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2014年3月

2014年3月28日 (金)

年配の方々が泣いて喜ぶ番組OP(後編)

 今日は、昨日に引き続き、昔懐かしいテレビドラマのOPや心にいつまでも残る名作番組を取り上げるシリーズ記事の後編。前書きは野暮ったいので、さっそく続きをどうぞ!

 クイズタイムショック(田宮二郎編)

 初代司会は田宮二郎。博識で頭脳明晰。落ち着いた司会ぶりが好評だった。彼が衝撃的な猟銃自殺を遂げた後は、山口崇、生島博、そして中山秀征に受け継がれた。残念ながら田宮二郎さんの映像は残されておりません。

 山口崇さんのOP音声はコチラ http://www.youtube.com/watch?v=iLfbNGLSqHk

 生島博さんの映像はコチラ http://www.youtube.com/watch?v=L0GXhQ26Atg

 JET STREAM(城達也)

 FM東京の深夜零時に繰り広げられる、心地よい音楽の定期便がこの番組で、番組発足当初からのパーソナリティー(パイロット)はその美声で世の女性を魅了した城達也だった。海外旅行が高嶺の花だった1970年代に、日本にいながらにして世界各国を旅する雰囲気を与えてくれた。情緒感たっぷりで、かけるレコードも洗練され、イージーリスニングの新ジャンルを確立した。ナレーションもオシャレだった。城達也さんが亡くなられて、一つの時代が終わった。伊武雅人さんや鹿賀丈史さんがその後を引き継いだが、やはりあの低音で囁くように切々と語る口調は、彼でしか出せない味わいだった。今でも根強いファンがいる。

 大岡越前

http://www.youtube.com/watch?v=DZuR0XbYMNU

 1970年 - 1999年にTBS系列の『ナショナル劇場』で 月曜20時から放送されたテレビドラマ。制作はC.A.L。全シリーズ一貫して主演は加藤 剛(全402話+スペシャル1本)。加藤剛(大岡忠相)、竹脇無我(小石川療養所・榊原伊織)、山口崇(徳川吉宗)、宇都宮雅代(大岡忠相夫人・雪絵)が出演した。

 大岡裁きはコチラ http://www.youtube.com/watch?v=dq5-bzlr5nE

 白い巨塔(田宮二郎)

http://www.youtube.com/watch?v=QvQt_ZtUYAE

 日本の暗躍する医師の世界に鋭くメスを入れた話題作だった。数々の難手術を成功させ、天才外科医として君臨。しかし同時に多くの柵や学閥争いに巻き込まれ、それとも戦うことも余儀なくされた。自らも末期がんに苦しみ、壮絶な最期を遂げた。大病院の全医師、看護婦(現・看護師)に見送られてストレッチャーがその間を進む様は、圧巻演出となり、大好評を得、高視聴率をマークした。彼の演じた財前五郎は、その後、リメイク版で唐沢寿明が演じたが、元祖の田宮二郎には到底及ばない。山本學と大地喜和子の名演技も心に残る。

 スター誕生

 最終回はコチラ http://www.youtube.com/watch?v=ypqLyr0fV1k

 1970年代に大人気を博し、山口百恵、桜田淳子、森昌子、石野真子、ピンクレディー、中森明菜、小泉今日子などそうそうたるスターが巣立ったお化け番組。公開オーディションで素人が歌を披露して勝ち抜き、チャンピオンになると更に決勝大会があり、会場に30社程度の芸能プロダクションのスカウトマンが審査し、お眼鏡にかなうと晴れて芸能界に歌手としてデビューできるという、当時としては画期的な番組だった。視聴者は、目の前で明日のスターの誕生に立ち会えた。
 私の想い出としては、小学生の頃、郡山市民会館に公開録画が来て、親と親と見に行った。ゲストは西城秀樹だった。とても大好きで、毎週欠かさず見ていた。

 司会者はもちろん萩本欽一。彼が番組を卒業後、坂本九ややすきよが担当したが、どこか違和感があった。この番組が終わった時、「ザ・ベストテン」も同様だが、ひとつの時代の終焉を感じたのは私だけではなかったはずだ。

 さて、2日間に渡ってお送りしましたが、いかがでしたでしょうか。このような名物番組が最近はめっきり少なくなった感じがある。これがこの時代を知る私を含め、先輩諸氏の方々の正直な感想ではないでしょうか。かつては、1年や3年がかりで制作・放送されたドラマや家族全員で楽しめる歌謡番組が目白押しだった。一家団欒の真ん中にはテレビがあり、共通の話題で盛り上がったものだ。そこから比べるとテレビの衰退ぶりは甚だしいし、残念の一言だ。それは制作側のイマジネーションの欠如と情熱が不足しているからに他ならないし、アイディアや新しいコンセプトも出尽くした感がある。視聴者が何を求めているのか、真摯に見つめ直してほしいと願う。奇を衒った方法ではなく、地に足をつけた番組作りを。

 記事作成:2月19日(水)

2014年3月27日 (木)

年配の方々が泣いて喜ぶ番組OP(前編)

 人生も半世紀近く生きていると、懐かしい名ドラマや名番組が妙に心に残っている。最近は「YOUTUBE」で簡単に当時の映像を再現でき、嬉しい反面、心の奥に大切に美しい断片映像のまま閉まっておきたいという想いもあった。今回は前編・後編の2回に分けて、そうした特に年配の方々(50代以上の先輩諸氏)が泣いて喜びそうな、懐かしい映像の数々を10番組ほどセレクトして紹介したい。もちろん個人の好みによるため、独断と偏見による部分はご容赦願います。まずは5番組どうぞ!

 まんが日本昔ばなし(常田富士男・市原悦子)

 OP映像は著作権が厳しく白黒映像しか存在しません。あの有名な竜の背中に乗って宙を舞う有名な作品だ。

 実際私の家にあった懐かしいソノシートレコードの「三枚のお札」

 小学校から高校生時代まで、このレコードを自宅にあった卓上プレーヤーで針が擦り切れるまで何度も聴いた記憶がある。

 1975年(昭和50年)に開始。放送枠は30分で、作詞家の川内康範が監修に携わり、川内の娘で童話作家である川内彩友美が企画。毎回日本各地に伝わる昔話が映像化され、市原悦子と常田富士男の両名が一人で何役もの声を使い分ける独特の語りによって紹介する。スタッフに一流のベテランアニメーターやイラストレーターを多数起用された。

 エンディングはコチラ http://www.youtube.com/watch?v=Utn6QUpv5iM

 ありがとう

 看護婦役の水前寺清子、石坂浩二、山岡久乃、沢田雅美、長山藍子、児玉清らが熱演したホームコメディドラマ。ホームドラマ全盛期の1970年代を代表するテレビドラマで、同年代に放送された『時間ですよ』や『女と味噌汁』と共に“ドラマのTBS”の象徴的作品のひとつである。『肝っ玉かあさん』と並んでホームドラマの金字塔を打ち立てた。なおシリーズ最高視聴率は、民放ドラマ史上最高の視聴率56.3%を記録した。

 どてらいやつ

 1973年から1977年まで関西テレビの企画・制作によりフジテレビ系列で放送され­たテレビドラマ。全181回。もともと関西テレビ放送の開局15周年を記念して制作さ­れた連続ドラマだったが、3年半に渡るヒットシリーズとなり、西郷輝彦が俳優としての­地位を確立したドラマとなった。しかし、VTRの現存状況については上書きされて残っ­ていないとされている。地元福島テレビでは土曜日の「8時だよ全員集合」の後の21時から放送していた。ちなみに22時からは「大江戸捜査網」だった。この頃のドラマは11話完結の今と異なり、1年間ぶっ続けのロングランで放送していた。ちなみにどてらいやつは裸一貫で商人として成功を収める男の物語で、西郷輝彦が熱演した。その後番組は柴俊夫の「さわやかなやつ」だったが、このドラマの印象があまりにも強く、二番煎じの感じだった。

http://www.youtube.com/watch?v=M6DVEpZIQrI

 木枯し紋次郎

 フジテレビ系列で1972年1月1日より放映された中村敦夫主演のテレビドラマ。孤独主義者で世捨て人。又旅姿で口に葉っぱを加えたスタイルがトレードマーク。事件へかかわるのを嫌うが、毎回巻き込まれる。「あっしには県関係のないことでござんす」が決め台詞だった。現実を生きながらどこか義理人情が捨てきれない。優しい男気がカッコよかった。上条恒彦の歌声と、このストップモーションで竹藪を突き進むOP映像は大人気だった。

 時間ですよ

http://www.youtube.com/watch?v=WgmZYn3kp5I

 堺正章、悠木千帆(樹木希林)、森光子、浅田美代子、天地真理らが繰り広げたドタバタホームコメディドラマ。これが当たって、その後「寺内貫太郎一家」や「ムー一族」に引き継がれた。現代も「渡る世間は鬼ばかり」もこの路線だと思う。

 さて、いかがでしたか。青春時代の想い出が蘇りましたか。昭和40~50年代を中心にお送りしましたが、懐かしんでもらえたでしょうか。今更ながらだが、「YouTube」の存在は大きい。こうした動画を当時のメディアに保存し、大切にそれを保管し、同じ気持ちでこれらを動画サイトにアップしてくれるオールドファンあってこその今回の企画である。本当に感謝したいと思う。どこかに生きた証を残したと常々思っているが、時代背景や当時の世相を語り時に、欠かせないのはやはりテレビメディアであると思う。
 さて、明日は後編になるが、あなたのお気に入りだったドラマや名物番組は登場するでしょうか。

 記事作成:2月19日(水)

2014年3月24日 (月)

今では懐かしい「武富士ダンサーズ」

以前、当ブログの同様の記事で「メジャー化する消費者金融」について書いた記憶があるが、最近CMで「武富士ダンサーズ」を見かけないと思ったことはないだろうか。1990年代のテレビCMで、「コカコーラ」と並んで人気No.1と言えば、このCMだった。まずは歴代のCMシリーズをご覧いただきたい。  

 

 

 


It's got to be your love
The only love I fall
And oh… You are the angel of my life

It's got to be my heart
Beating besides you all night long
And oh… I wanna get closer to you my love

Until the day I die girl
I'll be your everything and
Woh…(Woh…)Woh…

Won't you take my hand  ←CMで使われた部分はここから
For I will be your man
So tonight we gonna dance the night away
One and one is two
Don't you be so cruel
Synchronize this love is what we've got to do
All the time we'll be together
'cause it's yours and mine
Forever we're in this love thing

Tomorrow never knows
Wise man can tell me so
 
But oh… He never saw your dark brown eyes

I love the way you smile
Shine on me babe all day long
And oh… I wanna get stronger for you my love

I feel the love in motion
All together all in time so
Woh…(Woh…)Woh…

                                    
  

ジョーリノイエの「SYNCRONIZED LOVE」に乗せて「武富士ダンサーズ」たちが、フラッシュダンス張りの小気味いい、躍動感溢れるダンスを披露し、一躍大ブレイクした。そのCMは瞬く間に話題となり、学校の文化祭や結婚式の余興などで早速真似して踊られ、場を大いに盛り上げたものだ。

1990年に始まったこのCMだが、当初は女性3人がレオタード姿で踊る寂しいものだったが、ちょうどジャスダンスが隆盛していた時期と相まって、問い合わせが殺到し、翌年には「武富士」が正式にCMとして採用。12名の男女混成チームユニットを結成して、曲に合わせてよりパワフルに踊りまくり、一種のブームとなった。そして幾つかの異なるヴァージョンが制作された。例えば、踊る前のロッカールームの場面を台詞入りで流し、次第にドラマ化していった。1998年にはメンバーを15名に増やした。

この頃の「消費者金融」業界は日の出の勢いで、昔の「サラ金」のような暗いイメージや「ヤクザが取り立てにやってきて脅迫する」という怖いイメージを払拭し、誰でも気軽に借りられるお手軽キャッシングを謳い文句にしていた。それで多重債務や自己破産した人も大勢いたが。特に各社のイメージアップ作戦はすさまじく、イメージソングを作り、キャラクターとして、若い女性を相次いで起用した。アコム(むじんくん)は小野真弓(O型)、プロミスは安田美沙子(O型)、プロミス(現在はSMBCコンシュマーファイナンス)がマイケル富岡を起用した「いらっしゃいマシーン」と井上和香(O型)、さらに「ほのぼのレイク」や「アイフル」(清水省吾とチワワ犬のくぅ~ちゃん)などで親しみやすい雰囲気作りに躍起だった。その最たるものがこの「武富士ダンサーズ」だった。

懐かしい各社の代表的なCMはコチラをクリック!

