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2013年9月23日 (月)

歴史に触れる旅(伊達政宗の足跡を追って)

 またまた歴史に触れる旅を敢行。今回も突如前夜22時半過ぎに思いついた成り行き任せのプラン。二週間ほど前、同僚と伊藤若冲展と松尾芭蕉の足跡を追って福島へ移動中に国道4号線の本宮市を通った際、偶然道路沿いに見つけた古戦場の標札。同僚曰く、それはかつてその一帯で繰り広げられた「人取橋の戦い」という激戦があった場所だったというのだ。しかもその戦は、かの有名な戦国武将「伊達政宗」が参戦し、南奥諸大名の連合軍と伊達氏が死闘を繰り広げた古戦場であることが判明した。これを放っておく手はない。急遽、3連休の最終日にこのチョイ旅を企画したのだった。歴史に触れるというと聞こえが良いが、さほど重みを感じてはいない。これに学生時代にバイクで訪れた岩角山を再訪してみたくなり、これを追加。更に戦に纏わる本宮周辺の名勝や旧跡を辿ってみることとした。その訪問地は以下の通りだ。

 ①人取橋合戦場ー②日輪寺(観音堂山)ー③太郎丸観音堂ー④安達太良神社(本宮城

 址)ー⑤岩角山(岩角寺)ー⑥観音寺ー⑦小浜城址ー⑧宮森城址ー⑨仁井田館ー

 ⑩高倉城址

 我が街郡山に隣接の本宮市界隈にこれほどの名所があるとは意外だった。早速当日の模様を振り返りたい。もちろん彼岸の渋滞を避ける意味で、早朝6時半発で午前中の帰宅を目論んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 9月23日(月) くもり/小雨

 6:20 起床、6時半出発の予定がこの時点で狂う。天気はどんよりとした曇り。肌寒
     い。PC作業後、身支度。
 6:45 自宅発。道路空いている。会津街道からR4バイパスへ。気温16℃。70km/hペ
     ースで流れる。
 6:53 アサヒビール園前通過。7.3km。6:54本宮IC前。8.4km。東北病院交差点手
     前の左側に石碑と標札発見。P場なく、田んぼのあぜ道にそのまま頭から突っ込
     む。石碑で行き止まり。
 6:67 人取橋古戦場着。9.6km地点。寒い。無人。ここであの伊達政宗が死闘を繰り
     広げたとは・・・。霊は見えず。寂れた印象。

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 YouTubeの映像

   Wikipediaの「人取橋の戦い」に関する記載はコチラ

 7:01 人取橋古戦場発。バックで出してR4復帰し、東北病院の交差点から右斜めに 
     入る。赤信号停車時、一昨日と同じテリオス(7033)のPCが対向。婦警運転。県
     道8を横断し、直進し、マイナス方向へ細い路地を上がって右手の第一駐車場
     へ。
 
 7:04 日輪寺着。11.0km。門構えは素晴らしい。黒い大きな紋印瓦。石段も立派。
     仁王像立つ。「世界人類が平和でありますように」の標識。女性の小僧がお膳を 
     ゴミ箱へ?石段を登って本堂へ。見学。庭も綺麗に整備されたこじんまりしたお
     寺。ここはかつて観音堂山として戦国武将の本陣として使われた場所。厳かな雰
     囲気。無人。平和の鐘。「一隅を照らす」の刻み文字の石碑。山門から眼下に広
     がる本宮市街の景観が一望。

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 7:13 日輪寺発。太郎丸観音堂を目指すが、地下歩道で行き止まり。迂回して右折
     し、貨物列車が往来する踏切を渡り、旧国道へ。正面に神社の境内が現れる
     が、ロータリーに車停められず。そのまま脇を突っ切り阿武隈川の堤防にぶつか
     り左折したやや太い路肩へ。

 7:17 太郎丸観音堂着。12.0km。古めかしく由緒ありそう。松尾芭蕉も通りかかった
     筈。その痕跡はない。境内には大小様々な石碑や墓標が囲むように綺麗に並
     ぶ。太郎丸観音供養塔の石碑をブランコで塞ぐ。大丈夫か?その隣には小沼貞
     長の碑。北側には「勢至塔」や「湯殿山」の石碑。蜘蛛の巣にアタマ突っ込む。堤
     防沿いに小待従の歌を模した案内板。散歩で行き交う人数人。

