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2012年5月

2012年5月31日 (木)

福島県出身のアナウンサー⑤

 本日は福島県出身のアナウンサーの第5弾をお送りしたい。今回は県外局に在籍している女子アナをお送りしたい。福島県出身者は東北各地のテレビ局に採用されるケースが多い。私の知り合いにも今年地元の国立大学を卒業し、FCTの報道記者になった女性がいる。アナウンサーは一見、華やかだが生放送で失敗できない立場であるという意味ではプレッシャーが大きく、緊張する職業だと言える。それでは県外で頑張っている3人の福島県出身の女子アナを紹介していきたい。

1.池田麻美(青森テレビ)

 ① 出身地 福島市
 ② 生年月日 8月26日(おとめ座)
 ③ 血液型 B型
 ④ 出身大学 新潟大学人文学部(心理学)
 ⑤ 趣味特技 ペットショップめぐり 100均で買い物 水玉グッズ集め 英語の教員免許
 ⑥ 担当番組 『おしゃべりハウス』(月曜~木曜) 『じしゃばん』(毎週木曜深夜)
          『べじたぼー日記』(毎週土曜12:54~)

Ikeda Ikeda3 Ikeda

Ikeda2

 直接番組を見た経験はないアナウンサーブログを見れば、彼女の魅力が伝わってきそう。とってもチャーミング。昔のアイドル、伊藤さやかを彷彿させる外見。

http://www.atv.jp/blog_old/blog.cgi?writer=an10&id=an10&mode=archive&month=200907

2.伊東幸子(青森放送)

 ① 出身地 福島市
 ② 星座 さそり座
 ③ 血液型 B型
 ④ 出身大学 東北福祉大学
 ⑤ 趣味特技 ねぶた囃子、ホームパーティー、旅行
 ⑥ 担当番組 「東奥日報ニュース」、サンデー流暮らしの知恵袋

 「良平のラジオにおいでよ!!」にて数々の天然ボケ発言でリスナーをその都度仰天させる。そんな伊東の同番組での活躍が評価され、2006年3月に第27回NNSアナウンス大賞のラジオ部門特別新人賞を受賞した。

Ito

http://www.rab.co.jp/ann/ito.shtml

3.寺田早輪子(仙台放送)

 ① 出身地 いわき市
 ② 生年月日 1976年11月20日 さそり座
 ③ 血液型 A型
 ④ 出身大学 いわき明星大学人文学部
 ⑤ 趣味特技 テレビを観ること ラーメン食べ歩き
 ⑥ 担当番組 仙台放送スーパーニュース 日本酒リポート

 1999年に青森テレビ入社、2004年に仙台放送へ移籍。現在は産休&育児休暇中。

Terada Terada2

http://www.ox-tv.co.jp/anno/anno-log_08.shtml

 さて、実際に私がお目にかかったわけではない。しかし、昨年の震災以来、何かと福島がマスコミを賑わしている。そんな中、県外に渡って、報道と言う特殊な場で活躍されている方々を紹介たいという衝動に駆りたてられたことが今回の執筆に至った経緯である。まだまだ大勢の県内出身者がいるが、まずは東北地方限定でお送りしたことをご了承願いたい。

 記事作成:4月29日(日)

2012年5月29日 (火)

DVD化してほしいドラマ作品

 昔見たテレビドラマで、今でも忘れられない作品がある。GW中に「TSUTAYA」を覗いたら、「大都会」や「西部警察」がDVD化されていて、つい嬉しくなった。しかし残念ながら30年以上も前に放送された作品は、なかなかリバイバルでDVD化はされにくいようだ。VHSビデオにはなっていてもアーカイブ作品ではマスターテープが傷んでいて難しいのかもしれない。よっぽど高視聴率を記録し、国民の認知度が高ければ別だが、マニアックな作品では、DVD化の動きは見られないようだ。今回の記事は、個人的希望なのだが、そうした暗闇に眠っている名作にスポットをあててみたい。

 第1位 「未来からの挑戦」(NHK少年ドラマシリーズ 1977年1月~2月放送 全20話)

Miraikarano Miraikarano2

<あらすじ>

 関耕児は、月丘中学に転校してきた。受験名門校といわれるだけありみな熱心に勉強していたが、そのストレスからいたずらをする者もいて、学内の風紀が乱れてもいた。ある日耕児は、それまで劣等生だったという高木が急に成績アップしたことを不審がられからまれていたのを助ける。その時高木は、成績が上がった理由は英光塾にあると口を滑らせる。英光塾が気になった耕児が調べようとすると、次々にそれを邪魔するような事が起こる…。そんな中、新たに生徒会長となった高見沢みちるは、ある行動を起こそうとしていた。そして彼女もまた、英光塾に通っていたのだ。戦時中の過去にタイムスリップしたり、奇想天外なストーリーだった。原作は眉村卓の「ねらわれた学園」。主題歌は陶山寿雄が歌う「青春の輝き」。以前「Youtube」にアップされていたが、削除されてしまった。

テーマ曲「青春の輝き」(作詞/田波靖男 作曲/竹田由彦 歌/陶山寿雄)

