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2014年10月

2014年10月27日 (月)

最高のプロポーズ大作戦Ver.3

 今年2回このシリーズを掲載した。7月4日と7月22日付のものだ。今回は、YouTubeにアップされている動画で、とてもこの企画に適した動画が見つかったので、第3弾としてお送りしたい。

 最近の若い男性は、彼女が感動して一生の想い出に残るような最高のプロポーズの演出を思案し、それを決行することが多い。綿密に計画を立てて、用意周到なまでの準備で彼女をサプライズを与える。今日はその中から選りすぐりの3作品を紹介したい。いずれも彼女の驚きと感激は計り知れない。

 1 話題の【Happy】で感動のフラッシュモブプロポーズ サプライズ

遠距離恋愛を長年続けて愛を育んだ二人。お互い離ればなれになって、募る思い。会えない寂しさを乗り越えてようやくたどり着いたこの日。お互いの愛と意思を確かめる。ミニコンサート仕立てで、多少手が込んでいる。スタッフや友人が極秘裏にこの計画を水面下で行っていたことが見て取れる。全く予期せぬ出来事に戸惑う彼女。つい隣りに居た筈の彼氏がいつの間にか踊りの輪の中に。しかもセンターにいる。何事が起きたのか状況が掴めない彼女。そして定番の「Marry you」が流れ出す。様々な想いが去来する中で、始まったプロポーズ劇。果たして彼女の反応は・・・・。

 彼女の表情が実にいい。きょとんとした顔。ベビーフェイスで実に可愛らしい。アイドルタレントだった小池里奈に似ている。

 2 【感動サプライズ!】フラッシュモブプロポーズ@モンサンミッシェル大聖堂

 教会で行われたサプライズプロポーズ。さっきまでテーブルに座っていた人々が、音楽を合図に急に立ち上がり突然踊り出す。そしていきなり彼氏も一緒に踊り出す。呆気にとられる彼女。やがて客に扮していた踊り手の数が一気に増え、会場はお祝いムード一色に。

 そして彼氏は抜け出し、白のタキシードに着替え、隣りの教会で待つ。やがて「Marry you」が流れ出し、意図を汲む。やがて彼氏が待つ教会へ。レッドカーペットのバージンロードを歩いて彼女の元へ。そして彼氏が思いの丈を述べ、真剣にプロポーズ。感動で涙ぐむ彼女。そこに仲間たちが拍手と歓声で登場。神聖な場所での思い出に残るひとコマ。

 3 フラッシュモブ  プロポーズ大作戦 高知 ひろめ市場

 3作目は地方の屋外。なぜか市場の広場にて決行。今回は今年6月に行われたもの。フラッシュモブ形式で、通行人を装っていた若人たちが、突如踊り出す。少しずつ参加者が増え、最後は大人数に膨れ上がった。多くの目撃者や立会人がいる公衆の面前で結婚の誓いを立てる二人。プロポーズ成功後、周りからは「キス」の要求。屋外だけに臨場感はひしひしと伝わった。多少こだわりが強くて演出感は見え見えだが、それでも彼女に対する彼の愛情の深さは感じ取れる。

 おまけ

 さて、今日の記事はいかがだったでしょうか。彼女を想う彼氏の気持ちがびんびんに伝わって来ると思う。こんなプロポーズをされたいと女性が憧れていたシーンを具現化し、夢をかなえる企画。それがプロポーズ大作戦だ。私のために彼氏がここまで頑張ってくれたんだと、彼女の感激も一入だと思うし、成功する確率はかなり高まると思う。

 最後に、登場したカップルに幸せあれと願い結びとしたい。

 記事作成:10月24日(金)

2014年10月24日 (金)

語り継がれる山下達郎の名曲たち

 師走の便りが聞こえ出すと、急に恋しくなるのがクリスマスソング。街角にはツリーに飾られたネオンの装飾が夕闇に映え、クリスマスキャロルが街頭に鳴り響く。そんな寒い季節を彩り、恋人たちにとって聖なる日が近づいて来る。その定番中の定番で、てっぱんソングと言えば、山下達郎の「クリスマスイブ」だ。1990年代に大ヒットしたJR東海のテレビCM。誰もが映画のワンシーンのような恋人との甘いひとときを恋い焦がれた。クリスマスイブは特別な一日となった。

 さて、私自身、中学時代から彼の曲を聴いていた。「Big Wave」など、夏をイメージさせる楽曲が多かったが、彼は竹内まりやを妻に迎えたことで、音楽の幅が広がり、卓越した英語力を駆使し、世代や国境を越えて、世界中の人々の心に刻まれる名曲を残した。では彼の曲の中で、特に私がお気に入りだったものを取り上げたい。

 1位 「クリスマス・イブ」

 「JR東海」のCMはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=vqocw6y1z6I

 言うまでもないNo.1ソング。発売から30年以上が経過しても、未だに受け継がれるクリスマスソング。

 2位 「さよなら夏の日」

https://www.youtube.com/watch?v=5LYwh23uy9E

 夕日が傾く海岸線。暮れなずむ浜辺で、彼氏の肩に彼女が頭をちょこんと乗せて、波打ち際を見つめてふたり寄り添っているイメージがある。ひと夏の想い出を記憶の中に刻み込んで、そんな若い頃のひとコマを目を閉じて回顧している。

 3位 「Loveland Island」

 日差しの降り注ぐ、真夏の昼下がりの海岸。誰もが開放的になる心ウキウキの季節。ひと夏の出逢いを期待し、焼けた素肌で砂浜を闊歩する。旅先でのアヴァンチュールを模索する。

 4位 「Your Eyes」

  名バラード。ドラマの挿入歌やBGMとして使われることが多い名曲。なんと妻の竹内まりやも英語でせつせつと歌い上げており、聴き比べができる珍曲。夫・山下達郎は明治大学だし、奥さんの竹内まりやは慶應義塾大学卒のエリート。英語の歌を歌わせたら最強コンビで右に出る者はいない。

