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2014年10月18日 (土)

戦後日本で起きた大惨事列車事故

 戦後の混乱期に、国鉄の人員削減名目による粛清に反発し、今でも語り継がれる怪事件があった。「三鷹事件」「山下総裁轢死事件」、そして我が福島県の東北線で発生した「松川事件」である。これらを称して「国鉄三大ミステリー事件」と呼ぶ。多くの人命を奪った憎き犯人は絶対に存在しているのに、これらは不可解で、未だ真相は闇の中にある。一体犯人(犯行グループ)は誰なのか、未解決のまま迷宮入りしてしまった。

 これらの出来事は、戦後、人々を恐怖に陥れたが、本日取り上げたいのは、こうした怪事件ではなく、日本で不幸にも発生してしまった列車による大規模災害事故である。振り返れば、明治時代に東京~新橋間が開業して以降、鉄道輸送の分野は目覚ましい発展を遂げ、その利便性も向上して来た。しかし、それに呼応して、人為的ミスによって多くの人命が失われた大事故が起きているのもまた事実である。犠牲者自身にしてみたら、青天の霹靂で、よもや自分がその場に居合わせて命を奪われるなど予想もしなかっただろうし、事故の一報を受けた遺族の悲しみの大きさは計り知れない。「運が悪かった」では片付けられない、実に居た堪れない突発的な事故だ。

 本日は、「災害は忘れた頃に訪れる」を教訓に、災害や事故はあまりにも突然で、無防備の我々に牙を剥いて襲い掛かってくるということに警鐘を鳴らす意味合いからお伝えするもので、興味半分や被害者家族の心情を逆なでする意図はないことをここでお断りしておきたい。
 では、日本で起きてしまった列車事故の中から、戦後限定で、50名以上の死者を出した、特に悲惨な重大事故を紹介したい。

 「肥薩線列車退行事故」

 1945年(昭和20年)8月22日
 肥薩線吉松駅 - 真幸駅間の山神第二トンネル内において、蒸気機関車(D51形重連)牽引の上り人吉方面行き列車が、粗悪石炭使用のため出力が不足して勾配を登りきれずに停止。トンネル内に充満した煙に耐えられなくなった復員者などが列車から降りて出口へ向かって歩いていた所へ列車が逆走し始め、多くの乗客が轢死した。死者53名。

 「八高線列車正面衝突事故」

 1945年(昭和20年)8月24日 7時40分頃
 八高線小宮駅 - 拝島駅間の多摩川橋梁中央部において上り列車と下り列車(両列車とも機関車1両、客車5両)が正面衝突し、客車が川に転落。少なくとも105名の死亡、67名の重軽傷者が確認された。
https://www.youtube.com/watch?v=nI4j-zpsN2A

 「中央線笹子駅構内脱線転覆事故」

 1945年(昭和20年)9月6日
 中央線笹子駅構内で、スイッチバックのため折り返し線に午前3時41分に到着した下り403列車(ED16形電気機関車牽引)が車止めを突破し、機関車と客車9両のうち3両が大破転覆した。死者60名、負傷者91名。原因は機関車の乗務員の居眠り運転とされている。
                                                        
 「八高線列車脱線転覆事故」
 1947年(昭和22年)2月25日 7時50分
八高線東飯能駅 - 高麗川駅間の20‰下り勾配で、C57 93が牽引する超満員(屋根の上に乗客を乗せざるを得ないという異常ともいえる運転状態が常態化していた)の乗客を乗せた、八王子発高崎行き、6両編成の客車列車が過速度により半径250mの曲線を曲がりきれずに後部4両が脱線し、築堤上から5.6m下の畑に転落。客車の木造車体が大破し、184名が死亡し495名が負傷するという大事故となった。

 「桜木町事故」

  1951年(昭和26年)4月24日
  京浜線の電車(モハ63形、5両編成1271B列車)が、桜木町駅構内で碍子交換工事中に誤って切断され、垂れ下がっていた架線に接触し、電流の地絡により炎上。先頭車が全焼、2両目が半焼し、死者106名、重傷者92名を出す大事故となった。
 その当時、京浜線電車に使用していた戦時設計の63系の粗悪な構造が死傷者を多くしたとして、国電の安全対策強化の契機となった。
 


https://www.youtube.com/watch?v=NfziGZsaW-s

https://www.youtube.com/watch?v=ClWXxoJczd4

https://www.youtube.com/watch?v=8y0SqHR9lKk

https://www.youtube.com/watch?v=DHZr6HTAWaY

 「三河島事故」

 1962年(昭和37年)5月3日
 常磐線三河島駅構内で貨物線から下り本線に進入しようとした田端操車場発水戸行きの下り貨物列車(蒸気機関車牽引)が、停止信号を冒進して安全側線に進入し脱線。先頭の機関車が下り本線を支障した直後に三河島駅を1分遅れで出発し下り本線を進行してきた上野発取手行きの下り電車と衝突し、脱線した下り電車は上り本線を支障した。約6分後、さらにその現場に上野行きの上り電車が高速で突入。上り電車は線路上に避難していた乗客多数を巻き込みながら下り電車に衝突、双方の先頭車両は原形を留めず粉砕され、一部の車両は築堤下へ転落して民家に突っ込んだ。死者160名を出す大事故になった。

