2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月

2013年2月23日 (土)

緊急掲載・忍び寄る中国の脅威

 はじめに

 本日の記事には、昨今の日本への強烈なバッシングやサイバー攻撃、更には尖閣を巡る一連の挑発行為を不法に断行している中国に対し、強い憤りから反論するもので、一部に過激な表現や文言が含まれていることを予めご容赦の上でご覧いただきたいと思います。

 今日掲載するのは、軍事大国化した中国が常識を逸脱した暴挙に出た場合、今後、どのような破滅への道を歩むかを予想した「近未来予測ムービー」の数々だ。これらの「YouTube」の映像は、決して絵空事ではなく、日本政府が一歩対応を誤ると、必ずや現実のものとなることを暗示し、かつ警鐘を鳴らし、危機感を煽る内容となっている。日本人はこの「最悪のシナリオ」を常に想定し、現実を直視するとともに、これから述べることを肝に銘じ、心して対処してほしい。

 1 中国人の気質 「恩を仇で返す中国人」

 この映像は、中国人の正気を逸脱した本性(本質)を如実に語っている。

 「中国4千年の歴史」などというが、その実は「血で塗られた醜い争いの歴史」であった。三国志の時代から人殺しが平然と罷り通り、弾圧や迫害を繰り返してきた悪の巣窟である。最高指導者だった毛沢東主席ですら、同胞である中国人を「文化大革命」の名の下に、粛清と称して4000万人も大量虐殺を実行した。日本に対しても、日中戦争の遺恨を際限なく持ち続け、その後、いくら日本が経済援助しようとも、相も変わらず批判や対日抗争、過激な反日運動を繰り広げ、敵視することしかしなかった。戦争終結以後、70年を経た今でも、未だに露骨な「反日教育」を人民に強制し、歪んだナショナリズムばかり植え付けてきた。結果、北朝鮮と同様、凝り固まった観念のまま全世界から孤立し、非常識極まりない国家として君臨するまでに至った。この映像は、いかに中国人が身勝手で、自分の権利しか主張しない過激な国民性を正当に描いているに他ならない。

 「毛沢東の犯罪」

http://www.page.sannet.ne.jp/mhvmhv/BunkaDaikakumei.html

  「反日デモ」で垣間見えた驚きの瞬間

http://www.youtube.com/watch?v=qG5kR7waCVw

 「暴徒化した中国人の本性」

http://www.youtube.com/watch?v=FWRk05WaPs4

 「中国人は世界一ずうずうしい民族」

http://www.youtube.com/watch?v=falLILJQKv4

 この動画見れば一目瞭然。自分たちが責められているのに、責任転嫁し、日本語が悪いだの勝手な理由で自己弁護に終始し、絶対に謝らない。非を認めず自分は正しいと言い張るのが中国人の基本気質。これぞ中国流。最低の人種であろう。

 「束になってひとりを集団攻撃する異常気質」

http://www.youtube.com/watch?v=yLeOQtfvrcg

 「サイバー攻撃という陰湿な手段に訴える民族性」

http://www.youtube.com/watch?v=ceXVCxIxvhc

http://www.youtube.com/watch?v=QKQlihdZ-lQ

http://www.youtube.com/watch?v=TkzOnIn0-sg

 このような民族に何を言っても、まともに話が通じるはずがない。自己主張することしか知らず、相手の話を聞く態度に著しく欠ける。争いの発端を作り、紛争の中心にいるのは大抵の場合この中国や北朝鮮だ。

 2 米軍基地が沖縄を救っている現実

 興味深い動画を発掘した。もし沖縄県民の切なる願いである米軍基地移転が実現した場合、一体どのような悲劇が待っているかを包み隠さずに伝える生々しいVTRだ。

http://www.youtube.com/watch?v=tQkCbMDPNkU&NR=1&feature=endscreen

 これまでも当ブログで述べてきたように、横暴極まりないままに経済大国化、軍事大国化した中国が、日本に手出しできなかったのは、沖縄を始めとする米軍の基地が日本のあちらこちらに点在し、そこに米兵が数万人駐屯し、極東アジアの安全に目を光らせていたからに他ならない。もし、米軍が沖縄県民の悲願叶って全面撤退したら、必ずや中国が攻め入り、日本を武力で制圧することは確実だ。沖縄は日本ではなく、中国の植民地、いや所有物となってしまうだろう。琉球王国時代からの歴史を考えれば、「沖縄は中国固有の領土」などと都合のいいように解釈し、あらゆる手段を講じて正当化するだろう。日本国民は、そうした打算的な目論見を見抜き、中国人の本性を踏まえた上で国際問題を見据えていかなければならない。対応を誤ると、以下の動画にあるような日本にとって悲劇的かつ屈辱的な結末が待っているのだ。

 3 尖閣諸島での領海侵犯が戦争への引き金

 中国が尖閣諸島を中国領土だと主張する理由をまとめたPVをまずご覧ください。

 日本側の主張「尖閣諸島が中国領ではない5つの理由」

 尖閣問題は、日本と中国間の領土問題だけではなく、台湾も同様で、いずれも自国の領土だと言って譲らない。このまま互いに歩み寄りを示さずに、平行線のまま外交交渉を重ねても結論は出る筈がない。なぜならどちらも「固有の領土」と言ってはばからないからだ。それは領土だけでなく、排他的経済水域の確保、俗に言う200海里からなる領海の獲得に直結しているからだ。相手に譲歩すれば漁業権の範囲縮小に値するため、最初から円満な話し合いで解決できるような代物ではないのだ。ではこのまま話し合いが平行線を辿り、解決が困難であれば、いずれどうなるかを予測したムービーがある。こちらをご覧いただれば一目瞭然。日本人なら目を背けずに相当な覚悟で見ていただきたい。

 ① 中国が尖閣・沖縄を侵略する日

http://www.youtube.com/watch?v=Nmne184kEJo

 中華人民共和国とは名ばかりで、弾圧主義、強権主義的な国家形態である。中国政府当局が、人民による反日暴動を抑えられず、一方的に暴徒化した責任を、さも日本側に非があるように事実を歪曲する偽善国家である。責任の所在をすり替えるどころか、擦り付けである。幼少期から反日感情を叩き込み、敵対関係を構築している賊国であることがよくわかる。中国の歴史を考えれば、いかに中国が自己主張が強く、血みどろの紛争や闘争に傾倒していたかがわかるだろう。繰り返し述べるが、古くは三国志の時代から、常に領土や主権争いで大勢の人間を無差別に殺してきた。民主化運動を叫ぶ運動家たちを武力で弾圧し、制圧してきた。記憶に新しいのは2010年にノーベル平和賞を受賞した劉 暁波(りゅう ぎょうは)氏を度々投獄し、今でも軟禁状態に押しやっているという事実だ。そして輪をかけるかのように、今でもチベット族への蛮行を繰り返している。しかも北朝鮮と同様、言論統制や報道規制を断行し、姑息なネット検閲も行い、人民が自由な言論ができないよう制御している、言うなれば国際社会から取り残されている古い体質の秘密主義国家のままである。

 また、中国の思考には、「自ら先に謝ったら負け」、「自己主張無きは中国国民に非ず」というのがあり、それこそが中国人の根底にある概念であり、発想の原点でもあるのだ。従って外交交渉では「譲歩」などありえない。中国は自らの権利のみを主張し、アジア各国と衝突を繰り返すなど火種を作る張本人なのだ。対韓国、対ベトナム、対フィリピン、対チベット、対タイなどあちこちアジア諸国内で様々な問題を発生させている。

http://www.youtube.com/watch?v=hTKNENM2WoQ

 ② 尖閣紛争勃発!近未来ムービー

 ③ 尖閣有事 日本政府最悪のシナリオ

 ④ 中国が制作した尖閣諸島奪取のシナリオ

http://www.youtube.com/watch?v=xD3Yfj_Sx4Y

 これらが悪魔のシナリオである。地球滅亡までのカウントダウンは確実に秒数を減らしている。私たちの美しい国土である日本を戦火で汚し、子供やその子孫に犠牲を払い、血で血を洗うような悲惨な状況に陥ることだけは避けなければならない。現行の最高法規である日本国憲法では、第9条で「戦争の放棄」や「戦力の不保持」、更には「交戦権の否認」などを謳っている限り、日本から開戦を仕掛けることなど有り得ない。自衛隊の兵力は脆弱で、軍事力増強など夢物語である。ひとたび、中国と一戦を交えるような事態に陥れば、ひとたまりもない。安倍首相は憲法改正、国防軍の設置の必要性をたびたび匂わし、明らかに戦争への道を歩もうとしている。「日本の防御=敵対国家との衝突」は不可避となるだけに、外交交渉を慎重に進めてもらいたい。中国は宣戦布告理由として、国際社会が納得できるようなきっかけを狙っているのだ。開戦原因が、さも日本にあるような方向性へ持っていくこように機会を探り、策略を練り、挑発行為を繰り返しているのである。

 4 中国・ロシア・北朝鮮VS日本・アメリカ・韓国の構図から第三次世界大戦へ

 もうひとつ私が危惧するのは、ミサイル発射や核実験を断行した北朝鮮の暴走を止められない中国が、協調路線で行動を共にし、運命共同体とばかりに常識を逸脱した行動に走ることである。アメリカに引けを取らないまでに武力を蓄えた両国は、ここぞとばかりに各国を牽制し、更には挑発を繰り返し、開戦の契機を虎視眈々と窺っているように思えてならない。更にそこへ「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄して、ここぞとばかりに参戦したロシアがここでも賛同し、アメリカを軸とする西側諸国との深刻な対立を招き、偶発的な武力衝突を口実に開戦に踏み切るであろうと予測する。これはあながち、フィクションでは収まりそうもない。最悪のシナリオを歩む可能性が限りなく具現化してきている。