 

「アコム」 http://www.youtube.com/watch?v=OP2JRAY3c5I

「レイク」 http://www.youtube.com/watch?v=EtG5EiZLhOQ

「アイフル」http://www.youtube.com/watch?v=W8yEHPJQja8

「プロミス」http://www.youtube.com/watch?v=DtUlF-T_FTc

 

しかし、好景気は長く続かず、バブル崩壊以降、徐々に下火となり衰退の一途をたどった。2001年には武富士の会長が逮捕され、CM放送が自粛。その後TRFSAMなどが振り付けを担当して、武富士ダンサーズを復活させて巻き返しを図ったが、2010年に「武富士」が東京地裁に会社更生法を申請し、倒産した。その煽りをもろに受けたCM制作会社も自己破産に追い込まれ、事実上「武富士ダンサーズ」の活動にも終止符が打たれた。

 1990年代の当時は、郡山市内のあちこちに「消費者金融」の店舗や無人ATMが設置されていた。もちろん武富士も例外ではない。その店舗跡はコンビニや他業種の店舗が入っている。また潰れたGSを買収して「武富士」に改装開店したケースも多かった。

 そして今、時代は流れ、かつての金回りの良かった時代は終わり、長引く不況で金融業界は統合や吸収合併や買収などを繰り返し、今に至っているのは周知の事実だ。よもや旧大財閥同士が経営統合しようとは思いもしなかったし、証券会社や大手銀行が潰れるなど予想した方はいなかった。私が大学生だった1980年代は、三菱銀行、三井銀行、住友銀行、第一勧銀、日本興業銀行、富士銀行などが最大手で、山一、日興、野村、フコクなどを始めとする証券業界も花盛り、生命保険会社も日生を筆頭に、第一、明治、住友、朝日などが幅を利かせ、また損害保険なども幅広く事業を展開し、商社と合わせて、金融業界への新卒就職希望者も多かった。それが今や、かつての業績とは雲泥で、株価や円相場は頭打ち。各社とも経営は火の車状態が長く続いている。バブルで踊ったそのツケを、こんなに長く背負わせられるとは思いもしなかった。

 私が思うに、景気回復の尺度はこうした金融業界の復活と復権にかかっているように思う。収入アップの実感もないまま、消費税をはじめとした増税傾向では消費活動が停滞するのは当然のことで、一般庶民を苦しめる一方である。江戸時代当時の厳しい年貢の取立てと何ら変わらない。唯一違うのは、庶民が政府の言いなりで、自分の意見や主張をしなくなった点だ。百姓一揆や一向一揆のような反乱がおきることはまずない。生活が苦しいのは事実なのだから、もっと政府に物申す庶民にならなければならない。我々から巻き上げた血税を、政府は外国に年間何百億円も援助目的で無償で提供しているのだから、まずは国内の景気回復や地域振興の名目で経済回復に取り組むべきなのだ。アベノミクスというと何か特別な政策を施行しているようで聞こえはいいし、見栄えはするが、期待感だけで、実効が伴っていないのだ。我々は見せかけだけの景気回復策に騙されてはいけない。かつてのオリンピック景気、岩戸景気、いざなぎ景気、バブル景気、高度経済成長期のような発展的かつ継続的な経済成長がなければ、日本経済は中国経済にやられっぱなしで終わってしまう。中国のわがままや横暴を許してしまう結果に陥るのだ。

 政府には、目に見えてわかりやすい経済政策、あるいは金融政策と実感のある景気回復策を期待したい。そしてテーマにあるように、懐かしさで終わらずに活気ある「武富士ダンサーズ」が再び復活できるような日本経済を構築してほしいと願う。

 

 記事作成:2月5日(水)

2014年3月22日 (土)

特命リサーチ傑作選

 かつて日テレ系で日曜日の20時から放送していた「特命リサーチ200X」という番組を覚えていますか。従来の概念では証明できないような謎や不思議な現象を、敢えて科学の力で分析し、検証しようという番組コンセプトだった。毎回、クライアントと呼ばれる情報提供者からの依頼を受け、さまざまな視点から、その謎を解き明かしていく。佐野史郎、高島礼子、稲垣吾郎、菅野美穂などもFAR-EASTリサーチ社の研究員として、数々の難題に挑み、調査にあたる。そして結論は調査ファイルとして保存されるが、時に調査続行となる場合もあった。では、記憶に残る依頼をいくつか取り上げ、例証したい。

 1 スノーボードは危険なのか?

 今や、スキー場に行くと、若者の大部分はボードに勤しみ、その割合は、7:3らしい。かつてスキーブームがあった1980年代は、どこのスキー場も大変な賑わいで、リフト待ち30分はザラだった。しかし、ボードは怪我をする割合がスキーの比ではないという。両足を1枚の板に固定され、斜め方向や横向きで滑るそれは、ちょっとした段差でも後方に倒れやすく、一度点灯すると、急所である後頭部を打撲しやすい。しかも初級用のなだらかな緩斜面では、倒れる際の角度が大きすぎるため、倒れ幅が長くなり、衝撃が大きくなる。特に、自分の腕前を過信し、障害物やハーフパイプなどでジャンプを多用するこのスポーツは、それだけ衝撃を大きく受けやすい。進行方向が前向きのスキーに比べ、視界が確保しにくく、少しのコブや段差でもエッジが引っかかり、転倒しやすいということだ。愛好者はぜひ注意されたし。

 2 謎の現象 ドッペルゲンガーの正体を調査せよ!

 自分に瓜二つの人は世界中に3人いるといわれているが、それを目撃すると、自分の死期が近いことを意味する。怖い前兆を意味する。

 3 死後の世界は存在するのか①

 続きはコチラ http://www.youtube.com/watch?v=5GYyY8jJ6bY

 臨死の際に見る映像には、或る特徴がある。仮死状態にあったり、死の淵を彷徨った人が見る残像。それは、幽体離脱して、自分の亡骸を天井付近から傍観している。また、暗いトンネルを抜けると、明るく、温かいお花畑が広がり、天使たちが遊び、そして川の向こう岸に、先に亡くなった身内や家族が出迎えてくれる。思いがけぬ再会に、その川を渡ると、あの世へ行ってしまうというもの。果たしてこれは本当なのだろうか。死ぬ寸前は、神様が苦しみから解放し、ご褒美を用意してくれているのか。その真偽は自分が死ぬ間際でないと体験できないだろう。

 4 血液型に秘められた謎を追え①

 続きはコチラ http://www.youtube.com/watch?v=w9eP51Hwigg

 私が尊敬する「能見正比古」の「血液型別性格診断」の本が一大ブームを巻き起こしのはもう35年以上も前。私がバイブルとしてそれに感化され、自分なりに人間観察を重ねて得られたデータを、これまで本ブログで紹介して来た。この番組でそれを取り上げたなどとは知らなかったが、血液型ごとに面白いほど共通事項があったり、傾向が似通っているのは興味深い。能見氏はB型で、野村克也(B型)張りの凝り性で、緻密なデータ分析が信条だった。これらをさらに専門的解析を施したのがこの番組だった。

 他にも、日本人が興味を持ちやすいようなテーマを取捨選択して調査を繰り広げた。以下、面白そうなテーマは以下の通り。

「やってはいけない禁断のダイエット方法」

http://www.youtube.com/watch?v=gUdZINDYbGM

「バミューダトライアングルの謎」 http://www.youtube.com/watch?v=RWu2N2E2EEg

「ピラミッドパワーの謎を解明せよ」 http://www.youtube.com/watch?v=Jp5foXaB0yM

「巨大地上絵の謎を追え!」 http://www.youtube.com/watch?v=5wDcFz1ahho

「地球外生命体は存在するのか」 http://www.youtube.com/watch?v=l1fSawPFDPc

「日本人はなぜ英語が苦手なのか」 http://www.youtube.com/watch?v=AHOvtMZKmsA

「人は眠らないとどうなるのか」 http://www.youtube.com/watch?v=YUvnfg5fOv8

「幽霊トンネルの謎を解明せよ」 http://www.youtube.com/watch?v=DUYjJJWvVws

「熊に襲われない方法」 http://www.youtube.com/watch?v=hp7ZiObiuac

「忍び寄る放射線の恐怖」 http://www.youtube.com/watch?v=sMdLyVVstK4

「宇宙からの落下物を調査せよ」 http://www.youtube.com/watch?v=7Xh0ZEgWtKY

「死者の呪いは存在するのか」 http://www.youtube.com/watch?v=N74P2_XUcwE

 さて、懐かしんでもらえたでしょうか。この番組は1990年代に高視聴率をマークしていた。誰しも得体の知らないものや解明できない謎に興味や関心を寄せる。その難しい命題に果敢に挑んだ結果、企画的に成功を収めたということだ。こうした不可解な事象を科学的に解明する番組はNHKのウルトラアイが草分けだった。実験を通して得られた正確なデータからある結論を導き出そうという狙いの番組だ。最近は、このようなノンフィクションのドキュメンタリー番組が少なくなった気がする。あるある大事典などはヤラセやデータ捏造や改ざんが問題となり、番組打ち切りの憂き目にあった。しかし、21世紀を迎えた現代においても、まだまだ科学では証明できないような心霊現象や奇怪な事象が世界各地で起きている。ぜひこのような番組を手本として、視聴者が飛びつくようなコンセプトとテーマで番組を制作してほしいと思う。

 参考(Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%91%BD%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%81200X

 記事作成:2月9日(日)~2月10日(月)

2014年3月21日 (金)

