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2014年2月

2014年2月22日 (土)

2014年1~2月期のCMベスト5

 新たに始まったCMのシリーズ記事。2か月に一度、もっとも頻繁に流れているCMの中から、印象に残る作品を5つ取り上げて、勝手気ままにランキングしてしまおうという新企画を考えてみました。つまりこのシリーズを年間6回お送りして、ネタ作りをしたい腹積もりにしたいというわけです。よろしくお付き合いください。

 1位 「ベタ踏みだろう?いいえ」のDAIHATSU タントカスタム

 島根県と鳥取県にまたがる実在する急坂の橋。名前は「江島大橋」。豊川悦司の訝しげな「ベタ踏みだろ?」の問いに、綾野剛のすっとぼけた涼しげな受け答えが何とも憎い。何度見ても女カメラマン役を演じる菅野美穂の存在意味が掴めない。何か続編があってそれで明らかにされるのだろうか。 

 2位 「LOTO7 柳葉&妻夫木のピンチ」

 「全話」→ http://www.youtube.com/watch?v=U4ZlAeyEqrs

 http://www.youtube.com/watch?v=Z629BRiKjJ4

 私のツボのCM。やはりすっとぼけが実にいい。ラストで、真実がバレ、ばつが悪そうにお互いの顔を見合わせる場面が自虐センス抜群。TVの前で視聴者のほくそ笑む表情が浮かんで来そうだ。

 3位 「ソフトバンク えらい上司」(堺雅人登場)

http://www.youtube.com/watch?v=t5R_I7WBdgU

http://www.youtube.com/watch?v=xD5j26W1F_4

 堺雅人と上戸彩のコンビが復活!大人気ドラマ「半沢直樹」の延長のようなCM。一途で、脇目も振らずまっしぐらな性格。まさかホワイト家族の白戸家のお母さん(樋口可南子)が小学校教師で、堺雅人が教え子役の設定とは・・・。

 4位 新CM女王「有村架純」降臨

http://www.youtube.com/watch?v=UCi4QVZkbxg

http://www.youtube.com/watch?v=teXyQVxia-k

 「パズドラ」や「ほっともっと」などCM本数が急増。理由は「あまちゃん」での好演によるところが大きい。キョンキョンのアイドル時代にそっくりでロリ系なところが可愛らしい。

 5位 ユーキャン

http://www.youtube.com/watch?v=0vuj3wvDMpo

http://www.youtube.com/watch?v=ZLglbxktmaQ

 資格取得の通信講座の「ユーキャン」だが、2014年は豊川悦司と井川遥を夫婦役として、ドラマ化したCMで攻勢を仕掛けて来た。

 次点 「DMM.COM」

 あっけらかんローラと清原和博あんちゃんの傑作CMに思わず笑いが・・・。グサリと鋭いところを突かれ、ぐぅのねも出ない清原兄貴。でも悪気のないローラに言われたら、怒りの言葉も浮かばない。実に憎めない彼女。得な性格だ。

 記事作成:2月8日(土)~9日(日)

2014年2月17日 (月)

裏方なのにテレビで脚光を浴びた人たち

 以前、「異色のおじさん芸人」という記事を執筆して当ブログに掲載したところ、今でも多くの方がアクセスしてびっくりしている。芸能界とは不思議なところで、例え犯罪に手を染めた人でも、容易に復帰できてしまい、世間一般の法規範や概念、あるいはモラルが通じない特異分野のような気がする。それをいとも簡単に許してしまう社会通念や今の感覚もどうかと思うが。流行り廃りが激しいこの世界で、話題性があって珍しければそれで脚光を浴び、テレビのレギュラーにまで抜擢される世界である。それが例えば本来、タレントや芸能人を陰で支えるスタッフや裏方であってもだ。今日は、そうした方々に焦点を当て、芸能人でもないのに売れてしまった方々を紹介したい。

 1 石井光三

 東京都出身のタレント・芸能プロモーター 。また、自分の名前を冠した芸能事務所、石井光オフィスの会長(前社長)でもある。
 幼少から子役や端役をこなすも突如裏方に転身。芸能マネージャーの中においても、タレントの売り込みのための押しの強さ、挨拶のやかましさなど、彼の強烈な個性は業界内でもインパクトが強かった。そのため、内輪ネタとして所属タレントのラサール石井に『オレたちひょうきん族』などでものまねされ(『ひょうきん族』では1985年頃から)、一般視聴者にもよく知られるようになる。東京出身であるにもかかわらず、関西弁を使うことでも知られる。かつて松竹芸能に所属しており、1977年に独立したため。放送局の仕出し弁当が大好物で、『ひょうきん族』では石井社長に各局の弁当を当てさせるクイズを行なったことがある。とにかく元気がよく、営業向きで、バイタリティの塊である。現在82歳。

 http://www.youtube.com/watch?v=l5bjbcgwshQ

 2 太田光代

 芸能事務所「株式会社 タイタン」の代表取締役社長・芸能プロモーター、タレント。夫は太田光(爆笑問題)。 かつては本名(松永 光代)で活動していた。血液型はB型。
 吉本興業などの大手事務所の芸人が主要な昨今に無名時代の太田光を支え、個人事務所社長として手腕を振るう。爆笑問題が干されていた時期に、どちらも下戸である爆笑問題に代わって、お笑い番組のディレクターやプロデューサーを積極的に接待し、「爆笑問題の漫才を見てやってください!」と土下座するなど、熱心に営業活動をしていた。
 2009年、バラエティ番組『魔女たちの22時』(日本テレビ系)に「女性企業家のスペシャリスト」として初期にレギュラー出演していた。現在49歳。

 http://www.youtube.com/watch?v=69-HoO76gzY

Ishii Ohta

 3 日景忠男

 日本の実業家。芸能プロダクションJK プランニング元社長。美少年評論家。俳優の沖雅也の養父。東京都出身。
 台湾人の父親と日本人の母親の間に生まれる。実家は台湾の大病院で、裕福な少年時代を過ごし、台湾の大学を卒業後、東京大学大学院に進学。その後は就職もせず、親の仕送りでゲイバーを開いたりと、本人曰く「放蕩息子のような生活を送っていた」。
 ある日、ひょんなことから役者志望の青年(後の沖雅也)と出会い、間も無く共同生活を始める。彼の夢を叶えるべく、プロダクション・JKプランニングを設立。1975年、沖の実父の逝去に伴い養子縁組、養父となった。当時は現在と異なり、同性愛者は完全に奇異の目で見られていた時代であり、生まれながらのホモである日景は、自分は沖の黒子だと言い聞かせ、裏方に徹した。しかし、沖雅也が京王プラザホテルから投身自殺し、マスコミに登場して、その風変わりな容姿に世間の関心は集中した。
 沖の死の翌年である1984年には著書『真相・沖雅也』を発表。この本では自身の生い立ちやセクシャリティについての悩み、沖との出会いから別れなどを赤裸々に綴っている。この頃から、それまで隠してきたホモキャラを前面に押し出したタレント活動を開始した。現在77歳。

 http://www.youtube.com/watch?v=tPzwd6tBTM0

 4 横澤 彪(1937年12月15日 - 2011年1月8日)

 元テレビ プロデューサー。通称「オジン」。東京大学文学部卒業。1995年から2005年6月までは吉本興業で常務東京 本社代表、専務取締役東京本部本部長などを務める。鎌倉女子大学児童学部教授を 経て、晩年はフリーの立場で活動した。群馬県出身。
 1974年に『ママとあそぼう!ピンポンパン』で初プロデューサーを経験し、1980年に『THE MANZAI』で頭角を現し始めた。その後も『らくごIN六本木』『スター千一夜』『笑ってる場合ですよ!』『森田一義アワー 笑っていいとも!』『オレたちひょうきん族』などを手掛け、視聴率低下で苦境に立たされていたフジテレビの立て直しを果たした。また、お笑い界のビッグ3ことタモリ、ビートたけし、明石家さんまをスターダムへと押し上げることに一役買った。『オレたちひょうきん族』では、同番組内コーナー「ひょうきん懺悔室」で神父役として出演していた。ただし、家族は彪の娘がキリスト教系列の学校に通学していた関係から、彪が演じていたこの役を嫌がったという。同じく『ひょうきん族』時代には、TBSテレビで裏番組として放送されていた『8時だョ!全員集合』を意識した、今では考えられない数々の演出を行った。

 http://www.youtube.com/watch?v=g64J-9zicxo

Hikage Yokozawa

 5 保沢紀(おさむ)

 日本のテレビ番組のスタッフであり、元東京衣裳 社員である。「フジテレビ衣裳部の鬼・保沢紀」としてバラエティ番組に出演したことで知 られる。栃木県出身で、地元の高校を卒業後、東京衣裳に入社し、フジテレビ衣裳部詰めとなり、番組の多くの衣裳を手がけた。1985年(昭和60年)7月2日、『爆笑 オールスターものまね王座決定戦』に「フジテレビ衣裳部」という肩書きで審査員として登場、その後、1980年代から1990年代にかけて、同局のバラエティー番組に出演。『ものまね王座決定戦』や、『夕やけニャンニャン』の「アイドルを探せ」コーナーでの審査員として、自らのつくったラメ入りの衣裳を着用し、審査対象の出来に関係なく常に10点を押していた。『ものまね王座決定戦』では、当初、他の審査員同様、1人で1投票枠をもっていたが、ピーコや神山三岬と2人で1枠となった時期もあった。
 フジテレビの組織上「衣裳部」は実在しないが、テレビスタジオ、撮影所に伝統的慣習的に存在する職能名である。保沢の所属した東京衣裳は、フジテレビ衣裳部のほか、東映東京撮影所衣裳部にも常駐している。現在73歳。

 6 渡部陽一 

 日本の戦場カメラマン、フォト ジャーナリスト、タレント。初代・富士市観光親善大使。

 スローテンポと独特なイントネーションで切々と語るその口調に加え、いかにもカメラマンらしいベレー帽とチョッキ姿がトレードマーク。その存在がウケて2010年頃からテレビ番組からオファーが集中し、マスコミやテレビ番組への露出が多くなった。
 平均して1年の半分は海外に滞在して仕事をしており、これまでにルワンダ紛争、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、イラク戦争など、130の国と地域の紛争地域を取材している。EMBED(従軍記者)として紛争地域に赴く。雑誌、テレビ番組などで作品を配信しているほか、ラジオ番組でも現地から直接リポートをしている。血液型はA

 http://www.youtube.com/watch?v=z_1n5pJpgEM

Hozawa Watanabeyouichi

 他にも演出家の和田勉さんや付き人から人気が出て正式にメンバー入りした志村けんや斎藤清六もまた、本業よりもメジャーに躍り出た変わり種だった。やはり何より他を圧倒する個性が光った面々だった。

 また、「モヤモヤさまぁ~ず2」に時々出て来るADの円城寺や「サンジャポ」に登場するジャーナリスト軍団もこの類だろう。曵地伊智朗; 十文字岳; 小日向アツシ;  山田晃久. 宮川剛史; 秋山健太; 海老原沙季. ヒロ田中; 内堀杏美; 鈴木秀明. 小林のん;  山川俊司らがそうだ。特に、サスペンダー姿のぽっちゃり系中年男の鈴木秀明は、番組内で嫁さんさがしのコーナーまで立ち上がったし、番組の裏の顔としてエンディングには欠かせなくなった。

 一方、アットホームな番組作りを提供してきたフジテレビの名物ディレクターやプロデューサーも画面に突出することが多かった。港浩一ディレクター、石田弘プロデューサーなどは、よくその顔が放送されていた。

 また、確かに芸人ではあるが、一時期露出度が激しかった方をピックアップしたい。

 南洲太郎

 かつて1980年代に、フジテレビの「夕やけニャンニャン」の準レギュラーとして出演し、おっさん顔と体型ながら、「南洲ちゃんですっ!」というそのなよなよした喋りで脚光を浴びた。

Nansyu

 参考記事 「異色のおじさん芸能人」 

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-ad72.html

 記事作成:1月26日(日)

 追記

 このような記事を書いた後に、「サザエさん」の磯野波平お父さんの声を担当された永井一郎さんが急逝された。ずっとあの声を聞いて育った私としては、あまりにも急で信じられない気持ちで一杯だ。知らないうちに歳を重ねていた。彼は80歳を越えていたとは・・・。フネの声を担当されている声優さんも87歳で、もうすぐ90歳になられる。「ドラえもん」のように声優を総入れ替えになる時期が近いかもしれないが、できるだけサザエさんファミリーは今のスタッフのまま頑張っていただきたいと思う。永井一郎さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌。

2014年2月13日 (木)

ドラマチックCM集~JR編~

 JR東海のCMシリーズは、1980年代のJR発足以降、毎シリーズとも華々しくてドラマティックな演出が施されていた。もちろんその最高峰は「クリスマスエキスプレス」だが、季節や時代、あるいは時期ごとに、人生模様を美しく、かつ繊細に描写し、人生観を巧みに映し出していた。今日は「生きていること」を実感させてくれるCMを特集でお送りします。

 1 JR東海プレイバック・エクスプレス

 1988年制作。これは元気が出るCMだ。人のつながりや絆を感じさせてくれる。バックに流れる「Heaven is a Place Earth」が心地よい。いろいろな想い出の一コマが一つになってその人の人生を形成しているということを感じさせてくれるCMに仕上がっている。

2 クリスマスエキスプレス

 http://www.youtube.com/watch?v=hBWgSmmskw8

 こちらは人生模様というよりも恋人たちの甘いロマンスを演出している。このようなシチュエーションを女の子の誰もが夢見ていたことだろう。1990年代のひと冬の夢物語。そんなほのかな憧れを叶えてくれたJR東海からの粋なクリスマスプレゼントだった。

 JR東日本SKI SKIスキー

 「青春は純白だ JR SKI SKI」 (本田翼編)

 

http://www.youtube.com/watch?v=a062CUI7G8Q

 「ゲレンデマジック~全部雪のせいだ~」(川口春奈編)