 竹内まりやの「Your Eyes」 https://www.youtube.com/watch?v=ZkYiumBMisA

 5位  「踊ろうよ、フィッシュ」

 1987年のANAのCM映像。石田ゆり子の水着姿が眩しかった。夏のてっぱんソング。

 6位 「RIDE ON TIME」

 私が高校時代に一世を風靡した名曲。サーフィンブームやDISCOブームを象徴する古き佳き時代の名曲だ。その後、木村拓哉主演の「GOOD LUCK !」の主題歌として採用され、再ブレイクした。

 7位 「高気圧ガール」

 不思議と血湧き肉躍るような活力が漲るご機嫌サウンド。心が弾み、蒼い海に心を向かわせる。

 8位以下は「埋め込み処理無効」のため、アドレスのみ紹介します。

 8位 「Endless Game」

https://www.youtube.com/watch?v=H4xQL9H1Zwk

 このPVの美しさとメロディラインに惹かれてのランクイン。ぜひ聴いてほしい。

 9位 「蒼氓」

https://www.youtube.com/watch?v=2a810ZxX8fs

 一日の終わり、眠りに就く際に聴きたい。「遠き落日」をイメージしてしまう。

10位 「Big Wave」

https://www.youtube.com/watch?v=6o1hHhn4Lgc

 サーファーの後方に迫りくる背丈の数倍も大きなビッグウエーブ。その大波を自由自在に乗りこなすサーフテク。真夏の青い海とサーフィンの爽快感を描いたレコードジャケットは実にオシャレで、時代の最先端を行っているイメージがあった。

10位 「ずっと一緒さ」

https://www.youtube.com/watch?v=v-23AjJiWAY

 このPVとイントロが気に入ってのランクイン。

11位 「Down Town」

https://www.youtube.com/watch?v=QeaLZnaOfnU

 Epoに提供した名曲。「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマとして使われヒットした。

12位 「Merry-Go-Round」

https://www.youtube.com/watch?v=2fRsWK5d6ts&spfreload=1

  彼の透き通る耳触りのよいご機嫌サウンドは、どことなくバカンス感を掻き立てる。

13位 「光と君へのレクイエム」

https://www.youtube.com/watch?v=YtpccwfdPKw

 1970年代にデビューし、今も現役で光り輝いているミュージシャンやシンガーは、曲調や作風が似ている。山下達郎、佐野元春、松任谷由実、竹内まりや、大瀧詠一らがそうだ。息が長く、今の若い世代がBGMなので耳にしても古さを感じない。世代を越えて愛される名曲だ。彼の奏でる楽曲は、イントロから美しい。ついつい達郎ワールドに引き込まれていく。彼らは昨年亡くなった大瀧詠一を除き、いずれも還暦を過ぎた。しかしアンチエイジを彷彿させる若々しさは、こうしたサウンドの賜物なのかもしれない。歌声も変わらない。これから何十年先まで彼らの名曲はいつまでも遺されて行くことだろう。

 記事作成:10月18日(土)

2014年10月23日 (木)

FCT・小野紗由利アナウンサー

 以前、当ブログで「福島県の若手女子アナ特集」という記事を書いたところ、今でもこの記事だけで一日50件を超えるアクセスがある。その冒頭で紹介したのが、地元福島県(いわき市)出身の女子アナ「小野紗由利」さんだ。彼女は、学生時代にカメラ雑誌のモデルをしていた経歴があるだけに、チャーミングで可愛い顔立ちをしている。男心をくすぐるようなあどけないベビーフェイス系で、それでいて性格はのんびり&おっとり型の癒し系で、守ってあげたい妹にしたいタイプ。

 本日は、自称「女子アナフリーク」の私が、健気にも頑張っている彼女を応援するために、地元のテレビ局(FCT)で彼女が出演している番組「ゴジてれChu!」や「ゴジてれ×SUN!」内の様子を画像や動画映像で紹介したい。

 「小野紗由利アナ」

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 長くなりそうなので、ここで一端彼女のプロフを紹介したい。

 「小野紗由利」(おのさゆり)

 1991年3月5日生まれの23歳。福島県いわき市出身。血液型はA型。
 趣味は早朝ランニングと物産展めぐりらしい。アイスクリーム好きとのこと。
 特技はバドミントン。
 小学生の頃に放送部に所属していたことが、アナウンサーになりたいと考えた契機となったようだ。 私は、個人的に女優の菊池麻衣子さんに似ていると感じている。

 FCT公式プロフ http://www.fct.co.jp/announce/profile/prof_30735.html

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 続いて、彼女が出演している地元「福島中央テレビ」の夕方の人気番組「ゴジてれchu !」で放送された、彼女の登場場面を収録した動画をどうぞ!

https://www.youtube.com/watch?v=NDcdzSpDlT0

 いかがだったでしょうか。彼女の可愛らしさが伝わったでしょうか。毎夕刻に、彼女の笑顔に癒されている方はきっと多い筈。地元出身の女子アナだけに大事に育ててほしい。同じ郡山に住んでいるというだけで、私は嬉しくなってしまうが、今後も画面への露出を増やし、行く行くは「福島中央テレビの顔」として活躍してほしいと期待している。 

 このテーマは不定期ながら、「山岸舞彩」と同様にシリーズ化し、或る程度画像が集まったら続編を掲載したいと考えています。ぜひ視聴者の皆さんは温かい眼差しで彼女を見守り、できれば応援していただけたら幸いです。

 記事作成:10月16日(木)~18日(土)

 続編の「FCT・小野紗由利アナウンサー②」はコチラ

2014年10月18日 (土)

戦後日本で起きた大惨事列車事故

 戦後の混乱期に、国鉄の人員削減名目による粛清に反発し、今でも語り継がれる怪事件があった。「三鷹事件」「山下総裁轢死事件」、そして我が福島県の東北線で発生した「松川事件」である。これらを称して「国鉄三大ミステリー事件」と呼ぶ。多くの人命を奪った憎き犯人は絶対に存在しているのに、これらは不可解で、未だ真相は闇の中にある。一体犯人(犯行グループ)は誰なのか、未解決のまま迷宮入りしてしまった。

