁打を浴びたことで名前が出た程度で、1982年に引退した。195試合登板50勝43敗44S。防御率3.18。

 9位 与田剛 157km/h

http://www.youtube.com/watch?v=g6Odqh0Nzwc

 細身で、独特のピッチングフォームから繰り出す快速球が目を引いた。亜細亜大学時代は故障がちであまり目立たなかったが、社会人野球(NTT)に150km/hを超える速球が注目されてプロ入り。中日に指名され入団。ルーキーイヤーの1990年にいきなり31セーブをあげて新人王に輝いた。右肘痛に悩まされ、実働8年で59セーブで終わってしまったのが惜しまれる。

 9位 平井正史 157km/h

http://www.youtube.com/watch?v=-Lu7HTPbag0

 持ち球は最速157km/h、平均140km/h台後半~150km/hのストレート、カットボール、フォーク、シュートなど。1993年に宇和島東高校からオリックスに入団。ルーキーイヤーの1994年に初勝利を挙げる。8試合登板、1勝3敗の成績で終わった。1995年は、抑えとして15勝5敗27セーブを挙げて新人王と最多セーブ投手のタイトルを獲得する大車輪の活躍を見せオールスターゲーム出場、イチローらと共に、オリックス黄金時代(同年リーグ優勝、1996年日本一)を築く。しかし1996年途中の肘をはじめ、度重なる故障に悩まされるようになると同時に登板数が徐々に減少、1999年以降の4年間は勝ち星を挙げることができなかった。2002年オフに山﨑武司との交換トレードで中日ドラゴンズに移籍。移籍後の2003年シーズンはオリックス時代の投手コーチでもあった山田久志監督のもと、先発投手としてチームの勝ち頭となる12勝(6敗)を挙げて見事に復活を遂げ、カムバック賞を受賞した。

 次点 金田正一 156.5km/h

http://www.youtube.com/watch?v=a4iqPHa2iAk

 ご存知400勝投手。国鉄の金田という印象が強い。鳴り物入りで入団した長嶋茂雄のプロ初出場のゲームでの4打席連続三振に切ってとった伝説はあまりにも有名。ONと互角以上の戦いを演じた。

 チャップマンの171km/hの映像はコチラ

http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=VddJTABc4KI&feature=fvwp

 ここに挙げた投手以外でも西武に在籍した郭大源、ザトペッグ投法の村山実、「神様仏様稲尾様」という流行語まで生み、奇跡の日本シリーズ4連投4連勝の稲尾和久などもいる。全盛期の今中、巨人で完全試合を達成した槇原寛巳もまた速かった。残念ながらデビュー戦でいきなり155km/hを出した平成の怪物こと松坂大輔はベスト10には入らなかった。
 以上見て来たように、予想外のランキングだったかもしれないが、スピードガンが開発され、球速測定に活用されたのが1980年代であって、なかなか昔の偉大な投手との比較は難しいが、思いのほか、最近の投手もランキングには数多く登場することを嬉しく思う。やはり全盛期と言うのはあるもので、江川はそのピークが高校時代にあったのではないか?と思えてしまう。また、豪速球投手は肩や肘を壊しやすく、意外と短命で選手生命を終えている。私は敵ながら中日の今中や広島の津田が好きだった。切れ味鋭く、バッターが手も足も出ないような投球を見ていてスカッとしたし、「これこそプロ!」と唸ったものだ。最近は当時に負けないような快速球を投げ込む剛腕投手が再び現れた。ダルビッシュや田中、菊地雄星、大石、澤村、野村らは期待大である。胸が抄く様なピッチングをぜひ披露してほしいと思う。

 記事作成:2月27日(月)

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コメント

ダルビッシュ君の球て速すぎて捕れないキャッチャーがいたそうです。引退したホームランバッターの小久保君が「あんな球、そう見れない」て感服したとも…。松坂君はどうして失速したのでしょう。プロてシビアですね。

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