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2014年2月12日 (水)

時代の寵児とその後の顛末(天国と地獄)

 今日はもしかすると批判続出になるかもしれないが、これまで芸能界の緩すぎる体質に誰も「喝」を唱えることはしなかった経緯から、あえて公開したい。タイトルは「時代の寵児とその後の顛末」である。八面六臂の活躍でその時代を築いたり、その時期を象徴するような人物として脚光を浴びたにもかかわらず、その後、どういうわけか不遇に見舞われ、天国から地獄へ突き落され、運命のいたずらに弄ばれたとしか言いようがない、いわば極端すぎる芸能人にスポットを当てたい。もちろん個人を非難したり、揶揄する意図は毛頭ないことを先にお断りしたい。自分自身の教訓になるような内容なので、ぜひ目をそらさずご覧いただければ幸いだ。

 横浜銀蝿 (翔)

  • 1979年9月21日 - 翔、Johnny、TAKU、嵐の4人でバンドを結成。正式名称は「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL」。「TCR横浜銀蝿RS」とも表記する。
  • 1980年9月21日 - アルバム『ぶっちぎり』、シングル『横須賀Baby』の同時発売でデビュー。
  • 「銀蝿一家」として、弟分グループ「紅麗威甦」(ぐりいす-杉本哲太在籍)、嶋大輔、妹分アイドルの岩井小百合などがデビュー。
  • 1983年7月23日、テレビドラマ『ザ・サスペンス・川崎探偵団』に出演。
  • 1983年12月31日 - 解散。
  • 1998年1月1日 - 「横浜銀蝿」として翔、TAKU、嵐の3人で再結成。
  • 2002年 - 7月23日に「横浜銀蝿」解散。

     リーゼントの髪形にサングラス、ライダー革ジャン、白いドカン(ズボン)という独特の服装をギミックとして登場。「ツッパリ」、「暴走族」といった当時の時代風潮に乗り一気に若者の人気を獲得した。楽曲としては、4人で演奏するシンプルなロックンロール、バラードなどから、笑いを誘うコミックソングまで幅広いものがある。ツッパリHIGHSCHOOL ROCK'NROLLは私が高校時代に大ヒットし、同じ格好をした若者で街は溢れかえった。言葉遣いは荒く、額にはソリ入れ、カバンはぺしゃんこ。訳もなくとんがっていきがっていた。

  •  地獄は、1997年に翔が覚せい剤取締法違反で逮捕され、その後不起訴処分となったが、1999年にも同取締法違反の罪で再び逮捕され1年4ヶ月の実刑判決をうけた。さらには2003年4月24日に覚せい剤取締り法違反で現行犯逮捕。警視庁北沢署によると同署員が渋谷区内で路上駐車していた不審な車を見つけ職務質問し車内を捜索したところ、所持していたバッグから覚せい剤数グラムを発見、現行犯逮捕した。3度目の逮捕の際に責任を感じたのか、実兄である嵐が髭を剃り、坊主頭となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=lQnkxbE4b_A

     小室哲哉

     1990年代にavexを率いてtrf、安室、MAX、華原朋美、篠原涼子、ダウンタウンなどとコラボして次々とヒット曲を世に送り出したキングオブヒットメーカー。自らもTMN、globeでメガヒットを連発した。しかし、多額の借金返済に困り、詐欺行為で逮捕。夫人のKEIKOも脳溢血で死線をさまよった。栄華と挫折の両方を味わったアーティスト。

     すると、この記事を書いた後、今度は小室哲哉本人が事故に遭い、怪我をするというハプニングが起きた。何か、私が記事を書いた人が、脚光を浴びるという不思議な現象がずっと続いているのが気にかかる。

