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2012年10月

2012年10月27日 (土)

プロ野球七不思議

 2012年のプロ野球シーズンも幕を下ろし、残すところ注目すべきは、今日から始まる日本シリーズ(日本ハムVS巨人)と来年のWBCのみとなった。いわゆるストーブリーグに入ると、なぜか野球の話題が多くなるが、とりわけ関心は一昨日行われたドラフト会議と来季の戦力分析、WBCメンバーの人選ということになる。ドラフトについてはプロ注目の「ビッグ4」の進路が決まった。大阪桐蔭の藤浪は4球団が競合し、地元阪神がクジを引当てた。シーズン中は消化不良状態を余儀なくされた阪神ファンにとっては待望の明るいニュースが飛び込んだ。また、私が最も即戦力と期待する亜細亜大の東浜巨は、ソフトバンクが交渉権を獲得した。ますますパ・リーグが面白くなりそうだ。そして、野球浪人した菅野は、ようやく1年越しで叔父である原監督の下で野球に取り組める環境を得ることとなった。一方、昨年横槍りの日本ハムは懲りもせず、今年もメジャー表明をしたばかりの大谷翔平投手を指名した。これで2年連続で入団を拒否された場合、他の有望選手獲得の機会をみすみす放棄したフロントと球団上層部、それに監督の責任は重いと言わざるを得ない。その横槍を入れた日本ハムと妨害された巨人が今日から激突する日本シリーズは、まさに遺恨や因縁の対決となり、別の意味で興味をそそられる。心情的には前途ある若者の貴重な一年間を棒に振らせる暴挙に及んだ日ハムを、今年に限っては巨人が完膚無きまでに叩きのめして欲しいところだ。
 それにしても腑に落ちないのは、ドラフト会議の前に各球団が指名選手を予め発表してしまうことだ。なぜ手の内を前もって明かすのか。相手の出方を牽制して、釘を刺す腹積もりなのか。まったく理解できない。これが一般企業なら談合だ。入札価格を事前に公に知らせてしまっている。野球界は不思議な規則がまかり通る奇々怪々な世界だ。
 また、メンバー選考が本格化するであろう、大会3連覇がかかる「侍JAPAN」は、今後、山本浩二監督の元で三たび、胃が痛くなるような死闘を繰り広げることになる。メジャー組の参戦も含めて大いに期待したいところだ。野球への関心は高まる一方だが、今日は「プロ野球の七不思議」について持論を述べたい。あくまで個人的な私見なので、あまり深く考えず、気楽に読んで欲しい。

 ① 名球会に入っていない意外な選手たち

 「名球会」とは、打者なら2000本安打以上、投手なら200勝、250セーブ以上が資格条件となる。しかし、現役時代に名選手として鳴らしながら、あと一歩及ばずに名球会入りを逃した選手をピックアップしたい。

  野 手 (安打数)

 田淵  幸一  1532   原     辰徳  1675 
 高橋  慶彦  1826   篠塚  利夫  1696
 正田  耕三  1546   高木     豊  1716
 田代  富雄  1321   石毛  宏典  1833
 水谷  実雄  1522   中尾  孝義   699
 島田    誠   1504    宇野    勝   1620
 池山  隆寛  1521   杉浦   享  1390
 田尾  安志  1560   長池 徳士  1599
 緒方  孝市  1506   佐々木 誠  1599
 蓑田  浩二  1286   平野   謙  1551
  松永  浩美  1904   木俣 達彦  1876
 真弓  明信  1888   岡田 彰布  1520
 大石大二郎  1824   広沢  克己  1736
 清水  崇行  1428   柏原 純一  1437
 中塚 政幸   1440   平野  謙   1551 
  高田  繁   1384   伊東  勤   1738     

 投 手 (勝利数)

 渡辺  久信  125     池谷公二郎  103
 松岡    弘  191     江本  孟紀  113
  江川   卓  135     西本   聖  165
 斎藤  雅樹  180     槙原  寛己  159
  大野   豊  148     藤田  元司  119
 阿波野秀幸   75     西崎  幸広  127  
 星野  仙一  146     桑田   真澄   173

 そのチームの主力やエースとして活躍した面々だが、意外にも名球会に入っていない。一時期は破竹の勢いの戦績を残し、人々の記憶には残っていても、長い年数を継続して好成績をあげることは難しいことが浮き彫りとなった。また、捕手で名球会に入っているのは、野村克也とその愛弟子、古田敦也だけである。あの中日・巨人で活躍した中尾孝義は700安打にも満たない。来シーズンには現役42歳になる谷繁元信も入りそうだ。また、内野手の中村紀洋も間違いないだろう。桑田は怪我さえなければ入っていたし、吉村禎章や城島健司も怪我や故障に泣いた。40歳を越えても現役を貫いた工藤公康や金本知憲、山本昌、山崎武司、下柳、宮本、前田智徳の例もあるように、故障にさえ気をつければ、45歳までプロの第一線でやっていくことも決して不可能ではなくなった。

 結論を言えば、この名球会の入会資格が野手は安打数に限定していることが問題点である。安打の多い方が本塁打を量産していることよりも価値が高いという判断である。ファン心理からすれば、ホームランを多く放つスラッガーの方が記憶に残りやすい。田淵選手は高々と打ち上げ、滞空時間の長いホームランアーティストで、漫画や映画にもなるほど個性的でファンに人気があった。決して名球会の他の選手と比べても引けを取らない。しかし、長距離砲は得てして内角攻めが多く、その結果死球や勝負を避けられての四球がやたら多くなる。田淵も死球がもとで何度も骨折し、長期戦線離脱を余儀なくされた。通算474本塁打は長嶋より上で、歴代11位の記録。なのに大学出ということもあって活動期間は16年と短く、結果1,500安打程度で終わってしまった。これは明らかに不公平だ。本塁打数も400本以上も打つような大打者ならば名球会への有資格は十分あると思うのだが。ちなみに400本以上本塁打を打っている大打者は17人いるが、名球会に入っていないのは彼と現役の山崎武司選手だけである。

 ② 巨人に移籍し、去っていった男たち(平成以降)

 阿波野秀幸   近鉄ー巨人ー横浜
 工藤 公康   ダイエーー巨人ー横浜ー西武
 清原 和博   西武ー巨人ーオリックス
 石井 浩郎   近鉄ー巨人ーロッテ
 広沢 克己   ヤクルトー巨人ー阪神
 小久保裕紀   ダイエーー巨人ーソフトバンク
 江藤  智    広島ー巨人ー西武
 落合 博満   ロッテー中日ー巨人ー日本ハム 
 藤井 秀悟   ヤクルトー日本ハムー巨人ー横浜
  イ・スンヨプ   ロッテー巨人ーオリックス
 ペタジーニ   ヤクルトー巨人ーオリックス
 ローズ      近鉄ー巨人ーオリックス
 グライシンガー ヤクルトー巨人ーロッテ
 シコースキー  ロッテー巨人ー西武
 ラミレス     ヤクルトー巨人ー横浜DeNA
 マイケル中村  メジャーー日本ハムー巨人ー西武

 いずれも巨人に来る前は抜群の成績を引っ提げてFAやトレードでやってくるものの、額面通りの成績を上げられず、やがて移籍。すると水を得た魚の如く、再び活躍する不思議。巨人ではプレッシャーでがんじがらめになって、実力を出しきれずに去っていく構図が明らか。

 ③ 巨人の弱点

 1)昔から初物に弱い・・・近藤真一(中日) 福井優也(広島) ルイス(広島)など

 2)昔から左投手に弱い・・・今中、能見、山本昌、山本和行、岩瀬、川口、高橋建、野村
                 收、仲田、藤井、石川雅、林(中日)、ウィリアムス、野口、岩
                 田、山部、星野伸、井川慶など

 3)昔から外国人補強が下手くそ・・・及第点はホワイト、クロマティくらい。ゴンザレス、シ
                       コースキー、グライシンガー、ペタジーニ、李、ラミレ
                       ス、クルーン、マイケル中村、ローズなどはよそから
                       かっさらってきただけだが、巨人に来た途端ダメ。

 ④ 西武・ヤクルトは優良助っ人外人獲得が上手い

 西武・・・郭泰源、スティーブ、テリー、バークレオ、デストラーデ、ボカチカ、マルチネス、
      カブレラ、許、張など

 ヤクルト・・・ロジャー、マニエル、ホーナー、パリッシュ、ハウエル、ハドラー、クラーク、ミ
        ューレン、ブロス、ホージー、ペタジーニ、ラミレス、グライシンガーなど

 また、中日もまぁまぁの助っ人補強を行っている。マーチン、郭源治、モッカ、パウエル、宣銅烈、ゴメス、サムソン・リー、ギャラード、リナレス、アレックス、ウッズ、李などが活躍した。スカウトの目が確かな証拠だ。

