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2013年5月

2013年5月29日 (水)

消えゆく日本の佳き風習・伝統文化

 戦後67年が経過し、日本の伝統文化や風習が随分様変わりしたと感じているのは私だけではないだろう。私は高度経済成長後の昭和39年生まれだが、それでも子供の頃に習慣的に行っていた行事や風習なるものが減ってきている気がして、何か日本古来の文化が失われていることに危惧している。それはまず正月に垣間見れる。

 昭和40年(1965年)と震災前の平成22年(2010年)の45年の日本文化に関する統計の比較を見たい。データは一般家庭のものである。

                     昭和40年     平成22年

祝日に国旗を玄関に掲げる     71.7%     11.5%
門松を飾る               35.5%      5.6%
しめ縄を飾る              80.6%     52.5%
福笑いをする              31.1%      7.4%        
餅を食べる               86.5%     70.7%
おせち料理を食べる          78.3%     62.2%
双六をする               46.9%      8.6%                         
羽子板をする              38.8%     11.6%
独楽まわしをする            44.7%      7.1%
凧揚げをする              58.4%      8.0%
着物を着る               38.2%      9.7%         
鏡餅を飾る               69.3%     19.4%
お雑煮を作って食べる        77.5%      37.1%  
年越しそばを食べる          81.3%      57.7%
年賀状を出す              84.7%      62.9%
かるた(小倉百人一首)        48.7%       7.9%
かきぞめをする             50.9%           12.6%
初詣に行く                72.6%      54.1%  

 従来、正月に行っていた伝統文化や風習がかなり形骸化し、現代人は実施していないことが判明。これは子供の遊びが大幅に変化したことによる。テレビゲームやパソコン、ケータイなどがありふれた現代のちびっ子は、ビジュアルでの遊びが普及し、古来のペーパー上のステレオタイプな遊びには興味が沸かないだろう。インドアゲームばかりを取捨選択し、雪合戦や雪だるまを作る、羽子板や凧揚げ遊びなどは、私が住む田舎町でもとんと見かけなくなった。外で遊ばせると、風邪を引きやすいだの、インフルエンザに感染するといけないからと、親世代が子供を過保護に扱いすぎるのもその一因だろう。
 また、40代以下の核家族家庭では、「国旗」すら所有していないだろうと察しがつく。食生活もそうだが、日本人や日本文化の欧米化が進んでいることが判明。バレンタインやホワイトデー、ハロウィンの仮装、クリスマスなど欧米の行事が日本の若者を中心に席巻し、日本の古い伝統は切り捨てられていく一方だ。ここでも古き佳き日本の伝統が薄らいでいることが露骨にも顕著になった。

 次に正月ではないが、失われつつある日本文化や慣習について取り上げたい。

 墓参り

 私は春と秋のお彼岸に加え、お盆、家族の命日と法事には欠かさず墓参りに出向き、墓石を清め、お供え物をし、線香を手向け、ご先祖様のご冥福を祈る。こうした習慣が現代では希薄になってしまった。これではご先祖を敬う機会が無くなり、ますます上下関係を体験的に学ぶこともなくなろう。忌忌しき事態である。

 若者の車離れ

 私が20代の頃はバブル景気に沸き、それは豊かな時代だった。首都圏では電車や地下鉄が発達し、乗り物に不便は感じないが、地方では通勤やレジャーには必需品。汗水たらして働いて、貯めたお金でカッコイイスポーツカーに乗りたいと思ったものだ。セリカXXやプレリュード、シルビア、ソアラ、Be-1、RX-7、フェアレディーZ、スカイラインGT-R、ロードスター、ハイラックスサーフ、パジェロなどが流行った。小型でもフェスティバのキャンバストップなどが流行った。ところが今の若者は、無理して高い車を購入したいという意識が低い。身の丈にあった生活をしたいという堅実な生き方を選ぶ若者が多いようだ。「いつかはクラウン」という夢の時代はもう過去の遺物のようだ。

 選挙権を行使する 

 20代の平均値は32%、60代以上の77%とは半分以下の悲惨な状況。参政権を放棄し、政治に無関心で、政は政治家に一任してしまう傾向がありあり。暴言雑言の多い政治家任せではなく、自らの主張を堂々と行える若者層の政治参加を期待したい。

 一家団欒の時間

 1970年代にはよく見られたが、昔は「時間ですよ」「ありがとう」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」など、どこにでもある家庭のひとコマを描いたホームドラマが主流だった。今でも「渡る世間は鬼ばかり」はあるが、あのような家族の絆や結びつきが薄くなった気がする。昔ならおじいちゃんおばあちゃんと同居し、大家族が主流で、そこには様々な人間模様があった。しかし、今は鍵っ子や核家族が当たり前の世の中。逆に老夫婦の二人暮らしや一人暮らしの老人が多くなり、身寄りのないお年寄りが孤独死などというニュースも多くなった。私の幼少の頃は、7時頃には一家全員が揃って夕食の食卓を囲み、その日の出来事を報告したものだった。そしてナイターを見ながら親子で共通の話題を設けたり、お気に入りのチームに声援を送ったものだ。そして曜日ごとに一緒に見る番組は決まっていた。例えば月曜日は「クイズ100人に聞きました」、「水戸黄門」、火曜日は「ぴったしカンカン」と「連想ゲーム」、「プロポーズ大作戦」、木曜日は「木曜スペシャル」、「ザ・ベストテン」、土曜日は「クイズダービー」、「8時だよ全員集合」、「どてらい男」、日曜日は昼に「家族そろって歌合戦」、夜は「アップダウンクイズ」、「グランド劇場」、「花王名人劇場」といった具合だ。 

 「日本の生活や文化から姿を消しつつあるもの」

 蚊帳・・・真夏に屋根や壁の柱に吊るして蚊に刺されないようにした。

 ハエ取り紙・・・巻紙になっていて、伸ばして天井から吊るして使用。見栄えはよくない。
         正しい登録商標は「ハイトリ紙」という。

 ブタの蚊取り線香入れ・・・どこの家庭にもあった。

 打ち水・・・真夏の夕方に道路に水を撒き、気温を下げる効果があった。

 行水・・・気温の高い夏の昼下がりに、たらいに水を汲み、そこに入って涼をとった。

 寒風摩擦・・・タオルで背中をゴシゴシこすり、摩擦熱で体を温める行為

 小刀で鉛筆を削る行為・・・50代以上の方なら日常的に行ったはず

 文通・・・メールとネットの普及によって遠方の方と手紙のやりとりはなくなった。

 アマチュア無線・・・別名ハム。携帯の普及でアマチュア無線愛好家が激減。昔は自宅の庭に鉄塔を立て、大きなアンテナを立てた無線家が多かった。

 BCL(ベリカード)・・・海外の短波放送を受信し、報告書を書いて送ると貰えるカラフルデザインのカード。これを集めてコレクションする人が多かった。

 スキー・・・若い人はスノボが人気。スキーから始めるのは小学生くらいなもの。

 日記・・・ブログが主流。交換日記は過去の物になりつつある。逆に自分史を書く人が増加した。

 ポッタン便所・・・田舎に行くとまだあるが水洗が普及したため、あまりみかけなくなった。

 トレーナーのペアルック・・・1980年代に流行った若者文化。VANやポパイのロゴ入りのものが街を闊歩していた。

 テクノヘア・・・もみあげを斜めに刈り上げるショートヘアー。イギリスのパンクから日本にも取り入れられて流行った。

 レコード鑑賞・・・かつてはステレオコンポによるオーディオブームがあった。各装置ごとにメーカーを変え、クリアな自分好みのサウンドでレコードを聴いたものだ。趣味がレコード鑑賞ということが多かった。兄貴は凄かった。プレーヤーはテクニクスのターンテーブル式のプレーヤー、チューナーはトリオ(現・ケンウッド)、アンプはサンスイ、デッキはナカミチ、スピーカーはBOSEという装備だった。私はダイアトーンが好みだったが、このようにステレオにはうるさかった。CDが初めて出たときには確かデンオン製だったと思う。