 「第三次世界大戦勃発のシュミレーション」

 アメリカ制作の「第三次世界大戦の最悪シナリオ」

 5 核戦争・生物化学兵器の脅威、そして誰もいなくなった

 そして第三次世界大戦が勃発したら、どの交戦国も長期化や多大な犠牲を払うことを避け、短期決戦で勝利を得るための方策を練る。それには核攻撃や生物化学兵器を無差別に使用する危険を孕む。国連決議をいとも簡単に反故にし、核弾頭を搭載した中距離弾道ミサイルを日本に打ち込み、形勢を有利に運ぼうとするだろう。また、核弾頭に生物化学兵器を搭載したミサイル攻撃を仕掛けた場合には、大量の民間人が巻き添えとなり、死者数は膨大となる。戦とは綺麗事ではなく、そのような血なまぐさいものである。

 地球最後の日「人類の終焉」

 これは絶対にフィクションであってほしい最悪のシナリオである。すべては中国と北朝鮮がキャスティングボートを握っている。何時でも起爆剤となり得る危険因子である彼らの暴走を防ぎ、多国籍軍からなる包囲網を構築し、反戦を前提とした対抗措置を講じていかなければ手遅れになる。終末時計は着々と時を刻み、カウントダウンが確実に進んでいる。残り数分。その瀬戸際で、国際社会は第三次世界大戦を食い止めることが果たしてできるだろうか。それとも・・・。

 記事作成:2月20日(水)~21日(木)

2013年2月19日 (火)

郡山市内交通事故ハザードマップ

 これは郡山市内の「交通事故根絶」を願い、震災前の2010年に作成したハザードマップである。以前、私が制作・運営・管理しているホームページ「ようこそ釣り天国へ」の中でリンクして紹介していたものである。
 その趣旨は、毎年全国で高齢者を中心に3万人前後の方々が交通事故によって命を落としている現状を憂い、ここ郡山でもその例に漏れない点を憂慮し、個人的に作成したものである。
 しかしながら、当方のその切ない願いとは裏腹に、関係当局から本マップの公開に対する「自粛要請」があったため、あえなく一時的にリンクを解除し、非公開扱いとしてきました。その理由は、「交通事故多発地帯」を指摘し、交通違反による事故発生への注意喚起を行うという意図は良かったが、同時に「交通取り締まり重点ポイント」まで掲載していることが問題視されたらしい。
 しかしながら、私自身は公の取締り活動を阻害したり、現場回避を扇動したりする目的や悪意は毛頭なく、健全に「交通事故死を防ぐ一助になれば」という一途な願いの元、作成したものであったため、今回、改めて掲載することにしました。ご覧になった方々(特に郡山市民)は、交通安全への意識の啓蒙と事故防止の喚起に役立てて頂きたいと考えます。

Hazard_map

 この記事アップ後に、早速某関係局から指摘事項があったため、急遽鮮明な拡大処理を取りやめ、再編集して更新しました。文字がぼやけて大変見づらいマップですが、ご容赦ください。朱書きしている箇所が交通事故多発地点です。

 また、このマップの引用および盗用、悪用は固くお断りいたします。このマップに関して引き起こされた賠償責任に関しても当方は一切関知しませんので、自己責任で対応願います。

 なおこの記事は予告なく削除する場合がありますのでご了承願います。

 「関連ブログ等」

 福島県警 「福島県下交通事故発生情報(統計)」

http://www.police.pref.fukushima.jp/oshirase/kikaku/jiko_toukei_index.html 

 記事作成:2月11日(月)

2013年2月18日 (月)

福島県で起きたミステリー事件ファイル

 我が福島県は、東日本大震災の福島第一原子力発電所の水蒸気爆発事故以来、放射性物質の飛散により、被災地や被災者と呼ばれるようになり、避難や立ち入り制限を余儀なくされている。また、予期せぬ風評被害に苛まれることになり、生活は一変した。東電からは示談金なのか、はたまた口止め料なのか、雀の涙程度の賠償金を貰っただけで、除染は進まず、未だに基幹産業だった農業・水産業は再開のメドすら立たない。そんな福島県にあって、最大のミステリーは「原発事故」に勝るものはないが、震災前の平和で自然豊かな我が郷里にあって、得体の知れぬ怪事件や未だ未可決の不可解な難事件が、主に昭和期を中心に起きた。今回は、そうした出来事を回顧したい。ただし、被害者の人権や遺族感情を逆なでするつもりは毛頭なく、犯罪が多発している現代社会において、二度と同じ事件に遭わないように予防線を張る意味で掲載するものであることをお断りしておきたい。またそうした事情から画像や映像の埋め込み処理は行いませんのであしからず。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 1 庭坂事件

 

 1948年(昭和23年)、福島県信夫郡庭坂村(現福島市 在庭坂)で起きた列車往来妨害事件。1948年(昭和23年)4月27日午前0 時4分、国鉄奥羽本線赤岩 - 庭坂間を走行していた、青森発上野行402列車が馬洞門トンネルを出て間もなく、機関車と郵便車が脱線、10メートル下の土堤下へ転落し岩石に激突、連結されていた荷物車と客車1台も脱線した。岩石の破片が直撃した機関士、助手の2名が即死、技師が重傷、後に死亡した。

 

 現場検証によると、事件発生の地点は庭坂駅から1.8kmに位置し、下り勾配のR300のカーブで、脱線地点付近の線路継目板2枚、犬釘6本、ボルト4本が抜き取られていた。誰が何のために行ったのか、何者かによる謀略説、保線作業後の線路継目板取付け失念説などが疑われたが、いずれも確証が得られずに現在に至り、真相は不明。

 

 この頃の国鉄は、人員整理を断行しようとして労働組合と対立し、溝が深まっていた。国鉄三大ミステリー事件(三鷹事件・下山事件・松川事件)と同じ時期に起きた難事件である。

 

http://tamutamu2011.kuronowish.com/3daijiken.htm

 

「事件現場の現況を記したブログ」

 

http://homepage2.nifty.com/tilleulenspiegel/ne%20itayatoge/itayatoge001a.htm

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2 松川事件

 

  1949年8月17日、午前3時9分(当時は米軍占領下でサマータイムが実施されていたため 現在時刻にすると午前2時9分)頃、福島県松川町を通過中だった東北本線上り列車が、 突如脱線転覆する事件がおこった。この事件による死亡者は3人、いずれも列車を牽引していた蒸気機関車の乗務員で、発足したばかりの日本国有鉄道公社(国鉄、現在のJR)の職員だった。
 事件が起きたのは東北本線松川駅-金谷川駅間のカーブの曲がり鼻地点で 検証の結果、転覆地点付近の線路継目部のボルト・ナットがゆるめられ、継ぎ目板がはずされているのが確認された。さらにレールを枕木上に固定する犬釘も多数抜かれており、25mのレール自体、ほとんどまっすぐなまま13mも移動していた。明らかに何者かによる意図的列車妨害であった。この事件時、レールを外す怪しい9人の姿を目撃した佐藤金作は、その中の1人の日本人が後をつけてきて「口外すればアメリカの裁判にかけられる」と脅した。そして事件の5日後、GHQの出先機関であるCICの福島事務所に出頭するよう見知らぬ男に告げられた。佐藤は身の危険を感じ、弟のいる横浜に逃げ、三輸車の運転手をして身を隠したが、2カ月後の1950年1月12日に行方不明になり、40日後水死休で発見された。知らせで弟が駆けつけたが,既にどういうわけか警察により遺体は火葬に付されていた。これもミステリーである。

 

 9月10日、元国労福島支部組合員で国鉄の第一次整理の際解雇されていた赤間青年(非党員)を別件逮捕し、強引な自白強要の末に嘘の自白・「赤間自白」を引き出す。
 そしてこれに前後して国労福島支部幹部および東芝松川労組幹部等(ほとんどが共産党員)を次々と逮捕、厳しい取り調べ=自白強要の末、さらにいくつかの嘘の自白を引き出したのである最初に逮捕された赤間青年の自白を最大の根拠に、合計20人が列車妨害の「謀議」をなし、あるいはその「実行犯」であるとして起訴された。1951年12月6日、第一審の福島地裁は検察側の主張をほぼ認めた形で5人を「死刑」、5人を「無期懲役」、10人を有期の懲役とし、全員有罪の判決を下した。1953年12月22日、控訴審の仙台高裁は検察側主張の一部を否認し3人の無実を認めたが、他の17人に関しては死刑4人を含む有罪判決であった。
 一方、作家・廣津和郎さんらの呼びかけで多くの文化人も加わった「松川事件救援運動」は裁判の進展とともに次第に盛りあがりを見せ、「無実の者を殺すな」という世論も大きく広がっていった。こうした中1959年8月10日、最高裁は被告たちによる謀議が存在したという検察側主張と下級審の事実認定に疑問を呈し、また重要なアリバイに関するメモ(実行犯の一人とされていた佐藤一さんが、謀議に参加することが不可能であったことを立証する「諏訪メモ」)の証拠価値を認め、原判決を破棄し仙台高裁に差し戻した。 
 1961年8月8日、仙台高裁は被告全員に無罪判決を言い渡した。検察側は、激しい世論の非難にもかかわらず、なおも再上告を強行する。しかし1963年9月19日、最高裁は検察側の上告を棄却。こうして被告全員の完全無罪が確定したのである。この事件の真犯人は一体誰なのか。そして命を奪われた3人の方々の御霊はいつまでも浮かばれない・・・。

 

http://www.youtube.com/watch?v=yBfCw6uyIs4

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 3 犯人扱いされた中3が思いつめた挙句自殺した「ザザンボ」事件

 

