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2012年6月14日 (木)

想い出のドラマ「昨日、悲別で」

 1984年にNTV系列で放送された「昨日、悲別で」というドラマを覚えていますか?北海道をこよなく愛した作家・倉本聰氏の代表作のひとつである。私が北海道にいた昭和59年から61年頃には、彼は既に当地に移り住んでいた。昭和58年に、彼はテレビドラマ『昨日、悲別で』をこの世に送った。それを私は郷里で観て、北海道への思いを強くした。それは私が受験地獄に喘いでいた頃のことであり、また実際に北海道へ行くことが正式に決まる一年前のことだった。やがて、夢が現実のものとなり、憧れの北海道の地を踏みしめた私は、予てからの課題だった「悲別」のロケ地巡りに没頭した。ドラマの中で「おっぱい」役の石田えりが住んでいたとされる廃屋と化したペンケ沢の炭住、悲別の舞台となった上砂川の駅や町、萎びた炭坑跡、ラストシーンで主人公「竜」に扮する天宮良が「おっぱい」を追いかけて求愛して盛り上がった砂川の駅。そしてミュージカルスターへの道を歩むきっかけとなり、試練の時を過ごした「悲別ロマン座」。この様に、ありとあらゆる場所を訪問した。そして決して忘れてはならないのが、テーマソングの“風”の「22才の別れ」だった。

Kinoukanashibetu Kinoukanashi

 私が大学2年の頃になると、地元の青年会の有志たちの働きかけで、町復興の切り札としてミュージカル『昨日、悲別で on stage』が上演された。テレビと全く同じ出演者を一堂に会し、特に北海道創生の原点ともいえる炭坑町を中心に、4か所で演じられた。実に涙なくしては見れない感動の舞台公演だった。ストーリーもテレビ編と同様の内容だった。

  ここでこのドラマをあまりご存じない方のために、あらすじだけかいつまんでお話しすると、北海道の廃れた小さな炭坑町で生まれた田舎育ちの青年(中込竜一)が、近所に住む映画好きのおじさんの影響でダンスミュージカルにカルチャーショックを受け、自分も一旗揚げようと上京する。昼間はダンスのレッスン、夜はスナックパブのショータイムに出演する傍ら、チャンスを伺っていたが、どうもうだつがあがらない。同期の奴等はどんどんチャンスをものにし、スターへの階段を昇っているというのに・・・。そんな時、或るオーディションで「竜」は偶然に同郷の女の子「おっぱい」(小沼ゆかり)と再会する。その娘は、高校時代不良娘のレッテルを貼られ、悲別を逃げ出した訳だが、その後「竜」と同じダンサーを夢見て東京に出ていた。しかし、田舎育ちの彼女は、東京に当てなどなく、生活苦と資金難から自らの体を売ることで生計を立てていたのだ。やがて、それが政界をも巻き込んだスキャンダルに発展し、マスコミによって汚名を着せられた彼女は深く傷つき、逃げ場を探して故郷に戻る。そんな彼女を、同じく夢途絶えた「竜」を始め、悲別の昔の仲間たちが温かく迎え入れ、互いに傷つきながらも共に励ましあい、仲間意識を強めていくといった、言うなれば青春ストーリーだった。当時はかなり話題になり、北海道では二度三度と再放送を繰り返すほどの好評を得た。
 ところが平成2年の4月に、或るテレビ局でこの続編とも言うべき番組が放映された。やはりミュージカル形式で、そのタイトルも『今日、悲別で』という、まさにあの感動を巻き起こした前編に継ぐ、悲別の7年後を描いた内容の物だった。