 空前のスキーブームが巻き起こった1980年代。誰もがカラフルなスキーウェアに身を包み、一シーズン限りの「ゲレンデ冬物語」を夢見ていた。後楽園、新宿、汐留発着のスキーツアーバス、仲間とドライブ、あるいは東北&上越行きの新幹線でトレンディーに決めて往復した。カップルで乗るリフト、ゲレンデでの他愛のない会話、レストハウスやペンションでの気の合う仲間との語らい。様々な場面が時代を作った。もちろん私もその時代に20代だったので、その雰囲気を満喫し、一シーズン30回のスキーを経験した。このようなカップル向けのドラマチックなCMが多数制作された。JRスキーだけでなく、VICTORIAやアルペンもオシャレな出会いを演出するCMを多数制作し、放映した。とにかくバブル期や80年代は夢多き時代だった。

 最後のトリはトレイン(ケツメイシ)!

http://www.youtube.com/watch?v=cVTe3FdXlm0

 私たちの生活に切っても切れ離せない鉄道。まるで人の人生どこまでも続く線路のように、延々と続き、終わりが見えない。命を終える瞬間まで果てしない旅は続く。その間に目る風景はどんなものだろう。綺麗な大海原を眺めながらの心地よい車窓か。激しい風が窓を叩く嵐のような悪天候の中をひたすら突っ走っている情景か。はたまた山あり谷ありの険しい道のりなのだろうか。たぶんそれは、死ぬ寸前に、自分の人生を振り返った時に感じるものだろう。このPVを見ると、そんな感慨を素直に感じてしまう。「よくぞ日本人に生まれけり」を実感できる人生を最後まで歩んでいきたい。移り行く日本の四季を肌で感じ取りながら・・・。

 記事作成:2月8日(土)

2014年2月12日 (水)

時代の寵児とその後の顛末(天国と地獄)

 今日はもしかすると批判続出になるかもしれないが、これまで芸能界の緩すぎる体質に誰も「喝」を唱えることはしなかった経緯から、あえて公開したい。タイトルは「時代の寵児とその後の顛末」である。八面六臂の活躍でその時代を築いたり、その時期を象徴するような人物として脚光を浴びたにもかかわらず、その後、どういうわけか不遇に見舞われ、天国から地獄へ突き落され、運命のいたずらに弄ばれたとしか言いようがない、いわば極端すぎる芸能人にスポットを当てたい。もちろん個人を非難したり、揶揄する意図は毛頭ないことを先にお断りしたい。自分自身の教訓になるような内容なので、ぜひ目をそらさずご覧いただければ幸いだ。

 横浜銀蝿 (翔)

  • 1979年9月21日 - 翔、Johnny、TAKU、嵐の4人でバンドを結成。正式名称は「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL」。「TCR横浜銀蝿RS」とも表記する。
  • 1980年9月21日 - アルバム『ぶっちぎり』、シングル『横須賀Baby』の同時発売でデビュー。
  • 「銀蝿一家」として、弟分グループ「紅麗威甦」(ぐりいす-杉本哲太在籍)、嶋大輔、妹分アイドルの岩井小百合などがデビュー。
  • 1983年7月23日、テレビドラマ『ザ・サスペンス・川崎探偵団』に出演。
  • 1983年12月31日 - 解散。
  • 1998年1月1日 - 「横浜銀蝿」として翔、TAKU、嵐の3人で再結成。
  • 2002年 - 7月23日に「横浜銀蝿」解散。

     リーゼントの髪形にサングラス、ライダー革ジャン、白いドカン(ズボン)という独特の服装をギミックとして登場。「ツッパリ」、「暴走族」といった当時の時代風潮に乗り一気に若者の人気を獲得した。楽曲としては、4人で演奏するシンプルなロックンロール、バラードなどから、笑いを誘うコミックソングまで幅広いものがある。ツッパリHIGHSCHOOL ROCK'NROLLは私が高校時代に大ヒットし、同じ格好をした若者で街は溢れかえった。言葉遣いは荒く、額にはソリ入れ、カバンはぺしゃんこ。訳もなくとんがっていきがっていた。

  •  地獄は、1997年に翔が覚せい剤取締法違反で逮捕され、その後不起訴処分となったが、1999年にも同取締法違反の罪で再び逮捕され1年4ヶ月の実刑判決をうけた。さらには2003年4月24日に覚せい剤取締り法違反で現行犯逮捕。警視庁北沢署によると同署員が渋谷区内で路上駐車していた不審な車を見つけ職務質問し車内を捜索したところ、所持していたバッグから覚せい剤数グラムを発見、現行犯逮捕した。3度目の逮捕の際に責任を感じたのか、実兄である嵐が髭を剃り、坊主頭となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=lQnkxbE4b_A

     小室哲哉

     1990年代にavexを率いてtrf、安室、MAX、華原朋美、篠原涼子、ダウンタウンなどとコラボして次々とヒット曲を世に送り出したキングオブヒットメーカー。自らもTMN、globeでメガヒットを連発した。しかし、多額の借金返済に困り、詐欺行為で逮捕。夫人のKEIKOも脳溢血で死線をさまよった。栄華と挫折の両方を味わったアーティスト。

     すると、この記事を書いた後、今度は小室哲哉本人が事故に遭い、怪我をするというハプニングが起きた。何か、私が記事を書いた人が、脚光を浴びるという不思議な現象がずっと続いているのが気にかかる。

     堀江貴文

     日本の実業家。株式会社 ライブドア元代表取締役社長CEO、SNS株式会社オーナー兼従業員、株式会社7gogo ファウンダー。愛称はホリエモン。1991年(平成3年)東京大学教養学部文科三類に合格・入学、八女を離れて上京、駒場寮の北寮へ入寮し、1・2年次を駒場寮で過ごした。大学1年の時に赤本(東京大学・文系)に合格体験記を寄稿している。 1996年(平成8年)4月、有限会社オン・ザ・エッヂを設立(なお、堀江はオン・ザ・エッヂを設立後に大学を中退している)。設立資金600万円は当時のメンバーの父親により出資された。1997年に株式会社に改組。同社は、当時のインターネットが普及しはじめた黎明期に、いち早くホームページ制作・管理運営を行う会社として注目を集め、レコード会社などの一流企業のサイト制作を請負いながら急速に成長していった。2002年、経営破綻した旧ライブドア社から営業権を取得した。
     2004年に経営難でオリックス・ブルーウェーブ(現:オリックス・バファローズ)との合併が決定されたプロ野球球団、大阪近鉄バファローズ買収を申し出たことから一挙に注目を浴びる。買収の申し出を拒否されると、今度は東北に新球団を設立する計画を発表。球団名を「仙台ライブドアフェニックス」とし、監督としてトーマス・オマリーを招聘すると発表した。またサラブレッド馬を購入したりと、やることなすことが派手でその都度注目を浴びることとなった。
     2005年2月、社長を務めるライブドアはニッポン放送の株を35%取得、同社最大株主となる。その後2月21日現在ニッポン放送株を40.1%取得。なお、株取得が報道された直後から当時ニッポン放送の子会社だったフジテレビジョンを出入り禁止になり、平成教育2005予備校から降板させられた。この時にフジテレビと大きな騒動となり報道機関が殺到することになる。その時に彼が言った言葉で有名なのは、主に「想定の範囲内」という言葉がある。
     2006年1月16日 - 証券取引法違反容疑により、六本木ヒルズのライブドア本社や堀江貴文の自宅など、東京地検特捜部による家宅捜査が行われる。1月23日 - 証取法違反(風説の流布、偽計取引)容疑で東京地検特捜部により、財務担当の取締役宮内亮治、ライブドアマーケティング社長岡本文人、ライブドアファイナンス社長中村長也とともに逮捕される。2月13日、公判請求。2月22日 - 証取法違反(有価証券報告書虚偽記載)容疑で再逮捕。同時に熊谷史人代表取締役も逮捕される。3月14日、追起訴。3月16日に岡本、翌3月17日宮内と中村、熊谷は4月5日にそれぞれ保釈されたが、堀江の保釈請求は通らなかった。4月26日 - 東京地裁は、堀江から出されていた3回目の保釈請求に対し、保釈を決定した。保釈保証金は3億円。堀江側はこれを小切手ですぐに支払ったが東京地検が準抗告したため、保釈の執行は停止された。翌4月27日、東京地裁は東京地検の準抗告を棄却し堀江の保釈が認められる。
      2007年1月26日 - 最終弁論が開かれる。堀江は涙声で「取り調べなしに突然逮捕された」「おまえをつぶすという意気込みで、こちらは商売できない」などと、検察とは逆に堀江側が検察を痛烈に批判した。3月16日 - 東京地裁で判決公判が行われ、小坂裁判長は「上場企業の責任者としての自覚が微塵も感じられない」などと述べ、懲役2年6ヶ月の実刑判決(求刑懲役4年)が言い渡された。主任弁護士の高井康行弁護士は後の記者会見で「非常に不当な判決」として東京高裁に即日控訴した。保釈金2億円を追加納付して再保釈。
      2008年2月22日 - 東京高裁にて控訴審が行なわれたが、堀江自身は混乱の恐れがあるとして出廷しなかった。
      2008年7月25日 - 東京高裁は堀江の控訴を棄却し、1審の懲役2年6か月の実刑判決を支持した。弁護側は最高裁に即日上告した。
      2011年4月26日 - 最高裁(第三小法廷)は上告を棄却。懲役2年6か月の実刑判決が確定した。これに対して28日、「被告の職業を不詳とした決定は不当」と異議申し立て。5月20日、同小法廷は異議申し立ても棄却し、収監される事が決定した。

     千昌夫

     彼は岩手県出身の歌手だが、東北弁丸出しで、泥臭いコスチュームで登場した。出世の象徴とされる額に大きな黒子がトレードマークだった。すぐに彼は歌手としての頭角を現した。「星影のワルツ」が大ヒットし、巨額の富を手にした。貧乏根性が染みついた印象で、成金根性がありありだった。アメリカ人歌手のジョーン・シェパードと結婚。「サンキューベロマッチョ」が口癖となった。しかし、小学生の頃に父親を亡くし、それ以降目的のためなら苦労を厭わず、努力を惜しまぬバイタリティーに溢れていた。また、交友関係が広く、芸能界でも顔が利いていた。また、郷愁誘う「北国の春」が大ヒット。再び大金持ちになった。すると彼は投資に手をだし、実業家として大儲けに走るようになった。何軒もの飲食店を所有し、数軒のホテルを次々買収。次第に彼の周りに人や金が集まりだした。そして、ホテル王との異名がつくまでになった。しかし、バブル崩壊により、彼は多額の負債を抱え込む事態に陥った。1,000億円を超える借金を抱えていると言われていたが、その借金の殆どは旧長銀から借り入れた金であり、一時国有化による公的資金投入で一時期3,000億円を超えた借金は、1,000億円にまで棒引きされた。その後、民事再生法の適用により2002年「6年間で約1億5,000万円を返済すればよい」ということになった。金の切れ目が縁の切れ目。長年連れ添った夫人と離婚し、トレードマークだった黒子も除去し、本業の歌手として再出発を図った。

     モー娘。

     今でも彼女たちの根強いファンが多いので、批判的なことを言うつもりはない。しかし、2000年代初頭のあの日の出の勢いは影をひそめてしまった。初期メンバー(中澤裕子・安倍なつみら)が「LOVEマシーン」などの大ヒット曲を世に発表し、若い子らがあの踊りを真似してはカラオケで盛り上がっていたあの絶頂期から比べれば、今や風前の灯である。そのかつてのメンバーにも災難ともいうべき不祥事が降りかかっている。「ミニモニ。」の3人のメンバーのうち2人が、今や表舞台に立てない状況。加護亜依と矢口真里だ。また後藤真希も実弟の不祥事によって無期限活動停止状態に陥っている。つんくプロデュースだが、オーディションでメンバーを増やしていく手法は、かつてのおニャン子クラブの秋元康と同じアイドル商法だし、その天才秋元のリベンジによって、返り討ちにあった印象は否めない。今では「AKBグループ」や「乃木坂46」の猛威の前に歯が立たず、細々と活動を継続しているように見えてしまう。それは「アイドリング」も同様だ。

     田代まさし

     彼もまた懲りない面々ということになる。覚せい剤などの不祥事を繰り返し、転落人生を歩んでいる典型例。うわべだけの謝罪や反省態度に終始し、中身や内面は全く変わらない。彼を「神」と称してチヤホヤしているファンも悪い。彼の心底からの復帰を願うならば、彼には厳しい態度で接するべきだ。かつてはシャネルズやラッツ&スターのメンバーとして君臨。ヒット曲にも恵まれ、スターの階段を着実の昇っていた。そしてソロ活動としても番組の司会やMC、志村けんとのコンビでバラエティにも次々と出演した。とりわけ「夕やけニャンニャン」の司会や「いたずらウォッチング」は冠番組で、視聴率も高く、若者を中心に人気を博した。

