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2015年12月

2015年12月30日 (水)

2015年11~12月期のCMベスト5

 2カ月に一度ずつお送りしている、その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。今年6回目の11~12月放映分は以下の5作品です

1 カロリーメイト 「見せてやれ、底力」

120秒フルバージョンはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=6hEPk_DWBiY

 受験生を応援する黒板アート。感動して涙が出そうになる力作だ。いろいろな思いを溜め込んで臨む大学受験。そこに至るまで、積み重ねてきた時間。遊びたい時期にひたすら誘惑と闘い、机に向かい、地道に努力を重ねた日々。その本番の日。試験会場で瞳を閉じれば走馬灯のように頑張って来た様々な場面が浮かんで来る。かつて私自身も辿った道。あの時の頑張りがあったからこそ、今の自分がある。自分の想い出とつい重ね合わせてしまう。
 CMは、平祐奈さん演じる受験直前の女子高生が、受験までの1年間の奮闘ぶりや様々­な学生生活での出来事を振り返るストーリー。カロリーメイトから、受験生へ贈る応援メ­ッセージです。
総勢34名もの美大生たちが、総制作時間のべ2,623時間以上かけて制作した総数6­,328枚にも及ぶ黒板アートのアニメーションで表現。友だちとの時間や勉強、家族と­のやりとりなど、リアルな高校生の日常生活を描いています。受験時にカロリーメイトを­食べながら受験に挑んだという経験もある平祐奈さんの等身大の女子高生の演技と、その­繊細な表情や様々な想いを表現した黒板アートにご注目ください。

2 ニベアクリーム

 藤巻亮太が歌う「大切な人」に乗せて泡立ちよろしく洗い上げ、すべすべの美しい素肌に生まれ変わるという内容。吉瀬美智子さんのバージョンもあるが、個人的には内田恭子さん出演のコチラの方が気に入っている。吉瀬美智子さんのCMは下をクリック!

https://www.youtube.com/watch?v=-rY1hturtcs

3 ソフトバンク 

 クリスマスソングの定番「クリスマスイブ」のメロディに乗せ、アルバイトに精を出す少女を広瀬すずが演じた。この時期には外せないクリスマス関連のCMだ。

4 ドコモ光 高畑充希

 この11月から繰り返し放送されていたCM。何度も「光」を連呼し、耳に残る歌詞と曲。

5 アコム 永作博美

 審査の速さをアピールするために作られたCM。永作博美が草野球に興じ、リリーフ編では、突然にピッチャーに指名されたが、目にも止まらぬ速球で周囲を驚かせる。また、代打ではピッチャーゴロに倒れたと思いきや、人並み外れた脚力でベース一周。笑わせてくれる。

 次点1 「福島トヨペット・シエンタ」

 たぶんこれは全国区ではなく、福島県限定のCMではないか?それは福島トヨペットの「シエンタ」のCM妙に歌の節と歌詞が耳に残る。現在は「プリウス」バージョンが放送中。
 「♪プ・プ・プリウス、トヨペット、プ・プ・プリウス、トヨペット、トヨトヨトヨトヨ、トヨペット、プ・プ・プリウス、トヨペット~!」というBGMのCM。

 次点2 「グランブルーファンタジー」食卓編

 「パパもママもグラブってるの?」という男の子の問いかけに、シリアスすぎる大人の反応が笑える。

 記事作成:11月24日(火)

2015年12月29日 (火)

親父の背中 ~亡き父に捧げる鎮魂歌~

 個人的なことだが、この日は亡き父の命日にあたるため、毎年詠んでいる詩を掲載させて頂くことを予めご了承願いたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   

 「親父の背中 ~亡き父に捧げる鎮魂歌~」

年の瀬も押し迫った師走の朝 突然親父は逝った 
誰にも看取られず 別れの言葉を交わす暇さえなく 
覚悟も無いままたった独りきりで旅立った

昔気質で大の病院嫌い 体の不調を口にせず
人知れず断末魔の苦しみや 痛みに耐えていたのだろう
元来人に気を遣いすぎる性格 それが災いし 
余計な心配をかけまいと
自らの死期が近いことをひた隠しにしていたに違いない

その前夜 あなたは周囲の説得に耳を貸さず
最後まで病院へ行くことを躊躇った
今思えば あの時あなたは二度と生きてここへは戻れないことを
悟っていたに違いない

翌朝 医師から呼ばれ伝えられた真実
そしてほどなく「ご臨終です」という突き刺す悪魔の言葉
一瞬我が耳を疑った

昨夜まで我が家で生きていた筈の父が目の前で冷たくなっている現実
嗚呼 夢なら早く覚めてくれ されど生きる証を示す心電計は
真横に一直線に流れ 無情にも命の炎が尽きたことを物語っていた
手を握れば まだ柔らかく温もりのある体を冷やさないようにと
必死で母と擦った

やがてそれも叶わぬ願いと知り 唇を噛んで遺体に縋りつく母
震えるその肩を抱き寄せ ただじっと病室の天井を見つめていた
どうしてこんなことに いったい誰がこんな別れを仕組んだのか
受け入れ難い現実を突きつけられ 心の整理がつかない

その夜 通夜には不似合いなくらい 空一面に瞬く銀の星
天に召されたあなたも きっとそのどこかにいる筈と
必死であなたの名を星に向かって叫んだ

突然の訃報にうな垂れて訪れた喪服姿の弔問客
その日を境に未亡人と化した母は気丈に振る舞う
生前親交があった人々の悲痛な面持ちと嗚咽
そしてお悔やみと慰めの言葉に

これが現実であることをようやく受け入れた
取り付く島を与えず 矢継ぎ早に始まる葬儀の仕度
家族はその日から遺族と呼ばれ 不幸の眼差しを一身に浴びる

真夜中過ぎ客足が途絶えた頃 
死化粧と白い布を顔にあてがわれ 守り刀を胸に抱いて横たわる 
変わり果てたあなたの亡骸と向き合い
久しぶりに親子二人で話をした

額に深く刻まれた皺 やつれた頬 仕事中 
誤って怪我をし足の甲に拵えた傷の跡 気づかなかった 
こんなにあなたが疲れていたことを

線香の煙の中で交わす心の会話
「この大きな空の小さな町の片隅であなたは生まれ育ち
七十歳という生涯を人知れず閉じた」
「遣り残したことはないの」「幸せな人生だったの」
無言の父は身動きひとつせず ただ黙っているだけ
明るく気さく 忠義で誰にでも優しかった親父
頭に浮かぶは在りし日の面影

幼い頃いろんな所へ連れて行ってもらったこと
空き地でキャッチボールしてくれたこと
大学や就職が決まった時 手放しで喜んでくれたこと
昨日のことのように甦る

子供の時 あんなに大きく見えた背中が いつの間にか小さくなっていた
あなたの体を蝕み命を奪い取った煙草 死ぬまで肌身離さず持っていた
いつも家族に窘められ それでも一向にやめようとはしなかった
焼香代わりに香炉の灰に立て火を点す

「今宵は好きなだけ吸っていいよ・・・」

大晦日 あなたを野辺送り 火葬場にて最期の別れ
経帷子を身に纏ったあなたとあなたの代名詞だった遺品を 棺に納め 
天に昇る煙をこの目で見届けた

翌日 我が家に初めて正月は来なかった
楽し気に初詣に向かう家族連れを茫然と見送った
放心状態と極度の虚脱感が全身を襲う

正月が明け 吹雪の中でしめやかに執り行われた告別式
葬儀を終えた瞬間 我々遺族は言い知れぬ深い悲しみに包まれた
参列者に気丈に振る舞いお辞儀を繰り返していた母が
ひとつ深い溜息をつき崩れるように床に落ちた
子供の前で一度も弱音を吐かず強かった母の初めて見る真実の姿
僕は拳を握りしめ人生を噛みしめた

あれから早幾歳月 未だ信じ難いあまりにも早すぎた父の死
いつも当たり前のようにそこにいたはずの人がいない
できなかった親孝行 自分を責め続けた日々

でも遺影の父はいつも黙って微笑んでいる  
掌を合わせる度にあなたは無言で語りかけてくる

「これが人生 これが男の生き様 生きてこその絆 
限りある命 今を精一杯生きろ」それが父の教え 

いずれ私もおっつけ逝くだろう
それまで その後の自分の人生を胸を張って報告できるようにしよう
そう墓前で固く誓った

心の支えはもういない かつてあなたがそうであったように
気づけば自分も親の身となった
此の頃少しずつあなたの気持ちがわかってきた
今の僕ならあなたの苦労が痛いほどよくわかる

家庭を築くこと 愛する人を守ること 
男として生きていくことが どんなに辛く大変だってことかを
あなたが僕にしてくれたことを 今度は僕が自分の子供にしてあげよう
「あなたはこの世から旅立ったけど 
これから先もずっと僕の心の中で 生き続けるだろう」

そのことを自分自身に言い聞かせ ありきたりだけれど
生前言えなかったこの言葉を今 あなたに捧ぐ

「こんな僕を育ててくれてありがとう あなたの子供で本当に良かった」

「またいつか 空の上でキャッチボールをしよう・・・」   

平成十五年 十二月二十九日 父他界 享年七十歳  合掌  

追 記   

 この日ばかりは、私や家族にとって生涯忘れられない日となった。最愛の父親があの世に旅立ってから今年で丸12年が経過した。「光陰矢の如し」を実感する。父が亡くなった病院も、震災の影響で取り壊され、今は更地となっている。父の存在を永遠に忘れないために、そして追憶と追悼の念を忘れないために例年同様、亡くなった時刻11時21分に亡き父に捧げる詩を再掲させて頂いた。
 毎年思うことは、死んだ人間は二度とこの世に戻らないという非情なまでの事実だ。実家に行けば今でも父親に会えるような気がしてしまう。しかしそれは叶わぬ夢だと悟る。  いずれ遅かれ早かれ、自分もあの世に逝くことだろう。その時に、ご先祖様に顔向けできないような真似だけは絶対にしないと思っている。自分がどんな一生を送ったかを胸を張って報告できるようにしたいと強く願っている。そのためには、親よりも一日でも多く長生きすることが必要だ。これまで大病はないが、あと19年で父親と同じ年齢に自分も達する。そこまでは生きながらえたいと切に願ってやまない

2015年12月24日 (木)

感動のラストラン

 今日は、アクセスいただいた方々に筋書きのない感動ストーリーをお届けしたいと思う。それは、華々しく脚光を浴び、一世を風靡した時代を過ごした者たちも、いつかは引退する時が訪れる。時代の寵児として君臨し、世の中を席巻した時期の姿を目に焼き付け、記憶の中にしかと刻み込んでおきたいがために、ここに掲載するものである。