3分間のオシャレTIME~ハートカクテル~

 震災前の2010年12月にも同様の記事を当ブログで書いたことがある。1980年代から90年代は豊かな時代だった。バブル景気に踊り、物資的にもメンタル的にも誰もが明るい毎日を送っていた。私が20代だったそんな時代に、まるで恋愛バイブルとも思えるようなアニメがあったのをご存知でしょうか。わずか3分ほどの短い時間に凝縮されたドラマティックな時間。美しい映像と、ほどよくマッチしたオシャレなBGM。わたせせいぞう著の「ハートカクテル」だ。天井の回転扇がゆったり回る深夜のカクテルバー。カウンターに横並びの男女。色とりどりのカクテルに気の利いた甘い会話。珠玉のひととき。シェイカーの小気味よくリズミカルな音がオーバーラップするように重なる。BGMとして流れるのは、松岡直也が手がけるジャズやスローバラード、イージーリスニングと呼ばれる心地よいナンバー。そんな映画の一コマのようなストーリーが展開されていた。今日は、私が夢中で(ある意味夢心地で)見て、ファッションやライフスタイルを参考にしていた「ハートカクテル」を回顧し、昔の自分やその時代を振り返ってみたい。

 1 「サリーの指定席」

 2 シンデレラエクスプレス

 3 「2秒で通過した駅」

 4 「夜行列車」

 5 「ノックをしなかったサンタクロース」

 6 「ボクたちのテーブル」

http://www.youtube.com/watch?v=aQNPp8DO_PQ

 7 「セピア色のスマイル」

http://www.youtube.com/watch?v=iDtPYx7nZKM

 8 「3年前の切符」

http://www.youtube.com/watch?v=CtKkPVbaP6w

 9 「ジェシイの店」

http://www.youtube.com/watch?v=Z1CrjfQT5Gc

10 「コスモスアベニュー」

http://www.youtube.com/watch?v=Le3YMFhtbP0

 何を隠そう、私はこれらのCDを所有していた。今も実家のどこかに閉まってあるはずだ。「タイトル」もオシャレだし、絵のタッチも最高。あの時代に、大人の世界観を描き、時代をリードするかのような恋愛模様。男としての憧れの生き方であり、究極の到達点でもあった。多少キザでもあり、ダンディズムを彷彿させるようなハイセンスでいて、それでいてどことなくセピア色の記憶にスポットを当て、彩を添えるかのような独特な世界。ファッションのお手本であり、恋愛バイブルでもあった。いずれにしても、僕が一番大好きな時間だった。

 また機会があったら夢の続きを一緒に見ていきたいと思います。

 記事作成:2月8日(土)

 追記

 平成26年4月29日に、「ハートカクテル」の音楽を担当した作曲家兼編曲家の松岡直也氏がお亡くなりになられました。生前のご活躍に敬意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌

 

2014年3月20日 (木)

想い出の福島県内のテレビ局女子アナ(後編)

 本日は昨日に引き続き、「福島県内のテレビ局アナウンサー」として活躍された女子アナを取り上げた記事の後編をお送りしたい。本日は民放の「福島放送(KFB)」と「テレビユー福島(TUF)」の2局をお送りしたい。さっそくどんな女子アナがいたか振り返りたい。

 <福島放送(KFB)>

 羽藤淳子

 郡山市出身の女子アナとして活躍。毎週土曜日朝放送の自主制作番組の「あいうえお天気目玉焼きLサイズ」のメインキャスターとして活躍。1990年4月から1998年9月末まで放送していた土曜朝のローカル情報番組である。開始当初は朝7時30分からの30分番組だったが、1991年4月からは放送時間を7時からの1時間に拡大し、タイトルの後に「Lサイズ」とついた。時には高視聴率を記録した時期もあった。この番組は私も大好きで、名物コーナーがいろいろあった。目玉焼通信(視聴者からハガキで天気予報の依頼を元に鹿野さんが解説する) 、お天気名人(羽藤アナが各地の名人に電話を掛けて、その地の言い伝えをもとに翌日のお天気を予想してもらう)、ゴイシが行く(初代キャラクターのぬいぐるみの「ゴイシくん」が、県内をかけまわる) 、福島お宝珍道中(池田アナが訪問した町の人の物を物々交換して県内各地を進むもの) 、ロマンティックレールトレイン(福島県内の鉄道の駅を巡るというもの) 、名探偵ポアン(視聴者から寄せられた福島各地の謎を解くというもの) など見所はたぶんにあった。その後、平日夕方のニュース報道バラエティ番組「ふくしまスーパーJチャンネル」にも出演した。寿退職。血液型はA

Hato

 上の映像は、平成2年に放送されたD51-498が復活した時の模様を取り上げた映像。この時の羽藤淳子アナウンサーは23歳だった。

 その後、彼女が現在、執筆中のブログを発見しました!関西在住で、中学生の娘さんがいるお母さんになられていました。ブログは下をどうぞ!

 http://ameblo.jp/141junpe/entry-11944723888.html

 益子直美1990年入社)

  •  中央大学卒業後、1990年に福島放送に入社。
  • 1993年6月に留学のため退社。帰国後の1995年4月にテレビ新潟に移籍。
  • テレビ新潟時代の1995年7月に全日本プロレス中継でプロレス実況を担当、日本初の女性プロレスアナウンサーとして話題になった。週刊プロレス誌で、かなりのファンであることを報じられていた。1998年5月に退社し、関西を拠点に活躍。 退職後、テレビ新潟→現在関西でフリーアナウンサー。福島放送「益子直美」→テレビ新潟「川尻直美」→現在「益子なお美」。血液型はAB
  •  奥山美香(1993年入社)

      現姓・織田。2000年?退職

     立川陽子(1998年入社)

     神奈川県出身。血液型はB。趣味はピアノ、日帰り温泉巡り、アロマテラピー

     とても可愛いらしい、テレビ朝日にいてもおかしくないほど洗練された美人アナだった。「ニュースステーション」にも地方局のアナとしてピンチヒッターでキャスターを務めたことがあった。2003年結婚退社。

    Tatikawa

     平方恭子(1993年入社)

     2003年退職後、現在は仙台でフリーアナウンサーとして活躍中。

    Hirakata

     丹野麻衣子(2006年入社)

    2009年報道部へ異動し、2010年3月に退職後、4月から北海道文化放送へ移籍。

    Tanno

     坂本洋子(2007年4月 - 2010年3月)

     神奈川県相模原市緑区出身。神奈川県立城山高等学校→法政大学社会学部卒業。
     大学在学中にテレビ神奈川の情報番組「みんなが出るテレビ」の女子大生リポーターの出演の他、家庭教師のトライの「T-1グランプリ」、マイクロソフトのパブリシティなどに出演した。
     2007年4月~大学卒業後、福島放送に契約アナウンサーとして入社。2010年3月、福島放送を退社。2010年4月、静岡第一テレビ入社。血液型はO

    Sakamoto Sakamoto2
    Hiroko Hsakamoto

    blogはコチラ http://ameblo.jp/mocchi815/
                                                          

     二階堂恵美

  •  成城大学経済学部卒業。2003年4月、本田技研工業入社。「Hondaスマイル」17期生として勤務。2007年4月、福島放送入社。2009年、ANN報道月間賞、KFB社長賞受賞(強盗犯逮捕の現場取材にて)。2010年9月、福島放送を退社。血液型はA
  • Nikaido

     高島英里奈(2010年4月 - 2013年3月)

     神奈川県藤沢市学歴白百合女子大学文学部フランス語フランス文学科身長148cm 血液型A型趣味クラシックバレエ。現在はレディオ湘南→ ジョイスタッフ所属。

    Takashima

    http://www.youtube.com/watch?v=MIeKOkQ14GU

     <テレビユー福島(TUF)>

     丸山有希子(1992年 - )

     外岡いつ美1992年 - )

     中野知美(1998年4月 - 2003年3月)契約アナで現在フリー

     福島県会津若松市出身。身長157センチ、血液型O型。
     福島県立会津女子高等学校、新潟大学法学部法学科卒業。
     担当番組「ニュースの森ふくしま」

    Nakano

     柳沼愛子(2001年 - 2008年3月)

     鹿児島県鹿児島市生まれ(その後福島県郡山市で育つ)。高校時代に、福島中央テレビのゴジてれシャトルに素人として出演したのをきっかけにアナウンサーを目指す。安積女子高等学校、玉川大学文学部卒業後、2001年テレビユー福島に入社、2008年3月末退社。

    Yaginuma

     佐藤明日香

  •  埼玉県飯能市出身。立教大学社会学部卒業。2002年越後湯沢ミス駒子。
  • 2003年 テレビユー福島入社。日本の伝統芸能が好きで、民謡、落語、盆栽を趣味としており、県内の民謡イベントで自らの民謡を披露したことがある(「まるとく」の最終週には佐藤明日香特集として番組の中で民謡を披露)。2006年4月 - 信越放送契約。
  • Sato

  •  
  •  唐橋ユミ1999年 - 2004年)

    福島県立会津女子高等学校から、実践女子大学文学部英文学科を卒業した後、高橋圭三主宰の圭三塾へ。その後テレビユー福島に契約社員として入社。朝の情報番組や夕方のニュースを担当したが、2004年3月に退社して上京した。三桂に所属して、在京キー局の番組に出演している。レギュラー出演中の『サンデーモーニング』では、手書きのフリップ、クレヨンで描いたイラスト、段ボールで作ったミニチュア模型など、全て自作の小道具を用いて、解説を行う。今山佳奈の退任後、2008年12月よりスポーツコーナー(週刊御意見番)担当となった。ナイロンフレームの眼鏡をかけて出演することが多い。血液型はO

    Karahashi

     山田幸美(やまだゆきみ:2006年 - 2009年3月)

  •  静岡県南伊豆町出身。中学はバレーボール部所属。高校では新体操部所属。
  • 明治学院大学国際学部卒業。テレビ朝日アスク受講生。
  • 2006年 テレビユー福島に契約アナウンサーとして入社。2008年正社員登用
  • 2009年3月30日、広島ホームテレビに契約アナウンサーとして入社。
  • 2014年1月31日、広島ホームテレビ退職。
  •  TUF時代は「グーテン」のメインキャスターとして活躍。福島県民に人気高かった。血液型はO
  • Yamada

    http://www.youtube.com/watch?v=VAGLbrV78R4

  •  藁谷麻美(2005年4月 - 2006年3月) 
  • Waragai
  •  福島県いわき市出身。2000年、地元の高校卒業後大妻女子大学短期大学部に進学。その傍ら東京アナウンスアカデミーにも在籍し、幼少期の頃から憧れていた声優を目指す。  
     2002年、短大卒業と共に81プロデュースに入所し声優活動を開始。
     2005年に声優業を辞め、同年4月地元のテレビユー福島に入社し、契約アナウンサーとして1年間勤務。契約満了後の翌年4月テレビ大阪に移籍し5年間勤めた。女性アングラーとしても知られる。血液型はA
                                                                                                                       

     上條麻里奈(2007年4月 - 2012年3月)