     地獄の始まり

     2000年9月24日に東急東横線都立大学駅構内において帽子、サングラス、マスクという姿で女性の下着を盗撮しようとしている様子を目撃者が通報。不審人物として警察が任意同行し事情聴取、東京都迷惑防止条例違反で書類送検。同年12月14日に東京簡裁から罰金5万円の略式命令が下り、田代は一時芸能活動を休止した。
     2001年12月9日、田代は近所の男性宅風呂を覗いたとして軽犯罪法違反容疑で現行犯逮捕された。さらに自宅から覚醒剤が発見され、覚醒剤所持・使用容疑で12月11日、再逮捕された。これを受け、当時田代の所属していたエムティエムプロダクションは同年12月11日付で田代を契約解除した。2002年3月、裁判で懲役2年執行猶予3年の判決を受ける。  
     2004年春頃にはテレビ界復帰も検討されるようになったが、同年6月17日に青梅街道の「転回禁止」の場所でUターンした後、オートバイに乗った男子学生に衝突する人身事故を起こしたため復帰が白紙に戻る。さらに執行猶予中の2004年9月20日夜に再び覚醒剤及び刃渡り8cmのバタフライナイフを所持していたとして銃刀法違反と覚醒剤取締法違反の現行犯で逮捕された。
     2005年2月7日、東京地裁で開かれた判決公判で執行猶予中の再犯のため等を主な理由とし懲役3年6月の実刑判決が下され、同年3月16日付で東京高裁への控訴を取り下げたため刑が確定、事実上の芸能界引退となる。
     刑期を終えた2008年10月に公式サイトおよび公式ブログを開始。トップページの画像には「神降臨」の文字が記載される。インターネットにおいて話題となり、100万を超えるアクセス数を記録した。2010年9月16日午前2時10分頃、横浜市中区新港1丁目赤レンガパークの駐車場内にてアジア太平洋経済協力会議(APEC)国際会議の応援警備に当たっていた福岡県警察本部の警察官に職務質問を受けた際、コカインをポリ袋に入れて所持していたことが発覚し、直ちに麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で神奈川県警察本部横浜水上警察署に現行犯逮捕された。後日には一緒にいた女性のバッグや玄関から覚醒剤、コカイン、大麻を隠し持っていたとして、同年10月14日に覚せい剤取締法違反(共同所持)の容疑などで2人とも再逮捕された。
     2011年7月1日、横浜地裁で開かれた判決公判で薬物の常習性が顕著等を主な理由とし懲役3年6か月の実刑判決が下され、同年7月15日付で東京高裁への控訴を取り下げたため刑が確定した。2014年1月現在、府中刑務所に服役中。

     追記(芸能人絡みのドラッグ事件・・・復帰された方もいるので、埋め込み処理は自粛)

    http://www.youtube.com/watch?v=4W_6KyDOhbw

     懲りない面々は、ほかにも清水健太郎、岡崎聡子、小向美奈子、押尾学らがいる。一度手を染めると常習し、善悪の判断を鈍らせ、再び依存症となり、なかなか止めて真人間に戻ることが難しくなるようだ。

    http://www.youtube.com/watch?v=DvrMeTvdH00 (清水健太郎)

    http://www.youtube.com/watch?v=KbTHKMSSovk (岡崎聡子)

    http://www.youtube.com/watch?v=ZIryv5IAMpI (小向美奈子)

     さて、今回の記事に対しては批判があることでしょうが、身から出た錆と言えるような人も含まれてはいるが、人間いつもいいことばかりではないということを彼らを見ていてつくづく感じてしまう。運命のいたずらなのか、それとも神が仕組んだことなのか。栄華がいつまでも続くことはなく、その見返りとして試練を与えるのだと。そう考えれば、人間欲張らず、堅実に生きるのが一番良いように思える。一生一度、野心をもって悔いがないようにやりたいことをやるのも男のロマンだが、そううまい話は転がってはいない。バイオリズムのように浮き沈みがあるのが人生だろうが、たった一度の夢のためにその見返りが長年続くようでは意味はない。太く短くか、細く長くかはその人の判断に委ねられているように思えてならない。これが半世紀近く生きた私自身が得た人生訓であり、結論になると思う。

     記事作成:平成25年10月5日(土)~平成26年1月26日(日)

  • 2014年2月11日 (火)

    卒業シーズンに聴いてほしい名曲PV

     今年もまた「卒業シーズン」を迎える。新たな旅立ちのめでたい記念日であるが、一方では一緒に過ごした学び舎とかけがえのない友達や恋人との別れも意味する。進学や就職などで、新しい世界や新天地での出会いを期待しながらも、慣れ親しんだ場所を後にしなければならない一抹の寂しさ。誰もが経験する人生の一コマである。そんな別れと旅立ちを演出してくれる素敵な歌とPVを紹介したい。ぜひ、今日一日はその感傷にどっぷり浸ってもらい、明日からは前向きに新しい第一歩を歩みだしてほしい。ここ福島県は3月1日が、県立高校の卒業式にあたるため、その門出にこの記事をはなむけとしてお送りします。

     「未来予想図Ⅱ」 by  Acid Black Cherry 

     ドリカムのカヴァー曲だが、登場する女の子(早瀬かな)が結構可愛いので気に入っている。女の子の妄想が入った、メルヘンチックでかわいらしい物語となっている。ぜひ削除されないでずっと残してほしい美しい動画映像だ。こういうPV映像を見ると、つくづく若いっていいなと思う。自分にも青春時代や恋愛時代はあったし、こうした映画やドラマの一コマのような出来事もあった。

     早瀬かな

     1993年2月11日生まれ(この記事アップ日が21歳の誕生日)
     血液型:O型
     出身地:熊本県
     所属:GURRE
     公式HP:http://profile.ameba.jp/kana-h17/

     「記念日~Aniversary~」  by SoulJa & Missilim (松任谷由実)

     このPVも昔から大好きだった。立教大学出身のグラビアアイドルの長崎莉奈と、山形出身のシンガーソングライターのISSEI(吉見一星)が共演したPVは運命を感じさせる演出がウケた。卒業で離ればなれになった二人が、お互いの必要性を実感し、運命を感じ取る内容は同じ境遇の卒業生に共感され、アクセス数が急騰した。もちろん原曲は松任谷由実だが、珠玉の一曲に仕上がったと思う。

     桜color  by GReeeeN

     春は出会いと別れの季節。そのドラマの一コマを彩るのが薄紅色に咲き誇る桜。涙という名の花びらを散らし、乾いた頃に、人は新しい世界に旅立っていく。日本に四季があるからこそ、さまざまなドラマを生む。人を想い、人恋しく、そして人に傷つきながらも、また人を愛す。この繰り返しを演じながら、人は人生を謳歌する。そんな一コマをサポートしてくれる珠玉の一曲だ。

     Someday  by 佐野元春

    http://www.youtube.com/watch?v=H2g_7NpxuDI

     これは1980年代後期に、JR東海のCMとして制作された「ファイトエクスプレス」のシリーズCM。春は旅立ちの季節。新幹線で遠くに旅立つ若者の群像を描いた。学生時代にお世話になった方々に挨拶し、新しいステージへと歩んでいく。私の息子もそうだが、今年、高校を卒業する皆さんにこの曲を贈ります。

     NTTドコモ「それぞれの旅立ち」

     2014年制作・放送のCM。卒業式の最後のホームルームの後、三々五々帰って行く卒業生たち。誰もいなくなった教室の黒板には、3年間の想い出や感謝の言葉がいっぱいに詰まった寄せ書きメッセージ。打ち上げに向かうグループもいるし、まだ受験の真っ只中で、次の試験地に足早に向かう生徒もいる。女の子の仲良しグループは記念の写メ撮影。いろいろな3年間のドラマがあったに違いない。大人への階段を登る途中で、誰もが経験した出逢いと別れ。何か懐かしさと共に青春時代の想い出が鮮やかに甦ってきそうな映像だ。

     記事作成:2月2日(日)

    2014年2月 7日 (金)

    福島県の若手女子アナ特集

     今日は、「女子アナフリーク」を自認する私が、地元の福島県において、昨年4月入社で新たな局の顔として頑張っている注目の20代の若手女子アナを5人紹介したい。中にはアナウンサーになる前の過去の画像や映像も含まれているが、悪意は全くなく、心から応援したいため、その人となりを理解してほしく、あえて掲載することを理解していただきたいと思います。ぜひ県内のテレビ業界に新風を吹き込んでほしい。

     <福島中央テレビ>

     小野紗由利(おのさゆり)

    Onosayuri Onosayuri2

     以前にも本ブログで掲載した今、ぴかイチの可愛さで頑張っているのが小野アナ。いわき市出身で、高校卒業後には上京して東京の大学に進学。在学中は「相沢紗由利」の芸名でモデルの仕事をこなしていた。特にカメラ雑誌の「CAPA」では、被写体のモデル役を務めながら、その撮影テクニックを生徒役として学んだ。また、「クリック証券」などのTVCMに出演した経歴もある。その後、アナウンサーへの道を志してからは、「東京アナウンスセミナー」という専門学校にも通い、ボイストレーニングやアナウンサーとしての資質を学んだ。ちなみに同じ13期生には、昨春に同期入社した野尻英恵アナがいる。珍しいダブル採用だった。良いところのお嬢さん風の彼女のプロフは以下の通り。

     1991年3月5日生まれの22歳。きゃぴきゃぴの新卒アナ。血液型はA型。趣味は早朝ランニングと物産展めぐりらしい。アイスクリーム好きとのこと。特技はバドミントン。小学生の頃に放送部に所属していたことが、アナウンサーになりたいと考えた契機となったようだ。

     モデル時代の「DrillSpin」掲載のプロフはコチラ をクリック!

     「福島中央テレビ」の公式プロフはコチラ http://www.fct.co.jp/announce/profile/ono-s/

     「東京アナウンスセミナー」のHPはコチラ http://anasemi.jp/obog.html#mhokuhoku

     その他の画像

    Ono3 Ono4 Ono5

     県内の女子アナの中でダントツに可愛い。以前モデル活動していたのもわかる!FCTの担当は、番組のリポーターや20:54からのFCTニュースなど。彼女を見ていると、女優の菊池麻衣子さんを彷彿させる。ロングの黒髪がオジサン世代には実にいい。

     追記

     「FCT・小野紗由利アナウンサー」の記事はコチラ↓

     http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/fct-7724.html

      http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/fct-de04.html

     野尻英恵(のじりはなえ)

     小野紗由利アナと同期入社。彼女と同じ「東京アナウンスセミナー」13期生出身。
     彼女はなんとイギリス生まれ。育ったのは「白線流し」で有名な長野県松本市。英語が堪能で、趣味も旅行、世界遺産、ダンスと多彩。活動的な性格。小野アナと同じ歳で新卒バリバリの新人アナなのに、とても大人っぽい印象。

     12月30日生まれ。血液型は測ったことがないが、本人曰くAかBとのこと。私はあの明るさからしてB型のような気がする。中学生の時に市内のPTAに向けて学校紹介の演説をし、ほめられてうれしかったことがアナウンサーを意識したきっかけだとか。

    Nojiri1 Nojiri2 Nojiri3

       Nojiri4 Nojiri5

     「東京アナウンスセミナー」の卒業に寄せての紀稿はコチラ をクリック!

     福島中央テレビは「美人アナ」2名を採用し、他局より一歩抜きん出た印象。

     <福島放送>

     飯田麻菜美(いいだまなみ)

     彼女はとにかく明るい。ケラケラ笑う。たぶん笑うと止まらないタイプ。福島放送は、千原礼子アナや安藤桂子アナが若手女子アナにいるが、さらにフレッシュな超元気印のアナウンサーが加入したことで、ポジティブと明るさがアップし、良い意味で波及効果がある。

     彼女のプロフは以下の通り。

     東京都出身でふたご座のB型。趣味は、B型に好きな人が多い「韓流ドラマ」鑑賞。アクティブで体を動かすことが大好き。写真を撮ることも好きだとか。2013年3月立教大学卒。

     http://www.maniado.jp/community/neta.php?NETA_ID=19650

     福島放送(KFB)の公式HPはコチラ→ http://www.kfb.co.jp/ana/iida/profile.php

     担当番組は土曜深夜の「べしゃるーむ」や番組内の取材リポーター、お天気情報。

    Iida1 Iida2 Iida3

     <福島テレビ>

     宍戸真詩美(ししどますみ)

     彼女はつい最近(平成25年12月)番組に出演するようになった。デビューはクリスマスの日のお昼の天気コーナー。その後、FTVの名物番組「サタふく」の中継リポーターも務め、徐々に出番と露出度が増えて来ている。外見はお姉さん&お嬢様風。長い黒髪がチャーミングで美人系。実に初々しい。プロフはコチラ。

     1987年2月10日生まれ。宮城県仙台市出身。ハーブティーアドバイザーの資格取得。血液型はA。

    http://joshianamatome.blog.fc2.com/blog-entry-2549.html

    FTVの公式HPはコチラ http://www.fukushima-tv.co.jp/announcer/shishido.html

     大学生の時にモデル事務所「Claudia」に所属し、テレビなどのリポーターをしていた。現場を積み重ねるうちに、喋る仕事に就きたいと思ったらしい。好きな食べ物は湯葉やカニ、ウニと若い子にしては珍しい。

     4年以上前の芸能事務所所属時代の彼女の画像はコチラ をクリック!

     モデル時代の所属事務所の公式HPはコチラ https://archive.is/3Rni

     「スパイスプロダクション」在籍当時のプロフ http://www.spice-p.com/talent/13.html

    Shishido2 Shishido
    Shishido3 Shishido4

     芸能事務所に所属し、モデルやタレント活動をしていただけに、その外見からは想像できないほどのスタイルの良さだったようだ。2月1日のサタふくで、「アルツ磐梯」スキー場から中継したが、スキーウェアが眩しかった。宮城出身だが、ずっと長く福島県にいてほしい。

     福島テレビ「いっしょに歩こう!ふくしま」のCMはコチラ

     福島テレビ 延増惇・宍戸真詩美・岸野文絵アナウンサーが出演しています。

     <テレビユー福島>

     梅田澪理(うめだみおり)

     彼女は美人で癒し系の女子アナ。2013年新卒入社の新人アナ。早速プロフを紹介。

     生年月日 1990年6月15日(23歳)
     出身地   大阪府
     出身大学 青山学院大学(陸上部マネージャーとして活躍)
     血液型   A型
     趣味    ランニング、旅行(スペイン・フランス・オーストラリア・中国・ハワイ)、散歩
     特技    走り幅跳び、秘書検定2級取得、ひとりカラオケ
     担当番組 「はぴスタ」

     青学時代の陸上部マネージャーの画像はコチラ

    http://agu-athletics.org/graduate2012.html

     学生時代はイベントのコンパニオンもしていたという。

     2010年「ジャパン・ゴルフ・フェア(Japan Golf Fair)時の画像はコチラ

    http://pamerane.blog89.fc2.com/?q=%E6%A2%85%E7%94%B0%E6%BE%AA%E7%90%86

     大学3年次、第28期日本テレビイベントコンパニオンの画像はコチラ

    http://www.ntv.co.jp/evecom/blog/

     担当番組「はぴスタ」中の彼女のコーナー「梅田日和」はコチラ

    http://www.youtube.com/watch?v=Tz9_DAQpCvg

     色白でおっとり爽やか風の印象とは裏腹で、かなりアウトドア派のアクティブ少女。昔いたアイドル歌手の岩井小百合に似ている。ロングヘアーとえくぼがトレードマークの彼女に目が離せない!