 オグリキャップの場合

 ハイセイコー、テンポイント、ミスターシービー、トウカイテイオーなどファンに愛されたサラブレッドは数多く存在する。名馬たちとの出会いは心を揺さぶり、そして鬣も勇ましく振り乱して疾走する姿は圧巻。騎手の駆け引き、どこで仕掛け、どこで鞭を入れるのか。そして最後の直線でありったけの力を振り絞って力走する姿は感動を呼び、大観衆の大きな声援が包み込む。筋書きのないドラマに人は酔いしれる。
 そんな名馬たちが織り成す感動ドラマだが、私は「日本一のサラブレッド誰か?」と聞かれたら間違いなく「オグリキャップ」と答えるだろう。彼のラストランは今でも伝説として語り継がれている。
 1990年、オグリキャップはたび重なる脚部不安に苛まれ、秋の天皇賞、ジャパンカップと惨敗を喫す。「オグリは終わった」、そんな風評も聞こえてくるなか、彼は4番人気で生涯最後のゲートに赴いた。第35回有馬記念。多くのファンが逡巡のはてに、オグリという名の夢に賭けた。朽葉色のターフに燃え盛る“炎”。絶望の淵から、オグリキャップは甦った。スーパーヒーローのラストランは、劇的な勝利で幕を下ろしたのだった。
 爆発的なオグリブームは、奇しくもバブル最盛期と一致する。うたかたの時に生きたオグリキャップは、ひたすら走り抜くことで私たちの胸を熱くした。白い炎の記憶は、不滅の真実として、競馬史に刻まれている。

 ディープインパクトの場合

 2006年12月24日、引退レースとなる有馬記念に出走した。レースでは道中後方3番手につけ、3コーナーから追い出して直線で早々と先頭に立つと、最後は流しながらも2着ポップロックに3馬身の差をつける圧勝で、有終の美を飾った。武豊が「生涯最高のレースができた」「今までにないくらい、強烈な『飛び』だった」と言うほどのレース内容だった。また、このレースでシンボリルドルフやテイエムオペラオーに並ぶ史上3頭目の中央競馬GI7勝の最多タイ記録を達成し、獲得賞金ランキングでもテイエムオペラオーに次ぐ単独2位にランクインした。

 南武線205系ナハ39の場合

 2015年12月6日、南武線205系ナハ39編成がラストランを迎えました。今回、­ナハ39編成の営業運転最終列車(1865F・川崎駅18時5分発・武蔵中原駅18時­20分着)に乗車しました。
武蔵小杉駅発車後に感動的な車内放送が流れました。

 「ただ今ご乗車いただいておりますこの車両は、本日をもちまして南武線の営業運転から引退し、今後はインドネシア・ジャカルタに渡り、走り続けることとなります。まもなく終点の武蔵中原です。電車をお降りの際は、お忘れ物のございませんように、また、この電車との思い出もお持ち帰り頂けたら幸いでございます」。

 武蔵中原駅­到着後にはありがとうコールが聞こえ、本当に205系は愛されていたんだなぁと感じま­した。
ナハ39編成、約30年間、日本での活躍お疲れさまでした。(Youtubeの原文のまま掲載)

 この動画では、感謝を伝える車掌の心温まるアナウンスと共に、去りゆくものへの悲哀と、人々の愛着と思いれの深さを実感した。是非、ジャカルタでも現地の人の生活を支え、末永く愛される車両であってほしいと思います。

 箱根駅伝最終走者の場合

 小さい頃からの陸上アスリートの夢、それは「箱根駅伝」。大学の4年間にだけ与えられた夢舞台。その檜舞台を夢見て、ひたすら苦しい練習に耐え、仲間と励まし合い、支え合いながら頑張って来た。チームメイトを信じ、汗と涙が染込んだ母校のタスキに誇りを感じ、ランナーはひたすら箱根路を駆け抜けた。その夢と希望を実現させてくれた舞台から去る時、何を感じ、そして私たちに何を残すろだろう。一生懸命に走り続ける姿に、私たちは心からの声援を送り、そして感動を覚える。そして、そうした真摯な姿を見て、視聴者は励まされ、明日への糧を得る。それこそが箱根駅伝だと思う。 

 さて、今日は年末年始を控え、この時期に行われたイベントで、過去に私たちを感動の渦に巻き込んだ名勝負や想い出の一コマを切り取り、永遠に忘れないために掲載したかった。有馬記念、箱根駅伝、それを最後に引退をする運命の者たち。私たちはその生きざまが真実のドラマである限り、一緒に応援したいと思う。それが頑張ったことの証になり、賞賛すべき唯一の手段だと考えるからだ。今年はどんな筋書きのない感動ドラマが私たちを待ち構えているのだろうか。そのかけがえのない歴史の目撃者となることを今から楽しみにしたい。

 記事作成:12月11日(金)

2015年12月23日 (水)

2015年私が好きなテレビ番組20傑

 またしても個人的趣向をカミングアウトするようで心苦しいが、これは備忘録としての意味合いから記載するもので、今回のテーマは、第三者が見てもなんら面白味が無い記事なので、スルーしていただいても結構です。そのテーマとは、2015年の今年、私が好んで見たテレビ番組をクローズアップしようという趣旨。この年、どんなテレビ番組が放送されていたかを知る手がかりにもなる。ではさっそくジャンル分をせずにランキング形式で記載したい。

 レギュラー番組

 1位 モヤさま2(テレビ東京系列・福島テレビ放送)
 2位 所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ(テレビ東京系列・福島テレビ放送) 
 3位 げっきんチェック(テレビユー福島自主制作)
 4位 サタふく(福島テレビ自主制作)
 5位 サンデーモーニング(TBS系列・テレビユー福島)

Moyasama Tokoro

 6位 ゴジてれCHU!(福島中央テレビ自主制作)
 7位 モニタリング(TBS系列・テレビユー福島)
 8位 みんなのニュース(福島テレビ自主制作)
 9位 おじゃマップ(フジテレビ系列・福島テレビ)
10位 ドミソラ(福島放送自主制作)

Ono Nakirimarina

11位 鉄腕DASH(日本テレビ系列・福島中央テレビ)
12位 めざましテレビ&めざまし土曜日(フジテレビ系列・福島テレビ) 
13位 ブラタモリ(NHK) 
14位 笑神様は突然に(鉄道BIG4)
15位 幸せボンビーガール(日本テレビ系列・福島中央テレビ)

Mezamashi Shibata

16位 開運なんでも鑑定団(テレビ東京系列・福島テレビ)
17位 THE フィッシング(テレビ大阪・福島中央テレビ)
18位 サンデージャポン(TBS系列・テレビユー福島)
19位 廃墟の休日(テレビ東京系列・福島中央テレビ)
20位 歴史ヒストリア(NHK)

Kanteidan Sunday2

 ほかにも「出没!アド街ック天国」(テレビ東京系列・福島放送)や「有吉さんぽ」(フジテレビ系列・福島テレビ)、「有吉ゼミ」(日本テレビ系列・福島中央テレビ)、「ふくしまてくてく」(福島テレビ)もまたよく見る番組だ。また、10月1日までは山岸舞彩が出演していた「NEWS ZERO」を欠かさずに見ていたし、録画もしていた。

Adomachi2 Yamagishimai 

 単発・断続

 1位 ローカル路線バス乗り継ぎの旅(テレビ東京系列・テレビユー福島)
 2位 ナイナイお見合い大作戦(TBS系列・テレビユー福島)
 3位 逃走中・戦闘中(フジテレビ系列・福島テレビ)
 4位 警察24時(各社)
 5位 スポーツ中継(野球・サッカー・ラグビー・ジャンプ・ほか)各社
 6位 映っちゃった(フジテレビ系列・福島テレビ)
 7位 旅番組(各社)

Noritsugi Nainai 

 これらは、当然、毎回ブルーレイに欠かさず録画している。それにしても、かつてはフジテレビ系列がアットファミリー的な番組で視聴率も高かったし、私自身も好きで見ていた。しかし昨今、女子アナの異常加熱ぶりや、韓国贔屓の偏向報道や韓流ドラマを相変わらず数多く流しているため、嫌韓ムードが漂い始め、それに呼応して視聴率もがた落ち。今やテレビ東京にも抜かれ、在京ステーションでは最下位に転落。過去の栄光は一体どこへ・・・。
 私自身、テレビ東京への思い入れが強くなってきた。地元局制作を除き、レギュラー番組16中、4番組がランクイン。高校時代には「ヤンヤン歌うスタジオ」が大好きだったし、LIVEではなく、数ヶ月遅れで放送する番組も、斬新で、視聴者が知りたいツボを押さえているように思える。知的好奇心をくすぐるような私好みの番組が多数ラインアップしている。

 記事作成:12月15日(火)

2015年12月22日 (火)

現在は女優のアイドル時代

 現在、名女優としての地位を確立している女性芸能人の中には、若い時分に「アイドル歌手」として活動していた方々がいる。今思うと想像できないが、駆け出しの頃は、誰で自分のスタンスを模索し、様々なことにチャレンジしていたことが昔の映像から見てとれる。本日はそんな方たちのお宝映像を一挙掲載したい。ただし、埋め込み処理した動画映像は、私がアップしたものではないため、予告なく削除される場合がありますので予めご了承ください。

 深津絵里

 「踊る大走査線」などの映画やテレビドラマ、さらにはテレビCMや舞台出演など引っ張りだこの彼女だが、若い頃はアイドル歌手としてデビューし、その後、女優に転身した。

 松下由樹

 桑田佳祐がソロで出した「いつか何処かで」という曲がTBSの人気番組「ザ・ベストテン」(木曜21時)にランキングされた際、桑田佳祐と一緒にミラー張りの回転扉から登場したのが彼女だった。バックメンバーで、なぜかピアニカを演奏。どうにか彼女を視聴者の目に触れさせて、その可愛らしさの反響を期待した事務所側の目論見が見て取れる。無名の19歳の女の子をデビューさせる策略だ。それでも当時、彼女の可愛らしさは群を抜き、すぐにこの番組終了後に、「あの可愛い子は誰?」と問い合わせが殺到した。