 これらの出来事は、戦後、人々を恐怖に陥れたが、本日取り上げたいのは、こうした怪事件ではなく、日本で不幸にも発生してしまった列車による大規模災害事故である。振り返れば、明治時代に東京~新橋間が開業して以降、鉄道輸送の分野は目覚ましい発展を遂げ、その利便性も向上して来た。しかし、それに呼応して、人為的ミスによって多くの人命が失われた大事故が起きているのもまた事実である。犠牲者自身にしてみたら、青天の霹靂で、よもや自分がその場に居合わせて命を奪われるなど予想もしなかっただろうし、事故の一報を受けた遺族の悲しみの大きさは計り知れない。「運が悪かった」では片付けられない、実に居た堪れない突発的な事故だ。

 本日は、「災害は忘れた頃に訪れる」を教訓に、災害や事故はあまりにも突然で、無防備の我々に牙を剥いて襲い掛かってくるということに警鐘を鳴らす意味合いからお伝えするもので、興味半分や被害者家族の心情を逆なでする意図はないことをここでお断りしておきたい。
 では、日本で起きてしまった列車事故の中から、戦後限定で、50名以上の死者を出した、特に悲惨な重大事故を紹介したい。

 「肥薩線列車退行事故」

 1945年(昭和20年)8月22日
 肥薩線吉松駅 - 真幸駅間の山神第二トンネル内において、蒸気機関車(D51形重連)牽引の上り人吉方面行き列車が、粗悪石炭使用のため出力が不足して勾配を登りきれずに停止。トンネル内に充満した煙に耐えられなくなった復員者などが列車から降りて出口へ向かって歩いていた所へ列車が逆走し始め、多くの乗客が轢死した。死者53名。

 「八高線列車正面衝突事故」

 1945年(昭和20年)8月24日 7時40分頃
 八高線小宮駅 - 拝島駅間の多摩川橋梁中央部において上り列車と下り列車(両列車とも機関車1両、客車5両)が正面衝突し、客車が川に転落。少なくとも105名の死亡、67名の重軽傷者が確認された。
https://www.youtube.com/watch?v=nI4j-zpsN2A

 「中央線笹子駅構内脱線転覆事故」

 1945年(昭和20年)9月6日
 中央線笹子駅構内で、スイッチバックのため折り返し線に午前3時41分に到着した下り403列車(ED16形電気機関車牽引)が車止めを突破し、機関車と客車9両のうち3両が大破転覆した。死者60名、負傷者91名。原因は機関車の乗務員の居眠り運転とされている。
                                                        
 「八高線列車脱線転覆事故」
 1947年(昭和22年)2月25日 7時50分
八高線東飯能駅 - 高麗川駅間の20‰下り勾配で、C57 93が牽引する超満員(屋根の上に乗客を乗せざるを得ないという異常ともいえる運転状態が常態化していた)の乗客を乗せた、八王子発高崎行き、6両編成の客車列車が過速度により半径250mの曲線を曲がりきれずに後部4両が脱線し、築堤上から5.6m下の畑に転落。客車の木造車体が大破し、184名が死亡し495名が負傷するという大事故となった。

 「桜木町事故」

  1951年(昭和26年)4月24日
  京浜線の電車(モハ63形、5両編成1271B列車)が、桜木町駅構内で碍子交換工事中に誤って切断され、垂れ下がっていた架線に接触し、電流の地絡により炎上。先頭車が全焼、2両目が半焼し、死者106名、重傷者92名を出す大事故となった。
 その当時、京浜線電車に使用していた戦時設計の63系の粗悪な構造が死傷者を多くしたとして、国電の安全対策強化の契機となった。
 


https://www.youtube.com/watch?v=NfziGZsaW-s

https://www.youtube.com/watch?v=ClWXxoJczd4

https://www.youtube.com/watch?v=8y0SqHR9lKk

https://www.youtube.com/watch?v=DHZr6HTAWaY

 「三河島事故」

 1962年(昭和37年)5月3日
 常磐線三河島駅構内で貨物線から下り本線に進入しようとした田端操車場発水戸行きの下り貨物列車(蒸気機関車牽引)が、停止信号を冒進して安全側線に進入し脱線。先頭の機関車が下り本線を支障した直後に三河島駅を1分遅れで出発し下り本線を進行してきた上野発取手行きの下り電車と衝突し、脱線した下り電車は上り本線を支障した。約6分後、さらにその現場に上野行きの上り電車が高速で突入。上り電車は線路上に避難していた乗客多数を巻き込みながら下り電車に衝突、双方の先頭車両は原形を留めず粉砕され、一部の車両は築堤下へ転落して民家に突っ込んだ。死者160名を出す大事故になった。

https://www.youtube.com/watch?v=xcn_076aayA

https://www.youtube.com/watch?v=FcyBshjoEw0

https://www.youtube.com/watch?v=_vvI4-zunRs

 事故再現VTR(仮想)

https://www.youtube.com/watch?v=fTNML5B3NeI

 「鶴見事故」

 1963年(昭和38年)11月9日
 東海道本線鶴見 - 新子安間で、貨物線(現在の横須賀線線路)走行中の下り貨物列車が脱線し、そこに横須賀線の上下旅客列車が進入して三重衝突事故となる。合わせて死者161名、重軽傷者120名という大事故になった。調査の結果、競合脱線が原因だとされた。

https://www.youtube.com/watch?v=i5oIPOkGOZ4

https://www.youtube.com/watch?v=MqbMXlPo81k

https://www.youtube.com/watch?v=U1WFuRefpyI

 私は、平成25年10月に事故現場を訪れ、総持寺にある慰霊碑に手を合わせて来た。
   
 「信楽高原鐡道列車正面衝突事故」
 1991年(平成3年)5月14日、10時35分ごろ (列車衝突事故)
 滋賀県の信楽高原鐵道信楽線の小野谷信号場 - 紫香楽宮跡間で、信楽発貴生川行きの上り普通列車(レールバスSKR200形 4両編成)と、京都発信楽行きのJR直通下り臨時快速列車「世界陶芸祭しがらき号」(キハ58系 3両編成・先頭車両はキハ58-1023)が正面衝突。上り普通列車の乗務員と添乗していた職員の5名、乗客37名の計42名が死亡、614名が重軽傷を負った。