 切手集め・・・かつては趣味の王者だった。切手シートや珍しい切手を集めてコレクションしていた人が多い。何を隠そう私もそのひとり。今は無き「第2うすい」で切手を購入したり、通販で「東京切手センター」にて世界中の珍しい切手を収集したものだ。

 丸い郵便ポスト・・・田舎や地方にはまだ存在するが、最近は四角で郵便受けが2つ空いたポストが街角の主流。よく見るとポストは赤色というイメージだが、最近は朱色とか、中にはオレンジっぽいものまであるように思う。これも時代の流れか・・・。

 空気椅子とうさぎ跳び

 私が中高の頃、部活での練習といえば、雨天時の屋内で行うトレーニングの代表格として、うさぎ跳びや空気椅子があった。これは予想外にきつく、膝がカクカクするほど苦しい練習だった。だから雨天時が恨めしかった。今は、膝を痛めたり、毛細血管断裂の懸念により、実施されなくなった。筋力トレーニングも今は、さまざまなマシンやウェイトトレーニングに変化したため、より効果的なトレーニングが日常化したためであろう。

 記事作成:平成24年11月~平成25年5月5日(日)

2013年5月28日 (火)

あったら怖いモノ

 以前(2012年7月20日付)、当ブログで「笑いのネタ100連発!」と題した記事を書いたことがある。同じ類で「ブラックユーモア」、「笑えないネタ50連発」という記事も書いた。そこで嘉門達夫の歌「あったら怖いセレナ~デ」を引き合いに出し、私なりのオリジナルのアイディアを列挙した。今回はそれに味をしめた私が第二弾として「あったら怖いもの」を思いついたまま発表したい。今回の記事は、はっきり言って嘉門達夫のパクリである。あまり目くじら立てずに聞き流して、綾小路きみまろ風にこの暗い世相を笑い飛ばして欲しい。

 嘉門達夫氏の秀作「あったら怖いセレナ~デ」

 包丁のつかみ取り
 千手観音の往復ビンタ
 全力疾走する大名行列
 時速300キロで回る回転寿司
 本当に海の中にある海の家

http://www.youtube.com/watch?v=OvL2z3LEXCc

 私のパクリネタ 「あったら怖いモノ」 or 「こんな○○はイヤだ!」

 ガラス張りの棺桶(ガラス張りの霊柩車)
 総入れ歯の千年前のミイラ
 片道の燃料しか積んでいない宇宙ロケット
 本物の墓地に作ったお化け屋敷
 扇風機で飛ぼうとするプロペラ飛行機

 ドアが透明アクリル製の「開かずの扉」
 花占いで決める花時計
 ナメクジのおみくじ
 ノンストップなのに乗客が減る列車
 無人で運転する路線バス(ゆりかもめならわかるが・・・)

 外れると1億円請求される宝くじ
 あしながおじさんに対抗して短足おばさん
 舌切り雀に対抗して首切りカラス(なんか怖い・・・)
 寝台車に対抗して手術列車
 食堂車に対抗してコインシャワー車

 古戦場でキャンプ(絶対見てはいけないものを見てしまう)
 F1サーキット場での直前横断ごっこ
 ヤクザの組事務所でピンポンダッシュ
 やる気がなく、被告に訴えられた弁護士
 あきらめの早い外科医

 1年間開店休業状態のスーパー
 檀家のいない寺
 壇蜜、檀れい、檀ふみしか檀家のいない寺
 火事で全焼した墓地
 99.9%誤診の医者

 到着まで5時間かかる救急車
 2日遅れて届く新聞(どんだけ離島・・・)
 未来新聞が届く家
 明日、自分が死亡する記事が載っている新聞
 日本では残念な名前・名称(アホウドリ・アホネン・ふんころがし)

 エンドレスのマトリョーシカ
 永遠に続くコザックダンス
 エンドレスの太鼓の達人
 100歳以上限定のフルマラソン大会
 シャッターを押すたびに幽霊が写ってしまう人

 死後の世界への入口がある家
 本物の死体が並べてある蝋人形の館
 蝙蝠とゴキブリが1,000匹いる家
 台風の渦に突っ込むジャンボ旅客機
 年間100回落雷のある家

 トイレの便器から声がする家
 鮮血に染まる露天風呂のある旅館
 アイコが100回続くじゃんけん
 3時間、無言が続くお見合い
 意味もなくエンジンから黒煙を吐き続ける飛行機 

 四方八方が墓地に囲まれている家
 町内のすべての電柱に花束が結わえてある地区
 高層ビルの真下に人の形をチョークでなぞってある場所
 竜巻の通り道に建つ家
 殺人事件が相次ぐアパート

 毎晩死神が出てくる夢(金縛りが解けんわ~)
 前世がナメクジだとわかった瞬間
 金のなる木(毎日強盗に襲われる)
 ボディーガードが100人いないと安心できない家
 出口のないトンネル
 
 まわりに人食いザメがうようよいる海上ハウス
 ピラニアのつかみ取り
 うなぎつかみ大会に対抗して電気ウナギつかみ大会
 始発と終電の間がない路線
 ヒルの踊り喰い
 
 クマと格闘する死刑執行(ブラック・・・)
 アナコンダが放し飼いのプール
 心霊写真専用カメラ
 壁・床・天井が総ガラス張りの家(落ち着かない・・・)
 何もしないのに照明が暗くなったり明るくなったりを繰り返す家

 体の悪い部分が写る家庭用デジカメ(ある意味欲しい・・・)
 10年に一回しか点検整備をしない航空会社
 医者と看護師が喪服を着ている病院(用意周到すぎ・・・)
 全身血まみれの救急隊員
 部屋中がカビだらけのホテル

 人の本心まで映し出すX線がある病院
 廃病院をリフォームして売り出したマンション(どこが霊安室?手術室は?)
 地下核実験場の真上に建つ家
 風車に囲まれた家(少なからず健康被害が・・・)
 某国のスパイ(諜報員)がうろちょろしている町
 
 髪の毛が逆立つほど静電気が充満している家
 教えてもいないのに生まれつきスワヒリ語を話す九官鳥
 風が吹くだけで倒れる家
 地震多発地帯に建つ総ブロック造りの家
 5回も当たってしまった裁判員
 
 いくら歌っても0点しか出ないカラオケマシン
 いない人まで写ってしまう心霊プリクラマシン
 地震が来るたび豪快に崩れるピラミッド
 鍵穴が前方後円墳でできている地球
 イグアスの滝で水修行

 硫酸の露天風呂
 地上50mからスカイダイビング
 42.195kmハードル競技
 三原山の噴火口にあるヘリポート
 馬とウマが合う人の上手すぎる話にうまかったと乗せられた話

 死んでも死にきれない人
 30年間潜りっぱなしの原子力潜水艦(浦島太郎状態)
 8割の村人が村八分にされている村
 死亡率が最も高いのが殺人という国
 嘘の表示しかしない嘘発見器
 
 酔っぱらいのアルコールチェッカー
 中国産痩せる石鹸は使うたびに石鹸が痩せるの意味だった(中国人は騙していない)
 オカマの忍者(くノ一とは呼べない・・・)
 強盗防止のために偽札しか扱っていない銀行
 ぐうたらで怠け者のアイドル歌手(idleってことなんだけど・・・わかります?)
 
