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2013年4月23日 (火)

私の想い出の品

 今日は趣向を変えて実家に眠っていた私の想い出の品を紹介したい。4月14日(日)正午放送の「開運なんでも鑑定団」の外国人プロレスラーのサイン色紙のコレクターを見て思い出した。それは或る女性タレントのサインだった。さて、誰のサインかわかるだろうか?

 ヒント:昭和60年代、世の中を席巻した女性グループのうちの一人です。

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 正解は1985年に「夕やけニャンニャン」から誕生した素人女子高生グループで、その時期、AKB並みに人気が高かった「おニャン子グループ」、そして彼女はそのメンバーで会員番号16番、さらには「うしろゆびさされ組」という2人組ユニットのひとりでもあった。もうおわかりだろう。この色紙を書いた女性は高井麻巳子さんだ。まずは彼女のプロフを紹介したい。

 高井 麻巳子(たかい まみこ、1966年12月28日 - )は、日本の元アイドル歌手であり、 エッセイスト・イラストレーターである。女子美術短期大学中退。株式会社秋元康事務所 監査役。現姓、秋元(あきもと)。 1985年(昭和60年)から『おニャン子クラブ』の一員として芸能活動を行っていた。福井県出身で血液型はO。
 1985年(昭和60年)に福井県立若狭高等学校を卒業。若狭高校時代は出しゃばるタイプではなかったものの人気者で、ミス若高(じゃっこう)と呼ばれていた。高等学校卒業後、美術大学進学を目指して予備校へ入学すべく上京。
 1985年(昭和60年)4月、『夕やけニャンニャン』内のコーナー「アイドルを探せ」の出場者をスカウトをする企画で、原宿を歩いているときに伊藤克信にスカウトされる(が、番組側のやらせだったとの説もある)。同コーナーで「青い珊瑚礁」を歌い、おニャン子クラブ会員番号16番としてデビュー。

  •  1985年9月、おニャン子クラブから初のソロデビューとなった河合その子のキャンペーンに「withおニャン子クラブ」として同行。
  •  1985年10月、岩井由紀子(ゆうゆ)と二人でうしろゆびさされ組を結成、アニメ『ハイスクール!奇面組』の主題歌『うしろゆびさされ組』でユニットデビュー。
  •  1986年(昭和61年)6月、『シンデレラたちへの伝言』でソロデビューし、オリコン初登場1位を獲得。うしろゆびさされ組の活動と並行してシングル、アルバムを定期的に発売。
  • 1987年(昭和62年)4月でおニャン子を卒業、女優として連続ドラマに出演するなど活動の幅を広げる。忌野清志郎のファンであることを音楽誌のインタビューで語り、それを契機にRCサクセションのアルバム『COVERS』にゲスト参加。
  •  1988年(昭和63年)5月23日、ファンクラブ結成の直後におニャン子の仕掛け人である秋元康と結婚し、突然芸能界を引退する。
  •  2001年(平成13年)3月、長女出産。
  • 結婚後は表立った活動はなかったが、小説の挿絵などを手がけ、2002年(平成14年)、絵本『ぞうネコ』(秋元康・文、秋元麻巳子・絵)を出版。結婚後の活動はすべて「秋元麻巳子」名義。
  • 2004年(平成16年)頃、秋元康がメレンゲの気持ちに出演した時に、高井が自宅の様子をビデオカメラに撮影した模様が映った(本人も登場)。
  • Takai1 Takai2

     ではなぜ私がこれを所有していたかというと、私の3歳離れた実姉が当時、郡山市民文化センターに勤務していた。そこへ或るイベントで、彼女を含むおニャン子メンバーが訪問し、その際に、おニャン子好きだった弟のために、誰が誰だかわからないままサインをもらってきたという訳だ。確か実家にはもう一枚誰かのサインがあったと思う。もしかして立見里歌?しかし、それは今はもうない。ホコリがつかないようわざわざラップでくるんで応接間の扉の中にしまってあった。もう25年以上も前の出来事だが、長年実家に眠っていたというわけで、久方ぶりに日の目を浴びたということだ。

     おそらく彼女の名前を知っているのは、40代以上の方ということになるかもしれない。しかし、当時の彼女は新田恵利と人気を二分するほどの人気があり、他のメンバーに先駆けてユニットとソロとしてもレコード(当時はCDではない)デビューを果たしたのだった。しかしながら彼女を有名にしたのは、自分だけの力ではない。今をときめく人気放送作家兼プロデューサーで、AKBの生みの親、秋元康の夫人という事実だ。おニャン子も彼が作り出した人気グループだが、女子高生ブームを生んだだけではなく、いわば教え子ともいうべき存在の高井麻巳子を娶ったということになる。つまり、彼女が20歳くらいの時から唾をつけていて、スキを見てプロポーズし、結婚に至ったという経緯になる。普通に考えれば商売道具に手を出した単なるロリコンオヤジということになるが、彼は中央大学卒で、あの美空ひばりの「川の流れのように」の作詞を手がけるなど、印税がっぽりで、AKBでも儲けまくり、今や総資産100億円とも200億円とも言われる。つまり彼女自身も、それほどの大金持ちのセレブ婦人と言える。つまり、玉の輿に乗ったと言えなくもない。しかし、彼女が偉いのは、惜しむらくは秋元氏がそうさせているのだろうが、山口百恵と同様、芸能界から退いた後は、一切マスコミの前に登場しないことだ。「おニャン子同窓会」という特番に顔を出したこともない。これは賢い選択で、視聴者やファンにはあの頃の可愛らしい姿のまま、記憶に残っている点である。かつての夏目雅子もそうだ。

     では結びに、彼女が現役の人気アイドルだった頃の貴重な映像と、2004年の頃に自宅で撮影された出産後の彼女の姿をご覧いただきたい。

     夕やけニャンニャン「ザ・スカウト アイドルをさがせ」の名場面

     彼女の登場場面は3分23秒頃からです。

     うしろゆびさされ組

     高井麻巳子 - かげろう (おニャン子Sailing夢工場'87LIVE)

     「情熱れいんぼう」(お宝水着映像)

     「約束」

    http://www.youtube.com/watch?v=px8MBhqBrIk 

     渚の『・・・・』受難

     どうでしょうか?40代以上の方には懐かしいのでは?この頃はバブルの絶頂で、人々の懐も潤っていた。現在、爆発的流行中のAKBの反映の下地を作ったのは、彼女たちである。その後、他人数ユニットは、桜っ子くらぶやモー娘。に受け継がれ、そして同じ秋元康プロデュースのAKBに行き着いた。そう言う意味で、彼女たちおニャン子クラブが果たした役割は大きいものがある。高井麻巳子はそんな中、おニャン子でも5本の指に入るほどの人気を博したのだった。はて、私が持っているこのサイン、一体いくらぐらいの価値があるのだろうか・・・。本日回顧した「高井麻巳子」は私の大学時代のアイドルだった。私好みのアンニュイな感じで、見るからにO型っぽい顔立ち。色白に長い黒髪。性格も穏やかで、私の好みで言えば、ど真ん中ストレートだった。

     それでは、最後に最も最近、彼女の近況を伝える自宅の映像をお送りして結びとしたい。

    http://www.youtube.com/watch?v=edNUBjthYtE

     記事作成:4月14日(日)

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