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2013年6月12日 (水)

ちょっと怖い話

 最近、急激に気温が上がり、半袖着用、アイスを暴食するようになった。そして少しでも安く涼を求めようとして、「YouTube」で怖い映像を見るようになった。そのひとつが「稲川淳二の怖い話」だ。話だけではない。彼のDVDシリーズ「恐怖の現場」は、全国各地に出向き、幽霊の噂が絶えない心霊スポットを訪ねて、その真相を探ろうという、ちょっと間違ったら祟られそうな取材VTRだ。あまりにも危険なのでここではリンクは回避したいが、ご覧になりたい方は「YouTube」で検索してみてください。前置きはこの辺にして、早速本日のテーマに入るが、以前、当ブログで掲載した「郡山のミステリースポット」の記事をアップしたが、現在も人気記事ランキングトップ10に入るなど、大変な反響を頂いた。今回も徐々に暑くなって来たこの時期にちょっとした涼を分け与えたいと考えた結果、「ちょっと怖い話」をお送りすることに決した。耳にしただけで冷や汗が背筋を伝うような事象を列挙し、それらについて簡単な用語解説を添えていきたい。実はこれらは、科学では解明できない死後の世界からのメッセージなのかもしれない。

 1 ドッペルゲンガー?それとも他人の空似?

 ドッペルゲンガーはかなり怖い意味で用いられる。それはドイツ語で、「生きている人間の霊的な生き写し」を意味する。自分の姿を第三者が違うところで見る、または、自分が異なった自分自身を見る現象のことである。自ら自分の「ドッペルゲンガー」現象を体験した場合には、「その者の寿命が尽きる寸前の証」という民間伝承もあり、未確認ながらそのような例が数例あったということで、過去には恐れられていた現象でもある。ドッペルゲンガーの特徴として、ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない。本人に関係のある場所に出現する。等があげられる。死期が近い人物がドッペルゲンガーを見るという事から、「ドッペルゲンガーを見ると死期が近い」という民間伝承が生まれたとも考えられる。つまりは、分身のようにそっくりなもう1人の 自分。日常の中にふと出没する不気味な存在です。自分のドッペルゲンガーに遭遇して しまうと死ぬ、という説のことだ。

 同じ日本人という民族であれば、よく似た人とか、生き写しという人がいても不思議ではない。実際に10年前に亡くなった私の父は、東国原英夫氏と顔が瓜二つである。これは言葉では証明できない事象だ。他人の空似という言葉もあるが、この広い世界、自分にそっくりな他人がいても別段おかしな話ではない。

 また霊を見てしまったら、絶対に話しかけてはならないというのが定説としてある。迂闊にも話しかけたてしまうと、憑依したり、本人を霊界にいざなってしまうと言われている。

 2 デジャヴ

 これは決して霊体験ではない。フランス語が一般言語化したもので、日本語訳では「既視感」と呼ぶ。ある光景を見て、それを前にも見たことがあると錯覚する現象である。基本的には記憶の中にある昔の映像と今見ている映像が脳内で関連付けられたにもかかわらず、その昔の記憶の詳細(場所、時間)を思い出せない場合に生ずる違和感がその正体である。

 3 予知夢と正夢

 よく意味がわからない夢やあの夢はなんだったのかということがないだろうか?ついさっきまで寝床で見ていた夢なのに、起きた途端にはっきりとは思い出せない。そんな夢を見たことがあるでしょう。それこそがあの世との通信だったのでは。前世の姿を寝ている時だけ、記憶を蘇らせてくれるのでは。つまり寝ている時には、意識がなく死んだ状態にいちばん近い状態にあるから。その時に前世の生前の姿をオーバーラップして来るのでは。

 予知夢はこれから未来で起きるかもしれない出来事を夢の中で知らせてくれるもの。偶然にそれが現実的になったら、それは科学では解明できない不思議な超常現象となる。正夢は夢に見たことが、そのまま現実的に起こること。いずれも夢は人間の願望だったり、現在に精神状態を如実に表すものとされている。

 4 エクソシストとは・・・

 1970年代に当時の人々を恐怖に陥れたアメリカのホラー映画。エクソシストとは、英語で"悪魔払い(カトリック 教会のエクソシスム)の祈祷師"という意味である。ホラー映画ではこの映画が基礎となっている節が強い。ラップ現象やポルターガイスト現象という言葉もクローズアップされた。主に「死者の霊魂によって引き起こされるもの」であると、心霊現象研究家や、霊能者などの大部分は解釈している。

