2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »

2014年7月

2014年7月30日 (水)

本日の釣行記(7/30)

 6~7月に休日出勤が連続したため、7月下旬のこの時期にまとめて休暇を取得できた。本来であれば、この有給休暇を利用し、本日は昨年に引き続き「北海道旅行」に旅立つ予定だった。「幸福の黄色いハンカチ」の夕張、「三毛別羆襲撃事件現場」、学生時代に初めて北海道の観光地を訪れた「神威岬」等を周遊するプランを立てていたが、先週末、いわき(平)で3日間炎天下の中、或る屋外イベントの仕事をして来て、両脚のふくらはぎの肉離れや疲労が著しく、遠出は避けたかった。
 したがって、約2年振りに釣りを楽しむことにした。2日前に東北地方が梅雨明けしたばかりで、正直猛暑の中の釣りも厳しいし、迷いに迷ったが、久しぶりの感触を取り戻そうと決断した。場所はフランチャイズの中之作漁港白灯台。平日なのでたぶん空いているという安易な発想。しかし、放射線被害により、海洋汚染が深刻化し、釣った魚は食べられない。
 よって、今回のいわきでの釣りは、キャッチ&リリースとし、単なる釣り勘を取り戻すための「試し釣り」的な感覚で臨む。したがって最初からクーラーは持っていかない。

 前日(7/29)の夕刻に蚊に刺されまくりながら物置から釣り道具一式を2年ぶりに引っ張り出した。すると、バッカンやデイパックのチャックが開閉できなくなっていて、オイルスプレーとペンチで何とか開け閉めできるよう修復した。

 そして19時半過ぎに、これまた久し振りに「上州屋」を訪ね、アオイソメ600円分とコマセ350円を購入。オキアミは冷凍庫に眠っていた2パックを使用することにした。幸い店員のI氏もまだその店舗にいた。2年振りの再会。私のことを覚えてくれていた。2年間有効のカードが切れてしまい、用紙に住所氏名などを記入手続して新しいカードに切り替えた。I 氏はやはり気持ちがいい人だ。
 その後、カワチでお茶とパン4つを購入した。これに昼間トライアルで購入したおにぎり2個を携帯。23時に就寝し、夜中出発に備える。たぶん仮眠程度で睡眠不足は確定。

 <DATA>

DATE: 7月30日(水)
TIME: 3:43~10:10(6.5H)   
PLACE: いわき中之作漁港白灯台
WEATHER: くもり/晴れ 20.4℃~26.9℃ 日出4:39 日没18:49
TIDE: 中潮 満潮5:11(136cm) 干潮11:48(32cm)
WAVE:波の高さ 1m~1.5m 水温:19.9℃
WIND: 弱風
EFFECT: ドンコ1尾、フグ3尾、アイナメ1尾、サバ12尾 (計17尾)

  
THEME:「2年振りのファランチャイズで爆釣サバサバ!」

 <往路経過>

 7月30日(水)

 1:38起床
 1:54自宅発 ドンキ前の交差点で対向したガンメタカムリ無謀運転。逃げて交わす。
 2:07旧森永R49 信号タイミング最悪 大善寺交番前後取締り警戒
 2:16谷田川セブン18℃。先行車全くなし。スイスイ。
 2:29平田セブン 霧
 2:38長沢峠(17℃)
 2:45トンネル 赤帽が道を譲る
 2:48三和IC
 2:54平中央IC
 3:02 R6バイパス合流
 3:05鹿島街道 工事で幅員狭い
 3:13中之作漁港 往路90.3km(1時間19分)

 <実釣経過>

 白灯台無人。市場も漁港全体に人いない。防波堤一段高くなる。白灯台、ステンレス階段(護岸工事用)。満天の星空。灯台の周辺も高くなり、先端部分幅狭くなる。テトラもうず高く積まれる。携帯ラジオ感度悪い。

 3:43 胴突き仕掛けでぶっこみ。2年振りの実釣。懐かしい感覚。
 3:53 天秤仕掛けでぶっこみ。
 4:10 天秤仕掛けに21cmのドンコかかる。リリース。根が漂流。市場前で12時から味
      釣りしていた地元のオジサンが来て話。

Img_7437_r Img_7439_r

 4:40 ウキふかせ(インターライン竿)スタート。チヌ針で餌はオキアミエビ
 5:05 朝焼け。全然鈴が鳴らず。睡眠不足解消のため寝る。幅狭く落ちる危険大。

Img_7441r Img_7444_r

 6:04 円形オモリ付天秤と仕掛け根掛かりで失う。

Img_7447_r Img_7448_r

 6:30 一斉に漁船が出港して沖へ。
 6:40 大型の作業船がエンジンスタートし、向きを変える。
 6:45 遠投サビキスタート。胸焼け(みぞおち焼ける痛み)&胃痛ひどい。UVクリーム塗
      る。じりじり日差しが強くなり、照り付ける。でも風が心地よい。
 7:20 胴突き仕掛けにフグ(リリース)作業船にコンテナ積み。ミキサー車入れ替わり立
      ち代わり来る。愛車大丈夫か?
 7:55 作業船出港時にフグ釣れる。針飲まれてリリースできず。仕掛けも失う。

Img_7451_r Img_7453_r

 8:20 防波堤のヘチ際にぶっこんでおいた天秤仕掛けに15cmのアイナメかかる。
      久し振りだが、針飲まれてリリースできず。
 8:34 遠投サビキ(ピンク針)に20cmのサバかかる。ここからサバフィーバー開始。ウ
      キ根掛かり回収できず・・・。

Img_7457_r Img_7458_r

 8:54 サバ20cm2匹(遠投サビキ)

Img_7459_r

 9:02 ウキ&チヌ針、無事回収。
 9:07 サバ20cm(遠投サビキ)。すべてこのサイズ。すべてリリース。
 9:12 フグ
 9:13 大型作業船、江名沖から戻る。またミキサー車大挙襲来。
 9:30 サバ20cm(遠投サビキ)
 9:34 サバ18cm(遠投サビキ)
 9:40 サバ3尾すずなり。大きいウキが沈む。この手に伝わる反応久々興奮。
 9:43 サバ3尾再びすずなり(遠投サビキ)18cm×3。仕掛け絡まる。

Img_7466_r

10:01 コマセ切れでラストの一投でライン切れてサビキ仕掛けとオモリ失う。
10:10 納竿。

 荷支度を整え、作業船とミキサー車いない隙に防波堤を歩いて車に戻った途端、「○木工業」と書かれたミニタンクローリーがエンジンかからず立ち往生していた。そこにいた作業着を着てサングラス姿の作業員が俺が車に戻ると、いきなりいちゃもんをつけてきた。来年の2月10日まで工事中だから「釣りは遠慮してもらいたい」だと。「防波堤に上がるあの階段も護岸工事用に設置したもので釣りのために架けた訳じゃない」とのたまう。しかも「今回はしょうがないけど次回から気をつけてくれ」と上から目線の発言。行政でも警察でもないのに言いがかり。どこにも「釣り禁止」などと書かれていないのに、嫌がらせか?こっちは誰にも迷惑をかけていないだろう。しかも防波堤の上の工事は既に完了してる。マジでムカついた。この一件で、せっかくの好釣果も気分台無し。

 車の窓閉めきり。高温でやばいと思ったが、意外に気温は24℃。でも日焼け必至。

 この後、普通なら帰路につくが、小名浜の湾岸工事の状況と先月「音楽のちから」で、嵐が野外ライブを行った三崎公園にある貝殻をあしらった「野外音楽堂」を見たくて寄り道。

10:22 中之作漁港発。永崎海岸も護岸工事中。かなり立派。三崎公園方面へ左折。坂道の正面頭上にマリンタワー聳え立つ。野外音楽堂方面へ一方通行を左折し、下り坂の途中で路上駐車。右下には磯の岩場に降りられる空き地と道が・・・。

Img_7467_r Img_7475_r
 

10:29 三崎公園野外音楽堂付近着。94.5km。

 歩いて公園内を散策。無人。ゲートが閉まり野音の中には入れず。防犯カメラの存在を気にして柵を乗り越えることもせず。階段を上り、せめて写真だけでもと思うが、すべてベールに隠れた状況。外からはステージなどを見ることはできない。ここで6月に被災3県の被災者を招いて「嵐」がミニライブを行った。とても感動的で、私を含め、被災者には涙無くしては見られないものだった。腹痛くてトイレに行きたかったが、我慢。みぞおちの焼ける痛み、半端ない。

Img_7471_r Img_7472_r

 「音楽のちから・嵐ミニLIVE」はコチラ

https://www.youtube.com/watch?v=5_ihPqCLO1Y

10:40 野音付近出発。坂を下りる途中、松下海岸付近で、小名浜港が一望。釜の前防
      波堤も綺麗になる。かなり整備進む。震災津波の爪跡感じられず。トンネルをくぐ
      り、ボッコ灯台付近。船舶多く、活気あり。復興を感じる。市場入口通り過ぎ、左
      折して戻る。

Img_7476_r

 
10:47 市場前T字岸壁着。車ごちゃごちゃ。釣りはファミリー1組くらい。工事用車両?漁
      船の所有者?小名浜の風景一変。防波堤の数相当増える。沖の岸壁を繋ぐ大
      橋も着実に建設進む。大規模国際港の気配漂う。写メのみ。

Img_7481_rImg_7477_r

 <帰路経過>

10:48 小名浜市場前発。ソープ街呼び込み2人。灯台を象ったビルあり。
10:54 右折して鹿島街道へ。いわき東署前通過。レッドバロン、ブックオフ、ヤマダ。
11:06 R6バイパスへ合流。白バイ警戒。
11:15 平中央IC前。工事中。大型多く、ゆっくり50~60km/hペース。
11:25 いわき三和IC。値上げしたためか誰も高速入らず。長い車列。50km/hペース。
11:31 トンネル。ライト無灯火多数。
11:40 長沢峠(29℃)
11:52 平田セブン(31℃)ペット茶不明。前のシルバーのナディア目障り。
12:13 谷田川セブン
12:24 旧森永右折、左折して阿武隈川を渡り、300m先右折し、東部幹線へ。
12:32 半田屋 181.3km ハムエッグ、納豆、野菜炒め、ミニめし、味噌汁510円。
      客は25人程度。
12:44 半田屋発ー会津街道経由 クリーニング屋立ち寄り、スラックス受け取る
12:55 帰宅 帰路2時間8分

 総走行距離 186.6km 
 
 

 <費用>

 おにぎり2個          136円
 パン4個、2L茶                511円 
 餌代(コマセ・アオイソメ)  950円
 昼食(半田屋)         510円        
 合  計           2,107円

 <コメント>

 約2年振りの釣りとなった。放射線の海洋汚染被害により、セシウム高値で釣った魚を食べることはかなわないが、久し振りの釣りの感覚を取り戻せて良かった。この時期は暑さとの闘いを強いられるが、さほど影響はなかった。午前中で切り上げたのが正解。

 私の予想だが、結果、小ぶりながら17尾も釣れた理由は、上述した被害により、釣り人が激減していること。漁船の操業もまだまだで、海には多くの魚が溜まっていると見た。
 中之作漁港も護岸工事中で、2月10日まで立ち入り禁止のようだ。平日とはいえ道理で実釣中に誰も現れなかった筈だ。市場前にひとり、北側の岸壁や入り江も釣り人ゼロ。また、地元のオジサンの話では、みんな釣った魚を食べてると言うが、個人で釣った魚が安全かどうかは未知数。特にアイナメやカレイなどの根魚は厳しい。次回、中之作で釣りをする際は、西側の入り江付近からカレイ狙いで投げ釣りをするしかなさそうだ。

 帰宅後、速攻でシャワーを浴び、釣り具の洗浄と炎天下の水切り干しを念入りに行った。

 記事作成:7月30日(水)

