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2012年12月20日 (木)

ショックを受けた有名人の訃報

 今年も年の瀬に来て、森光子さんや中村勘三郎さん、そして小沢昭一さんが相次いで天に召された。若くして惜しまれながら亡くなる人もいれば、90歳を越え、天寿を全うした人もいる。神は平等に人間に生を授けながら、死は人それぞれである。以前、人の一生は「細く長く生きるか」、「太く短く生きるか」どちらかという記事を執筆したが、今日紹介する方々は「太く短く」生きた面々かもしれない。年を重ねるごとに、死への概念が大きくなる昨今、私がこれまでの半生の中で、有名人の急逝や訃報で衝撃を受けた方々について映像を添えて紹介したい。

 第1位 天知 茂

 ご存知、不死身の「明智小五郎」役がハマリ役だった。ニヒルでハードボイルド、ダンディにして渋みがかった存在感ある名優だった。「非情のライセンス」や「土曜ワイド劇場」の「美女シリーズ」で名を馳せた。しかし、1985年(昭和60年)7月27日、クモ膜下出血により渋谷区の日赤医療センターにて急逝した。満54歳という若さで没。眉間に横に皺が寄る珍しい方だった。血液型はB

http://www.youtube.com/watch?v=htyoQ6koUQQ

http://www.youtube.com/watch?v=PJaS08XM8Gg

 第2位 坂井泉水

 1990年代を代表するシンガー。「ZARD」の美人ヴォーカルとして、CDのトップセールス始め、ミュージックシーンを鮮やかに彩ったポップスの歌姫。短大卒業後、OL生活を経験。レースクイーンやグラビアモデルなどの下積みを経て、その後、シンガーに転向し、人気アーティストに上り詰めた。6thシングル「負けないで」で大ブレイクして以降、メディア露出やライブ活動を全くしなかった。選抜行進曲にもなった。生涯を通し、数回のテレビ、ラジオへの出演以外はほとんどマスメディアに登場せず、ライブも殆ど行わなかった。2007年5月27日、癌闘病中に、階段からの転落による脳挫傷が原因で死去。40歳没。血液型はA

http://www.youtube.com/watch?v=GFhv8t-QHOM

http://www.youtube.com/watch?v=o7rPQo0WtCM

http://www.youtube.com/watch?v=klmgrpoqisQ

 今でも彼女の死が信じられない。彼女の歌を聴くたびに会いたくなってしまう・・・。

 第3位 テレサ・テン

 1970年代から1990年代にかけて、母国台湾のみならず 香港・マカオを含む中華文化圏全域ないし日本などの東アジア文化圏ならびにその他の地域において広く人気を博したその業績から、生前から没後も「アジアの歌姫」と呼ばれている。日本ではどちらかというと演歌歌手のイメージが強いが、実際はかなり幅広いジャンルの歌を歌っていた。日本でリリースされた曲は約260曲。1995年5月8日、静養のためたびたび訪れていたタイ・チェンマイのメイピンホテルで気管支喘息による発作のため死去。42歳の若さだった。血液型O
 「時の流れに身をまかせ」、「つぐない」、「愛人」、「別れの予感」、「空港」が代表作

 第4位 アイルトン・セナ

 日本でも大人気を誇ったブラジル出身の天才F1ドライバー。「音速の貴公子」と呼ばれ、アランプロストと実力を二分し、F1ブームの火付け役となった。フジテレビが深夜に全GPレースを中継した。相当な日本贔屓として知られ、本田宗一郎を崇拝し、マクラーレンホンダでは、年間チャンピオンにも輝き、自他共にNo.1ドライバーだった。その絶頂期だった1994年シーズン、サンマリノGPにおいて、悪魔にとりつかれたかのようにコーナーを直進し、壁に高速のまま激突しクラッシュ。サーキットに悲鳴がこだまする中、ヘリで病院に空輸搬送されたが、還らぬ人となった。彼の死は母国だけでなく、全世界に衝撃を与えた。彼の死の報はたちまち駆け巡り、サッカーの試合を中断して黙祷が捧げられたほか、国葬として葬儀が行われた。今でも柩の上に彼愛用の国旗のカラー(黄色と緑)をあしらったヘルメットが置かれていた光景を忘れることはできない。1994年5月1日、34歳で没。血液型はB

http://www.youtube.com/watch?v=O9fJsDy29U0

http://www.youtube.com/watch?v=Yixn_JGxGQA

 第5位 石原裕次郎

 ご存知「日活」のヒーローとして昭和30年代の銀幕を華々しく彩った。太陽族や裕次郎カットなど次々と流行を生み出し、若者のファッション&ステータスシンボルとなった。その後、映画からテレビへと活躍の場を移し、「太陽にほえろ」のボス役や石原プロモーションを設立以降は、渡哲也とコンビを組み、「大都会」や「西部警察」シリーズに出演した。複雑骨折、大動脈瘤手術、肝臓がんの発症など晩年は病気やケガとの闘いを強いられ、1987年に慶應義塾大学病院に入院。退院した(カテーテル治療)ものの容態悪化(高熱)、ついには幻覚症状(肝性脳症)を発する。そして7月17日金曜日午後4時26分肝細胞癌でこの世を去った。満52歳での今生の別れとなった。血液型はA

