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2013年6月14日 (金)

戦後日本で起きた大惨事事故

 戦後に我が国で起きた事故について取り上げたい。私がこの世に生を受けて半世紀近く経つが、それだけでも毎年のようにマスコミを賑わす大きな事件や事故が相次いで発生している。もちろん人災と思しきものや自然災害も含まれているが、一度の事故で大勢の人命が奪われるような事故はあってはならない。本来、こういった類のテーマはデリケートな部分であり、被害者遺族の感情を考えると、総合的に推し量るのが得策だが、実際にこうした悲惨な事故が後を絶たない現状を憂い、その再発防止と今後の教訓や戒めとするために敢えてお送りすることを予めお断りしたい。なお、今回掲載するのは、戦後の100名以上の人命が失われてたケースという限定でお伝えしたい。なお、ご遺族の方の心情を最大限考慮し、映像の埋込み処理は自粛し、アドレスだけの紹介にとどめたいと思う。

 ~航空機・船舶・鉄道事故~

 桜木町事故

 1951年(昭和26年)4月24日13時45分頃、神奈川県横浜市の日本国有鉄道(国鉄)東海道本線支線(京浜東北線、現在は根岸線の一部)桜木町駅構内で発生した列車火災事故である。ドアが開かなかったため脱出できず、多くの死傷者を出した。犯罪的所業によるものではないが、桜木町事件と呼ばれることもある。この事故後、自動扉つきの客車内には乗降扉非常圧搾空気開放弁(非常ドアコック)の設置と表示が義務化され、緊急時にドアを乗客が手動で開けられるよう法律が改正された。死者は106人に上った。

http://www.youtube.com/watch?v=vhSqaNHSIrQ
http://www.youtube.com/watch?v=NfziGZsaW-s
http://www.youtube.com/watch?v=ClWXxoJczd4
http://www.youtube.com/watch?v=8y0SqHR9lKk

 洞爺丸事故

 1954年(昭和29年)9月26日に青函航路で台風第15号により起こった、国鉄の青函連絡船洞爺丸が沈没した海難事故である。修学旅行中の中学生を含む、死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ、日本海難史上最大の惨事となった。

http://www.youtube.com/watch?v=Md6OmZr5w8M
 

 紫雲丸事故

 日本国有鉄道(国鉄)の宇高連絡船「紫雲丸」が1947年(昭和22年)6月9日の就航から、わずか9年間に5度にわたって起こした事故の総称である。なお、そのうち2件は死亡者を発生させた。また、その中でも最大の被害を出した1955年(昭和30年)5月11日の5回目の事故を指す場合が多い。1955年(昭和30年)5月11日午前6時56分、上り第8便で運航中、同じ宇高連絡船・下り153便大型貨車運航船「第三宇高丸」と衝突して沈没。最大の被害を出した事故であり、国鉄戦後五大事故の1つでもある。「紫雲丸事故」といった場合はこの事故を指すことが多い。修学旅行中の広島県豊田郡木江町立南小学校(現・豊田郡大崎上島町立木江小学校)の児童などを中心に死者168名を出した。

 第五北川丸沈没事故

 1957年4月12日は穏やかな天気であり、「西の日光」といわれる生口島(当時:広島県豊田郡瀬戸田町、現在:広島県尾道市瀬戸田町)・耕三寺には大勢の団体参拝客や花見客が訪れていた。午後0時半に瀬戸田港から尾道港への帰途についた芸備商船の定期客船であった第5北川丸(総トン数39t、旅客定員77名、船員7名、合計定員84名)が出航した。この客船は、定員が84名であったにもかかわらず、235名(うち子供12名)という旅客定員の3倍超の乗客と乗員4名を乗せていた。しかも同船は建造から33年(1924年建造)経過した老朽木造船であり、乗員5名のうちひとりを別の用事のために下船させたため、船長自らが切符整理を行い、舵を当時16歳の甲板員見習(事故により死亡)に任せていた。生口島瀬戸田港から尾道港に向け出航しておよそ10分後、佐木島西方にある寅丸礁(事故後、灯台が設置された)と呼ばれている暗礁に座礁・転覆し、あっというまに沈没してしまった。付近を航行していた運搬船や漁船がただちに救助に当たったが、船内に閉じ込められるなどして死者・行方不明113名、負傷者49名を出す惨事になった。