 ハリセンボンまたはウニで行うお手玉遊び
 おネエ系言葉で脅かしてくるヤクザ
 成功より失敗のほうが多い人体切断マジシャン
 手さばきが下手なカード&コイントリックマジシャン
 握力100以上ある超能力者によるスプーン曲げ

 二級建築士しか持っていないのに「自分は匠だ」と言い張る建築家
 24時間営業のセブンイレブン(いい加減名前変えたら?)
 野次を飛ばす相手チームファンを狙ってファールを打つプロ野球選手
 美人以外は乗車拒否するタクシードライバー 
 ひと場所で「待った」を10回以上する力士

 ひとシーズンで退場10回以上喰らうプロ野球の監督(元広島のブラウン?)
 幽霊と仲の良い友達
 パワーボートで三途の川を渡る船頭
 床下から人骨が次々発見されるアパート(昔墓地?それとも前に住人の仕業?) 
 テレビの街角インタビューに引っかかった不倫カップル

 日本国民全員にGPSを持たせることを義務付けする政府
 透明人間になれる薬を開発して自動車にひき逃げされた発明家
 タイムカプセルを埋めた場所を忘れた卒業生たち
 どこでもドアを開発し、ドアを開けた瞬間に人食いザメの餌食となった発明家 
 標高5000mにある家(毎日酸欠で高山病)

 血を吐くジェット型洗浄機
 ストーカー行為を繰り返す自動お掃除ロボット
 俺が死んだら生命保険の受取人は家内なのに家内が死んだら受取人が子供
 夜泣きを繰り返すテディベア
 お地蔵さんが運転している地蔵車

 感電死したヘビメタのギタリスト
 下駄占いをする気象予報士
 亡霊が運転する路線バス
 プロキシを知らないプロ棋士
 きゃりーぱみゅぱみゅが言えないアナウンサー  

 落雷に遭ったカーネルサンダース人形
 自分ですべて金を出すグルメリポーター
 本当に行水をするカラス
 黒猫に取り囲まれた家
 気分次第で居座る台風

 転送すると中から人が出てくるFAX
 寝てる間に針の筵に変わる敷布団
 相手によって声が変わる受話器
 加齢臭のする香水
 天声人語を否定する神様

 暴走するメトロノーム
 頑なな風見鶏
 NではなくSM好きな磁石
 開くと痛いと言うコンパス

 目を回す方位磁石
 正体がバレバレなすっぴんピエロ
 作り話が得意な新聞記者
 太りすぎて脱げなくなった着ぐるみ
 調理師免許を持っていないふぐ料理屋

 用を足した後で紙がないと気づいた瞬間
 用を足した後で水が流れないことに気づいた瞬間
 悩み多き心理カウンセラー
 空想ベタなSF作家
 犯人がわからなくなり謎が解けなくなった推理小説家

 オオカミ少年のニュースキャスター

  
 

 記事作成:5月1日(水)~

 

2013年5月17日 (金)

私のイメージする3人衆

 有難いことに、5月2日付の当ブログ記事で掲載した「私がイメージする3人娘」にアクセスが殺到し、大変な反響を頂いた。前回は女子限定で公開したが、もしかしたら、男子編も作成可能ではないかと素朴な疑問を抱いた小生が、無い知恵を絞って続編らしき記事をしたためてみた。一部に女性も混じっているが、まぁかなりひとりよがりで、主観的すぎるが、懲りずにご覧いただければ幸いだ。本日は解説抜きで、名前だけ列挙していきたい。それでは早速どうぞ!

 1 時代を彩ったアイドルグループ

 光GENJI・SMAP・嵐

 2 90年代の個性派バンド

 柳ジョージ&レイニーウッド・THE虎舞竜・J-WALK

 3 コミック系バンド

 米米クラブ・BBクィーンズ・アラジン

 4 硬派系バンド

 キャロル・クールス・ダウンタウンブギウギバンド

 5 一発屋ユニット

 ヴィーナス・クリスタルキング・トムキャット

 6 シンセ系ユニット

 YMO・TMネットワーク・C-C-B

 7 70年代系大御所バンド①

 アリス・オフコース・サザンオールスターズ

  8 70年代系大御所バンド②

 ゴダイゴ・ツイスト・甲斐バンド

 9 フォーク系ソロシンガー

 松山千春・さだまさし・南こうせつ

10 3人組フォークユニット

 かぐや姫・ガロ・海援隊

11 大御所シンガー

 浜田省吾・佐野元春・山下達郎

12 80年代ソロシンガー

 織田哲郎・三好鉄生・小野正利

13 特徴ボイスシンガー

 もんたよしのり・徳永英明・久保田利伸

14 今は亡きミュージシャン①

 尾崎豊・河島英五・村下孝蔵

15 今は亡きミュージシャン②

 桑名正博・柳ジョージ・大塚博堂

16 70年代の大物アーティスト

 因幡晃・吉田拓郎・井上陽水 

17 80年代2人組デュオ

 チャゲ&飛鳥・雅夢・H2O

18 トレンディー系シンガー

 稲垣潤一・中西圭三・山本達彦

19 ハートフルボイスシンガー

 来生たかお・南佳孝・大滝詠一

20 ハードロック系バンド

 X-JAPAN・GLAY・LUNA SEA

21 70年代ニューミュージック系ソロシンガー

 永井龍雲・原田真二・長渕剛

22 ポプコン系シンガー

 円広志・五十嵐浩晃・伊藤敏博

23 プロデューサー系シンガー

 小室哲哉・奥田民生・つんく

24 異色バンド系

 RCサクセション・筋肉少女帯・聖飢魔II

25 番組から誕生したユニット①

 ポケットビスケッツ・ブラックビスケッツ・羞恥心

26 番組から誕生したユニット②

 イモ欽トリオ・寄せ鍋トリオ・わらべ

27 当時は斬新だったシンガー

 Char・SHOGUN・ユニコーン

28 ハーモニー系ユニット

 ゆず・コブクロ・あみん

29 ラップ系ユニット

 ケツメイシ・湘南乃風・m.c.A.T

30 覆面バンド系

 GReeeeN・ZARD・Sister M

31 ヴィジュアル系人気バンド

 一風堂・SHAZNA・黒夢

32 80年代聴かせる系ソロシンガー

 ばんばひろふみ・さとう宗幸・堀江淳

33 80~90年代硬派系

 一世風靡セピア・横浜銀蝿・聖飢魔II

34 軽快ポップスバンド

 C-C-B・1986オメガトライブ・ポルノグラフィティー

35 奇妙な名前のシンガー

 T.M.Revolution(西川貴教)・つんく(シャ乱Q)・きゃりーぱみゅぱみゅ

36 伝説のロックバンド①

 BOOWY・ザ・ブルーハーツ・バービーボーイズ

37 伝説のロックバンド②

 T-BOLAN・WANDS・COMPLEX

38 実力派系バンド(80年代)