 ⑤ なぜか監督になれない面々

  実績は申し分ないのに、何故か監督招聘の話が無い名選手達をピックアップしたい。

 王貞治は監督になったが、張本勲はなれない
 山本浩二は監督になったが、衣笠祥雄はなれない
 高木守道は監督になったが、谷沢健一はなれない
 岡田彰布は監督になったが、掛布雅之はなれない
 高田繁、土井正三は監督になったが、柴田勲はなれない
 田淵幸一は監督になったが、江夏豊はなれない
 野村克也は監督になったが、門田博光はなれない
 山下大輔は監督になったが、平松政次はなれない
 原辰徳は監督になったが、江川卓はなれない
 山田久志は監督になったが、福本豊はなれない
 若松勉は監督になったが、杉浦享はなれない
 大矢明彦は監督になったが、八重樫幸雄(二軍監督経験はあり)はなれない
 広岡達郎・森昌彦(祇晶)は監督になったが、黒江、末次はなれない
 星野仙一は監督になったが、木俣達彦・三沢淳はなれない
 権藤博は監督になったが、福嶋久晃、遠藤一彦・斉藤明夫はなれない
 大島康徳は監督になったが、宇野勝はなれない
 尾花高夫は監督になったが、松岡弘や安田猛はなれない
 堀内恒夫は監督になったが、高橋一三はなれない
 東尾修は監督になったが、村田兆治はなれない
 秋山幸二は監督になったが、山崎裕之はなれない
 有藤道世は監督になったが、加藤英司はなれない
 中西太は監督になったが、豊田泰光はなれない

 球団フロント陣は、監督に向き不向きな性質やその才能の有無を見抜いているというのか。それとも打診はしているが、本人が固辞しているのかは知る由もない。不思議だが監督は野球人にとって最終目標に違いないはずなのに、なぜか「なる人」と「ならない人」がすみ分けしてあって、予め決まっているように思えてしまう。
 一方、近いうちに監督になりそうな方は、今年引退した小久保裕紀、以前にも名前が挙がった工藤公康、桑田真澄、そして立浪和義がいる。復帰しそうなのは、古田敦也。逆に難しいのは我が強そうな清原和博で、どこぞの監督と同じように選手以上に自分が目立ってしまうように思える。また、ヤクルトの4番を打ち、阪神でも活躍した広沢克己(実)もまた同様。

 そして、巨人の歴代監督を振り返ると、生え抜きで、最後まで巨人軍ひとすじに身を捧げた人しかなっていないことに気づく。一度でも他のチームに移り、巨人に牙を向けた人はなっていないし、またその後にも復帰はしていない。巨人の歴代監督を見てみれば一目瞭然で、水原茂、三原脩、川上哲治、長嶋茂雄、藤田元司、王貞治、原辰徳、掘内恒夫などがそうだ。王はダイエー、ソフトバンクの監督になってしまったので、もう年齢的にも体力的にも無理だとは想像できるが、巨人の監督復帰はありえない。また、森祇晶が実績がありながら巨人の監督になれなかったのは、西武や横浜の監督になってしまったからだ。広岡達朗も同様。江川卓は、現役時代と同様、巨人に固執している限り、永遠に監督にはなれないだろう。だいぶ先に原監督が勇退する時機が来たなら、後継者は桑田真澄か吉村禎章しかいない気がする。当然ながら落合博満の巨人監督はあり得ないと見ている。巨人というチームは伝統と格式を重んじて来た。獲得した助っ人外国人選手にだって髭を剃らせるし、金髪茶髪を認めない紳士集団である。ナベツネが生きているうちはこの流れは変わらない筈だ。

 ⑥ 広島は新人投手を育てるのが上手い

 長谷川良平、外木場義郎、山根和夫、福士敬章、池谷公二郎、北別府学、津田恒美、川口和久、佐々岡真司、高橋建、大野豊、黒田博樹、紀藤、福井優也、大竹寛、野村祐輔、前田健太、永川勝浩など球界を背負って立つエースを育てた。でもせっかく手塩にかけて育てた選手をFAでみんな他のチームに持っていかれる。(川口、江藤、金本、黒田など)また、広島は新人だけでなく、投手の育成には定評がある。それは球団が金のない市民球団だけに、他チームからFAで実績のある選手を獲得できない欠点があるから、是が非でも自分たちの手で育て上げなければならないという苦しい台所事情がある。論より証拠。優秀な先発完投型の投手に贈られる「沢村栄治賞」は、全12球団での選考にもかかわらず、1975年~1991年の17年の間に、広島から5人(外木場・池谷・北別府・大野・佐々岡)も受賞している。

 ⑦ 巨人の左投手はなぜか大成しない。

 こと今年については内海と杉内が頑張り、リーグ優勝に大きく貢献したが、常勝巨人軍において、これまで左腕で名球会に入るような活躍をした選手はいない。かつてのエースや「三本柱」は殆どが右腕だった。

  先発三本柱                      抑え
 
 江川卓・西本聖・定岡正二          宮田征典、鹿取、河原
 斎藤雅樹・桑田真澄・槙原寛己       クルーン、西村
 

 左投手でそこそこ活躍したのは・・・

 高橋一三、新浦壽夫、宮本和知、角盈男、岡島秀樹、前田幸長、柏田貴史、工藤公康、高橋尚成、山口鉄也くらいだが、いずれも好不調の波が激しく、名球会などには入っていない。

 さて、どうでしたか?まぁくだらないことに焦点を当ててしまった感は否めない。でも長い目で見れば面白いかも。

 最後に、これも「後の祭り」でどうでもいいことだが、野茂英雄がメジャーへの道を切り開いてくれたが、もし全盛期ならメジャーで活躍できたであろう選手たちを紹介して、結びとしたい。

 江夏豊、江川卓、牛島和彦、津田恒美、今中慎二、桑田真澄、潮崎哲也、渡辺俊介、落合博満、秋山幸二、石毛宏典、清原和博、王貞治、田淵幸一、高橋由伸、高橋慶彦、山本浩二、高津臣吾、西崎幸広、岩瀬仁紀、小久保裕紀、小松辰雄、阿波野秀幸

 記事作成:10月5日(金)  

 追記(10/27)

 更にどうでもいいことだが、WBC開催が近づくと毎回予想している「私が選ぶWBCメンバー」を発表したい。本人が受諾するかどうかは考慮せずに考えてみた。

 先発投手・・・右腕 前田、黒田、ダルビッシュ、田中将、摂津、岩隈、吉見
         左腕 吉川、内海、成瀬

 中継ぎ投手・・・ 山口、杉内、和田、岡島、浅尾、平尾、十亀

 抑え投手・・・ 藤川、武田久、涌井、上原

 残念ながら松坂大輔、石井一久、川上憲伸、齋藤隆は落選

 捕手・・・ 阿部、谷繁、里崎、石原

 内野手・・・ 西岡、田中賢、中島、内川、井口、中村

 外野手・・・ 稲葉、陽、和田、青木、イチロー

 私が監督なら巨人の坂本と長野、高橋由は選ばない。守備力を買って荒木を選びたいところだが、攻守の差が歴然。宮本を欠くと主将を誰にするか難しい。たぶん阿部か稲葉だろう。松井秀喜は絶対に選ばない。また、もし調子が良いならロッテの藤岡や唐川、オリックスの金子、ソフトバンクの大隣、西武の牧田、広島の大竹を選びたい。

  

 

 

2012年10月24日 (水)

国民栄誉賞の光と影

  政府はこのほど、ロンドン五輪で金メダルを獲得してオリンピック3連覇、世界選手権13連覇の偉業を達成し、ギネス記録公認を果たした女子レスリングの吉田沙保里選手に「国民栄誉賞」を贈ることを決めた。その功績に口を挟むことは毛頭ない。しかし、毎回この賞の授与に関する判断基準あたっては、何か釈然としないものを感じるので一筆書き添えたい。

 そもそもこの賞を創設するきっかけは、昭和50年代初頭の福田赳夫内閣時に、世界的規模で顕著な功績があった日本人に、その栄誉を称える意図から褒賞を決めたものだ。栄えある第1回目の受賞者となったのが、昭和52年9月、国民がこぞって756号の世界新記録フィーバーに沸いた際の立役者、王貞治である。それ以来、スポーツの快挙や文化的な功労者に授与してきた。最近では記憶に新しいが、女子サッカーのW杯で世界一の栄冠に輝いた「なでしこJAPAN」が受賞するまで、延べ19人(組)に贈られている。

 この国民栄誉賞の選考基準は極めて曖昧で不明瞭なものだ。そして明らかに不公平感が露呈するものである。これについては、過去に当ブログの記事(2011年8月2日付)で掲載し、指摘した通りである。問題点が山積で何か腑に落ちない印象は否めない。