 追記

 夕刻の県内ニュースで、私が本日、釣りへの往復で通った田村工業団地内の道路で、車3台が絡む多重事故が起き、軽乗用車を運転していた43歳の男性1人が死亡し、幼い子供を含む3人が重軽傷を負った模様。午後2時前頃起きたので、私が通った1時間半後らしい。通行の時間帯によっては私が巻き込まれていた可能性があるため、人ごとには思えなかった。

http://www.fct.co.jp/news/news_3079593.html?url_day=201407302008

2014年7月29日 (火)

半世紀の衝撃事件・事故・自然災害

 時間が経つのは早いもので、私がこの世に生を受けて、今年で半世紀を迎える。その人生の節目で記念すべき年に当たり、私の重ねて来た年輪と共に、様々な出来事があった。嬉しいニュースも数多くあったが、どちらかと言えば世間を震撼させる事件や目を覆いたくなる惨状のほうが記憶に残る。そこで今日は、自分の歩んで来た人生の中で、一体どのような出来事があったかを振り返りたい。

 1964年(昭和39年)0歳 

 東京オリンピック開催・東海道新幹線開通・新潟地震

 1965年(昭和40年)1歳

  アメリカ軍による北ベトナム爆撃(北爆)開始・全日空貨物機失踪事件・夕張鉱業所でガス爆発

 1966年(昭和41年)2歳

 ビートルズ来日公演・全日空ボーイング727型機が東京湾に墜落し133人全員死亡

 1967年(昭和42年)3歳

 ツイッギー来日。日本にミニスカートブーム到来・グループサウンズブーム・ミニスカー小大流行

 1968年(昭和43年)4歳

 三億円事件・川端康成ノーベル文学賞・霞が関ビル完成・十勝沖地震

 1969年(昭和44年)5歳

 アポロ11号月面着陸・東大安田講堂事件・パンタロン大流行

 1970年(昭和45年)6歳

 大阪万博・福岡大ワンゲル部・羆襲撃事件・よど号ハイジャック事件・三島由紀夫割腹自殺事件

 1971年(昭和46年)7歳

 全日空機雫石衝突事故・明治公園爆弾事件・ボウリングブーム・大久保清連続殺人事件

 1972年(昭和47年)8歳

 札幌五輪(日の丸飛行隊)・あさま山荘事件・日中平和友好条約・千日デパート火災・パンダブーム・横井庄一帰国

 1973年(昭和48年)9歳

 熊本大洋デパート火災・オイルショック買占め・巨人V9達成

 1974年(昭和49年)10歳

 三菱重工爆破事件・モナリザ来日・小野田寛郎帰国

 1975年(昭和50年)11歳

 長嶋引退・第二次ベビーブーム・広島赤ヘル旋風・沖縄海洋博

 1976年(昭和51年)12歳

 ロッキード事件・モントリオール五輪・コマネチブーム

 1977年(昭和52年)13歳

 756号フィーバー・スターウォーズ封切り・青酸コーラ無差別殺人事件

 1978年(昭和53年)14歳

 ピンクレディーブーム・スーパーカーブーム・成田空港管制塔占拠事件

 1979年(昭和54年)15歳

 日本坂トンネル火災事故・第2次オイルショック

 1980年(昭和55年)16歳

 長嶋監督退陣・王引退・大平首相死去・一億円拾得事件・川崎浪人生金属バット両親殺害事件

 1981年(昭和56年)17歳

  深川通り魔殺人事件・北炭夕張新炭鉱

 1982年(昭和57年)18歳 

 ホテルニュージャパン火災・全日空機羽田沖墜落事故・ロス疑惑

 1983年(昭和58年)19歳

 イッキブーム・アキノ暗殺事件・勝田清孝連続殺人事件・日本海中部地震・大韓航空機撃墜事件

 1984年(昭和59年)20歳

 女子大生ブーム・三井三池炭鉱有明抗火災・世田谷局ケーブル火災・グリコ森永事件

 1985年(昭和60年)21歳

 おニャン子クラブブーム・バブル景気・つくば科学万博・日航機墜落事故・犀川スキーバス転落事故(日本福祉大学)・三菱南大夕張炭鉱爆発事故

 1986年(昭和61年)22歳

 チャレンジャー号爆発事故・私をスキーに連れてって(スキーブーム)・岡田有希子投身自殺・トリカブト保険金殺人事件・バブル景気

 1987年(昭和62年)23歳

 国鉄民営化(JR発足)・石原裕次郎死去

 1988年(昭和63年)24歳

 上海列車事故(高知学芸高校)・自粛ブーム・東京ドーム開場・青函トンネル開通

 1989年(平成元年)25歳

 昭和天皇崩御・東京埼玉幼女誘拐殺人事件(宮崎勤)・女子高生コンクリート詰め殺人事件・美空ひばり死去

 1990年(平成2年)26歳

 礼宮と川島紀子結婚・バブル崩壊・センタ-試験開始・猛暑で水不足

 1991年(平成3年)27歳

 雲仙普賢岳火砕流災害・溶岩ドーム・信楽高原鐵道列車衝突事故・石井舞ちゃん行方不明事件・加茂前ゆきちゃん行方不明事件

 1992年(平成4年)28歳

 バルセロナ五輪岩崎恭子金メダル・学校5日制スタート・長谷川町子死去

 1993年(平成5年)29歳

 北海道南西沖地震(奥尻島大津波)・皇太子・雅子さま御結婚・Jリーグ開幕・ドーハの悲劇・逸見政孝がガンで死去

 1994年(平成6年)30歳

 中華航空140便墜落事故・大江健三郎氏がノーベル文学賞・松本サリン事件発生

 1995年(平成7年)31歳

 阪神淡路大震災・福島国体開催・地下鉄サリン事件・八王子スーパー殺人事件・福島悪魔払い殺人事件

 1996年(平成8年)32歳

 豊浜トンネル崩落事故・羽生善治7冠・藤子F不二雄死去・O157猛威・ルーズソックス
 郡山市で男子高校生が女子高生を殺害し、母親が死体遺棄を幇助

 1997年(平成9年)33歳

 たまごっちブーム・神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔事件)・山一證券経営破たん・福田和子逮捕

 1998年(平成10年)34歳

 長野五輪・和歌山毒物カレー事件・黒澤明死去・タイタニックブーム・怪物松坂春夏連覇

 1999年(平成11年)35歳

玄倉川水難事故・地域振興券・ジャイアント馬場死去・石原都知事

 2000年(平成12年)36歳

 ミレニアム問題・シドニー五輪高橋尚子金メダル・小渕恵三死去・有珠山大噴火・世田谷一家殺害事件

 2001年(平成13年)37歳

 うつくしま未来博・附属池田小事件・アメリカ同時多発テロ事件・歌舞伎町ビル火災・明石花火大会歩道橋事故・武富士弘前支店強盗殺人放火事件

 2002年(平成14年)38歳

 日韓共催サッカーW杯・韓流ブーム(冬のソナタ)・住民基本台帳

 2003年(平成15年)39歳

 コロンビア号空中分解事故・鳥インフル発生・オレオレ詐欺横行・郵政民営化

 2004年(平成16年)40歳 

 スマトラ島沖地震・新潟中越地震・アテネ五輪メダルラッシュ

 2005年(平成17年)41歳

 JR福知山線脱線事故・愛地球博

 2006年(平成18年)42歳

 トリノ冬季オリンピック荒川静香金メダル・大雪による被害・ライブドアの堀江社長が証券取引法違反容疑で逮捕

 2007年(平成19年)43歳

 赤ちゃんポストの設置を認可・新潟県中越沖地震が発生・ZARDの坂井泉水死去
 会津若松市高校生による母親殺害事件

 2008年(平成20年)44歳

 秋葉原通り魔事件

 2009年(平成21年)45歳

 桜島が爆発的噴火・裁判員制度開始

 2010年(平成22年)46歳

 チリコピアポ鉱山落盤事故・はやぶさ地球帰還・高速道路無料化・猛暑で熱中症

 2011年(平成23年)47歳

 カンタベリー地震・東日本大震災・福島原発事故・計画停電

 2012年(平成24年)48歳

 笹子トンネル天井板落下事故・東京スカイツリー開業・山中伸弥がノーベル賞受賞

 2013年(平成25年)49歳

 東京スカイツリーからの本放送開始・富士山が世界文化遺産に登録

 2014年(平成26年)50歳

 マレーシア航空370便行方不明事件・韓国フェリー沈没事故

 参考 

 「戦後日本で起きた大惨事事故」

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-757c.html

 「日本で起きた平成の大惨事」

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-dade.html

 記事作成:7月5日(日)~

 追記(7/29)

 今回、このような記事を書いたところ、長崎県佐世保市で女子高校生が同級生を殺害し、遺体を解体する事件が発生した。動機は「人を殺してバラバラにしてみたかった」というもの。人命を何だと思っているのか。理解しがたい。
 このような猟奇的な事件は後を絶たない。我が福島県の会津若松市でも男子高校生が母親を殺害し、首を切断して警察に自首する事件(この高校生は保護観察処分)があったし、郡山市では高校生同士のカップルの間で殺人が行われ、母親が死体遺棄を幇助する事件が起きた。また、神戸で起きた中学生が小学生を殺害し、生首を校門に吊るした酒鬼薔薇聖斗事件も異常としか言いようがない。

 個性重視、価値観の多様化、人間関係構築の欠落が招いた凄惨な事件は、危険ドラッグの蔓延も重なり、ますます増える危惧を抱く。早急の対策が急務であることは明らかだ。

2014年7月28日 (月)

私が好きな番組テーマ曲(NHK編)

 加齢と共に「NHK」の番組を観ることが多くなってきた。若い時分は「連想ゲーム」と「レッツゴーヤング」しか見なかった私が、徐々にNHKの良さが分かるようになってきた。人生観を養い、人間の真価を悟って来たからだろうか。人間の本質を突くような鋭い描写やテーマ設定が自分好みに合うようになってきた。歴史や旅行、人生を描いたドキュメンタリー番組、人間の奥底にある深層心理や葛藤を取り上げた人間ドラマ、あるいは大河ドラマ、連続テレビ小説などジャンルは年々広がってきている。そこで、今日は、これまで私が観て来たNHKの秀逸した名番組の中から、特にお気に入りだったテーマ曲を取り上げたい。

 シルクロード 喜多郎

 どこか懐かしい、郷愁を誘うような曲調。幼少期、父と母、家族に囲まれて楽しく過ごした少年時代を思い出す。故郷の田園風景や山の稜線に沈む西日に茜色に染まる夕焼け空。さまざまな風景が胸に去来する。そんな日本の景色を彷彿させるスケールの大きな珠玉の一曲。

 映像の20世紀

 は1999年4月10日〜2000年3月25日にNHK教育で毎週土曜日に放送されていたテレビ番組。全国の放送局が視聴者に呼びかけて収集した地域の記録映像や証言をもとに、各都道府県単位で20世紀の歴史を見つめ、未来に向けて保存する番組。記念すべき第1回目は我が福島県だった。全50回放送された。

 NHK「世紀を越えて」

 1999年1月から2000年12月にかけてNHK スペシャル枠で放映されたドキュメンタリー番組。全45回の超大型シリーズ。オープニングでの戦争や爆破テロなどのクロスカッティング映像と共に流れる、アディエマスが手がけたテーマ曲「世紀を越えて / Beyond The Century」は、日本でアディエマスが広く知られるきっかけになった。ナレーションは松平定知アナウンサー。

 「その時歴史が動いた」エンディングテーマ

 壮大なスケールを感じる。歴史の重み、常しえに続く人間の営み、そして人生の悲哀。いろいろな交錯する。後半の盛り上がりは圧巻。この曲には人生の縮図を感じる。

 「新日本紀行」&「小さな旅」

 日本の春夏秋冬、四季折々の草花が咲き誇る長閑な原風景、そして各地で催される祭事、静かな田舎の港の景色、紅葉で埋め尽くされた美しい山々の神々しい姿。何人たりとも寄せ付けないそそり立つ切り立った崖に、荒れ狂う波しぶきが舞い上がる。足跡ひとつない新雪が埋め尽くした大平原。そんな日本特有の風景が目に浮かぶようなBGM。

