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2015年7月

2015年7月27日 (月)

私の中学時代に流行ったもの

 本日の話題は備忘録とか想い出話の類だ。私が思春期の中学時代を送っていたのは昭和52年4月から55年3月までだ。最も多感で人間関係に思い悩んだのもこの時期だ。過ぎ去った時間は美しく記憶に刻まれるというが、私にとっては暗黒の時代だった。唯一慰めで、自己主張できたのは、箭内道彦と一緒に盛り上がっていたフォークギターだった。
 ではそんな昭和の時代、世の中では何が流行り、注目を浴びていたか振り返りたい。なお、本日リンクした動画サイトの映像は、極めてレアであり、予告なしに削除されることがあることを前もってお断りしておきたいと思います。

 インベーダーゲーム

 1回100円でボーリング場やラーメン屋などいたるところにゲーム機があった。私は内環状線沿いの緑町にあった札幌ラーメンの店に入り浸って、点数アップを目論見、無駄遣いしてしまった。50円の格安店もあった。

Invader Invader2

 玩具ではスライムなども流行った。

  スターウォーズ

 私は記念すべき第1作目を郡山ピカデリーで見た。しかし、狭い映画館は満員で、立ち見した想い出がある。ピカデリーは、清水台の八幡坂沿いの地下にあった古い場末の映画館だった。

Starwars

 銀河鉄道999

 星野哲郎とメーテルの切ない物語。空飛ぶSLが主題で、ゴダイゴがテーマソングを歌って大ヒットした。

 24時間テレビ始まる

 私が中2の夏に第、第1回目の24時間テレビが始まった。東京であちこちにこの告知を兼ねた大看板を見かけた。

24hours_tv

 西遊記

 私が中2の頃に始まったドラマ。毎週日曜日の8時からNTV系列で放送していた。孫悟空に堺正章、猪八戒に西田敏行、沙悟浄に岸部シローという豪華キャストだった。加えて三蔵法師にはなんとカネボウモデル出身の夏目雅子を起用し、彼女の丸坊主姿も様になっていた。私が兄と二人で夏休みに上京して東京見物していた時、有楽町の今は無き日劇の前で、このドラマを宣伝する大看板を見かけたことが記憶にある。当時・かくし芸などで起用達者な堺正章の孫悟空役はハマっていて、適役だった。

 高校野球(PL学園・箕島)

 私が中1の時は、実際に甲子園まで見に行った。1年生エースのバンビ坂本投手の東邦と大鉄の準決勝を見た。決勝は松本投手率いる東洋大姫路と東邦高校が戦い、東洋大姫路が優勝した。この年は投手が豊富で、小松(星稜)や山口(智弁)、三浦(福島商)、三谷(今治西)が活躍した。2年生の時は、PL学園ブームで、西田投手(後に打者転向で広島カープ入団)が大活躍して優勝した。3年次は、尾藤監督が采配を振るう箕島(和歌山)が石井ー島田のバッテリーで奇跡の逆転を演じ、観衆を魅了した。愛甲の横浜、荒木の早実、金村の報徳学園、畠山と水野の池田高校、KKコンビのPL学園が活躍するのは高校時代だった。

Bitou Minoshima

 ロッキード事件

首相の犯罪として政界を揺るがした。超大物田中角栄元首相が、在職時代にアメリカロッキード社に便宜を図ったとして逮捕される事態に至った。ピーナツとかハチの一刺し、記憶にございませんなどの流行語を生んだ。結局、一審で懲役刑が出されたが、公判中にも影響力を与え続け、政治を陰で操った。ヨッショヨッシャが口癖で、「まぁ~この~」など物まねされることも多かった。結局は裁判途中で天国へ旅立ってしまった。

Kakuei2 Kakuei1

口裂け女

日本全国を恐怖に陥れた謎の女だった。整形手術に失敗し、口が大きく裂け、マスクをして街角に立ち、道行く子供に、「私、綺麗?」と尋ね、「きれい」と答えると、徐にマスクを外し、「これでも?」と醜く裂けた口を見せ、怖がって逃げる子供を追いかけるという話。あっという間に全国に飛び火し、郡山でも安積国造神社に出たとかいう噂が立った。騒ぎ立てないようにとの教育委員会が異例の通達を出した。

Kutisake2 Kutisake

  756号

  巨人の王貞治選手が、大リーグのハンクアーロンの持つ755号のホームラン記録を更新する756号を放った。その数日前から、野球中継を度々延長し、国民的な行事となった。ヤクルトの鈴木康二朗投手からライトスタンドに放った一打で、日本中が大フィーバーと化した。一本足打法は美しかった。滞空時間の長い放物線を描くホームランはもはや芸術だった。

 

 キャンディーズ解散

 どちらかと言えば小学生の頃のアイドル。最終シングルとなった「微笑がえし」が大好きだった。「普通の女の子に戻りたい」との名言を残し、引退を表明。当時の熱狂的なファンは落胆した。後楽園球場でのファイナルコンサートは多くの紙テープが入り乱れ、涙涙だった。引退後、伊藤蘭(ラン)と田中好子(スー)は芸能界に復帰し、女優として活躍したが、藤村美樹(ミキ)は、一途に芸能界復帰を拒んだ。スーちゃんが亡くなり、告別式に参列した際に、久し振りに公の前に姿を見せ、亡き親友の死を悼んだ。

 彼女たちが去った後の芸能界は心にポッカリ穴が開いたようだったが、ピンクレディーや山口百恵が歌謡界をリードした。私はファンクラブに入るほど石野真子が大好きだった。

 山口百恵

 1970年代を鮮やかに彩った歌姫が静かにマイクを置いた。俳優の三浦友和との結婚を理由に引退を決意。それまで数多くのレコードやテレビドラマ「赤いシリーズ」、映画に出演し、桜田淳子、森昌子と共にスター誕生出身の3人娘を結成。中3トリオ~高3トリオまでアイドルの頂点に君臨した。良妻賢母の模範として引退後は、現在まで一度もテレビ出演をしていない。

 今年、東京国際キルトフェスティバルに「三浦百恵」の名前で出品。大反響となった。

https://www.youtube.com/watch?v=BXv_z4_ml1Q

 出逢うきっかけとなったラブラブショー https://www.youtube.com/watch?v=fwtJkBc9IpU

 三浦友和から電話に涙ぐむ山口百恵https://www.youtube.com/watch?v=ArSou7S8DGo

 ピンクレデイー

 スター誕生から誕生したスーパーアイドルユニット。根本美鶴代(ミー)と増田恵子(ケイ)のコンビ。あの超ミニスカートと激しいダンスで一大ブームを築いた。ちびっ子は彼女たちの歌真似や振り真似をし、芸能界はピンク台風が吹き荒れた。そして当時はアイドルは取れないと思われていた「日本レコード大賞」を「UFO」であっさりと受賞し、ジンクスを破った。「ペッパー警部」で華々しくデビューし、「渚のシンドバッド」、「ウォンテッド」、「サウスポー」、「モンスター」、「透明人間」など大ヒットを連続した。阿久悠、都倉俊一の名コンビだった。私は中学時代だったがあのミニスカートもセクシー振り付けにドキドキしながら見ていたし、ある意味セックスシンボルだった。

 ニューミュージック(シンガーソングライター)ブーム

 アリス、オフコース、ゴダイゴ、チューリップ、ツイスト、甲斐バンド、クリスタルキングなどのバンド系と八神純子、中島みゆき、長渕剛、さだまさし、松山千春、井上陽水、荒井由実、渡辺真知子、竹内まりやのソロシンガーなどが登場。自分で作詞作曲を手掛け、歌唱まで行うシンガーソングライターという地位を確立した。ヤマハポプコン出身のシンガーが牛耳っていた。

 私自身も彼らの楽曲をコピーしてギターの腕を磨いたものだ。3コードで弾けてしまう「冬の稲妻」からスリーフィンガーなども次々覚え、様々なアーティストの歌を歌いまくった。

 沢田研二

 「ジュリー」の愛称で時代を築いた。男の色気を感じさせる男性シンガーの草分けだった。化粧も嵌り、いやらしさが無く、コスプレも決まっていた。GS時代は「ザ・タイガース」のヴォーカルとして活動し、人気抜群だったが、ソロに転向してからは、「勝手にしやがれ」

 毎回、いろいろなパフォーマンスでスーパースターでありながら私たちを楽しませてくれた。レコード大賞を受賞した「勝手にしやがれ」では帽子を客席に投げ入れ、「ダーリング」ではセーラー(水兵)の格好で指を舐めるセクシーポーズ、「TOKIO」ではパラシュートを背負うド派手なパフォーマンス、そして「カサブランカダンディ」ではウィスキーボトルを取り出して口に含み、天井に向かって霧吹きのように飛ばす振りなど、何をやっても絵になった。

 マジソンスクェアガーデンバッグ&アディダスの薄手のジャンパー

MadisonAdidas

 中学時代の部活では、みんなこの神器を持っていた。いずれも紺色。特にアディダスの3本線入りの薄手のナイロンジャンパーはみんな着ていた。

 ザ・ベストテン

 久米宏と黒柳徹子の絶妙な掛け合いで盛り上げるTBSの看板番組だった。追っかけ中継や注目曲を取り上げる今週のスポットライトなどのコーナーがあった。たのきんや松田聖子・中森明菜らが登場したのは高校時代で、中学時代はもっぱらニューミュージック曲が席巻し、アイドルは山口百恵の独壇場だった。

 オープニングテーマ https://www.youtube.com/watch?v=s80iprzGybk

 19歳当時の松下由樹がピアニカ演奏するという超レア映像をどうぞ!可愛すぎ!