https://www.youtube.com/watch?v=xcn_076aayA

https://www.youtube.com/watch?v=FcyBshjoEw0

https://www.youtube.com/watch?v=_vvI4-zunRs

 事故再現VTR(仮想)

https://www.youtube.com/watch?v=fTNML5B3NeI

 「鶴見事故」

 1963年(昭和38年)11月9日
 東海道本線鶴見 - 新子安間で、貨物線(現在の横須賀線線路)走行中の下り貨物列車が脱線し、そこに横須賀線の上下旅客列車が進入して三重衝突事故となる。合わせて死者161名、重軽傷者120名という大事故になった。調査の結果、競合脱線が原因だとされた。

https://www.youtube.com/watch?v=i5oIPOkGOZ4

https://www.youtube.com/watch?v=MqbMXlPo81k

https://www.youtube.com/watch?v=U1WFuRefpyI

 私は、平成25年10月に事故現場を訪れ、総持寺にある慰霊碑に手を合わせて来た。
   
 「信楽高原鐡道列車正面衝突事故」
 1991年(平成3年)5月14日、10時35分ごろ (列車衝突事故)
 滋賀県の信楽高原鐵道信楽線の小野谷信号場 - 紫香楽宮跡間で、信楽発貴生川行きの上り普通列車(レールバスSKR200形 4両編成)と、京都発信楽行きのJR直通下り臨時快速列車「世界陶芸祭しがらき号」(キハ58系 3両編成・先頭車両はキハ58-1023)が正面衝突。上り普通列車の乗務員と添乗していた職員の5名、乗客37名の計42名が死亡、614名が重軽傷を負った。

https://www.youtube.com/watch?v=NBUeXiGVe1Y

https://www.youtube.com/watch?v=QLM2Zk4envI

 「福知山線列車脱線転覆事故」

 2005年(平成17年)4月25日 9時18分頃(列車脱線事故)
 兵庫県尼崎市のJR西日本福知山線(JR宝塚線)・塚口駅 - 尼崎駅間の曲線で、列車の遅延回復のための速度超過運転などが原因となり、宝塚発同志社前行きの上り5418M快速列車(207系電車7両編成)が脱線・転覆。特に最前方の2両は脱線・転覆後、線路脇のマンションに激突し、これに巻きつく形で大破した。このとき、列車は制限速度60km/hのカーブに116km/hで進入していた。
 この事故で運転士1名と乗客106名が死亡し、562名が負傷した。死者の数は鉄道事故としてはJR発足以降最悪で、鉄道事故全般では歴代7番目に多い。

https://www.youtube.com/watch?v=ngWgFz94Eo0

https://www.youtube.com/watch?v=vB6GMp3rANM

 事故再現VTR

https://www.youtube.com/watch?v=rO6TLUHyycc

https://www.youtube.com/watch?v=z_2_cli_r_c

https://www.youtube.com/watch?v=Bi1eLv6YrRw

 さて、今日の記事は、これまで何度も類似した内容を掲載しているが、最先端科学が発達した現代社会おいても、未だこうした大事故は無くならない。戦後の混乱期に、物質が不足してまともな資材が入手できず、劣化したレールを使用して脱線転覆事故が多かったが、近年は明らかに人為的なミスにより、多くの尊い人命が失われている。死んだ人間は二度と生き返らないという前提で、安全対策を万全かつ念入りに行ってほしいものだ。取り返しがつかない大事故を起こした後で悔やんでも後の祭りなのだということを再認識しなければならない。
 また、我々は、いつ何時、こうした突発的な事故に遭遇して命を落とすかわからない時世にあって、いつも死に対する意識や概念を持ち、それ相応の準備や覚悟をしておかなければならない時代になってしまった。衝動的に行われる通り魔殺人や交通事故、噴火、落雷、地震、津波、大雨による土砂崩れなど、人間の「生」を脅かす災害に巻き込まれる可能性は決して0%ではないのだ。「備えあれば患いなし」。この言葉の意味をもう一度再認識してほしくて、ここに老婆心ながら、掲載した次第である。

 参考記事

 「戦後日本で起きた大惨事事故」

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-757c.html

 「半世紀の衝撃事件・事故・自然災害」

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-ba42.html

 「日本の鉄道事故(1950年~1999年)」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E4%BA%8B%E6%95%85_(1950%E5%B9%B4%E3%81%8B%E3%82%891999%E5%B9%B4)

 「日本の鉄道事故(2000年以降)」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E4%BA%8B%E6%95%85_(2000%E5%B9%B4%E4%BB%A5%E9%99%8D)

 記事作成:9月30日(火)

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