 安田成美

 安田成美と言えば、とんねるずの木梨憲武夫人だが、同時にNHKの「朝の連続テレビ小説」や「大河ドラマ」にも多数出演する大女優でもある。最近は、母親役がめっきり板についてきたが、もともとはアイドル歌手としてデビューした。彼女が歌った「風の谷のナウシカ」はベストテン番組にランキングし、生出演を果たしたほどだった。お世辞にも歌は上手いとは言えないが、清純派&正統派のアイドルで実に可愛らしい雰囲気だった。

https://www.youtube.com/watch?v=suPb_vhjb1E

 広末涼子

 私は個人的にアイドル歌手として世に知れ渡った頃に出演した映画「鉄道員ぽっぽや」の彼女が好きだった。丸顔で色白、典型的なO型だが、彼女は子役として早くからデビューしていた。下の映像は彼女が小学生の頃に、テレビのインタビューに答える映像だが、当時から注目されるほどの美少女だった。私は女性アングラーの「日向瑠菜」が彼女の若い頃に似ていると思っている。同じO型。

 中谷美紀

 大人の妖艶な色気が漂う中谷美紀。「JIN-仁-」の花魁役など実力派の正統派女優としての地位を獲得した彼女だが、元アイドルグループの「桜っ子クラブさくら組」出身者だ。1991年(平成3年)から1992年(平成4年)にかけてに内部ユニットKEY WEST CLUBで活動していた。

 桜っ子クラブのPVはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=ljaHROeKs7w

 菅野美穂

 菅野美穂は、今や堺雅人夫人。『ちゅらさん』『恋がしたい恋がしたい恋がしたい』『ギルティ』『結婚しない』などに出演し、国民的人気を誇る女優に成長した。そんな彼女も、中学3年生の時に、テレビ朝日のバラエティ番組『桜っ子クラブ』の番組内ユニット「桜っ子クラブさくら組」のオーディションに合格して芸能界デビューを果たし、アイドルとして活動していた。

 桜っ子クラブは、他に持田真樹、加藤紀子らも所属していた。

 永作博美

 永作=アコムという印象が強いが、映画「八日目の蝉」やテレビドラマ「婚外恋愛」、〔週末婚」などで主演を演じるなど、女優として大活躍している。そんな彼女にもアイドル時代があった。1989年、『パラダイスGoGo!!』(フジテレビ)の乙女塾のオーディションに合格し、1期生としてデビュー。メンバー内で選抜された永作、松野有里巳、佐藤愛子の3人で、アイドルグループribbonを結成。

https://www.youtube.com/watch?v=esa1HUX4yfY

 吹石一恵

 今年の秋、衝撃的ニュースが日本列島を駆け巡った。最後の独身俳優の砦と言われた福山雅治と電撃結婚を発表した。彼女は近鉄バファローズで活躍した吹石徳一選手の愛娘だった。今から16年前に「さんま御殿」に出演し、その端正のとれた顔立ちとスタイリッシュなプロポーションで脚光を浴びた。私はどうしても雛形あきことダブって見える。

 

 「さんま御殿」出演時の映像はコチラhttps://www.youtube.com/watch?v=lm90TrUXVOE

 常盤貴子

1992年(平成4年)1月2日放映当時19歳。翌93年夏、フジテレビ系「悪魔­のKISS」での体当たりの演技が評価され、今や所属事務所「スターダスト」の看板女­優となったが、この当時は無名下積み時代。

 探せばもっと数多く存在する元アイドルの女優たち。流行り廃りの激しい芸能界において、自分の居場所を探してさまざまなチャレンジをしていることの表れだと思う。しかし、この経験が奏功し、今や老若男女に認知され、日本を代表する大女優へと成長した彼女たち。彼女の若き日の頑張りを讃え。これからも一視聴者として彼女たちの来し方・行く末を見守りたいと思う。

 記事作成:12月20日(日)

2015年12月19日 (土)

福島を去った女子アナのその後

 縁あって福島のテレビ局に勤務された女子アナたち。その人柄で県民に愛された方々が多いが、気がかりなのは、その後の消息はどうなったのかということだ。今も新天地で元気で活躍されていれば良いのだが・・・。今回は、私が知り得た情報を駆使し、現在の近況を報告したいと思う。

FTV

名和田知加(2007年入社‐2013年退社。中央大学文学部を卒業後、福島テレビに6年間在
       籍。2013年4月からエス・オー・プロモーション所属のフリーアナウンサーとして
       活動。とちぎテレビの番組「ニュースワイド21」などに出演していた。B型

http://www.so-pro.co.jp/talent/profile_152.html

堤 友香(2010年4月入社 - 2014年3月退社)2014年3月、福島テレビを退社。フリーランス
      となり、セント・フォースへ所属した。2015年日8月2より、BSフジNEWSの日曜日
      朝(11時前)・昼(12~16時台)担当キャスターとな。セント・フォース所属者が同
      番組の日曜日を担当するのは、青山絵美と中澤麗華が20083月に降板して以来
      7年4か月ぶりであった。O型

http://ameblo.jp/yuka-tsutsumi/

安河内程子(2014年2月入社-2015年1月退社)長崎県平戸出身。
        2014年2月 - NHK松山放送局との契約を解除。福島テレビ契約アナウン
        サー。2015年2月 - フリーアナウンサーとして活動。
        みんなのラジオ〜FUKUSHIMA TOWN VOICE〜(2015年7月 - 9月、2015年
        11月 - 、FM POCO)第1・3木曜『走れポコ号』中継リポーター
        MY TOWN ポコランド(2015年10月 - 、FM POCO)火曜日担当

http://ameblo.jp/yasukochi-minako/

長澤彩子(2010年入社 - 2015年退社)震災前に入社し、福島応援団として県民を激励し
      続けてくれた。2015年3月末、福島テレビを退社し、翌月にテレビ神奈川へ移籍。

      ありがとッ!(2015年4月3日 - 6月26日)金曜MC
      NEWS930α(2015年4月6日 - )月曜スポーツコーナー。根岸佑輔と週代わりで
      担当。
      tvk NEWSハーバー(2015年7月3日 - )メインキャスター
      tvkニュース・天気(不定期)
      tvkプロ野球中継 横浜DeNAベイスターズ熱烈LIVE(2015年8月20日 - )不定期
      でベンチリポーターを担当。A型

http://www3.tvk-yokohama.com/anamaga/blog_nagasawa.php

若槻麻美(2006年10月入社 - 2011年5月退社、2012年4月再任用 - 2015年4月退社)
      2004年から2006年9月まで、NHK甲府放送局にキャスターとして在籍していた。
      2015年5月 - フリーアナウンサーとなる。
      突撃!ナマイキTV(2015年5月7日 - 、東日本放送)リポーター
      現在もFTVの「サタふく」の情報コーナーなどを担当している。A型

KFB

羽藤淳子・・・彼女の場合はKFBのリポーターとして採用され、その美貌と県民に愛された
       キャラから正社員と同等の活動の場を与えられ、やがて契約アナに。冠番組
       だった「あいうえお天気目玉焼きLサイズ」ではメインキャスターを担当し、その
       後、夕方の「情報Jチャンネル」のメインキャスターに抜擢された。最後は寿退
       社となり、他県へ嫁いでいった。A型

http://ameblo.jp/141junpe/

立川陽子(1998年入社) - 2003年結婚退社

坂本洋子(2007年4月入社 - 2010年3月退社) - 静岡第一テレビ→TCP artist所属 O型

高島英里奈(2010年4月入社 - 2013年3月退社) - レディオ湘南→ジョイスタッフ所属
        退社後は、テレビ神奈川「ハマナビ」テレビ朝日『みんなの疑問 ニュースなぜ
        太郎』朝6時~8時 A型

http://ameblo.jp/1268ballet/

https://www.joystaff.jp/talent/267/

千原礼子(2010年4月 - 2015年4月) - NHK甲府放送局契約キャスターを経て就任。KFB
      の社員と結婚したが、遠距離恋愛だった。この度、出産を控えての退社となっ
      た。A型

TUF

  • 山田幸美(2006年入社 - 2009年3月退社) - 広島ホームテレビ → フリー
           2009年3月30日 - 広島ホームテレビに契約アナウンサーとして入社。
  •        2014年1月31日 - 広島ホームテレビを退社。
  •        2014年4月 - 9年ぶりに関東に戻り、フリーアナウンサーとして活動。
  •        日テレNEWS24(CS)- キャスター(2015年2月9日 - )
           プロ野球ニュース(2015年3月27日 - 、フジテレビONE)金曜サブ司会
           デイリープラネット - 日曜キャスター
           朝いちニュース - 金曜キャスター
           まーけっとNavi&ニュース - 金曜キャスター O型
  • http://ameblo.jp/yukimi-yamada/

     フリーに転身しても引っ張りだこの人気だ。

  • 上條麻里奈(2007年4月入社 - 2012年3月退社) - → 圭三プロダクション所属・今年退社

            NHK総合『ゆうどき』、『ニュース シブ5時』(NHK総合):リポーター O型
  • http://ameblo.jp/sunflower-2012/

     こうして見ると、やはり女性キャスターでは短期間のみの契約アナが多い。2~5年程度の在籍で、福島県民に知られ、愛されるようになった頃に、異動してしまう。残念だ。この分で行くと、現在アナウンサーとして活躍している方々は、県外出身者がほとんどなので、数年いれば、他県に移っても不思議ではない。
     私が今、気に入っている下記のアナウンサーも、あと数年でいなくなってしまうのかと思うと、今のうちに十分見ておきたくて、毎回録画している。

     1.梅田澪理アナ(TUF)・・・大阪府出身「げっきんチェック」A型
     2.松永安奈アナ(FTV)・・・神奈川出身「サタふく・FTVニュース」A型
     3.名切万里菜アナ(FTV)・・・長崎出身「みんなのニュース月~水・FTVニュース」A型

     縁あって福島県の放送局に在籍し、県内を隈なく歩き、様々な役立つ情報を届けてくれたアナウンサーたち。ぜひ福島県にいたことを忘れず、新天地でもお仕事に頑張っていただきたいと思う。

     記事作成:10月中旬~11月23日(日)

    2015年12月18日 (金)

    芸能人そっくりさん7

     芸能人同士で似ている方々を比較しながら紹介するこのシリーズ記事も既に7回目。それくらい、最近の芸能人は顔立ちや雰囲気が似ている人が多いということだ。化粧や髪型の流行など、時代で雰囲気が似てしまう傾向は否めない。今回は、芸能界に限らず、スポーツアスリートも含め、枠を広げて取り上げたい。

     高橋尚子と中里麗美

    Takahashi Nakazato

     高橋尚子はご存知シドニー五輪で、日本の女子陸上界初の金メダルをもたらし、国民栄誉賞に輝いたマラソンランナー。一方の中里は、同じ小出義男監督に教えを乞う期待の星。女子マラソン復活は彼女に託されていると言って過言ではない。サングラスをして走っている姿は、Qちゃんそのもの。中里麗美は、実はFTVアナウンサーの松永安奈にも似ている。

     森カンナと杏

    Morikanna3 An

     森カンナは富山で生まれの27歳。関西育ちである。父親の仕事の都合で上京した際、親戚の勧めにより、『mina』などの女性ファッション雑誌でのモデル業を始める。後にCMのオーディションを通じて演技に興味を抱いたことから、ヒラタオフィスを紹介され、女優業に入る。東京都立玉川高等学校卒業。映画『うた魂♪』などに出演の後、2009年の『仮面ライダーディケイド』のヒロイン・光夏海役で、本格的な女優業に入る。『警視庁失踪人捜査課』で、主演の沢村一樹演じる相棒の女性刑事役のオーディション2298人の中から合格した。血液型はB型。
     杏は言うまでもないが、俳優・渡辺謙の実娘で、俳優・東出昌大の妻。連続テレビ小説「ごちそうさん」でも主演を演じた。身長174cm。血液型はA

      松島花と黒川智花

    Matsushima Kurokawa

     松島花は1989年8月生まれ、東京出身の26歳。本業はファッションモデルだが、最近はテレビドラマやその美貌を生かし、CMにも登場。マルチタレントとして活躍中。身長178cmあり、8頭身美人。

     黒川智花は同じく東京都出身の26歳。2001年、『りぼん』モデルグランプリに選ばれ、読者モデルとして活動。その後、研音のスタッフにスカウトされ、黒川智花の芸名で活動開始。ドラマ、映画、舞台と幅広く出演、活躍している。2011年にはドラマでのゲストや単発番組も含めて7作品に出演している。今年3月に結婚した。血液型はO型。

     松島花は、鹿沼憂紀にも似ている。ということはB型か?