 深夜放送(オールナイトニッポン)

 ツボイノリオやくり万太郎、ジキルとハイド、笑福亭鶴光が真夜中を闊歩していた。タモリ、ビートたけし、中島みゆきは高校時代だった。土曜日ということもあって鶴光が大好きで、毎週欠かさず聴いていた。「わんばんこ」や「かやくごはん」などブームになった。歴代のアシスタントも花を添えた。私は特に「青山墓地」からの生中継が印象に残っている。その生放送を録音し、何度も聴いていた。

 BCL(短波放送・ベリカード)

 今は亡き山田耕嗣氏が草分けとして監修したBCLの世界が中高生を中心にブームとなった。海外の短波放送を受信し、受信報告書なるものを書いて送ると、絵葉書のベリカードが貰えた。これを集めてその数を友人と競い合ったものだ。ラジオオーストラリアや北京放送、エクアドルの声、Voice of America、モスクワ放送など片っ端から聴いてはベリカードを貰った。また、国内のラジオ放送のベリカードも集めまくった。100枚以上はあったと思う。私はこの海外放送で英語のリスニング力を養った。

NipponCbcFukusima

Toukai TbsBunka

 また、BCLを趣味として行うには短波放送を受信できるラジオが必需品だった。当時は3大メーカーから発売されたレシーバーが売れに売れた。以下の3機種だ。
 1.パナソニッククーガー カムフラ模様系のT字型の開店するアンテナが付いていた
 2.ソニースカイセンサー 
 3. 東芝トライエックス 縦長のTRY-X2000を私は所有していた。

Tryx2000

 いずれも3万円前後するオールバンド指向の高級機だった。

 「懐かしのBCLブーム」はコチラ↓
 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-8860.html

 本日掲載したグッズや人以外で流行ったものはソニーのウォークマン、ジョギングブーム、ディスコ、竹の子族などが流行した。

 さて、いかがでしたか?昭和39年生まれの私ですが、同年代の方にとっては懐かしすぎる流行グッズが出て来たことでしょう。今思えば古いが、当時は斬新で夢中になったものばかりだ。しかし、携帯やPCが当たり前の世の中と比べ、今ほど物資的には便利ではなかったとはいえ、自分自身は古き佳き時代を過ごしたと思っている。中学時代の成績は酷く、アピールできるものが何一つなく、自分を見失っていた暗黒時代だったが、世の中のエンターテイメントが、そんな私を慰めてくれた。

 昔を思い返すとき、人は時として過去を美化してしまいがちだが、あの時代がったからこそ今の自分があるのだと思う。多感な時期、いろいろなものから刺激を受け、自分の意思で判断し、取捨選択して情報を取り入れ、それを自分の趣向の中に生かしたのは事実だ。生きた証としてどこかに刻みたくて、ここに記したいと思う。

 記事作成:7月24日(土)

2015年7月24日 (金)

福島のローカルシンガー

 1970年代はフォークブームとニューミュージックが日本の音楽シーンを彩っていた。今は解散してしまったグループやフォークデュオも少なくない。前者はかぐや姫を筆頭にガロ、後者はグレープ、オフコース、ダ・カーポ、トワエ・モア。ソロもまた吉田拓郎と井上陽水、因幡晃などがヒット曲を飛ばしていた。一方でそれほどメジャーではなかったバンドも多い。「古井戸」、「六文銭」、「赤い鳥」、「青い三角定規」。ここ東北でも、岩手出身の「NSP」、宮城県出身の「さとう宗幸」などが登場した。そして、ご当地福島県にも、1970年代に地元で輝やいていたグループがいた。今日は「福島のローカルシンガー」と題し、知名度が全国区とはいかなかったまでも、地元に根差した歌手を取り上げたい。

 阿呆鳥(メインヴォーカル:菊池章夫)

 プロフ(彼のHPより引用)

 1956年いわき市常磐湯本町生まれ。高校時代の音楽仲間、北郷勇一、金子 透と三人でフォークグループ「阿呆鳥」を結成。1981年8月21日、シングルレコード「物語」でデビューし約15万枚の売上げを記録、全国的に注目を浴びる。また、ニッポン放送の「オールナイトニッポン」のパーソナリティーとしても活躍し、数多くの人々の共感を得る。
 しかし、「阿呆鳥」は、1986年、ファイナルコンサートを最後に解散。その後、菊池章夫はソロで活動にはいり、1996年6月「あいつとビートルズ」で再デビュー。
 私が高校生の頃に地元で流行った曲が「物語」。当時、日本は空前のその片隅に埋もれるように、地元に根差したシンガーだった。ラジオ福島に度々出演し、PR活動を行った。私は5年ほど前に三春のホール「まほら」で彼の生演奏を聴いた。懐かしかった。

 名曲1 「物語」

 コミュニティFM収録中のひとコマ https://www.youtube.com/watch?v=lpzohT15_mM

 名曲2 「愛した分だけ」

 名曲3 「悲し­みの雨が降る時代じゃないように」 

 昭和ムード漂う情歌という印象が満載。曲調、菊池さんの持つ雰囲気は、東北人の典型のようだ。他にも「青春譜」、「いのちの詩」は好きな歌だ。

 弁慶と牛若丸

 1971年6月17日結成。 地元福島県内を中心に各地で活動。お国訛りを盛り込んだ しゃべりがユニークで ステージをはじめレポーター・CM等でも活躍。 オリジナル曲数 760曲を超え、「ポップス・ロック~民謡調まで多彩」。メンバーは高橋雅仁 ( ボーカル , ギター ) 高橋剛 ( ボーカル , ギター )。

 彼らは、私が中学時代に活躍していたバンド。福島弁丸出しの話し方で、歌にもなまりがあった。

 HPはコチラ http://s.maho.jp/homepage/5a4452a0fec82189/

 https://monstar.fm/benkeitoushiwakamaru

 「薄化粧」

 「馬鹿野郎」

 「Moon Light」  https://www.youtube.com/watch?v=z6IiQBc_oBQ

 さて、2組の福島に根差した懐かしいシンガーを振り返ってみました。きっと50歳代以上の方には懐かしく思い出されたのではないでしょうか。これらの曲が世に出た時は自分自身も10代と若かった。知らず知らずに歳をとり、いつしか髪の毛には白いものが混じるほどになった。子供の成長を見るたびに、過ぎ去った時間の重みを知る毎日だ。
 私がブログを始めるきっかけは、過ぎた時間を愛おしく想い、時々古き佳き時代を回顧したいという衝動に駆られたからだった。生きた証をどこかに刻み、残したいと思うようになった。だから記事のタイトルが「時を遊ぶ人」で「時遊人」なのだ。 

 最後に、福島県出身ではないが、「福島」を応援するイメージソングを歌っているシンガーがいるので紹介したい。

 今西太一

 FTVの土曜日のお昼に放送中の、「サタふく」の大人気コーナー「自転車でGO!」の中で、イメージソングを作った人が彼。北海道札幌を拠点に活動しているオジサンシンガー。泥臭さの中に見える人間味豊かな印象。

 京都でのバンド活動を経て、1992年にメジャーデビュー。
  有名アーティストの前座やラジオのパーソナリティ、CM曲制作、役者としての映画出演など必死に戦うも99年事務所契約解消。
それでも彼は歌い続け、現在全国で年間約120本のライブをこなす。
      同世代のみならず、若い世代からも彼の歌、彼の生き様が絶大な支持を受けている。

 彼の公式HPはコチラ http://i-taichi.com/

 「ふくしまの人」

 FTVの藺草英己アナウンサーが福島の90市町村を自転車で旅し、その土地で見つけた風景や名所、名物を取り上げる。そして何より各地域で人と触れ合う気儘旅を描いたコーナーが「自転車でGO!」だ。現在は10年以上が経過しているが、「シーズンⅡ」として、平成の市町村合併後の59市町村を回っている。
 なんとこのコーナーは、九州に本拠地があるCS放送の「インターローカルTV」でも放送されている。長閑な福島の原風景を旅してまわり、福島の人々との触れ合いをほのぼのと撮影し、紹介している。彼の方向音痴とダブルオーダーは筋金入り。B型の彼らしい、無計画、行き当たりばったり、マイペース振りは番組恒例のルーティーン。でも、撮影途中でも声を掛けられたら、必ず立ち止まらなければならず、なかなか自転車で走らないことが多い。

  さて、今日は福島県出身のシンガーを中心にお送りしましたが、他にも片平里菜やShimva、サンボマスター山口もいる。私の世代から言えば、やはり学生時代に活躍していた歌手が記憶にある。ご当地福島県出身の歌手が、数多くいることを時々思い出して欲しいと思う。

 記事作成:7月4日(土)

2015年7月23日 (木)

男の花道~引退セレモニー~

 生涯現役を謳い文句に、スポーツに邁進し、勤しんでいる方がいるが、ことプロのスポーツはそれほど甘くはなく、様々なスポーツの現役の目安は40歳前後だと考えられる。中にはプロ野球の山本昌投手のように、50歳を過ぎて、なお現役を続行している兵もいる。しかし、次第に視力が衰え、体力の限界を悟るようになると「引退」の二文字を強く意識するようになる。自ずと潮時を考えるであろう。巨人で活躍し、世界のホームラン王になった王貞治さんでさえ、シーズン30本放った年に、「もう王貞治としてのバッティングが出来なくなった」と引退を決意し、バットを置いた。しかし、一世を風靡した選手には、それ相応のセレモニーが用意されている。
 今回は、各種スポーツにおいて、第一線で活躍し、散り際に「男の花道」を飾った方々を取り上げたいと思う。

 1.相撲・引退会見&断髪式

 ①千代の富士 「体力の限界!気力も無くなり引退することになりました」

 

 引退相撲 https://www.youtube.com/watch?v=mU7Vp2OsH9g

 ②魁皇断髪式 https://www.youtube.com/watch?v=W53-vEW5kRc

 2.ボクシング&プロレス引退式(10カウントゴング)

 ① 牛若丸 https://www.youtube.com/watch?v=FvVYtzWwhdk

 ② アントニオ猪木(名台詞でのお別れ)

 引退式ではかつてライバルたちが駆けつけ、その勇士を見送った。特にアメリカからモハマド・アリ選手が登場したのは猪木の人徳によるものだった。ジャイアント馬場と共に日本プロレス界の屋台骨を支えた功績はあまりにも大きい。最後はオリジナルテーマソング「猪木ボンバ・イエ」に乗せ、そして「1・2・3ダァー!」の合唱で締め括った。

 3.プロ野球引退セレモニー

 ① 伝説となった名言

 昭和49年に引退したミスタープロ野球「長嶋茂雄」の引退セレモニーは今でも語り継がれる。引退のスピーチはレコードになったほどの大反響で、私も購入した。後楽園球場で行われたセレモニーで、スポットライトを一身に浴び、大観衆の目の前で彼が述べたスピーチは、その後伝説となった。「私は今日引退をいたしますが、我が巨人軍は永久に不滅です」。彼が言ったからカッコが付いたと思う。

 ② 夢の続き

 巨人が一番苦しかった時期に、輝かしい4番を担い、苦しみながらも4番の座を守った原辰徳(現巨人監督)。彼の引退式は涙に明け暮れた。そして彼が言った名言は「私の夢にはまだ続きがあります」。「それを約束して私は今日、ユニフォームを脱ぎます」。つまり、自分からは言えないが、いつか監督として巨人に戻ってくることを暗示した内容だった。

 ③ 監督勇退

 ONに飽くなき挑戦を続け、現役引退後も「闘将」として名を馳せた星野仙一。彼が初めて日本一の栄冠を手にした楽天監督時代。そして引退セレモニーは、仙台のファンと一体となった感謝のセレモニーだった。

https://www.youtube.com/watch?v=hpXdwhLJYfQ

 ④ 大物アーティストが駆けつけ!