  •  東京都出身。学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。日テレ学院出身。
  • 大学時代は放送研究部所属。塾講師アルバイトも経験。
     2007年4月〜2012年3月 テレビユー福島契約アナウンサー。2012年4月からフリーへ転向。圭三プロダクションに籍を置いている。
  •  彼女はとにかく美人で、笑うとできるエクボがチャームポイントだった。血液型はO
     TUF時代は、「グーテン」や「DOエイトユアセルフ」に出演していた。今はNHKの夕方の番組のレポーターも担当している。
  • Kamijyo

    http://ameblo.jp/sunflower-2012/

     児玉理恵(2008年4月 - 2013年3月)

     2002年 - 秋田県立能代北高等学校卒業。秋田県山本郡三種町出身。跡見学園女子大学大学院マネジメント研究科マネジメント専攻修士課程修了。2008年4月 - テレビユー福島の契約アナウンサーとして、入社。2013年3月 - テレビユー福島を退社。
     2013年4月 - フリーアナウンサーとして活動フリー、転身後も2013年9月までTUF NEWS LIVE スイッチ!のキャスターを継続出演。血液型はA
     局アナ時代は「DOエイトユアセルフ」やニュース、天気予報を担当していた。鼻が高く、色白で、秋田美人だと思っていた。

    Kodama Kodama2

    http://www.youtube.com/watch?v=yaILtW7DPIY

     さて、今回の記事はいかがでしたか?何か、局アナとしてテレビに出演していた時には、これといって特別な感情はなかったが、いざ辞められたとなると、寂しいものがある。中には退社されたことすら知らなかった方もいるのではないでしょうか。僅か数年の契約で限られた期間しか福島県に滞在しなかったかもしれませんが、縁があって同じ空間で同じ時間を共有できたことを嬉しく思う。幸福な時間を提供してくれた彼女たちに感謝し、新天地でのご活躍を心からお祈りしたいと思う。

     記事作成:2月23日(日)~24日(月)

    2014年3月19日 (水)

    想い出の福島県内のテレビ局女子アナ(前編)

     これまで何度も女子アナのテーマで記事を書いてきたが、今日は、縁あって福島県内民放テレビ局に就職し、報道局のアナウンサーとして活躍していた方を取り上げたい。福島県内出身者は少なく、主に関東地方出身者が多い。また、契約アナとして限られた期間だけアナウンサーとして勤務されていた方もいるし、契約切れ、あるいは寿退社したり、フリーに転向されるなどして福島県を去って行った方々もいる。一時期だけでも県内の放送局に在籍し、活躍された方々を紹介したいと思う。福島県民の方々は、懐かしく思い出されることでしょう。ではさっそくどうぞ!

     <福島テレビ(FTV)>

     住友真世(1988年入社、1993年退職) - 共同テレビジョンに移籍。

     FTVテレポートなど、主に報道番組で活躍。その後NHKのBSニュースのメインキャスターなどを担当していた。とにかく美人で才色兼備のアナだった。徳島県出身で血液型はA。

  • 徳島文理高等学校、1988年国立音楽大学声楽科卒業。
  • 1988年 福島テレビにアナウンサーとして入社。夕方のニュース番組「FTVテレポート」、「金曜ニュース一番星」など報道番組をメインに活躍。
  • 1993年 福島テレビを退社しフリーとなる。フジテレビ「FNNスーパータイム」のリポーターおよびスタッフ。日本テレビ 「関口宏のびっくりトーク ハトがでますよ!」アシスタント。
  • 1995年 福島女子短期大学 生活教養科・秘書科(客員講師)。
  • 1996年 NHK衛星第1「ワールドニュース」キャスター。
  • 1997年 NHK衛星第1「BSニュース50」キャスター。
  • 1998年 NHK衛星第1「ワールドニュースBS22」キャスター。
  • 2002年 NHK衛星第1「ワールドニュースBS23」キャスター 。
  • 2003年 テレビ東京「ワールドビジネスサテライト土曜版」キャスター。経済産業省主催「スピンオフ・ベンチャー推進フォーラム」総合司会。
  • 2004年 株式会社インテリジェンス主催「『はたらくを楽しもう』を考える2日間」司会。第38回日経健康セミナー21「家族で考える禁煙~タバコの問題は家族の問題~」コーディネーター。
  • 2005年 「NIKKEI 丸の内キャリア塾 Specialセミナー in 恵比寿」コーディネーター。日経BP社主催「人材活用戦略セミナー」モデレーター。
  • 2006年 「NIKKEI 丸の内キャリア塾 Specialセミナー12/4」コーディネーター。
  • Sumitomo Sumitomo2

     荒井律(1995年入社、2003年退職)

     1972年5月7日生まれ。会津若松市出身。武蔵大学経済学部卒業。1995年福島テレビに入社。フジテレビ社員と結婚後、2003年3月に出産のため退社。「FTVテレポート」のメインキャスターを務めた。私の自宅に高橋雄一アナが突然訪問し、生中継でサイコロ転がして、ボローニャのパンをもらったことがある。その時のスタジオでの「テレポート」MC担当が荒井律アナウンサーと金井淳郎アナウンサーだった。血液型はA。

    Arai

     長久保智子(1995年入社、2000年退職)

     福島県福島市出身。福島県立福島女子高等学校、日本女子大学生物学科卒業。高等学校教員免許(理科)を取得。福島テレビに1995年に入社、2000年に退社。女性アナウンサーとしては珍しい理系出身である。血液型はA
     フリーアナウンサーとしてはクリエイティブ・メディア・エージェンシー(現:キャスト・プラス)所属を経て、現在はセント・フォースに所属。

    Nagakubo

    http://www.youtube.com/watch?v=y4ioRq5KY4U

     原田幸子 (1996年入社、2011年7月退職)

     早稲田大学人間科学部を卒業後、1996年に福島テレビへ入社。夕方の報道番組を中心に活躍してきた。2005年春改編で「Lばんスーパーニュース」がリニューアルするのに伴い、産休に入ったが、FNS26時間テレビが始まる頃から復帰した。2011年7月末をもって福島テレビを退職した。第二子を妊娠しており、出産・育児に専念するためとのこと。風の便りでは、郷里の金沢に戻ったようだ。一時震災の原発放射線から避難するために長年勤めた福島テレビに辞表を出したと噂が渦巻き、県民は或る意味で失望したが、事実は不明。血液型はO

    Harada

     関口由香里(2000年入社、2013年7月退職)

     埼玉県朝霞市出身。成蹊大学を卒業後、2000年に福島テレビ入社。福島テレビの地上デジタル放送推進大使も務めていた。2003年には、『めざましテレビ』に専念するため降板した大学の後輩でもある高島彩(フジテレビ)の後任が決まるまで『スーパー競馬』の司会(福島開催分のみ)を務めたほか、2007年8月27日から31日までは、夏期休暇をとった島田彩夏(フジテレビ)の代理として『FNNスピーク』のサブキャスターを担当、1987年の開始以来初めて、オープニングの挨拶に番組名である「スピーク」を入れた。血液型はB
    2013年7月末、福島テレビを退社

    Skiguchi

    http://www.youtube.com/watch?v=3zD8We2xBF0

     山元香里(2005年入社、2007年9月退職)

     埼玉県さいたま市出身。身長162cm。血液型AB型。愛称はカオリン。セント・フォース所属。私立星野女子高校卒業後、法政大学経営学部経営学科に進学。在学中に政治・経済・社会・国際問題を扱うブロードバンド番組『ハイパー時事研究所』にキャスターとして所属、経験を積む。
     2004年第24代ミス熱海梅娘。2005年3月に法政大学を卒業し、同年4月に福島テレビ入社。2007年9月に福島テレビを退社、フリーとなり、セント・フォースに所属する。現在、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科修士課程在学中。

    Yamamoto

    http://www.youtube.com/watch?v=tqdMt3073do

     多田紗耶子(2007年入社、2012年3月退職)

  •  山形県出身。身長153cm。靴のサイズ22.5 - 23cm。血液型AB型。千葉県立千葉東高等学校、日本女子大学 卒業。
  • Tada

     田井麗花

  •  大阪府寝屋川市出身。血液型はAB。電波少年的放送局の専属アナウンサーオーディションでは決勝まで残ったらしい。
  • 2004年3月~2006年9月福島テレビ契約アナウンサー。「サタふく」やニュースを担当。
  • 2006年10月 フリー。
  • 2011年1月19日から同年12月29日までQVCナビゲーター。
  • 2012年1月から同年3月末までサンテレビ契約キャスター。
  • Tai

     名和田知加(2007年入社、2013年3月退職)

  •  東京都出身。 中央大学文学部を卒業後、2007年に福島テレビへアナウンサーとして入社。2013年3月に福島テレビを退社。2013年4月からエス・オー・プロモーション所属のフリーアナウンサーとして活動。血液型はB
  • Nawata Nawata2

    http://www.youtube.com/watch?v=kjLoglPAotc

     伊藤里奈

     三重県出身。青山学院大学法学部卒業。2003年から2006年3月まで秋田朝日放送のアナウンサー、2006年4月から2008年9月まで福島テレビの契約アナウンサーを経て、2008年10月からはフリーで活動している。

    Itorina

     参考にしたいサイトはコチラ

     <福島中央テレビ(FCT)>

     雫石多都子(1979年 - ?)

      報道部→制作部→編成部。福島第1原発3号機の水素爆発放送にも関わった。メガネがトレードマークの女子アナで、長らく報道部に籍を置いたが、その後、配置換えを経験。今では重鎮として重要ポストにいる。

     小林典子

     福島県会津高田町出身。宮城学院女子短期大学卒業。会津高田町主催のミスあやめを務めた後に1983年にFCTに入社。以後報道番組を中心に数々の番組を担当。2000年アナウンス職を離れ、福島支社報道部長、報道制作局報道部長を務める。そのため東京等での報道取材や福島支社などから中継で登場することがあった。報道部長時代に東日本大震災を経験、その後現職。

     中川久美

     山梨県甲府市出身。血液型A型。山梨県立女子短期大学国文科卒業後、1988年に福島中央テレビ入社。「ゴジてれシャトル」ではメインキャスターや18時台のニュース担当キャスター含め13年間務めた。ゴジてれシャトル降板後はアナウンサー職などを務める傍ら、在宅ホスピスなどといった医療問題に関する取材を行った。2009年3月に人事異動でアナウンサー職から離れ、現在は制作部に所属。

    Nakagawa

     岡部恵久子(1975年 - 1996年)詳細は未記載。

     安部真由美(1994年 - 1999年)

  •  静岡県富士宮市身。青山学院大学卒業後、1994年に福島中央テレビにアナウンサーとして入社。2000年に同社を退社後、ブルームバーグテレビジョンニューヨーク特派員、日本テレビ外報部記者、日経CNBC報道解説部キャスターを歴任。 日経CNBC在籍時には、2008年9月までキャスターとして出演。「ウィークリーラップ」の最終回(2008年9月26日放送)での本人の発言から、その後は英語放送を担当していたほか、2009年3月ごろにはレギュラー出演者の代役で番組出演することがあった。
  • その後出産を機に日経CNBCを退社して、キャスター業を引退。現在は一児のママ。
  •  田部井華子(1999年 - 2007年)
  • 埼玉県越谷市出身。亜細亜大学卒業。1999年アナウンサーとして福島中央テレビ入社。
  • 2007年育児専念のため、福島中央テレビ退社。
  • Tabeihanako