 第6位 岡田有希子

 彼女の死は衝撃的だった。人気絶頂のアイドル歌手でありながら、自分の所属事務所の屋上からの投身自殺による最期だったからだ。原因は先輩俳優への失恋したというのが一般的の見方だが、真相は不明。1986年4月8日、18歳で没。血液型はO
 このショッキングな出来事は、夕方の生放送番組「夕やけニャンニャン」で速報として報じられ、絶句したことを覚えている。その時、私は現場(四谷)にほど近い三軒茶屋のアパートにいたのだった。

http://www.youtube.com/watch?v=kO3R39Wlm-A

http://www.youtube.com/watch?v=B7cPgL70fHo

 第7位 緒形 拳

 彼ほど数多くの日本映画に出演し、テレビドラマで活躍した名優は少ないだろう。実力派で、名作と呼ばれている邦画には殆ど出演している。泥臭い、人間味溢れた演技が真骨頂で、人間の本音や本性を露骨に表現し、迫真ある名演を残した。代表作は「鬼畜」、「復讐するは我にあり」、「八甲田山」、「峠の群像」、「風林火山」などで、フジテレビの「風のガーデン」が遺作となった。2000年、紫綬褒章受章。2008年10月4日、自宅で体調が急変。獨協医大病院に運ばれ肝臓破裂の緊急手術を受けるも、翌2008年10月5日午後11時53分、肝癌により死去した。満71歳での急逝だった。血液型はB

 第8位 松田優作

 彼も若くして亡くなったひとりだ。文学座出身。日本人と韓国人のハーフ。出世作となった「太陽にほえろ」のジーパン刑事役で大ブレイクし、「俺たちの勲章」、「探偵物語」、「メインテーマ」、「家族ゲーム」などのテレビ・映画作品のほか、ハードボイルド系の「蘇る金狼」、「人間の証明」などでその名を不動のものにした。遺作となった映画「ブラック・レイン」の撮影中に体調を崩す。膀胱がんに侵されていた。1989年 (平成元年) 11月6日 - 午後6時45分、入院中の西窪病院 (現在の武蔵野陽和会病院) で膀胱癌の腰部転移のため死去。40歳没。早すぎる死であった。葬儀の際、夫人の熊谷美由紀が泣き崩れていた映像を忘れることはできない。血液型はA

 第9位 逸見政孝

 その年の9月に自分がガンであることを記者会見で公表し、生還を約束。手術を受け、闘病生活を送っていたが、会見から僅か3ヶ月後のクリスマスイブに天に召された。夕やけニャンニャンのニュースコーナーで、司会の鶴太郎との巧妙な掛け合いから親しみのあるアナウンサーとして人気を博し、その後、歌番組やバラエティー番組で大ブレークした。「スーパータイム」、「平成教育委員会」が代表作。血液型はB

第10位 美空ひばり

 昭和を代表する歌手、女優であった。江利チエミ、雪村いずみと共に「3人娘」と呼ばれ、幼少(子役)から銀幕のスタートして君臨した。その後、映画を離れ、歌手活動に専念した。お嬢と呼ばれ、交友関係が広く、みんなに慕われた。「東京キッド」、「リンゴ追分」、「お祭りマンボ」、「悲しい酒」、「真っ赤な太陽」、「愛燦燦」、「みだれ髪」、「川の流れのように」などの大ヒットで知られる。晩年は、苦楽を共にした母親の死や兄弟の相次ぐ死去の報にも気丈に振る舞い、歌手活動を継続。国民栄誉賞を受賞した。その後、壮絶な病気との闘いを強いられ、1989年6月24日、間質性肺炎による呼吸不全のため逝去した。52歳没。関係者によると手術室で全身麻酔をかけられたまま逝ったという。血液型はO。彼女の死去はニュース速報で流れ、人々は彼女の死で「昭和の時代」の終焉を悟った。

 さて、今回はランキングなので10名のみセレクトした。上記以外でも、いかりや長介さん、沖雅也さん、元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さん、ブルース・リー、ジェームスディーン、最近ではパクヨンハ、上原美優さんの死は衝撃的だった。

 病気で闘病中の方ならまだしも、自殺や突発性の病気で亡くなった場合は、その衝撃は大きい。或る日、何の前触れもなくその知らせを受け、周囲は気が動転するばかりであろう。いずれもその時代を代表するスターであり、絶大な人気があった方々だ。今年も大勢の名優が逝った。二谷英明さんや大滝秀治さんなどの名優がこの世を去った。それぞれが個性に溢れ、味のある役者だった。年を追うごとに見送ることが多くなった。今宵は彼らの遺した名作に触れ、酒でも飲みながら彼らの名演技を肴にしてみてはどうだろう。

 記事作成:12月12日(水)

  追記

 平成25年10月5日(土)の夕方、エンタの神様に出演し、「スケバン恐子」のコントで人気を博した「桜塚やっくん」が仕事に向かう途中、山口県の中国自動車道で単独事故を起こして、道路に出たところを後続車にはねられて亡くなった。死因は心臓破裂で即死状態だった。37歳という若さだった。事故死はあまりにも突然で、予期せぬ事態であり、周囲に与える影響も大きい。謹んでご冥福をお祈りいたします。合掌。

http://www.youtube.com/watch?v=MvZzuE9rXqY

 

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