 ハウンドドッグ・TUBE・安全地帯

39 ピアニスト系シンガー

 崎谷健次郎・K・槇原敬之

40 韓国人グループ

 超新星・BIG BANG・東方神起

41 外タレ(80年代)①

 デーブスペクター・ケントデリカット・チャックウィルソン

42 外タレ(80年代)②

 オスマンサンコン・ケントギルバート・ピーターフランクル

43 外タレ(90年代)

 セインカミュ・ジローラモ・ジェロ

44 外タレ

 ダニエルカール・ケントフリック・セロ

45 コミック系シンガー

 嘉門達夫、バラクーダー、ビジーフォー

46 お笑いトリオ

 レッツゴー三匹、コント赤信号、ロバート

47 好きなお笑いコンビ

 アンジャッシュ、アンタッチャブル、サンドウィッチマン

48 B型モノマネ芸人

 栗田貫一、コロッケ、青木隆治

49 番組司会A型三人衆①

 萩本欽一、みのもんた、関口宏

50 番組司会者A型三人衆②

 久米宏、愛川欽也、森本毅郎

51 番組司会B型三人衆①

 辛坊治郎、宮根誠司、田原総一朗

52 番組司会B型三人衆②

 徳光和夫、小倉智昭、三宅裕司

53 番組司会大御所三人衆

 明石家さんま、ビートたけし、タモリ

54 人気男性局アナ三人衆

 軽部真一、安住紳一郎、中村光宏

55 イケメン局アナ

 桝太一、山本匠晃、富川悠太

56 グルメリポーター三人衆

 石塚英彦、彦摩呂、阿藤海 

57 イケメンプロ野球選手

 中島裕之、片岡易之、川崎宗則

58 女性が好きな男の顔O型三人衆①

 向井理、木村拓哉、福山雅治

59 女性が好きな男の顔O型三人衆②

 小栗旬、玉山鉄二、妻夫木聡

60 女性が好きな男の顔O型三人衆③

 錦戸亮、オダギリジョー、上地雄輔

61 女性が好きな男の顔B型三人衆

 岡田准一、亀梨和也、玉森裕太

62 女性が好きな男の顔AB型三人衆

 三浦春馬、岡田将生、藤ヶ谷太輔

63 40歳以上イケメン

 堤真一、稲葉浩志、豊川悦司

64 女性が好きな男の顔A型三人衆

 市原隼人、櫻井翔、山下智久

65 A-B型のお笑いコンビ3組

 オール巨人阪神・ダウンタウン、ナインティナイン

66 B-B型のお笑いコンビ3組

 アンタッチャブル、インパルス、フットボールアワー

 このリストは、あくまで私個人の見解や私見であり、世間一般の動向を示すものではないことを再度お断りしておきます。なんでも十把一絡げにすれば良いというものではないが、似たようなコンセプトのユニットや音楽の方向性はあるように思える。70年代はGSブームとカレッジフォーク、ニューミュージックブームに沸き、80年代はアイドルブーム、90年代はインディーズから有名になったバンドブーム、2000年代はダンスユニット、2010年代は多人数アイドルブームというように、各世代や時代ごとに音楽の傾向や趣が異なっているのは実に興味深い。親の影響も少なからずあるだろう。

 さて、21世紀の今、今後はどのようなミュージックシーンが展開し、またその媒体はどのように変化していくのか大いに楽しみだ。

 関連ブログ  「私のイメージする3人娘」はコチラ

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-c1d4.html

 記事作成:5月2日(木)

 

2013年5月14日 (火)

会津武士道を貫いた女性たち

 今年のGWに異変が起きた。昨年までは東日本大震災による「福島第一原子力発電所事故」の放射線被害の余波で、ここ福島県は観光客が激減し、何かと暗いニュースに打ちのめされていた。しかし、震災から2年を経た今年、異変が起きている。それは、幕末の戦乱に見舞われた血生臭い時代にあって、「ならぬものはならぬものです」という会津武士道を貫き、懸命に生き抜いた女性たちがいたことは既に知っているでしょうが、今年のNHK大河ドラマで砲術家の会津藩士の娘「山本八重子(後の新島八重)」の生涯を描いた「八重の桜」が放送されて以降、その影響で観光客が花見を兼ねてわんさか繰り出したからである。もともと大内宿や塔のへつり、七日町通り、飯盛山、鶴ヶ城と観光には事欠かない、「誘客資源」が山ほどあった会津だが、折からの「八重ブーム」に肖って今年は大変な人出を記録した。
 実は今回と同じ状況が昭和末期にもあったのをご存知だろうか。それは日本テレビ系で毎年放送していた年末大型時代劇で、1986年に「白虎隊」が取り上げられ、2日間、延べ6時間番組として放送にされたことによるものだった。今回の大河ドラマでは、幕末期の会津戊辰戦争で男勝りの活躍をし、「ハンサムウーマン」とか「和製ジャンヌダルク」という言葉だけが独り歩きし、そうした名で呼ばれた女傑「山本(新島)八重子」にばかり注目が集まっているが、その時代を懸命に生き抜いた女性にスポットを当ててみたい。

 中野竹子

 会津藩江戸詰勘定役・中野平内の長女として江戸で生まれた。聡明で学問に長じ、また薙刀術の名手であった。戊辰戦争が始まると会津若松城下に戻り、学問や薙刀を教える。新政府軍が城下に侵攻した際、母・こう子らと共に娘子軍を結成し奮戦したが被弾。首級を敵に与えることを潔しとせず、母の介錯により果てた。首級は農兵の手により法界寺に埋葬された。享年18。
 辞世の句は「武士の猛きこころにくらふれは 数にも入らぬ我が身なからも」。

 涙なくして見られない、壮絶な最期を遂げる殉死のシーンはコチラ

 中野竹子の生涯を綴ったブログはコチラ

http://www.page.sannet.ne.jp/ytsubu/takeko.htm

 NHK大河ドラマ「八重の桜」では黒木メイサが演じている。NTV年末大型時代劇では岩崎良美が演じた。

 西郷千恵子

 会津藩氏・飯沼粂之進の二女として生まれる。会津藩国家老の西郷頼母のもとに嫁ぎ、一男五女をもうける。
 1868年(慶応4年)、戊辰戦争の10月8日(旧暦の8月23日)に薩長を中心とする西軍が若松城下に進軍し、城郭に迫ると、長男の吉十郎のみを城中に送り、その後、家族や家僕を邸宅に集め、国難に殉ずる大義を説き、娘、義妹ら西郷一族21名がことごとく自刃して果てた。夫を立て、会津武士道の流儀に則り、敵に辱めを受ける前に自らが覚悟の上の集団自決であった。

 西郷千恵子の辞世の句

 「なよたけの 風にまかする身ながらも たわまぬふしはありとこそ聞け」

 