     中山由佳(1996年 - 2012年)

    福井県立藤島高等学校を経て慶應義塾大学卒業後の1996年、福島中央テレビに入社。かつては夕方の情報番組メインを張るほか、地上デジタル放送推進大使も務めていた(2010年現在は大橋聡子が引き継いでいる)。2012年9月、結婚。同年12月、福島中央テレビを退社と同時に妊娠をブログなどで公表。血液型はAB

    Nakayama

    *掲載した画像は、各放送局のHPのブログ等から拝借いたしました。

     記事作成:2月23日(日)

    2014年3月18日 (火)

    「お嫁さんにしたい女優」の変遷

     1970年代後半から80年代にかけて、女優の竹下景子さんが「お嫁さんにしたい女優No.1」だったのを覚えているでしょうか?私より10歳年上だったが、高校1年生の時に、熱を上げていた女性だ。きっかけは、NTV系列の「姿三四郎」というドラマに、「乙美(おとみ)さん」役で出演した彼女を見て、一目惚れしたのだった。彼女は東京女子大学出身の才色兼備の持つ主で、柔らかい印象と、にこやかな雰囲気が大好きだった。「クイズダービー」にレギュラー出演し、その賢明にして理想的な女性像を感じ取った。次いで、日曜グランド劇場「パパの結婚」に出演し、加山雄三の相手役として謙虚で控えめ、穏やかでひとりの人をお慕いする一途な姿にまたしてもゾッコンとなった。その後の昼ドラ「草野球草家族」もビデオに録画して欠かさず見ていた。また、彼女がパーソナリティーを務めるラジオ番組「竹下景子の話の片想い」(後の「この指とまれ」)も必ず聴いていた。そして彼女が出したSPやLPレコードもすべて購入して聴いていた。それくらい好きだった。そんな彼女が「お嫁さんにしたい女優No.1」の座を射止めた時は嬉しかった。私の好みが「標準」だと分かったからだ。
     さて、前置きが長くなったが、この「お嫁さんにしたい女優」も、時代の変遷とともに、選ばれる女性の顔ぶれもかなり違ってきた。そこで、「お嫁さんにしたい女優No,1」の各時代の顔を紹介したい。

     1 原 節子  戦後の銀幕の大スター。絶世の美女と形容された。

       http://www.youtube.com/watch?v=bAKmKJxtWZg

     2 松原智恵子 O型 色白でか弱い印象。守ってあげたい印象があった。

       http://www.youtube.com/watch?v=HYEkeLZW2KQ

     3 仁科明子(現在:亜希子)AB型 元松方弘樹夫人。 

       http://www.youtube.com/watch?v=5-VcI4_P970

     4 松坂慶子 A型 江戸を斬るの紫頭巾で一躍人気が出た。超美人女優だった。

       http://www.youtube.com/watch?v=CaS5V6VVPLE

     5 竹下景子 A型 関口照夫夫人。前述したとおり。

      http://www.youtube.com/watch?v=RhRX3Knli3g (51秒より)

     6 市毛良枝 O型 竹下景子に代わってNo.1になった。おっとり系でやさしい印象。

       映像は下部に掲示しました。  

     7 和由布子 AB型  五木ひろし夫人。落ち着いた物腰の出しゃばらない和服美人。

      http://www.youtube.com/watch?v=jRrYzOeuSgc

     8 宮崎美子 A型 熊本大学在学中に「ミノルタX-7」のCMが話題となり大ブレイクした。

      http://www.youtube.com/watch?v=ws-cQmyx6AU  

     9 田中美佐子 O型  お笑いコンビTake2の深沢邦之と結婚した時は驚いた。彼女もおとなしめで長い黒髪と色白で可愛かった。今は恐妻家っぽくなった。

      http://www.youtube.com/watch?v=gkModXtJwFM

    10 藤吉久美子 AB型 枯葉の中から登場する郵便局のCMが可愛くて大好きになった。路線バスの旅で再ブレイク中の「太川陽介」の奥様だ。

      http://www.youtube.com/watch?v=oWukYeyjux4

    11 沢口靖子 A型 彼女は品行方正、穢れなき清純派の代表のイメージがあった。

      http://www.youtube.com/watch?v=IgRaU7vOz2g 

    12 三井ゆり A型 野口五郎夫人。モデル出身だが、奥ゆかしさがあり、守ってあげたい存在だった。 

      http://www.youtube.com/watch?v=sjo_UsklKW4

    13 和久井映見 A型 元萩原聖人夫人。 おっとり系でお嬢さん風。夏子の酒が出世作。
      http://www.youtube.com/watch?v=RWbXlCoe0Ug

    14 鶴田真由 O型 男が好きになる顔立ち。色白でベビーフェイス。

      http://www.youtube.com/watch?v=PtE_MaLKgb8

    15 水野真紀 A型 ナショナルの初代「きれいなお姉さん」。ロングの黒髪がトレードマークだった。妙に色っぽい雰囲気だった。 

      http://www.youtube.com/watch?v=8TIBbXDB4kw

    16 山口智子 A型 唐沢寿明夫人。彼女は男っぽいが、サバサバしている。電撃結婚だった。記者会見では、他人行儀だった。本当に好きなのか?と疑問にさえ思った。

      http://www.youtube.com/watch?v=5587jD92Zl0

    17 松嶋菜々子 A型 反町隆史夫人。こちらもドラマでの共演で電撃結婚。大人っぽい印象の彼女とガキがそのまま大きくなった感じの反町の組み合わせに誰もがびっくり!

      http://www.youtube.com/watch?v=RP0MHs-sesE 

    18 矢田亜希子 O型 元押尾学夫人。毒牙にかかった清純派女優というイメージ。

      http://www.youtube.com/watch?v=CCsFyNGdnj8

    19 山口もえ A型 セレブ婚したが、離婚。おっとりすぎて家事ができるか心配だった。

      http://www.youtube.com/watch?v=R3PvLZyrE3U

    20 松下奈緒 AB型 テキパキ少女のイメージで才色兼備の印象がある。

      http://www.youtube.com/watch?v=R9aEFX6CnOY

    Matsubara Takeshita

     不思議なことに、B型の女優がひとりも選ばれていない事実。良妻賢母タイプは、あまり出しゃばらず、癒し系やおっとり型の方が選ばれる傾向が強く、その点、明るく元気はいいが、マイペースで自分中心的に物事を考えるイメージを持たれやすい(実際は違うと思うが)B型は敬遠されるようだ。それに自己主張が多いので口喧嘩が絶えない印象を持たれやすい。逆にA型は、日本人に一番多い血液型だから、日本のお母さんというイメージがつきやすい。おしとやかさ、落ち着いた物腰、包容力、尽くすタイプ、サービス精神などから「良い奥さん」のイメージに合致する。山口百恵もまたA型だし、相撲部屋に嫁いでおかみさんになった高田みづえもA型。「吉永小百合」が入っていないのは、サユリストにとっては、家庭の匂いを感じない神的存在だし、誰のものにもなってほしくないという思いが強い。「みんなの大女優」であって、抜け駆けは許されない「高嶺の花」だったと想像できる。

     また、上記の変遷は「結婚したい」という願望であるが、結婚後に子供が生まれるとお母さんになる訳だが、子供に聞いた「お母さんになってほしい女優」という統計もあった。また、日本人が描く理想的なお母さんという統計もある。この二つを統合した調査結果から、時代を追って変遷を回顧したい。

     1 音羽信子  私生活はいろいろスキャンダラスだったが、良いお母さんのイメージ。

     2 加藤治子 AB型 彼女は晩年に多くの映画やドラマに出たが、圧倒的に母親役が多かった。

     3 山岡久乃 O型 ありがとうや橋田寿賀子ドラマでお母さん役が多く、はまり役だった。

     4 京塚昌子 O型 昔のホームドラマでは肝が据わった笑顔が絶えない母親というイメージ。

     5 香山美子 O型 和服美人でオロナインH軟膏のCMが母親のイメージを作り上げた。

     6 八千草薫 A型 今ではお婆ちゃん役だが、30年前は理想的な母親像だった。

     7 池内淳子 O型 和服や割烹着姿で、台所に立つイメージだった。宮本信子と重なる。

     8 小林千登勢 A型 日本のおっかさんという形容詞がついたほど。

     9 久里千春 A型 あばれはっちゃくなどのホームドラマでの母親役が板についていた。

    10 真屋順子 O型 欽ちゃんのどこまでやるののイメージ。見栄晴・わらべの母役。

    11 高田敏江 AB型 ドラマでの母親役が圧倒的に多かった。

    12 泉ピン子 B型 「おしん」の母親役として強烈な印象を残した。かなり厳しい母親像。

    13 上村香子 A型 和服美人でおっとり系。見るからにやさしいイメージ。

    14 三田佳子 O型 美人のお母さんというイメージがある。

    15 富司純子 O型 てっぱんではお婆ちゃん役だったが、かつてはホームドラマでは母親役として数多くの作品に出演。寺島純子の頃のことだ。

    16 森光子 B型 元気で明るい風変わりな母親のイメージ。晩年はお婆ちゃんの印象。

    17 野際陽子 A型 冬彦の猛烈な教育ママゴンの印象。息子を溺愛しそう。

    18 竹下景子 A型 お嫁さんNo.1だったが、時代の流れと共にお母さん役が多くなった。サザエさんの実写版で「お婆さん役」で出演した時は愕然とした。

    19 中山美穂 O型 「ママはアイドル」のドラマの影響で、10代(当時)でランクインした。

    20 松嶋菜々子 A型 実生活でもお母さんだが、CM(風邪薬)でも母親役が多くなった。

    21 野川由美子 A型 時代劇の女将さん役が多く、安心できる印象がある。

     他には、音無美紀子(B型)や酒井和歌子(B型)、新珠三千代(B型)さんもいた。さて、結果をみると、日本的なお母さんの偶像は、O型が有利。O型は人間としての強さ、バイタリティ(生活力)、懐の深さや存在感などがプラスに働く。A型もやさしさ、躾、細やかさという点で日本のお母さん像に近い。面白いのは、やはりB型は少ない。マイペースで利己主義のB型には、家庭を温和かつ平穏に家庭生活を維持するイメージが持ちにくいのかもしれない。AB型よりも少ない点が気になるが。血液型の違いでこれほどまでに顕著に表れるのだから、やはり因果関係はある。 

     それにしても時代の流れは恐ろしい。あれほど美人女優としてならした若手女優も、時代と共にトレンディ系ドラマから、母親役が多くなり、やがてはお婆ちゃん役が多くなる。やはりどんなに美しい女優さんでも寄る年波には勝てず、次第にしわが増えたり、歳をとるということだ。自分が老けたことを実感するのは、実は与えられる役柄の変化によるところが大きい。「若いうちが華」。これを実感させる記事となってしまったが、女優さんにはいつまでも若々しく、素敵に歳を重ね、世の女性の良き手本であってほしいと願う。

