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2014年11月

2014年11月28日 (金)

可愛いすぎるアイドル(1980年代)

 今回の記事は自分がいかにミーハーだったかを暴露するような内容だ。私が好きだったタイプは綺麗系よりも乙女チックでベビーフェイス系の可愛い子だったことは何度も書いたが、その中でも飛び切り可愛くて、不覚にも心酔してお熱を上げてしまったアイドルを取り上げることにしたい。タイトルのとおり、ひとり言なのであまり詮索しないでほしい。
 ただし、このテーマに合致するのは、1970年代の天地真理や桜田淳子、石野真子、岡田奈々、大場久美子、木之内みどりがいるが、今回は枠を広げず、私が高校、浪人、大学時代、そして20代前半を過ごした1980年代以降で紹介したい。どういうわけか私が夢中になったのは血液型がO型とB型が多い。

 本日は10名紹介したいが、プロフを掲載すると長くなるため、懐かしい映像を中心にお送りします。(削除されるかもしれませんが)

1 伊藤つかさ・・・O型 高1~高2

https://www.youtube.com/watch?v=QsXNEVycNrI

「アイコ16歳」 https://www.youtube.com/watch?v=IsgRyoXHV_E

2 倉沢淳美・・・B型 高3~大1

https://www.youtube.com/watch?v=eEuwBAmkZZ0

3 菊池桃子・・・B型 高3~大1

https://www.youtube.com/watch?v=JYVrDXUKork

4 島田奈美・・・O型 大3~大4

https://www.youtube.com/watch?v=x9LJjIg4Q-E

5 河合その子・・・B型 大2~大4

https://www.youtube.com/watch?v=eBb8Hzq6YoY

(埋め込み処理不可でした)

6 南野陽子・・・B型 大4~社会人

https://www.youtube.com/watch?v=-2irRkmcLoA

https://www.youtube.com/watch?v=uXWEQkEZV4I

7 伊藤さやか・・・B型 浪人~大1

https://www.youtube.com/watch?v=LhYZcFLTlSM

8 高井麻巳子・・・O型 大2~大4

 突然泣き出した「約束」 https://www.youtube.com/watch?v=5gfJGVz7QbM

9 吉田真里子・・・B型 社会人

https://www.youtube.com/watch?v=nyOoyvY1GcY

https://www.youtube.com/watch?v=xAmS_6O_RvI

 同じB型の大島優子が出て来た時には彼女の再来かと思ったほどだ。

10 小倉優子・・・B型 社会人

 

https://www.youtube.com/watch?v=hhXV8gCD1I0

https://www.youtube.com/watch?v=SRJ2sEoYlWg

 小倉優子は不思議天然少女の典型。「コリン星」から来たと言って憚らなかった。AV女優の「つぼみ」そっくり。重盛さと美ともダブる。

 他にはB型の中山忍、河合さとみ、小川範子がいた。B型は夢見るメルヘン少女や天然っぽい魅力に溢れている。気性が激しいA型のように表の顔と裏の顔がないし、嘘がつけない性格なのがいい。B型のアイドルのファンは熱狂的な人が多い。

 おまけ 酒井美紀・・・AB型

https://www.youtube.com/watch?v=ZzebnuSwlqQ

https://www.youtube.com/watch?v=HvQXirs22mo (白線流しの名シーン)

 さて、今日は映像をメインで紹介したが、A型がひとりもいないのが寂しいが、1980年代は、O型とB型アイドルが芸能界を席巻していたと言って過言ではない。この頃がアイドル全盛で、1990年代に入るとバンドとダンスユニットブームが到来し、アイドル歌手は軒並み姿を消した。2010年代の現在、再び多人数アイドルユニットが持て囃されるのは、私を含め1980年代のアイドルブームを経験した世代が、親の世代になったためで、その2世たちが、その影響を受けているからにほかならない。

 記事作成:10月29日(水) 

 おまけ(宝塚だけに、まさにお宝映像)

 檀れい(A型) 月組トップになりたての頃

https://www.youtube.com/watch?v=f0eZgXc-HpY

2014年11月26日 (水)

都道府県別血液型分布

 これまで当ブログで、30回以上も血液型ネタの記事を掲載し、なおかつ35年もの長きに渡って血液型別性格診断を研究し、「血液型マイスター」を自称している私だが、この手の話題に触れずに来たことに気づいた。それはタイトルに掲げた通り、1道1都2府43県ある日本において、どの都道府県にどの血液型が多いか、その統計をとっていなかった。
 とはいえ、私は研究者でもないし、調査や統計のプロでもない、何のとりえも無い凡人のため、今回はあるサイトの資料に助けを借り、それを独自の視点で編集して公表したいと考えた次第です。私が参考にした資料は以下の2点です。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

 <参考資料>

 「図録都道府県別の血液型分布」 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/7308.html

 「goo地図―都道府県血液型分布(A型)」

http://map.goo.ne.jp/datamap/datamap.php?map_id=1132

 「goo地図―都道府県血液型分布O型)」

http://map.goo.ne.jp/datamap/datamap.php?map_id=1135

 「goo地図―都道府県血液型分布(B型)」

http://map.goo.ne.jp/datamap/datamap.php?map_id=1134

 「goo地図―都道府県血液型分布(AB型)」

http://map.goo.ne.jp/datamap/datamap.php?map_id=1136

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 では、早速ですが、都道府県別に傾向を掲載し、その後、血液型別に編集し、どのような統計結果が見られ、結論が得られるか探ってみたい。

           A型    O型     B型     AB型

日本全国    38.0%  30.7%  21.8%   9.4%

 北海道     37.0%  34.9%  18.9%   9.2%

 青  森    33.2%  33.2%  25.1%   8.4%
 岩  手    34.2%  33.0%  24.4%   8.5%
 宮  城    36.6%  32.1%  22.7%   8.6%
 秋  田    34.2%  31.3%  25.2%   9.4%
 山   形    37.1%  30.2%  23.7%   8.9%
 福   島    35.6%  30.0%  23.3%  11.1%

 北海道・東北は面白い。私が北海道に2年間住んでいたときに、周囲の地元の方々はO型がやたら多いと思っていたら、やはりそうだった。O型の比率は全国1位。北海道を代表する有名人に松山千春、中島みゆき、北島三郎、倉本聰らがいるが、いずれもO型。もちろん、他の血液型でも千代の富士や細川たかし、玉置浩二、吉田美和はA型で、大泉洋がB型という例はあるが。バイタリティのあるO型を厳しい環境の「北の大地」が育んでいるという印象がある。
 東北地方を見ると、青森県はA型が全国最下位と少なく、O型と同数。そして福島県に住んでいる私は、私が親友と呼べる友達(身内も含め)には、不思議とB型ばかりだと思ったら、東北を始め、寒い地方はB型が多いことが判明。東北六県すべてが全国平均を上回っている。確かにここ郡山市もB型が多すぎ。私の友人のうち、7割はB型だ。秋田はB型が全国1位だ。色白の秋田美人はO型とB型が支えている。藤あや子はB型。ちなみに桜田淳子と壇蜜はO型、佐々木希はAB型。青森も全国2位。北東北はB型が比較的多く、性格が真逆のA型は住みにくい傾向がある。
 また、東北はAB型が少ないが、福島だけは突出している。なんと全国1位。これは福島県もB型の割合が高く、A型と結婚する率が比較的高いため。A型は7道県いずれも全国平均より少なく、生活がしづらいかもしれない。のっけから面白いのは、接している隣接県であってもその分布には差異が顕著だということ。

           A型    O型     B型     AB型

 茨   城    34.8%  31.5%  23.2%  10.5%
 栃   木    35.2%  31.9%  24.2%   8.7%
 群   馬    36.5%  30.2%  22.7%  10.6%
 埼   玉    39.4%  29.2%  21.7%   9.8%
 千   葉    36.3%  33.3%  22.2%   8.1%
 東   京    37.8%  31.1%  22.1%   9.1%
 神奈川    37.6%  31.5%  21.0%   9.9%

 関東地方は、埼玉のA型が4割近くに上る。しかし関東の他県のA型は、全国平均をすべて下回る。また、大島優子を輩出した栃木のB型は多すぎ。4人に1人はB型。千葉のO型もかなりで、青森のA型よりも多い。勤勉で責任感が強いA型が、集団就職で都会へ出稼ぎに出ている影響か?関東は、埼玉を除き、O型が多いことがわかる。都会でも自活して頑張っていけるO型のバイタリティーの強さと社交性抜群の性質がなせる業だ。

           A型    O型     B型     AB型

 新  潟    37.2%  29.8%  22.7%  10.2%
 富   山    37.8%  30.9%  21.7%   9.6%
 石   川    37.2%  30.5%  22.5%   9.8%
 福   井    37.2%  33.1%  21.4%   8.4%

 北陸地方はほぼ同じ比率。A型はいずれも37%。しかし米どころ、酒どころの新潟はO型が少なく、合理性の塊であるAB型が多い。一方、福井は反対にO型が多く集まり、AB型が少ない土地柄。北日本、つまり寒い場所はA型が少ない傾向。石川は日本のほぼ平均値。物腰が穏やかで尽くすタイプが多い石川の女性。お武家出身だけあって「嫁にもらうなら金沢の女性」と言われるが、血液型との因果関係はなさそう。

           A型    O型     B型     AB型

 山   梨    39.6%  29.6%  20.9%   9.9%
 長   野    36.5%  27.8%  24.7%  11.0%
 岐   阜    40.2%  31.8%  20.3%   7.9%
 静   岡    37.0%  31.9%  22.8%   8.4%
 愛   知    37.4%  30.7%  22.6%   9.4%

 中部(東海・信越含む)地方は実に興味深い。A型は岐阜と山梨に集中。岐阜はB型とAB型が異常に少ない。長野はO型が少なすぎて、その分B型の25%近い数値は高い。長野は日本第2位のB型産地。AB型の11%も全国2位。県境を接し、御獄山のある岐阜と長野はAB型で3%以上も違う。同様にA型も3.5%も差がある。静岡はO型が多い傾向。

           A型    O型     B型     AB型

 三  重    36.2%  30.1%  23.8%   9.9%
 滋   賀    39.0%  27.7%  22.9%  10.4%
 京   都    38.8%  29.1%  22.3%   9.9%
 大   阪    39.8%  31.6%  20.3%   8.3%
 兵   庫    38.9%  30.6%  21.0%   9.5%
 奈   良    39.5%  31.3%  19.7%   9.5%
 和歌山    37.3%  31.4%  22.3%   9.1%

 近畿地方は三重と和歌山を除き、いずれもA型が多い。格好良さと都会への憧れが強いことを反映している。一方で滋賀県のO型は極端に少ない。一般的にO型が少ないとAB型が増える傾向がある。血液型遺伝子構造から説明がつく。

           A型    O型     B型     AB型

 鳥   取    40.6%  30.1%  20.4%   8.9%
 島   根    40.3%  28.5%  21.0%  10.2%
 岡   山    38.4%  29.1%  22.0%  10.5%
 広   島    40.2%  29.6%  21.2%   9.0%
 山   口    39.0%  30.7%  20.8%   9.5%

 中国地方は「桃太郎」でお馴染みの岡山県を除き、A型偏重傾向は顕著。というか西日本方面に向かうにしたがってA型が多くなる。それに伴い、AB型も増え、O型は減少傾向。出雲大社で有名な島根はO型は少ない。どの地方もそうだが、AB型は1割前後。自分以外の9割が自分とは異なる血液型で、性格や発想が違うとしたら、AB型は世渡り上手になるしかない。そのへんがAB型が事務能力に長け、協調性があって合理的な考え方を生み出したのかもしれない。鳥取のA型は日本で第3位。

           A型    O型     B型     AB型

 徳   島    41.6%  30.2%  20.4%   7.8%
 香   川    39.6%  30.6%  21.0%   8.8%
 愛   媛    41.0%  27.8%  21.0%  10.2%
 高   知    40.3%  28.1%  21.9%   9.7%

 四国地方はやはりA型上位。徳島は全国1位のA型産出県。逆にAB型が全国一少ない。両極端だ。阿波踊りはA型中心に成り立っている。調和が売り。みかんの産地と坊ちゃんの故郷・愛媛のO型が少ないのは意外だが全国最下位。ちなみに夏目漱石はA型。温暖な瀬戸内気候はA型が多いようだ。嫁にするなら「石川県の女性」に反して、高知の女性を嫁にすると気が荒くて喧嘩が絶えないと言われている。それは地域性によるもので、血液型は因果関係はなさそう。

           A型    O型     B型     AB型

 福  岡    41.5%  28.6%  20.6%   9.2%
 佐  賀    38.7%  28.3%  22.6%  10.4%
 長  崎    39.3%  29.4%  21.1%  10.3%
 熊  本    39.9%  30.1%  20.3%   9.7%
 大  分    39.9%  28.0%  21.2%  10.9%
 宮  崎    40.0%  30.1%  19.3%  10.7%
 鹿児島    39.8%  30.8%  20.5%   8.9%
 沖   縄    36.0%  33.0%  21.6%   9.4%

 九州地方はA型が圧倒。全国1位の福岡を始め、すべての県で全国平均を上回る情勢。A型は真面目で勤勉、責任感が強いと思われがちだが、キレやすく、喧嘩っ早い性格でもある。ドスの利いた特徴のある話し方で、福岡=やくざという認識を持った時代があったが、かっこつけや自分を大きく見せたがったり、威圧傾向もA型の特徴を汲んでいる。
 一方、O型とB型は少ない。軒並み全国を下回る。AB型の比率は興味深いものがあり、大分と鹿児島では、同じ九州なのに2%も違う。

 一方、沖縄は傾向が異なる。O型が33%と全国4位。暑過ぎる所や北海道のように寒すぎる所、つまりは離島については、体力があって、生きる力やバイタリティに溢れるO型の天下である。一方で、A型は全国で7番目に少ない。

 総括すれば、気管支が弱く、風邪を引きやすいA型は温暖な土地を好み、楽天的で脂性で骨が丈夫なB型は寒い東北に多い。また寒暖の差が激しい離島には、生きる力があるO型が多数分布している傾向。AB型はO型が少ない県に多いことが判明。なぜならO型の血からはAB型は生まれないからだ。

 続いて血液型別の順位として、上位トップ10と下位トップテンを掲載したい。

 <A型>

 A型が多い都道府県    A型が少ない都道府県

 1位  徳島          1位  青森
 2位  福岡          2位  岩手
 3位  愛媛          3位  秋田
 4位  鳥取          4位  茨城
 5位  高知          5位  栃木
 5位  島根          6位  福島
 7位  岐阜          7位  沖縄
 7位  広島          8位  三重
 9位  宮崎          9位  千葉
10位  大分・熊本      10位  群馬・長野

 A型が比較的温暖な瀬戸内海周辺や九州に多く分布していることが判明。逆に、東北地方など、寒い地域には少ないことがわかった。忍耐強いA型という私の固定概念は覆された。

<O型>

 O型が多い都道府県    O型が少ない都道府県

 1位  北海道         1位  滋賀
 2位  千葉          2位  長野
 3位  青森          3位  愛媛
 4位  福井          4位  大分
 5位  岩手          5位  高知
 6位  沖縄          6位  佐賀
 7位  宮城          7位  島根
 8位  静岡          8位  福岡
 8位  栃木          9位  岡山
10位  大阪・岐阜       9位  京都 

 O型は、北海道や沖縄などの離島に多い。日本地図を広げれば、北日本・東日本に多く生息していることが判明した。反対に、四国・九州、中国地方には極端に少なくなっている。O型特有の絆や共同社会向きで社交性のある性格がデータに顕著に現れている。北海道や沖縄などは、助け合いの精神がなければ務まらない。 

<B型>

 B型が多い都道府県    B型が少ない都道府県

 1位  秋田          1位  北海道
 2位  青森          2位  宮崎
 3位  長野          3位  奈良
 4位  岩手          4位  大阪
 5位  栃木          5位  熊本
 6位  三重          6位  岐阜
 7位  山形          7位  徳島
 8位  福島          8位  鳥取
 9位  茨城          9位  鹿児島
10位  滋賀         10位  福岡

 B型は北海道を除く寒い地域で、山々が多く自然環境が豊かな場所に多く分布。東北6県のうち5県がベスト8に入っている。B型は東北地方が安住の地なのかもしれない。反対に近畿、九州地方はB型が少ない。ごみごみした場所や暑いのは苦手かもしれない。