西郷一族集団自決は13分28秒から17分58秒まで

 新島八重(山本八重子)

 江戸時代末期(幕末)から昭和初期の日本女性。同志社創立者の新島襄の妻として知られる。旧姓は山本。会津藩の砲術師範であった山本権八・さく夫妻の子として誕生。会津戦争時には断髪・男装し家芸であった砲術を以て奉仕し、若松城籠城戦で自らもスペンサー銃と刀を持って奮戦した。会津戦争が始まる前、但馬出石藩出身で藩校日新館の教授をつとめていた川崎尚之助と結婚し、会津若松城籠城戦を一緒に戦ったが、敗戦後に捕虜となった夫と離ればなれとなり、以降二度と再会しなかったと思われる。戦後、新島襄と出会い、結婚した。

 山本八重が落城の際に壁に刻んだ句である。

 「あすの夜は いづくの誰か眺むらむ なれしお城に残す月影」

 「白虎隊」では、今は亡き元キャンディーズの田中好子さんが演じ、まるで水戸黄門の由美かおるのようなスタイルで、夜襲をかけて敵を倒すなど、その迫真の演技が好評を得た。

 「新嶋八重の墓」の映像はコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=XlVWyU9TG0w

 「八重の桜」オープニング映像はコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=tIxFTmhaKW0

 賊軍の汚名を着せられ、負けるはずのない戦に敗れ、戦場に散った会津の英傑たち。彼らの魂を想うと、心が痛み、涙なくしては語れない。会津の精神である保科正之公が定めた会津藩の家訓15か条を貫き、愛する故郷のために最後まで戦い抜き、壮絶な最期を遂げていった。私自身も祖父母は会津の生まれ。私にも脈々と会津武士道の血が受け継がれている。これを読んだ方々が、どういう気持ちで会津を思うかしれないが、飯盛山や鶴ヶ城を訪れる際は、歴史認識を新たにし、霊験あらたかな気持ちで足を運んでほしい。ただ単に一時のブームに乗っかって、物見遊山の観光気分ではなく、会津武士道を学び、英霊たちを敬い、心からの哀悼の意を捧げてほしいと思う。

一、大君の儀、一心大切に忠勤に励み、他国の例をもって自ら処るべからず。
  若し二心を懐かば、すなわち、我が子孫にあらず 面々決して従うべからず。

一、武備はおこたるべからず。士を選ぶを本とすべし 上下の分を乱るべからず

一、兄をうやまい、弟を愛すべし

一、婦人女子の言 一切聞くべからず

一、主をおもんじ、法を畏るべし

一、家中は風儀をはげむべし

一、賄(まかない)をおこない 媚(こび)を もとむべからず

一、面々 依怙贔屓(えこひいいき)すべからず

一、士をえらぶには便辟便侫(こびへつらって人の機嫌をとるもの
  口先がうまくて誠意が
ない)の者をとるべからず

一、賞罰は 家老のほか これに参加すべからず
  もし位を出ずる者あらば これを厳格にすべし。

一、近侍の もの をして 人の善悪を 告げしむ べからず。

一、政事は利害を持って道理をまぐるべからず。
  評議は私意をはさみ人言を拒ぐべらず。
  思うところを蔵せずもってこれを争うそうべし 
  はなはだ相争うといえども我意をかいすべからず

一、法を犯すものは ゆるす べからず

一、社倉は民のためにこれをおく永利のためのものなり 
  歳餓えればすなわち発出してこれを救うべしこれを他用すべからず

一、若し志をうしない 
  遊楽をこのみ 馳奢をいたし 土民をしてその所を失わしめば
  すなわち何の面目あって封印を戴き土地を領せんや必ず上表蟄居すべし

  右15件の旨 堅くこれを相守り以往もって同職の者に申し伝うべきものなり
  寛文8年戊申4月11日

               「会津若松市観光公社」HPより抜粋させていただきました。

 記事作成:5月4日(土)

2013年5月10日 (金)

AIR SUPPLYに魅せられた頃

 私が高校生時分に洋楽にハマリ、どっぷり浸かったことは当ブログで何度も記事にしてきた。1980年代初頭は、自分にとって人生の過渡期にあたるような重要な時間を過ごした。そんな時節に、多大な影響を与えてくれたユニットがいた。それはタイトルに示した通り「AIR SUPPLY」である。TOTOやCHICAGO、EAGLESも好きだったが、彼らに敵うものはないほど魅せられ、夢中になって聴き漁ったものだ。そして彼らの奏でる楽曲から、私は英語を習得したといっても過言ではない。私の英語好きは今を遡ること中学時代のBCLを趣味とし、「Voice of America」などの海外の短波放送を聴いたことによるところが大きいが、高校時代は紛れもなく彼らに洗脳されたと言って良い。そこで、今日は、昔を懐かしみ、今の若い世代には知らない人が多いと思い、改めて彼らの秀逸した楽曲の数々に触れて欲しいと思い、このテーマを設定した次第だ。では早速、彼らの曲で私がお気に入りの順にランキング形式で紹介したい。

 エア・サプライ(Air Supply)はオーストラリア メルボルン出身のバンド。非常に伸びの あるハイトーンボイスとドラマチックなバラードで1980年代に数々のヒットを放つ。 オーストラリアでいくつかのヒットを出した後、世界進出する。1980年に「ロスト・イン・ラブ 」が大ヒット。その後も「シーサイド・ラブ」(原題:The One That You Love)、「さよならロンリー・ラブ」(原題:Even the Nights Are Better)、「渚の誓い」(原題:Making Love Out of Nothing at All)といったヒット曲を連発した。日本でも当時流行したAORブームの波に乗り、さわやかでロマンチックな夏の海の代名詞的なイメージで非常に高い人気を博した。

 第1位 Without you

 第2位  Lost in Love

http://www.youtube.com/watch?v=MNqji6FjekQ

 第3位 Even the Nights Are Better

http://www.youtube.com/watch?v=NY86Y-Ejj6E

 第4位 Here I am

 第5位 Making Love Out of Nothing At All

 第6位 The One That You Love

http://www.youtube.com/watch?v=nY31ZH6hAFI

 第7位 All Out of Love

http://www.youtube.com/watch?v=JWdZEumNRmI

  第8位  I Can't Wait Forever

http://www.youtube.com/watch?v=QiGFVxHLEnM

 第9位  Goodbye

http://www.youtube.com/watch?v=J6qxMP3deU8

第10位 The Power of Love

http://www.youtube.com/watch?v=me_BhryXKZ8

 THE BEST OF AIR SUPPLY

 1980年代、私にとって最も輝いていた時代に影響を与えてくれた彼ら。彼らがいてくれたおかげで、充実した高校生活を送れたと言っても過言ではない。彼らの曲を通して英語を学び、洋楽の素晴らしさを知った。当時はレコードを近くのレンタル屋で借りて、ステレオセットで針がすり減るまで繰り返し聴いていた。心まで豊かになるような、そんな古き佳き時代だった。今聴き返しても決して色褪せることはない名曲として、私の記憶の中に刻み込まれている。

 記事作成:4月26日(金)

2013年5月 3日 (金)