 清原の引退セレモニーは大物アーティスト・長渕剛が駆けつけ、生歌を観衆の前で熱唱し、労をねぎらった。それは高校時代からK.Kコンビとして名を馳せ、栄光の道を突き進んだ清原和博だった。鳴り物入りでプロ入りした彼だったが、ハイレベルのプロの世界では個人タイトル無冠に終わった。しかし記憶に残る生き様は多くのファンを魅了した。球界の番長として君臨。彼の登場BGMは「とんぼ」だった。孤高の天才も、静かにバットを置いた。


                                                        

 4.サラブレッドの引退式

 ① ハイセイコー

 ② オグリキャップ

 ③ オルフェーブル https://www.youtube.com/watch?v=-Z7QIBQ1EUo
                                                          

 5. Jリーグ

 ① 松田直樹

 16年間、横浜マリノス一筋で戦って来た松田直樹。日本代表にも選ばれたセンターバック。その松田が横浜Fマリノスを追われた時に用意された最後のメッセージ。

 ② 中山雅史

 ゴンの愛称でファンに愛され、Jリーグのゴール記録を樹立したエースストライカー。日本代表にも選ばれ、世界の檜舞台で活躍した。

 ③ 名波浩 https://www.youtube.com/watch?v=R6QXroa-bnc
                                                         

 6. 第一人者の引き際

 ① 中野浩一 https://www.youtube.com/watch?v=PJ05cN7n1_U

 ② 釜本邦茂 https://www.youtube.com/watch?v=31HxDfQsoKU

 ③ 山下泰裕 https://www.youtube.com/watch?v=nJEnEfQnzXM
                                                        

 さて、男の花道の記事に相応しい、スポーツ界の頂点に君臨した男たちの引き際の美学ともいうべき偉大なる決心の数々を掲載させていただいた。
 今ではコーチや監督、親方など指導する立場にいる方々が殆どだが、先人とも呼べるこうした第一人者の活躍があって、今のスポーツは成り立っていることを忘れてはならない。 

 

 記事作成:6月26日(金)

 

2015年7月22日 (水)

SLふくしまDC号に手を振ろう~ふくしまDCファイナルイベント~

  今年、我が福島県は熱かった。官民一体となって、東日本大震災の支援に感謝と、福島の産業や観光業界の再興を願って、大々的にキャンペーンを展開した。題して「ふくしまDCキャンペーン」。DCとはディスティネーションの略で、「目的地」の意味がある。つまり、メディアや交通機関、旅行会社が協力して「ふくしま」を全国的に売り込み、震災以後、全国の皆さまの温かい支援によって、「福島はこんなにも元気です」ということを国内外にアピールする目的だった。
 このDCキャンペーンは4月から6月30日まで90日間に渡って繰り広げられた。県外の東京や仙台でもこのキャンペーンの模様をCMで紹介した。テーマは花、温泉、食。いずれも大自然の地の利を活かした福島ならではのものだった。

 結果、この試みは大成功を収めた。全国各地から観光客がわんさか押しよせ、大変な賑わいを見せた。各地で工夫を凝らしたイベントを展開し、観光客を楽しませ、活気を取り戻した。そしてキャンペーンを締め括るメインイベントが「SLふくしま号に手を振ろう」だった。6月28日、東北本線に半世紀ぶりとなるD51(デゴイチ)が福島~郡山間を走った。あいにくの雨模様の中、観光客を見送るため、沿線には2万人が足を運び、感謝の気持ちを表した。
 ではその時の模様をどうぞ!歌は福島県出身のShimvaさんだ。

 7月20日(月)放送の「キラリふくしま」で、この模様が放送され、それを見た私は涙が止まらなかった。3年前の時もそうだったが、日本人は、誰かが困っていたり、失意の縁に立たされた時に、必ず誰かが優しい手を差し伸べる。それが絆の力だ。県民の総意が「感謝」だった。思い思いの感謝の言葉を添えたプラカードや横断幕にその気持ちが表されている。

 キャンペーン終了直後のFTVのニュースをどうぞ!

https://www.youtube.com/watch?v=Zl0sblCZAno

 こうした試みは、震災1年後の2012年にも行われ、JR東日本がタイアップした「SLに手を振ろう」キャンペーンで、復興支援への感謝の気持ちを示した。あれから3年、再び同じ試みが行われた。感動のフィナーレだった。震災から4年。福島県は確実に復興の道のりを歩んでいる。

 最後に、この動画を見た人からの感動的なコメントを紹介し、結びとしたいと思う。

 故郷の復興に人生のすべてを捧げる福島人としての誇りと、
優しい笑顔の奥にある強さを見せて頂きました。
 改めて、自分の生きる場所は福島県しかないと感じました。

 記事作成:7月21日(火)

2015年7月21日 (火)

私が好きだったドラマのOP・エンディング

 名作ドラマは何年経っても記憶に刻み込まれるらしい。30年前に放送された青春ドラマであっても、主人公の名セリフさえも忘れないものだ。これまで40年以上の長きに渡って、テレビドラマを見てきたが、今日は、私が特にお気に入りで、毎週欠かさず視聴していた番組の中から、印象に残るオープニングやエンディングをお送りしたいと思う。
 なお、リンクした埋め込み映像は予告なく削除される場合があります。今日紹介するOP、ED映像はその可能性が特に高い作品ばかりです。

 1. 白線流し(オープニング)

 1990年代を代表する青春ドラマ。シリーズの本編が終了した後も、主人公の成長ぶりを単発で何度も制作・放映された。人を信じること、人を好きになること、仲間をいたわること、人を思いやる大切さなど随所に人間として大切なことが盛り込まれていた。
 ロリ顔でアンニュイな印象を醸す酒井美紀はこのドラマで人気が爆発した。松本市が舞台となり、観光客が押し寄せた。地方ドラマの草分け的な役割を果たした。同時期に放送された「夏子の酒」も高視聴率だった。

 2. 噂の刑事トミーとマツ(エンディング)

 松崎しげるが歌う「ワンダグフルモーメント」。これは私が中学時代の人気ドラマだった。

 パロディの刑事ドラマで、当時中高生の間で大人気だった。「男女のと・み・こ~!」と絶叫すると、弱弱しいトミーが大激変し、犯人をとっつかまえる趣旨。ドラマが終わってしまう寂しさを、このエンドロールがクールダウンしてくれた。

 3. 明日の刑事(エンディング)

 https://www.youtube.com/watch?v=huAeEkcdxYk (埋め込み処理禁止映像)

 坂上二郎演じる鈴木刑事が、人情で犯人を説得し、自供させる。エンディングでは、今は亡き鈴木ヒロミツさんが歌っていた「愛に野菊を」。これを聴くと、水曜日が終わることを実感したものだ。重みがあり、人生を感じられる歌だった。

 4. 愛という名のもとに

 大学のボート部を舞台にした青春群像劇。当時トレンディ女優の代表格だった鈴木保奈美と好青年として人気があった唐沢寿明の名コンビだった。中野英雄演じる「チョロ」が漕艇部の倉庫で首吊り自殺を遂げた映像は衝撃的だった。 

 5. 東京ラブストーリー 

 恋愛に積極的な赤名リカと優柔不断な永尾完治(カンチ)が織り成す恋愛ストーリーだった。若者を中心に高視聴率を叩き出し、流行語を数多く生み出した。ハッピーエンドで終わらなかった。私は関口さとみ役を演じた有森也実が好きだった。江口洋介のロン毛も流行った。

 6.すてきな片想い

 中山美穂、柳葉敏郎、石黒賢、原田貴和子などが共演した「フジテレビ月9」のトレンディドラマ。当時プロ野球で大活躍していた「野茂」や「潮崎」などの名前が使われていた。

 7. 男女7人夏物語

 私が大学生の頃に放送していた。当時、私は東京で大学生活を送っていたため、ドラマに登場した場所は、週末にはバイクを駆ってそのスポットを探しては訪れたものだ。どれだけミーハーで俗物根性に長けていたのか・・・。隅田川沿いの清洲橋、萬代橋、さくら橋、木更津~川崎フェリーなども訪問したものだ。

 8位 ラブジェネレーション

 今は亡き大瀧詠一が歌った「幸せな結末」が主題歌だった。木村拓哉と松たか子が共演した月9ドラマだ。1997年の秋放送だったので、もう18年も前のドラマだ。

 私は個人的に、下のカラオケ映像が気に入っている。昔の同じシチュエーションだった自分の若かりし頃の想い出が甦るからだ。何度か掲載しているが、凝りもせずまたリンクしたい。

 他にも「君の瞳をタイホする!」や続編の「世界でいちばん君が好き」、「姿三四郎」は大好きだったが、残念ながら動画が無いため、掲載はできないが勘弁してほしい。

 ところで、私が中高生時代は1970年代後半から1980年代、社会人として20代の頃を過ごしていたのが1990年代。恋愛に奥手だった私は、ファッションを始め、デートスポットなど恋愛バイブルとしてドラマを活用していた。この頃はトレンディドラマがフジテレビの月9を代表格に、主流だった。男優では木村拓哉、三上博史、柳葉敏郎、織田裕二、反町隆史、吉田栄作、奥田瑛二、豊川悦司、福山雅治が牛耳っていたし、女優は鈴木保奈美、浅野温子、中山美穂、山口智子、和久井映見、鈴木杏樹、松嶋菜々子、松たか子が、チャンネルを回せば主演していた。

 最後に、ドラマの代表格フジテレビの主題歌で売り上げが高い順位を掲載した動画をどうぞ!