 南海丸遭難事故

  •  1958年1月26日の17時ごろ、徳島地方気象台は強風注意報を出したが、紀阿連絡航路の南海汽船(後の南海フェリー)所属の旅客船「南海丸」は、17時30分頃に和歌山市に向け徳島県小松島市(現在の徳島小松島港)から出航した。
  • 同日18時28分ごろに無線電話で危険を知らせる連絡を最期に消息を絶った。当時、南海丸がいた紀伊水道の沼島付近は平均風速17ないし20メートル、平均波高4ないし5メートルの悪天候であったものと推定されたため、直ちに僚船や海上保安庁の巡視船らによる救助体制がとられた。
  •  翌々日の28日16時ごろに紀伊水道沼島の南西2.4海里の水深約40メートルに沈没している船体が発見された。その後船体は引き上げられたが、旅客139名乗組員28名の167人全員が死亡もしくは行方不明となる大惨事になった。

     三河島事故

     1962年(昭和37年)5月3日21時37分頃、東京都荒川区の日本国有鉄道(国鉄)常磐線三河島駅構内で発生した列車脱線多重衝突事故である。「国鉄戦後五大事故」の一つ。

     常磐線三河島駅構内で、貨物線から進行方向右側の下り本線に進入しようとした田端操車場発水戸行の下り第287貨物列車(D51 364牽引、45両編成)が、出発信号機の停止信号を行き過ぎて安全側線に進入し脱線。先頭の機関車と次位のタンク車が下り本線上に飛び出した。その直後に、三河島駅を4分遅れで出発し下り本線を進行してきた上野発取手行きの下り第2117H電車(6両編成)が下り本線を塞いでいたタキ50044に衝突。先頭車と2両目の車両が脱線し、上り本線上に飛び出した。さらに約7分後、その現場に上野行きの上り第2000H電車(9両編成)が進入し、線路上に降りて移動中だった2117Hの乗客多数をはねた上、上り本線上に停止していた2117Hの先頭車と衝突した。これにより2117Hの先頭車と2両目の前部が原形を留めず粉砕された。上り2000Hは先頭車が原形を留めず粉砕され、2両目は築堤下に転落して線路脇の倉庫に突っ込み、3両目も築堤下に転落、4両目が脱線した。結果、死者160人、負傷者296人を出す大惨事となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=BShBCb7z95Y
    http://www.youtube.com/watch?v=xcn_076aayA
    http://www.youtube.com/watch?v=FcyBshjoEw0
    http://www.youtube.com/watch?v=_vvI4-zunRs

     鶴見事故

     1963年(昭和38年)11月9日21時40分頃に日本国有鉄道(国鉄)東海道本線鶴見駅 - 新子安駅間の滝坂不動踏切(神奈川県横浜市鶴見区)付近で発生した列車脱線多重衝突事故である。上下列車合わせて死者161名、重軽傷者120名を出す大惨事となった。なお、当日には福岡県大牟田市の三井三池炭鉱でも死者458人を出す大爆発事故が発生しており、「血塗られた土曜日」「魔の土曜日」と呼ばれた。

    http://www.youtube.com/watch?v=c2bOpe3DLus

     全日空羽田沖墜落事故

     1966年2月4日に東京湾の羽田空港沖で起きた全日空のボーイング727-100型機の墜落事故。合計133人全員が死亡し、単独機として当時世界最悪の事故となった。

    https://www.youtube.com/watch?v=26gBYZxXtbo

     飛騨川バス転落事故

     1968年(昭和43年)8月18日、岐阜県加茂郡白川町の国道41号において、乗鞍岳へ向かっていた観光バス15台のうち、岡崎観光自動車所有の2台のバスが、集中豪雨に伴う土砂崩れに巻き込まれて増水していた飛騨川に転落し、乗員・乗客107名のうち104名が死亡した事故である。日本のバス事故史上における最悪の事故となった。

    https://www.youtube.com/watch?v=Gd9iyC42-pI

     全日空雫石飛行機衝突事故

     1971年7月30日に発生した航空事故(空中衝突)である。岩手県岩手郡雫石町上空を飛行中の全日本空輸の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が飛行中に接触し、双方とも墜落した。自衛隊機の乗員は脱出に成功したが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が犠牲となった。1985年8月12日に「日航ジャンボ機墜落事故」が発生するまで、最大の犠牲者数を出した国内の航空事故であった。