    記事作成:2月7日(金)

    2014年3月15日 (土)

    あまちゃん傑作場面ベスト10

     この記事を執筆するに至ったあらましについては、昨日長々と記述したため、本日は前置きはなく、いきなり本題に突入したい。今日は、高視聴率をマークし、大好評だった国民的番組「あまちゃん」を振り返って、傑作場面を10シーン取り上げてランク付けしてみたい。思わず吹き出してしまったシーンや微笑ましい場面など、私が個人的に印象深いシーンを中心に取り上げたい。

     第1位 アキの妄想①「種市先輩への恋心」

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     三陸鉄道リアス線の車庫での一節。ふたりっきりで薪を焚いて暖をとりながら会うシーンだが、実は種市先輩はユイが好きだとも知らず、「潜水士の試験に合格したらデートしてけろ」と約束を取り付けたアキ。種市が発した映画「潮騒」の名セリフを誤解し、「それってその火を飛び越えて来いって意味ですよね」と勝手に妄想。たき火の火を飛び越えて彼の胸に飛び込もうとした矢先、火の用心を心配して走って来た吉田副駅長がアキを追い越して飛んでいくシーン。彼女の思い込みの激しさが笑えた。若い娘によくありがちな「恋は盲目」を肌で感じ取れる場面だった。

     第2位 ユイとアキの家出作戦を町ぐるみで阻止するシーン

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     アイドルを目指して内緒で上京を企てたふたりだが、ストーブさんを始め、地元の人たちの監視の目は厳しく、駅周辺を見張られていた。その網を必死にかいくぐって上野行きの夜行バスに乗り込むことに成功したふたりだが、気づけば「袖ヶ浜行き」に変わっていて、逃走がバレてオジャンとなった場面。

     第3位 忠兵衛さんが死んだことになっていたシーン

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     遠洋漁業に出たっきりだった忠兵衛さん。帰港してひょっこり地元に戻り、アキや春子の前に現れたシーン。仏壇に写真が遺影のように飾られていたことから、周囲はてっきり死んだものだと思い込んでいたが、ある日、駅弁を売りに電車に乗っていたアキの前に忠兵衛が現れ、てっきり幽霊と勘違いして後をつけたところ、まさかの自分の家へ。びっくりする春子に向かって忠兵衛が抱き付いた時の春子(小泉今日子)の困惑の表情と、年齢を聞かれた時の返答のやりとりは大ウケだった。死んだと聞かされた「ブティック今野」の今野あつし(菅原大吉)はあからさまに沈んだ面持ちで喪服で登場する始末。この思い込みも笑えた。

     第4位 アキの妄想②「種市先輩とキス?」

     種市先輩への憧れと、シーズンオフにも潜れることに魅力を感じ、アキは潜水土木科への転科を決意。磯野心平先生の心配をよそに実習中も種市先輩とのラブロマンスを妄想する。潜水スーツとヘルメットに身を包んだ二人が、水中でキスをしようとしてヘルメットで頭をゴツンとするシーンは、実に微笑ましかった。そして何度かキスするチャンスがあったのに、その都度いろんな邪魔が入るのも笑えた。

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     第5位 ストーブさん(小池徹平)に告白されて、戸惑うアキ

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     本気獲りを翌日に控えたアキが、いきなり駅の待合室でストーブさんに「好きだ」と告白され、「頭を使っちゃダメなんです」と言いながら、耳に蓋をして恥ずかしくてその場を後にするシーン。「ストーブさんて、いつも間が悪いですよね」と窘めて出ていく。案の定、困り果てたアキは、その夜、一睡も出来ずに「本気獲り」の本番当日を迎えてしまった。

     第6位 磯野心平のナイスキャラ

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     潜水土木科の担任である磯野心平(皆川猿時)の存在は笑える。「くのぉ野郎」が口癖で、一挙手一投足、そしてそのしゃべり方も笑えた。男だらけの潜水土木科に、アキに憧れて大勢の女子が入って来たことで、戸惑い、逃げ腰状態。教室に恥ずかしくて入れなくなった場面は最高傑作だった。

     第7位 鈴鹿ひろ美のステージでマイクが外れ、電池が大巻太一のオデコに突き刺さった場面

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     クライマックスに近い場面での一節。音痴だった鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)の影武者として吹き替えを行った若き日の天野春子だったが、海女カフェでのコンサートで音痴がバレて真実が暴露されることを恐れた春子が会場にダッシュして歌おうとしたが、途中でマイクが外れ、電池が飛び出し、それがスローモーションで太巻プロデューサーを直撃。真後ろに卒倒した場面は圧巻だった。

     第8位 強かだが、町おこしに躍起になり周囲が見えなくなる観光協会と北鉄職員

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     いくつものイベントを企画&展開し、何とか寂れた町に観光客を呼ぼうと画策する北鉄の大吉と観光協会の面々。ミス北鉄コンテストやJJガールズ(後の潮騒のメモリーズ)に電車内でうに丼を売らせたり、お座敷列車を思案するなど、誘客のためには手段を選ばない。強かでしつこい面々。でもなぜか憎めない愛されキャラなのだ。

     第9位 黙って娘の布団に入り込む黒川正宗

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     アキの父親でタクシー運転手の黒川正宗(尾美としのり)は、妻・春子から離縁を迫られ、東京からタクシーで北三陸にまで押しかけ、妻の実家に入り込んで生活し始める。そんな折、夜、アキが悪夢にうなされて飛び起きたら、隣りに父親が同じ布団に潜り込んで添い寝していた。「パパがついているから心配するな」と言われ、いったんは「ありがとう」と布団に入った後、お決まりのパターンで絶叫。駆けつけた春子や夏ばっぱに非難される始末。中学までは一緒に寝ていた設定だった。

     第10位 夏ばっぱ、橋幸夫との再会に舞い上がる

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     昔、のど自慢大会で、大スターの橋幸夫に花束を渡し、デュエットした経験がある夏ばっぱ。孫娘のアキに会う名目で上京。ところが、鈴鹿ひろ美のはからいで橋幸夫に再会できることになり、おめかし。しかし、本人を前にしてのあのそわそわと慌てふためいた素振りは、一瞬で少女時代にあの当時に戻ってしまった。「いつでも夢を」は永遠です。

     もちろんこれ以外にも傑作場面は数多くあった。海女カフェでの花巻珠子の扮装(不レディーマーキュリー)は大笑いさせて貰ったし、勉さんが水口に恐竜の化石の骨を先に発見されてしまい、新聞に掲載されたことを悔しがっている場面も傑作だった。いろいろな名脇役がそれぞれの持ち味を出していて良かった。誰に焦点を当ててスピンオフを描いても制作可能だったほど各出演者が個性に溢れていた。

     「おまけ」・・・その他の名シーンはコチラ

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     さて、放送開始してから間もなく1年近く経過するが、未だに人気は根強い。DVDの売れ行きも好調で、レンタルコーナーも貸し出し中ばかり。私も今年の夏こそは、久慈市周辺のロケ地を巡りたいと考えている。このドラマは私たち被災者に勇気を与えたことはもちろん、過疎化や観光客現象の歯止め策や地域振興策の手がかりを与えてくれたと思う。三陸鉄道北・南リアス線の全線開通はまだまだ時間を要するが、このドラマで元気をもらい、再生と再興を誓った被災地の方々は大勢いる。ここでもう一度、この記事を読んでいただくことで、震災を過去の記憶や遺物にしないでほしいと思う。被災地の復興はここからが正念場なのです。

     記事作成:1月14日(火)~2月25日(火)

    2014年3月14日 (金)

    あまちゃん感動名場面ベスト10

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     東日本大震災からの復興支援策のひとつとしてNHKが制作し、昨年9月まで放送された連続テレビ小説「あまちゃん」。過疎化が進む東北地方のとある架空の漁師町(北三陸市)に光を当て、その田舎町を舞台に、はちゃめちゃな人間たちが織り成す数々の人間模様を巧みに描いた秀作だった。かつて「先代あまちゃん」として注目された「大向美咲」さんが「北限の海女」としてブームの下地を築き、それに肖って脚本家の宮藤官九郎氏がそれに色を加えて鮮やかに表現し、それを個性的かつ実力派の名優たちが見事に演じ切った。その甲斐あって、ドラマの放送開始以降、空前の「あまちゃん」ブームが沸き起こり、久慈駅や小袖海岸などのロケ地には大勢の「鉄オタ」や一般の観光客で溢れかえり、廃れる一方だった町は活気を取り戻し、復興の一翼を担ったことは言うに及ばない。さらには、この地方の方言である「じぇじぇじぇ」が流行語大賞を受賞し、半年に渡る放送終了後もこのドラマで元気をもらっていた視聴者たちが、このドラマの余韻を引きずるあまり、その後に生きる活力を削がれたことで「あまロス」なる言葉まで生まれた。
     その後も、その火種は3か月過ぎてもくすぶり続け、大晦日に放送された紅白歌合戦の目玉企画として劇的に復活したことで、それは揺るぎない伝説と化したと言って過言ではない。久し振りに視聴者たちは、あの愛すべき出演者たちの雄姿を目の当たりにした視聴者たちは、放送終了後も3か月間、変わらぬ姿で懸命に生き続けていたことを知り、誰もが嬉しく感じたことだろう。そして違和感もないままあの時の映像をよみがえらせに相違ない。それが証拠に、彼らが登場したコーナーでは視聴率はうなぎ上りとなり、この年の最高視聴率である「半沢直樹」(最終回)を優に超える42%を記録したのだった。
     アットホームで、昔ながらのドラマのスタイルを踏襲し、都会では味わえないような理想的なコミュニティと家族愛を描き、一方では震災で打ちひしがれた被災者に夢と希望を与えてくれることとなった。そして何より、過疎化で苦しむ地方都市に、町おこしの成功のヒントを与え、そのモデルケースとなりえるものとなったことが賞賛に値する。それほどこれまでにない秀逸した作品であった。誰もが「あまちゃん」の続編を期待するのもうなづける。主人公以外にも脇を固める共演者にも愛すべきキャラも多く、個性派ぞろいの俳優陣を束ね、結び付けていた象徴は、紛れもなく「北三陸鉄道」(三鉄)だった。

     さて、いよいよ今回の記事の本題に突入するが、すでに放送終了から半年近く経とうとしている今、あのドラマの素晴らしさを再認識する上で、全話ブルーレイに録画した私が、かつて「てっぱん」でも同様の記事を書いたように、全体を振り返りながら、個人的な趣味と、独断と偏見に基づいて、「感動場面」と「傑作場面」とに分けて、それぞれについてランキング形式で発表したい。

     「あまちゃん感動名場面ベスト10」

     第1位 「ユイがやっと東京に行けると思った矢先、電車内で東日本大震災に巻き込まれる場面」

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     突如、東日本大震災が発生し、列車がトンネル内で停車。トンネルの向こうで見た悲惨な光景に大吉が「見ちゃ駄目だ!」、ユイが「ごめん…もう、遅い」と口にするシーン。トンネルの先に見えた悲惨な光景が実際とダブり、被災者の一人として、当時を思い出してしまい、涙が止まらなかった。

     第2位 「若き日の天野春子(有村架純)の家出した場面を回想し、春子(小泉今日子)が
          真実を知るシーン」

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     アイドルを夢見る若き日の春子が、北三陸鉄道開業の日に家出を決行する場面で、大反対だったナツばっぱがこっそり浜辺で彼女が乗る汽車に向かって大漁旗を振りながら人知れず見送っていたことを、口止めされていた元さんが告白するシーン。
      

     第3位 「若き日の春子がオーディションを受けるために上京するのを夏ばっぱに許しを
          乞う場面」

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     夏ばっぱ「本気か遊びか聞いてるんだ。負けたときのこと考えてどうする。0か10かどっちだ?」
    春子 「・・・10です。」
    前半で一番好きな場面。本気度が伝わり、ビシビシ来た。 有村の演技と聖子ちゃんカットがすばらしい。本当にキョンキョンの若い頃そっくり!