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     さて、昨年の4月に入社し、その後、研修やトレーニング期間終え、最近になって番組出演したばかりの新進気鋭の若手女子アナを紹介しましたが、そのフレッシュさが伝わったでしょうか。中には、思いがけない過去やびっくりするような素顔を持った方々もいるようだ。意外にも県外出身者が多くいて、この原発被害で大変な福島県に縁あって来てくれてうれしく思う。せっかくこの地を踏んだわけなので、県内の隅々を訪れ、福島県の美しい自然や観光名所、名産品や食べ物などを満喫し、それらを県内外を問わずPRしてほしいと思う。彼女たちの今後に乞うご期待!
     なお、まだ紹介しきれないアナウンサー(福島テレビ・安河内程子アナやテレビユー福島・藤原梨香アナなど)もいるので、折に触れて追加で紹介したい。

     最後に、掲載しました画像は、各テレビ局のHPにある「アナウンサー日記ブログ」から引用させていただきました。

     記事作成:2月2日(日)~2月3日(月)

     追 記: 関連ブログ紹介

     「福島テレビの新加入アナウンサー」(H27.4.2)掲載はコチラ

     http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-2cc4.html

     「福島のテレビ局の20代女子アナ」(H27.4.29掲載)はコチラ

     http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-c2f2.html

    2014年2月 5日 (水)

    O型女性に惚れやすいA型男性

    はじめに・・・「血液型別性格診断」に興味のない方は閲覧をご遠慮ください。
    また、少々長くなるので、読まれる方は、心して読んでいただきたいと思います。
    昨年の12月初旬に、当ブログで「B型男性に惚れやすいA型女性」という記事を書いたところ、今でも毎日100件を越えるアクセスがあるほどの反響がある。「血液型別性格診断」は、賛否両論あり、しばし批判的なコメントを寄せる方もいるにはいるが、人間相手の職に就いている私には格好の判断材料だし、人間関係を円滑に遂行する上で、即効性の高い有効な資料にも成り得る。私のように長らく人間観察をしていると、血液型の差異によって、発想や持論、性格、行動までもがこれほど異なるものかと、興味津々になる半面、深入りすればするほど怖くもなる。しかし、そうした異なる性質の傾向をつかめば、たとえば時間に対してルーズで、自分勝手と思われがちなマイペースのB型を前にしても、「血液型のせいにしてしまえば、あまり目くじらをたてずに済む」という具合だ。まぁ、人間関係を円満に行うための、ひとつの参考資料にしておけば、誰にも何の迷惑もかからないというものだ。
     さて、今回は、日本人の約4割を占めるA型の特徴の第二弾として、「A型男性がO型女性に惚れやすい」という視点で論証してみたい。
                                            
     私の友人のA型男性は、これまで好きになる芸能人は圧倒的にO型女性が多かったと言っている。
     古くは天地真理、岡田奈々、桜田淳子、木之内みどり、80年代には伊藤つかさ、小泉今日子、田中美佐子、有森也実、90年代は鶴田真由、森高千里、最近でも小野真弓、安田美沙子、梅沢由香里、長野美郷、吉高由里子、桜庭ななみ、瀧本美織、山岸舞彩らがいる。上に挙げた方々は、実は私も大好きだった面々だが・・・。
     理由を聞くと、何でも許してくれそうな雰囲気と色白で丸顔なのが人懐っこい印象を与えるという。そして何より、おおらかであまり細かいことにこだわらない点が、癒しになるという。私はこれはA型男性が、日頃から几帳面で神経質、正義感や責任感が強く、自分を上手に表現できないような自制心で抑圧された生活を日々送っていて、そのストレスを溜め込みやすい性質を、こうしたO型女性の持つ雰囲気や性格が癒しの元になると考えてのことだと思う。                             
     では、まずはO型女性の性格や行動面での特徴を挙げ、O型有名人を列挙したい。
                                           
                                         
     <O型女性の特徴>

     社交的でバイタリティがある。個性的な人が大好き。自己顕示欲や独占欲が強い。力関係に敏感で長いものに巻かれやすい。ストレートな感情表現。風見鶏傾向。甘え上手。おおらか。くよくよしない。物事を肯定的にとらえる。細かいことに執着しない。ずぼらで大雑把。赤色を好む。年下にはお姉さん風を吹かせて命令したがる。金銭感覚に優れる。がめつい。ロマンチストだが、現実的な思考回路も併せ持つ。恋愛問題(三角関係など)に巻き込まれる傾向が強い。早婚傾向。体の特徴は、色白美肌だが油断すると肉がつきやすく太りやすい体質。胸が大きい。丸顔だが、とんがり顎に特徴があって、口と歯が大きい。鼻筋が通っている。声がよく通る。髪のカラーリングやネイルが大好き。ベビーフェイス。歳下と結婚するケースが多々ある。離婚率が高く、シングルマザーが多い。                                      

     <歌手・女優・モデル・タレント>

     吉永小百合、天地真理、麻丘めぐみ、桜田淳子、伊藤蘭、増田恵子、鶴田真由、
    小泉今日子、河合奈保子、伊藤つかさ、新田恵利、高井麻巳子、石原真理子、
    島田奈美、西村知美、山瀬まみ、有森也実、森高千里、優香、田中美佐子、
    川島海荷、壇蜜、松井玲奈、本田翼、上戸彩、深田恭子、神田うの、和田アキ子、
    千秋、広末涼子、北川景子、三田佳子、宮崎あおい、後藤真希、相武紗季、
    加藤あい、井上真央、南沢奈央、桜庭ななみ、小池里奈、篠原愛実、徳永えり、
    戸田恵子、山田優、小雪、熊田曜子、深津絵里、蛯原友里、内山理名、天海祐希、
    松任谷由実、大塚愛、中山美穂、一青窈、美空ひばり、坂本冬美、蓮沸美佐子、
    矢田亜希子、真矢みき、中島みゆき、市毛良枝、香椎由宇、スザンヌ、平愛梨、
    北乃きい、倉科カナ、成海璃子、小嶋陽菜、指原莉乃、川栄李奈、大島涼花、
    木崎ゆりあ、田部未華子、中村玉緒、はるな愛、富司純子、南明奈、大沢あかね、
    絢香、安室奈美恵、平野綾、ほしのあき、大沢あかね、片平なぎさ、川口春奈、
    剛力彩芽、菜々緒、原幹恵、西山茉希、橋本愛、宮本信子、板谷由夏、辻元舞、
    新川優愛、大久保佳代子、リン・チーリン、キム・テヒ、イモトアヤコ、芦名星、
    後藤久美子、岡村孝子、安田美沙子、小野真弓、水前寺清子、吉高由里子、
    瀧本美織、宮本信子、映美くらら、関根麻里、細川ふみえなど

     <文化人>

     梅沢由香里(女流棋士)、林真理子、戸川昌子、林芙美子

     <スポーツアスリート>

     安藤美姫、浅尾美和、荒川静香、大林素子、高橋尚子、野口みづき、
     吉田沙保里、木村沙織、諸見里しのぶ、有村智恵、宅島美香、石川佳純

     <女子アナ>

     相内優香、石本沙織、加藤綾子、生野陽子、高橋真麻、長野美郷、山岸舞彩、
     夏目三久、西尾由佳理、馬場典子、枡田絵理奈、松尾翠、山崎夕貴、佐藤渚、
     唐橋ユミ、曽田麻衣子、高見侑里、橋谷能理子、丸岡いずみ、宮澤智、
     井上あさひ、徳島えりか、佐藤良子、三上真奈、竹内由恵、松尾由美子、
     豊田綾乃、伊藤友里、松尾由美子、畑下由佳、大島由香里

     何か顔ぶれを見ると、皆、透き通るような色白で丸顔の人ばかり。いずれも可愛い系で、癒し系の雰囲気を持っている。ほのぼのし、誰からも好感を持たれる感じがある。40年前に「サユリスト」として多くの男性先輩諸氏が吉永小百合に熱を上げたとおり、多くの熱狂的なファンがつくのもO型の醸し出す雰囲気によるところが大きい。国民的美少女タイプはこの型が多い。
     また、職業で見るとO型は、水商売や風俗、AVタレント、キャバ嬢などの分野で牛耳っている節がある。社交的で人付き合いが巧な性格により、力や金を持っている人間に媚を売ったり、すり寄って行き、そのおこぼれをもらう傾向があるので向いていると言える。
     では、次に、テーマのように、なぜA型男性がO型女性を好きになりやすいのか、その性格傾向から見てみたい。


     <A型男性の特徴>

     真面目。礼儀正しい。法令順守(きまりや規則などに厳しい)。責任感が強い。神経質。几帳面。勤勉。厳格でしっかりした印象。性格にムラがあって、表と裏を使い分ける。堅物でとっつきにくい印象。公私を分ける。壁を作りやすい。現実逃避傾向。旅行好き。マンネリを嫌い、刺激を求める傾向。外面がよく内弁慶。気難しく、自己PRや人間関係ベタでストレスをためやすく、自信を失いやすい。失敗すると尾を引く。取り越し苦労なまでの心配性。プレッシャーに弱い。我慢(忍耐)強い。サービス精神旺盛でお節介が過ぎるところもある。自己犠牲の精神もある。周囲に気を使いすぎ。プライドが高い。体型や体質は筋肉質の人が多い。小心者なのに開き直ると強く、自信を持つと横柄になったり、尖がったり、自分を大きく見せようとする性質があるし、威張ったりする。急に怒鳴ったりキレたりするのもこの型の特徴。基本的に気が短い。意地っ張りや見栄っ張りも多い。完璧主義者。

     <俳優・歌手・タレント>

    坂口憲二、唐沢寿明、織田裕二、市原隼人、佐藤健、桑田佳祐、長渕剛、小出恵介、中居正広、香取慎吾、草彅剛、嵐(大野智、二宮和紀、櫻井翔、松本潤)、滝沢秀明、東山紀之、佐藤隆太、藤木直人、押尾学、大沢たかお、渡辺謙、玉木宏、山田孝之、成宮寛貴、柏原崇、藤原竜也、谷原章介、舘ひろし、竹中直人、平井堅、斎藤工、Gackt、氷川きよし、小田和正、さだまさし、藤井フミヤ、玉置浩二、長渕剛、郷ひろみ、野口五郎、五木ひろし、細川たかし、太川陽介、溝端淳平、瀬戸康史、生田斗真、有吉弘行、加勢大周、田代まさし、マツコデラックス、ミッツマングローブ、武井壮

     <お笑い芸人>

     矢部浩之、田村亮(ロンブー)、タカトシのトシ、アンジャッシュ児島、よゐこ濱口、石橋貴明、浜田雅功、さま~ず三村、キャイ~ン天野、ドランクドラゴン塚地・鈴木、関根勤、劇団ひとり


     <司会>

    久米宏、みのもんた、萩本欽一、関口宏、志村けん、堀尾正明、糸井重里、
    小堺一幾、堺正章

     <スポーツアスリート・監督>

    ダルビッシュ有、田中将大、阿部慎之助、原辰徳、藤浪晋太郎、仰木彬、斎藤佑樹、田臥勇太、藤田寛之、宮里優作、船木和喜、原田雅彦、岡田武史、真鍋政義


     偏見は一切無いが、A型男性は浮気性の人が多く、むっつりスケベが多いとされる。レンタル店でこっそりとAVを借りる人が多かったり、「盗撮」容疑で捕まる人の大部分はA型が多いという統計がある。規律にうるさいA型がなぜこうなるかというと、普段から自分を上手に公の場や社会でアピールできない人が多く、本音と建前を使い分ける。表の顔と裏の顔がある。外面が良い反面、内弁慶で家庭内暴力に訴えやすい。それだけ抑圧され、自分を押し殺した日常生活を送っているため、箍が外れるとストッパーが利かなくなる。田代まさしや押尾学、飛鳥涼のように麻薬に手を出し、正常な判断ができなくなるケースもある。そして日常を離れ、旅行に出かけると、「旅の恥のかきすて」とばかりに豹変する人もA型男性が多いようだ。逆に言うと、人付き合いに疲れ、そのストレスを発散したり、解放されようとするために、現実逃避とばかりに新たな刺激を求めて旅に出て、一時の快楽(スリル感やアバンチュール)に走りたがる。そこにO型女性の存在が大きくなるし、救いとなる。
     つまり、あまり細かいことにこだわらず、甘えることも甘えさせることも上手でその術を心得ているO型女性は、一服の清涼剤の役目を果たしてくれる。自分のことだけを愛してくれている人を好むO型女性は、実は独占欲も自己顕示欲も強い。もし自分の夫が人から悪く言われたら、自分も言われていると思い、徹底的に庇って反論する筈だ。
     一方のA型男性は普段、人前ではべたべたしたりいちゃつくのを人目を気にしすぎて出来ない。しかし、二人っきりになるとO型の前では途端に癒しや安らぎを求めて甘える傾向が強くなる。大げさかもしれないが、それほどA型は「男は外に出ると7人の敵がいる」という感覚で過ごしており、心の休まる隙がないということだろう。したがって心のよりどころになってくれるクッション材がO型という理由だ。そしてO型は感情表現が豊かで、恋愛表現もいたってストレート。感受性も強い。裏表が少ないこともA型男性には安心して心を委ねられる気がする筈だ。プライドが高く、弱みを人に見せたがらないA型男性を柔らかく包み込むスポンジのような存在になるのである。
     O型女性は、男性側からすればアイドルやマドンナになりやすい。可愛ければなおさらそうで、A型男性同士、あるいはB型男性との奪い合いになる傾向がある。O型の河合奈保子が歌った「けんかをやめて~ふたりを止めて~私のために~争わないで~もうこれ以上」という図式がズバリ成り立つ。