 プロフェッショナル仕事の流儀

 現在、火曜日の22時から放送しているNHKの看板ドキュメンタリー。その人の仕事の流儀やこだわりに焦点を当て、ストーリータッチでその人の人となりや生き方を紹介する。何かに向かってひたむきに努力するその姿勢や頑張りがひしひしと伝わって来る。

 「坂の上の雲」 「Stand Alone」

 明治時代に起きた「日露戦争」。戦の道に突き進む時代の流れにあって、知られざる当時の軍人たちの葛藤やエピソードを描いた名作。本木雅弘の熱演に涙した方も多いことでしょう。命と向き合い、人間の本来あるべき姿を描き、浮き彫りにした。クライマックス部分は、深遠にして恒久、昇魂のイメージを掻き立てる。この歌は、日露戦争の戦場で若き命を散らした英霊たちに捧げるレクイエム(鎮魂歌」に思えて居たたまれない。

 「心に残るセリフ」はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=sGPnbt-oeMo

 他には「プロジェクトX~挑戦者たち~」の「ヘッドライト・テールライト」も大のお気に入りだった。この曲に関しては、過去、何度も当ブログで取り上げてきたため、今回は掲載を見送らせていただきました。

 記事作成:7月9日(木)

2014年7月26日 (土)

CMの彼女⑰

 このシリーズ記事も思いがけず長寿となった。始めた当初はよもやこれほど続くとは思わなかった。それだけ毎年、ニューフェイスが続々と登場しているという何よりの証明だ。然るに、今日お伝えする彼女は、これまで何度もCMに出演しているお茶の間での知名度も高いこの方です。

 三吉彩花のプロフィール

 1996年6月18日|ふたご座|埼玉出身|B型 現在18歳。

Miyoshi1 Miyoshi2

小学1年生で読者モデルに、小学3年生の時に原宿でスカウトされてアミューズに所属。2009年に川越市立武蔵野小学校を卒業ニコ☆プチの事務所オーディションに合格し、nicola2008年7月号別冊2008年ニコ☆プチ夏号に初登場する。2010年6月号のニコ☆プチにて、専属モデルを卒業した。2010年5月、『さくら学院』メンバーとして活動開始。2010年8月18日 、ミスセブンティーン2010に合格し、Seventeenの専属モデルになる。
2012年3月25日、「さくら学院」メンバーとして活動終了。
趣味はB型に多い韓国の研究、K-POP鑑賞。特技はダンス、歌。

 この通りカモシカのようにスラリと伸びた長い美脚。そして細身スタイルはやはりB型ならではだ。慎重171cm、体重49kg。他には下のCMにも出演した。

https://www.youtube.com/watch?v=EYuPbnBAppE

 このように彼女は新進気鋭にして、すでに何本ものCMに出演している売れっ子なのだ。それはやはりぴか一のルックスにある。どう見ても完全無欠の美少女。

 彼女を特に有名にしたCMと言えばやはりコチラ

 この「SEA BREEZE」は青春のほとばしる汗やスポーツシーンを描いて話題になった。かつては北乃きいや川島海荷も出演した。

<彼女が出演したCM>

  • 味の素 Cook-Do(2006年5月 - )
  • 住友生命保険 企業(2006年10月 - )
  • 三井不動産販売 三井のリハウス(2006年10月 - )
  • BANDAI ふしぎ星の☆ふたご姫(2006年 - )
    Yes!プリキュア5 ピンキーキャッチュ(2007年1月 - )
    キッズケータイpapipo!(2007年3月 - )Yes!プリキュア5 ドリームコレット(2007年3月 - )
  • JOHNSON グレート消臭パフパフ (2008年6月 - )
  • SUZUKI WAGON R(2009年3月 - )
  • 協和発酵キリン 企業(2009年4月 - )
  • ベネッセコーポレーション 進研ゼミ中学講座(2010年2月 - )
  • オリエンタルランド 東京ディズニーシー 「クリスマス・ウィッシュ」(2010年11月 - )
  • SUNTORY なっちゃんオレンジ(2011年2月 - )
    企業 「見上げてごらん夜の星を」 / 「上を向いて歩こう」(2011年4月 - )
  • NTTラーニングシステムズ大学受験倶楽部(2012年10月 - )
  • リクルートジョブズ タウンワーク(2013年2月 - )
  • 資生堂 シーブリーズ(2013年2月 -)
  • 森永製菓 ベイク(2013年3月 - )
  • すかいらーく ガスト 秋の食いしん坊フェア(2013年9月 - )
  • はるやま商事 フレッシャーズキャンペーン(2014年2月 - )
  •  ヤングアイドル「さくら学院」時代の彼女の映像はコチラ

      記事作成:7月6日(日)

    2014年7月24日 (木)

    追悼 大瀧詠一

     大瀧詠一は、私にとって山下達郎や佐野元春、浜田省吾と同列に位置する、大好きだった重鎮「男性ソロシンガー」だ。常に流行の最先端を走り、トレンディードラマの主題歌として何度も使われ、LIVE活動にも長年に渡って携わって来た。何を隠そう私は彼のベストアルバム「A LONG V・A・C・A・T・I・O・N」を持っていた。オシャレなマリンリゾート風のジャケットが、いかにも彼の奏でる「今風」のサウンドとマッチして、真夏の海が良く似い、聴いているだけでウェストコーストや南国の美しい海岸線の風景、あるいは潮の香りが漂うテラスでトロピカルジュースを傾けて静かに読書に勤しむといったシーンが浮かんでくる。それは私が高3から大学生の頃によく聴いていて、都会への憧れを強くした時期のことだった。

    Otaki1 Otaki2

     そんな彼の早すぎる訃報に接したのは昨年の暮れのことだった。河島英五や村下孝蔵、坂井泉水が急逝した時もショックだったが、人生に多大な影響を与えてくれたミュージシャンが天国へと旅立ったことに、失望にも似た居たたまれない感情がこみ上げたことを昨日のことのように覚えている。なのになぜ、今日まで追悼記事を掲載して来なかったかというと、彼はサザンやTUBEと同様、あまりにも夏がよく似合い、そうした夏を彩る数々のドラマチックな名曲を世に送り出してくれた功績を、冬に掲載してもイマイチピンと来ないため、夏まで大事に心の片隅にしまっておいたのだった。
     今日は満を持して、彼の遺した作品の中から名曲と呼ばれしサマーソングを紹介し、彼の功績を讃え、作品を私の記憶に深く刻み込むとともに永遠のものとしたい。まずは今更だが彼のプロフからどうぞ。

     <大瀧詠一>

    Otaki3 1948年、岩手県江刺郡梁川村生まれ。教師だった母子家庭で育った。1968年に早稲田大学第二文学部に入学。1970年「はっぴいえんど」というバンド名で、アルバム『はっぴいえんど』でデビュー。はっぴいえんど活動中の1971年にソロ活動を開始し、アルバム『大瀧詠一』(1972年)を発表。はっぴいえんど解散後はソロ活動に移行せず、当時のシンガーソングライターとしては異例であるCMソングの制作と、ごまのはえ、布谷文夫など若手のプロデュースを始める。
     1981年3月に『A LONG VACATION』を発表。当初は売り上げが低迷していたが、徐々にセールスを伸ばし、夏にはチャート2位を記録。「第23回日本レコード大賞・ベストアルバム賞」を受賞した。その後、太田裕美や小林旭、森進一などに楽曲を提供。
     1997年には12年ぶりとなる新曲『幸せな結末』を発表。月9ドラマ『ラブジェネレーション』の主題歌としてミリオンセラーを達成。
     2013年12月30日17時30分頃、東京都西多摩郡瑞穂町の自宅で家族と夕食後のデザートに林檎を食べている時に倒れ、救急搬送された。警視庁福生警察署などによると、家族は「林檎を食べていてのどに詰まらせた」と説明していたという。救急隊がかけつけた時は既に心肺停止状態であり、病院に搬送後19時頃に死亡が確認された。死因は解離性動脈瘤とされた。65歳没。血液型はAB

     では私が好きな曲をお送りしますが、リンクした「YouTube」映像は、予告なく削除されることがありますので、予めご了承願います。特に、大瀧詠一の楽曲は、版権が厳しく、削除される公算が高いと思われます。

     1 「君は天然色」

     イントロが最高。押し寄せて来る夏の気配に胸が躍り、ひと夏の経験を予感させてくれる。眩しい日差しの中で、真夏の砂浜を水着の上にTシャツを羽織った若い女性が歩いている絵が浮かんでくる。波がしらをキレキレのサーフィンテクで踊るようにボードを滑らせるサーファーの姿やエメラルドブルーの水平線と優雅に飛び交う鷗。そんな風景が浮かんでくる。

     2 「恋するカレン」

     1981年6月21日に発売された大瀧詠一通算8作目のシングル。これもベストアルバム「A LONG VAVATION」に収録された珠玉の一曲。

     3 「バチェラーガール」(稲垣潤一へ楽曲提供)

     1985年7月1日発売 横浜ゴム「インテック」のCMソング。私が1990年代、一番よく聴いていたシンガーがハウンドドッグと稲垣潤一で、これは稲垣潤一に提供した楽曲だった。 

     4 「幸せな結末」

    https://www.youtube.com/watch?v=HOSmr1bzHuQ

    https://www.youtube.com/watch?v=XVbgH_N6yjk

     1997年、活動停止から実に12年ぶりとなる新曲『幸せな結末』を発表。木村拓哉と松たか子が競演した月9ドラマ『ラブジェネレーション』の主題歌としてミリオンセラーを達成。

     私が好きなカラオケ映像はコチラ

    https://www.youtube.com/watch?v=M9tOMsl5ULg

     5 「風立ちぬ」

     この曲は1981年10月にリリースされた松田聖子の7枚目のシングルである。堀辰夫の同名の小説やジブリにもあるが、私の中では彼が手掛けた名曲のひとつに位置する。失恋した女の子の強がった心情を情緒たっぷりに描いた。「風立ちぬ」は秋の季語。当然、この曲は夏ではなく、深まりゆく秋に聴きたい曲。ご本人が歌うのは珍しく、貴重な音源。初のオリコン1位獲得曲となった。グリコ・ポッキーCM曲でもある。

     6 「恋するふたり」

     2003年5月21日に発売された大瀧詠一通算15作目のシングル。フジテレビ系ドラマ『東京ラブ・シネマ』の主題歌として制作された、約6年ぶりの新曲。

     他には「スピーチ・バルーン」や「ペパーミント・ブルー」、「さらばシべリア鉄道(太田裕美へ提供)」、「ハートじかけのオレンジ」、「冬のリヴィエラ(森進一へ提供)」も好きな曲だった。

     彼の声は良く通り、喫茶店のBGMで流れても耳に心地よかった。どことなく松岡直也の「ハートカクテル」と並び、若者が憧れるデートのシチュエーションや恋愛場面を想像させる作風が多かった。オシャレで時代の流行を先取りしている構図が作品に散りばめられていた。

     最後に、彼の魅力をメドレーで紹介した動画をご覧いただき、結びとしたい。

    https://www.youtube.com/watch?v=hp7hslAeuCA

    https://www.youtube.com/watch?v=1XXHlvilb0A

     記事作成:6月29日(日)

    2014年7月23日 (水)