 では早速私が心酔したドラマの冒頭部分と感動を呼んだ最終回の名シーンを「Youtube」の映像で振り返りたい。

 第一話

 去年の春まで悲別にいたんだ 
北海道の砂川って町から南に入った炭鉱町でね
昔は良かったけど今はもう駄目さ
炭鉱はつぶれる寸前だし 国鉄だってひどい赤字で
もうじきなくなるっていう噂がある
悲別ってのは元アイヌ語でね ケナシ別から
来たって説とカナウシ別から来たって説と
どっちでもいいやそんなこと 
そこの高校を出て東京に来たんだ
今この店で働いてる 働きながらタップを習ってる
ご機嫌だよ東京は ほんと最高
駅長や与作を呼んでやりたいね 
あいつら一生あっちでやっていく気だ
思っただけでも落ち込んでくるぜ
あっちのことは忘れたいんだ 山も炭住も雪も川も
それとそれからお袋のことも
でもそのお袋がさ 手紙をよこすんだ
見ったくない字でさ しまんない手紙を 
ほんとにしまんなくって 涙が出てくる
昨日、悲別で キツネがひかれた
昨日、悲別で 女の子が生まれた
昨日、悲別で 飲み屋がつぶれた 
昨日、悲別で 昨日、悲別で・・・

最終話

 私は北海道に在住した2年間の学生生活の中で、各ロケ地をバイクで旅して歩いた。その頃は、架空の町・悲別として描かれた上砂川駅、そして歌志内から北東に5kmほど行った地点にあった「ロマン座」、ラストシーンで竜こと天宮良がおっぱいこと石田えりを追いかけて告白した砂川駅、さらに東京に引っ越してからは、タップチップスがあったホテルニューオータニなどへも足を運んだ。とにかくこのドラマに登場した情景にドップリと浸かっていたかったのだった。

昭和59年日本テレビ系列で放映

原作脚本 倉本 聰
主 演  天宮 良  石田えり
     布施 博  梨本謙次郎
     五月みどり 千秋 実
     大滝秀治

ロケ地  北海道上砂川町
     東京 Tap tips 他
主題歌  「 Memory 」
     「22才の別れ」
     「シングシングシング」
     「ニューヨークニューヨーク」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A8%E6%97%A5%E3%80%81%E6%82%B2%E5%88%A5%E3%81%A7

 これを読んでくれた方々が、それぞれに若かりし日のことを思い出していただけたら幸いだ。私は当時、大学1年生。弱冠19歳という若造だった。しかし、少なからず、このドラマを観て、夢を抱くことの大切さや、自分の人生を見つめなおす契機となったことは間違いない。長い人生、何かに影響を受けたり、感化されるものに出会う場面は必ず訪れる。運命が切り替わる瞬間を見逃さないことが、人生の醍醐味ともいえる。尊敬できる誰かに影響を受け、あるいは出来事に遭遇する。人はそうして成長していくのかもしれない。私は、このドラマを通じて多くのことを学び取った。人を大切に思う心・・・。それも今の私を支えている大きな出来事となった気がする。

 記事作成:5月11日(金)

 追記

 この記事を書いた約一か月後の6月5日(火)に地元郡山の文化センターを会場に、この作品の続編ともいうべき「明日。悲別で」という劇が上演されることがわかった。被災地を元気づけようと、廃坑になった北海道の上砂川(悲別)を舞台に、決して希望を捨てずに夢を追いかけている人々の姿を描いた感動作のようだ。「昨日」「今日」そして「明日」とタイトルを一部変えながら、過去・現在・未来というように時間の経過を追って、その後の悲別を描くことで、廃坑になった町がその後、どういう経緯を辿り、どういう末路を描いたかを表現している。倉本聰のこの作品に賭ける思いがひしひしと伝わってくるようだ。それは原発事故で苦しむ我が福島県の将来像と重なって見える。これはぜひ見なければならない。7月18日(水)に上演予定。

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コメント

今、ケーブルで録画したこのドラマを初めて見ています。竜(雨宮)の心のつぶやきに共感したり呆れたり胸が詰まったり・・・
こんな作品だったとは!
同時まったくこの作品を知らなかったことが悔しい。
この年齢(50歳)になってみると感慨もひとしおです。
まだラストまでみていませんが、じっくり堪能しようと思っています。

 ーコメントありがとうございます。ライター名が無かったので何とお呼びすれば良いのかわかりませんが。この作品は北海道を舞台にした若者の紆余曲折を描いた秀作だと思います。「北の国から」同様、主人公の心の叫びや心理状態をつぶさに描写していますね。これは作家・倉本聰の手法でしょう。これから回数を重ねて見ていくうちに、様々な人間模様が渦巻くことにお気づきになられると思います。駅長(布施博)、与作(梨本謙次郎)、竜(天宮良)、そして石田えり演じるおっぱい。そして映画好きのおっちゃん(千秋実)。そして五月みどり演じる竜の母親の存在など。夢と挫折、浪漫、友情、悲恋がたくさん詰まった青春群像です。私はロケ地の上砂川や歌志内のロマン座に何度出かけたことか・・・。ぜひ最後までご覧頂きたいと思います。きっと私と同様、北海道への思いを強くされることと思います。(SUZU)

