2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

« 日本人が巻き込まれた海外の事件・事故 | トップページ | 映画・テレビドラマのロケ地巡りしたい場所 »

2013年3月20日 (水)

被災者必見!普天間かおりさんからのメッセージ

 2万人近い死者・行方不明者を出した東日本大震災。あれから2年以上の月日が流れた。今更ながら、地震や津波の恐ろしさを実感するとともに、ひとたび事故が起きれば取り返しのつかない大災害をもたらす原発事故の恐怖を思い知らされている。私が釣りに出会うきっかけを作ってくれた請戸漁港は、私が生きているうちに実釣することは叶わないだろう。姉が住んでいた、大好きだった浪江の町にさえ訪れる願いは何十年先になるかしれない。考えるだけで、落ち込んでしまう。憎き原発、そして誠意ある対応が見られない東電、そして除染がままならない自治体の遅い対応に苦虫を潰す思いの日々をすっと送ってきた福島県民。人生が変わってしまった印象だ。

 そんな悲哀に暮れる県民をたくさんの方々が励ましてくれた。県民では「西田敏行」や「箭内道彦」、「フラガール」、「エアリアル」などもそうだが、今回紹介したいのはラジオ福島ではすっかり有名だが、沖縄県出身の歌手・普天間かおりさんだ。彼女は同局のラジオ番組のレギュラーを担当し、時々来福し、被災者のリスナーを激励してくれている。彼女の歌声は、被災者の魂を揺さぶる感がある。あまり演歌調の曲に興味がない私でも、彼女の歌は不思議と琴線に触れる。損得なしで感動する。まずは彼女をご存知ない方のために彼女のプロフを掲載したい。

 ~普天間かおり~

 1973年生まれの沖縄県中頭郡中城村出身の歌手、シンガーソングライター。琉球王朝の流れを汲む家系に生まれる。3歳のころから歌い始め、沖縄の芸能界で知られた存在となる。1991年「本間かおり」としてキングレコードよりデビュー、アニメソングを中心に歌手活動を始める。その後1997年に芸名を本名に戻し、シンガーソングライターとしてインディーズでライブを中心に活動。1999年にテイチクからCDをリリース、現在に至る。
 故郷沖縄のことを想った、スローな曲を数多く発表。またラジオ番組のパーソナリティも多数こなしている。ポッドキャスティング「普天間かおりの真南風便り」をラジオ福島にて配信中。福島県裏磐梯観光大使。

 それでは一度は耳にしたことがある名曲を4曲どうぞ!

 「守りたいもの」

http://www.youtube.com/watch?v=MdYZgxPRYek

気がつけば いつでもそばにあなたがいて
ひとりじゃないよって やさしく包んでくれた
つられて笑うようなありふれた時を
あとどれくらい あなたと過ごせるのだろうか

悲しみが絶えないこの世界だけど
確かな安らぎを ここに見つけた

守りたいものがあるよ 愛するひとがいるよ
私をもっと強くする 見えない力になる
守るべきものがあるよ 愛すべきひとがいるよ
ふるえる心(いのち) ぎゅっと抱きしめる
しっかり生きなさいと

 この歌は、福島県では「人形の京月」のCMソングとしてサビの部分が使われていることでお馴染み。

 「僕の誇り」

 福島県民なら涙なくしては聞けない名曲です。合唱にしたことで感動は倍加します。失った故郷を思う気持ち、故郷を愛する意味、郷愁を誘う歌詞、すべてが感激します。

おじいちゃんとおばあちゃんが生まれたところ
お父さんとお母さんが出逢ったところ
そして僕が泣いて笑って 過ごすこの場所は
世界でひとつだけの大切なふるさと
春の朝は鳥と歌い
夏の月を映す水鏡
君に見せたい景色があるんだ
ガイドブックには載らなくたって
数え切れない思い出たちも

<a href="http://www.3131.info/%E6%99%AE%E5%A4%A9%E9%96%93%E3%81%8B%E3%81%8A%E3%82%8A/%E5%83%95%E3%81%AE%E8%AA%87%E3%82%8A%28%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%29/">僕の誇り(ライブ・バージョン) 歌詞<a> - <a href="http://www.3131.info">J-POP 歌詞<a>

僕の誇り 僕のふるさと

いつか僕が大人になって どこか遠い街へと
旅立って行くとしても 決して忘れない
秋の夕陽 色付く森
冬に光る 雪の山並みを
君に見せたい景色があるんだ
ギネスブックには載らなくたって
もしも心が折れそうなとき
おかえりなさいと迎えてくれるだろう
僕の誇り 僕のふるさと

 「Smile Again」

三月 春の日 穏やかな午後でした
街も木々も人も みんな変わり果てました
すべてを失くした人の前に 言葉は役に立たなくて
それでも贈り続けたい あなたを励まし続けたい
負けないで 負けないで 生きてゆくことあきらめないで
がんばって がんばって たくさんの愛が見守っているよ
もう一度あなたが笑える日まで

大切な人を亡くした哀しみ
怖かったよね 不安だよね 抱きしめてあげたい
この世に神様はいるのかな 人生って一体何だろう?
それでも信じ続けたい あなたには立ち上がる強さがある
負けないで 負けないで 生きていてくれて本当に良かった