     川口春奈と今野鮎莉

    Kawaguchi Konno

     川口春奈

     1995年2月10日生まれの20歳。長崎県福江島出身。血液型はO
     2009年春、三井のリハウス第13代リハウスガールに選ばれた。2009年10月クールのフジテレビ月9ドラマ『東京DOGS』で女優デビュー。2011年11月、第90回全国高校サッカー選手権大会の7代目応援マネージャー(イメージガール)に就任。

     今野鮎莉

     1997年1月10日生まれの18歳。東京出身。身長163cm。血液型はA

     女優が本業だが「めざましテレビ」の「イマドキガール」としての印象が強い。20132月17日から放送のスーパー戦隊シリーズ第37作『獣電戦隊キョウリュウジャー』にアミィ結月 / キョウリュウピンク役でテレビドラマ初出演を果たす。

     久松郁実と石坂智子

    Hisamatsu Ishizakatomoko

     久松郁実は、イマドキガールとして脚光を浴びた。その巨乳とダイナマイトボディで、主にグラビアで大活躍。プロフは1996年2月18日、東京生まれの19歳。みずがめ座のO型

     一方の石坂智子は1963年2月27日生まれ、金沢出身で、1980年代に登場したアイドル歌手。1979年(昭和54年)に行われた第1回東芝タレントスカウトキャラバンで優勝、1980年(昭和55年)6月にシングル『ありがとう』でデビューした。

     福士蒼汰と中川大志

    Fukushi Nakagawa1

     福士蒼汰は1993年5月30日生まれの22歳。東京都出身。血液型はO

     正統派イケメンとして女子中高生の間で大ブレイク中。高校に入学後、友人の付き添いで初めて渋谷に行った際、声をかけられて撮影された写真が雑誌に掲載されたのがきっかけでスカウトされて9月から研音に所属する。
     2011年1月、『美咲ナンバーワン!!』にて俳優デビュー。同年9月より『仮面ライダーフォーゼ』の主人公である如月弦太朗役でテレビドラマ初主演。オリコン調べによる「2013年上半期ブレイク俳優ランキング」で1位、「2014年ブレイク俳優ランキング」で第1位にランクイン。2015年7月期の『恋仲』でフジテレビ「月9」初主演。

     中川大志は1998年6月14日生まれの17歳。東京都出身。血液型はB

     広瀬すずと共演した「資生堂シーブリーズ」のテニス部の先輩がハマり役。3歳からジャズダンスを習い始める。小学4年生の時に練習の帰りに渋谷を父親と歩いてるところをスカウトされ、小学5年生の時に現在の事務所に所属した。

     さて、本日も懲りずにシリーズ記事をしたためたが、「他人の空似」という言葉はあるが、毎回紹介している有名人は、結構似ていると思う。最近の若い人は、似た顔立ちの人が多いように思える。それは芸能人を真似た流行の髪型だったり、「ざわちん」張りの巧みな化粧術によるものだろう。中にはプチ整形やつけまつげで、芸能人の誰かを意識して、敢えて似せている女性も多い。しかし、個性はあなた自身、特有のもので、内面までは決して同じではない。外見は似ていても、あなたは「唯一無二」の存在であることは、最後に付け加えておきたいと思う。

      記事作成:11月中旬

    2015年12月17日 (木)

    CMの彼女22

     このシリーズ記事もいよいよ22回目を迎えた。今日は、弱冠18歳ながら、大物タレントになりそうなニューフェイスを紹介したい。

     唐田えりか

    Karata1 Karata2

     一見して、ピュアで清楚なお嬢さん風な彼女にドキッとした。黒いロングヘア―のヤングタレントは久し振りで、純粋な印象。同じA型の「新垣結衣」に似ているし、久方振りの大型新人登場だ。まずは彼女が出演する「ソニー損保」のCMをご覧ください。

     ソニー損保

     『父の口癖』篇

     『走る分だけ』篇   

     ソニー損保は、この秋まで「瀧本美織」が出演していたが、この冬から彼女にスイッチした。制服姿がよく似合う彼女だが、プロフはどうなっているか、気になる方も多いと思うので、掲載しておきたい。

    Karata3 Karata4

    1997年9月19日生まれの18歳。千葉県出身。血液型・A型。身長167cm。

  • 三姉妹の末っ子。
  • 趣味は音楽鑑賞。特技は書道。
  • 好きな食べ物はみそラーメン。苦手な食べ物はニンジン。
  • 好きなスポーツはバドミントン。
  • 憧れる女優は、榮倉奈々、二階堂ふみ。
  • 毎日発声練習をしている。
  • 好きな言葉は「やれなかった、やらなかった、どっちかな」(相田みつを)。
  • 好きなクルマは、丸っこいクルマ。免許を取ったら海に行きたい、と語る。
  • 千葉県富津市のマザー牧場でアルバイトをしていた時に、たまたま家族サービスで牧場に来ていた今の事務所のマネージャーにスカウトされた。なお、本人はこの前からモデル志望でもあった。
  • 「恋仲」 第1話(2015年7月20日、フジテレビ) - 白石くるみ 役
  •  プロフ紹介動画

     公式HPはコチラ https://karataerika.officialsite.co/

     AKBにいそうな彼女だが、実際はモデル志望なのだそうだ。身長が167cmと長身。今後、ドラマや映画に引っ張りだこでバラエティ番組へのオファーが増え、ますますメジャーになっていく予感。おそらくは、2016年は大ブレイクしそうな雰囲気を漂わせる大型新人タレントと思って間違いない。

     記事作成:12月4日(金)

    2015年12月16日 (水)

    スキーに行きたくなる動画集

     1980年代から1990年代にかけて、私は20代を過ごした。その頃ハマっていたのはスキーだった。映画「私をスキーに連れてって」とバブル景気によるクロカンRVブームも相まって、ゲレンデはどこかしこも人の波だった。オシャレなウェアに身を包んだギャルたちが大挙してスキー場に押しかけ、それは映画さながらのひと冬の恋物語を期待したものだ。
     若者の聖地と化したスキー場は、首都圏発のスキーツアーによって、シンデレラストーリーを夢見たギャルたちのトレンドとして賑わい、それは一大ブームを巻き起こした。リフト待ちは優に30分以上。レストハウスの席取り合戦は困難を極めた。かくいう私も、1シーズン30回はゲレンデにいた。友人とスキーに行った回数を競い、人知れず仕事終わりにナイターへ繰り出しては秘密練習を重ね、上達してお披露目して友人たちを驚かしたい一心での猛特訓だった。地元郡山市にも「ビクトリア」や「アルペン」などのスキー専門店が進出したし、既存の「ワタナベスポーツ」や「ゼビオスポーツ」と販売合戦を繰り広げたものだ。私も、毎シーズンのようにスキーを買い替え、ウェアーも5回も新調した。
     ダイナスター、ロシニョール、ニシザワ、サロモンと渡り歩いた。ブーツもテクニカやノルディカ、サロモンを履いた。ビンディングはルックとチロリアを交互に使用。ウンチクも上手くなった。
     それが、いつからか若者が次第にゲレンデを離れ、閑古鳥が鳴くようになった。今やゲレンデは20代の若者が中心で、8割方はスノボで、スキーは年々減少の一途を辿った。

     そんなスキーブームの時代を過ごした私だが、30前に結婚してからは、めっきりゲレンデに立つ回数が激減した。まったく行かないシーズンも多くなったし、行っても1~2回となった。しかし、子育てがひと段落し、リフト代にシニア料金が設定されるようになり、徐々にバブルで燃えた世代がゲレンデに回帰するようになってきた。体力を考え、昔のように「リフト代の元を取るまで滑る」という発想はなく、落ちゆく体力を促進しようという目的で、再びスキーに行くことを目指し、密かにストレッチや柔軟を繰り返してきた。そこで残すは自身の意欲喚起だけだと考え、今回、スキー場へ誘(いざな)うための意識を高めるために、スキー再燃を意図した動画を取り上げたい。

     こうした動画を見ると、若い頃の自分をオーバーラップしてしまう。1回で50回リフトに乗った若い時分、ナイターのカクテル光線に映し出された自身の影を見て、ステップやターンの練習を試行錯誤していた。あの頃の若き感性が蘇ってきた。私は、 スキーもより短いカービングの登場はあったものの、私は一度もそれで滑った為しがない。未だに身長+15cmの長いスキー板と重いブーツを使用している。すでに流行遅れだし、ウェアも年相応の地味な配色のものにしたが、滑りで誰よりも目立ちたいと思っている。髪の毛は真っ白で、下手するとおじいさんに間違われそうだが、もし、おじいさんのような様相のスキーヤーが、急斜面をバリバリのウェーデルンでかっこよく滑り降りてきたら、拍手ものかもしれない。そんなシーンを夢見て、今冬、私は再びゲレンデに立つ!