     現場付近は「慰霊の森」という慰霊碑を伴う追悼施設が建立された。

    https://www.youtube.com/watch?v=bDchRvK8fss

    http://www.youtube.com/watch?v=t32do07Hz7M

      犀川スキーバス転落事故

      1985年1月28日、日本福祉大学の学生ら総勢46名を乗せた三重交通バスは、北志賀高原の竜王スキー場へ向かっていた。午前5時45分。犀川に架けられた大安寺橋にさしかかる手前の左カーブで、バスはガードレールを破り水深4メートル、水温4度という極寒の犀川に転落。転落地点は下流に建設された笹平ダムのダム湖にあたる。総46名のうち、乗客の大学生22名、教員1名、運転手ら2名、合計25名の命が失われた[。助かった21名のうち8名も重軽傷を負った。

    https://www.youtube.com/watch?v=XhHNRekEGX8

     日航機墜落事故

     1985年(昭和60年)8月12日18時56分に、日本航空(JAL、正式名はJAPAN AIRLINES)123便、東京(羽田)発大阪(伊丹)行、ボーイング747SR-46(ジャンボジェット、機体番号JA8119)が、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(御巣鷹の尾根)に墜落した事故である。運輸省航空事故調査委員会による事故調査報告書によると、乗員乗客524名のうち死亡者数は520名、生存者(負傷者)は4名であった。死者数は日本国内で発生した航空機事故では2013年1月の時点で最多であり、単独機の航空事故でも世界最多である。この日はお盆の帰省と重なり、満員の乗客が乗っていたことで被害を拡大させた。乗客の中には阪神タイガースの球団社長や相撲部屋の親方、更には世界的なシンガーの坂本九さんや宝ジェンヌも含まれていた。奇跡的に4名が生還した。

    http://www.youtube.com/watch?v=ciDERYL06lk

    http://www.youtube.com/watch?v=jqlC_LphagA

     中華航空140便墜落事故

     1994年4月26日午後8時16分頃、台湾の台北を出発し名古屋空港へ着陸しようとしていた、中華航空140便(エアバスA300-600R型機、機体記号B-1816:1991年製造)が名古屋空港滑走路34へのILS進入中に失速し、滑走路東脇に墜落した。また台北に帰る燃料も積載していたため燃料が炎上した。この事故で乗客256名、乗員15名の合わせて271名のうち日本人154名を含む乗客249名と乗員15名の合わせて264名が犠牲になり、乗客7名が重傷を負った。生存者はいずれも主翼の桁の上付近に着席していた乗客であった。犠牲者数は1985年(昭和60年)の日航ジャンボ機墜落事故に次ぐ、日本史上ワースト2位であり、国内の空港で起きた事故の犠牲者数では日本史上最悪である。

     JR福知山線脱線事故

     2005年(平成17年)4月25日に西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 - 尼崎駅間で発生した列車脱線事故である。乗客と運転士合わせて107名が死亡し、562名の負傷者を出した。原因は運転士の精神異常とATC装置のセットミス、更にはオーバーランを起こしたり、カーブを制限速度を大幅に越えるスピードで進入したことによる脱線であり、沿線左側のマンションの駐車場に突っ込み、大破。L字型に折れ曲がり、救出が難航したことが死傷者を増大させた。

    http://www.youtube.com/watch?v=ngWgFz94Eo0
    http://www.youtube.com/watch?v=vB6GMp3rANM
    http://www.youtube.com/watch?v=jN2jH9r1B6g

     他にも交通機関による重大事故には、1968年のK機長の逆噴射による日本航空羽田空港沖墜落事故(1982年)、信楽高原鐵道列車衝突事故(1991年)も記憶に新しい。個人的に印象にあるのは、1988年に横須賀沖で起きた海上自衛隊潜水艦「なだしお」と遊漁船「第一富士丸」の衝突事故だ。30名が死亡した。

    http://www.youtube.com/watch?v=wes8j5gufuo

    http://www.youtube.com/watch?v=TK6ZJn0D0rU

     ~炭鉱・トンネル事故~

     二又トンネル爆発事故

     1945年11月12日に、福岡県田川郡添田町落合の日田彦山線彦山駅から南方500mにあった二又トンネル(鉄道路線は未開通)において、アメリカ軍が大日本帝国陸軍の隠していた火薬を焼却処理しようとしたところ大爆発を起こし、山全体と多数の民家が吹き飛ばされて死者147人、負傷者149人を出した事故である。

    http://www.youtube.com/watch?v=gk8dVxRZqFY

     三井三池三川炭鉱炭じん爆発事故

    1963年(昭和38年)11月9日午後3時10分頃に、三井鉱山三池鉱業所三川鉱(三川坑)第一斜坑の坑口から約1,500メートル付近の斜坑で炭塵爆発が起きた。当時、坑内は1,200人以上の労働者が従事しており、死者458名、一酸化炭素中毒(CO中毒)患者839名を出した。