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 7:25 太郎丸観音堂発。街中を縦断。途中、本宮郵便局に車を入れ、本宮映画劇場
     に立ち寄る。6月の二本松再訪の際に見学した場所。徒歩で写メのみの往復。

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 7:29 郵便局発。駅前交差点を直進。モットコムも確認。クランク状に左折・右折して緩
     い坂道へ。しかし、左手に安達太良神社への鳥居と石段を見つけるが、駐車場な
     し。坂を上ぼりきり、左カーブ。途中から左折。住宅街をさまよい、半周してゆうや
     く本宮小の北西側へ。もうひとつ石段があってそこへ一旦駐車するが、車道の坂
     道が続いていたので登ってみた。すると一つ目の坂を上ったところが無人の立派
     な白い建物。そのまま左手の急な坂を登ると、忠誠碑と伊藤久男顕彰歌碑のあ
     る花山公園の原っぱへ迷い込む。狭い園路を車で廻る。もしかして入ってはいけ
     なかった?そのまま奥へ進むと境内へ。手前に古峰神社、その裏手の奥に白い
     蔵や社務所、その更に奥に社殿。右にさっき見えた石段。

 7:41 安達太良神社(本宮城址)着。14.8km地点。こんもりして不気味。薄暗い。ど
     こへ行っても無人。水場で手を洗って清め、参拝。説明板では1146年建立で、
     明神様として地元民に慕われたとの記載。立派な御神木が聳え立つ。ここは小浜
     城を居城とした若き伊達政宗が岩角城に進軍した後、この場所へ移動した。そこ
     に排気ガスをかけないように切り返して7:48に出発。来た道を引き返す。狭い道
     で怖い。下りきって左折。みずいろ公園から来る道に合流。そのまま阿武隈川の
     橋を渡る。 

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 7:52 道路右手にセブンを見つけ、ピットイン。サンドイッチ、ツナおにぎり、綾鷹で
     430円。このままでいいと言ったら袋をくれなかった。温めなくて良いの意味だっ
     たのに・・・。カップホルダー初使用。結構操作の邪魔。指と手がぶつかる。
 7:55 セブン発。本宮高校の坂をアップダウン。新幹線の高架橋を下を潜る。岩角山
     まで3kmの看板。本宮岩代線の県道118号線。大学の頃にバイクで訪れて以来
     25年ぶり。右上に照明機。昔姉と来たテニスコート。ナビとgoo地図を併用し、
          19.6km地点から左折。ベージュの和田小学校の手前の交差点を右折してすぐ
     に左折。和田工業団地の下。すると道端(左下の田んぼの一角)に東屋のような
     屋根の建屋が。上りには「わんだの清水」。一旦通り過ぎたが、バックで戻って写
     メ。
 8:01 わんだの清水着。21.6km地点。清水は湧き出ていない。鉢に溜まっているだ
     け。8:04発。途中から右折して坂を上る。カラスが道端に。後は標識通り。

 8:06 ロータリーになっている道の左側に石碑の形の門とその奥に参道を発見。一周
     して岩角農村公園側の駐車場へ。天台宗岩角山(岩角寺)着。22.9km地点。
     一度来ているはずなのに全く覚えがない。25年も前だし、夕方に訪れてしまった
     ので、怖い印象しかない。ひと山の散策路じゅうに石に彫刻が施されてあったり、
     あちこちに石仏像が点在していた覚えしかない。参拝&見物開始。角が酒屋にな
     っている参道も幅2.5mくらいしかない。七福神の石像がお出迎え。正面に石段
     とそれを覆うように石灯籠を模したアーチ。そこを上がると左に本堂、右には様々
     な石仏像や案内図が現われた。小さな池があったり、所狭しと彫像が散在。早速
     順路に従い、登山開始。曇っていて周囲は薄暗く、肌寒い。ここはひと山全部が
     信仰の山で、至るところに石像やら仏像、神社の社殿や境内が点在。各名所に
     は番号が記載され、名前を記した標札があり。三面大黒様、震災と台風の影響で
     あちこち崩れたり修復工事中。急な石段や獣道みたいな箇所もある。岩も突き出
     て歩きにくい箇所有り。