冷たいしぶきに声あげて 
裸足で波を追っていた 
まだ春しらぬ冬の渚
憧れに胸は高鳴る 
その時君の青春は 
風に舞う髪に輝く 
その時君の青春は 
愛に燃える瞳にきらめく 
いつか越えるその日を誓い 
2人で見つめた遠い山脈(やまなみ)

niconico動画(要ログイン)→ http://nicogame.info/watch/sm23559171

<関連ブログ>

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6

http://www.jikanryoko.com/miraikara.htm 

http://homepage2.nifty.com/nino-p/mirai.html

http://blog.zaq.ne.jp/charioteer/article/47/

http://nhk.jp/chronicle/?B10001200997708010130056

http://blogs.yahoo.co.jp/hkkh0038/2255612.html

 この頃は自宅に家庭用VTRを持っている人が少ない時代で、私は録音テープを持っていた。たぶんもう親に処分されて無いと思う。また当時中1だった私は、テレビの画面に向かってカメラを構え、出演者(特に人気絶頂だった飛鳥清明役の熊谷俊哉や西沢杏子役の紺野美沙子(当時は佐藤美沙子)の写真を撮影したものだ。その時の写真は実家のネガ写真のアルバムに今も残っていた。(下のスナップ)

P5051804 P5051805

 実は「NHKドラマアンソロジーⅡ」としてこの作品のあらすじを紹介した個人編集版のDVDは出ているが、全編は未だに出ていない。一説によると、数年前にNHKの収蔵庫から過去の放送VTRが多数紛失した事件があり、もしかするとこのシリーズが含まれていたのかもしれない。だから要望が多数寄せられているのにもかかわらず、再放送もできないし、マスターテープ自体がないのでDVD化も不可能なのかもしれない。しかし、「少年ドラマシリーズ」ファンなら、誰でもDVD化を待ち望んでいるだけにぜひぜひとも探し出して貰いたい。 また、このシリーズの「なぞの転校生」もVHSのビデオ化はしているがDVD化には至っていない。

 第2位 「おとこ同志おんな同志」 (1978年1月~3月 NTV系列で放送)

 これは私の中で最高傑作のパロディードラマだった。グリーンマンションの1号棟305号室に住む片山努(堺正章)は、恋人の学生・桐小路陽子(池上季実子)に結婚を迫られて大弱り。一方、同じマンションの2号棟308号室の宝石商・倉田茂(杉浦直樹)は、8年間もつき合っている一柳モモ子(岸田今日子)に同棲したいとせがまれ困り果てていた。女性の猛攻から逃れるには転居しかないと考えた努と茂は、互いの部屋を交換しようとスナックで密談をかわす。そしてそれぞれの彼女が部屋を訪れ、別の人間が住んでいることに驚く。彼女を交換した状態でのおかしな生活が始まる。最初はうまく騙せたが、酔っ払って元の部屋へ戻ってしまい、それぞれの彼女に見つかり、慌てて逃げ出す。それぞれの女性たちが鉢合わせとなり、浅はかな男性どもの企みがバレる。しかし、肝心の女性たちは、すべてを見透かしながらも男たちの悪だくみを続けさせて様子を見る。その探り合いやら化かし合いが面白かった。そして、傑作場面はスナックのアルバイト店員で出演したのが若かりし頃のかたせ梨乃で、堺雅章が彼女のはちきれそうなボインを見るたびに、視線をくぎ付けにし「お~き~な~!」と絶叫してCMに入った。

 堺正章、杉浦直樹、池上季実子、岸田今日子、かたせ梨乃、西村晃ほか

http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-16258

 主題歌「男と女の星座」(井上忠夫)→このレコードを昔持っていた。たぶん実家のどこかにあると思う。→5月27日(日)に発見したので画像をアップしておきます。

P5271877_2

 このドラマはもう35年も前のもので、断片的な記憶でしか覚えていないが、ところどころのシーンは鮮明に残っている。

 第3位 「同窓会へようこそ~遅すぎた夏の帰郷~」 1999年

Dousoukaihe Dousoukaihe2

 豊川悦司、加藤あい、風吹じゅん、金子賢、峰岸徹ほか

http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-33688

http://buta-neko.net/blog/archives/2006/03/post_708.html

http://chiakiy.blog1.fc2.com/blog-entry-31.html 

http://blogs.yahoo.co.jp/max_kenji_ss/2426353.html

http://www.f3.dion.ne.jp/~arision/page-dousoukaiheyoukoso-1.htm

 主題歌「エンドレスサマー」(ガーデンズ)

 実はこの作品なら8ミリビデオテープに録画してある。しかし12年前のもので、相当ノイズやちらつき、色褪せが進み、この7年間は見ていなかった。(これに関しては5月5日の当ブログをご覧ください。)

 第4位 「姿三四郎」 1978年10月~1979年3月

 勝野洋、沖雅也、竹下景子、柴田恭兵、露口茂、竜雷太、石橋正次、北村和夫らが出演していた。

http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-16730

http://www.geocities.jp/forevermasaya/sugata.html

 この作品を見て、私は当時、お富さん役の竹下景子が大好きになった。純粋で一途に三四郎に思いを寄せる姿に心を打たれた。今は亡き沖雅也も姿三四郎のライバル檜垣源之助役で出演していたし、チョロ役であの柴田恭兵も出ていた。「太陽にほえろ」のキャスティングがそのまま出演していた。

 第5位 「大空港」 1978年7月、フジテレビ系列月曜9時放送

 空の国境を守る警視庁空港特捜部の捜査員たちの活躍を描く異色刑事ドラマ。国籍、人種の異なる様々な人々が出会いと別れを繰り返し、時には犯罪が侵入、脱出する場となる国際空港を舞台に、空港特捜部に所属する加賀警視らの刑事が、命を賭けて空港と大空を守る姿を描く。

 鶴田浩二、中村雅俊、田中邦衛、片平なぎさ、黒沢年男、石川さゆり

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 第5位 「キスの温度」 1990年5月9日 日本テレビ

