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2012年8月

2012年8月31日 (金)

緊急掲載~JR東日本沿線スマイルプロジェクト~

 8月29日(水)にTUFで放送した「キラリ☆ふくしま」を見て感動し、涙が止まらなかった。福島の復興を祈念して、JR東日本が、かつて東北本線を走っていた「C61」を復活させて、福島県民を元気づけようという企画。しかし、プロジェクト当日に運転士が見たものは、沿線を埋め尽くすようにSLに向かって手を振る大勢の人の姿だった。そして思い思いの自作のメッセージカードや横断幕で、全国の方々の温かい支援に感謝を伝える感動的な光景を目の当たりにした。情に厚い福島の県民性が垣間見れた。ではその時の熱い映像をご覧ください。

 この一大プロジェクトは、先月7月28日(土)の一日限定の復活イベントだった。郡山駅を出発したSLは一路終着の福島駅を目指して約50kmを北上した。あいにく私はこの日、出張で会津若松にいたので、このようなプロジェクトがあったことすらわからなかった。テレビでその時の模様を見て、ようやくその感動を味わえたのだった。SLに向かって手を振るだけのイベントなのにこんなに感動するのはなぜだろう。昨年3月11日の震災を時同じくして経験し、被災者になった私たち福島県の人々。そして住む場所を追われ、明日をも見えない生活を強いられた。今でも目に見えない放射線との闘いは続いているが、全国の方々の心からの支援に、「ありがとう」を伝えたくて一堂に会し感謝の意を表したのだった。乗客たちがこの日、車窓を通して見たものは、「感動」という二文字だけでない。間違いなく「福島は大丈夫」「福島は元気です」というメッセージを受け取ってくれたと思う。福島県の人は情に厚く涙もろい。そんな福島県民のひとりに生まれ育った私は、いつまでもこの福島を愛し続けていきたいと考えている。

 卒 業  by 高橋優

愛する人よどうか 顔上げてくれないか?
あなたの悲しみは 計り知れないけれど
頼る宛も無くて 行き先も曖昧で
何が正しいんだか よく分からないけれど

このままでは終わらないさ 終着地点はまだずっと先の方で僕らを待っている

振り返る景色に 鮮やかな想い出と
失くした風景たちを蘇えらせて 悲しみに暮れる
過去から卒業の時 僕らの目の前には ほら
どんな昨日さえも敵わない 真新しい「今」があるから

抱きしめ合う人も 憎しみ合う人も
どこかでつながってて 影響し合って生きてる
取るに足らないくらいの 微笑みの欠片を
一つまた一つと 見付けていけるんなら

また始められるハズさ 今あなたが居るその場所からでも そう何度でも

涙は枯れ果てた 望みも断たれちまった
それでも尚生きている今日という日を どんな風に受け取ろう?
とき隔ていつの日か 笑い合えたらいいな
どんな苦悩さえもあってよかったと 讃え合える日が来ればいいな

銀の鍍金が剥がれ落ちた後の
地金姿で尚も生く僕ら
流した涙のその上に立って
絆も恥もぶら下げたままで明日へ踏み出す

巡り合えてよかった あなたと出会えてよかった
どんなに堪え難い今日という日でも 幸せと呼べるよ
あなたとまたいつか 笑い合えたらいいな
どんな昨日さえもあってよかったと讃え合おう 呆れるほど

<関連動画>

http://www.youtube.com/watch?v=1YKv1K9lrPE&feature=fvwrel

http://www.youtube.com/watch?v=fRBJeDW-xcg&feature=fvwrel

http://www.youtube.com/watch?v=agC_jfH3p0Q&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=TOPBBvacr-E&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=85U8mZ9QhN0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=q7ViySK0C5A&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Bn8L2fxUfg4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=zj_kuIvLyBo&feature=related

 記事作成:8月30日(木)

2012年8月30日 (木)

私が好きだったCM37

 「きれいなお姉さんは好きですか」で締めくくるCMは一世を風靡した。これは松下電工の「イオントリートメント」やムダ毛を処理する「ソイエ」というCMで生まれた流行語でもある。メーカーや製品名はともかくとして、そこに登場した文字通りきれいな女性たちに世の男性諸氏の視線が釘付けとなったのは言うまでもない。初代の水野真紀に始まり、二代目は私も大好きな松嶋菜々子、三代目が片瀬那奈、四代目中谷美紀、五代目仲間由紀恵。何か気づかないだろうか?全員が血液型A型という「不思議。お姉さんっぽいイメージを醸すのはおしとやかな印象のA型ということなのだろう。ちなみに私がこれに出演して欲しいのは檀れいさん、吉瀬美智子さんだ。「あっ、やっぱりA型だ!」。不思議なものである。

 「水野真紀」

http://www.youtube.com/watch?v=_4u82I6xWzY

 まさか司葉子の息子の政治家の奥様になられるとは。見初められたというやつか・・・。やはり美人は得らしい。

 「松嶋菜々子」

 「片瀬那奈」

 松下電工の「イオニティ」と「ソイエ」のCMは6分55秒からです。彼女は他にも8×8やAUBE、ジョージアなどその美貌に任せていろっぽうくセクシーショットで世の男性を喜ばせてくれた。3月までの職場に彼女にそっくりな同僚がいた。

 「中谷美紀」

 「ソイエ」は12分41秒からです。彼女もまた数多くのCMに出演している女優さんだ。

 「仲間由紀恵」

 このCMに出演した彼女たちは、その後、日本を代表するような人気女優に成長している。そして、必ずその美しさを買われて化粧品やシャンプー&リンスのCMにも出演している。やはり美は得である。

 記事作成:8月10日(金)

2012年8月24日 (金)

私が好きだったCM36

 今日は昨日予告した通り、「ニッセイ」の感動CMをお送りしたい。私が大好きなシリーズCMだが、オリンピックシーズンが近づくと、応援メッセージとして流れるお馴染みの作品だ。日本国民が心をひとつにして声援を送るスポーツの祭典「オリンピック」。今年はロンドンで開かれ、数々の感動ドラマを生んだ。疑惑の判定も多かったが、筋書きのないドラマに世界中の人々が酔いしれたことは紛れもない事実だ。日本選手は金メダルこそ少なかったが、合計のメダル獲得数では、前回の北京大会や過去最多だったアテネオリンピックを超えた。では、そんなスポーツの祭典を演出し、いやがおうにも感動名場面を煽った「ニッセイ」特有のCMをどうぞご覧下さい。昨日と同様、5本、私が好きなランキング順でお送りしたい。

 第1位 上村愛子

“順位なんてどうでもいい。 無事に 滑ってくれさえすれば。”誰だってメダルや順位を気にするが、これが親心って言うもの。子­を持てばわかる...。

 第2位 内村航平「母の言葉」編

彼を陰で支えたのが誰あろう内村の母親である。損得抜きで全力でサポートし続けた。そんな母に彼は「金メダル」という最高の贈り物でこたえた。この親にしてこの子あり。最高のできた孝行息子だ。

 第3位 全日本女子バレーボールチーム「信じている編」

「バレーボールは6人でやるスポーツではない。コートの外にいる仲間といっしょに戦っている。」というコメントは、実際のプレーを見て納得できた。感動を呼ぶCM。ゆずの「♪With you~♪」というラストはジーンと来る。

 栗原恵「帰る場所編」はコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=sFYYRzcJz4M

 第4位 「浅田真央」

小さい頃の映像と「私が飛べるのは、たくさんの人に支えられているから。」のテロップ。
小学生の頃のかわいらしい幼い姿から、次第に美しく、そして強く成長していく過程・・・見ていただくすべての方々への応援メッセージ。ゆずの楽曲「虹」もマッチして30秒という短い時間でも感動してしまう作品です。