このドラマはリアルタイムで見てました。
なにかの番組がヒントで思い出しました。
また見たいと思います。

心に楔を打つほど人生を変えたといってもいいドラマだった。

思い出すと今も苦しい日々。でも長いトンネルもいつかは・・・って思った。


ー 残像さん、初めまして。コメントありがとうございます。「昨日、悲別で」は私にとっても特別なドラマです。このドラマに感動して、北海道の大学に進学し、ドラマのロケ地を旅して回りました。おっぱいが住んでいたペンケ沢の炭住や上砂川(悲別)駅やその町並み、歌志内にある悲別ロマン座などを見て回りました。また、3年生になると東京のキャンパスに移り住み、ホテルニューオオタニ」にあった「タップチップス」も探して歩きました。それほど熱中し、学生時代の時分に影響を与えたドラマでした。その後、何度か再放送やBSでも放送したと思います。千秋実さんや大滝秀治さんが亡くなり、このドラマに出演されていた方々が減ってきていることを寂しく思います。
 また、気に入った記事がありましたらコメントください。(SUZU)

SUZUさんへ

私も同じく、このドラマに大きく心を動かされた人間の一人です。

中学3年~高校1年生だった多感な時期にリアルタイムでこのドラマを観ることができたのはラッキーでした。当時は家にビデオデッキもありませんでしたので、見返す機会もなく忘れかけていたその3年後に、本屋で偶然シナリオを発見したところから本格的にハマってしまいました。
個人的に倉本先生の作品は、映像で観るよりもシナリオで読む方が好きです。役者さんによって表現の方法が変わるのと、生の言葉の重みが伝わりやすいように感じるからです。『昨日、悲別で』をきっかけに、倉本先生のシナリオはほぼ読破し、映像は観たり観なかったり(観ることができないものも多いですので)です。

大学時代に私も北海道をバイクで旅した時に、上砂川からロマン座にかけて当時の映像を思い出しながら楽しませていただきました。ロマン座には3年前にも行きましたが、当時と変わらずノスタルジックで独特の場所でしたね。これからもたまに行くと思います。

東京の西麻布にマンディーがやっているお店があるのご存じですか?私はたまたま会社の同僚がそこに行ったことがあったのを数年前に聞きつけて、それから東京出張の際によく行っています。マンディーももう随分おっさん(おばさん)になられていますよ。

 マッシーさん、はじめまして。コメントありがとうございます。嬉しいですね、話が通じる人からのコメントは何よりです。私も「昨日、悲別で」は1980年代を代表するドラマだと思っています。倉本作品がすごいのは、シリーズドラマで完結せず、その後も続編が作られる点です。この作品も「今日、悲別で」、「明日、悲別で」が制作され、ミュージカルで再現されました。「北の国から」はそのお手本のような作品になりました。私も随分北海道に行っていないので、いずれバイクなり車なりで訪ねて、27年前とどう変わったか、この目で確かめたいと思います。ロマン座も私が北海道に住んでいた当時は、雪の重みで屋根が崩れたり、それは廃墟同然でしたが、ドラマに感動した旅行者が多く訪れるようになって、綺麗に整備し、入口には倉本聰自筆の立て看板まで拵えられたのを覚えています。
 マンディ、懐かしい名前ですね。私より年上だったので、もう50代かそれ以上の歳になっているでしょう。当時の
キャラの印象が強くて、今顔を見ても他人のように思えるかもしれないですね(笑)。天宮良、石田えり、布施博、梨本謙次郎、五月みどり、千秋実、マーサ、マンディなど出演者にまためぐり合いたいです。この作品もCSで再放送したりしていますが、なかなかDVD化されず、残念に思います。これだけファンが多いので、日テレに働きかければ、実現するかもしれません。(古き若き頃の想い出として大事に記憶にしまっておきたいという気もありますが)
 また何か気になる記事があったらコメントをお願いします。(SUZU) 