     第4位 「アキ(能年玲奈)が東京へ旅立つシーン」

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     駅長(杉本哲太)と母親(小泉今日子)に見送られた後、1984年の春子の時と同じように、夏ばっぱが当時と同じ浜辺からアキに大漁旗を振って見送るシーン。

     第5位 「夏が春子に25年前のことを謝るシーン」

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    夏「すまなかったな、春子。25年かかった。このとおりだ、許してけろ」
    春「お母さん。顔、顔上げて、お母さん。お母さん」
    夏「ふぅ~。スッとした。やっと言えたべ」
    春「あたしもスッとした」

     2人にとって、関係悪化の基となっていた出来事だったが、25年間もお互いに引きずっていたわだかまりが多少修復できた。同じようなことが原因で家出をした経験がある人には堪えたはず。

     第6位 「震災後に帰郷したアキを北三陸の方々がホームで出迎えるシーン」

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     震災後、津波によって大きな被害を受けた北三陸地方の袖ヶ浜海岸。東京でアイドルになるために頑張っていたアキだが、急遽帰郷することを決意した。無人の駅舎の改札の窓口に100円玉を置き、ガラガラの臨時列車に乗り込んだ。そして袖ヶ浜に近づくと、大歓声で大漁旗を振って出迎えに来てくれた海女仲間と観光協会の面々。窓から身を乗り出してその歓迎にこたえるアキ。涙なくして見られない名シーンとなった。

     第7位 「足立よしえの帰郷シーン」

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     足立ユイの母親よしえ(八木亜希子)の夫が脳の病気で倒れてしまい、将来を悲観して介護を放棄して失踪。1年半後に北三陸市に戻ってきて、周囲から批判されながらも、温かく迎え入れられる場面。土下座して謝罪する場面はぐっと来た。ユイはこれが原因で、母親の代わりに父親の介護を担当することになり、高校を中退してしまった。ヤンキーになったユイの変わりようも凄かった。

     第8位 駅長の大向大吉(杉本哲太)がふたたび安部ちゃん(片桐はいり)にプロポーズするシーン。

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     ふたりはいったん離婚した身の上だったが、すったもんだの挙句、再婚を決意した大吉。本人は知らなかったが、彼が乗り込んだ北鉄の車両には、大きな落書きで再プロポーズの言葉が・・・。

     第9位 海女カフェで鈴鹿ひろ美が歌う場面

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     音痴だった鈴鹿ひろ美がどういう因果かかつて吹き替えをやらされた天野春子の猛特訓を受けることとなった。海女カフェで開催されたリサイタル本番で、周囲を驚かすほどの美声を轟かせ、若き日の天野春子(有村架純)が笑顔で見守るシーン。これ以来、若き日の天野春子の亡霊は見えなくなった。

    第10位 種市をバイクで遥々追いかけて来た「梅頭」の本心が明らかにされたシーン

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     「無頓鮨」の大将・梅頭(ピエール瀧)が黙って店を辞めた種市浩一(福士蒼汰)を追いかけて北三陸市まではるばるとバイクでやって来た。うに丼を何杯も頬張って、「こんなに美味いモンを食える奴は東京に戻ってこなくていい」とはなむけの言葉を伝え、てっきり殴りかかると思ったら、彼を激励する感動シーン。何時間もかけてバイクでやってきた梅頭だが、滞在時間40分だけで惜別し、うに丼をぶら下げて帰っていくシーンはかっこよかった。

     次点 アキが奈落をあがっていくシーン

     何気ない場面でしたが、階段をあがるところは、奈落をあがるという意味だった。それと同時に、太巻の長年の自責から解放され、春子の夢が形になった瞬間でもあったように思えた。鈴鹿ひろ美はその立会人の役割を果たした。

     いかがでしたか。あの名シーンを懐かしく思い出したのではないでしょうか。このドラマには、場を盛り上げる愛されキャラが多く存在した。そこでおまけとして、私が選ぶ、「あまちゃん」愛されキャラ(名脇役たち)ベスト5を挙げたい。

     第1位 磯野心平(皆川猿時) 北三陸高校潜水土木科教師 ナイスキャラ

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     第2位 吉田正義(荒川良々) 北三陸駅副駅長 あの訛った喋り方が心地よい

    Yoshida

     第3位 花巻珠子(伊勢志摩) 海女カフェでなぜかフレディマーキュリーに仮装

    Hanamaki

     第4位 長内まつ枝(木野花) メガネ会計ババァ

    Osanai

     第5位 小田勉(塩見三省) 琥珀命の考古学者

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     さて、本日の記事はいかがでしたか。個人的な好みで感動場面は選んでみた。見どころが多々あったこの卓越した内容のドラマにおいて、感動場面は随所にちりばめられていた。放送終了から半年近く経過する中で、昨年大晦日の紅白での「全員集合」は嬉しく思えた人は多かったに違いない。それほど再放送や続編を心待ちにしている人が多いということだ。このドラマで数多くの方が、生きる元気をもらい、毎日の生活の活力にしていた。放送終了後には「あまロス」という現象が生まれたほどだ。見られなかった人は、ぜひDVDを借りて見ていただきたい。きっと「あまちゃん」の魅力に取りつかれることと思います。
     明日は、「てっぱん」の時と同様、「傑作場面ベスト10」をお送りしたいと思う。

     記事作成:1月14日(火)~2月25日(火)

    2014年3月11日 (火)

    3.11 あの日を忘れない~震災3周年~

     「3.11」。今日はあの日から3年経過した記念すべき日。私は生粋の福島県民で、被災者のひとりだ。あの日の出来事を生涯忘れることはない。実際にあの巨大地震(郡山市は震度6弱)を体験し、釣りによく出向いた浜通りの海岸や漁港を巨大津波が襲った。私が暮らす郡山は福島県の中央に位置しているため、津波の被害は免れたが、その後発生した福島第一原子力発電所の爆発事故により、「汚染地帯」のレッテルを貼られた。挫折と屈辱を味わい、県民は県外に避難するなど、人口は激減し、活気は消え失せた。未だに農業では風評被害を受け、漁業は再開の目途が立たないまま。県内のあちこちにモニタリングポストが設置され、立ち入り禁止区間だらけで交通は寸断。陸の孤島と化した町には空き巣が入り込む「非人道的行為」が横行している。人間不信にさえなった。放射線は今でも毎日0.3~0.4で推移し、年間の放射線量は国が健康上安全と定める1ミリシーベルトを優に超える高い数値。子供が甲状腺検査で異常が見られるなど、徐々に健康被害が明るみになってきている。また、除染は一向に進まず、3年経った今でも我が居住地の八山田界隈は行われていない。そして、どこぞの首相がほざいた「原発事故収束」にはほど遠く、今でも「汚染された廃棄物」が未処理で未解決のままである。汚染タンクの置き場がなくなり、追いつかない。中間貯蔵施設は、どこも引き受け手がなく、結局は県内で自己処理を余儀なくされている。絆とは名ばかりで、世界からは「広島・長崎・福島」と憐れみの対象として全世界にその名を轟かせている現実がそこにあった。それに輪をかけて汚染水漏れの問題が新たに浮上し、中間貯蔵施設は本県に設置しなければならない状況。おそらくは、どこも引き取り手は現れるはずはないから、そのままそこが「最終放棄施設」になることは火を見るより明らかだ。
     福島県は、震災以降、まるでビフォー・アフターの如く、劇的に変貌してしまった。今日は丸3年目の節目に当たるが、我が福島県が置かれている状況は、何も変わってはいないことを改めて全国に訴えたいと思う。

     では、3月11日のこの日を忘れないために、私が体験した3年前の状況を三度掲載し、記憶が薄れないよう、今年もまた備忘録とし、さらには真の復興を願い、激励する県内に関わる歌を6曲リンクしたい。

     

     その日は午前中、息子の中学校の卒業式に参列した。その後、和風レストラン「まるまつ」で昼食をとり、その後、「ケーズデンキ」でブルーレイデッキの商談をし、時間潰しに思いつきで桑野にある「ブックマート」に立ち寄り、立ち読みをしていたのだった。

     平成23年3月11日午後2時46分

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     上の場所で「携帯の緊急地震速報」が鳴り、急いでカウンター左側の出口へ駆けた。

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     間髪入れずに体験したことがないような大きな揺れが襲いかかった。外では車が前後に激しく揺れ、今にも飛び出しそうだった。大きなガラスにヒビが入った。

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     この外灯が倒れてきそうな感じだった。ほどなく入口から次々と人が外へ飛び出してきた。車に飛び乗り、車が前に飛び出ないように必死でブレーキペダルを踏み続けた。

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     車内から見ると、目の前の4階建てマンションが前後に傾くように大きく揺れ、隣りの和風レストランの瓦屋根が次々落下。運転席で必死にブレーキをかけながら「早くおさまれ!」と祈りながら「うわっうわっ!」としか言葉が出て来なかった。この時、とんでもない大変な出来事が起こってしまったことを悟った。

     そして突如周辺は猛吹雪に・・・。この世の終わりを思わせるような長くて激しい揺れがなおも続いた。3分くらい大きな揺れが続いた後、ようやく収まってきたところで、自宅や実家の状況が気になり、ひとまず自宅へ向かう。信号が消え、かっぱ寿司の東側の狭い通路を迂回した。ファミマの交差点から左折し、R49に入り、バイパスを駆け上がってとにかく自宅まで飛ばして帰った。すると幸いにも自宅は崩れてはいなかった。断続的に大きな揺れが襲いかかり、自宅前の電柱が大きく揺れる余震がずっと続いた。家具が倒れ、玄関から容易に室内に入れない状況だった。やがて卒業式後、外食していた息子たちが帰宅し、家族の無事を確認した。更に、携帯ワンセグテレビで状況確認。次々飛び込んでくる情報で、災害の状況が明らかに。「大津波警報」という聞きなれない文言がテロップで流れ、アナウンサーの必死の形相で、事の重大さを認識したのだった。幸い自宅は停電は免れたが、水道がストップした状態だった。電話は震災直後からまるで通じず、実家の安否は不明だった。

     動画で振り返る福島県(郡山中心)の状況

      ラジオ福島(2分41秒から)