    O型女子の場合、なぜモテモテになるかというと、外見は色白でおっとりの印象。男から見れば、面倒臭くなく、自分の思い通りに染まりやすい印象を与え、付き合いやすい。加えて丸顔で愛嬌のあるベビーフェイスで可愛らしい顔立ちをしているケースが多い。ストレートな感情を素のまま表に出す愛情表現や、思わず守ってあげたいようなか弱い印象もO型女性に多い。これは男心をくすぐる。そして何か提案しても、あまり拒否しないし、肯定的に賛同してくれる点もありがたい。

     また、O型女性は写真を撮る際にカメラ写りを気にする。おしゃれで髪型や髪の色、ネイルデザインに凝る人も多い。自分をどうやったら最高の状態でアピールできるかにこだわりがある。だから、男性の視線や見た目を意識するので、男性には良いイメージをもたれやすいのだろう。
    それらに加えて、O型は日本人の33%程度。3人にひとりだ。一方、A型は38%、B型は22%で、この両者から支持され、惚れられることが多い。つまりは、世の男性の60%から好かれる計算だ。これが「三角関係」を生みやすい状況を作る。これはA型はAOの血液型遺伝子を持ち、B型はBOの遺伝子を持つ。したがってO型は性格的にも敵対者が少なく、精神面や行動面で共感を得られ、好感を持たれる材料となるのだ。もしO型女性をめぐって、A型とB型が奪い合うケースになった時は、ややB型に分がある。B型は、なりふり構わず猛アタックするタイプなので、自分の熱意が相手に伝わりやすい。そしてO型の心をくすぐるような、強烈な個性の持ち主だからだ。一方、A型の売りはソフトな印象と誠実さ、真面目さである。こつこつ努力するタイプで、経済観念は優れているし、家庭を構築する力も長ける。一般に若い時分は、女性は一緒にいて飽きないひょうきんな人を選ぶ傾向が強いため、この点もA型はサービス精神こそ旺盛だが、肝心なところでは、ぐいぐい引っ張ることをせず、相手の判断に委ねたり、優しさが裏目に出て、相手の気持ちを最優先してしまう。O型女性は、この両者を比べ、どちらの長所が自分にとってプラスになるかをじっくり見極めて、自由に選べる立場になる。なんとも羨ましい。つまり、一緒にいて飽きないB型を彼氏に選び、さんざん遊んだ挙句、結婚するのはA型という図式が成り立つ。

     だが、覚えておいてほしいのは、O型が彼氏や結婚相手に求める第一条件は、経済観念がしっかりしていて、なおかつ浮気をしないことだ。O型の判断基準は、独占欲が強い性格だけに、「自分のことを一途に好きでいてくれる人」を好む。そして明るく楽しい家庭を築けるタイプの人を選ぶ。そのあたりはロマンチストでありながら、現実的な面を併せ持つO型ならではである。万が一、浮気がバレた場合は、O型女性も同じ行動に出て、復讐するかもしれない。また、O型女性にシングルマザーが多いという統計がある。バイタリティがあるため、夫と別れても自立できるという強い信念があるようだ。

     ずいぶんとO型女性をヨイショしすぎたが、もちろん気をつけたい短所もある。O型女性が、独占欲が強いあまりに高飛車に出たり、或る意味ナイーブで、気を使ったり、サービス精神から相手をもてなしたり、あるいはさりげない気配りすることを生き甲斐にしているA型男性に対し、もともと大雑把な本性を多く出したり、無神経に振舞ったりすると、男性は嫌気が差す。とたんにA型男性は無口になり、会話が激減する可能性がある。また、A型男性は年下のO型妻とは歳が離れているほどうまくいくと言われる。O型は力関係に敏感で、年上には気に入られようと甘え上手になる面がある。だから歳が離れれば、それだけ夫唱婦随の関係が構築される。相手の立場やプライドが明確化するからだ。O型は黙ってついていけばいいから気も楽になる。

     反対に歳が近いと、その操縦が難儀になる。O型同士は歳が近いと、どちらもグループを作り、そのお山の大将に収まりたい性格なので、ライバル関係となり、敵対しやすくなる。ビートたけし、タモリ、和田アキ子などがいい例だ。またO型が年上でA型が年下夫の場合は気をつけなければならない。力関係からみてもO型が断然強い。年下に対しては親分肌を吹かせる性格のため、命令口調になったり、夫を顎で使い出す。いわゆる尻に敷くタイプだ。こうなるともともと何事も真面目にやろうと考えているA型夫はプライドを傷つけられて逃げ腰になる筈だ。そして家に帰るのが億劫になる。

     一般的に結婚後に女性は強くなる傾向が強く、人によっては結婚前とは別人のように変わる人もいる。O型女性がA型男性の才能を高く評価しているうちは円満夫婦として丸く収まるのだが、そのA型特有の人当たりのよさが裏目に出ることがある。さほど社交的ではないA型男性は、人付き合いが極端に狭い傾向がある。社交的に振舞いたいO型がその才能に見限ったり、見切りをつけ出すとイライラし始める。一歩誤ると、A型男性を尻に敷き、ケツ叩きを始め、恐妻家となる傾向が大である。ノッチとその嫁(佐藤友美)、野々村真と坂上とし恵、Take2深沢と田中美佐子、劇団ひとりと大沢あかねなどがいい例だ。また、ダルビッシュ有と紗栄子、新庄剛志と大河内志保もこの型だった。

     次に、一般論を述べたい。実に興味深いことに、よく初対面で好きになる「一目ぼれ」や「私の好きなタイプ」とか「直球ど真ん中ストレート」などと形容する表現を耳にする。もちろん顔や外見で判断してのことだが、昔の「ねるとん紅鯨団」や「ナイナイのお見合い大作戦」を見ていると、どんなに異性が頑張って自己PRや積極的にアタックしてプッシュしたとしてもほぼ第一印象で決まってしまう。つまり、最初のインスピレーションや感性でビビビっと来た人を選ぶ確率が高いのだ。これが俗に言う「好きなタイプ」ということになる。特に女性の場合は、わき目も振らず、最初からこうと決めた人しか見えないようだ。どんなにライバルが多くても、他の人に乗り換えるということは少ない。だからバレンタインなどは、モテ男が決まっていて、大勢で一人の男子のところに押しかけてチヤホヤするのだろう。たとえ、自分に妥協して安全パイを選んでカップルになったとして、やはり、それは価値が下がったように思ってしまうし、悔いを残すことになるからだ。従って当たって砕けろ的な発想ができる。

     さて、あることないこと思いのまま書き綴ってしまったが、今日の記事はいかがでしたか?いつも言うように「血液型別性格診断」は万全ではない。ましてこれは私の持論によるものが大半で、50年近く生きて来て、様々な人間を観察して来て得られた一考察にすぎない。もちろんこうだと決め付けるつもりはないし、逆にそうすることは危険極まりない行為である。私は血液型で傾向をつかみ、その人に接する際の配慮や注意事項にしている。もちろんそれに加えて、その人が育った環境が最優先される。O型とAB型の親からはAかBしか生まれないように、家庭環境の中で、どんな育てられ方をしたかも人格形成の上で大きなウェートを占めるし、兄弟の人数や順番でも大きく異なると思う。長女と次女、長男と次男という組み合わせだけでも大きく違う。また、学校生活のような集団生活で、どういうポジションでどのような人生経験をしたかでもその人の人格形成は大きく変わってくる。

     皆さんは、この記事を読んでどのような感想をお持ちになったかわかりませんが、そういう傾向が他よりも強く表れるくらいに留めてもらえれば、血液型の話も面白く思えるのではないでしょうか。

     記事作成:1月31日(金)

    2014年2月 4日 (火)

    映画・ドラマの全国ロケ地ガイド

     私は昔から俗物根性が染みついているらしく、映画やテレビドラマで取り上げられた場所を訪れてみたくなる衝動に駆られる。それは大学生の頃からで、約30年もの間変わらない。これまでに訪れた場所は、北海道を舞台に描かれた「北の国から」(富良野・麓郷・布部)、「昨日、悲別で」(上砂川・歌志内)、「少女に何が起こったか」(抜海)を始め、本州でも「土曜ワイド劇場・江戸川乱歩の美女シリーズ」(伊豆半島・三浦半島ほか)、「男女7人夏(秋)物語」(隅田川周辺)、「白虎隊」と「八重の桜」(会津若松・喜多方ほか)、「フラガール」(いわき・常磐湯本界隈)、「てっぱん」「転校生」(尾道)などが主な場所だ。他にも東京に住んでいた時は、「いい旅夢気分」や「路線バスの旅」が放送されると、すぐにその位置を確認し、実際の場所を訪ね、その雰囲気を味わい満喫したものだ。感化されやすい性格が災いしてのことだが、まぁ簡単に言えばミーハー以外の何物でもない。
     これは特異なケースなのかもしれないが、世の中には私のような変わり種の趣味を持つ方々は大勢いて、「全国ロケ地ガイド」や「マップ」を題材にしてホームページやブログにまとめ、公開している私以上にマニアックで貴重な方々が存在している。上には上がいるものだと感心してしまう。
     私はこうした性格を逆手にとって、このようなテレビドラマや映画のロケ地やCMで背景に映っているスポット、あるいはミュージックビデオ(MVやPV)などをテーマにしたガイドブックを編纂し、発売すれば、かなり売れるのではないかと考えている。昨年から今年にかけて、我が故郷、福島県の会津が大河ドラマ「八重の桜」に取り上げられて以降、全国から観光客が訪れ、震災復興の一助となった。また、岩手県の三陸の何の売りもない長閑な漁村にすぎなかった久慈市周辺が、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台として取り上げられるや否や、脚光を浴び、大変なブームとなり、わんさか観光客が押し寄せる現象が随所に見られた。
     したがって、出版社の方には、ぜひとも検討をお願いしたい。「まっぷる」や「るるぶ」などでドラマや映画の場面に登場する場所を現地取材し、その詳細を記事にまとめて発売すれば、大変な売れ行きになること間違いなしだ。もちろん、ロケ地を写真や解説付きで紹介することはもちろんだが、そこまでのアクセス方法を記した交通案内や詳しい見どころを記載し、名産品やお土産、さらには食堂やホテルも掲載し、それぞれの売りも書いておけば、経済効果もあって地域振興にひと役買う筈だ。ぜひ一考をお願いたい。

     さて、今日は、タイトルが示す通り、私がぜひ訪れてみたいロケ地を列挙し、1千万アクセスを超えるほど人気が高い「全国ロケ地ガイド」のページをリンクしたい。これらを参考にしてガイドブックに落とせば、それを片手にロケ地巡りを容易にできるという腹だ。

     まず私がぜひ紹介したい貴重なロケ地を取り上げたホームページとブログを紹介したい。

     1 「全国ロケ地ガイド」 http://loca.ash.jp/indexname.htm

     2 「ドラマロケ地案内」 http://location.la.coocan.jp/

     これらのサイトの人気は凄まじく、1千万アクセスを超えるほどだ。このサイトでロケ地をチェックして、それをもとにして目的地に出掛ける人も多いようだ。それでは早速だが、私が好きだったドラマをメインとした、主な映画・ドラマのロケ地情報をどうぞ!

     「青い鳥」(豊川悦司・夏川結衣・佐野史郎)・・・長野県諏訪郡富士見境

     http://loca.ash.jp/show/1997/d199710_aoitori.htm

     「あまちゃん」(能年玲奈・小泉今日子・宮本信子・橋本愛)・・・岩手県久慈市・小袖漁港

     http://loca.ash.jp/show/2013/a2013_amachan.htm 

     http://blog.ropross.net/archives/6389 (詳しいです!by ロプログ)

     「俺たちの旅・朝」(中村雅俊・田中健・秋野大作・勝野洋・長谷直美・岡田奈々)・・・鎌倉・湘南海岸・極楽寺駅・江の島・藤沢市

     http://mojim.net/tw_search_u2_jtDBV3mfiS8.html

     http://ke-ta.iza.ne.jp/blog/entry/1023815/
     

     http://toshimc.blog103.fc2.com/blog-entry-980.html

     「ウォーターボーイズ」(妻夫木聡・玉木宏・山田孝之・平山あや)・・・静岡県・千葉県

     http://loca.ash.jp/show/2003/d200307_waterboys.htm

     「ゆうひが丘の総理大臣」「あさひが丘の大統領」(中村雅俊・宮内淳・井上純一・藤谷美和子)・・・藤沢市・八王子市

     http://loca.ash.jp/show/1994/d197810_yuuhi.htm

     http://www.geocities.jp/mayudan3/

     「毎度おさわがせします」(中山美穂・木村一八・小野寺昭・篠ひろ子)・・・多摩ニュータウン
     http://tamalocationmap.blog121.fc2.com/blog-entry-20.html

     http://ameblo.jp/akotirin/theme-10049446210.html

     「白線流し」(酒井美紀・長瀬智也・柏原崇・京野ことみ・遊佐亮子)・・・長野県松本市

     http://loca.ash.jp/show/1996/d199601_hakusen.htm

     「季節はずれの海岸物語」(片岡鶴太郎・可愛かずみ・渡辺美奈代)・・・湘南海岸

     http://keikyubus.cocolog-nifty.com/diary/2010/09/10que-6d3e.html

     http://asmic.com/blog/index.php?c=27-11

     「幸福の黄色いハンカチ」(高倉健・倍賞千恵子・桃井かおり・武田鉄矢)・・・網走市・夕張市
     http://www.ac.auone-net.jp/~takizawa/hokkaido2011.html