    自ら命を絶ったアナウンサー

     アナウンサーはマスメディアを代表する花形職業だ。独特な緊張感の中、衆人環視の下で仕事にあたる任務を背負う運命。テレビの視聴者がその仕事ぶりを随時目撃し、その発言や言動には時として批判を浴びることも多々あるし、私生活も、タレントと同様、常に一般人の興味が注がれる始末。街を歩けば、断りもなく写メを撮られ、握手やサインをせがまれる。まったく、プライベートなどあったもんじゃない。
     しかも、睡眠時間が不規則で、ストレスが溜まりやすい職業とも言える。そんな超多忙を極めるアナウンサーという職業で、図らずも自ら命を絶ってしまった方も決して少なくない。そのアナウンサー自身が人気があり、著名であればあるほどその訃報は衝撃を伴う。
     今日は、ご本人の名誉やその家族にかかわるデリケートな話題に触れることになるが、決して誹謗中傷ではなく、彼ら(彼女たち)が活躍した同じ時代を生きた者として、彼らの生きた証を刻みたいという趣旨から掲載することを決意した。その点をご了承いただければ幸いです。

     1 松宮一彦

     久米宏と共にTBSの看板アナだった。昭和50年代の超人気番組「ザ・ベストテン」では追っかけ生中継を担当。お茶の間の人気者になった。

     1999年9月27日没

      私は中高生時代に、「ザ・ベストテン」は欠かさずに毎週見ていた番組だった。これを観ないと、翌日のクラスでの話題についていけなかったほど人気があった。久米宏と黒柳徹子の絶妙な司会に加え、毎回ランキング上位者が生出演する。もしスケジュールが合わず、赤坂のスタジオに来れない場合は、中継車を出し、それがコンサート会場であろうが、移動中の新幹線の駅であろうが、どこでもお構いなしに追っかけて生中継を行う凄技だった。その名物追っかけレポーターとして活躍し、有名となったのが彼だった。私は彼が自ら命を絶ったと知ったのは、だいぶ後になってからで、残念でならなかった。プライベートに関することが動機らしいが、テレビやラジオでの露出度が高く、人気アナだっただけにもったいない気がした。よほどの苦渋があったのだろう。謹んでご冥福をお祈りしたい。

     2 向坂松彦

      早稲田大学を卒業し、1956年にNHKに入局。同期に山川静夫、松川洋右がいる。
     1962年春場所から大相撲の実況担当アナウンサーとなる。大相撲に限らず、競馬など幅広い種目のスポーツ中継の実況を担当した。
     1964年東京、1972年冬季札幌、1976年のモントリオールの各オリンピックでも実況を担当。特にモントリオールオリンピックの体操で金メダルを獲得した、ルーマニアのナディア・コマネチを、“白い妖精”と実況し、彼女のキャッチフレーズとなった。
     大相撲では、1981年初場所の千代の富士初優勝や、1990年春場所の千代の富士1000勝達成など、数多くの名勝負の実況を担当した。定年後は相撲ジャーナリストとして活躍した。フジテレビアナウンサーの向坂樹興は甥に当たり、NHK退職後は「日本大相撲トーナメント」中継での共演も見られた。
     NHK退職後にはフジテレビの『めざましテレビ』などで、大相撲関係のコメンテーターとして出演していたこともある。
     2000年11月8日、横浜市の自宅で左手首を切り自殺。66歳没。

    https://www.youtube.com/watch?v=7NGeerNX4Ps

     3 米森(鈴木)麻美

     上智大学を卒業し、1989年日本テレビ入社。日本テレビの人気女子アナの一人で、永井美奈子、薮本雅子と共に業界初の女子アナユニット「DORA」を結成。血液型はAB。2001年9月16日没。第一子となる長男出産の約3週間後に急逝。34歳没。

    https://www.youtube.com/watch?v=-k-yJQdx--0

     4 鈴木(大杉)君枝

     日本テレビの女子アナ。2007年2月2日没。血液型はAB

     東京都杉並区出身。姉はジャズシンガーの鈴木陽子。光塩女子学院高等科出身。立教大学社会学部卒業後、1987年に日本テレビに入社。
     1997年11月に不動産業を経営している男性と結婚したが、2002年2月に離婚。2003年8月に広告代理店電通に勤務する10歳年下の男性と再婚。仕事でも夫の姓である「大杉」姓に変更。不妊治療の末、2006年10月に43歳で第1子となる男児を出産。
     育児休業中の2007年2月2日、東京都渋谷区の自宅マンションから転落死。遺書らしきものが残されており自殺と見られる。出産後に全身の疼痛を伴う原因不明の病気である線維筋痛症を発症し治療を受けていた。

     自殺現場となったマンション https://www.youtube.com/watch?v=113nNJVvrL4

     5 川田亜子

     元TBSの女子アナ。2008年5月25日没。車内での練炭による一酸化炭素中毒死。
     石川県金沢市生まれ。2002年3月 白百合女子大学文学部卒業。2002年4月1日 TBSにアナウンサーとして入社。
     2008年5月7日から、オフィシャルブログに悩みを書き込むようになり、閲覧していたファンや関係者の間から心配する声があがった。5月12日には「私は悪魔になった」といった内容が書かれたが、この日の日記は数日後に削除された。日記の内容の問題は、週刊誌などの誌面でも度々取り上げられた。
     5月18日 「がっちりマンデー!!」ではいつもどおりリポートしていたが、フリーアナ転身後は不定期出演となっていた。この日のリポートが同番組での最後の出演となった。5月24日 「サタデースクランブル」とその後にMCを務めたトークショーでは、元気がなかったものの問題なく進行した。これが最後の公の姿となった。
     5月26日午前6時15分頃、東京都港区海岸の路上に駐車してあった車内で倒れていたところを発見され、警視庁三田警察署により死亡が確認された。車内から家族に宛てた遺書と練炭が発見されたことから、自殺と見られている。没年齢29歳4ヶ月。

     6 山本真純

      東京都杉並区出身。日本テレビ女子アナ。 010年7月27日没。仙台市青葉区広瀬町の高層マンションから飛び降り自殺したとみられる。学習院大学理学部化学科卒業。学生時代は放送研究部に所属。
     2009年3月4日、趣味のスクーバダイビングを通じて知り合ったマリンスポーツインストラクターの男性(当時32歳)と同年3月3日のひな祭りに結婚したことが日本テレビより発表された。2010年年明け頃より産休・育休に入り、2010年2月に第1子(長男)を出産。
     育児休暇中の2010年7月27日、宮城県仙台市青葉区内のマンション前で倒れているところを発見され、死亡が確認された。34歳没。山本の兄がフジテレビ系『情報プレゼンター とくダネ!』の取材に応え、2010年4月(一部報道では5月)ごろよりうつ病(いわゆる、産後うつ)の診断を受け治療を行っていた事実を告白した。事故現場となった仙台のマンションは実家の別荘で祖父に長男を対面させる旅行中の出来事であった。

     自殺現場となったマンション https://www.youtube.com/watch?v=uTc47E48x5k

     7 塚越孝

     フジテレビアナウンサー。なんとフジテレビ内の男子トイレ個室で首つり自殺。2012年6月26日没。
     神奈川県川崎市中原区出身。川崎市立橘高等学校を経て、日本大学藝術学部放送学科卒業。1977年、ニッポン放送入社。
     2006年4月、ニッポン放送再編に伴い、フジテレビジョン編成制作局アナウンス室に転籍、同年アナウンス室専任部長に就任。この再編はライブドアによる買収騒動が発端となっており、イベント等の自己紹介において「ライブドア問題で移籍した」ことを話すのが恒例になっていた。2012年6月26日、フジテレビ内の男子トイレ個室で首吊り自殺。57歳没。

    訃報を伝える番組 https://www.youtube.com/watch?v=66OFmiHU50Q

     上記以外でも、自殺ではないが、我が福島県の民放ラジオ局に勤めていた奈良県出身の現役女性アナウンサーだった広瀬真弓さんが元交際相手に自宅アパートで殺害されるという悲劇が起きている。どこで運命の歯車が狂うかわからないご時世である。

     

     さて、今日の記事は謹んでご冥福をお祈りしつつ、襟を正して執筆したつもりだ。それぞれ理由は様々あると思うが、自ら命を絶つ覚悟を持ってそれを自らが決行したからには、それ相応の深い悩みや苦しみがあって然るべきだ。しかしながら、人生一度きり、死をもって清算すべき理由とは計り知れないが、周囲に打ち明けてそれを軽減する術はなかったのだろうか。人知れず孤独の中でもがいていた心中を察すると余りある。それがアナウンサーという逃げられない職業だったからなのだろうか。真相は本人のみぞ知ることだが、個人的見解を述べれば、優秀な人材を失ったことに対して痛恨の極みである。

     記事作成:6月28日(土)

     

    2014年7月22日 (火)

    最高のプロポーズ大作戦Ver.2

     7月4日付で公開した「最高のプロポーズ大作戦」。思いのほか大反響があり、アクセスが殺到した。これを受けて、調子に乗りやすい私が、凝りもせずに続編とも呼ぶべき第二弾を考えてみた。続々と動画サイトに同様の企画プロポーズがアップされている昨今、よほどこの映画のひとコマのような、記憶に残る最高のプロポーズを演出したがる若いカップルが増えていると見える。さて、今日はどんなサプライズ、あるいは感動を呼ぶ演出が見られるだろうか。乞うご期待。

     1 映画館でサプライズプロポーズ

     映画館を貸し切ってニセの試写会を開催!!何も知らない彼女は突然スクリーンに映し出­された彼氏を見てビックリ!!サプライズプロポーズの一部始終です!!誰もが羨むようなシチュエーション。

     2 カフェレストランでのサプライズプロポーズ

     親友たちが心底2人の結婚を待ち望んでいたことが見て取れる。温かいし、良い友達を持ったと羨ましくさえ感じる。彼女の大泣きは一生素敵な想い出として刻み込まれるに違いない。双子の弟さんもいい人すぎ。周囲の祝福と感動の涙の嵐。BGMの選曲も涙を誘う。すべてが完璧の演出。末永くお幸せに。

     3 プラネタリウムで感動のサプライズプロポーズ

     プラネタリウムデートだと思っていた彼女。満天の空の下、大切な人に想いを伝えたいというアナウンスの後、天井に輝く満天の星空の下、ロマンチックムードたっぷりの状況にあって、友人たちからの思いがけぬメッセージ映像が流れ、感激はより一層盛り上がる。彼がどれだけ彼女を想い、時間をかけて念入りに練られたサプライズだと理解できる。

     4 BOVA NEW BALANCE 「プロポーズ大作戦」   

     2013年冬。何も知らない彼女は、映画館に呼び出される・・・ 
    ランニングプロポーズ大作戦。リアルです。思いもよらない彼のスクリーン登場。彼女の元へ必死で駆けていく映像は、彼女の心を打つに違いない。

     5 チャペルでのプロポーズ

     目隠ししたまま、手を引かれてたどり着いた先は教会。覆いをとると、そこには見慣れた友人たちの温かなまなざし。そんな中、彼からの心のこもったメッセージが読み上げられる。 人目を憚らず大泣きする彼女の声がチャペル中に鳴り響き、彼女がどれほど感激し嬉しかったかを慮ることができる。このサプライズを成功させるために、彼の友人や仲間が一堂に会し、ダンスを踊って盛り上げてくれた。彼女にとっては最高の幸せのひととだったに違いない。

    https://www.youtube.com/watch?v=nGWsTwm3zDg

     6 フラッシュモブ風プロポーズ

     山口県防府市のショッピングモールで行われていたブライダルフェアに立ち寄ったおふた­り。しばらくすると、彼はトイレに行くと言い席を立ち去りました。すると、突然ひとりのダンサーが現れ踊り始めます。これもブライダルフェアかイオンタウン主催のイベントだと思う彼女。しかし、ダンスを踊る人は少しずつ増えていきます。
    「なんなんだろう?」
    彼女がそう思っていると、彼女の友人も登場!!
    そして、突如敷かれたレッドカーペットの向こう側には彼が!!
    ようやく状況が把握できた彼女は感極まって涙...。

     ダンスに参加していたメンバーから「青い花」を受け取りながら近付いてくる彼。そして「青い花束」を手にした彼は彼女の前に。『出逢った日から今日までの間、楽しかったこと、辛かったこと、いろいろなことがあっ­たけど、これから先の永遠のパートナーとして僕を幸せに出来るのは千穂しかいないと思­いました。そして千穂を幸せに出来るのは僕しかいないと思います。千穂を世界一の幸せ­者にします。結婚してください。OKであれば、その花束の中の一輪の花を僕の胸ポケッ­トに入れてください。』
    そして彼女は一輪の花を彼の胸ポケットへ!
    すると、彼からエンゲージリングが彼女の薬指へ!!プロポーズは大成功!!!
    そのまま、その場にいた全員で集合写真を撮影。

    撮影が終わると、おふたりと友人を残し、参加者は人ごみの中へ...フラッシュモブ、彼女の友人、彼の友人、サムシングブルーの「青い花」、ブーケ・ブー­トニア伝説、エンゲージリング...。全てがサプライズで、全てが大成功でした!!(YouTubeの概要解説より)

     7 「アイのうた5」発売記念企画 サプライズプロポーズ

    https://www.youtube.com/watch?v=VRu0rEbEsM0

     彼女へプロポーズをしたいという彼の熱い想いを受けて、今回振付を担当してもらった友­人であるダンサーの協力や、沢山の共通の友人を巻き込んでのサプライズプロポーズ大作­戦☆事前に行ったダンス練習などの映像や、本人コメントも合わせて、一人ではできない感動­的な演出を企画実施しました! 
    "アイのうた"がお手伝いした"想いを伝える1日&q­uot;をご覧ください。

     彼女の「なんで~」を連発するシーンに、信じられない現実が目の前で起きていることを物語る。たぶん夢か現実の区別も難しい状況下で、文字通り「夢心地」だったのかもしれない。

     8 フラッシュモブでプロポーズ「Marry You」

     11月24日(日)心斎橋にて行われました!!!

