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2014年1月15日 (水)

奇跡の生還劇

 この手の話題はタブーだと思い、長い間回避してきた。運良く助かった方はいいだろうが、志半ばで命を落とした方や、その遺族の感情を逆なでするような気がしたからだ。まして、東日本大震災とオーバーラップして、辛い記憶が甦るのではいかと危惧していたからだ。
 しかしながら、私自身も被災者であるため、辛い思いを共有してきた身だし、未だ原発の汚染水問題が解決できていない状況にあり、今でも近所のモニタリングポストの放射線の値は0.3前後で、通常の100倍以上の値を示しているのが現状だ。これが蓄積され、生涯の被曝量を考えると末恐ろしい。従って、今日は、最悪の事故に見舞われて、命の危機に晒されながらも、奇跡的に生還した事故を取り上げ、未だに行方不明で生還を信じている家族への希望を与えるという趣旨でお送りしたい。

 1 チリで起きた岩盤落石事故

 2010年8月5日にチリ共和国北部、コピアポ郊外のサンホセ鉱山で 起こった事故である。 概要. 金と銅を地下624mの位置で採掘してしていた33名の作業 員は 400m付近で発生した落盤事故のために地表に戻ることができなくなってしまった。事故から69日後の現地時間10月13日に全員が救出された。サン・ホセ鉱山 (el yacimiento San Joséまたはla mina San José) は、コピアポの45km北に位置する。鉱山を所有したのはミネラサンエステバン社であったが、のちに倒産した。作業員達が閉じ込められたのは地下634mの坑道内で、これは坑道の入り口から5kmの位置である。この事故後、作業員は秩序を守り、独自のルールを立てて励ましながら救出を待ち、決して望みを捨てなかった。緊急に製作された脱出用のカプセルも名案だったし、彼らの生命力には敬服した。

 2 ハドソン川に着水した機長の英断

 2009年1月15日午後3時30分ごろ、ニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きのUSエアウェイズ1549便が、ニューヨーク市マンハッタン区付近のハドソン川に不時着水した航空事故である。エンジン停止の緊急事態に追い込まれたにもかかわらず、機長の冷静な判断によって墜落を免れ、真冬のマンハッタンのハドソン川に緊急着陸を決行した。乗員・乗客全員が助かったことから、ニューヨーク州知事のデビッド・パターソンはこの一件を「ハドソン川の奇跡」(Miracle on the Hudson)と呼んで褒め称えた。

 3 アポロ13号

 1970年4月11日、アポロ13号は現地時間13時13分に打ち上げられた。月に到着する直前の4月13日、酸素タンク撹拌スイッチ起動により爆発が発生。酸素タンクから急激に酸素が漏れだした。酸素は乗員の生命維持だけでなく電力の生成にも使用するため、重大事態となる。当初、事態をつかみ切れていなかった乗員や管制官たちは、途中まで月面着陸を諦めていなかったが、やがて地球帰還さえできないかもしれないという重大事態であることを把握した。二酸化炭素濃度の上昇、電力の不足。地上の管制センターでは、管制官達だけでなく、メーカーの人間も含め、関係者全員が招集され、対策が練られた。搭乗しなかったケンは、電力をいかに節約するかをシミュレータを使って検討、地上からラヴェルら乗員をバックアップした。残存電力を保つため、船内は最低限の電力しか使わず、ウインナーが凍るほど寒くなるが、乗員同士支え合う。
 しかし、13号がコースを外れていることが判明。原因は、酸素の噴射により軌道のズレが生じたというものであった。誘導コンピュータは電力を使用してしまうため起動できない。このため、手動噴射による姿勢制御を決断。窓の外は船外を漂うゴミと、船内の室温低下とで曇っていてよく見えないが、地球が見えた。これを唯一の目標として、手動による噴射を行い、見事に成功。
 ところが、またもやコースについての問題が露見した。月面に着陸しなかったことで、土産として積み込む予定だった月の石100kg分の重量が不足していたためである。不要物を手動で移動させ重心を調整した。管制センターの計算では、大気圏進入角度がわずかに浅かったが、これは乗員に伏せられた。
 やがて大気圏再突入となるが、再突入時には通常、通信が約3分間途絶してしまう。ケンは何度もアポロ13号を呼び出すが、3分間経っても返答はない。しかし約4分後、交信が入る。限られた資源と時間を使って奮闘した乗務員と管制センターの連携により、彼らは無事に地球に戻ることができ、管制室は歓喜に沸いてハッピーエンドとなる。

 4 東日本大震災の津波からの奇跡の生還劇

 

 平成23年3月11日に発生した東日本大震災。迫り来る津波との一刻を争う逃走劇。車ごと流された主婦が何故助かったのか。その九死に一生を得たドキュメント映像とその回顧録。

 5 奇跡の生還劇の映像集

 かつて日本テレビ系列で日曜夜8時から放送していた「特命リサーチ200X」のリサーチ報告。死に至るのメカニズムや奇跡の生還を遂げた例を取り上げたケーススタディ。

 記事作成:10月19日(土)~12月2日(月)

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