     他にも93名死亡の北炭夕張新炭鉱ガス突出事故(1981年)、、三井三池炭鉱有明鉱坑内火災(1984年、死者83人)、三菱南大夕張炭鉱ガス爆発(1985年、死者62人)など痛ましい炭鉱事故が相次いだ。また、トンネル事故では、1979年の日本坂トンネル火災事故 や1996年2月10日の豊浜トンネル岩盤崩落事故 、昨年起きてしまった 笹子トンネル天井板落下事故がある。

    http://www.youtube.com/watch?v=wLmc7j8tn58

     ~火災事故~

     千日デパート火災

     1972年(昭和47年)5月13日、大阪市南区(現在の中央区)千日前の千日デパートで起きた火災。死者118名・重軽傷者78名、沖縄の復帰を間近に控えた日本のビル火災史上最悪の大惨事となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=hQWvC1h6s1E

     熊本大洋デパート火災

     1973年(昭和48年)11月29日午後1時15分に、熊本県熊本市中央区下通1丁目3番10号にあった百貨店の「大洋デパート」(鉄筋コンクリート地下1階、地上13階建て・一部9階建て)で発生した、火災事故である。従業員の誘導で従業員60名・客70名ほどが屋上に避難して助かった。はしごで救出された人数は67名。また、増築用の足場を利用して25名が救出された。この火災で3階以上延べ1万3500平方メートルを全焼し、年末に向けての買い出し客や従業員、工事関係者ら103人が死亡、124人が重軽傷を負うという、日本のビル火災では大阪市の千日デパート火災に次ぐ大惨事となった(千日デパートはいわゆる寄り合い店舗であり、百貨店ではないため、デパート火災としては史上最悪)。当時は衛星回線を使ったテレビの全世界中継が始まっており、ヨーロッパで実況放送が放映されていた。私自身もニュースで生中継される火災現場の映像を今でも覚えている。

    http://www.youtube.com/watch?v=-UYXkRN_52s
    http://www.youtube.com/watch?v=vuLCqZv8ew0

     他には1982年2月8日のホテルニュージャパン火災、2001年に起きた歌舞伎町ビル火災(44名死亡)がある。

    http://www.youtube.com/watch?v=BszKkM2nmAU 
    http://www.youtube.com/watch?v=LSfNju4yD-M



     ~その他~

     彌彦神社将棋倒し事故

     1956年(昭和31年)1月1日午前0時過ぎ、新潟県西蒲原郡弥彦村の彌彦神社(弥彦神社)拝殿前で初詣客が新年の餅蒔きに殺到、玉垣が崩れて将棋倒しになった事故並びに事件。群集事故の一つである。当時の弥彦神社は照明設備が整っておらず周囲が暗かった事、多くの警察官がバス駐車場の交通整理に割り振られて境内にいなかった事も事態に拍車をかけ、この状態が午前1時近くまで30~40分間続き、死者124人・重軽傷者77人を出した。

    http://showa.mainichi.jp/news/1956/01/post-3475.html

     同様の事故は、2001年の明石花火大会歩道橋将棋倒し事故(247名死傷)である。

    http://www.youtube.com/watch?v=V9TZciSMlnc

     橋北中学校水難事件(津海岸集団水難事件)

     昭和30年7月28日(1955年7月­28日)に三重県津市の津市立橋北中学校の女子生徒36人が、同市中河原海岸(文化村­海岸)で水泳訓練中に溺死した水難事件。穏やかな浅瀬で一瞬にして多くの生徒が亡くな­ったためオカルト扱いされることも多い。

    https://www.youtube.com/watch?v=_jIIzk0ljeA

    再現・検証VTRはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=HUrqNzRJQIs

     ~外国で起きた日本人絡みの事故~

     高知学芸高校上海列車衝突事故(1988年3月21日、29名死亡)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E5%88%97%E8%BB%8A%E4%BA%8B%E6%95%85

     水産高校実習船「えひめ丸」ハワイ沖衝突沈没、(2001年2月10日、9名死亡)

    http://www.youtube.com/watch?v=M73dWVhdQDQ

     
     さて、過去をほじくり返すような内容になったが、今回掲載したのは、二度と同じような悲惨な事故を起こさないという切なる願いからである。いつ何時、思いもよらない災難や事故が降りかかり、どこで命を落とすかわからない。このような事故は本来あってはならないもので、基本的に事故は人災であり、細心の注意を払ってさえいれば未然に防げるものである。それを怠ったばかりに巻き込まれ、人生を閉じるようなことがあっては死んでも死にきれない。金で命は買えないという点を再認識し、自己防止に向けた取り組みを厳重にしてもらいたいものだ。

     参考 「日本の事故一覧」は コチラ

              「戦後日本で起きた大惨事列車事故」はコチラ

     記事作成:5月26日(日)

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