<AB型>

 AB型が多い都道府県    AB型が少ない都道府県

 1位  福島           1位  徳島
 2位  長野           2位  岐阜
 3位  大分           3位  千葉
 4位  宮崎           4位  大阪
 5位  群馬           5位  福井
 6位  茨城           5位  静岡
 7位  岡山           5位  青森
 8位  滋賀           8位  岩手
 9位  佐賀           9位  宮城
10位  長崎          10位  栃木

 不思議なことにO型とB型が多い県にはAB型が少ない。ベスト10に九州が4県入っている。一方、AB型は、福島は別として東北地方に少ない。

 さて、今日の記事はいかがだったでしょうか。地方や地域によって、結構異なる傾向が見られたのは、私自身も正直驚いた。こうした資料は、その都道府県の民族性や特徴を顕著に物語っている。
 最後に、血液型による性格の特徴を挙げるが、どの都道府県がそうした傾向が強いか窺い知ることができると思う。つまり、それがその都道府県の県民性ということだ。

 A型性格・・・真面目・几帳面・責任感強い・他人行儀・一匹狼・我慢強い・神経質
         悲観的・取り越し苦労・プレッシャーに弱い・呼吸器系に弱い・筋肉質

 O型性格・・・肯定的・個性好き・赤色好む・色白・風見鶏・おおざっぱ・無神経
         球技が得意・力関係に敏感・バイタリティあり・親分肌・グループ形成

 B型性格・・・マイペース・あまのじゃく・楽天家・好奇心旺盛・原色好む・自分スタイル
         神出鬼没・固定概念打破・話術達者・脂性・骨ばっている・細身体型

AB型性格・・・事務的応対抜群・合理的な発想・存在感薄い・頭脳的・50:50
         疲れに弱い・平和主義者・霊媒能力有・協調性・ボランティア精神旺盛 

 記事作成:10月13日(月)

2014年11月24日 (月)

華麗なる転身②

 震災一か月前の2011年2月に同名タイトル「華麗なる転身」の記事を書いた。あれから3年8か月が経過した。今日は久々にその続編とも呼ぶべき類似した内容としたい。

 「世を忍ぶ仮の姿」とか「ビフォーアフター」いう表現がある。宇宙人が地球偵察のため、地球人に変装して忍び込んでいるSFチックのような言葉だったり、イメチェンを図ってガラリ別人のようになっている表現だ。

 特に、テレビに登場する芸能人は売れてナンボの世界。女性芸能人にはよくありがちなケースだが、もし売れなくなったらヘアヌード写真集を発売したり、とかく話題作りに余念がない。またスポーツ選手も然り。大抵はスポーツキャスターやコーチ、解説者の道を歩むが、引退後の第二の人生を展望した時に、一般人よりも顔が知れているため、180度違う世界に飛び込む場合がある。例えば、異なるスポーツに首を突っ込んだり、政治家や俳優になるケースまで様々だ。つまり、第一線で華やかな世界を経験してしまうと、なかなか地味な庶民的な生活ができないという証明にもなる。
 今日は、第二弾として、前回とは違う方々で、今回のテーマに合う有名人を紹介したい。

 1 ジャイアント馬場は、元巨人のピッチャーだった。

 高校在学中の1955年にスカウトされ、中退してプロ野球・読売ジャイアンツに投手として入団。長嶋茂雄とは、「馬場ちゃん」と呼ばれるほどの親友であり、長嶋がジャイアンツに入団して初めてキャッチボールをした相手は馬場である。宿舎の風呂場で転倒して左ひじを痛めた為、野球を断念。長身を生かしてプロレスラーに転向した。
 1960年4月には日本プロレスへ入団、力道山の元に弟子入り。日本プロレス界史上最大の巨体を持ち、力道山、アントニオ猪木と並ぶビッグネームでもあり、コマーシャルやテレビ番組などでも人気を博し、現役時代はNWA世界ヘビー級王座に3度就いた。

Baba2 Baba

 他にもマッハ文珠やキューティー鈴木も女子プロだった。

 2 俳優・赤井英和は、「浪速のロッキー」と呼ばれる最強ボクサーだった。

 浪速高等学校(浪高)入学と同時にボクシング部で活躍し、3年生にライトウェルター級でインターハイ、アジアジュニアアマチュアボクシング選手権を優勝した実績を引っさげて、近畿大学進学、東京オリンピック日本代表浜田吉治郎の指導を受けた。
 プロになってからの赤井は、プロ4戦目の全日本新人王決定戦では尾崎富士雄に3RKO勝ちしジュニアウェルター級全日本新人王を獲得、その後も攻撃型ボクサーとして当時の日本記録であるデビュー以来12試合連続ノックアウト勝ちという快挙を成し遂げ、その試合スタイルから「浪速のロッキー」という愛称が付いた。強打を武器に世界タイトル獲得も時間の問題とまでいわれ、試合後のユニークなインタビューのコメントも人気を呼び、ノンタイトル戦ながら全国中継で取り上げられるまでに注目を集めた。
 しかし、2度目の世界タイトルを目指そうとした前哨戦として、1985年2月5日に開かれた大和田正春との試合に臨む。しかし、またも第7ラウンドでのKO負けの後、意識不明に陥る。急性硬膜下血腫、脳挫傷と診断され、大阪市内の富永病院で開頭手術が行われた。搬送時生存率20%、手術後生存率50%と極めて重篤な状態であったが、無事に回復(本人曰く、開頭中に意識が回復し、タオルで包まれた自分の脳を触ったという。触ると強烈な吐き気を催したが、その理由が解らず何度も触っては吐き気を催したと証言していた)。回復後はボクサー復帰も視野に入れていたが、医師からボクサーを引退するように勧告を受け、現役を引退する。

Akai2 Akai

 元ボクサーでタレント業に転身したのは、ガッツ石松、輪島功一、具志堅用高がいる。

 3 ゴルフ界の大御所・ジャンボ尾崎はプロ野球の選手だった。

 元は野球で世間にその名を知られた人物である。高校時代には徳島県立海南高等学校(現在の徳島県立海部高等学校)で投手として出場した1964年春のセンバツで決勝戦に進出し広島県立尾道商業高等学校に勝利して初出場初優勝を成し遂げた。
 1965年にプロ野球の西鉄ライオンズへ入団。投手として活動していたが、同期入団した池永正明の投球を見た際「こんなピッチャーがいたんじゃ、俺なんかピッチャーで飯が食える訳が無い」と打者(外野手)に転向。二軍では4番を張るものの、一軍では目立った活躍もなく、1967年12月23日に当時西鉄の監督だった中西太に退団を申し出る。期待した選手の僅か3年での退団申し出に激怒した球団社長から越年で慰留されるも、「池永に勝ちたいという気持ちが野球を辞める理由だった。野球では負けたけど、違う世界ではあいつを追い抜く。そんな気持ちだった」という尾崎は翻意せず、結局西鉄を退団する。
 その後、打撃コーチの花井悠にゴルフ転向を進められ、プロゴルファー転向を決意した。

Jumbo2 Jumbo1

 4 政治家の橋本聖子は、スピードスケートと自転車のオリンピック選手だった。

 スピードスケートおよび自転車競技の元選手でオリンピック日本代表として出場。アルベールビル冬季オリンピックスピードスケート女子1500m銅メダル。2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事。1994年、富士急行株式会社退社。
 1995年、第17回参議院議員通常選挙の比例区に自民党から立候補し初当選。国会議員とスポーツ選手の二足のわらじを履き、午前3時に起きて自転車に乗り、昼間に国会議員としての活動をして、夜9時すぎから2時間のウエイトトレーニングという日課を繰り返し、土日の地方講演には自転車で移動をするなどして練習に充てていた。1996年には現職国会議員としてアトランタオリンピックの自転車競技2種目に出場するも、12位と9位に終わる。現役スポーツ選手続行の体力があると自負していたものの、国会議員としてのオリンピック出場が政界とスポーツ界の両方から批判をされたことを理由に「両方の世界を傷つけた」としてスポーツ選手としての現役引退を決意する。
 今年、スケートの高橋大輔選手にパーティーで抱き付いたりキスをしたりしてスキャンダルを起こした。
Hashimoto2 Hashimoto1

 ほかにスポーツ界から政界への転身を図ったのは、江本孟紀(野球)、萩原健司(スキー複合)、堀江学(スケート)、アントニオ猪木、大仁田厚、馳浩、ザ・グレートサスケ(ともにプロレス)らがいる。

 5 ショムニでお馴染みの江角マキコは実業団のバレーボール選手だった!

 身長170cm。高校卒業後、1985年に日本たばこ産業女子バレーボールチーム(現Vリーグ・JTマーヴェラス)に入団し、バレーボール選手として活躍。当時の実業団選手は午前中は内勤で、江角は所属していた塩販売第2課(大阪市)で勤務後に電車で移動し、午後から茨木工場隣の体育館で深夜まで練習を積んだ。しかし規律や上下関係が厳しい環境でマネージャーと衝突し、出雲まで逃げ帰った事もあったという。そんな中、1987年頃にケガで選手生命を絶たれ、そのまま日本たばこ産業も退社した。その後芸能界を目指しファッションモデルに転身。

Esumi2 Esumi

 他には角界出身者も、引退後華麗なる転身を図った。力道山(プロレスラー)、龍虎(タレント)、曙(K-1ファイター)、3代目若乃花(アメフト&タレント)などがいる。
 また、宝塚から女優への転身は既定路線だが、ここも華麗なる転身と言える。天海祐希、黒木瞳、檀れい、真矢みき、大地真央、映美くらら、真琴つばさ、八千草薫、越路吹雪、浜木綿子、寿美花代、涼風真世、一路真輝、鳳蘭らがいる。

 記事作成:10月19日(日)

2014年11月22日 (土)

伝説のCM

 数年前の当ブログで「私が好きだったCM」というシリーズ記事を書いた。多分30回分もの長編になった際に、私が自信をもって取り上げたのが「いすゞジェミニ」のCMだった。特撮技術を使わず、プロのスタントマンのドライビングテクだけを駆使し、パリの街角やベルギーの河のほとりを自由自在に闊歩する絵づらだった。その名も「街の遊撃手」だった。1980年代に一世を風靡した超人気CMだった。では、長年シリーズとして放送されたCMをじっくりご覧ください。

 「いすゞジェミニ」

 では大評判となった3作品のメイキング映像をどうぞ!

 1 「HOP編」

 2 「STEP編」

 3 「JUMP編」

 見えない工夫を随所に盛り込んではいるものの、CGや特撮めいた特殊技術は一切使わずに、生身のドライバーの運転によって、ここまで臨場感が溢れ、奇跡を現実化したような映像を撮影できたのだ。

 とりわけ、この時代はバブル景気に沸き、懐も潤い、自動車産業が隆盛を極めた。次々と新車が開発され、市場に投入された。海外との交易が盛んで、自動車や精密機械などの日本製品が海を渡り、輸出が最盛期で、貿易黒字を溜め込んでいった。故障知らずのメイド・イン・ジャパンは、海外市場で引っ張りだことなり、アメリカや欧州各国では、日本車が大ブームとなり、世界中を日本車で埋め尽くしていった。こうしたアメリカ人好みのトリックを取り入れたショーマンシップ的なCMもPRに一役買ったことは言うまでもない。

 記事作成:10月18日(金)

2014年11月21日 (金)

プロ野球の監督考

 以前、当ブログで「監督の資質と条件(監督に向く人と向かない人) 」というテーマで記事を掲載したことがある。プロ野球は結果が求められる厳しい社会で、今年のオフもまた、監督交代が相次いだ。そこで、またしても血液型と絡めて恐縮だが、監督に推挙されたり、招聘をされやすい方々を取り上げてみたい。

 来年度(2015年)の監督予定者(下線部は監督交代)

 セ・リーグ              パ・リーグ

 巨人   原  辰徳  A     ソフトバンク   工藤公康   O
 阪神   和田  豊  O     オリックス    森脇浩司   B 
 広島   緒方孝市   A     日本ハム     栗山英樹   A
 中日   谷繁元信   A     ロッテ        伊東  勤   O 
 DeNA  中畑  清    A     西武               田辺徳雄   O
 ヤクルト 真中  満    A     楽天        大久保博元   B

 びっくり仰天の結果。緻密で几帳面なA型監督が12球団中半数の6球団でダントツ。名球界に入るような大物選手はO型とB型が圧倒する世界なのに、なぜか監督はA型に人気が集中する。責任感があって、真面目に取り組む。細かい点にも目が行き届き、選手管理を徹底する気質を見込まれてのことだろうと察しがつく。セ・リーグが6球団中、品行方正で管理野球がお得意で、戦術もオーソドックス型のA型が5名に対し、パ・リーグはA型監督が1人。親分肌のO型3人、データ重視で頭脳的なB型2名という面白い配置。大味な野球を展開してくれそう。B型は、選手以上に監督が目立ってしまう傾向がある。ファンサービスが長けていると言われるが、それは自分自身のパフォーマンスがなせる業。自分が一番好きで、自分中心に世界が回っていると考えがちだからだ。長嶋茂雄、金田正一、野村克也の往年の名物監督はいずれもB型。ファンサービスと称して、一番自分が楽しんでいた。O型監督は、明らかに鉄拳制裁も辞さない闘将型が多かった。西本幸雄(大毎・阪急・近鉄)、星野仙一(中日・阪神・楽天)、上田利治(阪急)監督らがそうだ。でもO型は冷静沈着型もいて、両極端。後者は、稲尾和久、森祇晶、落合博満らがいる。

 さて、来年のチームを展望すれば、一番心配なのが楽天の大久保新監督。選手と確執を起こしやすい。西武のコーチ時代も、菊池雄星投手に暴力行為をしたということで問題になった。星野監督からバトンを受ける際、後任監督候補に名前が挙がっただけで、ファンの反対署名運動まで起きた。選手の不協和音も多く、FAなどでチームを離れる選手も出そう。嶋選手会長や松井稼頭夫とも折り合いが悪そう。私は、本人が続けたくても、周囲から辞任を迫られ、シーズン途中で休養に入るような気がしている。

 反対に私が楽しみにしているのが、広島の緒方監督。誠実を絵に描いたような人柄で、広島一筋に真摯な態度で野球に取り組み、ファンのみならず、同僚や野球通に愛された三拍子揃った名選手だった。彼はA型なので、おそらくは、選手の素質を見出し、適材適所に傭兵し、緻密な作戦と選手起用で常勝軍団を築き上げる気がする。いずれもゲームをコントロールできる名参謀役のサポートが必要になる。
 

 実績十分なのに、現在まで監督にならなかった(なれなかった)往年の名選手

 A型・・・江夏豊・田淵幸一・柴田勲
 O型・・・張本勲・大杉勝男(故人)・村田兆治・江川卓・平松政次・佐々木主浩・衣笠祥雄
 B型・・・門田博光・清原和博・杉浦享・福本豊・谷沢健一・掛布雅之・野茂英雄
AB型・・・桑田真澄

 いずれもフロントが扱いづらい印象を与える面々だ。現役時代の実績は十分でも、チームをまとめる資質という点で見劣りする方々だ。評論家や野球解説が板についている方々だろうと思う。

 今後、監督に招聘されたり、いずれ近いうちに監督就任、または現場復帰されると思われる方々は以下のとおり。

 古田敦也、梨田昌孝、松井秀喜、高橋由伸、宮本慎也、立浪和義、田尾克志
 岡田彰布、真弓明信、ラミレス、前田智徳、金本知憲、小早川毅彦、北別府学
 田中幸雄、八木裕、川相昌弘、篠塚和典、牛島和彦、落合博満

 監督として人望が厚く、いずれ機会があれば監督復帰する方々だが、如何せん、プロ野球の監督は12球団しかないため、空きが無い。順番待ちが大変だ。

 残念だが、監督に縁が無く、評論家で終わってしまっている方々

 張本勲、江川卓、西本聖

 張本勲は、イチローに抜かれるまで、最多安打記録を持ち、わが国初の3,000本安打達成者として名を馳せた名選手。しかし、「喝!」でお馴染みのように、歯に衣を着せぬ発言で、選手と対立することは目に見えている。己が一流の打撃理論を持ち、確固たる自信に溢れており、懇切丁寧に選手の個性を伸ばす指導ではなく、鈴木啓示のように、自分の理論をごり押しで押し付けて矯正させてしまうだろう。しかも鉄拳制裁も辞さないことは察しがつく。まず持論を譲ることはしない。プライドが高く、気難しそうな点から、球団経営の立場(オーナー・社長・フロント)は、気を遣ってやりづらいことは間違いない。
 江川氏については、プロに入団する際に、自らの我儘を貫いて、他者を犠牲にして入団した経緯など、利己的でダーティーなイメージから、一流の野球理論を持っていながら、なかなか招聘されなかった。巨人以外の他球団の誘いは水面下であったやに聞くが、現役時代と同様、成長しない我儘を押し通して、ずっと浪人を続け、監督はおろかコーチにも就任せず、今も評論家のまま。現場から20年以上も離れているため、もう誘われることも無いだろう。

