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2013年5月29日 (水)

消えゆく日本の佳き風習・伝統文化

 戦後67年が経過し、日本の伝統文化や風習が随分様変わりしたと感じているのは私だけではないだろう。私は高度経済成長後の昭和39年生まれだが、それでも子供の頃に習慣的に行っていた行事や風習なるものが減ってきている気がして、何か日本古来の文化が失われていることに危惧している。それはまず正月に垣間見れる。

 昭和40年(1965年)と震災前の平成22年(2010年)の45年の日本文化に関する統計の比較を見たい。データは一般家庭のものである。

                     昭和40年     平成22年

祝日に国旗を玄関に掲げる     71.7%     11.5%
門松を飾る               35.5%      5.6%
しめ縄を飾る              80.6%     52.5%
福笑いをする              31.1%      7.4%        
餅を食べる               86.5%     70.7%
おせち料理を食べる          78.3%     62.2%
双六をする               46.9%      8.6%                         
羽子板をする              38.8%     11.6%
独楽まわしをする            44.7%      7.1%
凧揚げをする              58.4%      8.0%
着物を着る               38.2%      9.7%         
鏡餅を飾る               69.3%     19.4%
お雑煮を作って食べる        77.5%      37.1%  
年越しそばを食べる          81.3%      57.7%
年賀状を出す              84.7%      62.9%
かるた(小倉百人一首)        48.7%       7.9%
かきぞめをする             50.9%           12.6%
初詣に行く                72.6%      54.1%  

 従来、正月に行っていた伝統文化や風習がかなり形骸化し、現代人は実施していないことが判明。これは子供の遊びが大幅に変化したことによる。テレビゲームやパソコン、ケータイなどがありふれた現代のちびっ子は、ビジュアルでの遊びが普及し、古来のペーパー上のステレオタイプな遊びには興味が沸かないだろう。インドアゲームばかりを取捨選択し、雪合戦や雪だるまを作る、羽子板や凧揚げ遊びなどは、私が住む田舎町でもとんと見かけなくなった。外で遊ばせると、風邪を引きやすいだの、インフルエンザに感染するといけないからと、親世代が子供を過保護に扱いすぎるのもその一因だろう。
 また、40代以下の核家族家庭では、「国旗」すら所有していないだろうと察しがつく。食生活もそうだが、日本人や日本文化の欧米化が進んでいることが判明。バレンタインやホワイトデー、ハロウィンの仮装、クリスマスなど欧米の行事が日本の若者を中心に席巻し、日本の古い伝統は切り捨てられていく一方だ。ここでも古き佳き日本の伝統が薄らいでいることが露骨にも顕著になった。

 次に正月ではないが、失われつつある日本文化や慣習について取り上げたい。

 墓参り

 私は春と秋のお彼岸に加え、お盆、家族の命日と法事には欠かさず墓参りに出向き、墓石を清め、お供え物をし、線香を手向け、ご先祖様のご冥福を祈る。こうした習慣が現代では希薄になってしまった。これではご先祖を敬う機会が無くなり、ますます上下関係を体験的に学ぶこともなくなろう。忌忌しき事態である。

 若者の車離れ

 私が20代の頃はバブル景気に沸き、それは豊かな時代だった。首都圏では電車や地下鉄が発達し、乗り物に不便は感じないが、地方では通勤やレジャーには必需品。汗水たらして働いて、貯めたお金でカッコイイスポーツカーに乗りたいと思ったものだ。セリカXXやプレリュード、シルビア、ソアラ、Be-1、RX-7、フェアレディーZ、スカイラインGT-R、ロードスター、ハイラックスサーフ、パジェロなどが流行った。小型でもフェスティバのキャンバストップなどが流行った。ところが今の若者は、無理して高い車を購入したいという意識が低い。身の丈にあった生活をしたいという堅実な生き方を選ぶ若者が多いようだ。「いつかはクラウン」という夢の時代はもう過去の遺物のようだ。

 選挙権を行使する 

 20代の平均値は32%、60代以上の77%とは半分以下の悲惨な状況。参政権を放棄し、政治に無関心で、政は政治家に一任してしまう傾向がありあり。暴言雑言の多い政治家任せではなく、自らの主張を堂々と行える若者層の政治参加を期待したい。

 一家団欒の時間

 1970年代にはよく見られたが、昔は「時間ですよ」「ありがとう」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」など、どこにでもある家庭のひとコマを描いたホームドラマが主流だった。今でも「渡る世間は鬼ばかり」はあるが、あのような家族の絆や結びつきが薄くなった気がする。昔ならおじいちゃんおばあちゃんと同居し、大家族が主流で、そこには様々な人間模様があった。しかし、今は鍵っ子や核家族が当たり前の世の中。逆に老夫婦の二人暮らしや一人暮らしの老人が多くなり、身寄りのないお年寄りが孤独死などというニュースも多くなった。私の幼少の頃は、7時頃には一家全員が揃って夕食の食卓を囲み、その日の出来事を報告したものだった。そしてナイターを見ながら親子で共通の話題を設けたり、お気に入りのチームに声援を送ったものだ。そして曜日ごとに一緒に見る番組は決まっていた。例えば月曜日は「クイズ100人に聞きました」、「水戸黄門」、火曜日は「ぴったしカンカン」と「連想ゲーム」、「プロポーズ大作戦」、木曜日は「木曜スペシャル」、「ザ・ベストテン」、土曜日は「クイズダービー」、「8時だよ全員集合」、「どてらい男」、日曜日は昼に「家族そろって歌合戦」、夜は「アップダウンクイズ」、「グランド劇場」、「花王名人劇場」といった具合だ。 