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-9239.html

 そこで今回は、これまで国民栄誉賞にふさわしい功績があったにもかかわらず、候補にも挙がらない憂き目に遭っている方々に焦点を当て、この賞の存在意義に一石を投じたいと思う。

 ① 野村忠宏

 柔術家で、軽量級ながら、前人未到のオリンピック3連覇(アトランタ・シドニー・アテネ)の偉業を達成した。同じ3連覇を成し遂げた吉田沙保里は貰えるのに・・・。

 ② 北島康介

http://www.youtube.com/watch?v=CIIQBm4dUxo&playnext=1&list=PL3A528F59F0A0A78A&feature=results_video

 彼も国民栄誉賞に値するに十分すぎるほどの功績を残している。体格差が物を言う競泳の世界で、平泳ぎの100mと200mでオリンピック2連覇(アテネ・北京)を成し遂げた国民的英雄である。しかもこの時期、レーザーレーサーが猛威を振るう中、自分スタイルを貫いた。レース後には「チョー気持ちいい!」「なんも言えねぇ」という流行語大賞に選ばれる名句を吐いた。2連覇というと物足りないように思えるが、複数の種目での受賞なので金メダルを4つ獲得しているわけだから、五輪のメダル数では吉田沙保里よりも格が上。彼が選ばれないのは合点が行かない。

 ③ 野茂英雄

http://www.youtube.com/watch?v=8qgvWTg_MYk&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=EeHD9rp2Teo

 彼が日本人のメジャー挑戦の門戸を開いたパイオニアであることは誰の目にも明らか。しかも「トルネード」という独自の投法を編み出し、メジャーの並みいる強敵をバッタバッタと三振でなで斬り。快刀乱麻の投球を見せ、異国の地において「ノモマニア」なる熱烈なファンまで獲得した。しかも2度のノーヒットノーラン達成。200勝以上で奪三振のタイトルまで獲得している。なぜこれほどの大投手が国民栄誉賞を貰えないのか?

 ④ 野口みづき

 2000年のシドニーオリンピックで、女子マラソンで初の金メダルを日本にもたらしたQちゃんこと「高橋尚子」は有無を言わさず、速攻でこの賞を受賞した。しかし、その4年後、同じオリンピックという場で同じ快挙を成し遂げた野口みづきは選考さえ行われなかった。確かにタイムは高橋尚子の2分23秒14に対し、2分26秒20は遅いが、金メダルの価値に差異は無い筈。二番煎じではインパクトが弱いということなのか・・・。

 ⑤ 手塚治虫&藤子不二雄

 国民的な人気漫画と言えば「サザエさん」だが、その作者の漫画家の故・長谷川町子は没後にこの賞を受賞した。しかし、地球規模、多言語で出版され、世界的な漫画として有名となっている「ドラえもん」の作者である藤子不二雄や漫画の祖として、この分野を切り開いた「漫画の神様」こと手塚治虫は貰えない。手塚治虫は「ジャングル大帝レオ」や「鉄腕アトム」、更には「リボンの騎士」、「ブラックジャック」で漫画の新時代を築き上げた最大の功労者ではないのか。腑に落ちない。

 ⑥ 力道山

 戦後、敗戦に打ちひしがれていた日本国民にプロレスによって希望と光を与えた功労者である。昭和30年代に街頭テレビの時代のスーパーヒーローだ。ザ・デストロイヤーや鉄人・ルーテーズ、エリックなど強豪の外国人レスラーと互角以上に渡り歩き、国民を大興奮と熱狂の渦に巻き込んだ。彼の果たした功績は顕著で日本復興の救世主と呼べる活躍は正当に評価されないのか。

 ⑦ 毛利衛

 日本人2人目の宇宙飛行士(初代は秋山氏)で、スペースシャトルに登場し、宇宙を旅した最初の人である。彼が夢を実現させてくれたことで、宇宙開発は飛躍的に進歩を遂げた。日本人宇宙飛行士がどの国よりも器用で繊細なことから、その後、野口さんや向井千秋さんなどが宇宙に飛び立った。ロボットアームの操縦や宇宙遊泳なども実行させた。

 ⑧ 過去のノーベル賞受賞者

 今秋、ips細胞の発見により、山中伸弥京都大学教授にノーベル医学生理学賞が贈られた。再生医療に用いれば、劇的に高度な治療法が進歩することになり、一刻も早い臨床が期待されているが、過去のノーベル賞を授与された日本人は、大変な快挙なのにもかかわらず、誰ひとりとして国民栄誉賞をもらっていない。W賞になるとノーベル賞そのものの品位を下げてしまうのだろうか。

 ⑨ 中村修二

 この人の名前を聞いてピンとくる人は少ない。されど知る人ぞ知る青色発光ダイオードを発明&開発した凄い人物である。かつて信号が緑色だったのに、現在は青い光を発している。これは光の分野では、相当難しい技術であったため、真の青信号の現実化は不可能ともくされていた。しかし、日亜化学工業社員時代に青色発光ダイオードの開発を社長に直訴し、会社から約3億円の開発費用の使用を許される。 米国・フロリダ大学に1年間留学後、日亜化学工業に戻り約2億円程度するMOCVD装置の改造に取り掛かるが、社長の交代等もあり研究の取り止めを求められた。その後、青色発光素子であるGaN(窒化ガリウム)の結晶を作製するツーフローMOCVDを発明した。この発明により、LED技術の開発など科学分野に革命をもたらした功績は大である。

 ⑩ 顕著な功績をあげた団体競技(東洋の魔女・日の丸飛行隊・北京五輪ソフト女子・WBC2連覇)

http://www.youtube.com/watch?v=wDZ1Rt-P798

http://www.youtube.com/watch?v=FCGLjEhlQSI

http://www.youtube.com/watch?v=-QBw11joCbI&feature=fvwrel

 昨年、東日本大震災によって日本が悲しみに明け暮れていた時、なでしこ達がサッカーのW杯で金メダルを獲得し、日本中に感動と希望を与えた功績により、団体競技で初めて授与された。しかし、同レベルの功績は、過去、1964年に開催された東京オリンピックで、「東洋の魔女」と呼ばれた大松監督率いる女子バレーボール日本代表が金メダルを獲得するという大金字塔を打ち立てたのに、これまでに授与されていない。
 また、1972年の冬季五輪札幌大会で、純飛躍で表彰台を独占し、日本中を熱狂させた「日の丸飛行隊」(笠谷・金野・青地)は国民栄誉賞にふさわしい活躍であったことは誰の目にも明らかだ。しかしこちらも褒賞に値しないのはおかしい。おそらく、創設された年よりも以前の功績については、選考の対象外となるようだ。
 ならば、北京オリンピックで奇跡の4連投によって日本に金メダルをもたらした鉄腕・上野由岐子率いる女子ソフトボールチームは受賞対象にならないのはなぜなのか。
 そして2009年3月、日本中が大興奮したWBCでの「侍JAPAN」の2連覇では選考対象にもならないのか?何が不足で不服だというのだろうか。全く不可解で不思議という以外に言葉が見つからない。

 あまりにも理不尽で不公平な選考基準である。「世界一」の称号を得ただけでは受賞対象としては弱いようで、国民に夢と希望を与えたとかプラスアルファが無いと説得力がないようだ。国技である相撲の世界も、受賞しているのは千代の富士だけである。大関在位の記録を更新し、前人未到の通算千勝以上を達成した唯一の関取である「魁皇」関に贈られない理由とはいかなるものなのか・・・。何か内閣府の思いつきやその時節の風潮に左右されるものなのだろうか。この賞は自らが手を上げて立候補することができないだけに、その選考基準は明確にしなければならない。

 最後に、おそらく、あと数年後に世界のイチローが引退する際には、みたび受賞に名前が挙がるだろう。イチローなら誰も文句を言う者はいない筈である。過去二度、授与を打診されながら、拒否した者にみたび選考されるというのは異例中の異例だろうが、その実力や功績は誰もが一目置くし、賞賛に値する。彼については別格だとしても、やはり誰もが納得する基準を設けておけば、このような記事を掲載することもなくなるだろう。国が定める褒賞である以上、不公平感を抱かせては断じてならないのである。この記事の掲載によって、「国民栄誉賞」の明確な選考基準確立に向けた気運が盛り上がるなど一石を投じられれば幸いに思う。

 記事作成:10月16日(火)

 

 

2012年10月23日 (火)

想い出のTVエンディング映像集

 これまで当ブログで、何度も「テレビの主題歌特集」は取り上げてきたが、エンディング集を書く事は皆無だった。そこで今回は、昔懐かしいドラマのエンディング映像をお送りしたい。