    今回のフラッシュモブはエンターテイナーと一般の方達みんなの力を合わせて行ったプロポーズモブです。

    世界でただ1人の特別な笑顔がみたいから...
    愛する人にとって一生忘れられない想い出にしたい
    そう心に誓う男性を応援するために集まった
    みんなでのぞんだサプライズ。サプライズ慣れ(?)している彼女さんに気付かれないようにするためプロポーズモブの前半は疑似カップルのプロポーズモブに遭遇したという
    演出にしています。

     9 STORY3 距離と時間を飛び越えて結ばれる二人

    別々の街に暮らす恋人。
    お互いのことを想っていても、二人の日々は平行線のまま交わることもない。
    距離と時間に試された二人は、逢いたい気持ちを日々募らせていく。
    日々溢れる想いを伝えに、逢いたい人に会いに行く。
    一緒に過ごす時間が過ぎるのは早く、また別々の日々が近づいてくる。
    距離と時間に試された二人の、かけがえのない時間。
    様々な"アイのカタチ"を映し出したドキュメンタリーショートム­ービー。

     

    10  STORY2 初めて彼女の街で過ごす二人

    別々の街に暮らす恋人。
    お互いのことを想っていても、二人の日々は平行線のまま交わることもない。
    距離と時間に試された二人は、逢いたい気持ちを日々募らせていく。
    日々溢れる想いを伝えに、逢いたい人に会いに行く。
    一緒に過ごす時間が過ぎるのは早く、また別々の日々が近づいてくる。
    距離と時間に試された二人の、かけがえのない時間。
    様々な"アイのカタチ"を映し出したドキュメンタリーショートム­ービー。

     さて、今日は10作品を紹介しましたが、いかがでしたか?羨ましいと感じましたか?自分もこのように手の込んだ彼からプロポーズをして貰いたいと思いましたか?ドラマチック演出の大切なのはお互いの気持ちだと思う。二人の想いが高まって、同じ時間を共有し、同じ生活を営み、ふたりの愛の結晶を育み、一生を共にする。良い出来事ばかりではなく、辛いこと苦しいことも一緒に乗り越える

     記事作成:7月4日(金)~7日(月)

    2014年7月21日 (月)

    とにかく貴重な映像集 Part14 ~有名人妻のアイドル時代~

      今は有名人と結婚し、芸能界を引退したり、活動休止している方で、かつては一世を風靡したアイドル歌手やタレント、モデルだった方がいる。今日はそういう方を懐かしい映像を添えてお送りしたい。では早速どうぞ!

     薬丸裕英の奥さん(アイドル歌手・石川秀美)

     ミニスカートから覗く健康的な美脚が魅力で一世を風靡したアイドル。同世代に早見優、堀ちえみ、松本伊代、小泉今日子、中森明菜らがいて、全員A級アイドルだった。私は「ゆれて湘南」が好きだった。

     芸人ヒロミの奥さん(アイドル歌手・松本伊代)

     田原俊彦の妹としてデビューした。デビュー曲「センチメンタルジャーニー」は今で言う「メイド」のような衣装で色白でやや病弱そうな細さがチャームポイントだった。「♪伊代はまだ16だから~」という歌詞は伝説。

     俳優・渡辺徹の奥さん(アイドル歌手・榊原郁恵)

     私が中2に頃に大好きだったアイドル。弾けるような笑顔と健康的なぽっちゃり体型が魅力。実姉が郁恵ちゃんに似ていた。郡山の今は無き「市民会館」で行われたNHKのど自慢の公開録音にゲスト出演した時に、彼女を見て、そのまま郡山駅まで友人と移動。構内のプラットホームにて待ち伏せして、帰郷するために現れた彼女に直筆でサインしてもらった。

     ネプチューン名倉潤の奥さん(元おニャン子クラブ・渡辺満里奈)

     1985年に放送が始まったフジテレビ「夕やけニャンニャン」。その番組から誕生したのが「おニャン子クラブ」だった。公開オーディション「アイドルをさがせ!」のコーナーで、視聴者の面前でアイドルが誕生し、そのままメンバー入り。彼女はタップダンスを披露し、誰が見ても合格するだけの可愛らしさと個性・アイドルとしての素質を備えていた。

     SMAP木村拓哉の奥さん(元おニャン子クラブ・工藤静香)

     彼女はおニャン子メンバーの中でも異質で、ケバくて大人っぽい存在だった。彼女もB型の特徴そのままで細身。「後ろ髪ひかれ隊」という3人組ユニットからソロデビュー。個性的な楽曲が多かった。同じB型の後藤次利がプロデュースを手掛けた。まさか木村拓哉と電撃結婚するとは思わなかった筈だ。

     三浦知良の奥さん(女優・設楽りさ子)

     彼女はどちらかと言えば、女優というよりマルチタレントという印象が強い。特にCMやグラビアで活躍したモデルっぽい存在。

     中山雅史の奥さん(女優・生田智子)

     生田智子は、ゴンと結婚する前にはトレンディ女優だった。長身でスタイルの良い女性だった。

     和田毅の奥さん(仲根かすみ)

     彼女は清楚にしておしとやか、おっとり風でいながら、一方ではグラマラスなボディを披露し、グラビアアイドルとして世の男性を魅了した。個人的には「恋するハニカミ」に彼女が陣内智則と出演した時に、新幹線ホームで別れ際、号泣していたのを見て、その純情さに惚れてしまうほどだった。元ソフトバンクエースで現在はメジャーリーガーの和田毅と結婚し、芸能界から身を引いた。

     今回は、これで閉じるが、ほかにも関口宏の奥さん(西田佐知子)、これまで何度か当ブログで取り上げた秋元康の奥さん(元おニャン子クラブ・高井麻巳子)、野口五郎の奥さん(三井ゆり)も今日のテーマに合致する方たちだ。どうです?意外でしたか?彼女たちがアイドルとして輝いていた懐かしい映像でした。

     記事作成:平成26年4月~6月28日(土)

    2014年7月19日 (土)

    80年代を彩ったB級アイドルユニット

     このタイトルも大変失礼だが、誤解が無いようにしたい。時代を築いたアイドル系のユニット、つまりかつてはグループと呼ばれた方々を取り上げるのが今回の主要テーマ。70年代は、紛れもなくキャンディーズとピンクレディーが時代をリードした。80年代はグループは少なくなったが、中盤以降に登場した多人数グループの草分け「おニャン子クラブ」と後期に彗星のごとく現れた「WINK」がその代表格だった。
     90年代初頭から中盤にかけては、小室哲哉が率いる「エーベックス」の実力派シンガーや「Trf」や「MAX」「Zoo」のようなダンスユニット、更には本格的なバンドブームが沸き起こり、音楽界を席巻したため、アイドルは不毛に追いやられたのは周知のところだろう。
     その後、90年代後半に登場したのは、ご存知「つんく♂」率いる「モーニング娘。」で、今世紀に入ると、華々しい活躍を見せているのが秋元康プロデュースの「AKB48」とその姉妹ユニットたち(SDN、MNB、HKT、SKE、JKTなど)。加えて美少女揃いの「乃木坂46」。「Perfume」や「桃色クローバーZ」もA級。ついでに託ければ、外国勢では「少女時代」、「KARA」、それに「ティアラ」がその代表だ。
     それで、今回取り上げるのは、80年代に、一時期華々しく活躍し、ヒット曲も持ってはいるが、国民が認知しているような「スーパーアイドルユニット」まではいかなかったグループや短命で終わってしまったユニットをB級と呼ぶことにした。すでに解散していて、人々の記憶から消えてしまっているかもしれない。したがって、彼女たちの活躍を、もう一度呼び起こして懐かしんでみたいというのが今回の記事の本旨だ。
     それでもファンだった方は、「B級」と聞くと憤慨するかもしれない。前述の通りの位置づけで今回の記事を進めることを予めご了承いただけたら幸いです。

     1 Babe

     もしかすると彼女たちは、ベストテンにもランキングしているし、知名度が高く、A級アイドルユニットと認識しているかもしれない。しかし、活動時期が短く、あえてここに含めてしまった。
     ダンスを踊りながら歌うスタイルで、色白で奔放な性格の近藤智子と、色黒で控えめな性格 の二階堂ゆかりというキャラクターの組み合わせであった。洋楽のカバーを多数リリースして ヒットしたことでも知られた。
     1987年、「I Don't Know!」で、第29回日本レコード大賞新人賞、第14回FNS歌謡祭最優秀新人賞、銀座音楽祭最優秀新人賞、全日本歌謡音楽祭新人奨励賞、輝け! 第18回日本歌謡大賞放送音楽新人賞を獲得。1990年二階堂の妊娠・結婚により解散。私の兄貴がファンだったため、彼女たちのシングルCDが数枚あった。

     2 Mi-ke

     Mi-Ke(ミケ)は、宇徳敬子、村上遙、渡辺真美の3人のB.B.クイーンズの音楽コーラス隊 であり、後にアイドルグループとしてデビューした。アイドルグループとしては、1991年にデビュー。振り付けを意識した当時のアイドルグループの形態をとりながらも、アルバムごとにテーマを定めたリバイバル・カバープロジェクトであった。グループ名の由来は当時ヒットした「たま」をもじり、メンバー3名の個性を活かして三毛猫から取っており、白が宇徳、茶色が村上、黒が渡辺というように色が分けられていた。
     ビーイングのサウンド、アレンジ、パロディを含めたプロデュースが光り、日本レコード大賞、日本有線大賞、全日本有線放送大賞(現・ベストヒット歌謡大賞)、日本ゴールドディスク大賞と各音楽賞の最優秀新人賞を総ナメにし、『第42回NHK紅白歌合戦』(「想い出の九十九里浜」)にも出場。