     「金田一耕助シリーズ」(古谷一行・加藤武・ハナ肇)・・・長野県・群馬県界隈

      http://loca.ash.jp/info/2004/e2004_yatsuhaka.htm

     http://loca.ash.jp/show/2004/e2004_yatsuhaka.htm

     「スクール☆ウォーズ」(山下真司・松村雄基・伊藤かずえ・岩崎良美・岡田奈々)

     http://loca.ash.jp/show/1994/d198410_schoolwars.htm

     「振り返れば奴がいる」(織田裕二・石黒賢・加賀丈史・佐藤B作・西村雅彦)・・・都内

      http://loca.ash.jp/show/1994/d199301_furi.htm

     「家政婦のミタ」(松嶋菜々子・長谷川博己・相武紗季・忽那汐里・本田望結・白川由美)・・・神奈川県・埼玉県

     http://loca.ash.jp/show/2011/d201110_kaseifu.htm

     「3年B組金八先生」(武田鉄矢・赤木春江・名取裕子・たのきん・杉田かおる・三原じゅん子・沖田浩之・伊藤つかさ)・・・荒川区

     http://loca.ash.jp/show/2004/d200410_kinpachi.htm

     「生徒諸君!」(上田美恵・松村雄基・田島理司・金久保美幸・古川雅子・北詰友樹)

     http://loca.ash.jp/show/2007/d200704_seito.htm

     「東京ラブストーリー」(織田裕二・鈴木保奈美・有森成実・江口洋介)・・・東京都内・愛媛県 
     http://loca.ash.jp/show/1994/d199101_tokyolove.htm

     「同窓会へようこそ~遅すぎた夏の帰郷~」(豊川悦司・加藤あい・峰岸徹・風吹ジュン)・・・倉敷市・瀬戸内

     http://www.f3.dion.ne.jp/~arision/page-dousoukaiheyoukoso-1.htm

     http://www.f3.dion.ne.jp/~arision/page-dousoukaiheyoukoso-2.htm

     「花ざかりの君たちへ~イケメンパラダイス~」(堀北真希・小栗旬・生田斗真・水嶋ヒロ)

    ・・・茨城県牛久

     http://loca.ash.jp/show/2007/d200707_hanakimi.htm

     「ROOKIES」(佐藤隆太・市原隼人・小出恵介・城田優・水嶋ヒロ・中尾明慶)

     http://loca.ash.jp/show/2008/d200804_rookies.htm

     「私をスキーに連れてって」(原田知世・三上博史・布施博・高橋ひとみ)・・・東京都内・志賀高原・万座温泉

     http://yukihitorigotobeya.blog25.fc2.com/blog-entry-805.html

     http://mecsite.jugem.cc/?eid=541

     「キスの温度」(鈴木保奈美・織田裕二・石黒賢・山口智子・岩城滉一)・・・・東京都内

     http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-26309

     「波の数だけ抱きしめて」(織田裕二・中山美穂・松下由樹・別所哲也)

     http://kobaq.aor.fm/2013/07/24/%E6%B3%A2%E3%81%AE%E6%95%B0%E3%81%A0%E3%81%91%E6%8A%B1%E3%81%8D%E3%81%97%E3%82%81%E3%81%A6%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B1%E5%9C%B0%E3%82%92%E6%8E%A2%E3%81%99%EF%BC%81/

     「JIN-仁-」(大沢たかお・綾瀬はるか・中谷美紀・小出恵介・武田鉄矢・麻生祐未)・・・ワープステーション江戸・日光江戸村

     http://loca.ash.jp/show/2009/d200910_jin.htm

     「半沢直樹」(堺雅人・上戸彩・及川光博・香川照之・北大路欣也」・・・・東京都内

     http://loca.ash.jp/show/2013/d201307_hanzawa.htm

     「東京コントロール・エアポート」(川原亜矢子・時任三郎・深田恭子・瀬戸朝香)・・・所沢市・羽田空港

     http://loca.ash.jp/show/2011/d201101_tkcontrol.htm

     http://loca.ash.jp/show/2012/d201210_airport.htm

     「八日目の蝉」(永作博美・井上真央・森口瑤子・小池栄子)・・・小豆島・足利市

     http://loca.ash.jp/show/2011/m2011_8kame.htm

     「時をかける少女」(仲里依紗・中尾明慶・原田知世)・・・東京都内・郡山市

     http://loca.ash.jp/show/2006/s2006_tokikake.htm

     「夏子の酒」(和久井映見・中井貴一・萩原聖人・高松英郎・若村麻由美)・・・新潟県長岡市

     http://loca.ash.jp/show/1994/d199401_natuko.htm

     「逃走中・戦闘中」(眞鍋かをり・オードリー春日・清原和博・ハンターほか)・・・ワープステーション江戸・愛知県明治村

     http://www.ibarakiguide.jp/db-kanko/warpstation_edo.html

     http://www.meijimura.com/

     「スィングガール」(上野樹里・本仮屋ユイカ・貫地谷しほり・竹中直人・白石美帆)

     http://loca.ash.jp/show/2004/m2004_swinggirls.htm

     MV(PV)やCM ・・・なぜかファンモンが多い。

     「もう君がいない」(戸田恵梨香)・・・関東鉄道常総線・騰波ノ江駅(とばのええき)

     http://18kipper.blog.fc2.com/blog-entry-191.html

     「SAKURA」(いきものがかり)・・・小田原線・富永駅

     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E6%B0%B4%E9%A7%85

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     念のためにこれまで私が訪れたロケ地も紹介しておきたい。

     「北の国から」 http://loca.ash.jp/show/1994/d198110_kitakara.htm

     「てっぱん」「転校生」 http://loca.ash.jp/show/2010/a2010_teppan.htm

     「フラガール」 http://loca.ash.jp/show/2006/m2006_fulagirl.htm

     「男女7人夏物語」 http://loca.ash.jp/show/1994/d198607_danjyonatu.htm

     「男女7人秋物語」 http://loca.ash.jp/show/1994/d198710_danjyoaki.htm

     「土曜ワイド劇場江戸川乱歩の美女シリーズ」(天知茂・五十嵐めぐみ・荒井注)・・・伊豆半島・三浦半島界隈

     http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-ce75.html

     「白虎隊」「八重の桜」

     http://loca.ash.jp/show/2013/t2013_yaenosakura.htm

     さて、今回の記事はいかがでしたか。ドラマや映画の撮影は、その大部分がスタジオセットでの撮影していることが常だが、屋外ロケも決して少なくはない。繰り返しになるが、我が故郷で地元の福島県では、会津若松と喜多方地方が昨年、NHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台として取り上げられ、ロケ地を中心に全国から観光客が大挙して訪れ大変な賑わいを見せた。その経済効果は計り知れず、震災復興の一助となったことは言うに及ばない。また、岩手県の三陸海岸もまた、大勢の方が津波の犠牲になった被災地だ。そこはご承知のように、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台となり、大人気を博し、ロケ地となった久慈市周辺は連日大勢の観光客が押し寄せ、三陸鉄道を始め、地元の観光協会も予想だにしない空前のロケ地ブームが沸き起こった。それほどテレビや映画、CMなどの影響は大きいということだ。

     一方では、私たちもまた、テレビドラマや映画などで取り上げられた場所は、得体の知れぬ付加価値があるように思えてしまう。ドラマのワンシーンに登場した風光明媚な場所が何か特別な場所に思えたり、、都会の雑踏を離れて実際に足を運んでみれば、思いがけず普段の自分とは違う新たな自分に出会える可能性も広がる。また地元の人々との触れ合いや予期せぬ出会いも期待できる。さぁあなたも部屋に閉じこもっていないで、こうしたロケ地を旅してみませんか?主人公になった気分でロケ地に立ち、同じ雰囲気を味わってみるのも一興だ。また、その土地の名物や名産に触れ、おいしいものをたくさん食べ、お土産を買って帰りましょう。話のネタにもなるし、新しい発見や刺激を求めて、日常生活では味わえないような体験ができるにちがいありません。未知の世界へといざなう扉をあなた自身の手で開けてほしいと思い、今回の記事を企画し、執筆した次第です。

     記事作成:1月24日(金)

    2014年2月 3日 (月)

    日本政府を震撼させた事件・事故

     本日は少々堅い話で恐縮だ。「危機管理能力」という言葉がある。会社や企業でも機密事項は守秘義務を負うが、こと国家存亡を揺るがすような大事件や大事故がこの100年を回顧しただけでも無数にあった。対応を一歩誤ると、取り返しがつかない重大な危機に陥っていたと思われる事件や事故があった。日本では、クーデターや暴動はおそらくは起こりえないだろうが、中国や韓国の日本に対する敵対意識は年々増すばかりで、約一世紀越しの怨恨は一向に衰えることを知らない。それどころか、領土問題や従軍慰安婦問題など未だにくすぶり続け、それを火種にして抗日や反日を叫ぶことで、自分たちの結束力を高める手段や材料にしているきらいがある。歴史認識をネタに日本に猛省を促し、謝罪と賠償を吹っかけている外交手法はいかにも両国らしい。
     断わっておくが、先の戦争に対して、日本は両国に賠償も何もしていない訳ではない。経済発展や技術伝達のための人材派遣、工場設営に伴う雇用確保、さらには物資の支援や資金提供といった方法で、十分に償いをしているはずだ。今や中国の飛躍的な経済成長の土台は日本が支えたとさえ言える。そんな事情にもかかわらず、戦後70年近く経過した今でさえ、戦争を知らない世代が、積年の恨みとばかりに、ことあるごとに日本を悪者にし、亡き者と陥れようとする工作が現代社会においてもありありと窺える。日本叩きのネタを求めて、重箱の隅っを突き、あら探しをしているだけである。日本や日本人に対する憎悪を増幅させるだけの歪んだナショナリズム教育を施し、幼少期から「鬼畜日本」の感情を植え付けさせている中国政府のやり方は異常としか言いようがないし、愚の骨頂と言うほかない。
     結局は、こうした強硬姿勢を両国が貫く限り、日中関係および日韓関係は根本において相容れないし、中国人や韓国人の根底にそのような歪曲した感情論が鎮座している以上、真の友好関係を構築するなどあり得ないことだと悟った。それが政府間、国家間という公の立場であるならなおさらだ。

     さて、今回は、日本という治安がすこぶる良く、安心して暮らせる国において、身の危険など微塵も感じないが、この100年で国家存亡の危機ともいうべき事件や事故が相次いで起きたことをご存じだろうか。今日は、政府がそうした重大な決断を迫られた事象や出来事をお送りしたい。

     1 東京電力福島第一原子力発電所爆発事故

    http://www.youtube.com/watch?v=AwwdYbpLOio

     平成23年3月11日、午後2時46分に発生した巨大地震によって東北地方から関東地方の太平洋沿岸部にかけて、大津波が押し寄せ、未曽有の大災害が発生。2万人近い死者・行方不明者を出すこととなった。福島県沿岸部もその例にもれず、高さ15mを越える想定外の巨大津波が押し寄せ、大熊町にある原子力発電所を直撃。施設の大部分が浸水し、全電源を喪失するというあるまじき非常事態が起きた。これにより、原子炉内部の核燃料棒を冷却できず、高温となり、原子炉が溶け、放射性物質を多分に含む核燃料が漏れるメルトダウンが発生。その数日後には、高温にさらされた原子炉建屋内で充満したガスにより水蒸気爆発が起きた。三重四重に安全策が施された筈の原子力発電所でアンコントロール状態に陥り、こともあろうに放射性物質を拡散させる重大事故に発展した。テレビでは官邸と東電本社、さらには原発の制御室での緊迫したやりとりが展開され、連日のように報道された。この福島第一原子力発電所は原子炉を六基兼ね備えた国内最大級の発電能力を誇る施設であったことから、事態を一層深刻化させた。
     これは、私の居住地である地元・福島で起きた重大事故だけに、身近すぎるし、ひょっとすると故郷を捨てて遠くに避難しなければならないと一大決心を迫られたものだった。今もって内心は穏やかではないが、何事もなかったように、以前と同様の生活を送れていることは奇跡に近い。この出来事を腫れ物に触るような過去の遺物とさせては断じてならない。

     2 よど号ハイジャック事件 

     1970年3月31日、羽田 発福岡行き日本航空351便「よど号」(乗客131人、乗員7人)を赤軍派9人が乗っ取り 平壌行きを要求。犯人グループは説得に応じず、乗客乗員の身を案じた政府が超法規的措置により、条件に応じた。しかし、燃料不足を理由に福岡・板付空港に着陸して平壌へ向かったが、 ソウルの金浦(キンポ)空港に到着した。韓国当局は空港の表示を隠し、政府関係者に北朝鮮風の軍服を着せるなどして偽装したが、空港内に米民間機が止まっていたことなどから犯人が気づいた。日韓政府の説得を受け、犯人らは山村新治郎運輸政務次官を身代わりとして乗客らを解放。事件4日目、平壌の美林(ミリム)飛行場に到着した。犯行メンバーらは有本恵子さんら日本人拉致にかかわったとされる。日本政府は、北朝鮮に残る4人の引き渡しを求めている。

     

     3 旧ソ連ベレンコ中尉亡命事件

     米ソ冷戦時代の1976年9月6日 、ソビエト連邦軍現役将校ヴィクトル・ベレンコが、MiG-25(ミグ25)迎撃戦闘機で日本の 函館市に着陸し、亡命を求めた事件である。

     4 霧社事件

     1930年10月27日に起こった台湾の霧社高山(こうざん)族の抗日蜂起事件。暴動の直接の原因といわれているのが、1930年10月7日に日本人巡査が原住民の 若者を殴打した事件である。遠因は,長年つづいた権謀術策と欺瞞(ぎまん)に満ちた理蕃政策への総反抗,近因は,部落民への過度な強制労働ならびに指導者モーナ・ルダオ一族への凌辱などが積み重なって引き金となったことが考えられる。蜂起高山族の計画的な一斉襲撃に日本官民側の犠牲は老幼男女を含んで134名にのぼった。霧社(現,南投県仁愛郷)は,〈蕃界〉中もっとも開化が進み,教育水準も高いと折紙をつけられていた部落だった。

    http://www.youtube.com/watch?v=Wm3ygpGqw9M

    http://www.youtube.com/watch?v=W9ZFlP6GePo

     5 黒い霧事件

     1964年の県議会議長選挙に絡み、自民党県議に投票依頼の目的で金が配られた贈収賄事件。66年に発覚し、県議や元県議20人が起訴された政治不信事件。89年1月、最高裁で11被告の有罪が確定。-