 今後、監督にならないであろう方々

 大変失礼だが、監督に向かず、現役を引退しても監督の話が来ない可能性が高い選手や再登板はないであろう方々を上げたい。

 中村紀洋・・・首脳陣批判を繰り返すなど問題が多かった。自分の力や才能を過大評価
         した結果、所属球団との軋轢を招いた。FAで少しでも条件のいい球団や環
         境を模索し、契約更改では毎回揉めた。確かに口八丁手八丁でいろんな
                   球団を渡り歩いたが、結局は毎回同じ言動や行動で顰蹙を買い、失敗する
                   タイプだった。それでも2000本安打達成は図太い神経と天性の素質によ 
         るものだった。つまりは才能の浪費でもったいなさすぎ。

 堀内恒夫・・・野球解説では一流の理論(持論)を持っていながら、2年間の巨人監督経
         験では、スタッフがついてこず、戦績も振るわず短命政権で終わった。あれ
         だけのことを言えるのに、Bクラスではシャレにならない。

 高木守道・・・現役時代は紳士で守備の名手としてチームの顔として活躍した。私も名二
         塁手として尊敬していたし、好きな選手のひとりだった。しかし、監督業に就
         いてその短気な性格が一気に噴出した。主力選手であっても、平気で怒鳴
         りつけ、対立するなど自分が気に入らないと切り捨てる対応。「瞬間湯沸か
         し器」とまで言われた。一流選手=名監督ではないことを彼の言動や行動
         を見ていて実感した。

 鈴木啓示・・・近鉄一筋にエースとして君臨した。彼の投球術は卓越していた。しかし、彼
         も確固たる野球理論を持ち、現役時代はハングリー精神でスパルタ式のト  
         レーニングを歯を食いしばって実践してきた。いわば叩き上げの人物。
         監督に就任し、そうした古い体質や厳しい練習を押し付け、選手やコーチと
         対立した。選手が全幅の信頼を置いていた立花トレーニングコーチを冷遇
         したことやエースの野茂にフォーム改造を示唆したことで衝突。野茂は、歩
         スティングシステムでメジャーへ流出。結果、絶対的エースを失ったツケは
         大きく、成績が低迷し、監督や体制批判が相次ぎ、監督自身も辞任に追い
         込まれた。せっかく仰木監督が育てた選手たちをぞんざいに扱い、そっぽ
         を向かれた印象。

 不思議なことに、上記の4名はいずれもO型監督。鉄拳制裁も辞さないような熱血漢が多い。これはO型の特有の性質によるもので、勝負師であり、力関係に敏感。年上にはめっぽう気に入られようと努力するが、ひとたび、権力を手にし、頂点に立つと、上から目線で横暴に振舞う親分肌の気質がある。豊臣秀吉がまさにそうだった。自分に媚び諂う人間はとことん面倒を見るが、気に入らないととことん排除する。それに自分の好みに合う人間を集めてグループを作る。政治家は昔からO型が多かったが、「派閥」がまさにそれで、その領袖に君臨するのは、たいていO型だった。

 さて、本日の記事は、やや主観的で偏向的な見解も含んであるが、あまり目くじらを立てずに読んでいただければ幸いです。最後は、多少良い記事も交えたいので、私が生まれた1964年以降、プロ野球で名監督と思っている方を10名ランキングで紹介し、結びとしたい。なお、現役監督は除く。

 1位 川上哲治(巨人) A型  1,066勝739敗61分 優勝11回/14年 A型

  V9は有望な選手を集めての結果。ONを頭に役割分担で徹底した管理野球を実行。

 2位 仰木 彬(近鉄・オリックス) 988勝815敗53分 優勝3回/14年 A型

  彼は無名でも選手の素質を見抜き、長所を伸ばす指導で選手の人望を得た。14年の 
 うちでAクラスは実に11回で、近鉄の5年間はすべてAクラス。オリックスの黄金期を築
 いた功績は大きい。

 3位 森 祇晶(西武) 785勝583敗68分 優勝8回/11年 O型

  川上野球を継承し、西武を常勝軍団に育てた。選手の自主性を重視した。

 4位 古葉竹織(広島・大洋) 873勝791敗137分 優勝4回 O型

  セ・リーグのお荷物球団だった広島を優勝に導き、黄金期を築いた功績は顕著。

 5位 藤田元司(巨人) 516勝361敗33分 優勝4回/7年 B型

  球界の紳士。我が母校OB。長嶋監督と王監督の辞任後、2回に渡り、監督を引き受け、2回とも優勝に導いた手腕は見事。

 6位 落合博満(中日) 629勝491敗30分 優勝4回/8年 O型

 現役選手時代から「オレ流」を貫き、三冠王を複数回獲得するなど実績は申し分ないが、監督としては、予想外の物静かさで選手を信頼して采配を振るった。選手の力量を見抜く眼力は凄く、8年間の監督経験で、すべてAクラスに入り、2位だった2007年も下克上で日本シリーズに進出し、優勝までやってのけた。超一流の野球理論と即座に結果を出す実力者。彼ほど野球を知り尽くした大人物はいない。見た目や態度で損をしやすいのがもったいない。彼は他球団にしてみれば、喉から手が出るほど欲しい監督。年棒の折り合いがつかないだけだろうと思う。

 
 7位 トレイ・ヒルマン(日本ハム) 349勝320敗14分 優勝2回/5年 A型

 試合中もノートを手にし、必要なことを書き込んでいた。冷静な采配だった。Aクラス3回。

 8位 星野仙一(中日・阪神・楽天)1,181勝1,043敗53分 優勝4回/17年 O型

 男気があって、義理人情に厚い勝負師と誰もが感じている名将。日本代表監督も務めるなど精力的に野球人生を全うしてきた。先々で優勝を果たした。人間的に好かれる印象。

 9位 野村克也(南海・ヤクルト・阪神・楽天)1,565勝1,563敗76分 優勝5回/24年

 ヤクルト監督時代はデータ野球を駆使し、名捕手古田を育てるなど、黄金時代を築いた知将。池山・広沢・杉浦・秦・飯田・川崎・伊藤・石井・高津など名選手を多数輩出した。3年連続最下位に終わった阪神、捲土重来を託された楽天の監督時代はぼやきが多くなったが、楽天の礎を築いたのは彼である。B型

10位 ボビー・バレンタイン(ロッテ) 493勝450敗23分 優勝1回/7年 O型

 彼はファンを大事にし、様々な交流を行うなど、ファンサービスに長けていた。あまり有名でない選手を育て、日本一に導いた。日本の野球ファン(特に地元の女性ファン)に愛された監督だった。7年間でAクラス3回、Bクラス4回

 記事作成:10月16日(木)~17日(金)

 追記(H26.11.21) 「日米野球個人成績」

 野球つながりで付記したい。日米野球が昨日の沖縄の親善試合で幕を閉じた。巨神連合との開幕戦を混ぜると計7試合行った。ここでは、日米オールスター決戦の6試合の総括として、個人成績を挙げたい。

        打数    安打   打点   三振    打率
 柳 田    25     7     6     7     .280
 菊 池    21     8     4     1     .380
  糸 井    13     1     1     2     .076
  中 田    24     4     4     2     .166
 内 川    17     3     0     0     .178
 坂 本    17     5     2     3     .294
 松 田    23     8     1     7     .347
 山 田    12     3     0     2     .250
  嶋      7     1     0     1     .142
 銀 次     8     1     0     1     .125
 伊 藤     4      2      1      1     .500
 筒 香     8     3     1         0     .375
  丸     12     3     1     2     .250
 今 宮      8           3     1     0     .375
 小 林     2     0     0      0          .000

 今回の戦績は日本の4勝2敗に終わった。以前ならば、勝ち越すことなど夢物語だったが、WBCでも証明されたように、日本の強さは本物であることが再認識できた。小久保ジャパンは若手主体だったが、これで結果を残した選手たちは自信がつき、数年後にはメジャー移籍を視野に入れて練習に励むことだろう。日本人がメジャーに売り込むのではなく、逆にメジャーがジャパンマネーを求めて活躍の場を広げそうな気配すら漂う。
 とりわけ、今回は広島の菊池の走攻守揃ったプレーが際立った。守備もぴか一だった。柳田と松田、伊藤、筒香、今宮らも相当自信を持ったに違いない。逆に、糸井や内川のベテランと主砲中田が振るわなかった。スモールベースボールと揶揄されることも多いが、極端にホームランは少なかった。やはり繋ぐ野球が日本流のスタイルということがはっきりした。

 
  

2014年11月17日 (月)

CMの彼女 22

 今日は、掟破りというか禁則を侵すようだが、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの2人のグラビアモデルをお送りします。彼女たちは、「めざましテレビ」の「イマドキ」で登場し、顔が知られるようになると、「サンジャポ」にも出演するようになった。両者ともに小顔でベビーフェイス。加えて美脚でスタイル抜群。昔で言うボディコンギャルだ。女性から見たら羨ましく、男性の視線を釘付けにするような彼女たち。

 鹿沼憂妃(しかぬま ゆき)

 1989年2月25日生まれ、福井市出身。ファッションモデル・タレント・女優。血液型はB。
 2009年春に、芸能事務所・オスカープロモーションに所属し、モデル活動を開始した。
 2010年(平成22年)1月14日、同年の『旭化成せんいキャンペーンモデル』に選出された。
 趣味はジョギング、特技はバドミントン。現在25歳。171cmの長身で股下81cm。

 CM出演作  au 4G LTE(2013年9月 - )

  動画サイトにアップされていないのでイメージビデオをどうぞ

https://www.youtube.com/watch?v=DoVgQ6trP-M

  彼女はB型だけあって、細身スタイル。長い美脚はモデルに最適。個人的には、西野カナに似ている気がする。

 おのののか

 1991年12月13日生まれの23歳。日本のタレント、レースクイーン。出身は東京都。
 本名は宮田 真理愛(みやた まりあ)でおのののかはまったくの芸名。日本大学第二高等学校卒業。 菜々緒・小倉優子に憧れてプラチナムに入所。
 デビュー当時タレント活動の傍ら、東京ドームでビール売りのアルバイトをしていた。その時、1日400杯売り上げたこともある。(これは2014年現在も、東京ドームビール売り子販売の最高記録となっている)当時は1日3時間勤務で週3日働いて月収30万円ほどだったという。

 CM出演作

 餃子の王将、ソフト99「スムースエッグ マイクロホイップ」、モンデリーズ・ジャパン「ストライド」、角川ゲームス「ダービースタリオンGOLD」

https://www.youtube.com/watch?v=XL5O-Kb2WS0

 最近、急激にテレビやファッション雑誌への露出度が増えた彼女たち。本業がモデルやレースクィーンだけに、並みのスタイルではない。ファッションリーダーになる素質十分。今後ますます人気が出て、カリスマモデルになる可能性大だ。

 記事作成:10月13日(月)

2014年11月15日 (土)

プロ野球・大型トレードの歴史

 日本シリーズが終わると、プロ野球界はオフシーズン、いわゆるストーブリーグを迎える。例年この時期の話題を浚うのが、最近は「結婚ラッシュ」というのもあるが、ドラフト会議とトレードだった。現在は1993年に導入されたFAにも注目が集まるが、例年、金持ち球団(巨人・ソフトバンク等)が根こそぎ他球団の主力選手を、金に糸目をつけない大盤振る舞いで引き抜き工作を謀っている。一方で人的補償でプロテクトを外れた選手は、泣く泣く他球団へと移籍することとなる。昨年は、一岡投手が巨人から広島へ渡ったが、巨人時代は選手層が厚く、出場機会に恵まれなかった若武者は、水を得た魚のごとく大活躍したのはいうまでもない。 
 この季節、野球人生の転換期となる様々な場外ドラマを生むが、今回は「大型トレードの歴史」と題して、過去のプロ野球の中で、電撃的かつ衝撃的な大型トレードをピックアップし、ランキング形式でお送りしたい。なお、順位は、まったくの個人的な主観に基づくものであり、世間の野球ファンの意見によるものではないのであしからず。また、ここでいう大型トレードとは、複数限定ではなく、ビッグネーム同士の単独交換というのも含みたいと考えている。

 1位 江夏豊(阪神)と江本孟紀(南海)

 江本は南海のエースとして活躍。野村克也とバッテリーを組み、リーグ優勝を果たした。1974年にはオールスターゲームへの出場を果たして第2戦に先発。阪神タイガースの江夏豊と投げ合い、翌1975年オフに両投手はトレードされた(ホークスからは島野育夫、長谷川勉、池内豊。阪神からは望月充を加えた4対2の交換トレード)。
 江夏は伝説の「オールスター9人連続奪三振」という快記録を残した、正真正銘の阪神のエースとして君臨した。田淵と夢のバッテリーを組んだ。また、優勝請負人として、その後、抑えの切り札に転向し、日本ハム、広島、西武、マイナーと渡り歩き、引退した。

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 生涯成績比較 (現役生活:江夏豊18年、江本孟紀11年)
 
        登板数  勝利  敗戦  セーブ 勝率  奪三振  失点  防御率
江夏 豊   829   206  158  193 .566 2,987  985  2.49
江本孟紀   395   113  126   19 .473 1,130  885  3.52

 江本は阪神入団後、「ベンチがアホやから野球でけへん」という捨て台詞を吐いて退団した。その後、現場からは遠ざかり、1982年には現役時代のエピソードを赤裸々に書いた本「プロ野球を10倍楽しく見る方法」が200万部を超える大ベストセラーとなり、作家としても成功した。現在も現場とは一線を画し、フジテレビ系の野球解説者として活動している。

 2位 田淵幸一(阪神)と真弓明信 (クラウンライターライオンズ)

 1978年オフ、クラウンライターライオンズから生まれ変わったばかりの西武ライオンズにトレードされる。阪神から田淵・古沢憲司の2人、クラウンから真弓明信・竹之内雅史・若菜嘉晴・竹田和史の4人という主力同士の大型トレードであった。

Tabuchi Tabuchi2

 生涯成績比較 (現役生活:田淵幸一16年、真弓明信23年)

        打数      安打   本塁打    打点  四死球  三振  打率 
田淵幸一  5,881  1,532   474 1,135    951    972 .260
真弓明信  6,624  1,888  292   886     551   953 .285

 田淵はホームランアーティストとして滞空時間の長い豪快なホームランでファンを魅了した。相手ピッチャーが対戦を嫌がり、極端な内角攻めでデッドボールが多く、手首の骨折も度々あり、これが原因で引退を早めた。西武移籍後は、「がんばれタブチくん!」のアニメキャラで登場し、人気が再燃した。西武の創世期に、太田や東尾、松沼兄弟らとともに黄金期のメンバーとして君臨した。

 3位 張本 勲(東映・日拓)と高橋一三(巨人)ら

 1976年、巨人の左のエースだった高橋一三+内野手の富田勝との交換トレードで巨人へ移籍。憧れであった巨人に入団した。この年、親友だった王貞治とチームメイトとなり、OH砲を結成し、長嶋巨人の前年最下位からのV奪還に大いに貢献した。

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 生涯成績比較 (現役生活:高橋一三 19年、富田勝 13年、張本勲 23年)
 
        登板数  勝利  敗戦  セーブ  勝率  奪三振  失点   防御率
高橋一三   595   167  132   12 .559  1,997 1,107  3.18 

        打数       安打   本塁打    打点  四死球  三振   打率
富田 勝  4,028 1,087  107    451   446   566    .270
張本 勲  9,666 3,085  504  1,667  1,352  815   .319  

 富田勝は田淵幸一、山本浩二とともに「法政大学三羽ガラス」として活躍し、鳴り物入りで南海にドラフト1位で入団したが、その後、巨人に移籍した。しかし、長嶋茂雄の控え三塁手だったため、出場機会に恵まれず、新天地を求めての移籍となった。

 4位 落合博満(ロッテ)と牛島和彦・上川誠二ら4選手(中日)