 福島県田村郡三春町にある山あいの小さなK中学校で起きた事件。知的障害のある14歳の中学校3年生の男子生徒が遺書に「学校がこわい」と19回も繰り返し書いて、自宅近くの葉たばこ乾燥小屋の中で首吊り自殺した。
 学校で公金と教師の貯金通帳と印鑑が盗まれ、教師4人がこの男子生徒に暴行を加えるなどして詰問。その後、犯人が見つかったが、この生徒は、再び共犯を疑われ、「犯人の名前を書け」などと責め立てられた。それを苦にして自殺を図ったと断定された。この事件により、校長は引責辞職、教頭と教諭ひとりが戒告、他の3人の教師は文書戒告処分を受けた。PTAは事件に関係した教師の行政処分軽減の嘆願署名を集めた。男子生徒は家族によって殺害されたという噂が村じゅうに立ったからだ。しかし、警察は検死鑑定の結果、「自殺に疑いはない」と断定し発表。

 その後、1992年11月に福島在住の映画監督が、同事件を題材にした映画「ザザンボ」を製作。それは「家族による他殺」を示唆する内容になっていた。この映画化についてもかなり問題が取り沙汰された。
 本来この映画は、松竹のプロデューサー奥山和由が監督に対し「天皇・同和・警察問題さえ扱わなければ好きなものを撮って構わない」と言って製作費を渡したことから企画された映画である。映画は無事完成し、第5回東京国際映画祭で上映される運びとなるが、松竹側は公開・配給を拒否した。理由は、死んだ少年の家に天皇家の写真が飾られているというシーンが、「天皇問題を扱わない」という事前の約束に反したためであり、松竹側は譲歩条件としてそのシーンを削除することを提案したが、それを「旧態依然たるムラ社会の象徴」として表現したかった監督はその条件をのまず、松竹からフィルムを買い取って全国で自主配給・興行を行い、様々な話題を呼んだ。
 後に題材となった少年の遺族から訴訟を起こされ、人権問題にも発展している。また、監督が遺族に無断で男子生徒を土葬した墓を掘り起こしていたことも判明し、大問題となった。

 

http://mangler.blog23.fc2.com/blog-entry-117.html

 

http://yojimbonoyoieiga.at.webry.info/201005/article_1.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 4 幼児殺害&謎の少女失踪事件

 

  ①小山田小4年の女児誘拐殺人事件

 

 昭和56年4月29日、郡山市小山田小4年生だった寺島久美ちゃんが、学校帰り、突如行方不明となった。その20日後の5月19日、自宅から約10キロ離れた同市中田町の山林で、山菜採りに来た会社員が、うつぶせにして埋められていた久美ちゃんの遺体を発見した。 
 県警・郡山署は殺人・死体遺棄事件として捜査本部を設置したが、殺害場所や日時が特定できず、捜査は難航した。有力な手掛かりが得られないまま、昭和61年5月には捜査本部が解散。その後も同署の刑事一課を中心に延べ約2万6700人の捜査員を投入し、継続捜査を続けたが、犯人逮捕には至らず、1996年4月29日午前零時に時効を迎えた。当時、私は16歳の高校生だったが、祖父の自宅が希望ヶ丘にあり、近所で起きた怪事件だっただけに、その衝撃も大きかった。不可解にして謎だらけの事件である。通り魔的な変質者による可能性が高いのではないか。久美ちゃんのご冥福を祈るしかない。

 

  ②船引小・石井舞ちゃん失踪事件

 

 1991年7月25日、福島県の阿武隈山系に位置する船引町で、建築業を営む石井賢一さんの長女・舞ちゃん(当時7歳)が、深夜、親戚の子供達と一緒に川の字で寝ていたが、彼女だけが家から忽然と消え、行方不明となった。
 事件から20年以上経った今も発見につながる情報はない。誰かが連れ去ったとの見方が有力だが、未だに事件に巻き込まれたこと自体が謎である。北朝鮮の工作員の拉致という説もあったし、家業が建設会社で、仕事上のトラブルでの怨恨説、更には監禁説などさまざまな憶測が渦巻いた。しかし、就寝中の舞ちゃんを連れ去れるのは内部の人間でしかない。しかも身内以外の指紋は採取されなかった。とすれば、有力なのは、従業員Kの逆恨みによる犯行説だが、彼を夜中に郡山駅まで乗せたというタクシーの運転手の証言が飛び出したことから、警察は彼を釈放し、捜査が振り出しに戻ってしまった。
 私は個人的に、このKの当日の行動を考えればKと友人のグル説で、真犯人は間違いなくKだと思っている。彼は暴走族上がりで、シンナー中毒に陥り、それを舞ちゃんの父親に度々注意されるほどの危険人物であった。それなのに、当時の捜査本部は、なぜかこれ以上Kを詰問しなかった。私は、この初動捜査ミスが、長期化させている原因だと思っている。石井舞ちゃんは今どこに?そしてKは?
 事件があった現場は、道路拡張のため、近所に移転したが、両親は、今も彼女が無事に帰ってくることを信じ、彼女の部屋をそっくりそのままの形で復元し帰りを待ちわびている。無事であれば現在(2013年2月時点で)28歳になっている。

https://www.youtube.com/watch?v=5qBJUAxW7EA

 

https://www.youtube.com/watch?v=B9GHu9lSOJU

 

http://yabusaka.moo.jp/ishiimai.htm

 

http://ahouroushi.kimodameshi.com/mikaiketu10.html

 

 今も捜査協力を求める福島県警のHP

 

http://www.police.pref.fukushima.jp/keisou/johofiles/miharu01.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 5 須賀川女祈祷師による信者6人撲殺事件

 

 1995年7月5日、福島県須賀川市小作田の祈祷師・江藤幸子(当時47歳)方で、傷害容疑で家宅捜索していた須賀川署員が、1階の八畳間で男性2人、女性4人の計6つの遺体を発見。江藤と信者3人が緊急逮捕された。
 江藤と信者らは「悪魔祓い」と称して、信者の全身を太鼓ばちで叩き死亡させていた。
 2002年5月、福島地裁で江藤に死刑判決。即日控訴し、2005年11月22日、仙台高裁・田中亮一裁判長は「社会に与えた不安と衝撃は軽視できない」と控訴を棄却。2008年9月16日、最高裁・藤田宙靖裁判長は上告を棄却。江藤の死刑が確定。2012年執行。

 

https://www.youtube.com/watch?v=YL0jV1JKb6s

 

https://www.youtube.com/watch?v=VYFP4QQpmMs 「ザ!世界仰天ニュース」より

 

https://www.youtube.com/watch?v=JfGGJhIzNyE

 

http://www.youtube.com/watch?v=SFm51wTGZPw

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 6 相馬高3女子行方不明事件

 

 2011年2月に福島県南相馬市で行方不明になっていた、県立相馬農業高校3年の清水沙也香さん(18)が、震災の不明者捜索中の先月18日に遺体で発見された。発見場所は同市小高区の警戒区域内で、DNA鑑定の結果、清水さんと確認された。 
 清水さんが最後に会った20歳代の男性は、福島県警の聴取後に自殺している。発見された清水さんには事件性を示す刺し傷などはなかった。死因は不明。 
 清水さんの遺体は損傷がひどく、身元不明のまま南相馬市が4月19日に引き取り、火葬された。県警では交友関係などを捜査し、事件性の有無を調べる。 
 大がかりな遺体の捜索中に発見された清水さんは生還しなかった。行方不明の背景に何があったのかとても気になる。手がかりなどは津波に流されてしまったのかもしれないが、警察の今後の捜査に期待をしたい。

 

http://mikaiketsux.web.fc2.com/file95.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 7 南相馬市歯科助士失踪事件

 

 1994年2月19日、増山ひとみさんが福島県原町市日の出町の勤務先から帰宅途中に行方がわからなくなった。増山さんは3週間後に結婚を控えていた。 彼女が婚約してから自宅に不審な無言電話や不審な事が起きていた。 彼女の使っていた手帳に「お昼休みにO(具体的な名前)というOLがTEL。彼(婚約者)にはほかに切れていない女がいたらしい。でもわりと冷静。もしかの勘があたってた。彼は嫌がらせだという。そんな女は知らないと否定、信じよう」と書かれていた。

 

 これは紛れも無く、結婚トラブルだ。行きずりではないだろうし、結婚に絡み、複雑に絡み合った愛憎劇が生んだ事件に違いない。このOが真相を知っているのは間違いないのに、警察の捜査は一体どうなっているのか?警察の捜査の甘さがここでも露呈。私はこうした事件では被害者は、長期監禁されているとは考えにくい。だとしたら、言いづらいのだが、もうこの世にはいないような気がしてしまう。または、増山さん自身が、直前になって結婚を取りやめたくなり、自ら身を隠し、地元を離れたか?であろう。後者は考えにくいので、結論は厳しい方向になる。

 

http://www.youtube.com/watch?v=N9otSAFHisA

 

https://www.youtube.com/watch?v=ji_jufT_Igk

 

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=N9otSAFHisA

 

 今も捜査協力を求める福島県警のHP

 

http://www.police.pref.fukushima.jp/keisou/johofiles/s_souma01.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 8 女子教員宅便槽内怪死事件

 

 平成元年2月28日の18時ごろ、都路村内の小学校に勤める女性教員のAさん(23)が、住居としている小学校に隣接した教員住宅に帰宅し、トイレに入って何気なく中を覗くと靴のようなものが見えた。(※靴のうち1足が頭部付近にあった。もう一足は自宅付近の土手で発見された)
 驚いて外の汲み取り口へ周ると蓋が開いていて、中を覗くと人間の足が見えた。Aさんはすぐに教頭先生ほか同僚の教員を呼び、同僚の先生が警察へ通報した。まず近くの駐在から警官が駆け付け、続いて村の消防団員と三春署員が到着した。署員らは便槽から中の人物を引っ張りだそうとするが狭くて出すことができず、周りを重機で掘り起こし、便槽を壊してどうにか出すことができた。(便槽は後にSさんの父親が復元して保存している)便槽の中の人物はすでに死亡していた。遺体は真冬というのに上半身裸で、着ていた上着を胸に抱えて膝を折り、顔をやや左に傾けた形で固まっていた。
 遺体はその場でホースの水で洗われ、さらに運ばれた消防団の詰所で洗われ、医師による検案が行われた。検案で死因は「凍え兼胸部循環障害」と判定された。狭い場所で圧迫され凍死してしまったという見解である。体にはヒジ、ヒザにすり傷がある程度で目立った外傷も無かった。争った形跡も無い。死後硬直の状況から26日頃に死亡したものと思われた。
 遺体の身元はすぐに判明した。現場から車で10分ほどの村内に住むSさん(26)だったからである。警察はSさんが覗き目的で便槽内に侵入し、狭さで出れなくなって凍死したものと判断した。