 火曜サスペンス劇場 

 2時間のサスペンスドラマの先駆けとなったこのドラマは、1980年代の代表的な推理ドラマとして確固たる地位を確立した。日テレ系の火曜9時からの2時間枠。オープニングはスリルとサスペンスを煽り、女性の悩ましい影で始まるドキドキ感で溢れたものだったが、事件が解決して流れるこのメロディーは、安堵感と切なさや悲哀が漂う印象だった。「聖母たちのララバイ」、「シングルアゲイン」、「名前のない愛でもいい」、「愛という名の勇気」などの名曲が使われた。

http://www.youtube.com/watch?v=ho4flja5N3s&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=6gxpt36Eyxk&feature=related

 横溝正史シリーズ

 「あざみの如く棘あれば」は、実はオープニングテーマだった。この映像が懐かしく、どこかで紹介したかったから特別に掲載した。龍谷大の校舎(大宮キャンパス本館)を始め、残念ながら今夏、火災で消失した松本市の小学校(浦里小学校)がロケ地として使われていた。

 出演者の字幕を見ると、残念ながら大部分の俳優陣が他界されているのが悔やまれる。

 森村誠一の腐蝕の構造

 このドラマを覚えている人は何人いるだろう。昭和54年頃の土曜日の22時から放送していた。今は亡き岸田森さんが主演し、当時美人女優の代表格だった夏樹陽子さんとの絡みがあった。きわどいベッドシーンに当時中学生だった私は、大変な衝撃を受けた。角川文庫の原作本を購入して読んでいた。

 人間の証明

 松田優作主演で映画化されたが、こちらはテレビ版のドラマ。「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」というセリフで始まった。有名なオープニングは下をクリック!

http://www.youtube.com/watch?v=j8uklD3_ywA&feature=watch-vrec

 特捜最前線

 独特なウェスタンのリズム、クラッシックギターの伴奏で、名ギタリストのF・チリアーノが切なく歌っていた。曲名は「私だけの十字架」。当初はクロード・チアリとの憶測が流れたが、それは誤報だった。番組のラストで夕日の東京タワーや大都会東京の景色が上空から映し出された。この映像を見て、上京を決意した人も多いのでは?ところでテレ朝系で火曜(後に水曜)22時から放送していた「特捜最前線」だが、神代特命課長役の二谷英明を始め、出演者の多くが他界している。今年は名脇役の大滝秀治が亡くなり、若くして夏夕介や荒木しげるも亡くなっている。出演は他に本郷功次郎、元祖仮面ライダーの藤岡弘、政治家になった横光克彦、そして誠直也も脇を固めていた。

http://www.youtube.com/watch?v=Z-aFwVRMnug&feature=related

 Gメン’75

 この曲は「しまざき由理」が歌っていた「面影」という曲。切ない曲調。関谷警部補(原田大二郎)の壮絶な殉職シーンは生涯忘れない。滑走路を横一列で歩いてくる場面は圧巻。

http://www.youtube.com/watch?v=UkbPFPzq6HE&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=7aAHLA-_vI8&feature=related

 記事作成:9月29日(土)~10月14日(日)

2012年10月15日 (月)

Do you know "Bay City Rollers"?

 ミュージックシーンを振り返れば、1960年代が「ザ・ビートルズ」世代なら、1970年代のポップス系の洋楽で活躍したバンドといえば彼らをおいて他にないかもしれない。スコットランドのタータンチェック柄がトレードマークで、ビートルズに改良を加えた長髪の髪型とファッション。何もかもがアイドルチックで若い女性を虜にした。日本にも来日し、そのテンポのいいメロディーを生披露したこともあった。コンサートホールは熱狂的なファンが絶叫し、黄色い歓声がこだました。単なるミーハー志向ではなく、楽曲もしっかりした構成だった。ではまず彼らのプロフから紹介したい。

Bay_city_rollers <Bay City Rollers>

  ベイ・シティ・ローラーズ(Bay City Rollers)は、イギリス・スコットランドのエディンバラ 出身のバンド。 1974年から1978年にかけて“タータン・ハリケーン”と呼ばれる、熱狂的 な社会現象を巻き起こした人気アイドル・グループである。第二のビートルズとも呼ばれ た。前身は1965年に結成された「サクソンズ(The Saxons)」というグループ。アラン(ベース)とデレク(ドラムス)のロングミュアー兄弟と4人の友人により結成され地元のパブ等で演奏するようになる。タム・ペイトンがマネージャーになり、ロングミュアー兄弟は1968年にグループ名を「ベイ・シティ・ローラーズ」に改称。1971年夏にシングル「朝まで踊ろう(Keep on Dancing)」でデビューした。当時のリードボーカルはノビー・クラークであった。この曲は全英9位になるヒットとなり、のちにエリック・フォークナーが加入した。「ベイ・シティ」の名前はメンバーによると、アメリカ合衆国の地図を開きダーツの矢を投げたところ、矢がささった場所のミシガン州にBay Cityという名前をみつけ、これをグループ名につけた。、1974年にレスリー・マッコーエン(リードボーカル)、エリック・フォークナー(リード・ギター)、スチュアート・ウッディ・ウッド(サイド・ギター後にベース)、アラン・ロングミュアー(ベース)、デレク・ロングミュアー(ドラム)という5人編成になってから、「バイ・バイ・ベイビー」「サタデー・ナイト」などのヒット曲を生み出し、本国イギリスを皮切りに、その後アメリカや日本など、世界中で人気を博した。日本でも度々来日公演が行われた。 大人気の中、年長者であるアラン・ロングミュアーが脱退し、イアン・ミッチェル(ギター)が新たに参加するが、同じ年にイアン・ミッチェルも脱退し、パット・マッグリン(ギター)が参加した。しかし、パット・マッグリンも短い期間で脱退となり、メンバーチェンジが激しい時期があった。1978年秋の3度目の来日公演を最後に、レスリーが脱退。新たにラビットのダンカン・フォール(リードボーカル/ギター)が加入し、グループ名を「ザ・ローラーズ」に改称して活動を続けたが、1981年に解散した。(Wikipediaより抜粋)

 次に彼らの代表的なヒット曲を5曲セレクトしてお送りしたい。70年代のファションやミュージックが再燃している現代においても、あまり古さは感じないし、その卓越したメロディーラインに驚愕を覚えることだろう。とても40年近く前の楽曲とは思えないし、日本人好みの曲調である。

 1  I ONLY WANT TO BE WITH YOU (二人だけのデート)

 この曲はTBSの「はなまるマーケット」のオープニングで使われた。

 2 Saturday Night

 この曲は21世紀に入って、思いがけない形でリバイバルすることになった。ゴリエ(Gorie with Jasmine & Joan)歌って踊った『PECORI♥NIGHT』である。これで何と紅白出場を果たした。よく聴くと「VACATION」という曲のコンセプトに似ている。特に一文字ずつ連呼する辺りはクリソツ。

 3 Bye bye Baby

  これはビートルズサウンドを継承した雰囲気がよく出ている。日本ではあの郷ひろみがカバーしたことで有名。

 4 The Way Feel Tonight

 この曲はハウンドドッグの「嵐の金曜日」にそっくり。もちろんベイシティーローラーズが先だが・・・。

 5 RocknRoll Love Letter

 イントロはどこかで聞き覚えがあるだろう。フィルコリンズの「恋はあせらず」にも似ているし、日本人シンガーにも似たメロディがあったのでは・・・。それほど70年代では斬新で、他の歌手に影響を与えたということが言える。

 実はもうひとつ名曲があるのだが、どうしても思い出せない。コンサートのラストで歌っていたバラードがあったのだ。私は大好きだったが、「You Tube」にはアップされていない。

 さて、いかがでしたか?おそらく45歳以上の方は、懐かしく思い出されることだろう。彼らはスコティッシュを代表するシンガーだった。ファッションはその後のチェッカーズに影響を与えただろうし、彼らを見てバンドを組みたくなった人も大勢いるのではないか。日本では彼らを意識して組まれたバンドが「ザ・レイジー」だった。当初は、メンバーはハードロック系を希望したものの、当時の世相では軽ポップが持て囃されており、泣く泣く事務所とレコード会社の方針に従ったと聞いている。

 1970年代を振り返れば、ビートルズが築いた路線を誰もが真似した時代だった。日本でもGSブームが沸き起こり、動物名のバンドが次々と現れた。彼らもその影響を受けただろうし、そこから派生して別のジャンルへと発展した例も相当ある。彼らもまた、「カルチャークラブ」、「エアサプライ」、「TOTO」などの1980年代のポップスブームの先駆けとなったことは必至である。今回「Bay City Rollers」が70年代に残した輝かしい足跡を辿ることで、また新たな発見が見いだされれば幸いである。

 記事作成:9月25日(火)

2012年10月12日 (金)