 松下電器産業がスポンサーのトレンディードラマ。出演は鈴木保奈美、柳葉敏郎、山口智子、石黒賢、岩城滉一ら。

 スキー場で出会った男女が東京の会社で再会するという内容。「私をスキーに連れてって」のストーリーに似ている。この主題歌「いちばん近い他人」を歌っていたのが「稲垣潤一」。この頃のトレンディードラマの女王は鈴木保奈美(現・石橋貴明夫人)だった。

 次点 「初代引田天功の大脱出」

 私が小中学生の頃はNTV系列放送の「木曜スペシャル」が一世を風靡していた。その中で、死と背中合わせの緊迫した状況の中、迫りくる爆破と闘い、命がけで脱出劇を繰り広げていた「昭和の脱出王」こそ「引田天功」である。プリンセス天功の師匠にあたる人で、衝撃的な脱出計画を引っ提げ、毎回国民をハラハラドキドキさせて、今で言うドヤ顔で周囲驚きと恐怖と賞賛の渦に舞い込んだ張本人だった。これまで2~3回当ブログで紹介してる。

Tenkou

 「死の水道管」、「炎上ジェットコースター」、「高層火炎塔」、「火炎地獄油壺」など毎回奇想天外のセットとトリックで、視聴者を興奮と不安に陥らせた。一部「Youtube」では視聴可能だが、ぜひとも彼の偉業に敬意を表す意味でも完全DVD化してほしい。

 

  これ以外にも、沖雅也主演の「俺たちは天使だ」、坂上二郎主演の「明日の刑事」、片岡鶴太郎が喫茶店の名スター役を務めて好評を博した「季節はずれの海岸物語」(この作品に関しては7月6日の当ブログで紹介する予定)もDVD化してほしいと切に願っている。

 記事作成:5月3日(木)

2012年5月21日 (月)

忘れてはいけない特別な日

Hulagirl  5月21日は、私にとって決して忘れてはいけない日になった。ちょうど一年前のこの日、あるプロジェクトが始動した。それは復興支援のために「全国きずなキャラバン」に出発した初日だった。その主役となったのはいわき市湯本に本拠地を構えるスパリゾートハワイアンズの専属ハワイアンダンスチームの面々だった。彼女たちを世間の人は「フラガール」と呼ぶ。3月11日の東日本大震災とその一ヵ月後に起きた最大余震によって、彼らの活動拠点は大打撃を受け、営業停止、活動休止に追い込まれた。彼女たちは踊る場所を奪われ、全員が一時帰宅、そして最悪解散の危機的状況に直面したのだった。しかし、彼女たちは決して挫けず諦めなかった。自分たちが、大津波で被災した人々や想定外の原発事故で避難を余儀なくされた多くの方々を少しでも勇気づけようと、各地の避難所を回り、被災者たちに笑顔で踊りを披露して回ったのだった。そして全国各地を約半年がかりで巡り、「福島は元気です」とアピールし、温かい支援への感謝と共に復興のシンボルとしてキャンペーンを続けたのだった。彼女たちの活躍なくして、福島に観光客を呼び戻すことなど不可能だったに違いない。雨の日も風の日も彼女たちは明るく元気に踊った。フラガールの中にも双葉町出身の被災者がいたり、住む場所を奪われた者もいた。引退する予定だったリーダーのマルシア由佳里ですら、この状況で自分だけ辞められないと引退を撤回。自らが先頭に立って、フラガール達の士気を鼓舞し続けたのだった。

 あれから1年が経過した。幸いにして「スパリゾートハワイアンズ」は2月1日に約11カ月ぶりの全館再オープンを迎えた。新しいステージで新しいメンバーを迎えて再び精いっぱい踊り続ける彼女たちを、心から応援せずにはいられない。

 そこで今日は、一年前に全国キャラバンに挑む、その試金石とも思えるプロローグとなった「新宿高島屋」の公演の模様をノーカット映像で振り返りたい。

http://www.youtube.com/watch?v=U6hDW1ppTh4&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=mzv24JWxLlk&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=Oc8T6WE00QU&feature=relmfu

 この公演を皮切りに彼女たちは全国各地を行脚し、その訪問先は26都道府県124か所で、公演回数は245回に上った。どれほど被災者を勇気づけたか知れない。そのどれもが感動的なステージだった。未だ福島県は原発事故の余波で故郷を追われた人々が多く、復興の道半ばだが、きっと彼女たちの笑顔がこれから先も福島県を後押ししてくれると信じてやまない。そして私たち自身も彼女たちからもらった元気を勇気に変えて、福島の復興や故郷再生のために努力をしていくことを約束したい。

 

 記事作成:5月1日(火)

2012年5月19日 (土)

戸田恵梨香出演CM作品集

 戸田恵梨香と言えばすぐに「ライアーゲーム」の神埼直を思い浮かべる人は多いだろう。彼女は清純派イメージを醸す美人女優さんだが、どこか謎めいた魅力がある。子供っぽく見える時もあれば、大人の色っぽさを感じる時もある。彼女はAB型だけあって悪戯っぽい小悪魔的な雰囲気を天性として持っている。私は特に、彼女のお嬢様風の風貌もお気に入りだが、彼女自身が醸しだすそういう雰囲気と声が大好きだ。では彼女のプロフを簡単に掲載したい。

 1988年8月17日生まれ / しし座 / 兵庫出身 / AB型 フラーム所属。スリーサイズはB75・W57・H78。足のサイズは24.0cm。6歳年上の兄と6歳年下の妹がいる。代表作は「Liar Game」、「デスノート」、「コールド・ブルー」、「流星の絆」、「BOSS」、「大切なことはすべて君が教えてくれた」など。特技は、料理、ピアノ、書道、少林寺拳法(初段)。趣味は、ジム通いや菓子作りなど。普段は神戸弁で話す。