     3 アイドル夢工場

    https://www.youtube.com/watch?v=Zj0TJQrxp78

     1987年にフジサンケイグループが開催したイベント『コミュニケーションカーニバル 夢 工場'87』のメディアミックス展開に関連するものである。
     1987年7月にポニーキャニオンより発売された『コミュニケーションカーニバル 夢工場'87』のイメージソングだった『アドベンチャー・ドリーム』でデビューした、7人組のアイドルグループ。メンバーはいずれも1987年のミスマガジンの準グランプリ、各賞入賞者から成っている。アイドル夢工場としての曲は『アドベンチャー・ドリーム』一曲で終わっている。なおオリコンチャート初登場8位を記録した。特に「夕やけニャンニャン」の番組の中で、アイドル夢工場の「アドベンチャー・ドリーム」のPVが流されることが多かった。私はメンバーの中では古風な顔立ちでおっとり系美少女の桜川佳世がお気に入りだった。

     4 少女隊

     1983年にオーディションでミホ、レイコ、チーコの3人が選ばれ、結成された。翌年の1984年8月28日にシングル「FOREVER〜ギンガムチェックstory〜」、アルバム『少女隊Phoon』、12インチシングル「ESCAPE」、ビデオ『少女隊Phoon』を同時にリリースしてデビューする。そのプロモーションには総額30億円(一般的には40億円)をかけたとも言われた。キャッチコピーは「胸騒ぎ、ザワ、ザワ、ザワ」。
     デビュー1周年の1985年8月、メンバーの一人であるチーコが椎間板ヘルニアにより脱退し、新メンバー・トモが加入した。

     5 ラジオっ娘

     1981年末頃から「ラジオっ娘」(ラジオっこ)のグループ名でニッポン放送のDJとして 活動。3枚目シングル発売後、ラジオレギュラー番組内にて視聴者による電話投票により 「Lady oh!」のグループ名が付けられた。メンバーは3人で、いかにもB型の典型だった水島かおり、秋田県出身で俳優の古田新太と結婚した西端やよい、大学卒業後にニッポン放送アナウンサーになった高橋めぐみがいた。
     特に深夜放送「オールナイトニッポン」では中高生リスナーからの性に関する過激な悩み相談を受け付けていた。かなり濃厚で赤裸々な告白に、当時は聴視率は高かった。

     6 きゃんきゃん

    https://www.youtube.com/watch?v=Nys8fci59uw

     こちらもキャンディーズを意識したような超ミニスカートで歌い踊ったアイドルユニット。デビュー当初、『きゃんきゃん』のメインは桜井直美だったが、全く売れなかった。そこで、 ミスコンのグランプリ獲得経験もある美形の山本博美をメインに変更した。これに伴い、 グループ名の表記もカタカナの『キャンキャン』から、ひらがなの『きゃんきゃん』に変更。唐沢美香(O型)、山本博美(A型)、桜井直美(A型)の3人組。なお、ピンクレディーのMeに似て超美形でスタイル抜群だった山本博美は、現在の京本政樹夫人である。

     7 スターボー

     1982年から1984年にかけて活動した女性3人組アイドルグループ。所属 事務所は研音、所属レコード会社はポリドール。 「スターボー」とは星の虹(レインボーから の造語)という意味で「星の架け橋」という意味が込められているとされている近未来的なダンスや衣裳で活躍した。全員がショートカットでもみあげを斜めに刈り上げたテクノカット風。ややコンセプトに無理があった。

     8 セイントフォー

     昔のモモクロのイメージが強いグループ。運動量が半端じゃなく、常に歌の最中、激しく動き回っていた。どちらかと言うとアクロバティックな振り付けが売りだった。
     1982年「あなたもスターに!」というプロダクションのダイレクトメールに応募して、約3万人の中から選ばれた4人。 デビュー当初は板谷・浜田・鈴木・岩間(立ち位置順)で構成され、後に板谷に替わっていわお潤が加入した。曲間にバック宙をするなど、アクロバティックなパフォーマンスが話題になった。セイントフォー解散後、浜田範子・鈴木幸恵はロック系ボーカルデュオ「ピンクジャガー」 として再デビュー。

     9 寄せ鍋トリオ



     欽ちゃんの番組「欽ドン良い子悪い子ふつうの子」の中から生まれた女性のグループ。生田悦子、松居直美、小柳の3人で結成。イモ欽トリオの女性版。パロディソング調の「大きな恋の物語」はヒットした。

    10 ソフトクリーム

    https://www.youtube.com/watch?v=xib89HKomnw

     遠藤由美子、天野千英、大塚真美の3人で結成された音楽グループ(途中で天野千英が脱退し、大橋直美が入る)。
    1982年12月5日にシングル「熱帯魚のタキシード」でデビューする。「ソフトクリーム」というグループ名になったきっかけは、デビュー曲の作詞者だった島武実の「食べ物の名前にしたら売れるかな」という一言からだったという。
    2枚目のシングル「すっぱい失敗」以降は作詞:森雪之丞、作編曲:後藤次利コンビで楽曲が作られた。詞の中身は「ちょっとHな意味を含んだアブナいもの」で、曲の構成やアレンジが従来のアイドル歌謡とは大きく異なっていたため、後のおニャン子クラブのプロトタイプとも言われたこともあった。リードボーカルは遠藤由美子。グループ活動中と並行してソロ活動も行うことがあった。

     特に80年代はアイドル全盛で、明日のスターを夢見て数多くのグループやユニットがデビューした。私が高校生だった頃にブラウン管を賑わしていた面々だ。
     残念ながら、解散や引退で、現在もバリバリ芸能界で活躍している方はほとんどいない。ほんの一時期だけでも彼女たちは、光り輝き、精いっぱい若さを爆発させ、自己表現していた。今は青春時代の想い出の1ページになってしまったが、芸能界で輝いたことを私は忘れたくなくて、想い出がてら今回取り上げてみた次第だ。

     最後に、終わりまでお付き合いいただいた方に貴重映像をお送りします。これは正規のユニットではなく、「レッツゴーヤング」内で組まれたもの。倉田まり子、佐藤恵利、越美晴の3人が番組内で様々なヒット曲を熱唱した。

     記事作成:平成25年10月13日(日)~平成26年6月28日(土)

    2014年7月15日 (火)

    CMの彼女⑯

     俳優や女優は仕事を選べないようで、若い女性があまり出演したくないCMがこの「痔」のものかも。女性用の下着や生理用品なども、あまり男性としては目に触れないものだが、最近はオシャレな使いやすいグッズをCMで大々的にPRしている。そんな中、「ボラギノール」がある意味革命的に「痔」の特効薬としてTVCMに登場して久しい。しかも若手女性タレントを起用し、痔は決して蓋をしなければならない恥ずかしい病気ではなく、特に便秘に悩む女性も多くいることから、できるだけ明るい作品に仕上げる傾向になって来た。そこで、今回は、このCMに起用された可愛い女子タレントを取り上げたい。

     「福吉真璃奈」のプロフィール

    Fukuyoshi2Fukuyoshi1

    生年月日:1995.09.08(現在19歳)
    出身地:兵庫県
    血液型:AB 型 星座:おとめ座
    身長:169cm
    所属:ティートライブ・エンターテインメント

      公式プロフィールはコチラ

     http://t-tribe.co.jp/actress/fukuyoshi.html

      では、私が気に入っているCM作品をどうぞ

     女子大生役だが、いかにも女子大生にいそうな雰囲気をうまく出している。艶やかなロングの黒髪は私好み。 

     「痔」の薬と言えば、私のような世代だと「ヒサヤ大黒堂」を思い浮かべる。新聞の広告によくお馴染みの会長さんが、お悩み相談のような図柄で、アドバイスしている写真入りのもので、決め台詞が「誰にも知られぬようにこっそりお送りします」という文言までついていた。これが「痔」のイメージを悪くしていた感がありあり。それをこの武田薬品のTVCMが打破したと言って良い。

      記事作成:6月22日(日)

    2014年7月12日 (土)

    奇跡の復興ソング-未来へつなぐメッセージ-

     福島県は震災から3年4か月が経過したというのに、未だ復興は道半ば。全国の方々の温かい励ましに、折れそうな心を何度も奮起しながらここまでやって来た。農産業は風評被害の影響で、全盛期には程遠い状況。水産業はさらに厳しい状況に置かれている。福島第一原発の事故は、私たちの暮らしを大きく変えてしまった。それでも私たち福島県民は負けない。たとえ何年かかろうが、絶対に元の緑豊かな大地を復活させてみせると心に誓う。全世界の人々に、福島は安全な土地であることを理解してもらうまで。

     さて、今日は、これまで当ブログで幾度となくお送りして来た復興に関わる記事にあって、この6月初旬に地元のテレビ局で放送された、或る一流有名女性シンガーと地元合唱団とのコラボデュエットに至る一部始終についてお送りしたい。題して「未来へつなぐプロジェクト~音楽のちから~」。涙無くしては見られない感動を呼ぶ一大プロジェクトである。

     「未来へつなぐメッセージ」(未来を担う子どもたち featuring May J.)   

     子供たちの驚きと喜びようは計り知れない。まさか私たちのために今をときめく名シンガーの「May.J」が・・・。そんな雰囲気が漂う、幸福と感激をもたらすサプライズの瞬間映像です。

     May.Jとの奇跡のコラボが実現に至るまでの経緯を紹介したメイキング映像はコチラ

     

     完成したMVはコチラ

     震災の体験を直に記し綴った感動的な歌詞です。

     「未来へつなぐメッセージ」

     あの日ヒカリが闇に消えるのを見たんです
     全て飲み込んでしまいそうな夜を 見上げたら
     綺麗な星が みんなも同じ空どこかで見てるかなって
     涙があふれた

     誰だって強くはないよ 一人きりじゃ笑えないよ
     当たり前のように居てくれてありがとう
     その優しさ忘れないよ その温もり忘れないよ
     だからこの手とその手を繋いで

     未来へのミュージック 七色のイメージ
     描いていこう僕らの世界を
     未来へつなぐメッセージ
     今僕らは生きている そう僕らは生きている

     愛を寄せ合い そこに小さな木を植えよう
     ずっと待ってもいい 美しい花をもう一度
     
     咲かせたいから 帰られる未来を変えていく力を
     希望に咲かせて

     誰だって忘れたいよ でも忘れちゃいけないよ
     当たり前のような日常にありがとう
     この傷は消えないけれど この傷も自分だから
     目一杯抱きしめてあげたい

     未来へのミュージック 七色のイメージ
     描いていこう僕らの世界を
     未来へつなぐメッセージ
     今 暗闇を抜けて 光は突き抜けていく

     未来へ 届け! 届け! 届け!

     

     このプロジェクトに参加した合唱団、中学生たちからのメッセージ(私の夢)

     May.Jのインタビュー映像

     この曲を聴いた方々の感想はコチラ

    美しい歌声と想いを、ありがとう。貴女の光り輝く魂が、祈りの歌声が地球に再び光りをもたらす。世界を救う事になるでしょう。
    ステキ(*^^)
    未来へ気持ちが向く曲。勇気と希望が湧いてくる。救う事になるでしょう。

    みんな『同じ空』見てるよ。
    そう、みんなもう一度美しい花を咲かそうね。
    でも・・・あの日のことは、決して忘れないよ。

     ASPAC山形大会にて行われた「絆」コンサートの模様はコチラ

     https://www.youtube.com/watch?v=pRhrRKaeiVo

     「未来へつなぐメッセージ」(音楽のちから)のホームページはコチラ

     http://www.jaycee.or.jp/2014/reconstruction/?page_id=1289

     福島県=汚染地帯といういわれのないレッテルを貼られ、屈辱と寂寥感を噛みしめさせられた3年前。あれから3年以上が経過しても、状況はあまり変わらない。住む場所や住み慣れた故郷を追われ、未だに数万人が避難したままで、仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。一体いつになったら、自分の故郷に帰れるのか。めげそうな気持ちを温めてくれるのがこうした激励ソングだ。私も今日も一日、この歌を聴きながら頑張ってみようと思う。未来を担う子どもたちに明るい福島県の未来と希望をを託して・・・。
     原発問題が早期に収束し、一日も早く元の生活に戻れることを願い、今回の記事を結びたい。

     本日も最後までご覧いただき有難うございました。

     記事作成:7月9日(木)

    2014年7月11日 (金)

    アンチエイジングの女性

     女性に年齢の話はタブーだとは重々承知しているが、最近は年齢不相応な若々しい女性が大勢いる。特に、テレビやファッション誌で見かける有名人や芸能人は、年齢を感じさせないほど若い。活躍をしている。実年齢を聞くと一般人との差はありあり。これはエステや保湿、ヒアルロン酸でシワを目立たなくする化粧品の普及によるものかもしれないが、美容や栄養を考えた食事制限(カロリーコントロール)などの努力、日々の細かいケアの賜物かもしれない。そこで今日は、このテーマを取り上げてみたい。では、年齢より数段若く見える方をどうぞ!