     堀江貴文

     日本の実業家。株式会社 ライブドア元代表取締役社長CEO、SNS株式会社オーナー兼従業員、株式会社7gogo ファウンダー。愛称はホリエモン。1991年(平成3年)東京大学教養学部文科三類に合格・入学、八女を離れて上京、駒場寮の北寮へ入寮し、1・2年次を駒場寮で過ごした。大学1年の時に赤本(東京大学・文系)に合格体験記を寄稿している。 1996年(平成8年)4月、有限会社オン・ザ・エッヂを設立(なお、堀江はオン・ザ・エッヂを設立後に大学を中退している)。設立資金600万円は当時のメンバーの父親により出資された。1997年に株式会社に改組。同社は、当時のインターネットが普及しはじめた黎明期に、いち早くホームページ制作・管理運営を行う会社として注目を集め、レコード会社などの一流企業のサイト制作を請負いながら急速に成長していった。2002年、経営破綻した旧ライブドア社から営業権を取得した。
     2004年に経営難でオリックス・ブルーウェーブ(現:オリックス・バファローズ)との合併が決定されたプロ野球球団、大阪近鉄バファローズ買収を申し出たことから一挙に注目を浴びる。買収の申し出を拒否されると、今度は東北に新球団を設立する計画を発表。球団名を「仙台ライブドアフェニックス」とし、監督としてトーマス・オマリーを招聘すると発表した。またサラブレッド馬を購入したりと、やることなすことが派手でその都度注目を浴びることとなった。
     2005年2月、社長を務めるライブドアはニッポン放送の株を35%取得、同社最大株主となる。その後2月21日現在ニッポン放送株を40.1%取得。なお、株取得が報道された直後から当時ニッポン放送の子会社だったフジテレビジョンを出入り禁止になり、平成教育2005予備校から降板させられた。この時にフジテレビと大きな騒動となり報道機関が殺到することになる。その時に彼が言った言葉で有名なのは、主に「想定の範囲内」という言葉がある。
     2006年1月16日 - 証券取引法違反容疑により、六本木ヒルズのライブドア本社や堀江貴文の自宅など、東京地検特捜部による家宅捜査が行われる。1月23日 - 証取法違反(風説の流布、偽計取引)容疑で東京地検特捜部により、財務担当の取締役宮内亮治、ライブドアマーケティング社長岡本文人、ライブドアファイナンス社長中村長也とともに逮捕される。2月13日、公判請求。2月22日 - 証取法違反(有価証券報告書虚偽記載)容疑で再逮捕。同時に熊谷史人代表取締役も逮捕される。3月14日、追起訴。3月16日に岡本、翌3月17日宮内と中村、熊谷は4月5日にそれぞれ保釈されたが、堀江の保釈請求は通らなかった。4月26日 - 東京地裁は、堀江から出されていた3回目の保釈請求に対し、保釈を決定した。保釈保証金は3億円。堀江側はこれを小切手ですぐに支払ったが東京地検が準抗告したため、保釈の執行は停止された。翌4月27日、東京地裁は東京地検の準抗告を棄却し堀江の保釈が認められる。
      2007年1月26日 - 最終弁論が開かれる。堀江は涙声で「取り調べなしに突然逮捕された」「おまえをつぶすという意気込みで、こちらは商売できない」などと、検察とは逆に堀江側が検察を痛烈に批判した。3月16日 - 東京地裁で判決公判が行われ、小坂裁判長は「上場企業の責任者としての自覚が微塵も感じられない」などと述べ、懲役2年6ヶ月の実刑判決(求刑懲役4年)が言い渡された。主任弁護士の高井康行弁護士は後の記者会見で「非常に不当な判決」として東京高裁に即日控訴した。保釈金2億円を追加納付して再保釈。
      2008年2月22日 - 東京高裁にて控訴審が行なわれたが、堀江自身は混乱の恐れがあるとして出廷しなかった。
      2008年7月25日 - 東京高裁は堀江の控訴を棄却し、1審の懲役2年6か月の実刑判決を支持した。弁護側は最高裁に即日上告した。
      2011年4月26日 - 最高裁(第三小法廷)は上告を棄却。懲役2年6か月の実刑判決が確定した。これに対して28日、「被告の職業を不詳とした決定は不当」と異議申し立て。5月20日、同小法廷は異議申し立ても棄却し、収監される事が決定した。