 

 発生場所は今は取り壊されている。詳しくは「大島てるの事故物件」サイトへ

 

 http://www.oshimaland.co.jp/?p=6o2a2s76

 引用記事
http://wiki.livedoor.jp/mikaiketsujiken/d/%A1%DA%CA%A1%C5%E7%BD%F7%C0%AD%B6%B5%B0%F7%C2%F0%CA%D8%C1%E5%C6%E2%B2%F8%BB%E0%BB%F6%B7%EF%A1%DB

http://ahouroushi.kimodameshi.com/mikaiketu7.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 9 郡山市17歳女性殺人・死体遺棄事件

 

 2000年4月2日、郡山市逢瀬町の高篠山森林公園北東側にある大久保川上流で、同市大槻町の無職 山岸亜世美さん=当時(17)=が他殺体で見つかった殺人・死体遺棄事件。
 郡山市逢瀬町多田野の大久保川で、若い女性の遺体が岩にひっかかっているのを渓流釣りに来た男性が見つけ、郡山署に届け出た。両手足をしばられ、首にひも状のものが巻かれていた。県警が身元確認をしたところ、今年1月、家族から捜索願が出されていた郡山市、アルバイト山岸亜世美(あせみ)さん(17)とわかった。司法解剖して死因を調べている。家族によると、山岸さんは1月18日に家を出たまま行方不明になっていた。
 遺体発見から13年を迎えようとしているが、郡山署の捜査本部はこれまで、延べ約3万人以上の捜査員を動員し、聞き込み捜査を行って来た。しかし、山岸さんの交友関係が年齢層、人数ともに幅広く、県内外に及ぶのに加え、行方が分からなくなってから遺体発見まで2カ月以上が経過していた事などから捜査は今も難航している。

 

 事件の概要

 

http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=5492260&id=60884309

 

福島県警の情報提供を呼びかけるHP

 

http://www.police.pref.fukushima.jp/onegai/jyouhou/jiken2000.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

10 いわき狂言強盗でっち上げ事件

 

 1978年10月7日午前零時半ごろ、福島県いわき市の民家に強盗が押し入った。強盗は家にいた主婦の手足を縛りあげ、タンスの中にあった財布から2500円を奪って逃走した。主婦は警察に通報し、駆けつけた警察官から事情聴取を受けた。この際、主婦は気が動転していたため、犯人の人相や襲われた状況をうまく説明できなかった。その様子を見たいわき東署の警察官は、主婦が嘘をついていると思い込み、狂言強盗事件として捜査を始めた。初動捜査を誤ったいわき東署は、主婦を完全に犯人扱いし、3日間にも及ぶ厳しい取り調べを行なった。主婦は当初から無実を訴えていたが、警察官は全く耳を貸さず、勝手に自白調書を書き上げていった。連日の厳しい取り調べに疲弊し、これ以上拘束されることを恐れた主婦は、渋々調書にサインし、やってもいない狂言強盗を認めた。自白調書を得たいわき東署は、主婦を軽犯罪法違反(虚偽申告)で検挙し、いわき区検察庁に送致した。その後、主婦はいわき簡易裁判所で科料3000円の略式命令を受けた。
 しかし、その翌年の1月、別の強盗事件で埼玉県警大宮警察署に逮捕された犯人が、余罪として、「いわき市で主婦を襲った」と自供したため、主婦の無実が証明されることとなった。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%8D%E7%8B%82%E8%A8%80%E5%BC%B7%E7%9B%97%E3%81%A7%E3%81%A3%E3%81%A1%E4%B8%8A%E3%81%92%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

11 会津若松で高校生が母親を殺害して首を切断した事件

 

 2007年5月15日午前7時ごろ福島県会津若松市の会津若松署で同市の県立高校3年の男子生徒(17歳)が「母親を殺害しました」と言って自首して来た。少年は切断された女性の頭部を通学用の黒い布製ショルダーバッグに入れて持ってきていた。その際応対した女性警官は生首と目が合い卒倒して医務室に運び込まれたという。署員が少年の自宅アパートに駆けつけたところ、布団の上で母親(47歳)が頭部を切断されて死んでおり、同署は少年を殺人容疑で緊急逮捕する。5月16日、殺人と死体損壊の疑いで少年を送検した。
 少年の実家は福島県大沼郡金山町で、約60キロ離れた会津若松市の高校に通うためアパートを借りていた。弟と一緒に住んでいたが、弟は別の部屋にいて気づかなかったという。母親は保育士で大沼郡内に勤務していた。14日は午後6時過ぎに仕事を終え、アパートを訪れていた。15日は母親の47歳の誕生日だった。猟奇的な尊属殺人に、当時会津若松市内は恐怖に戦いた。そして連日マスコミ取材が大挙して押し寄せ、ワイドショーを賑わせた。

 

https://www.youtube.com/watch?v=EpqOdtULCvU

 

https://www.youtube.com/watch?v=mCkXLZPWOko

 

 

 

 この現場となったアパートは、会津花春町(御薬園の東側の角地)にあり、現在は廃アパートとなっている。ストリートビューでも、Yahoo!地図の航空写真でも確認できます。

 

 ほかにも高校生が関わった殺人事件は、郡山市に住む県立高校に通う男子生徒が、別れ話のもつれから、同じ市内の私立高校に通う女子生徒を市内開成の自宅マンションで絞殺。その母親が死体遺棄を幇助した事件があった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

12 いわき日産サニー強殺事件

 

 1967年(昭和42年)10月27日、福島県いわき市で発生した強盗殺人事件。10月27日深夜、日産サニー福島販売いわき営業所内で、宿直員(当時29歳)が何者かに刃物で刺されて死亡し、金庫にあった現金「2100円位」と男性用ズボン1本が奪われた。被害者は犯人と格闘したとみられ、全身に20か所以上の刺し傷を負っていた。捜査が難航し、迷宮入りも噂されていた翌1968年5月7日、神社の床下にあった大工道具を持ち出そうとしたとして、窃盗の疑いで逮捕された電電公社職員の男性(当時29歳)が、本事件の犯行を自供したとして再逮捕された。物的証拠はなく、容疑者の自白だけが逮捕の根拠だった。
 公判が開始されると、被告は犯行の全面否認を行い、当日のアリバイや動機がないことなどを訴えた。1969年4月2日、福島地裁いわき支部は被告を有罪として無期懲役を言い渡した。アリバイは家族の証言のみだったため却下された。1970年(昭和45年)4月16日、仙台高裁が控訴を棄却。1971年(昭和46年)4月19日、最高裁が上告を棄却し無期懲役が確定した。

 

http://enzai.9ch.cx/index.php?%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%82%B5%E3%83%8B%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

13 自宅トイレで男児出産、自室で刺殺 女子高生逮捕

 

 福島県警本宮署は産んだばかりの男児を自宅で殺害したとして、殺人容疑で同県本宮市の高校2年の少女(17)を逮捕した。「自宅のトイレで産み、自分の部屋で殺した」と容疑を認めた。
 調べでは、少女は2009年1月29日、午後1時から3時ごろ、男児を出産した直後に、刃物のようなもので頭を刺すなどして殺害した疑い。

 県警によると、少女は29日に登校後、具合が悪くなり昼ごろ早退。その後、病院へ行った際に「赤ん坊を産んで部屋に置いてある」と説明、家族が部屋のこたつの中に、布にくるまれた遺体を見つけた。家族や学校関係者は少女の妊娠に気付かなかったという。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

14 警察が2つの殺人事件の証拠を紛失

 

 2012年12月18日、福島県警は、以前二本松市と小野町で発生した2つの殺人事件について、証拠品あわせて168点が所在不明であると発表した。
 事件は、1995年に二本松市で当時50歳の男性の白骨死体が見つかった事件と、1997年に小野町で当時49歳の女性が殺害された事件。二本松市の事件では、刃物の破片やビデオテープなど29点が、小野町の事件では、被害者の衣服など139点が所在不明だということで、いずれも容疑者の逮捕には至っていない。
 県警では去年5月、県警本部に長期未解決事件捜査係を設置し、各署で管理していた証拠物を本部内で保管する事にした。 その際、捜査書類に書いてあった証拠物が実際には無い事が分かったもの。(FCTニュースより)

 

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1803A_Y2A211C1CC1000/

 

 追 記

 

 2014年も残念なことに、福島県警は不祥事が相次いだ。相次ぐ幹部クラスの自殺、県警本部内での盗難事件など、福島県の治安を守る公安組織である警察内で、あってはならない事件が相次いで起きたのは遺憾としか言いようがない。震災以降、何かと精神的に追い込まれている県民の信頼を取り戻すべく、犯罪防止への取り組みを徹底してもらいたいと願う。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

15 郡山の中2女子が行方不明(H27.7.20追記) 

 

 平成27年、長野から4月に故郷の郡山市に引越しで戻ってきて、郡山市西部にある第N中に通っていた中2女子が6月24日から突然行方不明になった。失踪から一ヶ月近く経った7月20日現在も所在不明のままで、家出をするような出来事は一切なく、事件に巻き込まれた可能性が高い。母親が娘の携帯のGPS機能で足取りを追跡したところ、東京駅近くの書店のトイレで女子生徒の携帯が水没していることが発見された。本人が所在を確認されるのを恐れて自ら携帯を廃棄したのか、誘拐犯が証拠隠滅のために捨てたのか、すべてが謎だらけの事件で、一刻も早い発見が望まれる。