     最後に、私がスキーにハマっていた頃のCMと最近のスキーに関するCMを取り上げたい。



     さて、ゲレンデが恋しくなるような動画だったのではないでしょうか?今から四半世紀前、私は20代で、ウィンターシーズンになると、炬燵で丸くなっていることは皆無だった。四六時中、スキーのことを考えていたように思う。どうやったらうまく滑れるのかストイックなまでに研究し、そしてどうしたら女の子にモテるのか?(まったくダメだったが)
     27歳でSAJで1級を取得し、やり遂げた感もあったし、スキーからスノボに取って代わられた頃から、急速に熱が冷めてしまった。それは結婚して子供ができて、家内に気を遣うようになったこともある。
     でも子供が大きくなり、親の手を離れた今、また、昔のようにゲレンデ回帰を果たしたいと思うようになった。でも昔ほど体力はないので無理はせず、マイペースでいきたい。リフト代はシニア料金だが、いずれ昔の滑りに近づけるようにしたいと思う。果たして、今冬は若い頃の自分を取り戻すことができるのだろうか?

     記事作成:12月5日(土)

    2015年12月15日 (火)

    THE・明暗(斎藤佑樹 VS 田中将大)

     人は人生の岐路に立たされた時に、重大な決断を迫られる。右に行くか左に行くかで運命は大きく変わる。今日は、私たちを熱狂と感動の渦に巻き込んだ球史に残る名場面を回顧すると共に、、その後の進路で明暗が大きく分かれ、運命に翻弄された2人の人気投手を取り上げ、それぞれの来し方・行く末を検証したい。

     斎藤佑樹と田中将大

     今からもう9年前になる。「三沢商対松山商」以来となる夏の甲子園大会決勝での引き分け再試合。主役は「早実」の斎藤佑樹と「駒大苫小牧」の田中将大。どちらも絶対的エースだった。しかし、延長15回でも決着がつかず、翌日の再試合でも1点差と拮抗。最後はドラマ仕立てのように、田中将大を三振に斬ってとって、斎藤佑樹が日本一の栄冠を掴み、駒大三連覇を阻んだ。優勝投手の斎藤は、マウンド上で上品にハンカチで汗を拭う仕草から、「ハンカチ王子」とのネーミングで甲子園ギャルの黄色い歓声を一身に集めた。一方の田中は、気迫で押し切るタイプ。2年時からエースに君臨し、前年度優勝投手。完全なライバル対決の構図だった。それでは高校時代の直接対決のハイライトを動画でどうぞ!

     連続試合登板の斎藤は、9回を投げ切り、147キロの速球を維持。これは、「低酸素カプセル」なる秘密兵器を宿舎に持ち込み使用。これにより、前日の疲労を劇的に取り去っていたことが判明した。高校生がこのような機器を使用することに対し、物議をかもしたが、高校卒業後、斎藤は敷かれたレールを行くように東京六大学の早稲田大学へ進学。福井優也・大石智也と共に早稲田三羽烏と呼ばれ、早稲田の優勝に貢献。満を持して鳴り物入りで田中から遅れること4年、プロ野球へ進んだ。
     一方の田中将大は、恵まれた体格から、早くからプロ向きと目され、高卒後すぐにプロの道へ。ルーキーイヤーから「持っている」実力を発揮。野村監督のもと、めきめき腕を上げ、負けん気の強い性格も奏功し、楽天のエースに成長した。あのノムさんをもってして、「マー君、神の子、不思議な子」と言わしめた。

     ここで明暗は、プロ入り後の立場や戦績がまるで大逆転状態にある。人気抜群の斎藤だったが、日本ハムに入団後は、プロの壁にぶち当たりパッとしない成績。1軍と2軍を行き来した。田中は、巨人との日本シリーズで、王者の前に立ちはだかり、高校野球決勝を回顧するような奇跡の連投により、「楽天」を初の日本一に導き、その年のオフにメジャーへ。MLBへ移籍後もヤンキースのエース的立場に成長した。肘の手術に踏み切り、現在はリハビリ中だが、両者のプロ入り後の立場は正反対のものとなった。

     伝説となった「楽天日本一」の気迫の連投

     田中は前日の第6戦で先発。160球を投げて、最後に力尽きた。リーグ戦負けなしの24連勝した彼が、初めてつけられた黒星。しかし、彼はめげない。めらめらと勝負の炎を燃やし、前夜のリベンジを果たすべく再びマウンドへ。降りしきる雨の中、彼のテーマ曲、ファンモンの「あとひとつ」の大合唱。大声援のスタジアム。歴史を塗り替える男の姿。初優勝の歓喜の瞬間を待つ仙台のファン。もはや伝説だ。高校野球決勝の再現にファンは酔いしれた。仁王立ちで最後の打者を打ち取り、渾身のガッツポーズ。球場は涙の嵐。プロとしての真の姿を我々に残し、彼はヤンキースへと旅立ったのだった。

     ではここで両者のプロ入り後の戦績を比較したい。NPB時代

                登板試合 勝利 敗戦  勝率  奪三振  失点  防御率

     斎藤佑樹(5年)  57    14  19  .424  166  150  3.97

     田中将大(7年) 175    99  35  .739 1238  367  2.30

     高校球界最大のライバルだった二人がここまで差がついた理由は何だったのか?もし斎藤佑樹が大学へ進学せずにプロの道を選んでいたらこうはならなかったのではないか?やはり、プロには性格的、体格的に向き不向きがあるようだ。高校レベルとプロレベルでは大差があり、いち早くプロの水に馴染んだ田中の方が早く順応できたということだ。
     私は日本ハムはダルビッシュ有、斎藤佑樹、大谷翔平と知名度抜群の人気投手を獲得してきた。しかし、斎藤佑樹は、甲子園優勝投手が故の伸び悩みが大きい。これまで、甲子園優勝投手で大成した投手は、松坂大輔くらいなもの。その松坂でさえ、高校時代の登板過多によって肩や肘に故障を抱え選手生命の危機にある。
     それでも私は斎藤佑樹には過去の栄光で終わってほしくはない。9年前、あの暑い夏、熱戦を繰り広げた雄姿を復活マウンドで見せてほしい。そして私たちに、あの灼熱地獄の中で見せてくれた「爽やか佑ちゃんスマイル」で、再び感動を与えてほしい。そう願うばかりだ。そして、あわよくば、プロの世界(MLB)でも、2人の手に汗握る投げ合いを見てみたい。ぜひあの暑かった夏の再現を心待ちにしたい。

     記事作成: 12月9日(水)

    2015年12月14日 (月)

    郡山の魅力再発見!26~企業CM~

     郡山市の有名企業といえば、「ヨークベニマル」、「ゼビオ」、そして「幸楽苑」だ。これらが三大優良企業と思われてる。私はこれに「柏屋」と「三万石」を加えたいが、「東邦銀行」と「福島銀行」に関しては、本社が福島のため、ここでは外したい。個人的に「ベニマル」は店員に対する社員教育がなっていないことですっかり行く気が薄れ、今はもっぱらイオン系列の「ビッグBIG」に通い詰めている。週2回発行されるチラシの10%引き券は魅力だし、朝8時開店なのも嬉しい。「幸楽苑」にもよく訪れる。
     前置きはさておき、今日は郡山が本社の企業CMを取り上げたい。以前に取り上げた「うすい百貨店」を除き、郡山に5校もある「自動車学校」を中心に見てみたい。

     1 西部自動車学校

     昔はイトーヨーカドーの西隣りにあった。現在ゼビオスポーツの駐車場とその建物がある場所。平成に入ってすぐに、旧農地試験場の南側に移転した。市内初の高速教習やイトーヨーカドーを使っての立体教習を導入した。白いワンピの女の子が帽子を目深に被り、顔を見せないで草原を歩くCMを流しているが、動画サイトにアップされていない。当時は県内最大規模の敷地と設備を誇り、旧市内の人は、ここで免許取得した方が多いに違いない。私も普通自動車と自動二輪の免許をここで取得した。教官の数はかなり多かった。

     2 昭和ドライバーズカレッジ

     旧作CM https://www.youtube.com/watch?v=PekZ43Xuw-8

     かつては「昭和自動車学校」だった。市内横塚の東部幹線沿いにあり、そんなに敷地が広い訳ではなかった。しかし、一番オシャレな印象がある。

     3 富久山自動車学校

     https://www.youtube.com/watch?v=wgw_zT7793g (:30から)

     ここは郡山市街地から東部の国道288号線(通称:三春街道)沿いにある。さほど敷地が大きくなく、こじんまりした印象。すぐ東側を阿武隈川が流れており、大雨水害で何度か水没したことがある。市内では先駆けて予約不要の完全配車システムの「STIC」を導入した。ここはこのシステムを全面に押し出したCMを流した。想い出深いのは、女性の空手家が型を決めながら「いつ乗れるの?」と画面に向かって言うCM。
     

     4 郡山自動車学校

     こちらは郡山市田村町の国道49号線から至近の場所にある老舗の教習所。40年ほど前にラジオ福島のナイター中継で流れていた「♪とおく~と・お・く~」という歌が大好きだった。私の実家や家から一番遠い場所にあり、そしてわかりづらい所にあるために、私自身の印象は薄い。周辺はラブホだらけで、環境も良くない感じがする。

     5 中央総合自動車学校

     こちらは宝飾店の「今野貴石」グループが開所した。市内西部の大槻町にある。ここも分かりづらい場所。大槻中の三叉路のさらに西手の団地の一角にある。大槻町、逢瀬町、片平町、希望が丘在住の方は、ほとんどここで免許を取得しているのではないか?あまり規模は大きくない。

     6 三万石

     郡山市富久山町福原に本社を構える老舗洋菓子店。主力は「ままどおる」と「エキソンパイ」。かつては「三万石不二屋」を名乗っていた。1986年4月に、創業40年を機に社名を現在の「三万石」に改称した。表ざたになっていないが、憶測ではぺこちゃんでお馴染みの全国チェーン洋菓子店の「不二家」から紛らわしいとクレームがついたとの説が暗躍している。真相は定かではない。

     7 柏屋

     郡山市朝日のさくら通り沿いに店舗を構える、これまた老舗菓子店。今ではカフェスタイルでオシャレになったが、昔はここの前を通ると水蒸気が立ち上り、それは甘い香りが漂っていた。巨大な饅頭を象った神石がシンボルとして店の奥にデーンと鎮座し、神社として祭ってある。三春駒の巨大オブジェも目を引く。主力は名物「薄皮饅頭」だが、今では「檸檬(れも)」が大人気。くるみゆべしも売れ線だ。