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 8:15 毘沙門堂。撫牛の由来、千手観世音、赤い鳥居、狭い岩間の石段の先に寺宝
     の岩窟弁才天、あちこち写真撮りまくり。パワースポットだが霊が写るかも?木立
     で周辺は薄暗くて誰もいないので不気味さが増す。杉林乱立。でもクマの心配は
     なさそう。岩角稲荷、右に急な岩の石段。5~8番。千手観世音、如意輪観世音、
     11面観世音、巨杉雷神風神(推定800年以上)、ぐんぐん上る。体力的には地
     震つけたため何ともないし、苦にもならない。2日前のあの吾妻小富士の登山や
     銚子ヶ滝の急階段に比べれば楽。足腰を鍛えるにはもってこい。岩に刻まれた千
     手観世音(西国第10番)、中腹の広場へ。六地蔵尊は苔が生えて彫刻が見えな
     い。パワースポットの雰囲気充満。順路に逆らい戻る形で裏側にたたみ石あり。
     ここで座禅を組んで僧が修行。抱きつき石。そこの広場には、授福所の建屋と那
     智堂。その先は急な石段。右に子宝観音、そこを登って一番上の奥の院へ。

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 8:30頃 奥の院。バテる。左後頭部側が頭痛。左に阿弥陀堂、中央に地蔵堂、右には
     名鐘四面鐘。この時点でかなり薄暗い、デジカメ、オートとプログラム撮影くり返
     し。杉林の乱立する左側の細い散策路へ。まるで山道。14~17の11面観世
     音、天狗腰掛石、左隣には18番の如意輪観世音。その後、急な下り坂。天の岩
     戸、蚊が飛び回る。和労休息石、正面の岩に綺麗な観音像の彫刻。ここで急に
     降雨。しかし林の中で、天然の傘なのであまり濡れない。気温低下。菩提の地
     蔵、右が男胎内、左は低くて小さな女胎内の胎内くぐり岩。男側をくぐり抜けた。
     20~21、船石雨ごい祈願、息切れしたが、疲れてはいない。足腰も大丈夫。強
     気に進む。三山祠跡、その裏側には遥拝石(丹波公)、すると山頂付近まで来て
     東屋を越えた先に別の胎内くぐり。願掛け通路。低すぎて入れず。その裏の建屋
     に回り込んだら、さっき来た奥の院だった。阿弥陀堂再訪。ここがやはりてっぺ
     ん。しかし、左側にあるはずの展望台が見当たらなかった。順路が不明で、落ち
     葉にうもれた崖伝いの急な坂を下る。これでいいのか?羽山祠を左から迂回。迷
     う。27番、狭い岩の隙間をくぐる。岩に服を擦りそう。靴下に草がくっつく。28の
     聖観世音。そしたら那智堂の境内の裏側に出る。たたみ石再。座禅石だが、ここ
     を別ルートで下る。ステンレス製の立派な階段を降りる。29馬頭観世音、30・11
     面観世音、指に止まりそうな蚊を叩いたら、足元とられスリップ。スポシューの左
     側底のソールが剥がれた。罰?33番、ステンレス階段再。小さい祠2つと大日堂
     の祠hが並列。その右隣りは養蚕観音堂。打止観音。やはり展望台は不明。抱き
     込み杉、急な石段を降りると、来た時に最初に訪れた案内板のある広場へ。本堂
     前へ戻った。

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 この場所は連合軍北上の報を受けた伊達政宗が小浜城を出て、この地へ進軍した。岩角山に築かれた岩角城に入り、伊達の軍勢を集結させた。そして二本松城包囲に向け、本宮城(現・安達太良神社)に移動したという史実が残る。

 9:00 下山。終始、山を登っては石造見物、写メ、メモのくり返し。しかし、岩の名前は
     メモしたが、途中の時刻の記録を忘れ、経過時間は不明に。約50分で山を一周
     したようだ。でも体力的にも行けるという自信がついた。結局往復中、誰とも会わ
     なかった。ここにも「一隅を照らす」の文字。石灯籠造りのアーチを潜り参道を下り
     る。やっと黒い服の男とすれ違う。挨拶を交わす。付近の案内看板を見たら、この
     一帯は神楽が多いらしい。しかし、不思議なことに、一度来て山を登ったはずなの
     にあまり覚えがない。山寺や白河の関など似たような場所を随分訪れたので、記
     憶が混同してしまったのか。車に戻ったら雨は上がっていた。