https://www.youtube.com/watch?v=NBUeXiGVe1Y

https://www.youtube.com/watch?v=QLM2Zk4envI

 「福知山線列車脱線転覆事故」

 2005年(平成17年)4月25日 9時18分頃(列車脱線事故)
 兵庫県尼崎市のJR西日本福知山線(JR宝塚線)・塚口駅 - 尼崎駅間の曲線で、列車の遅延回復のための速度超過運転などが原因となり、宝塚発同志社前行きの上り5418M快速列車(207系電車7両編成)が脱線・転覆。特に最前方の2両は脱線・転覆後、線路脇のマンションに激突し、これに巻きつく形で大破した。このとき、列車は制限速度60km/hのカーブに116km/hで進入していた。
 この事故で運転士1名と乗客106名が死亡し、562名が負傷した。死者の数は鉄道事故としてはJR発足以降最悪で、鉄道事故全般では歴代7番目に多い。

https://www.youtube.com/watch?v=ngWgFz94Eo0

https://www.youtube.com/watch?v=vB6GMp3rANM

 事故再現VTR

https://www.youtube.com/watch?v=rO6TLUHyycc

https://www.youtube.com/watch?v=z_2_cli_r_c

https://www.youtube.com/watch?v=Bi1eLv6YrRw

 さて、今日の記事は、これまで何度も類似した内容を掲載しているが、最先端科学が発達した現代社会おいても、未だこうした大事故は無くならない。戦後の混乱期に、物質が不足してまともな資材が入手できず、劣化したレールを使用して脱線転覆事故が多かったが、近年は明らかに人為的なミスにより、多くの尊い人命が失われている。死んだ人間は二度と生き返らないという前提で、安全対策を万全かつ念入りに行ってほしいものだ。取り返しがつかない大事故を起こした後で悔やんでも後の祭りなのだということを再認識しなければならない。
 また、我々は、いつ何時、こうした突発的な事故に遭遇して命を落とすかわからない時世にあって、いつも死に対する意識や概念を持ち、それ相応の準備や覚悟をしておかなければならない時代になってしまった。衝動的に行われる通り魔殺人や交通事故、噴火、落雷、地震、津波、大雨による土砂崩れなど、人間の「生」を脅かす災害に巻き込まれる可能性は決して0%ではないのだ。「備えあれば患いなし」。この言葉の意味をもう一度再認識してほしくて、ここに老婆心ながら、掲載した次第である。

 参考記事

 「戦後日本で起きた大惨事事故」

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-757c.html

 「半世紀の衝撃事件・事故・自然災害」

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-ba42.html

 「日本の鉄道事故(1950年~1999年)」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E4%BA%8B%E6%95%85_(1950%E5%B9%B4%E3%81%8B%E3%82%891999%E5%B9%B4)

 「日本の鉄道事故(2000年以降)」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E4%BA%8B%E6%95%85_(2000%E5%B9%B4%E4%BB%A5%E9%99%8D)

 記事作成:9月30日(火)

2014年10月16日 (木)

超貴重映像 ~甦る太陽にほえろ~

 今日の記事にリンクした映像は、「削除」されるのも時間の問題の、貴重かつ超希少映像ばかり。それは昭和40年代後半から50年代、一世を風靡した「太陽にほえろ」の刑事たちの殉職シーンを集めた動画。参考にしたのは、渡辺徹がMCを務める番組の特集で、過去の映像を振り返ったときに使われたもの。

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 「太陽にほえろ」は、40代以上の方には、お馴染みの刑事ドラマである。石原裕次郎率いる新宿七曲署の捜査第一係。そこに集まった個性派ぞろいの刑事たち。常に危険と隣り合わせ。聞き込み、尾行シーン、パンと牛乳が付き物の張り込み、全速力で走って犯人を追跡するシーンなど、見所は多種多様にあったが、メインは視聴率が下降傾向になると、決まって人気若手刑事が壮絶な殉職を遂げたこと。これまで歴代の刑事たちの何人が殉死したことだろう。途中、藤堂係長役の石原裕次郎が心臓大動脈瘤破裂で倒れ、手術のため長期離脱。その後奇跡的に回復して復帰したこともあった。殉職する刑事達は、演出自体をその役者に委ね、常にアドリブだったという。

 では貴重な映像をご覧あれ。

 いかがですか。当時、毎週金曜の20時、かぶりつきで見ていた名ドラマ。

 私が印象に残る殉職シーンベスト5はコチラ

 1位 柴田純(ジーパン刑事)

 「なんじゃこりゃ~!」の絶叫と「俺死にたくないよ」と言い残し、咥えたばこで動かなくなるシーンは圧巻だった。白の上下が真っ赤な鮮血で染まった。

 2位 三上順(テキサス刑事) 

 ジージャンにブルージーンという決めスタイル。男臭さが匂う熱血刑事だった。正義感ゆえの焦りから単身で拳銃密造グループの取引現場に乗り込んでしまい、激しい銃撃戦の末に若い命を散らす。

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 3位 田口良(ボン刑事) 

 絶命寸前に電話BOXからボスにかけた電話が涙を誘った。

 4位 早見淳(マカロニ刑事)

 負傷した石塚の見舞いの帰り、立ち小便の直後に小銭狙いの通り魔に刺されて死亡。

 5位 滝隆一(スコッチ刑事)

拳銃密造事件での犯人逮捕後に喀血、搬送先の病院で石塚と山村に看取られ死亡する。彼は、スマートで甘いマスクの2枚目だったため、ファンへの配慮で壮絶な殉職シーンは見送られ、病死となった。こういうケースは殿下の交通事故死もそうだった。

Bon Scotch

 続いて、番組を盛り上げる上で欠かせなかったオリジナルテーマ曲の数々を懐かしんでみたい。カッコいいエレキサウンドの「オープニングテーマ(冒険のテーマ)」や各刑事ごとのテーマ曲があった。「青春のテーマ」、「尾行のテーマ」「冒険のテーマ」「追跡のテーマ」「希望のテーマ」など、どれもそれぞれのシーンにマッチしていた。