 それでは早速ランキング形式で彼女の魅力をたっぷり感じさせてくれるCMをお送りしたい。

 第1位 「東日本フェリー」

 船旅は昔から旅情を誘う。見渡す限りの大海原。長い時間が愛しい人への想いを募らせる。まさしくロマンチッククルーズと呼ぶに相応しい。このCMはそんな旅の情緒を感じさせてくれる秀作だと思う。

 第2位 「カップヌードルLight」

http://www.youtube.com/watch?v=XjvlHFBY7_c

http://www.youtube.com/watch?v=wcAXqLwAWco

 かなり際どいセクシーショットが物議を醸した話題作となった。大人っぽい魅力を全面に押し出した。私も色白な彼女の体にドキッとした。

 第3位 「京都きもの友禅」

http://www.youtube.com/watch?v=R7ae0_OwQl0&feature=related

 着物姿も実にいい。第2位と打って変わって和装は落ち着いた印象を与える。

 第4位 ビューティラボ「みんなの不満を」篇30秒

http://www.youtube.com/watch?v=oqBD3ckcwak&feature=related

 女性なら誰もが憧れる美容系のCM。スタイリッシュで綺麗な髪の持ち主でないと出演依頼は来ないだろう。

 第5位 hoyu Ne:collection 「エリカ」

 髪の染料のCM.ウェーブのかかった茶髪がワイルドな印象を与え、大人っぽい感じ。

同率第5位 ミニストップ ベルギーチョコソフト

 こちらもセクシーショット満載。23歳の大人の雰囲気を醸した作品。

その他

「コンタクトレンズ」

http://www.youtube.com/watch?v=4CtzdUCl_2w

「SEGA ぷよぷよ」

http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=shqluyNVuDg&feature=endscreen

「はるやま」

http://www.youtube.com/watch?v=huJnYxJxlgU&feature=related

「マツダデミオ」

http://www.youtube.com/watch?v=RqPdqb_VFIg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=JIuxCZHvVWE&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=wl4qkabnfkk&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=-mtyJIMZdig&feature=related

「じゃがりこ」

http://www.youtube.com/watch?v=k3RhMCRP7Iw&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Tv570yBnHHo&feature=related

「ホームメイト」

http://www.youtube.com/watch?v=1C1ZovOYAd0

「戸田恵梨香CM集」

 最後までご覧いただいた方へお宝映像です。

http://www.youtube.com/watch?v=VmpzzygSzf4&feature=fvwrel

 記事作成:5月2日(水)

2012年5月18日 (金)

シンデレラエクスプレス

 1987年、バブル全盛の頃に流行した「シンデレラエクスプレス」を覚えているでしょうか?「JR東海」の自主製作CMで火がついた、まるでドラマや映画のシーンを地で行く光景が週末の東京駅で演じられていたことを。これは決してフィクションなどではなく、遠距離恋愛をしていた若い男女の真実の物語だった。まずは一大ブームの火つけ役となった一本のCMからどうぞ。

 CM内のナレーションのように「距離に試されてふたりは強くなる」。これがキャッチフレーズだった。
 続いて大阪と東京で遠距離恋愛をする若い恋人同士が週末に東京でデートし、日曜日の20時30分発の最終の新幹線で帰って行く、そんな恋の物語をユーミンの楽曲によって描いたPVを紹介したい。

 私も20代の頃、郡山といわきで離ればなれの交際をしていた。毎週のように郡山に帰って一緒に過ごした。この映像は身につまされる想いだ。

 次に、横山めぐみが出演して話題になった「シンデレラエクスプレス」と「ハートカクテル」でお馴染みのわたせせいぞうが題材にしたこの「最終の新幹線の恋人たちの物語」をどうぞ!

http://www.youtube.com/watch?v=VmfSBH1XTJQ&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=CmBKPS_zlXg&feature=related

 誰もがドラマの主人公になっていた。恋に恋する自分に酔っている雰囲気がどことなく好きな時代観が滲み出ている。最後に、ドキュメンタリーとして放送された、遠距離恋愛を実際に行いっていたシンデレラエクスプレスの主役たちを取り上げた番組をご覧ください。

① 予告編

http://www.youtube.com/watch?v=sSPqMo3aaRU&feature=related

② シンデレラエクスプレス(週末の恋人たち)

③ 夢で逢えたら(その後の真実の物語)

 映像を見ていると他人事ながら切ない気持ちにさせられる。お互いに愛しているのに、離れなければならない現実。与えられた48時間、ずっと寄り添っていたい気持ちに溢れている。最終の新幹線の真っ赤なテールライトを見送った後の彼女の寂しげな表情とひとりで家路に向かう悲しい影。明日からはお互い別れを引きづらないようにして仕事に向かう日々。ただ週末の彼との甘いひとときを心の拠り所にして。決してドラマではない真実のドラマが週末ごとに繰り返されていたことを、私はいつまでも覚えていたい、そんな気持ちにさせてくれたPVだった。

 記事作成:4月30日(月)

2012年5月16日 (水)

人生の落日 ~花散る日~

 この日(5月16日)は私にとって尊敬してやまなかった亡き祖父の命日という特別な日なので、今回で三度目になるが、この詩を再掲載し、亡き祖父に捧げたい。

 人生の落日 ~花散る日~

また僕は人生で大切な人を失った 
親父が死んで ずっと父親代わりだった心の支え
あなたは僕にとって大きな存在 
幼少の頃は未熟児だった僕に剣の道を説いた
尊敬する人は誰かと聞かれれば 
僕は迷わず祖父の名前を挙げるだろう・・・