 シーズン終了後、理解者であった稲尾和久監督が成績不振で解任されると、落合は「稲尾さんのいないロッテに自分はいる必要がない」と発言。これがきっかけで、その後、牛島和彦・上川誠二・平沼定晴・桑田茂の4選手との1対4の交換トレードで中日ドラゴンズに移籍。ロッテも、三冠王を複数回取った落合の実力は評価していたものの、年棒交渉で毎回決裂していた落合に嫌気がさしての放出だったと噂された。そして中日移籍後、日本人初の年俸1億円プレーヤーとなった。インタビューで彼自身が口にした「(選手4人との交換されたことで)私もそういう選手になったのか」との感想を今でも忘れない。

Ochiaihiromitsu Ushijima

 生涯成績比較 (現役生活:牛島和彦 14年、上川誠二 12年、落合博満 20年)
 
        登板数  勝利  敗戦  セーブ  勝率  奪三振   失点   防御率
牛島和彦     395    53   64   126  .453   746   374   3.26

         打数       安打    本塁打    打点   四死球    三振     打率
上川誠二  3,214   872    51    282    198   186    .271
落合博満  7,627  2,371   510  1,564  1,538  1,135    .311

 牛島は、高校時代に浪商の投手として高校野球で活躍。ドカベンこと故・香川伸之とバッテリーを組み、揃ってプロ野球へと進んだ。その後、多彩な変化球を操り、特に伝家の宝刀であるフォークボールは切れ味抜群で、三振の山を築き、鈴木孝政引退後のストッパーを任された。上川も俊足巧打の好選手で、中日ではレギュラーを獲得し、将来を嘱望されていた。
 一方の落合は、オレ流の調整法でありながら、結果はきちんと残し、広角に打ち分けるシュアなバッティングで三冠王を3度獲得した大物スラッガーだった。面白いのは練習方法で、打撃練習では、打者と正対する90度の方角からボールを送らせ、それを投手側に向かって打つという独特なバッティングを行った。もし打ち損じれば、体に硬球が当たるというぎりぎりの練習だった。これで集中力と確実性を養っていた。

 5位 小林繁(巨人)と江川卓(阪神)の前代未聞のトレード劇

 空白の一日を突いて、巨人が江川卓と電撃契約。これを無効としたNPBに対し、翌日のドラフト会議を巨人側がボイコット。江川の契約有効を主張する正力オーナーとNPBで意見が衝突。最終的にコミッショナー・金子鋭の「強い要望」により1979年1月にドラフトで指名した阪神に入団した上で、小林繁を相手とする交換トレードで巨人に移籍することとなった。球団の非情な裁定に極めて紳士的に振舞った小林に対し、この事件により江川は一躍悪役に仕立て上げられ、マスコミは大挙して江川を批判すると同時に、小林を悲劇のヒーローとして報道した(江川事件)。このことから考えると、江川は1日だけ、阪神に所属していたことになる。

Egawa Kobayashi

 生涯成績比較 (現役生活:小林繁11年、江川卓9年)
 
         登板数  勝利  敗戦  勝率  奪三振  被本塁打 失点  防御率
 小林 繁   374   139  95  .594  1,273  218   836  3.18
 江川 卓   266   135  72  .652  1,366  253   690  3.02

 大学卒業後、1年間の留年生活が仇となり、選手寿命を自ら縮めた。僅か現役生活9年で豪腕投手が姿を消すことになった。江夏に次ぐオールスターでの8者連続三振の快投をやってのけたと思えは、「手抜き」投法による「一発病」がお決まりスタイルだった。それでも9年間で通算135勝(1シーズン平均15勝)は並みの投手ではないことを物語っていた。帳尻あわせがうまく、シーズンオフの年棒交渉では、毎回一発サインは無く、揉める対象であった。最後は対広島戦で、肩に痛み止めを打って強硬出場した際に、主砲の小早川毅彦に決勝ホームランを浴び、それで引退を決意したという。元祖怪物もプロ野球の世界では平凡な成績しか残せなかったが、記憶に残る選手だった。それにしても巨人入りを熱望し、3回のドラフト指名を受けながら、一度もクジに恵まれなかったのは運命のいたずらとしか言いようが無い。

1981年の日米野球での江川の快投 https://www.youtube.com/watch?v=aeItv8ZmxiA

1984年オールスター8者連続三振 https://www.youtube.com/watch?v=kXOVks_lm1E

 スピードガンは140キロ台がほとんどだが、球速はそれ以上速く見える。

 6位 小山正明(阪神)と山内一弘(大毎)

 1963年シーズンオフに「世紀の大トレード」といわれた阪神のエースだった小山正明と大毎主砲だった山内一弘の交換トレードが成立した。

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 生涯成績比較 (現役生活:小山正明 21年、山内一弘 19年)

        登板数  勝利  敗戦  勝率  奪三振  被本塁打 失点   防御率
小山正明   856   320  232 .580 3,159   365  1,567  2.45

         打数       安打    本塁打    打点   四死球   三振    打率
山内一弘  7,702  2,271   396  1,286  1,089  820   .295

 7位 秋山幸二(西武)と佐々木誠(ダイエー)

 1993年は、30本塁打を放つ(=9年連続30本塁打以上は現在もパ・リーグ記録)も低調なシーズンとなり、日本シリーズでは6番で出場した試合がある。シーズンオフに渡辺智男、内山智之とともにダイエーの佐々木誠、村田勝喜、橋本武広との大型トレードが発表される。

Akiyama_sasaki

 生涯成績比較 (現役生活:秋山幸二20年、佐々木誠16年)

        打数      安打   本塁打   打点  四死球  盗塁  三振   打率 

秋山幸二 7,997  2,157  377   1,312  985  303 1,712 .270
佐々木誠 5,775  1,599  170   638   447  242   933 .277 

 8位 不可解な小久保裕紀の無償トレード

 それは誰もが首をかしげるトレード劇だった。2003年のシーズン終了後、多くのファンから来季の活躍を期待されていた小久保が、読売ジャイアンツへ前代未聞の無償トレードで移籍することとなった(小久保事件)。移籍の理由は、当時の球団社長である高塚猛と意見が合わなかったことや、アメリカでの治療費・渡航費である約2000万円が球団から一切支払われなかったことが挙げられ、小久保はアメリカから一時帰国した2003年6月中旬に球団に対して自由契約の意思を伝えていた。無償トレードとなったのは、当時のオーナーである中内正が、金銭トレードの分を小久保の年俸に上乗せするよう巨人側へ伝えたからとされる。だが、この一件はチームメイトやダイエーファンのみならず、球界全体に大きな衝撃を与えた。

Kokubo Kokubo2

 9位 二岡智宏、林昌範(巨人) ⇔ MICHEAL、工藤隆人(日本ハム)

 2008年オフの電撃的な放出劇となった。二岡は走攻守揃ったクールなイケメン選手として遊撃手の定位置を確保していた。長嶋巨人の優勝決定打を放つなど勝負強さもぴか一だった。しかし、山本モナとの密会不倫報道が汚点となり、スキャンダルをもっとも嫌う巨人の首脳陣が、セットアッパーとして定着していた林とセットで電撃トレードに打って出た。見返りは、日本ハムの守護神のひとりとして活躍していた日系アメリカ人のMICHEL中村と工藤だった。どうみてもファンが承服できない巨人不利の移籍劇だった。場外ゴシップでナベツネの怒りを買ったのが原因とも言われている。

Nioka_2 Hayashi

<番外編>

 野村克也

 野村は「生涯現役」を掲げ、息の長い選手として君臨した。そのため、監督兼任選手であるプレイングマネージャーとしても活躍したし、南海からロッテ、西武と渡り歩き、45歳で引退するまで26年間も現役生活を継続した。

 さて、主力同士の交換トレード。現在のようなFA制度がない時代、移籍交渉といえば聞こえはいいが、裏では多額のお金が動いて成立したようなケースは山ほどある。戦力補強のために、金に物を言わせて、毎年のように大物選手を引き抜く某球団のなりふり構わぬ行動は目に余るものがあるが、こうしてトレードで新天地で活躍できる選手はまだいい。なぜなら、今年もまた、120名もの選手たちが戦力外通告を受けているからだ。他球団から誘いがなければ、任意引退選手となり、現役続行はかなわない。また、最後の望みをかけて、プライドを捨てトライアウトに参加し、自分を売り込む選手もいる。入団時には多くの期待をかけられ、身の丈以上もの契約金をもらい、プロ野球界に身を投じた若者たち。

 完全実力主義のまさに戦国時代に巻き込まれ、自分の実力を発揮できずに球界を去る者も多い。また、実力はあっても、出場機会に恵まれず、泣かず飛ばずでファーム暮らしを余儀なくされている選手もいる。さらには、怪我や故障で泣く泣く引退する者も多いのが現状だ。引退後の身分の保証はない。それは厳しい世界である。

 ところで、私は主に入浴中や起床後にこのようなネタを思いつくが、いざその思いを記事に落とすのが大変だが、でもこうして苦心して考え出したネタだが、ネットで調べるとNAVERというサイトで、すでに掲載されていることが多い。なので、一見私が真似したり、パクッているかのような印象を持たれるかも知れないが、決してそうではないことをここで申し添えておきたい。

 記事作成:11月5日(水)

 追記(11/15)

 今年もまた、毎オフ恒例の巨人による見境ない「外様大名の買占め」行為が始まった。中日から「素行不良」の吉川に続き、「バット投げ名人」の堂上を獲得する方針。また、引退間近のDeNAの金城とヤクルト相川をFAで獲得。昔から最後のご奉公とばかりに「定年」近い選手を手当たり次第に集める方針は旧態依然だ。
 逆に私が買っていたロペスを放出したり、補強とは言いがたいような行動に走っている。今年の巨人の日本シリーズを逃した元凶は打撃低迷。ところが、川口和久投手コーチを解任するなど意味不明。

 そして、現在日米野球の真っ盛りだが、巨人の坂本勇人を日本代表に選出し、しかも6番を打たせているのが考えられない。坂本はそのような実力がある選手ではない。まるでわかっていないことに呆れてしまう。案の定、まったく打てない。この2年、彼は巨人のレギュラーとしては失格だ。守備での失策も多い。打てない・守れない選手をなぜ1軍に置いておくのかしれない。CSシリーズで懲りたはず。若くてイケメンでファンが多いから選んだのか?だったら客寄せパンダと同じだ。
 私が監督だったら、彼を2軍に追いやり、結果が出るまで1軍には呼ばない。プロとして失格だ。巨人の首脳陣は彼を買いかぶりすぎ。私は井端と片岡に二遊間を任せる。
 そろそろ彼には一軍失格の烙印を押したほうがいい。

2014年11月14日 (金)

人生の感動動画集(後編)

 今シリーズ最終回となる感動する動画紹介記事。今日は以前も紹介した若干ミーハー的な要素が加わるが、少年少女や次世代に夢と希望を与えるような、ほのぼのする動画を取り上げます。

  渡辺麻友からの神告白

 「恋愛総選挙」の最終回で、号泣ものの神告白を実践したのがAKBのエース・渡辺麻友。年下の14歳中学生のまゆゆファンのサッカー男子に、真剣なまなざしで告白を行った。まず、彼の家を訪れ、部屋を拝見。そこでテーブルにメッセージを残したり、柱に身長を刻んだり、そして彼の中学校を訪れ、こっそり様子を窺ったり。そしていよいよ告白の時間が・・・。そこで彼女が見せた女の子らしい姿はファン必見の素直で真っ直ぐな愛情表現。ボールを渡し、自己紹介。大好きなアイドルを前に驚く彼。そこから先のやりとりは、本当の恋愛場面と何ら変わらない。アイドルを離れ、一少女としての生告白にスタジオのメンバーも大号泣!

 サプライズ~いきなり部活中にイチローが現れたら~

 サプライズ企画。部活中の野球少年達の目の前に、突然イチローが登場。果たして少年たちの反応は?最初は半信半疑。まさか少年たちの憧れの存在である「世界のイチロー」がこんな所に現れる筈がない。「いや本物だ!」。いろんな感情が交錯する中、イチローが目の前でバッティングを披露。それは確信に変わった。本物だ!少年たちを前に彼が語り掛けたことは、野球を知り尽くした彼からの人生のメッセージだった。
 同じような趣旨の映像には「香川真司」や「筒香(DeNA)」も賛同し使われていた。

 台湾のブースに突然に現れた安倍首相に台湾人が歓喜!

 「ニコニコ超会議」というイベントで、台湾と日本を結ぶ衛星生中継のさなかにそのハプニングは起きた。台湾紹介のブースに何と安倍首相が直々にフレームインして来るというありえないサプライズ!そこで3年前の東日本大震災の際に、世界一となる200億円を超える義援金を贈ってくれた台湾の方々に、直接感謝の気持ちを述べる一幕があった。しかも「台湾は日本にとって大切な友人です」ときっぱり言い放った。
 これには日本人の司会者だけでなく、現地の衛星回線を見ていた台湾人たちも驚き、興奮し、歓喜の拍手の渦に包まれた。中国の顔色ばかりを窺っている日本政府の弱腰外交だったが、この一件だけは賞賛に値する。安倍首相が去った後も、「信じられない」といった空気が包み、その突然のサプライズに余韻に浸ることになった。これは歴史的瞬間の意味合いが強い。

 おまけ・・・笑っていいとも出演の「安倍首相」とアルタを出る重々しい警備体制

https://www.youtube.com/watch?v=ksGbn19JS34

https://www.youtube.com/watch?v=7Gly4p7cB9M

 幻のパナソニック名作CM

 最後に、締めとしてこのCMをどうしても紹介したかった。私も11年前に父親を病気で亡くし、身内の死に際に接した。このCMは、肉親は亡くなった後も、ずっと家族を見守り続けてくれていることを実感できる。天国に旅立った母親だが、生前、大切な娘を想い、娘のためにしてくれた数々の恩を、ひとつひとつ回顧するという感動物語。母への感謝を伝える涙無くしては見られないCMだと思う。地上波では、たった1回だけ流れた貴重な動画映像だ。

 さて、3回シリーズに分けてお伝えした今回の記事はいかがでしたか。私自身も、人の心の痛みが理解でき、人生そのものを振り返る年齢になってきたが、こうした涙を誘うような演出のシーンが大好きになった。日本人ほど思いやりやおもてなしを重視し、人の迷惑になる行為を慎む民族は少ない。このような動画は、日本人の心を映し出しているように思える。
 また、感動映像があったら続編を考えたいと思う。

 記事作成:11月7日(金)~9日(日)

2014年11月13日 (木)

人生の感動動画集(中編)

 今日は、昨日に引き続き、人々の心を打つ、そして琴線に触れるような感動CMや動画をお送りします。秋から冬に向かい、徐々に気温が下がるにつれ、ひと肌恋しくなるこの季節、こうした秀逸した動画映像を見て、人生そのものを噛みしめてみませんか。ではさっそくどうぞ!