 5 輪廻転生と生まれ変わり

 今は亡き歴史上の人物で、何かその生き方や功績に惹かれたり、研究するほど没頭したり、何か同じ感覚で他人のような気がしない、あるいは心底陶酔し、尊敬してしまうほどの影響を受けたことはないでしょうか。それはましかすると前世のあなた自身だった可能性が無きにしも非ずだ。実際は記憶を無くしているだけで、もしかしたら何かのふとしたきっかけで思い出すこともあるかも。一番怪しいのは、その有名人の没年月日とあなたが同じ誕生日だったりすると、その人の生まれ変わりかもしれない。もし輪廻転生があるとして、あなたが生まれ変わる前の姿がハエやゴキブリだったら、虫も殺せなくなってしまう。もし、その蚊が死んだ自分の家族だと考えたら、何もできないし、動物に肉すら口にできなくなってしまうことだろう。記憶が消えてくななるように神様が細工してくれているのかもしれない。

 6 前世

 これも怖い話で、夢枕で一度だけでではなく、何度も決まって見る夢はないだろうか。例えば脂汗をかいて、飛び起きてみたら夢でホッとしたという経験が。例えば、ライオンに追いかけられて、食われそうになった時にパッと目が覚めたり、サメやクマ、ワニに襲われた瞬間に目が覚めたなど。まだまだある。江戸時代末期に、侍に切られて亡くなった途端に目が覚めたとか、現代では大きな爆発で吹き飛ばされて死を覚悟したところで起きたとか。これこそが、あなたが前世で亡くなった場面そのものかもしれないのだ。生まれ変わってから記憶を失っているだけで、不意に同じような場面に出くわしたり、眠っているときは、脳が休止し、死んだ状態に近くなるため、前世の終末の出来事がオーバーラップして、その体験を甦らせるのかもしれない。

 7 幽体離脱

 人間が死んだ直後、魂が肉体(屍)を離れ、宙を舞い、自分の体を上部から見るというもの。双子の芸人の「ザ・たっち」がよくやったネタ。危篤状態から運良く生還した患者がよく臨死体験をしたという話を聞く。すると声を揃えたように「暗いトンネルを抜けると、光に満ち溢れた、明るくて暖かいお花畑が現れ、天使が楽しそうに遊んでいる。そのうちに小川の向こう岸で、先に亡くなった家族が手を振って笑顔で迎えに来てくれている。」と話す。これこそがいわゆる三途の川で、これを渡りきると現世とはサヨナラである。神様が死の淵では、断末魔の苦しみではなく、このような天国のような世界を用意してくれていると思う。がん患者が末期の状態になると、もがき苦しんでいた痛みが嘘のように消え、安らかな最期を迎えるという、あれがまさに天が最後に授けてくれるご褒美なのかもしれない。

 8 死にまつわることわざ、怖そうな言葉

   死人に口なし
   あの世(地獄)の沙汰も金次第
   嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる
   嘘つくと針千本飲ます
   人を呪えば穴二つ
   血で血を争う(骨肉の争い)
   骨肉相馬喰む
   肉を切らせて骨を断つ
   毒を食らわば皿まで
   人の不幸は蜜の味
   草木も眠る丑三つ時
 

 9 虫の知らせ

 何か良くないことが起こりそうなことを警告がてら予兆として起こしたり、それを予想させる出来事がある。その虫とは、実は自分の亡くなったご先祖様であったり、神からのお告げだと解釈する霊能者もいる。虫の知らせの「虫」は、古く、人間の体内に棲み、意識や感情にさまざまな影響を与える と考えられていたもので、潜在意識や感情の動きを表す。 「虫がいい」「腹の虫が治まら ない」などの「虫」も、この考えから生じた語である。 これら「虫」の付く言葉の多くが悪いことを暗示したり予想させるのに使われる。