     江口ともみさんのプロフィール(Wikipediaより)

     東洋英和女学院短期大学卒業後、学校推薦にて内定していた商社への就職を辞退して芸能界入りした。オフィス北野加入以前には、グラビアアイドルとして青年誌のグラビアに出演したこともある。出演するテレビ番組はかつてはビートたけし及び夫の所属するたけし軍団絡みが多かったが、2000年代以降そうではない番組にもレギュラー、ゲスト問わず出演するようになった。2007年(平成19年)4月25日、栃木県那須町の那須バギーパーク内で深夜番組『第二アサ秘ジャーナル』のロケ収録中に、運転していた大人用バギー(125cc)から転落。コース脇の木製のさくに右脇腹を強打し、右腎臓損傷(全治2週間)で摘出手術を受けた。その後の経過は良好で、同年6月2日から仕事復帰した。
     ご主人はたけし軍団の一員だった「つまみ枝豆」。1996年の結婚当初は「美女と野獣」などと揶揄された。

     現在は「TVタックル」や「大改造!劇的ビフォーアフター」のアシスタントとして活躍中。つい先日、夫婦で出演した和歌山県友ヶ島を紹介する旅番組で、仲睦まじい姿を見て安心した。江口ともみの血液型はO型。46歳。

     では若い頃の画像と最近の画像を比較してみてください。

    Eguchi2 Eguchi3
    Eguchi1 Eguchi4

      美しい年齢の重ね方をされていて羨ましい。40代半ばにしてこの美貌は、世の女性たちの羨望を集めているに違いない。彼女といえば、テレ朝系の「大改造!劇的ビフォーアフター」の名アシスタントという印象が強い。落ち着いた物腰で番組進行する姿は定評がある。これほど有能な秘書がいれば、仕事が捗ること間違いなし。
     彼女は男性から見れば、ぜひ自分の奥さんにしたいタイプ。これほど美しい妻と一緒に買い物や旅行に行けたなら、男としては鼻高々のはず。「つまみ枝豆」が羨ましい。

     では最後に、彼女の映像をご覧いただき、その若さを実感してほしい。気持ちからして若いことが、外見の若さを保つ秘訣というのがみてとれる。

     20代のモデル時代の江口ともみ

     同じO型の白石まるみさんに似ていた。O型女性は色白で、肌のきめが細やかの方が多い

     最近撮影した映像

     個人的な見解だが、O型女性は、あまり歳をとらない印象がある。三田佳子さん、吉永小百合さん、市毛良枝さん、岡田奈々さん、萩尾みどりさん、星野知子さん、野村真美さんなどは全員O型だが、皆さんは歳不相応(アンチエイジング)というか実年齢を聞くときっと驚くはず。人から見られてナンボの女優さんは、それぞれ若さを保つ秘訣があって、それを日々励行していることの証明になるだろう。

      記事作成:6月22日(日)

     

    2014年7月10日 (木)

    懐かしグッズ②~~スーパーカー消しゴム~

     昔、ガチャガチャ(ガチャポン)のことを「ピーコック」と呼んだ頃があった。私が小学生の頃にそれは登場した。10円を投入口にセットし、ダイヤルを捻ると「ガチャガチャ」という音を立てて、取り出し口にカプセルに入ったおもちゃが出て来るという仕掛けだった。そのシステムは今も変わらないが、当時は斬新で、何が出て来るかわからない期待感と不安感の狭間で少年心理は揺れ動いた。この機械は、たいてい駄菓子屋の店先に置かれていた。放課後ともなれば、最寄りの小学生たちが自然に集まり、溜まり場となった。店番をするのは決まって割烹着スタイルのお婆ちゃん。店頭には、小学生のカラフルデザインの泥除けのついたスポーツサイクルが無造作に乗り付けて放置してあった。ではそのカプセルのおもちゃで、私が好きで集めていたものを紹介したい。

     ①ウルトラ怪獣消しゴム

     この頃は、テレビで、「ウルトラマンシリーズ」が放映されていて、その怪獣を象ったミニチュアサイズの消しゴムがブームとなった。もちろん「仮面ライダーカード」と同じように、友達が持っていない怪獣やウルトラマンが出た日には、周りに自慢でき、優越感に浸れる代物だった。ゼットン、バルタン星人、カネゴン、エレキングなどお馴染みの最強怪獣のミニチュア消しゴムだ。当時は、貧富の差が激しく、金持ちは同じウルトラ怪獣でも、ソフトビニール人形を持っていて、消しゴムを持っていたのは、あまり裕福ではない家庭の子供で、お小遣いで簡単に買えるミニ消しゴムは重宝された。

     

     「ウルトラ怪獣消しゴム大百科」はコチラ http://ultrakaijukesigomu.web.fc2.com/

     ②スーパーカー消しゴム

     私が小学生の高学年の頃に、突如ブームとして沸き起こったのは外国車のスーパーカーだった。車高が極端に低く、うすべったい車体にガルウィングの「ランボルギーニ・カウンタック」を筆頭に、「フェラーリ・テスタロッサ」や「デトマソ・パンテーラ」、「ロータス」などの名車たちに、当時の少年たちは色めき立った。日本車の角ばった四角い華奢なボディとは明らかに違って、流線形でいかにもスピードが出そうなスポーツカーだった。私の記憶では、今は無き「第一うすい」の屋上で、スーパーカーを一堂に会した展示ショーが開かれ、大型のクレーン車で吊り上げている場面を目の当たりにした。傷をつけようものなら数千万単位で賠償金が飛ぶような時代だった。

     その話題のスーパーカーが消しゴムがガチャガチャで登場し、これまた飛ぶように売れたのだった。

     個人のブログ記事 http://homepage3.nifty.com/yuuyuu-sya/collect/spcar01.htm

     訳もなく、私が少年の頃に出回っていたグッズや夢中になって遊んだおもちゃを取り上げるこのシリーズ記事。懐かしんでいただけましたか?昭和30年代後半から40年代初めに生まれた、私と同世代の方には共感できる内容ではなかったでしょうか。
     今思えば、少年時代にはいろんなブームがあった。テレビゲームやケータイがない時代。「プラモデル」が当時の遊びの王様だったが、今はあまり見かけなくなった。飛行機や車、船やお城、TVのヒーローロボットや民家シリーズなどまで多彩にあった。私も夢中になって組み立てたものだが、今の子供たちとは価値観も違うようだ。

     このシリーズは、他に「ヨーヨー」とか「ビックリマンどきどきシール」などを取り上げたい。ぜひお楽しみに・・・。

     記事作成:6月22日(日)

    2014年7月 5日 (土)

    CMの彼女⑮

     今回の記事で、このシリーズも15回目(番外編を除く)を迎えた。今回紹介したい美少女は「日南響子」。雑誌やテレビでモデルと活動し、現在は所属芸能事務所を退社。今後の動向が注目される20歳の若手である。

     日南響子のプロフィール

    Nichinan1 Nichinan2

     1994年2月6日生まれの愛知県出身。現在20歳で血液型はA型。スターダストプロモーションに所属していた。父親はドラマーで母親はヴォーカリストという音楽一家。
     2006年、雑誌『ニコラ』の第10回モデルオーディションでグランプリを受賞し、同年10月号より専属モデルとして活動を始める。ニコラ本誌の表紙起用回数は歴代3位の16回。内、2回が単独での起用。2010年5月号をもって卒業した。

  •  2007年より、ナルミヤ・インターナショナル pom pomponette Juniorのモデルとして活躍。また、「pom ponette×kyooko173♥nicola」というポンポネット10周年を記念するスペシャルコラボに参加した。Blue Cross Girlsのモデルとしても活躍。
  •  2011年4月(6月号)より、女性向けファッション雑誌『non-no』の専属モデルとして活動していた。2013年10月号をもって卒業した。
  • サン宝石「Fancy Pocket Girls」2008年10・11月No.30 - 31秋・冬号モデル。2010年No.39盛夏号モデルとしても活躍。
  • ニッセンのプチベリーでもモデルをしている。
  •  2011年8月4日発売の『ヤングジャンプ』に初の水着グラビアが掲載される。翌年1月、同誌で男性誌初表紙。
  •  2011年8月15日、デジタル写真集『日南響子』を発売。
  •  2012年、『UEFA欧州選手権2012』の2代目EUROガールに選ばれる。
  •  2014年3月31日付でスターダストプロモーションを退社した。
  •  それでは、私が観て、ハッと息をのんだ、聡明な印象を与えるCM映像をお楽しみください。
  •  1.J-POWER 「荘川桜」

     古風な顔立ちに和服がよく似合う。純日本風の女の子は久々。

     2.J-POWER 「手をかざす女の子」

     CMに登場する風力発電所の映像は、我が街、郡山市にある。昨年の夏に、私も登った。眼下には猪苗代湖尾と、その先には磐梯山がくっきりと拝める絶好のロケーション。夏には辺り一面にヒマワリが咲き誇り、緑と黄色のコントラストに心を奪われる。

     かつてはB’z監修のクリスマスCMのペプシの作品にも登場した。

     今から3年前の2011年12月のクリスマス時期に流れていた話題のCM。たぶん彼女が16~17歳の頃だったが、妙に大人びた女の子という印象があった。

     記事作成:6月22日(日)

    2014年7月 4日 (金)

    最高のプロポーズ大作戦

     最近の若いカップルは、まるでテレビドラマのような演出がお好みらしい。彼女のために入念に計画を立てて、サプライズでプレゼントを渡したり、涙ぐましい努力がある。そしてその最たる演出は、劇的なプロポーズ大作戦である。観客を巻き込み、衆人環視の下、想い出に残るような感動的な場面を作り出そうとし、テレビ局やイベント会社にフラッシュモブ形式で依頼する彼氏が多い。一生に一度の一大イベントだけに、彼女の反応も半端ない。涙、涙の感動シーンが場内を包む。観客も温かい拍手で祝福する。それはリハーサルなしでも雰囲気で感じ取れる。日本人にはそうした阿吽の呼吸が備わっているらしく、他人の幸福を皆で祝う風潮が自然のままに励行できてしまうところが凄い。よくぞ日本人に生まれけりだ。
     同じように、先のブラジルW杯では、日本チームの敗戦後に、日本人のサポーターが場内のゴミ拾いを行い、世界中から喝さいを浴び、日本人の礼儀正しい振る舞いに、世界中が驚嘆し、賞賛した。誰が呼びかけたわけでもなく、こういうことが無意識のうちに、当たり前のように出来てしまう日本人は素晴らしいと思った次第だ。

     さて、前置きはこれくらいにし、さっそく観客をも巻き込んだ大仕掛けのプロポーズ大作戦の数々を見てみたい。ほのぼのとし、こちらまで心がホッコリしそうな映像ばかりだ。

     ① サプライズプロポーズ(映画館編)

      キーワードは「Priceless」。彼が結婚のために、彼女に内緒で仕事が終わった後もバイトを掛け持ちでこなし、80万円を貯めた。それは結婚の意思表示のために彼が自らに課した試練。そして数か月後、それを実現した彼が彼女を映画館に誘い、テレビの協力を借りながらプロポーズ。彼女が感動の涙をこぼしながら、じっくりと考えた末に出した答えは・・・。

     ② アイプリモ千葉ロッテマリーンズ始球式(スタジアム編)