 振り返れば、1990年代のドラマが多い。恋愛ストーリーや青春もの、そして昔から好きだった刑事アクションものと大別できる。それらは学生時代や社会人になりたての20代を過ごし、同じような恋愛体験をした時期と重なるからにほかならない。実に思い出深い時代だし、何でも出来る世代だった。
 こうして振り返って懐かしむのも自分が知らないうちに歳をとっていた証拠だし、自分が確かにその時代を生きた証でもある。過ぎ去った過去は脚色されて美化されるというが、若い時代にも苦労は多かったが、年老いた今の自分から見れば、確かに輝いていたと思う。

 記事作成:6月27日(土)

2015年7月20日 (月)

「波の数だけ抱きしめて」回顧録

 1991年公開の映画で「波の数だけ抱きしめて」を覚えていますか?今思えば、ややミーハー的な青春群像だった。中山美穂主演で、相手役にデビュー間もない織田裕二。松下由樹や別所哲也が脇を固めた。お互いに意識しながら好きな子に素直に告白できなかった時代。ふとしたすれ違いで恋人を奪われる顛末に後悔する日々。そして夏の湘南を舞台に、大学生たちがコミュニティーFMを開設し、アルバイトをしながら、ひと夏のチャレンジを行う。その夏の情景を爽やかに彩るのが、洋楽のスタンダードナンバー。
 ではここで、どんな映画だったか概要を記載したい。

 舞台は1982年の神奈川県・湘南にあるミニFMが舞台になっている。モデルは、1983年に湘南に実在した海岸美化を訴えるためミニFMラジオ局「FM Banana」である(和歌山にある同名のコミュニティ放送とは無関係)。作品公開前年の1990年、いわゆる湘南地域一帯で開催されたSURF90に於けるイベント放送局のサーフ90エフエム「愛称:ジョーズFM、コールサイン:JOOZ-FM、周波数:76.3MHz」から、本作品中で76.3MHzが使用されている。この映画に刺激されたニュースキャスターの木村太郎が、神奈川県葉山町にコミュニティFM「Shonan Beach FM」を開局させる。逗子・葉山コミュニティ放送の周波数は78.9MHzで、FM Bananaは87.7MHzである。作家A・三田との関連は不明。また、挿入歌としてJ.D.サウザーやネッド・ドヒニーなどのAORナンバーが使用された。

 私自身は1982年と言えば、高校18歳。エアサプライなどの洋楽にハマっていたのもあるが、その3年前には短波放送の受信を趣味とするBCLに凝っていた。海外のラジオ放送を聴いて受信報告書を送ると、絵葉書の「ベリカード」を貰えるのだ。だから、こうしたコミュニティFM開局を取り上げた題材は知識があっただけに親しみが湧いた。
 そして劇中に使われた洋楽のナンバーは、夏の海にぴったりの選曲だった。日本の夏がサザンオールスターズだった時代に、洋楽はBGMくらいの知識しかなかったし、英語の歌詞も意味不明のままだった。では、まるで湘南に漂う潮風のように、どのような耳に心地よいBGMが使われていたか振り返りたいと思う。
 なお、リンクした埋め込み映像は、予告なく削除される場合があります。

 You're Only Lonely - J.D. Souther   

 Key Largo - Bertie Higgins

 Black Sand - KARAPANA   

 In The Night - Cheryl Lynn

 Don't Talk - Larry Lee

 I'd Chase A Rainbow - KARAPANA

 この映画で教訓として学んだのは、好きな人に告白もしないで胸の奥に秘めていては恋は成就しないということだった。かくいう私も20代の頃に、この映画を当時付き合っていた彼女と二人で見に行ったが、悲しく切ない結末と同様、私もその彼女とは別れてしまった。ちゃんと気持ちを伝えないと、相手にその想いが伝わらないということを身にしみて感じた。やきもちを焼かせたい一心でいじわるをしたことが、相手に伝わらず、誤解を与えることもあるし、それがもとで喧嘩したり、つくづく恋の駆け引きは難しいと思った。
 でもそれが、若気の至りだし、何もない暗い青春時代を過ごすよりかははるかに良い。人と接して初めてわかる部分もあるし、人生経験になる。辛い体験をして、人は誰かに優しく出来るし、心が成長するのだと悟った。
 この映画は、恋愛下手だった自分を少しだけ私を大人にしてくれた作品だった。

 記事作成:7月16日(木)

2015年7月17日 (金)

2015年上半期CM大賞

 TVCMは番組の隙間を埋めるだけの存在だと思っている人が多い。その合間にトイレに立ったり、雑用を済ませる人もいる。生意気のようだが、私から言えば実に「もったいない」。各スポンサーが視聴者を惹きつけるために、様々な工夫を凝らして作品を制作している。
 今回はともすれば切捨てられがちなCMにスポットを当て、記憶に残るCMを自分なりにランキング化してみた。

 第1位 ライザップ

 一番衝撃的なのは、元ボクサーで俳優の赤井英和。ポッコリお腹がターンテーブルで一周すると見違える筋肉に大変身。同一人物とは思えないほどの仕上がり。CGなどでは断じてない。以前、「おじゃマップ」で特集していたが、このライザップ、60日と限られた期間に一気に筋力をアップさせる。マンツーマンのハードなウェイトトレーニングと徹底した食事療法。しかも料金は30万円を越える。逆に言えば、これだけお金をかけてダイエット成功で痩せなければ意味が無い。「全額返金保証」はありえないだろうが、多額の金を支払う以上は被験者も頑張れるのだろう。

 第2位 auスマホ

 かぐや姫、桃太郎、浦島太郎、金太郎が織り成すパロディ。桃太郎役の松田翔太とかぐや姫役の有村架純が結婚することになり、姉の乙姫まで登場。ストーリーがまだまだ続く、ホワイト家族ばりのコンセプトを感じる。

 第3位 ワンダーコア

 「倒れて腹筋」が話題に。まるでバンドしてバネの如く跳ね返る強さを感じる。シチュエーションが数パターンあって、見ていて飽きないし、リズミカルでテンポが良く、繰り返し使われるBGMの歌もインパクトが大きい。「♪倒れるだけで腹筋ワンダーコア~♪」を連発。俳優の宇梶剛士が出演しているのもマッチしている。ほかに剛力彩芽編もある。

 第4位 JAバンク

 松下奈緒がナビゲーターを務めるCM。退職後、楽しい第二の人生を演出する。或る男性は退職日、部下に挨拶され、「もういいんだ」と肩に手を置き、ニヤリと笑い、颯爽とMTBで街へ消えてゆく。旅館の女将は、客に「最後の客になれてよかったですよ」と労いの言葉を受け、「またのお越しをお待ちしています」と深々と頭を下げるが、次の瞬間、結っていた髪をほどき、いきなり水着で飛び込む。このギャップがたまらない。いずれも「さぁ楽しい時間の始まりだ!」というテロップが、このCMコンセプトを一発で物語る。

 第5位 デオウ

 伊藤英明が全身にシャボンをつけ、「ん~匂わない」と一言。野性的な印象。この季節、加齢臭や汗の臭いが気になる。あれだけの泡まみれの筋肉美を見せ付けられては、相当効くに決まっていると購買意欲をそそる。それにしても伊藤英明の筋肉美は「海猿」で鍛えただけのことはある。ほとんどフルヌードのような設定でも、難なくやってのけているのは、あの鍛え抜かれたマッスルボディがあってこそだ。

 第6位 SEABREEZE  広瀬すず

 福士蒼汰似の先輩との恋を描く作品。高校のテニスの部活動がその舞台。「付き合ってよ」といわれ「(練習を)まだやるんですか?」と答える。ありがちな誤解とシチュエーションだが、誰もが若き日に経験しそうな甘酸っぱい想い出を回顧する流れ。このCMは上戸彩、川島海荷など若手タレントを多く出演さえ、メジャーに育って行った。

 第7位 すきっと

 佐々木希の美しさが際立つ作品。青のチャイナドレスが炭酸飲料の爽快感とレモンの弾ける酸味を上手く表現している。「バババババ~!」と連続ジャブを繰り出すその仕草は可愛らしさ満点。

 第8位 ロト7

 妻夫木と石橋専務に意外な関係が発覚。よもや「パパ」だったとは・・・。このLOTTOシリーズのCMもすでに12話となった。この先どんな展開があるのか誰も予想できない。それにしても石橋凌と言い、名高達男と言い、このキャスティングは凄い。かなりギャラを払っているに相違ない。これで一本映画を作れそうなストーリー展開になって来ている。「半澤直樹」のような。

 第9位 一平ちゃん

 

 制服を身にまとった広瀬すずが、男子の視線を意識しながら、一平ちゃんを平らげる。男子生徒の「好きだ好きだ~!」という気持ちを汲み取れるほど可愛い表情だ。最後の博多弁の「○○ばい!」が印象的。

 広瀬すず、有村架純は今年のCMクィーン。TVを見ていると、何度も登場する。

 第10位 ポカリスエット

 高校の全校朝礼。中条あやみさん演じる高校生は、つまらなそうに時間を過ごしています­。いつもの朝、いつもの光景は、校長が突然歌い出す『WE WILL ROCK YOU』で一転。何かに駆り立てられるかのように学校から駆け出す中条さん。大人たち­の劇的な鼓舞で、眠っていた潜在能力が花開き、成長、進化していきます。
 衝動的な音楽と生命力が湧き出るような映像。鮮やかなポカリスエットのブルー。ポカリ­スエットにより体の水分バランスを整え、自分の可能性を引き出すことができる。
 「自分は、きっと想像以上だ。潜在能力をひき出せ。」とすべての学生たちに応援メッセ­ージを贈ります。

 さて、今回も「YouTube」の力を借りての記事となったが、ざっとCM作品を眺めただけでも、思わず共感したくなるような内容であったり、斬新で奇を衒うようなストーリー展開だったり、あるいは思わず胸キュンしそうな恋愛シチュエーションもあった。それには人の心に灯をともしたり、ほのぼのと温かい気持ちにさせてくれたり、そして時には皮肉を効かせて世の中の矛盾を突いたりと実に面白い。まだまだ紹介足りないCMは山ほどあるが、今日はこのへんで中締めとしたい。

 記事作成:7月5日(日)

2015年7月11日 (土)

福島のテレビ局の自主制作番組

 昨日に引き続き、地元の放送局に関する話題を提供したいと思う。今日は全国の方は知らない福島県の民放テレビ局が自主的に制作して放映している番組にスポットを当てたい。福島県には民放のテレビ局が4局ある。それぞれが、独自色を活かした個性あふれる番組作りに日々励んでいる。今が旬な話題や、今評判のお店からの中継など、様々な工夫と役立つ情報が盛りだくさんだ。そんな福島県の各局において、特にご当地でしか見られない「自主制作番組」について取り上げたいと思う。