     8 ゼビオ&ゼビオスポーツ

     北大路欣也出演の「正月初売りCM」はコチラ

    https://www.youtube.com/watch?v=HOjvAmjGYmo

     大トリは郡山が全国に誇るゼビオグループ。最初はサンキョウという地元密着の「紳士服専門店」だったが、その後、うねめ通り沿いの朝日町に、青色が映える巨大なガラス張りの本社屋を新設したのを機に、社名を「ゼビオ」に変更。そこから快進撃が始まった。県内各地に紳士服とヤングカジュアルをコラボした「XEBY(ゼビー)」や「ゼビオメンズ」を増店した。2005年には、スポーツ用品店「ヴィクトリア」などを展開する株式会社ヴィクトリアの全株式を取得し、完全子会社化した。そして「XEBIOホールディングス」は、スーパーゼビオスポーツを全国展開し、2014年3月末現在で資本金159億円もの巨大企業に成長した。現在では中国や韓国にもスポーツ店を開設し、海外進出も著しい。経営陣は、創始者の諸橋一族が牛耳っており、裏磐梯にある「諸橋近代美術館」もまたその一族の功績を称えて、設置された。

     ゼビオスポーツのCMはコチラ

     私が一押しで応援していた山岸舞彩さんの出演CMはコチラ

     9 幸楽苑

     郡山市に本部を置く、ラーメンチェーン。ラーメン業において、かつては福島県内と一部地域では「会津っぽ」、それ以外では「幸楽苑」という名称で展開していたが、のち幸楽苑に統一されている長年主力だった290円ラーメンは、残念ながら廃止し、販売を終了した。
     不思議だが、ここは過去に何度も社名を変更したり、のれん分けのように子会社の店舗を複数開店させたが、現在は統一している、たとえば「会津っぽ」、「チーファン」、「㐂伝」、とんかつ店の「とんからりん」など。

     さて、地元愛が強い私は、またしても県民にしか通じないローカル的な話題ばかりを掲載してしまった。郡山に本社を構える企業は意外と多い。大手スーパーの「ヨークベニマル」もそうだし、地方銀行の「大東銀行」もそう。しかし、両者ともに個人的事情によってここでは割愛させて頂いたことをご了承願います。

     記事作成:11月28日(土)~12月13日(日)

    人生を実感できるCM集

     今日の記事は、感傷に浸る訳ではないが、時々こうした人生を噛みしめることができるゆな瞬間が欲しくなる。生への感謝や今後何年続くかわからない後生を考えたとき、生きた証が欲しくなる。それだけ自分も歳をとったということだ。今日は、私の我が儘に付き合ってもらって申し訳ないが、そんなCM作品を取り上げたいと思う。

     日本香道

     どちらも涙無くしては見られない内容。人生を噛みしめられる。そこにいるのが当たり前だった人がいなくなる寂しさ。愛する身内を失った悲しみは計り知れない。そんないとおしさを描いた切なさ満載のCM。若い頃は思わなかったが、亡きご先祖様に向かって仏前で手を合わせる時、感謝の気持ちと共に、共に歩んだ貴重な時間や想い出を偲ぶことができる。それをすると、心に中にいつも亡きご先祖様たちが同居していることを痛感する。

     カロリーメイト 黒板アート受験

     受験生を応援する黒板アート。感動して涙が出そうになる力作だ。いろいろな思いを溜め込んで臨む大学受験。そこに至るまで、積み重ねてきた時間。遊びたい時期にひたすら誘惑と闘い、机に向かい、地道に努力を重ねた日々。その本番の日。試験会場で瞳を閉じれば走馬灯のように頑張って来た様々な場面が浮かんで来る。かつて私自身も辿った道。あの時の頑張りがあったからこそ、今の自分がある。自分の想い出とつい重ね合わせてしまう。
     CMは、平祐奈さん演じる受験直前の女子高生が、受験までの1年間の奮闘ぶりや様々­な学生生活での出来事を振り返るストーリー。カロリーメイトから、受験生へ贈る応援メ­ッセージです。
    総勢34名もの美大生たちが、総制作時間のべ2,623時間以上かけて制作した総数6­,328枚にも及ぶ黒板アートのアニメーションで表現。友だちとの時間や勉強、家族と­のやりとりなど、リアルな高校生の日常生活を描いています。受験時にカロリーメイトを­食べながら受験に挑んだという経験もある平祐奈さんの等身大の女子高生の演技と、その­繊細な表情や様々な想いを表現した黒板アートにご注目ください。

     ダイドーブレンドコーヒー1993年

     人間が成長する過程で、恋愛模様も変化する。中学時代のあどけない、ほのかな恋心。広く浅くが定番の考え。しかし、20代になると、お互いの生き方を尊重し、一人の男女として意識してみるようになる。やがて恋が愛に育つ過程で、結婚を意識し、将来、ともに生きるパートナーとして真剣に考えるようになる。結婚は人生の縮図であり、運命の出会いを果たす時まで紆余曲折あって、しかし、それでも辿り着く先は同じなのだ。これを運命の赤い糸とか縁と言うのだろう。人生を重ねると、こうした人生の重みをひしひしと感じる。

     記事作成:9月30日(水)~

    2015年12月12日 (土)

    2015年福島のテレビ局新加入アナウンサー(続編)

     以前、今年、福島県の民放テレビ局に加入したアナウンサーを紹介した。FTVの松永安奈アナと名切万里菜アナを取り上げたが、それ以外の方々についてはあまり触れなかった。そこで、出演番組も増えた新加入のアナウンサーを3名、追加で取り上げたい。

     FTV 寺本緒麻里アナ

    Teramoto

    東京都出身 1991年3月25日生まれの24歳 
    現在は、ニュースや情報番組の中で、リポーター役が多い。楽観的でマイペースで、何事にも前向きに捉えようとする性質から、血液型は不詳だが、B型では?関東国際高校外国科の英語コース在学時に英語のスピーチコンテストに出場した。

     FTVの公式HPのプロフはコチラ

    http://www.fukushima-tv.co.jp/announcer/teramoto.html

    https://www.youtube.com/watch?v=RvlaeYExp4Q

     寺本アナのアナウンサー日記はコチラ

    http://www.fukushima-tv.co.jp/blog/index.html

     女優の「綾瀬はるか」っぽい愛嬌ある顔立ちとほんわかした雰囲気が魅力だ。

     FCT 長江麻美アナ

    Nagae2 Nagae

    生年月日  1992年8月17日(23歳)
    出身地   愛知県瀬戸市
    血液型      O型

     学生時代はテレビ朝日アスクのアナウンススクールに所属し、BS朝日の『News Access』にて学生キャスターを務めた。
     趣味は御朱印集め、カラオケでなりきること、ギター(練習中)。

     同じO型の元SKEの松井絵里奈に似ている。

     KFB 新田朝子アナ

    Nitta Nitta1

    生年月日 不明だが、24歳
    出身地 北海道札幌市
    血液型 O型
    出身大学 法政大学現代福祉学部

    学生時代の「海外福祉研修」参加時代のパンフレットはコチラ(PDF)

    http://www.hosei.ac.jp/documents/gakubu/gendaifukushi/shokai/2013_gakubu.pdf#search='%E6%96%B0%E7%94%B0%E6%9C%9D%E5%AD%90'

    2015年入社のニューフェイス。前職はNHK旭川放送局。

    NHK勤務時 http://www.nhk.or.jp/asahikawa-blog/2015/03/31/

    KFB公式HP http://www.kfb.co.jp/ana/nitta/  

     県内では久々の色白O型女子アナ。右目の下の泣きボクロがチャームポイント。

      さて、私は女子アナフリークで、過去何度もこのような記事を記載してきたが、それは縁あって我が福島県のテレビ局に赴任し、震災で今も苦しむ被災者たちに明るい話題を提供し、笑顔で元気づけてくれる貴重な存在が彼女たちだと思っているからだ。おそらく、今日取り上げた全員が県外出身者の契約アナなので、1~3年程度でまた他県に移ってしまう可能性が高い。よって、限られた時間は、彼女たちを応援したいという一心で、こうしてPRがてらその人となりを県民にお伝えしたいという趣旨で記載するものであり、他の意図はないので、安心してご覧いただき、彼女たちの素顔を知るとともに、彼女たちを共に応援していただいたら有り難いと思う。

     記事作成:11月29日(日)

    2015年12月11日 (金)

    感動!SLに手を振ろうプロジェクト動画集

     今年、福島県は県産品を県内外に広くアピールするために、大々的に「ふくしまDCキャンペーン」を全国展開した。数多くの方々が福島県に足を運び、福島の復興に貢献してくれた。この福島県を挙げての戦略は大成功を収めた。その締めくくりに、SLを郡山駅~福島駅を走らせ、感謝の気持ちを表すイベントを行った。当日は雨にもかかわらず実に数多くの人出で賑わい、沿線には福島県民の人並みが途絶えることはなかった。これは震災の翌年にも、JR東日本スマイルプロジェクトとして初めて実施され、今回は2度目の試みとなった。

     こうした取り組みは、人々の感動を呼び、多くの方々が参加し、動画サイトにアップされて、大反響を巻き起こした。日本人なら「涙腺崩壊」の感動イベントとなった。今回は、こうした「SLに手を振ろう」の動画をいくつかピックアップし、ぜひ感動を分かち合いたいと思う。

     1 SLふくしまDC号に手を振ろう~ふくしまDCファイナルイベント~   

     震災以降、復興支援で手を差し伸べてくれた全国の方々に、「福島は元気です」という報告と、感謝の意を表したイベント。6月29日(土)に郡山駅から福島駅までSLを走らせ、沿線には多くの人が溢れ、思い思いのプラカードを自作して掲示し、手を振った。

     BGM担当は、福島県出身の歌手のShimva。「果てなき路へ」

     車内からの映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=agC_jfH3p0Q

     2 水郡線SLにみんなで手を振っちゃおう♪プロジェクト「本編」常陸大宮CM 【茨城県 震災復興の思いを乗せて】   

     予告編(180秒)はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=kGU6y6aTMA4

     3 JR東日本 千葉支社 手を振ろうプロジェクト

    埋め込み処理無効 https://www.youtube.com/watch?v=CKM7KrKRrEU

     2013年2月9日~11日の3日間、佐原-銚子間で「SLおいでよ銚子号・DLおい­でよ佐原号」を運転し、手を振ろうプロジェクトを実施しました。沢山のお客さまに笑顔­でSL・DLに手を振っていただきました。

     次に、SLではないが、地元密着のローカル線に手を振るイベントを紹介したい。

     【スマイルプロジェクト100】第2回フラワー長井線に手を振ろう

     2014年5月31日に行われた「おしょうしな号」
    元気いっぱいの笑顔で、フラワー長井線にご乗車いただいたお客様へのおもてなし!
    たくさんのご参加ありがとうございました!
    テーマソング 「百年線路」/影法師

     長井線といえば、山形県の女子高生を舞台にした映画「スウィングガールズ」に登場したローカル線だ。地元密着で、地元民に愛され、その生活を支えて来た列車だ。その列車に感謝を伝える感動のイベント。なんと半年ごとで3回も開催されている。