「私は、ひとりじゃない」編だが、大会終了後「みんなに、ありがとう」という声援への感謝のイメージCM。

 第5位 松本哲也

 「体が小さくても努力次第でプロとして充分やっていける」。そのことを松本選手は身をもって証明してくれている気がする。

 記事作成:8月3日(金)

2012年8月22日 (水)

メダリストたちの血液型とその特性

 ロンドンオリンピックが閉幕して一週間以上が過ぎた。まだその余韻に浸っている。あの感動、感激、興奮は今年の最大の見せ場だった。その熱狂ぶりは8月20日(月)の11時から銀座で行われたメダリストたちの凱旋パレードでも垣間見れた。平日にもかかわらず沿道を埋め尽くした50万人以上の人々。どれだけ日本人に夢と希望、そして感動を与えたかが窺い知れる。そして、当ブログでも「ロンドンオリンピック名場面集」と銘打って特集記事を組んだところ、結構なアクセスを頂いた。そこで調子に乗った私が、いつものように、今回のスポーツの祭典で過去最多の38個のメダルを獲得した日本選手の血液型を比較検討すれば、得意不得意、向き不向きのスポーツがあるかもしれないという短絡的かつお気楽的な発想で調査してみた。研究と呼ぶにはお粗末だが、今日はその結果を公表したい。「男のくせに」とか思わずぜひ一読していただきたい。なお、アスリートの血液型については、ネットや雑誌などで細かく調査しましたが、万が一記載ミスや不詳の選手でご存知の方がいらっしゃいましたらコメント等でご一報頂ければ幸いです。  

<柔道> 

Judo

平岡拓晃・・・O型
海老沼匡・・・O型
中矢力・・・A型
西山将士・・・A型
上野順恵・・・A型
松本薫・・・A型
杉本美香・・・A型

 男子柔道はオリンピックで初めて金メダルを逃した。女子も期待はずれの感が強い。血液型では、男子は勝負師で腕力に物言わせ肉弾戦が大好きなO型上位。女子は全員A型という不思議。A型は大舞台の独特の雰囲気にのまれやすく、実力が発揮できないことが多いが、開き直ると強い。その粘り強さが試合に出ていた。ちなみに予選敗退した福見友子はB型、中村美里はAB型、穴井隆将はA型。

<重量挙げ>

三宅宏実・・・?

<水泳>

Swimming

萩野公介・・・B型
松田丈志・・・O型
入江陵介・・・A型
北島康介・・・B型
立石諒・・・AB型
藤井拓郎・・・AB型
寺川綾・・・O型
鈴木聡美・・・O型
星奈津美・・・A型
上田春佳・・・O型
加藤ゆか・・・B型

 競泳に血液型はさほど関係ないようだ。4つの泳法があるため、体型や筋力に左右されるところがある。メダリストを見ればバランスが良い。若干脂肪がつきやすい体質のO型が多いのは何故?

<アーチェリー>

Archery

早川漣・・・A型
蟹江美貴・・・O型
川中香緒里・・・?
古川高晴・・・?

<体操>

Taiso

内村航平・・・A型
加藤凌平・・・?
田中和仁・・・A型
田中佑典・・・A型
山室光史・・・O型

 田中理恵を含め、田中3兄弟は全員がA型。内村を含め、体操はA型社会ということか。あの筋肉隆々な点は確かにA型っぽい。

<女子サッカー> 代表的な14人をピックアップ

Nadeshiko

FW
大儀見優季・・・A型
大野忍・・・O型
安藤梢・・・A型
岩渕真奈・・・O型

MF
澤穂希・・・・AB型
川澄奈穂美・・・A型
宮間あや・・・B型
阪口夢穂・・・O型

DF
鮫島彩・・・A型
熊谷紗希・・・A型
岩清水梓・・・A型
近賀ゆかり・・・B型

GK
福元美穂・・・O型
海掘あゆみ・・・AB型

監督
佐々木則夫・・・?

 こちらはポジション別で役割がはっきりしている。攻撃的なFWは球技向きのO型、ディフェンスは冷静で責任感が強いA型、司令塔の澤は合理主義で、相手をよく観察できるAB型と理想的な布陣。ところで「なでしこジャパン」はB型が少なく、圧倒的にA型が多い。アメリカのモーガンやワンバックのような絶対的エースや突出した選手が少ない分、チームワークや細かく繋ぐパスサッカーの性質がA型中心のチームの特徴としてよく出ている。一方メダルには手が届かなかったが、堂々ベスト4入りを果たした男子サッカーは、今大会一番点を取った大津祐樹がA型、トータルバランスが良く、どこからでもパスが出せる清武弘嗣はO型、そしてFWの永井謙佑はB型、宇沙美貴史もB型、ディフェンスの要、センターバックをオーバーエイジで務めた吉田麻也はO型という布陣だった。
 
<バドミントン>

Fujikaki

藤井瑞希・・・AB型
垣岩令佳・・・AB型

 個人的にバドミントンは常々B型向きのスポーツだと思っていた。第一人者の末綱ペアの2人がB型だったからだ。型にはまらない攻撃パターンや点をとられてもポジティブにプレーするためこの型にうってつけ。それにどこに打つか素早い計算と瞬発力が必要で、基本的に骨ばっていて細身体型のB型が有利。ゴルフもそうだがコースを狙ったりする頭脳的なスポーツはB型が断然強い。しかし、蓋を開けてみれば、こと今回の五輪代表のバド選手は、藤垣ペアは2人とも珍しいAB型同士、佐藤冴香選手はO型、そして私も好きな潮田玲子選手はA型という結果だった。

<陸上>

室伏広治・・・A型

<フェンシング>

Fencing

淡路卓・・・?
太田雄貴・・・O型
三宅諒・・・?
千田健太・・・A型

 残念ながら半分の血液型が不明。でもチームスポーツではO型とA型のタッグが強みを発揮する。太田選手がO型というのはある意味納得。

<レスリング>

松本隆太郎・・・?
湯元進一・・・?
米満達弘・・・?
伊調馨・・・B型
吉田沙保里・・・O型
小原日登美・・・?

 レスリングはO型とB型が有利と見ていた。O型は力関係に固執し、直観力に優れる傾向がある。肉弾戦を好む性質を持っている。例を挙げれば、アメリカは典型的なO型民族だが、メジャーリーグ(MLB)よりもぶつかり合いの激しく、よりエキサイティングなアメフトやNBAを好むのはそのため。また、個人種目という点では、B型も向いている。綿密な作戦を立て、マイペースな先方に相手を引きづり込めば、相手は次の動きを読めず、戸惑う筈。
 ジャンルこそ違うが、ボクシングの元世界王者だった輪島功一氏はB型だが、戦い方は奇抜で独特なものだった。よそ見している振りで注意を逸し、相手が油断したところを一撃とか、必殺の蛙跳びパンチをとっさに発案したり、目くらましかつ奇想天外な戦法で相手の意表を突く作戦がずば抜けていた。相撲も同様。B型力士だった舞の海関も立ち合いで相手の視界から消えるほど、義経の八艘飛びの如く高く飛び上がったり、土俵上をめまぐるしく回る「クルクル舞の海」という珍技を考案した。ルールにとらわれず、セオリー無視が真骨頂。他人に同調することを極端に嫌い、あくまで自分スタイルを貫き、型にハマるのを避けるB型の特徴が出ていた。

<卓球>

Table_tennis

福原愛・・・B型
平野早矢香・・・O型
石川佳純・・・O型

 球技にめっぽう強いO型と個人種目に実力を発揮するB型の構成。プレッシャーを楽しめるB型(福原愛)に先陣を切らした準決勝の戦術は正解だった。

<女子バレーボール> 代表的な9人をピックアップ。

Volleyball3

木村沙織・・・O型
新鍋里沙・・・B型
江畑幸子・・・B型
竹下佳江・・・A型
迫田さおり・・・A型
荒木絵里香・・・O型
佐野優子・・・A型
大友愛・・・O型
狩野舞子・・・A型

眞鍋政義・・・A型

Volleyball4

 バレーボールほどコンビネーションや団体競技の特性が出る球技スポーツはない。「球技はO型」という私の持論がズバリハマった。そして脇を固めるのがA型なら上手くいく。セッター竹下、リベロ佐野が名脇役となり、大砲の木村と荒木が打ちまくる戦法が奏功した。O型の荒木を主将にした人選も良かった。そしてA型の監督は、細やかで周囲をよく観察できることで定評がある。調子の良し悪しを見抜く達人だ。

<ボクシング>

Boxing

清水 聡・・・?
村田諒太・・・?