 では、ここで私が好だったテーマを紹介します。削除を懸念し、アドレスのみの紹介とします。

 1位 「青春のテーマ」 エレクトーンの音色がたまらない。ジーパン刑事のテーマとしても使われた。

https://www.youtube.com/watch?v=g10irDqhTJc

 2位 「オープニングテーマ」 イントロ部のご機嫌エレキサウンドが印象的。

https://www.youtube.com/watch?v=UxDh2-wIVxE

 3位 「愛のテーマ」 切ないシーンを描くのに最適なBGMだった。エンディングに多かった。

https://www.youtube.com/watch?v=sxcJVZW2VNU

 4位 「マカロニ刑事のテーマ」

https://www.youtube.com/watch?v=eS1Z6xCOUtU

 5位 「山さんのテーマ」 露口茂さんの山さんはとにかく渋かった。引退されて久しい。

https://www.youtube.com/watch?v=ivnPKMpZhCo

 6位 「確かな信頼」 事件解決後のエンディングで流れることが多かった。郷愁を誘った。

https://www.youtube.com/watch?v=C-BN7bfidyw

 7位 「追跡のテーマ」

https://www.youtube.com/watch?v=Cq4XYu_HhVo

 8位 「華麗なる情熱」

https://www.youtube.com/watch?v=x8ULk5Nazwk

 9位 「スコッチ刑事のテーマ」

https://www.youtube.com/watch?v=z-9SKUEI9HM

10位 「ボン刑事のテーマ」

https://www.youtube.com/watch?v=b3hAJCRslio

おまけ 「太陽のレクイエム」 こちらはテーマ曲ではなく、緊迫した場面で流れたBGM

https://www.youtube.com/watch?v=wV03AY_YL3g

 さて、当時の懐かしいシーンや名場面、更には刑事たちの活躍が脳裏をよぎったのではないでしょうか。日本テレビ系列で、718話と最も長く続いた刑事ドラマだっただけに、今の40代以上の方々の中には、筋金入りの熱烈なファンが多いのではないかと思う。それが証拠に、「YouTube」にアップされているサウンドトラックの数は半端ない。いつまでも青春時代の想い出として心に焼き付いているような気がする。

 参考ブログ 「私が好きだった刑事ドラマの殉職者

 記事作成:10月13日(月)

2014年10月 8日 (水)

ノスタルジック福島 ~建造物編~

 歳をとると、なぜか神社や仏閣を訪れたくなる。古都・鎌倉や京都、奈良など歴史と文化の中心地に思いを馳せ、数年ぶりに訪ねたくなる。とりわけ奈良は、高校時代の修学旅行で訪れて以来、とんとご無沙汰である。古の歴史浪漫に触れたくなるのも無理からぬこと。
 しかし、わざわざ遠くに足を運ばなくても、我が福島県にも歴史的かつ伝統的な建造物がある。しかもそれらは、映画やテレビドラマのロケで撮影に使用された物も少なくない。本日は、古浪漫を感じることができるノスタルジックな郷愁誘う建造物を紹介したい。秋の行楽のひとつに加えていただけたら幸いです。

 伊達市 保原歴史文化資料館・旧亀岡家住宅

 伊達市保原町歴史文化資料館は、伊達市のほぼ中央、保原総合公園の中にある小さな資料館です。
 公園の緑と野鳥の声に包まれた資料館では、郷土に関する様々な歴史資料や文化資料の収集、保存、整理をしながら、常設展や企画展を開催、年間を通じて、様々な講座や体験イベントを行っています。

 併設の旧亀岡家住宅は、明治の面影を残す疑洋風建築。
 洋風の外観に純和風の内装は、当時の職人らが、西洋人の建築家が設計した建物を参考に見よう見まねで建てた西洋風の建築物であることをよく表しています。

Hobara Kameoka

 郡山市 公会堂・合同庁舎・安積高校・金透小・如宝寺

 郡山には「世界遺産」もどきの建造物が多数散らばっている。このことは以前、当ブログの「郡山にある世界遺産」という記事で紹介した。しかし、歴史を感じる建造物はたくさんあって、スペインのドバコ聖堂と瓜二つの造りなのが郡山市公会堂。郡山ではもっとも古い建造物のひとつ。今でもバリバリ現役の公会堂。私の祖母が昭和62年5月に亡くなった際に、ここで葬儀告別式を執り行った。
 また、細沼にある県の出先機関が集中している合同庁舎は、子供の頃は私の遊び場だった。ここの土台の石垣の隙間から床下に侵入し、ろうそく片手にかくれんぼごっこをしたものだ。今では不法侵入で御用だろうが、とうの昔に時効だろう。ここは三島由紀夫が割腹自殺した自衛隊市ヶ谷駐屯地の建造物と造りが似ていたことで、1985年のアメリカ映画「MISHIMA」の撮影に使われた。三島役は今は亡き名優・緒形拳が演じた。

Cityhall Godohall

 安積歴史博物館(旧福島県尋常中学校)

  • 1973年(昭和48年) 3月、福島県文化財指定
  • 1977年(昭和52年) 6月、国の重要文化財に指定
    1984年に安積高校の創立百周年記念事業により博物館として整備、一般公開され現在に至る。2009年(平成21年) NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』で秋山真之と正岡子規が通った神田共立学校という設定でここでロケが行われた。明治の面影を残す、貴重な建造物だ。
     また、昭和の時代には、この前で「ザ・ベストテン」の追っかけ中継が行われた。ここで歌った歌手は「中森明菜」だった。
     
  •  金透小は、郡山市内で最初に設立された小学校で歴史が一番古い。1874年当時は郡山小学校の名称だった。市内堂前、如宝寺と郡山消防署の間にあり、丘の上に建つ。校庭がかなり狭い。校庭の土留めの南斜面には人工の滝が流れる。また、一角には記念講堂が残されている。校歌以外に「金透讃歌」という歌がある。
                                                             
     如宝寺は、郡山で最古のお寺。檀家の数も最も多い。市街地の一等地にある。境内には数多くの古碑があり、鎌倉時代の刻銘のある石造笠塔婆、板石塔婆は、重要文化財に指定されている。ここには、戦時中に「郡山空襲」で爆撃を受け、保土谷化学に学徒動員で働いていた白河女子高校や郡山商業高校の生徒が数多く命を落とし、彼らを供養するための「学徒動員戦没者慰霊碑」もひっそりと建っている。
  • Asaka Nihouji

     会津若松市 市役所 さざえ堂 渋川問屋

     市役所は1937年に竣工された歴史的建造物。外見は石造りである。郡山市の県合同庁舎と似ている。私は平成元年~2年までの1年間、同じ東栄町の、市役所の東隣りにある新築マンションに住んでいたので、毎日、鶴ヶ城と市役所を眺めながら生活した。