 「虫の息」、「一寸の虫にも五分の魂」、「飛んで火に入る夏の虫」、「悪い虫が付く」、「虫が好かない」、「虫の居所が悪い」、「苦虫を噛みつぶしたよう」などである。


 10 弱肉強食と食物連鎖

 強いものが弱いものを倒して、その肉を貪り食って、生きながらえていく。これは自然の理である。人間もそうで、動物や植物を食べなければ生きていけない、実に罪深い存在である。でも生きるためには何かを犠牲にしていかなければならない。自分が直接手をくださなくても誰かが殺した食肉や魚を食べていることに変わりはない。天敵に襲われ、一瞬にして終わる命もあれば、何十年もの間、敵を擬態などで欺いて長生きする魚や動物もいる。遅かれ早かれ確実に死を迎えるわけだが、その長さはまちまちで、やはりそのものの持つそれが宿命(さだめ)なのだろう。

 同様に食物連鎖(food chain)とは、生物群集内での生物の捕食(食べる) ・被食(食べられる)という点に着目し、それぞれの生物群集における生物種間の関係を 表す概念である。

11 仮想体験

 バーチャルリアリティーという。この言葉自体は別に怖いことはない。実際の形はしていないか、形は異なるかも知れないが、機能としての本質は同じであるような環境を、ユーザの感覚を刺激することにより理工学的に作り出す技術およびその体系。略語としてVRとも。日本語では「人工現実感」あるいは「仮想現実」と訳される。

12 迷信・言い伝え

  夜に口笛吹くと蛇が来る
  夜に靴を下ろしてはいけない
  合わせ鏡
  手鏡を上向きにしておくと悪いものが来る
  落ちている櫛を拾ってはいけない
  畳の縁を踏むと縁起が悪い
  「墓で転んで出来た傷は治らない」
  「霊柩車を見たら親指隠せ 親の死に目に会えない」
  「黒猫やカラスは縁起が悪い」
  「ビワの木を庭に植えると不幸(病気)になる」
  「夜に洗濯物を干すと縁起が悪い」
  「黒猫に行き先を横切られると不吉」
  「カラスが鳴くと人が死ぬ」
  「夜の蜘蛛は親でも殺せ」

 これらは全て戒めである。悪いことが起こることを予知したり、予見したりすることで、予め危険を回避しようとする機能が働く。教訓めいたことも含まれている。食生活では「食べ合わせ」などもこれにあたる。「梅干とウナギ」「松茸とあさり」「卵とにんにく」「ごぼうと鮎」「かき氷と天ぷら」「馬肉と山芋」「スイカとさんま」「スイカとてんぷら」「ハマグリととうもろこし」「きゅうりとこんにゃく」などである。消化が悪くて食あたりや腹痛を招く恐れがある食べ合わせを回避しようとするものである。

13 童話・昔話

 20年以上前に「本当は怖いグリム童話」という新解説本がベストセラーになったことがあった。出処が不明だったり、作者不詳だったり、得体の知れない話だが、実際は過去の霊体験や不思議な出来事との遭遇などをエピソードとして伝えたのが、その手の物語であるという説。私は幼少期にはフィクションや作り話を疑わなかったが、冷静に考えると、確かに作り話にしては出来すぎている。

 かぐや姫(竹取物語)
 かぐや姫は宇宙人が送り込んだ。だから竹やぶが光り輝き、竹を割ってみると中から赤ん坊が・・・。おじいさんおばあさんに育ててもらっている間、地球を偵察し、それが済み、役目を果たしたから月からの使者が迎えに来た。当時はUFOという概念がないため、馬車と表現したに違いない。事実は昔人が宇宙人と遭遇した出来事を何らかの形で後世に残そうとした伝記だったのでは・・・。

 浦島太郎
 自分が助けた亀に連れられて龍宮城へ。そんな馬鹿な。普通なら亀の背中に乗って海中深くに潜ったら、確実に窒息死。実際は、その亀はUFOだったに相違ないのだ。そして実際は海ではなく、浦島太郎は宇宙旅行をしてきたに違いない。鯛やヒラメの舞い踊りは実際は火星人などの宇宙人の姿を描いたものでは?時空を飛び越え、だから戻ってきた時につじつま合わせでおじいさんになってしまった。宇宙時間は地球時間ではあっという間に過ぎ去ってしまうというこじつけの典型。

 一寸法師
 お椀に乗って旅をし、悪い鬼をやっつける。大体一寸しかない少年が鬼を倒せるはずがない。まさしく超常現象。お椀=UFOで実際は普通の大きさの少年なのだが、UFOをお椀と表現すれば、ミニサイズとなってしまう。悪い宇宙人をそのUFOで攻撃に行ったとしか思えない。