明治生まれの生粋の会津人 
「ならぬものはならぬ」の精神が体の髄まで宿り
威厳と風格に満ち溢れ怖い存在 
でも孫には優しく自分にとって良きおじいちゃん
あなたは僕の人生そのもの 
身を持ってその手本を示してくれた

忙しく日本中を駆け巡る姿 議員 市の役員 
そして自らが創設した踊りの協会
幾つもの役職をこなし 
すべて一銭にもならない慈善活動 
社会貢献に身を投じ一生を捧げた 
そんなあなたの実直で懸命な生き方に周囲は
黙ってついて行った 
苦労の甲斐あって功績が世に認められ 数々の褒章と受勲
それでもあなたは驕ることも偉ぶる素振りも見せなかった
その人柄を慕って多くの人が寄ってきた 
あなたの演説は「金べろ」と称され 
あなたが話せば爆笑の渦と拍手喝采の嵐

そんなあなたでも僕が困った時は必ず
救いの手を差しのべてくれた
いつもあなたは眩しい存在 強くて大きくて 
そして近くて遠い存在 僕の誇りだった

しかし人生七十五年の節目に大きな転機が訪れた 
長年連れ添った妻との死別
それでもあなたは悲しい顔ひとつ見せず気丈に振る舞い 
元気を装っていた

その後あなたは寂しさを振り払おうと
孫娘を連れだって講演や踊りに没頭した
やがては一人身の暮らしにも慣れていった 
でも寂しくない筈はなかった

その自慢の健脚も八十歳を過ぎて翳りが見え 
あなたは健康を患い入院をした
年を重ね 徐々に体の自由が効かなくなり 
気弱な面を見せるようになると
不思議にあなたは穏やかになり 
とても身近な存在に思えてきた

そして平成十五年 あなたが卒寿を迎えたばかりの冬 
長男の突然の死 愛する妻と息子に先立たれ 
どんなにあなたは辛かったことだろう
戦友 親友 仲間を毎年少しずつ見送り 
次は自分の番がいつ来るのかと
背中合わせの死の恐怖に怯え 闘うことを強いられた 
そして周囲の誰も気づかぬうちに 
少しずつ病魔が忍び寄っていた
 


その後 あなたはすっかり元気を失くし 
表舞台から身を引き 寝たきりとなった
「命ある者はいつかは必ず朽ちる 
命の期限は人によって違うが 太く短く生きるか
細く長く生きるかの何れかだろう 
長く生きることは悲しみをすべて受け入れること」

やがてあなたの体に病変が見つかり 
少しずつ蝕んでいき 入退院を繰り返した
剣道で鍛えた強靭な精神と体も 
寄る年波の前でたじろいで見えた
「年内持てば良い」と医師から宣告され
十六年の暮れ 誰もが覚悟した最後の入院
初めてあなたは病院で正月を迎えた 
見舞い客の前では決して弱気を見せず 
何度も「大丈夫だ」を繰り返し強がって見せた 
それが自分への勇気づけ 

その後 あなたは不屈の精神で命の炎を燃やし続け 
何度も危機を乗り越えた
春 「桜を見たい」という最後の願いを己の気力で叶えた
誰もが奇跡を信じた 一時退院が認められ 
車内から通りすがりに見る卯月の空に映える満開の桜
あなたがこよなく愛し 
何度も足を運んだ公園のソメイヨシノの桜並木 
桜吹雪が車道を埋め 
その中をあなたを乗せた車がゆっくりと潜り抜けた 

「嗚呼 綺麗だな・・」
あなたはポツリ独り言のように呟き 
静かに瞳を閉じ いつまでも余韻に浸っていた

そしてその数日後 花びらが散るようにあなたの命も散った

朝 仕事先にかかった兄からの一本の電話 
「危篤 すぐ来い・・・」
とるものもとりあえず 病院へ向かう車の中 
涙で滲んで前が見えない

前日あなたは珍しく気弱で 初めて僕に我儘を言った 
「このまま死んでしまうんじゃないか」「眠るのが怖い」 
付き纏う不安
あなたが眠りに着くまで僕は傍に寄り添い 
励ましながら痛がる背中を擦ってあげた
これが僕にできる最後の孝行となった

「待っていて もうすぐ行くよ」
焦る気持ちと裏腹に無情に変わる信号 一秒が惜しい
仕事帰りに通い慣れた病院への道 
来るべきものが来たことを悟った
階段を駆け上がるといつもと違う病室 
扉を開けると一縷の望みを賭け
懸命の救命処置が続いていた 
しかしその甲斐なく再び息を吹き返すことはなかった

別れの時刻が主治医から告げられ 
張りつめていた力が一瞬で抜け床に崩れ落ちる
「おじいちゃん よく頑張ったね お疲れ様」
その言葉しか見つからなかった

ベッドの上であなたは これまでの苦しみから解き放たれ
安らかで それでいて 満足そうな死に顔を湛え 
「悔いのない人生だった」と周囲に伝えているようで
それは立派な大往生だった・・・

愛妻と死に別れてから十八年後 
ようやくあの世で再会を果たした

今 同じ位牌に二つの戒名 
それだけが残された僕たちにできるせめてもの恩返し

ほどなくして昔世話になったという見覚えのある人たちが
最期の別れに集まる
皆が「会長」と過ごした時間の思い出話に花を咲かせ
故人を偲んで語り合う 

晩年あなたが過ごした一軒家にて 
遺品の整理で出てきた想い出の品々
従軍時代の貴重な日記 
そして人生を物語る数々の色褪せた白黒写真
戦争で一度は死を覚悟し 家族に宛てた手紙 
そして所々に添えられた見事な挿絵
隠居後は孤独に耐えて 本当の死の恐怖と闘い続けた 
そんな祖父の生涯だった