不思議キャラタレント列伝

 以前、当ブログで「異色のおじさん芸能人」というテーマの記事を書いたことがあった。本日はその女性編。この場合、異色とか変人という言葉は使いづらいので、「不思議ちゃん」とか「天然」とか「おっとり」という言葉を用いたい。最近流行りの「不思議ちゃん」とは - 思想や言動が理解し難い人のこと。奇妙な人のこと。他人から見 て、何らかの「不思議」を持つ人のこと。 何を考えているか良く分からない人、常識に とらわれない言動をとる人、挙動不審な人などを指す言葉だ。かつては新人類や宇宙人と呼ばれた時代もあった。過去、長らく芸能界を見てきた私にとって、風変わりな存在として登場してきた方々は大勢いた。それが芸人なら売れるために意図的にキャラを作ったりはするが、女優やタレントでもそういう類の方々は世代を越えて数多くいた。今日は、そういう方々をピックアップして記事にまとめてみたい。なおその人の天然ぶりがわかる動画もリンクしてみました。

 斎藤ゆう子

 1982年に『笑ってる場合ですよ!』の『お笑い君こそスターだ』でグランプリを獲得し、「斉藤ゆう子」の芸名にて吉本興業所属のお笑いタレントとしてデビュー。縁の厚い伊達眼鏡をトレードマークに知名度を得た。お笑いタレントとして活躍していたが(「今日は飛びませんね」という台詞の、セブンイレブンのCMなどが有名)、一旦引退後声優として復帰。

http://www.youtube.com/watch?v=aspRjrv2SB8

 浅田美代子

 元祖おバカ系アイドル。ホームドラマ「時間ですよ!」で華々しくデビュー。「赤い風船」でレコード歌手としても人気が高かった。歌は外しまくるほど音痴だったが、発想がユニークで、おっとり系のあどけない外見とは裏腹で、性格は雲を掴むようなつかみどころのないフワフワ感が漂っていた。吉田拓郎と結婚したが離婚した。今でも「さんまのからくりテレビ」でずっこけた解答を連発している。

http://www.youtube.com/watch?v=whVGapuFdF4

http://www.youtube.com/watch?v=FOsHMDo1LG4

 戸川 純

 1982年にTOTOのウォシュレットのCMキャラクターに起用され、話題を呼び、注目を集めた。ボーカリストとしては、1982年6月に、細野晴臣プロデュースで「ゲルニカ」の『改造への躍動』でアルバム・デビュー。1983年5月にはバンド「戸川純とヤプーズ」名義でライブ・デビュー。ボーカルを担当し、そのサイケな世界観と圧倒的なライブパフォーマンスで話題になる。1984年にアルバム『玉姫様』でソロ・デビュー。独特な感性を活かし、以降は作詞も行う。その後も、アンダーグラウンドシーンの歌姫として、長きに渡り様々なバンドでボーカルを務める。代表曲は『玉姫様』、『レーダーマン』など。『星の流れに』、『東京の花売娘』といった往年の流行歌を歌うこともあった。
 話し方に独特の間があるため、歌番組などのトークではその場が水を打ったような静けさになることがある。しかし、1人でしゃべるときはこの間があまり出ない。人に合わせるのが苦手て、自分のペースで行動したい。
 1995年11月、ライブビデオの編集(無断発売)を巡って所属事務所と対立。このトラブルを苦に、自宅マンションにて首を剃刀で切り自殺を図る。その時に流れ出た血液で部屋の壁に「皆憎」という文字を書いていたことが当時のマスコミに取り上げられて話題を呼んだ。幸い頸動脈に達していなかったことから一命を取り留めたが、その7年後に実妹の京子が自殺した。

  •  「不思議少女」キャラであるため、周囲にその種の女性が寄って来ることが多かったが、本人はその種の人物が近寄ってくることを嫌悪していた。
  • http://www.youtube.com/watch?v=DckBi7QXwqI
    http://www.youtube.com/watch?v=3XQrvM-ha7Q
  •  林家パー子

     夫の林家ペーと同じく、派手なピンク一色の出で立ちでカメラを携えて登場し、甲高い声と大騒ぎキャラで脚光を浴びる。しかし意外と芸歴は古い。
     1968年、初代林家三平に入門する。入門するとすぐに、女性落語家、美人落語家として一躍脚光を浴びる。素人っぽい簡単な小咄し程度の喋りしか出来なかったが、パーッと明るい大らかな笑顔と可愛さから、『パー子のエプロン寄席』の進行役などレギュラー番組を持ち、活躍。アイドルなみの人気があった。 また、芸名パー子も周囲をパーッと明るくする性格から来ている。林家ペーと結婚してからはペアでの出演が多い。
     タレントになる前は歌手を目指し、作曲家の石坂まさをに弟子入りしていた。藤圭子は妹弟子というエピソードが過去に『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でも紹介された。番組によればミス赤羽小町であったと云う。「ヤーダ」といいながら発する甲高い笑い声が特徴で、共演者からは「鳥がいる」と揶揄されている。また、あの声を出しすぎたせいで耳が悪くなった。夫である林家ペーには「パーコナーになってくれないか!」と告白され結婚した。子供はいない。夫のペーもB型だが、イチローの大ファン。

    http://www.youtube.com/watch?v=zI6X1WAff6U

     野沢直子

     東京農業大学第一高等学校在学時に、所ジョージが司会を担当していた素人参加番組『ドバドバ大爆弾』(テレビ東京)に出演。その様子が、大御所お笑いタレントの目に止まり、スカウトされ、1983年に芸能界デビュー。日本テレビ系の人気クイズ番組だった『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』に約2年半2枠レギュラー解答者として出演。その素っ頓狂な言動と破天荒な解答で、周囲を笑いの渦に引きずり込んだ。特に司会を務めた逸見政孝は当時フジテレビアナウンサーからフリー司会者に転身したばかりで、珍解答続出の野沢の言動に振り回されっぱなしであった。
     2012年現在は1男2女の母親である傍ら、アメリカ在住でも吉本から給料は出ているらしく(真偽は定かではないが、本人談として日本で仕事をした場合を除き、月15万程度と話している)、年1度程(主に子供が夏休みに入る夏に)帰ってきてはいろんな番組に出演して帰っていく。夫のボブと一緒にバンドとして出演した事もあったが、演奏はガレージ・サウンドを地でいく破天荒さだった。

    http://www.youtube.com/watch?v=KO37uIfCXWI

     大屋政子

     元帝人社長大屋晋三の妻。実父は元衆議院議員の森田政義。「ウチのとうちゃん死んでもうた」でブレイクした厚化粧と超ミニスカートを履いたセレブのオバチャン芸人だった。高い声と年齢に合わないピンク色を基調とした派手な衣装を好み、高齢になってもなおミニスカートを愛用する等、日本国内では『色物タレント』として認知される傾向が強いが、フランスのフランソワ・ミッテラン大統領と電話したり、元日の『平成あっぱれテレビ』に出演した際に宮澤喜一のことを「喜一ちゃん」と呼んで電話を掛けたり出来る(ただしその時は宮澤は不在で繋がらなかった)ほどで、海外では有名な『セレブ』であった。しかし、高い声や派手な衣装は女性単身でビジネスを行うにあたり、社会に埋没しないため意識的に行ったものであり、地声はテレビで聞く声よりも低かったという。 ロッド・スチュワートを敬愛し、大阪公演の際には、フェスティバルホール内にロッド・スチュワート鑑賞のための特別控え室まで用意したほど。ロッド・スチュワートの楽屋よりも広かった。1999年1月没。