 ボクシングは、金メダルを獲得するまで前評判は高くなかったため、データ不足傾向。たぶん、終戦後に人気が出た村田選手はB型かO型のどちらかだと思う。

 こうして見てみると、これまで日本ではどちらかといえばマイナーなスポーツだった競技の躍進ぶりが目立つ。だからアスリートの血液型まで公表していないケースが多く、不明の方が軒並みいるのはそのためだ。しかし、このオリンピックでスポットライトを浴び、一躍世間に知れ渡るようになった。長野五輪の際、「チーム青森」の大活躍でカーリングというスポーツが脚光を浴びたように、今回はアーチェリー、フェンシング、ボクシング、バドミントンが結果的に多くの注目を集めた。おそらく今後、競技人口が増えることだろう。そう言う意味では彼らの功績はあまりにも大きいと言えるだろう。

 さて、今回の研究テーマの因果関係は難しいが、一般的に言われているように、O型は球技と集団スポーツ向き。しかも中心メンバーだったり、主力になる選手が圧倒的に多い。バレーの木村沙織、サッカーの大野忍など点取り役を任せれば、期待通りの働きをしてくれ、額面通りの結果をもたらしてくれる。ただし基本的には才能や資質が高いため、練習嫌いで、時折手抜きをしがち。

 A型はバレーボールの竹下選手や佐野選手のように陰で支え、縁の下の力持ちの役割を果たすのが適役。そしてO型の引き立て役として活躍する。だからセッターやリベロは気配りに長け、忍耐強いA型の天職と言えるかもしれない。かつての名セッター中田久美選手もA型だった。一方で、サッカーの川澄選手(A型)は今大会、努めてチームプレーに徹した感がある。他の選手のサポート役を果たした。ところで、A型選手は故障や怪我をしがちなので、無理はしないことと、オーバーペースでつい頑張りすぎないことが肝要。

 B型は見るからにプレッシャーに強く、試合そのものを楽しむ傾向がある。型にはまらず、自分のペースで練習、試合に臨むので、傍目には遊んでいるように見えるかもしれないが、それがB型の持ち味。気分転換が上手く、リラックスできるのだ。特に、自分自身のことが大好きで、自らのペースで励むことができる個人種目をやらせるといい。逆に我が強く、あまのじゃくな面があり、人に合わせることが苦手な性質なので、どうしても集団種目には向かない傾向がある。みんなが一斉に練習に励んでいる時に、自分も一緒に頑張ろうという発想が苦手なのだ。

 AB型は疲れに極端に弱い。疲労が蓄積すると注意力散漫になり、集中力が極端に落ちる。AB型は生来、洞察力に優れ、相手の体調を察知したり、心理状態を読める能力に長けている。調整役やコーチ役、参謀役やマネージャーをやらせれば最適。選手としては基本に忠実でムラのない堅実なプレーを励行しようとする。

 以上が、メダリストから見える血液型別の傾向だ。部活動やスポ少などスポーツ種目を選ぶ際の参考になれば幸いかと思う。ただし、これは私見であって、絶対ではない。たぶんB型の人は納得できないだろうし、反論したい気持ちでいっぱいだろうが、他愛のないひとり言だと思ってもらえれば幸いだ。

 最後に、今大会はメダルの獲得数ばかり話題に取り上げられることが多かったが、それ以上に日本選手の礼儀正しい振る舞いやフェアプレー精神、団結力などにより、世界中の方々を感動の渦に巻き込み、多くの称賛の声が寄せられた。日本人の「人間愛」とも呼べる気質が如実に表わされていた大会だった気がする。それは「誰かのために頑張る」という一途で懸命な姿勢であった。欧米人にはこのような発想は少なく、幼少から「スポーツは自分自身のためにプレーするものだ」と教えられてきた。例えば、女子バレーボールの迫田さおり選手は、母親が病気で倒れてしまい、帰国を余儀なくされた親友の石田選手のために、自分のユニホームの下に彼女のユニホームを2枚重ねで着てプレーした。常に一緒に戦っていることアピールし、結果的にチームが団結した。また、ボクシングの村田諒太選手も金メダルを獲得した直後のインタビューで、「応援していただいている皆さんのおかげでボクはありますので」と謙虚に話し、多くの日本人の共感を呼び、感動させた。初の団体銀メダルを獲得した卓球の3人娘も、「応援してくれた皆さんにひとりでも多くこのメダルを見てもらいたい」と口にした。

 更には、日本人の金メダル第一号となった柔道の松本薫選手は、期待されながら予選敗退し悔し涙を飲んだ別階級の選手を気遣い、「他の選手の分まで頑張ろうと思った」と語った。また、女子バレーボールでは、「コートにいる6人だけではなく、サブのメンバーやスタッフ全員で勝ち取った銅メダル」ということを強調していた。水泳の競泳では、個人種目でメダルを獲得した松田丈志選手が放ったこの名言が感動を呼んだ。「(北島)康介さんを手ぶらで(日本に)帰すわけにはいかないぞ」。この言葉が合言葉のようになって、リレーメンバーが奮い立ち、気持ちがひとつになり、劇的な銀メダル獲得をもたらした。そしてまた、バドミントンの準々決勝では、プレー中に脚をひねり、膝の十字靭帯断裂の大怪我を負った佐藤冴香選手が、「被災者に少しでも希望を与えたくて・・・」と通常ならとても歩けないような状況の中、脚を引きずりながらも懸命にコートに立ち続け、必死でプレーを続行しようとする姿に、居合わせた大観衆の喝采を浴びたのだった。

 「何なんだろう。これら日本人の試合に対する情熱や素晴らしい立ち居振る舞いの数々は・・・」。そして皆、まるで示し合わせたかのように、口を揃えて感動的な言葉を発するのは。常に家族や周りの支えに対し、深い感謝の念を抱いてプレーしていたということだ。日本人にはグッと心に迫る、琴線に触れるような感動的なエピソードだらけだった。もちろんそれらはすべて美談なのだが、日本人が聞いたら大粒の涙を流しそうなエピソードが振って湧いたかのようにわんさか登場したのだった。これらのことを日本人は何の打ち合わせもなく、自然にできてしまうところに多くの感銘を与えるのだと思う。そしてそのことが、より一層この大会を盛り上げ、日本人の心に深く「感動」という二文字を刻み込んだのではないだろうか。今回の大会ほど日本中が感動し、心ひとつになれた経験はなかったのではないだろうか。無論それは、世界に誇れる素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた選手たちの日頃の鍛錬の賜物であるし、決して表には出てこない陰の努力があってこそ花開いた結果といっても過言ではないだろう。同じ日本人として誇りに思えたし、また意気に感じるものだった。

 最後に、そうした感動をぜひ、2020年の東京でも味わってみたいものだ。

 記事作成:8月17日(金)

  追記 ~お詫びと訂正~

 本記事は8月22日(水)午前6時にアップしましたが、その後、数多くの誤字脱字、誤った記載が見つかり、それらの箇所を訂正させていただきました。ご了承願います。

2012年8月16日 (木)