     6 ロッキード事件(現職首相の犯罪)

     米ロッキード社から日本の政界などへ流れた資金をめぐり、1976年に明るみに出た戦後最大の疑獄事件。田中角栄元首相ら政治家、丸紅、全日空の幹部ら計16人が受託収賄、贈賄などの罪で起訴された。丸紅の檜山広元社長ら幹部3人は、田中元首相への5億円の資金提供に関与したとして逮捕。檜山元社長については、95年2月に最高裁で有罪が確定した。

     7 北朝鮮による拉致と人質解放

     1970 年代から1980年代にかけて、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員や土台人、 よど号グループなどにより、多数の日本人が極秘裏に北朝鮮に拉致された国際犯罪事件。日本では国民の生命と安全に大きな脅威をもたらすテロとされている。北朝鮮は長年事件への関与を否定してきたが、2002年平壌で行われた日朝首脳会談で日本人の拉致を認め、謝罪し、再発の防止を約束した。
     日本政府が認定した拉致事案は12件、拉致被害者は17人。 北朝鮮政府側はこのうち13人(男性6人、女性7人)について拉致を公式に認めており、5人が日本に帰国しているが、残り12人については「8人死亡、4人は入境せず」と明らかにした。しかし、日本政府は「全員が生存しているとの前提で対処する」との立場をとっている。

     8 日本を取り巻く領土問題(北方領土・尖閣諸島・竹島)

     現在、オホーツク海から日本海にかけて存在する領土問題は3つある。日露間の北方領土、日韓に存在する竹島問題。そして魚釣島がある尖閣諸島の問題。いずれのケースも、双方とも自国の領土だといって譲らない。過激行動で上陸したり、連日のように領海侵犯を繰り返す中国の監視船や漁船の横暴行為。日本政府はこれに対応する術を持ち合わせていない。
     かつて物言わぬ中国が、年を追うごとにあれほどズケズケと日本への徹底抗戦を叫び出したのは、GDPにおいて日本を抜き、世界第2位の地位を確立するほど経済大国化し、民族が裕福な生活を手に入れたからに相違ない。もとから人口が10億を超える巨大国家。そこにイデオロギーや思想や個々の主張、言論統制が緩和すれば怖いものなし。もとより著作権や肖像権などの法整備は疎く、ネットを介しての抗日行動も可能となれば、それを扇動する輩も出現するのは必然。どんどん日本を悪者に仕立て上げ、戦争の火種を模索するようになり、一触即発の危険性は高まる一方。中国はその機を虎視眈々と狙っているだろう。日本憎しの恨みの感情や復讐心に雁字搦めの発想からは友好の概念など生み出される訳がない。

     9 オウム真理教事件

     

     松本サリン事件、目黒公証役場仮谷さん拉致殺害、坂本弁護士一家殺害、そして地下鉄サリン事件で大勢の無実な人を死に追いやった悪魔のカルト集団。麻原彰晃こと松本智津夫を教祖とする絶対命令服従のピラミッド型の君主社会を構築し、医師も巻き込み、ポアの名のもとに多くの犯罪を実行した。今、事件にかかわった犯行グループが逮捕され、裁判で死刑を含む重罪が確定している。最後まで逃亡していた平田信、菊池直子、高橋克也らが捕まり、最後の詰めとなる裁判が開かれている。裁判で事件に関与した全ので刑が確定次第、順次執行されると見られている。
     しかしながら、私が理解に苦しむのが、その後継団体である「アレフ」に、未だに入信を希望する若者たちが後を絶たないことだ。まるでサークルの勧誘活動の如く、レクリェーション目的を装って人を集めたり、「ウォーキング会」を企画して、その機会を得、やがては入信へと導く手法らしい。いじめや失業などで、居場所をなくした若者や、人間関係で挫折した「世捨て人」にとって、最後の砦であるかのように、続々と全国から人が集まって来るようだ。未だ300名ほどが修業する首都圏にある道場には、「麻原彰晃」こと松本智津夫死刑囚の写真を祭壇に飾り、教祖として奉り、敬い、神として崇めている。もちろん警察当局の監視の下、定期的な査察を行っているが、道場周辺には教団側が設置した監視カメラが張り巡らしてある。かつての上九一色村にあったサティアンと同じ佇まいで、外部との隔絶は昔と同様だ。もし、松本智津夫の死刑が執行されたら、報復とばかりに、再び悪のカルト集団の権化となり、第二の地下鉄サリン事件など反社会的行動に走る懸念がある。
     本来、宗教は人を救うために存在するものだが、時として人を狂気に変える要素を秘めていることも頭の片隅に置いておかなければならない。

    10 瀋陽の日本領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件

     2002年5月8日、金高哲一家など5人の亡命者は日本国総領事館に駆け込みを画策、失敗し中国人民武装警察部隊に取り押さえられた。その際、総領事館の敷地内に無断で足を踏み入れていたこと、逮捕された亡命者が北朝鮮へと送還される可能性があったこと、日本国内の中国大使館および駐中大使・阿南惟茂の事件への対応を巡り批判、問題が発生した。その後中国政府は「同意は存在した」と主張を変更。訪中した、現地調査チームトップの外務省小野正昭官房領事移住部長が、羅田広中華人民共和国外交部領事司司長と面会し、日本側職員は中国人民武装警察部隊の警官が瀋陽総領事館に入り亡命者を連行することに同意していないとの日本側調査内容を説明したのに対し、羅司長は、中国側の調査結果と食い違うとし、副領事の同意を得ていたなどとする反論を行った。日本側外務省が情報を小出しにして事態の沈静化を図る。その後韓国への亡命が認められた金高哲は日本での講演に際して、北朝鮮における体制、事件の際の領事館の対応、日本の一部マスメディアなどを批判している。

    11 イラク戦争の自衛隊派遣

     海上での給油活動やサモーアでの後方支援活動に終始した。国際協調という観点から、紛争地に自衛隊を派遣することが、憲法違反に当たらないかと批判され、国会で連日白熱した論議が展開された。結局は時の政権の自民党が一方的に押し切って断行した経緯がある。もし派遣先で、テロや反撃の標的にされ、命を落とすようなことがあれば、いかなる責任をとっていたのだろうか。アメリカの顔色をうかがう日和見外交では、中立的立場を貫く主義主張などあり得なかっただろう。

    12 憲法改正論議

     今年から来年にかけてもっとも議論が高まり、与野党間や有識者を含めた政府の専門機関、当該委員会において白熱した議論やギリギリの折衝や攻防があることは容易に想像できる。もしこれが実現すれば、第二次安倍内閣の目玉になるような政策になるが、これほど危険極まりない論議はあり得ない。再び日本が軍事国家の道を歩む契機になるかもしれないからだ。中韓などアジア周辺諸国は、このことを酷く恐れている。日本人の賢さに加え、万が一再び武力を持てば、世界征服もあり得るという脅威が常に渦巻くからだ。憲法改正=第9条の改正にほかならない。つまり、恒久平和を願う日本が、戦後70年近くも戦争に加担しない平和な世が保たれたのは、この憲法9条に定める「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」の三原則と「非核三原則」 (核は保有しない、核は製造もしない、核を持ち込まない)の遵守を励行してきたからに他ならない。この基本原則や根本精神を捻じ曲げて実行するほど日本は追い込まれているということだろう。
     そのための布石として、軍事機密を国家が保護し、情報の漏洩を防ぐ名目で、その前段として「特定機密保護法案」が先の国会で強行採決したとも考えられる。そこまでして、安倍首相が改革を急ぐ理由とは何なのだろうか。
     これは、秘密裏に、中国や韓国の脅威、すなわち両国の目に余る横暴に、軍事力や武力を行使して平定するだけの法案整備を断行する必要性や緊急性があると判断したからだ。また、近年、日本の国家の中枢機関を狙ったウィルスによるサイバー攻撃や汎用の変換ソフト「BaiduME」や「GOM PLAYER」の添付ファイルを介して、原発や大学などの研究機関をターゲットにして情報を無断送信して中身を盗み取ろうとした事象が相次いで発覚した。
     いずれにせよ、多岐にわたる政治問題が山積し、日本海や東シナ海を取り巻く周辺海域に係る極東安全保障は、一触即発の危機的状況を迎えているという政府の危惧や懸念の表れということは顕著である。
     また、豊富な経済力とあくどいまでの知恵をつけた中国国家が、日本バッシングを有利に展開する上で、味方を得ようとあれこれ画策している節が見て取れる。中国の主張に同調し、加勢してくれる国家を得ようと、欧州諸国やアフリカ諸国に大金をばらまき、手なづけようとする欺瞞工作は、近年目に余るものがある。中国のこうした、さも日本に非があるように見せかけた一連の画策や「宣戦布告」の機を狙う、陽動作戦じみた様々な挑発行為に乗らないことは当然のことだが、国際社会にでっち上げた事実を不当に訴えるような度が過ぎたアピールや宣伝行為に対しては、日本政府も旧態依然の不偏不党の姿勢を貫くとは徐々にいかなくなってきたのが実情だろう。つまりは業を煮やしての憲法改正論議であることは明白なのだ。されど、直情径行の物言いに終始している中国側の思う壺にまんまと嵌ることは賢明ではない。日本は、アメリカや先進諸国との連携を密にし、中国や韓国の駆け引きや圧力に屈しない強靭な同盟関係を築き、これに対抗するしか道はないのである。

     ほかにも日本で発生したり、日本人が関与した事件や事故には「阪神淡路大震災」やソ連戦闘機による「大韓航空撃墜事件」、金賢姫による「大韓航空機爆破事件」、日本に滞在中にホテルから連れ去られた「金大中氏拉致事件」などがある。また、外国で起き、政府の対応が迫られた事件・事故にはフジモリ大統領が対応にあたった「ペルー日本大使館人質事件」、記憶に新しい「アルジェリア日本人質殺害事件」などがある。

     よくぞまぁ平和な日本でこれだけの事件や事故が起きたものだと感心してしまう。もちろん当事者にしてみれば、決して楽観すべきことではないし、いたたまれないであろう。

     記事作成:1月20日(月)~23日(木) 

    2014年2月 1日 (土)

    今は亡きお笑い芸人 後編

     本日は、昨日に引き続き、天国の芸人さんを取り上げる「今は亡きお笑い芸人」の続編をお送りしたい。「花王名人劇場」や「THE MANZAI」などかつて高視聴率をマークした漫やコント専門のお笑い番組が多かった。漫才ブームは一定の周期で訪れるようだが、主におめでたい正月番組には欠かせない貴重な存在となっている。しかし、芸を磨き、その漫才ブームに活躍し、一世を風靡した名人たちも、寄る年波には勝てず、多くの方が鬼籍に入られた。実に惜しい方たちを失ったものだ。では昨日と同様、彼らの足跡を振り返り、在りし日のお姿を偲び、自分自身の生涯と照らし合わせて懐かしんでみたい。

     佐々木つとむ

     昭和後期に活躍 したものまねタレント。本名:佐々木宏幸(ささき ひろゆき)。はたけんじ、団しん也、堺 すすむと共に"元祖ものまね四天王"と呼ばれていた。ものまねタレント神奈月の師匠。
     渥美清、高倉健、森進一、田中角栄などの物真似で人気を博した。昭和50年代のものまね芸人ではトップクラスの存在で、ものまね芸では田中角栄、大平正芳、三木武夫、春日一幸の4人の声を使い分けた"ロッキード麻雀"のネタや、ネタ落ちで出す渥美清のマネ「それを言っちゃ~オシマイよ」のフレーズが有名だった。その実績から、1974年と1977年に放送演芸大賞部門賞を受賞した。
     私生活では大変なギャンブル好きとしても知られていた。ギャラはその日の内に全てを賭け事に費やしてしまうこともしばしばで、多額の借金を抱えていたという。晩年の佐々木に師事していた神奈月も、借金取立人に神奈月自身の持ち合わせを取られてしまうなど、佐々木の借金にまつわる苦労について話している。彼の突然の死はそうした金銭トラブルによるものだった。
     1987年9月4日夜、当時佐々木が同棲していた東京都板橋区高島平の39歳女性宅において、所属事務所の社長に刺殺体となって発見された。享年40。9月5日の高松公演を前に連絡が取れなくなって事務所のスタッフらが捜索しており、発見時には死後1週間が経過していた。殺害した女性もまた、犬を入院させた後消息を絶ち、2日後の9月6日に青森県むつ市大湊の陸奥湾で入水自殺しているのが発見された。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=Ecnw3pk4kes

     内海好江

     本名;奥田 好江、1936年2月23日 - 1997年10月6日。東京市 浅草区(現・台東区)出身の漫才師である。1945年にデビュー。女剣劇や父娘漫才を経て、1950年に内海桂子とコンビ結成。横浜放送映画専門学院で講師、『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)では審査員を務めたのが縁で、同校出身で同番組にも出演したウッチャンナンチャンを自身が所属していたマセキ芸能社へ招いて芸能界入りのきっかけを作ったため、ウッチャンナンチャンは師匠と仰いでいる。また、1990年代は『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)へ準レギュラーとして出演し、「ちょっと聞いてよ!おもいッきり生電話」のコーナーで江戸っ子ならではの歯に衣着せぬコメントをしていたことでも知られる。その後も桂子とコンビで活動していたが、1997年10月6日、胃癌のため死去。享年61。江戸っ子の血を引いていたため、非情とも取られかねないほどの毒舌家で、バラエティ番組では共演者に対して容赦ない辛口コメントを度々飛ばした。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=Dv9I45VFbOs