     第1回スマイルプロジェクト https://www.youtube.com/watch?v=2PgoSdcg1lk

     第3回スマイルプロジェクト https://www.youtube.com/watch?v=hwjJmlxpbBM

     さて、どう感じたでしょうか?私は福島県在住なので、こうした映像を見ると、つい目頭が熱くなる。震災を経験し、今も多くの被災者が自分の住み慣れた家を追われ、被災者住宅に移り住んでいる方々がいる。愛する故郷を離れ、懸命に生きている人々が大勢いる。人生は「旅人」に例えられることがあるが、鉄道はそうした人生の水先案内人であり、明るい未来を照らす象徴だと思う。人の生活に密着し、支える唯一無二の存在、それがローカル線であり、SLの力強い歩みと希望の汽笛が多くの人を励ましてくれてるように思えてならない。

     記事作成:11月29日(日)

    2015年12月10日 (木)

    著名人訃報報道

     昨年は年の瀬に、「高倉健」さんと「菅原文太」さんという二大大御所俳優が相次ぎこの世を去った。今年は「愛川欽也」さんと「萩原流行」、「原節子」さんが天に召された。人の寿命はそれぞれだが、この世に生を受けた以上、死は避けられない宿命のようだ。若い頃は身近に感じなかったが、昨年50歳の大台を越え、いつ大病を患ったり、発症するかわからない状況の中、いつからかは覚えていないが、今日も生きながらえたことに深い感謝をするようになった。もっとも20代の頃から年3回の墓参りと身内の命日お参りは欠かしたことが無かったが。

     さて、いつも前置きが長くなる悪い癖があるが、今日のテーマは、著名人が死去したときの報道について取り上げたい。その方が大物であればあるほど衝撃を伴うし、ワイドショーの扱いも違う。連日連夜、その報道時間が長くなるし、在りし日の姿を偲ぶ追悼特番まで組まれることがある。また、往年の出演作をリバイバルで上映されることもある。
     では、国民的人気を博し、愛された著名人の訃報報道をお送りしたいと思います。

     石原裕次郎

    https://www.youtube.com/watch?v=vssPk7ZJEmo

     菅原文太

    https://www.youtube.com/watch?v=DYEATUMNkbg

    https://www.youtube.com/watch?v=HcieImDM64g

     美空ひばり

    https://www.youtube.com/watch?v=WpSJC6nBVa8

     渥美清 

    https://www.youtube.com/watch?v=iPtX2Fofvak

    https://www.youtube.com/watch?v=aokvlDsMHMQ

     夏目雅子

    https://www.youtube.com/watch?v=kTqjpkd1cHs

     坂井泉水

    https://www.youtube.com/watch?v=gqBj2x-eTwo

     いかりや長介

    https://www.youtube.com/watch?v=f39eY9np4f4

    https://www.youtube.com/watch?v=Mk_573yoT6o

     高倉健

    https://www.youtube.com/watch?v=yNpxcgtYduE

     ジャイアント馬場

    https://www.youtube.com/watch?v=fV8UkMpKckM

     松田優作

    https://www.youtube.com/watch?v=cQKZUfPiL4Q

    https://www.youtube.com/watch?v=z2SGMwtjHog

     ジャンボ鶴田

    https://www.youtube.com/watch?v=EIitx4TVfwA

    https://www.youtube.com/watch?v=j4MsK0ixh6g

     村下孝蔵

    https://www.youtube.com/watch?v=tGhWG9ttwaA

     尾崎豊

    https://www.youtube.com/watch?v=2g7iv2PyM24

     hide

    https://www.youtube.com/watch?v=ioszDtylpI0

     大瀧詠一

    https://www.youtube.com/watch?v=eZqAG4gGUSQ

     桜塚やっくん

    https://www.youtube.com/watch?v=u_Jejugx6TQ

     原節子

    https://www.youtube.com/watch?v=A2q4XLTebJ8

     <外国人>

     マリリン・モンロー

    https://www.youtube.com/watch?v=RQxZwqbZnzM

     ジョン・F・ケネディ

    https://www.youtube.com/watch?v=DDmyPuCneK0

     ジョン・レノン

    https://www.youtube.com/watch?v=k8hUuNzbN1E

     テレサ・テン

    https://www.youtube.com/watch?v=cFytL5Ipa6E

    https://www.youtube.com/watch?v=fYHDgCCmlqA

     マイケルジャクソン

    https://www.youtube.com/watch?v=C-M2lH_ILmM

     ダイアナ元皇太子妃

    https://www.youtube.com/watch?v=li7lfDnuFiA

     アイルトン・セナ

    https://www.youtube.com/watch?v=-JSqeQqGHQE

    https://www.youtube.com/watch?v=hihC6BmPee8

     今回は、私が衝撃を受けた有名人たちの訃報ニュース報道を取り上げたが、あまりにも数が多すぎて、すべて埋め込み処理する訳にも行かず、やむを得ず、URLのみのリンクとさせていただきました。
     さて、これだけの方々が、あまりにも突然に私たちの前から天国へ旅立って行った。文字通りスター(星)になってしまったが、残した功績が大きすぎて、逆に実感がわかない。石原裕次郎と坂井泉水は墓参りをしたが、今後、時間が許せば、それ以外の、方々の墓参をして、彼らの偉業を讃えたいと思う。これは冷やかしなどではなく、心底、彼らの生前の活躍に感謝したい一心からだ。

      記事作成:9月~12月

    2015年12月 8日 (火)

    美しきアスリートたち第五弾

     世の女性たちが「イケメン」好きが多いように、私も美人には滅法弱く、どうしてもこの手の話題が多くなる。今回、このテーマで書く記事も5回目となった。女性のアスリート界は、現役生活が比較的短いせいか、世代交代が著しい。次々とニューヒロインが誕生する。また、その選手が綺麗であればあるほどマスコミも飛びつく傾向が強い。美人アスリートが登場すると、そのスポーツ自体も注目度が高まるという現象をもたらす。
    では今回も美しきアスリートを5名、厳正の上で掲載したい。

     永井優香(フィギュアスケート)

     弱冠16歳にして衝撃のメジャーデビューを果たしたのがフィギュアスケート界のニューアイドル永井優香。女性のスケート選手は、ジャンプするために脚力が必要で、脚の腿が太いのが定番だが、彼女は比較的細い。しかも色白で、小顔。均整のとれた美人顔。世界大会では、上位入賞を果たすなど、今後が大いに楽しみな逸材だ。血液型はA

    Nagai1 Nagai2

     あと10年後には、フィギュアスケーターであり、タレントでもある本田望結ちゃんもランクインするだろう。

     坂口佳穂(ビーチバレー)  

    ビーチバレーのアイドルだった浅尾美和が結婚を機に引退。そこに「ポスト浅尾美和」として現れたのが彼女だった。2015年からJBVツアーに参戦し、同年6月に開催されたJVAビーチバレーボールシリーズA志摩大会で国内メジャー大会デビューを果たした[。競技柄、水着になるため、プロポーションが重視され、スラリと伸びた美脚と小麦色に焼けた肌、そして綺麗よりも可愛い系がこの競技のアイドルの条件となる。その条件を満たしているのが坂口佳穂だ。顔立ちは双子タレントのマナカナ(三倉茉奈・佳奈)に似ている。

    Sakaguchi2 Sakaguchi1

     畠山愛理(新体操)

     東京都出身の新体操選手。 ロンドンオリンピック(2012)代表(新体操団体)。大原学園高等学校卒業。日本女子 体育大学体育学部在籍中/東京ジュニア新体操クラブ。2015年、ミス日本コンテストにおいて、著名女性に対して贈呈する特別表彰の「和田静郎特別顕彰ミス日本」の第1号が贈られた。

    Hatakeyama Hatakeyama2

     永井美津穂

     1993年7月16日生まれ、愛知県名古屋市出身の22歳。至学館高校、日本体育大学
     体操界のホープで、「田中理恵二世」と呼ばれている。得意種目は跳馬。
     身長152cm、体重46kg 顔立ちは武井咲に似ている。

    Nagai2 Nagai

      大堀 彩

     1996年10月2日生まれの19歳。福島県出身。血液型はA

     福島県富岡高校卒業。2013年に、高校2年時で出場したアジアユースU19オープン選手権の女子シングルスで、この種目で日本人初の優勝を果たす。 左利き。NTT東日本バドミントン部所属。

    Ohori2 Ohori

    2011年 全国中学生大会(WS)優勝
    2012年 全日本ジュニア選手権(WS)優勝
    2013年 全日本ジュニア選手権(WS)優勝
    2014年 全日本総合選手権(WS)ベスト16、日本ランキングサーキット大会(WS)優勝

    https://www.ntt-east.co.jp/symbol/badminton/contents/ohori.html

     さて、今回は5名の美人アスリートを書いたが、美人だから応援するのではなく、彼女たちも今の地位を築いたのは、猛練習を重ねるなど努力があってのことで、逆に注目されるが故の葛藤も多かったに違いない。だから、他のアスリート達と同じく、平等な立場で声援を送り、公平に賞賛していきたい。

     記事作成:11月25日(水)

    2015年12月 7日 (月)

    郡山の魅力再発見!25~郡山の起死回生策~

     郡山という土地柄は、江戸時代までは奥州街道の宿場町として栄えたが、明治時代に入ると、安積開拓と疎水工事のためにオランダの技師・ファンドールンが尽力し、さらには遠く九州・久留米から工事のために多数入植した。そんな歴史的背景もあって、昔から人の交流は活発に行われ、戦前は化学工場を中心に栄え、戦後は商業が発展し、独自の経済発展を遂げ、産業都市として繁栄を極め、現在では「中核都市」に昇格した。
     そんな我が街・郡山だが、震災以降、活気が失われていたが、ここに来て奇抜にして独自の打開策と言おうか、あるいは起爆剤とも言うべき起死回生策を仕掛けて来た。それは生き残りをかけた死活問題であると同時に、郡山の未来永劫の繁栄を模索するものでもあった。然るに、その戦略を今日は紹介したい。

     1.食の打開策

     郡山のグルメと言えば、酪王カフェオレとクリームボックスぐらいなものだった。最近、いつ生まれたのか誰が作ったのかすら不明で、なおかつどこから火がついたのか疑問だが、「グリーンカレー」なる新名物が誕生した。まるで札幌の「スープカレー」をパクッたかのような俄かブームで、おそらくは、しがない洋食屋(カレー屋)が勝手にブーム化しようと企てたに違いない。確かに、郡山市にはこれといった食に関する代表格は無かった。盛岡わんこそば&冷麺、秋田きりたんぽや比内地鶏、仙台の牛タンなどと比べて、名物らしきグルメは皆無だった。県内では福島の円盤餃子、喜多方&白河ラーメン、浪江焼きそば、会津の味噌カツ、こづゆなど、どこにもローカルフードやB級グルメらしき食べ物はあるのだが、郡山に何も無いのは寂しい。というわけで、誰が起爆剤となったかは定かではないが、郡山のソウルフードに仕立てあげ、何とか名物化しようという苦肉の策の意図はひしひしと感じられる。