 桃太郎
 これこそ怪しい。おばあさんが川で洗濯していると川上から大きな桃がドンブラコ・・・。大きな桃=UFO?そんな赤ん坊が入るほどの大きな桃を、クレーンも車もない時代に、非力なおばあさんが家に持って帰れるはずがない。しかも包丁で割ってみたら、中から珠のような男の赤ん坊が・・・。普通なら血だらけの斬殺死体が転がり出てきて、一気にサスペンスものになるはずだ。しかも成長した桃太郎が鬼退治?ありえない。これこそスターウォーズ。帝国のダースベイダーのような奴らを成敗に行ったに相違ない。道場破りじゃあるまいし、ある日突然、いきなり鬼ヶ島に乗り込んでいったら、鬼だってたまったもんじゃない。そして財宝を戦利品として持ち帰る桃太郎。やってることは海賊や山賊などの盗賊とおなじではないのか?

 舌切り雀
 舌をおばあさんに切られた雀の復讐劇。お爺さんに助けられてかわいがられていた雀は、お婆さんが障子の張り替えに使おうとしていた糊を食べてしまい、舌を切られて逃げ出す。その雀をお爺さんが追って山へ行くと、雀たちが恩返しにご馳走してくれたり踊りを見せてくれた。お土産として大小2つのつづらのどちらを持って行くか聞かれ、小さい方を持って帰り家に着いて中を見てみると小判が詰まっていた。欲張りなお婆さんは、大きなつづらをもらおうと雀の宿に押しかけ、大きい方を強引に受け取って、帰り道で開けてみると中には妖怪や虫や蜥蜴や蜂や蛙や蛇が詰まっており、お婆さんは腰を抜かし気絶してしまう(妖怪に食い殺されてしまう、又は妖怪から命からがら逃げ切り改心するという説もあり)。 これは怖い。

 三枚のおふだ
 山姥に食い殺されそうになる小僧が、和尚さんからもらった3枚の御札を使って難を逃れていく話。はっきり言ってジェイソン並みの殺人鬼の話だ。二本松にも鬼婆伝説があるが、これも昔話としては恐怖で、冒険する際や危ない橋を渡る時の戒めとして使ったのではないか。

 鶴の恩返し
 「決して覗いてはいけません。」と釘を刺していたにもかかわらず、おじいさんが障子から覗くと何と鶴が機織りをしている。そんなバカな!鶴が娘に化けて・・・・。カフカの化身じゃないって!これこそが宇宙人の仕業ではないのか・・・。大昔の人の想像力でなせる作り話ではない。

 他にも「さるかに合戦」や「かちかち山」など、多くの昔ばなしや民話の類がそうであるように、この話も本来言い伝えられて来たものは残酷でグロテスクな内容を含んでいる。 

14 金縛り

 主に就寝中、意識がはっきりしていながら体を動かすことができない症状を指す。体が締め付けられるような感覚からこう呼ばれる。医学的には睡眠麻痺と呼ばれる。睡眠時の全身の脱力と意識の覚醒が同時に起こった状態。不規則な生活、寝不足、過労、時差ぼけやストレスなどから起こるとされる。 脳がしっかり覚醒していないため、人が上に乗っているように感じる、自分の部屋に人が入っているのを見た、耳元で囁かれた、体を触られているといったような幻覚を伴う場合がある。これは夢の一種であると考えられ幽霊や心霊現象と関連づけられる原因になっている。 ただし金縛りの起きる状態がほとんど就寝中であることから学者の説明は睡眠との関係についてである。覚醒状態においての「金縛り」というものについては科学的にはほぼ未解明であり、精神的なものに起因するとされることも多い。霊的なものを信じていない人の場合は、宇宙人に何かをされたなどという形式の認知になるという説がある。