台湾が日本にしてくれたこと

 最近台湾が大好きになった。台湾映画の「言えない秘密」や「藍色夏恋」をレンタルし、ピュアな感じのグイ・ルンメイが好きになった。もちろんそれだけではない。昨日も「Youtube」で、先の東日本大震災の際に、世界一となる204億円もの高額の義捐金を送ってくれた台湾に、東北の被災者たちが感謝の意を示す動画を観て涙した。しかし、肝心の日本政府は未だに公式に台湾への感謝の意を述べていないし、独立国家として認めてさえいないのが現実。何という非礼なことか。かつて台湾は日本が統治し、紛れもなく日本の一部だったはず。なのに日本政府はこれほど親日国である台湾に対して、なにゆえ冷たい対応ができるのか不思議でならない。

 かくいう私自身も、長年、台湾やアジアに対する誤った歴史認識を抱いていたことを知った。そして恥ずべきことながら、台湾に対してあまり関心がなかったというのが実際のところだった。それに引き換え台湾や他のアジア諸国は、意外にも日本という国や国民に対して好意的な感情を抱いてくれていることを知って驚いた。

 一方、65年以上も前に起きた日中戦争や日韓併合に関して、中国と韓国、北朝鮮は未だに日本を恨み続け、ことあるごとに敵視したり非難や批判を繰り返し、嫌いな国と位置づけている。ところが台湾は、日本が戦時中にしてくれた様々なことに、ずっと感謝しているのだ。日本人の感覚からして、旧日本政府や旧日本軍が進駐し、アジアを巻き込む悲惨な戦争にまで発展し、多くの人命を巻き添えにしたのだから、相当恨まれているに相違ないと考えていた。しかしそれは真逆であった。旧日本政府や軍は台湾や台湾の住民を公平・対等に扱い、それまで未開の島で疫病が蔓延し、農業もままならない荒れた土地だった台湾を劇的に変えて行ったのだった。まずダムを作り、農業用水や上下水道を整備した。鉄道を敷いて交通の利便性を向上させた。学校を建て、人々を教育し、産業や経済を発展させ、台湾を近代国家へと導いた。そして日本人の義理堅さ、真面目さ、勤勉さは台湾人に大きな感銘を与えたようだ。そして台湾の人々に「日本人になりたい」とまで言わしめた功績は大きかったと言える。年配の人々は「未だに自分たちは日本人」だと思っているし、日本語を流暢に話せるのも理解できる。ではその映像をご覧いただきたい。

http://www.youtube.com/watch?v=9TwxScvOchM

http://www.youtube.com/watch?v=KV_FDV7K5R4&feature=related

 映像でもわかるように、今でも台湾人は日本の統治時代を古き佳き時代として懐かしみ、日本を敬愛し、日本人に感謝しているのだ。年配の方々を中心に親日家が多いのもそういう歴史的背景や事情にある。ところが当の日本人は、あまりにも台湾のことを知らなすぎる。歴史認識がないのだ。これについては真摯に反省しなければならない。

 台湾人が当時の日本人に感謝している様子は、戦争中の彼らがとった行動で垣間見れる。激戦だった大戦時には、「高砂義勇隊」を組織し、日本のために命懸けで戦ってくれた。「日本人」として日本のために一命を投げ打って戦ってくれたのだ。しかし、第二次世界大戦末期、日本が劣勢となり、敗戦が決まると、GHQの指令で日本人たちは本国に強制退去させられ、台湾は中国に返還された。その後、中国本土で毛沢東率いる共産党との戦いに敗れた国民党の蒋介石率いる軍が、敗走して台湾に移り、統治するようになると、外省人たちは原住の台湾人をぞんざいに扱い、暴行や略奪を繰り広げたのだった。終いにはこれに反抗した台湾人を武力で弾圧し、結果的に3万人の市民を殺した。そして日本が築いた物をすべて壊してしまったのだった。あまりにもひどい仕打ち。日本人がしたこととは雲泥の差だった。台湾の人々は日本人に大恩を感じ、今でも日本をこよなく愛し、同じ中国語を話す中国人を嫌うのはそういう理由による。それは現代にも息づいている。そうした台湾人の感情が垣間見れる動画を見つけた。台湾の地で日本が強敵の中国とバレーボールの国際試合をした際に、台湾の人々は皆、日本に大声援を送った。不思議に感じた日本人は多かったと思う。どうして台湾の人々が日本をそこまで贔屓して応援してくれるのかと。ではその時の実際の映像をご覧いただきたい。(音が大きいので注意)

 いかがですか?感動しませんか?私は涙なくしてこの映像を見ることができなかった。

 ところで、私は2年前、在籍する「慶應義塾大学法学部」のスクーリングに参加し、日本史の講義を受講した際に、アジア諸国に関する誤った歴史認識を持っていたことを学んだ。そして、それほどまで日本に好意を示してくれる台湾に興味を抱いたのだった。これまであまり日本人が直視して来なかった同化政策やかつて日本の一部だった台湾の歴史に直に触れるために、是が非でも一度訪れて、台湾の風を肌で感じてみたい。日本人のことをどれだけ崇拝し、親切に接してくれるかわかるはずだ。台湾新幹線を建設する際も、真っ先に日本の技術を採用してくれたし、ドバイの「ブルジュ・ハリファ」に抜かれるまで世界一だった高層ビル「台北101」でも東芝製のエレベーターを使ってくれた。

 ほかにも台湾に興味を抱く理由は元からあった。何を隠そう、私の母親は台湾で生まれたのだ。母の父親というのが福島県の警察官で、大戦中、日本の統治下にあった台湾に駐留していた時に現地で生まれたのだ。だから余計に親しみがあるのだ。つまり母親は日本人だが、母にとって台湾は生まれ故郷なので母国のようなものだ。そんな親日家が多い台湾を大事にしていかなければならないのに、日本政府は台湾(中華民国)を独立国家とは認めず、台湾と敵対している中国の顔色ばかり窺い、あまりにもぞんざいに扱いすぎている。あまりにも非道で失礼な対応である。しかし、我々国民は違う。大震災では世界一の義援金を集め、援助の手を差し伸べてくれたことに深く感謝している。私は「Youtube」の映像を見て何度涙を流したかしれない。

<台湾の東日本大震災に対する支援>

 いち早く義援金や募金を呼びかけた台湾から日本への激励のメッセージです。

 台湾での募金活動の模様です。号泣しました・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=YnXAyHsgqJY

 台湾からの激励メッセージ

<政府の対応>

古川議員の歴史に残る名演説

http://www.youtube.com/watch?v=IB62OFIrGps

<民間対応>

http://www.youtube.com/watch?v=_C-hp0thNp8

http://www.youtube.com/watch?v=fptyNLX3IIo

http://www.youtube.com/watch?v=UWZHIc1x1Hc

http://www.youtube.com/watch?v=-d4uj7pXoJM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=_C-hp0thNp8&feature=related

http://www.youtube.com/watch?feature=fvwp&NR=1&v=81pSom57hiY

http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=IB62OFIrGps&feature=endscreen

 「まさかの友が真の友」という言葉がある。日本は真の朋友は台湾であることに気づくべきだ。日本では韓流ブームやK-POPが巻き起こり、韓国に親しみを覚えている若者たちも多い。しかし、震災当時、韓国はこの混乱の機に乗じて「竹島」に基地を建設しようとした。サッカーの試合では「日本の震災を祝します」という常識はずれ、非人道的な垂れ幕まで吊るした。韓国は日本を敵視し、日本人を徹底的に非難しているくせに、自分たちのことは棚に上げて、もっとも卑劣で野蛮なのは韓国人であろう。歪んだナショナリズムばかりを主張しているではないか。中国人もまた同様。四川省大地震では、いち早く日本の消防隊が救助・救出活動にあたったのに、そんな恩も忘れて日本を批判や領土問題の抗議活動ばかりしている。日本人であるならば、台湾人の厚意を無にしてはならないし、真の友が誰なのかを悟るべきだ。政府の不甲斐ない対応に、台湾の人々は怒ることはせず、日本を真の朋友だと思い続けてくれている。少なくとも福島県出身で、今も福島県に暮らす被災者である私自身は、遅ればせながら台湾に深く感謝しているし、これからもずっと好きでいたいと思う。終戦のこの日、先の未曾有の国難に際し、台湾が日本にしてくれた厚情の数々を広く日本人に知ってもらいたかったため、このような記事をしたためてみた。「台湾、謝謝!」

