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2013年3月30日 (土)

三春町散策(3/30)

 昨夜は飲み会だった。職場の送別会を実家近くのホテルで大々的に催した。何と総勢22名が転退職するという大型人事。ゆえに予算も奮発して、料理が8千円(飲み代別)の豪華ディナーだった。食い意地と貧乏性が相まって、散会後もしばらく居残り、同僚が手をつけなかった料理(ビーフストロガノフ・ちらし寿司・デザートアイスケーキなど)を食い漁ってしまった。日本酒も「飛露喜」、「久保田萬寿」、「くどき上手」、「写楽」など6種類くらい飲んで上機嫌となった。この一次会で満足し、代行で帰宅したのは22時過ぎだった。

 翌朝7時15分に起床し、予てから実行しようとしていた三春町散策について熟考する。二日酔いになったことはこれまでの人生で一度もないが、多少気分が優れないし、寒い朝を迎え、明日へのスライドも考える。しかし、本日の最高気温が10℃予想に比べ、明日は何と雪と雨で朝は0℃、最高気温でも5℃までしか上がらない冬に逆戻りの予報に愕然。昨日立てたスケジュールを敢行することにした。

 計画したコースは以下の通り。

 1 小和滝
 2 建福寺
 3 雪村庵
 4 舞鶴城趾
 5 弓町遊廓跡
 6 滝桜
   朝食(半田屋)

 昨春まで「三春」の職場に3年間勤務していたが、神社仏閣が多い城下町で、見所は数多く点在していたのに、滝桜にばかり気を取られ、町内の名勝旧跡にほとんど触れずに転勤してしまった。そして、おそらくは来週以降に見頃を迎えるであろう「滝桜」を始めとする桜の状況を確認する意味合いもあった。昨春は、朝5時前に自宅を出たにもかかわらず、「滝桜渋滞」にハマった。開花する前に、今の状況を自分の目で確かめておきたいというのもあった。体調回復の度合いによっては舞鶴城(城山公園)への山登りは取りやめたい。そして今週、職場の先輩(台湾旅行同行者)と盛り上がった話題が三春町内の弓町にかつてあった遊廓跡。三春は城下町だっただけに、寺社がやたら多いが、牛(べこ)の売り買いを行った弓町付近に何と遊廓が数軒あったというのだ。先輩同僚が所持していた江戸時代の三春の地図を見て驚かされた。そこで昭和21年頃まで実際に客引きを行っていたが、同年施行の「公娼制度」廃止や昭和32年の「売春防止法」が施行されたことで、この三春遊廓もまた衰退した模様。その建物が60年の時を経て、今も同じ場所に残されているという。「遊廓」とは江戸時代の吉原や京都柳橋などが有名だったが、自宅から20分圏内の場所にあったとは信じられない。しかも勤務先の目と鼻の先にあったとは・・・。「遊廓」という言葉自体、男心をくすぐる。もちろんそこで遊びたいわけでもないし、私自身は廃墟マニアではないが、昔の歴史や風俗に触れ、その時代の名残とも云うべき象徴物を訪れてみたいと考えた。その職場の先輩も三春町内の歴史に触れるべく名勝旧跡を徒歩で巡った際に、そこを訪れたらしい。では、さっそく今日の散策を振り返りたい。

 参考ホームページ&ブログ

三春町滝桜ライブカメラ http://miharukoma.com/live/

弓町遊廓に関するブログはコチラ↓

http://otarimanjyu.com/blog/index.php?e=98

http://yuukakubu.com/?p=38

http://ameblo.jp/izumiken79/entry-11429709866.html

http://mikkagashi.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-7faa.html

 「散策ドキュメント」

 9時3分自宅発。車載温度計6℃ 寒い。阿武隈川手前の道路で元同僚と同じ車とすれ違う。
 9時16分小和滝 駐車せず車窓で咲いていないことを知り、信号停車中写真。

 9時18分建福寺 檀家用駐車場を拝借写真 蕾固く一週間は咲きそうもない クラウン遅い。

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 9時23分 雪村庵 路駐の工事車両4台。竹林を切り倒していた。橋にブルーシートで工事中。赤い屋根の境内まで行けず。観光客はゼロ。寒いだけ。今回は隣の民家の犬に吠えられずに済んだ。

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 磐越東線沿いの県道に戻る。葬儀場前が道路工事で一方通行。道路を舗装するローリー車が走行。

 9時30分 通勤ルートだった三春駅前通過。担橋を越え、そのまま直進。町内の大町へ。「まほら」の前を素通りし、城山公園へ登る細い急坂へ。300m先の左カーブを曲がり、二之門に駐車スペースあり。