 「図書館」編

 
 これは、耳の聞こえない少女と、図書館職員のお姉さんとの手紙でのやりとりを描いた心温まる交流を描いたもの。涙無くしては見られない内容に仕上がっている。このような映像を見ると、人に優しくしなければならないと思ってしまう。
  一応お断りしておくが、私はこの宗教団体に所属している訳ではない。しかし、11月9日(日)に、何気なく見ていた「聖教新聞」のテレビCMが実に印象的だったので紹介しました。

 ブラスバンド編

 吹奏楽部の練習中、ひとりだけ合わずに叱られてばかりの部員を、他の部員たちが陰から支え、さりげないアドバイスで励まし、一人前に上達させる感動的な動画。仲間意識や絆を感じる。とかく青春時代にありがちな光景だが、人間の心の交流というか優しさを痛切に感じる。

 主婦・サラリーマン編 

 このCMを見ると、日常の仕事の苦労や大変さを分かち合え、心の負担を軽くしてくれる。

 「大変だけど、繰り返しだけど、ほら明日も大切なその笑顔が待っているから・・・」

 「大丈夫、失敗しない人なんかいないから。若いうちにいっぱいしておけばいいんだよ」

 「だから明日も頑張って。大切なのは続けていくこと・・・」 それは人生のアドバイスだ。

 2つのありがとう 編  https://www.youtube.com/watch?v=pTTHYnbiTmg

 おてもと 編  https://www.youtube.com/watch?v=3XCyuGjN9C0

 授業参観 編  https://www.youtube.com/watch?v=oCQy78am3_A

 プロポーズ 編  https://www.youtube.com/watch?v=g8rLIHJp-Y0
 

 

 再度ここで誤解がないようにお断りしておきたい。今回は「聖教新聞」の秀作CMを紹介したが、私は学会員ではない。私自身は信仰心が薄く、宗教自体にあまり関心がない。葬式と法事の時くらいしか関わることがない。しかし、人生(人の誕生から死ぬ時まで)を様々なテーマで取り上げるCMは、時として感動を覚えるものがある。長く生きれば生きるほど、そうした思いは強くなる。同じ境遇で同じ場面を経験していればなおさらで、それはまさしく共感を持って観ることができる。それが愛おしい時間であったし、二度と戻らない麗しき日々だったからだ。そういう意味で、今回紹介したCMは、そうした趣旨に合致するものであるため、あえて取り上げた次第です。

 みつばち保険

 若い頃、友達に冷やかされて、つい心にもないことを言ってしまい、相手を傷つけ、それがきっかけで別れ、その後、気になりながらも疎遠になってしまった苦い経験はないだろうか。強がって本当のことが言えず、それを引きずって後悔していることが。そうした心の葛藤を描いた作品。「何を今さら・・・」という女性の台詞が胸に突き刺さる。

 東京エレクトロン

 初恋を彷彿させる、純粋で、淡く、そして甘酸っぱい雰囲気が漂う秀作CM。転校生という響きが実にいい。新しい出逢いの中で恋が生まれたり、マンネリの生活の刺激になったりする。何かほのぼのし、静かに愛情を育んでいってほしい。そんな物語が実に素晴らしくて、胸を熱くする。

 いよいよ今シリーズも明日が最終回。どんな人の胸を打つような作品が登場するかお楽しみに・・・。

 記事作成:11月9日(日)

2014年11月12日 (水)

人生の感動動画集(前編)

 「YouTube」はエンターテイメントの宝庫だ。一日中眺めていても飽きない。それは何千万もの動画映像で埋め尽くされ、ジャンルを問わず、様々な傑作シーンや決定的瞬間、さらには昔見た、青春時代を彷彿させてくれる宝箱だからだ。そんな中、感動的で永久保存版にしたくなるような感動的な映像を集めてみた。

 「ママも1歳、おめでとう!」 この動画を育児を頑張っている新米ママたちに捧げたい。

 子供の誕生日=ママの出産記念日でもある。産みの苦しみを味わった末に授かった新しい命。それは生涯忘れられない想い出だし、わが子に愛情を抱いた瞬間。「親孝行、したい時に親は無し」という言葉があるが、実は、赤ちゃんが誕生したときに、親は限りない喜びと幸せを感じている。愛しく、何があってもこの子を守りたいという気持ちを持つだろう。この時点で、最大の親孝行をしているように思う。
 このCMは、初めての子育てに不安や悩みを抱えながらも頑張ってきた新米ママたちに、パパたちが感謝の意を込めて仕掛けたサプライズ。赤ちゃんの1歳検診時に、病院の特別なご厚意と協力があって実現した。ママたちの反応がすべてを物語っている。

 

 ママのちょっと早いクリスマスサプライズ

 仕事と家事を頑張っているママに夫と息子が仕掛けた感謝の逆サプライズ。ほのぼのして感動してしまう。ママは仕事で遅くなり、子供に対してあまり愛情を注げず、申し訳ないと思い、クリスマスサプライズを仕掛ける。しかし、パパと息子がそれ以上の逆サプライズでママに感謝の気持ちを表した。家族同士、お互いを思いやる気持ちがひしひしと伝わってくる。

 さて、今日紹介した動画は、日常、子育てで忙しい若きママたちに見てほしい動画映像でした。あなたたちの日々の努力をちゃんと理解して感謝してくれている夫たちは必ずいることを証明しているかのような感動的な動画だと思います。

 なお、この記事は、当初、6回分をひとつの記事にまとめていましたが、感激や感動が分散し、ストレートに伝わらないことを懸念し、3回シリーズに編集し直しました。明日は「中編」として、また一味違う感動動画をお送りします。

 記事作成:11月7日(金)

2014年11月11日 (火)

通訳不要の有名人の語学力

 本日は、有名人の英語力についてスポットを当てたい。以前も「バイリンガルな芸能人たち」なる記事を執筆し、本ブログで公開したところ、未だにその記事だけで毎日100件近いアクセスを頂いている。外資系企業が流入し、会社の公用語を英語に統一している一流企業も多くなった。外国人労働者も年々増えている現状もあり、英語の重要性がますます叫ばれる今日この頃である。今回、このような記事を書くのは、実は三度目だが、懲りずに読んでいただけたら幸いだ。題して「通訳不要の有名人の語学力」だ。しかし、帰国子女やハーフは話せて当たり前なので、忽那汐里、宇多田ヒカル、水嶋ヒロ、早見優、すみれなどは除く。また、前回紹介した浜崎あゆみ、赤西仁、向井理、Gaktも割愛したい。また、少々長くなるため、動画映像の埋め込み処理はしないものの、アドレスをクリックすれば、該当者の語学力を感じることができます。

 <政治家>

 1 宮澤喜一

https://www.youtube.com/watch?v=6bfBwbPY6EI

 歴代総理大臣の中で、ずば抜けた語学力を持っていた。外務大臣としての経歴もあり、一切通訳不要のコミュニケーターだった。

 2 加藤紘一

 彼は、政治家の中で最も英語を流暢に話すバイリンガルポリティクスだと思う。残念ながら、彼の惚れ惚れするような英会話のシーンが動画サイトにアップされていない。聞くことができず残念だ。

 3 浜田和幸

https://www.youtube.com/watch?v=MFHfhvn2JDE

 東京外国語大学外国語学部、ジョージ・ワシントン大学大学院卒。そこで政治学博士を取得したエリート中のエリート。

 4 佐藤ゆかり

https://www.youtube.com/watch?v=8R1CTsIJoGQ&index=32&list=PL8D4AA633B2542C02

 日本外国特派員協会での挨拶・質疑応答。郵政選挙で野田聖子の刺客として送られ、当選した。ご本人は、上智大学からコロンビア大学へ編入し、ニューヨーク大学大学院を出たスーパーキャリアの持ち主。これくらいの英語は朝飯前だ。

 5 河野太郎

https://www.youtube.com/watch?v=DdR-k-MDkUk

 シアトルロータリークラブで行ったスピーチ。彼はご存知、元自民党総裁の河野洋平氏の実の息子。父親のために腎臓を提供したことでも知られる。慶應義塾大学中退。その後、渡米し、ボストンの高校のサマースクールを経てサフィールドアカデミーという全寮制の高校に編入 、続いて1982年(昭和57年)にワシントンD.C..のジョージタウン大学に入学し、比較政治学を専攻。

 <有名人>

 1 三島由紀夫

https://www.youtube.com/watch?v=hkM_1LX4hDI

https://www.youtube.com/watch?v=JwGNfZqfiao

  1944年(昭和19年)9月9日、学習院高等科を首席で卒業。卒業生総代となる。卒業式に臨席した昭和天皇に初めて接し、恩賜の銀時計を拝受。ドイツ大使よりドイツ文学の原書3冊、華族会館から図書数冊を贈られた。大学は文学部への進学という選択肢も念頭にはあったものの、父・梓の勧めにより、同年10月1日、東京帝国大学法学部法律学科(独法)に入学(推薦入学)した。

 2 楽天・三木谷浩史社長

https://www.youtube.com/watch?v=0RrUUA3NwGo

 <スポーツ選手>

 1 川島永嗣

 なんと7か国語を瞬時に使い分けられる。語学マスターの名声をほしいままにしている。日本語、英語だけでなくイタリア語、ポルトガル語、オランダ語などどこのサッカークラブチームに移籍しても即順応できるだけの語学力を習得している。

https://www.youtube.com/watch?v=koKH3LbXCuw

https://www.youtube.com/watch?v=415H82UrTUw

 2 本田圭佑

https://www.youtube.com/watch?v=icE7hIyKn5c

https://www.youtube.com/watch?v=WNWGH2j_1mY

https://www.youtube.com/watch?v=8XZZxek4YEM

 3 中田英寿

 イタリア語をマスター(ザッケローニとのイタリア語対談)

https://www.youtube.com/watch?v=Rd4Lxu4t4p0

 セリエAで日本人初のサッカー選手となった。この堪能な語学力により、いち早くチームに溶け込んだ。ネイティブに言わせても、彼のイタリア語は現地の方と遜色がないそうだ。スピーチのため一夜漬けで覚えた福士蒼汰のそれとは明らかに違う。私は「ソーノモリトリエート(=Nice to meet you.)」と「アルヴェベデールチ(=Good by.)」しか知らない。

 4 亀田和毅

https://www.youtube.com/watch?v=Ijgi4T3cFqE

https://www.youtube.com/watch?v=i6ETF25mY6Q

 彼のスペイン語は完璧。通訳不要。私が最も驚いた奇才の持ち主だ。

 5 宮里藍

https://www.youtube.com/watch?v=ptwu4Wf_THg

https://www.youtube.com/watch?v=voo-h0W6Yzg

https://www.youtube.com/watch?v=k40T3vgfjK0

 6 錦織圭

https://www.youtube.com/watch?v=ioJGmbBgvJQ

https://www.youtube.com/watch?v=Klyt8ReMu_I

https://www.youtube.com/watch?v=NsfZWxy6Vfo

 7 羽生結弦

https://www.youtube.com/watch?v=qHEmB_qRobg

https://www.youtube.com/watch?v=HZChJe2Nf3Y

 8 安藤美姫

https://www.youtube.com/watch?v=Ufx3Se1CkWc

https://www.youtube.com/watch?v=r5xfqzQlMGw

https://www.youtube.com/watch?v=esVR5peKafs (台北でのインタビュー)

 9 福原愛

https://www.youtube.com/watch?v=0j_y73aV4FE

 彼女の中国語は完璧。反日感情が顕著な中国において、彼女は中国人にも好かれる存在となっている。

10 石川佳純

https://www.youtube.com/watch?v=HDzwBrgfx0Y

https://www.youtube.com/watch?v=7Hlm3jJwC4A

https://www.youtube.com/watch?v=zFzKPrWBS1k

https://www.youtube.com/watch?v=TjHWKjQXeHI

 彼女はいつ覚えたのかわからないが、中国語のインタビューに普通に答えている。上から2番目の映像は、どういう訳か、英語の質問を通訳が、中国語に変換し、石川佳純は中国語で答えている。考えにくい光景だ。
 そして、彼女はその可愛らしい容姿と奢らない態度が中国人にも好意的に受け入れられ、上海や香港を中心に熱狂的なファンがいる。

11 室伏広治

https://www.youtube.com/watch?v=OZnMAXKJ4Iw

https://www.youtube.com/watch?v=sFr3R_lk428

12 佐藤琢磨(F1レーサー)

https://www.youtube.com/watch?v=DJ-eFYn8Un8&list=PL6Fiyk2gwFPzstp3tX4MKzGF9MhZo50Nq

13 浅田真央

https://www.youtube.com/watch?v=hUcFZa4XlUE

14 村主章枝

https://www.youtube.com/watch?v=0tyLQG-7D5w

https://www.youtube.com/watch?v=0tyLQG-7D5w&index=12&list=PL8D4AA633B2542C02

 さすが早稲田出身だけのことはある。何の違和感もなく喋っている。

15 高橋大輔

https://www.youtube.com/watch?v=pzolemFdDwU

16 石川遼

https://www.youtube.com/watch?v=BljWVDXgSiE&list=PL6Fiyk2gwFPy-6wLsDRnu18Dylz-H6Kj3

 やはりこの英語力は「スピードラーニング」の賜物?

17 葛西紀明

 レジェンドという称号は伊達ではなさそうだ。世界中を転戦し、レセプションなどで話すうちに自然に覚えたという印象。でも使っている語はたいしたことはない。

https://www.youtube.com/watch?v=phusGCQIQrI8 小野伸二

 <タレント・俳優・芸人>

 1 鈴木亮平

https://www.youtube.com/watch?v=hERYXnp7-Xo

https://www.youtube.com/watch?v=0HC_BwfTSQE

 東京外国語大学卒の学歴は伊達ではない。発音を聴けば一発で理解できる。 

 2 松田聖子

https://www.youtube.com/watch?v=ZeyFijTh3vI

 ネイティブと話していても遜色ない。ジェフという専属の英会話講師に特訓した成果がありあり。

 3 渡辺謙

https://www.youtube.com/watch?v=s7SKYKgpQ34

https://www.youtube.com/watch?v=LFZK4OuhfXs&list=PL8D4AA633B2542C02&index=8

 4 ローラ

https://www.youtube.com/watch?v=dM8qLA57rZo

 父親が外国人のハーフだけあって、日本語以外に英語とベンガル語をマスターしている。

 5 栗原類

https://www.youtube.com/watch?v=HWDuSxO5GUE

 英語で「出演作品」をPR。日本語よりも英語のほうが威風堂々という雰囲気が漂う。

 6 YOSHIKI(X Japan)

https://www.youtube.com/watch?v=LrqiCMrYcWY&list=PL2D4B83FFE47299F0

 7 小林香菜(AKB48)

https://www.youtube.com/watch?v=wmp7X6ijCcs

https://www.youtube.com/watch?v=Z9om3EThxk8

 8 工藤静香

https://www.youtube.com/watch?v=14y0nSQvPcc

 本当に英語が上手い芸能人ランキング

https://www.youtube.com/watch?v=te8I4IU1Jfo

https://www.youtube.com/watch?v=sTxjalkC2hs

 9 Yoshiki (X-Japan)

https://www.youtube.com/watch?v=1SFCAHOSjhI&index=11&list=PL8D4AA633B2542C02

10 内田裕也

https://www.youtube.com/watch?v=1fa_g_qsndY&index=33&list=PL8D4AA633B2542C02

 なぜか東京都知事選に出馬を表明し、英語で政見放送。

11 藤井美菜の韓国語

https://www.youtube.com/watch?v=NoBbuX7vLGY

 さて、今日の記事では、有名人の意外な語学力に驚いたと思う。スポーツアスリートは、オリンピックや各種国際大会に参加し、外国人プレーヤーたちと凌ぎを削り、あるいは外国メディアのインタビューを受けることが多い、とりわけメジャーリーガーやサッカーは、チームメイトとの現地の母国語でのコミュニケーションが成功の秘訣になっており、その可否がプレーヤーとしての命運を握っているといって過言ではない。また、俳優もまた、ハリウッドなどの外国映画に出演するには、英語力の習得は必要不可欠。語学力を磨くために海外留学した例もわんさかある。
 安倍首相は、自らの苦い体験を踏まえ、日本人の英語力向上にかなり躍起である。小学生低学年から英会話力を身に着け、国際社会で対等に話せる人材を育成しようとしている。日本語が習得する前に、英語力を高める教育を施すのが良いか悪いかは別として、日本人らしさが損なわれてしまう危惧を抱いてしまう。欧米並みの発想や文化が見について、日本人の基本精神が育たない恐れを感じてしまうのだ。学力低下を招いた学校週5日制の反省もそこそこに見切り発車的に英語を覚え込まそうとする概念は危険極まりない。10年後の日本が欧米志向、日本文化蔑視傾向に陥らないことを願いたい。

 記事作成:10月6日(月)

 

2014年11月10日 (月)

芸能史に残る事件簿

 この半世紀を振り返っただけでも、芸能界を揺るがす様々なニュースがあった。結婚や出産などおめでたいニュースもあれば、犯罪に手を染めてしまい、逮捕され、刑事罰を受ける残念な事件まで多々あった。悪しき風習やとかく常識が通用しない特殊分野である芸能界にあって、とかく影響力が大きい芸能人だけに、善悪の判断や白黒の分別をつけさせる意味合いから、今回は、芸能史に刻まれる出来事を項目ごとに分けてお送りしたい。ただし、記事の選定は個人的な主観によるものであることをお断りしておきます。更にプライバシーには配慮しつつ、芸能人=社会的影響が大きい公人という意味合いから、実名でお送りすることをご了承ください。