 最後に、日本人がどれだけ台湾を身近に感じ、台湾のことがどれほど好きかを意思表示した動画を見つけたのでそれを紹介したい。日本人は友好的に接してくれる国をこよなく愛する国民性を持っている。敵対したり、ことあるごとにこじつけて、未だに過去のことをほじくり返して問題視したり、批判ばかり繰り返している国を嫌うことが明らかになった。日本人は台湾を独立した国家と考えている。中国の一部などと考えているのは中国の顔色を窺う政府のみで、日本人の多くは台湾を友好国で大切なパートナーだと考えている。

http://www.youtube.com/watch?v=S67uaaZZWBE&feature=fvwrel

 記事作成:8月15日(水) 

2012年8月15日 (水)

ロンドンオリンピック名場面集

 17日間に渡って熱戦が繰り広げられ、世界中を熱狂させたロンドンオリンピックが閉幕した。日本では8時間の時差で連日、寝不足で体調を崩した方が多いことだろう。私もその一人だが、その疲れを吹き飛ばすくらい連日連夜、私たちを興奮させ、多くの感動を与えてくれた。特に金メダルこそ7個にとどまったものの、前々回のアテネを超える38個のメダルを獲得し、日本勢の躍進が目に付いた。とりわけ数十年ぶりや史上初となるメダル獲得の種目が多かった。今日はこの感動が冷めないうちに個人の記録として残しておきたいと考え、急遽予定を変更して、差し替えでお送りしたい。それでは独断で選んだ名場面、感動シーン10傑をどうぞ!

 第1位 卓球女子団体、初の銀メダル獲得!

 卓球女子団体の準決勝で、日本はシンガポールに勝って決勝に進出し、銀メダル以上が確定したシーン。日本勢のメダル獲得は、卓球がオリンピックの競技­に採用された1988年のソウル大会以降初の快挙となった。試合後、平野、福原、石川の3人が抱き合って泣くシーンが人々に感動を与えた。

http://www.youtube.com/watch?v=HY2ynKUGtlk&feature=relmfu

 第2位 苦労人、小原日登美が女子レスリングで金メダル!

 自分の階級がオリンピック種目に採用されず、また、引退後激太り、そして奇跡の復帰を果たし、ようやく初出場が叶った今大会で見事金メダルに輝いた。腫れ上がった目でひたむきに立ち向かう姿勢に誰もが感激の涙を流した。

 第3位 日本女子バレー、28年ぶりのメダル獲得

 <中国戦ハイライト>

 オリンピックで中国に一度も勝ったことがなかった日本が、大金星となる勝利でベスト4進出。予選から不調が伝えられていたが、粘り強さとスタッフと選手と観客の応援が一体となって総力を挙げて勝ち取った勝利だった。

 <3位決定韓国戦ハイライト>

 I-PadのDATAを駆使し、韓国戦に強い迫田の起用がズバリ的中。バックアタックなどで23得点を叩き出し、宿敵韓国にストレート勝ち。この前日に敗れたサッカー男子の敵を打った。実に1984年のロサンゼルスオリンピック以来、28年ぶりの銅メダル獲得に日本じゅうが涙した。
 実況の「探していた、見失っていた光はロンドンの風の中にありました~!」は名セリフとしてずっとずっと語り継がれることだろう。そしてそれを受けて解説の大林素子が「待ってましたこの瞬間、止まっていた時間を動かしてくれた選手、ありがとう」と涙ながらにコメントした時は思わず目頭が熱くなった。

 第4位 男子団体フルーレ、残り1秒で同点、延長逆転で決勝へ、そして初の銀メダル!

 フェンシング男子フルーレ団体の準決勝で、日本はドイツに競り勝って決勝進出を決めた。日本は銀メダル以上が確定し、フェンシングの団体ではオ­リンピックで初のメダル獲得となった。決勝では優勝候補のイタリアと対戦し、大差で敗れたが、価値ある団体での初メダル獲得となった。

 第5位 男子400mメドレーリレー感動の銀メダル

 競泳の男子400メートルメドレーリレー決勝で、日本は3分31秒26で2位に入り、この種目で初めて銀メダルを獲得。日本は2004年の­アテネ大会から3大会連続でのメダル獲得となった。レース後、「(北島)康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」というチームメートの松田丈志選手の発言が心に響いた。

 第6位 なでしこJAPAN、五輪で史上初の銀メダル!

 サッカー女子の準決勝で、日本代表「なでしこジャパン」は、フランスに2対1で勝って初めて決勝に進み、銀メダル以上が確定させたシーン。決勝はW杯の決勝の再現となるアメリカと対戦。結果1-2で惜敗したが、日本の女子力を全世界に示した名勝負だった。

http://www.youtube.com/watch?v=uTE1zchhK38&feature=relmfu

 第7位 伊調馨、吉田沙保里、前人未到の女子レスリング3連覇

http://www.youtube.com/watch?v=pVu1YlrTkU4

 レスリング女子55キロ級の吉田沙保里選手が決勝でカナダの選手に勝ち、3大会連続で金メダルを獲得した。また、吉田はオリンピックと世界選手権の優勝回数が合わせて12回となり、グレコローマンスタイルで「人類最強の男」と呼ばれたアレクサンドル・カレリンのレスリ­ング競技の最多優勝記録に並んだ。また、63kg級の伊調馨は決勝で、中国の景瑞雪選手に勝って3大会連続で金メダルを獲得。日本の女子選手のオリンピック3­連覇は史上初の快挙。

 第8位 体操内村航平が個人総合で28年ぶり金メダル! 

 体操の男子個人総合の決勝で、日本のエース・内村航平選手が金メダルを獲得した。
この種目で日本選手が金メダルをとったのは、1984年のロサンゼルス大会の具志堅幸司以来、28年ぶり。練習での鉄棒からの落下、団体では鞍馬で着地ミスなど不本意な演技が続き、判定ミスで一時はメダルを逃す事態に。その重圧と逆境をはねのけ、見事な金メダルを獲得した。

http://www.youtube.com/watch?v=ItJDVh7uLsQ

 第9位 男子サッカー、下馬評を覆すベスト4進出!

 予選リーグの初戦で優勝候補のスペインを撃破し、勢いに乗った日本。釜本には男子はダメと言われ、燃えた。メキシコ五輪以来のベスト4に進出。準決勝では、優勝したメキシコに敗れ、3位決定戦では宿敵韓国に力負け。しかし、日本強しを世界中に印象づけた。

第10位 女ウルフ松本薫、日本柔道界を救う金メダル!