 9時35分舞鶴城の中腹駐車場着。
 先客の車1台。歩いて散策。一旦公園へ。無人。その後山頂にあった本丸跡に向かう。散策路(遊歩道)ではなく、急斜面をよじ登る。50m登ったところで息切れ、心臓バクバク。昨日の酒呑みの影響がモロ。頭痛やら胸が苦しくなり、唾を吐きながら、途中座り込みながらも何とか登る。日頃の運動不足が露呈。
 5分足らずで山頂付近へ。花見を控えて山頂付近の広場にお祭りの準備がしてあった。夜桜見物用の提灯が飾られていた。温泉の掘削機のようなものまであった。犬を散歩させている人と老夫婦がひと組来ていただけ。本丸跡、奥跡、大広間跡などが山頂の広場に点在。「三春戊辰の役」の慰霊碑や「田村三代慰霊碑」があって、パワースポットや心霊スポットのような印象。夕方や夜は不気味で容易には近づけない雰囲気を醸していた。悪ふざけはできない神聖な場所という印象。場を荒らさないことを誓いつつ手を合わせ、広場からの町内を見下ろし、景色を堪能。やっぱり息苦しい。寒々して殺風景。花は一切咲いておらず。帰りは散策路を下って駐車場へ戻る。

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 9時58分、来た道の急坂を下る。次はいよいよ今回のメーンイベントの「三春遊廓跡」を目指す。昨年まで月一で弁当代を払うために車で通っていた道だ。信号から右折して緩い坂道を行く。途中の肉屋の前から弓町方面へ左折。緩くて細い坂(庚申坂)を上って行くと、200m先で行き止まり。そこが目標地点。

 10時00分 三春遊廓跡着。
 そこがちょっとした空き地で、その左側に三軒連なるように朽ち果てた大きな屋敷。そこが遊廓だった建物だ。実際は四軒連なっていたが、手前の花屋楼は、民家っぽく、今も人が住んでいる形跡が。二番目が一番老化が激しく廃墟化した島屋楼、三番目が双葉楼、そして一番奥がこれまた人が住んでいる様子が窺える島村楼だった。50m程の長さにこの4つの歴史を感じさせる木造建物が軒を連ねていた。周辺には「弓場」の石碑が建つ。
 震災の影響か、玄関や軒先、屋根はボロボロ朽ち果て、人の侵入を拒むかのように見るからに廃墟と化していた。車を止めて、場を荒らさないように心に誓い、一礼して周辺を散策。霊が写り込みそうで怖いものがあったが、10枚以上写真を撮った。その前には最近建てたような古民家風の建物が・・・。霊気が漂う不気味な佇まいで、とても無断で中には踏み込めなかった。かつて客引きをしていた女郎の情念が、未だに呪縛している陰気臭い印象。祟られそうな雰囲気もなきにしもあらず。
 江戸時代から昭和初期まで、この地で男女の様々な人間模様が交錯していたことだろう。化粧や身なりを艶やかに整え、格子の窓越しに色仕掛けで客を誘い入れていたのだろうか。朽ち果てた外観からはあまりそうした色恋沙汰は感じられないが、怨念はひしひしと感じられた。意味ありげだし、何か冷やかし気分で訪れてはいけない神聖な場所のように思えた。中を覗くと建物は奥にまで続いていたが、今にも崩れ落ちそう。襖の屏風絵もまた霊魂が宿っていそうで恐怖を覚えた。周囲には人の気配が全くなく、妙に静閑。僅か10分程度しかその場にいなかったが、周辺があまりにもシンと静まり返り、物音一つせず、不気味早くその場をで立ち去りたい衝動に駆られ、妙に長く感じてしまった。

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 10時10分発。県道に合流する角の場所に、例の表札版が・・・。「人の道も行いも神は見ている」という意味深な戒めの言葉が・・・。これは何を意味するのか?

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 続いては、まだ蕾状態であることが見え見えの「滝桜」に向かう。坂を上がり、288号バイパスを横切り、そのまま直進。去年も走った道だ。木立や田舎の田園をアップダウンし、曲がりくねった一本道を南へ向かう。バイパスから2.5km先の右側に全国区の絶大な人気を誇る滝桜がある。満開見頃となる時期は、この道路は大渋滞と化すが、今日は対向車も滅多に来ない。一週間後は悲惨な状態となるはず。先駆けて訪問。

 10時25分 滝桜のすぐ脇の専用駐車場へ。8台スペースがあって、先客は2台の乗用車と緑のカワサキのバイク客。ここまで自宅から20.8km。見物を終えた一家とすれ違ったら、あとは無人状態。15枚は写真を撮ったと思う。近づいて、蕾の状態を確認。枝先も写真撮影。まだ蕾は堅く、おそらく10日後くらいが見頃か?滝桜の樹木の10m前に木組みの特設ステージのような舞台が築かれてあった。虎猫が横たわって寝ていた。逃げもしないデブ猫だった。この周辺は、滝桜を取り囲むかのように遊歩道が整備され、綺麗になった。昔はこんなんじゃなかったのに。見学自体は5分程度。帰り際、別の客が2台、遊歩道に乗り付けてきた。トイレの上部に設置されたカメラを見つけ、これがLIVEカメラかと納得しつつ写真を撮った。