会津清酒のCM

 震災前、我が福島県は全国に誇れる地酒の産地として有名だった。もちろん震災後もそれに変わりはない。毎年開催される全国新酒鑑評会でも、金賞受賞数は全国1~2位で、酒どころ、米どころで有名な新潟や山形と凌ぎを削っている。しかし、最近は原発事故の風評被害で出荷が減っていると聞く。日本酒をこよなく愛す私には残念の一言に尽きるし、米生産農家と酒造関係者にとってはさぞかし無念だろう。
 福島県の地酒の原料となる酒好適米(山田錦や五百万石等)は、その大半が放射線量が極めて低い会津地方で生産され、醸造に使われているが、厳正な検査にパスした日本酒しか市場に出回らない形態をとっているから、この場を借りて安全であることを申し添えたい。安心してご愛飲いただければ幸いだ。
 今回は、福島県の地酒が安全であることのPRを兼ねて、「酒どころ福島」の復権を願い、地元福島県民は当然知り尽くしているが、オールドファンが涙して懐かしむ県内の日本酒(地酒銘柄)のCMをお送りしたい。

 1 「花春」

 「会津のよさは酒の良さ」がキャッチフレーズ。毎回、純日本風の和服美人を起用し、視聴者(特に男性)の興味を惹いた。

http://www.youtube.com/watch?v=T_vqiUOb5p4

http://www.youtube.com/watch?v=Gwnw4g0oZcY

 2 「會津ほまれ」

 民謡「会津磐梯山」を背景に、雪深い会津の風情を描いた秀作。ご存知だと思うが、毎週日曜日にお送りしている「サンデーモーニング」(TBS系)のスポーツコーナーを担当している唐橋ユミアナはこの醸造元の令嬢である。かつては地元テレビユー福島の契約アナウンサーをして、県民に愛されていた。

Karahashi

 3 「末廣」

 出演しているのは会津出身の故・春日八郎。末廣は別名「庄助さんの酒」という。磐梯山の麓に大きな工場を備えている。末廣は若松市内にある昔ながらの「嘉永蔵」と「博士蔵」とがあり、どちらも毎年行われる新酒鑑評会で金賞を受賞している。日新町にある「嘉永蔵」は「酒ミュージーアム」として一般開放しているので見学することが可能。老舗ならではの古くて格調高い木造の佇まいは圧巻。ぜひ一度訪れて欲しい。詳しくは下をクリック!

http://www.sake-suehiro.jp/kurakoubou/kurakoubou.html

 4 「榮川」

 「♪ありがとう~変わらずに~いてくれて~ありがと~♪」の榮川酒造のCMは一世を風靡した。美人女優の竹村淳子さんが出演していたが、このCMが流れると福島県のお父さん世代は皆、画面を注視したはずだ。それくらい綺麗な方だった。「東北に酒あり」が栄川酒造のキャッチフレーズ。栄川酒造は、本社は会津若松市の駅前にあるが、磐梯山の麓に巨大な酒造工場を持つ。主力の「榮川」の他にも最高峰の「榮四郎」も評価が高い。

 竹村淳子さんのプロフィール

 本名は竹村淳子だが、芸名は「入江麻友子」として活動していた。京都府出身で現在は49歳。血液型はA型。主に時代劇に出演していた。NHKの大河ドラマや「暴れん坊将軍」にも度々出演していた。

 5 「大七」

 福島県の二本松市にある、1752年創業の由緒ある蔵元。「箕輪門」や「大七生酛」が有名だが、4号線の二本松界隈を車で走行していると、田んぼの真ん中や小高い丘、山の中腹に「酒は大七」と書かれた白くて大きな文字の看板を必ずと言って良いほど見つけるだろう。地元では評判の蔵元である。

 残念ながら「Youtube」にアップされている地元のローカルCMが少ない。これ以外でも「夢心」や「名倉山」、「笹の川」などがよくCMを制作して流している。福島県を代表する地酒は「飛露喜」、「天明」、「月弓」、「奥の松」、「三春駒」、「雪小町」、「穏」、「田村」、「国権」、「春一番」、「金寳自然酒」、「一生青春」など全国にその名を轟かせる有名な銘酒が多い。地酒ファンならずとも「よくぞ福島に生まれけり」である。

 ところで私がちょいちょい買い求めに訪れる郡山市のさくら通りに面したA酒店は、福島県の地酒はもちろん、東北各地の希少で、ここにしか置いていない酒を取り扱っている。例えば、青森県は「田酒」、「豊盃」、「ん」、秋田は「能代」、「刈穂」、山形は「出羽桜」、「くどき上手」、岩手は「南部美人」、宮城は「浦霞」、新潟は「久保田」、「越州」、「美の川」、「良寛」、石川の「天狗舞」などである。驚きは「久保田」で、大手スーパーなどでは、「千寿」「碧寿」「紅寿」「翠寿」「萬寿」などはかなりの高額で販売されているが、ここは正規の取扱店になっているので、定価のままで買える。また、従業員が利き酒師の資格を取得しているので、味と品揃えは確かだ。秋の夜長、あなたも日本酒で一献楽しんでみませんか?

 記事作成:9月21日(金)~23日(日)

2012年10月11日 (木)

懐かしの番組「日本沈没」

 今から38年前の1974年にTBS系列で放送された「日本沈没」というドラマを覚えていますか?昨年発生した「東日本大震災」の辛い記憶と重なるため、この記事の執筆と公開を自重してきた。しかし、あの日の出来事を決して絵空事でない事実として後世に伝えていく義務が私たち被災者にはあると考え、今回の掲載に踏み切った。そして9月21日に、近所のTSUTAYAで、当時小学生時分に放送され、大反響を呼び起こした同名のDVDをレンタルし、38年ぶりで観た。時の経過と共に記憶が薄れ、ストーリーまでは覚えていなかったが、所々断片的ではあるが、潜水艦で海底を探索するシーンや田所博士を演じた小林桂樹の若かりし日の姿、小野寺操縦士に扮した村野武範の勇姿を久方ぶりに拝見し、随分懐かしくなった。そして何より、主題歌「明日の愛」を歌う五木ひろしのあのメロディーと共に脳裏に焼きついていたオープニングの映像・・・・。そして今は亡き名優たちとの久方ぶりの再会にも感激した。思わず涙が出て、当時を懐かしんだ。

 Sinking_of_japan_2 <「日本沈没」の概要>

 小松左京と東宝との「映画化の後TBSでTVドラマ化する」との契約に従い、映画版と同時進行で撮影された。このTV版スタッフの撮ったカットには、映画版に使用されたものもあるという。1974年10月6日から1975年3月30日まで、TBS系列(一部地域を除く)・日曜20:00で全26回に亘って放送された(1975年12月31日には、総集編が放送されている)。おりしも、これに先駆けた19:30-20:00には同じく小松左京(他2名)が原作を努めた特撮サスペンスドラマ「SFドラマ 猿の軍団」が放送されており、90分間・2本連続で小松左京作品が放送された時代でもあった。
 映画(1973年版)からの流用カットのみに頼ることなく、随所において意欲的な画面を作りあげた特撮だけではなく、ドラマ部分にも多額の予算が費やされ「キャスティング費用だけで1億円」といわれた(DVD収録の解説(静止画面)より)。下記の主要キャスト以外にも浜美枝、土屋嘉男、藤木悠ら東宝特撮作品でおなじみの面々をはじめ、豪華な顔ぶれがゲスト出演し、各回の物語を彩った(主題歌を歌った五木ひろしも、第14話にゲスト出演している)。

 物 語

 地球物理学者である田所雄介博士は、地震の観測データから日本列島に異変が起きているのを直感し、調査に乗り出す。潜水艇操艇者の小野寺俊夫、助手の幸長信彦助教授と共に小笠原諸島沖の日本海溝に潜った田所は、海底を走る奇妙な亀裂と乱泥流を発見する。異変を確信した田所はデータを集め続け、一つの結論に達する。それは「日本列島は最悪の場合2年以内に、地殻変動で陸地のほとんどが海面下に沈没する」というものだった。最初は半信半疑だった政府も、紆余曲折の末、日本人を海外へ脱出させる「D計画」を立案・発動する。しかし、事態の推移は当初の田所の予想すら超えた速度で進行していた。各地で巨大地震が相次ぎ、休火山までが活動を始める。精鋭スタッフたちが死に物狂いでD計画を遂行し、日本人を続々と海外避難させる。一方、あえて国内に留まり日本列島と運命を共にする道を選択する者もいた。四国を皮切りに次々と列島は海中に没し、最後に北関東が水没して日本列島は完全に消滅する。