 福島中央テレビ(FCT)

 ゴジてれChu!Ⅰ~Ⅲ

Gojiterechu

 ゴジてれシャトルの後継番組。

 毎日MCが替わる。小野紗由利アナは金曜日担当だが、福島パンマルシェ、水曜ウォーカーなどの中継レポーターにも登場する。また、みちのくボンガーズが週替わりでMCを担当したり、母心がレポートを行ったりする。名物は「どきどきサイコロゲーム」だ。サイコロキングになると商品券3万円分が貰えたり、リステル猪苗代のペア宿泊券、お米、清鶴麺セットなどが当たる。また、県内の名物店や季節に応じたスポットから中継がある。また、番組後半には、お決まりの料理コーナーもある。

 うつくしまの誇り

 美しい映像とナレーションで福島各地の名所や旧跡などを紹介する。震災を契機にDVD化され、震災前の美しい大自然豊かな福島県の各所を伝えている。

 テレビユー福島(TUF)

 げっきんチェック(平日9時55分から50分)

 奥秋直人アナと可愛い梅田澪理アナがMCで、吉本芸人のヒッキーが脇を固める。曜日ごとにテーマが異なる。「女子力アップの月曜日」とか火曜日は「HOTな火曜日」で、お役立ちグッズを紹介したり、水曜日には「直人カフェ」と福島のイケメンを紹介する「看板男子」など名物のコーナーが目白押し。値切り中継を行ったり、園芸コーナーがある。またDボタンで投票出来たり、ミニ料理コーナー、素人参加のテーマへのFAXメッセージなど朝の情報バラエティーとして定着している。、

 福島テレビ(FTV) 

 ふくしまてくてく(日曜日11時55分) 

 フジテレビの宮澤智アナがナレーションを担当し、福島の各市町村の魅力を伝える5分間番組

 サタふく(土曜日11時30分/12時) 旧名は「サタデーふくしま」

 藺草英己アナウンサーが県内を自転車で駆け巡る「自転車でGO!」は看板コーナー。毎年めまぐるしくキャスターが替わる。名和田知加アナ、長澤彩子アナ、そして今春からは松永安奈アナをMCに迎え、鈴木アナがメインに就任した。準レギュラーに郡山を拠点に活動するタレントの植木安里紗、たんぽぽの白鳥久美子らゲストに迎えて毎週末に賑やかに放送している。

 福島放送(KFB)

 ドミソラ

 猪俣理恵アナがメインMCで、高島英里佳、千原礼子とサブMCが受け継いだが、今春より男性アナとペアMCとなった。ペンギンナッツやあばれる君、赤津さん、ゴージャスなど福島ゆかりの芸人たちが、毎週日替わりで登場。今春からはAKB48チーム8の地元アイドルの舞木香純、春馬ゆかり、料理コーナーの本田よう一なども出演。「飯田でもいいだ~」が登場する常套句の「飯田麻菜美」アナも中継で毎週登場する。

 さて、地元・福島県内の放送局で制作、放送されている自主制作番組を紹介しました。地元密着の話題を提供し、私たちも「ここのお店に行ったことがある」とか、隣近所の話題がTVになる場合がある。何を隠そう、私自身も、15年近く前、「FTVテレポート」で、男性の高橋アナがいきなり生中継で自宅に現れた時はビックリした。サイコロを転がして、ボローニャのパンをゲットしたことがあった。かなり工夫した制作意図が窺える。かつて、放送していた番組なのだが、今ではもう退社されたアナウンサーも数多い。
 地元出身ではないアナウンサーたちが、我が福島の放送局で活躍していた時期に思いを馳せると共に、彼らの存在を忘れないようにしたい。
 

 記事作成:6月30日(火)

 

 

2015年7月10日 (金)

懐かしい地元制作番組

 幼少の頃からテレビっ子だった私だが、実は深夜放送を含むラジオ福島の番組も大好きだった。今も長く続いている長寿番組もある。たとえば「RFCエキサイティングナイター」や「歌のない歌謡曲」、「昼の希望音楽会」、「おばあちゃんのむかし話」、「グリーンメロディー」、「プリンスイブニングスナップ」などがそうだ。たぶん30年以上は続いている。
 幸いにして今でも聞ける番組は良いが、残念ながら終了してしまった番組は、記憶を頼りに思い出すしかない。
 今回は地元・福島のラジオ局やテレビ局で、すでに放送を終えてしまった番組を取り上げ、当時を懐かしんでみたいという企画だ。先輩諸氏や同世代の方々に共感してもらえたら有難いと思う。

 ラジオ福島

 「夜をぶっとばせリクエストで45分」 平日深夜0時15分~午前1時

 荒川守、荒瀬英俊、大和田新、菅原俊一、竹野美智子、佐治恵子アナなどがDJを担当していた。私はかぐや姫こと「竹野美智子」さんが大好きだった。彼女が退社することになり、最後の放送をカセットテープに録音した。同じファンが、YouTubeにアップしてくれた当時の放送があるのでそれを紹介したい。オープニング&エンディングは「マルタ島の砂」。

 オープニング(最終回)

https://www.youtube.com/watch?v=oLoIQ37MAMw

 エンディング(最終回)

 この放送は昭和55年3月。当時私は中3。高校合格が決まって、春休みに夜更かしして聴いた番組だった。寄せられるハガキも高尚な内容が多く、当時のリスナーは学が高かったように思う。DJの竹野さんはとっても可愛らしい声で、話し方も大好きだった。確か山形出身で、私はてっきり寿退社だと思っていたが、契約アナだった場合、契約満了で他の放送局に異動したのかもしれない。彼女がこの記事を見てくれていたら嬉しく思う。

 「ルーテルアワー カプセルメイト」

 平日午前0時から放送していた名物番組。福島野田町にあるキリスト教会が主催の番組。「マイウェイ」のBGMで始まり、タイトルコールも好きだった。

 http://www.nicozon.net/watch/nm4688719

 http://nico.ayakaze.com/player/sm/nm4688719

 「たむたむたいむ」

 こちらは、かつてニッポン放送で放送されていた「かぜ耕士」のDJのラジオ番組ではなく、ラジオ福島が、地元の女子高校生や女子大生をDJに採用し、日々の雑感などを話す内容の番組だった。22時台の「日立ミュージックインハイフォニック」が終了した後、23時台に15分だけ放送していた。

 「魅惑のニューディスク」 

  「夜をぶっとばせリクエストで45分」の後、午前1時から放送していた。深沢彩子アナが担当していた。大人のムードが漂う知性溢れる番組だった。今と違って、当時のアナウンサーは話題が知的で、落ち着いた印象で、アナウンス技術も長けていた。

 https://www.youtube.com/watch?v=PDZX1p-8MWk

 ラジオ福島の名物アナには上で挙げた方々以外にも、緒方一英アナ、武石みち子アナ、小川真由美アナなどがいる。

 福島テレビ

 「FTVテレポート」

 福島県向けのローカルワイドニュース番組(1973年10月1日から1997年3月28日まで放送されたローカルワイド情報番組&ニュース番組)である。20年程度は続いた長寿番組だった。原國雄アナが長い間メインキャスターを務め、岩田アナや高橋アナが引き継いだ。女性アシスタントも青木久美子アナ、住友真世アナや荒井律アナらが担当した。FTVの女子アナの美形さは折り紙付き。動画がないので、高橋アナの「FTVニュース」をどうぞ!

 

 原國雄、高橋雄一、岩田雅人、金井淳郎、青木久美子、荒井律、住友真世アナなどが日替わりでMCを担当した。実は、この番組のコーナーで、動画内の高橋アナが私の自宅を中継生放送で突然訪れたことがあった。サイコロを転がして出た目でプレゼントがもらえるというもの。当時5歳くらいの息子が転がして、「ボローニャ」のパンを貰った。びっくりだった。

 福島中央テレビ

 「ゴジてれシャトル」

Gojitere

 月曜日 - 金曜日に福島中央テレビで1994年10月3日から2008年3月28日まで放送されていた夕方ワイド番組である。菅佐原隆幸アナウンサーと中川久美アナウンサーの名コンビ、あるいは大橋聡子アナのペアがMCを担当していたFCTの夕方の看板番組だった。ニュース&情報バラエティ番組

 福島放送

 「あいうえお天気目玉焼きLサイズ」

 1990 年4月から1998年9月末まで福島放送で放送していた土曜朝のローカル情報番組。 開始当初は7:30からの30分番組だったが、1991年4月からは放送時間を7:00からの1時間に拡大し、タイトルの後に「Lサイズ」とついた。時には高視聴率を記録した時期もあった。 

 番組MCは福島県民に絶大な人気があった羽藤淳子アナ。契約アナとして採用されたが、異例の「福島情報Jチャンネル」のキャスターに抜擢。長く福島放送局に勤務した。でも寿退社後、他県に嫁ぎ、後任に奥山美香アナが就任した。地元密着の旬な話題を提供し、旅に出てその見どころを紹介したりした。
 最近羽藤淳子さんの現在の様子を伝えるブログを発掘したため、それをリンクしたい。

 http://ameblo.jp/141junpe/archive1-201410.html

 私は同年代だった羽藤アナが好きで、毎週ビデオを録っていた。しかし、実家のどこかにあるものの、肝心のVHSビデオデッキが故障してしまい、再生して確認が出来なくなってしまっている。残念だ。もしかすると母親が捨ててしまったかもしれない。

 上の映像は、平成2年に放送されたD51-498が復活した時の模様を取り上げた映像。この時の羽藤淳子アナウンサーは23歳だった。

 べしゃるーむ(土曜日9時30分)

 土曜深夜の5分間のKFB女子アナの暴露トーク番組だった。KFBアナの仲良しでリレーションの良さが際立つ番組だった。

 テレビユー福島

 「グーテン」は、2006年4月3日から2011年9月30日までテレビユー福島で毎週月曜 - 金曜 9:55 - 10:20に放送されていたローカル情報番組。杉浦敦アナをメインに、今では広島ホームテレビに転勤した山田幸美アナやフリーに転身した上條麻里奈アナが担当した。地元密着の話題を伝えた生放送の情報番組だった。