 岩角寺の公式HPはコチラ http://www.iwatsunosan.jp/

 参考 余湖さんのHP 
 http://homepage3.nifty.com/otakeya/hukusima/sirasawamura.htm

 9:07 岩角山出発。 今回のチョイ旅も予定を半分消化。早朝に行動を起こすと時間
     に余裕あり。ロータリーを上って来た道を帰らずに東へ向かう。T字路左折。県道
     116号線へ。24.1km地点で二本松の標識の内部へ。右折してふれあい公園
     (広域農道)へ。ひと山を越えてそのまま坂を越えて下った先がT字路。左折する
     予定だったが、すぐ右上の丘に墓地が見え、その隣りに観音寺が見えていたの
     で、予定外だが、立ち寄ってみる。左折して、狭い道路で橋を渡れず、対向車に
     道を譲る。待っているのになかなか来ない。左側の駐車場へ。本日も彼岸なので
     墓参り客の車あり。

 9:11 久安山観音寺着。25.6km。歩きづらいので左足のソールを剥がして外す。2
     段構えの石段をダッシュで駆け上った。きつくない。正面に本堂、右手に真新しい
     阿弥陀三尊像。左側に一段上の丘に別棟の建屋があって、舗装の坂道を徒歩で
     登る。そこには半鐘、神社、奥には毘沙門天で並ぶ。本堂へ下りる急な石段をゆ
     っくり降りた。そして再び広場へ。おばあちゃんが数名座っていた。石段を下りて
     見物終了。

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 9:19 観音寺出発。自宅出発が遅れたがとうに追い越し、予定より早い。次は小浜城
     へ向かう。ここが一番遠い。二本松の岩代町にある。右折して300mほど進むとト
     字路を右折。WATANABEという店とエリカ美容室の交差点だ。山道だ。墓地もあ
     る。くねくね狭い。路肩ズレ、工事中。砂袋で土留め。南ヶ丘牧場入口を通過。正
     面に土の斜面。黄金色の田んぼが美しい。
 9:24 T字路にぶつかり、左折。県道118号線へ。小浜に向かう一本道。途中右折す
     れば宮森城という表示あり。この辺は神社が多い。小浜中通過。火の見櫓あり。
     岩代小浜はメイン街道であっても幅員が狭い。商店街の通りへ。小さな町だ。中
     心街の標識のある交差点を直進して突っ切る。役場下を右へ。分岐路をどっちに
     行けばいいか不明。
 9:28 ステップバスが周回する岩代支所へ。そこで案内図を見るが、小浜城址の位置
     がいまいち不明。宮森城址のほうが遺構が多そう。帰りに立ち寄ることに。試しに
     左側の急坂を上る。狭くてすれ違えない。すると山道に栗が散乱。危うく踏みそう
     になった。下手するとあの刺でパンクするかも・・・。

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 9:31 小浜城の石垣と両側に立つ門へ。右の路肩へ駐車。32.8km地点。小浜城址
     着。復元図の説明板がある。ここは何とあの戦国大名の伊達政宗が若い頃に、
     居城を構えた場所。復元図には砦や城壁、本院、櫓などが鮮やかに描かれ、意
     外にも大きかったことが判明。もちろん初訪問。福島県に居ながら知らない場所
     がたくさんあるということだ。この歳になってようやくだ。興味がなかったからで、城
     や神社、寺院を訪れるなんて歳をとった証拠だ。石垣の上に「小濱城址(下館)」
     の小さな石碑。最近建造されたと思える立派な門には「本丸一曲跡」の文字。石
     段を一気に走って駆け上がる。いきなり蜂が飛び回る。ブンブンうるさい。ブランコ
     滑り台の公園なのだが、この原っぱが本丸跡・・・。呆気ないし大したことがない。
     まぁ建屋も何もなく、ただのだだっ広い殺風景な場所。かつてここが本陣だったと
     は・・・。鎧兜に身を包んだ武者たちがここを登り降りしたと思うと感無量。しかも
     伊達政宗が使った城だ。古の歴史や戦に思いを馳せた。しかしこれだけの旧跡
     なのに、全く手つかずで整備されていない寂れ感が半端じゃない。落胆させられ
     た。奥には「宮森家祖大内氏城跡」という石碑が立つ。その左隣りには、壊れて見
     えない備え付けの望遠鏡が・・・。展望台なのだが、山しか見えない。雑草だらけ
     の遠路を一周。荒れ放題で残念だ。本院跡は隣りの奥にある野原だった。櫓が
     あったとされるのは滑り台付近か?全くその形跡がない。蜘蛛の巣があって、誰
     もいないから不気味そのもの。何故私が訪れる先々は人がいないのか・・・。放射
     線のせいか?ここも終始無人だった。カメラ故障?シャッター押したのに記録され
     ない状況が2~3回あり。伊達政宗によって滅ぼされた二本松城主・畠山義継の
     「首さらしの場」の所在地は不明だった。