     さざえ堂は飯盛山の中腹に建ち、県の重要文化財に指定されている、ユニークなお堂。急なスロープを頂点目指して螺旋状に登るが、最高点まで達すると下りスロープに変わる。しかし一度も交差しないまま出てこれる不思議な構造物。ぜひ一度体験してほしい。
     渋川問屋は古浪漫を伝える老舗宿。大正時代を彷彿させる色鮮やかな色彩の宿で、とにかくオシャレでハイカラな造り。中には囲炉裏があったり、古民家風の造りも落ち着ける。

    Sazae Shibukawa

     南会津 大内宿・左下観音堂

     江戸時代にタイムスリップしたかのような風情ある茅葺屋根の民宿が連なる街道。国道から山奥に入った場所にある。ここは「高遠蕎麦」といって、ネギ一本を箸代わりにして食べるのが名物。

     左下観音堂は、今年、ようやく県の重要文化財に指定された。秘境感たっぷりで、山の奥にひっそり建つ。まるで京都・清水寺のミニチュア版。岩壁にひっつくように佇むそれは、来るものを拒むかのような印象。そして一周できる展望台は歩くたびに振動して、その揺れが怖い。今年5月、土曜日の朝に訪問したが、30分間の滞在中、誰も観光客が来なかった。熊が出そうな不気味な場所。入山口にそのありかを示す看板や観光案内もなく、まさかこんな辺鄙な場所に、これほどの威容の歴史的建造物があるなんて夢にも思わないだろう。地元美里町民しか知らないような穴場のスポットだ。

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     猪苗代町 天鏡閣

     福島県猪苗代町にある旧有栖川宮・高松宮翁島別邸。本館、別館、表門は1979年(昭和54年)2月3日、国の重要文化財に指定されている。一部3階建てのルネサンス様式を巧みに取り入れた和洋折衷の建築様式で、白い板壁やバルコニーの外観が特徴。建築当時に流行した部屋の配置方法であるビリヤード室、大理石製のマントルピース、シャンデリアなどの豪華な調度など、当時としては極めて豪華なつくりとなっている。
     「天鏡閣」の名は、漢詩を好んだ大正天皇が皇太子時代にこの地に滞在した折、李白の詩句「明湖落天鏡」より命名した(直筆の額が保存されている)。当時は、別荘から見える猪苗代湖の湖面を鏡に例えたことから命名したと考えられる。落成から100年を超え、まばらだった周囲の樹木が建物以上の高さまで成長したため、現在は館内から湖面を見ることはできない。

    Tenkyokaku

     柳津虚空蔵尊 

     福島県内の児童は一度は遠足で訪れる場所。目の前が流れが緩やかな大川で、アーチ形の大きな橋がふたつ角度を変えて連なる。その岩壁に沿うように築かれた断崖の岩壁にそそり立つ境内。景色は最高。ここの名物は粟饅頭(あわまんじゅう)で、黄色い粒粒のふっくらした饅頭が美味。今冬に老舗の店が火災で焼失した。でもここを訪れたら一度は召し上がってほしい。

    Kokuzouson Awamanjyu

     福島市 医王寺 中野不動尊 

     私は何度か訪れているが、最近は平成25年9月に、職場の同僚と「松尾芭蕉」の「おくのほそ道」の足跡を追って旅した時に訪れた。芭蕉の像が当時の状況を偲ぶ。しかし、飯坂温泉では、彼や曾良はあまりいい記載を残していない。よほど宿の寝床が酷かったらしい。また、医王寺の杉林と長い参道は必見の価値がある。飯坂温泉のお湯は熱すぎて入れない。中野不動尊は朱塗りの境内が鮮やかで、滝の内部が洞窟のようになっていて潜り抜けられる。

    Iouji Nakanohudouson

     棚倉町 山本不動尊

     山の急斜面に沿った長い石段の上に構えている境内。. 樹齢100年をこえる杉並木をぬけ、 130段の石段を登りつめると 巨岩の 洞窟に御本尊が安置された霊場が出現する。 大同2年(807年)、弘法大師が 東北 行脚の途中ここに護摩壇を築き、 八溝山系に住む悪鬼を調伏祈願したのが 山本不動尊の始まりで、 以後附近の住民は安穏な暮らしができるように なったといわれる。 山本不動尊を中心とした南北約5kmの渓流は 奥久慈県立自然公園に指定され、 春にはしゃくなげ・山桜・岩つつじ等が咲き匂い、 キャンプ、ハイキング、芋煮会、松たけ狩など 年間を通し豊かな自然が満喫できる。

    Yamamoto Yamamoto2

    https://www.youtube.com/watch?v=w1Dr4zL_zVk

    https://www.youtube.com/watch?v=_dGYfFOBh1o

     須賀川 芭蕉の足跡(可伸庵・芭蕉記念館・乙字ケ滝)

     元禄2年(1689年)、俳聖松尾芭蕉が「奥の細道」行脚の際、須賀川に7泊8日滞在しま した。 このことから市内には芭蕉ゆかりの句碑や旧跡が数多く残されている。

    Kasinan Otsuji

     白河市 関所跡

     白河の関(しらかわのせき)は、鼠ヶ関(ねずがせき)・勿来関(なこそのせき)とともに、 奥州三関の一つに数えられる関所である。都から陸奥国に通じる東山道の要衝に設け られた関門として史上名高い。 この関所の場所を巡っては様々な説があった。1800年(寛政12年)、白河藩主松平定信は文献による考証を行い、その結果、白河神社の建つ場所をもって、白河の関跡であると論じた。1960年代の発掘調査の結果、土塁や空堀を設け、それに柵木(さくぼく)をめぐらせた古代の防禦施設を検出、1966年(昭和41年)9月12日に「白河関跡」(しらかわのせきあと)として国の史跡に指定された。

    Skisyo

     いわき 白水阿弥陀堂

     福島県で唯一の国宝。いわき市内郷にある。日本庭園のような広大な敷地に池のほとりにぽつんと佇む古いお堂。毎年、ここで消火訓練が行われる映像でしかお目にかかることはない。