 

 ニュース記事はコチラ→ http://breaking-news.jp/2015/07/17/020790

 

 新聞やテレビのニュース、ワイドショーでは、実名入りの報道がなされていますが、当ブログでは、本人のプライバシーとご家族の心中を察し、実名掲載は致しません。

 

 この日(7月20日)の午後、この少女が自ら郡山警察署に出頭し、保護された。事件性は低いと見て、この少女から失踪の経緯やその後の足取りを事情聴取している。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

16 会津若松市内の進学校で高2女子生徒が縊死 (H27.9.26追記)

 

 地元の新聞や県教育委員会発表では、遺族の意向を尊重し、学校名や詳細を伏せて報道しているが、高校の校内で女子生徒が縊死するというショッキングな事故が起きた。
 「大島てる」の事故物件サイトに投稿された記載によれば、会津若松市内の或る県立の進学校において、9月19日(土)の午前4時頃に、同校の高校2年生の女子生徒が、女子トイレ内において首吊り自殺しているのを、娘が帰宅しないと届けがあって、その行方を捜していた同校の教員が発見した。すでに心肺停止状態で、その後死亡が確認された。死亡推定時刻はシルバーウィーク前日の18日(金)午後5時頃と見られている。
 文化系の部活動内での友人トラブルが原因との報道があり、学校側が60名以上いる部員にアンケート調査を実施したところ、7名の部員から複数の部員同士のトラブルがあったと回答があった。何らかの人間トラブルが自殺の発端となったのは明白。今後、校内でいじめの兆候がなかったかなど、必要があれば調査を行うとしている。
 このニュースは全国ニュースになり、Yahoo!ニュースにも見出しで掲載された。

 なお、同校では1994年8月にも、当時柔道部員だった2年生男子生徒が、合宿中に熱中症が原因で死亡する事故が起きていた。裁判では、顧問教師の過失を認め、5,500万円の損害賠償が確定した。

 

 福島民報ニュースはコチラhttp://www.minpo.jp/globalnews/detail/2015092601001014

 

 福島民友ニュースはコチラ
 http://www.minyu-net.com/newspack/KD2015092501002079.php

 

 Yahoo!ニュースはコチラ 
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150926-00000100-jij-soci

 

 大島てるの事故物件サイトはコチラ→ http://www.oshimaland.co.jp/?p=6atd6l34

 

 私自身は、故人とその遺族の名誉を守ると同時に、コンプライアンス重視、情報リテラシー順守で、実名掲載はしませんが、2ちゃんねるなどでは、真相究明を求め、学校名、部活動名とその集合写真、さらには加害者と思しき者の顔写真や実名までが掲載されている。同じ高校に通う生徒の誹謗や中傷的な投稿であると容易に想像がつく内容だが、度の過ぎる批判は個人攻撃となり、更なる悲劇を生む危険性があるため、憶測で語るべきではないと考えている。したがって、当サイトでは報道されている事実のみを掲載しました。ご了承ください。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 さて、いかがでしたか。こうした未解決事件ファイルを目の当たりにしてどう感じたでしょうか。福島県は田舎で、死と隣り合わせの恐怖心など微塵も感じないほど、安全で安心して暮らせる場所と考えていた方がほとんどだろうが、実際には、これだけの不可解な事件が起きている土地柄である。中には冤罪になった例や、迷宮入りしてしまった居た堪れない事件も含まれている。犯罪は人間の奥底にいつでも潜んでいる。それは警察官や教員、公務員であっても同じで、「魔が差す」という理由で事件は起こり得る。事実、相次ぐ盗撮事件やわいせつ事件がそのことを証明している。「人を見れば泥棒と思え」などという言葉が流行した時期があったが、何か人を信じることもはばかれるような事件が多いのは残念としか言いようがない。それよりもいつ何時、犯罪に巻き込まれるかわからない状況を作らない、近づかないことが肝要かと思う。結論は「君子危うきに近寄らず」である。

 

 今後、同じような事件で命を落とすケースがないことをひたすら祈りたい。

 

<関連ブログ>

 

「郡山の事件簿」

 

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-b4ae.html

 

「郡山のミステリースポット」

 

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-18f9.html

 

「磐梯熱海・猪苗代周辺マジやばスポット」

 

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-9063.html

 

「磐梯熱海・猪苗代周辺ミステリー探険」

 

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-1e87.html

 

 「福島県の犯罪歴一覧」

 

http://www.ansin-jp.com/example/example.php?way=0&ex_build=0&mydate=0&city=7&pg=1

 

 記事作成:2月6日(水)

2013年2月16日 (土)

懐かしの福島県内のCM

 以前にも、同じような記事を書いたことがあった。歳をとると、昔のことを妙に懐かしみ、特に学生時代に流行ったことを思い出す傾向に陥るようだ。我が福島県は、一昨年発生した震災&原発事故で、それまでの平穏な生活が一変した。政府の無責任極まりない収束宣言とは裏腹で、未だに放射性物質が放出し続けている。除染作業は一向に進まず、手抜き業者まで現れる次第である。避難による人口流出が相次ぎ、200万人を割り込む始末だ。震災前の勢いは一気に消え失せ、汚染地帯による非国民扱いされているのではないかという危惧さえ覚える。今回は、福島県の古き佳き時代を彷彿させるCMを振り返り、元気だった頃の郷里の姿を思い出し、少しでも活力を取り戻していただけたら幸い思い、このテーマを設定した。ではさっそく始めたい。

 1 丸光デパート「愛のある街」(1972年)

 1967年に郡山駅前に出店。当時は「うすい百貨店」と「津野百貨店」しかなく、3店舗目として進出。その後、「ダイエー」、「西武(西友)」、「丸井」が進出し、競争が激化した。

作詞:伊藤アキラ 作曲(恐らくアレンジも):越部信義 
歌:ヤング101(伊藤三礼子・藤島新)

http://www.youtube.com/watch?v=qZPYCPzEi3g

 2 サンシティ

 1980年代に、当時アイドルとして売り出し中の「島崎和歌子」をイメージガールに起用、その後「笹峰愛」にバトンタッチした。

 3 エンドーチェーン「フレッシュアップ」

作詞/不詳 作曲/森田公一 歌/森田公一とトップギャラン

http://www.youtube.com/watch?v=fUYpcjDhElA

http://www.youtube.com/watch?v=OfTrKnl-XYA

http://www.youtube.com/watch?v=VhqfzV7VuKw

 4 うすい百貨店

 中央通りに聳えていた「第一うすい」と「第二うすい」。若き浅野ゆう子がマスコットガールに起用され、様々なご当地CMに出演した。

http://www.youtube.com/watch?v=ZZbbWhQvzOU

http://www.youtube.com/watch?v=ILZMvQA_EYY&feature=player_embedded

 5 ふくしまの米(中畑清)

 ご当地出身の元巨人の中畑氏が、米俵を抱いて必死に地元産米をアピールしていた。彼が登場した地元のローカルCMは他に、「福島民友新聞」があった。どうも田舎臭さが抜けない(垢抜けしない)印象だった。

 6 キャラバンモータース

 「グズグズガダガダ言うと安くしてくれる」がキャッチコピーだった。田舎のじいさんがトラクターで登場するバージョンもあった。三春街道舞木が合言葉だった。今も国道288号線にその形跡が残されている。

http://www.youtube.com/watch?v=MRO1bS3UPm8

 7 赤トリ井(須賀川)

http://www.youtube.com/watch?v=jd2pRSQfRos

 この歌も一世を風靡した。須賀川の4号線沿いにドーンと店を構えていた。かつて大観覧車があって、そこで死亡事故が起きてしまった。また、郡山のさくら通り沿いの虎丸町にも小さな支店があった。トキワスーパーの東隣り(その向かいはベニマルさくら通り店だった)にあった。 

 8 郡山自動車学校

 昔、RFCラジオ福島のナイター中継の合間に流れていたCMが懐かしい。最後に「とおく~と~お~く~♪」というフレーズで終わる奴だ。

 9 大野屋のきんつば

 「♪大野屋~のきんつば~♫」というフレーズが懐かしい。49号線沿いの安子ヶ島に店舗があった。残念ながら、ずいぶん前に廃業してしまった。

http://www.youtube.com/watch?v=zX0VuMIHpzk (12分41秒)

10 今野貴石

 独特なBGMが魅惑の世界に誘う。今野飛行倶楽部のCMもあった。

http://www.youtube.com/watch?v=I5_A_wsgaH8

11 湯本自動車学校

 福島県では22時を過ぎるとよく流れていた。もちろん今もバリバリ放送中だ。「免許、楽しく取っちゃお。君の未来が開ける」がキャッチコピー。

http://www.youtube.com/watch?v=0jz3FzrhTt8

 福島県内では、南湖自動車学校、西部自動車学校、富久山自動車学校、昭和ドライバーズカレッジ、タイヘイドライバーズスクールのCMがよく流れている。

12 からしまボウル

 湯本にあったボウリング場だが、2012年1月29日に火災に見舞われ、全焼してしまった。

http://www.youtube.com/watch?v=OE95zVroHQ8

http://www.youtube.com/watch?v=eIaYHScAZAE

13 石のカンノ

 「ほほーっ!石が生きとる生きとる!わしゃおまかせするわ、カンノさんよ」で有名。

http://www.youtube.com/watch?v=xq1EdPOQymg

14 飯坂温泉「ホテル聚楽」

http://www.youtube.com/watch?v=NDk9Knv5rPU

 マリリンモンローもどきの艶っぽい女性が出演。色っぽく「じゅらくよ~ん」と決め台詞を吐いた。

15 三万石「ままどおる」

http://www.youtube.com/watch?v=k_wo1D7yIA4

 かつては「三万石不二屋」を名乗っていた。「不二家」から紛らわしいとクレームがあったやに聞いている。郡山では、「柏屋」と良きライバル関係にある。

16 花春

 「会津の良さは酒の良さ」

http://www.youtube.com/watch?v=fXABboA0GAk

http://www.youtube.com/watch?v=T_vqiUOb5p4

http://www.youtube.com/watch?v=Xh7NBDjRlHU

http://www.youtube.com/watch?v=Ta0awfJJ21c

 このCMもシリーズ化した。着物の美人女性が視聴者の視線を独り占めした。日本酒のCMでは、「栄川」、「名倉山」、「夢心」、「ほまれ」、「奥の松」、「大七」、「末広」が県内では数多く放送された。