     グリーンカレー

     では、その「グリーンカレー」とはいかなる食べ物で、レシピは何で、どこに行けば味わえるのか?その元祖と呼ばれる郡山発祥の店はどこにあるのか?まさか郡山市が主導して名物を作り上げようとしたのではあるまい。よもや色が緑であれば何でもかんでもグリーンカレー呼ばわりするのは早計というもの。そのへんをネットを駆使しあちこち調べてみた。

     郡山の新名物として登場した「こおりやまグリーンカレー」。商工業都市として有名な郡山は、実は緑豊かな農業地帯でもあります。四季折々の自然の恵みを家庭料理の代表であるカレーでPRしようと「こおりやまグリーンカレー」が登場した。趣旨に賛同した飲食店などで、郡山グリーンカレー愛好会を結成。地元の人に愛されるカレーを作ろうと各店舗がそれぞれ特徴的なカレーを提供している。街の新名物としてスタートしたこのカレーは、自分たちのまちを愛する地元の心が作り出したあたたかい味です。(郡山市の公式HPより)

    https://www.city.koriyama.fukushima.jp/shise/citysales/kankou/taberu/greencurry.html

    Green Greencurry

     郡山のグリーンカレー提供店

    「プチグリーン」(郡山市駅前2丁目) けるぷ鶏つくねのプチ・グリーンカレー:800円

    「SPOON」(郡山市中町) サワッディーグリーンカレー(ディナー・単品):950円

    「オレンジペコ」(郡山市麓山1丁目) オレンジペコのグリーンカレー:850円

    「CLUB#9」(郡山市駅前2丁目) グリーンカレー:500円

    「郡山トンチキてい」(郡山市桑野3丁目) グリーンカレープレート:1000円

    「ロイヤルインド錬ストラン」(郡山市台新1丁目) ロイヤルグリーンランチセット:950円

    「コーヒーハウストレール」(郡山市虎丸町) 郡山グリーンカレートレール風:1600円

    「エルマール」(郡山市八山田3丁目) 薬膳グリーンカレー:980円

     これだけ多くの店がグリーンカレーを提供し始めた。本腰を入れて名物にしようと画策している。

     2. 郡山鯉物語 

     郡山の名産のひとつに養鯉業がある。一節では「日本一」の生産量を誇るという話があるが真偽のほどは判らない。阿武隈川や逢瀬川で大型の鯉が獲れるなどという話は聞かないし、何故郡山が鯉の産地になったのか?不思議で仕方ない。そこで調べてみた。

     明治の初期、現在の郡山市発展の礎である安積開拓により各地にかんがい用のため池が作られ、安積疏水により引かれた猪苗代湖の水が不毛の原野を緑豊かな田園地帯に変えました。これらのため池を利用し郡山では鯉の養殖が盛んに行われるようになり、現在では全国でも有数の生産量を誇る産地になっています。(以上、郡山市の公式HPより)
     現在、郡山市の鯉の漁獲量は年間約550トン(実際には、約600トン:県の生産量の約7割)であり、福島県の平成25年の養殖量は全国第1位を誇ります。(広瀬養鯉場HPより)

    https://www.city.koriyama.fukushima.jp/242000/nogyo/koi.html

    Carp1 Carp2

     主な鯉の養殖場は、郡山市西部のカルチャーパーク周辺に固まっている。郡山南ICに向かうアクセス道路を走っていると、道路沿いに巨大な鯉のオブジェが現れるので、一目でそれとわかる。養殖といえ、観賞用のいわゆる錦鯉だけではなく、主力は食用として卸している。鯉料理と言えば、「鯉うま煮」もあるし、「鯉甘露煮」もある。詳しい作り方は以下の「広瀬養鯉場」さんのHPをご覧ください。

    http://www.hirose-koi.com/kakou/hirose-kakou.html

     私が11月にこの記事を執筆したら、師走に入り、市が「郡山鯉に恋するプロジェクト」をテレビの「週刊トピックス」や県内ニュースで、大々的にPRし始めた。私が目をつけ、記事にしたものが、注目されるというジンクスはずっと生きている。

     3. 郡山にワイン工場?

     福島県主導の「果樹農業6次産業化プロジェクト」によって、果物の産地・福島を再PRするために三菱商事復興支援財団が出資した「ふくしま逢瀬ワイナリー」が竣工・落成し、この度ワインやリキュール醸造を開始した。単に商品化することを目的にするだけでなく、地元の雇用拡大にも一役買っている。

     市内逢瀬町に醸造施設を建設、果樹の生産、加工、販売を一連のものとし、地域農業者と連携した果樹農業の新たな6次産業化モデルの構築、地域の賑わいの創出を目指す。ふくしまワイナリーでは、既に福島県で生産が盛んな生食用果実(桃・なし・リンゴ)の活用を図ると共に、新たにワイン用ぶどうの生産農家を育成し、リキュールやワインの製造・販売を行います。

    Winery2 Winery

     三菱商事プレスルームの記事はコチラ
     リキュール・ワインは今月中に醸造を開始し、年明けの初出荷を予定しています。生産量はリキュール・ワイン合計で、当面は年間12,000リットル、将来的には年間約25,000~30,000リットル、3年後の売上7,000万円を目指します。ふくしまワイナリーでは、リキュールやワインの試飲コーナーを、2017年3月までにオープン致します。また、ふくしまワイナリーが郡山市の産業や人を繋ぐ拠点となることを願い、所内のセミナールームをリキュール・ワイン作りに関する勉強会や地域の方々の憩いの場として提供致します。

     放射線量が0.1μsv/hと大幅に下がり、市内各地の除染作業が進み、食の安全が確保されつつある中での復興策施行となった。もとより郡山市逢瀬町多田野地区は「ぶどう」畑が多く、産地としての利点を活かせる施設が誕生し、果樹園農家を始め、関係者は活気づいている。

     最後に、郡山をPRするCMを紹介します。

     記事作成:11月25日(水)

    2015年12月 4日 (金)

    想い出が蘇るカラオケ映像集 リターンズ

     以前にも同タイトルの記事を書いた。自分の半生を振り返って、自分の体験に近い内容のストーリーを交えたカラオケ映像を掲載したが、今回は、青春時代や恋愛世代の誰もが体験しそうな、そんな人生模様を映像化したカラオケを紹介したい。なお、前回紹介PVも重複することを前もってお断りしておきます。そして、使われている映像は、カラオケ全盛期に制作された90年代を彷彿させる古い作品です。

     1 初恋 by 村下孝蔵

     好きな人に好きだと言えなかった時代。告白などとはほど遠く、手紙にありったけの気持ちをしたためた。それも度胸がなくて渡せずに、想いを伝えられなかった。あの時に少しの勇気が僕にあれば人生は大きく変わっていたかもしれない。しかし、それも運命の悪戯。それが人生だったのだろう。悔やみ悩み過ぎて身動きすらできない。そんな青春時代だった。

     2 夏の日の午後 by 岡村孝子

     彼氏が待つ湘南の海まで電車に揺られて、思い描く「砂浜デート」。早く会いたい一心で心はうきうき。波打ち際でじゃれあう二人。かけがえのないひと時を過ごす恋人たち。そんな夢の時間を共有する若かりし頃の想い出が蘇る。
     こうしたイメージビデオに登場するのは絵に描いたような爽やかなイケメンと美女。ひと夏の午後はこうして映画の一コマに変わっていく。

     3 ANNIVERSARY by ユーミン

     20代の頃、遠距離恋愛をしていた。留守電の音楽はユーミンのこの曲だった。週末が待ち遠しくて、90km近い距離を毎週のように夜に車を飛ばして君の住む街へと向かった。君の笑顔が見たくて。一緒に過ごした時間の長さ。しかし幸せな時間は長くは続かなかった。今では青春時代の良い想い出になっている。彼女のおかげで、知らないことが随分わかって自分も成長できたと思っている。

     4 青春の影 by チューリップ

     楽しいことばかりじゃない恋愛時代。これからのことを考えて、悩み、おたがいを傷つけ、それでもその人しか見えない。信じあう心と心。やがて一生かけてその人を守り抜きたいと心に誓う。そんな意思を固めていく男女。人生の大きな決断がここにある。

     5 I LOVE YOU by 尾崎豊

     住む世界が違う2人。親に許されない禁断の恋。それでも会いたい思いが募って、駆け落ち同然に、逃れるように彼の元へ。赤い糸で結ばれながら一緒になれない二人。最後は衝撃の結末が・・・。天国で一緒になって添い遂げようと誓い・・・・。

     6 ひとりぼっちのクリスマス by 浜田省吾

     大人同士の恋愛事情という雰囲気が漂うカラオケビデオ。もしも君を失ってひとりになったら、世界が終わりそうな衝撃。愛する人がいて、自分も仕事を頑張れる。毎日充実して生活が送れる。そんなカップルに訪れた危機を乗り越えようとする気持ちが伝わる映像だ。

     7 悲しみは雪のように by 浜田省吾

     この広い世界、たった一人の運命の人と巡り逢える奇跡。今、すれ違った人とは一生出逢わないかもしれない。そんな夢の一瞬を描いた作品。

     8 クリスマスイブ by 山下達郎

     最後は季節柄「クリスマスイブ」をお送りしたい。カップルの大きなイベントはクリスマスイブを一緒に過ごすこと。オシャレなペンションを予約し、一緒にディナーを楽しむ。バブルの頃はゲレンデで恋のシュプールを描くことを夢に描き、ナイタースキーのレフトの上で、彼女がちょこんと彼氏の方に頭を持たれかけて寄り添うシルエットがカクテル光線に浮かび上がる。そんな夢物語を私も実演した。今となっては懐かしくも恥ずかしいラブロマンスだった。

     さて、今日の記事は、カラオケ映像と自分の人生を重ね合わせた独りよがり的な内容になってしまった。大いに反省したいが、自分の経験や生きた証をどこかに残したいという一心でこのような記事をしたためてしまった。誰もが若い時分に経験した恋愛模様。その甘くもほろ苦い初恋物語を、想い出に残したくてこうした映像が生まれたのだと思う。

     記事作成:11月23日(日)

     参考ブログ:「想い出が蘇るカラオケ映像集」はコチラ

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