 柔道の女子57キロ級で松本薫選手が、決勝でルーマニアの選手に勝って金メダルを獲得した。これがこの大会、日本初の金メダルとなった。日本の柔道は不甲斐ない成績が続き、閉塞感があったのを見事晴らした。日本柔道界を救った唯一の金メダルだけに、その価値は大きい。試合中見せる、あの険しい表情で女ウルフと呼ばれた。

  次点 海老沼、不可解旗判定の末に逆転勝ち

http://www.youtube.com/watch?v=KiNlwdNLBw0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=jyXi_1Wffxg&feature=related 

 次点 藤垣ペア、奇跡の銀メダル!

http://www.youtube.com/watch?v=XA5y-VLEcmo&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=Z7ZJxXVbyfk&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=cKWJJmGCQLc&feature=related

 それでは最後に、NHKの公式テーマソングとして数々のドラマに華を添えてくれた「いきものがかり」の「風が吹いている」の曲に乗せ、17日間の熱戦を振り返りたい。

時代はいま 変わっていく 僕たちには願いがある
この涙も その笑顔も すべてをつないでいく

風が吹いている 僕はここで生きていく
晴れわたる空に 誰かが叫んだ
ここに明日はある ここに希望はある
君と笑えたら 夢をつなぎあえたなら
信じあえるだろう 想いあえるだろう
この時代を 僕らを この瞬間(とき)を

言葉にできないこと 涙が溢れること
ふるえる心で感じたすべてが
僕のいままでをつくってきたんだ
出会いと さよならとが 決意(おもい)を強くさせた
手を振り誓った あの日があるから
僕らはここにいるんだ

優しい歌 聴こえている 背中を押す言葉がある
このいのちよ この一瞬よ 誰かの光になれ

風よ吹いていけ 君とともに生きていけ
晴れわたる空が 悲しくなる日も
ひとりじゃないんだ 声はそばにある
君と笑いたい 夢を分かちあいたくて
歌いあえるように 奏であえるように
この時代を 僕らを この瞬間(とき)を

強さを手にするより 弱さを越えたいんだよ
守りたいものから 逃げたくないんだ
つぼみはそこにあるんだ

愛しいひと 忘れはしない 胸にやどる誇りがある
このさだめよ この勇気よ 僕らの望みとなれ

風のなかにいる ここに陽はまた昇るよ
ぶつけあう日々に こたえを築こう
この時代を たがいを この瞬間(とき)を

たくされた"今"がある 歩むべき道がある
はじまりのつづきを 生きている
この胸のなかに きずなはあるんだよ ずっと ずっと

風が吹いている 僕はここで生きていく
晴れわたる空に 叫びつづけよう
新しき日々は ここにある ある
風よ吹いていけ 君と夢をつなぎたい
愛しあえるだろう つくりあえるだろう
この時代を 僕らを この瞬間(とき)を
La La La...

 ロンドンオリンピック名場面集で特に感動したのはコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=j6Ik6CsNDSg&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=i2hSQnEOvXw&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=4LQNUvzYqi8&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=navNVbwgG8Q&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=OtbBCc8t_rU

 総じて今回の大会は、判定に絡んで誤審などが相次いだり、政治問題を持ち込んだりと、勝負以外でもさまざまな出来事があったが、お国を代表しての筋書きのない真剣勝負だから、世界中の人々の感動を呼んだのだと思う。前回の北京大会と比べても比較にならないくらい大いに盛り上がった。そこにはメダリストたちが声を揃えて語っていたように、家族や周囲の支え、支援や応援してくれた方々への感謝のコメントが感動を更に増幅させた。感動に感動を生んだ「ロンドンオリンピック2012」、震災後初めて迎えたオリンピックで感動をもらい、復興に向けて新たな勇気を抱いた人も多くいるだろう。重圧に耐え、日本のために体を張って戦い抜いたアスリートたちに心から感謝し、明日からの活力に替えて私も頑張っていきたい。次回は2016年。再びリオの空の下で感動を味わえることを切に願い、結びとしたい。

 記事作成:8月14日(火)

2012年8月14日 (火)

浜田省吾と過ごした学生時代

 満を持して登場した感が強い浜田省吾。私にとっては特別な存在で、彼の歌にどれだけ励まされたかしれない。彼との出会いは遅く、1984年、彼がデビュー後10年以上経過した頃だった。同郷で隣室だった大学の友人がひとしきり彼のハマっていて、何気なく聴いた彼の楽曲「Sand Castle」に心を揺さぶれたのだった。それ以来、彼のアルバムはすべて余すことなく聴き漁った。

 彼の奏でる楽曲は、まず詩が真っ直ぐで、曲調も耳に残りやすい。彼も私も同じO型なので、素直に聴けた。男性目線の詩作がほとんどだが・・・。

 1位 「愛という名のもとに」

 個人的には「sand castle」のアレンジの方が好きだ。

http://www.youtube.com/watch?v=4fnevmjanHw

 2位 「朝のシルエット」

http://www.youtube.com/watch?v=ilqL6aMPiLQ

 3位 「丘の上の愛」

  何か例の女性の生き方に似ている・・・。

 4位 「悲しみは雪のように」

 この曲は鈴木保奈美、唐沢寿明が出演した青春ドラマ「愛という名のもとに」に使用された。

http://www.youtube.com/watch?v=XmdIOezwxqk

 5位 「片想い」

 6位 「もうひとつの土曜日」

http://www.youtube.com/watch?v=qXf8s20fC00&feature=related

 7位 「君に会うまでは」

http://www.youtube.com/watch?v=kj7E9-ktTS8&feature=related

 8位 「Midnight Flight~ひとりぼっちのクリスマス~」

http://www.youtube.com/watch?v=rjL1zhbTAr4

 9位 「風を感じて」

http://www.youtube.com/watch?v=YAMKhA2Qkjw&feature=related

10位 「いつわりの日々」

http://www.youtube.com/watch?v=hCLb_eVEsf8&feature=related

11位 「AERICA」

http://www.youtube.com/watch?v=63HK6Gkca_8&feature=related

12位 「君の微笑」

http://www.youtube.com/watch?v=UK5qQDBhUw0&feature=related

13位 「19のままさ」

http://www.youtube.com/watch?v=8YCVM5PDXu0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=TTtO08Gvhcg&feature=related

14位 「陽のあたる場所」

http://www.youtube.com/watch?v=US0BYaElXSc&feature=related

15位 「路地裏の少年」

http://www.youtube.com/watch?v=VpLP-x_XZ_k&feature=related

16位 「ON THE ROAD」

http://www.youtube.com/watch?v=qg0ov7mr67g

http://www.youtube.com/watch?v=_OlaQxqE108&feature=related

17位 「ラストショー」

http://www.youtube.com/watch?v=b8uIEuQMHY8&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=7u_eXngZ0wI&feature=related

18位 「J boy」

http://www.youtube.com/watch?v=HzPZrXA9v8Q&feature=related

19位 「MONEY」

http://www.youtube.com/watch?v=qWUIM-tizdg&feature=related

20位 「遠くへ」

http://www.youtube.com/watch?v=Ej-bvqVZKk8&feature=related

 彼の作品集の中では「sand catle」が大好きで、次に「J boy」だった。つまり1984年~1987年の大学生活においてリリースされたアルバムだ。心を打つ名曲たちに囲まれ他学生時代を送れたことを今でも誇りに感じる。省吾は人生の師であり、彼の生き方を実践したいと心底思っていた。今年、彼は還暦を迎えるが、まだまだ現役バリバリのシンガーであり、これからも走り続けていくに違いない。

 

 記事作成:7月8日(日)

2012年8月 4日 (土)

私が選ぶ高校野球各県代表校

 7月30日の福井県大会を最後に今年の全国高校野球選手権大会の49代表が出揃った。私は自分が野球をやっていたせいか、プロ野球はもとより、折り紙つきの熱烈な高校野球ファンだった。テレビを見ながらスコアブックをつけていたこともあったし、全試合観戦したこともあった。実際に甲子園球場に足を運んだこともあった。それは昭和52年の夏、バンビの愛称で親しまれ、1年生として甲子園のアイドルになった坂本投手の東邦高校と地元大阪の大鉄高校の試合を観戦したのだった。準決勝第一試合だっただけにスタンドは超満員だった。第2試合は帰りの新幹線の時間のため見ることは叶わなかったが、大会屈指の左腕、松本投手が率いて優勝した東洋大姫路高校と後に早稲田、プリンスホテルで活躍した好投手、三谷志郎がいた今治西との対戦だった。この年はとにかく投手が豊作で、後にプロ入りした好投手が多かった。メカゴジラとの異名をとった智弁の山口哲治は近鉄に、石川星稜高校の小松辰雄は中日へ。そして松本祥志と無失点男の福島商業の快速球投手の三浦広之は、共に阪急に入団。この年を皮切りに高校野球の熱烈なファンになり、その後、報徳学園、箕島、PL学園、帝京、中京商業、池田、横浜など高校野球の常連校がしのぎを削った。今思えば、見所も見ごたえもあった。