     たこ八郎

     1940年11月23日 - 1985年7月24日 )は、日本のコメディアン・俳優で元プロボクサー。本名は斎藤 清作(さいとう せいさく)。 宮城県仙台市宮城野区新田出身。プロボクサーとして日本フライ級王座を獲得している。引退後、同じ宮城県出身ということでコメディアンの由利徹に弟子入りし役者として芸能界デビューする。元々、由利はたこを弟子にするつもりはなく、ボクサー時代に弟子入りを希望してきたたこに、断る口実として「ボクシングでチャンピオンになったら弟子にする」という条件を出し、その時には王者になるとは思ってもいなかったが、実際に日本王者になり、それならと弟子入りを認めたという。
     芸名の由来は、自宅近くの行き付けの居酒屋「たこきゅう」から採った。いつも酩酊状態(のような演技)で、「たっこでーす」という決まりの台詞と、コミカルな風貌でお茶の間の人気者になり、映画にも出演している。金粉を全身に塗って走ったこともある。この様なTV画面などでみせる姿は、コメディアンとしての彼の完璧なる「演技」で、自分の役割を心得て計算をしていたといわれる。たこの面倒をよく見ていたあき竹城は、飲酒が多いことを心配し、「(お酒ばかり飲んでないで)ちゃんとご飯を食べなきゃダメだよ」などと、彼の世話を良く焼いていた。そのため、「たこの情婦」と言われたこともあったという。
     人気絶頂期の1985年7月24日午前10時20分頃、神奈川県足柄下郡真鶴町の海水浴場で飲酒後に海水浴をし、心臓マヒにより死亡(死の直前、その姿を週刊誌に写真を撮られていた。また、その頃にはパンチドランカー症状はかなり改善していたともいわれている)。この訃報は、当時レギュラー出演していた『笑っていいとも!』の放送中、タモリによって全国に伝えられた。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=p2sA5A64ehM

     いかりや長介(ザ・ドリフターズ)

     1931年11月1日 - 2004年3月20日)は、日本の コメディアン、俳優、ベーシスト、タレント。「ザ・ドリフターズ」(略称:ドリフ)の3代目 リーダー。本名:碇矢 長一(いかりや ちょういち)。愛称は「長さん」。「ザ・ドリフターズ」のリーダーとして、TBSの『8時だョ!全員集合』や、フジテレビの『ドリフ大爆笑』で一世を風靡。その後は俳優、タレントとして活躍。先に挙げた2番組での「お笑い」のイメージとは一線を画した、味わい深く「渋い」演技を見せた。1997年に放映されたドラマ『踊る大捜査線』(フジテレビ系)のベテラン刑事・和久平八郎役では、『全員集合』をリアルタイムで見たことがなかった若いファンからも支持を受ける。1999年、『踊る大捜査線 THE MOVIE』で第22回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。晩年は独特な語り口調を生かし、ナレーションを務めたことでも有名。
     2003年5月末、「原発不明頚部リンパ節がん」により緊急入院。闘病生活の末、同年7月17日に一旦退院する。2004年3月15日、がんの転移が判明し東京都港区の東京慈恵会医科大学附属病院に再入院した。2004年3月20日、死去。72歳没。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=8XIMwOdsPOI

     クレイジーキャッツ(犬塚弘を除く)

    ハナ肇とクレージーキャッツは、ジャズ・バンド、お笑いタレント、歌手グループ。元々は「キューバン・キャッツ」の名で活動を開始したが、進駐軍のキャンプ回りをしていた際、演奏中に洗面器で頭を叩くギャグが面白く、"You, crazy."と言われたことから「クレージーキャッツ」に改名したとされている。渡辺プロダクション所属。数多くのバラエティ番組に出演し、コントを演じるようになってからコントグループと見られるようになってしまった。しかしながら、下記の通り各人は音楽の経験やテクニックという点で卓越した点を持っており、単なるコントグループ、コミックバンドとは全く違う、「音楽の質の高さ」を兼ね備えた異色のバンドともいえる。略称「クレージー」。音楽+コメディという芸能活動を広めた第一人者である。そして後にザ・ドリフターズに大きな影響を与えた。

     メンバーは以下の通り

     ハナ肇(故人)(1930年2月9日 - 1993年9月10日、ドラムス)
     植木等(故人)1927年2月25日(実際は1926年12月25日) - 2007年3月27日、ボーカル、ギター)
     谷啓(故人)(1932年2月22日 - 2010年9月11日、ボーカル、トロンボーン)
     安田伸(故人)(1932年9月19日 - 1996年11月5日、四代目テナーサックス)
     石橋エータロー(故人)(1927年9月30日 - 1994年6月22日、三代目ピアノ)
     桜井センリ(故人)(1930年3月20日(実際は1926年3月20日) - 2012年11月10日、四代目ピアノ)
     犬塚弘(1929年3月23日 -存命、ベース)

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=Pn029qV9U9I

     夢路いとし喜味こいし

     戦前から21世紀初頭にかけて 活動した、夢路いとしと喜味こいしの兄弟による日本の漫才コンビ。1937年に少年漫才 コンビとして活動を開始、2003年9月に兄の夢路いとしが死去するまで活動を続けた。1999年、大阪市指定無形文化財に指定。「上方漫才の宝」と呼ばれる。コンビ結成の1937年から、2003年9月25日に兄の夢路いとしが死去するまで活動を続けた。その間、数々の漫才における賞を総なめにしてきた。私は特徴あるだみ声が印象に残っている。また、昭和40年代の黄金番組、「がっちり買いまショウ」の司会者として番組を大いに盛り上げたシーンが想い出に残っている。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=VVSPN4NTw1A

     横山やすし(やすきよ)

     本名:木村 雄二(きむら ゆうじ)、1944年3月18日 - 1996 年1月21日)は、かつて吉本興業・大阪本社(現・よしもとクリエイティブ・エージェンシー・ 大阪本部)に所属していた漫才師、タレント。身長163cm(本人談)。愛称は「やっさん」。口癖は「アホンダラ」。
     まぁ、この人はB型の典型で、自分勝手、自己中、我がままマイペースで、なりふり構わぬ「歩くトラブルメーカー」的な存在だった。しかし、なぜか友人や彼を慕う芸人は多かった。浪速の春団治のような性格で、独りよがり的な言動や行動が多かった。やすきよの漫才はその世界の頂点に君臨した。豪遊が過ぎる印象で、パイロット免許を取得し、仕事には自家用セスナ機を使うこともあった。また、武勇伝として、毎日散髪することが日課となっていた。
     1987年12月に『スター爆笑Q&A』で酒気帯びのまま出演をし、同じ司会の桂文珍、山田邦子の制止を振り切ってゲストの片岡鶴太郎らに食ってかかった。見兼ねた当時のマネージャーの大谷由里子が激怒し、やすしを舞台裏でビンタして諫めたことは有名。これがとどめをさす形で番組を降板する。さらに1988年10月にも二日酔いを理由に『三枝やすし興奮テレビ』の出演を直前にキャンセルしたために降板。1988年11月下旬、一八がタクシー運転手に対する傷害事件を起こして逮捕され、一八はやすしを通じて契約解消を言い渡された。1989年4月17日、愛車を運転中にバイクとの人身事故を起こし、バイクに乗っていた男性(58歳)に軽傷を負わせた。大阪府警が取調べた結果、体内からはアルコールが検出され、その知らせを受けた吉本興業は、遂にやすしとの専属芸能家契約を解除することを決断。事実上の解雇通告を言い渡されたやすしは多くの報道陣に対し「やめる、もう漫才をやめる」と号泣しながら話した1996年1月21日の夜、摂津市の自宅で寝たまま意識を失っているところを啓子夫人が発見、救急車で病院に運ばれたが、すでに心臓と呼吸が停止しており、意識が戻ることなく急逝した。51歳没。死去前日、大量にビールを飲んで吐き出し、啓子夫人が病院で診てもらおうと思った矢先の死だった。最後の言葉は夫人と娘に対して「水を欲しい」「ちょっと調子がおかしいから病院に行かんとあかんなぁ」「明日病院に行くわ」であった。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=cnJZgGO24-E

     小野ヤスシ

     1940年2月11日 - 2012年6月28日。タレント、 コメディアン、俳優、ミュージシャン。鳥取県境港市出身。自称『鳥取が生んだ天才“ スーパースター”』。本名は小野泰。「ザ・ドリフターズ」の初期のメンバーで、1960年「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」とグループ名が変わってから正式に参加。1964年、桜井輝夫の脱退後にリーダーの座を譲られた碇矢長一(後のいかりや長介)のワンマン体制に反抗し対立。同じくメンバーだったジャイアント吉田、飯塚文男、猪熊虎五郎と共に4人で脱退。この4人に祝勝を加え、コミックバンド「ドンキーカルテット」を結成し、演芸ブームの追い風の中、人気を獲得する。
     1970年、ブームも下火となり解散。以降はタレントへ転身し、バラエティ番組では司会やリポーターなどで、映画やテレビドラマではコミカルなバイプレーヤーとして活躍した。
     2010年1月に腎盂腫瘍で右腎臓を全摘出。2010年3月に開いた自らの芸能生活50周年記念パーティーの席上で、これががんによる手術であることを公表していた。それ以降は治療に専念しつつ、体調を見ながら芸能活動を継続していたが、2012年6月28日、腎盂がんのため都内の病院で死去。72歳没。
     もしかすると彼がドリフターズに所属していたことを知らない人が大勢いるかもしれない。たぶん、ピン芸人かあるいは司会業などのタレントだと思っているに違いない。そして亡くなったこともご存じないかもしれない。我が福島県では、槙原寛巳と一緒に「さがみ典礼」という葬儀会社のCMに出演していたので、結構親しみがあった。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=Z4VEjHZfVu8

     春日照代

     「春日三球・照代」として活躍した夫婦漫才コンビ。 「地下鉄の電車 はどこから入れたの? それを考えてると一晩中寝られないの。」のフレーズで有名な 地下鉄漫才で1970年代後半に一世を風靡し、立川談志をして「漫才でトリがとれる」と言わしまた。
     1965年に三球と照代で『春日三球・照代』を組み直し、夫婦漫才コンビで再出発した。 売れる前は三球がウクレレ(実際には三球は、ウクレレは弾けなく弾いていなかった事が多い)を、照代がギターを持ち、テーマソングの『線路は続くよどこまでも』を歌ってから音曲漫才を展開していたが、次第にボケを活かしたしゃべくりに徹するようになり、1970年代中頃には『地下鉄漫才』が大ブレークして全国区になった。地下鉄ネタに続き、新幹線ネタや山手線ネタなどの鉄道ネタ、タクシーやエスカレーターといった乗り物全般に関するネタをシリーズ化して人気を維持した。
     1987年に妻の照代が急逝し、三球は再び人気絶頂で相方を失う憂き目に遭う。失意の三球を見兼ねた周囲が、子役出身の声優で漫才経験のある若手女性芸人・芳賀みちるを世話してコンビを組ませ、舞台に復帰させたものの、くすぶったまま約1年で解消。

     春日照代(かすが てるよ、本名:近馬 せつ子<ちかま せつこ>1935年12月8日 - 1987年4月1日) 妻、ツッコミ担当。大阪府大阪市出身。テレビ番組『新伍のお待ちどおさま』(TBS系)に出演中、くも膜下出血に襲われた。舞台袖で急変し、近くの大学病院に搬送されたが、手遅れで手術できず、意識の戻らぬまま帰らぬ人となった。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=WNnnGeoroUI

     桜塚やっくん

     1976年9月24日 - 2013年10月5日)は、男性お笑い タレント、声優、俳優、歌手。以前はジャニーズ事務所に所属しており、本名の斎藤 恭央 (さいとう やすお)で活動していた。神奈川県出身。血液型B型。
     1999年には竹内幸輔とお笑いコンビ「あばれヌンチャク」結成。ツッコミ(ネタによってはボケ)の「(桜塚)やっくん」として、絵描き&ネタ作りを担当したが、2005年に、相方の竹内が声優に転向することを決意したことを機に、斎藤が竹内の希望を優先した結果、コンビを友好的に解散した。コンビ解消後、ピン芸人としてのネタを模索していたところ、「スケバン恐子」が作られた。現在はコンビ時代の愛称「桜塚やっくん」と改名している。スカート丈の長いセーラー服(2006年10月からスカーフが水色、竹刀、ロングのパーマかつらを装備した女装。関東スケバン連合の初代総長という設定で一人称は「アタイ」。ネタの内容は、初めに数名の観客を指名し、スケバン恐子のボケに対して指定された言葉を観客にツッコませるというもの。2006年4月からは有名な童話やテレビ番組などの紙芝居をするという内容になり、観客には作品に登場する人物などの役をやらせるようになった。巧妙なアドリブと、自らが描いた玄人はだしのイラストで、観客とやりとりし、場を盛り上げた。
     2013年10月5日、山口県美祢市東厚保町の中国自動車道下り線、伊佐パーキングエリア付近で、自らがハンドルを握ってワンボックスカーを運転していた際に中央分離帯に衝突する単独事故を起こし、車外の路上に出たところを後続車にはねられた。その後病院に搬送されたが、同日18時16分、心臓破裂により死亡が確認された。37歳だった。

     動画はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=ntrglkyikb8

     他には、三遊亭圓楽(先代)さん、海老一染之助・染太郎の兄の染太郎さん、今いくよくるよのいくよさんもまた名人芸が冴える惜しまれて亡くなった方だろう。

     続いては、今もご健在で、活躍中の優れた芸をお持ちの方々はこちら

     「なんでかセレナーデ」の堺すすむ

     松鶴家千とせ 「わかるかなぁ~わかんねぇだろうなぁ~」のギャグと、「いぇーい」で決めるピース。

     インチキ医者ネタのケーシー高峰

     南州太郎

     さて、思いがけず、2回シリーズとなった今回の記事だが、いずれもその人にしかできない熟練の技を持ち、その技を見るために観客は寄席なり、公演会場に足を運んだに違いない。そういう名人芸は一朝一夕にできるものではなく、日々の絶えまぬ努力と厳しい鍛錬が陰ではあったに違いない。最高のエンターテナー達に敬意を払い、個々のご冥福を祈るとともに、彼らの技を後世に継承する若手芸人の誕生を心から願ってやまない。

     記事作成:1月25日(土)~26日(日)

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