     球場でのプロポーズ。多数の応募者の中から当選し、始球式で、相手の打者から三振を奪えば、プロポーズする権利が得られるという演出。この彼女は小顔でロリフェイスで超可愛い。スタイルも抜群。こんな美しい彼女と一緒に人生を歩める彼は幸せ者だ。

     「西武ドーム」編はコチラ

     「西武ドーム」編はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=G40LbigWT2w

     「マリーンスタジアム」 https://www.youtube.com/watch?v=_DXI9rNnxJI

     ③ 「I-PRIMO」サプライズプロポーズ(水族館イルカ編)

     結婚の意思表示もないまま長く彼女を待たせた彼。水族館というシチュエーションで、イルカたちの手助けを借りて、感動のプロポーズ。突然のサプライズに彼女は泣きじゃくる。なんとも微笑ましい映像だしラストのイルカたちの祝福のジャンプが最高の演出だ。

     ④ ショッピングエリア内で

     普段なかなか言い出せない言葉だが、こういう状況下に自分を追い込めば、背中を押してくれる材料になるし、度胸も生まれる。引き返せない状況。男は、カッコよく決めたいと、あれこれ演出を凝り、最大限の準備をする。彼女も、彼氏がここまで準備してくれた経緯を知れば、返事はある意味決まっているように思える。周囲の祝福の嵐に大きな喜びを肌で感じるだろう。まるで映画のワンシーンのように・・・。

     ⑤ 大阪駅

     ビルのグランドフロアに設けられた屋外テラスのカフェ。そのテーブルで寛ぐカップルの面前で突然に始まったミュージカル形式のダンス。最初は突然の出来事に戸惑う彼女。するといきなり目の前にいた筈の彼氏が立ち上がってその踊りの中へ。しかもセンターで踊り出す。とっさのことに呆気にとられる彼女。彼氏が目の前で華麗に踊る。何が起きているのかすら状況を掴めない彼女。そして敷かれたレッドカーペット。そこで突然始まる儀式。彼の渾身のプロポーズに彼女の返事は。女子アナにいそうなとても美しい女性。彼が羨ましくて仕方ない。ラストは、彼女を驚かせて感動させたい彼が、必死に踊りのレッスンに励む様子がエンドロールで流れる。まさにハッピーサプライズ!

     ⑥ 映画のワンシーン、女優も協力した究極のプロポーズ

    https://www.youtube.com/watch?v=FVh6afqdKQk

     ブライダルジュエリー専門店「アイプリモ」の映画館でのサプライズプロポーズ応援企画­が、そのままTVCMになりました。主演の二人は一般の方で、本物のサプライズプロポ­ーズです。男性が突然現れる予告映像には、女優の石橋杏奈さんに出演して頂いています­。full verでは実際に映画館で流れた予告映像を全て見ることが出来ます。

     ⑦ チャペルでのプロポーズ

     ⑧ 「ブライダルプランナーと司会者のハッピーサプライズプロポーズ」

    https://www.youtube.com/watch?v=q4BVuJyY_gQ

    https://www.youtube.com/watch?v=w02my5dCmGI

    https://www.youtube.com/watch?v=0hfduhxqzPE

     ⑨ 最高のプロポーズ編

     ⑩ 上空からの I LOVE YOU

     これは究極のプロポーズだと思う。リムジンでお出迎え、ヘリコプターでデートと思わせておいて、上空から眼下を見下ろすと彼氏が用意した横断幕には「結婚してください」の文字。大掛かりな演出だが、これは金もかかっているが、一生の思い出になる筈。彼女のことを真剣に考えている彼の思いも伝わって来る。天上世界で展開された愛の証。眼下に広がる東京の街並みが、二人の前途を祝してくれているようだ。なにより彼女の涙がその感激の度合いを物語っている。

     女性にとって、大好きな彼からプロポーズを受ける時が、一番幸せで、最も輝く瞬間かもしれない。長く付き合って、これからどうなっていくのか不安がよぎる中、自分の年齢と人生設計を考えた時に、焦りもあるかもしれないし、彼は自分のことをどう考えてくれているんだろうとあれこれ思い悩むことも多い筈。そんな時に、サプライズで彼の本当の気持ちを確かめられた瞬間。すべての思いが成就する瞬間だと思う。夢にも思わなかった突然の展開に、心の整理がつかず、夢心地かもしれない。周囲もそれを知ってか知らずか、2人の歩いてきた道のりを、損得なしで温かく見守り、拍手を送る。素敵な演出だと思う。彼女も、彼氏が苦労してこのような演出をしてくれたことを悟り、感激も一入だろう。

     私は結婚して今年の7月で20年が経過する。妻への感謝が年々薄れていく中で、誕生日と結婚記念日には欠かさず花束を渡してきた。ひとりよがりかもしれないが、それがささやかながら口下手な私ができる精一杯の感謝だと考えている。だから結婚記念日の今日、この記事をアップし、結婚した頃の感激を忘れないようにしたいと思う。

     最後に、これから、二人で新しい人生を歩むカップルの幸せを人知れず願いながら、この記事を結びたい。

     記事作成:6月22日(火)

    2014年7月 3日 (木)

    福島県のご当地アイドル

     人気絶頂グループユニット「AKB48」の出現以来、彼女たちに肖ろうと歌って踊れるアイドルグループが全国各地で増殖中だ。女の子なら誰も一度はアイドルになりたいと夢見たことがある筈だ。そんな乙女心を叶えてくれるのが日本中で結成されている「ご当地アイドル」である。地方都市であっても、その名産や地元のPRを兼ねて様々なイベントに参加し、歌や踊りを披露し、笑顔と愛嬌を振りまいている。これはかつてのフラガールの全国キャラバンにも似た手法である。昨年はNHKの「あまちゃん」でもGMTというご当地アイドルプロジェクトがドラマの中で作られた。今や夢物語ではなく具現化している。我が福島県も、その例に漏れず、県内各地でアイドルグループやユニットが次々増え、様々なイベントに参加して、場を盛り上げてくれている。今日は、最近ミーハーネタに傾倒している気もしないではないが、そんな福島県発祥の「ご当地アイドルグループ」を紹介したい。

     いわきアイくるガールズ

     福島県いわき市を拠点としたアイドル活動を通じて、いわき市の魅力を全国へ発信し、街・経済の活性化をはかる事を目的としております。発足は9名。「club SONIC iwaki」と「タウンマガジンいわき」の共同プロデュースのプロジェクトです。

     公式HP http://www.iwaki-idol.com/

     LIVEの模様 https://www.youtube.com/watch?v=OWQYUZKsMPw

             https://www.youtube.com/watch?v=xqNoMFM_9JA

     KIRA☆GIRL

     喜多方市を中心に活動するご当地アイドルグループ。メンバーは10人。県内をくまなく歩き、各種イベントに出演している。福島県内のアイドルグループではダンスパフォーマンスと歌がぴか一。歌詞が地元密着。PR活動にはうってつけ。

     大人気の「会津っ子宣言」

     

     https://www.youtube.com/watch?v=ufrceaFG_wU

     https://www.youtube.com/watch?v=G2WIp1UXYQA

     一度聴いたら忘れられない歌詞とメロディ。「づづづづっこづっこ会津っ子・・・」が繰り返される節回し。踊りもイントロから弾む躍動感。歌詞には磐梯山などご当地をPRする文言が盛りだくさん。私は本家に劣らない名曲だと思う。

      「絆」はコチラ  https://www.youtube.com/watch?v=eHsYK9YfYmE

     「喜多方ラーメン」はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=ow_0FP1x1iQ

     公式HP http://kiragirl.jp/

     LIVEの模様 https://www.youtube.com/watch?v=1qj6jG2Ie3s

     せせらぎ小町

     2014年春に旗揚げし、郡山「おもてなし」ご当地アイドル(街ドル)「せせらぎ小町」として
    始動しました。ユニット名は郡山市各通りを「繋ぐ」『せせらぎ小道』に由来する。メンバー「沙狗羅」「釆女」「秋櫻」「静歌」「燈武」中心に、各通りの商店街、町内会や街、地域全体の活性化イベントや地域のショップや伝統工芸、伝統芸能を「せせらぎ小町」が取り上げ
    「地域活性化推進マップせせらぎKMAP(コマップ)」作成など郡山市の地域活性化と地域文化形成に取り組んでいきます。

     Baby Tiara(ベイビー ティアラ) 

     いわき市で活動する。メンバーは6名で、現役の女子高生たちで構成。

     公式HP http://www.gurutto-iwaki.com/detail/item.cfm?cl_id=1232

     Loveit!(ラビット)

     福島市のアイドルユニット。当初のメンバーは3人。ひかる、らぎ、ちっち。そして2名増えて現在は5名で活動中。順次メンバーを募集。Loveit!はNHKドラマ「あまちゃん」のキャンペーンサポーター福島県代表のアイドルにも選んで頂き、TBS系「カウントダウンTV」の注目のご当地アイドル特集のコーナーにも取り上げて頂くなど、全国へ福島を発信する為に精力的に活動しています。2013年は年間50本以上のライブを行い、福島県内のみならず仙台や東京(秋葉原、渋谷、池袋、浅草などなど!)でも精力的なライブ活動を展開しています。

     

     公式HP http://www.gurutto-koriyama.com/detail/index_118.html 

     LIVE映像 https://www.youtube.com/watch?v=1qj6jG2Ie3s

     ShuN-R@n GIRLS☆

     福島県矢吹町で活動する音楽 団体『矢吹町バンド連合会』 による矢吹町ご当地アイドルユニットShuN-R@n GIRLS☆

     メンバーは10名。

    公式HP http://www.shun-ran-girls.com/

     餃子っ娘

     福島市在住、福島の円盤餃子が大好きなメンバーが福島円盤 餃子を日本に、そして世界にPRしたく結成した。オリジナルの餃子ソングで踊ってPR活動を行っています♪ (波恵モデルクラブ所属)

     公式Facebookはコチラ https://ja-jp.facebook.com/gyozakko

     他にも浪江町の「NYTS(ナイツ)」や「マジカルバルルーンYES」がいる。

    https://www.youtube.com/watch?v=ONVP0_nFZAo

    https://www.youtube.com/watch?v=QeOAx-AbmaE

    https://www.youtube.com/watch?v=4u1R2dQffCo

     さて、いかがだったでしょうか。楽しんでいただけたでしょうか。ご当地福島県は、長らくアイドル不毛の地だった。リンゴほっぺのいなかっぺでづーづー弁。一時は盲音地域とまで揶揄された。とてもアイドル相応の土地柄ではなかった。しかし、ここ数年は、福島っ娘たちにも変化が見られ、だいぶ洗練されるようになった。昔で言うと「垢抜け」した印象だ。そして、我が福島県にも「ご当地アイドルユニット」が多数誕生した。私の娘と同年代の女の子たちが、震災や放射線事故で暗く沈む地元を元気づけようと、健気にも頑張っている姿を見ると、損得なしに応援したくなってしまう。
     ところで、去る6月22日に、地元郡山で「ご当地アイドル」たちが集結して「アイドルライブ」がビッグパレットを会場に華々しく開催された。その模様は「YouTube」にもアップされているので、ぜひご覧いただきたい。

    http://kokucheese.com/event/index/173805/

     今回の記事を読まれた皆さんは、ぜひ復興の後押しをしてくれている現役高校生たちの激励にこたえる意味で、ぜひ熱き声援をお願いしたいと思います。

     最後に、福島県で撮影された「恋するフォーチュンクッキー」ふくしまからはじめよう!をご覧ください。

       このPVの中で「キビタンがんばれ~」と声援を送っている兄妹は、震災の時に、飯野町の街道で、被災地支援に向かう自衛隊や警察車両に感謝の手作りプラカードで「お疲れ様でした~」とエールを送っていたあの2人です!

     記事作成:6月24日(火)~25日(水)

    « 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »

    福島県の天気


    無料ブログはココログ