 さて、今年もまたオリンピックと並行して熱き戦いが展開される。すでに47都道府県の代表49校が勝ち名乗りを挙げたが、ここでは足掛け40年間、高校野球を見続けてきた私が選ぶ各都道府県の代表にふさわしい学校をピックアップしたい。今年の代表と合わせて3~4校ずつセレクトしたい。

        今年の代表校    私が推挙する代表校
北北海道   旭川工        駒大岩見沢 旭川実業
南北海道   札幌一        駒大苫小牧 東海大四
青森      光星学院            三沢商 八戸工大一 弘前実
岩手      盛岡大附属     花巻東 黒沢尻工 専大北上
宮城      仙台育英      東北 仙台商業
秋田      秋田商        金足農業 秋田経法大附属
山形      酒田南        日大山形 東海大山形  羽黒
福島      聖光学院      学法石川 福島商業 磐城 双葉
茨城      常総学院      取手二 水戸商
栃木      作新学院      宇都宮南 佐野日大 宇都宮学園
群馬      高崎商        桐生一 前橋工 
千葉      木更津総合     習志野 銚子商 拓大紅陵
埼玉            浦和学院            花咲徳栄 春日部共栄
東東京         成立学園      帝京 関東一 岩倉
西東京     日大三        早稲田実業 桜美林 
神奈川     桐光学園      横浜 桐蔭学園 東海大相模 横浜商
山梨      東海大甲府     日本航空 甲府工
長野      佐久長聖      松商学園 丸子実
新潟      新潟明訓      中越 日本文理 新発田農
富山      富山工        新湊 富山商
石川      遊学館        星稜 金沢 
福井      福井工大福井   福井商 敦賀気比 
静岡      常葉橘        浜松商 静岡商 常葉菊川 
愛知           愛工大名電     東邦 中京大中京  享栄 大府
岐阜      県岐阜商      中京商 土岐商 市立岐阜商
三重      松阪         海星 明野 四日市工
奈良      天理         智辯学園 郡山
和歌山     智弁和歌山      箕島 新宮
滋賀      北大津         近江 比叡山 八幡商 
京都            (龍谷大)平安    鳥羽 東山 京都成章
大阪            大阪桐蔭             PL学園 上宮 浪商
兵庫      滝川二        報徳学園 育英 東洋大姫路
岡山      倉敷商        関西 岡山理大附属
広島      広島工        広陵 広島商 崇徳
鳥取      倉吉城北       倉吉北 八頭 
島根      立正大淞南     開星 江の川 浜田
山口      宇部国府鴻城    下関商 宇部商 南陽工
香川      香川西        観音寺中央 尽誠学園 高松商
徳島      鳴門          徳島商 池田 鳴門工
愛媛      今治西        松山商 済美 新居浜工
高知      明徳義塾       高知商 伊野商  高知
福岡      飯塚          西日本短大附属 柳川 東福岡 
大分      杵築          明豊 柳ヶ浦 日田林工
宮崎      宮崎工        日南学園 都城 延岡学園
佐賀      佐賀北        佐賀商 佐賀学園
長崎      佐世保実       長崎日大 長崎海星
熊本      済々黌        熊本工 九州学院 鎮西
鹿児島     神村学園       鹿児島実業 鹿児島商工 鹿実
沖縄      浦添商        興南 沖縄尚学 沖縄水産 豊見城

 さて、オールドファンならずとも高校野球ファンなら一度は耳にした高校名がズラリ目白押しだろう。こうしてみると昔は商業高校が強かったが、いつのまにか練習環境の整った私立高校が主流になった。かつての名門も名物監督が去れば、一気に斜陽を迎えるケースも多い。箕島や池田、取手二などが良い例だろう。また、数年前に騒がれた特待生制度の乱用で、越境入学者が数多くなった。参加学校数が少ない地方のほうが甲子園への出場機会が増えることから、東京や関西地方の有力選手がこぞって寮のある私立高校へ流出。ことさら青森県、山形県、島根県あたりでは関西弁が飛び交っているとか・・・。

 毎年、夏の風物詩として行われる高校野球。そこには一度でも負ければ即、終了、即引退の厳しい戦いと、練習に練習を重ね、涙と汗の結晶の真実のドラマがある。もちろん筋書きなど存在しない。だからファンを魅了し、正々堂々とプレーする姿に人々は感動するのだろう。さて今年はどんな名勝負、名場面が繰り広げられるのか大いに楽しみたい。

 高校野球の関連記事

「記憶に残る甲子園ヒーロー」
http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-e2c2.html

 記事作成:7月31日(火)

 追記

 H25.8.25に、無名のブロガーの方からコメントを頂き、その情報に基づき、一部記事を修正いたしました。

2012年8月 2日 (木)

本日の釣行記(8/1~8/2)

 釣行記録 「新潟はやはり相性が最悪・・・」

 前日ショッキングな出来事が。10ヶ月半ぶりに釣りの準備をしていたところ、ルアー竿に使っていたリール(Cy.2500)がどこを探しても見当たらないことが判明。最後に使ったのは昨年の9月17日の釣行だった。釣り場が見当たらず右往左往してやっと落ち着いた新川港の河口付近。あそこにルアー竿のケースを忘れてきたことはすぐに気づいたが、まさかリールまでも置いてきてしまったとは・・・。10ヶ月半後に気づく始末の悪さ。後の祭りで最悪の展開。新潟釣行ではトラブルが毎回あって、どうも相性が良くないようだ。

 さて、10か月以上ぶりの釣行となった今回、7月下旬に2週連続で土日出張の振替え有給休暇となった。台風10号が接近しているが、大潮・快晴とあっては、行かざるを得ない。そんなわけで急遽計画して実行となった、久しぶりの平日、そして初の新潟岩船港釣行。果たしてどんな結果が待っているのやら・・・。

<DATA>

DATE: 8月1日(水)~2日(木)
TIME: 4:10~10:20(6H)   
PLACE: 新潟岩船港
WEATHER: くもり→快晴 25.0℃~31.1℃ 日出4:45 日没18:51
TIDE: 大潮 満潮4:07(38cm)、14:05(47cm) 干潮8:05(33cm)
WAVE: 0.5~1m 水温:27~28℃
WIND: 微風~弱風
EFFECT: ヒラツメガニ1尾、マメアジ3尾 (計4尾)  
THEME:「暑い、きつい、内村金メダル三昧」

<往路経過>

 8月1日(水)
 19:33 自宅発  
 19:34 GS(45.54L 1L=140円 計6,238円)19:40発
 19:43 上州屋(アオイソメ売り切れ 店員の態度悪く、何も買わずに出る)19:50発
 19:52 岸波(親しかった店員のSさんが去年退社したと聞かされ大ショック!)
       アオイソメ60g 525円、光るコマセ315円、遠投サビキの格安セット399円
       合計1,239円 19:58発 R49経由
 20:15 中山トンネル、白鳥浜セブン食料調達(パン、おにぎり2個、サンドイッチ、お茶
       2本、カフェオレで計976円)20:34発
 20:36 猪苗代高原IC
 20:51 会津若松IC なんと工事規制でこの先通行止め 強制排除させられる
       時間と費用が大幅に狂う ETC割引利かず高くなる・・・450円
       坂下町経由でとろとろ
 21:08 坂下町
 21:17 会津坂下ICから高速復帰 平日なのでガラ空き
 21:23 西会津IC 
 21:28 県境
 21:47 阿賀野川SA(休憩&仮眠 2H程度眠る)サンシェードで目隠ししたら、ダッシ
       ュボードが傷だらけに・・・休憩ダンプがエンジン切らずうるさい。10台程度仮
       眠していた。       
 
