国民栄誉賞の光と影
政府はこのほど、ロンドン五輪で金メダルを獲得してオリンピック3連覇、世界選手権13連覇の偉業を達成し、ギネス記録公認を果たした女子レスリングの吉田沙保里選手に「国民栄誉賞」を贈ることを決めた。その功績に口を挟むことは毛頭ない。しかし、毎回この賞の授与に関する判断基準あたっては、何か釈然としないものを感じるので一筆書き添えたい。
そもそもこの賞を創設するきっかけは、昭和50年代初頭の福田赳夫内閣時に、世界的規模で顕著な功績があった日本人に、その栄誉を称える意図から褒賞を決めたものだ。栄えある第1回目の受賞者となったのが、昭和52年9月、国民がこぞって756号の世界新記録フィーバーに沸いた際の立役者、王貞治である。それ以来、スポーツの快挙や文化的な功労者に授与してきた。最近では記憶に新しいが、女子サッカーのW杯で世界一の栄冠に輝いた「なでしこJAPAN」が受賞するまで、延べ19人(組)に贈られている。
この国民栄誉賞の選考基準は極めて曖昧で不明瞭なものだ。そして明らかに不公平感が露呈するものである。これについては、過去に当ブログの記事(2011年8月2日付)で掲載し、指摘した通りである。問題点が山積で何か腑に落ちない印象は否めない。
http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-9239.html
そこで今回は、これまで国民栄誉賞にふさわしい功績があったにもかかわらず、候補にも挙がらない憂き目に遭っている方々に焦点を当て、この賞の存在意義に一石を投じたいと思う。
① 野村忠宏
柔術家で、軽量級ながら、前人未到のオリンピック3連覇(アトランタ・シドニー・アテネ)の偉業を達成した。同じ3連覇を成し遂げた吉田沙保里は貰えるのに・・・。
② 北島康介
http://www.youtube.com/watch?v=CIIQBm4dUxo&playnext=1&list=PL3A528F59F0A0A78A&feature=results_video
彼も国民栄誉賞に値するに十分すぎるほどの功績を残している。体格差が物を言う競泳の世界で、平泳ぎの100mと200mでオリンピック2連覇(アテネ・北京)を成し遂げた国民的英雄である。しかもこの時期、レーザーレーサーが猛威を振るう中、自分スタイルを貫いた。レース後には「チョー気持ちいい!」「なんも言えねぇ」という流行語大賞に選ばれる名句を吐いた。2連覇というと物足りないように思えるが、複数の種目での受賞なので金メダルを4つ獲得しているわけだから、五輪のメダル数では吉田沙保里よりも格が上。彼が選ばれないのは合点が行かない。
③ 野茂英雄
http://www.youtube.com/watch?v=8qgvWTg_MYk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=EeHD9rp2Teo
彼が日本人のメジャー挑戦の門戸を開いたパイオニアであることは誰の目にも明らか。しかも「トルネード」という独自の投法を編み出し、メジャーの並みいる強敵をバッタバッタと三振でなで斬り。快刀乱麻の投球を見せ、異国の地において「ノモマニア」なる熱烈なファンまで獲得した。しかも2度のノーヒットノーラン達成。200勝以上で奪三振のタイトルまで獲得している。なぜこれほどの大投手が国民栄誉賞を貰えないのか?
④ 野口みづき
2000年のシドニーオリンピックで、女子マラソンで初の金メダルを日本にもたらしたQちゃんこと「高橋尚子」は有無を言わさず、速攻でこの賞を受賞した。しかし、その4年後、同じオリンピックという場で同じ快挙を成し遂げた野口みづきは選考さえ行われなかった。確かにタイムは高橋尚子の2分23秒14に対し、2分26秒20は遅いが、金メダルの価値に差異は無い筈。二番煎じではインパクトが弱いということなのか・・・。
⑤ 手塚治虫&藤子不二雄
国民的な人気漫画と言えば「サザエさん」だが、その作者の漫画家の故・長谷川町子は没後にこの賞を受賞した。しかし、地球規模、多言語で出版され、世界的な漫画として有名となっている「ドラえもん」の作者である藤子不二雄や漫画の祖として、この分野を切り開いた「漫画の神様」こと手塚治虫は貰えない。手塚治虫は「ジャングル大帝レオ」や「鉄腕アトム」、更には「リボンの騎士」、「ブラックジャック」で漫画の新時代を築き上げた最大の功労者ではないのか。腑に落ちない。
⑥ 力道山
戦後、敗戦に打ちひしがれていた日本国民にプロレスによって希望と光を与えた功労者である。昭和30年代に街頭テレビの時代のスーパーヒーローだ。ザ・デストロイヤーや鉄人・ルーテーズ、エリックなど強豪の外国人レスラーと互角以上に渡り歩き、国民を大興奮と熱狂の渦に巻き込んだ。彼の果たした功績は顕著で日本復興の救世主と呼べる活躍は正当に評価されないのか。