懐かしい。あのドラマを見てました。
上砂川の駅に22歳の時、バイクで一人旅しながら寄りました。
22歳の別れを聞くと、今でもあの頃の日々が鮮やかに蘇ります。
その年の冬もあの駅に寄りました。
私戻りたいなあの頃の私に。。(笑)。。

田中さん、初めまして。コメントありがとうございます。悲別には、大勢の方の想い出が染み付いていますね。あのドラマからもう30年ですよ。昭和59年~61年まで、私は2年間北海道に住んでいましたので、ドラマが放送された後、現地を旅しました。もう29年前の出来事です。
 昔を思い出そうと、実は、10日ほど前に、19年振りに北海道へ旅に出て、悲別駅やロマン座を見てきました。その時の模様は下をご覧下さい。
http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/731-eaad.html

 また、私のHPにも同様の記事がありますので、よろしければご覧下さい。
http://homepage3.nifty.com/tmsuzu/My%20homepage%20159.htm

  他にも何か気になる記事がございましたら、コメントをお願いします。(SUZU)

こんにちは。

きのうチャンネル銀河で再放送してるのを知り、懐かしくて思わず観てしまいました。

若者が夢を追う話なのに全編通してうっすらと悲しみと閉塞感が漂っていて、グイグイ引き寄せられました。

内容まですっかり忘れてしまうドラマが多い中、これは今も心揺さぶられる作品だと思います。

・・・・minamiさん、コメントありがとうございます。そうですか。「チャンネル銀河」は視聴できないので残念でした。
 本編放送時には、私は19歳で、これを見て私は北海道に住むことを決心しました。
 砂川市、上砂川市、歌志内市、東京のホテルニューオーータニなどロケ地はほとんど巡りました。
 若者の夢を追求する姿に心打たれる作品だと思います。
 当時、新人だった俳優も今ではベテラン。時の流れを痛切に感じさせてくれます。(SUZU)

もう一度見たいと思っていたので、銀河劇場の放送が嬉しかったです。竜ちゃん、駅長、与作・・
にもういちど会えた。100円玉がじゃらじゃら落ちていく公衆電話、インベーダーゲーム、ロマン座を修理する、与作のおやじさんのトンカチの音・・みんなみんな懐かしいです。32年前より、それぞれの悲しみが身にしみます。大滝秀治扮する春ちゃんの恋人が竜ちゃんに「女房と愛人のどちらが大事か選べない」と話すところは名シーンですね。今なら妙に納得できるから不思議です。
当時、黒澤監督の「生きる」を見たことがありませんでした。悲別が終わってから、すぐに見たら、千秋実さんが出てるじゃないですか。与作のおやじさんは、ロマン座に最後にかける映画に「生きる」を選んだんだと知ったら、「昨日、悲別で」を思い出して泣けました。

 ・・・・千枝子さん、初めまして。コメントありがとうございました。このドラマは私が19歳の時に放送されたもので、私の青春そのものなんです。だから敢えて北海道の大学に進学しました。もちろん、上砂川駅(悲別)駅やロマン座、砂川駅、東京に引っ越してからは「TapTips」のあったホテルニューオータニも訪れました。私の青春時代に影響を与えてくれたドラマです。
 この記事に共感していただけて嬉しいです。このドラマにはいろいろな方々の思いが詰まっていて、若かりし頃のあの時代を懐かしく思い出すことができるようです。さすが倉本聡さんです。
 千秋実さんや大滝秀治さんも亡くなられてしまい、出演者が年々減ってくのが残念でなりません。天宮良さんや石田えりさんも、最近あまり見なくなったのでそれも残念です。このドラマはDVDにはなっていないので、ぜひ実現して欲しいですね。(SUZU)

SUZUさん、こんにちは。

いちどコメント送ったのですが、うまくいかなかったようなので再送します。

「昨日、悲別で」 今年になってチャンネル銀河で放送されているのを観てはまりました(^-^)
リアルタイムで放送していた頃はちょうど20歳、その頃はまったく観ていなくて、このドラマの存在の記憶さえありませんでした。