 8月2日(木) 
 1:56 阿賀野川SA発
 2:15 新潟中央IC 人生初の日本海東北道へ。村上方面へ。独走状態。70km/h規
      制 走行中、ラジオでロンドン五輪の男子サッカー「日本対ホンジュラス」戦をラ
      イブで聴く 引き分けで予選1位通過。決勝Tはエジプトと。そしてビッグニュース
      体操男子個人総合で内村航平が金メダルをゲット!石川佳純と北島は敗れる
 2:27 東港豊栄IC、2:40料金所(1,650円)結局合計が2,100円と一度ICを出た
      分高くつく えらい遠い・・・。
 2:53 神林岩船ICで下車 左折
 2:56 岩船港周辺に到着 しかし前回と同様釣り場を探して右往左往
      フェリーターミナル周辺、岸壁、北防波堤 歩いて往復数回・・・・新潟はこればっ
      か。車酔いでめまいし、気持ち悪くなる。
 3:39 最初にたどり着いた工事中の柵を入った砂地の南岸壁に車横付け状態
      走行距離218.3km

 <実釣経過>

 4:10 周辺散策後、工事現場の南側岸壁で開始 丸く黄色い大きな月明かり
      投げ2本、ショートパックでブラクリ、ルアーでエギングとメバリング 
      何度かアタリあるがフッキングせず 場所悪い 携帯ラジオでオリンピックの実
      況を聴きながら実釣 退屈せず重宝
 5:55 下オモリに15cmのヒラツメガニ 明るくなってから砂浜歩き、地続きの防波堤を
      往復。赤灯台(南防砂堤)まで続く道を発見

P8022337 P8022338

P8022336

 7:20 赤灯台へ移動。この時点で結構暑くなる。荷物重く、移動きつい。汗だくで息上
      がる。付け根にあった自転車の先客がひとり 先端を陣取る 船道 フェリー航
      行 沖合に油田掘削基地?出し竿常時4本(投げ2本、ルアー、遠投サビキ)
       堤防先端のキワは、小ボラや小サヨリの集団がウジャジャ(つまり餌取り)
      誰が置いていったか2Lのペットボトルがコロコロ 堤防上にはフグの死骸10尾
 8:00 遠投サビキ開始 コマセでバッカンが汁臭くなる 
 8:10 マメアジ 5cm程度 リリース
 8:22 マメアジ 円筒サビキの仕掛けハリとオモリを失う
 9:00 地元のダンゴクロ釣り師が合流 ラジオは暇つぶしに最適。ずっと流す
      内村の金メダルの話題で持ちきり こども電話相談室
 9:55 マメアジ 青イソメ、水分、食料が尽きる 風がある分凌げるが、暑くて限界
10:20 餌切れで納竿 帰り、車まで1km以上、死にそうだった。重い荷物担いで、5~6
      回途中で休憩入れる 体力もない 行きは良い良い帰りは・・・ くたくた
      防波堤の右側は広大なサーフ キスやヒラメがよさげ 

      結局 釣果はカニ1尾、マメアジ3尾のみ あとは流木
 
10:40 車になんとか戻る。車に置き忘れたクーラーBOXのペット茶をがぶ飲み

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 <帰路経過>

10:44 現地発 10:50神林岩船IC 荒川胎内までの無料区間を日本海東北道走行
10:54 荒川胎内IC下車 R113へ。途中で間違えてUターン 田んぼの一本道 PC
11:07 中条商工会 R7へ 左折→右折を何度か繰り返す R7へ この辺はGS134円
      激安 ラジオから懐かしいマッチの「ブルージーンズメモリー」が流れ一緒に歌う
      県道535 道幅狭い割にダンプばかりでノロノロ セブンの駐車場でショートカッ
      トしてダンプを交わす R290 月岡温泉目の前に竜宮城のような巨大ホテル
      ダッシュボードの上が傷だらけに気づく 右手の田んぼにかかしの集団
11:57 安田IC 一般道だと1時間23分もかかった。往路高速は1時間だったのに
      ここまでの走行距離270.6km。郡山から横浜くらいの距離 遠い・・・   
      気温表示35~37℃ 2車線で大型ダンプを片っ端からパス トンネル無灯火
      のダンプが車間距離なく、ピタリくっつけて煽ってきた 頭に来てぶっちぎった
12:26 西会津IC 坂下IC~会津若松IC 昼間は工事規制なし走行可
12:42 会津若松IC 4日前まで2泊したばかり 多忙
12:50 磐梯高原SA 高校生の集団がレストラン独占 何も買わず、昼食も取れず
12:55 出発 その先のループコイル70km/hで通過
13:00 猪苗代高原ICで下車 1,750円 磐梯山くっきり信号待ちでパチリ  
13:15 中山トンネル のろいダンプのせいで長い車列 R49工事規制 片側交互通行
      セブン左折
13:40  自宅着    走行時間 2時間31分  帰路距離 185.9km

      総走行距離 404.2km

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 <費用>

 高速代       3,850円
 餌代・仕掛け代  1,239円
 朝食・昼食代      976円       
 合計         6,065円 (ガソリン代を除く)

 帰宅後、すぐに釣り用具一式を洗浄し、乾くまでの間、速攻シャワーを浴びた。そして炎天下、直射日光にさらしてしまった結果、高温になって触れず。

 総括すれば、今回は全くツイていない最悪の釣行と言える、やっぱり新潟は相性最悪と見た。お気に入りだったルアー用のリールは置き忘れてくるし、上州屋はイソメ売り切れ、親しかった岸波の店員Sさんは去年、店を退社してしまった。更には高速道路が途中通行止めで割高。そして往復404kmもハンドルを握った割には釣果無し。暑さに耐え、日焼けしに行っただけだ。でも単に無駄なお金を使っただけではなく、忘れかけていた10ヶ月半ぶりの釣りの勘を取り戻したし、ひ夏の思い出にはなった気がする。

 ところで、この時期は決まって相馬の沖堤防を訪れていた。大型の鯖やアジ、どんこ、カレイなどが釣れるからだ。しかし、もう行けない気がする。津波で大勢の方が犠牲になった場所に行くのは気が引けるし、おそらく、未だに沖堤防は損壊が激しく、渡れないだろう。閉鎖に追い込まれた新地釣り公園のように、このまま夢幻で終わってしまうのだろうか。残念でいたたまれない。しかしながら、やはり真夏に釣りは自殺行為のような気がする。第一釣れないし、暑いし、耐久戦とか持久戦のような過酷な釣りになってしまう。

 と、ここまで打って保存ボタンを押したら「メンテナンス中」の表示が・・・1時間半もかけて今回の釣りの一部始終を完成させたのに、まったく保存できず、すべて消えてしまった。やっぱりツイていない。何も悪いことなどしていないのに・・・。ガッカリな一日(二日)だった。

 帰宅後のこの日のテレビは内村航平の話題で持ちきりだった。

 なお、「ようこそ釣り天国へ」の釣行日記は、後日、掲載したいと思います。

 参考

 「B型人間的新潟投げ釣り」ほか

http://www.geocities.jp/hmrmyamada/nageduri/iwahunekou.html

http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN9/Bird/niigata/iwafune-ko.htm

http://blogs.yahoo.co.jp/taro10sai03

http://fishing.iwafunemachi.com/?cid=7

 記事作成:8月2日(木)

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