    Siramizuamida Shiramizuamidadou

    参考ブログ「郡山市にある世界遺産」

    http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-00b7.html

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     蛇足だが、我が福島県には、全国にその名を轟かせる「ミステリー物件」がある。テーマにそぐわないが、問い合わせが多いため、ここで取り上げておきたい。

     1 「横向きロッジ」

     平成25年の夏に訪れた。土湯バイパスが完成するまでは、磐梯吾妻スカイラインへ通じる峠道で、野地温泉など旅館があった。問題のロッジは、現在の箕輪スキー場と尾根続きだった「横向スキー場」だった場所に、宿泊用として建てられた施設。営業当時はかなり大きく、収容人数も多かったことから、登山客やスキー客の利用者で賑わっていた。
     しかし、採算が取れず、閉鎖してからは、山深い中腹にひっそり建ち、急コーナーが連続する峠道の途中にあり、ひっそりしていることから、幽霊が出るといった噂が噂を呼んだものと思われる。内部は落書きだらけ。肝試しで訪れた輩がスプレーで残して行ったもの。

     2 「翁島ペンション」

     稲川淳二が訪れたことで知られる心霊スポット。バブルの頃まで使われた「翁島ペンション」は、オーナーが自殺したとか殺人事件があって無数の幽霊が浮遊しているなどとの噂が飛び交い、全国の心霊マニアや肝試しの輩が押し掛けるようになった。しかし、実際はそのような出来事はなく、事実無根。廃墟の状態が荒れ放題。震災以降、いつ崩落しても不思議ではない有様。私は平成25年にその場所を突き止め、訪れたが、恐ろしくて内部に侵入はできなかった。森林地帯の奥にひっそり建つ、薄気味悪い佇まいで、どうしてこんな辺鄙な場所に、オシャレなペンションを建築したかが疑問。夜に訪れたら、確かに不気味だろう。

     3 「国民宿舎五色沼」

     ここはずっと廃墟状態で放置され、荒れ放題になっていた。心霊スポット化し、廃墟マニアが多数訪れていた。猪苗代から裏磐梯に向かう一本道路から見える場所にあって、5年ほど前に不審火で内部が焼けた。しかし、最近、この場所は解体され、現在は更地になっている。駐車場として活用するようだ。

    http://2sk170.blog.fc2.com/blog-entry-289.html

     4 「河鹿荘」

     磐梯熱海温泉街の旧国道49号線沿いに建つ。太田熱海病院の先、会津方面に向かって道路左側の雑草の中にある。廃墟のまま放置され、温泉街のイメージダウンになるのに、なぜ取り壊さないのかわからない。

     5 「安達が原・黒塚」

     歌舞伎にもなっている悲話の鬼婆伝説が残る。「三枚のお札」の昔話を地で行くような、山姥の鬼畜実話が残る。二本松市街の北東部、阿武隈川にかかる橋を渡った先にある。近年、「ふるさと村」なる五重塔を備えた広場を整備し、観光名所化した。その一角にあるお寺がそのいわく付きの場所。ここは昼間訪れても不気味。観光局も少ない。その周囲はおどろおどろしい雰囲気が漂い、呪われた場所という印象。敷地内に猫が放し飼い。

     今はもう無いもの・・・・弁天山の洋館、旧うすい女子寮

     記事作成:8月中~9月20日(土)

    2014年10月 4日 (土)

    サプライズ&ドッキリ系番組

     このところ「サプライズ」がやたら流行っている。彼女へのバースデープレゼントにしても、プロポーズにしても、まるでドラマ仕立てのような、一生の想い出に残るようなシチュエーションを模索し、あれこれ準備に余念がない男子が多い。また、同様に、芸能人もまた然り。突然、街角に現れ、一般人や通行人のリアクションを楽しんだり、ドッキリを仕掛けたりすることも多い。そうしたテレビ番組が数多く制作されている。

     「笑神様」や「ニンゲン観察モニタリング」、「ピカルの定理」、「おじゃマップ」、「恋愛総選挙」、「田舎に泊まろう」、「鶴瓶の家族に乾杯」、「ダーツの旅」などはその典型。また、旅番組やグルメ番組も然り。アポなしでレストランや居酒屋に乱入したり、あるいは自宅訪問してあっと言わせたり、また、結婚式の裏方として場を盛り上げたり、いきなり泊めてほしいとお願いする番組まである。芸能人には特有のオーラがあって、バレることが多いが、突然目の前に芸能人や有名タレントが現れると、かなりパニックになるし、普段お目にかかれないだけに、感謝されること請け合いだ。逆に商店街などでは、タダで食べ物を貰えたり、VIP待遇を受け、ことさら凡人には羨ましい限りだ。

     さて、前置きが長くなったが、本日はタイトルが示す通り、突然芸能人が目の前に現れた時の一般人の反応を楽しむ番組やサプライズを仕掛ける趣旨の番組を取り上げてみたい。
     ただし、以前の記事で掲載した「福山エンジニアリング」は、今回は割愛したい。また、リンクした動画は削除される可能性が高いため、早めにご覧ください。

     ベッキー&ローラ(カラオケ店員、時代劇)

     ご存知「ニンゲン観察モニタリング」の木部さんとローラの爆笑シリーズ。これまで学校の先生に扮したり、変装して成人式に潜入したり、いつバレるかわからない状況で、面白可笑しいパフォーマンスを遂行する。神出鬼没だが、その場に偶然居合わせた客の反応は様々だが、驚きと感激が交錯する中で、淡々と演技は進む。芸能人の特権のような歓待ぶりに羨ましくなるシーン連続だ。

     恋愛総選挙(渡辺麻友編)

     この番組は、お気に入りのAKBメンバーからの告白を希望する視聴者が、ハガキを番組に出し、高倍率の抽選の中から選ばれ、突然のサプライズを受ける。予期せぬ好きな芸能人の出現に戸惑いながらも、嬉しさが滲み出る。スタジオで、この告白シーンをモニターで見物している芸能人には涙が・・・。残念ながらこの番組は今年9月をもって終了してしまった。ほのぼのして恋愛シチュエーションを具現化できる趣旨がウケた。
     AKBは、ファンとの距離を縮める努力を絶えずしてきた。握手会やファンが投票し、選抜メンバーやセンターを決める総選挙を企画したり、被災地にも毎年のように訪れ、被災者を激励している。多忙を極めるアイドルがなかなかできることではない。