耳を澄ませば 今も聞こえる電話の向こうの
凛としたあなたの声
背筋をしゃんと伸ばし 茶の間で寛ぐあなたの面影が 
この胸に去来する

「ありがとう 僕の大切な人 でもさよならは言わない」

だってあなたはいつでも僕の人生そのものだから・・・・


 平成十七年五月十六日 祖父他界 享年九十二歳 合掌



Cherry_trees

 あれから丸7年。あの日は月曜日だった。祖父との思い出はいつも「大徳」にある。祖父の生き様を手本とし、自分があの世へ導かれた時に、恥じない生き方をして、胸を張って報告をしたいと考えている。

http://homepage3.nifty.com/tmsuzu/jinseinorakujitu.htm

2012年5月15日 (火)

魅惑の化粧品レディーたち

 資生堂や鐘紡レディー、メナードレディーなど化粧品メーカー専属のモデルや水着モデルなどが持て囃された時代があった。クラリオンや東レ、レナウンもまた然り。また美人モデルの代名詞と言えば東京モーターショーの自動車レディーもまた定番だった。1970年代後半から1990年代までが全盛だったと記憶している。今日はそうした時代を席巻し、一世を風靡したキャンペーンギャルのCMにスポットをあててみたい。

 1977年「ピュアレディー」(小林麻美)

 35年前でこの美貌!当時モデルとして超一流だった彼女。その後、数多くのCFに出演。1984年には「雨音はショパンの調べ」で歌手デビューも果たした。プロフは以下の通り。
 小林麻美(こばやし あさみ、本名・田邉稔子(たなべ としこ・旧姓小林)1953年11月29 日 - )は、元歌手・女優・モデル。1991年に所属事務所だった田邊エージェンシーの社長と結婚し、芸能界を引退している。東京都大田 区生まれ。

 資生堂「君の瞳は10000ボルト」(ルーシー島田)

 資生堂「ナツコの夏」 燃えろいい女

 今で言えば肉食系女子の典型だった小野みゆきが出演。野性的な感じがウケ、モデルとしても一流だった。戦国自衛隊が印象深い。サスペンスものに多数出演した。

 小野みゆき(おの みゆき、1959年11月17日 - )は日本の女優である。本名、西野 美幸(にしの みゆき)。静岡県出身。オスカープロモーション所属。1979年、資生堂化粧品のキャンペーンガールとしてデビューし、その後は女優として映画、テレビ、舞台で活躍。1990年代後半以降は未入籍の母(それ以前に離婚歴あり)となり、海外で育児に専念している。

 資生堂サイモンピュア「プラットフォーム」(山咲千里)

 1980年代に颯爽とブラウン管に登場し、色白美人として人気を博した。

 山咲 千里(やまざき せんり、1962年4月24日 - )は、日本の女優、エッセイスト、 ビューティーアドバイザー、DJである。本名:杵村 千里(きねむら ちさと、旧姓:山崎)。 京都府京都市出身。慶應義塾大学文学部通信教育課程中退。血液型はA。

 1980年資生堂エクボ洗顔フォーム(山田由紀子)

http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&v=4mtgJpL_628&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=ykPn9fsRw94&feature=related

 山田由起子(やまだ ゆきこ、本名及び旧芸名:山田由紀子 1961年12月8日 -)は、日本 の元女優・タレント。静岡県焼津市出身。中学、高校時代は体操部に所属。県大会で入賞した実績あり。また地元の教育委員会による子供会ではその代表としてボランティア活動等に従事していた。高校卒業と同時に上京、スカウトされ化粧品「エクボ」のCMモデルに抜擢される。商品名の通りの印象的なえくぼからCMソングを歌っていた歌手と混同されるというエピソードがあるほどの人気を博した。 その後は女優としてテレビで活躍したが、現在は引退。

 カネボウ「サンケーキ」(夏目雅子)

http://www.youtube.com/watch?v=9-43PHrlVEI&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=lyQkPegsaEY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=MYGiB8ulgm8

 カネボウキャンペーンガールとして芸能界デビュー。

 夏目 雅子(なつめ まさこ、1957年12月17日 - 1985年9月11日)は、日本の女優である 。カネボウのキャンペーンガールとなり、「クッキーフェイス」のCMで注目を集め、この時、夏の 注目の目玉商品になることで、芸名を本名の小達雅子から夏目雅子へと改名する。
その後の活躍は周知の通り。西遊記や鬼龍院花子の生涯などいろいろな役柄に果敢に挑戦した。聡明な印象を醸す大女優としての地位を確立した頃、1984年に伊集院静と結婚し、幸せを手にした途端、急性骨髄性白血病を発病。1985年9月11日午前10時16分、逝去。約7ヶ月という長い闘病生活を送りながらも順調に回復し、退院間近の報道もあった矢先であったが、その後、抗がん剤の副作用等が原因とみられる肺炎を併発。8月下旬からずっと高熱を発し、9月8日に突然熱が一時的に引いたが、翌日から高熱を発して意識不明の重体になり27歳で死去。

 カネボウ「レディ80口紅~唇よ熱く君よ語れ~」(松原千明)

 ご存知、石田純一前妻である。

 カネボウ「レディ80~キッスは目にして~」(佐藤美知子)

 カネボウ 「レディ80パウダーカラー~How manyいい顔~」(壇ちひろ)

 カネボウ化粧品1987-1988年(西山由美・南野陽子・沢口靖子)