【麻薬汚染】

 大麻・コカイン・MDMA(合成麻薬)・覚醒剤での逮捕歴

 6回 岡崎聡子

 5回 清水健太郎

 3回 田代まさし・岡村靖幸・高橋祐也・横浜銀蝿の翔

 2回 西川隆宏・ミッキー吉野・豊川誕・倖田梨紗・赤坂晃

 1回 ASKA・押尾学・酒井法子・長渕剛

 かつて昭和の時代に芸能界において麻薬汚染が問題化し、蔓延した時代があった。勝新太郎、萩原健一、井上陽水、岩城滉一、美川憲一、研ナオコ、ピーター、内藤やす子らが大麻やコカイン、マリファナなどに手を染めた。依存性が強く、なかなか足を洗えない。中には、社会的制裁を受け、きちんと反省し、二度と同じ過ちを繰り返さない方もいる。執行猶予付きであっても有罪判決を受け、刑が確定すれば、前科が付く。一般社会では前科者は、再就職は難しいものがある。しかし、芸能界は特殊社会で、ほとぼりが冷めると、すぐに復帰できてしまう。甘い世界だ。芸能人は、いろいろな意味で影響力が強く、手本となるべき特殊な立場であることを認識し、ファンを悲しませたり、落胆させないでほしいと思う。
 脱法ハーブなどの危険ドラッグも同じ。昨今は、一般人でも安易に入手し、一時の快楽のために薬に手を出し、幻覚症状や錯乱状態に陥り、見境のない行動により、何の罪もない人を死に至らしめる自動車事故や事件があまりにも多く、実に嘆かわしい。 

https://www.youtube.com/watch?v=dJJOU0brvBA

【自殺(私が衝撃を受けたニュース)】

田宮二郎

 ドラマ『白い巨塔』の放映が残り2話となっていた1978年(昭和53年)12月28日昼過ぎ、家族と別居し1人で住んでいた港区元麻布の自宅で起床した田宮は付き人に赤坂へ仕出し弁当を取りに行くよう命じたあと猟銃自殺。血液型はB

https://www.youtube.com/watch?v=b0kW7qhr2eY

 追記

 この記事を公開する前日の11月9日(日)に、彼と生き写しともいえる次男の俳優・田宮五郎が死去した。2年前の4月にくも膜下出血で緊急手術し、生死の境をさまよう大病の後、復帰を目指し、リハビリに励んでいたが、昨日帰らぬ人となった。47歳という若さだった。父親の田宮二郎が36年前に猟銃自殺を遂げた時は、43歳という若さだった。この家系は短命なのだろうか。謹んでご冥福をお祈りします。

沖雅也

 テレビドラマ版「蒲田行進曲」(TBS)収録直後の1983年(昭和58年)6月28日、「おやじ、涅槃でまってる」という遺書を残し、新宿京王プラザホテルの最上階(47階)より警備員の制止を振り切って飛び降り自殺。血液型はB 彼の死去に彼の義父という日景忠男というオカマ風のオッサンが出て来て、ホモ疑惑が持ち上がった。でもどうして警備員がその客室のフロアの47階にいたのか不思議だ。沖雅也が予告でもしていなければ、偶然居合わせるのはあり得ない。

古尾谷雅人

 2003年3月25日、東京都文京区の自宅で首吊り自殺により死去 血液型はB

https://www.youtube.com/watch?v=y3s2JOP8g_w

岡田有希子

 自宅マンションでリストカットを行いガス自殺未遂。現場から程近い北青山病院にて治療の直後、所属事務所・サンミュージックが入居しているビル(東京・四谷)の屋上から飛び降り、全身を強く打って即死。血液型はO

https://www.youtube.com/watch?v=B7cPgL70fHo

可愛かずみ

 1997年5月9日午前中に手首を切り3度目の自殺を図り縫合後、川崎投手が住んでいた目黒区駒場のマンション7階から飛び降り、帰らぬ人となる。血液型はA

https://www.youtube.com/watch?v=g-HodDA_pwA

沖田浩之

 1999年3月27日に自宅で首吊り自殺を図り死去。沖田家は、弁護士の祖父、企業経営者であった父(1996年9月)、父の生前から経営を引き継いでいた兄(2002年4月)など、置鮎家は3代で4人の自殺者を出している。血液型はA

https://www.youtube.com/watch?v=UH7Gqii7Xbg

Hide(X-JAPAN)

 1998年5月2日朝7時30分頃、hideは自宅マンション寝室のドアノブに掛けたタオルで首を吊った状態で発見された。その後、病院に搬送されたが午前8時52分に死亡が確認された。血液型はAB

上原美優

 2011年5月11日23時頃、東京都目黒区のマンション自室のドアにスカーフとベルトで首を吊って自殺 血液型はA

https://www.youtube.com/watch?v=RhyigAs4-h4

藤圭子

 2013年8月22日午前7時頃、東京都新宿区のマンションの前で倒れているのが発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。遺書など見つかっていないが、衣服の乱れや争ったような跡がないことなどから、新宿警察署によって飛び降り自殺を図ったと断定された。宇多田ヒカルの実母 血液型はB

【不審死】

尾崎豊・・・1992年(平成4年)4月25日、早朝の足立区千住河原町の民家の軒先に全裸で傷だらけで倒れていたところを住人に発見され、通報で病院に運び込まれる。
体が傷だらけだったが診察した医師は深酒のみという診断で尾崎は妻とともに自宅マンションに戻る。しかし、午後になり呼吸が止まっているのに気がついた家族が救急車を通報したが、搬送先の日本医科大学付属病院で死亡した。

https://www.youtube.com/watch?v=im9nnM0oolA

坂井泉水・・・癌闘病中に、スロープからの転落による脳挫傷が原因で死去。

https://www.youtube.com/watch?v=gqBj2x-eTwo

飯島愛・・・2008年12月24日、東京都渋谷区桜丘町の渋谷インフォスタワーの自室にて死亡しているのが親戚の女性によって発見された。その後、警察の調査によって、発見時から死後1週間ほど経過していたことから、死亡推定日は12月17日前後とされている。

https://www.youtube.com/watch?v=GQ5aGQOZc1s

大原麗子・・・2009年8月6日、連絡が取れず不審に思って警察に通報していた実弟らによって、自宅で孤独死しているのが発見された。行政解剖の結果、死亡推定日時は同年8月3日。62歳没。死因は不整脈による脳内出血であると診断された。

https://www.youtube.com/watch?v=T_8-2h79weM

【突然死した芸能人・有名人】

 春一番、斎藤晴彦、安西マリア、大瀧詠一、山口美江、松田直樹、木村拓也、大原麗子、中川昭一、飯島愛

https://www.youtube.com/watch?v=6QPbqoW3-Rg

【放送局への出入り禁止・干されたことがある芸能人】

松本明子・真中瞳・吉村明宏・ヒロミ・田原俊彦・春香クリスティーン

https://www.youtube.com/watch?v=FLE0e6FYGpk

https://www.youtube.com/watch?v=l08r9oW9d88

https://www.youtube.com/watch?v=OfZ04DuaQaE

https://www.youtube.com/watch?v=rA4lwg-S584

【事務所との契約トラブル】

鈴木あみ(亜美)

 2001年2月に所属していた「エージー」の前社長が法人税法違反で有罪判決を受ける)。彼女の両親は、このような事務所とは信頼関係が築けないと判断し、同事務所との契約終了の確認、テレビ、コンサートなどから得た収入の明細開示を求める訴訟に踏み切った。  この間、レコード会社、テレビ局などは、所属事務所との関係が明確ではないアーティストとは仕事ができないとの判断を行ない、これにより鈴木は実質的な引退状態に陥った。

加勢大周・坂本一生

 1991年に加勢が実母を社長に据えて個人事務所を設立し前事務所(インターフェイスプロジェクト)からの独立を画策した際に、前事務所が芸名の使用の停止を求めて裁判所に提訴し揉めた。また、前事務所が「加勢大周」という名前を商標登録出願していた(商標登録はされず)。「加勢大周」という芸名は、前事務所社長が敬愛する幕末の勝海舟から名付けたものであり愛着があったという。その後、1年3カ月の裁判の結果、勝訴となり加勢大周の芸名は認められたが、その後前所属事務所が「新加勢大周」として同名タレントをデビューさせる。ただ、すぐに「坂本一生」(幕末の坂本龍馬から)と改名。プロダクション側は「加勢大周の名をプレゼントする」とインタビューで公言しこの問題は収束した。

【いつのまにかいなくなった・・・。】

中原理恵・桜庭あつこ・倉田まり子・河合奈保子・柏原芳恵・一色紗英・裕木奈江

小沢健二・大江千里・山咲千里・桜田淳子・斉藤慶子・鳥居かほり・山本みどり

宮内淳・細木数子

https://www.youtube.com/watch?v=rA4lwg-S584

https://www.youtube.com/watch?v=Ro7Qj7s6MT0

https://www.youtube.com/watch?v=eCWvogNA1nQ

【共演NG】(以下の動画をご覧ください。真偽は不明です。)

https://www.youtube.com/watch?v=nDMT8k0PWJU

https://www.youtube.com/watch?v=5xcvDg9bfnI

https://www.youtube.com/watch?v=tlGdOb09ClE

https://www.youtube.com/watch?v=BOd-traVnLc

https://www.youtube.com/watch?v=dZi0qpyQGt4

https://www.youtube.com/watch?v=G-KECAnGvfs

https://www.youtube.com/watch?v=vOrc1_B7Wek

https://www.youtube.com/watch?v=lFMhBPCq04Y

https://www.youtube.com/watch?v=o0446-zrnLU

【ビッグカップルの結婚】

1位 三浦友和・山口百恵      6位 岡田太郎・吉永小百合

2位 神田正輝・松田聖子      7位 陣内智則・藤原紀香

3位 森進一・大原麗子       8位 小林旭・美空ひばり

4位 反町隆史・松嶋菜々子    9位 唐沢寿明・山口智子

5位 木村拓哉・工藤静香     10位 江口洋介・森高千里

https://www.youtube.com/watch?v=8U85OIFd7Os

【ビッグカップルの離婚】

1位 神田正輝・松田聖子     6位 保坂尚樹・高岡早紀

2位 陣内智則・藤原紀香     7位 押尾学・矢田亜希子

3位 中村獅童・竹内結子     8位 郷ひろみ・二谷友里恵

4位 松平健・大地真央       9位 明石家さんま・大竹しのぶ

5位 萩原聖人・和久井映見   10位 森進一・森昌子

 他にも高倉健と江利チエミなどがいる。

https://www.youtube.com/watch?v=ZW7lwm8jELQ

https://www.youtube.com/watch?v=Nr2vwqtGoV0

https://www.youtube.com/watch?v=2xAlwuapE2I

【スキャンダル&事件】

・若人あきら失踪事件

 1991年3月3日、静岡県熱海市和田浜南の防波堤で釣りをし ていた若人あきらが行方不明になった事件。警察に届け出が出され、若人が3日後に 発見されるまで大々的な捜索がなされ、同時にワイドショーやスポーツ新聞、女性週刊誌などマスメディアを騒がせることになった。3月6日の午後、現場から30キロ離れた小田原市城内の図書館に居た男子学生によって若人は発見された。若人は失踪時の服のままで路上にうずくまっていたという。額に切り傷がある程度だったが、小田原市内の病院に保護されて、小田原署の事情聴取を受ける。若人は、水の中に落ちたことや、小田原青少年会館前まで車で運ばれたこと、車庫のベッドで目覚めてガムテープで目隠しされたなどと供述。

https://www.youtube.com/watch?v=3VPxfoaCU0U

・木之内みどり、恋の逃避行事件

 1978年、人気絶頂だった木之内みどりが、突然アメリカへ逃避行してしまう事件が発生。
相手はプレイボーイ・後藤次利。この事件が発覚したのは、本人不在による「引退発表」記者会見だった。事務所にも知らせず突如、パスポートとチケットを持ってアメリカへ向かったことを考えると、初めから計画的逃避行だったのではないか?と言われている。

・ビートたけし・たけし軍団、講談社襲撃事件(フライデー事件)

 1986年12月9日未明、ビートたけしが当時交際中の女性に対する記者の取材ぶりに怒り、写真週刊誌『フライデー』出版元の講談社を襲撃した事件である。たけしに懲役6ヶ月、執行猶予2年の有罪判決が出た事でもわかる通り、人気絶頂の芸能人が集団で暴行で逮捕されるという芸能史に残る衝撃的な事件だったといえる。

https://www.youtube.com/watch?v=bOAM2YCGFUc

・座頭市の撮影中、真剣使用で役者斬られ死亡

 1988年12月26日、1988年12月、勝新太郎が監督の「座頭市」の撮影中に、 役者兼殺陣師・加藤幸雄(34)が奥村雄大に真剣で首を斬られ意識不明→翌年1月死亡。勝新側・スタッフが間違えて真剣を渡していたと発表したが、撮影は続行された。

・田原俊彦BIG発言

 昭和55年、TBSの人気ドラマ「3年B組金八先生」の第1シリーズで、沢村という生徒役で出演したところ、瞬く間に人気が沸騰。ジャニーズ事務所所属で、「たのきんトリオ」を結成。1980年代初期のもっとも人気があったアイドルとなった。出す曲がすべてベストテンの1位に輝き、ドラマや映画に引っ張りだことなる。また、「教師びんびん物語」では2作、主演の教師役を務め、高視聴率を記録した。しかし記者会見で、高飛車で横柄な受け答えでマスコミの顰蹙を買う。これが原因で、生意気だというレッテルを貼られ、芸能界から干された。その時の有名な言葉が「俺くらいBIGになると・・・」だった。
 その後、10年以上もの間、番組出演から遠ざかった。最近、爆笑問題がMCを務める番組に出演するようになったが、50歳を優に超えてもまだ、生意気な物の言いようは変わらない。「たのきん」世代で、彼のファンだった田中や太田は田原をかばう発言に終始したが、横柄な態度は昔から変わらない。

https://www.youtube.com/watch?v=r1fifcpWhCg

・中森明菜自殺未遂事件

 1989年7月、中森明菜は、 かねてから 交際の噂のあったジャニーズ事務所の人気アイドルだった近藤真彦の マンションで左腕の肘を切って倒れているのを帰宅した近藤が見つけた。幸い大事にはらなかったが、傷は深さ2センチ長さが8センチほどだったといい、傷跡が残った。自殺の原因はいろいろと憶測されたが、憶測でしか わかっていない。

・近藤真彦、母親の遺骨盗難事件

 1998年の年末に、マッチの母親の遺骨が、埋葬先の横浜市栄区の「横浜霊園」から盗まれるという事件が発生。「レコード大賞を辞退しなければ、母親の遺骨は処分する」 と脅迫されたマッチは、辞退することも考え、深く悩んだ。何も知らなかったと言われたマッチは、すべての真相を知った上で、レコード大賞へ出場していた。

https://www.youtube.com/watch?v=C7jxlTEaTTg

・高部知子、未成年喫煙&ニャンニャン事件

 事件は、当時15歳だった彼女が、ベッドで裸体に布団を掛けた状態で煙草を咥えた様子を捉えた写真が、週刊誌に掲載されたことが始まりだった。
写真は、性行為の前後の写真ではないかと予想され、未成年の喫煙の観点から問題視されて一大スキャンダルとなった。
この事件について本人は、1984年の自著「ハンパしちゃってごめん」で、写真について「遊びで撮ったもので」性交渉もなければ「演技の練習で」と実際は喫煙しておらずタバコを咥えていただけと述べている。

・石原真理子&玉置浩二不倫

 1980年代にワンレン黒髪のトレンディ女優として活躍していたが、当時、妻子ある安全地帯のヴォーカル玉置浩二と交際。「好きになった人に、たまたま妻子がいただけ」という、開き直りともとれるような真理子の発言は、『不倫』という新たな恋の形に市民権を与え──この頃はまだ社会的・倫理的タブーの色合いが濃かった。
 2009年(平成21年)2月25日、かつて交際していた玉置浩二と婚約(再婚)したが、米国人の前夫との結婚が解消されていないため、婚姻届は受理されていない。同年8月24日、石原真理に芸名を変更。同年9月に玉置とは破局状態となった事が報じられた。

・倉田まり子

 当時、人気絶頂のアイドルタレントだった倉田まり子は投資ジャーナル事件で問題が発覚した「中江の愛人で7000万円の家をもらった」などという雑誌記事が発端となり、この事件に巻き込まれていった。倉田は単独記者会見までして身の潔白を主張したが、一方的な報道が続けられたため、倉田のネガティブなイメージが定着した。

・棋士同士の不倫騒動・中原誠と林葉直子

 1998年、元女流棋士の林葉直子と長期にわたって不倫関係となり、堕胎させたと週刊文春が大々的に報じたことから騒動となり、テレビ番組などで連日報道された。留守番電話に残された、関係が泥沼化していると思わせる留守番電話中の中原の肉声(「今から突入しま~す」「もしもし?もしもし?私は林葉直子の愛人でしたっつうんで週刊誌に売ります。それではよろしく~今から突撃!」「お前みたいなのは早く死んじまえ!エイズにでも何でも早くかかっちゃえばいいんだよ!」)が繰り返し取り上げられ、この不倫騒動は将棋界以外でも大きな話題となり、将棋界では異例の芸能スキャンダルになった。