Chinbotsu

 キャスト

 田所雄介博士:小林桂樹    小野寺俊夫:村野武範  
 阿部玲子:由美かおる     マリア・ベイリー:マリ・クリスティーヌ
 有吉摩耶:小川知子       幸長信彦助教授:細川俊之
 中田一成秘書官:黒沢年男   結城達也:橋本功
 吉村秀夫:仲谷昇         辰野記者:田中邦衛
 山城教授:佐々木孝丸      野末技官:佐原健二
  邦枝助教授:山本圭              松川首相:山村聰
  渡老人:中村鴈治郎              秋本夫妻:鳳啓助、京唄子
  小野寺春子:沢田亜矢子       小野寺周二:岡本信人
  小野寺健一:小塙謙士          小野寺加代:丹阿弥谷津子
  阿部信太郎:内田朝雄          山川ノブ子:大井小町
  ニュースキャスター:新堀俊明、池水通洋、市川治、作間功
  ナレーション:内藤武敏、岸田森 ※岸田は予告のみ担当、ノンクレジット

 映画版(1973年)の予告編はコチラ

 CGなど無いあの当時の撮影技術で、よくぞまぁあそこまで臨場感あふれる映像を撮れたものだ。潜水艦「わだつみ号」やフランス直輸入の「ケルマディック号」が海底を航行する特撮シーンは緊張感があって見応えがあった。事実、私もモーターで動く、この潜水艦の模型を風呂の湯船で浮かべて遊んだ覚えがある。それくらい強い関心を持って、毎週食い入るようにのめり込んで観ていたドラマだった。

 このドラマは11話程度で終わってしまう現代のドラマと違い、全部で26話あった。毎回、日本列島のどこかが沈んでしまうシリアスな内容だった。当時、私は小学生ながら、フィクションではなく、「いずれ日本はこうなるのではないか」という危惧を幼心にも覚え、身に詰まされた思いだった。そして今、37年の時を経て、昨年3月11日にあの震災を間近で、しかも当事者として経験することとなった。決して夢物語ではなく、大津波にのみ込まれる沿岸部や港町の壊滅的な映像を目の当たりにすることとなった。そうした真の現状を私たちは昨年経験したのだった。このドラマは私たちに自然災害の恐ろしさを知らしめ、その備えを万全にするよう警鐘を鳴らしていたことに今更ながらに気づいた。あと数年後には起きるであろう、東海沖の大地震、そして東京直下型の大地震。首都機能が麻痺し、パニックに陥らないように、私たちはそれなりの覚悟と自らの命は自らが守るための防衛手段を講じるよう、事前準備を怠らないようにしなければならない。

 最後に、私もレコードを持っていた五木ひろしの「明日の愛」をどうぞ!

 記事作成:9月22日(土)

2012年10月 9日 (火)

想い出の番組「学校へ行こう(MAX)!」

 「学校へ行こう!」「学校へ行こうMAX!」はTBS系列で放送していた、みのもんた、V6を中心とした若者をターゲットにした娯楽系学校教育バラエティー番組。マスコットガールとして渡辺満里奈、サエコ、上野未来、夏帆なども出演し、笑顔と愛想を振りまいていた。Ⅰ期の「学校へ行こう!」が1997年10 月16日から2005年3月15日まで日本時間の毎週火曜日20時から放送され ていた。一方の「学校へ行こうMAX!」は2005年4月19日スタート。2008年9月2日『学校へ行こう!MAX 11年ありがとう!大卒業式スペシャル!』にて放送終了となった。どちらも若者に絶大な人気を博した高視聴率番組であった。笑いが中心の番組内で、いくつもの名物コーナーが生まれた。

 私が好きだったコーナーは次の7つ。

 ① 未成年の主張

 全国の中学校にV6がお邪魔し、学校の屋上から全校生に向けて、思い思いの主張を行う。好きな人への告白や直して欲しいこと、お願いなどを大声で叫んだ。カーペンターズの草原の輝きのBGMも良かった。

 ② GO!森田シリーズ

 風紀刑事 GO森に始まり、ハードボイルド教師 GO森田、ハードボイルド王子 GO森田IV世、ハードボイルド教師刑事 GO森田、ハードボイルド外泊刑事 GO森田、サイキック教師 GO森田、スタイリスト巡査 GO森田という変遷を辿った。

 ③ 体当たり戦士少年(青年)オカダ

 ヒーローに扮した岡田准一が、少年少女に勇気を与えるという名目で、あらゆるものに体を張って挑戦する。岡田の扮装や登場シーンは明らかに『キカイダー01』のイチローを意識しており、タイトルバックやBGMにも『人造人間キカイダー』『キカイダー01』のBGMが使われていた。尚、2010年10月より『爆問パニックフェイス!』にて『少年オカダ』の踏襲企画が放送されている。

 ④ 照れたら負けよ!愛してるゲーム

 V6とゲストの女性タレントが織り成すラブゲーム。ルールはいたって簡単で、男女3人ずつが輪になって交互に座り、右隣りの人に「愛してる」って告白する。左隣りの人がそれを聞いて「えっ?」と答えなければならないが、その途中で照れてにやけたり、笑ってしまったら負け。木下優樹菜や和希沙也らがよく出演した。

 ⑤ B-RAP HIGH SCHOOL

 当時、隆盛を極めたラッパー発掘企画だが、実質的には「癒し系ミュージシャン」同様ノージャンルで、正当派ラッパーは少数。尾崎豆、ライマホリックス、Co.慶應、夏木マリ夫、MUSIA、ジョン・レノソ(現・ヒライケンジ)、歌DA道子、チゲ&カルビ、ハミデルラヴィーン、JR爽快、騎士男、デーモン夕暮、Ken's barへようこそ、ユースケ・キ○タマリアなどが活躍した。出場者のうち、私も大好きだった「軟式globe」は小室哲哉の結婚式の二次会に出席、「軟式globe」メンバーのパーク・マンサー(三箇一稔)はEXILE『song for you』のPVにも出演している。ヴォーカル担当のKOIKEは可愛かった・・・。

 続きを見たい人はコチラをクリック↓

http://www.youtube.com/watch?v=y0w0nIdFdNA&feature=related

 全部見たい人はコチラをクリック↓

http://www.youtube.com/watch?v=c0pXoD-JdHE

 ⑥ 女装パラダイス

 番組末期に放送されたのがこの企画。男子学生が女装し、超カワイイ女子に大変身し、会場の度肝を抜くコーナー。後期には東京ガールズコレクションへの参加や芸能人へのドッキリを仕掛けることがあった。

 ⑦ 天才エレクトーン少女

 これも番組終了間際に登場。僅か4歳の女の子が「剣の舞」やパイレーツ・オブ・カリビアンの「彼こそが海賊」などを流暢に弾いて周囲の度肝を抜いた。ジョニー・ディップやオーランド・ブルームの前で演奏した時は圧巻。

http://www.youtube.com/watch?v=JZtEZn-LJyI&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=kIeR4Us25fw&feature=relmfu

http://www.youtube.com/watch?v=TemXMcuoU8s&feature=relmfu

 他にも女子写真部による岡田准一をモデルにした撮影会「岡田の休日」もウケた。私自身は、「プロポーズ大作戦」、「伊東家の食卓」と並んで、視聴者参加型番組としてぜひまた復活させて欲しい番組のひとつだ。

 記事作成:9月20日(木)

2012年10月 8日 (月)

世界の建造物高さ比べ

 世界にはさまざなま建造物が存在する。由緒ある歴史的な建物やお城、塔、古代遺跡物など。しかし、その高さはどれくらいあるのかについてはあまり把握していない。今回は名だたる建物の高さを比較しようというテーマだ。今回は高くて当然の有名なタワー(塔)と高層ビルは除外したい。なおアットランダムに紹介することをお断りしておきたい。

 日本編

 1 奈良の大仏     14.7m 座像のため意外と低い 立つと20m近いだろう。
                     ちなみに鎌倉大仏は11.31m 台座込みで13.35m
 2 法隆寺五重塔    32.56m 日本最古の建造物
 3 姫路城天守閣    52m   ちなみに大阪城は54.8m、名古屋城は55.6m
 4 牛久大仏(全高)  120m  大仏というより巨大観音像という感じ    
 5 東京湾観音     56m ちなみに高崎観音は41.6m 会津村慈母観音は57m
 6 長崎平和祈念像  9.7m  
 7 原爆ドーム      25m   
 8 通天閣タワー    103m 
 9 東京ドーム      56.19m
10 国会議事堂     65.45m
11 瀬戸大橋      184m
12 明石海峡大橋   298.3m
13 函館山の高さ    334m
14 豪華客船飛鳥Ⅱ  45m
15 戦艦大和 艦橋   51m
16 横浜大桟橋     15m
17 海ほたる橋脚部   30m       
18 横浜ベイブリッジ 172m ちなみにレインボーブリッジの塔高は126m
19 札幌時計台     9m
20 大倉山シャンツェ 136.7m ちなみに札幌テレビ塔は147m
21 金閣寺       12m
22 H2ロケット     53m
23 屋久島縄文杉    30m 樹高
24 東京ディスニーランドシンデレラ城  51m
25 大谷磨崖仏    12m  平和観音は27m
26 浦上天主堂    13m
27 錦帯橋       12m 橋台までは6.6m
28 華厳の滝      97m  ちなみに那智の滝は133m
29 清水寺の舞台   13m
30 浅草雷門      11.7m 提灯は高さ3.9mで700kgもある
31 東京駅       33m(改築後)
32 厳島神社大鳥居 16m 
33 警視庁本部庁舎(桜田門) 74.3m
34 黒部ダム(黒四) 186m 
35 善光寺本堂    26m
36 大坂城天守閣   52.7m
37 名古屋城天守閣 55.6m
38 東寺五重塔    55m
39 東大寺金堂    46.8m
40 日光東照宮陽明門 11.1m
41 中尊寺金色堂   8m
42 凌雲閣(現存せず)52m
43 原町無線塔(現存せず) 200m
44 首里城正殿   10.6m
45 守礼の門     7.05m