⑦ 毛利衛
日本人2人目の宇宙飛行士(初代は秋山氏)で、スペースシャトルに登場し、宇宙を旅した最初の人である。彼が夢を実現させてくれたことで、宇宙開発は飛躍的に進歩を遂げた。日本人宇宙飛行士がどの国よりも器用で繊細なことから、その後、野口さんや向井千秋さんなどが宇宙に飛び立った。ロボットアームの操縦や宇宙遊泳なども実行させた。
⑧ 過去のノーベル賞受賞者
今秋、ips細胞の発見により、山中伸弥京都大学教授にノーベル医学生理学賞が贈られた。再生医療に用いれば、劇的に高度な治療法が進歩することになり、一刻も早い臨床が期待されているが、過去のノーベル賞を授与された日本人は、大変な快挙なのにもかかわらず、誰ひとりとして国民栄誉賞をもらっていない。W賞になるとノーベル賞そのものの品位を下げてしまうのだろうか。
⑨ 中村修二
この人の名前を聞いてピンとくる人は少ない。されど知る人ぞ知る青色発光ダイオードを発明&開発した凄い人物である。かつて信号が緑色だったのに、現在は青い光を発している。これは光の分野では、相当難しい技術であったため、真の青信号の現実化は不可能ともくされていた。しかし、日亜化学工業社員時代に青色発光ダイオードの開発を社長に直訴し、会社から約3億円の開発費用の使用を許される。 米国・フロリダ大学に1年間留学後、日亜化学工業に戻り約2億円程度するMOCVD装置の改造に取り掛かるが、社長の交代等もあり研究の取り止めを求められた。その後、青色発光素子であるGaN(窒化ガリウム)の結晶を作製するツーフローMOCVDを発明した。この発明により、LED技術の開発など科学分野に革命をもたらした功績は大である。
⑩ 顕著な功績をあげた団体競技(東洋の魔女・日の丸飛行隊・北京五輪ソフト女子・WBC2連覇)
http://www.youtube.com/watch?v=wDZ1Rt-P798
http://www.youtube.com/watch?v=FCGLjEhlQSI
http://www.youtube.com/watch?v=-QBw11joCbI&feature=fvwrel
昨年、東日本大震災によって日本が悲しみに明け暮れていた時、なでしこ達がサッカーのW杯で金メダルを獲得し、日本中に感動と希望を与えた功績により、団体競技で初めて授与された。しかし、同レベルの功績は、過去、1964年に開催された東京オリンピックで、「東洋の魔女」と呼ばれた大松監督率いる女子バレーボール日本代表が金メダルを獲得するという大金字塔を打ち立てたのに、これまでに授与されていない。
また、1972年の冬季五輪札幌大会で、純飛躍で表彰台を独占し、日本中を熱狂させた「日の丸飛行隊」(笠谷・金野・青地)は国民栄誉賞にふさわしい活躍であったことは誰の目にも明らかだ。しかしこちらも褒賞に値しないのはおかしい。おそらく、創設された年よりも以前の功績については、選考の対象外となるようだ。
ならば、北京オリンピックで奇跡の4連投によって日本に金メダルをもたらした鉄腕・上野由岐子率いる女子ソフトボールチームは受賞対象にならないのはなぜなのか。
そして2009年3月、日本中が大興奮したWBCでの「侍JAPAN」の2連覇では選考対象にもならないのか?何が不足で不服だというのだろうか。全く不可解で不思議という以外に言葉が見つからない。
あまりにも理不尽で不公平な選考基準である。「世界一」の称号を得ただけでは受賞対象としては弱いようで、国民に夢と希望を与えたとかプラスアルファが無いと説得力がないようだ。国技である相撲の世界も、受賞しているのは千代の富士だけである。大関在位の記録を更新し、前人未到の通算千勝以上を達成した唯一の関取である「魁皇」関に贈られない理由とはいかなるものなのか・・・。何か内閣府の思いつきやその時節の風潮に左右されるものなのだろうか。この賞は自らが手を上げて立候補することができないだけに、その選考基準は明確にしなければならない。
最後に、おそらく、あと数年後に世界のイチローが引退する際には、みたび受賞に名前が挙がるだろう。イチローなら誰も文句を言う者はいない筈である。過去二度、授与を打診されながら、拒否した者にみたび選考されるというのは異例中の異例だろうが、その実力や功績は誰もが一目置くし、賞賛に値する。彼については別格だとしても、やはり誰もが納得する基準を設けておけば、このような記事を掲載することもなくなるだろう。国が定める褒賞である以上、不公平感を抱かせては断じてならないのである。この記事の掲載によって、「国民栄誉賞」の明確な選考基準確立に向けた気運が盛り上がるなど一石を投じられれば幸いに思う。
記事作成:10月16日(火)
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