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参考HP「余湖さん」 http://homepage3.nifty.com/otakeya/hukusima/nihonmatuiwa.htm

 9:45 小浜城発。栗の道を戻りたくなかったので、そのまま20m走りY字路の分岐路を
     右に入り、かなり細い下り坂を下りる。すると左手に支所が。そこを素通りして不
     穏な動きを見せるワンステップバスを間一髪交わし、メインの交差点もギリチョン
     で通過。左に雷神社。メインストリートを戻り、川沿いルートを進む。途中、ベージ
     ュのミニスカ姉ちゃんとすれ違う。右に萬人子守地蔵尊。この辺は神社多すぎる。
     宮森城の入口から左折。両端に工事のゲートがある超狭い道を上る。対向車の
     通過待ち。坂の途中右に、「大河内宗四郎腹切石)」があった。

 9:50 宮森城手前の「腹切石」着。35.1km地点。その前の森も切通し風の作り。この
     謂れは不明だが、戦国時代に大河内宗四郎氏がここで切腹したのは間違いなさ
     そう。歴史に埋もれがちだが、人ひとりの命が絶たれた場所である。そう考えると
     物見遊山では訪れられない。その50m先から標識を見て右折。予定にはない宮
     森城址に立ち寄る。予定時間より早いので問題なし。ゆるい上り坂。その途中の
     左のこんもりした林の下の道端に「御膳清水」の文字が・・・。立ち寄ってみた。

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 9:53 御膳清水着。説明書きや石碑が立つ。伊達政宗の父親の輝宗が宮森城に居城
     し、ここを拠点に畠山連合軍と戦った。しかし二本松城主畠山氏に拉致され、悲
     壮な最期を遂げたとの記載だった。ここの清水はとても綺麗で、柄杓があった
     が、放射線が心配で飲用はせず。石造りの水受けが透明で綺麗だった。写真の
     みで9:56リスタート。その僅か100m先の右側奥に石畳と木製の門があった。こ
     こが宮森城址である。駐車場がなく、そのまま門に向かって急斜面の坂に車を突
     っ込んだ。

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 9:56 宮森城(上館)址着。35.3km地点。石畳の通路が坂道の上まで伸びていた。
     蜂が飛び交う中、歩いて木枠の門を潜って200m。右にカーブした先に狛犬が2
     体。更に30段ほどの石段があって、その丘の上に朱塗りの鳥居と神社の屋根が
     見えた。また一気に石段を駆け上がった。こじんまりした神社だが、奥に開けた野
     原あり。おそらく本丸はそこにあったと察しがつく。しかしここもあまりにも寂れてい
     て、未整備状態。雑草は伸び放題だし、蜘蛛の巣はあちこちに張り巡らしてある。
     輝宗公の功績を蔑ろに扱っている印象。旧跡らしからぬ落ちぶれた感じ。ここだ
     って当時は栄華を誇り。戦の拠点として重宝されたはず。周辺は山と鬱蒼とした
     木々しかなく、軍事拠点だったとは想像できない雰囲気。神社の右脇にこの場所
     を示す石碑。神社と鳥居の間には10個前後の束石のような石が残る。ここに本
     所があったのか?ここも荒れ放題でかつての勢いを見る影もない。畠山氏の命で
     すべて取り壊され、痕跡がわからぬように撤去されたのか。消化不良気味。

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 参考 余湖さんのHP 
 http://homepage3.nifty.com/otakeya/hukusima/nihonmatuiwa.htm#miyamori