 世界編

 1 自由の女神       33.86m
 2 クフ王ピラミッド     146.6m
 3 サグラダファミリア   92m(将来は178mになる予定)
 4 エトワール凱旋門   50m
 5 ピサの斜塔       55m
 6 マーライオン        8m
 7 コルコバードのキリスト像 39.6m 山頂に建つので巨大な印象だが40mにも満たない。
 8 韓国宗礼門      17.6m
 9 ボロブドゥール寺院  33.5m  
10 アンコールワット中央祠堂 65m  
11 オペラハウス     67m
12 ハーバーブリッジ   134m
13 ゴールデンゲートブリッジ 227m(水面からの高さ)
14 クィーンエリザベスⅡ世号 52.2m ちなみにタイタニック号は50m
15 ビッグ・ベン     96.3m
16 ビクトリアの滝   108m
17 イグアスの滝    82m
18 エアーズロック  335m 「ウルル」が正式名称
19 エンジェルフォール 979m 「ギアナ高地」
20 オスプレイ     6.73m 正式名称はV-22
21 ロックフェラーセンター前巨大クリスマスツリー 22m
22 スフィンクス     20m
23 カステーヨ神殿(マヤ遺跡) 24m
24 ヴェルサイユ宮殿 12.3m
25 パルテノン神殿  19m(神殿) 10.43m(柱)
26 コロッセオ      48m
27 楽山大仏       71m
28  ノートルダム寺院  69m (鐘楼)
29 タージ・マハル    74.2m
30 クレムリン     17m
31 モアイ像      約4m
32 シュバイアー大聖堂東尖塔 71.2m
33 ヘラクレスの塔 55m
34 ミロのヴィーナス 2.02m
35 金日成像  約22m
   

 記事作成:9月14日(金)~15日(土)

2012年10月 6日 (土)

伝説の番組「スター誕生」

 私が小学生時代に夢中になって毎週見ていた歌番組があった。それは萩本欽一司会による公開オーディション番組の「スター誕生」だった。国民が愛するアイドルを歌謡ショー形式で発掘し、スカウトする、当時としては斬新な番組コンセプトと編制だった。視聴者は明日のスターの誕生の瞬間を間近で見ることができた。地方を廻り、公開録画を行った。私も郡山市民会館に来た時は見に行った。西城秀樹がゲストで出演したことを覚えている。この番組はだん人気となり、番組への応募総数も通算200万人を超えたというから、まことお化け番組であった。そこから誕生したスターは、森昌子、桜田淳子、山口百恵の中3~高3トリオ、ピンクレディー、小泉今日子、中森明菜ら豪華な顔ぶれで、その後の芸能界を背負って立つ逸材ぞろいであった。

<番組の概要>

 『スター誕生!』(スターたんじょう!)は、1971年10月3日 - 1983年9月25日の12年間に 渡って放送された、日本テレビの視聴者参加型歌手オーディション番組。619回放送。組の企画者は審査員の一人でもある阿久悠で、番組名の名付け親はチーフプロデューサーの池田文雄である。明日のスターを夢見る人のための正統派のオーディション番組であり、毎週、厳しい予選を勝ち抜いてきた5-7人程度の挑戦者が歌合戦形式で実力を競う。

この番組でデビューしたタレントの活躍は芸能界地図を塗り替えるきっかけとなった。テレビの草創期から1970年代まで「ナベプロ王国」と称される黄金時代を築いた芸能事務所・渡辺プロダクションがその絶対的な地位を失ったのは、ホリプロ、サンミュージック、田辺エージェンシーが力をつけたためであり、それら新興プロダクションへのタレント供給源となったのがこの番組だった。

http://www.youtube.com/watch?v=SWpro_0ZdUM&feature=related

 大スターを次々生み出したお化け番組にあって、特に私が好きで応援していたのが、次の3組の歌手だった。(アップ前日になって急に削除されてしまいました。すみません。)

http://www.youtube.com/watch?v=bbWGSbo3MeE&feature=related

 桜田淳子

 秋田出身の色白美人。当初はふっくらしていたが、痩せて顎が尖っていたのが特徴だった。私は白いエンジェルハットをかぶってアンニュイな雰囲気を醸していた彼女が大好きだった。「天使も夢みる」でデビューし、「私の青い鳥」で市民権を得た。他に好きな曲は「十七の夏」や「しあわせ芝居」だ。

 山口百恵

http://www.youtube.com/watch?v=zPK3QbmfuY4&feature=related

 今や伝説の歌手である。「としごろ」でデビューした頃は垢抜けしないなと思ったが、あれよあれよという間にスターダムをのし上がり、押しも押されもせぬ大スターとなった。私も生放送で見ていた「ラブラブショー」が出会いとなり、23歳の若さで三浦友和と結婚し、芸能界をきっちり引退した。引退後はマスコミやファンの前に出ることなく、良妻賢母を実行した。私が好きだった曲は「プレイバックPart2」「乙女座宮」「秋桜」「美・サイレント」「いい日旅立ち」。

 ピンクレディー 

 とにかく激しい振りとミニスカートから伸びたスラリとした長い脚が子供ながらにドキドキした。小6の時に「ペッパー警部」でデビューして、中学時代が全盛だった。アイドルはとれないと思っていたレコード大賞を「UFO」の大ヒットで受賞した。デビューから引退まで睡眠時間が極端に少ないほど売れまくった。2ヶ月に1回は新曲をリリースした。私が特に好きだったのは「渚のシンドバッド」「モンスター」「サウスポー」「透明人間」。

 記事作成:9月18日(火)

2012年10月 4日 (木)

昔の想い出が蘇るケツメイシの名曲

 「ケツメイシ」の曲を聴くと、ラップが多いその歌詞もなぜか郷愁を誘うし、速いテンポのそのメロディーも、なぜか少年時代から思春期、そして青春時代、大人になって恋人と過ごした甘い季節の移ろいなど、禁断のパンドラの箱にも似た宝箱に、ぎっしり詰め込んだ想い出たちが色鮮やかに蘇ってくるような錯覚に陥る。甘酸っぱい想い出の数々は、今となっては大切なものとなっている。そんな若かりし頃の光景が頭に浮かぶような楽曲を取り上げ、自分自身の半生を振り返りたい。

 1 そばにいて

 好きな娘に「好きだ」って言えなかった時代。私の子供の頃は告白などあり得なかった。誕生日に手紙が机に入っていただけで、冷やかされて校内中に噂が知れ渡った。また、授業中にある女の子から回ってきた消しゴムに「○○ちゃん、好き好き」と書かれてあったこともあった。せっかく勇気を振り絞って打ち明けてくれたのに、どう対応していいのかわからず、無碍に扱ってしまった小学時代だった。その頃は、結構可愛い子からモテていたので、今思えば、もったいないことをした。

 2 トレイン

http://www.youtube.com/watch?v=9qXmRL6a0uU&feature=related

 1984年4月~1986年2月の2年間、北海道で大学の教養課程を過ごした私。週末にはアパートを脱け出し、ひたすら北を目指して旅に出た。神威岬、黄金岬、宗谷岬、能取岬、納沙布岬、襟裳岬、地球岬、立待岬など。雄大な北海道の大地と大空が私を少しずつ大人にしてくれた気がする。2年目の秋からはバイクを実家に置いてきたため、故郷との往復はもっぱら陸路(電車)と飛行機だった。青函トンネルなどない時代、東北線の夜行急行で青森へ行き、青函連絡船に乗り換え、函館からは北斗という特急。それでも片道16時間半かかった。電車に揺られたことを想い出す珠玉の一曲がこれ。