オトナになって観てみると、こんなに面白いドラマだったのかぁ、と感心してしまいました。

繊細な若者の心の移り変わり、変わってゆく時代の物哀しさ、華やかさと影。
たまたま見始めたドラマですが、グイグイ惹き込まれていきました。

役者さんたちもみなさん魅力的、
リュウ(天宮良さん)も初々しくて良かったです(*^^*)
他の役者さんもみんな若くて♪

この間、リュウのガールフレンドだったユミちゃん(村田香織さん)が出演している「ダンスの時間」というドキュメンタリー映画を観てきました。
ご本人も来場されてトークショウもありました。
「悲別〜」当時のまっすぐな感じ、ショートカットは健在でしたよ。
30年前はまったく知らなかったユミちゃんとこうして同じ空間にいることが、なんだか不思議で、おもしろくもありました。
マーサやマンディも良いキャラでしたねえ。大好きです。

SUZUさんの「悲別〜」への愛を感じたので、コメントさせていただきました。
ありがとうごさいました(^-^)

 Bambiさん、初めまして。コメントありがとうございます。この番組が放送された時に、私は19歳でしたので、ほぼ同年代だと思います。
 北海道はいいですね。2年間住みましたが、何度も上砂川駅(悲別)駅に行きました。ロマン座にも5~6回行きました。2年前も行きましたが・・・。それくらいハマるドラマでしたね。田舎暮らしの若者の都会への憧憬や夢を追いかける姿、そして絆などどれをとっても素敵な青春群像でした。
 このドラマで共感していただけて嬉しいです。私はチャンネル銀河を受信できないので、最近は見ていませんが、当事の想い出を大事にしています。
 また何か気になった記事があったら、コメントお願いしますね(^-^)(SUZU)

SUZUさん初めまして、
今日歌志内市に行ってきました。なんか随分昔来たことがあるような、、、記憶が定かでなかったのですが、道路沿いにあったロマン座を見つけ、実に32年ぶりに訪れたことを確信したところです。私もSUZUさん同様にドラマを見て、北海道の大学に来ました。北海道には教養課程の2年間でしたが若かりし頃の思い出がいっぱいある地です。久しぶりに昨日出身校に訪れてみたら、跡形も無く更地になっており、短大廃止、教養部廃止に続き、附属高校も廃止になったとは、、、ショックでした。。ただロマン座がいまだに現存していたのは幸いです、建物を活用して喫茶店が営業してたようですが、早朝だったため入ることができませんでしたが、古き良き時代を思い出させてくれたことに感謝しています。

 KAZUさんこんにちは。コメントありがとうございます。
懐かしいです。おそらく同じ時期に同じ校舎に通っていたと思います。たぶん同世代だと思います。
 私は1984年4月から1986年3月まで在籍し、その後、東京に移りましたので、おそらくかぶってるのではないかと思います。
 その頃の昔話やバイクでツーリングしたHPをぜひKAZUさんにも見ていただきたいです。また、3年前の夏に再訪した際の記事も見ていただければ、同じ体験をした者同士、記憶がよみがえると思います。
 また、できれば感想などのコメントをお願いしたいです。(SUZU)

 1 学生時代 in 北海道 (1984.4~1985.3)

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/1984419853-60b1.html

 2 学生時代 in 北海道 (1985.4~1986.3)