15 恐怖漫画

 私が子供の頃、怖い漫画が目白押しだった。つのだじろうや楳図かずおがその草分けだったが、「ドカベン」や「がきデカ」、「ブラックジャック」、「マカロニほうれん荘」などの人気で発行部数が「ジャンプ」や「マガジン」を凌いでトップだったのが、秋田書店の「少年チャンピオン」だった。1977年には200万部を突破していた。その「チャンピオン」に連載されていたホラー漫画が「恐怖新聞」と「魔太郎が来る」、「エコエコアザラク」だった。どちらも1970年代のオカルトブームの火付け役を担った作品だった。
 「恐怖新聞」は、人が死ぬ前兆として特定の家庭だけに届く新聞だ。翌日の自分の死亡を掲載する記事が予め配達されたり、大きな事件や事故、災難が降りかかってくることを予知して知らせたりする世にも恐ろしい新聞だった。タッチも極めて怖かったと記憶している。
 「魔太郎が来る」は、典型的「いじめられっ子」である主人公・浦見魔太郎。毎回様々な人物からいじめを受けるが、どうしても許せない行き過ぎたいじめや悪行に対しては自身の持つ超能力「うらみ念法」やオカルトアイテム、残虐な手段をもってして夜な夜な復讐しにまわるという内容。 
 また、後者の「エコエコアザラク」は、黒魔術を駆使する若い魔女が用いる奇妙な呪文だが、それを唱えることで恨みのある人間を呪い殺したり、人間の奥底に潜む深層心理が現実のものとなったり、念力で人を死に至らしめたりする、恐ろしい漫画だった。
 そして大学生の頃、同じアパートの友人が愛読していた漫画を読んで、身の毛がよだち、夜も眠れないほどの恐怖に陥れられたのが、つのだじろう作の「うしろの百太郎」だった。百太郎とは、磨呂のような眉毛と出で立ちで、主人公に背後霊(守護霊)として張り付いている。そして人間の臨死の際に、骸骨の姿をした死神が大きな鎌を持って魂の緒を切りに来る。もしそれを切られたら、絶命するのだ。その漫画では、大木の切り株が死後の世界への入口として描かれていて、その後、しばらく木陰で一休みする行為を躊躇った。

16 稲川淳二の怖い話

 今は亡き落語家の桂枝雀さんも、独特な語り口調を駆使した怪談話で一世を風靡し、終いには自ら命を絶ったが、こうした怖い話の語り手として第一人者となったのが誰あろうテレビタレントだった稲川淳二だろう。きっかけはラジオ放送での怪談が好評を博し、以後「霊感タレント」としても活動することとなった。彼もそうだが、元来AB型には易者や占い師、イタコ、霊媒師が多いとされているが、霊能力が備わりやすいとされている。
 彼を一躍有名にしたのが、『恐怖の現場』というDVDシリーズで、心霊がいることを証明するために、全国各地に点在する心霊スポットと呼ばれている廃墟や場所に潜入するドキュメントを制作しており、「科学で心霊を説明しようとする考えが大嫌いだ」と番組内で強く発言したことがある。冷やかし半分や生半可な考えでこういう場所に足を踏み入れると霊の反感を買い、絶対に痛い目に遭う。

17 恐怖のワラ人形

 私が世にも恐ろしいと感じるのは、人形を使って恨みを持つ人間を呪う儀式。そうワラ人形である。相手を心底恨み、相手を呪いながら、誰もが寝静まった夜半(丑の刻)に、人知れず神社の境内の大木に五寸釘で打ち付ける行為で、別名「丑の刻参り」とも言う。そして相手を凄まじい呪術によって殺そうと試みる。怨みの深さよりも、実際の人間が、真夜中に人知れずそういう行いをしている場面に出くわしたら、恐ろしくて声も出ない。ガチで殺してやりたいほどの怨念で、相手を呪っているのだから。京都の貴船神社がそのルーツだと言われている。

18 怖すぎる実話

 日本で起きた大量殺人をご存知だろうか。最近、西村望の小説「丑三つの村」が映画化されたDVDを借りたが、それこそが、岡山県で実際に起きた津山事件である。何と一晩で村人たちを次々襲い、男女や年齢を問わず、日本刀や猟銃で30人もの人間を惨殺した異常殺戮である。この事件は横溝正史も小説化し、「八ツ墓村」として放映された。それより怖い描写がその「丑三つの村」であった。その映画作品の殺人犯を演じたのが、自ら命を絶った今は亡き古尾谷雅人だけに、何か因縁や怨念を感じざるを得ない。この実話をよりリアルに恐怖に陥れているのは、その映画の主役を演じた古尾谷雅人が、自ら命を絶ったという点だ。ツタンカーメンの発掘に携わった人々や映画「エクソシスト」の関係者に災難が降りかかったのと同様に、死者の呪いなどではないかと囁かれている。