 さて、いかがでしたか。懐かしんでもらえたでしょうか?中には最近まで放送していた番組も含まれているが、おそらくは、もう一度同じキャストで同じ番組が復活することはまずないだろう。そして今はもう福島を離れたアナウンサーも多い。しかし、私たちの生活の中で、間違いなくそうした番組が存在したことを私たち福島県民は忘れることはないだろうと思う。今は過去でも、こうして記事に残すことで、昔を思い出すきっかけにして貰えたら、今回この記事を書いたことも意味があることだったと思う。

 記事作成:6月25日(木)

 

2015年7月 9日 (木)

猪苗代湖に纏わる悲話

 日本で4番目の広大な面積を誇る猪苗代湖は、かつては日本一の透明度だったことをご存知でしょうか?これは紛れもない事実で、20世紀くらいまでは毎年、純度日本一に君臨した。その綺麗な水の恩恵に肖っているのが郡山市民だ。オランダの技師「ファンドールン」によって安積疎水が開通し、郡山市民はその清らかな飲料水を飲めるのだ。
 しかし、首位陥落後の猪苗代湖の透明度は、年々下がる一方で2007年の調査では、ついにベスト10から陥落するほど汚染が進んでいる。ちなみに1位は摩周湖、2位が倶多楽湖、3位は支笏湖とトップ3を北海道勢が占めている。
 さりとて猪苗代湖は、今でも「天を写す鏡」といわれるほど、美しい湖面をたたえているが、実はそこには悲しい話が凝縮しているのもまた事実だ。今日は、福島県の中央に鎮座し、象徴的な自然の造形物である猪苗代湖に纏わる、知られざる悲話を紹介したい。

 1 「イナッシー」って?地元の人にも認知されていない謎の恐竜

 どう見ても町おこしのネタ。ネス湖の「ネッシー」や池田湖の「イッシー」、屈斜路湖の「クッシー」に便乗した、今で言うご当地キャラクターのような存在。誰も目撃者もいないのに、客寄せのためにわざわざ模型まで作り、入江にそれらしく半身見える形で浮かべてある。悲しいかな、流されないように支えるロープが丸見え。それでも地元の人はめげずに「志田浜」には観光客を歓迎する大看板「イナッシーに会えるかな?」がお出迎え。しかも恐竜のイラスト付き。しかし、今ではその存在も知る人は少ないし、どこにあるのかもわからない。

 2 観光遊覧船初代「はくちょう丸」の悲劇 

 1988年に落雷が元で火災が発生し、全損してしまった。残骸はすでに廃棄済み。現在は王冠を被った二代目「はくちょう丸」と愛嬌のある「かめ丸」。どちらも長浜を発着所としている。「かめ丸」を初めて見た人は、その異様さにおそらく吹き出すほど大笑いするだろう。また、廃船になった「いるか号」も長浜の先にある入江に係留されている。

Swan Kamemaru
         Iruka

 左は在りし日の「はくちょう丸」と現在就航中の「かめ丸」 これぞ白鳥と亀の競演?

 3 氷の造形美「しぶき氷」

 厳冬期の1~2月、それは突然現れる。天神浜の駐車場から、南側の冬枯れの林を抜けて雪道を掻き分けながら歩くと、長瀬川の河口付近に、氷の造形美である「しぶき氷」が現れる。これは湖水が強い西風にあおられて、岸辺の樹木 に氷着したもので国内ではきわめて珍しい自然現象だといわれている。

Sibuki Sibuki2

 この話題は「悲話」ではなかった・・・。

 4 天神浜の恐怖

 この件については正直あまり触れたくない。祟りとか怨念があり、実際に死者も出ている。でも以前、当ブログで「磐梯熱海・猪苗代湖周辺のマジやばスポット」という記事を書いているので、その部分を再度抜粋したい。これは紛れもない事実です。

 通常ならここは美しい湖岸線が連なり、遠景で磐梯山を間近に眺められる絶景スポットなのだが、私は個人的に訪れるのを頑なに拒み続けた場所である。それは高校時代に、親友とその家族4人で湖水浴にそこを訪れた時に起きた。たまたま駐車場の脇の雑木林をバックに、友人がシャッターを押して写真撮影をしてくれたのだった。帰宅後、しばらく経って、現像上がりの写真を見てびっくり仰天。何と笑顔でひとりで写っている私のすぐ左横に、はっきりとそれとわかる、人間の頭蓋骨(髑髏)が正面を向いて写り込んでいたのだった。怖くなった私は、そのスナップとネガを檀家となっていたお寺に持っていき、お祓いをしてもらったのだった。
 しかし、その後、信じられない出来事が私ではなく、シャッターを押してくれた親友に次々と降りかかったのだった。心霊写真は撮った人がとりわけ霊感が強かったりすると呼ばれて写ると聞いたことがあったが、まさかここまで不幸が続くとは・・・。
 まず、その写真を撮影してからすぐに、彼の愛犬(ポメラニアン)が急死した。続いてその数ヵ月後には薬局を営んでいた祖父が病死。更にその1年後には、母親までもが急性心筋梗塞で急逝。更にはその数ヵ月後に、父親が脳卒中で倒れ、半身不随となり、その2年後には亡くなった。その写真撮影後、不可解にも3年以内に身内が3人と愛犬を失ってしまったのだった。
 しかも不幸なことに、彼はひとりっ子だったことから、天涯孤独の身となってしまったのだった。幸いにもお祓いをした私の周囲には何も起きなかった。だから、この一件以来、10年近くその場所に足を踏み入れるのをためらったのだった。
 もしかすると、その雑木林に殺害された人の死体が埋まっていて、誰かに知らせようと写真に写り込んだのかもしれないとさえ勘ぐった。そこは私にとってそういう曰くつきの場所だったのだ。
 その後、そのことをすっかり忘れていた私が、28歳の時に、当時付き合っていた彼女とドライブの途中で訪れてしまった。その後、結婚まで意識した彼女とは破談してしまった。やはり何か見えない魔力が働いている気がするのだ。
 そしてここには天神浜オートキャンプ場と小平潟天満宮神社がある。この神社の鳥居と境内の雰囲気がまた怖い。神社なのにあまり訪れる人が少ないし、海水浴場の目の前にあるのに、水難事故が多いのも不可解だ。

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 5 水難事故が絶えないミステリースポット

 猪苗代湖は、1980年代頃は多くの湖水客で賑わっていた。そしてバブル景気によって、湖面ではレジャー系のレイクスポーツが大盛況となった。ジェットスキーやウィンドサーフィン、ヨットのメッカとして、夏場は大変な人出だった。その賑わいが一転し、震災の放射線の風評被害もあって、志田浜ですら閑古鳥状態。かつての休憩所の廃れ度合いは尋常ではない状態だ。
 この湖では、直近の5年間で死者・行方不明者が7名いる。ジェットスキー同士の衝突死亡事故が多発し、最近も2014年6月29日にカヌー転覆事故で死者が出たり、湖水客の溺死など水難事故が頻発しているおぞましきスポットと化した。
 13年8月に酒を飲んで水上バイクを運転していた女性と同乗の男児の計2人が岩壁に衝突して死亡。09年10月には、水上バイクが転覆して乗っていた男性3人が水死する事故が起きている。また、2010年5月3日には手漕ぎボートが転覆し1名が死亡、同じ年の7月19日には郡山市清水台の男性が溺れ、死亡。同じく8月21日には水上バイクから落水し、1名が未だに行方不明のままだ。
 詳しくはコチラをどうぞ!2009年から2014年の5年間は特に水難事故が多かった。

Accident Accident2

 猪苗代湖は地形や風などによって岸にぶつかって跳ね返ってくる波が四方八方から押し寄せてくる(通称ヨレ波)ので、波の形が読み難い湖なのだ。
 また、猪苗代湖は湖水浴として夏場の遊泳にも使われているが、時として冷水隗が出現する湖でもある。
 湖水客の油断が事故を誘発しているケースもある。酒を飲んでの入水。足が吊って溺れ死ぬ場合もある。湖でありながら、猪苗代湖は波が強い。知らず知らず沖合に流されていることも多い。
 この湖で、入水自殺や事故で沈んでしまった遺体は決して浮かび上がってこないといわれている。それには理由があって、湖の底にはかなりの藻(だったと思ったけど)があり、それらの体を包んで、もしくはそれに引っかかって、浮かんでこないらしいのだ。今でも何十、何百という遺体が湖の底で眠っている。もしかすると成仏できない地縛霊の仕業かもしれない。

 また、1989年(平成元年)に猪苗代町内にある大倉川が台風13号の来襲により決壊して氾濫。11人の死者・行方不明者を出した。現在も2名が見つかっていない。

 更に、2009年1月18日には、郡山市内のタクシー運転手が18日、猪苗代湖で入水自殺を図ったお年寄りの女性を見つけ、湖に飛び込んで救出する出来事があった。

http://blog.canpan.info/dogenkasenaika/archive/950

 最近でも2014年8月11日、蟹沢浜で湖水浴とバーベキューを楽しんでいた16歳の少年の行方が分からなくなり、翌日発見されたが死亡が確認された。ニュース映像はコチラ
 また、同年8月30日には、身元不明の中年男性が湖畔の砂場部分で白骨遺体となって発見され、猪苗代町役場で火葬に付し、遺骨を保管しているという記事が掲載された。

http://alfalfalfa.com/archives/7588369.html
 
 さて、今日の記事は怖いものとなってしまったが、大自然は、油断したり、迂闊な行動にはいつでも牙をむくことを実感できたに違いない。レジャー(行楽)であっても、特に命の危機にさらされるような対象物では、マナーを守り、自らが事件事故への予防線を張ることが大事なのだ。この夏、くれぐれもご用心ください。

 記事作成:7月1日(水)

2015年7月 8日 (水)

私が好きだった歴代のバンド

 半世紀生きていれば、様々な音楽や多種多様なコンセプトの音楽バンドを聴いてきた。年代ごとにも世代別にも好きになった音楽は異なるし、夢中になって聴いたバンドも数多くいた。中学高校時代は、ニューミュージック系のシンガーやバンドの楽曲をコピーして歌っていたし、コンテストに出ることはなかったものの、それなりに音楽には造詣が深かったと自負している。そこで今回は、個人的な趣向で申し訳ないが、私が好きだった歴代のバンドをランキング形式でお送りしたい。なお2人組デュオと3人組以上のバンドに分けて順位づけしたい。