がんばろう がんばろう たくさんの愛とつながっているよ
もう一度あなたが笑える日まで

右手は私のために 左手はあなたのために
この手を差し出すから 誰も見捨てはしない
いつかきっと必ず 道は開けると信じて
どうかどうかどうか 生きて抜いて……

負けないで 負けないで 生きてゆくことあきらめないで
がんばって がんばって たくさんの愛が見守っているよ
負けないで 負けないで 生きていてくれて本当に良かった
がんばろう 一緒にがんばろう たくさんの愛とつながっているよ
もう一度あなたが笑える日まで

 会場の観衆のすすり泣く声が聞こえます。震災前後で生活が一変した私たちに寄り添い、ずっと励ましている、そんな彼女に心から感謝したい。魂の叫びをここまで理解してくれる彼女は凄いとしか言い様がない。この歌を聴いた方の感想は以下の通りです。

 普天間さんの歌声と共に歌詞がとても心に響きます 何故か涙が溢れてきて…
 歌詞にも有りますが被災者の方々、沢山の愛が見守っています
 決して諦めないで下さいね
 歌が出るまでにはなかなか時間が必要でしょうが
 辛いときに自然にこの歌が出て来て欲しい気持ちです
 みなさん、頑張り過ぎないで下さい
 辛いときには周りの人に話して気持ちを楽にして下さい。 by 福島県民

 テレビを見ているとあまりにも変わってしまった町、あかるい内容­にならない報道
 気持ちがイライラするのでrfcラジオを聞いています。ところど­ころ壊れた自宅に住みなん
 とか毎日仕事をしています。Smile Again見ました。涙がとまりません なぜだかわかりま
 せんが涙がとまりません。 by 福島県郡山市在住

 「桜舞う町で」 富岡町復興応援ソング

春は夜の森 花爛漫に 桜のトンネルを抜けて
夏燃えさかる宵の火祭り 掛け声に高鳴る鼓動
桜舞う町で あなたに会いたい
潮騒聞きながら やさしい夢を見たい 
遠く離れても 季節は巡れども
私のふるさとは 今も胸に鮮やかに


浜通りから昇る朝陽に 輝く生命の息吹
秋の紅葉を染める夕焼け 白鳥が冬を運んだ
桜舞う町で あなたに会いたい
星の降る夜に そっと願いかけて
小さな蕾よ 芳しく咲き誇れ 
ひたむきに生きる美しさを忘れない


桜舞う町で あなたに会いたい
潮騒聞きながら やさしい夢を見たい
広がる青空 ふるさとへ続いてる
一歩 また一歩 力強く 前を向いて


愛するふるさと
愛する福島
ずっと この胸に・・・・・

 彼女は演歌を曲調としたシンガーソングライターだが、命をうたう歌手と言えるかもしれない。飾り気はないが、人間の本質を悟り、根っこにある人として忘れてはならない大事なものを詩に綴り、心を揺さぶる。そんな日本人が忘れかけていたものを思い出させてくれる、そんな心の歌手だと思う。

 2013年春、当地・福島県は今もなお環境被害に苦しんでいる。しかも四重苦である。「原発放射線」だけでなく、「花粉」、「黄砂」、そして「PM2.5」との闘いを強いられているからやるせない。この2年で環境は極致とも言える最悪極まりない状況だ。ただでさえ、暗いムードなのに、輪をかけてこれでは滅入っていまう。しかし、明るい話題もある。まもなく始まるセンバツ高校野球で、我が福島県は史上初の2校同時出場を果たした。明るく前向きに生きていこうという勇気を与えてくれるためにも、代表校には頑張って欲しい。たとえ負けても懸命にプレーする姿にどれだけ元気づけられるかしれない。夢や希望、そして生きる気力を分け与えてほしい。それを願って本日の記事を結びとしたい。 

 記事作成:3月18日(月)

 追 記

 この日(3月18日)には原因不明の停電に見舞われた原発事故現場。東電は相も変わらず、冷温停止としていた原子炉格納容機内の水温が再び上昇に転じ、危うい状況に置かれたにもかかわらず、停電の事実を3時間以上も経ってから県に報告。県民を呆れ返らせた。どこまで東電は隠蔽体質を貫き、県民を馬鹿にし続けるのか・・・。話にならない。

 「朝日デジタル」に掲載されていた、停電が復旧しない東電の対応に関しての記事を引用したい。まさに福島県民の怒りの気持ちを代弁している。

 安全だと言って事故を起こし、​事故原因も分からず、周辺には誰も住めないまま「収束した」と言い。​事故から2年経っても、未だ完全に制御出来ない。電気の会社で起きた停電と言うトラブルの原因すら分からない。​原発関係者は、明日まで今の状態が続けば「少し」憂慮が必要と、呑気な事を言っていたぞ。

​ それでも、現政権は推進・新設をすると言い。​「原発ゼロ」の言葉はこの事故当事国、日本から消滅した!​国民の多くは事故当時の恐怖や心配を忘れ、報道は安全神話の真っただ中の様に、他のニュースで覆い隠す。

​ 思い出せ、2年前の事故当時!​思い出せ事故から爆発までの東電の対応・言動。
​停電が続けばどうなるか?思い出せ!危険な核を人は制御なんて出来なぃと言う事を。
​恐らくは今回の停電も、何とか復旧するのかもしれない。​でも爆発前、皆がそう思っていたのではないか。

 今回大丈夫でも、今後どんなトラブルが発生しても大丈夫と信じるのか?
​事故を起こして2年、未だ何処の原発も安全だと信じるのか?

« 日本人が巻き込まれた海外の事件・事故 | トップページ | 映画・テレビドラマのロケ地巡りしたい場所 »

音楽」カテゴリの記事

福島県の天気


無料ブログはココログ