 また、日本で最も多くの人間を殺害した事件は、何と産婦人科医院の産婆によるものであった。それは東京新宿で起きた「寿産院もらい子殺人事件」である。第二次世界大戦後のベビーブームのおり、大量の嬰児が寿産院に預けられていたが、同院では嬰児に対する虐待が常態となっており、また、凍死、餓死、窒息死などさまざまな死因で嬰児は亡くなっていた。寿産院を経営する夫婦は乳幼児を貰い受けるなどとした新聞広告などによって200人以上の乳幼児を集め、1人につき4000円から5000円の養育費を受けとりながら食事をろくに与えずに100人以上を死亡させた。この事件が謎にして不可解なのは、100人以上もの子供を殺害したにもかかわらず、東京地方裁判所では、主犯女性に懲役8年、夫に懲役4年、助手は無罪、医師は禁固4年の判決。1952年(昭和27年)4月、東京高等裁判所は、主犯女性に懲役4年、夫には懲役2年の判決を下しただけの極めて異例の軽すぎる結末であった。

19 軽はずみな気持ちや物見遊山で行ってはけない場所

 事件や事故で人が大勢亡くなった場所には、軽率に訪れてはいけない。幽霊を見てしまったら、間違っても話しかけてはいけないように、そういう場所は得てしてあの世(魔界)への入口になっており、下手に近寄ると、死者に誘われてしまう危険性がある。そういう場所をピックアップしたい。

 恐山(イタコ)、仏ヶ浦(以上青森県)、東日本大震災被災地(岩手・群馬・福島県)、慰霊の森(雫石)、小手の森城址(福島県)、弥彦神社(新潟県)、御巣鷹山(群馬県)、富士樹海(山梨県)、錦ヶ浦(神奈川県)、東尋坊(福井県)、関ヶ原(滋賀県)、沖縄などが代表的な場所。他には古戦場、病院の廃墟、夜の墓地、神社仏閣、霊場、自殺の名所などが挙げられる。このような、明らかに神聖な場所を訪れる際は、身を清め、神妙な面持ちで、かつまた死者を敬う気持ちを携えて、真摯に心して赴きたい。そうしないと予期せぬ厄が降りかかったり、祟があるかもしれない。

20 その他

 人面魚、人面犬、人魚など。人間になりそこねた姿とか人間の生まれ変わり、あるいは生き写しと言われる存在。人魚はマーメイドとか人魚姫とか美人の姿を想像すれば美談だが、実際は上半身が人間で、下半身がウロコに包まれた魚。やっぱりこの世のものではない。また、私自身は「人形」は怖いと感じる。人間が幼少の頃から情をかけて可愛がってきた分情念が移る。北海道に住んでいた頃は、夕張に行く手前に万念寺というお寺があった。そこは髪の毛が伸びる「お菊人形」が奉納されていた。毎年、少しずつ髪が伸びる人形・・・。これこそ超常現象であり、科学では解明できない。だから人形を祀る神社やお寺があったりするのだ。また、最近、ペット霊園も多くなった。家族同様に愛情を注ぎ、可愛がったペットの死後、手厚く懇ろに葬る人が増えている。これも情が移った故の行動である。慣れ親しんだ物に感謝するのも日本人ならでは。人形もそうだが、針供養もまた何気に怖い風習。 

 さて、最後の方はボルテージが上がってしまい、「ちょっと怖い話」どころか眠れないほどの衝撃があったかもしれない。逆に、蒸し暑い夏の夜にはうってつけの話題になったかも。しかし、最先端科学が幅を利かせている現世においても、未だに解明できない超常現象や心霊現象はなくなることはない。なぜ人は怖さやスリルを求めるのだろうか。脳の構造に問題解決への糸口がありそうだが、ジェットコースターに乗るのも、敢えてお化け屋敷に入るのも、肝試しに挑むのも、廃墟探検や心霊スポットへ足を運ぶ人がいるのも、おそらくは普段では体験できないような仮想体験を求めてのことだろう。そこには解き放たれたいという深層心理や願望があるのかもしれない。

 記事作成:5月13日(月)

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