 <3人組以上>

 1位 アリス・・・「チャンピオン」「冬の稲妻」「ジョニーの子守唄」
 2位 オフコース・・・「さよなら」「愛を止めないで」「Yes No」
 3位 ZARD・・・「負けないで」「揺れる想い」「永遠」
 4位 サザンオールスターズ・・・「いとしのエリー」「チャコの海岸物語」「TSUNAMI」
 5位 GReeeeN・・・「キセキ」「扉」
  6位 FUNKY MONKEY BABYES・・・「もう君がいない」「告白」「涙」「旅立ち」「ヒーロー」
 7位 ツイスト・・・「宿無し」「銃爪」「燃えろいい女」
 8位 HOUND DOG・・・「ff」「ONLY LOVE」「ラストシーン」「涙のBirthday」
 9位 TRANZAM・・・「季節」「地球の仲間」
10位 杉山清貴とオメガトライブ・・・「最後のHOLY NIGHT」「ガラスのPalmTree」
11位 スピッツ・・・「空も飛べるはず」「チェリー」
12位 WANDS・・・「もっと強く抱きしめたなら」「時の扉」「恋せよ乙女」
13位 ZONE・・・「Secet base君がくれたもの」「夢のカケラ・・・」「HANABI」
14位 C-C-B・・・「ロマンチックが止まらない」
15位 レベッカ・・・「フレンズ」「ラズベリードリーム」
16位 ケツメイシ・・・「さくら」「冬物語」
17位 YMO・・・「テクノポリス」「ライディーン」
18位 1986オメガトライブ・・・「君は1000%」
19位 J-WALK・・・「なにも言えなくて夏・・・」
20位 クリスタルキング・・・「大都会」「蜃気楼」
21位 ラッツ&スター・・・「め組のひと」「街角トワイライト」
22位 ゴダイゴ・・・「ガンダーラ」「モンキーマジック」「銀河鉄道999」
23位 チューリップ・・・・「青春の影」「こころの旅」「虹とスニーカーの頃」「サボテンの花」
24位 Every Little Thing・・・「For the Moment」「出逢った頃のように」「Time goes by」
25位 キャロル・・・「君はファンキーモンキーベイビー」
26位 globe・・・「DEPATURES」「FACE」「Can't Stop Fallin' in Love」
27位 Boowy・・・「マリオネット」「ONLY YOU」
28位 米米CLUB・・・「浪漫飛行」「君がいるだけで」
29位 Dreams come true・・・「決戦は金曜日」「LOVELOVELOVE」
30位 T-BOLAN・・・「離したくはない」「おさえきれないこの気持ち」
31位 ダウンタウンブギウギバンド・・・「港のヨーコヨコハマヨコスカ」「スモーキンブギ」
32位 横浜銀蝿・・・「ツッパリHighSchool Rock'n Roll」
33位 赤い鳥・・・「翼をください」
34位 かぐや姫・・・「神田川」「妹よ」「あかちょうちん」
35位 X JAPAN・・・「紅」「Forever Love」
36位 ガロ・・・「学生街の喫茶店」
37位 My Little Lover・・・「Hello, Again 〜昔からある場所〜」「Alice」
38位 チューブ・・・「シーズンインザサン」「あー夏休み」
39位 甲斐バンド・・・「HERO」「安奈」
40位 海援隊・・・「贈る言葉」「思えば遠くへ来たもんだ」「母に捧げるバラード」
41位 TM  NETWORK・・・「GET WILD」
42位 プリンセスプリンセス・・・「Diamond」「M」
43位 ブラックビスケッツ・・・「タイミング」
44位 RCサクセション・・・「雨上がりの夜空に」
45位 リンドバーグ・・・「今すぐKiss me」
46位 安全地帯・・・「ワインレッドの恋」「じれったい」「熱視線」
47位 レミオロメン・・・「粉雪」「茜空」
48位 Whiteberry・・・「夏祭り」
49位 Mr. Children・・・「しるし」「Tomorow Never Knows」
50位 ヴィーナス・・・「キッスは目にして」
51位  SUGAR・・・「ウェディング・ベル」
52位 たま・・・「さよなら人類」
53位 BIGIN・・・「恋しくて」「島人ぬ宝」
54位 THE BOOM・・・「島唄」
55位 コスミックインベンション・・・「YAKIMOKI」「コンピューターおばあちゃん」

 <2人組>

 1位 コブクロ・・・「桜」「蕾」
 2位 風・・・「22才の別れ」
 3位 B'z・・・「ウルトラソウル」「イチブトゼンブ」
 4位 H2O・・・「想い出がいっぱい」
 5位 チャゲ&飛鳥・・・「万里の河」「YHA-YHA-YHA」「恋人はワイン色」
 6位 雅夢・・・「愛はかげろう」
 7位 あみん・・・「待つわ」
 8位 紙ふうせん・・・「冬が来る前に」
 9位 グレープ・・・「精霊流し」「無縁坂」
10位 ゆず・・・「栄光の架橋」
 

 <ソロシンガー> 順位はつけません。

 村下孝蔵・・・「初恋」「踊り子」「ゆうこ」
 さだまさし・・・「主人公」「案山子」「関白宣言」「親父のいちばん長い日」
 松山千春・・・「旅立ち」「季節の中で」「大空と大地の中で」「生きがい」「恋」
 佐野元春・・・「YoungBloods」「SOMEDAY」「約束の橋」
 山下達郎・・・「クリスマスイブ」「さよなら夏の日」
 井上陽水・・・「夢の中へ」「少年時代」
 浜田省吾・・・「愛という名のもとに」「もうひとつの土曜日」「19のままさ」「J boy」
 中島みゆき・・・「時代」「悪女」「ひとり上手」「地上の星」
 沢田聖子・・・「シオン」
 イルカ・・・「海岸通り」「なごり雪」
 久保田利伸・・・「You're mine」「タイムシャワーに撃たれて」「流星のサドル」
 永井龍雲・・・「道標なき旅」
 高橋真梨子・・・「桃色吐息」「はがゆい唇」「そっと」「ごめんね」
 大橋純子・・・「たそがれマイラブ」
 渡辺真知子・・・「迷い道」「かもめが翔んだ日」
 久保田早紀・・・「異邦人」
 八神純子・・・「みずいろの雨」「パープルタウン」「想い出のスクリーン」
 椎名恵・・・「今夜はANGEL」「愛は眠らない」「LOVE IS ALL」 
 小比類巻かほる・・・「HOLD ON ME」「I'm Here」「TOGETHER」
 大黒摩季・・・「DA・KA・RA」「あなただけ見つめてる」「夏が来る」「ら・ら・ら」
 松任谷由実・・・「ひこうき雲」「卒業写真」「春よこい」
 JUJU・・・「奇跡を望むなら」「どんなに遠くても・・・」「やさしさで溢れるように」
 MISIA・・・「Everything」「I miss you 〜時を越えて〜」
 大瀧詠一・・・「君は天然色」「恋するカレン」「幸せな結末」

 多くのアーティストが登場したのは、この一覧を見ただけでもわかる。その時々の流行や時代観にマッチした曲を提供し、その時代を彩ってくれた。たいがいは懐メロやカラオケソングの部類に入ってしまうが、こうしたバンドや曲に出会えて、心なごんだり、励まされたりされたことは間違いない。また、そのバンドに感化され、少なからず影響を受け、ギターやピアノ、ドラムなどを始めた人もいるだろう。先駆者に敬意を表すとともに、次代のアーティストの登場を心待ちにしたい。
 
 記事作成:6月6日(土)
 

2015年7月 7日 (火)

甲子園がどよめいた高校球児のプレー

 今年も暑い夏がやって来る。いや「熱い夏」と訂正させていただこう。そう、毎年、地方大会を勝ち抜いた者だけに許される憧れの甲子園でのプレー。真剣な態度で臨む選手たち。筋書きのないドラマと一回でも負ければ終わってしまう非情なトーナメント戦。今まで幾多の名勝負が繰り広げられたか知れない。高校球児たちや応援の方たちの必死な姿、選手の一挙手一投足に熱い眼差しが注がれる高校野球。今年もこの季節がやってきた。
 そこで地方大会の火ぶたが間もなく切って落とされるこの時期に、かつて甲子園球場でプレーした選手たちの中から、ファンがどよめき、あるいはざわついたプレーを特集してお送りしたいと思います。

 座ったまま2塁牽制

 プロ野球の捕手でもなかなかこの芸当はできない。何という地肩の強さ。座ったまま二塁に牽制球を送った高校生を見たためしがない。1990年代、日米親善でメジャーりーグのチームと対戦した際、アメリカの捕手が座ったまま二塁に牽制し、当時二塁走者だった落合が刺されたシーンを見たことがあるが、それでもあの落合でも唖然とし、呆気にとられたほどだった。これが、高校生がいとも簡単にやってのけた。
 2013年の夏の甲子園で常総学園の内田捕手が仙台育英戦で魅せたひとコマでした。

 佐藤由規、甲子園最速155キロを出した瞬間

 この記録は今でも破られていない。2007年、仙台育英の佐藤が智弁和歌山戦で記録した。その後、2013年の済美の安楽智大投手が三重を相手に同じ球速を達成した。

 もちろん、高校野球最速は花巻東の大谷翔平の160キロだが、地方大会にマークしたものの、この年、甲子園出場はならなかった。もし出場していたら、間違いなくとてつもない新記録を樹立していたに違いない。

 多田野顔負けの超スローボール

 東海大四の西嶋投手の投げた一投は、超山なりで捕手の構えるミットにすっぽり収まった。どうしてあれがボール判定なのか疑問。意表を突かれた主審のミスジャッジでは?アニメ漫画を彷彿させ、球速は50km/hに満たない。あそこにコントロール出来るのは凄い。内気満々の打者の裏をかき、意欲をそらすには効果的。これは反則投球でもないし、ふざけてやっている訳ではない。

 ルールブックの盲点を実演した濟々黌

 かつてドカベンで取り上げられた得点シーン。ルールブックの盲点を突いた得点だが、これを甲子園の舞台で濟々黌が実演した。鳴門高校はアピールすればアウトで、得点にならなかったが、それをしなかったために、不用意に得点を与えることになってしまった。

 ドカベンの1点はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=ZCnXOh7PsLE

 記事作成:6月13日(土)

2015年7月 3日 (金)

2015年お気に入りの女子アナ(福島のテレビ局編)

 本日は後半戦として、地元・福島県内のテレビ局で活躍している若手女子アナのうち、特に私がお気に入りの方を紹介したいと思う。全国ではまだまだ認知度はないが、地元では結構人気が高い方々だ。彼女たちなりに健気に頑張っているため、いつも親心のつもりで応援しながら見ている。
 なお、この手の話題は過去、当ブログで繰り返し掲載している。まったくの個人の好みを暴露しているだけの、何の変哲もない記事なので、興味の無い方はご遠慮ください。ではどうぞ!