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 10時32分、滝桜発。「さくら湖」のヘリを回り込むように、標識を頼って郡山方面へ向かう。交通量が少なく、ガラガラだったが、制限速度を遵守。そして「三春トンネル」に三春駒の壁画絵を見つけ、トンネルを出た先で車を止めて写真撮影。あとは長い下り坂を下り、更にアップダウンを繰り返した後、三春町内から来るセブンの交差点と合流し、その後100m先で三春ハーブガーデン方面へ右折。坂道のS字カーブを登る。途中、こじんまりしたレストラン「こばりどん」の前を通過。そして走り慣れた「緑ヶ丘団地」からの道路と合流。セブンから右折し、美術館通りへ。ここでようやくペースアップし、片っ端から先行車を交わす。ねずみ警戒。阿武隈川を渡り、信号回避のため、ベニマルの駐車場を横切り、ビバの駐車場も素通りして東部幹線へ。

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 10時40分半田屋着。駐車場ガラガラ。遅い朝食を摂る。ここまで自宅を出て、途中で山登りなどしたにもかかわらず1時間半ちょっと。三春は近い。昔、今は亡き祖父が田舎のことを「ざいに行く」と言っていたが、どういう意味なのか・・・。
 半田屋では、今日は入口にいちばん近いお買い得コーナーにあったおかずから生姜焼き&目玉焼き&スパ(180円)と野菜炒め、納豆、ミニめし、味噌汁で計540円。先客は3名だった。店員のおばさん無愛想。客商売に不向き。ベニマルもそうだが、最近の店は客に挨拶しない。社員教育がダメな証拠。10分ほどで平らげた。

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 10時53分発。今日は東口経由で吾妻陸橋を渡った。その時、ラジオのニュースで、北朝鮮が韓国とアメリカに対して、最上級の警戒態勢(第一号攻撃準備態勢)で核攻撃予告。金正恩はやはり若くて暴走する恐れがあったが、案の定。気違いの指導者で、国家とともに運命を共にし、自滅への道を突き進んでいる。消防署前から右折してR4へ。そしてさくら通りを上がり、「ツルハ」の駐車場へ。実家をゴール地点とした。

 11時2分、「ツルハ」駐車場着。ここまで自宅を出て36kmの道のりだった。

 おことわり

 今日の出来事である「三春散策」の記事を差込むことにしたため、「私の好きだった月9ドラマ」は翌日曜日の記事として再アップさせて頂きます。ご了承ください。

 

 

 

 

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コメント

 私はたまたま拝見したのですが、こちらのブログを執筆なさっている方の地元愛に感銘を覚えまして、矢も楯もたまらず、コメントいたしました。
社会人になられて、K大に合格されるところから察しますに、私の高校の先輩ではないか?と(開成5丁目にあるA高)SUZUさまでよろしかったですよね?お名前。
「ざいに行く」ですが、恐らく漢字では「在」である可能性が高いです。「在郷」軍人等の在ですね。郡山からしますと我が町は「在」です。三春は隣町ですが、合併しなかったその気骨には敬意を表するばかりです。
化粧坂(けわいざか)の地名が遊郭があった名残との一説を聞いた事もあります。新町あたりの坂ですが。(確か新町だったと・・・?)
郡山の無くなった店ですか?あの記事はただただ脱帽ですね。印象に残っていますのは、東北書店、よつば電機、山の井カルチャーセンター、トイスかんの、第一・第二うすい
これが私の五指でしょうか。

・・・トトロさん、コメントありがとうございます。いゃ~残念ながら私はそんなすごい高校は出てませんよ。大学も一浪ですから・・・。まぁ最近は個人情報が厳しいので、ご想像にお任せします(笑)。でも嬉しいですね。地元の人からのコメントが一番嬉しいですよ。話が通じますから。郡山に関する記事は10作以上書いていますので、ぜひ他の記事もご覧頂きたいです。古い話や昔話は尽きることはありませんから(苦笑)。中には「事件・事故」などあまり芳しくない記事も含まれていますのであしからず。詳しくはカテゴリーの「旅行・地域」をスクロールしてみてください。
 三春は昨春まで3年間勤務した愛しの町です。昼食はよく288号バイパス沿いにある「どんぶり亭」にお世話になりました。また蔵構えの「山惣」のランチは大好物でした。離れてみて三春の素晴らしさを改めて実感しました。
 また気になった記事がありましたら遠慮なくコメントをお願いします。(SUZU)

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