17 澤田屋「びっくりあげまんじゅう」

http://www.youtube.com/watch?v=Ssq1hMHQ1cY

 妙なコスプレ(饅頭のイメージ)で「びっくりあげまん」を連呼し、最後に「さわだや」と締める。

18 福島りょうぜん漬

http://www.youtube.com/watch?v=dEejUVo-o3w

 霊山にある岩山の高い崖が紅葉している絵から始まる、県民にはお馴染みのCM

19 アサカヤの磐梯そば

http://www.youtube.com/watch?v=4orfXR-QSDA

http://www.youtube.com/watch?v=zX0VuMIHpzk 

 子供とお母さんの会話仕立て。「これは?」「アサカヤの磐梯そばよ」「これは?」「アサカヤの磐梯茶そば」「これは?」「磐梯そば!」「おいし~んだよね!」

20 NTT DoCoMo東北~野口英世の故郷~

http://www.youtube.com/watch?v=2MAWecRL2IM

 このCMは県内の店舗や商品の販売促進が目的ではないが、会津の美しい冬景色を取り上げたお気に入りの作品だったので取り上げた。宮崎あおいのあどけない雰囲気がたまらない魅力だった。

 これ以外にも「良かったな、斎藤!」でお馴染みの「郡山眼鏡院」も懐かしい。今、福島県内のCMで印象深いのは、「かんのやゆべし」の郷里の風景を描いたバージョンだ。牧歌的で福島(三春)の美しい景色が心に染み入る内容に仕上がっている。

 さて、いかがでしたか?少しは郷愁に浸り、昔の元気だった頃の「福島」を思い出してもらえたでしょうか?故郷を捨て、都会へ飛び出した方々でも、懐かしく思い出して貰えたらありがたいと思う。原発周辺は、帰還は30年後と言われている現在、福島県の農業や水産業は一変した。私も釣り場を奪われ、事故後、太平洋での釣りを行っていない状況だ。唯一の趣味を奪われ、ストレス解消もままならない。しかし、福島はこのままでは終わらない。今は「八重の桜」で元気を貰いながら、10年後、20年先を見据えて、我が福島県の行く末を案じながらも、復興と再生をひたすら願っている。

 記事作成:2月2日(土)

2013年2月12日 (火)

世界で賞賛される日本人

 今日は、「世界で賞賛される日本人」というテーマにスポットを当ててお送りしたい。今回は細かい能書きは省き、映像をじっくり見てほしいと思います。

 台湾ダム建設に命を捧げた日本人技術者の話(八田與一)

 

 イラク戦争後のイラク人と自衛隊員との友情と絆の物語

http://www.youtube.com/watch?v=dVeapFB8VCU

 震災時にも秩序を保ち、互いに助け合う日本人の精神

http://www.youtube.com/watch?v=bS0-TlaGI0A

http://www.youtube.com/watch?v=2fOw626-zYM

 田中千絵の台湾サクセスストーリー

 日本とパラオ~歴史を越えた友情~

http://www.youtube.com/watch?v=r2Ys0O5fFm4

 日本人は心優しき侍(戦時下の旧日本軍とインド人との友情)

 親日国トルコの理由(山田寅次郎の功績)

 弱った敵兵を救助した日本人艦長(日本の誇り高き武士道)

 このようにアジア諸国を始め、世界各国は日本に対して好意的な感情を抱いていることがわかる(もちろん例外はあるが)。一方、中国は世界中から嫌われている。それは経済大国、軍事大国化した今、眠れる獅子が目を覚ましたが如く、各地で横暴な振る舞いや横柄な態度を繰り返し、特に領土問題に関しては、日本を含め、東南アジア諸国との軋轢を生み出している張本人だからである。彼らは領土問題にとどまらず、国連の重要会合においても譲歩することをせず、自らの利権を主張するばかりである。同じ歩調の北朝鮮だけを擁護し、亡国の暴走を止められない。いや、彼らに切り込み隊の役目を負わせ、自分は高みの見物である。盗作がまかり通り、ルールなど存在しない社会観。自分さえ良ければそれでいい。平気で人を騙し、自分から謝ることは一切しない国民性。下品で他人を傷つけて平気でいられる無神経さ。そこには他人を思いやる気遣いや友情など存在しない。私は世田谷一家殺人事件や八王子のスーパー3人殺害など未解決事件は彼らが深く関わっているとの疑念を抱いている。外国に逃げたから追及できず、解決に至っていないのではないのかと。無作為に日本の中枢機関や企業を狙ったサイバー攻撃を仕掛けているのも中国だろう。日本人を悪党に仕立てて、国を挙げて批判することしか考えていないのだろう。そこに友好などという言葉は存在しない。

 尖閣問題についても、元はといえば上海の過激な運動家たちが、勝手に上陸して身柄を拘束されたことに端を発しているだけだ。それを勝手に暴動化し、さも日本に非や責任があるようにすり替え、反日デモや過激な暴動に発展させたのは当の中国人なのである。しかも毎日のように領空領海を侵犯し、挑発行為を辞めようとしない。中国のフリゲート艦が射撃寸前に行うレーダー照射まで強行する始末。威圧行為も徐々にエスカレートしている。散々おちょくって、日本が先制攻撃を仕掛けてくる機会を虎視眈々と待っているのだ。要は開戦する口実が欲しいだけ。しかも、レーダー照射ですら日本側の完全捏造とし、我が国を陥れる偽装工作までしていると非難し、中国人民に日本への憎悪を増幅させようという魂胆だろう。結局は日本を悪者にしたい腹は見栄見栄だろう。人民に日本人は過去の清算もせず、ずるく、野蛮で汚い国という感情を植え付ける狙いだ。以前も中国漁船が海上保安庁の船に体当たりしておきながら、証拠のVTRを突きつけられてもそれを認めず、一切謝罪などせず、自らの正当性を主張することしかしなかった中国。こんな行為を平然と繰り返す国家と友好的な関係などどうして結べよう。つまり、過去をいつまでも引きずり、65年来の復讐とばかりに開戦の口実を探っているのだろう。それにしても日本政府の対応は甘すぎる。外交ベタな日本がここでも浮き彫りになった感が否めない。返り咲きを果たした安倍総理の美辞麗句は立派だが、こんな弱腰対応で「本当に美しい日本を命懸けで守る気があるのか?」と言いたい。いなくてもいい犯罪米兵をわざわざ沖縄に駐留させているのだから、もっと強気に外交交渉や反撃に出ればいいものを、一触即発を回避して相手の出方を探っているだけであろう。だから舐められっ放しなのだ。

 では、中国人の本性や横暴ぶりが見て取れる映像を紹介しよう。

http://www.youtube.com/watch?v=YRM8XTGIv8c

http://www.youtube.com/watch?v=AY6uFN4XL3Q&list=PLFD5A988890817171

「恩を仇で返す中国人」

http://www.youtube.com/watch?v=nYUiMa4fJCk

 繰り返し言うが、中国人ほど横暴で身勝手でわがままな民族はいない。それが証拠に、経済力をつけ、軍事大国化した途端に、アジアのあちこちで領土紛争やチベット弾圧など悪の枢軸とも呼ぶべき策略や悪業を行使している。フィリピン、インドネシア、ベトナム、タイは日本に対し親日傾向にあるが、こと中国に対しては相当嫌っているのも事実だ。我が物顔で振舞っている。第三次世界大戦が起こるとすれば、その火種はアジアならば中国か北朝鮮の暴走だろう。監視体制を強化し、ASEAN諸国がタッグを組み、今こそ中国包囲網を構築すべきである。

 最後は、テーマとかけ離れてしまったが、かつて誇り高き日本人が遠い異国の地で行った偉業を称え、結びとしたい。

 記事作成:1月27日(土)

 

 

2013年2月 6日 (水)

福島県出身のアナウンサー⑥

 前回から随分間が空いてしまったが、福島県出身のアナウンサー(特に女子アナ)を紹介するこの記事。やうやく6回目を迎えた今日は、NHK福島放送局と東北放送の2名の局アナです!