     千昌夫

     彼は岩手県出身の歌手だが、東北弁丸出しで、泥臭いコスチュームで登場した。出世の象徴とされる額に大きな黒子がトレードマークだった。すぐに彼は歌手としての頭角を現した。「星影のワルツ」が大ヒットし、巨額の富を手にした。貧乏根性が染みついた印象で、成金根性がありありだった。アメリカ人歌手のジョーン・シェパードと結婚。「サンキューベロマッチョ」が口癖となった。しかし、小学生の頃に父親を亡くし、それ以降目的のためなら苦労を厭わず、努力を惜しまぬバイタリティーに溢れていた。また、交友関係が広く、芸能界でも顔が利いていた。また、郷愁誘う「北国の春」が大ヒット。再び大金持ちになった。すると彼は投資に手をだし、実業家として大儲けに走るようになった。何軒もの飲食店を所有し、数軒のホテルを次々買収。次第に彼の周りに人や金が集まりだした。そして、ホテル王との異名がつくまでになった。しかし、バブル崩壊により、彼は多額の負債を抱え込む事態に陥った。1,000億円を超える借金を抱えていると言われていたが、その借金の殆どは旧長銀から借り入れた金であり、一時国有化による公的資金投入で一時期3,000億円を超えた借金は、1,000億円にまで棒引きされた。その後、民事再生法の適用により2002年「6年間で約1億5,000万円を返済すればよい」ということになった。金の切れ目が縁の切れ目。長年連れ添った夫人と離婚し、トレードマークだった黒子も除去し、本業の歌手として再出発を図った。

     モー娘。

     今でも彼女たちの根強いファンが多いので、批判的なことを言うつもりはない。しかし、2000年代初頭のあの日の出の勢いは影をひそめてしまった。初期メンバー(中澤裕子・安倍なつみら)が「LOVEマシーン」などの大ヒット曲を世に発表し、若い子らがあの踊りを真似してはカラオケで盛り上がっていたあの絶頂期から比べれば、今や風前の灯である。そのかつてのメンバーにも災難ともいうべき不祥事が降りかかっている。「ミニモニ。」の3人のメンバーのうち2人が、今や表舞台に立てない状況。加護亜依と矢口真里だ。また後藤真希も実弟の不祥事によって無期限活動停止状態に陥っている。つんくプロデュースだが、オーディションでメンバーを増やしていく手法は、かつてのおニャン子クラブの秋元康と同じアイドル商法だし、その天才秋元のリベンジによって、返り討ちにあった印象は否めない。今では「AKBグループ」や「乃木坂46」の猛威の前に歯が立たず、細々と活動を継続しているように見えてしまう。それは「アイドリング」も同様だ。

     田代まさし

     彼もまた懲りない面々ということになる。覚せい剤などの不祥事を繰り返し、転落人生を歩んでいる典型例。うわべだけの謝罪や反省態度に終始し、中身や内面は全く変わらない。彼を「神」と称してチヤホヤしているファンも悪い。彼の心底からの復帰を願うならば、彼には厳しい態度で接するべきだ。かつてはシャネルズやラッツ&スターのメンバーとして君臨。ヒット曲にも恵まれ、スターの階段を着実の昇っていた。そしてソロ活動としても番組の司会やMC、志村けんとのコンビでバラエティにも次々と出演した。とりわけ「夕やけニャンニャン」の司会や「いたずらウォッチング」は冠番組で、視聴率も高く、若者を中心に人気を博した。