 3 東京

 1986年4月~1988年3月まで私は東京で学生生活を送った。渋谷から新玉線で2つめの三軒茶屋のアパート暮らしをし、週末には東京を脱出し、横浜、鎌倉、房総半島、伊豆半島、信州、北陸などバイクを駆って旅していた。もちろん、渋谷や原宿、表参道、新宿、六本木など若者で賑わうトレンディスポットにも出かけたが、何故か違和感があった。満員電車や交通渋滞、物価高、バブルで狂乱状態の土地価格。息が詰まり、とても人間が住む場所ではないと実感した。大学4年生の冬から新宿センタービル43Fでアルバイトし、夜景を眺めながら、夢のひとときを過ごした学生時分。今も想い出すたび懐かしい。
♪名前を呼ぶ~君の声が今も胸に残る~東京の町に住んで大人になってたって、今も君を想い出す~♪泣かせる歌詞だ。

 3 冬物語

 社会人になって、やっと彼女ができた。天元台へのスキーがきっかけで知り合い、結婚を意識したほどの大恋愛だった。ナイタースキーやクリスマス&年末年始、バレンタインのスキーツアー、大学のスキー部だった彼女と1級を取得していた私。恋のシュプール、リフトの上での語らい、映画「私をスキーに連れてって」を地で行くようなシチュエーションを思う存分楽しんだ。2人でスキーに20回以上行ったことだろう。でも2年後、彼女が就職してから2人の関係がぎくしゃくした。遠距離恋愛も実らなかった。この曲は私にとっては彼女と一緒だった想い出がそっくり回顧できる、言うなれば失恋ソングなのだが、若かったあの頃、二人のすれ違いやどうにもできなかった運命の悪戯など、すべてが雪の中に埋もれてしまったが、それも今思えば、ほろ苦くも佳き想い出となっている。

 4 バラード

 恋愛していた頃、毎日が楽しくて、遠距離恋愛の電話代の額が二人の愛情の証だった。君がいれば何もいらないとさえ思えた。会えない思いが募り、週末ごとに85km離れた君のもとへと帰ってきた。そして数々のドライブ、旅行、喫茶店での何気ないおしゃべり。それはかけがえのない2人だけの時間。誰に邪魔されることもなかった。携帯などなかった時代。顔を見ながら話せる幸せを噛み締めていた。こんな日々がいつか終を迎えるなんて思いもしなかった。

http://www.youtube.com/watch?v=vzXLAzc1jLA&feature=fvwrel

 5 さくら

 この曲は、20年以上も前に終わった恋の縮図のようなもので、苦い過去や辛い時期を乗り越えて、ようやく美しい想い出として刻まれた。経過した時間を振り返り、時折あの当時の自分の気持ちに舞い戻る。季節を追うごとに重ねた彼女との想い出のひとコマひとコマを今は宝物のように大切にしている。そして、このPVに登場する「鈴木えみ」は、前の職場にいた同僚の女性にそっくりで、このPVを見るたびに、彼女のこともついつい思い出してしまう・・・。

 一個人の感想や想い出などを題材にした戯言なので、他人が読んだら何の感慨も浮かばないだろう。しかし、ケツメイシの曲は、そうした一つ一つの過去の貴重な想い出の断片をかき集め、まるでジグソーパズルのように大切な光景として蘇らせてくれる。不思議な魔力を秘めている。これも学生自分に、さまざまな経験や辛い過去を数多く残したから言えることである。もう随分昔の出来事になってしまった学生時代の甘くも切ない想い出の数々。時々このように温め直して明日への活力に変えていきたいと思うこの頃である。

 記事作成:9月18日(火)

2012年10月 3日 (水)

番組司会とアシスタント・共演者の血液型考察

 私の持論としてアナウンサーはB型、司会者とニュースキャスターはA型、そして朝の情報バラエティー番組とスポーツキャスターはO型、ドキュメンタリーやナレーション系はAB型というのがある。もちろんそれは毎度お決まりの血液型の話だ。

 毎日何気に見ている朝の情報バラエティ番組に「めざましテレビ」がある。ふと気づくと番組出演者がほぼ同じ血液型で占められている異様さに気づいた。以前は「めざましテレビ」は司会の大塚範一、アシスタントの高島彩、中野美奈子、皆藤愛子とB型中心であったが、司会者がO型の伊藤利尋、三宅正治のO型に替わると、主要メンバーの出演者は、ものの見事にO型に一変した。論より証拠。まずは下をご覧下さい。

Mezamashi

 三宅正治、生野陽子、加藤綾子、山崎夕貴、軽部真一、長野美郷(すべてO型)

他に準レギュラーでO型は、高見侑里、宮澤智、曽田麻衣子、松尾翠、竹内友佳

A型は三田友梨佳、立本信吾、生田竜聖(生田斗真の弟)、倉田大誠、久代萌美と端役ばかり

B型は中村光宏のみ O型と対極にあるAB型はゼロ

総勢17名中、O型は11名で、その占める割合は約65%。朝の顔は屈託や嫌味のないO型というのが定番路線のようだ。

☆他のO型主流の番組

「ノンストップ!」・・・設楽統、山崎夕貴

「知りたがり!」・・・伊藤利尋、田村淳、渡辺和洋、高橋真麻(住吉美紀のみA)

Nonstop Shiritagari

「ひるおび!」・・・恵俊彰、枡田絵理奈、三雲孝江(江藤愛はAB型)

Hiruobi

「ZIP!」・・・枡太一、山口達也、関根麻里、馬場典子、上野優花、宮崎瑠依

O型の司会者・アナウンサー(上記以外)

 タモリ、ビートたけし、所ジョージ、伊東四朗、山口智充、西尾由佳理、上田晋也

 O型は情報バラエティ番組向き。フジテレビは圧倒的に「O型局」と言える。また、球技やスポーツ大好きなO型は、スポーツキャスターも向いている。NHKのサタデー&サンデースポーツの山岸舞彩、TBSの佐藤渚、サンデーモーニングの唐橋ユミらがそうだ。

☆B型主流の番組

「ミヤネ屋」・・・宮根誠司、川田裕美

「とくダネ!」・・・小倉智昭、中野美奈子(現在はAB型の菊川怜)

Miyaneya Tokudane

B型の司会者・アナウンサー

 大橋巨泉、宮根誠司、明石家さんま、薬丸裕英、土居まさる(故人)、玉置宏(故人)、徳光和夫、小倉智昭、辛坊治郎、田原総一朗、松本人志、有田哲平、中山秀征、ナイナイ岡村、高島彩、中野美奈子、大橋未歩、赤江珠緒、皆藤愛子 

 B型の特徴は、台本通りのコメントは大嫌いな性質で、アドリブを要するトーク系番組はお手の物。

☆A型主流の番組

「朝ズバッ!」・・・みのもんた、高畑百合子、井上貴博、加藤シルビア、小林悠(全員がA)

Asazuba

「噂の東京マガジン」・・・森本毅郎、小島奈津子、清水國明、山口良一、風見慎吾、深沢邦
              之(笑福亭笑瓶以外は全員A型)

Tokyomagagine_2

 A型は基本的に真面目で誠実、勤勉な印象なので、お堅いニュースや報道なら上手くいく。秋元優里、長野翼、椿原慶子、安藤優子らがそうだ。また、報道のTBSは、他にもA型アナが圧倒的に多い。歴代看板アナを見ても、久米宏、木村郁美、小倉弘子、久保田智子、斎藤哲也、出光麻衣、竹内香苗、田中みな実など局の顔の大部分はA型。 

A型の司会者・アナウンサー

久米宏、堺正章、関口宏、みのもんた、志村けん、愛川欽也、萩本欽一、浜田雅功、羽鳥慎一、黒柳徹子、楠田枝里子、小林麻耶、平井理央、滝川クリステル、田中みな実

☆AB型の司会者・アナウンサー

島田紳助(引退)、古舘伊知郎、ウッチャンナンチャン、大江麻理子、岡江久美子、ベッキー、青木裕子

 AB型は合理的な考えを有し、人間関係をそつなくこなす天賦の才能の持ち主。よって司会者にも向く。やや堅物のイメージがあるので、ニュースやドキュメンタリーがうってつけだ。 

2010年8月26日掲載の「テレビ番組別出演者の血液型」はコチラ

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-1b4a.html

 いかがでしたか。番組のプロデューサーがどこまで考えているかは疑問だが、進行役を担当する司会者とアシスタントのMCコンビを考えれば、相性を最大限最優先するならば、同じ血液型同士の方が興味関心も似ているし、発想も同じ傾向があることから、自然なやりとりができるように思う。A型とB型ではどことなくギクシャクするだろうし、意見がぶつかることが多くなる。それが討論的な番組ならまだしも、爽やかさを売りにする朝の情報バラエティーなどでは使えない。さてこの不思議な法則、あなたは納得できますか?

*なお、この記事に関するコメントは受け付けませんのでご了承願います。

 記事作成:不詳(8月中)

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