     24時間テレビ×ダーツの旅

     嵐(櫻井翔)→ https://www.youtube.com/watch?v=66hdBxeufuo

     この番組は行き当たりばったり。ダーツを投げて刺さったところを訪れる。これまで幾度も芸能人が訪れている。自分がファンのアイドルが目の前に現れたら・・・きっと現実と夢の区別がつかず、どういうリアクションを取ればいいのかすらわからない筈。そうした妄想を具現化する企画だ。

     SMAP×SMAP(5人旅)

     国民的人気を誇るSMAPの5人。番組のご褒美で「5人旅」をプレゼントされたが、旅先の大阪で、突然訪れた「お好み焼き屋」や「イトーヨーカドー」、「USJ」で彼らは熱烈な歓迎を受ける。そして、警備の体制を整えて訪れた「USJ」では、まだ営業開始していない「新型コースター」にいち早く乗せてもらえることになった。行く先々で歓声が上がり、黒山の人だかり。でも四六時中、衆人環視で一億人総記者時代と呼ばれる今、勝手に写メを撮られて、ブログに掲載されたり、ツイッターにアップされてたり、芸能人には骨の休まる暇がないように思える。変装しないと、町を歩けない。それはあながち逃亡中の犯人のようだ。

     キムタク女子校潜入

     この映像は、もう10年以上前。木村拓哉がやけに若い。人気絶頂の時に、あろうことか女子高に潜入。突然現れたキムタクに体育館の生徒は大パニック。そこでゴミを拾った聖人ふたりに祝福のKISS!生徒の黄色い歓声と悲鳴がこだまする・・・。

     AKBINGO「大島優子卒業記念」

     校長先生を巻き込んだドッキリ作戦。吹奏楽部員は、憧れのAKBのメンバーを前に感激して涙を流す。また、その後の「卒業生を祝う集会」で、いきなり本物のAKBのメンバーが登場。生徒たちの反応は?

     笑神様は突然に・・・(ももクロ)

      芸能人だとバレたら大パニックになることが見え見えのアイドルの原宿ゲリラ訪問。変装しているとはいえ、人気絶頂のアイドルはすぐに見破られてしまう。夢の原宿散歩。普通の女子高生が遊び、名物を食べて楽しめるようなことをしたいだろう。果たしてどういう結果が・・・。

     さて、今日の記事は動画削除必至の、決死の覚悟の公開。芸能人の特権と言うか、VIP待遇の凄さをまざまざと見せつけるVTRだ。予想だにできない出現に周囲は慌てふためく様子が見て取れる。どこに行っても衆人環視で、断りなく写メを撮られたり、Twitterにアップされ、気の休まるどころの騒ぎではないかもしれない。おちおち飛行機の中で寝ていられないかもしれない。だからこそ真のスターなのかもしれない。この人気がいつまで続くかわからない芸能界の事情も厳しいものがあるが、テレビでこうした企画で、芸能人、突然現るみたいな番組は、得てして高視聴率をマークする。「サプライズ」&「ドッキリ」流行りの世間の風潮を逆手にとった企画の勝利と言えるかもしれない。

     記事作成:9月30日(火)

    2014年10月 1日 (水)

    CMの彼女 21

     このテーマの執筆は久し振り。今日はグラビアアイドルの中村静香を紹介する。最近、バラエティーやクイズ番組の出演で、露出度が多くなっている今、注目のタレントだ。では早速彼女の出演しているCM作品とプロフをどうぞ!

     グリコ乳業 ~ドロリッチ~

     CM出演に関するインタビュー映像はコチラ

    https://www.youtube.com/watch?v=IFcuHoVd394

     アートネイチャー

     同じO型の長野美郷、井上真央、大沢あかねに似ている。いずれも色白で丸顔。加えて胸が大きいという特徴がある。おっとり感満載で、あどけない表情やリアクションがなかなかの癒しを与えてくれる。
     彼女の雰囲気や性格が伝わるグラビア系の映像はコチラ

    https://www.youtube.com/watch?v=9i8DC8Lm-zk&list=PLclxJK8FF-j7NVAy3R3oNkd56TLZOYCAE

    https://www.youtube.com/watch?v=MAcXkY3gcr8

    https://www.youtube.com/watch?v=Jsf6OXSeots

    https://www.youtube.com/watch?v=Nx24xe2xTNk

    https://www.youtube.com/watch?v=70a8ik-1DOw

    https://www.youtube.com/watch?v=ET38AgwqjWU

     <プロフィール>

    生年月日   1988年9月9日生まれの26歳
    出身地     京都府宇治市
    血液型     O型
    スリーサイズ B-88 W-59  H-86 Fカップ

    2002年4月、よみうりテレビ『プチドル』で、アイドル予備軍のメンバーを集めた「プチドル隊」の一員として、芸能活動を開始。グループの中では、最年少(当時13歳)であった。同年8月、プチドル隊としてCDデビュー。メインボーカルの1人として抜擢され、歌披露の際にはセンターポジションを務めた。
    2003年、第9回全日本国民的美少女コンテストの決勝まで進出し、オスカープロモーションに所属。美少女クラブ21(美少女クラブ31の前身)結成時の一員となる[2]

    2004年8月、ティーンエイジクラブの一員となる。グループとしてグラビア活動も行った。2005年5月に初のソロ写真集『WATER COLOR』を発売。
    2006年8月、初のソロDVD『ほ・ん・の・り』を発売。
    2006年10月、上野樹里主演の『幸福のスイッチ』で、映画初出演。

    趣味は、読書、スポーツ。特にサッカーが好きである。特技は、アルトサックス]、筋肉の名称を言える事。チャームポイントは、Fカップのバスト。

     さて、ベビーフェイスの彼女だが、アイドル時代から活躍し、芸歴は13年と長く、今年26歳になった。誕生日は私と一日違いの同じおとめ座。
     健康的で陽気な印象を与える彼女。天真爛漫を絵に描いたようなキャラで、これからも私たちを和ませ、癒しを与えてほしいと思う。

     記事作成:9月24日(水)

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