<福島の各テレビ局の女子アナ>

 1位 小野紗由利

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 「ゴジてれchu !」にレギュラー出演。中継だけでなく、金曜日のメインMCを担当。料理コーナーでのエプロン姿がたまらない。女優の菊地麻衣子さんに似ている。数少ない福島県(いわき市)出身のアナウンサーだ。A型

 2位 梅田澪理

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 出身は大阪府だが、すでにTUFでは小野美希アナと並んで2枚看板。彼女は絶対に転勤させないで欲しい。この春より、月曜日から金曜日まで午前中の情報番組「げっきんチェック」のメインMCを担当。朝から癒しの雰囲気を醸している。月曜日夜放送の「キラリふくしま」にも出演し、県内各要所でロケを行っている。梅沢富美男やマツコデラックスなどのゲストと渡り合い、福島県の魅力を伝えている。エクボがチャームポイント。A型。
 やさしい笑顔が素敵な彼女だが、外面が良い反面、カメラの視線を気にしすぎている印象。もしかするとA型特有のプライドが高く、画面に映っていない時にはギャップがあって、感情の起伏が激しい面があるかも?そうでないことを願う。

 3位 名切万里菜

Nakiri1 Nakiri2

 長崎県出身。NHK長崎放送局の契約アナだったが、契約満了によりこの3月に福島テレビへ異動。とても美人で、アグネスチャンや倉沢淳美の若い頃に似ている。清楚でお嬢様風の印象。血液型は不詳だったが、A型と記載されたサイトを見つけた。松永安奈アナと同様、FTVを明るく元気に出来る逸材だと思う。名切さんの場合は20代だが、落ち着いた雰囲気がとても大人っぽい好印象。
 「みんなのニュース」(月~水)のMCやFTVニュースを担当している。

 4位 松永安奈

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 神奈川県出身。この3月まではNHKの沖縄放送局勤務。異動早々にFTVの看板番組「サタふく」のメインキャスターに大抜擢。溢れる笑顔と元気印いっぱいのアナウンスで、早くもお茶の間の人気者に。丸い顔立ちで愛嬌ある印象。3年前にFTVを退社した名和田アナに顔立ちが似ている。6月13日(土)放送の「サタふく」で、趣味のアマチュア無線を実演した。血液型はA型。

 5位 岸野文絵

Kishino Kisino3

 彼女は秋田美人。青山学院大学在籍中に女子大生アナとしてBSフジなどでキャスターを経験した。明るく爽やか。「みんなのニュース」の木~土を担当。また、「サタふく」のレポーターとしても活躍している。えくぼがチャームポイントのB型

 他にも飯田麻菜美アナや小野美希アナも気に入っている。やはり他の方とは何か違う個性的な魅力を秘めている。両者ともにB型。

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 今春退社した女子アナ(追記)

 千原礼子

 残念ながら「ドミドラ」などで人気があったKFBの千原礼子アナウンサーは3月いっぱいで出産のため退社されてしまった。ご主人がいわき市勤務、その主人の実家が福島市なので、数年後はレポーターなどで復帰されることを願いたい。

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 想い出の映像・・・新婚生活についての女子トーク

 若槻麻美

 そしてFTVの若槻麻美アナも、4月30日付けで退社されたことを知った。アナウンサーとして採用され、その後、いったん退社したが、再び入社。あしかけ8年間アナウンサーとして活躍された。とても明るく、清楚なイメージで、私も好きなアナウンサーだった。フジテレビの番組で、全国の女子アナと「ライアーゲーム」に挑戦し、優勝した時のことを忘れはしない。

 お別れの挨拶はコチラ http://www.fukushima-tv.co.jp/blog/2015/04/#!prettyPhoto

 懐かしい映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=B6d6uuE32ZY

 今春は、福島テレビの女子アナの異動が激しかった。安河内程子アナ、宍戸真詩美アナ、長澤彩子アナ、若槻麻美アナと相次いで福島を去っていった。残念でならない。

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 新加入アナウンサー(追記)

 FCT 長江麻美

Nagae

1992年8月17日生まれ(22歳) 
待望の血液型O型アナ

 愛知県瀬戸市出身。2015年4月、福島中央テレビ入社。同期は石井佑弥。学生時代はテレビ朝日アスクのアナウンススクールに所属し、BS朝日の『News Access』にて学生キャスターを務めた。趣味は御朱印集め、カラオケでなりきること、ギター(練習中)。
 アナウンサーになった理由は小学生のころから「アナウンサーごっこ」をしていました。
妹や従妹と一緒にホームビデオを使って番組を作っていたのです。

 彼女は4月入社だが、約2か月間のボイストレーニングなどの研修を終え、この6月から「FCTニュース」などに出演している。今後、レポートや番組MCにも登場するかもしれない。O型アナは色白で、ロリ顔の可愛らしい顔立ちをしている。

 さて、このように写真入りで列挙すると、自分の好みをカミングアウトしてしまっているようで心苦しいが、容姿端麗に加え、女子アナの持つ知性と教養を兼ね備えた魅力は、女性の鑑のように思えてしまう。知的なアナウンスはグッと魅かれるものがある。地元福島に縁あって異動した方たちには、ぜひ、県内隅々まで歩いて取材し、どっぷり浸かってほしいと思う。そして、私たち視聴者に明るい笑顔を振りまき、元気を与えてほしいと願っている。

 記事作成:6月14日(日)

2015年7月 2日 (木)

2015年お気に入りの女子アナ(キー局編)

 本日もミーハー記事で申し訳ないと思う。またしても大好物の「女子アナ」の話題で恐縮極まりない。個人の戯言、雑言だと見逃してほしいと思う。ランキング形式にしてお送りするが、若手女子アナ(20代中心)でお送りしたい。
 なお、前半の今日は東京キー局の女子アナを取り上げ、後半は明日、地元福島県内のテレビ局で活躍する女子アナを特集したい。

<東京キー局&全国の女子アナ>

 1位 山岸舞彩

Yamagishimai2 Yamagishimai

 実家の築地の高級玉子焼き「山勇」は残念ながら閉店してしまった。2年前に訪れた際に、休みでがっかりし、いつか買って食べたいと思っていた。彼女自身は28歳を迎え、大人の女性の印象が強い。最近は美脚を封印しているし、他のバラエティ番組への出演が減った。血液型は色白、丸顔のO型の典型。
 恥ずかしながら、彼女の番組は4年前の「サンサタ(スポーツ)」の頃からすべて録画している。

 2位 長野美郷

Misato2 Misato

 山岸舞彩の存在を知るまでは、3年間私が一番好きだった女子アナ。めざましテレビのお天気アナウンサーとして登場した頃から、DVDに録画し続けて来た。たぶん10枚以上はあると思う。O型らしい色白でふくよかな外見。癒し糸の雰囲気がたまらない。山岸舞彩と同じセントフォース所属。

 3位 伊藤友里

Yuri1 Yuri2

 山岸舞彩の大親友。同じセントフォース所属。ロリ顔おっとり癒し系の渡し好みの顔立ち。同じO型で、昔の伊藤つかさや島田奈美のような印象。「サンデーモーニング」に出演中。O型

 4位 川田裕美

Kawata3 Kawata4

 読売テレビの「ミヤネ屋」のアシスタントという印象が強かったが、この春、晴れてフリーに転身。B型。彼女の笑顔は大好きだ。フリーになって顔の印象が変った。多忙すぎて疲れているのかもしれない。

 5位 狩野恵里

Kano1 Kano3

 大江麻理子の後任として2代目として就任。しかし、愛くるしい顔立ちと多彩な能力を発揮し、一気に人気沸騰。ピアノ、英会話、そして運動能力といずれも卓越した才能を惜しげもなく出している。B型。  

 6位 曽田麻衣子

Maiko1_r Maiko2_r

 吉永小百合の若い頃にそっくり。立教大学時代はミスキャンパスに選ばれている。やはりセントフォース所属。O型。

 7位 皆川玲奈

Rena1 Rena2

 東京都出身。青山学院大学総合文化政策学部卒の23歳。

 子供の頃からモデル事務所に所属し、芸能活動をしてきた。顔立ちはタレントそのもので、なるべくしてアナウンサーになった印象。入社時の唐沢寿明からの激励訓示を受けたときも、一人だけ違うオーラを感じた。TBSでは田中みな実がフリー退社した後の、大型新人という印象を受けた。ベビーフェイス系の癒しアナとして期待している。
 血液型は報道向きのA型。

 8位 皆藤愛子

 早稲田卒ながら、その片鱗をみせず、庶民的アナとして活躍。ベビーフェイスで美形の顔立ちは誰からも好かれる。B型のため、多少天然が入っているが、私は「めざましテレビ」のお天気アナの頃からずっと見ていた。彼女は30代だが特別ランクイン。
 血液型はBで、セントフォース所属。

 9位 高見侑里

 彼女も笑顔を絶やさない癒し系女子アナ。セントフォース所属でO型。セントフォースはO型とB型が大多数だ。「めざましテレビ(土曜日含む)」で毎回癒されている。最近、ロマンスの噂があった。

10位 畑下由佳

 埼玉県出身の23歳。身長171cm。成蹊大学文学部現代社会学科卒業。大学1年の時、2010年ミス成蹊グランプリに輝いた。大学在学中には、BSフジニュースに学生キャスターとして出演経験がある。血液型はO型。

 ほかにも新井恵理那アナ(O型)や福島県出身の唐橋ユミ(O型)がいる。
 ではここで「テレビユー福島」の局アナだった時代のメガネなしの唐橋アナの貴重な映像をご覧ください。今となってはお宝映像です!

 さて、本日はここまで。女子アナフリークを自負する渡しは、この手の話題は長くなってしまうため、いったんここで見切りをつけ、明日は地元・福島県のテレビ局で活躍する女子アナの中で、特に私が気に入っているアナウンサーを取り上げたい。懲りずにまた見てください。

 記事作成:6月14日(日)

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