 杉本麻紀 編

Sugimoto 000037050

 <プロフィール>

 福島県福島市出身。担当番組は「ふくみみ」「はまなかあいづToday」「ニュース」等

 趣味は「映画鑑賞」「料理」 
 血液型は不明

 「アナウンサーブログ」はコチラ

http://www.nhk.or.jp/fukushima-blog/2012/11/09/

 他の画像

Pc292681 Pc292682

 NHKでは数少ない県内出身者のアナウンサーのひとり。私好みの色白でややぽっちゃり系の顔立ちをしている。この画像は12月29日の県内ニュースの模様。何故か眉毛メイクが太い・・・。昔の古風な印象だったが、それでも清楚な印象は素敵だ。

 林 朝子(はやしともこ) 編

Hayashi Hayashi3

 <プロフィール>

 1986年10月15日生まれの26歳。福島県相馬市出身。担当番組は「Nスタみやぎ」、TBCラジオ「ロジャー大葉のラジオな気分」

 趣味は「皆とまったり/わいわいお酒を交わす」「スポーツ観戦」「海外の旅行ドキュメンタリーを観る」
 特技は「英会話」「書道」「ピアノ・フルート」
 血液型は、自分いわく典型的なB型で好奇心旺盛だとか
 座右の銘は「人生何が起こるか分からない」

 「アナウンサーブログとツイッター」はコチラ

http://skip.tbc-sendai.co.jp/04anno/TomokoHayashi/index.html

http://twitter.com/tmk_1015

 他の画像

Hayashi2

 記事作成:2012年10月~2013年1月4日(金)

2013年2月 4日 (月)

今はもう無い企業・会社

 かつてはCMにも登場し、隆盛を極めた企業や会社があった。しかし、バブルで踊らされて皆が夢を見た時代を経て、そのあまりにも大きなツケを払わされた挙句に倒産してしまったり、収益悪化により、生き残り策に奔走した挙句、経営統合に至った会社が何と多いことか。今日は、今はもう無くなってしまった企業とか別の会社に吸収合併されてしまった会社(企業)を取り上げたい。「えっ?あの会社はもう倒産していたの?」とか「一体いつ無くなっちゃったの?」とかいう声が聞こえてきそうだ。実際には破産宣告後、会社更生法適用で、再建を目指している会社も含まれている。ではさっそく見てみたい。

 1 山一證券

 バブル崩壊後、リーマンショックなどの財政破綻が相次ぐ中、多額の不良債権を抱え経営を圧迫。損失補填問題が発覚。その後、相次ぐ経営陣の利益供与などの不正が元となり1997年に自主廃業の道を選択して倒産した。当時、金融関係の、しかも日本で4大証券会社のひとつに数えられた一流の証券会社の倒産などありえない時代だった。最後の社長の涙ながらの「社員は悪くありませんから!」という弁明は、哀れな末路を感じた。

http://www.youtube.com/watch?v=QiR-pRVFdCE

http://www.youtube.com/watch?v=QKAUQCeNxzU

http://www.youtube.com/watch?v=5jcx1ay_oSY

 2 城南電機

 故宮路年雄社長の電気製品を激安で提供するワンマン会社だった。社長自ら「城南電機の宮路社長」の通称でマスコミに登場していたが、「城南電機」という名の会社組織は存在せず、信光電機有限会社小売部門の屋号(店舗名)に過ぎない。宮路の正式な役職名は信光電機有限会社代表取締役社長であったが、一般的には「城南電機の宮路社長」として知られた。城南電機とは別に、建物管理を行う「株式会社城南」という子会社も信光電機傘下に存在していた。最盛期(1993年(平成5年))の月給は1,500万円だった。
 商品仕入は、買掛せず現金一括即払いを常套にしていた。このため常に数千万円の現金をアタッシェケースに入れて持ち歩いており、1994年(平成6年)5月23日には、本社社長室で刃物を持った男に襲われて軽傷を負い150万円を奪われるなど、生涯で6度も強盗の被害に遭った。

 3 株式会社ヤオハンジャパン

 1929年に静岡県熱海の八百屋として創業し、世界15ヶ国で店舗を運営する小売・流通チェーンに発展した。最盛期の売上は、グループ全体で年間5,000億円程度であった。中国では、1995年には上海の浦東地区に大型百貨店「Nextage」を開業した。同店は、百貨店としてはニューヨークのメイシーズに次ぐ世界第二位の店舗面積であった。創業者夫婦の長男でありヤオハン社長として急速な業務拡大を行った和田一夫は新宗教「生長の家」の熱心な信者であり、同社ではこの宗教の教義を社是(後述)として取り入れ、活動の原理としていた。1997年、グループ傘下の主要会社ヤオハン・ジャパンは1,613億円の負債を抱えて倒産、会社更生法の適用を受けた後イオングループの100%子会社「マックスバリュ東海」となり現在に至っている。ヤオハン・ジャパンを除くヤオハングループ(日本国外の事業)は、1997年以降にすべて解体、清算・譲渡された。

http://www.youtube.com/watch?v=c2Bbszpqiyw

 4 三洋電機

 1950年(昭和25年)、三洋電機株式会社設立。会社のマークに、源流企業の松下電器の「ナショナルマーク」類似の、円形に電気のスパークとサンヨーロゴをデザインしたものを採用。社名は太平洋・大西洋・インド洋を意味し、世界で活躍できる企業になるという意志が込められている。1953年(昭和28年)に開発した噴流式洗濯機が大ヒットし、一躍有名になった。2011年(平成23年)に株式交換によりパナソニックの完全子会社となった。
 一大家電メーカーの吸収合併は大きな波紋を残した。かつてはスポーツにも力を入れ、特にラグビーの日本リーグでは、トップレベルにあり、過去、複数回優勝している。ちなみに、我が家にはサンヨー製品は、洗濯機とシェーバー、コードレステレフォンがあった。

http://www.youtube.com/watch?v=vq0DG8YYzKI

 5 Kマート

 日本にかつて存在したコンビニエンスストアとスーパーマーケットのひとつ。 1970年代にはNACやUマートと並ぶ、代表的なコンビニエンスストアチェーンであった。 コンビニエンスストア部門とスーパーマーケット部門があり、ボランタリー・チェーン方式を採用していたが、コンビニ部門ではフランチャイズ方式で運営していた。菓子問屋の橘高が1964年(昭和39年)に食品スーパーとしてチェーンを結成した。本部は大阪府東大阪市にあり、関西を中心に出店するも1995年(平成7年)に倒産した

 6 石丸電気

 20年ほど前までは、秋葉原駅周辺には1号館から6号館まで点在し、電気の街においてその威容を誇った家電量販店。現在はエディオンの傘下に入り、石丸電気の名称は完全に無くなった。

http://www.youtube.com/watch?v=fh2Ic-BQbnU

 7 第一家庭電器

 かつて存在した日本の家電量販店チェーン。本社は東京都新宿区新宿六丁目23番15号にあった。略称および屋号は「第一家電(だいいちかでん)」。家電量販店の競争が激化し、2002年4月16日、第一家電は民事再生手続きを申請し経営破綻した。郡山市内にも日和田(オリエントパーク日和田の現ダイソー)と市内長者のインテリアダイイチが倒産した後の建物に間借りする形で2階のフロアを使用し店舗を構えていた。私はケータイを契約したことがある。

http://www.youtube.com/watch?v=Xav7A3l9ptE

 8 小銭寿司

 かつては小僧ずしと並び、全国展開したテイクアウト用の折詰寿司製造および販売を手がけていた。俳優でレーサーだった太田博之が1980年代に小銭寿司チェーンを経営して財を成したが破綻。同社在職中の1986年6月8日、監禁・強要容疑で逮捕されたことにより、会社も倒産に追い込まれた。

 9 ほっかほか亭

 現在のHOTMOTTOだ。株式会社プレナスが九州・山口地方及び東日本地区を中心に、日本全国、中国、および韓国に店舗を展開している持ち帰り弁当のチェーン店。元々山口県を含む九州および東日本地区のほっかほっか亭を運営していたが、フランチャイザーのほっかほっか亭総本部と商標権を巡り対立したことをきっかけに両社の関係が悪化し、2008年(平成20年)2月6日に、同年5月14日をもってほっかほっか亭から離脱することを発表し、続く2月12日に、新たなブランド名を「ほっともっと」にすることを発表した。全国展開の三大弁当屋は「ほっかほっか亭」、「本家かまどや」、「HOTMOTTO」である。次いで「日の丸亭」。

10 赤井電機

 かつて「オープンリール」で名を馳せた国産の電気製品・精密機器メーカー。TEACやナカミチと並んで、録音機材のメーカーとしては一流だった。

http://www.youtube.com/watch?v=hLWrX4Y78AU

11 タカラブネ

株式会社 スイートガーデンは、神戸市西区高塚台に本社を置く和洋菓子の製造販売をおこなう会社である。主に「タカラブネ」ブランドのシュークリームで知られる。2003年に民事再生法適用後は「スイートガーデン」「スイートオーブン」などのブランドも展開している。着実にチェーン展開を進め、1994年(平成6年)3月に1000店舗を達成したが、その後経営が行き詰まり、2003年(平成15年)1月に民事再生法申請し倒産したが、同年7月に受け皿となる新会社として「スイートガーデン」を設立し、ブランドを継承した。

http://www.youtube.com/watch?v=ggwJcQD0waY

12 いせやデンキ

 事業内容, 家電製品・コンピュータ・通信機器を販売する大型電気専門店チェーンの経営 ・ドコモショップの経営今はプラグシティからベイシア電器と名称を変えた。設立は1986年9月。群馬県前橋市に本社がある。当初は500平米程度の単独出店が多かったが、競合する大手の電器量販店(ヤマダ電機、コジマ、ケーズデンキなど)に比べ小規模という点とともに、ベイシアグループのモール展開に伴い、単独店はスクラップアンドビルドを行い、現在の出店はグループ企業の別の店舗と一緒に出店する場合が多い。