    http://www.youtube.com/watch?v=qLYgti58rB0

     相田翔子

     ご存知1980年代後半から1990年代初頭にかけて、ミュージックシーンを席巻したWINKのひとり。1988年4月、高校卒業後に鈴木早智子とWinkを結成し、ドラマ『熱っぽいの!』 主題歌「Sugar Baby Love」で歌手デビューする。 同年11月、シングル3作目となるCX系ドラマ『追いかけたいの!』 の主題歌「愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜」でブレイクを果たす。以降、1990年3月にリリースされた「Sexy Music」まで5曲連続オリコンチャート1位を獲得し、この間人気は頂点に達し、トップアイドルの仲間入りを果たす。 Wink時代、特に全盛期には無表情でほとんど笑わないアイドルとして知られる。このことに関して、本人は「当時は突然の人気に戸惑い、ずっと緊張が解けなくて笑うことができなかった」と回想している。その一方で、オルゴール人形のように無表情で独特な振り付けは、Winkのキャラクターとして暫く定着していく。 
     1998年11月、TBS系列の『世界ウルルン滞在記』に出演、旅先での思い切りのよいレポートは好感をもって迎えられ、1999年4月からは同番組の司会に起用される。また、2000年7月には『踊る!さんま御殿!!』にゲストとして出演し、天然ボケといわれる独特のキャラクターで注目されるようになる。
     彼女は一見すると正統派アイドルで、この手のテーマにはそぐわない印象だが、本当の彼女は一風変わっていて、彼女のしゃべりを聞けばわかるが、ピントがズレているが、独自の価値観を有し、真っ直ぐな印象。これは綾瀬はるかにも見られる傾向。

    「天然ぶりがわかるトーク」

    http://www.youtube.com/watch?v=8l7nUX9KqcQ

    http://www.youtube.com/watch?v=cVzCToQieLE

    http://www.youtube.com/watch?v=2CVLeFdrMsE

    http://www.youtube.com/watch?v=bbi6IuPbics&feature=endscreen&NR=1

     酒井法子

     1986年にアイドルとしてデビュー後、自らを「のりピー」と名乗り、同時に「ヤッピー」「いただきマンモス」「うれピー」といった、「のりピー語」も流行させ、独自路線を確立させた。デビュー当時のキャッチフレーズは、「おキャンなレディ」。1990年代以降には、アジア各地での人気も得るとともに、女優や歌手としても成功した。1998年に結婚し、一児をもうけたものの、2009年には夫と共に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた。事件後、夫とは離婚、同事件の公判においては芸能界から引退の意思を裁判官に明言し無期限休業状態であったが2012年11月に復帰した。

    http://www.youtube.com/watch?v=qkV5F0hqjmA

     小倉優子

     彼女は、アイドル時代に売名戦略として「不思議キャラ」や「天然キャラ」路線を貫き、「こりん星」から来たとかわけのわからない偶像を作り上げた。
     2001年、高校生の頃に芸能事務所アバンギャルドにスカウトされ、男性誌グラビアで芸能界デビュー。その後しばらく撮影会モデルなどの下積みをこなしながら、グラビアの仕事を続ける。2002年、日テレジェニック2002に選出される。この頃からロリータフェイスと「こりん星のりんごももか姫」という自己創作のお姫様キャラクター(後述)で徐々に注目を集めるようになり、発売アイテムが軒並み好セールスを記録。それと同時に関西地方のテレビやラジオなどの仕事が増え始める。また同年に白泉社の青年漫画雑誌『ヤングアニマル』の読者投票でミスヤングアニマルに選出されるなど、グラビアでも人気化した。ミスヤングアニマルには以降2005年まで4年連続で選出されている。
     2004年(平成16年)あたりから在京キー局のバラエティ番組への出演が多くなり、その特異なキャラクターが多くの視聴者へ知れ渡ることになる。2005年4月には『笑っていいとも!』の金曜日のレギュラーに抜擢されている。かつて小倉は自らのことを「こりん星( - せい)」という星からいちごの馬車でやってきた「りんごももか姫」だと事あるごとに発言していた。これは小倉のキャラクターを語る上で外せないフレーズで、彼女なりのユーモアの1つであり、トーク番組などで自ら笑いのネタに使うこともあった。

    http://www.youtube.com/watch?v=WPQK-Gn2YtY

    http://www.youtube.com/watch?v=lFJ7-2MoXBA

     重盛さと美

  •  2007年10月から日本テレビの情報、バラエティ番組『ラジかるッ』に曜日コーナー担当としてレギュラーとして出演。その後は『おもいッきりDON!』、『おもいッきりPON!』、『PON!』にも立て続けに出演。2012年3月29日放送分のコーナーの終わりで急遽卒業を言い渡され、大泣きしてしまった。だが、番組スタッフは重盛本人に番組ではなく曜日コーナー卒業、春からスタジオコメンテーター昇格を言い渡したかったらしいが、時間内におさまり切れず終了後に言い渡すこととなってしまった。
      2012年4月5日放送分から木曜日スタジオコメンテーターとしてレギュラー再出演となり、同年10月からは、島田秀平と二人で曜日コーナーを担当している。
     2008年頃には、『エンタの神様』に出演し、滑舌が悪くて言葉を言い間違えるネタを披露していた。言い間違いはネタとは限らず、エレベーターのことをエベレーターと言ったりする。
     2010年10月30日、オーディションを経て『めちゃ×2イケてるッ!』の新レギュラーに抜擢される。『めちゃイケ』では、濱口優(よゐこ)と並ぶ「バカ」のキャラクターという位置づけがなされた。
  • http://www.youtube.com/watch?v=y8PGwthQytA

    http://www.youtube.com/watch?v=L9iR3ZVOZys

    http://www.youtube.com/watch?v=vk7TgPZcdg0

     ローラ

     実父がバングラデシュ人で、実母が日本人とロシア人のクォーター。モデルとしては雑誌『ViVi』への露出が著名。各種テレビ番組などへのタレントとしての露出も活発で、会話の直後に舌を出したり頬を膨らませたり、敬語が苦手なことから誰相手にもいわゆるタメ口で接するキャラクターで知られている。年を通して多くのバラエティテレビ番組出演を重ね、それら各所で披露した“オッケー”というセリフが流行語として認知されるに至った。人は皆平等という発想の下、上下関係ないトークを炸裂する。世間ずれした考えと思ったことを自重せずにそのまま口にしてしまう天然ぶりは相当なものだ。芸能人でなければ総スカンを食いそうなキャラだ。