 今では北川景子、米倉涼子、山田優、竹内結子など女優を起用するケースが多い。個人的に私が好きだったのは栗原景子。彼女は雑誌『non-no』のモデルをつとめ、当時からジョジ後藤に続く美人モデルとして男性からも絶大な人気を博していた。1984年、カネボウの水着キャンペーンガールに選ばれた。キャッチフレーズは「サンシャインカット」。1986年には月刊プレイボーイ誌でヌードグラビアを飾り、以後女優やテレビタレントとしても活動した。

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http://www.youtube.com/watch?v=DBtvvJzwftY

 記事作成:4月27日(金)

2012年5月14日 (月)

私が好きだったCM32

 JR東日本 「MY FIRST AOMORI」

 このCMは東北新幹線青森開業を記念して制作されたPR用のCM。2010年12月に待望の開通を見たが、その僅か4ヶ月後に東日本大震災が発生し、営業停止に追い込まれた。新幹線の青森延伸が悲願だった青森県民にとっては出鼻を挫かれた格好となったが、このCMの美しさは色褪せることはなかった。とりわけ旅好きの私にとってはたまらない魅力に溢れたCMだった。わくわく感、見知らぬ土地での新しい出会いやふれあいに期待してしまう。旅の魅力はそんな新しい体験が待っている気分にさせてくれるところだろう。まだ見果てぬ夢への旅路。そんな浪曼を想い描いたCM作品だった。以前、特集で紹介したが、何故か初心を思い出し、自分自身を取り戻すためにも再掲を決めた。

 若手俳優の三浦春馬とオーディションで選ばれたシンデレラガールの岸本麻依さんが共演している。どことなく吉高由里子や高岡早紀に似た印象の彼女。おとなしめで清楚な印象を醸し、どことなく文学少女のイメージは私のど真ん中ストレート。地元青森県出身の女子高生ヒロイン。中学時代は英語の弁論大会で優勝したほどの才女らしい。

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 BGMの曲名は、槇原敬之の「素直」という曲で、PRCM、ドラマCM 第1~4話に使われています。

http://www.youtube.com/watch?v=rHclVBB_ZqM 

     槇原敬之「素直」

話を切り出す順番 ゆずってくれたから
僕のことばかり聞いて 結局君は後回し
いつも通りに大きく 手を振ってくれた後
歩いて帰る君の いつもより小さい背中

さびしがり屋はいつも 僕に笑ってくれた
自分よりさびしい人が これ以上増えないように

そんな君に少しも 気が付けなかったけど
一番伝えたい言葉は 「ごめん」じゃなくて

「ありがとう」


ポケットに手を入れながら 歩く癖の訳は
いっぱい詰め込んだ気持ちを こぼさないように

なんだかわからないけど すごく胸が痛いよ
同じように感じてるなら 慣れるまで
我慢なんて もうさせない

今度また僕から先に 話し出したとしても
口を手でふさいで君の 言葉を逃がしてよ

言葉にならなくてもいいから

 PR用CM集

 メイキング映像はコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=hvxb5PrqzCI&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=Rm_a4ShFYfg&feature=endscreen

 このCMは、学生時代からひとり旅を愛してやまなかった私にとって、いつまでも大切にしたい想いが凝縮している。若い頃と違って感慨に浸る場面が少なくなった日常。仕事に追われ、都会の喧騒の中で自分を見失いそうになった時、ふと旅に出て自分自身を取り戻したくなる衝動に駆られることがある。そんな想いを如実に表現してくれたCMだった。

 記事作成:4月27日(金)

2012年5月12日 (土)

福島県出身のアナウンサー④

 ~猪俣理恵 編~

 彼女は地元福島放送(KFB)のアナウンサーで、とにかく明るく元気な面を売りにしている。この4月から土曜日の朝9時半から30分間放送している新番組「ドミソラ」のMCを担当している。とにかく明るく元気がトレードマーク。そして可愛らしい仕草や表情を時折見せる。この番組は桑野にあるKFBのスタジオから生放送でお送りしているが、その収録スタジオが東側のGSの歩道から垣間見れる。主なコーナーは「旅ガール」「女子力UP」「おしゃれ対決」「ドミソランナー」「ときまる調査隊ム」「ドミソランキング」「気になりにゅ~す」「教えてフルーツマイスター」「占い」「天気」で、30分番組ながら盛りだくさん。女性をターゲットとし、女性目線のテーマが多く、地元密着型で女子会のようなワイワイガヤガヤで盛り上がっている。では彼女のプロフィールを紹介したい。

 1982年8月27日生まれの現在29歳。おとめ座のA型。地元会津若松市生まれ。日本大学東北高等学校を経て関西大学社会学部を卒業後、2006年契約アナウンサーとして入社。現在は正社員に切り替わったのか、5年目に突入。2010年暮れ、アナログテレビジョン放送終了まで既に250日を切ったという状況下で、笠置わか菜から地上デジタル放送推進大使職を引き継ぎ、小野美希(テレビユー福島)に次ぐ地元出身の地デジ大使となった。小野も同じ会津若松出身である。視力が良いのが自慢だったそうだが、入社後に視力が悪くなり、眼鏡を購入し続いてコンタクトを購入したとブログで告白。趣味は高校野球観戦。特技は料理とダンスをたしなんでいるという。会津ものしり検定に合格し、会津文化検定士初級認定。自分の性格を几帳面にして好奇心旺盛と分析。短所はネガティブ。やはりA型性格の特徴が出ている。(WikipediaとKFB公式プロフより)

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KFBの公式プロフィールはコチラ

http://www.kfb.co.jp/ana/inomata/profile.html

 「ドミソラ」のMCの模様はコチラ

 女性に歳の話は失礼だが、実齢とは思えないほど可愛らしいし、気持ちも若々しい。関西の大学を卒業しただけあって、ひょうきんでノリが良い印象を受ける。彼女のような底抜けに明るいキャラが今の福島県のマスコミ界には欠かせない存在のように思える。今後も県民に元気と希望を与え続けてほしい。彼女の活躍にますますの期待を寄せたい。