     スタジオの物音から判断すると、2分41秒から5分24秒までずっと大きな揺れが続いていたことが解る。つまり2分43秒もの長い間、震度6クラスの大地震が継続して発生していたことになる。深作アナウンサーは努めて冷静に身の安全の確保を訴え続けた。一切取り乱すこともなく、アナウンサーの鑑だ。

     「震災を忘れないために」

     地震発生時・直後の映像 http://www.youtube.com/watch?v=dkdHZKefQOI

     福島原発爆発の瞬間映像 http://www.youtube.com/watch?v=2sKsWPf4WUs

     「被災者への激励ソング」

      I love you & I need you ふくしま

     我が同級生、箭内道彦が監修する県内出身者バンド「猪苗代湖ズ」の名曲。紅白出場も果たした激励ソング。47都道府県出身の方が福島へメッセージを送っている。

     息吹 by AERIAL

     震災で施設が破損し、休業に追い込まれた「スパリゾートハワイアンズ」。しかし、フラガールたちは決してめげていなかった。常磐ハワイアンセンター開業以来となる「全国キャラバン」を展開し、被災者の慰問と激励、それに日本各地を周遊し、全国の方々に「福島は元気です」というメッセージを伝える旅に出た。その彼女たちの活動に心打たれたシンガーがこの曲を作り、彼女たちにエールを送ったのだった。

     虹を架けよう~福島バージョン~  by Bikkis

     もともとは宮城県の復興ソングとして作られた曲だったが、福島県バージョンも誕生した。さとう宗幸の呼びかけで、他の歌手たちも賛同。岩崎宏美や沢田知可子、日野美歌、山寺宏一、浅野ゆう子、サンドウィッチマン、アンガールズらがチャリティーソングに加わった。「♫僕らを育てたこの町に~虹を架けよう~♪」が涙を誘う。全市町村が歌詞に登場する。人々の笑顔と逞しさに

     みんなのうた by 松本梨香with南相馬みんな共和国

     この曲は、どちかというと小さい子を対象とした激励ソングで、どちらかといえば童謡的な要素も含まれている。幼稚園生はお遊戯で踊り付きで踊れそうな曲調。多大な被害をもたらした南相馬市(旧原町市)民を励ます意図で制作された。覚えやすいメロディーで、すぐ口ずさめるような内容になっている。

     桜舞う町で by 普天間かおり

     

     美しいメロデイー。沖縄出身の普天間香りが歌う名曲だが、彼女は震災前も後も、ラジオ福島のパーソナリティーを務めていることから、県民を元気づけようと、震災直後からこの曲をずっと歌っていた。夜の森は桜のトンネルで有名な風光明媚な土地柄。同時に夜の森駅は、シーズン中ともなると、プラットホームが一面のツツジが咲き乱れ、電車の車窓から、観光客の目を楽しませてくれていた。

      卒業 by 高橋 優

     大トリを飾るのは、私が大好きな楽曲。JR東日本が復興を祈念してSLを東北本線を走らせた。沿線には浜通り出身の多くの被災者が避難して住んでいる仮設住宅がある。開催当日、大勢の住民がSLを迎えて手を振った。これは企画自体も凄いが、多くの被災者の心を合わせる「絆」としての役割を果たしてくれた。決して一人ではない。みんな温かく見守っていることを確かめ合うような、お祭りムードの県民総出の一大プロジェクトとなった。最後にホームで手を振る女の子の表情がすべてを物語っている。この子たちの手に新しい福島の未来が委ねられている気がしてならない。

     記事作成:1月26日(日)

     追記

     過去、チリ地震やスマトラ沖地震などM8を超える巨大地震があった場所は、100%の確率で、その6~8年後に、再びM8程度の巨大地震が起きている。さすれば、日本では2017年から19年頃に、再び大津波が襲うような巨大地震が東日本の太平洋の海底を震源地とした場所で必ず起きるはずだ。もし19年に東京でも前回のあの地震と同規模の巨大地震が起きれば、招致に成功した2020年東京オリンピック開催に水を差すことになる。施設はダメージを受けたり、鉄道や交通網が寸断され、帰宅難民やまたもや計画停電という緊急事態が起こり得るのだ。しかもオリンピックの競技会場や選手村は、ウォーターフロントに面した地区に建設される。津波が東京湾に押し寄せれば、施設の損傷も免れない。果たして無事開催ができるのか、非常に危惧されるが、何か事前の対策はないものだろうか。

     

    2014年3月10日 (月)

    オリンピック歴代テーマソング集

     オリンピックの時期にあわせて、各テレビ局がこぞって中継やダイジェスト版で、その日の競技を紹介する特番を組むが、そんなテレビ局のオリンピックのイメージソングというのがある。多くはNHKがその中心的役割を果たすが、今回は、これまで長いオリンピックの歴史の中で、各大会ごとに使われたイメージソングに焦点を当てたい。どんな楽曲があったか懐かしく思い出してほしいと思います。なお、リンクした映像は、予告なく削除されることがあります。予めご了承ください。

     1964年夏季 「東京オリンピック」(ファンファーレ&マーチ)

     東洋の魔女が金メダル、重量挙げ三宅義信が金、円谷幸吉が銅メダル獲得

     http://www.youtube.com/watch?v=6zmHGPcoDVw

     1972年冬季 「札幌オリンピック」

     

     日の丸飛行隊(笠谷・金野・青地)、表彰台独占、白い妖精ジャネット・リン

    http://www.youtube.com/watch?v=rQqtphtgOHE

    http://www.youtube.com/watch?v=tW1uV_a3ShI

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     1976年夏季 「モントリオールオリンピック」

     コマネチブーム 男子体操団体6連覇達成

     「モントリオール賛歌」ルネ・シマール

     http://www.youtube.com/watch?v=mqfnohB2INM

     1980年冬季 「レークプラシッドオリンピック」

     八木弘和が70m級ジャンプで銀メダル

      「Give It All You Got 」チャック・マンジョーネ

     http://www.youtube.com/watch?v=7FCvVLuzlbc

     1980年夏季 「モスクワオリンピック」

     西側諸国ボイコット

     「Moskau-めざせモスクワ」ジンギスカン

     http://www.youtube.com/watch?v=99E9Uw-grpo

     1984年冬季 「サラエボオリンピック」

     「サラエボ五輪テーマソング」ヤドランカ・・・音源はありませんでした。 

     1984年夏季 「ロサンゼルスオリンピック」

     開会式でロケットマン登場 カールルイス四冠達成 具志堅幸司体操個人総合金

     「ロサンゼルスオリンピックファンファーレ」ジョン・ウィリアムス→コチラ

     1988年冬季 「カルガリーオリンピック」

     「Winter Games」David Foster

     http://www.youtube.com/watch?v=tfZmvmcNm9Y

      ソウルオリンピック以降はNHK公式テーマソングを掲載します。

     1988年夏季 「ソウルオリンピック」

     ベンジョンソン、ドーピング発覚失格処分 池谷&西川高校生コンビが体操で大活躍

      NHK「HEART & SOUL」 浜田麻里

     1992年冬季 「アルベールビルオリンピック」

     NHK「Happy Birthday to You~ヴィーナスの誕生~」松任谷由実

     1992年夏季 「バルセロナオリンピック」

     弓矢での聖火点灯に驚き。

     NHK「PARADISE WIND」 寺田恵子

     1994年冬季 「リレハンメルオリンピック」

     原田雅彦、まさかの失速団体金メダル逃す

     NHK「遥かな人へ」高橋真梨子

     1996年夏季 「アトランタオリンピック」

     NHK「熱くなれ」大黒摩季

     1998年冬季 「長野オリンピック」

     日の丸飛行隊団体金メダル、船木がラージヒル、清水宏保、里谷多英が金メダル

     NHK「SHOOTING STAR」F-BLOOD

     「花束そえて」白鳥英美子

     http://www.youtube.com/watch?v=CKPGAowYf4U

     2000年夏季 「シドニーオリンピック」

     高橋尚子、マラソンで金メダル

      NHK「Get U're Dream」ZARD

     2002年冬季 「ソルトレイクシティオリンピック」

     NHK「果てしなく続くストーリー」MISIA

     2004年夏季 「アテネオリンピック」

     体操男子団体奇跡の復活金メダル 柔道など金メダルラッシュ 野口みづき金メダル

     ゆず「栄光の架橋」

     2006年冬季 「トリノオリンピック」

     荒川静香がイナバウワーを披露し金メダル

     http://www.youtube.com/watch?v=EMQHf3Rh8Jw

     NHK「誓い」平原綾香

    http://www.youtube.com/watch?v=zQRMorRt7Cc

     2008年夏季 「北京オリンピック」

     NHK「GIFT」Mr.Children

     2010年冬季 「バンクーバーオリンピック」

     浅田真央が銀メダル、高橋大輔銅メダル、上村愛子4位

     NHK「BLESS」L'Arc~en~Ciel

     2012年夏季 「ロンドンオリンピック」

     NHK「風が吹いている」いきものがかり

     http://www.youtube.com/watch?v=R6Yv9TCveN4

     2014年冬季 「ソチオリンピック」

     羽生結弦が男子フィギュアで初の金メダル、レジェンド葛西紀明銀メダル

    NHK「今、咲き誇る花たちよ」コブクロ 

     「number one」平原綾香 http://www.youtube.com/watch?v=4vAwP0_AEAU

     2020年 東京オリンピックテーマソング

     さて、今年もソチオリンピックがロシアで開催されて、数々の名勝負を生み、私たちは深夜までテレビの前に釘づけになった。眠い目をこすりながら声援を送り続けた。スポーツはどうしてこんなに人を夢中にして感動させるのだろう。それはそこがアスリートたちが憧れる世界最高の舞台であり、そこでは高いレベルで切磋琢磨してきた成果を試す場であるからだ。筋書きのないドラマが展開され、うれし涙、悔し涙、そして多くの感動を与えてくれる。4年に一度の祭典。ロンドンオリンピックのメダリストたちが、東京の銀座を凱旋パレードした時も数十万人もの人々が沿道を埋め尽くして、アスリートたちに惜しみない賛辞と拍手を送り、感謝した。精一杯練習に練習を重ね、やっと手にしたメダル。その証がメダルであり、尊く誉れ高いものである。その感激をさらに高めてくれるのが、報道各社がお送りする衛星放送でのアスリートたちの戦う姿であり、総集編で流された映像の数々だ。こうした感動を演出するのに打ってつけの材料が公式テーマソングということが言える。今年は、サッカーワールドカップもある。スポーツ三昧の1年となるが、日本人選手の活躍を心から祈りつつ、今回の記事を締めたいと思う。

     <参考>

     NHK公式テーマソング

     http://ja.wikipedia.org/wiki/NHK%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%B0

     各テレビ局 http://dorama.tank.jp/d/5rint.htm#baru

     記事作成:2月21日(金)~22日(土)

     さて、明日は3年目の「3.11」。私たち福島県民にとっては決して忘れてはならない日である。震災時刻の午後2時46分に黙祷と同時に、祈念記事を掲載したいと思います。

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