     地獄の始まり

     2000年9月24日に東急東横線都立大学駅構内において帽子、サングラス、マスクという姿で女性の下着を盗撮しようとしている様子を目撃者が通報。不審人物として警察が任意同行し事情聴取、東京都迷惑防止条例違反で書類送検。同年12月14日に東京簡裁から罰金5万円の略式命令が下り、田代は一時芸能活動を休止した。
     2001年12月9日、田代は近所の男性宅風呂を覗いたとして軽犯罪法違反容疑で現行犯逮捕された。さらに自宅から覚醒剤が発見され、覚醒剤所持・使用容疑で12月11日、再逮捕された。これを受け、当時田代の所属していたエムティエムプロダクションは同年12月11日付で田代を契約解除した。2002年3月、裁判で懲役2年執行猶予3年の判決を受ける。  
     2004年春頃にはテレビ界復帰も検討されるようになったが、同年6月17日に青梅街道の「転回禁止」の場所でUターンした後、オートバイに乗った男子学生に衝突する人身事故を起こしたため復帰が白紙に戻る。さらに執行猶予中の2004年9月20日夜に再び覚醒剤及び刃渡り8cmのバタフライナイフを所持していたとして銃刀法違反と覚醒剤取締法違反の現行犯で逮捕された。
     2005年2月7日、東京地裁で開かれた判決公判で執行猶予中の再犯のため等を主な理由とし懲役3年6月の実刑判決が下され、同年3月16日付で東京高裁への控訴を取り下げたため刑が確定、事実上の芸能界引退となる。
     刑期を終えた2008年10月に公式サイトおよび公式ブログを開始。トップページの画像には「神降臨」の文字が記載される。インターネットにおいて話題となり、100万を超えるアクセス数を記録した。2010年9月16日午前2時10分頃、横浜市中区新港1丁目赤レンガパークの駐車場内にてアジア太平洋経済協力会議(APEC)国際会議の応援警備に当たっていた福岡県警察本部の警察官に職務質問を受けた際、コカインをポリ袋に入れて所持していたことが発覚し、直ちに麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で神奈川県警察本部横浜水上警察署に現行犯逮捕された。後日には一緒にいた女性のバッグや玄関から覚醒剤、コカイン、大麻を隠し持っていたとして、同年10月14日に覚せい剤取締法違反(共同所持)の容疑などで2人とも再逮捕された。
     2011年7月1日、横浜地裁で開かれた判決公判で薬物の常習性が顕著等を主な理由とし懲役3年6か月の実刑判決が下され、同年7月15日付で東京高裁への控訴を取り下げたため刑が確定した。2014年1月現在、府中刑務所に服役中。

     追記(芸能人絡みのドラッグ事件・・・復帰された方もいるので、埋め込み処理は自粛)

    http://www.youtube.com/watch?v=4W_6KyDOhbw

     懲りない面々は、ほかにも清水健太郎、岡崎聡子、小向美奈子、押尾学らがいる。一度手を染めると常習し、善悪の判断を鈍らせ、再び依存症となり、なかなか止めて真人間に戻ることが難しくなるようだ。

    http://www.youtube.com/watch?v=DvrMeTvdH00 (清水健太郎)

    http://www.youtube.com/watch?v=KbTHKMSSovk (岡崎聡子)

    http://www.youtube.com/watch?v=ZIryv5IAMpI (小向美奈子)

     さて、今回の記事に対しては批判があることでしょうが、身から出た錆と言えるような人も含まれてはいるが、人間いつもいいことばかりではないということを彼らを見ていてつくづく感じてしまう。運命のいたずらなのか、それとも神が仕組んだことなのか。栄華がいつまでも続くことはなく、その見返りとして試練を与えるのだと。そう考えれば、人間欲張らず、堅実に生きるのが一番良いように思える。一生一度、野心をもって悔いがないようにやりたいことをやるのも男のロマンだが、そううまい話は転がってはいない。バイオリズムのように浮き沈みがあるのが人生だろうが、たった一度の夢のためにその見返りが長年続くようでは意味はない。太く短くか、細く長くかはその人の判断に委ねられているように思えてならない。これが半世紀近く生きた私自身が得た人生訓であり、結論になると思う。

     記事作成:平成25年10月5日(土)~平成26年1月26日(日)

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