 「日本の生活や文化から姿を消しつつあるもの」

 蚊帳・・・真夏に屋根や壁の柱に吊るして蚊に刺されないようにした。

 ハエ取り紙・・・巻紙になっていて、伸ばして天井から吊るして使用。見栄えはよくない。
         正しい登録商標は「ハイトリ紙」という。

 ブタの蚊取り線香入れ・・・どこの家庭にもあった。

 打ち水・・・真夏の夕方に道路に水を撒き、気温を下げる効果があった。

 行水・・・気温の高い夏の昼下がりに、たらいに水を汲み、そこに入って涼をとった。

 寒風摩擦・・・タオルで背中をゴシゴシこすり、摩擦熱で体を温める行為

 小刀で鉛筆を削る行為・・・50代以上の方なら日常的に行ったはず

 文通・・・メールとネットの普及によって遠方の方と手紙のやりとりはなくなった。

 アマチュア無線・・・別名ハム。携帯の普及でアマチュア無線愛好家が激減。昔は自宅の庭に鉄塔を立て、大きなアンテナを立てた無線家が多かった。

 BCL(ベリカード)・・・海外の短波放送を受信し、報告書を書いて送ると貰えるカラフルデザインのカード。これを集めてコレクションする人が多かった。

 スキー・・・若い人はスノボが人気。スキーから始めるのは小学生くらいなもの。

 日記・・・ブログが主流。交換日記は過去の物になりつつある。逆に自分史を書く人が増加した。

 ポッタン便所・・・田舎に行くとまだあるが水洗が普及したため、あまりみかけなくなった。

 トレーナーのペアルック・・・1980年代に流行った若者文化。VANやポパイのロゴ入りのものが街を闊歩していた。

 テクノヘア・・・もみあげを斜めに刈り上げるショートヘアー。イギリスのパンクから日本にも取り入れられて流行った。

 レコード鑑賞・・・かつてはステレオコンポによるオーディオブームがあった。各装置ごとにメーカーを変え、クリアな自分好みのサウンドでレコードを聴いたものだ。趣味がレコード鑑賞ということが多かった。兄貴は凄かった。プレーヤーはテクニクスのターンテーブル式のプレーヤー、チューナーはトリオ(現・ケンウッド)、アンプはサンスイ、デッキはナカミチ、スピーカーはBOSEという装備だった。私はダイアトーンが好みだったが、このようにステレオにはうるさかった。CDが初めて出たときには確かデンオン製だったと思う。

 切手集め・・・かつては趣味の王者だった。切手シートや珍しい切手を集めてコレクションしていた人が多い。何を隠そう私もそのひとり。今は無き「第2うすい」で切手を購入したり、通販で「東京切手センター」にて世界中の珍しい切手を収集したものだ。

 丸い郵便ポスト・・・田舎や地方にはまだ存在するが、最近は四角で郵便受けが2つ空いたポストが街角の主流。よく見るとポストは赤色というイメージだが、最近は朱色とか、中にはオレンジっぽいものまであるように思う。これも時代の流れか・・・。

 空気椅子とうさぎ跳び

 私が中高の頃、部活での練習といえば、雨天時の屋内で行うトレーニングの代表格として、うさぎ跳びや空気椅子があった。これは予想外にきつく、膝がカクカクするほど苦しい練習だった。だから雨天時が恨めしかった。今は、膝を痛めたり、毛細血管断裂の懸念により、実施されなくなった。筋力トレーニングも今は、さまざまなマシンやウェイトトレーニングに変化したため、より効果的なトレーニングが日常化したためであろう。

 記事作成:平成24年11月~平成25年5月5日(日)

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コメント

「昭和40年(1965年)と震災前の平成22年(2010年)の45年の日本文化に関する統計」の内容、とても興味深く拝読し、数値の低さに腰を抜かしそうでした。

この元データがどこかにないかといろいろ検索したのですが、見つかりません。よろしければソースを教えていただけないでしょうか。

薄給ながら海外で日本語や日本文化を教える身、ぜひ詳しく知りたいものだと思いました。よろしくお願いします。

 ・・・・はじめまして。コメントありがとうございます。2年近く前に掲載した記事ですので、調べるまでお時間をいただければありがたく存じます。不覚にも出典を記載するのを忘れてしまい、私自身、どのサイトの資料を引用したか思い出せずに困っています。そのような事情ですので、もう一度確認をし、わかり次第、コメントのレスで回答させていただきたいと思います。(SUZU)

 ・・・すみません。いろいろ過去の文献を当たったのですが、ずいぶん前に掲載したため、どこから引用したのか判明できませんでした。申し訳ありません。(SUZU)

日本の伝統について調べていつ、偶然「第2うすい」と、発見! 私も昭和39年郡山生まれなものですから。
懐かしすぎるー

 こりんさん、こんにちは。同年代の方からのコメントで嬉しいです。では私の記事で「今は無き郡山の建物・店舗」はもっと懐かしいと思います。ぜひご覧ください。
 下をクリックしてみてください。
 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-9843.html

 もしかして同級生だったりして・・・。ちなみに私は市街地にある郡山第N中です。→バレバレですが・・・。(SUZU)

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