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/1985419863-7624.html

 1 僕が北海道にいた頃(前編)
 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-5b02.html

 2 僕が北海道にいた頃(後編)
 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-6f36.html

 3 HPはこちら
http://homepage3.nifty.com/tmsuzu/My%20homepage%203.htm

SUZUさん、こんにちは。
今年の夏頃に、ここを知りました。
僕もこのドラマはリアルタイムで観ていました。
当時 僕は18歳~19歳(放送中に19歳になった)。
数年前にCSで「昨日、悲別で」の再放送を観て、当時の思いが蘇りました。
細かい所とか、ずいぶん忘れていました。
それから何かにつけて、このドラマが気になってしょうがなくなりました。
今年の7月に札幌出張の空き時間にレンタカーで砂川駅→悲別駅(上砂川駅)→悲別ロマン座→美瑛→富良野→麓郷→幾寅駅(鉄道員ロケ地)→帯広→夕張と、生まれて初めての北海道を1人で巡りました。
本当に楽しい旅でした。
砂川駅では喫茶店駅舎に使われた「やまいち」のご主人に当時の写真やお話をお聞きしました。
今はドラマのロケ地見たさに訪れる観光客も少ないようです。
悲別ロマン座は喫茶店になっていて管理人さんには美味しいお昼ご飯をいただき、映写室の中も見せていただました。
客席は屋根が無く、残るのはロビー部分とステージのみになっていました。
「北の国から」は裏番組の山田太一のドラマを観てて、実はスペシャル版から観だしました。
「北の国から」も素晴らしいドラマですが、やはり「昨日、悲別で」は特別です。
テレビ放送も少なく、曲の著作権の関係なのかビデオやDVD化さえ無いので、余計にそう思えます。
僕の兄は31年前に悲別駅やロマン座には行ってたので先日その当時の写真を見せてもらいました。
そして高倉健の「駅STATION」を観て32年前の上砂川の様子が見られました。
駅舎が変わってる。線路や駅舎も向きが違う。
あの頃の「悲別」は無くなってしまっていたと気ずきました。
駅前などはここが炭坑町だったとは思えないくらい何も無くなっていました。
30年前、またはJR上砂川支線の廃線の前に訪れていれば…悔やまれます。
ここで質問ですが、竜一の実家、ゆかりの住んでいたペンケ沢、あの長屋はどこに有ったのでしょうか?。
与作の父が亡くなった時のお墓と寺、その後に竜一と駅長が話をした川原など、グーグルマップを見ても今ではもう解りません。
来年は増毛〜留萌の廃線跡にも行ってみたいと思っています。
上砂川にも行ってなんとか当時の痕跡を探したいと思っています。

 Nanamiさん、コメントありがとうございました。私が2年間、住んでいたのが昭和59年~60年でしたので、ほぼタイムリーでしたね。私もこのドラマには思い入れが強かったので、ロマン座や上砂川駅には何度も行きました。当時はまだ廃線になる前で、実際に汽車も走っていました。駅前には石炭を溜めるズリ山があったり、石炭工場もありました。
 懐かしいですね。私も実は3年前に29年ぶりに当地を再訪してきましたよ。私とほぼ同じルートで、同じ観光地を廻られていてビックリしました。もし良かったら、私のHPとブログで書いた「昨日、悲別で、」に関する記事を良かったらご覧ください。下のURLをクリックするだけでご覧いただけます。(SUZU)

 1 僕が北海道にいた頃
 
 http://tsuriten.la.coocan.jp/My%20homepage%2013.htm

 2 詩集「風越波海の世界」(廃線前の画像)

 http://tsuriten.la.coocan.jp/My%20homepage%20159.htm

 3 北海道再訪記(当ブログ記事内)

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/731-eaad.html

 この時の失敗は、近くまで行ったのに、幾寅駅に行き忘れたことでした。「鉄道員」で使われたここも廃線・・・。確か、石勝線でここを特級電車で通過したと思うのですが、映画のロケ地になったのがそのだいぶ後でしたので、知る由もありませんでした。次回はここと夕張、襟裳岬、黄金道路を抜けて幸福駅、そして糠平湖の「タウシュベツ橋梁」を見たいですね。

記憶の奥からやっと辿り着きました。昨日、悲別で、ただ私が探しているあの教室の曇りガラスのシーンと22歳の別れの歌が重なって心に残っているのです。あの教室の曇りガラスは、昨日、悲別ではなかったのか、また記憶の奥に探しに行かなくてはならないかな?誰か教えてください

NSRlさんの投稿を見て心が震えました。私の探してるあの曇りガラスの教室と22歳の別れの歌のシーンはやはり昨日、悲別での最初に流れる主題歌のシーンだったんだと確信しました。
出会いたかった遠い記憶を思い出させて頂いたNSRlさんにお会いしてお話したい気持ちにさえなりました。このシーンを見つけることは今迄なかったのですが、探してみようと思います。
見つけたら、また投稿します。同じシーン、それも何秒の1シーンを記憶の奥に持ち続けた人がいた事に感謝します

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