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記事作成:4月26日(木)

2012年5月 5日 (土)

想い出のドラマ「同窓会へようこそ~遅すぎた夏の帰郷~」

 1999年8月16日にTBS系列で放送された「同窓会へようこそ~遅すぎた夏の帰郷~」という番組を覚えているでしょうか?トヨエツこと俳優の豊川悦司と当時アイドルだった加藤あいが共演し、話題になったミステリードラマだった。舞台は真夏の倉敷。あらすじは以下のようなものだった。

 コンピュータープログラマーの坂木旬一(豊川悦司)は、東京で妻1人子1人の家庭を構えている。ある夏の午後、旬一のもとに故郷・倉敷の高校の同窓会名簿が届けられる。上京して20年。旬一は家庭の事情などから、その間一度も帰郷していなかった。そして当時の恋人・中原祥子(加藤あい)とも音信不通となっていた。その祥子の名前を名簿で見つけると、名字は変わっていなかった。そんな時、なぜか祥子から電話が入り、2人は同窓会の前日に再会することに。しかし、倉敷にやってきた旬一が会ったのは、祥子の娘・夏生(加藤あい)だった。夏生は20年前の祥子に瓜二つで、しかも旬一に興味を持ち、祥子への気持ちを確かめるような言動をとる。次第に過去と現実の区別がつかなくなっていく旬一。彼女は夏生なのか、それとも…。(TBSチャンネルより引用)

 出演・・・ 豊川悦司、加藤あい(2役)、金子賢、茂森あゆみ、田口浩正、近藤芳正、筒井康隆、上原奈美、筒井真理子、峰岸徹、風吹ジュン、ほか

 <関連ブログ>  ドラマの概略・ロケ地紹介など

http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/d1169.html

http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-33688

http://etsushi.net/uozaalbum/doso.html

http://www.f3.dion.ne.jp/~arision/page-dousoukaiheyoukoso-1.htm

http://buta-neko.net/blog/archives/2006/03/post_708.html

 <シーン回顧>

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 主題歌はコチラ ガーデンズ「エンドレスサマー」

http://www.youtube.com/watch?v=0emhkC2B678

 最後は悲しくて切なくなる結末が待っている。高校を卒業後、東京の大学へ旅立ち、離ればなれになってしまった大好きだった彼とその夏の同窓会で会えることになり、楽しみにしていた矢先、他人が巻き込まれそうになった交通事故を庇い、自分が身代わりとなって大型トラックにはねられ、18歳という若さで不慮の死を遂げた中原祥子。彼女は彼への強い思いから幽霊となって、20年ぶりに彼に近づいたのだった。祥子の娘と称して旬一をデートに誘い、恋人のように振る舞う。まるで無くした時間を取り戻すかのように。20年振りに愛しい彼とやっと会えた嬉しさ。そしてずっと待ち続けて、彼に会えなかった寂しさから、彼を自分と同じ死の世界へと引きずり込もうとする。でも良心が咎め、最後の最後で思いとどまる。真実を知った彼と20年越しに本心から向き合えた彼女が、瀬戸内が見下ろせる高台のお寺の展望台で織りなすラストシーンはあまりにも辛く、涙なくしては見られないストーリーだった。

 ところでこのドラマが放送された時、中原祥子(夏生)役の加藤あいはまだ16歳だった。いたずらっぽい仕草や息をのむような切ない表情は、すでに大人の色気を漂わせていた。実は昨日の5月4日(金)に、久し振りにこの番組の録画テープ((8ミリテープ)を引っ張り出して観て涙が出た。この作品はビデオ(VHS)で発売されているが、未だにDVD化には至っていない。これほどの名作、どうしてしないのか不思議だ。このドラマが放送されてもう13年も時が経った。自分も歳をとる筈だ。しかし、私にとってこのドラマは特別な作品で、最初に観た時に言い知れぬ感動を全身で味わった。このように良い作品というのはいつまでも個々の脳裏に深く刻まれ、記憶として後々までも残るものだということを私自身が自覚しているし、自らが確証を得た思いだ。なぜなら10年以上も前のことをこうして記事に書けるほど心に残っていたのだから。ぜひ、これ以上記憶が色褪せないように再放送もしくはDVD化を期待して結びとしたい。

 記事作成:5月4日(金)

 <お断り>

 今回の記事は、5月31日に掲載する予定でしたが、急遽早めてアップさせていただきたいと存じます。理由はGW中で、帰省をされている方が大勢いることから、故郷を大切に思う気持ちを呼び起こしてほしかったことと、昨今、環境の変化によって感傷に浸りやすくなった私自身の気持ちを少しでも癒したいという意図から先に掲載すべきとの考えに至ったためです。また、上の画像は古いビデオテープの再生中、直接テレビ画面を撮影したものにつき、多少色ボケがあります。ご了承ください。

 <追記>

 信じられないが、平成26年4月5日(日)に、偶然にデジタル小説がネットに掲載されていることを知った。たぶん、このドラマのファンがVTRを掘り起こして書き下ろしたものだと思う。一応リンクしておきます。コチラをクリック

 <追記 2016.1.21>

 「YouTube」にこの作品がアップされているのを発見しました。16年半ぶりに恋人に再会した想いです。いつ削除されるかわかりませんので下にリンクします。

 今は亡くなられている方もいて、妙に懐かしくなりました。やはり最後の瀬戸内を望む神社の境内のシーンは涙なくしては見られない。この映像がずっと残っていることを願いたいと思います。

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