13 九十九電機

 1968年、アマチュア無線機器販売を開始。1977年、アップルの販売を開始。1990年代には秋葉原パソコン販売四天王の一つとして認知されるに至った。1997年、創業者・鈴木勇(当時・代表取締役会長)が死去。2002年から2007年までは石丸電気と資本・業務提携したが、後に述べるとおり石丸はエディオンに、九十九はヤマダにと別々の道を歩むことになった。2008年10月30日に、民事再生手続開始の申し立てを行い、事実上の倒産。負債総額は約110億円であった。バブル期の不動産取得や業務拡大に伴う借入金が主原因としている。同年11月5日、民事再生手続の開始決定がなされた。2009年1月6日に、ヤマダ電機へ事業譲渡することで基本合意し、同年3月10日に、ヤマダ電機が新設した子会社株式会社Project Whiteに事業譲渡された

http://www.youtube.com/watch?v=8lufg5fF0l0

14 東ハト

 キャラメルコーンやオールレイズンで一世を風靡したお菓子メーカーだ。創業時の社名は「東京製菓」であったが、同名の企業が多数存在したため、初代社長の好みであった鳩を冠して「鳩印東京製菓」のブランドで営業を行った。だが社名が長く、電報での発注の際に料金が余計にかかるため、問屋が「ハトトウ」・「トウハト」の略称を使用して注文するようになり、そのうち後者の響きが良かったため、後に社名にも採用する事になった。関連会社によるゴルフ場開発が失敗して多額の負債を抱えたことで、2003年に民事再生法の適用を申請して倒産する。しかし、本業の食品事業については黒字経営であったため、倒産の原因となった不動産事業を分離して、ユニゾンキャピタル傘下にてバンダイと丸紅の協力を得て再建された。

http://www.youtube.com/watch?v=WDFMfivt-pc

http://www.youtube.com/watch?v=bl6nKqLMszw

http://www.youtube.com/watch?v=KHTNiXfjJVM

15 ライカ

 伊藤忠商事グループで紳士・婦人・子供用衣料の製造販売を手がけていたライカが、2011 年4月30日をもって事業を停止し、解散した。ヴィヴィアン・ ウエストウッド マンやランバン オン ブルーなどのブランド事業はそれぞれ譲渡された。大阪を本拠地とするライカは1957年に創業。1998年から2003年まで「DRIES VAN NOTEN(ドリス ヴァン ノッテン)」を展開していたが、2004年には約600億円の負債で民事再生法適用を開始。子会社ブルーノートジャパンをライカとして統合するとともに伊藤忠商事の100%出資子会社として再スタートを切り、欧州のブランドを中心に展開してきた。2009年の売上高は120億円。

16 アルプス社

 かつて日本に存在した地図の製作・販売会社である。アルプス社は、「アトラスRD」シリーズなどの地図の出版と「プロアトラス」シリーズなどのPC向け地図ソフトの制作、販売などを行っていた。しかし、売上の減少により2004年に民事再生法の手続きを申請。ヤフーが支援に乗りだし、ヤフー100%出資の子会社となった。その後も、道路地図帳や「プロアトラス」などソフト製品の製作、法人向けのGISによるソリューションなどの事業を続けていたが、2007年に「プロアトラス」シリーズの販売を株式会社クレオに移行。2008年にヤフーに吸収合併され、解散した。現在、事業はヤフーがすべて継承している。

17 東洋瓦工業

東洋瓦工業は昭和6年頃に創業された三州地区の中堅瓦製造業者。平板60%、和型20%、S型20%の比率で製造し、ピーク時の平成4年12月期には年商約46億円をあげていた。しかし、同業者との価格競争で収益力が低下していたうえ、生産設備への投資に伴い年商を上回る借入金を抱えるなど慢性的な資金不足に陥っていた。その後は、受注不振や原油価格の高騰を背景にした原材料費の上昇なども加わり、18年12月期の年商20億6634万円に対して、1億6276万円の赤字を計上するなど、業績低迷が続いていた。12月21日、名古屋地裁に民事再生手続開始を申し立て、同日保全命令を受けた。負債総額は42億円に上った。

18 新風舎

 派手な広告でアマチュア作家の興味を誘い、原稿を大々的に募集し、企画出版を提案するが、実質は協同出版とか自費出版で多額の請求を行い、カモから大金を巻き上げた会社である。投稿した原稿に対して、それは大層な褒め言葉で賛辞し、「読者に感動を与える作品ですが、今回は企画出版には至りませんが、惜しい作品なので格安でできる自費出版を提案いたします」という文言の甘い誘いを仕掛けてくる。投稿者をその気にさせて、見積もりを見ると、100万円単位の金額がおどっているのだ。100冊単位で申込めるが、一般の書店に流通させることはほとんどなく、最悪の場合、書店にさえ並ばず、宣伝行為もほとんど行われず、在庫は一般読者にその存在すら知られることなく、倉庫に眠ったままである。悪徳の場合、200冊契約しておきながら、本人に50冊献本して、あとの150冊は印刷&製本すらしない詐欺行為である。この行為がバレて信用を失い、倒産に追い込まれたと言ってもいいくらいだ。

http://www.youtube.com/watch?v=4VJ3oDYHLX4

19 アイワ(株)

 アイワ (Aiwa) は、かつて存在したオーディオ機器のブランドである。1951年に愛興電気産業株式会社の名で創立、1959年にブランド名アイワを社名にした。1960年代には日本で初めてカセットテープレコーダー、ラジカセを発売。末期のアイワブランドからは考えられないような高級オーディオも製造し、ヴェロシティマイクロホン等はNHKに用いられた。 2002年までは独立 企業のアイワ株式会社だった。 2002年、法人はソニーに吸収合併され、アイワはソニー の1ブランドとなった。現在はアフターサービス等を除き事業を終了している。

http://www.youtube.com/watch?v=8GwAqM5uzDI

http://www.youtube.com/watch?v=xtEaVz8Wgns

http://www.youtube.com/watch?v=JC-cYzW5rJQ

20 よつば電機

 家電量販店で、かつて、福島県内にも支店が数多くあった。近場では郡山市の亀田、現在のTSUTAYAの隣りのかっぱ寿司のあたりと、須賀川の4号線沿いにあった。その後、茨城に本拠地を構えていたカトーでんきが買収し、その後K'sデンキへと名称を変えた。

 他にもTVショッピング大手だった日本直販もまた2012年11月に倒産、協栄生命保険は2000年10月に4兆5,000億円を越える負債を抱え、大型倒産に追い込まれた。また、同じ時期に、金融関係の会社の吸収合併や経営統合が相次いだ通り、生き残れなくなった会社が大型倒産に至った。千代田生命保険(2兆9,000億円)、日本リース(2兆1,000億円)、東京生命保険(9,800億円)、ライフ(9,600億円)、マイカル(1兆5,000億円)などケタ違いの負債額での倒産が数多く出た。

 経営存続が厳しい企業・・・東電、JAL(負債額2.3兆円会社更生法適用)、武富士(負債額4336億円会社更生法適用)

 福島県内の企業で会社再建を実行中の企業

 福島交通(2008年会社更生法適用)
 ホテルハマツ(2003年(平成15年)8月に122億円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請し、経営を他社に移譲)
 うすい百貨店(2003年(平成15年)8月にメインバンクの秋田銀行からの申請で産業再生機構による支援が決定され、再生計画が実行される)。

 外国の会社の大型倒産

 1 パンナム 

 パンアメリカン航空、通称:パンナムは、アメリカ合衆国に存在した航空会社である。民間航空が各国で盛んになってきた1927年に設立され、最初はカリブ海路線ならびに南アメリカを結ぶ国際線を運航し、その後1930年代には路線網をヨーロッパやアジア太平洋地域をはじめとした世界各国へ拡大した。
 しかし、1960年代後半頃より世界的に海外旅行が大衆化し価格競争が激化する中、高コストの経営体質を改善できなかったことや、1970年代にジミー・カーター政権下で導入された航空自由化政策「ディレギュレーション」の施行、その後の国内航空会社の買収の悪影響により次第に経営が悪化し、1991年12月4日に会社破産し消滅した。

http://www.youtube.com/watch?v=y9OuyXHuwWE

http://www.youtube.com/watch?v=TIc1k0bjlXw

 2 ノースウェスト航空

 かつて アメリカ合衆国ミネソタ州イーガン(ミネアポリス・セントポール郊外)に本部をおいていた 航空会社。デルタ航空と経営統合し、2010年1月31日をもってデルタ航空となった。経営合併の原因は原油価格高騰に伴う燃料費の増加などによって収益が悪化したことによる。2008年1月にデルタ航空と合併交渉を開始し、同年4月14日に合併合意を発表。同10月29日、アメリカ合衆国司法省が認可したことで両社は即日合併を発表した

http://www.youtube.com/watch?v=maNaheSL_VI

 3 GM

 まぁ、アメリカの航空会社や、全米の3大モーターであっても、景気の波には乗り切れず、倒産に追い込まれてしまう状況は、会社経営の難しさを如実に描写している。ゼネラルモーターズ(General Motors Corporation)は、アメリカ合衆国ミシガン州 デトロイトに本社を置く企業で、アメリカの自動車ビッグスリーの一角。略称は「GM」。 2009年6月1日に連邦倒産法第11章の適用を申請し、2009年7月10日に手続きを終えた。

http://www.youtube.com/watch?v=uEKtFzSxNpU

 おまけ 世界のビッグスリー

 <自動車>

 日本自動車メーカーのビッグスリー - トヨタ自動車・日産自動車・本田技研工業
 アメリカ自動車メーカーのビッグスリー - ゼネラルモーターズ、フォードモーター、クライスラー
 ドイツ自動車メーカーのビッグスリー - メルセデス・ベンツ、BMW、フォルクスワーゲン
 中国自動車メーカーのビッグスリー - 第一汽車・東風汽車・上海汽車

 <航空会社>

 アメリカ航空会社のビッグスリー - アメリカン航空・ユナイテッド航空・デルタ航空
 日本の航空会社のビッグスリー - 日本航空(JAL)・全日本空輸(ANA) ・日本エアシステム(JAS) ⇒JASは2006年10月1日に日本航空インターナショナルに吸収合併し消滅。
 ヨーロッパ航空会社のビッグスリー - エールフランス‐KLM、ルフトハンザドイツ航空、インターナショナル・エアラインズ・グループ

 おまけ

 会社更生法手続きで、再建を目指している「武富士」の伝統的なCMをお送りしたい。バブル景気(1980年代中盤~1990年代初頭)前後、消費者金融のCMは華々しかった。\shop武富士、アコム、アイフル、ほのぼのレイクなどが業界を闊歩した。無人の現金支払機のネーミングも一世を風靡した。「むじんくん」とかである。CMもサラ金の暗いイメージを脱却し、クレジット感覚で来店しやすい雰囲気作りを実践し、業績を伸ばし続けた。そのイメージアップに一役買ったのが「武富士ダンサーズ」だった。

 記事作成:平成24年10月~平成25年1月25日(金)

 追記

 No.9のほっかほか亭の記述を一部訂正しました。

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

福島県の天気


無料ブログはココログ