・小室哲哉、5億円詐欺事件

 2006年8月6日、小室は日本音楽著作権協会に自分名義で登録している全楽曲806曲の著作権を10億円で譲渡する仮契約を関西地方在住の個人投資家男性と締結。前妻のASAMIが著作権使用料を差押さえているとして、その解除費用として5億円の先払いを要求し、8月29日までに5億円を受け取った。著作権のなかった小室は返金に応じなかったため、男性は2008年2月に小室に対し逸失利益を含めた6億円の損害賠償を求め提訴。小室が全額を支払うことで和解が成立したが、期日であった9月末までに小室は支払わなかった。このため男性は地方検察庁に刑事告訴した。2009年5月11日、大阪地方裁判所より懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が言い渡され、弁護側・検察側共に控訴はせずに、同年5月25日午前零時を以って刑が確定した。

 他には、凶悪事件として「津川雅彦愛娘誘拐事件」、「高島忠夫長男殺害事件」、「力道山刺殺事件」、「佐々木つとむ殺害事件」、「克美茂愛人刺殺事件」などが起きた。

https://www.youtube.com/watch?v=9d295swVOBE

 追記(H28.8.23)

 俳優の高橋裕太が強姦致傷で逮捕

 この日、ショッキングなニュースが飛び込んできた。女優の高畑淳子の実の息子で俳優の高畑裕太が、滞在中の前橋市のビジネスホテルで、40代の女性従業員を部屋の中に連れ込み、性的暴行を働き、強姦致傷で逮捕されたのだ。警察の調べで、高畑容疑者は「欲求を抑え切れなかった」と容疑を認めているという。極楽とんぼの山本が買春で逮捕され、10年間も表舞台に出られなかったことから比較しても罪は重い。もう芸能界復帰はありえないだろうし、母親の高畑淳子もまた謹慎するかもしれない。あまりにも代償は大きい。こうした息子の不祥事で親が謹慎を食らった事例は多い。覚醒剤が一番多いが、今回のような暴力行為は多かった。主な事件を列挙したい。

 横山やすしの息子・・・木村一八の暴行事件
 三田佳子の息子・・・高橋祐也が覚醒剤で3度逮捕
 中村雅俊の長男・・・大麻所持のため大麻取締法違反で逮捕
 みのもんたの長男・・・盗んだカードで現金を引き出したとして窃盗未遂
 大空真弓の長男・・・覚醒剤使用などで3度逮捕。常習犯だ。
 石田純一の息子・・・いしだ壱成は大麻取締法違反で逮捕

 有名人で金持ちのため、チヤホヤされ、親の七光りで何でも叶うと勘違いしている節が有る。仕事が忙しくて家庭の教育がままならない環境下で甘やかされて育ったため、正当な判断ができずに犯罪を犯すケースが多いようだ。人間、金に不自由ない生活をしていると、自分が一番偉いと錯覚して他人を見下したり、横柄な態度をとり、結果的に、こうした犯罪を起こしてしまいがちになる典型例だ。

【ファンによる襲撃事件】

倉沢淳美

『わらべ』で有名になった倉沢が、ソロデビュー直後の1984年4月上旬、札幌市内で行われたサイン会で、見知らぬ人物から刃物で斬り付けられ右手首を約6センチ切る傷を負った。犯人は26歳の会社員で警察の取調べに対し、「生意気だから切った」と、供述。

https://www.youtube.com/watch?v=eEuwBAmkZZ0

松田聖子

1983年3月28日の沖縄市営体育館での『スプリングコンサート』で、暴漢に襲われた。『渚のバルコニー』を歌おうとしたところ、客席の最前部にいた若い男が舞台に駆け上がり、持っていた長さ30センチ程のスチール金具で振り上げ聖子に殴りかかった。聖子は右頭部と右手に全治約1週間の軽傷を負った。男に気づいて殺気を感じた聖子は、とっさに両手で頭をかばいながら逃げたが、3発が頭に当たった。

https://www.youtube.com/watch?v=bKIFO1l5KKs

岡田奈々

1977年7月15日、当時トップアイドルであった岡田奈々がファンに5時間監禁された。ベランダをつたってファンが岡田の部屋に侵入。犯人のナイフを、起きた岡田がを握ってしまい血だらけになり、犯人が手にシーツを巻きさらにネクタイで手を縛り、足も縛って身動き出来ない状態にした。犯人は、明け方には出て行くからと言って岡田の新曲を振り付けで歌いながら踊ったりしていた。犯人は岡田に「警察には言うなよ」と言葉を残し約束通り明け方出て行き、血のついたシーツなどを持ち帰った。岡田はすぐ手のシーツをほどき、事務所の社長に連絡し警察が来て保護された。その時の手の怪我は、30針も縫うほどの大怪我であった。犯人は、目だし帽で顔はわからず現在も捕まっていない。

https://www.youtube.com/watch?v=GT6nAttwf_c

AKB 川栄李奈、入山杏奈 

今年7月25日、岩手・滝沢市の岩手産業文化センター『アピオ』で行われた握手会会場で刃物を持った24歳の男性ファンに襲われ、手を負傷した。

https://www.youtube.com/watch?v=OC2lAWuwJbA

鶴田浩二

 1952年の暮れ、鶴田浩二のマネージャー、兼松廉吉(二年後、鎌倉稲村ガ崎防空壕跡にて服毒自殺)が、山口組を訪れた。翌年1月に大阪千日前で行われる「百万ドルショー」の挨拶のためである。当時の地元暴力団に対する慣例に従って、兼松は組長の田岡一雄に5万円と浅草のり一缶を渡した。しかるに田岡は「わしらは乞食やない。失礼やないか」と憤慨して受け取りを拒否した。
 翌年1月6日午後7時すぎ、山口組組員の山本健一、清水光重、益田芳夫、尾崎彰春は、鶴田の宿泊先備前屋にて待ち伏せをし、店先に群がるファンらに鶴田のサインをもらってきてあげる、などと言って、備前屋に上がりこんだ。山本ら4人が備前屋の桔梗の間に入ると、鶴田や水の江滝子、高峰三枝子ら10名以上が夕食をとっていた。山本は彼らの面前で鶴田をウィスキー瓶やレンガで殴り、それから、備前屋から飛び出し、黒塗りの乗用車に乗って逃亡した。鶴田は救急車で、近くの早石病院に搬送された。頭と手に11針を縫う重傷だった。

橋幸夫

若手スター歌手として絶大な人気を誇った63年、ショーの最中にサーベルを持った男に襲われるという事件があった。手のひらと腕と肩と顔に2週間のケガを負った。

美空ひばり

1957年1月の舞台で、ショーを観に来ていた少女から塩酸を顔にかけられ、3週間のヤケドを負った。少女はひばりの熱狂的なファンで、ひばりに何度も面会を申し込んだが相手にされず、募った思いが恨みに変わった。

並木葉子

『こまどり姉妹』のメンバーで、コンサートで暴漢に刺され1ヶ月の重傷を負った。人気絶頂の1966年5月8日、鳥取県倉吉市で公演中に突然、18歳の男が舞台に駆け上り、葉子を刃物で刺した。この男は、栄子のファンで、結婚を望んでいたが応じてもらえなかったので、無理心中を図ったのだという。葉子は腹部を刺され重傷を負ったが一命を取り止め、しばらくして舞台に復帰した。

山下智久

まだジャニーズJr.だった2002年9月17日、東京・国立代々木競技場脇の上で、ファンからの握手を受けていた際、男から顔面に不明な液体をかけられた

【帰国子女】

忽那汐里・水嶋ヒロ・小出恵介・葉月里緒奈・河北麻友子・松村未央・長谷川理恵

石田ゆり子・宇多田ヒカル・劇団ひとり・久保純子・住吉美紀・内田恭子・竹内由恵

堂真理子・香椎由宇・木佐彩子・早見優・デーモン小暮

https://www.youtube.com/watch?v=6E4uCmBwXXw

https://www.youtube.com/watch?v=Vk0qlVK9LIE

 他にも、結婚の際に騒動があった桜田淳子や若村麻由美も一時期マスコミや週刊誌を賑わした。

 さて、本日の記事はやや個人的趣向の偏重的気味の内容でお送りしました。今回の記事の真意は、犯罪を犯した有名人を名指しで批判するのではなく、法の裁きを受け、厚生を図った方々は、二度と同じ轍を踏まないこと、更には応援するファンへの裏切り行為を二度と起こさないための意識の啓発、更には芸能界の規範意識の甘さを知らしめる上で、今回は警鐘を鳴らす意味で掲載した次第である。そのことをご理解頂きたいと思います。

記事作成:10月22日(水)

2014年11月 8日 (土)

20世紀J-Rockの開拓者 ~佐野元春~

 今回のタイトルは、21世紀に活躍していないという意味ではない。20世紀に「Japanese Rock」を開拓した功労者といってよい「佐野元春」を取り上げたい。過去、当ブログで、浜田省吾、大瀧詠一、山下達郎を紹介したのに、彼だけを書き漏らすわけにはいかないからだ。

 彼は1956年東京生まれ。血液型はB。1980年3月21日、シングル「アンジェリーナ」で歌手デビュー。邦楽の価値観を一変させた伝説的アーティスト。詩人としてのメッセージを内包した歌詞、多様なリズムとアレンジ、ラップやスポークン・ワードなどの新しい手法を実践し、さまざまなジャンルの音楽を折衷させた曲を数多く発表して作品の商業的ヒットに関係なく高い評価を得ている。「サムデイ」、「ガラスのジェネレーション」、「約束の橋」など、ヒット多数。1992年、アルバム「スイート16」で、日本レコード大賞アルバム部門を受賞。活動は音楽だけにとどまらず、DJ、雑誌編集など多岐に及び、広い世代に渡って影響力が大きい。

 それでは私が好きな曲をお送りしたいと思う。ただし、リンクした「YouTube」映像は予告なく削除される場合があることを予めご了承ください。

 1位 「SOMEDAY」

 1981年発売のシングルとして発売された。発売当時チャート84位とセールス的に振るわなかったが、翌年同名のアルバムがヒットしたこともあり代表作の一つとなった。当初は1981年2月発売の2ndアルバム『Heart Beat』に収録予定で、楽曲はほぼ完成していたが、歌詞の一部にしっくりこない部分があって、『Heart Beat』収録に間に合わず、同年の6月にシングルと してリリースされた。
 この曲は、1990年JR東海「ファイト!エクスプレス」のCMソングに採用され、ジャケットを変更して8cmシングル化。1990年代には『CREA』誌の音楽特集で歴代2位にランクされ、21世紀に入ってもCMや映画の挿入歌で使用されるなど息の長い人気曲となっている。

 上は旅立ちをテーマにし、一世を風靡したCM。私にとっても思い出深い曲で、20代の頃のカラオケの十八番ソングだった。

 2位 「ガラスのジェネレーション」

 佐野元春の2作目のシングル。1980年10月21日にEPIC・ソニー(現:エピックレコードジャパン)から発売された。アレンジは佐野と伊藤銀次が共同で手掛けている。
 1993年夏にサッポロビール、吟仕込生ビールのCMソングに起用された。

 3位 「Young bloods」

 15枚目のシングル。1985年2月1日にEPIC・ソニー(現:エピックレコードジャパン)から発売された。国際青年年のテーマソングに選ばれてNHKで繰り返しスポットが流されたこともあり、最高位7位と佐野にとって初のトップ10入り作品となった。また、印税をアフリカ難民救済のチャリティーとして寄付するなど話題を呼んだ。渡米期間中に起こったMTVの人気に影響を受け、早朝の代々木公園で演奏するPVを制作した。

 4位 「約束の橋」

 22枚目のシングル。1989年4月21日発売。1992年10月28日に再レコーディングされリリースされた。アルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の先行シングル。当時スランプに陥っていた自身を励ますために書かれた。『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』に収録されたバージョンと基本的に同じであるが、曲冒頭のカウントがカットされている。
 オリジナルバージョンは、最高順位20位、売り上げは約4万枚と及第点だったが、1992年にTVドラマ『二十歳の約束』の主題歌となったためボーカルなどをレコーディングし直して再リリースされ、最高位4位を記録。トップ3には入らなかったものの、70万枚以上を売り上げて佐野にとって最大のヒット曲となり、同年に発表されたアルバム『Sweet16』『No Damage II (GREATEST HITS 84-92)』とともに新規ファンの獲得に大いに貢献した。

 5位 「アンジェリーナ」

 佐野元春のデビューシングル。1980年3月21日にEPIC・ソニー(現:エピックレコードジャパン)から発売された。同年4月7日から始まった音楽番組『ファイティング80's』(TVK)のレギュラーに抜擢される(デビュー後の初ライブはこの番組で、日本電子工学院ホールにて収録)。同年4月21日にアルバム『BACK TO THE STREET』を発表。6月から横浜舶来屋で定期的に、7月からルイードで月一で『ファイティング80's』のバックバンドとともにライブを始める。

 山下達郎が明治大学なら、彼は立教大学出身。サザンの桑田が青山学院大学、大瀧詠一が早稲田大学出身だったように、この頃のミュージシャンはカレッジフォークに影響を受けたのか、皆、高学歴だ。

 不思議なことにB型の彼は、同じB型にかなりの影響を受け、また感銘を与えた。坂本龍一と吉川晃司、尾崎豊だ。B型のロック好き、音楽と車好きという共通性はここでも証明された。人と同じことをするのを嫌い、わが道を突き進むのがB型の真骨頂だ。だから学生時代は規則など固定概念を嫌い、とことん反発し、その個性を発揮しようとするのだろう。早熟と呼ばれるのも「右倣え」ではなく、自分スタイルやマイペースを貫き、天然で天賦の才能が備わっているからにほかならない。
 B型のアーチストは、ロックを歌わせたら右に出る者はいない。矢沢永吉、山下達郎、布袋寅泰などがそうだが、パフォーマンスに嫌味やわざとらしさがない。観客も乗りやすい。これは才能であって、自然の成り行きなのだと思う。

 記事作成:10月27日(月)

2014年11月 5日 (水)

「安達太良山」慕情

 「天高く馬肥ゆる秋」と形容されるこの季節、郡山の自宅から北の方角に目を向けると、青々とした雲ひとつなき秋晴れの空に、くっきりと聳え立つ山がある。その昔、遠き都会の片隅で故郷の空を想い、『東京には空がない」との名言を遺した高村智恵子が愛してやまなかった安達太良山(阿多多良山)だ。空気が澄んだ天空に聳えるその頂から、なだらかに連なる稜線は、まさに息を呑む美しさだ。

Chieko 彼女は、夫・高村光太郎が「智恵子抄」の中で書き記した通り、智恵子自身が「本当の空がある」と称した油井村(現在の二本松市)の造り酒屋の生まれ。実は私の母親とは切っても切れない縁がある。まず、智恵子が亡くなったのが1938年の10月5日。その僅か一週間前に母親はこの世に生を受けた。しかも姓は違えど、まったく同じ名前。しかも母親は二本松の「榎戸」という地名に実家があり、そこから戦後、郡山に嫁いだのだった。今でも母親の弟、つまり私の叔父がその古家を守っている。したがって、幼少期から、私は母の実家を訪れては、今は亡き祖父母と過ごすことが年に数回あった。もちろん、この時期に行われる提灯祭りでは、夜空を焦がす鮮やかな提灯行列を目の当たりにしたことがあるし、毎年のように華やかな「菊人形展」にも連れて行ってもらったものだ。私は、幼心の中にもしっかりとした記憶として残っている。

 さて、タイトルにも掲げた「安達太良山」を望む郡山からのベストポイントとして、安積野バイパスがある。安積町から郡山市街地方面に向かって国道を北上すると、「日本全薬」という巨大製薬工場がある。そこの緩やかな国道を登りつめると一気に視界が開け、真正面にくっきりとその全容を認めることができる。また、柴宮入り口交差点の先の、よく覆面パトが出没するオーバーパスの高架橋からも眺望できる。それはさながら絵葉書のような絵づらであり、類まれな荘厳な雰囲気を醸している。

 ではその優美な姿を画像で紹介したい。

Adatara

 いかがですか。名峰「安達太良」の一端を感じ取ることができるでしょう。これが数百年変わらぬ姿で、二本松の西方、勇壮に鎮座する、これが智恵子が愛してやまなかった阿多多良山の姿だ。青い空に良く映え、霊験あらたかな、神々しい様相を呈している。