    http://www.youtube.com/watch?v=LqD8AEgDhY8

    http://www.youtube.com/watch?v=hkxYYoOLFPU

    http://www.youtube.com/watch?v=0J36RP1v5Tw

    http://www.youtube.com/watch?v=vfaTyeDCCwk

    http://www.youtube.com/watch?v=uUzopc6xym8

     綾瀬はるか

     2004年ごろまではグラビアアイドルの活動を主にしていた。写真集や週刊誌で肌を大胆に露出したり、『コスモエンジェル』などのローカル番組での体当たりのキャラクターが人気を博した。その後女優として評価されるにつれてグラビアの活動は減ったが、週刊誌などでセクシーな肢体を披露することもある。『世界の中心で、愛をさけぶ』では、白血病に冒されたヒロインを演じる為に、映画版で同役を演じた長澤まさみ同様、剃髪を行った。他にも作中の描写に合わせるために体重を増減させるなどの役作りをしていた。
     共演者、スタッフの証言やメイキング映像などからも分かるとおり、非常に真面目な性格で演技に対する真摯な態度は共演者、スタッフからも評価が高い。
     共演者からは天然ボケと評されることがあり、『ホタルノヒカリ』で共演した藤木直人は、彼女のことを「マイペースで天然。よくつまづいて転んでいたから」と評している。『島田検定』に出演した際は、珍回答を連発して司会の島田紳助から「君、本当にアホやろ」と言われたり、『SMAP×SMAP』では木村拓哉と中井貴一から、綾瀬がベンガルに「ハーフですか?」と尋ねたことや、「ジーコって芸名なんですか?」といった過去の発言を指摘された。また、『ハッピーフライト』の初日舞台挨拶で吹石一恵から「周りの人全員をツッコミにしてしまう(ボケ役の)キャラ」と言われるなど、同映画の共演者からも彼女の天然ぶりを言及されている。

    http://www.youtube.com/watch?v=paYsvNEX9S0

    http://www.youtube.com/watch?v=7H4V7xjDXWk

    http://www.youtube.com/watch?v=kAqc-Gs9hOg

     岡本夏生

     過激な衣裳やハイレグ&レオタードなどに身を包み、女を捨てているかのような激しい言動や行動で共演者を圧倒する存在。芸能界に生き残るためには捨て身で何でもするような印象を受ける。もともとは1980年代から90年代にかけてレースクイーンやモデルでデビューし、人気が高かった。40代後半になってもあのパワーはぜひ見習いたいものだ。最近は「サンジャポ」にも出てこなくなった。体調を壊しやすいようだ。

    http://www.youtube.com/watch?v=HQkENvMXejQ

    http://www.youtube.com/watch?v=e3csfMGFlhw

    http://www.youtube.com/watch?v=j6RNmniP0tc

     キンタロー。

     昨年からスギちゃんと並んで急激に「出演回数が増え、ブレイクしている。AKBの前田敦子のもの真似で脚光を浴び、バラエティには欠かせない存在になった。愛知県岡崎市出身。松竹芸能株式会社所属。キャッチフレーズは「良い子、強い子、可愛い子」。関西外大の短大を卒業し、今年で32歳になる苦労人。特徴ある顔立ちと小柄ながらモノマネをする時に、その人になりきる姿勢はプロ意識を感じる。パワーと元気の塊である。

    http://www.youtube.com/watch?v=o1C7WMVuOfc

    http://www.youtube.com/watch?v=CbuGCQWBZfQ

     以上、14名の「不思議ちゃん」を紹介したが、もうおわかりだろう。不思議ちゃんというイメージが定着している面々、あるいはそれを売りにしている芸能人は、全員が血液型が「B」という事実。B型の女性を悪く言うつもりは毛頭ないが、ここに挙げた有名人は、全員が派手系で、個性的な印象を醸すことに気づくはず。それが顔を売るための意図的な戦略で「作り」なのか、本当に地のままの天然なのかはわからないが、いずれも一種独特(ユニーク)で宇宙人的だ。B型は日本人の2割ちょっとしかいないのに、やたらと目立つ存在なのだ。理由は簡単。日本人の4割近くを占めるのがA型であり、この型は真面目で堅物そうなイメージで、なおかつ行動パターンが慎重で型にはまりやすいオーソドックス型であり、さらには右習え的で保守的な思考の持ち主がA型である。B型はA型とはまるっきり正反対の性格。お決まりごとや固定概念が大嫌い。あくまで自分スタイルをマイペースで貫く個性派ぞろい。人の真似事を嫌い、悪くすればあまのじゃくだが、独自の世界を確立したいのがB型の本質。野茂英雄やイチローなど誰にも真似できないフォームで自分をアピールしたり、きゃりーぱみゅぱみゅのように独自の世界観やファッションセンスで海外にも進出したり、矢沢永吉、長嶋茂雄、尾崎豊などのようにカリスマ的な、ある意味「神」的な存在になるのだ。だからB型は、A型中心の窮屈な日本社会では、物珍しさや一種独特で珍重されやすいので「不思議キャラ」と映りやすくなるのだ。そしてキャラだけでなく、風変わりな趣味や芸風を持ち、しゃべりも一風変わっている。男性は車やバイクにのめり込む傾向(いわゆるカーキチ)が強い。そして固定観念を打破することに人一倍情熱を燃やすため、昔なら大型二輪の限定解除に挑戦する人が圧倒的に多かった。
     一般社会では、「出る杭は打たれる」ではないが、そうしたはみ出したキャラは敬遠されることも多かったが、最近は教育も個性尊重とか個性重視の時代。特に、個性を売ってなんぼの芸能界においては、珍重されたり、持て囃される傾向にある。B型を高く評価するのは個性を尊重するO型である。また、A型も自分にないものをたくさん持っているB型を羨ましく思ったりする。つまり、当ブログで何度も書いていることだが、芸能界こそが、プレッシャーを感じず、物怖じしないB型が生きる最高の職場だと思っている。

      一方、B型以外で「不思議キャラ」として挙げられるのは、中村玉緒(O型)、桃井かおり(O型)、千秋(O型)、吉高由里子(O型)、矢野顕子(O型)、スザンヌ(O型)、嗣永桃子(O型)、天然キャラの大竹しのぶ(A型)、はいだしょうこ(A型)、芹那(A型)、おっとり系の山口もえ(AB型)、元気少女の篠原ともえ(AB型)くらいのものだ。しかし、やはり強烈な個性の持ち主のB型の比ではなく、「不思議キャラ」分野ではB型には到底及ばない。

     最後に「不思議キャラ」とか「不思議ちゃん」と呼ばれやすい典型例を挙げたい。

  • 自分のことを下の名前やあだ名で呼ぶ
  • 「妖精を見たことがある」と言う
  • 「小さいおじさんを見たことがある」と言う
  • 「宇宙から来た」と言う
  • 「○○(物)になりたい」と言う
  • 謎のあいづちを打つ
  • 人の話を聞かない(人の話を聞くのが苦手で上の空状態)
  • 偏食
  • 相対的に空・星・月を見ている時間が多い
    メルヘンチック(乙女チック)で空想大好き。現実との区別がつかない
    周囲の視線を気にせず、マイペースで独自路線を行く
    漫画が大好きで、妄想することが多い
    奇抜なファッションセンス
    空想や妄想が大好き
    原色が大好き
    人と同じことをやりたくない性格(独自路線)
    凝り性で人が持っていないものを集めたりする
    話が噛み合わない
    周囲から天然だと見られても、自分にはその自覚がない
    話題の中心に自分がいないと気がすまない
     
  •  もうおわかりだろう。「不思議キャラ」はB型女性の本質そのものである。
  •  記事作成:4月28日(日)

     

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