10:08 宮森城址発。腹切石の前を下り、工事の狭い箇所を通り、県道118号線へ復
     帰。左に行けば梅木寺の分岐路を素通り。(株)マルサンの工場前を通過。白岩
     生コンを道標に本宮方面を目指す。結構遠い。
10:16 岩角山分岐。40.8km地点。左カーブへ。気温は19℃。晴れ間はない。
10:20 白沢との分岐。左側の丘の上には照明灯。白沢グリーンパークだ。ここでラジオ
     から私が好きな福島県浜通りの復興応援ソング「みんなの歌」が流れた。「おいで
     おいでお~いで~僕らの~国~僕らの夢~♪」という歌詞の曲だ。涙が出そうに
     なる。来る時通った新幹線の高架橋下を潜り、本宮高校の坂をアップダウン。す
     ぐ左が「出動」の表示が見える「南消防署」だ。阿武隈川の手前を左折する予定
     だったが、間違えて直進。10:25にそのまま阿武隈川を渡ってしまった。左折。
     市街地方面へ。9月26日は通行止めとなる予定だ。次は仁井田にある仁井田館
     という神社だ。ここも伊達政宗の戦に関係の深い場所。駅前から来る交差点で停
     車。薄いピンクの建物が「モットコム」の社屋だ。さすがに信号停車中に写真は撮
     れなかった。盗撮と間違われそう。やがて、本宮映画劇場、太郎丸観音堂の前を
     通過。そのまま直進。その先に、道を間違えなければ出てきたであろう橋からの
     道と合流。本宮市街を脱し、仁井田にあるその神社っぽい作りの仁井田館を探
     す。しかしここから右往左往見つからず道に迷う。県道8号の南西側にある筈な
     のだが。周辺を行ったり来たりして、こんもりした木立が密集している、神社があ
     りそうな場所を探して住宅街を迷い込む。申供養碑がある場所や行き止まり、JR
     の線路を越えて本宮斎場を左折して往復。行き過ぎて神武天皇と明治天皇が訪
     問して遥拝した旨の石碑が立つ「冨士神社」まで行ってしまった。行ったり来たり
     で車酔い症状で気分が悪くなる。まったく時間とガソリンの無駄。やがて仁井田公
     民館の標識を見つけ、案内図があることを見越してそこへ。

10:50 中学校で行き止まり。左には公民館、その奥には新昌寺。案内板もなく、諦めて
     高倉城址へ向かう。その矢先、その公民館の前にある松の木が素晴らしく、つい
     写メその名も「寺下のかさ松」。末広がりで美しい形状。思わぬ収穫。西方寺の縮
     小版という感じ。
10:53 仁井田公民館発。県道355号線。正面に三角形の稜線と輪郭が美しい山城だ
     った高倉の山が聳え立つ姿が見えた。そこに向かって一直線。しかし、最後にこ
     こを訪れる予定でいたが、どこにも入口らしき道がない。前後に車がいたため、
     逃げられず、そのまま通過。吐き気も災い。何か最後に来て2箇所、不完全燃焼
     で尻萎みで終わった感がある。旧国道沿いの松並木も少なくなり、見所はなかっ
     た。そのまま日和田の消防署前へ。その隣りは8月末に訪れた安積山公園。芭
     蕉ゆかりの土地だ。

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10:59 安積山公園前通過。松並木を車窓写メ。しかし、あまり見栄え良くない。右折し
     てジョイフル山新方面へ。西方寺付近も墓参りの客の車。ベニマル方面へ左折せ
     ず、直進。信号待ちの車列は無し。

11:03 左折してバイパス合流。後続に抜かれまいとスピードアップ。秋の交通安全運動
     週間のため、白バイや覆面、レーダー取り締まり警戒。20℃の表示。会津街道
     へバイパス降りる。白バイかと思ったら、川崎ナンバーの白のフォルツァだった。

11:08 帰宅。各神社でのお参りが効いて、無事故無違反で帰宅できた。
      走行距離は68.3km。費用は430円だけだった。

 (後記)

 3連休中は、予定の被災地には行けなかったが、初日に磐梯吾妻スカイラインで吾妻小富士一周、最終日の今日は伊達政宗の激戦地を追って本宮・二本松界隈を周回できて無駄に過ごすことがなくまずまず。最後に場所が見つからずヤキモキすることもあって、反省材料は尽きないが、山登りやきつい階段を何度も往復した。体力的に衰えを何とか挽回できたと思うし、メタボ対策にもなった。歳をとると難しいので、体が動くうちに様々な体験をしておきたい一心でここ数ヶ月は動き回っている。福島県内にもまだまだ未知の名勝旧跡など訪れる価値のある場所は点在している。それを見つけ、自分なりのコースプランを立てて実行に移していきたい。

 参考ブログはコチラ

http://yaminabe36.tuzigiri.com/fukusima%20nakadoori/hitotoribasi.htm

 記事作成:9月22日(日)~23日(月)

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