 私自身は、真冬に、その裾野に広がる「安達太良高原スキー場」と「塩沢スキー場」に数回訪れ、滑りを楽しんだこと、たまに忘年会などで「岳温泉」に宿泊する程度だった。しかし、実母と何かと縁深い智恵子にとって、生涯、忘れえぬ土地柄であることを知り、見方が変わった。近くに住んでいるとあまり気にも留めないが、これほど自然が与える恵みを美しいものだと痛感するのは初めてだった。

 またスキー以外では、一気に8合目付近まで登れるゴンドラの車内で見る一面の紅葉は感動で言葉を失う鮮やかさだ。また、真夏の8月から紅葉シーズン前までの期間は「地上の天の川」と銘打ったイルミネーションイベントも訪れる観光客や恋人同士の目を楽しませてくれる。ゲレンデ一面に敷き詰められた無数の電飾が、夕闇に光り輝き、まばゆい美しさに圧倒されるはずだ。もちろん、春から秋までは多くの登山客で賑わうこの山だが、訪問者を飽きさせない工夫がさまざま凝らしてある。

Adatara_neon

 いかがです?あたかも天上の旅人のように、夢心地でうっとり酔いしれるパノラマが眼下に連なっているのだ。間違えてほしくないのは、この光景が見られるのはクリスマスシーズンではなく、夏から秋にかけて。あなたを夢の世界へといざなってくれることでしょう。カップル同士でゴンドラに乗れば、それだけで演出効果抜群。ロマンス成就はうけあい。

 あだたらエクスプレスは6人乗りで、全長は 1,500m。片道約10分の乗車で一気に標高差 400m を移動する。リフト料金は中学生以上が往復1人1,200円、4歳~小学生は往復1人700円。運行時間は19時~21時(金・土曜は21時30分まで)。

 それでは安達太良山の紅葉とウィンターシーズンを彩るスキー場の模様を動画映像で紹介したい。

https://www.youtube.com/watch?v=WNM3VvYz3vc (埋め込み処理無効)

 断わっておきますが、この映像は、私が撮影したものではありません。あしからず。
 20代の頃は、11月を過ぎ、麓に紅葉の便りが舞い降りる頃になると、来るべきゲレンデシュプールが待ち遠しくて仕方なかった。今はもう1シーズンに1回行ければいいほうで、寒さが苦手で腰痛持ちの私には、真冬のゲレンデに出向く元気が薄れてしまった。体力もおぼつかず、リフトを降り、コースを下りるまでに5回は休憩しないときつくなった。せっかく今年、ゲレンデによってはシルバー料金でリフトに乗れるのに、なんとも勿体ない。20代の頃、シーズン30回滑走を実現した若さと体力を取り戻したいものだ。

 記事作成:11月4日(火)

2014年11月 4日 (火)

伝説の男⑭ ~銀輪の風・内田慶~

 2008年9月11日、その日、イケメン競輪選手として人気が高かった一人の男が天国に旅立つという悲しい事故が起きた。運命のその日、「第51回オールスター競輪」が一宮競輪場で行われていた。そのS級第7レースの予選1組で悲劇は起きた。ドラの音がリンクに鳴り響き、選手はラスト周回で小競り合いを演じていた。その第3Rコーナーで前を窺おうとした第9レーン出走の内田慶選手(栃木所属)が他の選手に接触し、その弾みで落車。彼は前のめりになり、そのまま堅いリンクに激しく叩きつけられた。レース自体は成立したが、落車現場では、駆けつけた救急隊によって懸命の救命措置がとられた。
 彼は落車直後から意識を失い、身動き一つしなかった。ファンが心配そうに見送る中、そのまま指定救急病院へ搬送された。しかし、関係者の願いも届かず。15時59分、彼は事故の負傷が原因で、帰らぬ人となってしまったのだった。

 その時のレースの模様です。(閲覧注意)

 それでは内田慶選手のプロフをどうぞ。(Wikipediaより)

 内田 慶(うちだ けい、1981年2月11日 - 2008年9月11日)は競輪選手、自転車競技選手。東京都中央区出身。日本競輪選手会栃木支部に所属していた。

 師匠は福田明。弟子には、アテネパラリンピック(2004年)、自転車競技・タンデムスプリント(視覚障害部門)において、葭原滋男のパイロットとして同種目の銀メダル獲得に貢献した大木卓也がいる。
 福島県の学校法人石川高等学校を経て作新学院高等学校に転校し、同校を卒業。2001年、日本競輪学校第87期生として入学。2002年8月3日、ホームバンクであった宇都宮競輪場でデビュー(3着)。

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 2003年4月24日、宇都宮で開催されたルーキーチャンピオンレースにおいて、平原康多らを破って優勝。また同年行われた全日本プロ選手権自転車競技大会の4km個人追い抜きで優勝。以後同大会同種目において、2008年まで6連覇を達成。
 2004年、4月、四日市競輪場で開催されたアジア自転車競技選手権大会において、4km個人追い抜きとスクラッチの二冠を達成。スクラッチでは、後に同種目の世界王者に輝くことになる香港のワン・カンポ(3位)らを撃破。この大会の優勝により、両種目のアジアチャンピオンとして同年5月、オーストラリア・メルボルンで開催された世界選手権の出場権を獲得し出場(4km個人追抜15位、スクラッチ11位)。
 同年12月、アメリカ合衆国・ロサンゼルスで開催されたUCIトラックワールドカップクラシックス第2戦のポイントレースで6位入賞。翌2005年3月、ロサンゼルスで開催された世界選手権に出場した(4km個人追抜19位、ポイントレース途中棄権)。
 2006年、カタール・ドーハで開催されたアジア競技大会では、個人、団体の両追い抜き種目に出場。団体追い抜きでは4位入賞を果たした。

 しかし2008年9月11日、第51回オールスター競輪(一宮競輪場)第7レース(発走時刻、午後1時15分)に出走した際、最終周回2センター(3コーナー)付近において、主導権争いに破れて後方へと後退中の選手と、捲りを試みていた選手の3番手を追走していた選手との間に挟まれ 落車。この時他車との接触により前輪のワイヤースポークが全壊したため車体ごと前のめりに崩れ落ち、顔面からバンクに叩きつけられたことによる衝撃が致命傷となってしまった。

 これにより頭蓋骨を骨折し、うつ伏せのまま吐血して動けなくなり、すぐに一宮競輪場の近隣にある大雄会病院へ緊急搬送されたが、同日午後3時59分、外傷性クモ膜下出血のため死去した。享年28(27歳没)。

 通算戦績421戦82勝。優勝17回。選手登録削除日は2008年9月12日。

 死去を伝えるニュースと葬儀の模様


 

 彼は、礼儀正しく、ファンを大切にするナイスガイだった。同僚の競輪選手にも信頼が厚く、甘いマスクでイケメン選手としても人気が高かった。そんな彼が悲劇に遭った後のエピソードを紹介して結びとしたい。競輪を愛し、スピードとファンを愛した男のレクイエムとして亡くなった後のエピソードと、彼の人となりを偲ぶ動画をお送りしたい。

  「2008年オールスター激闘の5日間」 (最後の伏見選手の号泣と絶叫が感動的です。)

 「彼の死後のエピソード」

  •  訃報の日の翌9月12日以降、第51回オールスター競輪最終日となる9月15日まで、一宮競輪場正門横に献花台が設けられた。記帳欄には、地元以外のファンの名前が大勢見受けられ、多くの競輪ファンがその死を悼んだ。
     同大会4日目となる9月14日第10レース準決勝B戦において、出身高校の先輩でもあり、また同じ宇都宮競輪場をホームバンクとしている神山雄一郎が通算700勝を達成。レース後、「今日の勝利は自分1人の力では達成できなかった。内田君とは(オールスター開催の)直前まで車誘導で一緒に練習した。彼の無念の分まで頑張ろうという気持ちでここまで走ってきた。」(日刊スポーツ、2008年9月15日付記事)という内容のコメントを、涙ながらに話した。長塚智広はのちに自己のブログで「神山さんは内田の葬儀で崩れ落ちるように号泣した。」と神山の衝撃の大きさについて記している。

     2008年に開催された全プロ大会(奈良競輪場)で、上述の通り、個人追い抜き6連覇を達成したが、5連覇を達成した前年までとは違って内容が悪く、2位の飯島規之を辛くも退けた形となったことから、レース後の優勝インタビューの途中でマイクを差し向けられた。「自分でも今日の走りは納得いかなかった。」というコメントを残した他、終始落胆した表情を浮かべていた。なお、翌年の全プロ大会(花月園競輪場)では、内田の7連覇がかかるはずだった個人追抜4km種目を「内田慶メモリアルレース」として行ない、場内の大画面モニターに2008年のレース映像を放映する形で内田の偉業を讃えた。
     2009年には内田のホームバンクであった宇都宮競輪場においても、内田の遺志を汲みたいという関係者の意向により、S級シリーズ開催として「内田慶メモリアルカップ」が行われた。
  •  「ファン制作のメモリアル動画」 
  •   私たちは、彼のような優れた才能と人間性に溢れ、ファンのみならず同僚選手たちからも愛された競輪選手がいたことを、ずっと忘れはしない。

      謹んで内田慶選手のご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

     記事作成:11月2日(日)

    2014年11月 3日 (月)

    注目の女性アングラー ~日向瑠菜~

     10月下旬から11月3日まで、BSとCS放送が無料放送だったため、「釣りビジョン」と「アニマルプラネット」を中心に流し視聴した。もちろん釣りの番組を総チェックしていると、「関西発!海釣り派」という番組が目に留まった。理由は、弱冠19歳にして、6代目ナビゲーターに選ばれた釣り初心者女性がめちゃ可愛かったからだ。彼女の名前は「日向瑠菜(ひなたるな)」。関西弁が板についたこ女の子は、かつて本名の「美月瑠菜」でご当地アイドルやモデルをしていた。だから可愛さも抜群。無邪気で明るい性格ながら、時折見せるハニカミ笑顔の彼女をすっかり気に入ってしまった。

     ではまず、彼女のプロフからどうぞ!

     「日向瑠菜」

     1994年12月21日生まれの19歳。岡山県出身、舞夢プロ所属のタレント。元JK21メンバー。血液型はO型。趣味:読書、バスケットボール。特技:クラシックバレエ歴10年。

     ・エキサイティング!J(KBS京都、2013年〜、サンガレポーター)
     ・関西発!海釣り派(釣りビジョン、2014年〜)

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     公式ブログはコチラ http://ameblo.jp/runa-maimu/

     公式Twitterはコチラ https://twitter.com/cg_nappa?lang=ja

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     JK21時代の映像はコチラ 

    https://www.youtube.com/watch?v=taVpPoB84dI

    https://www.youtube.com/watch?v=oQjj03Pe6Do

    https://www.youtube.com/watch?v=z2DAhosUj_4

    https://www.youtube.com/watch?v=xmXecCOfKOo

     彼女は典型的なO型特徴。色白で丸顔で、鷲鼻に加え、口と歯が大きい。とてもチャーミングで、けらけら笑うあどけない笑顔に癒される。それは同時に人懐こい印象を与える。釣りおじさん達からはマスコットガール的な存在として愛されている。「釣りビジョン」では、「金剛山のトレッキング兼川釣り」編、「ヤエンでのアオリイカ釣り」編などを放送した。

     FV CLIMAX しろ~と5 日向瑠菜 編

     関西発!海釣り派 144 真冬でも絶好調!?小豆島沖タイサビキ!   

     「Rock Fishing」を訪問   

     HinaTube 第七回「磯で生き物を見つける!」

     HinaTube 第八回「船の上でピンポン玉運び」   

     いかがでしたか?最近、海釣りを始める若い女の子が増えている。福岡出身の「みっぴ」もそうだが、このような若いきゃぴきゃぴの女の子が釣り場に増えてくれればもっと釣りもメジャーになるし、華やぐと思う。実は、彼女が私の知り合いに似ているため、何か身近に感じてしまう。
     今後、彼女のつりの上達ぶりを楽しみにしたいと思う。

     記事作成:11月1日(土)

    2014年11月 1日 (土)

    2014年9~10月期のCMベスト5

     今年放送されたCMの中から、2か月ごとに人気があった作品をランキング形式で取り上げるこのシリーズ記事も、いよいよ5回目となった。年の瀬が近づき、秋冬を意識する作品が多くなったが、私が特

     1位 金の微糖 「会議室編」

     会社のプレゼンで、織田裕二扮する社員が上層部にアピールするというシチュエーション。社長役に強面の山崎努。言葉を誤用したことを指摘する内容。誰もがうっかり間違えそうな「シュミレーション」なのか「シミュレーション」なのか。同じような難解なものに「コミニュケーション」と「コミュニケーション」というのがある。さりげなくその部分に焦点を当てたのは企画の勝利。

     2位 アコム 「ラガーマンズヘルプ編」

     こちらもシリーズ化しているCM。ラガーマンたちを応援する一主婦。試合に負けた時も。「カッコいいなと思ったよ」と慰め励ます。主婦役に永作博美。ラガーマンたちとの温かい交流を描き、ほのぼのする。この時期、頻りに放送されたのは、電気量販店で永作が大型冷蔵庫をお買い上げ。するとラガーシャツのままの選手たちがなぜか店内に居合わせ、「冷蔵庫、買ったんすか」「みんな!」と呼びかけたかと思えば、「冷蔵庫を家までお届けします」と言い出す。そこで永作が自宅まで押しかけられたら困ると思ったのか「なんで?」と疑問。すると期待外れの返答に「えぇっ!」と絶句する場面。このCMには2パターンあって、「いいえ結構です」と言う場面では、「マジっすか!」という返答。どちらも可笑しい。

    https://www.youtube.com/watch?v=I9Vtzuh79EI

     でもこのCMには、あまり放送されていない裏CMがあった。

     3位 観月ありさ ダスキン「クリーニング編」

     ハウスクリーニングを依頼した主婦・観月ありさが、プロの使うエアコンの洗浄機に目をつけ、実力行使で奪い取る作戦を決行。庭の水やりに使っていたホースを業者に向け、決闘シーンで目にするガンマンの如く、倒れ込みながら撃とうとする絵づら。 
     こちらもシリーズCM。「クリーニング編」だけでなく、「ジム通い編」、「シロアリ無料診断編」、「使う編」など何パターンもあるが、どれも笑ってしまう。

     4位 中村アン 競輪

     私は中村アンの性格自体は好きなほうではないが、このCMの彼女は可愛らしいと思う。笑顔と色仕掛けでKEIRIN場へ誘う。「Welcome to KERIN場へ~ようこそKEIRIN場へ」のメロディーが耳に残る。中村アンは外見を見れば美形で綺麗だ。AB型の美人の典型。

     メイキング映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=Fz2AO-9B2GE

     なんと私の同級生の箭内道彦がプロデュースした。

     5位 SOY JOY (オフィス編)

     ハードボイルド風のCM。時代遅れの古いラジカセで「ゴッドファザー~愛のテーマ~」を鳴らしながら葉巻を咥えた若き社長が徐に秘書に「チョコレートは好きか」と尋ねる。「はい好きですけど」と答えると、負けず嫌い振りを発揮して「俺はその何倍も好きだ!」と語気を荒げて訴える。「たかがチョコ、されどチョコ」を意識づける内容のCM。瑛太が熱演した。

     次点 モンスターストライク 囲碁編

     囲碁の対局時には付き物の碁盤解説で、いきなり碁石が爆発する。こちらもシリーズ化している。「料理編」、「パジャマパーティー編」

     カーリング編 https://www.youtube.com/watch?v=Vdm3ccL5C2w

    小島瑠璃子・足立梨花・佐野ひなこらが出演している「パズドラ」作品はコチラ

    https://www.youtube.com/watch?v=aR6xz3-ia5g&list=PLI_gMmjCAQAaa1lOhDuogEDd6yTu9EmJt

     さて、近頃どのCMも頻繁に流され、すっかりお馴染みとなったものだ。しかし、来年の今頃は、このようなメジャーなCMでさえ、次々と新しいCMが登場すると、たちどころに記憶から消えてしまう。だから、2014年のこの時期に流行っていたCMを残しておきたいと考え、取り上げた次第だ。次回は今年最後。どんな新作CMが登場し、私たちを楽しませてくれるのだろうか。期待して待ちたい。

     記事作成:10月24日(金)

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